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[Ⅶ-22] 継続情報<震災・地震/火山/氾濫>ストレスとトラウマ、命と心を守る

<読売新聞>[緊急連載] 震災の現場から(13)前線の病院を後方支援

 
 <読売新聞>[緊急連載] 震災の現場から(10)関節リウマチ 心労で悪化 <読売新聞>[緊急連載] 震災の現場から(12)地域ごとに異なる課題
 里見進さん 日本外科学会理事長。東北大学副学長。62歳。 東日本を襲った未曽有の大震災。医療面で東北地方の中核的拠点である東北大病院はどう動いたのか。同大病院長の里見進さんに聞いた。

―震災初期の対応はどうしたのか
 最初は情報がなく、病院外の状態が全然分かりませんでした。東北大病院は手術室、検査室、外来棟などが地震による揺れでめちゃくちゃになっていました。すぐ非常電源に切り替え、手術は切りがいいところで止めて無事に終わらせました。幸い、入院病棟は新しく、患者、職員は全員無事でした。
 まずは足場固めが大切だとして、使える設備を生かして、簡単な検査と緊急手術が出来るように体制を整えました。

―医薬品、食料などの確保は
 大規模災害時は「兵糧攻め」が一番こたえてくると思っていました。そのため、発生直後に災害時有線電話で「道路事情は分からないが、届けてほしい」と他の国立大などに要請しました。通常の物流が寸断するなか、東北大病院には翌日から医薬品、医療材料、食料などが次々とトラックで届きました。おかげで、病院機能が停止することはありませんでした。

―当初は携帯電話がほとんど通じなかったが、県内の病院に対する支援は迅速に行えたか
 発生後3~4日して、気仙沼市や石巻市など被害が大きい沿岸部の病院に患者が殺到していることが分かりました。退院が可能な患者は説得して帰っていただき、空床を作り、最前線の病院からの入院依頼は全部受ける体制を作りました。
 県内の主要な病院には、災害時に備え、通話可能な無線機が配備されており、患者の搬送連絡などに支障はありませんでした。ヘリ、救急車、自衛隊の輸送車などで搬送し、多い日で100人以上の患者を受け入れました。
 自分たちには県内の医師の「顔」が見えます。どこの病院が孤立しているとか、薬が足りないとか、様々な情報が次々と入ってきました。医師を派遣し、必要な物資を輸送しました。マイクロバス2台を借り切ったほか、大学の他学部の公用車も運転手付きで提供してもらい、1日に数十人の医師を応援に出すことができました。今も同じくらいの人数の医師が診療に出ています。

―いつまでこうした支援を続けるのか
 東北大病院では通常の外来診療、手術は再開しています。前線の病院からの患者の受け入れ、医師の派遣は要請がある限り、続けます。全国の医療チームが地域を分担して長期的に被災地の医療を支える体制が出来ました。東北大からは、そのすき間を埋める形で、被災地で手薄な眼科、耳鼻科、皮膚科、歯科などの診療を担うチームを巡回させています。とにかく前線の病院を後方支援する。みな士気は高く、十分支えられると思っています。(岩永直子、佐藤光展、野村昌玄、利根川昌紀、渡辺理雄、高梨ゆき子)

(2011年4月8日 読売新聞)



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