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[Ⅶ-20]<ことば>プレス。道徳・教養、思考。心の肥やしを「知識のひきだし」に

<サンデ-毎日>サンデー時評:「こういう時は…」症候群を考える

 
 <週刊朝日>【被災地から】トラウマ女子大生いたのに! わいせつ犯釈放した地検の罪 <サンデー毎日>サンデー時評:「言葉の力」が衰えたのはなぜか
4月13日(水)18時1分配信
◇岩見隆夫(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)

 毎朝、新聞の数字を見る。けさ(七日付)の死者は一万二五五四人である。各紙同数なのは警察庁の発表によるものだろう。きのうより一二三人も増えた。百人規模の犠牲者が出れば大々ニュースのはずだが、それが毎日のことになり、数字に慣れてしまった。こんな悲しいことはない。
 行方不明は一万五〇七七人、逆にきのうより七六人減った。ただ、『朝日新聞』の宮城県の安否不明だけがほかの各紙より二六一五人も多く八九三六人になっている。届け出はないが不明、というケースを含めての数字だろう。『朝日』の安否不明が次々に死者に切り替わっていけば、最終的な犠牲者数は三万人を超える。
 どこかの海岸で、お坊さんがカネを鳴らし、海に向かってお経を唱えるシーンをテレビが映していた。中年の女性が側にきて、一緒に手を合わせる。そして、お坊さんと言葉をかわす。
「家族五人、全部亡くなりました。わたしだけ仙台に行商に行っていて助かって」
「つらいですね」
「遺体があがらないのが苦しいです。腰が抜ける……」
 ほんとに。余震が止まらず、原発不安が締まりなく追い打ちをかけ、日本国中も腰が抜けかけている。
 だが、列島もいろいろだ。先週、所用で京都に行き一泊した。街は内外の観光客で結構にぎわい、円山公園の夜桜は近寄れないほどの雑踏だった。食事をした店の主人が言うには、
「京都のホテルでは、東京方面の方が部屋を当分借り切るのがかなりあるゆうてます。万一の時に備えてらしいですわ」
 ということだ。東京脱出か、脱出準備か、そんな動きが一部でひそかに進んでいるのは間違いない。ホテルに帰ってテレビをつけると、コメンテーターが、
「あっちは相当落ち込んで、元気がないそうですなあ。こういう時こそ、関西、西日本が頑張らないといかんのとちがいますか」
 などと割合気楽にしゃべっていた。
「こういう時……」
 という言い回しが気になる。
 3・11以来、私の身辺でも会合が八件中止または延期になった。毎年恒例の花見も取りやめである。こういう時だからこそ、やればいいのに、と内心思ったが、言いそびれた。花見はともかく、出版記念会や定年送別会まで中止することはないが、だれかが言いだすと、いや、やろう、と主張しにくいのが、3・11後の風潮だ。
 ◇行事の取りやめ続く中 区別すべき鎮魂と自粛
「こういう時は……」症候群は政界も例外でない。大連立問題にからんで、自民党の谷垣禎一総裁が、
「こういう時は与党も野党もない。できることは何でもやらせていただくつもりだ」
 と言う。そうかと思うと、菅直人首相の交代を連立の前提条件にする一部の自民党勢力に対して、民主党の岡田克也幹事長は、
「こういう状況で首相を代えることはあり得ない」
 とクギを刺してみせる、といった調子だ。二人の首脳が枕詞にした「こういう……」は、東日本大震災の発生という非常事態を指している点では同じだが、込められているニュアンスは違うように思われる。
 言葉にやかましかった大平正芳元首相がご健在だったら、次のように言ったのではなかろうか。
「あー、みなさん、大震災のあとは、口を開けば、『こういう時は……』とおっしゃる。何ごとにつけ、危急存亡の時だから、まず話の頭に振りたい。あー、それはよくわかりますよ。
 しかし、あー、人によってあとに続く意味あいがまるきり違うのじゃないかと私は思いますがねえ。『こういう時だからこそ、思い切って××をやろうじゃないか』というのと、『こういう時だからこそ、慎重に××をやめても仕方ないだろう』というのでは逆だ。そこは大変大事なところで、あー、まあ、非常の事態に処するに当たって、積極論と消極論ですな。
 当然両方の考え方があってよろしい。しかし、あー、どちらかはっきりしないのはいけません。曖昧さを『こういう時は……』でごまかすのはよくない。あー、日本語の便利で厄介なところですかな。ことに政治家は国難に際して、言語を明瞭にしていただかないと」
 大平さんの名前をお借りして恐縮だが、岡田さんは明らかに消極論で、菅さんの交代を否定するのを「こういう」でさらに補強している。岡田さんの腹の中は必ずしもはっきりしないが、今後も補佐役として同じ態度を取り続けるしかないだろう。
 だが、一方の谷垣さんは、この発言だけだと一見大連立に積極論のように聞こえるが、実はそうではない。発言の十日ほど前、菅さんに副総理兼震災復興担当相での入閣を要請された時は断り、その後、党内の連立支持派に押されて積極態度に転じたが、発言のあと総裁OBを行脚し再び消極姿勢に戻ってしまった。
〈谷垣総裁、優柔不断さ露呈〉(七日付『産経新聞』)
 と批判されることになる。「こういう時は……」に振り回されているのだ。もっとも腰を据えてかからなければならない政治リーダーがこの調子では話にならない。菅首相の対応にも批判が強まっている。例によって、優先的に決めるべきことが決まらない。政治が最後尾を走っている印象だ。
 大震災から一カ月、世間もショックから立ち直り、「こういう時は……」何が肝心か考えなければならない。鎮魂と自粛はイコールではない。原発事故による放射能警戒は過大も過小も避けるべきだ。
「こういう時は……」、復旧・復興を極力支援しながら、花見も、祭りも、スポーツ大会も、音楽会も、旅行も、そのほかのさまざまなイベントも、できるところはやろうじゃないか。元気が削がれるほど恐ろしいことはないからだ。
 それにしても、この国、大きな変わり目だと思う。「こういう時は……」は、突き詰めれば、「大転換期は」と言い換えたほうがわかりやすい。

<今週のひと言>
 一刻も早く配れ、義援金。



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