あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-3]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス

6.デートDV。別れ話が発端となるストーカー事件

 
 7.被害者心理。暴力でマインドコントロールされるということ (5) DVでない暴力、DVそのものの暴力
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

第1部
Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
-DV事件等のデータ-

5.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか
  ・事例15
 ・事例16-17(分析研究1-2)

(1) 暴力のある環境に順応するということ
(2) DVの本質。暴力で支配されるということ
  ・事例18 同棲した男からのDV被害は、つきまとい・ストーカー行為からはじまった
  ・事例19 暴力の連鎖。暴力のある家庭環境で育った夫によるDV、息子をかばう義母の暴言
  ・事例20 たとえ一度の暴力でも、その後、心が凍るほどの恐怖に支配される
  ・事例21 暴力と知りながら、助けてくれない人たち
  ・事例22 離婚の決意。凄惨なDV被害よりも愛人をつくったことに思いが
  ・事例23 夫の暴力から逃げる難しさ
  ・事例24-26(分析研究3-5)
(3) DVとは、どのような暴力をいうのか
  ・離婚調停申立書の「動機欄」とDVの相関性
  ・暴力にかかわる用語の説明
  ・DV行為の具体例
(事例27-53)
(4) DV被害者にとって、区別し難い解釈
(5) DVでない暴力、DVそのものの暴力
・事例54
・“障害の特性”が結果として暴力になる(自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群)
  (事例55-59)
・サイコパス
(6) 被害者に見られる傾向
  ・レノア・E・ウォーカーの「暴力のサイクル理論」と「被虐待女性症候群」
  (事例60-61)
・暴力の後遺症としてのPTSD
  (事例62-64)
  ・被虐待体験による後遺症
  ・カサンドラ症候群
  (事例65-67)
  ・事例68(分析研究6)
   (“恋愛幻想”下でのデートDV)
   (別れる決意、恐怖のストーカー体験)
   (再び別れ話を切りだし、酷くなる暴力)
   (DV環境下で育ってきた子どもの状況)
   (快楽刺激とトラウマティック・ボンディング)
   (感覚鈍磨と誤認)
   (退行願望)
   (トラウマティック・ボンディングとできない理由づくり)
   (別れることの障壁)
   (思考混乱、考えるということ)
  ・事例69(分析研究7)
   (「見捨てられ不安」と無視・無反応)
  (暴力の世代間連鎖、低い暴力への障壁)
   (暴力から逃れたあと、「共依存」へのアプローチ)
   (加害者の生い立ちに共感)
   (暴力のある家庭環境で育ったことを起因とする精神的脆弱さ)
  (被害者の空虚感、渇望感を埋める加害者の夢と財)
 ・暴力をエスカレートさせないために..「脅し」を含んだことばには、まず「ノー」という


交際関係、夫婦関係にある2人に、上下・支配と従属の関係性を成り立たせるために暴力がおこなわれている状況下では、別れ話を切りだしたとき一気に緊張が高まります。
しかも、離婚後も「やっぱり子どもたちのことを考えると両親が揃っていた方がいい。もう一度、やり直さないか!」と執拗に復縁を迫られたり、養育費の支払いが滞ったとして連絡すると、「話し合おう」とよびだされて暴力をふるわれたり、レイプされたり、執拗につきまとわれたりするなど、緊張が続くことが少なくありません。
 元交際相手や元配偶者による凄惨なストーカー行為による殺害事件がおきるたびに、対応の不備があったり、法律の想定できていない不備があったりすることが問題視され、「配偶者暴力防止法」、「ストーカー行為規制法」などの法改正が繰り返されてきました。
その中で、「配偶者暴力防止法」にもとづく“一次保護”“保護命令”は、平成26年1月の改正新法により、「婚姻関係になくとも、同じ居住地で生活を営んでいる者(同棲している者)に対しての保護ができる」こと、つまり、同棲をしていた交際相手と別れたあとも適用されることになりました。
しかし、「配偶者暴力防止法」にもとづく“一時保護”“保護命令”は、DV被害者の命を守るうえで絶対ではないのが、DV事件の難しいところです。その難しさを表しているのが、平成24年11月6日におきた「逗子ストーカー殺人事件」です。
DV被害から逃れた元妻に対し、元夫が執拗に復縁を迫り、居所を探しだして殺害したあと自死する凄惨なストーカー事件でした。殺して自死するふるまいは、血肉を自身にとり込もうとする猟奇殺人に類する魂の結合を目的とした病理性の高い常軌を逸したふるまいですが、DV事件では珍しいことではないのです。
最近の世相を表すデートDV事件の特徴が、メールやLINEで、相手を尊重せず、責める(否定、非難・批判)ことばで、被害者を精神的に追い詰めていきます。
平成25年11月、別れ話がでていた慶応大学法学部3年生(21歳)に「お願いだから死んでくれ。」、「手首切るより飛び降りれば死ねるじゃん。」などとLINEで7通のメッセージを送られた交際相手の女子大生(21歳)が、2日後、友人に「死にます」とメールを送信し、両親宛ての遺書を残し、東京都港区の自宅のあるマンションから飛び降り、亡くなった事件がおきました。
自殺した女子学生は、Twitterで自身が「境界性人格障害(ボーダーライン)」であることをうち明けているので、交際相手の男性に「死んでくれ」と拒絶され、“消えたい願望”が心を突きおこした可能性があるとはいえ、小学校高学年・中高生の中でLINEによるいじめ(誹謗中傷、無視)が問題となっているように、大きなダメージを与えることができることばを書き込める安易さがもたらした悲劇です。
 LINEやSNSの普及は、携帯電話(スマートフォン)が大きな役割を担っていますが、その携帯電話の「GPS(全地と測位システム)」機能を使い、家をでていった交際相手や妻の“所在地(位置情報)”を特定されてしまうことから、携帯電話の電源を入れることができません。
同様に、FacebookなどSNSに投稿した写真に残っているGPS情報から居所を特定されるリスクもありますし、当然誰とやり取りをしているかなどを特定されてしまうリスクがでてきますので、利用することができません。
別途、携帯電話を購入するにしても、「Ⅳ-26.DV離婚を考えたとき、事前に確認しておくこと」の中で記しているとおり、住所の問題、身分証の問題、郵便物の問題などがあり、簡単なことではありません。
つまり、DV事件では、加害者から身(命)を守るということは、“これまで”あたり前であったことが、あたり前ではなくなります。
 そして、デートDVやDVを考えるうえで忘れてならないのは、リベンジポルノ被害とレイプ被害という問題です。


(1) デートDVの特徴としての“恋愛幻想”
デートDVとは、デートの最中の暴力ということではなく、年齢に関係なく、恋愛関係にある者(交際相手)から受ける暴力のことです。
 したがって、暴力行為については、「Ⅰ-5-(3)DVとは、どのような暴力をいうのか」で示した「身体的暴力(暴行)」「性(的)暴力」「精神的暴力(ことばの暴力)」「社会的隔離」「経済的暴力」が該当し、恋愛関係にある者に、子どもがいるときには、「子どもを利用した精神的暴力」も該当することになります。
 そして、恋愛関係も夫婦関係と同様に、デートDVの本質も、「本来対等な関係性に、上下の関係性、支配と従属の関係性を成り立たせるために、パワー(力)を行使すること」と理解することが重要です。

① 恋愛幻想の罠
デートDVの一番の特徴は、「事例68(分析研究6)」の「“恋愛幻想”下でのデートDV」で詳述している通り、“恋愛幻想”にはまってしまうということです。
ここは、もう一度、説明しておきたいと思います。
ひとりは寂しい、支えて欲しい、守って欲しい、結婚したい、幸せな家庭を築きたいといった思いが強い恋愛期には、なにかおかしなことをされても、「愛されている」と感じてしまい、深みにはまってしまいやすい状況です。
いったん関係をつくったら、2人の境界線はなくなり、他の人を好きになってはいけないことで、この関係が永遠に続くことが望ましいといった考えに疑いを持つことはありません。
そこには、「優しく誠実であらねばならない」という倫理観・道徳観にもとづいた約束・契約があります。
その二人の関係を大切にしない行いがあったりしたら、裏切り、不誠実、人の道に外れていると非難されることになるといった無意識下の“暗黙のルール”が存在します。
しかも、恋愛関係になれば、「交際相手の好みに合わせてプレゼントしなければならない」「デートしなければならない」「セックスには応じなければならない」「2人の間に秘密があってはならない」「嫉妬したりされるのはあたり前のこと」などと考えてしまったりするのです。
それだけでなく、結婚に至った恋愛は素晴らしく、成功者とか、勝ち組とか考えたりする偏った考え方をしてしまう人も少なくないのです。
このような恋愛観では、別れないためには、結婚を勝ち取るためには嫉妬心から必要以上に詮索し、干渉し、束縛することは許されるし、嫌がることを強いることをしても許されるということになってしまいます。
しかも、子どもが「できちゃった」ことによって、結婚へ至ったときには、あれだけひどい暴力をふるわれていたにもかかわらず、「結婚してくれたのだから、遊びじゃなかったんだ」という好意的に受け入れてしまったりすることさえ起きるのです。
なぜなら、人の脳は、つらく哀しいこと(記憶)より、楽しく嬉しいこと(記憶)を優先させる(快楽刺激を優先させる)特徴があるからです。そのため、楽しかった思い出や嬉しかったできごとを繰り返し思いだし、その記憶にすがって“別れない”理由づけをしてしまうことがあるのです。
また、恋愛関係にあるときには、デートのときにセックスを強いられたとしても、受け入れやすい心理が働いてしまうことがあります。なぜなら、嫌な思いはデートのときだけのことで、毎日強要されるわけではないからです。交際相手が嫉妬心から詮索し、干渉し、束縛されることを受け入れやすいのも、お互いに離れている時間が長いと、そのときだけと受け入れてしまいやすいのです。
ところが、一緒に暮らしはじめると状況は一転します。
DV加害者は、嘘・偽り、虚像がバレずに、支配したい女性の居場所と時間、セックスを独占できるようになった安心し、安堵することによって、露骨に上下関係にあることを認識させ、支配(コントロール)を強め、支配を維持するために暴力を駆使するようになります。
成人の女性であっても、上記のような“恋愛妄想の罠”にはまりやすいわけですから、中学・高校生は若いやゆえに経験が少なく、だまされやすく、急速にのめりこみやすく、その結果、支配されやすくなります。
職場で男女差別や夫婦間での育児・家事の分担の不平等など、世間の理不尽さを思い知らされることもありません。
そのために、ジェンダー(性差)に対しての無理解からくる無批判になってしまう特徴があります。
それだけでなく、人のずるさや汚さ、そして、ダメさ、弱さなどと向き合う機会も少なく、詮索し、干渉し、束縛するといったふるまい、独占したい思いを強いる行いが、支配のための暴力、つまり、DVにあたるという概念は構築されていません。
そのため、いま自分が経験していることが何なのか理解できず、嫌なこと、つらいことがあったとしても、「自分が被害者である」ことを認められず、誰にも話さない傾向もあります。「同級生からに虐められている」「交際相手から暴力(デートDV)をふるわれている」と、親に話せないのは、親を失望させたくない、期待を裏切っていることを知られたくない思いがあるからです。
青年期までの子どもたちは、親に認めてもらおうと、期待に応えようと一生懸命なために、虐めにあっている、暴力(デートDV)をふるわれている被害者であると認識したくないとの心の壁が立ちふさがります。
デートDV被害の認識には、高いハードルを超えなければならないのです。

② 愛とはドラマチック
青年期までの子どもたちは、愛をドラマチックにとらえていたりします。
「2人でいれば幸せになれる」という歌の歌詞や、「絶対に君を幸せにする」などと恋人がいってハッピーエンドになるドラマや漫画などを現実の世界にあてはめてしまうのです。
愛をよい意味でしかとらえず、そこに、危険性、支配、暴力、嘘、虚像などがあることを知らなかったりします。
絶対に幸せにできる人はどこにもいない、幸せになるための力は一人ひとりの中にあって、その力を育てていくのは自分であるということを知ることが大切です。
そのためには、歌の歌詞や漫画、ドラマを「いいな」と思うことは問題ないが、現実は違うと気づいていくことが必要になります。
メディアが発する情報をそのまま受け入れてしまうのではなく、立ち止まって、自分の頭の中でそしゃくして考えられる力を身につけるようにすることが大切です。
 こうした考える力が備わっていない時期に、「愛しているからだから」とか、「誰でもやっていることだよ」といわれると、他を知らないのでそのまま受け入れてしまうことになります。しかも、ちょっと背伸びをして大人ぶりたい時期なので、年上の男性から格好のいい話を聞かされたり、理屈っぽい話をされたりすると、大人として扱われている感じがして自尊心がくすぐられ、同年代の男性にはない頼りになる存在として認識してしまいやすいのです。
そのため、その人の考えに傾倒したり、コントロールされたりしやすくなります。
別れの経験も少なく、別れる力も未熟なために、泣いてすがってきたり、謝ってきたり、優しくしたりしてくるとどうしていいかわからなくなり、簡単に許してしまったりします。そうした別れる機会を失うといったことを繰り返していくうちに、深刻なデートDV被害に発展していくことが少なくないのです。
 異性とつき合うとき、束縛されるのは嫌だとは思わずに、自分のことを気にかけてくれているかを確認する(試す)ために、束縛されることを率先して受け入れてしまうこともあります。「相手に気にかけてもらいたい、それがちょっと束縛っぽくてもいい」、「気にかけてもらえないと愛されている気がしない」と考えてしまうのです。
頻繁に届くメールは、24時間私のことを考えてくれている愛情の証し、友人にもうらやましがられたりします。
私も24時間あなたのことを考えているわと示すのが愛情だと、ロマンティックな恋愛幻想に酔いしれてしまいます。
束縛されることを愛されていると認識し、受け入れてしまう女性は、「ことばの暴力を止めて欲しい」と口にすることができない、つまり、暴力に抵抗できないという特徴があります。
しかも、怒鳴られたり、叩かれたりするのは、私が悪いから、私がいたらないから、私に非があるから仕方がないと思ってしまうのです。

-事例70(デートDV1)-
(詮索干渉・監視)
 交際期間中、Wと会うのも、電話するのも“毎日が”あたり前でした。
そして、Wは、私の会社で飲み会あると、飲み会の会場まで迎えにきました*1。しばらくすると、Wは、私が美容院の予約をしていたり、友人とお茶をする予定があったりすると、「俺よりそっちが大事か?! お前はその程度の気持ちなのか。」と非難するようになりました*2。
そのため、私は予約をしたり、友人と遊んだりする時間が少なくなっていきました。
毎日、Wと会えるのはうれしいものの、友人と過ごす時間や自分の用事も自由にしたいと思いました。
 しかし、Wに「俺よりそっちが大事か?! お前の気持ちはその程度か。」と非難されると、私は、自分の予定より、Wを優先させるしかありませんでした。
交際当初は、束縛もうれしかいと感じましたが、次第に、“会わないといけない”“電話しないといけない”と強迫観念に駆られるようになり、息苦しさを感じるようになっていきました。

*1.2 詮索干渉・監視による束縛(支配)です。

③ デートDVの問題点
a)「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」が適用されない
 平成25年7月3日公布、平成26年1月3日施行された『(改正新法)配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(以下、配偶者暴力防止法)』では、「婚姻関係における共同生活に類する共同生活(同棲生活)を営んでいる)」ときには、交際相手に対しても“同法を適用できる”と改正されました。
その解釈にもとづいて、「生活の本拠を共にする交際相手から暴力等を受けたあとに、生活の本拠を共にする関係を解消したあとも、ひき続き暴力等を受けた」場合においても、同法が適用されることになりました。
つまり、交際関係が解消したあとも“一時保護の決定”、“保護命令の発令”の対象になるということです。
 ただし問題は、婚姻関係における共同生活に類する共同生活を営んでいない交際相手には、配偶者暴力防止法は適用されないということです。
自宅から通学している中学高校生や大学生、もしくは、自宅から通勤していたり、一人住まいをしていたりする大学生や社会人には、配偶者暴力防止法は適用されない、つまり、住所を同じくする居住地で共同生活を営んでいない交際関係下では、一時保護や保護命令が適用されないことになります。

b)簡単に別れられる、たいしたことではないと軽視されがち
 さまざまな理由から、被害者が「別れられない」「別れたくない」と感じてしまうのがDV被害の特徴です。また、夫婦間のDVと交際相手からのデートDVに共通する問題として、加害者が別れることを強く拒むことがあげられます。
 しかし、デートDVの場合、「若いから」「結婚していないから」「子どもがいないから」などの理由で、簡単に別れられると周囲が思い込んでいることが少なくありません。
デートDVであっても、「逃げたりしても見つけだされたら、もっとひどい暴力を受ける」「逆らって怒らせたりしたら、なにをされるかわからない」といった強烈な恐怖心を抱えている被害者にとって、別れることは容易ではないのです。
 それだけでなく、コントロール(支配)には「下手にでるコントロール」があることが、より別れ難くしてしまうのです。
暴力の直後に謝ってきたり、優しくなったりすることがあります。
暴力の直後に期間限定で優しくなるのは、「支配できる対象者を失いたくない(別れたくない)」といった目的があるからです。
自分の支配欲・独占欲を満たし続ける目的のために優しくみせかけるのは、「下手にでるコントロール」ということになります。
ツラい思いをさせた被害者を気遣ってのおこないではないのです。
この下手にでるコントロールがあることで、「相手が変わってくれるかもしれない」「よい関係になれるかもしれない」と淡い期待を抱いてしまうことによって、加害者から離れ難くなってしまうのです。

c)家庭にDVがあり、虐待などと併発していると、より複雑になる
 家庭にDVがあり、虐待が関係していて、家に居場所がなく、恋愛に依存しているときには、加害者である交際相手と別れることができたとしても、安心して帰れる家があるわけではありません。
そもそもデートDV被害の解決のためのサポートを親に求めることができないことが、問題をより複雑にさせることになります。
 家庭にDVがあることと、子どもへの虐待がどう関係しているかですが、家庭にDVがある、つまり、両親の間にDVがあるときには、仮に、直接子どもに暴力がふるわれていないとしても精神的虐待を受けていることになるというのが、「児童虐待防止法」の解釈です。
DV・支配のための暴力のある家庭環境に暮らす(暮らしてきた)子どもは、被虐待児童ということになるのです。
 親から暴力を受けてきた児童(18歳未満の就学している子ども)などが、交際相手から暴力を受けることになった、つまり、二重の暴力被害を受けているという認識のもとでの対応が求められることになります。
18歳未満であれば児童相談所の介入と女性センターなどDV専門の相談機関、そして、学校などとの連携が必要不可欠です。
そしてなにより、DV・支配のための暴力被害を長い期間にわたり、慢性反復的に受けてきたトラウマ(心的外傷)に対する継続的なケアが欠かせません。

d)発達段階における脳や身体に与える影響が大きい
 発達段階である思春期後期から青年期の若い人の脳や体は、成人した大人よりも暴力による大きな影響を受けやすくなります。
暴力被害を避けるために顔色を伺ったり、機嫌を損ねないように気を遣ったりしているうちに、暴力に順応した考え方の癖やふるまい方を身につけてしまったりします。
 また、性暴力被害にあう可能性の高いデートDVでは、大きなトラウマ(心的外傷)によるダメージが深刻です。
幼児期の性虐待被害が、解離性障害や解離性同一性障害(多重人格)をもたらすのと同じように、デートDVによる性暴力被害も同じように解離性障害をもたらしたり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)としてのうつ症状やパニック症状をもたらしたりする可能性が少なくありません。
性暴力は自尊心を奪い、自己肯定感を損なうことになります。それだけでなく、性暴力を受けた体を“穢れたからだ”として受け入れられなくなったり、傷つけたりする2次被害を招いてしまうこともあります。
 さらに、避妊をしたがらないために妊娠のリスクを負うだけではなく、性病を罹患するリスクを負うことも理解しておかなければなりません。
性、セックスに関する間違った情報は多いにもかかわらず、正しい情報はあまりにも少ないのが現実です。加害者、被害者ともに、それが性暴力であるとの認識を持っていない場合も少なくありません。正しい知識を学べる機会が必要です。

e)進路の選択に影響する
 中高校生や大学生は、これからの進路を考える大切な時期であるにもかかわらず、被害者のエネルギーや時間の多くをデートDVへの対応にとられてしまう可能性があります。
それだけでなく、加害者の考えや思惑が、被害者の進路に大きく影響を及ぼします。
場合によっては、妊娠し、進学や就職を諦めなければならないことでてきます。将来への希望を諦め、人生の方向性がまったく変わってしまうこともあるのです。


(2) デートDV。人生に影響、リベンジポルノとレイプ
① リベンジポルノ
自撮りしたヌード写真や動画を交際相手にわたしたり、交際相手や配偶者に撮られていたりしたものを、別れた腹いせとして、元配偶者や元交際相手が画像や動画をインターネットにアップするのが“リベンジポルノ”で、その被害が深刻化しています。
映画『リベンジポルノ(2014年)』では、交際相手の要求に応え、自身の裸(下着姿を含)の画像や動画を渡した“こころのあり方(真理)”と、別離後、リベンジポルノの被害に合うという“歪んだ愛のあり方”を描いていますが、「20-30歳代の女性の16.6%(6人に1人)が、交際相手にセクシーな写真(ヌード)を撮影された経験がある」、「32%が、彼氏に自分の裸や性器の写真を撮られたことがある」とあるように調査結果には幅があります。
ただし、これらの数字には、ペン型や100円ライター型、腕時計・置時計型といった盗撮器具を用いた盗撮画像や動画については、本人が知らないところで撮影されているため、当然、含まれていません。
盗撮サイトには、リベンジポルノという趣旨だけではなく、本人が知らないところで多くのセックス動画や画像が投稿され、拡散されています。
アメリカでは近年の被害増加にともない、2013年カリフォルニア州で罰則を科す改正法が成立し、日本では、平成26年11月、リベンジポルノへの罰則を盛り込んだ「リベンジポルノ被害防止法(私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)」が制定されていますが、リベンジポルノは、「デジタルタトゥー」といい表されているように、一度インターネットに流されてしまうと、次々にコピーされ保管されたり、拡散されたり、永遠に画像や動画を消し去ることができなくなります。

-事例71(デートDV2・リベンジポルノ)-
 私は高校2年生のとき、コミュニティ交流サイトで30歳代の男性と知り合いました。私は、メールで愚痴を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりする友人のひとりと思っていました。ところが、突然、「ちょっと見たいから、裸の写真を送ってよ。」とメールが届きました。
私は、何度も断りましたが、その男性は、執拗に催促のメールを送ってきました。あまりのしつこさに、私は、裸の上半身を1枚“自撮り”して送ってしまいました。催促がしつこくて。あとのことなんて、そのときは考えませんでした。
大学生になり、ことの重大性に気づき、サイトの利用を止め、男性から“フェードアウト”しようと思いました。
ところが、逆に、連絡を求めるメールが次々と寄せられるようになり、遂に、「連絡をくれないなら写真を流す。自分が送った写真、わかってるよね?!」と脅しを含んだメールに変わっていきました。
親や親友には、恥ずかしくて相談できませんでした。
怖くて仕方がありませんでしたが、約1年間、送られてくるメールをひたすら無視し続けました。そして、やっとメールは止まりました。
 とはいっても、問題が解決したわけではありません。なぜなら、大学を卒業し就職して2年経ちますが、私の裸の写真はどこかで公開されているかもしれないのです。調べる勇気はありません。
「写真を流す」と脅しのメールが送られてきて6年間、私は、「流出していないはず」と自分にそういいきかせて、恐怖を打ち消して生活しています。

 事例71は、のちに重大な事態になることを考えずに、“執拗な催促から逃れたい”ために上半身裸の写真を自分で撮り送り、被害女性がやり取りを終えようとしたときに、「連絡が続けなければ、写真を流す」と脅されたケースです。
やり取りの継続を強いるこの脅しのことばが発せられた時点で、ストーカー事件でもあるわけです。
被害女性が調べていないこと、第三者を通じてネットに流れていることを知らされたわけではないので、その後どうなったのかの事実は把握できずにいるまま、被害女性は、流出しているかもしれないと怖れ続けています。流出していない確証が得られるまで、被害女性の精神的な苦痛は消えることはないのです。
そして、この男性と街のどこかで偶然に出会うリスクも残されています。なぜなら、上半身裸の写真には、被害女性の顔が映っているからです。このことは、その後のストーカー被害を招くリスク、新たに脅されるリスクが残っていることを意味します。
つまり、リベンジポルノの問題は、写真や映像の存在をもとに脅され、別れることを許されずに縛られる高いリスクを抱えるという認識が必要なのです。
 5年、10年経過したあと、その画像が動画を見た身も知らない第三者から脅され、更なる被害に発展してしまうリスクさえ残すことになります。
インターネットの進化は、瞬時に大量の情報を得られる便利さと、“悪意”をまき散らす手段をもたらしました。

② レイプ -望まない性行為の強要と妊娠-
 また、デートDVで忘れてならないことは、レイプ被害を含む性暴力による妊娠リスクや性感染リスク、さらに、薬物リスクなどです。
高校3年生の女子生徒の25人に1人がクラジミアに感染しているという調査結果があります。
先進国の中で日本だけがHIV(後天性免疫不全症候群:SIDS)の感染者数が増加していますが、その中心は若い世代です。
さらに、梅毒患者は女性の増加が著しく、平成27年10月28日現在で平成22年の5倍となり、76%は15-35歳と若い女性が占めています。
ここには、交際相手や夫が「コンドームを装着しない」といった問題があります。
「コンドームを装着することを嫌がり、避妊に協力しない」という行為は、多くの女性が認識できていない「性暴力」です。
 夫婦間強姦(レイプ)とは、夫からの深刻な身体的な暴行後、長時間にわたり罵倒し、糾弾し続けたあとにおこなわれることの多い苛酷な暴力です。
婚姻間のデートDVでは、「断れば嫌われる」「別れを切りだされる」との恐怖心を突かれ、セックスを強いられることが少なくありません。
ここに共通しているのは、コンドームを装着しないことから、「望まない妊娠」のリスクがあり、その妊娠をきっかけに、デートDVという問題を抱えたまま結婚に至ることが少なくないことです。
それだけでなく、望まない妊娠が複数回に及んでいるという問題もあります。
その場合、被害女性は、その都度、人工妊娠中絶をすることになることから、身体にかかる負担は大きくなります。
婚姻後(強姦後の妊娠で婚姻に至るケースを含む)のDV環境下では、夫に人工妊娠中絶を同意してもらうことができず、中絶の機会を失ったままに望まない出産に至っていることもあります。
さらに、妊娠している被害女性が、DV加害者である夫から避難しているときには、夫の同意書が得られず医療機関に受け入れてもらえないこともあり、状況はさらに困難となります。
夫婦間強姦、交際間強姦は、身体の統合性を繰り返し侵害されることにより、身体へのコントロール感覚を失う(解離)ことがありますし、被害者であるにもかかわらず、罪悪感を抱えこまされ、長く心に傷を受けることになります。

-事例72(デートDV3・性暴力8)-
(性暴力、傷害行為)
夫Tは、交際時、隠せないような首の上の方にたくさんのキスマークをつけました。
私が「目立つから止めて」とお願いしても、Tは止めようとしませんでした。
*1 キスマークは「吸引性皮下出血痕」といい、傷害行為です。

-事例73(デートDV4・性暴力9)-
(身体的暴力、殴る。性暴力、望まない性行為の強要)
交際相手のJは、私を殴った*1あと、必ずセックスを求めています*2。
また、不安なとき、ストレスが溜まったときなど、ほとんど毎日、私の気持ちは関係なくセックスを強います*3。
そして、Jは、化粧ポーチに入っているピルをとりだして、残っている薬を数え、「あと◯◯日は愛することができるんだね。」と口にします。
私は、本当にJとのセックスが嫌で、苦痛でしかありませんでした。
*1 身体的暴力(暴行)
*2 暴力のあとセックスに及ぶ行為は、相反する拒絶と受容のふるまいです。DV環境下では、典型的な行為で、思考混乱を意図したマインドコントロール性の高いものです。
*3 気持ちを無視して性行為を強いる行為は、性暴力になります。


-事例74(デートDV5・性暴力10)-
(性暴力、風俗通い、避妊に応じない)
交際相手Sのアパートに行ったとき、ソープランド*1のスタンプカードを見つけました。幾つかのスタンプが押されていて、その中には、12月24日のものがありました。
その日は、デートでSと口論となり、駅で別れ、Sのアパートで3時間待ってから、哀しい気持ちで家に帰ったクリスマスイブでした。
仕事から帰ってきたSに、そのことを指摘すると、「あの時は俺もどうかしてた。君が帰ったから、クリスマスだから、たくさんカップルがいて、周りのカップルとか見てたら、変な気分になって行ってしまった。」と自分勝手な理由をつけ、ソープランドに通っていることを正当化しようとしました。
Sにとって、私とのデートは、性行為目的であることを思い知らされ、私は、深く傷つきました。
しかも、ソープランドに通い性感染症の罹患のリスク*2がありながら、Sは「ゴム着けると気持ちよくないんだよね。生のほうが感じるから。」といい、避妊具を使用しない中での性行為*3は、私の恐怖になりました。
*1 交際相手の風俗店通いは、仮に、婚約下にあれば不貞行為(性暴力)に該当します。婚姻関係にあるときには、当然、不貞行為(性暴力)です。
*2 性感染症のリスクがある中で、コンドームを装着しない性行為は、性感染症を罹患させたときには傷害行為(性暴力)になります。
*3 相手の意志に反し、コンドームなどの避妊具を装着しない性行為は性暴力です。


-事例75(デートDV6・性暴力11)-
 私が21歳、大学生のとき、Oとアルバイト先で知り合いました。知り合って1年経ったことから一緒に遊ぶようになり、そして、1年後の平成16年12月、私が21歳のときに交際がはじまりました。
はじめの1年くらいはOとよく会っていましたが、私が大学を卒業し就職すると、仕事が忙しく会う頻度はかなり少なくなりました。そして、1-2ヶ月に1回のデートでは、Oは私の気持ちは関係なく必ず2回の性行為を求めてきました。
最初の性行為のあと私が寝てしまうと、Oは不機嫌になったり、怒ったり、幼児のように拗ねたりしました。最初は、怒っているOに対し腹を立て、「なんで怒られないかんの?! わけわからん!」と無言で帰ったこともありました。私とOがお金のことでケンカになったとき、私が「私の意志は関係なくやりたいの?!」というと、Oは「そんなこといいだしたら、俺の車だし、ガソリンは俺がだしている!」と、Oは私の意図とは違う解釈のお金の話を持ちだし、声を荒げました。
「俺の方が金をだしているだって? まるで、ホテル代をだしているのは俺だ。だから、セックスに応じるのはあたり前だ!」といいたいのかと、私は、Oのいいぐさに耳を疑い、呆れ、話をするのを止めました。
私の女性としての気持ちがまったく通じないOとの不毛なやり取りが何度も繰り返されると、私は非難され嫌な思いをし、不毛な時間を過ごすくらいなら、嫌でも2回の性行為に応じた方が楽と考えるようになりました。
 私は、Oからプロポーズを受け、平成25年8月中旬に同居をはじめるまでの8年間、「嫌でも性行為に応じるのが彼女の義務」といいきかせ、デート時の2回の性行為に応じ続けました。私は最初の性行為のあと寝ないように気を張り、性行為中は、「痛いな、早く終わらないかな」と思いながら応じていました。

-事例76(デートDV7・性暴力12)*-
現在、掲載にあたり、本人の承認待ちです。

 事例72-76にある、男性の身勝手な理由によるセックスに応じることを強いること、避妊に応じないことは「性暴力」です。
男性の「俺がしないのだから、応じるのはあたり前!」、「俺はしたくないのだから、それでいいじゃないか!」という身勝手な理由にこそ、DVの本質そのものということです。
 「性暴力(性的虐待、性搾取を含む)」は、特別な状況下ではなく、家庭や学校、習いごと、そして、職場など身近な相手が加害者になっていることが多く、決して滅多におこらないものではなく、身近な問題だということです。
女の子は8人に一人、男の子も15人に一人が性暴力の被害にあっているとされています。
レイプの80%以上は、顔見知り(よく知っている人)の犯行です。父母・祖父母・叔父叔母・従兄弟(11.9%)、配偶者・元配偶者(9.9%)、そして、友人や知人(学校の教職員、先輩、同級生、クラブやサークル指導者や仲間、職場の上司や先輩、同僚、取引先の関係者)(77.1%)によるものです。
つまり、性暴力加害者の1割強が親などの近親者で、8割弱がデートDVになりうる対象者、1割が配偶者や元配偶者ということになります。
 ただし、これらの数字は、本人が性暴力を受けたと自覚している人たちの数値です。
幼児期に性的虐待を受けた被害者は、第三者に指摘されるまで性的虐待被害にあってきたことを認識できていないことが少なくありません。
暴力のある家庭環境で暮らし、AC(アダルト・チルデレン)を抱える被虐待者やDV被害者へのカウンセリングでは、当初、「性暴力(性的虐待)を受けていない。」と応えていたものの、カウンセリングを進めるうちに蓋を閉じていた記憶の扉が開き、「そういえば、お父さんとお風呂に入ると小股がヒリヒリするから嫌だった。」、「お父さんの大きくなったおちんちんを握らされ、誰にも話してはいけないと口止めされていた。」などと話しはじめることに表れています。
また、1割とされている配偶者や元配偶者、つまり、夫婦間においても、「~しなければ、~するぞ!」、「~に応じなければ、~してやる!」といった“脅しのことば”を伴うセックスの強要(レイプ)であっても、「セックスレスは離婚原因となる」との認識によって、「嫌でも夫婦(交際しているの)だから応じなければならない」と思い込んでいる女性は相当数にのぼります。夫婦関係はそういうものとがまんし、耐え、泣き寝入りしている人たちに無自覚な人たちを含めると、実態はもっと多いことになります。
性暴力被害の多くは、家庭内で、逃れることもできずに繰り返されています。性暴力の真実は、「身近な家庭の中にある」のです。
 性暴力被害者たちは、自己性だけでなく、存在そのものを否定し、強い“穢れ感”に自暴自棄になり、さらなる性暴力被害を受けたり、自ら傷めつけ、身を亡ぼすかのように性搾取の世界に飛び込んでいったり、薬物やアルコールに溺れてしまったり、2次被害に身をおいて、自分を大切にしたり、自分を守ることを捨て去ってしまう悲劇さえ招いています。
デートDV下のレイプなどの性暴力や薬物使用は、“これから”の人生を破滅させる怖れのあるものとして更なる教育啓蒙が必要です。教育啓蒙は、“性暴力”がなぜおるのか、そして、どう防ぐのかといった正しい知識を学ぶことだけでなく、性暴力被害を受けた被害者が、誰にも話せず、つらい思いをひとりで抱え苦しんでいるとき、いつまでに、誰に相談したらいいのかについて学ぶことになります。
それは、「警察」では、a)産婦人科の医療費を公費で支出する制度を受けること、b)精神的被害を受けたとき臨床心理士から無料でカウンセリングを受けたり、「被害者支援センター」等のサポートを利用したり、女性がレイプ被害にあったときには、望まない妊娠を避けるために“72時間以内(3日以内)”に「72時間ピル」を服用しなければならないことから、「性暴力被害ワンストップ支援センター(平成26年12月現在、全国16ヶ所)」に連絡をし、いまなにをしたらいいのかを相談したりすることを学ぶことです。
婚姻後のDV被害を防ぐには、まず「デートDV」を防がなければならないのです。

 また、「デートDV」における支配のための暴力の対象は交際相手ですが、それは、男性から女性、女性から男性だけでなく、ゲイ・レズビアン・バイセクシャル・トランスジェンダー(LGBT)といった同性愛者同士を含むものです。
LGBTについては、社会的認知が少しずつ進んでいるものの、依然として偏見、差別の対象になりやすい状況には変わりはなく、社会的に弱い立場であるがゆえに、誰にも相談できずに深刻な事態になっています。


(3) デートDVから結婚に至る経緯
 平成22年9月-平成27年7月で、「婚姻破綻の原因はDVにある」として離婚調停(裁判を含む)に臨んだものの夫が妻へのDVを認めず、しかも、調停委員や調査官にDV被害をわかってもらえない中で相談を受け、離婚調停・裁判での離婚の成立、一時保護の決定、保護命令の発令、傷害事件の立件にあたり、直接DVを立証するためのサポートをしてきた23件を検証すると、次の3つの傾向を読みとることができました。
それは、第1に、デートDV被害を認識することなく結婚に至っていること、第2に、暴力のある家庭環境で育ってきたことを認識できていないこと、第3に、子どもの多くにAHDHやアスペルガー症候群などの発達障害の診断がされていることです。
 第1の「デートDV被害を認識することなく結婚に至っている」ことですが、交際のきっかけをまとめると、a)離婚後シングルマザーになり、その後、高校の同級生と再会した、b)大学の先輩や同級生、または、職場での同期入社として出会った、c)大学生のときアルバイト先で一緒だった、d)婚活サイトで出会った、e)きょうだいや友人、知人の紹介で知り合ったとなります。
一般的に、DV被害を考えるとき、夫となる男性とどのように出会い交際に至ったのか、その交際ではどのようなことを話し、どのようなデートをし、そして、結婚を決意した経緯(いきさつ)についてあまり気にかけることはないようです。
しかし、長期間にわたり、慢性反復的にDV被害を受けることになったのはなぜか、逃げたり、別れたあと会いたくなったり、復縁することになったりするのはなぜかといったDV問題の本質にかかわる情報の多くが、ここに詰まっています。
 第2の「暴力のある家庭環境で育ってきたことを認識できていない」ことですが、23件すべての被害女性が、暴力のある家庭環境で育っていましたが、離婚調停でDV被害を訴えている時点で、認識できていた被害女性は3名(13.04%)で、20名(86.96%)の被害女性は、暴力のある家庭環境で育っていたことを認識していませんでした。
そこには、①「母親が過干渉であった」、「父親は厳しかった」という認識をしていても、それらの行為が、常軌を逸した支配(暴力)とは認識できていない認知の問題、②「愛情のこもった料理を母がいつも準備してくれていた」、「私の家族はとても仲がよく、いつも相手を思いやり、笑い声のある家庭で育ちましたので、怒鳴られることがなく、…」と真逆の記憶に書き換えている問題、③母親・父親からの身体的虐待、性的虐待の事実の記憶そのものがなくなっている問題がありました。
 20-30歳代の社会人男女200人(男女100人ずつ)に対し、「過去に親からどのようなしつけを受け、罰を与えられたことがあるか?」を訊いたアンケート結果があります(平成28年;12項目、複数回答可)。
 「過去に親からしつけとして与えられた罰」に対し、叩かれる(53.5%)、長時間のお説教(32.0%)、押入れ・ベランダなどに閉じ込められる(22.0%)、ゲーム・おもちゃなどをとりあげられる(21.0%)、おやつ抜き(12.5%)、正座(11.0%)、ご飯抜き(8.5%)、お小遣いの減額、とりあげ(6.5%)、置き去り(6.5%)、強制お勉強(5.5%)、誕生日・クリスマスのプレゼントなし(2.5%)、反省文(2.5%)と回答しています。
加えて、「とりわけ衝撃的だった(“最も衝撃的だった”親からしつけとして与えられた罰)」ものについても同じ項目からひとつ選んでもらうと、男性では、叩かれる(30.5%)、長時間のお説教(13.0%)、押入れ・ベランダなどに閉じ込められる(12.0%)、ゲーム・おもちゃなどをとりあげられる(4.0%)、おやつ抜き(3.0%)と回答し、女性では、叩かれる(35.0%)、押入れ・ベランダなどに閉じ込められる(12.0%)、長時間のお説教(6.0%)、ゲーム・おもちゃなどをとりあげられる(6.0%)、置き去り(3.0%)と回答しています。
 そして、「最も衝撃的だったしつけ体験について、いま、ふり返ってみて、どのように思うのか」を訊くと、①「叩かれる」ことについて、「よいと思う。誰かが痛みを教えないといけない(33歳・男性)」、「多少トラウマになったようで”自分は決して暴力を他人にふるうものか”と思うようになりました(38歳・男性)」、「本気で叩いてないし、しつけだから問題ない(29歳・男性)」、「掃除機の柄で叩かれて肩が外れかけました。いくらなんでもやりすぎだと思います(37歳・女性)」、「叩くのは親がすっきりしたいからだと思う(34歳・女性)」、②「長時間のお説教」について、「気が遠くなるほどやられた(33歳・男性)」、「無駄話が多かった(26歳・男性)」、「やはり自分が悪いことをして罰を受けているので、当時はすごい嫌で覚えているが適切な判断だったと思う(32歳・男性)」、「怖かった(27歳・女性)」、「特別不適切に思ったことはない(25歳・女性)」、③「押入れ・ベランダなどに閉じ込められる」ことについては、「自分が悪いことをしたのだから適切(38歳・男性)」、「閉所恐怖症だったのでキツかった(37歳・男性)」、「過激だったとは思わないが、悲しかっただけでしつけとして効果的だったかどうかは微妙(28歳・女性)」、「思いだすだけでも嫌になるが、もし自分に子どもができたとき、頭を冷やせという意味で同じことをすると思う(31歳・女性)」、④「ゲーム・おもちゃなどをとりあげられる」については、「詳しくは覚えていないが、なにか悪いことをしたせいだから仕方ないと思います(33歳・男性)」、「ゲームをやり過ぎていた自分も悪かったが、とりあげられて余計にイライラしてしまった(24歳・女性)」、⑤「おやつ抜き」については、「一番効くと思う(26歳・男性)」、⑥「置き去り」について、「山の中に置き去りにされて動くことができず、泣いたのを覚えています。捨てられる恐怖を覚えて、いまもトラウマです(30歳・女性)」と回答しています。
 調査対象は、20-30歳であることから、平成7年-昭和60年に生まれです。仮に、父母が20-30歳ときに生まれていると考えると、父母は昭和50年-30年生まれの40歳-60歳、同様に、祖父母は昭和30年-大正14年の60歳-90歳ということになります。
戦前戦後生まれの祖父母、戦後から高度成長期生まれの父母のもとで育った調査対象者は、「親のしつけ、罰」と称されたアンケートに対し、その多くが、親の虐待行為を容認していたのです。
こうした親の虐待行為を「親のしつけ、罰」として容認している人が、DV被害を受けることになったとき、DVそのものを認識し難かったり、子どもの面前でDVがおこなわれていることに対し、子どもは、精神的虐待下にあると認識することができなかったりするのはあたり前ともいえます。
 第3の「子どもの多くに、ADHDやアスペルガー症候群などの発達障害の診断がされている」ことですが、携わってきた23件のDV離婚事件のうち18件で、33人の子どもがいました。
その33人の子どものうち19人(57.58%)が、既に、アスペルガー症候群、ADHDといった発達障害の診断がされていたのです。
発症率は、ADHDが3-7%、アスペルガー症候群が10%とされている*-46ことから、この57.58%という数字は、非常に高いものです。
この高い数字を考えるうえで、平成20年-21年度「子ども虐待問題と被虐待児の自立過程における複合的困難の構造と社会的支援のあり方に関する実証的研究(厚生労働省)」は、重要な意味を持ちます。
このレポートでは、「A県の児童相談所で虐待受理ケース119事例の中で、71事例(59.67%)が障害を持つ子どもを養育している、つまり、56例が当該児童に障害があり、48例にきょうだいに障害があり、33例に当該児童ときょうだいの両方に障害があり、15例はきょうだいのみに障害がある。」と報告しているのです。
これは、暴力(虐待)のある家庭環境で子どもが育つことと、発達障害を発症することには、ある一定の因果関係があることを示すものです。
虐待の後遺症として生じる反応性愛着障害の諸症状には、発達障害の示す臨床像に極似のものが含まれます。
虐待は、脳の器質的機能的異常を生じさせることから、発達障害といわざるを得ない臨床像を呈し、「発達障害と診断されている子どもの30-40%は愛着障害である。」との指摘があります。
したがって、一般的に、ADHDやアスペルガー症候群を含む多くの発達障害は、「先天的な脳の器質障害であり、生育歴は一切関係ないとされる」と認識されていますが、暴力のある家庭環境で育っていることが、ひとつの発症原因となっていると認識することが重要です。
暴力のある家庭環境での養育歴は、愛着障害だけでなく、発達障害など極めて高い発症リスクがあるのです。
子どもの発達障害と児童虐待・面前DVとは、複雑に絡み合っています。
 そして、「Ⅱ.児童虐待・面前DV。暴力のある家庭環境で暮らし、育つということ」に記しているとおり、子どもの治療には、正しい情報を伝え、正しい診断を受けることが欠かせないわけです。
しかし、18件すべての被害女性(母親)は、「子どもへの暴力の影響が心配」というものの、自身の子どもが発達障害であることと、暴力のある家庭環境で育ててきたことを結びつけることができていませんでした。
*-46 アメリカでは、男子高校生の5人に1人の割合でADHDの診断がされ、10年前に比べると53%増加しているといいます。4-17歳では約640万人にのぼります。
2009年(平成21年)におこなわれた調査では、近年10年間で自己愛性人格障害が発生した率は2倍以上に増加しており、人口の16人に1人にのぼると報告されています。
この10年、アメリカ社会でなにがあったかということですが、それは、2001年(平成13年)9月11日、アメリカ同時多発テロが発生したということです。
以降、イラク・アフガニスタンに派遣され、戦場で亡くなった兵士が6.460人(2010年現在)、帰還したアメリカ人は約200万人で、そのうち20-30%(約40-60万人)がPTSD、うつ、不安、悪夢、人格変化、記憶障害などを抱え、苦悶するなど、精神的・心理的障害に悩まされています。
さらに、2010年(同)20年)の帰還兵の自殺者は6,500人を超え、毎日18人前後の元兵士が命を絶っています。そして、派遣される兵士の多くは低所得層出身者です。これは、ベトナム戦争以降、変わっていないことです。
 アメリカで子どもの虐待の通報件数は、日本の約20倍になっています。
しかし、アメリカでは「子どもは社会のもの」と考えられているため、社会が虐待に積極的に対応する一方で、日本では「子どもは親のもの」といった考えが根強く、他人の家庭には口だししない風潮があったり、また、誘拐件数が多く発生したり、アルコール依存症やホームレスの率が髙かったりするなど、アメリカの社会病理が日本より進んでいることを背景に、ネグレクトに関する考え方に違いがあったりします。
例えば、スーパーマーケットの前にベビーカーに乗せた赤ちゃんを数分間放置しておい ても、日本では問題視されませんが、アメリカではネグレクトとして親が逮捕されます。幼児だけで留守番をしている間に火災がおきると、日本では「不幸な事件」 としてとり扱いますが、アメリカではネグレクトとして親が逮捕されます。
子どもへの虐待を「親がおこなう、子どもにとって怖い行為」という考え方に立ち、アメリカのネグレクトのとらえ方、子ども人口の差を踏まえると、日本とアメリカの虐待件数は、それほど違わないとされています。
こうした考えにもとづき、面前DVなど精神的虐待など表にでてこない虐待案件が相当数に及ぶと考えられることから、日本では3-7%とされているADHD、10%とされているアスペルガー症候群などの発達障害、そして、自己愛性人格障害の発症率は潜在的にかなり高いと思われます。



-事例77(分析研究8)-
 高校の同窓会があり、私(E。38歳、短大卒)は同級生と久々に再会し、そこにF(37歳、大学卒)もきていました。
同窓会では、それぞれの近況を報告し合いました。
私はバツ1で子どもがいることを伝え、皆と連絡先を交換しました。その後、私の家で飲み会を開くことになり、同級生の男女10人くらいが集まりました。
その中にFもいました。
Fと私は、高校2、3年生のときの同級生でした。同じクラスでしたが、当時、女子より男子の方が多く、Fのことはあまり記憶に残っていませんでした。
再会したFは、非常にやさしい雰囲気でした。
そして、私とS(第1子、当時4歳)とで飼っていた犬をかわいがったことから、子どものSがすごく喜びました。
1ヶ月くらい経ったとき、夜23時過ぎにFから「前に皆で集まったときの写真が欲しい。」と電話があり、私は「じゃあ今度とりにおいで。」と応じました。するとFは「いま、飲みにきている。」といい、家に写真を受けとりにきました。
私は、家に子どもがいるのをわかっていて、しかもこんな遅い時間に電話をかけてきて、さらに飲んでいる最中に電話なんて変だな?と思いました。
しかし一方で、家に写真をとりにきて、子どもと遊んでくれているFを見て、Fに惹かれました。そして、つき合うようになりました。
 つき合いはじめ、Fが家に遊びにくるようになり、こんなに楽しい人は世の中にいないと思うくらい明るくおもしろい人でした。トランプやゲームをして子どものようにはしゃいだり、家で一緒にお酒を飲んだりしていっぱい語り合いました。
しかし、Fが家に遊びにくるようになって3回目のとき、家に入って1分もしないうちにFの顔色が急に変わり、突然「帰る!」といったのです。
私は訳がわからずに止めましたが、明らかに前回までのFとは別人でした。
 私は離婚後も1度目の結婚相手の姓を名乗り、駐車場の看板にもその苗字が書かれていました。
Fは「ここに停めるの、気分悪いんだけど!!」と非難し、責めました。「お前が昔つき合った彼氏はどんな奴でもいいが、Nだけは嫌だ。Sの父親だから」と子どもの父親のことを持ちだして否定し、非難しました。
私は、Fが嫌がる気持ちもわかりました。しかし一方で、私の状況をわかっていてつき合ったはずだから理解してほしいと思いました。
そして、理解されず私は苦しみました。
苗字を変えないと、いつまでもいわれ続けると思いました。そこで私は、Fの気持ちを汲んで、Fと結婚する前の旧姓に戻しました。
交際をはじめて1ヶ月で、私とFは結婚しました。そして、結婚したら、気持ちも収まってくれると思っていました。
しかし、結局戻しても、夫となったFはそのことをぶり返してきて、「名前変えても、前の名前覚えているし!」と非難し、責めました。
苗字旧姓に戻しても、戻さなくても、結局、非難され、責められるんだと思いました。
1度目の結婚相手と同じ苗字がテレビ等ででると、ひどく緊張し、これから先も責め続けられると考えると、心が苦しくなりました。
とはいっても、私が離婚をして、その状況をつくっていたことが現実なので、Fに責められても仕方がないと諦めました。
 私と子どもが買い物に行っている間、留守番していてもらったとき、Fが押し入れの中をあさっていました。
帰宅すると、Fはものすごい剣幕で「(私の1度目の結婚した)前夫と私のツーショット写真がでてきた!」と怒鳴りつけ、「元彼氏ならなんとも思わないけど、元旦那ならゆるせない!」、「なんでか、わかるか? Sのお父さんだから!」と罵声を浴びせ、ひどく責めました。私は泣いて謝りました。
しばらく時間が経つと、今度は「なんでもっと堂々としていないんだ!」と罵倒し、私はいっていることが真逆で混乱しました。そして、とても傷つきました。
Fは、私の手帳もひきだしから探しだし、読んでいました。
私が「なんで見るの?」というと、Fは「こういうものは見られた方がいいんだ! 相手の考えていることがわかっていいから」と応じ、自分のふるまいを正当化しようとしました。
Fは、私のかばんの中も何度か見ていました。
 結婚して1ヶ月経ったころ、私は熱をだし、2日寝込むことになりました。
するとFは「いったいいつまで具合悪いんだ!」と怒鳴りつけ、「ほんと体弱いね! いったいいつ治るのよ!」と非難しました。
その後も、私の具合が悪いと、Fはいつも「体弱い!」と非難しました。
Fが病気をしたときは「あんたの病気がうつった!」と責任を押しつけ、非難しました。
 またFは、私に対し、いいがかりをつけてきたり、ケンカを仕掛けてきたりしておきながら、その直後には、明るい元気な声で「やっぱり好き!」、「すいませんでした♪」と軽いノリで謝ってきました。
あれほどの怒りを私にぶつけていたと思ったら、急に手のひらを返したように態度が変わるのが、私には理解することができませんでした。

 事例77(分析研究8)では、出会って直ぐにで、この人なんか「変」、「おかしい」といったアンテナに触れていました(感じていました)が、Eの「夫がどうするかを考える(どうしたいかと思いを馳せる)」といった夫Fの“機嫌を損ねない”ように、“意に反しない”ように考える癖(認知の歪み)がその思いを消し去ってしまっています。
この人なんか変、おかしいと感じたことは、事態を深刻にすることなく関係を終わらすことができたターニングポイント(デートDV被害から逃れる)でしたが、Eは、その機会を逃すことになりました。
これは、結婚適齢期の女性がデートDV被害にあっていても、その被害を直視できずに、そのまま結婚に至るのが6割に及ぶその状況を示すものです。
 Fが、「非常にやさしい雰囲気で、私とS(第1子、当時4歳)とで飼っていた犬をかわいがったことから、子どものSがすごく喜びました。」とあるように、Fが“スッと”Eの懐に入り込んでいることがわかります。
そして、「子どもと遊んでくれているうちに惹かれた」ことが、のちに、数時間前に「変」、「おかしい」と感じた思いを消し去ってしまいました。
この状況は、Fが、「Ⅰ-7.被害者心理。暴力でマインドコントロールされるということ」の中で、「マインドコントロールは、ことば巧みに人々の心と行動、思想、感情を支配する方法です。
つまり、単に人の心を自由自在に操ることができる状態にすることです。」、「徹底的に人情を手段として…(事例103「豊田商事グループ詐欺事件」)などと記しているとおり、“情”につけ込こんで(情をコントロールして)懐にスッと入り込む術を身につけている人物であることを示しています。
キーワードは、DV加害者は、新興宗教やカルトの勧誘をする者、詐欺を仕掛ける者と同様に、初期の段階で支配できる相手を選別したうえで、落とすポイント、つまり、警戒心を排除し、懐にスッと入り込めるポイントを見極めたうえでアプローチを仕掛けているということです。
このケースでは、Eが同窓会後、2次会としてEの家に招いていることから、Fにとって、同窓会などの会話だけでは把握することができない「バツ1で子どもと生活している」生々しい情報を一瞬にして手に入れることができたのです。
そして、懐の甘さ、要求すれば断ることができない特性に加え、寂しさ(弱さ)を抱えているなどの現状、そして、オトしどころはどこかことを見極めることが1日でできたわけです。
 シングルマザーの警戒心をとり去るのは、第1に、子どもに優しく接してくれることであり、第2に、自分と子どもが共通して大切にしているモノ(ペットや物、本、おもちゃ、習いごと、そして、心情など)を認めてくれることです。
このケースの状況は、マムズ・ボーイフレンドによる子どもへの暴力(虐待)被害を受けることになる典型なパターンといえるものです。
 そして、Rが暴力のある環境で育ってきたために、暴力を容認しやすい傾向が顕著に表れている記述が『Fの顔色が急に変わり、突然「帰る!」といったのです。私は訳がわからずに止めましたが、…』です。
顔色が急に変わり「帰る!」に対し、Eは不機嫌な態度を示されたと戸惑います。
この戸惑い、混乱したときに、Fを“止めた”とあるように、Fのふるまいを踏みとどまるようにふるまっています。
これは、Eが「不機嫌になる=気分を害した=嫌な思いをさせた=嫌われることをした→とり繕わなければならない→嫌われないように、嫌な思いをさせないように、気分を害しないように、不機嫌にならないようにしなければならない」という思考プロセスでものごとを判断したことを示していています。
この根底にあるものが、“見捨てられ不安”です。
つまり、嫌われたくない=別れたくないので、その事態を回避するためにFが帰ろうとするのを止めたのです。
このEの「止めた」というふるまいによって、RとFの関係性において、「俺は嫌だったのに、お前がお願いしたから、仕方がなく~してやった」という構図がつくられたのです。この瞬間に、上下、支配と従属の関係性がスタートしたことになります。
上下、支配と従属の関係性をつくりあげる扉を開けることができたら、あとはその関係性を固定化するために徹底的に叩き込むだけです。
 交際直後に、Fは、Eが離婚した前夫の姓をなのっていることを否定し、非難しています。
留守中に押入れをあさって前夫の写真を探しだし、否定・非難することばで責め、ひきだしの中の手帳もだし見ています。
この行為は、自分はお前たちのことはなんでも知っておく必要があるとの強烈な独占欲・支配欲によるもので、非常に高い嫉妬心、強い執着さを持っていることを示すものであり、ストーカー行為ということになります。
それだけでなく、Fの特性(偏った考え方の癖)として、第1子と前夫の関係性、つまり、血のつながり(血縁)に“強いこだわり”を持っていることを示しています。
このことは、自分の血を引く実子(第2子)の誕生によって、分け隔ててかかわるようになることを示唆しています。
 このときEは、「押し入れの中をあさってまで、なにかを探ろうとしていたのは許せないと思いました。」のであれば、この先も同じことが繰り返され、否定・非難することばで責められると考えをめぐらし、関係を終わらせることができたわけです。
しかしEは、「たまたま捨ててない写真があったのは悪い」と責任は自分にあると、すごく謝った」と“自分が悪い”“自分に責任がある”との相反する考えを持ちだしました。
そして、Fのふるまいを受け入れて、Fのふるまいを正当化してしまったのです。
しかもEは、「夫と結婚する前に旧姓に戻しても、夫には話をぶり返して非難されたことで、なにをしても非難され責められることで思い知らされ、やがて、自分に責任があるので仕方ないと諦めるようになりました。」と述べています。
つまり、Eは、Fと出会ってわずか1ヶ月で、暴力のある環境を受け入れ、「学習させられた無力感」の状況に陥っています。
 Eが、Fの最初のアプローチ以降に見せた考え方の癖(認知の歪み)にもとづく、思考・行動パターンは、Fからの暴力の影響ではなく、Eが育った家庭環境によるものということがわかります。
つまり、Eが育ってきた家庭環境は、「学習させられた無力感」を植えつけられるほどの暴力がおこなわれていた可能性が高いということになります。
 一方、Fが、Rの体調が悪かったり、出産後、子どもに手がかかるようになったりすると不機嫌になり、非難するふるまいは、DV加害者が、交際相手や妻に“アタッチメントの再獲得を求める”典型的な行動パターンです。
無償の愛を与える親に投影したふるまいですから、自分に至れり尽くすのが当然の妻が、体調が悪くなり自分の世話ができなくなったり、自分より子どもに手をかけたりすることを許すことができないのです。
妻が妊娠したり、出産後に暴力がひどくなったりするのも、同じ理由によるものです。
具合の悪いときに大切にされないことは、存在そのものを“拒絶されている”ことを意味します。
そのため、被害女性が、加害男性同様に、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメント獲得に問題を抱えているときには、「見捨てられ不安」が強く働くことになり、拒絶されないように(自分を大切にしてもらう(愛される実感をえる)ために)、これまで以上に気を遣い、意に反しないように心がけなければならないと思いを巡らすことになります。
これは、アタッチメントを損なっている者が、拒絶されることを回避するための典型的な行動パターンです。
 Eが、Fからの暴力を回避するために意に添うようにふるまうようになったとき、Fが怒りをぶつけてきたと思ったら、なにごともなかったかのようにふるまうことを、Eは「理解不能だった」と述べています。
Fのふるまいは、思考をコントロール(マインドコントロール)するための“相反する拒絶と受容のふるまい”ということになります。
人は、優しい人が突然怒鳴りつけたり、非難したりするなどの理解し難いふるまいに困惑(混乱)し、得体のしれない不気味さを覚えるようになります。得体のしれない不気味さは、逆らったら、怒らせたらなにをされるかわからない恐怖となります。
「Ⅰ-7-(2)学習された無力感」、続く「Ⅰ-7-(3)ミルグラムのアイヒマン実験」、「Ⅰ-7-(4)暴力、洗脳、マインドコントロール」に記しているとおり、人は、暴力による恐怖を与える相手を排除(殺害)したり、暴力による恐怖を与える相手から逃げたりすることできなければ、人は暴力から逃れるよりも、オドオドと怯えながら顔色をうかがい、意に添うようにふるまい続けることで、暴力のある環境に順応していこうとします。
なぜなら、そうすることが、暴力のある環境で生き延びる唯一の方法だからです。
そして、暴力による強烈なストレスが心身の不調として表れ、もう耐えられないと心が悲鳴をあげるまで、逃れよう、別れようという思いを封印することになります。
 この事例77(分析研究8)では、Eがアタッチメントに問題を抱えていることを裏づけるものが、「ワークシート」に書かれた“最初の結婚の経緯”に認められます。
そこには、『前夫との結婚は、役所の休日窓口に婚姻届をだすと、数日後に役所から電話があり「重婚ですよ」と指摘された。』と驚愕な内容が書かれています。
このとき、Eは年齢が一回り離れ、大人の魅力を持った前夫と別れることができず、交際を続け、その後、前夫の離婚が成立すると、親の反対を押し切って結婚しました。
そして、前夫との離婚については、『結婚後、新居で生活をはじめると、何件ものローン会社から督促状が届き、返済を求める電話が鳴り続き、第一子を妊娠していたのでツラかった。それだけでなく、前夫は別の女性とつき合い、その女性も騙してお金をまきあげていたことがわかり、離婚を決意した。』と書いています。
一回り年齢が離れた異性に惹かれることは、アタッチメント再獲得として自分が生まれたときの父親と近い年齢の男性に惹かれていくといった典型的な行動パターンです。
このことは、Eが育った環境において、父親の支配(暴力)が激しいものであることを示しています。
 妻子のある男性しか愛せない女性は、「自分が乳幼児だったときの家族の構成と同じ状況下で愛されたい(愛着を獲得したい)」という思いがモチベーションになります。
思春期から青年期に、自分が乳幼児だったときの父親と同じような年齢の男性と交際をしてしまうのも、父親から与えられるはずだった安全が保障され、守られている安心感の中でまどろみ、リラックスしたい欲求にもとづくものです。
しかし、そのひとときの安らぎの時間が終わりひとりになると、カラカラに乾いた渇望感や底なし沼のような寂しさが満たされることはないことに気づき、より深い寂しさに襲われることになります。
その結果、他の人だったら求めているものを与えてくれるかもしれないと、次々と相手を替えてセックスを繰り返すことになります。
それは、時として、行きずりの男性とのセックスや援助交際という行為となります。
しかし、結果として、追い求めるものを手に入れることができず、心はズタズタに傷ついていきます。
Eは、最初の離婚時に、「一回り歳の離れた男性に惹かれ、DV被害を受けることになったのは、自身が、DVのある環境で育ったことが影響していた」ことを学ぶ機会がありました。
そのとき、適切な心のケア、サポートを受けることができれば、2度目の結婚で、さらにひどいDV被害に合うことを防げた可能性があります。しかしそれを妨げたのは、心理カウンセラーである父親の支配(暴力)でした。


-事例78(分析研究9)-
現在、掲載にあたり、本人の承認待ちです。

 Aは、Mとアルバイト先で同期入社です。
「よく会いますね」、「運命的ですね」と頻繁に声をかけてきて、帰り道をついてくるなどストーカー行為を自覚していましたが、上司とのトラブルで「助けてもらった」、「頼りがいのある人」と認識することになりました。
その直後に食事をするようになると、Mは「俺とつき合うのが運命だ」といい、「結婚してください! 間違えた。つき合ってください!」と交際を申し込み、「彼氏がいるから無理」と断りを入れても、「君とつき合うために、10年もつき合っていた彼女と別れてきたのに、なんでつき合ってくれないんだ!」と強い口調で非難し、責め、「彼氏がいたって構わない。友だちでもいいからつき合って欲しい」と執拗に交際を求めています。
結婚を約束した交際相手がいたAは、2度目の怖さを感じ、ここで会うのを止めます。
 しかし、30歳を過ぎた娘Aを支配し続ける(過干渉な)母親に、交際相手との結婚を許されず、別れたことで、話の面白かったMと再び食事をするようになります。
そして、再び、Mの「小さいころからよく夢にでていた女性に私がそっくりだ。」といった運命論や神秘性をアピールしてくるなど不気味さを感じながらも、「結婚を前提につき合って欲しい。」といわれ、交際をはじめます。
Aは、帰り道をついてきたことをストーカー行為と理解していました。
しかし、「よく会いますね」、「運命的ですね」と頻繁に声をかけてくる言動、そして、(結婚後に判明した)上司とのトラブルのときMは管理者にかけあったわけではなく、“私ごと”で話しただけで、自分に特別なことができる力があると誇示するための戯言(たわごと)が、意図的に仕掛けられた出会いとは知る余地はありませんでした。
 気になる女の子(男の子)が乗るバスや電車に乗ったり、通学下校時にこの道を何時ぐらいに通るかリサーチしたりするのと同じで、営業先を訪問したときに顔を合わせる機会が多かったり、よく飲みにいく店に行くとその人もよくきていたりすることがあります。
こうした偶然を装った出会いのために、好意を抱いた異性のことをリサーチすることはよくあることですし、そこから恋愛に発展し、結婚することには問題はありません。
しかし、その交際期間中、そして、結婚後に暴力があったときには、それは“よくあること”としてすましてしまうことはできないのです。
なぜなら、「気になる人だから」、「その人が好きだから」という動機ではなく、支配すると自分勝手な欲求を満たす(「俺のものにする」)ため、アタッチメントのやり直しをさせる(「アイツなら俺のいうことをきかせられる」)ためという動機(企て)にもとづいているからです*-47。
*-47 「リサーチにもとづく企て」については、「Ⅰ-7-(5)霊感商法、対人認知」、「Ⅰ-7-(6)結婚詐欺師の言動・行動特性」、「Ⅰ-7-(7)自己啓発セミナー。それはカルト活動の隠れ蓑」で、詳しく説明しています。
 しかし、暴力のある家庭環境で育っていると、この両者の違いを見極めることができないのです。
なぜなら、親から与えられた愛情は、支配(束縛と干渉、暴力)、そして、条件つきの愛情だったからです。
そのため、相手に詮索干渉され束縛されることさえ、「嫌だけど、私のことを思ってのことだから(好きだから)」と善意のふるまいとして受け入れてしまうのです。
ここには、愛されていないことを認めることがあまりにもツラいことから、向き合うことを避ける(回避する)心理が働いています。
 中高大学生向けの「デートDV講座」では、必ず「愛と束縛は違う」ということを教えます。
“束縛”とは、「好きなら自分ともっといっしょにいるべきである(いなければならない)と、相手の行動を制限すること」と説明し、“愛情”は「相手の気持ちや考えを敬い、尊重することがベースになっているけれども、束縛は尊重したり、敬ったりすることはない行為であることから、愛情とはまったく違うもの」と教えます。
「私と仕事(学校や部活、塾、習いごと)のどっちが大切なの?」、「俺と家族のどっちが大事なんだよ」といった二者択一で選ばせることは、愛情の“試し”でしかなく、人の心を信じられない、そして、自分の心を信じられないといった特性が顕著に表れた行為です。
この愛情の“試し”は嫉妬心と統合して、相手の行動を詮索したり、干渉したり、制限したりすることになります。
人の心を信じられないだけでなく、自分の心を信じられないのは、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損なっているからです。
この愛情の“試し”は、「俺を愛しているなら、そうしてくれ(そうするもんだろ)」といった自己中心的(自分本位、自分勝手)な世界観にもとづく考え方が根底にあります。
重要なことは、自己と他の境界線があいまい(主語は自分、一人称)であるということです。
子どもの正常な発達としての「自己と他者の分離」は、暴力のある家庭環境で育つことで損なわれます。
 一人称、つまり、自己中心的な世界観には、人のことを思いやったり、人の思いに共感したりする感性、人の考えや気持ちを尊重する概念は存在しません。
幼い子どもに対して、「パパとママのどっちが好き」と訊くことができるのも、自己中心的な世界観にもとづいています。
それは、自分の不安を払拭して安心したい、自分が優越感(存在価値)を味わいたいだけのふるまい、つまり、親が子どもに対し、愛情の試しをおこなっているのです。
そのため、子どもに選びようのないことを訊くことができるのは、子どもにとってどれだけ酷なことなのか、子どもにどのような葛藤を及ぼすのか、子どもの心をどれだけ傷つけるのかに思いを馳せることはありません。
主語が一人称というのは、自己と他の分離ができていない乳幼児期の子どもと同じ、精神的に未成熟、幼稚さを示すものです。そして、脳機能として獲得できていないことを意味します*-48。
そのため、思春期・青年期を迎えても、自分の気持ちを表すことばを獲得できていない乳幼児のように、人の気を惹いたり、人の心を支配したりするために、泣く、騒ぐ、手で叩く、足で蹴る、髪をひっぱる、物を投げるなど駄々を捏ねるようにしかふるまうことができないのです。
乳幼児と違うのは、セックスを使うことだけです。
 愛情の“試し”、すなわち、束縛・支配のためにパワー(暴力的なふるまい)を使って、コントロールしようとするふるまいや言動が、DVということになるわけです。
つまり、人を暴力により支配する試み(虐待、DV、パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、モラルハラスメントなどのハラスメント、体罰など)は、乳幼児期に、愛情の試しを乗り超える機会のなかった家庭環境でつくられるということです。
*-48 「プロローグ-1.人の脳の機能は、生まれ育った環境に合うようにつくられる」「同-3.東日本大震災後の児童虐待とDVの増加。-戦争体験によるPTSDの発症から学べるものはなにか-」、「Ⅱ.児童虐待・面前DV。暴力のある家庭で暮らす、育つということ」で、脳の発達、暴力のある家庭環境で暮らし、アタッチメントを損なうことが、その後の人生にどのような影響を及ぼすのかについて、詳しく説明しています。
 Aは、偶然を装った出会いを仕組まれていたことに気づくことはできませんでしたが、Mが「帰り道をついてきた」ことをストーカー行為と理解し、「運命的だ」と話すことに不気味さを感じていました。
しかし、きっぱりかかわりを断つことができなかったのは、いうまでもなく、AもM同様に、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメント獲得に問題を抱えていることが起因となっています。
Mの話の面白さに惹かれたのは、娘に性的虐待をおこない、妻(母親)に暴力をふるい、お金にだらしのないAの父親にそっくり、つまり、無意識下であっても、父親が同じ雰囲気を醸していることに安心したからです。
 雰囲気と匂いは、本来、違うものですが、自己防衛システムが破壊されていると、雰囲気と匂いを区別することができないのです。
匂いは、その人の持つ抗体(遺伝子)情報が入っていることから、自分とはまったく違う匂い(対極にある匂い)を持っていれば、違う抗体を持っていることになります。
子孫を残していく(生存率を高めていく)には、より多様な抗体を持っていることが必要であることから、違う匂いの人物と掛け合わされれば、より多くの抗体を持った強い(生き残れる)子どもを残していくことができます。
したがって、女性(女の子)は、異性である父親と間違いを防ぐための自己防衛システムとして、思春期に入ると同じ遺伝子を多く持つ異性である父親の匂いを避けるようになります。
一方で、もっとも近い匂いを持っている(同じ抗体をより多く持っている)父親の匂いを避け、父親のことをうざい(鬱陶しい)存在として、自分のテリトリーに入ることに強い拒否反応を示すようになるのです。
しかし、思春期前の幼児期に父親(父方の近親者を含む)から性的虐待を受けていると、この自己防衛システムが働かなくなります*-49。
なぜなら、幼い子どもにとって、性的虐待であっても、親が喜ぶこと、期待に応えること、愛されることであったことから自己防御システムが破壊されてしまうからです。
そのため、無意識下で、性的虐待者(父親)と同じ雰囲気(匂い)を醸しだしている人(変質者、痴漢をする人、セクシャルハラスメントなど性暴力加害者など)を招き寄せてしまうことが少なくないのです。
このことが、PTSDの再演とあわせて、二次的な性暴力被害を受けやすくなる理由となっています。
Aは、ワークシート「C-3」の中で、「幼稚園のときに同級生から性暴力被害を受けていた」ことを記しています。
そして、Aは、カウンセリングをはじめて8ヶ月経ったときに、父親から性暴力を受けていたことを認識することになりました。
この事実の把握によって、AがMの話を楽しいと感じたのは、お金にだらしなく、ちゃらんぽらんで面白おかしくふるまっていた父親と同じ雰囲気を醸しだしていたことに重ね合わせて親近感を抱いたことが要因であると推察することができました。
このことは、Aが、母親が夫(父親)に接してきたように、Aが夫に接することが必然であったことも示唆するものでした。
*-49 ピルを常用している女性にも同様の傾向が表れるときがあります。
 被虐待者であるAは、DV被害者である母親の支配(過干渉)に耐えられないと強い拒絶感を示しながら、母親の指示がなければなにも決められなくなっていました。
母親が重く、苦しく、逃げたいと思っていたところに、Mが上辺だけの頼れる存在としてスッと手を差しだしてきたのです。
そして、交際、結婚という名を借りて、支配する者の“交代の儀式”がおこなわれたのです。
このことは、たとえ支配的なふるまいであっても、Mの行為すべてを受け入れてしまうことを意味しました。
その交代の儀式として、Mの「結婚したら、Z家とは縁を切れ」、「M家に嫁いだんだから、M家を第一に考えろ!」との命が下されることになります。
そして、Aは、その命に従順に従い、実家や親戚、友人と連絡をとらないようにし、連絡がきたときには、Mにどういう内容だったかを逐一に報告し、その都度、どうしたらいいのかの指示を仰いでいます。
 こうした交際、結婚という“交代の儀式”によって、支配する者が親から夫に交代した場合、今度は、実家に逃げ帰る、離婚をするという“交代の儀式”によって、夫から再び親に支配する者が交代することになります。
 「婚姻破綻の原因はDVである」とする離婚調停・裁判に携わってきた22件の多くで、家をでて実家に帰ってきたのを合図に、支配する者の交代の儀式がおこなわれています。
それは、娘を支配していた夫と、支配力の奪還を試みる親とのパワーゲームが繰り広げられることを意味します。
親の好意的な言動や態度に、最初は味方のように感じ、頼もしいと思っていたはずが、次第に、「あれをしろ」、「こうしてはいけない」と詮索干渉されるようになると息苦しさを感じはじめます。
そして、親に「だから、お前はダメなんだ」、「いつまで過去のことをひきずっているんだ」、「子どもの前で泣くな!」、「いつまで具合が悪いといっているんだ」、「さっさと仕事をしたらどうなんだ!」と心ない非難のことばを浴びせられると、もうどうしたらいいのかわからない、苦しいと精神的に追い詰められていくことになります。
「お前のことを思って」と“恩旗”をかかげる父親や母親に多くのエネルギーを使い、疲弊し、肝心の夫と対峙する気力を失ってしまっていることがあるのです。
これもまた、暴力のある環境で育ち、再び配偶者から暴力被害を受けることになったDV被害者が、実家に戻ったあとに見られる特徴的な傾向のひとつです。
 結婚後のAは、夫に「妊娠しない」と非難され、性行為を強いられるなど性暴力を受ける中で、Mは「きっとこうして欲しいんだろう」、「きっとこうしてはいけないのだろう」と先に先に思いを走らせて自身のふるまいを縛りつけ、強迫観念に駆られ、精神的に追い込まれていきます。
それでも、「Mが望む子どもを産んだらきっと変わってくれる」、「子どもを生んだらきっと認めてもらえる」との思いだけを頼りに、性暴力のある生活に耐え続けます。
しかし、生まれてきた双子の女児に対し、Mが、自分と同じような性的なふるまいを見せるようになり、子どもを連れて逃げることを決断し、行政に助けを求め、「配偶者暴力防止法」にもとづく“一時保護”の手続きがとられ「母子棟」に入居することになりました。
Aがこの決断したときには、自身が父親から暴力、しかも、性的虐待を受けていたといった記憶の蓋は、まだ開かれてはいませんでした。無意識下で、過去のトラウマが強く反応したのです。
 DV事件では、配偶者からの暴力被害によるトラウマではなく、過去(育ってきた)のトラウマの影響が強く表れた訴え(表現)をすることが非常に多いのです。
しかし、いまの反応が、過去のトラウマ体験にもとづいていることを理解している被害者はいません。
例えば、施設の職員や弁護士には「身体的暴力は受けていない。ことばの暴力だけです。」と話している一方で、「夫に見つけだされたら連れ戻され、もっとひどい暴力を受けることになる。」とまるで命の危険があるかのような強烈な恐怖を訴えることがあります。
被害女性が訴える強烈な恐怖は、「夫が不機嫌になるのがとにかく怖い」というものです。
しかし、慢性反復的な暴力被害を体験していない人、もしくは、発達性トラウマ症候群、慢性反復的なトラウマ体験を起因とするC-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)、被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)*-50を抱える被虐待者の特性に精通し、専門のトレーニングを受けていない人には、ことばの暴力被害だけの被害者が、なぜこれほどの恐怖心を抱いているのかを理解することはできません。
なぜなら、暴力のある家庭環境で育っていない人には、“不機嫌になる”ことと“恐怖”は結びつかないからです。
次章の「Ⅱ-12-(2)発達の遅れ」の中で説明していますが、「嫌悪(不機嫌)」と「怖れ(恐怖)」は、原始レベルでの6つの感情表現(幸福、驚き、怖れ、哀しみ、怒り、嫌悪)では違う範疇に属するものなのです。
ところが、多くの被害女性が、「夫が不機嫌になることが怖くて仕方がない」、「見つけだされたらなにをされるかわからない」と“殺される(死)”怖れがあると必死に訴えるのです。
“死”を意識する強烈な反応は、不機嫌になったあとに、恐怖の時間がはじまることを体験してきたことにもとづくもの、つまり、乳幼児期に体験してきた恐怖の時間(過去)に対しての(トラウマ)反応です。
 暴力のある家庭環境で育っていない人は、不機嫌になったら、その気まずいひとときを過ごさなければならなくなるので、“嫌だな”とか“困ったな”と感じたり、このあとの関係修復をどうしていこうかと気に病んだりする時間を“苦痛だな”と感じます。
ときには、「もう、鬱陶しい!」と、「なんで私が面倒なことに巻き込まれなきゃならないのよ」、「なんであんなことで不機嫌になるのよ」とイライラしたり、憤りを感じたりするものです。
ところが、暴力のある家庭環境で育っていると、哀しみ、嫌悪、怖れを感じさせられてきた行為は、すべて親の「怒り」に起因していることから、「怖い」という感情と結びついて記憶されているのです。
つまり、「哀しくて泣くと、さらに怒りをかうので怖い」、「嫌な感情を見せる(ふてくされている)と、さらに怒りをかうので怖い」、「怯えていると、さらに怒りをかうので怖い」という思考は、“怒りのサイン”が不機嫌になる(イラついている雰囲気が認められる)ことであったことから、「統合された記憶」となっているのです。
 問題は、この統合された記憶は、当事者自身はもちろんのこと、トラウマ(心的外傷)について一定以上の知識がなく、臨床の現場で経験を積んでいない者には、区別できないということです。
虐待やDVなど慢性反復的(常習的)なトラウマ体験によるC-PTSDによる「侵入(再体験・フラッシュバック)」は時間の障害といわれるように、過去にトラウマを体験したその瞬間を“いま”感じてしまうことになります。
当事者は、過去に体験したことを、“いまこの瞬間”に、同じ体験しているわけですから、区別することができないのです。
第三者は、過去の体験といまこの瞬間の体験が混同している被虐待者やDV被害者の訴えを理解することは難いのです。
さらに、暴力のある家庭環境で育った被虐待者は、幸せ、楽しい、嬉しい、希望、信頼などの感情をことばでは知っていても、心で感じたり、表すことができなかったりする傾向があります。
それは、事例16(分析研究1)で、被害女性Fと援助者(アボドケーター)とのやり取りの中で、表現したことばの温度差の原因を埋める作業をしていますが、同じ感情表現を使っていても、同じ意味で使われていないことがあるということです。
少なくとも、暴力のある家庭環境で育ってきた人たちが抱えるこうした特性を理解することができれば、嫌悪感を示す不機嫌さを怒っていると感じとり、怒られたときの恐怖体験を結びつけ恐怖に囚われたりする状況を察することはできます。
 したがって、身体的な暴行被害のないDV事案で、被害女性の多くが訴える「不機嫌になるのが怖い」という訴え(トラウマ反応)は、夫から受けたトラウマ体験ではなく、幼少期に親から受けたトラウマ体験による可能性が高いことになります。
別のいい方をすると、夫と同性の父親から受けた暴力に、夫が不機嫌になる行為を“投影”している言動ともいえます。
そして、被害女性本人が虐待被害(暴力のある家庭環境で育ってきたこと)を認識していなくとも、この時点で、二重の暴力被害を受けていることを把握することができます。
 乳幼児は直接暴力を受けていなくとも、両親の間に暴力がある(面前DV)ことは、大人が感じる恐怖とは比べものにならない“死につながる恐怖”です。
それは、殴られたり、蹴られたりする身体的な暴行を目撃していなくとも、大声で怒鳴りつけている声、壁や床に叩きつけられ割れる茶碗の音、怒鳴り声が聞こえたあとドタドタと大きな足音、バタンと大きな音を伴って閉められるドアの音などもまた、死につながる恐怖の音の記憶になるのです。
布団の中で耳をふさぎ、震えながらその恐怖の時間が過ぎ去るのを待っています。
眠りも浅く、わずかな物音にも敏感に反応し目を覚まします。
なぜなら、日々繰り返される暴力などの大きな物音に神経が研ぎ澄まされ、神経が高ぶり(中途覚醒)、しばしば目が覚めてしまうからです。
この睡眠が分断され(断眠:睡眠のコマ切れ状態)、睡眠欠乏になる(乳幼児期の睡眠障害)ことは、ADHDなどの発達障害を発症させる原因のひとつです*-51。
乳幼児期に、こうした恐怖体験をしてきた被虐待者は、風の強い夜にはドキドキと動悸がはじまり、強い不安感に襲われたりします。ビュウビュウゴウゴウと風音がうなっていたり、バタンバタンガサガサと物が飛ばされなにかにあたる音、風に吹かれバタバタと物がなびく音に、暴力の音や気配に恐怖を感じたりするのです。
それは、乳幼児期のトラウマ体験だけでなく、母親のお腹の中で聞いていた音にまで遡ることができるトラウマ体験です*-52。
つまり、被虐待者はトラウマ体験とつながる状況(音や匂い、光、場所など)やことばに強く反応(トラウマ反応)し、さまざまな症状を見せます。
子どものころに体験した恐怖は、大人になってからもトラウマ反応として突然現れ、底知れない不安感や恐怖心をもたらすことになります。
*-50「発達性トラウマ症候群」は「Ⅱ-12-(2)発達の遅れ」などで、「C-PTSD」は「Ⅱ-10.トラウマと脳」「Ⅱ-13.PTSDとC-PTSD、解離性障害」などで、「被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)」は「Ⅰ-5-(6)被害者に見られる傾向」などで詳しく説明しています。
*-51 乳幼児期の睡眠障害の「断眠」については、「Ⅱ-12-(2)発達の遅れ」などで説明しています。
*-52 「風の強い夜が嫌い。なぜなら、どうしようもなく不安になり、胸が張り裂けそうになるほど怖くて仕方がない」と訴える被虐待者には、その都度、「それは、お父さんがお母さんに暴力をふるっている音じゃないから、大丈夫。安全だよ。」となげかけ、そして、自分で「大丈夫、暴力がおこなわれているわけじゃない。大丈夫、安心、大丈夫。」とインナーチャイルドに話しかけてあげるようにしていきます。



-事例79(分析研究10)-
 私(E。32歳、大学卒)とT(32歳、大学中退)は食品メーカーの同期入社でした。3年後、私はK市へ転勤になり、翌年には交通事故にあい、治療はK市でおこないました。
同年、TがK市に転勤となり、妻Zと入籍をしました。
私は、転勤してきたT、そして、妻Zを交えてお茶を飲むなど交流がはじまりました。
ところが、Tの妻Zは、入籍後1ヶ月で実家に帰ってしまいました。
その後、妻ZはTに連れ戻されては、実家に帰ることを繰り返しました。
妻Zは、私とお茶を飲むなどして気分転換をはかっていました。そして翌年、Tは妻ZとY市にて挙式をあげました。
しかし、それを最後に、妻ZはK市に戻ってくることはありませんでした。
Tの妻ZがK市に帰っていなくなってからしばらくした12月、Tは「妻と別れたから、つき合ってほしい」といい、私に家の鍵をわたしました。
私はTと妻Zの離婚が成立していると思い、交際をはじめました。
しかし、Tはその時点で離婚していませんでした。あとになって、私は嘘をつかれ、騙されていたことを知りました。
 Tは、避妊にまったく協力しませんでした。
挿入する前に、私が準備していたコンドームを手渡しても、28歳のTは「使ったことがない。」、「使い方を知らない。」といい、拒みました。
Tは「コンドームなしのセックスで前妻Zと6年間つき合い結婚したが、子どもはできなかった。だから、俺には種がないんだ。」と話していました。
それでも、私は「避妊して欲しい。」とお願いしたが、Tは「何人かの女とやったけど、一度も妊娠させたことはない。パーフェクトだから大丈夫。」と聞く耳を持ちませんでした。
そしてTは、「お前のことが好きだから、このまま(避妊なし)でしたい。」と繰り返しました。
私は本当に相手を愛していて、相手を大事だと思うならお互いのためにコンドームを使うのが常識だとわかっていました。しかし、Tが好きで、結婚したいと強く思っていたので、避妊なしでこのまま妊娠してもいいという気持ちがあり、容認していました。
ただ、「種がないこと」は疑っていたので、「絶対中にはださないこと」を約束し、性行為に及びました。Tは、お腹や背中に射精しました。
 2ヶ月後に、交通事故の示談に応じました。
このとき、Tは「示談の席に同席したい」といってきましたが、私は断りました。
5ヶ月後には体調が整い、夏には職場復帰の目途がついてきました。「秋には、Y市へ転勤になる」との内示があった矢先の6月中旬、私の妊娠が判明しました。
翌月、私は退職し、Tは入籍しました。
 私は、Tのなんでも受け止めてくれるような優しさに惹かれて結婚しました。
しかしTは、私と一緒に暮らしはじめると態度、言動は一転し、私を批判し、侮蔑するようになりました。
Tは「光熱費が単身時よりあがった。」、「俺が出勤している間、お前が家に一人でいることでお金がかかる。」と非難しました。
K市の夏は暑くクーラーが必需品ですが、Tは「電気代がかかる。」と非難し、Tが出勤したあとはクーラーを使うことができませんでした。
Tの入浴は、シャワーでサッと体を流すだけなので、私もお湯を浴槽に溜めて、ゆっくり入浴をすることができませんでした。
私は体が小さく、体力もあまりなかったので、お腹に宿った新しい命のために、食生活を大事にしようと思いました。
しかし、Tは「食べるのが面倒。」、「液体でいい、点滴でいい。」、「俺には性欲しかない。」と応るだけでした。
また、Tに食事を用意すると、「俺は1日一食で十分。」、「結婚してから野菜を食わされる。」、「俺を太らせるつもりか?!」、「子どもが産まれて、俺の前で嫌いな野菜を食っていたらひっくり返してやるからな!」と非難しました。
Tは、「勉強は金と時間の無駄」という人でした。
しかし、私はお腹の子どもに対し、せめて自分と同じくらいの教育は受けさせてあげたいと思っていました。
Tに「子どもには、大学にいかせてあげたい。」と話すと、「女の子だから、学校は行かなくていい。」と応じ、学資保険の話を持ちかけると、「そんな余裕はない。」と反論し、「女の子は色っぽければ十分だ。」と卑下しました。
私は「女だから学校は行かなくていい」なんて差別だと思いました。私は「子どもに可能性をみいだしてあげること」が親の役目だと思っていました。
しかしTだけでなく、Tの母親も「学校に行かせなくていい!」という人でした。
私は、Tにあらゆることを否定され、非難・批判され、侮蔑され、卑下され続け、だんだん無気力になっていきました。
 一方で、Tは、私の妊娠がわかると、「いままで、中にだすことをがまんしてやってきたんだから!」といい、「もう妊娠の心配をしなくていい!」と中に射精をするようになりました。
産婦人科では、セックスの際にはコンドームをつけることを推奨していました。なぜなら、妊娠中の膣は細菌に感染しやすいこと、精液中に流産・早産の引き金となる物質が含まれていることが理由でした。
しかし、Tにこのことを話しても、コンドームを使うことはなく、「せめて清潔にしてシャワーを浴びてからやって欲しい。」と頼みましたが、Tはやりたくなれば、私の気持ちなど関係なくセックスを強要しました。
妊娠後、まったく思いやりのないセックスは、お腹の子どもも、私の体も、大事にしてもらえていないと感じて苦痛でした。
新婚、Tとの甘い生活に期待を寄せていましたが、自分が傷つくばかりでした。
 さらに、Tは、異常な性行為を強いるようになりました。
 入籍後にTと同居をはじめると、私は、悪阻のため長くトイレに入るようになりました。
すると、Tは、私を心配している素ぶりで、トイレの戸を開けるようになりました。Tは私を常に観察し、居間に一緒にいて、私が立ち上がるのがトイレへ向かうためとわかると「このタイミングだ」といわんばかりについてきたのです。
私がトイレの戸を閉めるのが先か、Tがトイレの戸に手を掛けるのが先か、そういった争い(攻防)を毎日繰り返されました。
Tがトイレの戸に手をかけるのが早いと、トイレの前でもめたり、強引に便座に座らせられたり、おしっこがでるのがわかるようにそのままお風呂に連れていかれ、しゃがませられたりしました。
そうした状況で、私が排尿できずにいると、Tはおしっこがでるように局部を激しく触ってきました。それでも、排尿できずにいるとTはあきらめ、「そのうちできるようになるから」とのことばを残し、私を開放しました。
Tのことばに、私はこれからもさせられるとわかり、逃れなれないと絶望感に襲われました。排泄行為など誰にも見せたくありません。
私が先にトイレの戸を閉め、鍵をかけても、Tが戸をガタガタさせているので、落ち着いて用もたせなかったので、Tが家にいると怖くで自由にトイレに行くことができなくなりました。トイレに行くのも、Tの様子を見て邪魔をされないようにがまんしなければなりませんでした。しかし妊娠中もあり、トイレに近くがまんするのも大変でした。
そして私は、Tに監視される日々に、強迫観念を感じるようになっていきました。
私はTの姿を常に気にかけ、Tがなにをしているかをうかがい、Tにはトイレに行くとは思わせない行動をとりながらトイレに行くようになりました。
もはや、私には、安心して暮らせる家ではありませんでした。
 また、住居の壁が薄く、夜や早朝になると隣から性行為をしている男女の声や、ベッドが動いている音などがよく聞こえました。
Tの家にひっ越してきて早々、私はそれが耳障りで眠ることができませんでした。
しかし、Tはその隣の音に興奮し、自慰行為をしました。
朝方は、毎日その音を楽しみにしているようでした。聞こえない日は「今日は聞こえなかったな、漫画で抜いた。」と残念そうに話すことがありました。時にTは、私に自慰行為を見せてきたり、私に最後の処理をさせたり、隣の音に合わせて一緒に性行為を強要しました。
「隣の女に負けないくらい声をだして! もっと!もっと!」といわれているような感じがして、嫌で、情けなかったです。
そして私は、Tからの性行為に怯えるようになりました。
隣からの音が聞こえてくると怖く、動悸がして、眠ることができなくなっていきました。
私は、Tに「隣がうるさくて眠れないからひっ越して欲しい。」と訴えたが、「俺には最高の環境だ。」といい、まったくとり合おうとしませんでした。なんとか説得をしようと、「子どもが産まれたら近所迷惑になるから引っ越そう。」、「子どもにあんな音を聞かせたくない。」と訴えても、聞く耳を持たないだけでなく、Tは「子どもがうるさいときは野菜室に入れる。」、「布団をかぶせればいい。」、「隣の音は子どもにいい刺激になる。」、「いい女になるよ。」と耳を疑うようなことを平然といい放ちました。
私はことば失いました。
 それだけでなく、Tは大人のおもちゃを使い、性行為を強要しました。
しかも、その大人のおもちゃは、明らかに他の女性に使用していたことがわかるものでした。なぜなら、大人のおもちゃは色が変色し、見た目にも古く、使い古している感じがあったからです。
妊娠中の私は、「汚いからやめて!」、「そんなものは入らない。そんな物、使わないで!」と強く拒否しましたが、Tは「洗ってあるよ(洗っている姿を一度も見たことがない)。」といい、私が抵抗できないように手を縛りました。そして、Tは局部を刺激し、ローションを使い挿入しました。Tは、片手で性具を扱い、もう一方の手で自慰行為をし、最後は私で処理をしました。
そして私は、家の中にいても、Tを避けるようになりました。
Tは自慰行為にふけるようになりました。
Tは、私に「オナニーを見るように!」と命じ、Tは、私に「挿入が嫌なら手でやって!」、「口でやって!」といい、最後の処理を私に強いました。
 また、Tはベッドの側に常にエロ漫画を置いていました。
私が「もうこんな本いらないでしょ?」となげかけると、Tは「そんなことはない。漫画はエロビデオとかでできない領域が書いていて、最高に興奮するんだ。抜く(射精)には欠かせないものなんだよ。」と応じました。
そして、「これを見て、Eもオナニーしてよ。オナニーするといい女になるよ。」といいました。私は拒否しました。
Tは「エロ雑誌は、強烈な描写で妄想をかきたて、グチャグチャな性行為を連想させ、なによりも刺激的で嗜好にあう。」といい、私に理解を求めましたが、私には理解することは不可能なことでした。
 一方で、Tがゲームに夢中になり会話もない生活に、私は寂しい気持ちが強くなっていきました。
Tに私と向き合って日常の生活をして欲しかったので、ゲームをする夫に、私が「新婚なんだよ」と体を寄せると、Tは「そんなに欲しいの?」といい、性行為へ移行しました。
私がやりたくない性行為でも、Tとコミュニケーションがとれるときは性行為のときだけだった。
だから、嫌なときも応じるしかなく、ただがまんしました。
望まなくても性行為をしなければ、Tと会話もないのが寂しく、辛く、応じるしかありませんでした。
しかし、やはりツラく、自分の人格を無視されているようでした。
私は、Tと触れ合える唯一の時間が性行為と受け入れていましたが、Tの性行為の異常性がエスカレートしていきました。
Tは射精のとき、「顔射がしたい。」というようになりました。
私が「絶対嫌!」と断っても、Tは「お風呂ならすぐ流せるからいいでしょ? やってみなきゃわからないでしょ?」といい、お風呂に連れて行き、お風呂で性行為をおこない、顔や頭から精液をかけました。
それだけでなく、お風呂での性行為時には、必ず「おしっこをして見せるように。」といい、局部を激しく触りました。どんなにされてもおしっこはでませんでした。その代わり、Tのおしっこをするのをお風呂で見せられたり、体、ときに頭からおしっこをかけられたりしました。
あまりにも屈辱的な行為でした。
 私は明らかに自分の体が道具にされているのがわかりました。Tはただ穴が欲しいだけだと思いました。やめて欲しくて、拒むようになりました。
するとTは、私が断ることのできない、困らせるようないい方で脅し、性行為を強要してきました。
Tは私を脅すように「Eが早く手伝ってくれれば仕事にいける。」、「遅刻しないですむ。」といい、私が断れられないように仕向けてきました。私が断ったり嫌がったりすると、Tは「やらせてくれないと仕事に遅れてしまう。それでもいいの?」と脅し、交換条件としての性行為を強要したのです。
私は「ほんの一瞬がまんすれば、Tは仕事に行く」と自分にいいきかせ、仕方なく脅しに屈すしかありませんでした。私は早くすむのなら仕方ないと思うまでになっていた。私は早くやるならやって、仕事に行って欲しいと思いました。そして、早くひとりの時間を得たかったのです。
Tの変態としか思えない性的欲求から身を守るために、私はTと同じ空間にいることをやめようと思いました。
入籍をして4ヶ月、結婚式を挙げて2ヶ月の11月、私は東北地方の実家に帰りました。
それは、東日本大震災がおこる4ヶ月前のことでした。

 「Ⅰ-3-(3) DVとは、どのような暴力をいうのか」に記しているとおり、たとえ夫婦間であっても、性行為を強要することは性暴力です。
場合によってはレイプ(夫婦間強姦)にあたり、性暴力被害は“魂”の部分で深い傷を残します。
暴力のある家庭環境で育ちアタッチメントを損なっている被虐待者の女性の中には、大切にされていることの“試し”としてセックスを交際のかけひきとして使うことがありますが、“魂”の部分で満たされることはなく深く傷つきます。
したがって、気を惹くための試しとして用いるセックスは、自らの“命”を犠牲にした気を惹く“試し”としての自傷行為と変わらないのです。
 Eは、別居から2年以上(実家に帰りそのまま別居となり、出産後に東日本大震災が発生し家庭裁判所の審議がしばらく中断され、離婚成立まで11ヶ月)の歳月が経っていても、ツラい思いを記憶している脳の反応としての動悸、おきていられないほどの頭痛、蕁麻疹の痒みに悩まされていました。
蕁麻疹は、性暴力によって穢された思いが触れ合う皮膚が反応したものです。
そして、実家で生活をしているEの子どもが、“自分の頭をポカポカ叩く”という自傷行為をするようになりました。
すると、Eの母親が「体罰を娘にしないから、娘が訳のわからない行動を自分でするんだ!」と暴言を吐きました。
このことをキッカケとして、Eは、自身の成育環境に暴力があったことを少しずつ理解していくようになります。
 Eが離婚調停に向けてとり組んだ「ワークシート」への書込みには、子どもに暴言を吐いた母親のことを「愛情のこもった料理を母がいつも準備してくれていた。パンやケーキまで母親が勉強し、手作りで食べさせてくれた。私は、夫にこのような両親に、このような環境で育てられたことを伝えようとした。」と記しています。
つまり、Eには、暴力を受けて育っていた自覚はありませんでした。
そのため、「同居後には、時々、母親が手作りのパンやお菓子、食材を送ってくるようになった。」ことを、過干渉(支配のための暴力)の延長線上にある行為であることを理解できていませんでした。
しかしEには、DV被害を受ける前に、暴力について考えるチャンスがありました。
それは、Eが20歳のときの体験です。
同じ歳の大学に通っている従姉妹が、デートDV・ストーカー被害に合い、元交際相手に殺害されるといった凄惨な事件を経験していたのです。
妊娠したことを知った従姉妹の親は、堕胎させ、大学も退学させました。しかし、交際相手が連れ戻しに家にきて暴れたことから、以降、従姉妹は身を守るため親戚の家を転々とすることになります。
その後、従姉妹は見つけだされ、東北の地から遠く離れたK県で元交際相手と一緒に遺体で発見されたのです。
従姉妹は、殺してから自分も死んで、魂(精神)で永遠に結ばれるためのおこない(儀式)の犠牲になったのです。
 こうした体験をしていたEでしたが、交際前のSと新婚の妻との関係性に驚くほど無頓着でした。
無頓着と記したのは、「Sの妻は入籍後1ヶ月で実家に帰った。その後、妻は夫S連れ戻されては、実家に帰ることを繰り返した。」、「Sは妻とY市にて挙式をしたが、それを最後に前妻はK市に戻ってくることはなかった。」という事実に、危険な匂いを察知することができなかったからです。
誰が聞いても、この状況は異常です。
まして、同じ歳の従姉妹がデートDV被害にあい、交際相手に殺害されているわけですから、「おかしい」「なにかある」と考えないことの方が“どうかしている”という状況です。
Eに対して最初に感じた“なぜ”を埋めるための「Eは無自覚であるが、暴力のある環境で育ちアタッチメントを損なっている」との“仮説”は、「愛情のこもった料理を母がいつも準備してくれていた。」という初期の書込みと、「体罰を娘にしないから、娘が訳のわからない行動を自分でするんだ!いわれた。」という離婚後しばらく経って届いたメールの記述によって、裏づけられることになりました。
 「娘に体罰をしないから」とあるように、Eの母親は、娘に対し体罰を繰り返していたことは明らかです。
したがって、「母親の料理は愛情のこもっていた」との思いは、偶像(ツラい思いを感じないように(回避するために)つくりあげた母親像、家庭像)だったということになります。
「愛情がこめられていた=大切にされていた」との偶像をつくりあげていることは、母親のEへの体罰(身体的な暴行)やことばの暴力が、かなりひどいものであったことを裏づけるものです。
つまり、暴力のある環境で育ちアタッチメントを損なっていたことが、多くのDV被害者同様に、Eが、Sと(前)妻の関係の異常さ、危険な匂いを察知できなかった要因となっていたのです。
それから2年後、Eから届いた新年の挨拶メールには、「公営住宅に当選したのを機に、3歳6ヶ月に成長した子どもとともに実家を離れました。」と書かれていました。
Eが実家からでようと決意したのは、「子どもが母にひどく怒られたり、叩かれたりしていた。」ことからでした。
しかし、Eは母親の行為を、依然として「躾として」として表現しています。私が返信したあとのEのメールには、『「そんなにお母さんの話が聞けないなら、ここにいなくていい!お母さんに殺してもらえ!」といいながら、私と娘に包丁を向けてきました。正直、かなりショックでした。そして、私が苦しいのは母のせいかもしれないと思いはじめていました。母がくると、激しい頭痛が起きて、起きていられなくなったり、吐いたりしたこともあります。私の具合が悪くなれば、娘の世話ができなくなるので、結局、母は泊まることになってしまいます。母は父からことばの暴力を受けていると、ここ10年くらい散々私に愚痴をこぼしてきました。あまりに父がひどいと、私の家に逃げてきています。母の表情は傷ついた表情ではなく、まるで般若のような、鬼のような表情です。(ひどい後遺症で体調不良が続いているので)少し不自由な私を助けてくれようと母はしてくれ、それには感謝ですが、時々私には重たく苦しく感じます。 … 母は自分のおこないや発言は間違っていない!という感じの人で、「暴力なしでは躾はできない」と断言しています。母は酒乱の父親に育てられ、怖い思いを経験して育っており、私の父にも母の態度が悪いためにことばの暴力を受けていて、「離婚だ!」としばしばいわれているようです。』と書いているものの、さらに、私の返信後のメールで、『いただいたメールを見て、ある意味納得した部分もありますが、そんなに虐待というくらい酷かったかなぁ?と母の躾のことを思いだしたりしていました。…』とまだ漠然としていない思いを記しています。
 そして、次の返信後のメールで、『納得しました。間違いだらけの押しつけの子育てを受けていたとわかりました。私は母に虐待で育てられていました。母は子どもの目線で話しはしません。常に対等の勢いで、できなければ「怒鳴る、叩く、家からだす」をしてきました。 … 母は「お母さんが叩かないならばぁちゃんが叩くから!」といい、お尻を叩いたりします。見ていて苦しくなったことが、何度かあります。娘はいいます「お母さんはお話するけど、ばぁちゃんはすぐ怒る。でもYが悪いからなんだよね」と。 … 母は「口で効かなきゃ叩くしかない。それでなければどうしたら話を聞くんだ」といい、そして、「お前たちだって、そのお陰でまともに育っただろ」といいます。しかも、「よく殺さないで育てられたよ」ともいいます。 … 』と書いています。
 Eの母親と同じ酒乱の父親に育てられた親を持つ従姉妹がデートDVに合い、妊娠をしたとき、暴力に対する認識が欠如していたことから適切なリスクマネジメントがおこなわれず、ストーカー行為の果てに殺害されているとしたら、世代間連鎖が続く中で悲劇を招いてしまったことになります。
DV被害者支援に携わる者として、とても残念です。
 では、虐待を受けていたEは、なぜ、「Sの妻は入籍後1ヶ月で実家に帰った。その後、妻はSに連れ戻されては、実家に帰ることを繰り返し、Sは妻とY市にて挙式をしたが、それを最後に妻はK市に戻ってくることはなかった」という事実に、危険な匂いを察知することができなかったのは、どうしてでしょうか?
 「Ⅰ-7.被害者心理。暴力でマインドコントロールされるということ」の中で記しているとおり、暴力によって、上下、支配と従属の関係から逃げだせないようにしていく仕組みに巧妙に誘い込まれる(とり込まれる、ターゲットにされる)人の多くは、暴力のある機能不全家庭で育ち、アタッチメント(愛着形成)の獲得に問題を抱える人たち、つまり、家族の問題や対人関係に悩みや苦しみを抱える人たちです。
この人たちには、「決して満たされることのない心の空虚感・渇望感」と「再び見捨てられること(別れだけでなく、受け入れられないことなどを含む)への不安感・恐怖心」を利用され、ことば巧みにつけ込まれてしまいやすいという特性があります。
日常的に、愛着対象であるはずの親(養育者)同士に暴力がある家庭で育つ(面前DV)ことから、確固たる“わたし”を持っていないところをみごとに突かれるのです。
確固たる“わたし”を持っていないとは、「地に足がついていないふわふわした危うさを抱え、心の隙がある」状態のことです。
「人を信じられない=自分を信じられない」、つまり、「人を信じる」能力を獲得できていないために、占いや神秘的なものに惹かれやすく、新興宗教やカルト集団に超越した力や理念に心酔してしまいやすいのです。
地に足がついていないふわふわした危うさ=“心の隙”は、以下のような不安、心細さ、寂しさ、焦りを感じる状況下においてもみられます。
それは、a)近しい人やペットを亡くしたり、近しい人や自身が重い病気や事故にあい、長期間の闘病・入院生活を送っていたり、b)自身が長い闘病・入院生活から復帰したばかりで心が弱っていたり、c)転勤(転校)や引っ越しなどで新たな職場(学校)や土地にまだ溶け込めなかったり(馴染めなかったり)して心細さや寂しさを感じていたりする人たち、そして、d)子どものことを考えると年齢的にもそろそろなかと結婚を焦りはじめている人たち、e)老後に不安を覚えているものの相談できる人が身近にいない人たちが、ターゲットにされることになります。
 Eは、暴力のある家庭で育ち、確固たる“わたし”を持っていなかったうえに、生まれ育った土地から遠く離れた土地で交通事故にあい、長期間の治療とリハビリ生活を余儀なくされ、心細く思っていたところに、同期入社という仲間意識で、Eに対し、心の壁がとり除かれることになりました。
さらに、前妻のことを相談されることで、頼りにされていると自尊心がくすぐられ、同時に、リハビリのツラさに耳を傾けてくれることに優しさと頼りがいを感じてしまったのです。
そこを、みごとに突かれました。
これらは偶然のできごとではなく、Sは、職場の周りの女性たちに「実家に帰って戻ってこない妻のことを話した」ときに、ひとりひとりどのような反応を示すかにアンテナを張り、釣れる(ものにできる)相手か、釣れない相手かをいつも見極めていると考えるのが妥当です。
 のちに、Eは『大学進学とともに家を離れると、母親から「父からことばの暴力を受けていると、ここ10年くらい散々私に愚痴を聞かされた。」と記しています。
家を離れ、直接父親から暴力を受けることがなくなったEは、父親を非難し、不平不満を述べる母親の話しに耳を傾けることが苦痛になっていきました。
一方で、母親の話しに共感し、「きっと父親はこう思っているんじゃない」と子どものときのように仲介役を担ってきました。
そのため、父親の思いを想定して代弁してきたEは、Sが前妻のことを話すことに父親の姿を投影してしまい、Sの気持ちに“共感”してしまったのです。
事例78(分析研究9)では、「Aが、Mの話の面白さに惹かれたのは、娘に性的虐待をおこない、妻(母親)に暴力をふるい、お金にだらしのないAの父親にそっくり、つまり、無意識下であっても、父親が同じ雰囲気を醸していることに安心したからです。」と父親にその姿を“投影”してしまう状況を記していますが、この事例79(分析研究10)においても、Eは、母親に愚痴をいわれている父親に、Sの姿を重ね合わせて(投影して)しまったのです。
不幸なツラい話に共感し、思いを重ね合わせてしまう(投影してしまう)瞬間に、確固たる“わたし”を持っていない人が陥落してしまうのです。
このとき、Eが共感したSの気持ちは、落とすための嘘、つくり話でしかないのですが、投影した状態にあるとき、脳はそうした嘘やつくり話を見極めるように働かないのです。
加えて、Sのうちあけ話に投影したEの父親は、Eの母親に対してのDV加害者であったということです。
 そして、Eは、「婚姻破綻の原因はDVにある」として申立てた離婚調停に加え、子どもを連れて帰った実家での2年余りの生活を経るまで、母親から虐待を受けて育ったこと、その母親は夫(Eの父親)から暴力を受けていたこと(Eにとって面前DV)などの記憶は不鮮明な状態でした。


-事例80(分析研究11)-*
*「事例55」と一部重複
 14年の婚姻生活でしたが、夫Uが無断で仕事を辞め、Uの友人とはじめた仕事では収入はありませんでした。
私(K)が仕事をしていたので生活が破たんすることはありませんでしたが、Uは収入を得ていた当時と変わらず、浪費が絶えなかったこともあり、私は14年の結婚生活に終止符をつけました。
その3年後の3月、インターネット上のいわゆる見合いサイトが主催するお見合いパーティで、私(49歳、大学卒)はH(50歳、大学卒)と知り合い、交際を開始しました。
私とHが平日に会うとき、Hはフレックスで早目に仕事を切りあげ、私の仕事先の近くまで、車で迎えにきました。その後、2人で夕飯を食べ、私のマンションで夜まで過ごしていました。
あるとき、私が「もう帰るの?」と口にすると、Hの態度は急変し「なんなんだよ! もうこれ以上どうすればいいっていうの!」と大声で怒鳴りつけ、私は1時間以上、部屋の廊下で説教を受けることになりました。
休日のデートには、Hは約束の時間ピッタリに、私のマンションの下に車を止め待っていました。
私が「すごいよねー。いつも時間ピッタリにきてたよね」と褒めると、Hは「そんな時間にピッタリこれるはずないだろ! 時間通りにいられるように少し前にきて、別の場所で時間潰して待ってたんだ!」と声を荒げました。
私とHがショッピングセンターへ行き、会員登録をするために並んでいると、Hは応対した店員の対応が気に入らず、突然、怒鳴りだし、非難しはじめました。店内にいた客も驚いていました。
私にとって、このHの姿は強烈な印象を残しました。
 Hは、Hの所有するマンションのリフォームをするため、私を伴い数社のリフォーム会社に行き、見積りをもらいました。そのうちの1社で、Hは、私を「君のいっていることがわからない。もっと頭の中でちゃんと考えをまとめてからいいなさい!」と怒鳴りつけ、大声で非難しました。
10月中旬に、Hに海外赴任の話がでて、11月、Hから「もし本当に赴任が決まったら一緒にきてくれるか。」とプロポーズされました。
12月、北米の経済状況が厳しいことから、赴任は延期となり、12月下旬、Hは、私と「暫く日本にいることになるとして、リフォームをどうするか」と話し合い、Hは私に対し「早目に決めて実行し、君を呼びたい。」といいました。ところが、年が明けて早々に、海外赴任の延期が撤回され、Hが上司と話し、扶養家族同行(要入籍)の承認確認ができ、海外赴任が決定しました。
Hは私に対し「こんな機会はなかなかないのだから精神的に大変だろうが、ストレスを少しでも軽減できるように常に側にいるから、一緒に海外生活をスタートさせよう。」といいました。
リフォームについては、帰任するときに合わせて考えることになり、Hの海外赴任中は、リロケーション会社に管理を依頼し、賃貸物件とすることになりました。
 4月1日からの北米勤務となるため、同年2月1日、私はHと婚姻しました。
私は、結婚と同時に海外へ移住することを理由に、派遣会社の登録解除することを申しでて、5年間勤務した証券会社の仕事を終えました。
居住してきたマンションの契約を解約し、渡米までの8日間を過ごすウィークリーマンションにてHとの同居を開始しました。
3月27日、私とHは北米へ渡航し、渡米先で同居をはじめました。
新居の鍵を受けとった日、家を見に行く車の中で、Hは私に「おまえは馬鹿だ、ダメな女だ。そんなこともできないのか。このバカ女!」、「なんでもかんでも人に頼るんじゃねー!」、「なんのためにここにきたんだ! なんのためにきたのか、それもわからないのか!」、「俺の仕事の邪魔になるなら、日本に帰れ!」と大声で罵倒し、「俺は、仕事をするためにここにきたたんだ! お前が好きかってに楽しむためにきたんじゃない!」、「俺の気持ちもわからないのか!」と大声で怒鳴りつけました。
渡米した初日に、私は、Hから大声で怒鳴りつけられ、罵倒されました。
私はHになぜ大声で怒鳴りつけられたのかわからないまま、以降、ただ怯え、ただ哀しく、泣く日々となりました。
私が、慣れない左ハンドルと右側通行での運転に戸惑っていたり、スーパーのレジでアメリカドルの支払いで手間どったりすると、Hは不機嫌になり、私を怒鳴りつけました。私ははじめての海外生活のため、ことばのわかるHを頼らなければならないことが少なくありませんでした。
そのため、Hに「どうしたらいい?」となげかけるだけで、「お前は文句をいってるだけでいいが、俺はいろいろやらなきゃならないことがあって大変なんだ!」、「お前は一人じゃなにもできないくせに、文句ばかりいって、結局は全部俺がやらされるんだろ!」と大声で罵倒しました。
 Hの生活リズムは決まっていて、この時間にはシャワー、この時間に寝るといった“こだわり”がありました。
今日はこのネクタイピンを使うと一度決めると、見つからなくても、「代わりもの」ですますことができませんでした。
Hの“こだわり”通りにコトが進まない、つまり、「家計簿をうまくつけれない」、「財布にお金を多く持ち歩かない」、「スーパーで買う物のリストを忘れた」、「カップひとつの洗い物をしないまま、でかけた」、「ご飯を炊くのに、高速炊きにしている」と、私を大声で怒鳴りつけ、その原因は「お前にある」と非難し、「あなたは毎日暇だからいいけど、俺は明日も仕事なの。なんでそれがわからないんだ!」と罵声を浴び続けました。
特に特徴的なこだわりは、なにより車が汚れるのを嫌い、特に雨に濡れるのを嫌うことです。
また、Hは、毎週末になると「今週の予定は?」と私に訊くので、私は「~に行きたい」とHに提案しなければなりませんでした。そして、その目的地をなかなか見つけられずにいると、Hは「ちゃんと調べてこないからこうなるんだ!」、「あなたはいつもそう適当だ!」とところ構わずに大声で怒鳴りだし、批判しました。Hはどこに行っても、行った先で予定通り(計画通り)にちゃんと進まないと、必ず怒りだしまた。
さらに、Hは、ホラー系や戦争ものの映画の血が飛び散る残虐な戦闘シーンだけを繰り返し見ていました。
私がHに「私のいないときに見てくれないかなぁ。」とお願いすると、Hは「俺は普段仕事してるんだから、お前のいないときになんか見れないだろう。」と聞く耳を持ちませんでした。Hが「俺は血しぶきが飛び散るシーンを大画面で見たい!」と口にしたとき、私は、身の毛がよだつほどゾッとしました。渡米して2週間後には、私はスケジュール帳に、Hに罵倒され、つらく涙した日をできる限り印をつけるようにしました。

 Kは、Hとの結婚生活を海外赴任直前にスタートさせました。
赴任先では、日常的に大声で怒鳴りつけられ、罵倒されるうちに、眼が真っ白に霞んで見えなくなるといった症状が表れるようになっていきました。
Kは、夫が帰宅すると思うと気が重くなり、心臓がドキドキしだし、手が震えるようになり、夫が出社した後や夜も度々哀しくて泣いてばかりの日々が続くことになります。怒鳴りつけられ、罵倒されたときのことを思いだし、泣きながら夕飯をつくり、夜は2-3時間置きに目が覚め、眠れずにいる(断眠)ことが多くなっていきます。
夫が出社したあと、夫が出張にでたときには、安心して寝ることができます。
いつも腰痛に悩まされ、湿布薬が離せなくなり、夫に殺される夢を見るようになります。その後、左足から右足へと神経痛のようなしびれを感じはじめ、ひどいときには、服が触るだけでも痛みを感じるようになります。左目にたびたび痛みがでるようになり、白くぼやけるようになります。やがて視界が白くぼやけ、だんだんなにも見えなくなるようになりました。その症状は、ツラく、哀しく泣いくと、左目の視力はなくなるほど白く霞むようになっていきます。
 心身に表れたKの状態の経緯をみると、暴力によるストレスが原因となっていることは明らかです。
多くのDV被害者は、「いまこのときをがまんさえすればいい」、「夫が出勤するまでのがまんだ」と自分にいいきかせて、暴力のある生活に耐え続けます。午後15時の夕暮れを意識した瞬間に、「夫が帰ってくる」、「夫のいる家に帰らなきゃ」との思いが頭を駆け巡り、ドキドキと動悸がはじまったり、ふるえが止まらなくなったりします。
そして、これ以降の思考のすべてが「帰ってくるどうしよう」、「帰らなきゃ、どうしよう」のことばに支配されることになります。
その後の家事の時間は、意志を持たないルーティワークとして、まるで“義務化”されたベルトコンベアーに乗っているがごとく「スーとときが流れていく」ことになります。
夫が帰宅後は、「とにかく機嫌を損ねないようにしよう」と全神経を研ぎ澄まし、また、「いまこのときをがまんさえすればいい」と自分にいいきかせ、その惨い行為が終わるのをただ耐えるのです。
そして、その惨い行為が終わった瞬間に、思いだしたくもない記憶を脳の奥にしまい込む(記憶がでてこないように蓋をする)、消し去る“リセットボタン”を押します。
なぜなら、それが、脳が脳の破壊を免れるための自己防衛システムだからです。
この自己防衛システムは、ツラいできごとから脳の破壊を防ぐために、別の役割を担わせて新たな破壊を招くことになります。
そのひとつが解離性障害であり、多くの精神疾患もこのメカニズムで発症します。
そして、リセットボタンを押すことで、過去のできごといまのできごととの“つながりが寸断される”、つまり、“記憶が断裂されている”事態を招きます。
記憶の断絶は、恐怖体験がひどければひどいほど深刻なものになります。
これらの状態を「記憶の障害」といい、同じ分類に、恐怖体験の記憶が瞬間冷凍され、あるできごとをきっかけとして瞬間冷凍された恐怖体験の記憶が瞬間解凍され、恐怖体験をしたその瞬間に遡ってしまうフラッシュバックが含まれます。
 記憶とは、通常、時間と感情から切り離され、事実経過だけが心のひきだしにしまい込まれるものです。
ところが、トラウマ性の記憶は、生の映像や身体感覚が直に頭に焼きつく直接記憶(瞬間冷凍される)であり、時を経てもなかなか薄れずに、生々しい体験時の情動と一体になって鮮明に蘇ります。
あたかも感度のよすぎるアラームが誤作動するように、些細な刺激からも虐待体験の記憶が生々しく蘇る(瞬間解凍される)のがフラッシュバックです。
一度、大きなフラッシュバックを体験すると、やがて、類似の刺激にも反応するようになってしまうようになります。
その結果、父親から大声で浴びせられ続けた罵声への恐怖が、男性全般の声や笑い声にも恐怖が広がって、仕事ができなくなったり、外出することができなるという事態がおこったりします。
しかし一方で、「ことば(意味)」として表現することができなかったりします。
この記憶の障害がひどい症状をみせると、「(解離性障害としての)解離性健忘」と診断されます。
「いま暴力を受けているのは本当の私じゃない」と、自分自身の意志でもうひとりの私をつくりだし、心の痛みを感じなくしようとするのが解離です。
源氏名をつけるように、“もうひとりのわたし”に「名前」をつけ、もうひとりの私として、生きることでツラい時間を耐え続けている(逃げ込んでいる)と解離が進み、解離性同一性障害(多重人格)を発症することになるのです。
多くの被害女性が、「とにかく機嫌を損ねないようにしよう」と全神経を研ぎ澄まし、また、「いまこのときをがまんさえすればいい」と自分にいいきかせ、その惨い行為が終わるのをただ耐える生活を続けることは、こうしたリスクを抱えることになります。
それだけでなく、長くDV被害を受けた末に、最後の力をふり絞って家をでて、離婚を成立させたとき、ひどいうつ症状やPTSDの症状に長く悩まされた生活を送ることになるなど、暴力のない生活を手に入れたあとも苦しみから逃れられずに、理不尽な思いにさせられることになります。
離婚を成立し3年を経過したときに、突然(精神的)難聴に苦しむことになった被害女性がいました。
夫にひどいことばを浴びせられていましたが、「子どもが高校を卒業するまで頑張る」と耐え続け、長女が短大に進学したところで、18歳の長女と12歳の長男を連れて家をでて、離婚を成立させました。
離婚後3年を経て、その被害女性から「短大を卒業し幼稚園に勤めはじめた長女が、父親とまったく同じいい方で罵倒し、怒鳴りつけるようになり、怖くて、どうしたらいいのかわかりません。」、「その長女は、夜はキャバクラで働くようになって困っています。」、「長女から怒鳴りつけられ、罵倒されるようになって、耳が聞こえなくなっていき、いまは左耳が完全に聞こえなくなっています。」と相談のメールが届きました。
明らかに「晩発性PTSD」の症状で、3ヶ月ほどサポートをさせていただきましたが、ワークシートに“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれていたのか”を文字にして吐きだす(暴露療法・認知行動療法)ことには、「3年以上も前の元夫にされてきたことなど思いだしたくもない。」、「仕事に影響がでるようになったら、困る。」と強く拒まれ、メールが途絶えました。
夫の暴力に耐え続け、子どもの成長とともにやっと離婚を成立させることができたと思ったら、今度は、成長した子どもから怒鳴りつけられ、罵倒され、再び、恐怖にさらされる日々を送らなければならなくなることも少なくないのです。
残酷にも、いっしょに暴力に耐えてきた子どもが、“暴力の連鎖”を直接被害者である母親に思い知らせていくのです。
 自分を大切にするということは、「夫の帰宅を意識すると気が重くなり、心臓がドキドキしだし、手が震えるようになる」といった心がもう耐えられないとの悲鳴を見逃さないことです。
 Kは、同居して1週間後には、なぜ怒鳴りつけられるのかわからず、泣いて暮らすようになり、夫の帰宅を意識すると気が重くなり、心臓がドキドキしだし、手が震えるようになる」といった症状がでています。
このことは、Kの暴力によるストレス耐性が低いことを示しています。
また、Kの最初のメールには、「交際時はとても優しく、面倒見がよく、世話好き(飲み物やお菓子を私の口まで運ぶくらい、これには抵抗がありましたが)でよくいうお姫様扱いをされていました。」との記述がありました。
この夫Hのふるまいは、「適切な距離感がわからず、保つことができない」といった比較的ひどい暴力を受けてきた被虐待者の示す典型的な人とのかかわり方ということになります。
Kが抵抗を感じたHのふるまいは、虐待を受けて児童相談所に保護され、児童養護施設で暮らすことになった子どもたちにみられる情緒障害(愛着障害)の典型的な行動パターンです。
保護された児童は、世話をしてくれることになった大人の人にペトッとしたへばりつくような距離感で一生懸命に認めてもらおうと媚をふり、愛想をふります。
興味を示してきて、気持ちが自分の方に向いたら、今度は、いつ突っぱねられるか、いつ愛想をつけられるか、いつ嫌われるか不安になり、恐怖を抱くようになります。
本当に愛してくれるかをわざと嫌がることを繰り返して、その本心、その覚悟を“試す”のです。
一方で、まったくなじめず、ひとり過ごそうとしながら大人の様子を見て、この大人は信用できるのか、信頼していいのかを見極めようとします。このふるまいも“試し”です。
こうしたところから、子どもたちは、ここで“愛着”の受け直しを求められるか、つまり、自分のことを受け入れ、認めてくれるのか覚悟の程度を見極めていくのです。
 この事例80で見られた交際直後の夫Hのふるまいは、こうした被虐待児童がみせる行動パターンそのものということになります。
そして、Kは抵抗があったものの、Hの行為を受け入れました。
このことは、Kが、夫Hと同じアタッチメント獲得に問題を抱えていることを示すものです。
 DV行為が常態化している結婚生活で、夫が、妻に求めることは、親から与えられなかったアタッチメントの再獲得ということになることから、無償の愛、つまり、一方的に至れり尽くしてもらうことだけです。
したがって、交際時はとても優しく、面倒見がよく、飲み物やお菓子を口まで運ぶくらい世話をし、お姫様扱いをして、アタッチメント再獲得対象者をゲットしたあとは、受容行為の相反する行為としての拒絶、つまり、徹底的な暴力による支配が待っていることになります。
そのサインは、交際直後の「私とHが平日に会うとき、Hはフレックスで早目に仕事を切りあげ、私の仕事先の近くまで、車で迎えにきた。」という書き込みに表れています。
しかし、事例78(分析研究9)で、「デートDV講座では、愛と束縛は違うことを必ず教えます」と説明しているとおり、夫Hのおこないは、「俺はお前のことを思ってこんなに頑張っている」ことを示す一方的なふるまいです。
相手のことを思っているなら、二人称で、一方的はないのでは?と思われるかも知れませんが、このHのふるまいには、「仕事先の近くまで車で迎えにきた」というキーワードがあります。
このキーワードには、2つの意味があります。
ひとつは、交際相手が、仕事を終えどこかに立ち寄らないか、誰といっしょにでてきたのか、誰とどんな感じて話しているのか、俺はお前のすべて知っておかなければならないとの思いがモチベーションになっていることです。
もうひとつは、職場から一歩でたあとの時間は、すべて俺のものである、つまり、どこかに立ち寄ったり、誰かと食事に行ったり、お茶をして帰ることを許さないという思いがあります。
したがって、これらのふるまいは、「監視、詮索干渉行為にもとづく束縛(支配)そのもの」ということになります。
そして、「お前のことを思って」といった一方的な思いは、思い通りにならないとき、報われない思いが激しい怒りとなって表れることになるのです。
 デートのために、フレックスで早目に仕事を切りあげ、私の仕事先の近くまで、車で迎えにくるなどとても優しく、面倒見がよく、飲み物やお菓子を口まで運ぶくらい世話をし、お姫様扱いをする人が、2度の離婚を経験しているのは、そのおこないが自然ではなく不自然なおこない、つまり、オトすこと意図とした作為的なものだからです。
不自然とは、無理をしていることです。
無理してまでのおこないは、継続することが難しく、いずれ綻(ほころ)びはじめ、本来の姿をさらすことになります。
見せかけの優しさ、上辺だけの格好のよさによってオトしているわけですから、綻びをみせ、まるで別人の本来の姿をみえてくると、必死に綻びをとり繕わなければならなくなります。
このとり繕うとするふるまいは、父親が母親に対しておこなってきた暴力的なふるまいで接することになります。
なぜなら、それ以外の方法を学んでいないからです。
 Kは、夫Hのふるまいを見て、なぜ2度離婚をしているのかに思いを馳せることで、DV被害に合うことを防ぐことができたのです。
しかし、繰り返しになりますが、暴力のある環境で育ち、アタッチメントを損なっていると、冷静に相手のふるまいを見たり、自身の本当の気持ちと向き合ったりすることができず、「ちょっと気になるけど、私の思い違いだよね」と相手のふるまいを正当化(受容)し、別れないための理由探しをしてしまうのです。
それは、自分で納得できる理由をつくりあげても、「見捨てられ不安」を回避しようとする被虐待者の典型的な思考・行動パターンとなっています。
 Kの母親は、夫(Kの実父)からのひどい暴力(DV被害)を受け、Kが3歳のときに離婚しています。離婚前に暴力被害を相談していた男性が、いまの夫(いまの父)です。
8歳の年の離れた姉は、第1子を出産後に精神を病み、母親と父親が養子として子どもをひき取ることになりました。
Kも姉の子どもを、自分の息子のように子育てをしてきました。
 Kの最初のメールには、「夫が急に怒りだし激しく怒鳴り、私を罵倒するようになりました。私の家族はとても仲がよく、いつも相手を思いやり笑い声のある家庭で育ちましたので、怒鳴られることがなく、夫からのそのような対応は驚きと、怖さと、恐怖と・・」と記載しています。
しかし、10ヶ月後のKのメールでは、「(調停が不調になったあとに就職した)会社の仕事はやりたいことであったので、22時過ぎまでの残業が続いても苦痛でなかったのですが、父親が会社に不信感を抱き登記簿まで調べ、ひどく怒られ、仕事を続けるならでていけ!と怒鳴りつけられる始末でした。」と記載しています。
その後、Kは父親に命じられたとおりに仕事を辞めました。
その直後のメールでは、『仕事を辞めて先月分の給料の明細が届いただけなのに、父は辞めたのにいつまでも追いかけてきて、お前はいつまで関わるんだ!とひどく私を責めます。母までもお前はあの男に(社長)惚れているんだよ!と呆れることばを二度も叫び、死にたくなりました。父は私が馬鹿だからHにいわれるのもしょうがないと責める。普通に何とか自立に向かい仕事を見つけようと、ハロワで見つけた仕事だったのに残業が多かったことが発端で登記簿を調べとんでもない会社だといい、直ぐにでも辞めろ!といわれ、辞めただけなのに、家を出てけ!とまで思ってる。否定されることばかりで居場所がありません。』と記載しています。
 私の返信後のメールには、『父への対応は子どものころから特にいい子でいなければいけないと思うようなことはなかったと思っています。ただただ父は私のことが心配なようで、それゆえに結果的にはキツイことばをいってしまうのですが。相手への内容証明を送った後、相手から送った、届いていないとかのやり取りをメールでしていたことに、また父は怒っているようです。それについて母は、私と話しているときにはまったく別のことをいうのに、父との会話のときには世の中を知らなすぎる!と一緒になり私を批判します。いつもいうことが変わるのでそれを聞くととても辛くなります。 … 精神的にどうしようもなく、母に変ないいがかりで私を責めるのはもうやめてほしい。死にたくなるから本当にやめてくれと告げたら、本当に悪かった、ごめんねといってくれたのですが。今も下では父の意見に同調し、世間知らずなんだからと一緒になって私を非難している声が聞こえています。こんなに家族と一緒に暮らすのが辛いものなのかと今実感しております。』と記しています。
Kは、キツイことばで怒鳴りつける父親のことを「私のことを心配してくれている」と認識していますが、これは心配ではなく、50歳近くになる娘をいまだに支配しようとしているに過ぎないわけです。
Kは、「父親は、私のことを心配してくれている」とフィルターをかけてしまうことで、父親のふるまいを支配(暴力)であると認識することを妨げてしまっていることがわかります。
 この状態は、父親には娘(K)を「信じて見守る」という覚悟がなく、娘(K)は「信じて見守ってもらえず、苦しい」と訴えています。
しかし、第三者に「父親はひどい人と思われたくない(そんなこと、自分が口にしてはいけない)」と心のブレーキが強く働き、父親は私のことを思っていってくれているフィルターをかけて、健気に自らが暴力(支配)を受容しています。父親の暴力を「私が悪いから(いたらないから)、おこないを正してくれている」と暴力を正当化しています。
 そして、DV被害から逃れ、上記の父親と二人の娘(Kは次女)を連れて再婚した母親は、夫の機嫌を損ねないように「世間知らずだから」と、夫のおこないは間違っていないと奉っています。
母親の夫(Kの父親)に対するふるまいは、「母は、私と話しているときにはまったく別のことをいうのに、父との会話のときには世の中を知らなすぎる!と一緒になり私を批判します。」との記述にある通り、“二枚舌”で、その場をとり繕う術は、子どものおこないを一緒になって否定し、非難することで、自分に暴力の火の粉が飛んでくるを防ぐためのふるまいです。
つまり、母親の態度やふるまいは、暴力のある環境で生き抜くために、子どもを犠牲にして自分の身を守る回避行動そのものです。
子どもを犠牲にして自分の身を守る回避行動は、当事者には無意識下であるものの、暴力のある家庭環境ではよく認められるものです。
そして、Kが「二度いわれ死にたくなった。」という母親の「お前はあの男に(社長)惚れているんだよ!」との発言に対し、Kは、母親の妄想と表現していますが、母親の妄想ではなく、「夜遅くまで残業させて働かせる会社はおかしいから辞めろといっている父親のいうことをきくのか、仕事(会社=社長)を選ぶのか」という二者択一(二元論)で判断を強いる考え方にもとづいています。
つまり、この母親の言動は、二者択一で選ばせ、選んだ方が大切(存在価値がある)であるという考え方の問題で、大切に思うのは好きだから、惚れているとの認識(価値観)の持ち主だということを示し、この認識は、“認知の歪み”を意味するものです。
 こうした実家での状況を記したメールが届く11ヶ月前、最初のメールに書かれていた「私の家族はとても仲がよく、いつも相手を思いやり笑い声のある家庭で育ちましたので、怒鳴られることがなく、…」とはあまりにも違う状況です。
この違いは、Kが3歳以降、実父のDVが原因として離婚した母親が再婚した父親の言動やふるまいを、たとえ暴力的あっても「私のことを思ってのこと」と受け入れてきた考え方の癖(認知の歪み)がフィルターとなり、「仲がよい家族」、「いつも相手を思いやる家族」、「笑い声にあふれる家族」と認識してきた(虚像をつくりあげてきていた)ことがわかります。
つまり、母親が元夫(Kの実父)からのDVから逃れ、2人の姉妹を連れて再婚した家庭環境で、Kが、“親にとって都合のいい子”でいなければならなかったことを示すものです。
その中で、Kはファンタジー(虚像)をつくりあげてきたわけです。
この暴力のある環境に順応するために身につけてきた考え方の癖(認知の歪み)というフィルターが、交際初期に夫Hが見せる違和感を覚えたり、不気味に感じたりしていたふるまいや言動を自ら見えなく、気づかないふりをしてしまう要因になったのです。
そして、「視界が白くぼやけ、だんだんなにも見えなくなるようになりました。その症状は、ツラく、哀しく泣いくと、左目の視力はなくなるほど白く霞むようになる」といった症状は、Kの母親が夫(Kの実の父親)からひどい暴力を受けていた、つまり、Kが3歳までに受けていた面前DV被害が原因となっていると考えられるわけです。
ひどいことばを浴びせられ続けた被虐待者、いじめ被害者、そして、DV被害者の後遺症として、自らことばを遮ってしまい難聴を発症してしまうなど、身体化となって表れる症状で、心身症の症状と考えるのが妥当です。
したがって、Kの心身に表れている症状を見る限り、Kが乳幼児期に体験した暴力はかなりひどいものであり、その後、母親が再婚した家庭環境もまた機能不全家庭であったことになります。
そのことを裏づけるのが、8歳違いの姉が精神を病んだという事実です。
この1年後、離婚訴訟で離婚を成立させた被害者は、父親や母親、そして、母親代わりで育てた甥にさえ、「いつでて行くの!」といわれ、3ヶ月後に家をでることになりました。


(4) ストーカー行為。復縁を求めるものか、一方的な思慕か
 ストーカー行為には、元交際相手や元妻に復縁を求めて接触を試みようとするストーカー行為に及んでいる者が特定されているケースか、一方的な思慕による誰がストーカー行為に及んでいるか特定されていないケースがあります。
 「一方的な思慕」とは、卒業した学校の同級生や同窓生、同じ学校、違う学校を問わず部活や習いごと(塾を含む)で一緒だったとか、職場が一緒とか、同僚や上司であったり、取引先の人であったり、通学や通勤で一緒になっているとか、買い物先で一緒になっているとか、“気になる人”から、“一方的な思い”を募らせ”、その“一方的な思い”が、相手のすべてを知りたい欲求を押さえられなくなり、同時に、自己存在(自分の思い)を知らせなければならないと行動に移す欲求を押さえられなくなる状態に至っている(渇望感を埋める(承認欲求を満たす)ことが動機となっている)ことです。
したがって、ストーカーは、ストーカー行為により、“対象者(ターゲット)”の反応を得る(承認欲求を満たす)ために、驚かせたり、怒らせたり、困らせたり、怖がらせたりします。
ターゲットのそうした反応を得るためには、膨大なエネルギーを費やし、少しでも注目されようとしてストーキングそのものにこだわり、執着します。

前者のケースでは、メールや電話など間接的な接触を試みているのか、別居している実家や転居した家、そして、職場を訪れるなど直接的な接触を試みているのかなど、ストーカー行為の展開には、特有の“状況”があります。
 後者のケースでは、「あなたのことは、すべて知っている」ことの“痕跡”を残し、「すべてを知っている」のは“わたし”と認識させていくプロセスをとるなど、ストーカー行為の展開には、幾つかの“段階”があります。
 したがって、ストーカー行為に対する対策を考えるうえで重要なことは、第1に、ストーカー行為に及んで者が特定できているケースなのか、特定できていないケースなのかで、対策のあり方が違うこと、第2に、ストーカー行為に至る「経緯」の把握の他、ストーカー行為の「状況」、そして、ストーカー行為の「段階」があり、それらを正確に把握することが、身に危険が及ぶリスクにあるかどうかの認識把握が違うことを知ることです。
 なお、前者のケースにおいて、いまの状況、段階が、被害者の身に危険が及ぶリスクにあるかどうかの認識把握については、「Ⅳ-27-(7)被害者宛のメールの文面からストー化リスクを把握する」で詳しく説明しています。

 ここでは、2つのケースをわけずに、ストーカーの“特徴的な行為”をまとめておきたいと思います。

① 神出鬼没
 ストーカーは、つきまといや待ち伏せをします。
電話や手紙、ファックス、そして、メールなどは間接的なストーカー行為、待ち伏せや尾行、監視などのつきまといや暴力は、直接被害者の身体に向けられることになります。

a) 痕跡を残す
自分がきたという証拠を残すために、門や郵便受けなどに落書きをしたり、郵便受けやドアに小石やタバコの吸殻、精液の付着したティッシュペーパーを入れておいたりすることがあります。
電話番号やメールアドレスを知っているときには、電話の着信、メールの受信、SNSの「いいね」などの行為も「痕跡を残す」に含まれます。

b) つきまとい
つきまとい行動は、自宅周辺での徘徊、監視、持ち伏せが中心ですが、エスカレートすると自宅にあらわれるようになりったり、夜中に押しかけるようになったりします。
玄関ドアや窓を叩き続けたり、呼び鈴やインターホンを鳴らし続けたり、中に侵入しようと試みたりすることもあります。また、水道の元栓を止めたり、電話線を切ったりと暴力的な行動にでることもあります。

c) 偶然を装う出会い
営業先でよく一緒になったとか、馴染みの店でよく一緒になったとか、職場の休憩所でよく顔を合せるとか、意図的に、偶然を装い接触を試みます。
偶然が重なると、「なんか運命みたいだね」との会話が交わされたりします。
こうしたことが、「出会いのきっかけ」になり交際に発展することがあります。
営業先や職場などで偶然みかけた人に好意を持ち、よく来る曜日や時間を調べて、その時間に自分のスケジュールをあわせ、偶然の出会いを装うのです。
通学や通勤時、バスや電車で乗り合わせた気になる異性と会えるように、同じ時刻のバスや電車に乗り続けることはよくあることです。中学校や高校を卒業してから何年か経ったころ、ちょっと気になっていた同級生から「今度、会おうよ」と連絡があったり、買い物としているとき偶然出会ったりすることがありますが、事例68(分析研究6)、事例78のように、卒業後もリサーチを続けた結果であることがあります。
重要なことは、この偶然の出会いをきっかけに、交際をはじめたとき、退勤時間や友人との飲み会が終わるころに迎えにくるときには、この“出迎え”という行為が、「監視」を目的としているということです。
交際後、監視目的の“出迎え”という行為が認められたときには、交際のきっかけとなった偶然の出会いは、緻密に計画された行為、つまり、ストーカー行為にもとづくものということになります。
その場合、「今日の食事や飲み会には、どこで、誰が参加し、何時に終わるのか?」と根掘り葉掘り聞きだそうとするなど、「詮索・干渉」の行為が伴うようになります。
執拗な詮索・干渉も、最初は気遣いや優しさにあふれているため、「愛されている」「大切にされている」といった印象を抱かせますが、徐々に、「急に態度が豹変する」ことに戸惑い、混乱させられることになります。
「頻繁な出迎え」に違和感を覚えたり、「執拗な詮索・干渉」にうっとうしさを感じたりして、別れを切りだしたときに、ストーカー行為のリスクが高まります。なぜなら、偶然の出会いそのものが、ストーカー行為にもとづいているからです。
しかし、最初に違和感を覚えたり、うっとうしさを感じたりした“タイミング”で、別れることができないと、そのまま、デートDV被害を受けることになります。
一方で、頻繁の出迎えに、“自分は大切にされている(承認欲求を満たされている)”と感じ、交際を継続すると、詮索・干渉、束縛(支配)される、つまり、デートDV被害を受け、別れるタイミングを失い、結婚に至るケースがでてきます。
こうして結婚に至ったケースでは、偶然の出会いそのものが、ストーカー行為にもとづいているわけですから、離婚を切りだしたり、別居したりしたあと、復縁を求めるストーカー行為のリスクは高いことになります。
用意周到な偶然が危険なストーカー行為なのか、そうでないのかの“見極め”は、交際がはじまったあとに、出迎えにくるなどの監視行動、執拗な詮索・干渉行為があったかどうかの把握が重要になります。
監視行動、詮索・干渉行為が認められるときには、その行為は、ターゲットを「支配する(自分だけのものにする)こと」が目的であることから、偶然の出会いを装った「待ち伏せ」の“罠”にかかったことになります。

d) 身体に向けられる暴力
「おつきあいはできない」と交際を断わったり、「暴力に耐えられない」と別れ話を切りだしたりすることが、暴力をエスカレートさせるきっかけになります。
「話だけでも聞いてほしい」と執拗につきまとわれたり、「これからのことを話し合おう」と家に誘い込まれたり、「どうしてわかってくれないんだ!」と逃れた先に押しかけてきたりして、「俺から逃げられると思うな!」と暴行(身体的暴力)を受けたり、レイプされたりするリスクが高まります。
暴力がエスカレートする背景には、交際を拒絶されたり、別れたりすることを受け入れられない強い思い、つまり、「見捨てられ不安」があります。
そのため、執拗につきまとうことになり、暴力やセックスで関係修復(別れの回避)を試みようとするのです。
呼びだしの常套句としては、「一度、会ってくれればあきらめる。」、「最後に二人だけで話し合いたい。」といったものが圧倒的に多く、「一度セックスしてくれれば止めてやる。」、「一度殴らせれば別れてやる。」というものもあります。
「一度、(セックスに)応じてくれたら、もうつきまとわない。」といわれ、応じると、写真や動画を撮られ、「家族や職場にばらまく!」、「ネットに流してやる!」と脅され、家族や警察にも相談できず、別れることができなくなる悲劇さえおきます。
また、「自殺する」といって目の前で死のうとしたり、ナイフをちらつかせ、「お前の身体を傷つけてやる!」と脅したりすることも少なくありません。
いずれにしても、これらの言動やふるまいは、被害者の気持ちを利用して、支配(コントロール)するための手段(状況の打開策)でしかないことから、こうしたことばを信じてしまうことはとても危険です。
ことばを信じて、要求に応じたとしても、ストーカー行為や暴力行為は決して終わることはなく、「前回はここまで応じたのだから、次は、もっと…」と要求はエスカレートしていくことになります。
さらに、ストーカーの中には、警察や裁判所、各種出版物、ネットをストーカー行為に利用する場合があります。警察を利用して、被害者に面会を要求したり、捜索願をだしたりして居所を探させるなどストーカー行為の手段に利用することさえあります。
そのため、家をでて、他にアパートを借りて転居したり、行政に一時保護(緊急一時保護施設への入居)を求めたりするときには、警察でDV被害(デートDV被害を含む)を受けていることを説明し、「捜索願の不受理届」をだすことを忘れてはならないのです。

e) 物質的な被害
物質的な被害とは、「自宅に石を投げ込まれる」、「窓ガラスを割られる」、「車に悪戯される」、「タイヤを切られる」、「タイヤに釘を打ち込まれる」、「ボンネットを傷つけられる」、「毎日、車を傷つけにくる」、「車庫にスプレーをかけられる」、「郵便受けに落書きなど悪戯される」、「家のドアに汚物をつけられる」、「車に精液をかけられる」、「車を盗まれて事故をおこされる」などがあげられます。
さらに、「留守中に自宅に侵入された」、「電話線を切られた」、「空き巣に入られ、住所録や手帳、アルバム、写真、衣服などが盗まれた」、「洗濯物を汚された」、「衣服をひき裂かれた」、「眼鏡を壊された」、「携帯電話を壊された」、「ペットを連れ去られた」、「庭を荒らされた」などもあります。

② 特徴的な間接的なストーカー行為(手段)
 では、ストーカー行為として、a)電話、b)手紙(メール)、c)贈り物がどう使われるのかをみていきたいと思います。

a)電話
家にいる時間帯は自宅に、勤務中は職場に電話をかけます。在宅を確認するために、帰宅時間を狙って定期的にかけたりします。ストーカーは、被害者と接触したがる一面がありますから、脅したり、懐柔したり、相反する拒絶と受容のふるまいを通じて、被害者を(復縁を求めるために話し合おう)おびきだそうと試みます。

b) 手紙(メール)
電話と同様に、被害者の自宅(携帯電話やパソコン)のほか、親戚、友人、知人、職場、職場の上司や同僚の自宅(携帯電話やパソコン)などにも送りつけたりします。
卑猥なことばやメッセージに添えて卑猥な絵や写真(加工されたもの)、中傷ビラ、小物などを同封(添付)してくることもあります。
こうしたおこないは、自己中心的で、妄想や執着の強いもので、内容はまったくの嘘であったり、事実がストーカーの都合で大幅に歪められていたりするものです。
最近は、「リベンジポルノ」として問題になっていますが、別れた彼女(妻)や彼氏(夫)の裸の写真やセックス動画をネットに流して(公開して)しまうことがあります。
ペン型や腕時計型、100円ライター型、動作に反応し録画を開始する置時計型など盗撮機器は、ネットなどで簡単に手に入れることができます。
また、交際していないにもかかわらず、デートでなにを食べたとか、一緒に映画を見に行った、ホテルで素敵な一夜を過ごしたなど、いかにもあったかのごとく嘘(頭の中で描く思い、つまり、妄想の世界でのできごと)の日記をわざと残していることも少なくありません。
それだけでなく、先の「痕跡を残す」という意味で、交際相手や妻にわざと見られることを前提として、書き記すことさえあります。
内容は、意図的に「えっ、私のことこんなふうに思ってくれていたんだ」と私は愛されている(大切にされている)と思わせるためだったり、「俺はお前のことをなんでも知っているんだからな」と俺からは絶対に逃れられないことを思い知らせるものだったりします。
こうした意図的に「痕跡」を残したり、その痕跡により気持ちをコントロールしようと試みる行為は、交際相手や妻が警察に訴えたり、裁判になったりしたとき、「自分こそが被害者である。」と訴える証拠とする目的(リスク回避)であることが少なくありません。
したがって、被害者だけでなく、第三者として相談を受ける側は、ストーカー行為に及ぶ加害者の特性として、「妄想にふけりながらも、人を貶める才に長けている」といったことを理解していなければなりません。
ストーカー事件では、被害者の方が疑われたり、非があると思われてしまったりする危険があることを前提に対応することが求められます。

c) 贈り物
相手から拒絶され、嫌がられていることを感じながらも、なんとかつながりを保とうと懸命になります。
ストーカー行為がエスカレートしてくると、プレゼントの目的は、被害者が嫌がるもの、怒るもの、怖がるものが選ばれることになります。

③ 特徴的な目的達成のための手段
ア)おびきだすための試みは、「俺と会わないと、あなたやあなたの家族は大変なことになる。」、「よりを戻してくれなければ、自殺する。」、「お前がいないと生きていけない、目の前で死んでやる。」、「お前が俺を捨てたら、家に火をつけてやる。」、「話がある。隠れていないで(無視していないで)、でてこい!」、「お前の親戚一同めちゃめちゃにしてやる!」、「職場に押しかけるてやるからな! 覚悟しておけ!」など、“脅し”のことばが込められていることが少なくありません。
「自殺する」「死んでやる」といった言動の多くは、自分に対しどのくらい気持ちがあるのかをはかるため(気を惹くための試し)で、「本当に死なれたら困る」といった心理を巧みに利用しようとするものです。
そして、「家族や職場の人に迷惑をかけられない」との思い(感情)につけ込み、関係の継続を強いるわけです。
こうした言動は、自分に関心を持って欲しいだけのふるまいです。
そして、精神的な幼稚性が示すものです。
問題は、「見捨てられ不安」を払拭したい、つまり、承認欲求を満たす思いの言動であることから、論理的な説明に耳を傾けることはありません。

-事例81(デートDV8・ストーカー行為1)-
 交際しはじめて間もなく、私は、Mから「昔、自殺しようとした。」と聞かされました。それ以降、私は、Mに“自殺をされたらどうしよう”と考えるようになりました。
しばらくして、深夜にMから電話があり、Mに「いま、XjapanのHideが自殺した同じ方法で、死のうとおもってやったけど、死ねない。」と告げられました。
私は、慌ててMの家に駆けつけました。しかし、ロープを吊るした痕跡も含めて、自殺を試みた気配はなにもありませんでした。

-事例82(デートDV9・ストーカー行為2)-
 交際していた男性と別れてしばらく経ったとき、Tと知り合いました。Tが「去年、離婚した。」と話したので、私は、Tと交際をはじめました。
 しかし、Tは、妻と離婚調停中で、まだ離婚は成立していませんでした。離婚調停中のTの妻が、探偵事務所に浮気調査を依頼したことから、Tの妻に、Tと私の交際が知られることになりました。
 そして、私は、Tに「別れる」と伝えました。
離婚調停において、前妻に対し、毎月慰謝料1万円を支払うこと、2人の子どもに毎月4万円の養育費を支払うことで、離婚が成立しました。
 その直後、Tから届いたメールには、「車にガスコンロを持ち込み、死のうと思う」と書かれていました。私は、Tにメールを送り、「いま、どこにいるのか?」を訊き、深夜でしたが、Tのいる場所に急いで向かいました。
 Tの車を見つけ、近寄り、私がドアをノックすると、Tはドアを開けてくれました。
ガスコンロは後部座席におかれていましたが、社内にはガスの匂いもなく、ドアガラスにガムテープを貼った痕跡もなく、自殺を試みようとした気配はありませんでした。
 しかし、そのときの私は、その後、TからDV被害を受けるとも知らず、傷心のTのことを「私が支えなければ」と本気で思ってしまいました。

イ) 嫌がらせで多いのは「金を返せ」「贈ったものを返せ」です。
過去の交際中、同居中に自分が払った分の食事代金や買い物代金、贈ったプレゼントなどの返還をしつこく迫ります。
中には、返還を求めるだけでなく、「別れるなら、慰謝料500万円(1,000万円)を支払え! お前が払えないなら、親に払ってもらえ」と威圧的に迫ることもあります。
「そんな額の金、お前が払えるはずがない。家族に迷惑をかけられないだろう。だから、お前は俺から別れられないよ」といった“脅し(強迫)”の要素が絡んできます。
「家族には迷惑をかけられない(家族に知られ、哀しませたくない)」との思いをつけ込まてしまうと、被害を長びかせ、深刻化させてしまう要因になります。
そのため、泣き寝入りするのではなく、「脅迫をしてきた。これで警察沙汰にできる」と認識し、闘う意志を持つことが結果として被害を長引かせたり、深刻な事態に発展させたりするのを防ぐことができます。

ウ) 仕事を妨害したり、誹謗中傷したりします。
例えば、「仕事を辞めさせてやる。」、「会社にいられないようにする。」、「会社に手紙をだすぞ。」、「エイズだといいふらす。」などと脅したり、職場の同僚や知人には、被害者は「不正をしている。」、「だらしない女(ふしだらな女)。」、「不倫している。」、「借金をしている。」、「親が多額の借金をしている。」、「アダルトビデオにでている。」などと誹謗中傷を吹聴したりします。
しかも、当人だけでなく、親やきょうだい、親戚、かくまってくれていたり、相談に乗ってくれたりしている友人や同僚、上司が、「どうなってもいいのか」と“ひき合い”にだしたりするといった卑劣で卑怯なふるまいにでたりします。
手負いの獣は、見境ないふるまいを仕掛けてきます。
たとえ、直接的な被害を受けていなくても、「この人は、本当に会社に嫌がらせをするかもしれない」との思いがあったり、「この人は、なにをするかわからない」といった恐怖心があったりすると、理不尽なストーカーの要求に屈し、従わざるをえなくなります。

エ) 「子どもに危害を加えてやるからな!」といって脅す場合も少なくありません。「子どもを傷つけてやる」、「子どもからやってやる」、「保育園に電話する」、「学校に行けなくしてやる」、「子どもの卒業式が楽しみだ」といった言動は、子どもを持つ母親にとっては大きな脅威です。
わが子を守りたい一心から、危険を承知でストーカーと対決し(話合い)にでかけてしまう被害者は少なくありません。
しかし残念ながら、ストーカー行為に及ぶ人たちは、「話に応じたことは、要求に応じた」と自分勝手な解釈をしてしまいます。
つまり、要求とは「交際する」こと、「復縁する」ことに他ならないことから、「話に応じながら、復縁に応じない(交際に応じない)」といった回答(考え方・意志)は、決して受け入れられるものではないのです。
したがって、「誠意をもっては話し合えば、きちんと気持ちを伝えれば、交際つもりがないことや復縁するつもりがないことをわかってもらえる」などと性善説で考えてはいけないのです。それだけでなく、当事者同士や親族や知人、友人を交えての話し合いも成り立たないことも理解しておかなければならないのです。

④ DV後、ストーカー行為に及んだ加害者の特徴
 次の18項目は、DV被害を受けたのちストーカー被害にあった女性たちが、加害者の特徴としてあげたものをまとめたものです。
・ 嘘がうまく、不誠実である
・ 女性のいうことをきかず、一方的である
・ 女性と対等な会話ができない
・ 自己中心的で、社会性が希薄である
・ ものごとを自分に都合よく解釈する
・ 怒りの感情をうまく表現できない
・ 他人の迷惑を考えない
・ 欲求不満や衝動的な感情をコントロールできない
・ 理性を欠いた行動や暴力的な傾向が強い
・ 人と長期間の信頼関係を築けない
・ 嫉妬心が強い
・ 屈折したコンプレックスを抱えている
・ 無視されるとプライドが傷つく
・ 支配欲が強く、女性を監視して束縛したがる
・ 問題がおきると、いつも相手の女性のせいにする
・ 反省したり(謝ったり、反省したりするふりはしても)、心から悔い改めることがない
・ 女性と男性の役割に差別意識が強い
・ 子ども時代から暴力や虐待を身近に経験している
 これらの特徴を読みとると、「Ⅱ.児童虐待・面前DV。暴力のある家庭環境で暮らす、育つということ」に記していますが、暴力のある家庭環境(機能不全家庭)で育ったがためにアタットメント(愛着形成)獲得に問題を抱え(愛着傷害)、妄想性や自己愛性、境界性(ボーダーライン)など人格障害者の特徴に酷似していることがわかります。

-事例83(デートDV10・ストーカー行為3)-
 結婚前、私は、Dが流暢に語る話にあこがれました。九州の男性よりずっと素敵に見えました。あたかも現実のできごとであるかのように語るDの活躍、そして、人生の夢に惹かれました。
 転勤族のDとは中学の同級生、高校入学以降は別々でした。23歳、「K市に遊びにいくから会おうよ」と親友を介し連絡が入り、再会することになりました。そして、K市と東京の遠距離交際がはじまりました。
Dの都会的なふるまいに、九州の男性とは違うなと感じました。洗練さが新鮮でした。しかも、K市にくるときは、Dは、いつも大盤振る舞いで楽しませてくれました*1。
 遠距離交際も6年となり、30歳が間近担ってきた私は、仕事を辞め、Dのいる東京に上京しました。そして、Dに二股三股していた事実を知ることになりました*2。しかも、これまでDが語ってきたことが嘘、虚言だと次々に明らかになっていきました。それは、Dがつくりあげた妄想の世界、つくり話だったのです。
しかしDは、私に虚言がバレることをまったく気にもしていないようでした。
連絡はいつもDからでした。こちらから電話をすると、「何のよう? 何でかけてくるの?」と冷たく応じました。
その一方で、私が勤める病院の夜勤中に家探しをしていました*3。あとになってから、大切にしていた思い出の品々を勝手に捨てられていることに気づきました。Dに、友人からの手紙は読まれ、持ち帰られ、手帳に書かれている住所録はコピーを取られていました*4。
 私は、「Dになにをされるかわからない。怖い。もうダメだ! 別れる」とアパートを飛び出て、同郷の知人のマンションに身を寄せました。
 携帯電話は、一晩中鳴りっぱなしでした*5。
数日後の夜勤明け、私は着替えを取りにアパートに戻りました。
すると、Dがアパートの前で、私が帰るのを待ち伏せしていました*6。
そして、ストーカーの多くがいうように、Dは、大きな声で「今後どうしたいのか、話し合いたい。」、「お前がいないと生きていけないから、話し合いたい。」と繰り返しました*7。
 私は、病院での夜勤明けで眠いのと、アパートの前で大騒ぎされたくないとの思いで、仕方なく、Dを私の部屋に通しました。
このことが、地獄の夜のはじまりとなりました。
 Dは「今後どうするのか?!」と訊いてきました。私が「もう無理だから。病院は勤めたばかりだから直ぐに辞めれない。1年経ったら九州に帰る」と応えると、Dは「それは絶対に許さない! 俺とお前は婚約している。*8」と凄んできました。
 私は、Dが私のことをどう思っているのかわからないまま、仕事を辞めて上京しましたが、Dと結婚する約束(婚約)はしていませんでした。にもかかわらず、Dは「婚約している」といってきました。
しかも、Dは、私がただ身を寄せてかくまってもらっていた知人と恋愛関係にあると妄想し、嫉妬に狂っていました。
Dは、「あいつに危害を加えてやる。どこに勤めているのか、調べている。社会的な立場をなくしてやるからな!」と脅してきました*9。そして、「どうするんだ!」、「どうするつもりなんだ!」と繰り返し、繰り返し問い詰めてきました。
私は、どうしようもなくなり、「別れる」と応えると、Dは、「ただ別れるだけではダメだ。信用できない!」と責め、「あいつをここに呼べ! 俺は押入れに隠れている。きたら半殺しをしてやる。そしてお前も一緒にやれ!」と声を荒げながら、同意を求めてきました。
 私は、怖くて仕方がありませんでした。
以前、Dから「立退きを進めるのに、中国人に金をつかませて嫌がらせをさせ追いだしていた。ヤクザともつき合いがある。」と聞かされていました。Dに背いたら、なにをされるかわからないと思いました*10。
 Dに「やれるな!」と訊かれ、私は「やれる」と応えるしかありませんでした。そして、私は「自分が悪いことをしました。」と土下座して、Dに謝りました*11。
土下座だけでは足りなかったようで、Dは「その証拠をみせろ! 線香を自分で押しあてろ! 本当に別れられるならできるな!」と迫ってきました。
私は、自分で線香を両手に押しあてました*12。
そして、私は、Dの知り合いの家への転居を強要されました*13。
*1 偶然やたまたまの出会いや再開が交際のきっかけであり、その出会いや再開に“運命さ”を語り合い、その後、支配のための暴力的な行為が実在しているときには、明確な意図を持って、偶然やたまたまを装って近づいていることになります。
つまり、交際のきっかけとなったその出会いや再開は、ストーカー行為としての用意周到なリサーチにもとづいていることになります。
*2交際相手が複数の人物と交際していることは、仮に、婚約下にあれば不貞行為(性暴力)に該当します。婚姻関係にあるときには、当然、不貞行為(性暴力)です。
*3.4.5.6.7 典型的なストーカー行為です。
*8 相手の気持ちが自分から離れているように感じたり、直接、別れを切りだしてきたりしたときには、「婚約している」という“特別な関係性”を示すことばで“感情”に訴え、心を惑わせようとします。それでも、状況の打開ができないときには、「婚約破棄として慰謝料を支払え!」と“脅す”ことばを使うことで、関係性の継続を試みようとします。これらのふるまいは、復縁を求めるつきまとい行為、すなわち、ストーカー行為ということになります。
*9 人の「人に迷惑をかけられない」という思い(感情)こそが“弱み”と認識している者が、「*8」と同様に、関係性の継続を試みるための“脅し”のふるまいです。
*10 「逆らったら、なにをされるかわからない」という恐怖心を植えつける試みとして、武勇伝として語られたり、空手の型を見せたり、柔道の絞め技をして見せたりするふるまいを駆使します。それは、別れたり、逃げたりする気持ちを戸惑わせ、判断力を弱めるものです。
*11 精神的な支配下にない関係性では、強烈な恐怖を味わされ強要されない限り、“土下座”をして謝ることはありません。なぜなら、土下座は、自尊心が傷つく、屈辱的なふるまいだからです。
 したがって、躊躇なく土下座をすることができる状況にあるときには、精神的に深刻なダメージが及んでいる、つまり、生育期か、現在かのいずれかの環境で、慢性反復的(日常的)な暴力下で、怒りを収めたり、絶対服従を誓ったりしている環境にあることを示していることになります。
*12 この行為は、「お前は一生俺のものだ!」という宗教上の“刻印の儀式”としての意味を持つものです
*13 二度と逃げださないように、監視下におく、つまり、軟禁状態におく行為です。


 支配のための暴力をふるい、「別れる」ことを受け入れられず、異常に執着しつきまとう、つまり、ストーカー行為に及ぶのは、根柢にアタッチメント獲得に問題を抱えているからです。
発育成長過程において、a)自己愛だけが異常に高く、自分だけが正しいと自己中心的な考えしかできなくなったり、b)頭の中で虚像(妄想)の世界をつくりあげるようになったり、こんなに苦しくつらいのは大人が、c)社会が悪いから仕返しをしてなにが悪いとの考えに囚われるようになったり、d)注目を浴びたいがために人を騙す術に秀でてしまったり、e)支障をきたすほど、人とのかかわり方、特に、コミュニティのあり方に問題を抱えてしまったりするようになっているといった、その歪んだものの捉え方や考え方が、その人そのもの(人格)になっています。
 そこで、DV後にストーカー行為に及ぶDV加害者の特徴を、「自己愛系」、「妄想系」、「ボーダーライン系」の3タイプに分けて説明しておきたいと思います。
ただし、DV後にストーカー行為に及ぶDV加害者は、それぞれのタイプが複合していると考えていくことが重要です。

ア) 自己愛系ストーカーの特徴
自己愛が病的に強く、自分が一番と思っていて、自分を特別な凄い人と思われたい、敬われたいとの思いが異常に強くあります。自分にとって納得にいく状態が続けばいい人でいられますが、反発されたり、他の人をほめたり、別れを切りだされると自分が否定されたという感情から怒りを爆発させることになります。
「つき合いをやめたい」「別れたい」といわれることは、自分自身のすべてを傷つけられることに等しく、全存在の否定につながるほど重要なことです。そのため、病的なまで敏感に反応し、ときに、ストーカー行為に及ぶことになります。
ここには、「見捨てられることへの不安感」が根底にあります。
しかし、それを認めることができないために、相手に嫌がられることで自分を納得させようとさえするのです。
a プライドが高くナルシスト
b 流行のファッションに敏感
c 自分が“特別”であるという特権意識が強い
d 周囲からの評価をとても気にする。周囲の人が自分をどう思っているのか異常に気にする
e 自分以外のことをほめると不機嫌になる。他人はどうでもよく、自分のことだけほめて欲しい
f とにかく自分のことばかりを話したがる
g 自分の写真を見せたがる。自分の写真を見せて説明したがる
h 自分以外の人や状況に責任を転嫁する。責任を持とうとしない

イ) 妄想(パラノイア)系ストーカーの特徴
当初、情熱的に見えた強引さは気まぐれで、感情のムラ、衝動性といったものに姿を変え、発作的な暴力を伴います。たまりかねて逃げだすと、執拗なまでの追跡行為に及びます。
なぜなら、とにかく連れ戻したい、自分の手元に置き支配したいという強い執着心が背景にあるからです。
別れに対する強い拒絶、拒否、否認など、被害者が自分から去っていくことに対する強烈な抵抗と反発を示します。そのため、被害者に対する攻撃の衝動がおこり、強烈な怒りは憎悪の鬼と化すのです。
交際している段階から頻繁に電話をかけて、日中の行動を監視するとか、過去の恋愛関係を異常にこだわるなど、とてもふつうとはいえない詮索・干渉といった支配行為を繰り返している傾向があります。
また、妄想(パラノイア)系のストーカーは、一見ストーカーに思えないことが少なくありません。
しかし、誰がなんといおうと自分勝手な想像や思い込みで、自分の都合のいいようにしか解釈しません。しかも、緻密な計算によって、自分の妄想があたかも現実のできごとであるかのように、周囲の人間を巻き込みながら演出していくことから、被害者自身が、気がつかないところでストーカーとの熱愛劇を演じさせられてしまっていることも少なくないのです。
そのため、被害者は徐々に外堀を埋められて逃げ場を失い、追い詰められていってしまうことになります。
a メール、手紙、電話など連絡を絶やさない。しかも、相手がそれを望んでいると感じている
b それほど親しくないのに、派手なプレゼント、高価なプレゼントを贈る
c 人並み以上に、新しい情報に敏感
d 人の心をつかむのが上手く、自分の思い通りに操作、支配しようとする。相手に応じて人格を使い分ける。情報操作で巧みに人を動かす
e よく人にかまをかける
f 思い込みが激しく、ノーを受け入れない

ウ) ボーダーライン系ストーカーの特徴
感情の激しさ、人やものごとを白か黒かにわける極端さ、自己否定と他者不信、怒りと恨みの激しさ、見捨てられる不安から、被害者を容赦なく、ふりまわすことになります。
ときには、「自殺する」と脅したり、刃物を持ちだして暴れたりと文字通りの修羅場が繰り広げられることも少なくありません。
被害者を肉体的にも、精神的にも完膚なきまでに叩きのめす傾向があります。
a 頻繁に職場(アルバイト)を変える
b 友だちが少なく、つき合いが長続きしない
c 些細なことでも責められる、非難されると、攻撃に転じる
d 相手の過去、とくに恋愛関係を知りたがる
e 自分がかつて恋愛関係にあった人を極端に嫌う
f 初対面のときから、心を許しているようにふるまう
g 自分の短所、弱点を語って同情を得ようとする
h 他人への評価が一定していない


(6)「SRP」のストーカー類型、ストーキングの背景と特徴・介入
オーストラリアでは、2009年、ビクトリア州メルボルンにあるモナッシュ大学の研究者や関係機関が、10年間に及ぶストーキング評価・管理を行った臨床経験及び国際的な研究結果を基に構成された専門的な判定手法として、精神科医、心理士等の専門家向けリスク評価手法「StalkingRisk Profile(SRP)」を開発しました。
「SRP」は、リスク評価のための体系的な専門判断ツールで、ストーキングに至らせる動機を含め、行為に関する分析をおこない、その結果、特定されたリスク要因や「SRP」による分類にもとづき、治療方法を決定するものです。
また、「Queensland Forensic Mental Health Service」では、すべての類型のストーカーに対して精神保健の介入(治療)と司法の介入は必要であり、ストーカーの類型によって、それぞれの介入の度合いは異なるものとして捉えています。

① 拒絶型(Rejected)
拒絶型のストーキングは、親密な関係の崩壊を背景に発生します。通常、被害者は、かつて性的に親密な関係にあった者ですが、家族、親友およびストーカーと非常に近い関係にあった者もまた拒絶型のストーキングの標的になりえます。
拒絶型のストーカーの当初動機は、関係を再構築(復縁を求める)しようとするか、被害者が拒絶したことに対して復讐をしようとするかのいずれかです。
多くの場合において、拒絶型のストーカーは、被害者に対する明確な怒りを示し、復讐を望んだかと思えば、関係をとり戻そうとし、被害者に対する相反する感情を示す。
ストーカーが被害者の近くにいると感じることを持続することによって過去の関係の代わりになる場合や、ストーキング行為によってストーカー行為者の傷ついた自尊心が救済され、自分自身についてよりよく感じられる場合は、ストーキング行為は持続されます。
そして、拒絶型のストーカーは、主に、人格障害を有するため、特性に応じた処置と再発防止処置が重要となります。
悲嘆カウンセリングもストーカーの対象を諦めさせることに役立つことがあります。
司法の介入に関しては、拒絶型のストーカーには主に法的手段が求められ、断固とした対処が必要となります。
被害者との関係が浅く、また、被害者との子どもを有しない者は、治療プログラムの効果が期待できる可能性があります。
しかし、反社会的かつ犯罪性向があり、社会性にも欠ける拒絶型ストーカーであって、被害者との関係が長期間にわたり、子どもを有する者は、経過が良好にはならず、法的手段が唯一の有効な対処法と考えられています(ただし、法的手段が必ずしも有効となるとは限りません)。

② 憎悪型(Resentful)
憎悪型のストーキングは、自分がひどい扱いを受けている、あるいは、なんらかの不正の被害者であったり、屈辱を受けていたりしたと感じることで発生します。
被害者は、ひどい扱いをしたとみなされた見知らぬ人か知人です。犯人が被害者に対して誇大妄想的に考えを広げ、被害者に対する「復讐の」方法としてストーキングをおこなうとき、重度の精神疾患が原因となっていることがあります。ストーキングの初期動機は、復讐または「仕返し」への欲求であり、被害者の恐怖心から誘発される支配感と征服感とによって持続されます。
また、しばしば憎悪型のストーカーは、自身を迫害する個人、または、組織に対する反撃としてのストーキングを正当化するため、自身が被害者であるかのようにふるまいます。
そして、憎悪型のストーカーには、認知療法的な手法を病的な悲嘆に対処するため用います。
また、妄想性障害があれば、精神医学的な治療もおこないます。明らかな妄想性障害があり、精神保健機関が処置に同意していれば対処しやすくなりますが、障害が明らかではないと見逃されることが少なくありません。
加えて、憎悪型のストーカーは、治療スタッフを威嚇するなどして早期に退院させられてしまうことがあります。
問題は、憎悪型のストーカーは、被害者の苦痛から満足を得るため、被害者への共感トレーニングについては適用しません。
したがって、憎悪型のストーカーは、司法の介入によって処理されることが多くなりますが、法的手段を講じるとストーカーを刺激してしまう可能性があることを念頭に置いて対応することが大切です。

③ 親しくなりたい型(Intimacy Seeker)
親しくなりたい型のストーキングは、孤独感、および、相談できる親しい相手の不在により発生します。通常、被害者は、ストーカーが関係性の構築を求める対象となる見知らぬ人か知人です。
親しくなりたい型のストーカーの行為は、しばしば被害者に対する“妄想観念(実際には被害者との間には、なにもないにもかかわらず、既に、被害者との間に関係があるというような考え(恋愛妄想))”を含む重篤な精神疾患によって助長されます。
当初動機は、恋愛感情と親密な関係を構築することです。ストーカーが、他者と親密に繋がっているのだという確信からもたらされる満足感により、ストーキングは持続されます。
そして、親しくなりたい型のストーカーを止めさせるには、治療が有効で、司法の介入は、治療を受けさせることにつながるものとして考えられています。妄想性障害(被愛妄想)を有している場合は、精神医学的な治療をおこない、また、ペットを飼育させるなど、社会からの疎外感を減少させることも試みます。再発防止処置も、将来の誘発を抑えるために重要とされています。

④ 相手にされない求愛型(Incompetent Suitor)
相手にされない求愛型のストーキングは、孤独感、または、性欲を背景として発生し、見知らぬ人か知人を対象とします。
しかしながら、親しくなりたい型とは異なり、その初期動機は、恋愛関係の構築ではなく、相手と会うか、一時的な性的関係を得ることにあります。
相手にされない求愛型のストーキングは通常短期間ですが、その行為に固執する場合は通常、ストーカーが無分別であるか、被害者の苦痛に無関心であることでストーキングは持続されます。
このようなストーカーの無感覚は、自閉スペクトラム症や知的障害に起因する認知限界や社会的スキルの欠如に関係することが多いとされています。
そして、相手にされない求愛型のストーカーを止めさせるには治療が有効であり、司法の介入については、治療を受けさせることにつながるものとして考えられています。
しかし、相手にされない求愛型のストーカーは、行動が卑小化されるので、「Queensland Forensic Mental Health Service」に回されることがないことから、治療することができないという問題が指摘されています。
治療に結びつけることができれば、社会性を構築すること、教育、被害者への共感を増加させることに重点が置かれます。

⑤ 略奪型(Predatory)
略奪型のストーキングは、常軌を逸した性癖と興味を背景として発生します。通常、犯人は男性であり、被害者は、ストーカーが性的興味を抱いた見知らぬ女性です。
ストーキング行為の多くは、性的な満足を獲得する手段(例:長期にわたる窃視)としてはじまりますが、性的暴行の前兆として被害者に関する情報を獲得する手段としても使われます。
この意味で、ストーキングは、普段用心をしていない被害者を対象として得られる支配感と征服感とを楽しむ手段によって、満足感を得えうとするものです。
そして、性犯罪者用のプログラムを使用します。
治療が可能であるケースもありますが、完全に治癒わけではありません。


(6) デートDVとストーカー殺人事件
以下、平成12年11月、「ストーカー行為等の規制に関する法律(いわゆるストーカー行為規制法)」の制定のきっかけとなった「桶川ストーカー殺人事件(平成11年10月26日)」、平成25年6月、ストーカー行為規制法の法改正のきっかけとなった「長崎ストーカー事件(平成23年12月26日)」、さらに、平成25年7月、メールの連続送信をつきまとい行為として禁止することを規定する“法改正”のきっかけとなった「逗子ストーカー事件(平成24年11月6日)」、平成26年11月、リベンジポルノへの罰則を盛り込んだ「リベンジポルノ被害防止法(私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)」を成立させるきっかけとなった「三鷹ストーカー殺害事件(平成25年10月8日)」をとりあげ、検証していきたいと思います。


-事例84(事件研究3:桶川ストーカー殺人事件)-
 「桶川ストーカー殺人事件」とは、平成11年10月26日12時55分ころ、埼玉県桶川市の路上で、上尾市在住の跡見学園女子大学2年生、矢野香織さん(21歳、以下、被害女性)が、JR東日本)高崎線桶川駅前で、男に刃物で左胸と脇腹を刺されて殺害された事件です。
男は逃走し、被害女性は病院に運ばれましたが、まもなく出血多量で死亡しました。被害女性にストーカー行為を繰り返していた元風俗店経営小松和人(27歳)を首謀とする殺人事件とされています。
小松和人は、平成13年1月に自殺しています。小松和人は、兄の小松武史(東京消防庁消防士、32歳)と共同で、東京都内で東京都公安委員会から許可を得ずにファッションヘルス形態の風俗店7店舗を経営する裏社会の実業家でした。
この兄弟の父親は、公務員であることが報じられています。
平成11年10月26日12時55分ころ、埼玉県桶川市のJR桶川駅西口前のスーパー脇の路上で、被害女性が、男にナイフで左胸と脇腹を刺されました。男は逃走し、被害女性は病院に運ばれたが、まもなく出血多量で亡くなりました。
被害女性は大学に向かう途中に、自転車置場に自転車を止めたところを襲われたものと見られています。
 この事件は、当初、通り魔事件とも考えられていましたが、家族や友人の話から1人の男の名が浮上することになります。
男は、以前に被害女性と交際していた元風俗店経営小松和人(27歳)です。小松は、同年1月ころに被害女性と知り合い、交際をはじめていましたが被害女性に別れ話を切りだされると、執拗に嫌がらせを繰り返していました。
いわゆる「ストーカー」という行為です。
小松は、被害女性と知り合う前に交際していた女性に対しても、同じような嫌がらせをしていたとのことです。
 小松は事件後、行方をくらましていました。小松が経営していたとされるヘルスのあるマンションの一室は、看板などは残っているもののもぬけの殻でした。同年12月19日、小松和人の兄、小松武史(元消防庁職員、32歳)経営する風俗店の店主の久保田祥史(34歳)が殺人容疑で逮捕されました。久保田は、被害女性を刺したという男の目撃証言とぴったり合っており、小松ともつながりがありました。翌20日、小松武史、伊藤嘉孝(32歳)、川上聡(31歳)の3人が逮捕されました。
この4人の居場所をつきとめたのは警察ではなく、写真週刊誌「フォーカス」でした。
彼らは、事件が大々的に報道されたことで店を閉めていたのでした。小松武史は、同年8月ころ、弟の小松和人に被害女性の殺害を依頼され、久保田に約2000万円で殺害を持ちかけていました。
小松武史が兼業で風俗店を経営していたことは、職場(消防庁)では誰にも知られていませんでした。
平成12年1月16日、被害女性を中傷するビラを配布したことに対し、名誉毀損容疑で12人が逮捕されました。しかし、首謀者の小松和人だけは行方がわからず、指名手配されました。
小松武史は「小松和人は自殺するつもりだ」と話し、弟の行きそうな場所を教えていました。
そして、同年1月27日、北海道弟子屈町の屈斜路湖で、男性の水死体が、ハクチョウを撮りにきていたアマチュアカメラマンによって発見され、遺体は小松和人であることが確認されました。小松和人は自殺とみられ、死後2、3日経過していました。
自殺とされたのは、首のまわりに浴衣の紐が巻かれていたこと、手首にためらい傷があり、体内から睡眠薬が検出されたからでした。
小松和人は、ビラをまいたアリバイづくりで沖縄へわたり、その後、名古屋に潜伏したあと、北海道へきていたのでした。
 平成11年1月、小松和人と女子大2年21歳の被害女性は、大宮駅東口のゲームセンターで知り合いました。
声をかけてきた小松和人は、名前を「誠」、職業は「外車ディーラー」、年齢を「23歳」と詐称していました。
そして、2人は交際をはじめます。
最初、小松和人は優しい男でした。常に札束を持ち歩き、数十万円もする高級ブランド品のバッグや洋服、ロレックスの腕時計などをプレゼントしていました。
被害女性が「こんな高いものは受けとれない」と受けとりを遠慮すると、「俺の気持ちを、なぜ受けとれないんだ!」と怒鳴り、暴力をふるいました。
同年3月20日、被害女性が、池袋の小松和人のマンションに遊びに行ったとき、室内にビデオカメラが仕掛けられていました。被害女性がそのことを訊くと、小松和人は「お前、俺に逆らうのか! なら、いままでプレゼントした洋服代として100万円支払え!」と怒鳴りつけ、壁を何度も殴りつけ、穴を開けたのです。
さらに、「返さなければ風俗で働け!」、「俺と別れるんだったら、お前の親がどうなっても知らないよ。リストラさせてやる!」と脅し続けました。
恐怖にかられた被害女性は、交際を続けるしかできませんでした。
 以降、小松和人は、被害女性に頻繁に電話をかけるようになります。
30分おきに電話して、被害女性の生活を知ろうと試み、被害女性が電話にでないと、番号を教えていない自宅や友人のところに電話をかけました。日々、詮索干渉、そして、監視行動が強まっていきました。
被害女性が愛犬の散歩させているときにかかってきた電話では、「俺を放っておいて、犬の散歩してるのか。おまえの犬も殺してやるぞ!」と怒鳴りつけています。
被害女性が小松和人の家に行き、脅されてから4日、同年3月24日、被害女性は、友人に「私、殺されるかもしれない。」と話しています。
同年4月になると、被害女性は、小松和人に嫌われることを意図として、強烈なパーマをかけました。
しかし、被害女性の友人づてに事情を知ることができた小松和人は、同年4月21日、「お前は俺とだけつき合うんだよ。その誠意をきちんと見せろ!」と、被害女性に「携帯電話を2つに折るように」と命じ、その場で被害女性は携帯電話を2つに折り、友人のアドレス記録を失うことになりました。
 同年6月14日、小松和人の異常な束縛、詮索干渉、監視、暴力に耐えられなくなった被害女性は、小松和人に池袋駅構内の喫茶店で別れ話を切りだしたのです。
この日までに、被害女性は、小松和人に対し、何度か「別れて欲しい」とお願いしていましたが、父親の勤め先などの情報を手に入れており、「リストラさせてやる。そうすりゃ、小学生と浪人生の弟たちは学校に行けなくなっちゃうよ。」、「それでも別れるというなら、お前を精神的に追い詰めて天罰を下す!」と脅されてきたのです。
したがって、この日は決死の覚悟を持って、別れ話を切りだしていることになります。
すると、小松和人は「弁護士に相談する。」といい、誰かに電話をかけました。被害女性に電話を代わると、弁護士と名乗る男は「いまからお宅にうかがいます。」といい、電話を切ったのです。
 同年6月14日の夜、小松和人と兄の小松武史、柳直之(29歳)の3人が、被害女性宅を訪れ、上がり込みます。「小松和人の上司」と名乗った兄の小松武史が、「小松和人が会社の金を500万円横領して、お宅の娘に貢いだので半分の250万円を支払え。しかもこいつ(小松和人)を精神的に不安定にした。病院の診断書があるんだ。とにかく誠意を見せろ!」と脅し、凄みました。
帰宅した父親が、「女しかいないところに上がり込んでいるのはおかしいじゃないか。警察がいる前で話そう。」と一喝すると、男たちは「会社に内容証明つきの文書を送りつけるから、覚えておけ!」と捨て台詞を吐いて、帰っていきました。
被害女性は、このやり取りをカセットテープに録音していました。
帰り道、小松和人は、仲間に「このままじゃ気がすまない。S子とセックスしているときの写真があるから、それをバラ撒こう。それに、レイプしてビデオに撮影しよう。柳さん、やってみない? 成功報酬として500万円出すからさ」と持ちかけたということです。
 同年6月15日、被害女性と被害女性の母親は、前夜に録音したカセットテープを持参して上尾署に相談に訪れました。
しかし、署員は「事件か民事かギリギリだな。警察は難しいよ。あんたもいい思いしたんじゃないの。」とひどいことばをかけ、真剣に対応しなかったのです。
同年7月13日、被害女性宅の近所などで、中傷ビラがばらまかれました。
ビラには被害女性の顔写真と実名、「WANTED」「天にかわっておしおきよ!!」という見出しがあり、それから被害女性を誹謗中傷する台詞が書かれていました。
さらに、被害女性の顔写真に、「大人の男性募集」というメッセージ、電話番号が記載されたカードが都内でもばらまかれており、インターネットにも同様の書きこみをしていました。
そして、近所の人からビラについて知らされた被害女性の母親は、再び上尾署に向かいましたが、簡単に事情聴取しただけで帰されました。
被害女性と被害女性の母親は、その後も何度も警察署に相談しに行きましたが、「大学の試験があるんでしょう? 終わってからでいいじゃない。1週間後にきてよ。」と相手にしなかったのです。
同年7月下旬、被害女性は上尾署に訪れ、「犯人は小松和人に間違いありません。」と名誉毀損容疑で告訴しました。
しかし、警察は捜査をした気配はありませんでした。
同年8月下旬、被害女性の父親の勤務先や、その本社にも中傷文書が届きました。中傷した封書は、550通にも及んでいました。
父親は、警察に相談に行きましたが、「警察は忙しいんですよ。」ととり合うことはありませんでした。
同年9月、上尾署係員は仕事が増えるのを嫌がり、被害女性の「告訴」を「被害届」に改ざんし、被害女性の母親に「告訴取り下げ」を要請したのです。
 こうした中で、事件が起きました。
同年10月26日、久保田らは9時から被害女性の家前で、被害女性の行動を見張り、大学に向かうため12時に自転車で家を出発し、桶川駅前の自転車置き場で降りたところをナイフで左胸や脇腹を刺して逃亡したのです。
事件後、上尾署では捜査ミスを隠すために嘘の調書を作成していました*-53。
*-53 事件発生から5ヶ月半が経過した平成12年4月6日、内部調査を進めていた埼玉県警は、上尾署員による改ざんを認定し、刑事二課長ら3人を懲戒免職処分とし、虚偽有印紙文書索引容疑などで書類送検しました。そして、本部長ら9人にも処分が下されることになりました。
この「桶川ストーカー事件」と同時期に、やはり警察のまずい対応が問題となった「栃木リンチ殺人」、同じく容疑者をみすみす自殺させてしまった「京都日野小児童殺害事件」があり、当然のことながら、警察は厳しい批判の矢面に立たされることになりました。
そして、平成12年11月、「ストーカー行為等の規制に関する法律」が施行されることになります。
同法は、桶川ストーカー事件がきっかけとなった法律で、国会で成立したのは被害女性の誕生日の同年5月18日のことでした。この法律により、男女間の問題として扱われてきた“嫌がらせ・つきまとい行為”に対し、警察が介入し、処罰できるようになりました。施行半年で、66人が逮捕され、453人が警告されました。
そのうち9割が、元夫婦や恋人など「面識者」でした。

 逮捕された小松和人の兄の小松武史は、中傷ビラ300枚をバラまき、父親の勤務先に誹謗文書800通送付したことを自供しましたが、殺人については関与を否定しました。
 平成12年10月、被害女性の両親は、小松武史らを相手取り、浦和地方裁判所に慰謝料など1億1000万円を求める損害賠償請求を求める民事訴訟を起こしました。
さらに、同年12月、被害女性の両親は「なぜ娘が殺されなくてはならなかったのか」と、県を相手取り、国家賠償訴訟を起しました。
平成13年7月17日、さいたま地方裁判所*-54 は、「自己保身のために他人の生命すらかえりみない犯行で、動機に酌量すべき余地もない。」と久保田に懲役18年、見張り役の伊藤に同15年の判決を下しました。同年10月26日、実行犯5人に計490万円の賠償命令をだしました。平成14年6月27日、運転手役だった川上に懲役15年の判決が下りました。平成15年2月26日、国家賠償訴訟で、さいたま地方裁判所は県に対し550万円の賠償命令をおこないましたが、双方とも判決を不服として控訴しました。同年12月25日、主犯の小松武史に無期懲役の判決が下りました。平成17年1月26日、国家賠償訴訟の控訴審で、双方の控訴を棄却しました。
同年12月20日、小松武史に対する刑事裁判の控訴審判決で、東京高等裁判所安広文夫裁判長は、「動機ははなはだ理不尽で、酌量の余地はみじんもない。自らは手を下すことなく共犯者に指示し被害者の殺害に至ったもので、首謀者である。」と小松武史の控訴を棄却しました。平成18年3月31日、遺族が小松武史その両親ら4人に対して計約1億平成12年万円の損害賠償を求めた訴訟で、さいたま地方裁判所石原直樹裁判長は4人に計約1億250万円を支払うよう命じました。同年8月30日、賠償訴訟で、最高裁判所今井功裁判長は、両親の上告を棄却しました。警察の捜査怠慢と被害女性殺害との因果関係を認めない結果となりました。平成18年9月5日、最高裁第2小法廷は小松武史の上告を棄却し、無期懲役が確定しました。
*-54 平成13年5月1日、市名変更(旧浦和市,大宮市及び与野市の合併)に伴い浦和地方裁判所をさいたま地方裁判所と改称されたことによる裁判所名の変更です。
浦和地方裁判所での公判中、浦和地方裁判所刑事部の裁判官(47歳)が、(毎回のように)居眠りしている。」と傍聴人から訴えがあり、平成13年3月5日、浦和地方裁判所は、この判事を公判担当から外し、民事部に配置換えをしました。
判事は、宇都宮地裁の裁判官をしていた平成20年に山梨県内に住む裁判所女性職員へのストーカー規制法違反容疑で逮捕されていました。
ストーカー加害者が、ストーカー事件を担当するといった信じられないことで、刑事部から民事部に異動となったとしても、婚姻破綻の原因をDVとする離婚事件も扱うことになります。怖ろしいことです。



-事例85(事件研究4:長崎ストーカー事件)-
 「長崎ストーカー事件*-55」は、平成23年12月26日に長崎で発生したストーカー殺人事件で、元交際相手本人(以下、三女)ではなく、その母と祖母が殺害された事件です。
 平成23年12月26日、長崎県西海市の山下誠さん(58歳)方で、同日21時前に帰宅した誠さんの次男(18歳)が、家に明かりがなく居間の窓ガラスが割られているのを見つけ、三女と東京にいた誠さんに電話で伝えました。誠さんが、西海署に通報するとともに、次男は近所の親類と一緒に2人を探したところ、敷地内のワゴン車の荷台から妻の美都子さん(56歳)と母親(三女からみて祖母)の久江さん(77歳)が刺殺されているのを発見しました。
*-55 「ストーカー行為等の規制に関する法律(平成12年11月)」の施行のきっかけとなった「桶川ストーカー殺害事件(平成11年10月26日)」における警察の不手際、その教訓が生かされることがなく、事件後、ストーカー被害の相談を受けていた千葉県警が被害届を受理せず、慰安旅行に行っていた事実が発覚したのです。
また、「長崎ストーカー事件」は、「ストーカー行為等の規制に関する法律」では、つきまとい等に対する警告や命令は被害者の居住地の警察のみに限定されていたことから、居住していた千葉県から実家のある長崎市に逃げていた被害者(元交際相手)が、届けのために何度も千葉まで出向かざるを得なかったことなども“被害を食い止められなかった”要因のひとつとして問題となり、平成25年6月に「ストーカー行為等の規制に関する法律」が“法改正”されるきっかけとなりました。

 平成23年2月下旬、三女と筒井郷太(27歳)との交際がはじまりました。同年9-10月、は三女が筒井から暴力を受け、事実上の監禁状態となります。
三女は、このときの暴行について、警察に被害届をだしています。
同年10月29日、父親が、長崎・千葉の両県警に相談しました。
同年10月30日、三女の部屋に三女の親族、同僚と習志野署員2人が突入し、三女を保護しました。父親が、三女を自宅に連れて帰ることになりました。
署員は、筒井を任意同行し、「二度と近づかない」との誓約書を書かせ、厳重注意だけで帰します。
同年10月31日、筒井は、三女宛に脅迫するメールを送ります。
同年11月1日、長崎県警西海署で、父親が「傷害事件として被害届けをだしたい。」と相談しますが、「事件の起こった警察署にするように」と具体的な対応をとることはありませんでした。父親は、続けて千葉県警習志野署に電話で相談しました。同年11月5日、父親が、西海署に「無言電話が続く」と相談しました。
同年11月7日、家族と三女の同僚が三女のマンションに入ることにしたことから、「事件捜査に支障ないように」と配慮し、習志野署に「立ち会い」を求めましたが、習志野署は「業務に関係ない。」と断りました。
同年11月8日、前日に三女のマンションに入ったことを受け、親族が、習志野署に「三女の部屋に侵入の跡がある。」と通報しましたが、同署は対応をしませんでした。
同年11月中旬、筒井が、三女の知人などに「三女の連絡先を教えなければ、周囲の人を殺してとり戻す。」と脅迫する内容のメールを送ったことから、同年11月21日、父親は、西海署、習志野署、三重県警桑名署に筒井の脅迫行為を相談しました。西海署と習志野署は「メールを受けた人の居住地の警察に相談を」と応じられただけでした。桑名署には、筒井容疑者宅の巡回も要請しましたが、「西海署と習志野署に確認する」と回答したのみで、以降、連絡はありませんでした。
のちに父親は、「関東のさまざまな警察署に私や三女が行けるはずもなく“誰も助けてくれない”と絶望的な気持ちになった。」、「どこの警察署も助けてくれないと思うようになった。」と、当時の心境を記しています。
そして、同年12月、三女が、習志野署に「被害届をだしたい」と電話で相談し、「いつでもいい」と応じられ、同年12月6日、三女と父親が、習志野警察署を訪れますが、「刑事課が一人も空いていないので、1週間待つように」と応じられます*-56。
*-56 平成23年12月6日、習志野警察署において、署員が「被害届の提出は、1週間待ってほしい」と応じたあと、ストーカー事件の責任者だった生活安全課の課長、父親に「被害届の提出を待ってほしい」と伝えた刑事課の係長など12人が、同年12月8日-10日で、北海道に慰安旅行に行っていたことが、のちに発覚することになります。
 同年12月8日、筒井が、桑名市の実家を飛びだしました。
同年12月9日未明、三女宅で、チャイムを鳴らしたり、ベランダを叩く音がしたりしたことから、習志野署に通報します。訪れた警察官は「顔は確認したのか?」、「逮捕はできない」と応じ、帰ってしまいました。
同年12月13日夜、父親が、筒井が三女宅近く徘徊しているのを見つけ、通報しました。訪れた習志野署の刑事が筒井に職務質問をしました。父親は「早く捕まえてくれ」と訴えましたが、“捜査を先送りにして事情聴取をおこなっていなかった”ことから、「書類がそろっていないので、逮捕はできない。」と応じ、筒井の両親に連絡を入れ、「連れて帰るように」と指示をするに留まりました*-57。
同年12月14日、桑名市の実家に帰っていた筒井は、父親を殴るなどして暴れ、通報を受けた桑名署員が家に駆けつけましたが、筒井は既に母親の携帯電話を奪い、家をでていきました。
以降、筒井の行方はわからなくなっています。
同年12月16日、筒井の父親は東京に出向き、都内で三女の父親と会い、「息子が自分の顔を殴り、金を持って姿を消した。気をつけてほしい。」と伝えました。同日18時ころ、父親は習志野署に出向いたあとに、筒井の父親からの話を受けて、注意することを妻に伝えるために自宅に電話し、妻の美津子さんと話をしています。
のちに、父親は「妻と話をしましたが、そのとき既に私の母は殺されており、妻が電話をしている外に筒井が潜んでいました。電話が終わったあとに、妻は襲撃を受けたようです。」と悔やんでも悔やみきれない心情を明かしています。
 同年12月16日18時ごろ、筒井は、三女の父親の山下誠さん宅の離れの窓ガラスを割って侵入し、母親の久江さんの胸や腹を包丁で数回刺して殺害し、同20分ごろ、母屋の窓ガラスを割って入り、妻の美都子さんを包丁で十数回刺して殺害したのです。
2人の死因は、いずれも失血死でした。
そして、同日21時前に帰宅した誠さんの次男(18歳)が、家に明かりがなく居間の窓ガラスが割られているのを見つけ、三女と東京にいた誠さんに電話で伝えました。誠さんが、西海署に通報するとともに、次男は近所の親類と一緒に2人を探したところ、敷地内のワゴン車の荷台から妻の美都子さんと母親(三女からみて祖母)の久江さんが刺殺されているのを発見しました。
同年12月17日午前、警察は、筒井を長崎市内のホテルで見つけ、任意同行しました。筒井が所持していたウエストポーチの中に、包丁2本が入っていました。これが凶器とみられました。
*-57 のちに、千葉県警は「慰安旅行に行った担当者が、事件の切迫性を認識して対応していれば、より踏み込んだ対応ができたはずだった。」、「慰安旅行が捜査に与えた影響」を認めて、記者会見で謝罪し、さらに、警察庁は、脅迫メールの内容を確認していなかったことについて、「脅迫メールの内容を見れば、切迫性があると判断できた。」、「三女が習志野市にマンションを借りながら西海市へ避難したため、習志野、西海良書が、“管内の事ではない”と考え、ストーカー規制法を積極的に適用しなかったことは反省したい。」と述べています。
 同年12月26日、長崎地検は、筒井の事件当時の精神状態を調べる鑑定留置の結果などを踏まえ、刑事責任が問えると判断し、三重県桑名市、無職、筒井郷太(27歳)を殺人、住居侵入、窃盗などの罪で長崎地方裁判所に起訴しました。
平成24年5月21日、殺害された山下美都子さんの三女(23歳)に「暴行を加え、傷害させた疑いが強まった」として、傷害容疑で追起訴、同年6月1日、三女の姉ら8人に脅迫メールを送った脅迫罪で、それぞれ追起訴しました。
平成25年5月14日、長崎地方裁判所で第1回公判が開かれ、筒井は住居侵入、殺人、窃盗、傷害、脅迫のすべてで無罪を主張し、弁護側は、起訴内容を否認したうえで「刑事責任能力の有無、程度についても争う」と述べました。
 同17日の第4回公判で、三女が証人尋問で出廷し、三女は「自分を守るためにうそをついて現実から逃げているだけ」と語気を強め、「死刑にしてほしい」と繰り返し、「家族を殺すといわれていたので、死ぬことも逃げることもできなかった。」と涙ながらに訴えました。
男性裁判員が「逃げられなかったのは家族や同僚を守るためだけですか?」と質問すると、三女は「それだけです。」と応えました。
暴力をふるわれた状況について、「同居をはじめると、すぐに暴力をふるわれるようになり、鉄アレイやコップで殴られたり、手錠をかけられたり、正座をさせられ蹴られたりするなどの激しい暴行を受けた。」と述べ、「大型商業施設の雑貨売り場で男性客を接客するときは、携帯電話を通話状態のままにさせられていた。」と職場にいるときでさえも拘束されていた事実を明かしました。
筒井は、終始顔色を変えず、ノートにメモを取り続けていたといいます。
同20日の第5回公判では、三女の姉2人が、三女を救出したときの状況を、「部屋は物が散乱し、壁に血が飛んでいた。ひどい暴力があったと確信した。」、「私も被告にいつか殺されると覚悟し遺書を持ち歩いた。」と述べました。同23日の第7回公判で、検察側が、「女性を連れ戻した家族が邪魔で2人を刺殺した。」と、捜査時の筒井の自白調書を読みあげ、裁判所は捜査段階の自白調書を証拠として採用しました。
 同24日の第8回公判で、弁護側の質問に対し、筒井は、「起訴されたようなことはしていない。」と重ねて全面無罪を訴えました。同27日の第9回公判で、検察側の質問に対し、筒井は「被害者とDNA型が一致する血痕が付着していた衣服などの証拠は、警察が偽造したものだ。」と主張しました。
同28日の第10回公判で、筒井の精神鑑定を担当した精神科医が出廷し、「善悪の判別能力や行動制御能力に影響を及ぼすとは考えられない非社会性パーソナリティー障害である。」と証言し、筒井の生い立ちについて、「幼少期から他の児童にかみついたり、家族に暴力をふるったりしていた。」、「依存性が強く、他罰的な性格だ。」と述べています。さらに、24日と27日で、筒井に被告人質問での回答を見て、「自己を劇化する演技性パーソナリティー障害の傾向も見られる。」としたうえで、「被告の供述は虚言といわざるを得ない。」と述べました。
同年6月3日の第11回公判で、検察側は、「いまもストーカー行為の相手や家族を殺す事件が、あとを絶たない。命をもって償うことで、世の中に断固としたメッセージを送るべきだ。」と死刑を求刑しました。一方の筒井は、最終意見陳述で「僕は殺人などをしていません。裁判員や裁判官の方は先入観や思い込みを持たないでほしい。」と無実を訴えました。
同14日の第12回公判で、長崎地方裁判所の重富裁判長は、「自白は具体的かつ詳細で信用できる。公判での供述は信用できない。」として、2人の殺害を被告の犯行と認定し「なんの落ち度もない2人の命を理不尽に奪い、結果は重大」として求刑通り死刑判決を下しました。
同日午前中に、NNNに「もうどうしようもなくなっちゃったから死にたい。なんで僕が殺したことになるの? くやしい、悲しい。つらい、涙が出る。もう生きていたくない死刑でいい。なにをいっても伝わらない世の中なら伝えたくもない。もう嫌になってきました。」との内容の手紙を送っていた筒井は、判決がいい渡された瞬間、血の気が引いたような顔色をしていましが、弁護士の方を向いて、笑みを浮かべながら法廷をあとにし、即日、控訴しました。
平成26年6月24日、福岡高等裁判所の古田浩裁判長は一審長崎地裁の裁判員裁判の死刑判決を支持し、被告側控訴を棄却しました。判決文では、事件翌朝に凶器の出刃包丁を所持し、衣服などに被害者2人の血痕が付着していたことなどから筒井被告の犯行と断定した一審判決を、「判断過程に不合理な点はない。」と支持し、凶器の所持などを「警察官の捏造」とする筒井被告の主張を、「根拠を欠く荒唐無稽な主張」と退けました。
そのうえで、「強固な犯意に基づく無慈悲な犯行」と批判し、捜査段階で認めながら公判で否認に転じたことについて、「不合理な弁解で、更生可能性に乏しい。」と言及し、死刑判決が重過ぎて不当とは言えないと判断した。」としています。


-事例86(事件研究5:逗子ストーカー殺人事件)-
 「逗子ストーカー殺人事件」とは、平成24年11月6日、度重なるストーカー被害のすえに、神奈川県逗子市のアパート1階居間で、フリーデザイナー三好梨絵さん(33歳、以下、被害女性)が、東京都在住の元交際相手の小堤英統(40歳)に刃物で刺殺された事件です。
小堤は、事件後に同じアパートの2回の出窓にひもをかけ、首吊り自殺していたことから、同年12月28日、被疑者死亡として不起訴処分となりました。
 平成16年ころ、世田谷区のバトミントン教室で二人は知り合い、交際をはじめ、平成18年4月ころまで交際していました。
当時、小堤は都内の私立女子高で社会科を担当する非常勤教師で、バトミントン部の活動を手伝い、生徒に慕われていたということです。
小堤は、世田谷区内の閑静な住宅街に建つ築28年3DKの一戸建てで、母親と暮らしていました。当初は5人住まいでしたが、3人の子どものうち2人は結婚して家をでて、父親も数年前に亡くなっています。
小堤にはうつ症状による自殺企図があり、平成22年12月、自殺未遂をしたことから精神科に入院しています。
事件後、小堤の母親(68歳)は「1人で死んでくれればよかった。相手の人も巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。」と語り、「被害女性の結婚を人づてに知って恨むようになった。一方で、うつ症状が悪化し「生きていても仕方ない」といって3回自殺未遂を起こした」と述べています。
 小堤は、被害女性から別れを切りだされると、被害女性に対し執拗にメールを送るようになります。その後、被害女性は6年に及ぶストーカー被害を受けることになります。
その間、被害女性は、警察に再三相談に行き、平成23年、小堤は、脅迫の罪で懲役1年執行猶予3件の有罪判決を受けています。執行猶予中に起こした事件でした。
 平成20年夏、ストーカー被害が続く中、被害女性は結婚して逗子市に転居し、小堤には新しい姓や住所を隠していました。
平成22年4月ころ、被害女性の結婚を知った小堤は、嫌がらせのメールを送るようになります。メールはエスカレートし、平成23年4月には「刺し殺す」と脅すメールが1日に80-100通送りつけられたことから、被害女性は、警察に相談しました。
同年6月、小堤は脅迫罪容疑で逮捕され、同年7月、小堤に対し、ストーカー規制法にもとづく警告がだされ、同年9月、被害女性宅に防犯カメラが設置されました。そして、同年9月に懲役1年執行猶予3年の有罪判決が確定しました。
しかし、小堤は、有罪判決を受けてもストーカー行為を止めることはなく、平成24年3月下旬から4月上旬にかけて、小堤が被害女性宛に送った嫌がらせのメールは1089通にのぼり、メールには「結婚を約束したのに別の男と結婚した。契約不履行で慰謝料を払え。」と書かれていました。
女性は、警察に相談しましたが、警察は「違法行為に該当しない。」として立件を見送りました。
同年4月上旬以降、メールが届かなくなったことから、被害女性は警察に「静観したい。」と伝え、被害女性は借りていた防犯カメラを警察に返却しました。しかし、警察は、被害女性宅周辺の頻繁なパトロールは継続していました。
事件は、被害女性が防犯カメラを返却した直後に起きました。
事件直前に付近のコンビニの防犯カメラに、段ボール箱を持ちながら買い物をする小堤が映っていたことや被害女性の玄関先に持ってきた段ボール箱を放置していたことから、小堤は、被害女性や近隣住民に怪しまれないよう運送業者を装って犯行に及んだ可能性が指摘されています。
 小堤は、平成23年6月の逮捕前、そして、同年9月の有罪判決を受けたあと、Yahoo!知恵袋で複数のアカウントを使い、約400件にもわたって「被害女性の居住地域に絡む住所特定に関する質問」、「パソコン・携帯電話の発信による個人情報の収集に関する質問」、「刑法等の法律解釈に関する質問」、「凶器に関する質問」等の質問をし(質問文自体は被害女性名や自分が殺人事件を起こす意思があることを伏せたうえで、善意の人間による疑問提示という形を装っていた)、被害女性の住所を特定して殺人事件の準備のための情報を収集しようとしていました。
小堤は、このYahoo!知恵袋で、「別れ(婚約破棄)が原因で“鬱病”になり、“職場を解雇”された。」と訴えています。
小堤はYahoo!知恵袋で、「婚約を一方的に破棄してきた相手に対して慰謝料を請求することは可能でしょうか? 法律や判例に詳しい方、教えてください(平成23年11月、平成24年3月)」、「一方的な婚約破棄によって鬱病が重篤化した場合、相手を傷害罪として訴えることはできますか?(平成23年10月)」、「私は、今、なにか違和感を感じることが多く、それがストーカー被害によるものなのか判断できません。実際にストーカー被害に遭われた方、具体的な事例などを教えてください(平成23年5月)」と質問していますが、小堤は、婚約破棄に関する法律や判例を知りたいわけではなく、「自分はこんなにひどい目にあっているのだから、慰謝料を請求するのは間違っていないよね」と思いを誰かにわかって欲しいとともに、共感してくれる人がいるかを“確認”するために何度も同じような書込みをしていると考えるのが妥当です。
つまり、小堤は精神的な満足感をえるために、親切な回答や同意的な回答を求めての書込みであるということです。
また、「マスコミ関係の方に質問です。市橋事件や桶川市ストーカー事件は大きく報道されましたが、一方で新聞の社会面に小さく報道されない殺人事件もあります。両者の違いはなんですか?(平成23年10月他多数)」、「(テレビドラマででてくる暴行シーンの羅列をして)人間ってあんなに簡単に気絶するものなのでしょうか?(平成23年10月)」、「殺人事件を犯した犯人が、逮捕される前に自殺してしまった場合、その後の事件の処理はどうなるのですか?(平成23年12月)」との質問には、「彼女を殺して自分も死ぬことで、永遠に被害者を自分のものにできる」という思いよりも、「市橋事件のように小さな報道扱いにされたくない」と自己顕示欲を満たすために大きく報道されたい思いが強いことが表れています。
一方で、「104の電話番号案内では、どこまで住所が分かっていれば、番号を教えてくれますか?(平成23年10月)」、「逗子市に在住の方に質問です。小坪六丁目にあるお寺は何というお寺ですか?(平成23年10月)」、「日本シリーズ第5戦について質問です。ソフトバンク対中日戦は、何対なんでどちらが勝つと思いますか?(平成23年11月)」、「最近、一人暮らしをはじめて自炊するようになったのですが、包丁が安物だけに切れが悪くて困っています。包丁ってホームセンターに行けば売っていますか? それとも問屋街に行かないと買えないのでしょうか?(平成24年11月4日)」との質問には、何気ない話を不特定な誰かとわかち合いたいと思いが表れていて、小堤の孤独さを示しています。
 以上のような書込みをしている最中の平成24年11月、小堤は、探偵事務所に「被害女性の居場所を調べてほしい」と依頼し、探偵事務所から所在確認の連絡を受けたことが判明しています。
小堤が依頼した探偵事務所は、調査会社に調査を依頼し、その調査会社の実質経営者が、事件前日の平成24年11月5日、被害女性の住所を聞きだすために、逗子市役所に電話をかけ、被害女性の夫を装い「家内の税金の支払いの請求がきているが、住所が間違っていないか?」などと質問し、応対した総務部納税課の職員に被害女性の住所情報を調べさせました。
被害女性は、市役所に「情報制限」が要請していたことから、パソコンからアクセスすると“閲覧時に警告表示”がされました。
しかし、閲覧制限はされておらず、閲覧自体はできる状態であり、「離席する場合はログアウトする」などのマニュアルが守られていなかったことがわかっています。
 被害女性は結婚して名字が変わり、小堤から逃れるために引っ越していましたが、平成23年6月、神奈川県警が脅迫罪の逮捕状を執行するときに、記載されている被害女性の結婚後の名字、転居先の市名などを読みあげていました。
したがって、小堤は、被害女性の結婚後の名字、正確な居住住所を知っており、殺人事件につながった可能性があります。
この事件の教訓を受け、のちのストーカー事件において、被害女性の名前を伏せて顔写真を添付した逮捕状を執行することで、被害者の実名を伏せた事例があります。
一方で、刑事訴訟法第256条で「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定されていることから、「被害者名も含めて審理の対象を特定するのは刑事訴訟法の基本原則であり、刑事訴追するにあたって被害者の実名を被疑者に完全に伏せることは被疑者の防御権の行使が制限される。」という司法関係者・学者の意見もあり、起訴の段階では起訴状に被害者の実名を記載しないことで、被害者の実名を被疑者に知らせないことについて被疑者の防御権という問題が浮上しています。
この問題が注目されたあとの類似事件では、起訴状で被害者について実名を伏せるために「携帯のメールアドレスが○○@○○〇〇だった女」、「旧姓表記の被害女性」、「○○(量販店の店舗名)に勤務する××という名字の男性」といういい方で対応したケースもありました。
しかし、カタカナ表記では完全秘匿には至らないとして実名表記になったケースがあったり、強制わいせつ事件の被害児童の氏名を匿名にした起訴状に対して、東京地裁が検察に対して修正を命じて「母親の実名と続柄」という形で母親が実名表記になったケースがあったり、法廷で被害者を匿名にした起訴状を朗読したあとで、被害者の顔写真を被告に示すケースがあったりするなど、試行錯誤が続いています。
 平成24年3月-4月に小堤が被害女性に送ったメールには、「婚約破棄により慰謝料要求」とする文言の連続メールが送られていました。しかし、「ストーカー規制法」では、連続電話や連続FAXを「つきまとい行為」として禁止していますが、連続メールについては規定されていませんでした。
他のストーカー規制法の該当事項(「監視していると告げる行為」、「面会・交際・その他義務のないことをおこなうことの要求」、「乱暴な言動」、「名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」、「性的羞恥心を害する事項を告げること等」)にも該当せず、メールの内容から脅迫罪等の他の罪状は対象とならなかったことから、警察は立件できないと判断しました。
事件当時、大阪府や秋田県など14府県では迷惑防止条例でメールの連続送信をつきまとい行為として禁止していましたが、小堤が居住する東京都や被害女性が居住する神奈川県を含めた33都道県は条例に禁止規定はありませんでした。
そこで、平成25年6月、メールの連続送信をつきまとい行為として禁止することを規定した「ストーカー規制法改正案」が成立し、同規定については同年7月から施行されることになりました。
また、小堤が平成24年4月に被害女性宛に繰り返しメールを送信していた時期は、懲役刑の執行猶予による保護観察中であり、保護観察中の「特別順守事項」として被害女性とはメールを含め一切の接触が禁じられていました。
しかし、保護観察所は、順守事項の内容を池永以外に知らせる制度がなく、警察、検察、被害女性は「池永は被害者とはメールを含めて一切の接触が禁止されている」といった“遵守事項”を知りませんでした。
そこで、平成25年4月から、ストーカー事案などで保護観察つき執行猶予判決を受けた加害者については、保護観察所と警察との間で順守事項や問題行動の情報共有をはじめることになりました。


-事例87(事件研究6:三鷹ストーカー殺人事件)-
 「三鷹ストーカー殺人事件」とは、平成25年10月8日に東京都三鷹市で発生した殺人事件で、高校生の鈴木沙彩さん(18歳、以下、女子生徒)が殺害された。本事件が誘引となり、リベンジポルノの関連法案が成立することになりました。
 殺害された女子生徒は、英語コースに在籍し、成績はトップクラスで海外留学をしており、都内大学の推薦入試を受ける予定でした。
脚本家や現代美術家を親戚に持ち、母親も画家として個展を開くなど、芸術一家の環境に育っています。小学5年時に芸能事務所にスカウトされ、芸能活動をし、映画や民放ドラマにも出演していました。
一方、加害男性の池永チャーチルトーマスは、フィリピンのマニラ市出身で、日本人を父にフィリピン人を母に持つ混血児(ジャピーノ)で、1歳10ヶ月のとき、母とともに来日し、日本国籍を持っています。
平成23年10月ころ、関西在住の池永が、東京在住の女子生徒と実名制SNSを通じて知り合い、同年12月、遠距離恋愛で交際がはじまりました。池永は、高校卒のフリーターでしたが、南米ハーフの関西有名私大学生と偽って交際していました。
 平成24年秋、女子生徒が海外留学するようになったころ、女子生徒は、池永に対し別れ話を持ちだしました。
平成25年春、女子生徒が留学を終えて帰国すると、池永は女子生徒に対し執拗に復縁を求めます。
松永は「写真を送れ、送らないと俺は死ぬ」、4月には「自分と付き合わないと、交際していた時の写真を(女子生徒の所属している芸能事務所などに)配る」といった内容をフェイスブックに書き込むなどしていたことがわかっています。
女子生徒は、池永からの連絡をしぶしぶ応じていましたが、同年6月以降、携帯電話を着信拒否し、連絡を完全に絶つようになりました。
復縁できないと思った池永は、同年夏以降、女子生徒の殺害計画を練りはじめ、同年9月27日、男性は居住していた関西から、女子生徒が住む東京へ高速バスで上京しました。
上京前、池永は、友人に「4-5年ほどアメリカに行く。その前に彼女(女子生徒)と話がしたい」と話しています。
同年9月28日、武蔵野市吉祥寺の雑貨チェーン店で凶器となるペティナイフ(刃渡り13センチ)を購入しました。
同年10月4日、池永が三鷹市の自宅のそばまできていることを知った女子生徒は、池永によるストーカー被害を在籍高校の担任教諭らに相談しました。学校側は、近くの杉並警察署に電話で問合せると、署の担当者は、「女子生徒の自宅を管轄する三鷹警察署に相談するように」と指導しました。
同年10月8日午前、女子生徒は両親と三鷹署を訪れて「待ち伏せされている」などと池永のストーカー行為について相談しました。
三鷹署の警察官は、ストーカー規制法にもとづき、女子生徒が把握していた男性の携帯電話の電話番号に3回電話をかけましたが、池永は電話にでなかったことから、留守番電話に「連絡するように」とメッセージを残しました。
その後、女子生徒は1人で高校に登校し、授業が終わったあと、1人で帰宅しました。両親は仕事等の用事で外出していて、自宅には女子生徒ひとりでした。
 同日昼過ぎ、池永は既に女子生徒宅2階の無施錠の窓から侵入し、1階の女子生徒の部屋のクローゼットに隠れ、殺害の機会をうかがっていました。
池永はクローゼットに隠れながら殺人事件まで、友人に無料通信アプリを通じて女子生徒宅の電話番号とみられる番号を告げ、「室内に誰かいないか確認する電話をかけるように」と依頼していました。一方で、「ふんぎりつかんからストーカーじみたことをしてる」、「そのつもりなかったけどなんやかんやで押し入れの中。出たいけど出られへん」、「三時間前のおれしね」、「あー無事にかえりたいよぅ」、「罪だわ」と殺害に葛藤があるかのようなことばを送信しています。
同日16時53分、池永は、女子生徒の部屋で潜んでいたクローゼットからでて、ペティナイフを持って女子生徒を襲撃しました。
池永は、女子生徒宅の外の道路にまで逃げた女子生徒を追いかけ、首や腹に11カ所の刺し傷や切り傷を負わせました(致命傷は3ヶ所ありました)。
同日16時55分、路上で倒れている女子生徒が発見され、110番通報がされました。
同日18時30分、池永(21歳)はズボンに血痕があったことから警察官に職務質問され、事件への関与を認めたことから、殺人未遂罪で緊急逮捕されました。
この間、池永は、襲撃から逮捕されるまで、友人や母親に携帯電話で殺害を実行したことを告げていました。
女子生徒は帰宅後、16時51分、三鷹署の署員と電話で話し、無事帰宅したことを伝えていましたが、電話を切った直後に事件は起きました。
逗子ストーカー殺人事件を教訓に対策を強化した「改正ストーカー規制法」が、事件5日前の同年10月3日から施行された矢先のストーカー殺人でした。同年10月11日、池永の供述により、路上に捨てられた凶器であるペティナイフが発見されました。
 池永は、同年7月22日、米国のアダルト動画・静止画共有サービスサイトで女子生徒のニックネームにちなんだハンドルネームで自分の投稿スペースを作成し、同年10月2日-6日にかけて交際中にプライベートに撮影された女子生徒にまつわる女子生徒の性的な画像や動画をアップロードしました。
さらに、松永は10月5日-8日の殺害直後に逮捕されるまで、短文投稿サイトや巨大掲示板の復讐を扱うスレッド、地域掲示板の三鷹市に絡むスレッドで、三鷹で怨恨殺人を示唆するコメントなど被害者である女子生徒との関連を示唆しながら、自分がアップロードした米国のアダルト動画・静止画共有サービスサイトのURLを投稿しました。
殺人事件がメディアで大きく報道されるにつれて、男性のネット投稿に気づいたネット住民によって女子生徒の性的な画像や動画がダウンロードされ拡散します。
女子生徒の性的な画像や動画が拡散していることを大手メディアでは当初は報道しませんでしたが、やがて一般紙でも本事件を報道するときに、本件をリベンジポルノであるとして紹介するようになりました。
以降、リベンジポルノが社会問題として認識され、国会でもリベンジポルノが問題視され議論されるようになり、平成26年11月19日、リベンジポルノへの罰則を盛り込んだ「リベンジポルノ被害防止法(私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)」が成立しました。
 平成25年10月29日、松永は殺人罪、銃刀法違反、住居侵入罪で起訴され、平成26年7月22日、東京地方裁判所立川支部で裁判員裁判がおこなわれました。裁判員は6人中5人が男性という構成でした。検察は、「男性が高卒なのに関西有名私大学生と終始偽って交際し、女子生徒と同時期に別の女性とも二股交際し、女子生徒との約1年間の交際を経て、女子高校から別れ話を持ち出されると、執拗に「裸の画像を流出させる」と脅しはじめ、復縁が不可能と知った男性は殺害計画を決意し、犯行に備えてジムに通って体を鍛え、自己を鼓舞するかのような犯行メモを残していた。」ことを提示しました。
松永の母親は「平成25年3月に女子生徒から電話で「(男性に)手錠をかけられ、レイプされた」と訴えられた。」、「「こんな罪を犯したんだ」と殺害直後の遺体画像を私に見せ、「リベンジポルノということばは俺が広めた」と自慢げにいっていた。」と証言しました。
女子生徒の父親が被害者参加制度で法廷に出廷し、「(獄中で取材等を受けており)とても自己顕示欲が強くて達成感すら感じている。反省の気持ちも感じられない。」、「事件当日の午前中に娘から仮に自分が殺された場合について聞かれ「どんな方法を使ってでも敵をとる」と話した。」、「結婚13年目にできた娘で私たちの希望で光だった。(娘の死で)希望が消え、私たち夫婦の将来も消し飛ばされた。」と述べました。
松永は被告人質問で、事件について「彼女を失った苦痛から逃れるために殺害を考えた。」、「脅してまで関係を続けるのはおかしいと思い、忘れようとしたが(気持ちが)積もっていった。」、「(殺害について)心の整理ができておらず混乱しているが、後悔している。」、「(遺族が)苦しんでいると想像できるが共感はできない。謝罪の気持ちはまだ抱けていない。」、「(性的な画像や動画の流出・拡散は)彼女と交際したことを大衆にひけらかしたかった。つき合った事実を半永久的に残したかった。かなり話題になると思った。」、「彼女の尊厳を傷つけたいという気持ちもあった。」と述べました。
また、松永と松永の母親の証言により、「貧困生活の中、狭い部屋の隣室で母親が交際相手と性行為をするあえぎ声を聞き、母親の交際相手から過酷な虐待を受け、母親が何日も家に帰ってこないことが日常茶飯事で近所のコンビニで消費期限の切れた弁当を無心する生活を送り、母親も交際相手から暴力を振るわれていた。」ことなど、児童虐待、ネグレクト、DVの三重苦に苦しめられていた松永の成育歴が法廷で語られました。
同年7月29日、検察は論告で「逃げる女子生徒を追いかけ、路上でまたがり多数回刺しており、極めて悪質。(性的な画像や動画の流出・拡散は)殺害だけでは飽き足らず、女子生徒を侮辱し名誉を汚した。犯行は執拗、残忍で大胆。被害者に落ち度はなく経緯に酌量の余地はない」と述べ、無期懲役を求刑しました。女子生徒の母親は「被告は娘の未来、夢、希望、尊厳も全て冒涜した。二度とこのような事件があってはならない。極刑で償うべきだ。」と述べました。
弁護側は、最終弁論で「殺意は強固ではなく、幼少期から虐待を受けるなどした生育歴が心理的負担になった。」として、「懲役15年が相当」と主張していました。
同年8月1日、東京地方裁判所立川支部は「強固な殺意に基づく執拗で残忍な犯行。高い計画性も認められる。」、「(性的な画像や動画の流出・拡散は)極めて卑劣」、「被害者に落ち度はなく、犯行動機はあまりに一方的で身勝手」、「成育歴の影響が背景にあるとはいえ、反省を深めていると認められず、被害者や遺族に謝罪の言葉すら述べていない。」とした一方で、「若くて更生可能性がある。」等として、松永に対し、有期刑の上限である「懲役22年」の判決を下しました。
女子生徒の両親は、懲役22年の判決について「失望した。なんでこんなに軽いのか、まったく理解できない。(判決は)リベンジポルノの犯罪の本質、被害の大きさをまったく理解していない。」とのコメントをだしました。
 松永は、同年8月4日、東京地方裁判所立川支部の裁判員裁判判決を不服とし、控訴しました。松永の代理人弁護士は、控訴の理由を「過酷な成育歴が十分に考慮されていない。」と説明しています。
平成27年2月6日、東京高等裁判所は「(公判前整理手続きにおいて、リベンジポルノに関する)主張・立証をおこなうことの当否、範囲や程度が議論された形跡は見当たらず、裁判官による論点整理や審理の進め方に誤りがある。」として、論点を整理した上で改めて裁判員裁判で量刑を検討することが必要として、地裁に差し戻す判決を下しました。
同年8月7日、松永は児童ポルノ禁止法違反(児童ポルノ公然陳列罪)とわいせつ電磁的記録媒体陳列罪で追起訴されました。
これらの罪状で、当初起訴されなかったのは両親が被害者の名誉が傷つくことを懸念したためでしたが、東京高等裁判所の判決を受け、画像・動画投稿行為が罪に反映されずに量刑が軽くなる可能性がでてきたことから、同年7月、刑事告訴をしたことを受けてのことでした。東京地方裁判所立川支部は、期日間整理手続を開き、追起訴した児童買春・ポルノ禁止法違反等を殺人罪等と併合して審理することを決定しました。


2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/16 「第1章(プロローグ(1-4)・Ⅰ(5-7)」の「改訂2版」を差し替え掲載




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-3]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
FC2 Blog Ranking
   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【7.被害者心理。暴力でマインドコントロールされるということ】へ
  • 【(5) DVでない暴力、DVそのものの暴力】へ