あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった(2)養育里親親子のきずな着実に

 
 <神戸新聞>ずっと家族がほしかった(3)母になって親の思い、ひしひし <神戸新聞>ずっと家族がほしかった(1)養子縁組「親とは」。一生考える
「お父さん、肩車して」。勝君はこんな形で気持ちを伝えた=三田市内
 「絶対いけます。卵子も精子もいいですよ」
  二、四、八…。シャーレで培養された受精卵は順調に細胞分裂を繰り返した。子宮膣内への移植も無事に済んだ。一九九九年秋、大阪府豊中市の病院で、三田市の農業石田春恵さん(49)の気持ちは高ぶった。
  結婚三年、不妊治療を始めて半年。片道二時間かけ通院した努力が実りかけていた。
  帰り道、足は自然と駅前の書店に向かった。育児書や名前の決め方の本を何冊も買い込んだ。
  十日後、夫妻は失意にくれる。子宮内膜への着床を調べたところ、受精卵が確認できなかったのだ。春恵さんは目の前が真っ暗になった。「今度、頑張ったらええやん」と励ます夫の声も沈んでいた。
  夫妻はともに異常はないが、妊娠に至らない「原因不明不妊」だった。農作業の合間や食卓を囲むだんらん。「ここに子どもがいたら」。つい考えてしまう。
  人工授精は五十回以上、体外受精も三回試した。費用は五百万円以上になった。期待と失望の間を行き来した時間は五年に及んだ。
  「子育てがしたい。養子をもらおう」
  三回目の体外受精が成功しなかった日、どちらからともなく切り出した。二〇〇四年七月、夫妻は児童相談所で里親登録を済ませた。


  「ゼロ歳の子を育てるとなると、年齢の差は四十五。思春期に対応できますか」
  神戸市中央区の家庭養護促進協会。赤ちゃんを希望する夫妻にソーシャルワーカーは告げた。気持ちばかりがはやる二人をいさめた言葉だった。
  協会が開く里親研修会で制度などを学び、月一、二回、子どもを預かる週末里親から始めた。〇四年末、中学生の誠君がやってきた。口数は少ないが素直。初めて一緒に買い物した日、夕食のメニューを相談しながら買い物カートを押す時間に温かいものを感じた。
  「子どもがいるってこういうことなのか。日常に張り合いがある」


  阪神・淡路大震災から十年の〇五年二月、新聞の里親探しの記事で、ピースサインをする四歳の男児が紹介された。夫妻はその日のうちに養育里親を申し込んだ。勝君がやって来たのはその年の秋だった。
  ある日、勝君の緑の長靴が、夫のゴム長の上に置かれていた。甘えるのが苦手な勝君が送ったサインだった。
  「肩車してほしいねんで」と春恵さんは夫に伝えた。半信半疑だった夫が抱き上げると勝君は大喜び。その日から、夫の後を追いかけるようになった。
  春恵さんが撮った写真を見せてもらった。手をつないで眠っている二人、温泉街を走る浴衣の二人。最近、しぐさや顔つきが似てきたという。
  「血がつながっていてもいなくても同じなのかもしれない」
  あの五年間があったから、今そう言える。=文中仮名=

(坂口紘美)

2008/05/21



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