あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった(3)母になって親の思い、ひしひし

 
 <神戸新聞>ずっと家族がほしかった(4)専門里親虐待の傷と向き合う <神戸新聞>ずっと家族がほしかった(2)養育里親親子のきずな着実に
卒業時、里親に送った手紙。「ありのままの自分で家族になりたかった」と書かれていた
 二〇〇七年四月九日午後二時四十分、絵里さん(21)=仮名=は「母」になった。
 三〇四五グラムの元気な女の子。おなかに乗せられた新生児から温もりがじんわり伝わる。
 「散々心配をかけたけど、やっと皆に見せてあげられる」
 しわくちゃの赤ちゃんの顔が涙でにじんだ。


 絵里さんが一歳のころ、両親は離婚した。夫の暴力が原因だった。その後、父と暮らすうち、暴力の対象は絵里さんへ移った。中学三年の秋、児童相談所に保護され、里親のもとで暮らすことが決まった。
 ずっとほしかった家族とやすらぎの場所。だが絵里さんは里親への反抗を繰り返した。学校をさぼっては夜遊び。里親に手を挙げたこともあった。じっと耐えるその姿にも腹が立った。深夜、友達と遊んでいると、里親の着信で携帯電話が三時間以上鳴り続けたが、無視した。
 里親の家には、三人の里子がいた。仲が良く実の親子のよう。本当はその輪に加わりたいのに、どうしても素直になれない。
 高校を卒業するとき、絵里さんは里親に手紙を渡した。
 「子供のときにできなかった、子供でいることをお父さんとお母さんは与えてくれました。(中略)もう少し子供でいたかったけど、これ以上いたら反対に自分で何もできなくなる気がしたので、卒業とともに家を出ると決めました」


 一人暮らしの寂しさから半年で舞い戻った。その一カ月後、また家を出た。
 十九歳の夏、絵里さんは新しい命を宿していることに気付く。「血のつながった家族。一番ほしかったものが手に入る」。おなかの子の父である男性とはすでに別れていたが、中絶という選択肢は考えてもみなかった。
 里親は猛反対した。結局、産むことは認めたが、仕事や住まい、保育所など事細かな条件を付けた。その陰で、「母子を祝ってあげて」と親せきや近所に頼んで歩いていた。それを絵里さんは後になって知った。
 「私の将来を考えてあそこまで心配してくれた。親とはこうなのか」。五年かかって、やっと里親の思いを受け止められた。
 絵里さんは今、長女を保育所に預けてアルバイトを掛け持ちしている。早く自立して里親を安心させたいからだ。「お母さん大好き」。面と向かっては言えないが、心からそう思う。
 昨年夏、実母と再会した。わだかまりは今も消えないが、幼い娘と別れなければならなかった苦しみも、親になった今なら少し分かる。
 「許したくない。けど許すしかない。わが子を見ているとそんな気持ちになるんです」

(坂口紘美)

(2008/05/22)



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境
FC2 Blog Ranking
*Edit
   
  • 【<神戸新聞>ずっと家族がほしかった(4)専門里親虐待の傷と向き合う】へ
  • 【<神戸新聞>ずっと家族がほしかった(2)養育里親親子のきずな着実に】へ