あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅶ-18]<児童福祉・行政・司法、介護、育児>新聞事件簿。母子を取巻く環境

<神戸新聞>ずっと家族がほしかった 児童養護施設編(8)ルーツ「怖かった」「会いたいなあ」 小さな胸に正と負の感情

 
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職員手作りの人形をベビーカーに乗せてよく遊ぶ。「私も赤ちゃんのときはこうされていたのかなあ」
 真っ黒に日焼けしたおかっぱ頭の遥香ちゃん(8つ)。年下の世話を焼くのが大好きだ。
 児童養護施設近くの路地で、同じ小学三年の女の子と記者の三人で一輪車の練習をしていたとき、名前のことが話題になった。「お父さんとお母さんから一字ずつもらってん」と同級生は自慢げに話した。
 「何でこの名前か分からん」
 ぽつんとつぶやく遥香ちゃんの横顔は寂しそうだった。すぐに「ドッジボールしよう」と話を変えた。
 生まれて間もない時期から乳児院と自宅を行き来した。三歳のころ、母親や継父らから暴力を受け、意識がない状態で病院に運ばれた。体中のあざや傷から児童相談所に保護された。その後、母と継父は離婚し、きょうだいも別の施設に入り、家族はばらばらになった。この施設に来てから母親とは連絡が取れず、家族の面会は一度もない。
 「お母さんは怖かった」。かすかな記憶をたどるとき職員にこう話す。


 誰から生まれ、どう育てられたのか。なぜここで暮らしているのか。
 親と暮らす子どもはこんな疑問は持たないだろう。しかし、生みの親と離れた施設の子どもたちは、生い立ちと向き合わねばならない。担当職員が数年ごとに入れ替わる中、周囲の助けを借りて途切れ途切れの人生をつなぎ合わせていく。
 幼稚園児のころ、遥香ちゃんは「赤ちゃんをやってへん」と言い出したことがあった。職員が乳児院から写真を取り寄せると、食い入るように見つめた。自分を抱く職員を指さし「お母さん?」と聞いた。写真の隅にあるかばんに「これお母さんのかな」とも尋ねた。薄れゆく母の面影を必死に探していた。
 今年二月、その乳児院を職員と初めて訪ねた。学校で自分の歴史を調べる宿題が出たからだ。
 「大きくなったねえ」
 小柄な年配の女性が笑顔で花束を手に迎えてくれた。当時遥香ちゃんを担当した保育士だった。定年退職したが、この日に駆けつけてくれた。
 遥香ちゃんから「ちゃーちゃん」と呼ばれたこと。泣かない強い子でいつも癒やされたこと。彼女の話に遥香ちゃんは聞き入った。「抱っこしてた写真の人、保育士さんやった」。帰り道、おしゃべりが続いた。
 このころの遥香ちゃんは気持ちが沈んでいた。自分一人が施設に預けられていると思い込み、「悪い子だから」と責めていた。職員はきっぱり否定し、しまってあった母子手帳を取り出した。遥香ちゃんは初めて母と父の名前を知った。
 色あせた手帳は黄色いカバーが掛けられ、かわいいシールが張ってあった。「夜泣きがある」「首が据わる」。きれいな字で、成長の記録がびっしり書き込まれていた。
 「お母さん、成長を楽しみにしてたんやね」
 遥香ちゃんはこっくりうなずいた。


 ドッジボールで遊んだ後、施設に帰る坂道。近寄ってきた遥香ちゃんは記者に教えてくれた。
 「お母さんね、女優の工藤静香みたいにきれいなんだって」
 施設の職員に教えてもらったらしい。「怖かった」は減り、最近は「会いたいなあ」と口にする。母子手帳もときどき見せてもらうという。
 「虐待という事実は消えないかもしれない。でもそれがすべてではない。お母さんから愛されていたこと、楽しい思い出があったことを伝えたい。それが生きる力になる」。職員はそう信じる。
 手帳からうかがえる母の慈しみと虐待という過去。かすかな記憶が頼りの遥香ちゃんの小さな胸には、プラスとマイナスの感情がない交ぜになっている。
 大人になるまで、遥香ちゃんはルーツ探しを何度繰り返すだろう。

=文中仮名=
(坂口紘美)

2008/08/21




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