あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった ステップファミリー編(4)子どもの幸せ「何で離婚したん!」 娘が初めて声を荒らげた

 
 <神戸新聞>ずっと家族がほしかった ステップファミリー編(5)揺れる境界線「だってパパ傷つくもん」 本当のこと言えなかった <神戸新聞>ずっと家族がほしかった ステップファミリー編(3)理想像夫婦は主将とマネジャー 子どもは親を見て育つ
「何で離婚したん!」 娘が初めて声を荒らげた
ダイニングに飾られた「おかえり」の色紙。娘の寂しさが和らげばと母が書いた
 クリスマスを翌週に控えた金曜日の午後、法子さん(31)は、小学三年の長女を連れ、西宮市の住宅街に向かった。車で五分。その家には、かつて「お父さん」「お母さん」と呼んだ夫妻が住む。
 「こんにちは。じいちゃん、ばあちゃん!」
 駐車場を走り抜けた長女は呼び鈴を鳴らさず、勢いよく玄関の引き戸を開ける。中には小柄な女性が待っていた。
 「今週もよろしくお願いします」。頭を下げる法子さん。居間に通され、近況を話し込むうち、一時間も長居してしまう日もある。
 夫とは他人になってしまったが、祖父母にとって、長女は血のつながった大切な孫であることに変わりはない。別居、その後離婚して四年たつ今も、祖父母と週末の時間をつくっている。


 母子家庭だった法子さんには父の記憶がほとんどない。離婚後、夜遅くまで働く母を見て育ったからだろうか。「どんなに夫婦仲が悪くても子どものために一緒にいよう」。そう思っていた。
 二十一歳で長女を身ごもり結婚したが、直後から夫の浮気や借金に悩まされた。「娘のために」。何度も自分に言い聞かせたが、耐えきれず、実家に帰った。
 物心ついたころから、長女は「パパとママは、けんかしていたから一緒におれんようになった」と口にするようになった。法子さんを気遣ったのだろうか、仲良しの法子さんの姉には「前のおうちに帰りたい」「パパに会いたい」と漏らしたが、法子さんに言うことはなかった。祖父母の家に行った時は「パパの声が聞きたい。電話して」としきりにねだった。「私のパパは一人だけ」とも言った。
 気持ちは痛いほど伝わってきた。夫と何度も話し合ったが、不信感はやはり消えなかった。冷え切ったままの関係。別居して四年を過ぎたころ、法子さんの母は言った。
 「我慢することはない。子どもは親が幸せなら幸せなんだから」
 母の言葉は重かった。長女が小学生になる春、法子さんは離婚届を出し、家を出て新しい暮らしを始めた。


 離婚後、旧姓に戻すことを、長女に何度か話したことがある。ふだん素直な娘がこの時だけは絶対に聞き入れなかった。
 別れた夫とその両親に相談。長女の気持ちを第一にすることにした。夫の姓で新たな戸籍を作った。
 昨年八月、法子さんと長女は、別れた夫と外出した帰り、夫が引っ越したマンションに寄った。「新しい家が見たい」とせがまれたためだ。三人でお総菜をつまみ、一時間ほどおしゃべりした。午後九時を過ぎたが、長女は帰ろうとしない。無理やり引っ張って車に乗せた、その時だった。
 「何で離婚したん! どうして一緒におれへんの?」
 初めて聞く激しい言葉だった。
 「パパとママはけんかして一緒にいられなくなったの」
 「でも今は仲直りしたでしょ」。涙声になっていた。
 「仲直りしても、ママはパパを許せなかったんよ」
 助手席で泣きじゃくりながら「パパも私に何にも言わへん」と繰り返した。
 長女は家に着くまでうつむいて泣いていた。法子さんはハンドルを強く握りしめ、娘の顔を見ることができなかった。

=文中仮名=
(坂口紘美)

2008/12/30



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