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[Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった(1)養子縁組「親とは」。一生考える

 
 <神戸新聞>ずっと家族がほしかった(2)養育里親親子のきずな着実に <神戸新聞>ずっと家族がほしかった 児童養護施設編(11)取材を終えてあまりに冷たい法律と社会。その中で子どもたちは生きる
ずっと家族がほしかった(1)養子縁組「親とは」。一生考える

長男はいつも和夫さんのひざに乗りたがる=神戸市内
 神戸市中央区の家庭養護促進協会の神戸事務所で、古い新聞記事を見せてもらった。
 里親を探している一歳の男児。東京サミットがあった一九七九年の夏の日付だ。「あやそうと声をかけると、とたんべそをかき、保母さんの胸に顔を埋めてしまう」と記事は伝えていた。
 今年三十歳になる会社員、青山和夫さん=仮名=だ。協会が開く行事や研修会にもときどき顔を見せるという。
 神戸市西区の住まいを訪ねた。庭には男の子向けの三輪車。男児は二児の父になっていた。
 「養子である自分に自信を持てたのは、愛情を注いでくれる人がいるからです」
 きりっとした目元は記事に添えられた写真の面影を残していた。


 子どもが授からなかった養父母が記事を見て、和夫さんを引き取ったのは一歳七カ月のとき。
 四歳の春、家族旅行の旅先。「内緒の話があんやけど」。普段快活な養父の声は緊張でぎこちなくなっていた。実の親子でないことを伝える真実告知。幼かった和夫さんは「そうなん」とだけ答えた。
 幼稚園の卒園直後、養子縁組。高校生のころ、戸籍謄本を見て、初めて実の親の名を知った。何の感情もわかなかった。
 一方で、養母はこんなことを覚えている。小学生のころ、テレビで捨て子のニュースが流れたとき「捨てるくらいなら生まんかったらよかったのに」と感情をあらわにしたことがあった。かと思えば「お母さん、ごめんね。僕もっと賢い子やったらよかったね」と言い出したこともあった。


 一昨年秋から、和夫さんは養父母と一緒に住む。三世代の六人家族だ。
 妻とは結婚前から「いずれ同居する」と約束していた。父も母も孫と暮らしたいだろうし、いずれはしっかり世話もしたい。
 「後悔したくないんですよ。いなくなったとき、あれもしたかった、これもしたかったと思いたくない」
 そう物事を考えるのは、子どものころからという。中学生のころ、親を悪く言う友人を逆に説教した。結婚前、妻とデートしていたときも「お父さんが心配するから」と早く帰らせた。
 「実の親と子が一緒に過ごせるのは実はすごいこと。僕にしてみれば、ぜいたくに見える」
 養子として育ったせいだろうか、児童福祉の仕事を目指したが、学校を半年でやめてしまった。それでも父母は黙って支えてくれた。父になり、あらためて強く感じた。子どもを育てることの難しさと喜びを。
 「家族とは自分を分かってくれる人じゃなく、分かってほしい相手。もう少し大きくなったら、子どもに生い立ちを話します」
 和夫さんは一生考え続けるだろう。親や家族について。


 さまざまな事情で親と暮らせない子どもに里親を探す長期連載「あなたの愛の手を」が二千回を迎えた。偶然出会い、家族になった里親と里子たち。彼らの歩みから家族について考えたい。

(この連載は、坂口紘美が担当します)

2008/05/20



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