あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-3]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス

7.被害者心理。暴力でマインドコントロールされるということ

 
 -基礎編- 8.虐待の発見。DV家庭における子ども 6.デートDV。別れ話が発端となるストーカー事件
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

第1部
Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
-DV事件等のデータ-

5.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか
  ・事例15
 ・事例16-17(分析研究1-2)

(1) 暴力のある環境に順応するということ
(2) DVの本質。暴力で支配されるということ
  ・事例18 同棲した男からのDV被害は、つきまとい・ストーカー行為からはじまった
  ・事例19 暴力の連鎖。暴力のある家庭環境で育った夫によるDV、息子をかばう義母の暴言
  ・事例20 たとえ一度の暴力でも、その後、心が凍るほどの恐怖に支配される
  ・事例21 暴力と知りながら、助けてくれない人たち
  ・事例22 離婚の決意。凄惨なDV被害よりも愛人をつくったことに思いが
  ・事例23 夫の暴力から逃げる難しさ
  ・事例24-26(分析研究3-5)
(3) DVとは、どのような暴力をいうのか
  ・離婚調停申立書の「動機欄」とDVの相関性
  ・暴力にかかわる用語の説明
  ・DV行為の具体例
(事例27-53)
(4) DV被害者にとって、区別し難い解釈
(5) DVでない暴力、DVそのものの暴力
・事例54
・“障害の特性”が結果として暴力になる(自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群)
  (事例55-59)
・サイコパス
(6) 被害者に見られる傾向
  ・レノア・E・ウォーカーの「暴力のサイクル理論」と「被虐待女性症候群」
  (事例60-61)
・暴力の後遺症としてのPTSD
  (事例62-64)
  ・被虐待体験による後遺症
  ・カサンドラ症候群
  (事例65-67)
  ・事例68(分析研究6)
   (“恋愛幻想”下でのデートDV)
   (別れる決意、恐怖のストーカー体験)
   (再び別れ話を切りだし、酷くなる暴力)
   (DV環境下で育ってきた子どもの状況)
   (快楽刺激とトラウマティック・ボンディング)
   (感覚鈍磨と誤認)
   (退行願望)
   (トラウマティック・ボンディングとできない理由づくり)
   (別れることの障壁)
   (思考混乱、考えるということ)
  ・事例69(分析研究7)
   (「見捨てられ不安」と無視・無反応)
  (暴力の世代間連鎖、低い暴力への障壁)
   (暴力から逃れたあと、「共依存」へのアプローチ)
   (加害者の生い立ちに共感)
   (暴力のある家庭環境で育ったことを起因とする精神的脆弱さ)
  (被害者の空虚感、渇望感を埋める加害者の夢と財)
 ・暴力をエスカレートさせないために..「脅し」を含んだことばには、まず「ノー」という


「Ⅰ-5-(7)被害者に見られる傾向」で、DV被害者がなぜ逃げられなくなるのかについて、心理学者のレノア・E・ウォーカーの「暴力のサイクル理論」を引用し、加えて、「相反する受容と拒絶のふるまいによる思考混乱が大きくかかわっていることを理解しなければならない。」と述べました。
緊張を与えたあとに優しくする行為が繰り返されるのは、戦場で捕虜に対する洗脳行為とまったく同じで、被害女性は「この関係の中でなんとかうまくやっていかなければならない」、「この関係から逃げることなどかなわない」と思っていくようになります。
自分の安全も危険も相手に握られている状況の中で、相手の手の中にある自分を安全にする力にしがみついていこうとする心理は、「トラウマティック・ボンディング」と呼ばれるもので、「事例68(分析研究6)」の中で「快楽刺激とトラウマティック・ボンディング」「トラウマティック・ボンディングとできない理由づくり」で詳しく説明しています。
DVや虐待がおこなわれている家庭環境であったり、拉致され監禁状態におかれていたり、人質事件に巻き込まれたりするといった特殊な環境の中では、トラウマティック・ボンディングを愛情であるように錯覚してしまい、「愛しているから離れたくない」と思い込んでしまうのです。
また、新興宗教やカルト集団の勧誘や悪徳商法で騙すというおこないもこの相反する拒絶と受容といった“心を揺さぶる手法”が使われることから、トラウマティック・ポンディング状態が意図的につくられることになります。
 したがって、DV環境下にあることが明らかであり、配偶者に対し僅かでも怖いという思いが確認できているときには、つまり、DV被害にあっていることを自覚するプロセスでは、「共依存関係にあるので逃れられない」と捉えるのではなく、「恐怖による心が支配(マインドコントロール)されている」と捉えることが重要と考えています。
そして、「Ⅰ-5.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか」の冒頭で、「愛情には、相手を“尊重”する思いが欠かせない」と記しているとおり、加害者が、愛情表現かのような発言をしていたとしても、そのふるまいに相手を“尊重”する思いが欠けていれば、それは、一方的な感情の押しつけでしかないわけです。
 「一方的に、気持ちや行為を押しつける」ことは、“強制する”という暴力行為です。
嫌がる者を従わせる、つまり、「~するように、強制する」ためには、“不安”を煽り、“恐怖”で怯えさせるなど、「心を揺さぶる」ことが不可欠です。
したがって、密室ともいえる家庭内で慢性反復的(日常的)な暴力被害を受け続ける者(DVや児童虐待の被害者に、単回であってもレイプ被害者を加える)の心理状態は、“極限の恐怖”を体験する事件に、その解を見つけることができます。
そこで、最終項の「Ⅰ-5-(8)自己啓発セミナー。それはカルト活動の隠れ蓑」の「分析研究12-14(事例102、事例104-105)」で、“不安”と“恐怖”が人の行動にどのような影響を及ぼすかを見ていただく前に、刑事事件としての「監禁・虐待事件」を幾つかの心理実験などを引用し、DV被害者が暴力のある環境からなぜ逃れられないのかをひも解いていく必要があります。


(1) ストックホルム症候群
-事例88(新潟少女監禁事件*-58 )-
 誘拐され監禁されたとき、鎖でつながれていないのに、なぜ、逃げられなくなるのかは、平成2年11月13日、当時9歳の女の子が路上で誘拐され、9年後の平成12年1月28日に加害者の佐藤宅で保護された「新潟少女監禁事件」で説明することができます。
9才で誘拐された少女にとっては、犯人に頼るしか生きる方法はなかったわけです。指示を守れなかった罰としての暴行を繰り返し体験してきた少女にとって、罰としてさんざん痛い思いをさせられてきたスタンガンを見せられただけであっても恐怖を感じさせられるものになっていきます。
事件が明るみになったきっかけは、犯人の佐藤の母親が、佐藤に対しての医療保護入院措置を依頼し、医療関係者、保健所職員および市職員など7名が被疑者宅を訪れたことでした。
そのとき、毛布にくるまれた少女に「あなたは、誰?」などの聞き取りがおこなわれたあと、指定医が「一緒にいた佐藤さんは入院することになったので、ここにはいつ帰ってくるかわかりません。あなたはどうしますか?」となげかけに対し、少女は、佐藤の母親に向けて「ここにいても、いいですか?」と応えています。この少女の発言は、本来持っていた自由な心が奪われてしまうと、逃げられるチャンスがあっても逃げることができなくなる状況を示すものです。
*-58 「新潟少女監禁事件」の事件全容については、「Ⅱ-14-(9)性的サディズムと人格障害などが結びついた殺害事件」の中で事例197としてとりあげ、詳しく説明しています。
 大きな不安や恐怖の中で、ほんの少しでも親切にされると、人は、理屈ではなく、犯人(加害者)に感謝の気持ちのようなものを感じてしまうことがあります。事例68(分析研究6)でとりあげた家庭の長女Y(小学校4年生、10歳)は、「パパに3回、太ももを蹴られたんだけど、いつもの半分の力だったからあんまり痛くなかった。」と嬉しそうに語っています。
常態化している身体的な暴行(虐待)に慣れて感覚鈍麻になっているだけでなく、「半分の力だったから助かった」と安堵し、感謝の気持ちを表しているわけです。
こうした感情は、「ストックホルム症候群」と呼ばれるものです。

(親愛感情とリマ症候群)
 1973年8月23日にスエーデンのストックホルムで、銀行強盗が人質をとり、立てこもる事件がおきました(ノルマルム広場強盗事件)。6日後に人質は解放されましたが、人質は、犯人とよい関係をつくっていました。
人質は、警察が不用意に突入したことをきっかけに、犯人に自分たちが殺害されると怖れ、警察を敵対視するようになります。
そして、人質と犯人が手を組んで警察の突入を妨害し、突入後も人質が警察に銃を向け続けたのです。その後の捜査においても、人質たちは犯人を擁護し、中には犯人と結婚に至った人質もいました。
(拉致され、)監禁された被害者が、同じ状況下(同じ屋根のもとで、同じ釜の飯を食べる)で、加害者の考えや思いを繰り返し聞かされることによって、加害者の考えや思いに共感し、同調していく傾向があるのです。
この感情は、「親愛感情」と呼ばれるものです。
 また、1996年12月17日、ペルーのリマで発生した日本大使公邸占拠事件でも、ゲリア犯と人質の間で相互に友情のような気持ちが芽生えていました。
毎朝、人質全員でラジオ体操をするなど規律ある生活を続け、ときにはピアノを演奏したりしていました。
「貧困から脱出するには革命しかない」といいきかされてきた20歳に満たない監視役たちは、こうした状況の中でも規律ある生活を続ける教養の高さに疑問を持ち、興味を持ちはじめ、心の壁が薄れていく中で、ピアノの弾き方を教わり、将来の夢を語る中で親愛感情がつくられていきました。
特殊部隊が突入したとき、「人質を殺せ」との命令がでていたにもかかわらず、この親愛感情がつくられていたことで、犯人は人質を殺すのを躊躇い、命に背きました。人質(日本人24人を含む)は全員救出され、ゲリラ犯14人はすべて射殺されました。
犯人のとった行動は、「リマ症候群」とも呼ばれています。

 「新潟女性監禁事件」は、警察が周りを取り囲む人質事件とは違うので、厳密にいえばストックホルム症候群とは異なるものです。
しかし、被害者の女性は無意識のうちに自分の命を守るために、機嫌を損ねないように、意に添うようにふるまうことで、攻撃性(暴力)を和らげ生活していた可能性があります。
なぜなら、「誘拐された子どもが殺害されていた」と最悪の結果になってしまう誘拐事件では、犯人の殺害理由が「子どもが騒いだので殺した」ということが圧倒的に多いからです。
つまり、騒がない、逆らわらず従順であることが生き延びるためには重要なファクター(要素)であるということです。

(性犯罪被害とストックホルム症候群)
 ノルマルム広場強盗事件では、犯人と人質がのちに結婚しています。とりわけ性的な加害者と被害者の関係性において、被害者にストックホルム症候群が見られる例が多くあります。
被害女性が、ストックホルム症候群に陥ることになった性犯罪事件として有名なものには、オーストリア少女監禁事件(1998年)やエリザベス・スマート誘拐事件(2002年)などがあります。
 性犯罪の中には、加害者がリマ症候群に陥り、被害者に「拒否したければ、拒否してもいいよ。」と意志を尊重することばをなげかけられるといった被攻撃的な性行為の要求を受け入れているうちに、被害者がストックホルム症候群に陥り、通常の性行為に変質してしまうことがでてくるとされています。
問題は、見かけ上は、“害を被っている”被害者がいないことになり、児童虐待や性暴力事件として立件することが困難になることです。
そして、この状況から解放され、我に返ったときには、加害者である犯人への憤りが正常に自覚されるようになります。
しかし、加害者が近親者など身近な人物であることが多い性的虐待においては、被害者に加害者に対する親愛の情が何年も継続することになります。
そのため、ストックホルム症候群に陥っている被害女性にとって、第三者(医師や被害援助者など)の安易な介入は、性的被害体験に耐え抜く自己の実現を脅かす“外敵”の侵入でしかない状況がつくられてしまうことがあります。


(2) 学習された無力感
 DVや虐待など、暴力に対する不安、恐怖に打ちのめされていると、刃向う気力も、逃げる勇気も失います。
「事例20」の「たとえ一度の暴力でも、その後、心が凍るほどの恐怖に支配される」で述べているとおり、人は一発思いっきり殴られただけでも無抵抗になってしまうことがあるのです。
しかも、子どものときに殴られたり、母親が殴られているのと見ていたりした体験をしていると、殴られずに殴るふりをされただけ、大声で怒鳴りつけられただけでも過去のトラウマ体験によって、無抵抗になってしまうこともあります。
また、いじめられて自殺してしまう子どもも、客観的に見れば助かる(自殺せずにすむ)方法はあるのに、“いま、このとき(自分の世界)”では、もう解決の道はないと思い込んでしまうこともあります。
つまり、逃げられない人が、特別弱いわけではないのです。過酷な環境におかれれば、誰でもそうなってしまう可能性があるのです。
 人も動物も、希望を失って絶望すると生きる力を失っていきます。
イヌをつかった動物実験があります。
1967年、マーティン・セリグマンとマイヤーが、犬に対してオペラント条件づけ*-59にしたがって電撃回避学習をおこなったもので、10年間に及ぶ研究をもとに発表されたものです。
その研究報告は、抵抗や回避の困難なストレスと抑圧の下に置かれた犬は、その状況から「なにをしても意味がない」ということを学習し、逃れようとする努力すらしなくなるというものです。
*-59 オペラント条件づけ(道具つけ条件づけ)とは、「Ⅴ-30.DV被害者の抱える心の傷、回復にいたる6ステップ」の中で、行動分析学の基本的な2つの「原理」のひとつとして説明しています。
では、実験内容を説明します。
イヌを縛りつけ、電気ショックを与え続けます。どんなに努力しても、その苦しみから逃れることはできません。
次に、そのイヌを別の部屋に連れていき、また電気ショックを与えます。
ただし、今度は低い柵をジャンプして飛び越えれば電気ショックから逃げられます。
電気ショックを与えられた経験のない犬をこの部屋に入れると、最初はドタバタとしますが、直ぐに電気ショックから逃げる方法を学び、柵を飛び越えていきます。
ところが、電気ショックを受け続ける体験をしたイヌは、この部屋に入り、再び電気ショックを受けてもドタバタすることさえしないのです。
ただ、うずくまり、じっと電気ショックを耐え続けるのです。
このイヌは、自分がどんなに努力しても苦しみから逃れられないと学んでしまったのです。
“いま、このとき”の状況に絶望し、無力感に陥ってしまったのです。
逃げるための努力もしません。
この様な状況を「学習された無力感」といいます。
「学習された無力感」を味わったイヌは、人がジャンプさせようと思って後ろから押しても、動こうとはしません。力づくで無理やりひきずったり、抱きかかえるようにしたりしないと動けなくなっているのです。
 学習した無力感や絶望感は、イヌだけにみられる傾向ではなく、他の動物、そして、人にも認められるもので、やる気を奪い、新しいことを学ぶ力を奪い、情緒的な混乱を生みます。
 東日本大震災の大津波で、家だけでなく、生活していた町すべてをのみ込まれてしまったあと、その現場を見渡せる場所で長時間座り込んで動けなくなった人たちが映像などで報道されていたことは記憶に新しいと思います。
戦地や紛争地だけでなく、火災や地震で家を失ったりした災害現場、家族を事故で失った事故現場で、長時間座り込んで動けなくなる人もいます。
こうした脱力感も学習した無力感や絶望感によるものです。
将来が見えず、日常の日々の中になにをしたらいいのかわからなくなって、料理をするとか、掃除をするとか、化粧をするとか、買い物にでるとか小さな達成感を味わえる目標さえ持つことができず(やる気を失い)、うつ状態になることもあります。
そればかりか、絶望のあまり、生きる力を完全に失い自殺してしまうこともあります。
 ベトナムの捕虜収容所で、所長が、ひとりの青年に「6ヶ月後の開放」を約束しました。青年は、6ヶ月後には自由になれると思い、気力、体力ともに充実し、捕虜の中でリーダーシップを発揮していました。
ところが、約束の日がきても、青年は開放されませんでした。すると、青年はしだいにうつ状態になり、数週間後にはベッドにもぐりこみ、食事もとらなくなり、赤ん坊のようにトイレにも行けなくなっていきます。仲間が励ましても、叩いても、青年は動こうとせず、そして、死亡しました。
青年が死んだとき、他の捕虜の仲間たちよりもずっと体は丈夫そうに見えていたといいます。
親に拒絶をされた生まれたばかりの乳児が、生きることを止めてしまうように、絶望は、人の生きる力を奪ってしまうのです。
 さて、イヌの実験には続きがあります。
電気ショックを受け続けたイヌが、すべて学習した無力感を持ってしまったわけではないのです。
同じ量の電気ショックを受けても、鼻先でボタンを押せば、一定時間電気ショックが止まるという装置がついたイヌは、学習した無力感に陥ることはありませんでした。
つまり、電気ショックという苦しみの量自体が問題なのではなく、「努力は無駄だ」と感じてしまう(思い知らされる)体験が無力感、絶望感を生むということを示しています。
同じ苦しみを受けても、努力すればきっとなんとかなると信じることができれば、苦しみに負けることはありません。
それに対して、一回の失敗、一つの苦しみでも、自分はいつもどんなことでもダメな人間なのだと思い込んでしまうと学習された無力感に陥ってしまうのです。
このことはとても重要な意味を持ちます。
なぜなら、暴力のある環境で育ち、なにをしてもなにも変わらない、努力しても無駄という体験をし、否定と禁止のことばを浴び自己否定感が高くなっている被虐待者が、再び交際相手や配偶者から最初に暴力を受けたとき、新たに学習された無力感を味わう体験がなくとも、一度の暴力体験で、学習した無力感を味わい、その環境から逃れることができなくなることを示しているからです。
被害女性に、“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれてきたのか”を書き込んでいただく「ワークシート」では、必ずどこかのタイミングで、「この人にはなにをいってもムダだと思った。」、「夫はなにをしても、どんなことがあっても変わらない。」と書いています。
また、「この先も続くのかと思うと、絶望的になった。」と表現していることもあります。
被害女性は、夫の暴力による恐怖によって、「学習した無力感」を味わされているのです。
誰でも、監獄のようなところに突然閉じ込められてしまえば、普通でいることはできなくなります。
そこで、軟禁状態ともいえる暴力のある家庭環境で暮らすとどうなるかを説明するのに役立つのが、「囚人実験」です。

(囚人実験と拘禁反応)
 心理学の実験に自発的に協力してくれた健康なアメリカ市民たちが、この実験に参加しました。彼らは模擬監獄に閉じ込められ、囚人として扱われます。
すると、実験参加者はあっという間に「囚人らしく」なっていったのです。
命令に服従し、こそこそしたり、おどおどしはじめたりしたのです。
それだけでなく、心身の不調を訴える人もでてきました。
 この実験は、2週間続けられる予定でしたが、これ以上つづけることは危険であると、わずか3日で中止になっています。
監獄に閉じ込められた人が、とり乱して暴れはじめることがありますが、それは、「拘禁反応」と呼ばれる反応です。
不安が高くなったり、怒りを爆発させたり、ひどくなると意識が薄れたり、幻覚や妄想があらわれることもあります。
手がつけられなくなる拘禁反応とは別に、監獄という環境に過剰適応してしまう人もいます。
これを「プリゾニゼーション」といいます。プリゾンとは監獄のことです。
人は自由が奪われ、圧倒的な力にねじ伏せられると、個性と積極性を失い、病的に歪んだ「模範囚」になり、従属的、依存的、受動的になり、ただ“いいなりに動く”人間になってしまうのです。
もちろん、すぐに従属的、依存的、受動的になるわけではなく、抵抗しては傷めつけるといった体験を積み重ねていく中で、プリゾニゼーションに陥っていきます。
このプリゾニゼーションは「学習された無力感」として、DVのある家庭環境で暮らさざるを得ない被害者心理を表す重要なキーワードとなっています。


-事例89(事件研究7:伊予市17歳少女殺害事件)-
 平成24年8月15日、愛媛県伊予市の市営住宅の一室の押し入れから発見された17歳の大野裕香さんの遺体には、多数の古いアザが残っていました。その部屋に住む窪田恵(36歳、無職)と長男(16歳、無職)ら計4人が逮捕されました。
大野さんは、窪田恵に暴力で支配され、奴隷扱いを受け、恐怖のあまり逃げだすことができなくなっていました。
窪田の部屋は、3-4年前から長男の友人たちのたまり場になっていて、“プチ家出”を繰り返していた大野裕香さんは1~2年前から出入りするようになります。
そして、炊事や洗濯、窪田の子どもの学校の送り迎えなどをさせられるようになり、アルバイトも辞めざるをえなくなっていきます。窪田は、4人いる自分の子どもたちも暴力で支配し、“タイマン”と称し、子ども同士で殴り合わせることもありました。
窪田は、複数の少年たちを自宅に入り浸らせ、少女を暴力で服従させていました。
 事件の10ヶ月前の平成23年10月、窪田は、10代後半の長女を殴り、頭にけがを負わせ、児童相談所に通報されています。
大野さんは、15日に遺体で見つかる2、3週間前には、目が腫れあがった、見るも無残な姿を目撃されていました。
そして、同年7月18日には市営団地で会合が開かれ、住民のひとりが「このままでは(大野裕香さんが)殺されるかもしれない。」と市の職員に訴えています。
翌19日には、伊予署員が窪田の部屋を訪ねましたが不在でした。その後、窪田は「(裕香さんは)1、2週間ほど前にでて行った。」とウソの説明をしています。
また、大野さんの両親は、平成24年4月、児童相談所に「家出している娘を連れ戻したい。」と相談し、同年7月19日には、県警に行方不明者届を提出しています。
 この事件では、別の少女も窪田から暴力をふるわれていました。
その少女は、窪田の子どもの友人で、家事をさせられ、暴行、虐待を受けていました。そして、市営住宅の大窪の家から逃げだしています。
少女が逃げたあと、窪田は大野さんに対する暴行をエスカレートさせていきました。
そして、大野さんは、窪田の家から逃げだすことができず、窪田に殺害されたのです。
逮捕された窪田と長男、土木作業員の少年2人は「警察に見つかると思い、遺体を隠した。」と供述しています。


-事例90(事件研究8:堺市傷害致死・死体遺棄事件)-
 平成25年2月、北川睦子(69歳)さんが、岩本孝子(63歳)・池田和恵(57歳)両被告に殴る蹴るの暴行を受けて死亡、遺体はごみバケツにコンクリート詰めにされ、奈良県の山中に遺棄された事件です。
3人は、北川さんが夫を亡くしたころに出会い、仲のよい飲み仲間になっていきました。
ところが、北川さんがふざけて岩本の頭を叩いたのをきっかけに、関係が一変し、岩本は、北川さんを恫喝するようになりました。
土下座させ、殴り、ときには猫の糞を食べさせ、年金が振り込まれる預金通帳とキャッシュカードをとりあげました。
そして、北川さんは、岩本と池田のいいなりになっていきました。
住民の通報を受けて警察官が訪れ、腫れあがった顔を指摘すると、北川さんは「自分で転んだ。」と岩本をかばい、見かねた知人が救いの手を差し伸べても、「岩本さんに怒られる。」と断りました。
助かるチャンスは何度かありましたが、暴力に怯え、心を縛られていた北川さんはつかむことができませんでした。
 共犯の池田も、岩本の暴力と恐喝の被害者でした。
平成25年5月、北川さんの不審な失踪がマスコミで取り沙汰されるようになると、池田はテレビ局の取材に対して、「過去の暴行が岩本の命令によるものだった。」と告白し、しきりに「怖いねん。」、「岩本のいの字も出すなと脅された。」と報復を恐れていることを明らかにしたのです。
岩本は、この池田の告白を知ると、池田の自宅に押しかけ、テレビカメラの前で「池田! 開けやコラー!」と玄関のドアを蹴るなどしています。
暴力による支配の構図が示された瞬間でした。
翌6月、死体遺棄にかかわった男たちを含めて4人が逮捕されました。
 窪田や岩本は、ピラミッドの頂点に立つ者にとって都合のいいシステムをつくっていったのです。


-事例91(事件研究9:元看護師4人組保険金連続殺人事件)-
 平成12年に発覚した福岡の「元看護師4人組保険金連続殺人事件」は、カルト系の教祖ではなく、一見普通に見える人物が、カネを目当てに身近な人間をとり込み、凶悪な犯罪に走らせることになった事件です。
主犯は、看護学校時代に同級生だった3人の女性とグループをつくっていた吉田純子(33歳)でした。
そして、吉田は、このグループで完全に女王として君臨していくことになります。
きっかけは、泥沼の不倫で悩むTに対し、吉田が相談にのり、その解決を請け負ったことです。
吉田は、TとTの家族や友人とかかわりを断絶させ、憎しみを持たせる方向を誘導し、Tを吉田に依存させていきました。
吉田は、同僚の「保険金」を手に入れるために、嘘で塗り固めたことばを巧みに使い、グループの女性で既婚だったHとKの2人の夫婦仲をひき裂いていきました。そして、吉田は、その女性たちに、それぞれの夫を殺害させたのです。
つまり、吉田は自らの手を汚さずに、同僚を保険金殺人へと誘導していったのです。
 殺害方法は看護師ならではのものでした。Hの夫は、夕食に睡眠薬を混ぜておき、眠りについたところで、静脈注射で空気を送り込み殺害しました。Kの夫も睡眠薬で眠らせたあとに、マーゲンチューブ(鼻から胃に挿入する医療器具)で、ボトル1本分のウイスキーを流し込んで殺害しました。
さらに、吉田は、グループの残る1人、Tの母親を「注射器で殺害するように。」と指示していましたが、これは失敗に終わっています。
この2件の保険金殺人で支払われた保険金のほとんどは、吉田が手に入れました。それだけでなく、吉田は、グループ3人に対し強制的に借金を負わせていました。
吉田にグループ3人が奪われた金額は2億円近くに及んでいました。

 ピラミッドの頂点に立つのは他人の心理を読み、操ることに長けた人物です。
そして、支配者は、このシステムをさらに強固にしてために、暴力・虐待による“恐怖”を利用します。


-事例92(事件研究10:尼崎連続変死事件)-
 平成23年11月におきた尼崎連続変死事件の主犯で、平成24年12月に拘置所で自殺した角田美代子がそのひとりです。
角田は尼崎市の複雑な家庭に生まれていますが、自分の周りに血縁のない人を集め、自らが君臨する“ファミリー”を築き、金のありそうな家族を標的にし、脅迫し金銭を搾りとっていったのです。
被害家族の中で自分に従う者、気に入った者は自分のファミリーに取り込む一方で、従わない者、邪魔になった者に対しては、容赦なく命を奪っていきました。
 初期の標的となった高松市の谷本家は、父母と娘2人の4人家族ですが、母の実家が尼崎にあったというだけで、次のような悲劇に見舞われることになりました。
平成15年初め、尼崎の実家から、母の兄の元妻の連れ子(谷本家の娘にとっては義理の元従兄弟)を預かって欲しいといわれ、送り込まれてきたのが、じつは角田美代子の“手下”の粗暴な男でした。
この男はなにかと難癖をつけては家族に暴力をふるい、金をせびります。
元親戚とはいえ、困惑した谷本家は、男を尼崎に送り返しました。
すると今度は、角田美代子がヤクザふうの男たちを引き連れて高松に乗り込んできました。
そして一家を暴力で支配し、一族から金を搾りとっていったのです。
父母を全裸にして、近所に金策に走らせることもありました。
それは、娘たちを守れない、情けない両親の姿を見せつけることで、娘を自分の方にとり込むのが狙いのひとつでした。
その後、娘たちは、いわれるままに親を殴るようになりました。
 ファミリーはイナゴの群れのように谷本一族を喰いつくし、谷本家の2人の娘と伯父(父の兄)を連れて尼崎に戻って行きました。
当時高校生だった次女は、のちに角田の次男と結婚、ファミリーの重鎮におさまります。
しかし長女と伯父、尼崎にいた祖母は無残に殺され、遺棄されました。母親は角田から逃げようとしましたが、結局、病院で死亡することになります。
唯一、警察にも駆け込まず、尼崎に潜伏していた父親だけが無事でした。
尼崎連続変死事件の角田は、逮捕後、ファミリーの面々が次々と殺人や死体遺棄を自供していくのを知り、抑うつ的になり、拘置所で長袖のTシャツの袖を首に巻き、自ら締めて窒息死するという特異な方法で自殺しました。


-事例93(事件研究11:北九州連続監禁殺人事件)-
 一方、似たような事件を起こしながら、逮捕後の状況がまったく違う主犯がいます。それは、被本の犯罪史上、稀にみる詐欺師といわれる北九州連続監禁殺人事件の主犯、松永太死刑囚です。
 平成10年3月、17歳の少女が監禁先から脱出、祖父母のもとに逃げ込み、警察に通報したことから悲惨な事件が発覚しました。
少女は10歳のとき、松永とその内妻、緒方純子のもとに預けられ、以降、7年近くの間に何人もの人間が2人に監禁され、殺害されました。
少女は、殺害を目撃するだけでなく、殺人や死体処理を手伝わされることになります。
最初の犠牲者は、不動産業者だった少女の父親でした。
少女は、このままでは自分も殺されると脱走を試みますが、見つかり、引き戻され、その制裁として松永にペンチをわたされ、「自分の足の親指の爪をはがせ。」と命じられ、泣きながら実行しています。
 平成9年、松永が金ずるとして選んだのは、内妻の実家、緒方家です。実家は一族の本家筋にあたり、父親は農協関連団体の役員を務める地元の名士です。松永は「おたくの娘は不動産業者を殺して死体を遺棄した。自由にさせるとまた凶行を働く。自分が面倒をみてやるから、それなりの費用を払え。」と要求しました。
内妻の緒方純子には、以前から実家や知人に電話をかけさせ、相手を罵倒するよう仕向けていました。
実家は、まじめだった娘がとんでもない厄介者になったと思い込み、娘の犯罪を公にしないために松永を頼ってしまったのです。
内妻の緒方は、松永のDV被害者でした。
何度も逃げようとし、捕まっては暴力をふるわれていました。
しかも、松永に、実家や知人を罵倒するようなことをさせられていたため、頼るところはなくなっていました。
 やがて、松永に貢ぐために巨額の借金を背負い、返済のめども立たなくなった緒方家は、父、母、同居していた妹夫婦、その2人の子どもともに、松永にいわれるがままにマンションの一室で松永たちと同居するようになります。
待っていたのは、監禁と凄惨な虐待の日々でした。
そして、もはや一銭も貢ぐことができなくなると、半年ほどかけて一人ずつ殺していったのです。
主犯の松永は、犯行に際して指示をほとんどだしていません。「口のきき方が悪い」とか、「態度が悪い」といった理由で誰か一人に難癖をつけ、「どうすべきか家族で話し合え」と下駄を預けるのです。
この「下駄を預ける」とは、結論までいわず、相手に決めさせることで(結論保留、結果保留)、「こうしろ」と命じないやり口で、マインドコントロール手法です。
松永は激しい暴力や食事制限、排泄制限などによって奴隷化していきました。
そして、「きっと、殺せということだろう」と松永の意図を察し(読みとり)、忠実にそれを実行していたのです。
なぜなら、そうしなければ、自分に対するさらにひどい虐待が待っていたからです。
殺害、死体の処理の主導的役割を果たしたのは、松永からDVを受けていた緒方でした。
緒方のおこないは、夫のDV被害者である母親が、子ども(特に連れ子であったり、マムズ・ボーイフレンドとの関係性であったりする状況下でおきやすい)に激しい虐待を繰り返し、死亡させてしまう事態を招く“同じ恐怖を回避する”ためのものです。
 松永はたぐいまれな話術の持ち主です。
初対面の人には、快活で、善良なキャラクターを装います。気持ちよくしゃべらせ、不満や他人への不満や悪口がでてきたら記憶し、ここぞというとき、「あいつはお前のことをこういっていたぞ」と人間関係を操る道具とします。
緒方家は、そうした分断工作を仕掛けられ、互いが監視し合うという人間関係がつくられていきました。
松永は、逆らう者には容赦なく虐待しました。
そして、誰もが松永の歓心を買おうと努めるようになっていったのです。
松永の人心操作術と両輪をなしていたのが、暴力による支配です。
よく使われたのが、彼らが「通電」と呼んだ虐待です。監禁された被害者たちは、むき出しにした電気コードの先端に金属製のクリップをつけたものを使って、手足や胸、顔、陰部などに繰り返し通電されたのです。彼らはしだいに思考能力が衰え、正気を失っていきました。緒方家の父親が死亡したのも、娘である緒方が過剰に通電したことによるショック死でした。


(マインドコントロール・洗脳のプロセス)
 マインドコントロール・洗脳では、①破壊(解凍)、②変革、③再統合(再凍結)というプロセス(型)に添って、人の人格を「焦らず、確実に、変えて」いきます。
 マインドコントロールや洗脳するには、マインドコントロールや洗脳を仕掛ける者たちだけに都合のいい新たな価値観を植えつける必要があります。
そのためには、①いままで培ってきた価値観や思考パターンを徹底的に破壊(解凍)することが必要不可欠です。
その準備となるのが、徹底的に心身を弱らせることです。睡眠をさせず、慢性的な睡眠不足状態にし、食事を制限し、栄養不足・飢餓状態に追い込んでいくことで、考えることを奪い、プライバシーを奪い、苦痛を与え続けます。
こうした極限状態におくことで、いままでの価値観を叩き壊す土台固めをしていきます。
次に、②の変革では、いままでの肯定的価値観を否定し、新たな価値観を植えつける作業に入ります。
集団や教団のビデオを長時間、繰り返し見続けることを強要したり、祈祷をし続けさせたりするなど、マインドコントロール・洗脳を仕掛ける者たちの思想を植えつけます(詰め込ませます)。
そして、③変革によってもたらされた新しい価値観をさらに強固なものにしていくためにおこなわれるのが、再統合(再凍結)です。
①②のプロセスを通じてマインドコントロールや洗脳された者の所有物や財産をすべて没収し、自分たちの活動資金にしていきます。
その貢献(姿勢)に対し新しい名前を与えられ、新しい外見(髪形を変え、服装を変える)を与えられたります。ときには、完全な別人として生きることを求められたりします。
その結果、いままでかかわってきた人たち、つまり、親やきょうだい、親族、友人たちと、完全に別離することになります。
高学歴で、職業観など自分を持っている女性をDV環境下におく、つまり、上下の関係、支配と従属の関係(絶対服従)をつくりあげていくためには、このマインドコントロール・洗脳のプロセスは欠かせません。
自分をしっかり持っているようで、親の過干渉や過保護(否定と禁止のことばで育ってきている)により自己肯定感は低く、(少女チックな)夢を見がちな危うさを抱える女性がターゲットになります。
一方で、高学歴で、明確な職業観を築いてきた教養により、心身がともに極限状態に陥る前、つまり、被害を長引かせず、精神の破綻直前にDV被害から逃れることができるのも特徴です。
ただし、短期間に徹底的に①破壊(解凍)されているので、DV環境下におかれる期間が長くなくとダメージが深いところにまで及んでいることが少なくありません。


(3) ミルグラムのアイヒマン実験
 1960年代に米イェール大学で、「アイヒマン実験」と呼ばれる人に電気ショックを与える心理実験が、「電撃を命じる科学者」、「スイッチを入れる人」、「電撃を受ける人」の3人一組でおこなわれました。
ミルグラムは、「スイッチを入れる人」は新聞を通じて「記憶に及ぼす罰の効果」に関する実験に参加してくれる被験者を募りました。「スイッチを入れる人」は平凡な市民です。「電撃を受ける人」が簡単な設問に対して間違った回答をするたびに、被験者は電撃のスイッチを押さなければなりませんでした。しかも、電撃のレベルは15ボルトからはじまり、押すたびに上がっていきました。レベルが上がれば、「電撃を受ける人」の苦痛も増していきます。
200ボルトを超えると人を傷つける恐れがあり、最大は450ボルトで、死を招くレベルに設定されていました。
他人に通電を命じられた人が、どこまでその命令に忠実に従うかを調べるというのが、この実験の目的です(「電撃を受ける人」は俳優が演じており、実際には通電されていないが、被験者はそれを知らされていません)。
 これとは別に、心理学者や学生、一般の人々を対象に、「あなたが被験者だったら、どのくらいのレベルでスイッチが押せなくなると思うか」という問いに応えるアンケートをとりました。
多くの人が「150ボルトあたりで押せなくなり、実験の中断を申しでる。」と回答していましたが、実験結果は、「電撃を受ける人」が悲鳴をあげたり、気絶したりする姿を見ているにもかかわらず、最大の450ボルトになるまでスイッチを押し続けた人が62.5%もいたのです。
原因は、「電撃を命じる科学者」の台詞でした。被験者がためらいを示すと、「続けてもらわないと実験が成り立ちません。」、「絶対に続けてください。」と促したのです。
被験者は、ためらいながらもそのことばに従ったのです。
つまり、「電撃を受ける人」の命よりも、“権威者の命令”の方を優先したのです。
このアイヒマン実験は、「権威者への服従」としても知られ、消費者心理をコントロールする販売促進方法、選挙を有利に進めるための方法として多くの場面で活用され、さらに、パワーハラスメントやセクシャルハラスメント、アカデミックハラスメントなどで、なぜ被害を訴えでることができないのか、なぜ被害を逃れることができないのかを説明することができるものです。
 1960年(昭和35年)、ホロコーストの責任者の一人だったナチスのアイヒマンが逃亡先の南米で逮捕されて、裁判にかけられ、ユダヤ人虐殺が、はたして“異常者”たちによる犯罪だったのか否かが論争になっていました。
そうした中でおこなわれたイェール大学の「アイヒマン実験」は、アイヒマンは職務に忠実な公務員にすぎず、人は誰でも「権威者」の命令に従って非人道的な行為に手を染める可能性をもっている例証の一つとして使われたものです。しかし、アイヒマンには死刑判決がでて、1962年(昭和37年)に処刑されました。
 伊予市17歳少女殺人事件では窪田恵が、堺市傷害致死・死体遺棄事件では岩本孝子が、尼崎連続変死事件では角田美代子が、北九州連続監禁殺人事件では松永太が、古くは浅間山荘リンリ事件の森恒夫(初公判前に東京拘置所で首を吊り自殺)、永田洋子(脳腫瘍の手術を受けた22年後、死刑執行されることなく多臓器不全で死亡)が、この「権威者」にあたります。
 この権威者に屈し、従うという意味では、DV被害者(妻と子ども)とDV加害者(夫)の関係性を示すものです。
DV加害者の中には、事例68の夫Dのように、自ら「俺はお前の指導者」と口にする者もいます。
 北九州連続監禁殺人事件の緒方や監禁されていた者全員が、松永の命令に忠実であろうと、松永が「死んでほしい」と示唆する人間を殺していったのです。
それどころか、これから殺されるであろうことがわかっている当人でさえ、逆らおうとしなかったのです。
緒方家最後の死者となった妹夫婦の長女は、電気コードで絞殺されるとき、台所の床に静かに横たわり、コードを首の下に通しやすくするため自ら頭を持ち上げたといいます。妹夫婦の長女は、そのときわずか10歳でした。
 7人を殺害するといった凄惨な事件後、平成17年9月にはじまった裁判では、松永は得意の弁舌で、緒方の証言とはまったく異なり、「すべては緒方のやったことで、自分は巻き込まれて大変迷惑している。」との筋書きを述べています。一審は両被告とも死刑判決でしたが、二審では、緒方が「20年にわたるDVによる松永の支配下にあった。」ことが認められ、無期懲役に減刑、最高裁で確定しています。
精神科医の岩波明氏は、松永を「間違いなくサイコパス*」としたうえで、「監禁された緒方家の人々が“情動麻痺”と呼ばれる状態に陥り、通常の感情や、自分が生きているという感覚が失われていた。」と指摘しています。
情動麻痺が起こりやすいケースは、残忍な手段による「暴力」や「死」の目撃者や被害者となったときです。
 自分も加害者にならなければ逆に殺されてしまうというのは、連合赤軍事件において主犯の永田洋子がつくりあげた状況によく似ています。
浅間山荘リンチ事件は、昭和46年から昭和47年にかけて連合赤軍が起こした同志に対するリンチ殺人事件です。
都市部での活動に敗退した赤軍派と日本共産党(革命左派)神奈川県委員会は山岳ベースを築き合流して連合赤軍となりました。山岳ベースでは共産主義化の理想のもと厳しい統制や教化が敷かれ、その行き過ぎた末路が14人もの同士を殺し合うリンチ事件となりました。
注目すべきはメンバーのほとんどが一流大学をでていることで、オウムサリン事件をひき起こした者が医師など、一流大学をでていることが似通っています。

 犯罪史では、同様の状況はいつの時代にも、どの場所にも存在しています。

-事例94(事件研究12:東大阪リンチ殺人事件)-
 平成18年、O立大の大学生がリンチ計画を立案した「東大阪リンチ殺人事件」は、大学生や少年を含む9人グループが、私立大生と短期大学部の2人と無職の男性1人の3人を拉致し、特殊警棒、ゴルフクラブ、ナイフなどで暴行をし、短期大学部の1人が解放されましたが、残りの2人を生き埋めにし、殺害したものです。
事件は同じ大学の学生である女性をめぐる争いで、今回の被害者から暴行、恐喝され「埋めたろか!?」と脅されたことへの報復としておきたとされています。犯行時、「同じ方法で仕返ししたる!」と脅し返していました。
そのときの状況を、主犯格の男性は「相手が暴力団の組名をだし、仕返しされるので殺した。」と供述しています(実際にはやくざとのつながりはありませんでした)。
また、母親には「(大学生の)友だちがやくざに脅され、金を要求された。(助けを求められたので)話をつけるため呼びだし、殺して山の中に埋めた。」と話をしています。
 被害者男性が瀕死の状態になっているのを確認した仲間の少年(16歳)が、「もうあかんかも」と相談し、主犯格の男性が「それなら生き埋めにしたろ。」と廃材置き場へ向かったといいます。供述では、「暴行しているうちに、興奮して歯止めがきかなくなった。」と話しています。
そして、主犯格の男性は、加害者グループのメンバーにも暴行を加えています。
逮捕された男子大学生は、今回の被害者男性から受けていた暴行と恐喝に関して、警察に被害届をだしていましたが、事件発覚を怖れてか、事件後に被害届を取り下げています。
その後、この事件の主犯格は、当初主犯格と思われていた無職の男性ではなく、O府立大学3年生の男性(21歳)が、リンチ計画の立案、役割分担も指示していたことが判明しています(一審に引き続き二審でも死刑判決がでています)。
 この事件をひきおこした主犯格の2人は成人ですが、①コミュニケーション能力の乏しさ(ことばや他の方法で解決できない)、②対人認知の歪み(実際以上に相手が敵意を持ち、恐ろしい存在だと感じてしまう)、③悔やみ型罪悪感の形成不足(悔やみ、反省することができない)、④ムカつきで結びつくす「ウチ」意識(同じ相手に向かって、同じようにムカついているとうことで仲間意識を持つ)といった、通常、“中学生にみられる非行”の特徴を持ち合わせています。
このことは、2人の精神的な幼稚さを示すものです。

 集団による暴行がエスカレート、殺害にいたった事件は多くあります。
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」、「名古屋アベック殺人」などがそうです。いずれも、犯罪史に残るような残虐な事件です。
その他にも、中学生による「ホームレス集団暴行死事件」のときにも、「集団心理」が語られています。
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は、ひとりの少女が不良少年たちに誘拐され、41日間監禁され、虐待死した事件です。
この事件では、少年たちの間に「やらなければ、自分がやられる」という緊張関係があったことが明らかになっています。監禁場所となった家に少年の両親が同居していたこともあり、「逃げられなかったはずはない」という“少女の自己責任”論が浮上して論争になりました。
しかし、物理的な死の前に、「精神の死」が訪れるのが監禁・虐待事件の通例です。人が逃げられなくなるのは逃げ道がないからではありません。精神の死こそが、本当の理由なのです。


-事例95(事件研究13:茨城県龍ヶ崎市女性放置死事件)-
 「茨城県龍ヶ崎市女性放置死事件」とは、茨城県龍ヶ崎市のアパートで、私立大3年生の中島千佳(20歳)さんが衰弱死した事件です。
 平成23年1月3日12時10分ごろ、茨城県龍ケ崎市小柴のアパートで中島千佳(20歳。以下、被害者)さんが死亡しているのが発見されました。発見は、被害者が起きてこないことを不審に思った同居している姉が、被害者である妹の異変に気づき、「妹が息をしていない。」と119番通報したことによるものでした。
翌4日、茨城県警竜ケ崎署が司法解剖した結果として、「手足などの古傷が原因で衰弱死した。傷が長期間完治せず、抵抗力を失っていた可能性がある。傷ができた経緯などを調べている。」と発表しました。
同月22日、竜ヶ崎署は主犯の横江直人(23歳)を殺人罪で、暴行を傍観していた千佳さんの姉の中島由起(22歳)、派遣会社員の鈴木夕(43歳)両容疑者も逮捕しました。
横江は「被害者がいうことをきかず、気にいらなかった。虐待を繰り返して死なせたことは間違いない。」と供述しています。さらに、3名の供述により、「横江と姉の由紀、鈴木の3名は共謀し、平成22年9月中旬-12月下旬の間、アパートの部屋で被害者に殴る蹴るの暴行を加え、さらに、食事を与えず衰弱させ、事件の発覚を恐れて治療を受けさせずに放置し、傷が化膿して感染症で衰弱死(敗血症)した。」とみられています。
 そして、事件の一因が、性的支配にあったことが判明したのです。
 もともとこの事件の端緒となったのは、中島千佳さんの姉の中島由紀(奈良県大和郡山出身)と横江直人が知り合ったことでした。
横江と姉の由紀は、平成21年秋に音声専門投稿サイトで知り合いました。ここではヒット曲やアニメ、お笑いのモノマネが投稿されており、モノマネの上手い横江はこのサイトの人気者でした。
姉の由紀は声優志望で、親しくなった横江に「声優をやるなら東京だ。」と促され、大学卒業後の平成22年6月に上京し、龍ヶ崎市に2LDKのアパートを借りました。
その部屋に、横江が住みつくようになりました。
間もなくすると、この部屋に、横江と出会い系サイトで知り合った鈴木が同居をはじめます。
そして、お互いを、サイト内のハンドルネームで呼び合う奇妙な共同生活がはじまり、3人はこのアパートを舞台に、淫らな性生活を繰り広げるようになったのです。
「共同生活をはじめたときから、横江らは3Pにふけるようになり、身体をしばく音、女性たちのよがり声を聞いた。」と近所の住民が話しています。また、宅配便のスタッフは、「ガウンを羽織った女性が荷物を取りにでてきた奥で、女性が手足を縛られていた姿を目撃した。」と述べていて、姉の由紀と鈴木の2人の女性は、横江による異常な性行為に支配されていたとみられています。
派遣社員として働いていた鈴木の給料と、姉の由起が実家から受けとっていた仕送りは、すべて横江にとりあげられ、生活費に充てられていました。
 平成22年8月、横江は、部屋を訪ねてきた姉妹の母親(58歳)を「長女(中島由紀(姉)に1千万円貸している」と偽り、現金5万円を騙しとった詐欺容疑で逮捕されました。この異常な生活下にある姉の由紀を心配した大阪の私立大学に通っていた被害者が、同年8月に上京し、そのまま龍ヶ崎のアパートに同居するようになりました。
そして、横江から熱湯をかけられたり、殴る蹴るの暴行を受けたりすることになったのです。
 横江は、「被害者に声をかけても無視されたことなどに腹がたち、お湯をかけたり、殴ったりした。」と供述していますが、横江から殴るなどの身体的な暴行を受けていた姉の由紀は、被害者の妹が暴行を受けている側で見ているだけで、止めることができませんでした。
 平成23年2月3日、水戸地方裁判所で勾留理由開示手続きが開かれ、裁判官は「閉ざされた人間関係の中での犯行で、関係者の供述が重要。罪証隠滅、逃亡の恐れがある。」と勾留理由を示し、殺人容疑で逮捕された横江と姉の由紀、鈴木の3人は、被害者の背中に熱湯をかけたり、模造刀で殴打したりする暴行を加えていた疑いがあることが、裁判官が述べた勾留理由で判明し、主に暴行を加えた横江のほか、「鈴木が暴行を加えたことを認めている。」としました。鈴木は、意見陳述で「被害者のことは好きじゃなかったが、殺害するなんて一度も思ったことはない。」と述べ、弁護人は「(鈴木は)11月中旬から12月22日まで日中は仕事をしており、死が迫るほどの衰弱を認識していなかった。アパートでは家事要員として4人の食事をつくっていた。」として容疑を否認したうえで、「在宅での捜査で十分」と主張しました。
同月12日、水戸地方検察庁は、龍ヶ崎市松葉、横江を保護責任者遺棄致死の罪で水戸地方裁判所に起訴し、同居していた姉の由紀と、派遣社員の鈴木については、関与の度合いが薄いとみて処分保留のまま釈放しました。
起訴状によると、「横地は、平成22年10月14日ころから被害者の腕に手錠をかけて室内に拘束し、背中に熱湯をかけ、数日に1度しか食事を与えないなど虐待を加え、自力で寝起きできなくなった被害者を放置し、平成23年1月3日ころ、敗血症性ショックで死亡させた。」としています。


-事例96(事件研究14:大阪府門真市17歳少女変死事件)-
 「大阪府門真市17歳少女変死事件」とは、平成23年9月12日1時10分ころ、「大阪府門真市の自宅から救急搬送された少女が死亡した。」と病院が通報したことから発覚した暴行虐待事件です。
 同月11日、20時10分ころ、田代悠里子(17歳、無職)さんが玄関で腹部を押さえてうずくまっているところを帰宅した父親(52歳)に発見され、父親の運転する車で近くの病院に運ばれたあと、枚方市の病院に救急車で搬送されました。
救急された少女は、医師に「自宅の階段から落ちた。」と説明していましたが、府警は、肋骨が折れて腹部にも内出血があるなど、けがの状況に不自然な点もあるとして同日、女性宅の現場検証をおこない、同月13日、遺体の司法解剖がおこなわれ、死因は「背中を強打したことによる心臓挫傷」で、肋骨が折れ、腹部を内出血している状態でした。
少女には、他に、額や後頭部、胸、足などにも複数の打撲痕や皮下出血の跡が残っていました。
そして、少女は、3ヶ月前の6月10日夜、自宅前の道路で全身に打撲を負った状態で倒れているのを近くの住民が発見し、父親が救急車を呼び、病院に救急搬送されています。
このとき、少女は「全身打撲で挫滅症候群」と診断され、「急性腎不全や肺水腫など全治9週間の重傷」であったことから、長期入院治療が必要な状況でした。
少女は、医師に対して「車にはねられた。」とケガの理由を話しています。
そして、少女は、のちに逮捕される姉の田代恵里子(21歳、無職)と姉の交際相手・梅崎大吾郎(30歳)に対し、「自ら電話し、家に帰りたいといった。」とされていましたが、救急車で病院までつき添った知人が、姉の恵里子からの電話に対し、少女が「はい。」、「そうです。」と緊張した様子で応えている姿を目撃しています。
のちに、姉の恵里子は「暴行はすべて梅崎がやった。棒で殴ったりしていた。『けがをした理由を聞かれたら、階段から落ちたといえ』と妹に指示していた。」、6月の傷害事件のときについても、「男性容疑者が『車にはねられたといえ』と指示した。」と供述しています。一方の梅崎は「9日までは毎日のように暴行したが、10日からはやっていない。」と供述したといいます。
 事件当日の平成23年9月11日、自宅離れにいた梅崎と姉の恵里子は、一緒にテレビゲームをしようと、携帯電話で少女を母屋から呼びだしました。
少女は数日前から体調不良を訴え、足元がおぼつかない状態でした。それを見た姉の恵里子は「演技はええねん!」、「ホンマはしんどないんやろ!」、「嘘やろ!」と重ねて問い詰め、少女が「半分は嘘です。」と応じたのを機に2人で暴行をはじめたということです。
姉の恵里子は「大吾郎が顔を殴り、私が背中を殴った。」、梅崎は「(姉の恵里子は)プライドが高く、切れたら、なにをするかわからなかった。」、「殴ったのはすべて恵里子だが、自分も頭にきていたので恵里子がやらなかったら自分がやった。」と供述し、暴行は椅子が壊れるほど激しく、少女はかすれた声で「ぜぇぜぇ」とあえいだといいます。
大阪府警の調べで、「少女は、平成20年5月ごろから日常的に虐待され、平成22年6月には折りたたみ椅子や園芸用の支柱で全身を殴られ、全治2カ月の重傷で入院した。このとき、姉の恵里子は拳につける鉄製の武器メリケンサックを着用して殴った。」ということがわかっています。
大阪府警は当初、少女に暴行していたのは主に梅崎とみていましたが、姉の恵里子も日常的にメリケンサックと呼ばれる金属凶器などで暴行を加え、少女を服従させていたのです。
 逮捕された姉の田代恵里子(21歳、無職)と姉の交際相手・梅崎大吾郎(30歳)と変死した少女の関係について、近所の人は「姉たちの奴隷のようだった。」と語り、梅崎に「はよせえや」と怒鳴られながら、梅崎と姉の恵里子のあとついて歩く少女の姿が近所の人たちに目撃されています。
 少女は、両親と姉の恵里子、兄の5人で、門真市本町で暮らしていました。少女は明るく、姉妹は仲がよかったといいますが、平成19年ころ、姉の恵里子が梅崎と出会い系サイトで知り合い交際をはじめると間もなくして、梅崎は、姉の恵里子の自宅に出入りするようになります。
少女と姉の恵里子の両親が、2人の交際に反対すると、梅崎は姉の恵里子と一緒になって暴言を吐き、母親に暴力をふるうようになります。
そして、家庭は次第に崩壊し、平成20年春、両親は離婚することになります。梅崎と姉の恵里子が母親に向けていた暴力の矛先は、以降、少女に向かうことになったのです。
梅崎と姉の恵里子は生活保護の支給を受け(約15万円)、同市栄町に部屋を借りていましたが、大半は実家の離れで過ごしていました。梅崎と姉の恵里子は、少女が父や兄と暮らす母屋には入らず、父親が管理していた通帳を少女に盗ませて現金をひきださせていました。
それだけでなく、少女がアルバイトで得た毎月約20万円をとりあげ、趣味のゲーム機を買うなど遊興費に充てるなど、少女を金づるにしていました。
 梅崎と姉の恵里子が交際をはじまるようになったとき、中学生だった少女は、友人宛に「もう友達をやめさせてください。」とメールを送るなど、友人を避けるようになります。そして、頭髪を丸刈りにされ、やせ細り、体調を崩していったということです。
少女は、梅崎と姉の恵里子らと同様に派手な色に髪を染めていましたが、やせ細り、歯が抜けたり、顔にあざができたりしていたことから、近所では「虐待ではないか」と噂されていました。
 平成20年5月、中学3年の少女は不登校になり、少女の担任教諭が家庭訪問すると、同年5月と6月に顔の痣、同年8月に顔の腫れ、同年9月に頭に傷ができているのを確認していますが、少女は「自転車事故」などと応えたということです。
同年9月17日、門真市内の病院が「頭をケガした少女が事故にあったと説明したが、(背中の古傷が見つかったことから)傷の状態がおかしい。」と門真署に通報したことを受けて、少女は「知らない男女に殴られ、けがをした。」と門真署に被害届をだしています。
顔と頭に打撲痕があり、同署は傷害容疑で捜査しましたが、少女が加害者の話を一切することがなく、真相は究明されずに終わりました。しかし、門真署は、少女の中学校に生活状況を確認し、痣の情報を入手し、同年9月18日、門真署は、大阪府中央子ども家庭センター(児童相談所)に対し、「悠里子さんが同年5月から計4回、負傷しており、支援してほしい。」と通告しました。
通告を受けて、同センターは、同年10月から翌平成21年1月まで計5回、家庭訪問し、少女と面談をおこないましたが、少女は「バイクにはねられた。」、「自転車に乗っていて電柱にぶつかった。」などと説明し、一時保護の提案も断ったということです。
さらに、平成23年6月10日に傷害を負わされたあとも計3回にわたり、同センターは、入院中の病院で少女と面談しましたが、少女はほとんど話さず「大丈夫です。」と繰り返し、「暴行を否定し続けた」ということです。そして、父親も「どうしてこうなったのかわからない。」と話しています。
同センターは、「本人から何度も一時保護を拒否されたので、これ以上の対応は困難だった。」として、支援を打ち切ったのです。


(群集心理、集団心理)
 群集心理、集団心理といわれるものには、次のようなものがあります。
・匿名性(無名性):大勢になればなるほど、自己の言動に対する責任感と個性がなくなり、しばしば無責任、無反省、無批判な行動になる傾向があります。「赤信号みんなでわたれば」といった心理状態です。
・被暗示性:暗示にかかりやすくなります。人にいわれたり、その場の雰囲気にしたがった行動をしたりしてしまいます。目立つ人、声の大きな人の過激な号令に盲目的に従ってしまうこともあります。
また、人の思いがまるで伝染するように、共通した考えや感情を持ちやすくなります。
・感情性:感情的になります。論理的に考えられなくなります。
・衝動性:理性のブレーキがきかなくなります。
・力の実感: 自分達が強くなったような気がします。
 これらの凄惨な事件は、無統制な群集心理ではありませんが、主犯格の過激な言動に全員が引っ張られ、理性をなくしていったと思われます。
主犯格の男性自身、もし一人であれば途中で暴行を止められたかもしれませんが、大勢の前で強さを誇示していたので、途中から弱気な発言はできなくなっていた状況を読みとることができます。
また、社会心理学では、一人で考えて結論をだすよりも、集団で話し合ったほうが、結論がより過激で危険性の高いものになりやすいことがわかっています。つまり、前述の服従の心理が強く働いていたと考えられます。

 人は、なんらかの意図を持って人の心をコントロールしようとする特性を持っていることから、暴力的なふるまいを用いずに、人の心をつかむ手法、特に、群集心理をコントロールする手法として用いられる「プロバガンダ」と「ポピュリズム」の理解は不可欠であることから、ここで、触れておきたいと思います。

(プロパガンダ)
特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った宣伝行為のことをプロパガンダ(propaganda)といい、あらゆる宣伝や広告、広報活動、政治活動が含まれます。利益追求者(政治家・思想家・企業人など)や利益集団(国家・政党・企業・宗教団体など)、中でも、「人々が支持しているということが自らの正当性である」と主張する者にとって、支持を勝ちとり、維持し続けるためのプロパガンダは重要なものとなります。
なぜなら、対立者が存在する者にとって、プロパガンダは武器のひとつであるからです。
自勢力やその行動の支持を高めたり、敵対勢力の支持を自らに向けたり、敵対勢力の支持やその行動を失墜させたりするためにプロパガンダは使われます。
本来のプロパガンダという語は中立的なものでした。
しかし、カトリック教会の宗教的なプロパガンダが、敵対勢力からは反感を持って語られるようになったことから、プロパガンダということばそのものが“軽蔑的”に扱われ、「嘘、歪曲、情報操作、心理操作」と同義と見られるようになりました。
アメリカの宣伝分析研究所において、プロパガンダ技術を分析し、次の7手法をあげています。
1.ネーム・コーリング。レッテル貼り。攻撃対象をネガティブなイメージと結びつける(恐怖に訴える論証)。
2.カードスタッキング。自らの主張に都合のいい事柄を強調し、都合の悪い事柄を隠蔽、または、捏造だと強調する。本来はトランプの「イカサマ」の意で、情報操作が典型的例。マスコミ統制。
3.バンドワゴン。その事柄が世の中の趨勢であるように宣伝する。人は本能的に集団から疎外されることを怖れる性質があることから、自らの主張が世の中の趨勢であると錯覚させることでひきつけることができる(衆人に訴える論証)。
4.証言利用。「信憑性がある」とされる人に語らせることで、自らの主張に説得性を高めようとする(権威に訴える論証)。
5.平凡化。その考えのメリットを、民衆のメリットと結びつける。
6.転移。なにかの威信や非難を別のものに持ち込む。例えば、愛国心を表彰する感情的な転移として国旗を掲げる。
7.華麗なことばによる普遍化。対象となるものを、普遍的や道徳的と考えられていることばと結びつける。
 また、ロバート・チャルディーニは、「人がなぜ動かされるか」について分析し、次の6つの説得のポイントをあげています。
これは、プロパガンダの発信者が対象に対して利用すると、大きな効果を発するものです。
1.返報性。人は利益が得られるという意見に従いやすい。
2.コミットメントと一貫性。人は自らの意見を明確に発言すると、その意見に合致した要請に同意しやすくなる。また、意見の一貫性を保つことで、社会的信用を得られると考えるようになる。
3.社会的証明。自らの意見が曖昧な時は、人は他の人々の行動に目を向ける。
4.好意。人は自分が好意を持っている人物の要請には「YES」という可能性が高まる(ハロー効果)
5.権威。人は対象者の「肩書き、服装、装飾品」などの権威に服従しやすい傾向がある。
6.希少性。人は機会を失いかけると、その機会を価値のあるものであるとみなしがちになる。
 そして、ウィスコンシン大学のW・D・スコットは、次の6つの広告原則をあげています。
1.訴求力の強さは、その対象が存在しないほうが高い。キャッチコピーはできるだけ簡単で衝撃的なものにするべきである。
2.訴求力の強さは、呼び起こされた感覚の強さに比例する。動いているもののほうが静止しているものより強烈な印象を与える。
3.注目度の高さは、その前後に来るものとの対比によって変わる。
4.対象を絞り、その対象にわかりやすくする。
5.注目度の高さは、目に触れる回数や反復数によって影響される。
6.注目度の高さは、呼び起こされた感情の強さに比例する。
 J.A.C.Brownによれば、宣伝の第一段階は、「注意を惹く」ことであるとしています。
具体的には、激しい情緒にとらわれた人間が暗示を受けやすくなることを利用し、欲望を喚起したうえで、その欲望を満足させ得るものは自分だけであることを暗示する方法をとります。
また、L.Lowenthal.N.Gutermanは、煽動者は不快感にひきつけられるとしています。
 アドルフ・ヒトラーは、宣伝手法について、「宣伝効果のほとんどは人々の感情に訴えかけるべきであり、いわゆる知性に対して訴えかける部分は最小にしなければならない。」、「宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後のひとりがスローガンの意味するところを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要である。」と、“感情に訴える”ことの重要性をあげています。
ヨーゼフ・ゲッベルスは、「十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう(=嘘も百回繰り返されれば真実となる)」と述べています。
 そして、杉野定嘉は、「説得的コミュニケーションによる説得の達成」「リアリティの形成」「情報環境形成」という3つの概念を提唱し、敵対勢力へのプロパガンダの要諦は、「絶妙の情報発信によって、相手方の認知的不協和を促進することである」としています。

(ポピュリズム)
葛藤、悩み、苦しみ、哀しみ、不満、憎しみ、怒りなどの思い(感情)を秘めている人は、短く、わかりやすく、力強いことばでその思いを訴えられると、そのメッセージは、心に響き、共感しやすいという傾向があります。
この傾向を巧みに利用するのが、政治指導者、政治活動家、革命家が、不満を募らせていたり、利得を求めていたりする大衆に対し、大衆の不満や利得など一面的な欲望に迎合して大衆を操作する方法である「ポピュリズム(populism)」です。
ポピュリズムとは、大衆迎合主義ともいわれ、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想(政治姿勢)のことです。
「大衆を操作する」とき、不満を募らせていたり、利得を求めていたりする大衆に対し、短く、わかりやすく、力強いことばで訴えることで、聴衆の心を捉えることだけにフォーカスします。
このとき、正しいことを選択する理性よりも、気持ち(感情)に響き共感できること、つまり、承認欲求が満たされることが優先されます。そのため、その訴えの内容や実現のための方法が正しいかどうかは問題ではなく、大衆の欲望に沿うことができれば、聴衆の心を捉え、聴衆が大挙を成してシュプレヒコールをあげることを扇動することができるのです。
短くわかりやすいメッセージ(ことば)は、大衆に対してではなく、特定(特別)のひとりに対しても有効です。
新興宗教やカルト教団の勧誘、詐欺師の接近、DV加害者との出会いでは、甘く優しいことばで囁き、独自の考えを雄弁に語ります。
その人に惹かれるかどうかは、正しいかどうかではなく、自尊心が擽られ(承認欲求が満たされ)、夢(空想)を膨らますことができる(現実逃避できる)ことが優先されます。

脳には、二重の意思決定回路があります。
ひとつは、「速いシステム=直感的に解を導きだす」もので、普通は目の前の情報に対して、迅速に対応するため「速いシステム」がメインに働きます。
しかし、「速いシステム」は、迅速に対応するがゆえに粗っぽく、間違いを検出する作業は不得意です。“直感”というのは、単なる脳の習性にもとづく判断でしかないことから、基本的に粗っぽいものです。
その“感覚”には、そこに矛盾があっても、迅速なシステムによって一度は受け入れるという性質があることから、確信に満ちた人の態度を見ると、一度は納得して受け入れてしまうことになります。
一度納得して受け入れたのちに、もうひとつの論理的、理性的に判断し検証する「遅いシステム」が発動します。
「あれ? なにかおかしいな?」、「よく考えるとなんか変だぞ!」という感覚は、「遅いシステム」が、一度納得して受け入れたものを「遅れて」検証をして、警告を発したものなのです。
したがって、自分の話に巻き込むことに手慣れた者、そして、マインドコントロールを仕掛けるカルト集団の指導者や詐欺師に騙されないためには、論理的、理性的に判断し検証する「遅いシステム」を働かせることが重要になります。
そのため、直ぐにその気になったり、騙されたりしないためには、「遅いシステム」が発動するのを待って、判断を下すこと、つまり、心を落ちつけて、自分を内省する時間を持つことが必要です。
そこで、重要なことは、「遅いシステム」を発動させるには、子どものときから、忍耐力の必要な問題にとり組んだり、粘り強さが必要になる課題にチャレンジしたりすることを習慣づけていなければならないということです。
しかし、戦争や紛争地で暮らす子どもたち、飢餓や貧困のある地域で暮らす子どもたち、そして、暴力のある家庭で暮らす子どもたちは、論理的、理性的に判断し検証する「遅いシステム」を発動させることなく、体験に裏づけられた“直感”という「迅速なシステム」で、すべてを受け入れてしまう傾向が顕著なのです。
人は、暴力のある環境では、暴力を学び、すり込み、人とのかかわりとしての暴力を身につけるだけで、暴力のない環境で生きる“術(すべ)”を身につけることができなかったり、論理的、理性的に判断し検証する「遅いシステム」を発動させることなく、体験に裏づけられた“直感”という「迅速なシステム」で、すべてを受け入れてしまう傾向が高くなったりします。
その結果、人とのかかわりにおいて、トラブルを起こしたり、トラブルに巻き込まれたり、あらゆる人とのかかわりを避けてしまったりするなど、葛藤、悩み、苦しみ、哀しみ、不満、憎しみ、怒りなどの思い(感情)をコントロールできず、生き難さを抱えた人生を歩まなければならなくなります。
子どもたちが成長し、こうした生き難さを抱えた人生を歩まずにすむように、私たち大人、そして、コミュニティは、児童虐待や面前DVの早期発見と適切に介入し支援することが重要と考えています。


(4) 暴力、洗脳、マインドコントロール
 「新潟少女監禁事件(事例88、事例197)」、「北九州連続監禁事件(事例92)」、「北海道・東京連続少女監禁事件(事例198)」にみられる監禁・虐待事件にあるように、暴力で支配されてきた監禁事件の被害者は、ずっと鎖でつながれていなくても、逃げることができなくなっています。
警察や行政(医師を含む)が助けにいたときでさえ、部屋からでることを躊躇することがあるほどです。
人は、心が縛られてしまえば、鎖でつながれなくても、逃げられなくなるのです。
心を縛る方法として、圧倒的な暴力(恐怖)、洗脳やマインドコントロールがあります。
人は、激しい暴力を受けることで戦意を喪失します。「北九州連続監禁殺人事件」での少女のように、脱出しようとしたために死を覚悟するほどの激しい暴力を受ければ、二度目の挑戦は難しくなります。
なぜなら、人は無力感に陥る(学習した無力感)からです。
 洗脳を仕掛ける者は、LSD(感覚や感情、記憶、時間が拡張、変化する体験をひき起こす。オウム真理教で使用されていた)などの薬物を使ったり、暴力をふるったりするなどして、絶対服従を強要します。
洗脳されるまでの過程で、犯罪行為に等しいことが多くおこなわれます。
洗脳は、暴力的な方法と一時的な優しさの両方(相反する拒絶と受容)を使った人の支配方法です。それは、激しい暴力のあと優しく接するものの、命令に背けばまた恐ろしい恐怖が待っている「制限(条件)つきの優しさ」です。
この相反する受容と拒絶のふるまいの繰り返しによって、人は精神を支配されていきます。
この行為は、まさしくDV加害者のふるまいです。
 そして、マインドコントロールは、ことば巧みに人々の心と行動、思想、感情を支配する方法です。
つまり、単に人の心を自由自在に操ることができる状態にすることです。
カルトや詐欺商法などは心理学などの技を使い、自分に共感させるようにことば巧みに仕向けていきますが、その多くは、屁理屈で、独自的な持論でしかないものです。
DV加害者が、家をでて行った妻宛のメールや離婚調停の陳述書などで、得意げに持論を述べるのと同じです。
また、食事、排泄、睡眠などの行動のコントロールもおこないます。
恐怖による感情のコントロール、屁理屈による思考のコントロール、行動のコントロールによって、マインドコントロールが進んでいきます。
 マインドコントロール・洗脳を仕掛ける者は、「思考操作」、「感情操作」、「情報操作」、「行動操作」といった基本となる”型”を持っています。
この4つの型の理解は、夫婦間にDVがある環境を理解するうえでとても重要です。
 「思考操作」とは、マインドコントロール・洗脳を仕掛ける者たちの「リーダーは絶対的な存在である」と刷り込ませることや、その集団が持つ思想や理念をあたかも唯一の心理で正しい道だと思い込ませることです。
「感情操作」とは、例えば、なにかに対して極端に罪悪感を抱かせる、集団の中でのことに最高の喜びを見いださせることなどです。また、教団やリーダーがなにか失敗をしても、それは彼らの責任ではなく、遠まわしにでも自分のせいだと信じ込ませ、深く罪悪感を抱くようにもっていくことです。
「情報操作」では、余計な情報を遮断します。マインドコントロール・洗脳を仕掛ける者たちの主張が唯一無二であり、その他は間違ったものになるので、テレビの情報、親やきょうだい、友人と接することを禁じます。
なぜなら、テレビやネットからの情報や近しい人たちに惑わされないように、“俗世”と遮断する必要があるからです。
「行動操作」は、誰かと一緒に行動させたり、集団生活をさせたりすることで、行動そのものを手中に入れます。過酷な労働をさせたり、考える時間を奪ったりすることは、カルトの常套手段です。
尼崎連続変死事件や北九州連続監禁殺人事件のように、恐怖の中で、加害者として家族に暴力をふるい、暴力が正しいと思わせるようにことば巧みに誘導され、恐怖と罪悪感の中で犯罪者となってしまった被害者たちは、行き場を失い、いっそう支配関係が強まっていくことになります。
マインドコントロール下にあると、自分の心が他者にコントロールされていたことを受け入れること自体が非常に困難になっています。
そのため、気持ちの隙間に入り込み、価値観そのものを一度変えられてしまうと、元に戻すのは大変な作業になります。
さらに、暴力的な方法を伴う洗脳下では、強烈なトラウマが残る可能性が髙くなります。
その強烈なトラウマは、適応障害、不安障害(パニック障害、ASD(急性ストレス障害)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など)、C-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害。または、発達性トラウマ症候群)、うつ病、被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)としての反応として表れることになり、精神的な回復には長い時間を要することになります。
 マインドコントロールの罠にかかるのは、特別に弱い人や愚かな人が罠にかかるわけではありあせん。
オウムサリン事件をひき起こしたオウム真理教の入信者には、優秀で、正義感の強い人たちが多数いました。
メディアなどでは、「まじめで、誠実で、思いやりのある人が、ふと不安になったときにつけ込まれ、他者からの説得に乗りやすくなる。」と指摘されていますが、このまじめで、誠実で、思いやりのあるふるまいを、顔色をうかがい、機嫌を損ねず、意に添うようにおこなうふるまいと置き換え、つけ込むターゲットを選んで、つまり、スカウティング・リクルーティングとして捉えてみると、「ふと不安になったとき」ではなく、「意図的に不安を煽られるとき」つけ込まれ、他者からの説得に乗りやすくなるということになります。
つまり、きちんとマーケティングを行った(ターゲットを絞り込んだ=標的顧客を設定した)うえでのふるまいということになります。
しかし、マーケティングに添わない人には、リスクを伴う暴力による恐怖が必要になります。
なぜなら、のちに疑問や不安を感じて、逃げだす(加害者からみると裏切り)リスクがあるからです。
そのリスクを回避するために、さらに暴力による恐怖が必要になってくるのです。
一方で、従順であれば直接的な暴力を回避することができます。
 尼崎連続変死事件や北九州一家連続監禁殺人事件のような凄惨な事件はめったに起きません。
しかし、凄惨な事件はめったなくても、不法な人間が家庭に入り込み、財産や人生を奪うケースは、報道がされることがなくても多数の事件がおきています。
圧倒的な暴力を武器にする人もいれば、暴力や巧みなことばで洗脳やマインドコントロールを使う人もいます。
尼崎連続不審死事件で、谷本家の父親が、角田美代子のいいなりになり暴行を繰り返すようになった次女が実行犯になることをかばい、警察に通報できず、被害届をださなかったように、密室の家で、家族のひとりが加害者とかかわりがあったりすると深刻な事態に追い込まれやすくなるのです。
 洗脳やマインドコントロールを使うカルト(破壊的カルト)の中には、巨大な組織もありますが、数名の人だけを対象とする「少数カルト(個人カルト))と呼ばれるものもあります。
さらにカルトには、宗教カルトだけではなく、占い、経済、健康、心理(自己啓発セミナー)など様々な形態があります。
例えば、健康増進を口実に近づき、信頼をえて、怪しげな民間療法を繰り返しながら、家に居座ったり、財産を奪っていったりするようなケースもあります。オセロの中島知子さんや逸見マリさんのケースは、占い師や拝みや(ともに自称霊能力者)の一家が被害者の自宅に居座るケースです。
 カルトや新興宗教の勧誘、詐欺商法などマインドコントロール事件の背景には、経済の発展があるといわれています。
それは、マズローの欲求5段階説*-60に示されているように、発展途上時代の悩みの中心は“衣食住”でしたが、経済が発展し、衣食住が満たされると、人生の意味、社会的な意義など、生きることの悩みに変わってきます。
この“生きることの悩み”という本来なら解決できない問題に対し、まず、「解決できる。」と応えます。
悩んでいる人にとって、そのことばは、心の重荷がとれ、心が軽くなる瞬間です。
一瞬で心の壁をとり除き、信頼関係をつくってしまうのです。
そして、家族や友人とのかかわりを断絶されるために、嘘で塗り固めたことばを巧みに使い家族内でも互いの批判を繰り返させたりして、完全に孤立させてしまいます。
この状態で暴力を受け続けると、先に記しているように、人は「学習された無力感」と状態になり、その状況から逃れようと努力することができなってしまいます。
誰も頼る者がいなくなり、暴行を受けながらも命令者への依存を強めていくことになります。
*-60「マズローの欲求5段階説」は、社会心理学者アブラハム・マズローが提唱したものです。
まず、①食べることや排泄すること、寝ることなど、人として生命を維持する最低限のことを求める欲求があります(生理的欲求)。終戦直後、焼け野原になった日本で食べ物を奪ったり、力がものをいったりする世界だと思っていただければと思います。食べるものに不自由しなくなると、次は、②誰にも脅かされることなく、安心して食事や睡眠がとれる場所を求めるようになります。雨風をしのぐための住まいを求めたり、戦争や紛争がない環境で生活したいと願ったりするのです(安全の欲求)。戦後の復興、今回の大震災後、体育館や公民館での避難生活から、早く仮設住宅ができることや移転先が決まることを求めるようになってくる状態です。
①②につけ込んでくるのが、ホームレスに生活保護の受給手続きをし、住居費、食費などを引いてわたす「貧困ビジネス」と称した輩たちです。
次に、安心して食事や睡眠がとれる環境が整うと、今度は、③なにかをいっしょにしたり、話し合う仲間が欲しくなったりします。仮設住宅で、みなでなにか収入になるものを作ろうと話し合い、いっしょにつくるようになります。そして、それを支える外部の人たち(NPOやボランティア、取引業者や販売提携先)と連携したりして集団として組織力が強化されていきます。
そうすると、その集団に属そうという欲求(集団に属さなければならない気持ち)が強くなっていきます(社会的欲求)。
一方で、仲間をつくれなかったり、集団・組織になじめなかったりするなど、社会的欲求が満たされないと、孤独感や社会的不安感を抱くようになります。
重い病気を発症したり、ひどいケガをしたりして長期の闘病生活を強いられる人たちは、はやくもとの生活に戻りたい、職場に復帰したい、勉強やクラブ活動ができるようになりたい(安全の欲求と社会的欲求)と願うわけです。生活のための収入をえるために復興商品をつくっていたのが、④やがて購入した人やかかわっている人、さらには仲間たちから認められたい、尊敬されたいという欲求がでています。
ただ生きるために仲間と力を合わせて頑張るだけでなく、人として認められたい、尊重されたいと”内的な心”を充たしたい欲求が強くなっていきます(尊敬・承認の欲求)。
この③④の段階の悩みが、カルトや新興宗教の勧誘、詐欺商法などに狙われやすいターゲット層になります。
そして、仲間や集団の中で自己の存在を認められ、尊重されていると、次は、⑤自分自身の持っている能力や可能性を最大限にひきだし、創造的活動をしたい、目標を達成したい、自己成長したいという欲求を強く求めるようになります(自己実現の欲求)会的に成功を収めた人が、社会貢献活動をするといった行動です。
一般的に知られる「マズローの欲求5段階説」はここまでですが、原著では、5段階の上に、⑥目的の遂行・達成だけを純粋に求める「自己超越」をいう段階を設けています。
それは、見返りを求めず、エゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭する行動を示します。


 “スピリチュアル性”“ポジティブシンキング”を銘うった「自己啓発セミナー」や「生き方講座」、「占い」の中には、新興宗教やカルト集団としての活動の隠れ蓑に使われることが少なくありません。
しかし、日本では、キリスト教やイスラム、仏教など国の政(まつりごと)と深く結びついていないため、カルトなど“異端”を見破ることができにくいといった現状があります。
新興宗教やカルト集団の隠れ蓑とされる自己啓発セミナーや生き方講座、さらに、セミナーや講座参加者におこなわれる個別のカウンセリングの特徴は、ア)ありがたいことばが書かれたものやパワーをえられるといった「物品販売」に力を入れていること、イ)家族や友人、同僚たちにその効果(いかに優れているか)を「宣伝」し、「洗脳的なアプローチにもとづいた勧誘行為)」があること、ウ)突然、全財産(預貯金や不動産などの資産)を“お布施”として「上納」し、家族や親族、友人や同僚との間で「金銭トラブル」をひき起こすようになることがあげられます。
そして、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損なっている被虐待者に、イ)の「洗脳的(神秘性や運命論(必然性)を強調する)なアプローチにもとづいた勧誘行為(話)」に惹かれやすい傾向があるということです。
それは、アタッチメントを損なっているために、確固たる“わたし”がなく、地に足がついていないふわふわした危うさが、スピリチュアル性の神秘性や占いの運命論をひきよせてしますのです。
人とのかかわりに問題を抱えるなどの生き難さが、ポジティブシンキングといった考え方を惹きつけてしますのです。
神秘的で刺激的な楽しい話を隠れ蓑とした悪魔に心の扉は開き、招き入れ、生贄にされてしまうのです。
この「悪魔」ということばを、「新興宗教」や「カルト集団」、「占い師」、「詐欺師」、そして、「DV加害者」と置き換えてみると、最初の入り口では優しく親身になって話を聴いてくれた人が、態度を急変させ、暴力で支配したり、レイプしたり、性搾取の道具にしたり、財産を奪ったりするなど、行動パターンが“同じ範疇にある”ことがわかると思います。


-事例97(事件研究15:福島悪魔祓い事件)-
 平成7年、福島県須賀川市でおきた「福島悪魔祓い事件」は、自称・祈祷師の江藤幸子(47歳)が、信者たちを操って、互いに暴行させ、女子高生を含む6人もの死者をだした事件です。
 江藤が祈祷師になったきっかけは、夫のギャンブル癖でした。江藤は別の宗教に救いを求めていましたが、問題は解決せず、ノイローゼになりました。そして、自ら「神」と名乗りはじめることになったのです。
手をかざして「病気を治す」といい、近所の家に押しかけたりしていると、実際に「腰痛や喘息が治った」といいはじめる人たちが現れ、口コミで信者が徐々に増えていくことになりました。
惨劇は、その中の一人で、江藤が思いを寄せる若い男性信者Nに対し、女性信者Sが「好意を持っている。」との発言をきっかけにはじまりました。
江藤は「神の魂に近いNを好きになるのは、キツネが憑いたからだ。」といい、悪魔祓いと称して、Sを太鼓のバチで殴りはじめたのです。
江藤はその儀式を「御用」と呼び、ほかの信者にも強要しました。
信者は、その江藤のことばを信じ、いわれるがままにSを殴り続け、死亡させたのです。江藤の単なる嫉妬からはじまった「御用」の儀式、つまり、悪魔祓いは、Sが死亡したあとも続き、6人が命を落とすことになりました。


-事例98(事件研究16:青森全裸監禁事件)-
 平成24年に青森でおきた「青森全裸監禁事件」も、カルト教団によるものです。平成24年10月5日、青森市八ツ役のアパートで太田しのぶ(31歳)さんが同居していたトラック運転手の桑野貴志(38歳)に犬用の首輪で監禁され、死亡していた事件です。
 同日19時半ごろ、同居していた桑野が「同居の女性が死んでいる。」と110番通報し、警察が駆けつけたところ、台所で女性が死亡しているのを発見し、同日深夜、桑野が、アパートの台所で首輪とワイヤで女性を監禁したことを認めたことから、逮捕監禁容疑で逮捕しました。
桑野は「5日11時ごろに仕事で家をでたときには女性は生きていた。」、「女性と約1年前から2人暮らしをしていた。」、「仕事から帰ってきたら死んでいたので通報した。」と供述しています。
室内にあったワイヤは長さ約4メートルで、桑野はワイヤを二つに折り曲げて両端をそれぞれ首輪と台所の金属棒につなぎ、女性を逃げられなくしていたということです。
青森県警は、同月6日夜、女性の死因は「複数の部位をけがしたこと(多発性外傷)による多臓器不全」と発表しました。
桑野は、逮捕後、「女性は自分で自分を傷つけることがあったので、そうさせないように首輪をつけた。」と供述しています。
 同月26日、青森県警は同居のトラック運転手桑野に加え、青森県平内町小湊和田の男性O(37歳、会社事務員)、青森市岡町藤戸の男性E(38歳、無職)、青森市高田朝日山の斎藤真紀(40歳)を、平成24年9月中旬-10月5日までの間、桑野宅や斎藤宅などで、ほぼ毎日、「居眠りをした」などの因縁をつけて金属製特殊警棒(全長約60センチ)などで女性の全身を何度も殴ったり、足で蹴ったりしたほか、ライターオイルを背中や腕にかけて火をつけるなどの暴行を加えるなどし、全身に打撲傷を負わせ、多臓器不全で死亡させたとして、傷害致死容疑で再逮捕しました。
再逮捕に踏み切ったのは、4人の通話記録などから、女性が死亡した直後に「監禁は自傷行為を防ぐため」と口裏合わせをしていたことが判明したほか、暴行を認める供述がとれたからでした。
 一方の女性は過去数年間、家族と会わず、所在先も明らかにしていなかったことから、同年8月10日には家族が同署を訪れ、「会って話したい」と所在確認を求めています。
同署員が電話をすると、女性は「関係ない。」と断ったことから、携帯電話で連絡がとれており、安否確認がされているとして、「連絡がとれなくなったら、行方不明者の届けをだすように。」と助言するに留まったということです。
さらに、同年10月1日には、女性と親族の間で金銭を巡るトラブルがあったため、再び親族が所在確認を求めています。
家族や親族は、女性が桑野と同居していることは知らなかったということです。女性は、桑名と同居する前に斎藤宅に一時住んでいた時期もあったということです。
公判で明らかになったことは、「斎藤が『神と話せる』などと語り、それを信じる男女と明手會という教団をつくっていた」ということ、そして、被害者の女性と桑名、E、Oが加わり、「その斎藤の指示で、グループ内で弱い立場だった女性を暴行した」ということです。
斎藤もこの手のリーダー(教祖)の常套手段としている病気治療や悩み相談などで自分の力を信者に信じさせ、とり込んでいました。
斎藤が見せていた神の力は、驚くことにパチンコで勝ったり、テレビゲームで高得点をあげたりするといったものだったのです。
それでも桑名ら男たちは、「斎藤には神の力がある」と信じていたのです。
 同年11月5日、青森地方裁判所で裁判員裁判の判決があり、裁判長は、E(39歳)とO(38歳)にそれぞれ懲役12年(いずれも求刑・懲役15年)、女性と同居していた桑名(39歳)に懲役9年(求刑・懲役13年)をいい渡し、「被害者に落ち度はなく、暴行はきわめて陰惨で残忍。長期間、無抵抗の被害者に苦痛を与え続けた悪質さは類を見ない。」と指摘しています。
そして、同年12月9日、青森地方裁判所で、傷害致死罪に問われた斎藤(41歳)の裁判員裁判の判決公判がおこなわれ、裁判長は「あまりにも理不尽、身勝手で類を見ない。暴行を主導しており、責任は格段に重い。」として、懲役15年(求刑・同20年)の実刑を下しました。加えて、斎藤に対し、「『被害者や被害者の親も悪い』と述べ、遺族感情を逆なでするなど罪に真に向き合っていない。」と指摘しています。


-事例99(事件研究17:聖神中央協会信者少女性的暴行事件)-
 「聖神中央教会信者少女性的暴行事件」とは、京都府八幡市に本部を置く宗教法人「聖神中央教会(キリスト教系新興宗教団体)」代表(主管牧師)の永田保(在日韓国人)が起こした性犯罪で、平成17年に発覚した事件です。
永田は、主管牧師たる地位を乱用し、信者の少女7人に対して計22件の性的暴行を常習的に繰り返したとされ、平成17年4月6日、強姦、同未遂、準強姦の罪で逮捕されました。
 性犯罪の舞台となった聖神中央教会は、大韓イエス教長老会合同派に属し、京都府を拠点とする新興宗教系キリスト教会で、韓国籍の永田保によって創設されました。昭和57年(1982年)から布教活動をはじめ、昭和62年(1987年)に宗教法人として認証されました。
永田は、昭和63年(1988年)に信者の娘を性的虐待したことが問題となり、一時韓国に逃亡していた前歴がありました。
 永田の性的虐待は、平成3年(1991年)ころからはじまりました。
当初は、成人女性が対象でしたが、次第に低年齢化し、小学生までもが対象になっていきました。
永田は、宗教的カリスマにより、被害者を心服させたあと、「これは祝福だ」、「拒否すると地獄に落ちる」と称して性的虐待を繰り返していきました。少女たちを教会の牧師室や自宅に呼びだし、「牧師に聞き従う信仰があるかどうかを試す。」などといい、性的行為を強要したのです。
しかも、「このことを誰にもいうな。いったら地獄に堕ちる」と少女たちを脅迫し、口止めをしていました。それだけでなく、拒否したときには、「この娘には悪魔が憑いている」と触れ回わることで、精神的に拒否できない状況に追い込んでいったのです。
しかし、平成16年11月、永田に強姦された少女たちが電子メールで慰め合っている内容を親が知り、被害が発覚したのです。
電子メールの内容は、「イエス様の教えを友達に伝えたい。でも、もし友達が私と同じ目にあったら、と思うと教会に連れて来ることはできない」、「主管牧師には従順であれ、と言われるけど、こんな行為にまで従順でなければならないのですか」というものでした。
 以降、教会内で永田に対して疑問を持つ牧師が、カルトカウンセラーのニューライフキリスト教会牧師のカウンセリングを受けていく中で、徐々に永田の犯罪の実態が明らかにされ、一部の牧師や信徒内にも広まっていきました。
性的虐待の噂を聞いた一人の女児保護者は、女児本人に確認し、女児が被害を認めたのです。これに激怒した保護者は、一人で直接永田のいる牧師室に押しかけていき、事情の説明と謝罪を求めました。
しかし、永田は「事実無根であり、子どもたちが嘘をついている。」と語っただけでなく、女児たちを、教会を破壊する悪魔呼ばわりしたのです。
そして、当時の教会幹部であった長老の副牧師などは、永田のことばを信じ、保護者や被害女児の話を聞き入れようとはしなかったのです。
こういった教会の対応に対し、以前より不信を持っていた牧師や伝道師たちは、被害者家族とともに、現在の宗教トラブル相談センター(アッセンブリー京都教会)に相談し、残っている信徒の脱会援助や被害女児のカウンセリングなどをおこないながら京都府警に告訴したのです。
平成17年(2005年)4月6日、永田は逮捕され、のちに、女性幹部の2名(うち1名は獄中の永田と結婚)が逮捕されました。
 永田は、昭和18年に大阪府泉南市で生まれました。昭和57年(1982年)に韓国に留学して神学を学び、大韓イエス教長老会総会神学校を卒業後、昭和61年(1986年)以降、京都府で開拓伝道を開始し、昭和62年(1987年)に宗教法人格を取得しました。
その後、関西を中心に北陸、関東、東北、中国地方などに約20の教会および伝道所を開設し、その信者数が3,000人にまでなったといわれています。
その急激な成長の要因のひとつは、「奇跡」と「癒し」の強調でした。
永田の教理は、「神を信じないで死んだ人間は汚れた霊となり、人にとりついて病気や事故を引き起こす。だから、悪霊を追いだしさえすれば、どんな問題でも解決できる。」でした。
これは、異端視されている「べレア」という団体の教理で、韓国の「聖楽教会」の牧師金其東(キム・キドン)が初めに唱えたものです。
教団の信者数が急増したもうひとつの理由は、永田の強力なマインド・コントロールの手法でした。
自らを「神の代弁者」と称した永田は、信者に絶対服従を強要し、「私に逆らう者は神に裁かれる。」、「教会を離れたら地獄に堕ちる。」などと、聖書の教えを捻じ曲げ、恐怖心を植えつけていったのです。
この恐怖心のために、多くの信者は疑問を感じながらも、教団に踏み留まっていたのです。
しかし、少女たちに対して性的暴行がおこなわれていたという情報が漏れるにつれて、脱会者が続出することになり、本部教会での礼拝出席者数が500人から100人に減り、7人の牧師が離脱しました。
 平成18年2月21日、京都地方裁判所は、「『姦淫するなかれ』との教えとはまったく逆に、欲望の赴くままに被害者らを次々と強姦したもので、自己中心的で身勝手だ。」、「主管牧師の地位を乱用し常習的に犯行を重ねており、性犯罪事案の中でも極めて悪質」と断罪し、永田に懲役20年の判決を下しました。永田が控訴しなかったことから、同年3月8日に刑が確定しました。
 新興宗教の「聖書神中央教会」で被害を被ったのは、少女たちだけではありませんでした。献金を強要された信者も多く、月末になると、永田は「今月もまったく献金が足りない。」と講壇から語ったあと、個人的に「あなたも、もっと捧げられるでしょう。」と信者に献金を求めていました。信者が「お金がない。」と応えると、「お金がないということは、信仰がないということだ。」と非難しました。
罪責感を覚えた信者は、消費者金融から借りてまで献金したものの、支払いが滞ってしまっている信者が多数いるということです。
そして、極端な教えにのめり込むことで、家庭崩壊を招くケースも報告されています。


-事例100(事件研究18:摂理女性信者性的暴行事件)-
 「摂理女性信者性的暴行事件」とは、韓国の新興宗教「摂理」の教祖・鄭明析(1945年生まれ)が、「健康チェック」などと称し、韓国や日本の女性信者複数に対し、性的暴行を繰り返していたか事件です。
 教団名は、「愛天教会」、「明星教会」、「韓国大学生宣教会」、「世界青年大学生MS連盟」、「国際クリスチャン連合」、「JMS(Jesus Morning Star)」、「キリスト教福音宣教会」などと変え、日本では「摂理」と呼ばれるキリスト教系の新興宗教団体です。
 鄭の性的暴行の対象となった女性信者は、信者となって1-2年とある程度の信仰歴を持つ女性であり、しかも、熱心に教えを学んでいる女性が選ばれていました。
そして、被害信者たちの指導にあたっているリーダー格的な信者(同じく女性信者)が、鄭の女性信者に対する性的暴行を手助けしていたことが判明しています。
このことは、教祖・鄭の「神格化」という“洗脳”が、ある程度進んでいる状態を示すと考えられています。
教祖の性的暴行の対象となった女性信者は、これらリーダー格の女性信者から呼びだされ、「教祖から特別な祝福が与えられる。」などの説明を受け、「鄭の待つ部屋に入室するように」と促されるのです。
多くの女性信者は洗脳が進んでいることから、その部屋で、鄭のいいなりになってしまったのです。
鄭と対面すると、多くの場合、最初は「(乳がん・子宮がんなどの)健康チェック」と称する“体を触られる”性的虐待を受け、2回目に呼びだしがかかると、行為は「セックス」になるということです(最初から「セックス」をさせられた女性信者もいます)。
ジェスチャーで「裸になり、横になるように」と指示され、キス、胸や女性器を触られ、性行為を強いられることになります。
性行為中、鄭は日本語で「ダイジョウブ、ダイジョウブ」といっているということです。
性行為後、シャワーヘッドを外したホースで女性器を強く洗浄させられ、「他の信者に絶対に話してはいけない。」と指導され、服を着て退室させられ、次の女性信者と交代するということです。
中には、鄭から金品のプレゼントを受けた女性信者もいたようです。
 女性信者の中には、こうした教祖の性的虐待、性的暴行行為に疑問を感じ、リーダー格となっている女性信者に相談することになります。
しかし、その女性信者は、「これはイエス様がおこなっている祝福である。」と説明し、しかも、「決してこのことを口外してはいけないし、これでつまづいてはいけない。むしろ神様からの愛に感謝すべき。」と口封じしていたのです。
同じ女性信者であるリーダーにありがたいことと諭されることで、一部の女性信者にとって、「性的暴行」が「聖なる儀式」として再認識されてしまうことになったのです。
一方で、他の信者に話したことがわかると、幹部が他の信者に「あの子は嘘つきだから接触するな!」と指導し、仲間から排除させ、孤立させるなど罰を与えています。
こうした理不尽な性行為の横行に耐え切れず、脱会する女性信者もあと絶たず、のちに事件が公になっていくことになります。
 鄭明析は、1975年(昭和50)に統一協会に入信し、1977年(昭和52)に脱退した元統一教会信者で、脱退とともに宣教活動をはじめています。
教団内での鄭明析は、キリストの再来でありメシアである一方で、教義内容には、取り立てて異端的なものはないとされています。
日本の宣教活動の特徴は、大学生を中心に、若い世代中心に信者獲得を進めていったことですが、これは統一教会が「原理研」という“サークル活動*-61”を舞台にして信者獲得を進めたことにヒントを得たものと考えられています。
「聖書の勉強」といって、摂理の講義を勧められ、「キリストを信じない者は地獄に落ちる。」、「鄭明析が聖書に預言された再臨のキリストである。」と教えられ、「先生を愛し続けていけるように祈るように。」と指導されていくのです。
集団的、組織的に管理され、生活や人間関係を摂理中心に置き換えられていきます。
そして、統一教会同様に、教団内で男女の交際は禁止しているものの、「祝福式」と呼ばれる信者同士の合同結婚式を毎年おこなっているなど、教義においても統一教会との類似点がいくつかしてきされています。
日本では、1985年(昭和60年)に筑波大学大学院に入学した韓国人の会員によって、筑波大学から宣教は開始され、スポーツや芸能サークルを通じて勧誘する手法で、関東周辺の大学生男女を中心に信者を増やし、関西から全国へと活動を広げ、現在、全国50以上の大学で活動をおこなっているとされ、2,000人以上の信者がいるとみられています。
脱退信者は、「信者たちは毎朝、教会で鄭教祖の映像を見てから勧誘活動をおこない、深夜まで作業するため睡眠時間は4-5時間しかなかった。」、「鄭教祖は神と教えられ、脱退すると地獄に落ちると脅された。」、「社会人信者は収入の1割を寄付する決まりで、中には1,000万円を寄付した信者や、店頭公開企業を経営する信者もいた。著名な女性漫画家や元Jリーガーもおり、勧誘に利用されるスポーツ・芸能イベントで“広告塔”の役割を果たしている。」と証言しています。
平成18年7月29日、日本で性的暴行被害を名乗りでた元信者女性は10名を超えることが明らかになっていますが、内容が性的暴行であるため、名乗りでられずにいる女性も相当数いると考えられています。
 鄭は、韓国で、何度か逮捕されていますが、その都度、保釈金を払い、海外逃亡を繰り返していました。
しかし、平成20年8月12日、ソウル中央地方裁判所で、懲役6年の実刑判決が下り、平成21年4月23日、韓国最高裁判所は、鄭の上告を棄却し、懲役10年の実刑が確定しました。
教祖の鄭が収監後の現在も、日本を含む世界各地で「摂理」は活動をおこなっています。
*-61「サークル活動」を“隠れ蓑”とした勧誘活動はカルト集団の常套手段です。宗教法人格を失い破産したオウム真理教は、平成12年、名称を「アレフ(Aleph)」と変えいまも存続していますが、年に200人ほど新規信者を増やしています。
大学の偽装サークル活動を利用した勧誘活動は、学生を装った出家信者が大学構内に入り込み、「勉強以外にも楽しいことがある」と声をかけながらサークルの勧誘ビラを配り、SNS(インターネット上の場である「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」)を利用した勧誘活動は、宗教やヨガ、占い、精神世界などに興味を持つ人たちにメッセージを送り、返信してきた人たちを、教団名を伏せたヨガ教室に誘いだしています。
つまり、「まずヨガ教室(サークル)でターゲットとの間に人間関係をつくり、次に、9・11テロの陰謀論などを徐々に説き、最後には「実はしかし、公安調査庁の団体規制法にもとづく観察処分の対象として監視されている状況下では、こうした大学の偽装サークル活動やSNSを使った勧誘活動は効率的でないことから、勧誘活動として最も力を入れているのが、オウム真理教下で盛んにおこなわれていた「宗教や超能力に興味がありそうな人を一本釣りする」、つまり、”街頭キャッチ”です。
それは、大きな書店に出向き、スカウト要員の女性信者が、スピチュアル的な神秘性やヨガ、宗教、心理学など関連書籍を立ち読みしている若者に「ヨガに興味があるんですね?」とそっと声をかけるものです。
さらに、平成23年3月11日の東日本大震災以降、被災地でのボランティア活動や原発反対活動を隠れ蓑にした勧誘活動がおこなわれています。
地下鉄サリン事件も麻原や教団を貶める陰謀だった。」といい、仲間にひきずり込んでいきます。


 カルトによる支配の前では、人は無力です。
自尊心を失い、また違法な行為や奇妙な行為をしていくことになります。
巨大組織は巧妙な技法を使います。
個人カルトの支配者も、天才的な手法で人を支配します。
最初は、奇妙なこと、恐ろしいことでも、人は慣れていきます。怯えながらも、その行動は日常のものになっていきます。
尼崎連続変死事件や北九州一家連続監禁殺人事件における地獄のような風景、殺人でさえ、繰り返されるようになってしまうのです。
そうした状況に陥ってしまうと、もとの世界には戻れず、さらに深い支配へと沈み込んでいきます。
 一般の人々の優しさや思いやり、そして、機嫌を損ねないように意に添うようにふるまう考え方の癖(認知の歪み)、カルトによる洗脳やマインドコントロールを解くのを邪魔してしまうことがあります。
そればかりか、青森全裸監禁事件のように、被害者の女性が全裸で死亡し、遺体の側に首輪が置かれていたことから、当初は、SM嗜好者による事故死のようにとり扱われるなど、事件を捉える者の目を曇らせてしまい、監禁下における暴行事件が見えなくしてしまう事態を招きかねないのです。
似通った心理が、DV事件においてもよくおこります。
それは、北九州連続監禁殺人事件の緒方が「20年にわたるDVによる松永の支配下にあった。」として減刑になったわけですが、夫からのDV被害者である一方で、「Ⅲ-エピローグ」の中でとりあげている「厚木男児監禁遺棄致死事件(事例210)」や「江戸川岡本海渡くん事件(事例211)」のように、夫からの暴力による恐怖から身を守る(回避する)ために、そして、母親が暴力のストレスを弱いものに向けてしまう、つまり、子どもに虐待をおこなっているケースがあります。
その場合、夫の子どもへの虐待行為を警察や児童相談所に通報したり、相談したりしたいと思っていても、「お前もやっている」といわれ続け、自分でも「私もやっている」と認識していることから、その思いが心のブレーキとなり、第三者への相談を躊躇させ、とり返しのつかない事態を招いてしまうことになります。


(5) 霊感商法、対人心理
 信教の自由があり、誰もが、どのような宗教でも信じる自由があります。
少数の人が、熱烈な信仰を持っている宗教をカルト宗教といい、伝統宗教から見れば異端とされても、社会的にみて問題のないときには、道義的にも問題はありません。
しかし、そのような宗教の中で、信者を騙し、マインドコントロールにかけ、他額の献金をさせ、ときには犯罪的なことを行わせたり、あるいは結果的に進学や就職、結婚の機会を失わせたりするような宗教を破壊的カルト宗教といいます。
統一教会やエホバの証人などは、被害者団体が設立され、霊感商法に関連して統一協会の責任を認める判決もでています。

(霊感商法)
 霊感商法とは、「霊能者」「占い師」といった霊感の強い人間を装い、人に接触し、法外な値段のものを売りつける詐欺行為のことです。
例えば、自称・霊能者Aがいるとして、Aは親切を装い、ターゲットに近づきます。
そこで、「あなたは悪霊が宿っている。」、「あなたの祖先が苦しんでいる。」などとマイナスで悲観的にとれる話をしてターゲットに恐怖心を抱かせ、「この壺を持っていれば大丈夫。」、「これを持っていれば運気がアップする。」というきっかけをつくり、物を売り込みます。
法の華三法行ではこれを足裏診断でおこない、また、神世界では「ヒーリングサロン」と呼ばれる場所を設け、そこで、宗教行為とは関係ないとしながらも、理由をつけて高額な商品を売りつけていました。
これらの詐欺行為は、対人認知の心理を利用し、人の心を巧みに操り、物を売り込むコツが完全にマニュアル化されています。
統一教会では、教会系列の美術品を扱う会社で売れ行き不振に陥っていた壺を、霊感商法で売りつけることに成功し、法の華三法行では教祖の手形色紙、神世界では「神水」と呼ばれる水や「お清め塩」と呼ばれる塩を多くの信者に売りつけて、荒稼ぎをしていました。
その他、それぞれの宗教が独自に商品を作り、巧妙な話術で売りさばいています。


-事例101(事件研究19:明覚寺グループによる霊視商法事件)-
 霊視商法*としては、オウム真理教に次いで犯罪を理由に宗教法人の解散命令がだされた「明覚寺(本覚寺)グループによる霊視商法事件」があります。
 昭和59年、のちに明覚寺の管長となる男性が千葉県野田市に水子菩薩を扱う訪問販売会社を設立しました。地元の曹洞宗の寺と協力して販売していた男性が、3年後の昭和62年に醍醐寺の末寺として茨城県大子町に宗教法人「本覚寺」を設立し、関東一帯にそのグループを展開していったのです。
翌63年、真言宗醍醐派を離脱し、独立の寺として霊視鑑定をおこなっていきます。
新聞のチラシや信者が「護符」と称して配るチラシなどで格安または無料相談などで人を集め、霊視鑑定をしたあと、「水子の霊が憑いている。」、「このままでは不幸になる。」と恐怖を煽るのは「霊感商法」と同じやり口です。配布されたチラシには、「相談料(お布施)3000円」などと書かれています。
最初は、「入信教師」と呼ばれる僧侶が、「鬼業即知法」と呼ばれる姓名判断による相談者の因縁の鑑定をおこない、供養料を要求し、3日間の「浄霊修法会」に参加するように説得していきます。
次に、「導師」と呼ばれる人物が、相談者に書かせた家系図をもとに因縁の話を聞かせ、紙に書いたインクの文字の滲み具合で供養が必要な霊を特定するという「流水灌頂」をおこない、100万円単位の供養料を要求します。
その後も寺に通わせ、住職が個人面接をおこない、更なる霊の供養のための供養料を要求していくのです。
供養料の多額さに躊躇する相談者に対しては、執拗に長時間説得を試み、「借金をしてでも払うように。」と要求していきます。
供養料以外にも、霊視商法のチラシを「護符」だとして買わされ、「護符修行」だとして戸別配布し、勧誘活動に動員させたりしました。
しかし、消費者センターに苦情が寄せられて詐欺商法だとして損害賠償請求が次々と起こったため、一時的に活動を中止しました。
 その後、休眠状態にあった和歌山県の高野山(高野町)にある「明覚寺」を買収し、関西地区で同様の活動を再開することになりますが、こちらでも損害賠償請求が多数おこることになります。
そして、愛知県警は明覚寺系列の満願寺(名古屋市)の僧侶らを摘発します。
平成11年12月16日、文化庁は「組織ぐるみの違法性が認められる。」として、和歌山地方裁判所に宗教法人明覚寺に対する解散命令を請求し、和歌山地方裁判所は翌12年1月24日に解散命令をだしました。明覚寺は最高裁まで争いましたが、棄却され、解散しました。
 明覚寺の管長は経験のある僧侶にトークのマニュアルをつくらせ、模擬相談の研修をおこなうとともに、各末寺や各僧侶に対しては、入信者数や供養料などの所謂「ノルマ」を課していました。
その成績の順位を発表し、それにもとづく位階に応じた給与が支払われていました。
 成績に応じた位階に応じた給与を払っていたという意味では、平成27年5月に逮捕された特殊詐欺グループがあります。
資産家を装い、「あなたに財産を譲る。」などと嘘のメールを送りつけ、電子マネーのID番号を送信させる手口の詐欺を繰り返していた事件で、19人が逮捕され、被害額は少なくとも4億円にのぼるとみられています。
このグループは会社のように幹部やマネージャー、それに社員などと細かく決めていて、1か月分の給料として35万円から85万円を支給したり、タイムカードで出勤や退勤の時間を管理し、残業代も支払われたりしていました。


(マッチポンプ)
 私たちは、自分ではいつも正しい判断をしていると思っていますが、心理学的には、私たちの判断はいつも不正確であることがわかっています。
例えば、夕日が大きく見えるような「錯視」現象もそのひとつですが、私たちの「人を見る目」もかなりあやふやです。
どんなに内面を正確にみようと思っても、人は肩書や服装、ことばによって、人への評価が簡単に変わってしまいます。
「よい手相」、「いまが転機」といった心地よいことばをかけてくる人のことを、よい人だと感じてしまいます。
また、それらしい服装をした「霊能師」と名乗る人に出会ったりすれば、最初はバカにしていた人であっても、そのことばに影響を受けてしまいます。
詐欺師は、いままでにあった中でもっとも好印象を与える人として近づき、懐にフッと入り込んできます。
振り込め詐欺防止のキャンペーンで、「怪しいと思ったら送金しない」と呼びかけてもあまり役に立たないのです。
なぜなら、ことば巧みな詐欺師は、怪しいとは感じさせないからです。
 よいことをいって信用させたあと、今度はショッキングなことをいいます。
「呪われている」、「ガンになる」、「息子がぐれる」、「娘が病気になる」、「死んだおばあちゃんが霊界で苦しんでいる」、「水子があの世で泣いている」などと不安を煽ります。
霊能師や占い師に指摘されると、普段はそんなことを気にしない人であっても不安になります。
人は不安になると、説得されやすくなります。
説得するには、自ら「~したいと思います。」と能動的な“納得する”と違い、「はい、わかりました。」と応じるように持っていくプロセスが必要です。
つまり、説得されることは、受動的な行為であることから、恐怖を与えたり、威圧的に応じたり、不安を煽ったりすることで、その関係性に、多少なりとも上下の関係性、支配と従属の関係性が成り立っているうえでの行為ということになります。
 大きな不安を与えておき、「一つの単純な解決方法をしまします。」と切りだし、「印鑑を買いなさい。」、「壺を買いなさい。」と本題をなげかけます。
たとえその商品が高額であっても*-62 、それを買いさえすれば、問題はすべて解決です。
ここまで持っていかれると、多くの人が騙されていきます。
「もし買わなければ、~なるかも知れない」と自分で不安感を高めているところで、「シンプルな解決策を示す」のです。
これは、「マッチポンプ」と呼ばれる詐欺手法です。
*-62 高額な商品が「霊感商法」「霊視商法」にもとづくとき、スピリチュアルなものに惹かれる人たちをターゲットにした商売を抜きに考えることはできません。
「スピリチュアル」とは、「スピリチュアリティ(霊性)」と「スピリチュアリズム(心霊主義)」を柱とする物事を広く指し、「精神世界」を概ね受け継いだことばで、現代社会では、大変な人気になっています。
人は、犯罪に巻き込まれること、病気になること、死ぬことなど、いろいろなことを怖れています。スピリチュアリストと呼ばれる人たちは、「死後の世界がある。」、「人は生まれ変わる。」と説きます。
「生まれ変わる」ということばは、人の不安を払拭してくれる大きな魅力を持っています。
このことばは、仏教語の「輪廻転生(人が生まれ変わり、死に変わりし続けること)」ということばと結びつくこともあって、日本人の心にはスッと入り込みやすいものでした。
この精神は、信仰の自由が約束されているので問題はありません。
しかし、霊視し「(亡くなっている)お母さんが、~の病気に気をつけなさいとおっしゃっていますよ。」と“お告げ”として表現し、「その危険を避ける(防ぐ)には、この商品を身につけておくといいですよ。」と高額な商品の購入に結びつけていくとなると、「霊感商法」「霊視商法」、そして、「開運商法」となんら変わらない同じやり口、つまり、人の心の弱さにつけ込んだ詐欺商法ということになります。
「開運商法」とは、雑誌広告で「運気が上がる」「全開運! しあわせ」などとうたうブレスレットなどを申し込むと、「ブレスレットだけでは効果が弱い」、「お母さんの健康状態が心配」と次々に電話がかかってきて、「途中でやめたら返金はできない」と、高額な祈禱(きとう)料や瞑想(めいそう)料を払うよう求められるものです。



(6) 結婚詐欺師の言動・行動特性
 DV加害者の言動・行動特性を認識するうえで重要なことは、カルトや詐欺商法を目論む者たちと似通った思考・行動パターンを持ち合わせているだけでなく、「結婚詐欺師」と似通った思考・行動パターンを持ち合わせた人物特性を持ち合わせているということを知ることです。
なぜなら、妻や子どものためを思ってのことではなく、ただ自己利益のために嘘や偽り話を巧みに操っていることを理解する必要があるからです。
人を騙し、人そのものを手に入れ、力で支配しようとするか、人を騙し、所有している財産(金)を奪い、奪ったあとは姿をくらまし、次のターゲットを探していくかに違いがあるように思うかも知れませんが、支配の対象が逃げたときには次の支配の対象を探すだけなので、行動パターンとしては変わるものではなく、主として人そのものに固執するか、財産(金)そのものに固執するかの違いということになります。
 事例80、事例104が、婚活サイトを通じた結婚であることから、以下、婚活サイトを利用した結婚詐欺の手口をまとめておきたいと思います。
 婚活サイトは、民間の結婚相談所と比べて、どうしても審査が緩くならざるを得ないわけですが、一方で、簡単に知り合うことができ、気が合えば写真を交換して、さらに、興味があれば実際に会ってみる(デートする)ことが可能です。
登録時の自己PRでは、つき合っていくうちにバレやすい住んでいる場所等は本当のことを書き込み、出身大学などどうせバレないことは嘘で埋め尽くしていくのが、詐欺師のイロハ(常套手段)です*-63。
*-63 結婚詐欺師がターゲットとのファーストコンタクトとして重視しているのは、オフ会や婚活サイトが主催する婚活パーティです。
 会ってみて驚くのが、どうしてこんな人が婚活してるの?と疑うような男性です。
女性に優しく、女性を女性らしく扱ってくれます。話題が豊富で話がうまく飽きることはありませんし、仕事の悩みを真剣に聴いてくれて、ホストのようなかけひきを感じることはありません。
預金金額のことをさり気なく聞かれても、「疑うなんてどうかしている。自然の話の中でお金のことになっただけ。だって、結婚を前提としているのだから当然よ。」と自分で納得できる理由をつくってしまいます。
それだけ、結婚を意識した女性の心は危うく、その危うさをことば巧みに突かれてしまうということです。
そして、「この人のことを信じなければならない」と“暗示をかけた(いいきかせた)”ところ、つまり、つき合って3ヶ月が過ぎたところで、突然、仕事にお金のトラブルを発生させます。
「その金を返さないと、結婚もままならない。こんな状態で君を幸せにできないから(女性の結婚詐欺のときは、家族が病気で治療費がかかっている)。」と口にします。
このとき、100万円とか200万円とかお金の話がされますが、決して「貸して欲しい。」とは口にせず、「自分でなんとかできる。」、「こういう計画を考えているから、大丈夫。」と“自分でどうにかしようとしている態度”を見せます。
将来結婚するときのことを考え貯蓄をし、子どもを意識しはじめている30歳半ばにさしかかっている(婚活サイトに登録している)女性は、「このお金で結婚ができるなら」と自ら融資を申しでてしまうのです。
詐欺師は、相手の懐具合を見極めて金額を決めます。例えば、上場企業の総合職であったり、公務員(教員含む)であったり、正看護師としてのキャリアを積んできたりした35-38歳の独身女性であれば、マンションの購入費として1000-1500万円ほどの預金をしていることが少なくないので、結婚詐欺師は、150-300万円は直ぐにだせると検討をつけたり、一般企業の事務職では最初は50万-100万円をだせると検討をつけるわけです。
騙しとる金額は、基本「小分け」です。
1000万円はとれると目論見を立てると、150万円、200万円、300万円、50万円、50万円のように小分けにし、ちゃんと借りた金額を覚えていて「本当にありがとう。助かった。必ず返すからね。」と感謝のことばを忘れることはありません。
結婚を前提とした恋愛の渦中にいて、しかもこれまで経験したことがなかった「一緒にいると楽しい」との思いと私が彼の仕事を支え、彼の夢を一緒にかなえている」との充実感を覚えています。その充実感は、「愛はお金じゃ代えられない」、「彼のためならお金は惜しくない」との使命感につながり、躊躇せずにお金を工面してしまうのです。
 結婚詐欺師との交際の特徴は、「仕事が(トラブルの後始末で)忙しくて、あまり会えない。」といわれることです。
ここが、詮索と監視のためにできるだけ一緒にいようとするDV加害者との違うところです。
結婚詐欺師が不安を払拭させるのが、毎日メールを送ったり、毎日電話をしたりすることです。なかなか会えない不満よりも、「忙しいのに、私のためにメールや電話をする時間をとってくれている」と思わせてしまうのです。
そして、一度、体の関係ができたあとは、次第にセックスを求めなくなったりします。
その理由は、やはり仕事で疲れていること(仕事のストレス)で、女性が解決してあげたくなるツボを心得ているのです。
「あまり会えない」のは、頻繁に合うとボロがでてしまうからです。
DV加害者はボロがでてしまったときは、暴力による恐怖でそこを埋めていこうとします。
そして、同時並行して数人に“罠”に仕掛けていくので、ひとりに多くの時間を割くことができないのです。
一方の女性は、「ひと月に1-2回、会える時間が短いからこそいい時間にしよう。一緒にいられる時間を大切にしたい」という心理状況になっています。
だからこそ、「実は仕事のトラブルで悩んでいるんだ」と悩み苦しんでいる姿を見せられると、「いつも気を張って頑張っていて、私にだけ弱いところを見せてくれる」との思いで胸がいっぱいになり、「彼のツラさや苦しさは私だけがわかってあげられる。お金で解決できるなら、私が貸してあげる。彼の力になりたい」との甘いストーリーをつくりあげていくことになります。
しかし、こうした甘い時間は1年半ほどで終わりを告げます。
少しずつ態度がおかしくなり、携帯電話が通じなくなります。職場に電話をすると「・・は、退職しました。」とか、「・・という者はおりません。」と応じられます。記載されていた住所を訪れると既に引っ越しを終えたあとで、消え去っています。
しかし、数日経つと、留守電に「トラブルがあって、しばらく姿を消します。でも、君のことは必ず迎えに行くので、信じて待っていてください。お金も返します。愛しています。」とメッセージが残されます。
 結婚詐欺にあった被害者の多くは、この状況になっていても「彼は詐欺師じゃない。最初から騙そうと思っていたのなら、メッセージなんか残さないはずだわ。だって、あんなに優しくしれくれたじゃない。あんなに私だけを頼ってくれたじゃない」と自分自身で納得できる理由づけをして、「騙された」という自らの置かれている現実から目を背けるのです。


(7) 自己啓発セミナー。それは、カルト活動の隠れ蓑
-事例102(分析研究12)-
 私は、夫の暴力から逃れるために、2人の子どもを連れ一時保護を求め、母子棟と呼ばれるシェルターに保護してもらい、その後、アパートを借り、福祉事務所のサポートを受けながら生活の再建をはかっています。
私は、DV被害者支援機関のサポートを受ける中で、夫からの暴力に対する恐怖心を増幅させているのが、父親からの性的虐待と、夫(私の父親)と義母(私の祖母)から暴言を受け続けた母親からの過干渉(身体的虐待、精神的虐待)、つまり、生育期のトラウマが影響していることを知りました。
18ヶ月に及んだ調停で離婚が決まり、サポートを受けている援助者(アボドケーター)を介して、母との関係の再構築を考えるようになりました。
 母は、私が結婚する前に極度な精神的不安定状態になり、私が2人の子どもを連れて家をでる前には、父の所有するマンションで別居をはじめていました。そして、父と離婚話を進める一方で、前向きな生き方を勧めるグループのカウンセリングを受け、代表者のセミナーに参加するようになっていました。
このグルーブは、「私はなにも悪くない、あなた自身はありのままでいいと思うことで、人生を楽しくできます」との“キャッチフレーズ”のもとで、生き方セミナーをおこなっていました。
生き方セミナーで集客をおこない、カウンセラーになるためのブログラムを習得した者が個別のカウンセリングで、継続的な生き方セミナーの集客に結びつけていました。
そして、セミナーでは“ありがたいことば”が書かれたカードやカレンダーを販売し、プログラム修了者がブログでカウンセリング活動を知らせ(宣伝活動)、個別のカウンセリングをおこなっていくことを“奉仕活動”と呼んでいます。
母は個別のカウンセリングを受け、メディアでもとりあげられているグループの代表者のセミナーには欠かさず参加し、ありがたいことばが書かれたカードやカレンダーを買っていました。母の私へのメールには、必ずそのありがたいことばが書かれていました。
 援助者(アボドケーター)を通じて、母に再構築を投げかけてもらうと、母は「娘を苦しめてきた」、「娘のためならなんでもします」と約束し、母自身が暴力のある家庭で育ち、夫と義父母から暴力を受けてきたことと向き合う決意を伝えてくれました。
しかし母は、夫の性暴力が娘にも向けられ、母自身が水着の撮影などに協力してきた事実から目を背け、参加しているグループが掲げる「あなたはなにも悪くない」、「変わろうとすることはなく、ありのまま(そのまま)でいい」との“ことば”に逃げ込んでしまいました。
そして、私の母との関係の再構築の試みは終わりました。
それから半年後、母は、なにごともなかったかのように、「今日は映画を見て楽しかった。…は格好がいい、素敵な俳優です。」、「スーパー銭湯に行ってリフレッシュしてきた。今週は3回目です。」、「トラブルになっていた夫の所有する物件が解決してよかった。」と、自分の気持ちだけを綴ったメールを一方的に送り続けています。

 事例102の母親は、再構築をはかるプロセスは苦しい、耐えられないと自分が苦しみ、傷つくことのない楽しい世界に逃げ込んでいきました。
「自分の利のためには、他を害することはいとわない」との考えのカルトに救いを求めるのは、ツラい過去と苦しみと向き合うことから逃げたいとの回避行動ということになります。
一方の娘は、「娘のためならなんでもやります」と約束したにもかかわらず、なげだした母親の覚悟のなさに失望し、裏切られた寂しさに苦しむことになりました。
このケースのように、DV被害者や加害者が育った家庭が何世代かにわたって暴力が続いてきているとき(暴力の世代間連鎖)には、苦しさから逃れるため、または、自身が感じてきた不可解(不思議)な感覚の解を求めて、新興宗教やカルト、スピチュアルな世界(占いや風水などを含む)に深く惹かれ傾倒していることは少なくありません。
新興宗教やカルトの宗教観、スピチュアルな世界観を先導する者は、暴力のある家庭環境で育ち、統合失調症(精神分裂病)患者であるとの研究報告があります。
彼らが神の声として特別な力があるとしているものは、統合失調症の主症状の“幻視(幻聴や幻覚)”にほかならないということです。
そして、暴力で傷ついた者は、暴力で傷ついている者がなにに悩み、苦しんでいるのか(醸しだしている雰囲気)を察知し、共感することばをなげかけ、スッと懐に入り込むことができるのです。
 事例102の母親も、小学校5年生のときに亡くなった中学校の教師をしていた父親から身体的な虐待などを受けて育った被虐待者です。
きょうだい4人のうち、兄と弟は大学生のときに新興宗教に傾倒しています。
長女の母親は、弟の新興宗教からの脱退をめぐり、親戚を巻き込んでの大騒動になった体験をしているので、新興宗教に強い警戒心を持ち、その活動に批判的です。
先に記した生き方セミナーの活動は、新興宗教、カルト活動となにも変わらないものですが、生き方セミナーやカウンセリングといった呼び名の響きに惑わされ、その本質を見抜くことができませんでした。
警戒心を抱かせず、懐にスッと入り込む入口さえ潜り抜けさせることができれば、その魔力に惹かれ、抜けだすことは困難です。
地に足がついていないふわふわした危うさを抱える人たち、つまり、カラカラに乾いた渇望感、底なし沼のような寂しさを抱える暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントの獲得が損なわれている人たちは、あまりにも無防備です。
 では、“対人認知の心理”を利用した霊感商法の手口に対する理解を一歩進めて「感受性訓練」の要素について説明し、DV加害者の認知にもとづく共通する言動・行動パターン(感受性訓練の要素を組み込んだ手法に似通った論理構成)について説明していきたいと思います。
それは、カルトの勧誘、修行として用いられる「自己啓発セミナー(感受性訓練)」では、閉ざされた空間で課題(ゲーム)や自己告発(シェア)を繰り返して一体感や高揚感を煽り、心の中にとり込んでいくものです。
自己告発とは、「わたしのここが悪い。これからは、わたしはこうしていきます」と意図的に思い込まれたメッセージを声高々に宣言させ、心にとり込ませていくことです。
このプロセスは、マインドコントロールには欠かせないものです。
感受性訓練(ST:Sensitivty Training Method)は、「地獄の特訓」で知られる「自分の気持ちに素直になれる(心の壁(防衛機制)を取り除く)」という名目のもと、主体的態度の変容をめざして(自己改革が可能となるとして)、非日常という状況下(合宿形式)でおこなわれるものです。
密室の家庭内(同じ屋根のもとで寝食をともにする)で繰り返される支配のための暴力もまた、“非日常という状況下”でおこなわれるものに他ならないのです。
X-JAPANのTOSIが、HOH(ホームオブハート:全身レムリアアイランド)に陶酔し、マインドコントロールされ、広告塔として利用された挙句、億単位の借金を抱えることになったことは記憶に新しいと思います。
「自己啓発セミナー」といった名称でおこなわれるこの類のものは、閉ざされた空間で課題(ゲーム)や自己告発(シェア)を繰り返して一体感や高揚感を煽り、とり込んでいくのが特徴です。
 高齢者をターゲットに健康器具を売りつける「ハイハイ商法」は、「豊田商事グループの詐欺事件」の手法と感受性訓練の手法の要素を取り入れられたものです。
健康セミナーとして集客し、まず、a)商品がどれだけ優れ、使うことによって得られる効能(メリット)を「~先生が開発した」とか、「臨床データをみると、~といった改善がみられる」などと話し(理想描写と理論提供)*-64、b)これまでのおこないを否定・批判し、健康不安を煽り(現状把握)、c)「~すれば、改善され、元気に暮らせると思いませんか?」となげかけ*-65、サクラの職員が「はい。はい」と大声で先導し、高揚感を煽り(目標設定と支援表明)、冷静な判断力を奪い、「せっかくだから」「わざわざきたのだから」の思いにつけ込み*-66、高額な商品*-67を買わせていくわけですが、上記のような「自己啓発セミナー」とまったく同じ手法をとり入れたものです。
*-64 私たちには、著名な医者や作家、芸能人、スポーツ選手など「権威ある人に対する尊敬の気持ち」があります。
こういった人が商品開発であったり、公告であったりなんらかのかかわりがあると知らせられると、心の防御壁がとり除かれ、「あの団体はそんなに危険ではないかも」と思いやすくなります。
地位や名声のある人が広告塔になるだけで、その団体の印象がまったく違ってきます。
マインドコントロールを仕掛ける者たちは、有名人との関係を誇張して、イメージ戦略をはかろうと試みます。政治家や著名人と写真を撮り、いかにも親密であるかを見せるだけでなく、後ろ盾になってくれていると話を誇張させていくのも、人を騙そう(マインドコントロール仕掛けるうえでのイメージ戦略)の表れです。
*-65 私たちは、日常生活の中の些細なことも含めて、人とは違う、私だけ特別といった「優越感」を味わいたいと思っています。
例えば、買い物好きの女性が、好きなブランドの「限定品」を手にすることができたら、「やったね。得しちゃった。」という気持ちになり、優越感に浸ることができます。
新幹線や飛行機に乗ったとき、旅行や買い物にでかけたときに、偶然有名タレントと会ったり、仮に、話す機会があったりしたときには、そのラッキーな経験は自慢話になると思います。
自分が特別な経験をした、希少価値の高いものを手に入れたという気持ちは、何とも人を心地よくさせるものです。
この優越感をより強く求める人たちは、LINEやSNSに投稿し「いいね」をひとつでも多くもらおうとしたり、「うらやましい」とのコメントを期待したりするわけです。
この優越感を味わっているとき、心が揺さぶられることになります。
このc)のアクションは、こうした心の揺さぶりを利用して、マインドコントロールを仕掛けているわけです。
つまり、コントロールを仕掛ける者が、コントロールされようとする者に、優越感を覚えさせるようにあれこれ仕込んでいくのです。
 例えば、セミナーで、「今回参加した人たちだけに特別なお知らせがあります。次回のセミナーには、あの~さん(有名なタレントや医者など)が特別にきてくれることになりました。」と、その機会を逃さないようにしようと思ってもらう可能性を高めるだけでなく、「今回参加してよかった」といったお得感、優越感を味わえることになります。
そこに、「今回参加された皆さんは、次回の参加費用は無料です!」といわれると、ますますお得感が高まりことになります。
コントロールを仕掛ける者は、相手に自分たちを信じ込ませるきっかけづくりとして、誰もが味わいたい特別感、優越感を利用するわけです。
*-66 私たちは、自分たちの健康についてあまり考えないものですが、自分自身だけでなく、親や親族、近しい人たちが大病を経験したりすると、「健康って素晴らしい」と思うものです。
つまり、人は、物事をなにかと比べることによって、同じ物事の価値が上がったり下がったりする特性があります。
この特性のことを、「知覚のコントラスト」といいます。
私たちの周りには、その比べ方によって価値の違ってくるものが多く、その「もの」とは、物質的なものや健康上のものだけでなく、心理的なものも、対照的なものを見ることで変わってきます。
 人を騙そうとする人、マインドコントロールを仕掛ける者は、このものの捉え方、感じ方の変化を利用します。彼らは、マインドコントロールを仕掛ける人たちに、“人の負(醜さ、狡さ、汚さ、厭らしさなど)の部分”を極端に印象づけようと企てます。
既に、マインドコントロールを仕掛ける者とかかわりを持ってしまった人には、残虐シーンだらけのフィルムを見せたり、人間の汚い部分を誇張して訴えかけたりして、心理的に追い詰めていきます。
 徹底的に否定的なメッセージを繰り返し浴びせられ続け、追い詰められていった人は、理性を失い、正常な気持ちで物事を考えられなくなります。
場合によっては、正常な感覚を失うまで、人のマイナス部分を押しつけ続けます。
そして、どん底まで落ちたときに、マインドコントロールを仕掛ける者が、その人にとって理想的な教えを説きはじめるのです。
理性を失った人にとって、その声(なげかけ)は、暗闇に見える一筋の光であり、神のように感じてしまうのです。
トラウマになるような究極の心理状態に置き、そこにフッと救いの手を差し伸べるという手法は、マインドコントロールを仕掛ける者、そして、DV加害者の常用手段です。
*-67 人は矛盾を嫌い、筋を通したがる特性を持っています。この特性のことを、「コミットメントの一貫性」といいます。
「辻褄の合う自分でいたいという心理」、「矛盾のない状態でいたいという心理」です。
「せっかく~したのだから、~しないのは損だ」、「~したのだから、次はこうするべきだ」と、これから行うことになるであろう自己のおこないを正当化する(間違っていないと信じ込む)ための心理が無意識下でつくられています。
人は自分の経験を無駄にしたくないと思いやすく、また次に生かしたい思いが働きやすいので、マインドコントロールを仕掛ける者は、この心理を利用します。
新興宗教の勧誘では、一人のために多くの時間を割いて自分たちの活動内容をとくとくと説き、一生懸命に活動への参加に誘います(活動を商品に置き換えると、高額な商品を、クレジットを組ませてまでも売りつけるキャッチセールスも同様の手口です)。相手に「折角ここまで話を聞いたんだし、一度くらい参加してみてもいいんじゃないか」と考えるように仕向けていくのです。
 一つの新興宗教に全財産を捧げてしまったあとで、その新興宗教に対して問題意識が生じても、「自分はなんのためにすべてを失ったのか」と考える余りに、その宗教に踏みとどまるようなケースが考えられます。同じような心理が、暴力のある環境に身を置き続けたDV被害者にも見られます。
矛盾を嫌う人の性質を利用して、矛盾のない方向で自分たちに心を仕向けるようにする方法は、マインドコントロールを仕掛ける者たちの常套手段です。



-事例103(事件研究20:豊田商事グループ詐欺事件)-
 昭和60年6月、豊田商事グループの会長であった永野一男が、大阪市内のマンションで、マスコミのカメラが見守る前でマンションに侵入したアウトローに刺し殺される事件がおきました。その後、大阪地方裁判所で豊田グループ各社が相次いで破産宣告を受けた詐欺事件です。
豊田商事グループは、一番上に統括会社として「銀河計画」という会社があり、その下に、豊田商事を中心に、ベルギーダイヤモンドや鹿島商事といった幾つもの会社がグループになっており、ほぼすべての会社が詐欺まがい商法をしていました。
豊田商事では、客は金の地金を購入する契約を結びますが、現物は客にひきわたさずに会社が預かり、「純金ファミリー契約証券」という証券を代金と引き替えにわたす形式をとっていました。そのため、客は現物を購入するのか確認できず、実態は証券という名目の紙切れしか手許に残らないペーパー商法でした。
 勧誘においては、主に独居老人を狙ったの特徴です。
まず、テレフォンレディ無差別に電話セールスをかけ、1人住まいの老人かどうかなどの情報を手に入れます。
もうひと押しすればなんとかなるという1人住まいの老人を狙って家を訪問します。家に上がると線香をあげたり、身辺の世話をしたり、「ばあちゃん、近くにきたから寄ってみた。今日は、すき焼きの材料を買ってきたので一緒に食べましょうよ」といっしょに食事をとったり、「ばあちゃん、俺のことを息子だと思ってくれ」といったりするなど、徹底的に人情を手段として使いました。
1人住まいの老人の寂しさ(情)につけ込み、懐にフッと入り込んでいきました。
懐に入り込むことができれば、あとは、家に上がり込んで長時間粘り、強引な勧誘をするのです。
渋る相手には、長時間の居座り、脅し、涙を見せ訴えるなど、相反する受容と拒絶のふるまいを駆使していきます。
1人住まいの老人をターゲットにし、家に押しかけていますので密室でのできごと、つまり、監禁状態で精神的に追い込み、インチキな契約を結ばせていったのです。
これらの手口は、「5時間トーク」というセールスマン用の講習書(マニュアル)がつくられていました。
そのマニュアルでは、いかに商品が優れているか、あなたにとって有利なものなのかたたみかけ、一方で、世間話や相手に質問させながら、5時間以上も粘り、契約させるという勧誘のテクニックをまとめたものです。
このマニュアルは、豊田商事グループの残党の手で悪徳商法として利用され、セクトでも模倣され、最近では、特殊詐欺(オレオレ詐欺)に模倣されています。

 つまり、「自己啓発セミナー」では、a)テキストを使った座学などで基本知識を学んだり、確認のための講義のあと(理想描写と理論提供)、b)できない“わたし”を徹底的に否定し、非難・批判したり、課題をクリアしたときに褒美として優しいことばをなげかけ、褒めちぎったりします(現状把握と目標設定)。
さらに、ハグをし、受け止められた(認められた)感を心に沁み込ませていきます(支援表明)。
つまり、こうした相反する拒絶と受容というおこないこそ、典型的なマインドコントロールの手法でしかないということです。
しかも、「“わたし”のここが悪い。これから、“わたし”はこうしていきます」と、意図的に思い込まされたメッセージを声高々に宣言(自己告発)させることで、心にとり込ませていくのです。
その結果、親族を巻き込んだ精神的・経済的被害に合い、親族や近親者によって自己破産処理がおこなわれるなどの現実を突きつけられ、マインドコントロールされていたことに気づけるまで、積極的に家族や友人をセミナーに誘い続けることになります。
被害者が、無意識下で実は加害者になっているという新興宗教やマルチ商法と同じ要素を併せ持つ仕組みで運営されているものです。
こうした「感受性訓練」の要素を都合よくとり入れることで、一見、自己啓発・能力開発を考えたプログラムと思い込ませ、新興宗教、カルト教団などとなんら変わらない心に課題を抱えている人たちを巧妙に誘い込む仕組みをつくりあげているのです。
 新興宗教やカルト教団、悪徳商法などでは、上記のように、①理想描写→②理論提供→③現状把握→④目標設定→⑤支援表明という手順の「型」を持ち、これを巧みに駆使するのです。
①はターゲットとなる人物に接触し、その人の「夢・理想の世界」をいっしょに描き、われわれと行動すればそれが実現できると訴えます。ターゲットが「そんなことが可能なの?」、「なんか胡散臭い」と懐疑的な態度をみせると、すかさず、②の理想像をとくとくと唱えます。「このような理論や法則がある」、「~先生の臨床データでは、…」などと裏づけ・根拠をひとつひとつ示しながら話すことで、「こんなに裏づけのあることなんだ」、「第一人者らしい先生が、効果があるといっているんだ」、「あの有名な人(芸能人や文化人)も利用(入信)しているんだ」と安心させ、「それなら、私にもできるかもしれない」、「いまやらなきゃ、損じゃない。私にもきっとできる」と士気(モチベーション)をあげさせます。
最近では、ファミレスなどで説明をしていると、「ここで、なにしているの?」と友人や利用して成功した人が偶然を装い現われ、席を囲むように話し続けたりする方法もよく使われます。
そして、ここで一度冷や水を浴びせます。
つまり、③の現状を把握させるのです。
「あなたは、こういう問題を抱えている(これまでのこうしたふるまいが悪いとか、中には、前世の因果応報(酬い)であるとか脅しながら)」と現実を突きつけ、「理想はココ、今のあなたはココです」と理想と現実のギャップを示すのです。
ターゲットが「私には、やっぱり無理なんだ」と落ち込むのを見計らって、勧誘者や指導者たち(洗脳者)が繰りだしてくる術が、④の目標設定です。
「小さな階段をコツコツ地道に上っていけば、あなたも理想に到達できる」とあるべき方向性を示していく(ロードマップを敷いてあげる)のです。
ただし、その多くには具体性はなく、抽象的なものでしかありません。
そして、だめ押しとして⑤の「私が、あなたを全面的に支援するから、理想を手に入れられるようにいっしょに頑張ろう」と一体感を感じさせ、さらに、「私たちのトップ(組織のボス)が、あなたの理想を実現するためのすべての後ろ盾となるから安心して欲しい」と心になげかけ、私は、私たちはあなたが信じるに値すると思わせていくのです。
 「自己啓発セミナー」への参加の有無だけでなく、あなたの元夫や義弟の“これまで”の言動やふるまいが、上記の手順の「型」を照らし合わせてみるとどうなのかといった見方もまた必要だと思います。
あなたの元夫の言動やふるまいにこうした「型」にみられるようであるなら、あなたやお子さんたちは、巧みにマインドコントロールされている可能性がでてきます。
 元オウム真理教教祖の麻原彰晃死刑囚は、「大変面倒見がよかった」と多くの信者が証言しています。カルト教団や悪徳商法における“洗脳”騒動の多くは、利己的な目的を達成するために、ありもしない理想をあたかも存在するようにとくとく語り、ターゲットの心を思い通りに操ろう、従わせようといったおこない、ふるまいが問題となるのです。
こうした「巧妙に誘い込む仕組み」は、支配のための暴力としてのデートDVからはじまり、脱する(別れる、逃げだす)ことができないように周りを固められ結婚することになり、同じ屋根のもとで寝食をともにし、暴力による恐怖心を心に植えつけることによって、上下、支配と従属の関係から逃げだせないようにしていく仕組みそのものなのです。
 こうした仕組みに誘い込まれる、ターゲットにされるのは、支配のための暴力・DV(親からのいき過ぎた教育(教育的虐待)を含む)のある機能不全家庭に生まれ、育ち、アタッチメント(愛着形成)の獲得に問題を抱える人たち、つまり、家族の問題や対人関係に悩みや苦しみを抱える人たちです。
「決して満たされることのない心の空虚感・渇望感」と「再び見捨てられることへの不安感・恐怖心」を利用され、ことば巧みにつけ込まれてしまうのです。
日常的に、愛着対象であるはずの親(養育者)同士に暴力がある家庭環境の中で育つことから、確固たる“わたし”を持っていないところを、地に足がついていないふわふわした危うさをみごとに突かれるのです。
「人を信じられない=自分を信じられない」、つまり、「人を信じる」能力を獲得できていないために、占いや神秘的なものに惹かれやすく、新興宗教やカルト集団に傾倒し、心酔してしまいやすいところを巧みにつけ込んでくるのです。
 次に、近しい人やペットを亡くしたり、近しい人や自身が重い病気や事故にあい、長期間の闘病・入院生活を送っていたり(長い闘病・入院生活から復帰したばかりであったり)して心が弱っていたり、転勤(転校)や引っ越しなどで新たな職場(学校)や土地にまだ溶け込めなかったり、馴染めなかったりして心細さや寂しさを感じていたりする人たち、そして、子どものことを考えると年齢的にもそろそろなかと結婚を焦りはじめている人たちがターゲットにされ、狙われることになります。
 確かに、日産自動車を立て直したカルロス・ゴーンなどの経営者にみられるカリスマ性もまた、上記のような5つの手順の「型」を使い、人心掌握しているといえます。
しかし、カルト教団や悪徳商法との違いは、自己利益のためだけに人を利用するといった悪意がなく、倫理観や道徳観、そして、社会ルールにもとづいているということです。
そのおこないが、自己利益のためだけに人を利用するといった悪意がなく、倫理的で道徳的であり、社会ルールにもとづいているのなら、会社経営や部下育成において①~⑤の手順は大いに役立ちます。
部下に寄り添い、“これから”の「人生モデル(キャリア・デベロップメント・プログラム)」を描き、厳しさや苦難を克服したときの達成感などリアリティのある自らの体験談を語り、そうした事実にもとづいたモノサシ(価値観や判断基準)にもとづいて客観的に現状把握をし、「できなければならない」ことを、ひとつひとつ確実に「できるようにしていく」といった成功体験を積み重ねさせることで、「小さな階段」をあがり、自信をつけていく部下に並走します。
部下の自尊心を高め、自信をつけさせ、人としての幅を広げさせるには、おこないを認め、適切なタイミングでほめたり、過ちを正したり(過ちを正すのに、怒鳴っては委縮させるだけです。
「怒鳴る」、「怒る」、「叱る」、「諭す」ということばがあります。
部下育成や子育ての場で、怒ることと叱ることの違いを認識することはとても大切なことです)、そのときの、その人に適した方向性を示すことが必要不可欠です。
それには、経営者・上司自身もそれらを遂行する能力を備え、適切な助言ができる視野と懐の広さ、さらに、知的さも求められます。
 また、DV被害者や被虐待者の方たちが、支配のための暴力のある環境で生活する(生き延びる)ために身につけなければならなかった考え方の癖(認知の歪み)を正すためのサポート、カルト教団や悪徳商法から脱するためのサポートもまた、上記のようなアプローチを使い、その違いは、自己利益のためだけに人を利用するといった悪意がなく、倫理的で道徳的であり、社会ルールにもとづいているかどうかです。
そして、そのモノサシ(価値観や判断基準)とひきだしに奥行きがあり、汎用性がなければなりません。
ところが、霊感商法やハイハイ商法、カルト、DV加害者の“どうしたらいいのか”の話しには具体性はありません。なげかけるだけです。
なぜなら、自ら体験し、積み重ねてきた経験を知恵にし、自ら学び、蓄えられてきた知識に裏づけされたものでないからです。
 幼いころから暴力以外の方法で気持ちを表す術を身につけてきていない人たちは、「じゃ、他のやり方といってもどうしたらいいんだ」と皆目見当もつかないということです。
彼らから「ごめんなさい。もうしません。許して欲しい」ということばを耳にすることはあっても、自分のなにが悪くて(どういうところが悪いところで)、どうすれば、どのように、できるようになるのかといった具体的なことばを聞くことはできないのです。
当然、ふるまいが伴うこともありません。
裏づけられた自信がないために、人のおこないを認め、ほめることができません。なぜなら、人を認めること、ほめることは“負ける”ことだからです。
勝つか負けるか、敵か味方か、好きか嫌いかといった二者択一的な解釈しか持ち合わせていないことに起因しています。
表面的な上辺だけで、裏づけられたものでないことを見透かされないために、おこないを否定し、批判・非難し、侮蔑し、卑下することばで自尊心、自己肯定感を奪っていかなければならないのです。
ここが、本物と虚像との決定的な違いです。
そして、本物と虚像の差を埋めるために、神秘性や運命論を持ちだし、心を惑わさなければならなかったり、暴力による恐怖を植えつけなければならなかったりするのです。
そして、できなかったことや逆らったことに対してこらしめとしての罰を与え、「私がいたらないから」、「私が悪いから」といった罪悪感を植えつけていくのです。
 新興宗教の教祖、特に、カルト教団の指導者の多くは、「私には、神が降りてくるのがわかる(なにかが見える)」とか、「神のお告げ(声)が聞こえる」と私は“特別”な人間であることを信じ込ませるエピソードをとくとくと話し聞かせる(演じる)わけですが、それは、「統合失調症」の“幻視”“幻聴”に他ならならず、自と他の境界線が曖昧なために、読み聞きしたことをさも自分が体験したかのように思い込んでしまった(自分ごととすり込んでしまった)ものです。
そして、その神秘性、特別性に惹かれる多くの人たちもまた、幼児期に、いまつらい体験をしているのは本当の“わたし”じゃないと、もうひとりの“わたし”に逃げ込む体験をしてきています。
そのもうひとりの“わたし”に名前をつけてしまい、完全に自己(アイデンティティ)が分離してしまった「解離性自己同一化障害(多重人格)」を抱えるまでにいたらなくとも、家族や友人と話しているとき、なんかいま自分じゃないように感じたり、瞬きする瞬間、瞬間で記憶が別の人に変わったりする解離症状や、体から意志がフッと離れ、他人を見ているように感じる離人症状を体験してきた人が、その体験を普通の人にはない特別な行為として、自分は特別な人間だと認識しようとしてしまうことも少なくありません。
こうした症状(体験)を抱え、妄想的で、自己愛が高く、自己顕示欲が高く、反社会的な考え方をする人たちは、運命論を唱え、神秘的体験を特別視する新興宗教的やカルト教団的なおこないや考え、その持つ特別な力に惹かれやすいのです。
私たちは特別な存在である仲間であると認識させられる(仲間意識をくすぐられる)と、終末思想を唱えるカルト教団に惹かれ、傾倒、心酔するだけでなく、その権力をもとに先導的、指導的な役割を果たしていくことになります。
一方、その得体のしれなさ、特異性に怯え、苦しみ続けてきたことから逃れるために救いを求め、導かれるままに導かれ、骨の髄まで吸いとられる人たちが圧倒的に多いわけです。
 しかし、同じ傾向を持ち合わせていても、多くの人たちを巻き込み、動かすエネルギーを持ち合わせない人、もしくは、自分が一番、特別だとの思いが強い人(内弁慶で、人の悪口、批判しかできない人)は、人の下で従順に従うことを嫌い、閉ざされた世界、家庭内だけ、妻と子どもだけ、特定の部下にだけ自分の思い通りにしようとしたり、従わせようとしたりします。
新興宗教やカルト教団とのかかわりがなくとも、同じようなやり口で、部下や教え子、妻子を支配し、従属させる人たちです。
パワーハラスメントやセクシャルハラスメント、学校やクラブ活動における体罰、そして、支配のための暴力・DV(デートDVを含む)といったおこないで、自らの支配欲・征服欲を満たそうとする人たちです。
それは、アスペルガー症候群などの発達障害を抱え、対人関係に悩み、苦しんでいても診断を受けずにいる人たち同様に、人格の歪みが激しく人格障害(パ-ソナリティ障害)であったり、統合失調症などの精神疾患を抱えていたりするにもかかわらず、自覚できていない人たちが、パワハラやセクハラ(性暴力・性犯罪を含む)、体罰、そして、デートDVやDVの加害者になる場合によく見られるということです。


-事例104(分析研究13)-
※ 現在、掲載にあたり、本人の承認待ちです。

 この事例104は、…。
*-68 「Ⅰ-7-(6)結婚詐欺師の言動・行動特性」で詳しく説明しています。
*-69 「Ⅰ-7-(2)学習された無力感」で詳しく説明しています。
*-70 「Ⅰ-5-(3)DVとは、どのような暴力をいうのか」、「Ⅰ-5-(4)DV被害者にとって区別し難い解釈」、さらに、別途「Ⅰ-6.デートDV。別れ話が発端となるストーカー殺人行為」において詳しく説明しています。


 …。
 このときのUの心理こそが、「Ⅰ-7-(3)ミルグラムのアイヒマン実験」に記しています「権威者に服従した状態」であり、連合赤軍リンチ事件の永田洋子、尼崎連続変死事件の角田美代子、そして、北九州連続監禁殺人事件の松永太の意に添い、用済みになった家族を殺害していったふるまいと同じであることがわかります。
ターゲットを仲間で長時間にわたり糾弾していくふるまいと同じです。その「糾弾」に加わらなければならない状況は、命令に従わなかったり、逆らったりしたときには、矛先は自分に向けられるわけですから、恐怖に心が支配されている状況下にあってはじめて成り立つものです。
この事例104(分析研究13)のケースでは、集団の中で疑心暗鬼になる、猜疑心いっぱいになる心理を巧みに操られるという要素はなく、Z一個人からの恐怖によって、Uの母親を「糾弾」したり、悪くいったりしなければならなくなっていたことになります。
 したがって、…。
 Uは、「私がそこから察し、先回りし、Zの意に添うように行動し、建前として「私が選んだ」、「私が決めた」となっていなければなりませんでした。」と述べていますが、「Ⅰ-5-(3)学習された無力感」でとりあげている「北九州連続監禁殺人事件」の主犯の松永は、犯行に際して指示をほとんどだしていません。
「口のきき方が悪い」とか、「態度が悪い」といった些細な理由で誰か一人に難癖をつけ、「どうすべきか家族で話し合え」と下駄を預けるのです。
この下駄を預けるとは、結論までいわず、相手に決めさせることです。
このことを「結論保留」「結果保留」といい、「こうしろ」と命じないやり口こそ、マインドコントロール手法なのです。
Yの場合には、群像心理・集団心理ではなく、ひとりの夫のふるまいに翻弄され、マインドコントロールされていることから、暴力による恐怖は相当なものであったことがわかります。
連合赤軍リンチ事件や伊予市17歳少女殺人事件、尼崎連続変死事件、北九州連続監禁殺人事件のように、「自分も加害者にならなければ」ひどい思いをすると母親を糾弾し、退職に追い込んでいることから、Yのこの状態は、残忍な手段による「暴力」や「死」の目撃者や被害者となり情動麻痺・感覚鈍麻が起きているということです。
つまり、「生きているという感覚が失われている」状態といえます。
そして、Uは、『Zの「職場への嫌がらせの方が困るだろう。直接、危害を加えるよりもそういうやり方がよさそうだ」といった脅しのことばが心底怖かった。私が「別れる」などと口にしたら、職場への嫌がらせやお金の要求をされたりすると思いました。私は、ただそのことを怖れるようになり、増々自分の考えや意見を口にすることができなくなっていきました。そして、私はともかくZの気がすむまでひたすら話しに賛同して、…』と述べているように、Uは、Zに「職場への嫌がらせの方が…」と脅されています。
Uにとっての職場とは、・・であり、・・としてのキャリアそのものです。
嫌がらせはUへの誹謗中傷ということになりますから、Uがこれまで築いてきたキャリア、信頼、信用が土台からすべて奪われる怖れがあるということです。Uが失うものに比べ、なにも失うものなどないZとでは最初から勝負がついています。あとは怒りをかわないように、意に添うようにふるまうしかなかったのです。
まさしく、Uは、Zに弱み(急所)につけ込まれ、ハイエナのように食い尽くされていったのです。
 意に反することを口にしたりすることができなくされているUは、…。
 …。しかし、Uはここで、「私だけで対処できなくなり、他人にも迷惑がかかる。私だけががまんすればいいという問題ではない。」と思うことができました。とはいっても、Uは、離婚調停がおこなわれている中で、「なぜ自分はZに従うしかなかったのか」について整理ができていませんでした。
 その原因のひとつは、上記のことを認識できていなかったことに加え、自分が購入した家をでて実家に身を寄せ、離婚調停を申立てる前に、弁護士に依頼し、事実経過を整理することなく、保護命令の申立てを行っていたことです。
 Uが保護命令を申立てたのは、妻が家に帰ってこなくて、ローンを組ませて金をえようとしていた予定がくるったZが、Uの勤務先の病院の駐車場で待ち伏せをし、車に乗り込んだUに対し、窓を叩き続け「早く窓を開けて!」、「開けないなら窓を割ればいいの?」と声を荒げるなどの行為を働いたストーカー事件を踏まえてのことです。
Uは警察を呼び、警察官が夫を静止し、車を発車するようとの指示にしたがって車を発車させると、Zは車の下部に足を突っ込み、「車輪で足をひかれた!」と騒ぎはじめました。
警察官がその状況をすべて見ていたので、Zが故意におこなったものととり合わず、Zを静止することになります。
その後、Uは警察署に行き、被害届を提出します。
さらに、「警察が動きやすいように、裁判所から保護命令をだしてもらうように。」と勧められ、保護命令を地方裁判所に申立てました。
そのとき、Zが「危険な人物である」ことを示すために、4ヶ月前に、「車の中で激怒したZに、ストールで首を絞められた。」ことを軸に申立てをおこなっています。
その後、保護命令が発令され、家庭裁判所に離婚調停の申立てをし、調停に臨むことになったわけですが、離婚理由は、この保護命令の申立て時の書面にもとづくことになりました。
そのため、…、なぜ結婚することになり、交際期間を含めて4年2ヶ月もの間、生活をともにしてきたのか?と、誰もが抱く疑問に応えることができていませんでした。
 問題は、Uがその必要性を理解していなかったことでした。なぜなら、Uは、…だから、そのことは問題ではない」と自分自身を納得させてきたからです。
そして、この認知は、Uの心に深く刻み込まれていました。
そのため、依頼している弁護士もこのDV事件の全容を把握できずにいました。
 Uは、無意識下で、絶対服従を誓う支配下にある生活を受け入れることがあまりにもツラいことから、自分が納得できる理由として性善説に立つ考え方(記憶)に置き換えていたと考えるのが妥当です。
そのため、恐怖に対して鈍感(感覚鈍麻)にさせる一方で、正常な判断力を封じ込めてしまうことになりました。それは、…。
 …。なんの根拠もないほとんどが与太話、嘘に塗り固められた話だということを、聡明な・・のUは、真実かどうかを考えるまでもなくそのまま真実と受け入れてしまっていたのです。
別のいい方でこの状態を表現すると、Uは、こんなあたり前のようなことさえ判断できない精神状態に追い込まれていたということです。
このことは、Uが、Zの話を聞くときには、ただその場をやり過ごす、聞き流すのが基本的思考パターンに陥っていたことを意味します。
そして、Uがなにかいっても無駄、なにも変わらないと無力さを散々味わされ、なにも考えないと無気力になったところを、Zは巧みについてきたということです。そのため、Uは、Zの求めるままに、…することになったのです。
 …、顕在意識の中に“恐怖心”を植えつけ、「なにか怒らせることをしてしまったらなにをされるかわからない、どんなひどいことをされるかわからない」、「俺にたてついたら、どうなるかわかっているだろうな!」とイメージを描かせることができれば、目的は達せられるのです。
つまり、「いうことをきかなかったら、どんな思いをするかわかっているな!」と“暗黙のルール”を植えつけられるのです。
この暗黙のルールは、逆らうこと、拒むこと、逃げることに要するエネルギーを奪い去り、ただ従順に従うのが日々の生活になります。
多くのDV被害者がそうであるように、Uは、交際をはじめてからずっと、いつZの琴線に触れ、キレて感情を爆発させ、大声で怒鳴りつけられるかわからず、Zの顔色を常にうかがい、機嫌を損ねないようにビクビク怯えながら生活をしなければならない状況でした。
恐怖に支配され絶対服従を余儀なくされる日常は、Zの意に反した言動やふるまいを避け、ひたすら従順になって尽くす(行動の回避)ことが求められるのです。
意に反することがなく、従順に尽くすように徹底的に叩き込まれる、つまり、しつけられるのがDVです。
 そして、暴力のある環境に順応して生き延びようとするのが、人間の性(本能)です。
 もうひとつの原因は、多くのDV被害者に共通するものです。
先に記しているとおり、Uは、家をでて13日経ったGW明け、Uが仕事を終え、勤務先の・・の駐車場で車に乗ったところに、Zがきて「早く窓を開けて!」と車の窓を叩き続けられた。直ぐに警察に通報し、駆けつけてもらい車を走らせることができました。
それは、保護命令を申立てるきっかけとなる恐怖体験でした。
その後、Uは、家をでてから恐怖のあまり仕事以外では家から一歩のでることができず、外から見られるのではないかと部屋のカーテンを遮光のものに替えています。
恐怖と不安感から神経が昂り、寝ても直ぐに目が醒める断眠に悩まされる日々でした。
5ヶ月経った9月、Uの弟が家に荷物を持ってきてくれたときに、インターホンの音に「Zだったらどうしよう」との思いが脳裏を駆け巡った瞬間、Uは激しい動悸に襲われ、頭は真っ白になり、発汗し顔面蒼白となり、激しい頭痛に襲われることになりました。
翌日、Uの弟に「本当に大丈夫なのか。顔色が異常だった。」と指摘されたほどでした。
この状況は、家をでた直後に感じている恐怖、少し落ち着きをとり戻したころにあるできごとをきっかけとして強く感じる恐怖をよく表しています。つまり、家をでた直後にあとASD(急性ストレス障害)を発症し、その状態が1-2ヶ月継続し、さらに、3-4ヶ月後に突然強い症状にみられるのがPTSDの典型的な症状です。
PTSDの厄介なところは、数年、数十年経ってもあるきっかけにより突然症状が表れることがあるということです。
晩発性PTSDと呼ばれる症状です。
PTSDの症状が強く表れている状況は、日常生活を成り立たせるために、人生で最も凄惨でつらい日々を「こんなつらい生活はなかったことにしてしまいたい」と封印していることをいまします。
つまり、“なにをされてきたのか”“どういう状況におかれてきたのか”を思いだしたり、口にしたりすることを避ける(回避)ように心が働いている状況です。
この回避行動については、事例68の「快楽刺激とトラウマティック・ボンディング」の中で、『事例68のケースで、DV被害を正確に把握することが難しかったのも、DV被害と向き合うことは、快楽刺激を優先する脳の働きとは“真逆”の働きを求める行為となることから、脳は「ツラい苦しいからもう止めろ!」と指令をだし続けるからです。
しかも、自分の安全も危険も加害者である夫に握られている状況の中では、被害者は、加害者の手の中にある自分を安全にする力にしがみついていこうとする「トラウマティック・ボンディング」の状況に陥りやすいのです。』と記しているとおり、多くのDV被害者にとって避けようのないことといえます。
そして、事例104(分析研究13)のケースにおいても、離婚調停を不調にし、裁判に移行したあと、「陳述書(現在の心情と現在に至る事実経過)」によって、「誰もが抱く疑問に応える(行間を埋める)」ことが必要になりました。


-事例105(分析研究14)-
※ 現在、掲載にあたり、本人の承認待ちです。

Xは、「束縛と愛情は違う」ということが理解できず、「僕だけのもの」と絶対服従させ、支配しようと試みていることがわかります。
アタッチメントを損ない、自己と他者との分離ができずにいる状態、つまり、精神的に大人になりきれていません。
その支配欲・独占欲は異常に強いものであることから、強く抑圧されて育っていることがうかがわれます。
乳幼児にとって愛着対象の母親(養育者)は、“僕(私)だけの絶対的な存在”です。事例105(分析研究14)のケースは、父親によるいき過ぎた教育(教育的虐待)と、夫(父親)の思いを支える妻(母親)からの過干渉・過保護という支配のための暴力を受け、日本有数の進学校に進学したXが、アタッチメントの再獲得を求め、“僕だけのもの絶対に離さない”と絶対服従を強く求めたものです。
なぜなら、親に絶対服従で応えてきたおこないこそが親の愛に応えることだったからです。
つまり、「俺は、親の愛に応える=絶対服従で、親の期待に応える=親は僕に愛情を示すために絶対服従を求めてきただから、俺の愛に応える=絶対服従で、俺の期待に応える=期待に応えることができなければ、俺は、愛情を示すために絶対服従させる」というのが、Xの価値観、物の捉え方であり、考え方ということです。
異常なほどの執着、激しい身体的な暴行、何時間にも及ぶことばの暴力は、“僕(俺)”がこんなに妻のことを思って頑張っているのだから、こんなに妻のことを愛しているのにといった“一人称の理屈(自分本位の考え)”で、「だから、お前は、俺に尽くすのがあたり前。それなのにお前はどうして俺の気持ちに応えない!」と報われない激しい怒りをぶつけるものです。
力づくで支配(絶対服従)を勝ちとり、安心したい行為、つまり、常に不安に怯えている状態です。不安が猜疑心を生み、恐怖が暴力を生んでいるわけです。
こうした歪んだ思考・考え方の癖は、これ以外の愛情の示し方を見たり、聞いたり、接してこなかったことを意味しています。
一般論として、最初の恋愛が16-18歳だと仮定すると、ここまで(自分と出会うまで)の18-20年、妻は自分の知らない恋愛をし、生活をし、人間関係をつくってきたことになります。
そうした積み重ねてきた体験もまたその人となりなのですが、アタッチメントを損ない、幼児とかわらず「自(己)」と「他(者)」の境界線があやふやなままである(一人称しか獲得できていない)人にとっては、交際相手や妻=自分の一部であるわけですから、妻が自分と出会うまで歩んで人生のついてもコントロールしなければならないことになります。
しかし、過去をコントロールすることはできないので、妻がどう過ごしてきたのか、どう考えてきたのかなど詳細にしろうとします。
当然、それは、過去の交際相手に及び、その交際相手とどこで、どう過ごしてきたのかは必要不可欠な情報です。特に、愛の営みとしてのセックスに対しては、完全に把握しておきたいことなのです。
しかし、過去を知ったことで、過去の交際相手と過ごしていた時間、過去の交際相手との愛の営みとしてのセックスよりも自分と過ごしている時間を楽しみ喜びに満ちているのか、セックスの時間に満足しているのかに異常に囚われ、頭の中を支配してしまうことになります。
なぜなら、アタッチメントを損なっていると、人を信じることを身につけていないので、なにを信じていいのかわからないと疑心暗鬼に向かわせるからです。
過去をコントロールできない焦燥感は、不安感や恐怖心を目覚めさせることになります。
なぜ、これほどまでに自分は苦しまなければならないのか、葛藤していくのです。
その葛藤をうち消すためには、妻の恋愛観、仕事観、人生観をすべて否定し、俺の価値観を教え込まなければならなくなる(学び直させなければならなくなる、しつけ直さなければならなくなる)のです。
自分の価値観を教え込むには、俺の考えに異を唱えず、素直に従うこと、つまり、絶対服従が必要不可欠ということになります。
「Ⅰ-5-(3)学習された無力感」の中で、『マインドコントロールや洗脳するには、マインドコントロールや洗脳を仕掛ける者たちだけに都合のいい新たな価値観を植えつける必要があります。そのためには、①いままで培ってきた価値観や思考パターンを徹底的に破壊(解凍)することが必要不可欠です。その準備となるのが、徹底的に心身を弱らせることです。睡眠をさせず、慢性的な睡眠不足状態にし、食事を制限し、栄養不足・飢餓状態に追い込んでいくことで、考えることを奪い、プライバシーを奪い、苦痛を与え続けます。こうした極限状態におくことで、いままでの価値観を叩き壊す土台固めをしていきます。』と記しているとおり、Xは、Yがいままで培ってきた価値観や思考パターンを徹底的に破壊するために、凄惨な暴行による恐怖を与えたのです。
Xの価値観を教え込むには、Yに絶対服従を誓わせなければなりません。
そのためには、「わたしのここが悪い。これからは、わたしはこうしていきます」と意図的に思い込まれたメッセージを声高々に宣言(自己告発)させ、心にとり込ませ、自己変革をさせていくプロセスが必要不可欠になってきます。
それが、母親と同一視した幼稚性さと性奴隷化を試みる支配欲征服欲の高さが共存している「毎日やることリスト」でした。
この「毎日やることリスト」は、職場でパワーハラスメントの加害者が、できなかったこと(期待通りの成果をあげられなかったこと)、失敗・ミスをしたことに対し激しく叱責し、懲罰的に「反省文」を書かせる行為とまったく同じものです。
Xは自身の葛藤を打ち消すために、Yがいままで培ってきた価値観や思考パターンを徹底的には合いするために、凄惨な暴行による恐怖を与えなければなりませんでした。
一方で、Xは、Yの“これまで”の人生もすべてコントロールしようと、過去の交際相手との性行為について詳細に話させるように誘導していくプロセスにサディスティックな性的興奮が抑えられず、レイプするように犯します。
Xにとって、激しく嫉妬心を煽られ葛藤されつつも、サディスティックな征服欲が満たされる“至福のとき”ということになります。


2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/16 「第1章(プロローグ(1-4)・Ⅰ(5-7)」の「改訂2版」を差し替え掲載




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