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[Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった 児童養護施設編(11)取材を終えてあまりに冷たい法律と社会。その中で子どもたちは生きる

 
 <神戸新聞>ずっと家族がほしかった(1)養子縁組「親とは」。一生考える <神戸新聞>ずっと家族がほしかった 児童養護施設編(10)大人になるいくつも資格を取った 「人に頼らず生きていく」
ファミリーグループホームの和室。夜は職員と子どもが川の字で寝る
 七月半ばから始まった児童養護施設の取材。泊まり込みが許された夜、敷地内の職員寮に戻ると、布団に突っ伏してしばらく起き上がれなかった。
  一日中遊びに付き合ったこともある。それ以上に記者を疲弊させたのは、際限なく愛情を求める子どもたちの独占欲だった。
  里親を探す連載を担当して、施設や乳児院に何十回も通った。それでもごく表面しか見えていなかったことを思い知った。
  抱っこやおんぶ、相撲、お馬さんごっこ…。スキンシップを求め、記者に体を接してきた。甘えの現れと聞いていたが戸惑った。休みなくまとわりつかれ正直煩わしさを感じたこともあった。
  小学四年の男児に突然胸を触られたときの応対を後悔している。「はい。ここまで」とごまかした自分が情けなく職員寮で泣いた。しかって諭すべきか、ぎゅっと抱きしめるべきか、今も答えは出ないが、少なくともきちんと彼に向き合うべきだった。


  取材では切ない話を数多く聞かせてもらった。
  「十八歳になったら私、施設を出ないといけないの?」
  園長は四年前、ある子どもが発した言葉に何も言えなかった。
  相手は小学四年の女子児童。十歳になるかならないかの子が、高校卒業後の行き先を心配しなければならない現実。仮にその手前の高校進学に失敗した場合、現在の児童福祉法では、中学卒業と同時に施設を去らなければいけない。親身になってそばで支えてくれる存在を持たない子どもたちにはあまりに酷だ。施設を出た働く若者を支援する「自立援助ホーム」も県内にはない。何と冷たい法律と社会だろう。
  もちろん胸が熱くなるようなエピソードも教えてもらった。
  昨年、児童養護施設の元園長が亡くなり、職員がテーブルに突っ伏して泣いていた。すると小学二年の少女が手紙を差し出した。
  〈きょうは一日本当にしんどかったね。だいじょうぶだよ。またいっしょにあそぼうね〉
  「子どもに支えられて続けていける」と職員は話した。


  八月上旬、施設の事務所をのぞくと、職員が慌ただしく出入りしていた。小学六年の女子児童が同じグループホームの年下の子どもを連れて、この日三度目の無断外出をしたのだという。
  職員らが汗だくになって捜し回り、園長が駅前にいるのを見つけ車に乗せた。謝罪の言葉を口にせず笑い転げる児童。注意すると、目つきが変わり「おまえなんかうるさいんじゃ」と言い放った。児童は両親から身体的虐待を受けていた。大人への不信感とありのままの自分を受け入れてほしいという感情が交錯し、入所以来、情緒不安定だったと後で聞いた。
  「まず情短で治療が必要なのだが」と園長は言う。
  情緒障害児短期治療施設(情短)は、児童養護施設と違い、精神科医が常駐し、主に虐待を受けた子どもをケアする。県内には一つしかなく常に満員状態だ。本来治療を受けるべき子どもがそのまま施設に入ることで、ほかの児童も影響され、情緒不安が広がることもある。
  こうした子どもは増えているが、国が定める職員配置基準は三十年前から変わらず、現場は疲弊している。取材した施設でも燃え尽き職場を去った人がいた。


  県内には約三十の児童養護施設がある。三月末時点で九百十一人が暮らす。家族への複雑な思いを胸にしまい込み「いつか迎えに来てくれる」と信じている子どもたちがこんなにもいる。職員は家族の再統合を目指して懸命になっている。
  それでも一施設、職員個人の熱意と努力だけでは、どうにもならない所に来ている。職員のがんばりに任せ、必要な施設を整備してこなかった国や自治体。現状の児童養護はあまりに貧しい。そう感じる。
  取材はひと区切りがついた。しかし彼らの施設の生活は今日も続いている。

(坂口紘美)
  =おわり=

2008/08/27



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