あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅳ-1]記載例。ワークシート、現在に至る事実経過、答弁書、反訴状

[№22] 相手方が損害賠償訴訟を起こす。「訴状」に対する「答弁書」

 
 [№22] 離婚調停不調後、相手方が損害賠償訴訟を起こす。反対訴訟のための「反訴状」 <ダ・ヴィンチニュース>尼崎連続変死事件の角田美代子、その人物像に迫る
※ 被告(相談者)が弁護士に依頼し、調停の申立て後、私は治療に専念することになり、定期的に連絡をいただくものの満足のいく適切な対応ができず迷惑をかけることになった。心残りであり続けた事案であったが、原告から離婚裁判(損害賠償請求)の訴状が届き、「弁護士を立てずに臨みたいので助けて欲しい」と頼っていただけ、きちんとした対応する機会をもらうことができた。「答弁書(訴状に対する反論・主張する書面)」を書き、調停では使われなかった証拠となる音源データの文字起こしをし、「反訴状(訴状であげられた事実とは別の争点にもとづいて、訴訟を起こすための書面)」を書きあげさせてもらうなど、約2ヶ月でできることをすべてやり切った事案となった。

(当離婚事件の経緯)
・平成20年3月、お見合いサイトが主催するパーティで知り合い、交際を開始し、平成21年4月、原告(夫)の海外勤務に併せ、同年2月結婚した。平成23年2月、半年後の帰国に備え、原告が所有するマンションのリフォームをはじめ、同年、9月帰国した。被告(相談者)は、原告のことばの暴力に耐え切れず、リフォームを終えたマンションに住むことなく、同年10月20日実家に戻った。その後、被告は「原告が暴言を吐かないように気をつけてくれるなら夫婦関係を続けられるのではないか」との思いを拭えず、何度か話合いを設けたが、その度に、怒鳴りつけられ、罵られ続けたことから離婚を決意した。
・同年12月7日、相談のメールがあり、「DV・夫からの暴力チェック・ワークシ-トにもとづく「DV被害状況書」」をまとめあげるなど、DVそのものの理解を深め、同年3月29日、「DV事件として、離婚調停に臨むにあたっての私の考え」を準備し、弁護士に相談した。
・平成24年4月10日、被告は、代理人としての弁護士のもとで、「離婚(夫婦関係調整)」と合わせて「婚姻費用分担」の申立てを行い、同年6月5日、第1回調停が開かれた。同年7月20日、第2回調停が開かれ、婚姻費用として月8万円で決まったが、離婚そのものについては、不調となった。
・その後、同年8月~9月、離婚調停で依頼していた弁護士を介し、被告が原告のマンションに置いたままになっている荷物の搬出について話し合うがまとまらなかった。同年9月23日、原告は被告に対し「今月中に離婚が成立しない場合には、住居内で不要と思われるものはすべて処分させてもらう」と脅迫めいたメールを送りつけ、続けて、同年10月5日、原告は被告に対し「離婚協議書」を送り届けた。
 被告が、原告に荷物引き取りの候補日をあげ、「引っ越し業者とともに引き取りたい」とのメールを送ると、「その日は都合が悪い」とか、「ノートパソコンとデジカメを返却するなら検討する」など、「こういえば、こういう」感じで、そのたびに難癖をつけ、荷物の搬出を拒み続けた。
※「荷物(家財道具)を取りにこなければ処分する(捨てる)」といいながら、引き取りにいこうと「日程」を伝えると、「都合が悪い」をひき取りさせようとしないのは、親からのアタッチメント(愛着形成)獲得に問題を抱えるDV加害者の典型的な行動パターンとなります。
・同年10月18日、原告が送りつけてきた「離婚協議書」に対しての被告の回答書として、「内容証明郵便」を送ると、同年11月8日、原告は被告に対し、「期限を指定し、回答がなければ訴訟に踏み切る」とのメールを送りつけてきた。被告は、返答をせず、原告が訴訟を起こすのを待つことになった。
・同年12月10日、原告から被告に「訴訟の手続きをはじめた」とのメールが届いてから7ヶ月後、平成25年7月11日、離婚裁判をおこした旨の「訴状」が届いた。離婚調停を不調に終わらせてから1年の月日が経っていた。
※被告は、代理人として依頼した弁護士の対応(離婚調停の進め方、荷物の搬出に伴う原告のやり取り)に不満があったため、離婚裁判では、弁護士に依頼せず、臨むことになっています。
・原告「訴状」に対する被告の「答弁書(原告訴状に対して被告が反論・主張する書面)」の提出期限の平成25年8月13日、被告は「答弁書」を家庭裁判所と原告代理人の弁護士宛に送る。
・同年8月20日、第1回の離婚裁判が行われ、裁判を続けることの双方の意志確認が行われ、訴訟の内容が「帰国に合わせて行ったマンションのリフォーム費用、つまり、リフォームしたマンションで生活することもなく別居をはじめた被告に対し、リフォーム費用を弁済せよ」というものであったため、婚姻を破綻させたのは原告のドメスティック・バイオレンス(DV)であってこととして「反訴」する意志を、被告が伝えた。
・「反訴」期限の同年9月30日、被告(反訴原告)は、家庭裁判所と原告(反訴被告)弁護士宛に「反訴状」を、帰国後リフォームされたマンションで被告(反訴原告)と原告(反訴被告)の話し合いの音源データ(文字起こし)など数々の証拠とともに送り、同年10月9日、第2回離婚裁判が行われた。裁判官と相手方弁護士と話し合い後、裁判官が、被告(反訴原告)のDV被害者としての精神的負担を考慮し、「解決金の金額などを踏まえて、私から原告(反訴被告に支払ってもらえるようする」と被告(反訴原告)に持ちかけ、被告(反訴原告)、原告(反訴被告)は同意し、次回に結審することになった。
・同年10月30日、第3回離婚裁判において、被告(反訴原告)の主張が認められ「離婚の成立」とともに、「原告(反訴被告)が解決金として180万円を支払う」ことで結審となった。反訴原告として「反訴状」では慰謝料500万円(離婚事件では、500万円を請求し300万円が上限。通常、300万円を請求し150~100万円がいいわたされる)を求めているが、180万円の解決金は、13ヶ月婚姻費用を受けとっていた(104万円)ことを考えると、合計284万円となり満額回答をえたと考えられる。
※ 多くの被害者の方にとっては、DV被害による精神的苦痛と、その後抱えることになる後遺症(虐待女性症候群(まははPTSD))のことを考えると理不尽で、不合理感な思いしか残らないものです。しかし、当DV事件は、現在の離婚裁判の状況を考えると、もっとも恵まれた判決内容となっていると思います。

(「呼称」について..)
 調停では調停を申立てた者が「申立人」となり、申立てられた者が「相手方」となりますが、裁判では裁判をおこした者が「原告」となり、おこされた者が「被告」となります。また、原告がおこした訴訟事実とは異なる事実で、被告が訴訟をおこしたときには、同裁判において、被告が「反訴原告」となり、原告が「反訴被告」となります。つまり、こうした表現は、刑事事件の刑事訴訟とは違い、民事訴訟の離婚事件では、単なる呼称でしかありません。

(「答弁書」について..)
 相手の主張に対し、どの部分を認め、どの部分を否定するのか自己の態度を示すことを「認否」といいます。そして、1つのセンテンスごと、または、前中後段ごとに「事実を認める」「事実は否認する」「主観であるから不知」と応えていきます。つまり、文章の「。」ごとに、第1文、第2文と・・とし、それぞれの文章の中で、この部分の事実は「認める」、この部分の事実は「認めない」、この部分は、相手が自分に都合のいい勝手な解釈で述べていること(主観)だから「不知(知らない)」と、あなたの主張(意志)を伝え、「真実はこうである」と反論・主張を書き述べていきます。
 「不知」とした部分について、あなたが示す証拠がない場合は、「いった、いわない」「やった、やっていない」と不毛なやり取り(泥仕合)になりかねないので、反論する場合には、明確な証拠を伴うことが求められます。あなたが明確な証拠を示すことができないときには、「主観であるから不知」と記し、簡潔に主張したいことだけを書きます。「このままでは、相手の主張ばかりが認められてしまう」と強迫観念に駆られ「いい負かされたくない」との思い、「なんとか私の辛かった、苦しかった気持ちをわかって欲しい」との強い思いを押し殺し(心に秘め)、くどくどとした文章(反論・主張)を書かないことが大切です。
 つまり、裁判では、離婚事件の事実を「認否」し、判断を仰ぐ場所であって、私の気持ち(意見)をわかってもらう場所ではないということです。「私の気持ちをわかってもらえない」ではなく、「事実を認めてもらう」ために、どう手を打つか(対策を練るか、準備をするか)にすべてがかかっていると理解し、臨むことが求められるのです。

※ 以下の被告が提出した「答弁書」は、原告の「訴状」に対し反論し、主張するものであるが、それぞれポイントになる箇所に、「反訴状(陳述書)」を提出前の第1回裁判準備として、“どう回答するか”のコメント(助言)を「(主張・反論)⇒」として記しています(ここでは、原告ではなく、調停以降に使用していた相手方を呼称として使用しています)。
 また、当離婚訴訟では、「答弁書」の準備と並行して、「反訴状(陳述書)」の準備、それに必要な証拠を揃えることに重きをおくようにしたため、「答弁書」としての反論・主張は最低限に留め、「反訴状(陳述書)」で事実を示すようにしています。



答弁書

第1 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求「原告と被告とを離婚する」を棄却する。
2 原告の請求「被告は、原告に対し、500万円及びこれに対する判定確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金具を支払え」を棄却する。
3 「訴訟費用は被告の負担とする」は争い、「訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。


第2 請求の原因に対する認否
1 請求の原因第1、第1文「原告と被告は、平成20年春ごろ、婚活パーティーで知り合い、その後交際を重ね、平成21年2月1日婚姻届をだした」、第2文「原告は、A株式会社に勤めていたが、米国支社への赴任を命ぜられ、平成21年3月下旬、被告とともに米国B州に渡り、婚姻生活を開始した」、第3文「なお、原告はこれが3度目、被告は2度目の婚姻であった」、第4文「原被告間に子はない」の事実は認める。


2 請求の原因第2について
第1文のうち『被告は、英語ができない』という点は認める。しかし『数字に弱く、原告が付添わなければ日々の買い物にも支障があった。』の事実は否認する。
 被告は、渡米6~7ヵ月を経過するころから、日々の買い物を1人でも行っている。また、被告は、婚姻前、( 仕事内容 )として15年間にわたり勤務しており、社会生活ならびに日常生活になんら支障がないように、原告が付添わなければ買物ができないほど知能に問題があるわけでもなく、精神障害者保健福祉手帳障害者ではない。原告のいう『英語ができないうえに数字に弱い』と人を見下し、馬鹿にした発言は、交際をはじめて間もなくして、原告が被告の行いを否定し、非難し、批判し、侮辱し、卑下してきた“ことばの暴力”を示すものである。と同時に、被告の人権をないがしろにし、名誉を著しく損なうものである。よって、原告の発言の取り消しと謝罪を求める。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、基本的には、「夫が、コトあるごとに、私を大声で罵倒(否定し、非難し、批判し、侮蔑し、卑下する) する“ことばの暴力”の数々については、別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えます。
 また、相手方が「大声で罵倒などしていない」と反論を繰り返してきたときには、「それでは、証拠して、夫との会話を録音したものを提出します」といい、裁判官に提出します(ただし、本来は、反論としての「反訴状(陳述書)」を提出し、それにもとづいて答弁が返ってきてからの提出を第一に考えておきます)。

第2文『原告は、夫として被告に対し、経済的に不自由な思いをさせないように意を用い』までは認めるが、『被告専用の自家用車(それも被告の希望したとおりに、米国人にも珍しいオープンカー)』は原告の主観であるから不知。
 渡米先では車がないと生活ができないため、駐在員の妻の車は勤務先から支給されるか、購入費用が出されている(帰国時に勤務先から支払われている)。渡米先ではオープンカーは特に珍しくもなく、冬以外は頻繁に目にすることができる。
『必要なものは可能な限り購入し』は原告の主観であるから不知。『被告専用のクレジットカードも用意し』の事実は認める。ただし、クレジットカードは原告から「1,000ドルまでなら使っていい」といわれていたが、「なにに使った」と執拗に詮索され、時に「食材を買うために渡しているのではない」と非難され、責められるため、被告は月に100ドル前後の使用に留めていた。『現金は月1,000ドル渡していた』の事実は認める。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、一生懸命に説明しようとはせずに、「あまりにも意見が食い違っています。ですから、決してかみ合うことはないと思うので、別途、「反訴状(陳述書)」で主張を述べさせていただきたいと思います」と応えるようにします。

第3文『原告は、慣れない海外生活でのストレスが少しでも軽減されるよう被告を気遣って生活していた。』は原告の主観であるから不知。
 被告の原告との生活は、原告によって否定され、非難され、批判され、侮辱され、卑下され続けるといった「ことばの暴力」を浴びせられ、それに耐え続ける日々であった。大声で罵倒し、怒鳴り散らすことばの暴力は、一時帰国のときに宿泊していたホテルOにおいても、ホテル側から「他のお客様のご迷惑になるので」と注意されるほど激しいものであった。
 原告は気に入らないことがあると、被告に対し「でて行け!」と怒鳴り散らし、青痣が残るほどの強い力で腕をつかみ玄関先までひきずったりした。また原告は感情を抑えられなくなると、四つん這いになり両拳で床を叩きつけ、頭を壁に打ちつけたり、椅子を蹴りつけたりするため、蹴りつけた椅子が被告の足にあたり、青痣をつけ傷みで歩行困難にするという身体的暴力も行っている。
被告はいつ椅子ではなく、自分に向けられるのかに怯え、原告の機嫌を損ねないように、常に顔色をうかがわなければならない生活を強いられてきた。
(主張・反論)⇒「第1文」に準じ、「夫が、コトあるごとに、私を大声で罵倒(否定し、非難し、批判し、侮蔑し、卑下する) する“ことばの暴力”の数々については、別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えます。
 また、相手方が「椅子をけりつけたりしていない」と主張してきた場合には、「夫がけりつけた椅子が私に足にあたり青痣になった写真を証拠として提出します」と応じ、裁判官に提出します(そのとき、写真を撮った日時が重要な意味を持ちますので、デジカメや携帯であれば、撮影日時・場所などが表示されている画面の写真を撮るとともに、そのデータそのものを見せることができる(提出を求められる可能性があってもコピーなどデータを加工しない)ようにしておく)。
 さらに、ホテルOからの返答に準じて、反訴状(陳述書)に入れるか、裁判の場での主張を主にしていくのかを判断します。相手方の弁護士に、ホテルにアクションをおこされないように、返答が手元に届くまで、「返答待ちです」などと口にしないように注意します。
※ホテルへの「依頼書」(リフォーム会社への見積書依頼についても、同文面をもとに作成。未表記)
 夫からのドメスティックバイオレンス(以下、DV)が婚姻を破綻させたとして、私は、平成24年 月 日、   家庭裁判所に離婚調停を申立て((家イ)第  号)、2回の調停を行いました。しかし、義母に迷惑をかけてはいけないと思い会話を録音した証拠などの提出を控えたりしたため、調停は不調に終わり、裁判で争うことになりました。
 現在、夫からのDVを示すものとして、書面の「DV被害状況書」を書きあげ、夫が投げた椅子があたり痣になった写真、夫との会話、義母との会話など裁判に提出できる証拠をひとつひとつ準備しているところです。
 夫は私とともに、アメリカデトロイトに2年間の海外赴任をしていました。そして、帰国時には、夫の勤務先であるA株式会社(調停中に退社)の手配によって、御ホテルに宿泊していました。宿泊のたびに、夫は私を大声で罵倒し、御ホテルから「他のお客様のご迷惑になるので」と何度か注意されました。密室の家庭内で繰り返されるDVは、どうしても第三者の証言(言質)をとることはほとんど不可能です。御ホテル宿泊時もいつものように、夫に大声で罵倒され、御ホテルから注意をされていたことを思いだし、もしかしたら、そのことが宿泊記録に残っていないかと思い、藁をつかむ思いで連絡をさせていただきました。
 夫からのDV被害の後遺症(診断書はあります)から、結婚前に15年間続けていた仕事をすることもできず、経済的に弁護士をお願いすることができない状況です。そのため、情報開示請求について、裁判所を通じて行ったらいいのか、直接行っていいものなのかもわからなかったのですが、御社において、「注意をされた記録が残っていれば」との思いが強く連絡をさせていただきました。「個人情報保護」の立場からお教えいただけないかとも思いましたが、特別なお取り計らいをいただければと思います。また、(専門部署として、もしご存知であれば)、現段階での情報開示は難しいけれども、裁判所からの開示請求があれば可能ということであれば、上記の通り弁護士に相談することができないので、どう裁判所に求めたらいいのかお教しえいただけないでしょうか。甚だ勝手なことだと思いますが、何卒、よろしくお願いいたします。以下、宿泊日程などを記します。
(ホテルOからは、「個人情報保護」を理由に、記録の提出はえられませんでしたが、リフォーム会社からは、ホテルの顧客情報との観点が違うため見積書を送ってくれることになり、証拠として、提出することができました)

第4文の『それゆえ、被告が毎朝寝たまま朝食の用意もしてくれないことにも敢えて不満を口にすることはしなかった。』は否認。
 原告は被告に対し「独身時代からずっと朝食は取らずに過ごしてきたので、つくらなくてよい」といっていたが、被告はできる限り支度をしていた。支度ができないときでも、原告におにぎりとコーヒーを持たせて、出社させていた。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、相手方が「朝食の用意もしてもらっていないし、おにぎりやコーヒーを持たせてもらったこともない」と主張してきた場合には、「私が朝食の用意をし、おにぎりやコーヒーを持たせていたことを示すメール文を証拠として提出させていただきます」と応え、裁判官にわたします。


3 婚姻の破綻 
第(1)項、第1文「原告は、平成23年5月、会社から帰社の内示を受けた。」、第2文「原告と被告は、帰国後は原告所有のマンション(原告の現住所)に居住する予定であった。」、第3文「原告は、休暇を取り、6月8日、被告とともに帰国し、同月13日までホテルに滞在した」の事実は認める。

第4文の『帰任が決まったころから、被告は、マンションのリフォームを希望していたが、ホテル滞在中に強くこれを求めた』は否認。
(主張・反論)⇒相手方が自らの行いの正当性を認めてもらうには、この「ホテル滞在中に強く求めた」を必死に主張し続けるしか手がありません。ですから、やり取りの経緯などいっさい説明しようとはせずに、「私はそのようなことはいっていません」と返答し続けるようにします。それでも、相手方が「強く求めた」とか、「勝手にリフォームを進めていった」と主張してきたら、補足する意味で「答弁書に書かせていただいたように、夫の所有するマンションのリフォームについては、渡米前、しかも、婚姻前に話がでて、夫とともに実際にリフォーム会社にでかけ、話を聞きに行っています。そして、帰任が決まって、リフォームを進めていくにしても私一人で進められるわけもありません」と応えます。そして、最後に、「リフォーム会社とのメールのやり取りについても、すべての夫の支持のもとで行ったことを示す証拠として、夫からのメールを提出させていただきます」といい、裁判官に提出します。
 また、リフォーム会社に連絡をし、当時の見積書を送ってもらえないか依頼しておきます。見積書を送ってもらうことができれば、それを証拠として提出します。

第5文の『原告は、「その必要はないと思うが、するとしても帰国後の生活が落着いてからでもよいのではないか」と述べたが、』の事実は認める。『被告から「リフォームしなければ離婚する」と迫られ、』の事実は否認する。『やむなく応じることになした。』は、原告の主観であるから不知。
 平成20年、交際をはじめて半年程経ったころ、原告と被告はマンションのリフォームを話合い、リフォーム会社を一緒に訪れており、数社に見積もり依頼をし、マンションにきてもらっていた。そのころに夫の海外赴任の話がでて、原告から「一緒に行って欲しい」といわれ、平成21年2月1日に入籍した。赴任が決まったことから「リフォームは帰任が決まってから考えるようにしよう」と保留することになったのである。しかも、原告は駐在中にリフォームに備え、被告とともに定期的にホームセンターにでかけ備品を購入していた(帰国直前まで一緒に探して歩いた)。したがって、帰任が決まり、マンションのリフォームを主体的に進めていたのは、原告の方である。
(主張・反論)⇒3(1)第4文の「ホテル滞在中に強く求めた」と同様に、相手方が自らの行いの正当性を認めてもらうには、この「リフォームしなければ離婚すると迫られた」を必死に主張し続けると思います。これに対しても、やり取りの経緯などいっさい説明しようとはせずに、「私はそのようなことはいっていません」と返答し続けるようにします。補足説明は、3(1)第4文に準じます。
(※)渡航前に夫とともに訪れたリフォーム会社ㇸの照会、返答に準じて、反訴状(陳述書)に入れるか、裁判の場での主張を主にしていくのかを判断します。相手方の弁護士に、リフォーム会社にアクションをおこされないように、返答結果が判明するまで、「返答待ちです」などと口にしないように注意します。

第6文の『このため、原告は、予定していた乗用車の購入をあきらめた』は、原告の主観であるから不知。

第7文の「原告と被告は、6月4日、米国に戻った」の事実は認める。

第8文の『リフォーム業者の選定、工事内容の確定、工事進行の打合せ等は、米国滞在したまま、専ら被告がインターネットやメールにより行った』は原告の主観であるから不知。
 業者の選定、工事内容、工事進行のすべては、原告は、被告に対し「被告の好みを入れて行ってよいが必ず確認、相談はさせてくれ」といい、被告は原告に確認をとりながらおこなっていた。
(主張・反論)⇒3(1)第4文、第5文に準じます。

第9文の「リフォーム工事は、10月20日ころ完成したが、3LDKを2LDKに改装する大きな工事で550万円を要した」の事実は認める。


第(2)項、第1文の『原告と被告は、9月27日帰国し、』の事実は認めるが『ホテルに滞在した』の事実は否認する。
 滞在していたのはホテルではなく、赤坂のウィークリーマンションである。

第2文の『原告は、10月1日から出勤した』の事実は認める。

第3文の『10月5日ころ、』は否認する。10月5日ではなく、10月19日である。『出勤支度をしていた原告は、ネクタイピンが見つからず、』の事実は認める。『被告に一緒に探してくれるよう頼んだが、被告が協力してくれないため、「よく知らん顔をしていられるな」と口にしたところ、被告は、自分で探せという冷たい態度で、原告と口を利かなかった。』は原告の主観であるから不知。
 原告は日常生活の中で、なにかひとつ上手くいかなかったり、物をなくしたり、探し物が見つからないと過剰に慌て、不機嫌になり、怒鳴り散らす。当日も、怒鳴り散らされるのを回避するため、被告も一緒に探している。被告が原告と一緒に探しながら「~にはないの? ~にあるんじゃない? 昨日飲んで帰ってきたから別の所に置いてしまったんじゃないの?」というと、原告は被告に対し「黙って探せ!」と大声で怒鳴りつけ、それから3時間にわたり、被告に罵声を浴びせ、責め続けたことが、翌日の10月20日、被告を実家に帰ることを決意させたのである
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、「夫との婚姻を破綻させた原因は、夫からのドメスティック・バイオレンスであり、これまでのようにずっとがまんし、耐え続けたら私が“わたし”でいられなくなってしまうと思うことができたのが、夫から3時間にわたり罵声を浴びせられ続けたことです。そして、離婚しなければならないのかなと意識しはじるできごとでしたので、別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えます。

第4文の『翌日の晩、原告が帰宅すると、実家に帰る旨の被告の置手紙があり、被告が実家に戻ったことを知った。』の事実は認める。

第5文『夫婦間の口げんかは滞米中もあり、時には双方が声を荒げることがあった』は、原告の主観であるから不知。『しかし、新たな生活を始めようという矢先に、被告が、前記のような些細なことでも口を利かなくなり、突然実家に行ったまま戻らないというのは、原告の理解に苦しむことであった』は、原告の主観であるから不知。

第6文は『原告は、10月中ごろ、被告に帰家を促すため被告の実家を訪ね、被告の両親に会った。』の事実は認める。『被告の心境ははっきりしなかったが、被告の父親から1,2カ月冷却期間を置いたらどうかと提案され、』の事実は認めるが『原告は承諾した』は、原告の主観であるため不知。
 被告は被告の両親に対し、家に帰ってきた経緯を話していなかった中で、原告と話し合うことになった。また、被告は、なんとか原告とうまくできないだろうかを考え、10月26日と27日の2日間、リフォームを終えたマンションを訪れ、原告と話合いをしたがかみ合うことはなかった。被告は原告と話し合おうと、11月6日にマンションを訪れるも、一方的に原告に責められることになった。泣きはらした顔で外出する事もできなかった被告は、7日に激しい胃痛に襲われマンションで寝ていた。そこに、原告の母親が訪れてきて、被告が原告の母親とこれからのことを相談した。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、3(2)第3文の「夫から3時間にわたり罵声を浴びせられ続けたこととで離婚を意識しはじめ、その後、夫との話合いのためにリフォームを終えたマンションを10月26日、27日、そして、11月6日に訪れましたが、一方的に迫られることになりました。そして、11月7日、夫のマンションを訪れた義母にこれからのこと、夫のことを相談したことで、離婚を決意することになりましたので、別途、陳述書で述べさせていただきます」と応えます。
(※)録音された義母との会話については、これからつくりあげる「反訴状(陳述書)」に目を通した相手方が、どう反応するかの状況を捉え、証拠として提出するタイミングをはかります。

第7文の『10月20日ころリフォーム工事が完成し、同月26日、米国から届いていた家財を搬入した。』の事実は認める。

第8文の『被告は、家財の搬入も手伝い、以後、家財の整理や部屋の飾りつけなどのため何度も訪れ宿泊もしたが、』までは認めるが『11月中旬以降来なくなった。』のことは不知。
 11月7日被告は原告の母親と話し合うことにより、一緒に生活することができないと心を固めることになった。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、仮に、相手方が「妻が突然、実家に帰ったことも意味不明だし、家財の整理のためにリフォームを終えたマンションに訪れていたにもかかわらず、11月中旬以降、こなくなったかと思ったら、離婚調停を申立てるといってきたことが不に落ちない」と主張してきたら、3(2)第3文、第8文に準じ、「夫は突然、実家に帰ったものの、家財の整理のためにリフォームを終えたマンションに訪れていたにもかかわらず、11月中旬以降、こなくなったことに疑問を感じているようですが、それは、3(2)第3文に対しての答弁書に書かせていただいたように、第一に、「黙って探せ!」と大声で怒鳴られ、その後、3時間にわたって責められ続けたことと、第二に、3度にわたって話合おうとしましたが、話はかみ合わないばかりか、一方的に責められるだけだったことに起因しています。私が、離婚を決意した重要な部分なので、別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えます。

第9文の『12月末ころ、原告は、被告の父親から提案された冷却期間も過ぎたので話合いをしたい旨を被告に伝えたが、被告は、体調不良を理由に拒絶した。』の事実は認める。
 しかし、被告は行こうと思っていたが、朝方になって体調不良になり行くことができなかったのである。

第10文の『翌24年1月、原告が、再度話合いを求めたところ、被告は原告の話に聞く耳を持たず、一方的に離婚調停の申立てをする旨を告げ、以後、原告の電話に応答しなくなった。』は原告の主観であるから不知。
 被告はマンションを訪れ、原告と10月26日、27日、11月6日に話合いをしたが、かみ合うことはなく、しかも、一方的に罵倒され、2時間にわたり責め続けられるだけだった。さらに、原告は、深夜0時過ぎに被告の携帯電話を鳴らし、電話口で「生活費はお前の親に払ってもらうからな! 父親を出せ!」と脅すような言葉を伴いながら、大声で怒鳴り散らしていた。被告は震えが止まらず心底恐ろしくなり、以降、原告からの電話にでることができなくなった。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかによりますが、仮に、相手方が「生活費はお前の親に払ってもらうからな!! 父親をだせとかと声で怒鳴り散らしていない」と主張してきたとしても、主張とは決したかみ合うことはないので、別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えるに留めます。

第11文の『4月、被告から離婚を求める調停の申立がなされ(御庁平成24年(家イ)第  号)、離婚については合意に達したが、双方が慰藉料の支払いを求めて対立し調停は成立しなかった。』の事実は認める。第(3)項『以上の次第で、』は原告の主観であるから不知。『以上の次第で、原被告間の婚姻は破綻しており、民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な理由がある』の事実は認める。『以上の次第で、』については「ドメスティック・バイオレンス(以下、DV)」原告からの長年の支配の為の暴力、が日常的に繰り返されてきたことにある。したがって、被告は原告に対し、原告からのDVが婚姻を破綻させたものとして争う。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかに関係なく、「別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えます。


4 慰藉料について
『原告は、被告の希望を入れ、多額の費用をかけて必要もない自宅のリフォームまで行い、帰国後の生活を新たに始めた矢先に、被告は、些細なことから実家に戻ったまま帰らず、婚姻を破綻に導いたものであり、離婚による原告の精神的苦痛に対する慰藉料は500万を下らない』は否認し、争う。
(主張・反論)⇒「答弁書」に目を通した相手方がどう主張してくるかに関係なく、「別途、反訴状(陳述書)で述べさせていただきます」と応えます。


5 争点、その他について
第1文の『慰藉料の支払いが争点になると予想される』は、原告の主観であるから不知。
第2文の『被告からは、離婚とあわせて婚姻費用分担の申立もなされ(御庁平成24年(家イ)第  号)、月額8万円を支払う旨の調停が成立し、原告はその支払いを継続している』の事実は認める。
第3文の『なお、被告は、実家である 県  市   方に現在も居住している。』の事実は認める。

以上




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅳ-1]記載例。ワークシート、現在に至る事実経過、答弁書、反訴状
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7月3日22:57「30年のDV ひと月後の判決を控えて」と 

題したコメントには、7月4日2:11、添付されていましたメールアドレスの方に、yahooメールからメールにて返信させていただきましたので、確認いただければと思います。

DV被害支援室poco a poco 庄司薫
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