あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅶ-2]<DV(離婚後のストーカー行為含)>新聞事件簿。身近な女性を救おう!

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった 家庭内暴力編(6)怒りのノート感情の爆発「克服」 償いのわが家のはずが

 
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 怒りのノート。
 春彦さん(48)は、妻子への暴力をつづったノートをこう呼んだ。
 新婚旅行時から始まった春彦さんの長年の暴力。妻が自治体の窓口に相談したのがきっかけで、1998年からカウンセリングに通うようになった。そこでB5サイズのノートに暴力をふるう際の感情や行為を詳細に記すよう求められた。怒りに向き合い、自分自身を見つめるために。
 「洗濯物が山積みで会社に履いていく靴下がなかった」「注意したら言い返された」…。2週間に1度、カウンセラーに読み上げた。最初は10ページも進んだが、回を追うごとに筆は鈍り、書くことがおっくうになった。
 暴力も随分減った。「手が上がるまで我慢に我慢を重ねている。コップから水があふれる最後の1滴のように。そんな自分の怒りが分かるようになった」と春彦さん。些細(ささい)なことは笑って受け流せるようになり、4カ月後“卒業”を言い渡された。それでも感情をすべてコントロールすることはできず、妻は冷ややかだった。
 DVの加害者らでつくる自助グループを新聞で知った。2週間に1度、参加者が輪になり、暴力や仕事の愚痴、生い立ちを話す。自分をさらけ出し、相手の立場で考える訓練もした。後出しでわざと負けるじゃんけんや人生で1番格好悪かった話をするのがそれだ。
 印象に残るゲームがある。ペアになって1人がいすの上に立ち、相手に話しかける。見下ろされたとき、春彦さんはあっと思った。小柄な妻はいつも自分を見上げていたのだ、と。
 怒りの鎮め方ばかり求めていた春彦さんにとって、自助グループは自分を解放する場になった。怒りがわいたとき、感情を抑え込まず、言葉で表現できるようになった。
 「プライドが傷付くのが怖かった。それを捨て去ればDVから抜け出せる」
 自助グループに通って1年が過ぎた99年、妻の勧めもあり、春彦さんはピエロの大道芸を習い始めた。「笑われまい」と虚勢を張っていた自身が、あえて大勢の人に笑われる。気持ちよかった。観客の笑顔が春彦さんのストレスを吸い込んでくれるようだった。
 気付けば妻子への暴力はやんでいた。「克服した」。春彦さんも妻も思った。


 2001年、春彦さんはオープン間もない高齢者施設に転職。妻子への償いと新たなスタートの誓いから、退職金でマイホームを購入した。自宅の一室で妻は念願の書道教室を開き、春彦さんも新しい職場でリーダーシップを発揮した。
 それなのに幸せは長くは続かなかった。上司であることを過剰に意識するあまり、部下の仕事を認められなくなった。「勝手なことするな」と職場で怒鳴り散らす日が増えた。
 春彦さんの異変を家族はすぐに察した。長年の暴力による恐怖心は癒えていなかったのか、妻子は春彦さんを露骨に避けるようになった。母子3人が同じ習い事に夢中になり、春彦さんは1人で過ごす時間が増えた。
 寂しさから春彦さんは酒に逃げ込むようになった。毎晩、泥酔して帰り、朝は妻子が眠っているうちに家を出た。妻との会話は途絶え、一家団らんにはほど遠い。そのうっぷんを晴らそうと職場でよけい怒鳴り散らした。そんな自暴自棄な日々が2年は続いただろうか。
 06年春、降格人事が待っていた。一方、妻は「書道を究めたい」と子どもを連れ、中国に留学することを告げた。家族はばらばらになりかけていた。=文中仮名=

(坂口紘美)

2010/02/04



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