あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅱ]DV被害者支援、1年間の記録。ドキュメントDV。恐怖で家に縛られ、卑下‥

Ⅰ.DV環境下、被害者は心を支配され、心身を蝕まれていく

 
 2.耐え難い恐怖、もう逃れられない DV被害者支援、1年間の記録。ドキュメントDV。恐怖で家に縛られ、卑下・侮蔑された11年
1.エピローグ..婚姻前、怖くて逃れたが、恐怖のストーカー行為が待っていた!

 結婚前、彼が流暢に語る話にあこがれた。九州の男性よりずっと素敵に見えた。あたかも現実のできごとであるかのように語る彼の活躍、そして、人生の夢に惹かれた。
 転勤族の彼とは中学の同級生、高校入学以降は別々。23歳、「K市に遊びにいくから会おうよ」と親友を介し連絡が入り、再会した。その後、K市と東京の遠距離交際がはじまった。彼の都会的なふるまいに九州の男性とは違うなと感じた。洗練さが新鮮だった。しかも、K市にくるときは、いつも大盤振る舞いで楽しませてくれた。しかし、もう30歳になる。私のことをどう思っているのか、業を煮やし、上京してみると、二股三股をされていたことを知った。しかも、これまで語られていたことが嘘、虚言だと次々に明らかになってくる。それは彼がつくりあげた妄想の世界、つくり話だった。勤めていた寺には「大きな門があって、ドーベルマンを放し飼いにしている」、「指示をだしたら、手下が何人もいて、自由に動かせる」などと話していたが、すべて嘘だった。彼が世話になっている住職を自分の使用人とさえいっていた。
 彼は、そんな虚言がバレることは気にもしていない。連絡はいつも彼からだ。こちらから電話をすると、「何のよう? 何でかけてくるの?」と冷たく応じられる。その一方で、病院の夜勤中に家探しをされている。後になってから、大切にしていた思い出の品々を勝手に捨てられていることに気づく。友人からの手紙は読まれ、持ち帰られ、手帳に書かれている住所録はコピーを取られていた。
 なにをされるかわからない。怖い。もうダメだ! 別れる。とアパートを飛び出て、同郷の知人のマンションに身を寄せた。
 携帯電話は、一晩中鳴りっぱなし。夜勤明け、着替えを取りにアパートに戻ると、彼が帰るのを待ち伏せしていた。ストーカーの多くがいうように、「今後どうしたいのか、話し合いたい」、「お前がいないと生きていけないから、話し合いたい」と彼は繰り返す。
病院での夜勤明けで眠いし、アパートの前で大騒ぎされたくない。仕方なく、部屋に通す。これが地獄の夜のはじまりとなる。
 「今後どうするのか」と訊かれる。「もう無理だから。病院は勤めたばかりだから直ぐに辞めれない。1年経ったら九州に帰る」と応えると、「それは絶対に許さない! (婚約などしていないが)俺とお前は婚約している」と凄む。さらに、ただ身を寄せてかくまってもらっていた知人を恋愛関係にあると妄想し、嫉妬に狂っている。「あいつに危害を加えてやる。社会的な立場をなくしてやる」と脅され、「どうするんだ!」、「どうするつもりなんだ!」と繰り返し、繰り返し問い詰められる。どうしょうもなくなり、「別れる」というと、「ただ別れるだけではダメだ。信用できない! あいつをここに呼べ! 俺は押入れに隠れている。きたら半殺しをしてやる。そしてお前も一緒にやれ!」と声を荒げながら、責められ続ける。
 とにかく怖かった。寺敷地内、現在飲食店がある場所の立退きを進めるのに、中国人に金をつかませて嫌がらせをさせ追いだしていた。ヤクザともつき合いがあると知らされていた。背いたら、なにをされるかわからない。
 「やれるな!」と訊かれ、「やれる」と応えていた。そして、「自分が悪いことをしました」と土下座して謝った。それでも足りず、「その証拠をみせろ! 線香を自分で押しあてろ! 本当に別れられるならできるな」と迫られ、自分で線香を両手に押しあてた。そして、彼の知り合いの家への転居を強要された。
 以上は、平成21年10月16日(金)の被害者Rとの面談時、「以前話していた婚姻前の加害者によるストーカー行為について話を聞かせてもらえませんか?」となげかけ、話してもらったものである。彼は、後に夫となる加害者D氏である。
 「以前話をしていた」とは、話を聴きはじめて2ヶ月、同年6月24日(水)のことである。そのとき、被害者Rは、その線香の火傷痕を私に見せながら、「若気の至りで、こんなことをしちゃった」と照れ笑いを浮かべながら話した。そして、私にその行為が、「お前は一生俺のものだ!」という宗教上の“刻印の儀式”としての意味で行われていたことを指摘され、はじめて事実を理解した。

 上記のように、俺のもののことはすべて知っておかなければならないとの思いで、勤務中に家探しをし、日記や友人からの手紙を読まれたり、手帳に書かれている住所録はコピーをとったりするような行いは、人のことを信じられない、自分に自信がないといったアタッチメント(愛着形成)獲得に問題を抱えている人の典型的な行動、つまり、詮索し、干渉し、束縛する行いである。そして、底知れない恐怖から別れを決意し家をでたり、別れ話を持ちだしたりすると、ものごとが自分中心に進んでいないことを認められない(受け入れられない)彼らは、強烈な“見捨てられ不安”が恐怖に変わり、恐怖が怒りに変わる。そして、一晩中電話を鳴らし続けたり、おびただしいメールを送ったり、職場や家の周りを徘徊したりして思いを留めることに躍起になる。その行いが相手にどう思われるか、どれだけの恐怖を与えることになるのかについて思いを馳せることができないからこそ、つまり、共感性と獲得できず、自己正当化する考えしか身につけていないからこそ、人が嫌がること、人が怖がることを躊躇なくでき、ストーカーになることができる。
 ストーカー*は、相手を驚かせたり、怒らせたり、困らせたり、怖がらせたりする。ターゲットにした女性のそうした反応を得るために、膨大なエネルギーを費やし、少しでも注目されようとしてストーキングにこだわり、執着するのである。アタッチメント獲得に問題を抱えるがために、「見捨てられ不安」と「底なし沼のような寂しさ」が心の奥に潜んでいるストーカーにとって、負の反応にしかみえない反応であっても、無視されたりすることよりましなのだ。
* 「ストーカー行為」についは、『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き』第1章(児童虐待とドメスティック・バイオレンス)の4節(デートDV。別れ話の切りだしたことが発端となるストーカー殺人事件)、3項(デートDVとストーカー殺人事件)の中の「ストーカーの特性」で、詳しく説明しています。
 その後、同年6月24日(水)以降、10月16日(金)の面談までの間、以上のようなストーカーの特徴を説明し、結婚前にデートDV被害にあっていた事実、そして、ストーカー被害に合っていた事実を指摘していった。この間、被害者Rはなにが暴力か、夫のことばは空言、何の意味ももたないその場限りのもの。それは、妻子をコントロールするためのものと、少しずつ理解してきた。しかし、この期間までの4ヶ月を要しても、肝心のところでは未だに正常な感覚を取り戻していなかった。「もう別れると逃げた恐怖心があったのに、どうして結婚にいたったのですか?」と訊くと、「その後、とにかく優しかったから」と話す。その記憶は、とにかく曖昧なままであった。
 結婚しても、夫D氏は19歳から世話になっている寺住職O氏に結婚したことを話さず、寺隣接のアパートに住み続ける。週末の通い婚は、その後3年間続くことになる。
 その時のことを被害者は、「どうして私だけがこんな辛い思いをしなければならないの?と、いつも泣いていた」と話す。しかし一方では、結婚にいたるまで「とにかく優しかったから」と話す。その話の“間”には、時間的な記憶の空白部分があって上手くかみ合わない。
 記憶の断裂、それはDV被害女性によく見られる現象のひとつである。被害者Rが、DV加害者である夫Dに思考をコントロールし尽されていたことを、根幹のところでまだ結びつけることはできていない。いや、結びつけたくはないと心のブレーキをかけるのである。夫は中学の同級生。結婚して12年、8年続いた遠距離交際を含めると20年間も人生をともにしてきたのだ。被害者Rにとって、自身の人生そのものを否定してしまうことになる。ずっと心に蓋をして生きてきた。
 それだけでなく、加害者Dが父親から激しい暴力を受けて育ったことや、大学を中退後、祖父の代からかかわりのある寺との関係に起因する複雑な事情が、ストーカー被害、そして、DV被害そのものを見えにくくさせてきたのである。
 加害者Dが結婚したことを世話になっている住職に話しだせなかった理由は、住職のO氏が男色・同性愛者でD氏も相手をさせられていたことと関係がある。被害者Rは数年前、加害者Dと親交があったヤクザのS氏と以前寺に勤め、加害者Dと不倫関係にあったY氏からその事実をはじめて知らされた。最近も、1ヶ月寺の家事を手伝っていたアパート住人のH氏にも同じことを指摘されている。被害者Rが訊くも、加害者Dは認めていない。被害者Rは結婚前に一度、新宿2丁目のゲイ・同性愛者が集うバー「ダンディ(現在閉店)」に連れていかれ、後ろでは男性同士が絡み合っているビデオが流れる中、どうして?と思ったことはあったと話す。加害者Dは、タイでは男性が並んでの射精ショーを鑑賞し、楽しかったと話している。現在でも、男色系の映像をパソコンからダウンロードし、鑑賞している。
 被害者Rには、思考をコントロールされていたとはいえ、夫Dの都会的な洗練さに惹かれていた事実がある。しかも、夫Dから(支配するターゲットにされたとはいえ)認められ、優しくされ、気を遣われ尽くされていた甘い時期が、しっかりと記憶に刻まれている。そのため、夫DをDV加害者であると認識することが難しくなっていたのである。
 時にDV被害者の中には、その束縛や監視詮索、批判され、怒鳴られ、殴られるといった暴力行為でさえも愛情として受け取ってしまうことが少なくない。それは、心をコントロールされた錯覚、思い込まされてきた幻想でしかない。しかし、DV環境下では、被害者自身、自分でも暴力を受けていると気づきにくい。暴力による恐怖は、思考の停止を余儀なくしてしまう。
 交際後20数年、約四半世紀にわたる被害者自身の人生が、加害者Dである夫に思考コントロールされ、“自分を偽って生きてきてしまった”ことを認めることは、いままでの生き方すべてを否定しなければならないのに等しい。自分の人生の多くの時間が認めがたい呪われた時間だったのである。その事実を認めることは、自分がDV被害者だと自覚することよりも辛いことである。
 「どうして、暴力をふるう夫と暮しているの? 別れたらいいじゃない!」と当事者以外の人たちは口を揃えたようにいう。ときに殺人事件に発展し、DVがメディアで取りあげられても、その無理解なコメントには驚かされる。女性が暴力を受け、恐怖に支配されてしまう。逃れられないのは共依存だからと、簡単に論ぜられるべきではない。
 刑法204条には「人の“身体を傷害した”者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」と規定している。暴行罪は、「暴行を加えた者が“人を傷害する”に至らなかったとき」に成立するとされ(刑法208条)、身体の“傷害の結果が生じた”ときには、傷害罪(刑法204条)が成立する。傷害とは、生理機能を損なったり、“健康状態を悪く”したりすることをいうと解されている(判例)。つまり、夫が妻に対し、常に大声で罵倒したり、女性であることを卑下し、侮蔑したり、威嚇するなどの粗暴なふるまい、繰り返されるセックスの強要によって妻の健康状態が悪くなったり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したときには、傷害罪が適用されるのである。「傷害」は外傷のみではなく、PTSDやうつ病、適応障害、不安障害(パニック症状など)といった病気の罹患、疲労倦怠などの外傷を伴わないものでも適用される。したがって、妻への暴力、DVを行う夫、子どもへの暴力を行う夫には、傷害罪が成立する。密室の中で繰り広げられてきた支配のための暴力は、あなたが警察に被害届を提出すれば、傷害罪、暴行罪、強要罪、脅迫罪、強姦罪に該当するものなのである。
 いま、DV被害に苦しみ、悩んでいる方たちには、このことを頭の中に入れておいて欲しいと願ってやまない。
 特に、「夫婦の間では、セックスに応じるのがあたり前で、無理やりであっても仕方ない」と理解している人たちが少なくない。強姦の手段として、暴行または“脅迫(脅しのことば)の存在”が必要であるとされる。判例によれば、強姦罪の暴行・脅迫については「相手方の反抗を著しく困難にする程度のものであれば足りる」として、強盗罪の場合のような、相手方の反抗を不能にする程度までの暴行・脅迫でなくともいい(最判昭24年5月10日刑集3巻6号711頁)とされる。現在の判例・解釈の主流は、この判決を基本にしている。例え夫婦であっても、嫌がる妻に「大声をだすな! 子どもが起きてもいいのか?!(~したら、~だぞ(してやる))」と“ことば”で脅し(威嚇し)、セックスを強要するのはレイプ(強姦)になるのである。
 さらに、夫から妻の暴力は、例え、間接的であっても児童が受けている暴力(暴力を目撃するだけでも精神的虐待にあたる)の心身への影響ははかり知れない。その後の人生に大きな十字架を背負わせることになる。その責任の重さからも、親として、決して“家庭内のことだから”とすませてはいけない。
 小説「償い」の中に、「人を殺せば、人は罰せられます。しかし、人の心を殺しても罰せられないのは不公平です」とのくだりがある。家という密室の中で、夫から繰り返される暴力は、被害者の心を侵し、人として感じる心を殺していってしまうことを理解して欲しい。
 卑怯極まりない人を支配するために用いられる暴力行為、DVを、人として見過ごしたり、絶対に許したりしてはならないのである。




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