あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-7]Ⅳ.「婚姻破綻の原因はDVにある」ときの離婚

24.DV加害者に共通する言動・行動特性

 
 25.DV被害者に待ち受ける懸案事項 23.DV離婚を考えたとき、事前に確認しておくこと
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

※ 『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(マニュアル)』は、「DVを目撃して暮らしている子どもが、DVの最大の被害者である」との立ち位置で、「密接な関係にある児童虐待とDVの本質的な理解」に加え、「児童虐待とDVが、被害者である母親だけでなく、子どもの心までも破壊する可能性がある、つまり、胎児期を含めて脳の発達に大きなダメージを与える」ことを理解していただくために、一般的な抽象論ではなく、行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースに、前半の『はじめに』、『第1章(Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス)』、『第2章(Ⅱ.児童虐待と面前DV。暴力のある家庭環境で暮らす、育つということ)』は作成しています。
 マニュアル冒頭の『はじめに』では、「社会の女性や子どもへの暴力に対する理解」、「危機的状況がもたらす脳のトラブル」、「「事例で学ぶ」ということ-人類とは何者か、脳の発達論の見地でという考え方-」、「暴力描写や性的表現による「トラウマ反応」表出のリスク」、「第三者の支援を受け、暴力で傷ついた心のケアにとり組む意味」、「被害女性の家族や友人たちのアンカーとしての役割」、「被害者支援に携わる人たちに向けて」、「-付記- 「二重の被災」..東日本大震災とその後の虐待・DVの増加の影響は“これから”の問題-阪神淡路大震災、戦争体験によるPTSD発症、その後の人生に学ぶ-」というテーマで、このマニュアル全般に及ぶ着眼点や論点、問題提起をしています。この行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースにした着眼点や論点、問題提起は、その後に続く、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』とそれぞれと相互する関連性がある、あるいは、説明の前提となっていることから、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』をお読みになる前に、『はじめに』に目を通していただきたいと思います。
* マニュアル「改訂新版」の上程後6ヶ月が経過したことを踏まえ、アニュアルの一部見直し、加筆修正にとりかかっています。平成28年9月29日、『はじめに』の“加筆改訂”を終えました。「第1章」以降については、スケジュールを調整しながら、随時、“加筆改訂”にとりかかり、加筆改訂を終えた「章」から差し替えていきますが、『原本』では、追加した事例を踏まえて、本文ならびに目次の“事例番号”は修正したことを踏まえ、『ブログ』の“目次”ならびに“小目次”での「事例番号」は修正していますが、『ブログ本文』の加筆修正は、『はじめに』は終えたものの、第1章以降はまだ手つかずであることから、第1章以降の「事例番号」は修正されていません。そのため、目次ならびに小目次に記載されている「事例番号」と異なっています。


24.DV加害者に共通する行動特性
(1) DV加害者に共通する暴力のあり方
(2) DV加害者の認知にもとづく言動・行動パターン
(3) 妻が家をでたあと、DV加害者が送るメールなどに認められる特徴
 <DV加害者が「謝る」という意味>
(4) 感受性訓練の要素を組み込んだ手法に似通っている論理構成
(5) シェルターや児童相談所を非難する冤罪DV信奉者
 ・事例164(分析研究17)
(6) シェルター、児童相談所に不信感を抱くDV被害女性
  ・事例165-167
 ・事例168(分析研究18)
(7) 被害者宛のメールの文面からストーカーリスクを把握する
(8) 「自殺」を匂わせ心を支配し、別れる意志を阻害する
  ・事例169-170(分析研究19-20)


(1) DV加害者に共通する暴力のあり方
 DV加害者は、収入や地位、職業、学歴に関係なく存在しています。ただし、高学歴で、難関試験(医師、歯科医師、獣医、弁護士、税理士、公認会計士、公務員、教師など)と突破し専門的な職業に就いていたり、上場企業にエリート社員として勤務していたりしているDV加害者に認められる特徴として、教育的虐待(殴る、叩く、罵倒するなど)、過干渉・過保護下で育っている、つまり、強い抑圧を受けて、自己中心的な世界観のもとで、自己顕示欲が異常に高いことなどがあげられます。一見理知的な紳士に見え、人あたりがよく、誠実そうであっても、家庭内では、妻や子どもに対して信じられない暴力をふるっていることがあります。また、どこへ行くにも家族と一緒で、子煩悩な父親に見えても、実際は単に妻や子どもを詮索干渉し、束縛し、監視することが目的であることもあります。このようなDV加害者は、理屈っぽく、自己の暴力を否認し矮小化し、妻のせいだと責任転嫁しますが、妻や子どもが家をでると一転して不安になり、憤激し、狂ったように執拗に探し回ります。
 DV加害者に共通する暴力のあり方を大まかにまとめると、以下の12点になります。
① すべて自分中心にものごとを進めようとし、思い通りにコトが運ばなかったり、気に入らないことがあったりすると(子どもたちの前でも)怒鳴り散らすこと*
* 暴力のある家庭環境で育った被虐待者の中には、子どものときに思い描いていた理想の家庭像(ドールハウス)をつくりあげ、頭に描いているとおりにものごとが進まないことが、“突然”、“豹変して”怒りだす原因になっていることがあります。この傾向が強いときには、病的に嫉妬したり、執拗に執着したりするため、ストーカーリスクは高くなると考える必要があります。
② 怒りの感情をコントロールできなくなると、(妻が妊娠していても)躊躇することなく、投げ飛ばしたり、殴ったり、蹴ったりできること*
* 我を忘れたように殴り続けるのは、2歳10ヶ月までに、扁桃体を前頭葉でコントロールする脳機能を身につけることができていないことをなかったことを示しています。扁桃体は、情動的なできごとに関連づけられる記憶の形成と貯蔵における主要な役割を担っています。
③ あらゆることに詮索干渉し、しつこく干渉し、必ず否定し批判すること*
交際後、婚姻後にDV行為がみとめられる場合、交際時に、仕事の終わり、同僚や友人との飲み会(食事や買い物、映画、コンサート、出張に行くなどを含む)のときに迎え(送り迎え)にこようとしたりするのは「監視」の意味合いがあります。
④ “からかい”“ひやかす”“はやしたてる”など執拗に嫌がること繰り返すこと*
* からかい、ひやかし、はやしたてる行為は、典型的な「いじめ」の行為ですが、嫌がることをされ続ける被害者は、自己存在を否定され続けることから、自己肯定感が損なわれ、自身心が奪われるなどダメージが大きく、結果として、被害者の自殺企図につながりやすいものです。
⑤ 怒鳴り散らした直後であってもなにごともなかったようにふるまったり、優しい(甘い)ことばをなげかけてきたり、セックスをしようとしたり、無視したり、拗ねたりすること(予想していないことをいわれると黙り込み、しばらくすると怒りをあらわにしたかと思うと、優しくふるまったりすること*
* 典型的な「相反する拒絶と受容のふるまい」です。
⑥ 別れ話が持ちあがるとおこないを徹底的に批判し、家をでて行かれると下手にでてみてなびいてこないと怒りを怒りをあらわにしたり、(普段はセックスレスであっても)セックスに持ち込んできたりすること*
* 典型的な「相反する拒絶と受容のふるまい」です。
 また、この特性は、暴力に耐えきれなくて、子どもを連れ実家に身を寄せていると、「子どもに会いにきた」という口実で、なにごともなかったかのように実家に会いにきて、食事をしていったり、泊っていったりするようになる形で示されることがあります。そして、子どもに会いにきて、勝手に連れだし実家に泊らせたりしながら、別居状態をうやむやにして、元の鞘に納めてしまうわけです。「事例32」「事例43」のケースが該当します。
⑦ 裏づけられた自信がないために、人のおこないを認め、ほめることができないこと*
* 人を認めること、ほめることは“負ける”“屈する”ことだからです。それは、勝つか負けるか、敵か味方か、好きか嫌いかといった二者択一的な解釈しか持ち合わせていないことに起因しています。表面的な上辺だけで、裏づけられたものでないことを見透かされないために、おこないを否定し、批判・非難し、侮蔑し、卑下することばで自尊心、自己肯定感を奪っていかなければならないのです。また、ツラい、苦しい、哀しいと口にすることは“強くない”ことです。強くないことは弱いこと、つまり、負けることを意味します。そのため、被害者である妻がツラい、苦しいと暴力を止めて欲しいと訴えるふるまいは、“負け”を認めることを意味するわけです。加害者は“勝ち”を自覚するよりも、なぜそんなに簡単に“負け”を認めるのかが理解できません。直ぐに負けを認めるその愚かな妻をとるに足らない奴とバカにし、見下すのです。
⑧ 家の外では人あたりがよいなど外面がよく、一方で、世間体を気にすること
* 社長だとか、役員や部長だと認識している社員や部下、顧客に対し、必要以上に威張ったり、見栄を張ったり、大声で怒鳴り散らしたりする姿は、滑稽で、情けないものです。社員や部下、顧客にどう見られているか不安なために偉く見せようと、立派に見せようと虚勢を張る必要がでてくるのです。人を信用できない、自分も信用できないといった自信がない人ほど、上辺だけの格好よさをとり繕うとするものです。偉いと思われたい、敬われたい思いを満たそうとする上辺だけの格好よさを見せびらかす(虚栄心にみまわれた)人たちは、自分の考えや言動に対し、意に反するふるまいや言動を徹底的に排除する、許さないのです。徹底的に服従、自分のためだけに尽くすことだけを求めるのです。暴力は、“俺”が上で、“おまえたち”は下であることの支配従属関係を確認する、思い知らせるためのおこないです。「お前は、俺のいうことをきいていればいい!」、「こんなこともわからない(できない)のか!」、「自分で考えろ!」と声を荒げる人たちは、そもそも自信がないのです。そして、その解を持って(きちんとした知識や技能を習得して)いないのです。普段、俺はなんでもできる、なんでも知っていると精一杯見栄を張っている(虚像の中の私を演じている)人たちは、その偉く賢い“俺”の姿が偽り・嘘で、ちっぽけであることがバレることを怖れます。その不安感や恐怖心を拭い去るために、“俺”を危険に晒している相手を徹底的に叩くのです。はむかったり、口ごたえしたりできないように、時には、跪き許しを請うまで、徹底的に傷めつけるのです。そうしなければ、虚像(嘘)がいつかバレてしまうのではないかと不安で仕方がないのです。不安感は、怖れとなり、暴力によって猜疑心を拭い去ろうとするのです。
⑨ 実家に逃れたものの、「もう、暴力はふるわない」、「嫌がることはしない」と謝られたことを信じて別居から戻ってみると、逆らった(裏切った)罰としての“こらしめ”、しつけ直しとしての暴力を強めること*
* 典型的な「相反する拒絶と受容のふるまい」です。
⑩ (特に子どもに対し)怒鳴ったり、叩いたあと、“くすぐったり”し笑わせ、遊びに持っていき“怖い”と“楽しい”を共存させたりすること*
* 典型的な「相反する拒絶と受容のふるまい」です。
⑪ 妊娠し、子どもが生まれると暴言がひどくなるなど、子どもの世話をすることに嫉妬し、気を惹くために幼児のように駄々をこね、癇癪をおこしたりするような暴力をふるうこと
⑪ 乳幼児はただ面倒な厄介な存在として極端にかまうこと(接すること、世話をすること)を嫌い、子どもがことばを覚え会話がなりたってきたり、身の回りのことができるようになったりすると必要以上にかまいだし、いうことをきかない(黙らない)とどうなるかを思い知らせるために恐怖を植えつけること*
* 過度に干渉したり、甘やかしたりする行為(過干渉、過保護)は、禁止と否定のことばが使われるため、支配のための暴力(虐待)そのものであり、また、しつけを厳しく、教育熱心という名の下で、怒鳴りつけたり、罵倒したり、叩いたりする行為は、当然、支配のための暴力(虐待)になります。
 以上のような暴力のあり方を、加害者特性として捉えてみると、以下の4点になります。
ア) 自己中心的で身勝手なふるまいをおこなっても(強いても)悪いことをしている自覚を持ち合わせていないこと
イ) 人の気持ちを考える、思いやる、気遣うことといった共感性を獲得していないこと
ウ) いうことがコロコロと変わったり、話の途中で突然、過去のことを持ちだし否定できる、批判できる話にすり替えてしまったりすること
エ) “相反する拒絶(怖さ)と受容(優しさ)”のおこないを繰り返し、無反応によって思考を混乱させ、思考をコントロールする術に長けている人物ということがわかります。
 こうした加害者特性や傾向に加えて、
ⅰ) 執拗にいたぶることで、嫌がる姿、痛がる姿にこのうえない快感を覚えるといった高いサディスティック性と
ⅱ) 嫉妬心や嫉妬心(独占欲)が異常に高く、気持ちを無視した性行為を強い
ⅲ) 一度でも、首に手をかけることがある
といった事実が確認されたときには、もっとも危険なDV事案として、ストーカーリスクが非常に高いことを認識し、「命を守ることを最優先に考える対応」が求められることになります。
 「高いサディスティック性」は、日々の生活の中で、指図されて戸惑ったり、どうしていいかわからずジタバタしたり、嫌がったり、恐怖におののたりする姿を見たり、声を聞いたりすることを楽しんいるかどうか、また、他人の前で声高らかに「お前はバカか!」と怒鳴りつけたり、「お前は本当に役に立たないな! 足手まといなんだよ。」と愚弄したりして恥をかかせたりしているかどうかで見極めることができます。なぜなら、これらのふるまいが快感で、優越感に浸り、王様気分を味い、満足感に浸れる至福のときだからです。つまり、“主人”に健気に、従順に、忠誠心を尽くさせようとするふるまいは、耐え難い屈辱的な思いをさせられることになることから、サディスティックな心が強く反応するのです。問題は、アタッチメントを損なっていることから、ころ合いとか、さじ加減といった感覚はわからず、満足するという感覚がわからないということです。つまり、人にどれだけひどい思いをさせているのか、人がどれだけ苦しんでいるのかなどに思いを馳せることはできず、一方で、常に不安で、常に猜疑心いっぱいで、誰がどのように接しても、どれだけ尽くされても心がみらされることはないのです。不安感や猜疑心、恐怖心は、「見捨てられ不安」と結びついています。そのため、交際相手や配偶者が別れ話を持ちだしてきたり、離婚したいといってきたりすることを受け入れることはなく、徹底的に執着することになります。その結果、執拗なつきまとい・ストーカー行為に及ぶことになります。
 DV加害者の特性や傾向が、どのような態度や行動、どのような言動に表れているのかを把握しておくことは、ストーカーリスクを判断したり、離婚調停などで「暴力を認めず、離婚に応じようとしない」ときや、“一時保護”されたり、“接近禁止命令”が発令されているときに学校などに「居場所を知りませんか?!」、「子どもに会わて欲しい」と問合せがあったときの対策を考えたりするうえで欠かせない問題です。そして、サディスティック性が認められるときには、性癖や性倒錯(性行動)の状態や傾向について詳細な把握が必要になります。なぜなら、被害者が深刻な性暴力被害を受けている可能性があるからです。被害者が深刻な性暴力被害を受けているかどうかの見極めは、被害者が暴力による支配の関係性を断ち切り(離婚し)、暴力で傷ついた心のケア(後遺症の治療)にとり組むうえで重要なことです。


(2) DV加害者の認知にもとづく言動・行動パターン
 昨今、元交際相手や元妻に対する凄惨なストーカー事件が繰り返し発生していることから、加害者に対してのアプローチ(DV加害者更生プログラム)のあり方が注目されていますが*-1、それは、人とどうかかわるかといった認知(考え方の癖)に対しておこなわれるものです。つまり、加害者に、人とどうかかわるかといった認知(考え方の癖)にもとづく共通する言動・行動パターンが認められるときには、DV加害者と似通った特性を持ち合わせていることが示されることになります*-2。
*-1 「DV加害者は更正できるか」、つまり、暴力をふるわなくなるかという問題については、「Ⅳ-21-(10)DV加害者の治療、更生」で、「DV加害者更生プログラム」については、「Ⅴ-24.DV加害者更生プログラム。「ケアリングダッド」を実施するうえでの原則」で詳しく説明しています。
*-2このことは、被害者が訴える夫からのDV行為が、殴る、蹴るなど身体的暴力被害を訴えるものではなく、家庭という密室の中でおこなわれ、提出できる証拠そのものが限られる精神的(ことば)暴力と性暴力被害を訴えるものである場合、家をでる前(同居しているとき)に夫との日々のやり取りを録音した音源データ(文字起こしをしたもの)、家をでたあとに夫から送られてきたメールに書かれている言動(使われていることば、文章表現)を詳細に分析し、上記のようなDV加害者の特性が認められるのか見極めることが重要であることを意味しています。また、離婚調停で、夫が答弁書や主張書面、陳述書などを提出しているときには、併せて、それらの書面における言動(主張)の内容を詳細に分析し、メールの内容と書面での内容(主張)の食い違いなどを見極めていくことも重要になります。

 DV加害者の自己主張に認められる第一の特徴は、一人称による(自己主体)解釈ならびに主張がされているということ、第二の特徴は、強烈な自己主張、そして、高い自己顕示欲が認められるということです。第一、第二の特徴が顕著にみられるときには、第三の特徴として、相反する受容と拒絶の言動パターンが認められていたり、感受性訓練の要素を組み込んだ手法に似通っている論理構成*がなされていたりする特徴が表れている可能性が高くなります。
* 「感受性訓練の要素を組み込んだ手法に似通っている論理構成」については、「Ⅰ-5-(7)自己啓発セミナー。それはカルト活動の隠れ蓑」で詳しく説明しています。
 一方で、第二の特徴が表れにくいのが、得々と持論を述べるなど強烈な自己主張をせずに、無口で、依存性が高そうに見えるDV加害者です。「依存性が高そうにみえる」のであって、「依存性が高い」わけではないDV加害者は、無視したり、無反応であったり、無口であることによって、その状況が耐えられない人たちが、気持ちを先回りして世話をしたりしてくれる思わぬご褒美が得られる(不安がもたらす)“うまみ”を知り尽くしていることがあり、日々の言動やふるまいなど詳細な情報によって、その特性を見極めることができます。また、「無口である(自分の考えを長々と話すことはしないだけで、「イヤ」、「ダメ」、「しない」など、否定と禁止のことばを使って明確な意思表示をしています)」ように見えるDV加害者は、憤りや怒り、恨みを内在化させ表面化させないことから、復縁を求めたものの拒まれたり、逃げた居所をつきとめたりしたとき、殺害しようとするなど極端な行為に及ぶなど、いきなり過激な行為に走ったりすることがあります。
 したがって、被害者だけが加害者の不気味さに強烈な恐怖を抱いているものの、周りの人たちが「そんなようには見えない」とか、「そんなことしないんじゃない。心配し過ぎじゃない」などと危機感がなく、最悪の事態を招きやすいパターンは、こうしたタイプの加害者であることを理解しておくことが重要です。
 では、多くのDV加害者に認められる一人称による(自己主体)解釈ならびに主張や、強烈な自己主張、高い自己顕示欲が、どのようなことばや表現となって表れるのかを見ていきたいと思います。
 共通する表現方法として、
ア) 「きっと~だと思う(考える)。だから、~である。」と自己認識(仮説)でしかない考えをあたかも嘘偽りのない真実であるかのように話す(論じている)
イ) 受け入れられない(納得できない)事実や現実をつきつけられたとき、自分で受け入れられる(納得できる)理由や根拠を見つけだし、事実認識を置き換えてしまう
ウ) 会話の流れではなく、反応した“ことば”に対し説明は反論を試みる。そのため、回答ごとに説明や反論が異なることになり、論点からズレ、話がすり替わり、一貫性がなくなってしまう
エ) 自分の考えは常に正しい。意に反するふるまいを許さず、自身の考え方と異なるものを独特の持論によって、否定し、非難・批判し、侮蔑し、卑下する。自己の過ちを認めさせ、自己変革を強く求める発言を繰り返す
オ) 敵か味方か、好きか嫌いか二元論的にものごとを捉え、二者択一で回答を求める
ことがあげられます。
 次に、自己の絶対性を自己の力だけでは誇示できない加害者は、スピチュアルな力や運命論を借りて自己を特別な存在であることを誇示しようとします。こうした傾向が認められる加害者のときには、
カ) 運命論・神秘性さを随所に持ちだしたり、独自的なものごとの捉え方をし、時に強迫観念に囚われ、自己認識(仮説)でしかない考えを嘘偽りのない真実として論じていたりするといった傾向が認められます。


(3) 家をでたあと、DV加害者が送るメールやLINEに認められる特徴
 多くのDV加害者が家をでた妻に対し送るメールにも、夫婦関係に上下の関係、支配と従属の関係をつくりあげ、維持していくために必要不可欠な“相反する拒絶と受容”の言動パターンが顕著に表れます。それは、家をでていった妻に対し、ⅰ)「受容から拒絶へ」の行動パターンか、ⅱ)「拒絶から受容へ」の行動パターンかで状況の打開(離婚の回避)を企てるということです。
 DV加害者に「殴ってでもいうことをきかせてなにが悪い」と悪びれないときには、「永遠に俺に従順に尽くすのがあたり前、自分勝手なことをしやがって」と怒りが先にでることから、ⅱ)のパターンを優先します。逆に、妻から暴力被害を訴えられ、家をでていったのはそのことが理由であることを自覚しているときには、「離婚される」と“見捨てられ不安”が強く表れることから、ⅰ)のパターンを優先します。ただし、家をでていったのは自身の暴力に原因があると自覚していても、別れ(離婚)を受け入れることはできないので、本当の理由は他にあるのではないかと思いたがろうとして、「理由を知りたい」、「直接会って、理由を話してくれ」と執拗に接触を求めます。それだけでなく、別れ(離婚)を受け入れることができず、「妻にこそ原因がある」と問題をすり替え、自身で納得できる理由をつくりあげ、しかも、その根拠としてしまいます。そのため、妻が自分を裏切った、見捨てたとの怒りで、「俺こそが被害者だ」と自己のふるまいを正当化する方向に舵を切っていくことになります。この時点で、頭の中は、「自分は一生懸命やってきたのに」と悲劇の主人公に置き換わっていますので、「俺はあんなに俺は頑張ってきたのに」と思いが報われなかった怒りに満ちあふれ、妻のふるまいを徹底的に非難し、誹謗中傷を繰り返していきます。
 では、相反する拒絶と受容の言動パターンが、どのようなことばでおこなわれるのかを見ていきたいと思います。
ⅰ) 「心配している」、「帰ってきてくれ」、「連絡してきてくれ」と心に訴える–受容-、
ⅱ) 逆に、自分が傷つき、食欲もなく、すっかり意気消沈した状況を伝え、「心配してもらおう」と気を惹いたり、また、気を惹くために「死んでやる」、「自殺する」と訴えたりする–気を惹く試し(ストーカーリスク「危険レベル」) –。
 反応がなければ(状況が打開できなければ)、
ⅲ) 「ごめん。俺が悪かった。暴力はもうふるわない」、「お前がこうして欲しいということは、なんでもやる」、「だから、許して欲しい。そして、帰ってきてくれ」、「怖い思いはさせない(もう暴力はふるわない)から、連絡してきてくれ」と懇願する–受容(優しく甘いことば) (ストーカーリスク「やや危険レベル」)-。
 それでも反応がなければ、
ⅳ) 「俺が下手にでて謝っているのに、無視し続けるってどういうことだ。バカにするのもいい加減にしろ!」と苛立ち、怒りをぶつける–拒絶(怒り)-、
ⅴ) 家をでたり、離婚しようとしている判断は間違っていると説得を試みたり、これまでのいたらないおこないや悪いところをひとつひとつあげながら否定し、非難・批判し、侮蔑し、卑下し、自己変革を求めたりすることになる–拒絶(否定・非難、しつけ直し(マインドコントロール))-。
 さらに、
ⅵ) 「どこにいても、絶対に見つけだしてやるからな」、「~にいるのはわかっているんだからな」、「お前は離婚なんてできないからな」、「お前は俺から逃れることはできないからな」と凄んでみせたり、「~までに帰ってこなかったらお前の荷物を全部処分してやるからな!」、「お前の両親にすべて話してやる」と脅したりすることも少なくない–拒絶(威圧・脅し) (ストーカーリスク「かなり危険レベル」)-。
 上記ⅰ) ⅱ) ⅲ) ⅳ) ⅴ) ⅵ)を大まかな別ないい方にしてみると、謝り、優しくし、労り、怒りをぶつけ、突き放し(無視・無反応)、威嚇し、脅すといった“相反する受容と拒絶”のことばとなり、こうした受容と拒絶のことばが状況に応じて巧みに使いわけられることになります。

<DV加害者が「謝る」という意味>
 上記ⅲ)にあるように、暴力をふるう人物の「謝る」とは、対人関係を良好に保つために自身のふるまいを悔い改める意図はなく、自身が招いた困った状況を打開するためにおこなう術(すべ)・手段にすぎないということです。DV加害者には、「良好に対人関係を保つ」という関係性が“対等”とあると前提で考える概念は存在せず、上か下か、支配するかされるか、力があるかないかという関係性でしか捉えていないことを理解しなければならないのです。
 したがって、DV加害者が口にする「ごめん」には、いまの面倒な状況、うっとうしい状況を早く終わらせるための術であって、「もうしないから、許して欲しい。」との“約束のことば”が添えられていたとしても、約束が守られることはないということです。なぜなら、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損なっているDV加害者は、「悪いことをしている」と自覚はないことから、相手のために自身のおこないのどこを、どう直していくのかという考えそのものが存在しないからです。また、DV加害者は、許してもらうために、「俺は変わる」、「俺は変われる」、だから、「心配しなくてもいい」、「安心して欲しい」、「信じて欲しい」ということばを多用しますが、心配させずに安心させるふるまい、心配させずに信用させるふるまいそのものがどういう行為なのかを理解していません。身につけているのは、自己保身としてのその場をとり繕う(乗り切る)ことだけです。つまり、「これからこうします」、「これからこういうことに気をつけて、~しないようにします」という考え方、論理的な思考習慣は、行動レベルでは獲得することができていません。そのため、「ごめん」のあとに続くことばを持っていないので、「どうして、俺の気持ちをわかってくれないんだ。」と苛立ち、怒りに置き換わったり、「ごちゃごちゃなにをいいたいのか、ちっともわからん!」と啖呵を切ってその場を立ち去ったり、なにも口にすることなく黙り込んだまま部屋に閉じこもってしまったりするのです。
 そして、謝るという行為について、もうひとつ理解しておかなければならないことがあります。それは、人が罪悪感を抱かされたとき、罪悪感を解き放つ(回避する)ための思考や行動が刺激される(促される)ことになるということです。その心理を巧みに利用しようとする試みが、残忍な暴力をふるう相手が、一転して、「ごめんなさい。」と何度も謝ったり、大袈裟に土下座をしてみせたり、「ごめんなさい。もうしません。許してください。」と泣いて訴えたりするということです。こうした姿を見せつけさせられることで、「こんなに謝っているのに、許さないほど私は非常ではない」との罪悪感を解き放つ感情をひきだすのです。このふるまいも、不利な(困った)状況を打開するための“術”でしかないことから、この策に落ちれば、同じ過ち(迷惑なおこない)を繰り返すことになります。約束が破られたことを咎めると、「あなたが勝手に許したのであって、俺は許してもらうことを強要した覚えはない。」と開き直ったり、「騙されたお前が悪いんだ! 相変わらずアホやな、お前は!」と侮蔑したりするのです。
 こうしたDV加害者の考え方の根底にあるものは、自己利益だけ、自分だけが得をすればいいと身勝手な考え方です。しかし、自己と他の境界線があいまいなまま(一人称しか獲得できていないまま)大人になっていますから、自分のものは自分のもの、妻や子どものものは自分のものという認識しかなく、二人称(あなた)、三人称の人たち(あなたたち)が困ろうが、哀しがろうが「知ったことじゃない!」のです。
 次は、DV加害者の「謝る」行為についての応用です。
 家をでていった妻に連絡をとることもできない状況で、親戚や知人に居所を探る電話をし、涙ながらに「これまでのおこないをどれほど後悔しているのか、傷ついているのか。」と弱々しく、肩を落とし、滅入っている姿をわざとらしく見せつけ、気を惹こうとします。外面がよい一方、自分の思い通りにコトを進めるためだけに、いうことがコロコロ変わり、いったことに責任を果たさなければならないといった思いなど微塵もない演技性の高いDV加害者なら、人を欺くことなど朝飯前です。「食欲がない」といい、10kg以上体重を落として、頬がこける姿を見せつけることもあります。これだけのコトをしている自分自身の姿に酔い知れている間は、苦しくもツラくもないのです。ところが、これらのふるまいは、“気を惹くため”の拗ねる演技の延長線上にあるので、「よくやったね」、「頑張ったね」とほめてもらえることがモチベーションとなっています。褒美をもらうことが、自己存在を認めてもらえることだからです。そのため、われに返る瞬間が訪れることになります。「俺がこんなにしている(努力している)のに、なんだ!」、「下手にでていりゃあ、いい気になりやがって(つけあがりやがって)!!」と自分勝手な“報われない思い”に怒り狂うことになります。
 つまり、先に示した「ⅰ) ⅱ) ⅲ) ⅳ) ⅴ) ⅵ)」のように、a)弱々しく反省している姿を見せつけ、“状況”の打開(謝って、拗ねてみる)に失敗すると、b)「下手にでていればいい気になりやがって」と苛立ち、怒りを爆発させることを繰り返して、次の“状況”の打開(駄々をこね)をはかります。そして、c)「俺の力を思い知らせてやる」と躍起になるのです。このときには、被害者の両親や近親者、友人や職場に対してなりふりかまわずに居場所を探しだそうとしたり、嫌がらせをしたりして、“状況”の打開(なりふりかまわず、癇癪をおこす)をはかろうとする可能性があるのです。
 「Ⅲ-19-(5)学校でのDV加害者からの追及と対応のあり方」でとりあげているDV加害者が学校を訪れるとき、DV加害者は、こうした姿を教職員に見せつけることもあることを十分に理解しておく必要があります。DV加害者に対しては、「どう接してくるか」、「なにを仕掛けてくるか」に思いを馳せ、「どう演じてくるか」という“視点”で言動や行動の意図をつかまなければならないのです。


(4) 感受性訓練の要素を込み込んだ手法に似通っている論理構成
 DV加害者に見られる共通する表現方法の中で、「22-(2)-エ)の自己変革を強く求める」とは、「お前が悪いのだから、俺がしつけ直してやる」との考え方にもとづいています。この考え方自体は、夫婦の関係に上下、支配と従属の関係性のもとで成り立つものですが、問題は、自分がそのおこないをするに値する人物であるとの前提に立っているということです。つまり、自身のおこないは正しく、正義のための行動と信念にもとづいています。
 その正義のためという恩旗、信念にもとづいている「自己変革を強く求める」おこないは、新興宗教やカルト集団の勧誘活動(自己啓発セミナーなど)として、また、ハイハイ商法などの詐欺行為にみられる感受性訓練の要素を組み込んだ手法に似通っている論理構成が認められます。
 感受性訓練(ST:SensitivtY Training Method)については、「Ⅰ-5-(7)」で説明していますが、あらためてポイントを整理しておきたいと思います。感受性訓練とは、「地獄の特訓」で知られる「自分の気持ちに素直になれる」という名目のもと、非日常という状況下(合宿形式)でおこなわれるものです。「自己啓発セミナー」としておこなわれていた内容は感受性訓練そのものです。それは、閉ざされた空間で課題(ゲーム)や自己告発(シェア)を繰り返して一体感や高揚感を煽り、とり込んでいくのが特徴です。自己告発とは、「わたしのここが悪い。これからは、わたしはこうしていきます」と意図的に思い込まれたメッセージを声高々に宣言させ、心にとり込ませていくことであり、マインドコントロールには欠かせないプロセスであるとされているものです。
 感受性訓練の要素を組み込んだ手法は、
a) 「理想描写」..「夢・理想の世界」をいっしょに描き、われわれと行動すればそれが実現できると訴える、
b) 「理論提供」..理想像をとくとくと唱える。「このような理論や法則がある」、「~先生の臨床データでは、…」などと裏づけ・根拠をひとつひとつ示しながら話す、
c) 「現状把握」..ここで一度冷や水を浴びせる。「あなたは、こういう問題を抱えている(これまでのこうしたふるまいが悪いとか、中には、前世の因果応報(酬い)であるとか、顔相や手相が悪い、方位(風水)が悪いとか脅しながら)」と悪い、問題がある限定の現実を突きつけ、「理想はココ、今のあなたはココです」と理想と現実のギャップを示し、自己変革の必要性を認識させ、
d) 「目標設定」..「小さな階段をコツコツ地道に上っていけば、あなたも理想に到達できる」とあるべき方向性を示していく、
e) 「支援表明」..「私が、あなたを全面的に支援するから、理想を手に入れられるようにいっしょに頑張ろう」と一体感を感じさせる(許してもらうことを目的とした「~します」「~することを約束します」といった「決意表明」はオ)に該当します)、といった5つの手順の「型」で表されます。
 また、 基本的なマインドコントロール手法は、
ア) 「思考操作」..「リーダーは絶対的な存在である」と刷り込ませることや、思想や理念をあたかも唯一の心理で正しい道だと思い込ませる
イ) 「感情操作」..例えば、なにかに対して極端に罪悪感を抱かせたり、自分との生活でこそ最高の喜びを見いださせると思い込ませたりする。また、自分がなにか失敗をしても、それは自分の責任ではなく、遠まわしにでも妻のせいだと信じ込ませ、深く罪悪感を抱くようにもっていく
ウ) 「情報操作」..余計な情報を遮断する。自分の主張が唯一無二であり、その他は間違ったものになるので、テレビの情報、親やきょうだい、友人と接することを禁じる
エ) 「行動操作」..誰かと一緒に行動させたり、集団生活をさせたりすることで、行動そのものを手中に入れる。過酷な労働をさせたり、考える時間を奪ったりする、の4つの型で表されます。


(5) シェルターや児童相談所を非難する免罪DV信奉者
 上記(2)-イ)「受け入れられない(納得できない)事実や現実をつきつけられたとき、自分で受け入れられる(納得できる)理由や根拠を見つけだし、事実認識を置き換えてしまう」、カ)「運命論・神秘性さを随所に持ちだしたり、独自的なものごとの捉え方をし、時に強迫観念に囚われ、自己認識(仮説)でしかない考えを嘘偽りのない真実として論じていたりする」“傾向”のあるDV加害者が、妻が家をでて行ったとき、妻宛にどのようなメールを送るのかを「事例48」のケースを、再度、事例159で見ていきたいと思います。

-事例159(分析研究17)-
 妻Aは、携帯電話のGPS機能を利用され夫Mに居所を特定されることのないように、携帯電話の電源を消していましたので、離婚調停ははじまっても、携帯電話の着信、受信メールに目を通すことはありませんでした。離婚調停において、夫Mがどのような人物なのかを示すうえで、夫Mが妻A宛に送ったメールは重要でした。そこで、妻Aが使っていたフリーメールには、69件のメールが届いていました。さらに、夫Mが、妻Aの友人宛に送った3件のメールは、友人から妻Aに転送されてきていました。そして、のちに確認したAの携帯電話には、61件のメールが送られていました。
 夫Mは、妻Aが子どもを連れて家をでたまま帰ってこないことから、早朝(3-5時の間と想定されます)、捜索願をだしに警察署を訪れます。妻Aは、役場の職員につき添われシェルターに入居する前に警察署に立ち寄り、「捜索願の不受理届」を提出していたことから、応対した警察官に、「捜索願は受けとれない」こと、そして、「DV被害を受けたとしてシェルターにいる」ことを知らされます。
 そして、夫Mは、警察署でその事実を知らされてから、36時間後に、「もしシェルターにいるなら、一刻も早くでてきなさい。」と妻Aのおこないを非難し、「シェルターとは、一種の宗教的な施設でさまざまな洗脳があるはずです。」などと記したメールを妻宛に送りました。以降、「いろんなことを吹き込んで、俺のところに戻ってくることを拒むと思う。」、「役所の連中はノルマがあって、1人シェルターに入れるごとに300万円の補助金が降りる仕組みになっているんだよ。」、「シェルターは国の税金を霞めとって運営しているDV離婚産業なんだから、騙されちゃダメだよ。」、「産後うつを利用した離婚ビジネスの餌食になっている。」とシェルターや児童相談所を非難しつつ、“誤り”に気づかせようと諭すメールを送っています。
 重要なことは、こうしたメールを送っている間に、夫Mは「妻が家をでて行った理由は自分にあるのではなく、シェルターに騙されたからである」と自分が納得できる理由に置き換え、本人の中では、疑う余地のない真実のことになっていくことです。
 夫Mは、警察署でDV被害を相談していたこと、そして、シェルターに入ったことを知らされ、上記のメールを送る36時間で、DV被害でシェルターに入るということがどのようなことなのかネットで調べ、いまの自分の心境にパッタリとあてはまるサイトをみつけだしました。それは、シェルターや児童相談所を悪徳なDV離婚産業と位置づけ、それら機関に妻は騙され、自分から妻と子どもを奪った“敵”であるとして糾弾するDV加害者が開いたサイト(ブログ)でした。そこには、妻や子どもを奪った行政やシェルター、そして、弁護士や裁判所を悪の象徴として徹底的に糾弾しようとする内容が綴られていました。つまり、自身のDV行為を認めないDV加害者たちが、「免罪DV被害」を訴えるものです。
 そして、夫Mは、妻Aに対し、自分は間違ったことをいっていないことを示すために、妻A宛のメールに、a)悪徳DV法 娘を連れ去られた怒りのblog、b)子どもの未来を大切に 子どものこころを壊してしまう裁判所・児童相談所問題を研究します、c)児童相談所の拉致なんてありえない、d)続..児童虐待、DV、女性センターについてはあわせて要望しよう、e)DV免罪による離婚の仕組みと利権に群がる暴走フェミニスト(1)(2)、f)DV免罪に加担するフェミニスト・カウンセラー、g)(DV免罪)離婚ビジネスで大儲けするフェミ「DVチェック」の矛盾、h)離婚シングル、児童相談所巨大利権構造の実態。弁護士や行政を信用するな、i)maのブログ DVシェルターに入ってはいけません!、j)主婦が解くDVでっち上げ解決マニュアルのブログのURLを貼りつけたのです。
 つまり、夫Mは、妻Aにこれらのブログを読むことを求め、妻Aのおこないがいかに愚かなものかを悟らせようと目論んだのです。また、妻Aが家をでて行ってから28日後に、夫Mが妻Aの友人宛に送ったメールには、「…。実際、妻の通話履歴より失踪当日に(妻AがDV相談をしていた)役所へ連絡を取っていました。73分間話した後、…」と記しているように、夫Mは、妻Aの詳細な通話状況を把握していました。そして、妻Aの友人宛のメールにも上記URLの2点を貼りつけていることにも、夫Mの自己主張の強さが表れています。夫Mは、妻Aが家に置いてきてしまった「機種交換前に使用していた携帯電話」に残っていたメールのやり取りすべてに目を通していることが、夫Mから妻Aに送ったメールで明らかになっています。さらに、同時に、夫Mは、探偵事務所に妻Aの居所を探すように依頼しています。
 そして、妻Aが申立てた離婚調停、妻Aが家をでていってから3ヶ月後に開かれた第1回調停に、妻Aが顔を見せなかったのを受けて、暴力のある家庭環境で育ち、自己と他の境界線があいまいな夫Mは、「騙されてシェルターに入れられたDV被害者が、子どもを児童相談所にとりあげられ、児童相談所と闘っている」と訴えるブログ*を読み、調停に顔を見せなかった妻Aは、同じ状況にあるのではないかと妄想し、強迫観念に怯えるようになっていきます。
 第1回調停から1ヶ月後、夫Mは、妻A宛に「AのことをビジネスライクにDVシェルターに入れたように、次は子ども達が児童相談所に入れられるようになる可能性が高いんだよ。確実に目はつけられちゃうんだよ。児童相談所に子どもを入れると、やはり国から補助金が出る仕組みになるんだよ。児童相談所に連れていかれたら、もうお手上げなんだよ。」、「だから頼むから子ども達から目を離さないで守ってあげて、本当にお願いします。児童相談所が子ども達を狙っているんだよ。」、「今、Aは離婚ビジネスのベルトコンベアー上にいます。このまま、離婚したら子ども達は連れ去られます。ってか、離婚しなくても取り上げられる可能性が高いんだ。本当にマズイ状況だよ。」などと記したメールを送りつけたのです。
 では、「Ⅳ-24-(3)妻が家をでたあと、DV加害者が送るメールやLINEに認められる特徴」と「-(4)感受性訓練の要素を組み込んだ手法に似通っている論理構成」を踏まえて、夫Mから妻A宛に送られた69件のメールを大きな流れで読み解いてみると、以下のような傾向が表れてきます。
 ア) いかに心配しているか、身を案じているかと優しいことばをなげかけ、自分が味方であることを示したあと、イ) 「妻Aが子どもを連れて家をでていったのは、産後のうつを利用した離婚ビジネスの餌食になっている」とサイトやブログ記事のURLを貼りつけ、その根拠(理論提供)を示しながら“持論”を展開しています。そして、ウ) 「騙されている、洗脳されている」と悲劇を大袈裟に嘆きながら、妻Aのとった愚かで、恩知らずなおこないを徹底的に否定し、批判し(現状把握)ながらも、それを、エ) 「正しく判断できないのは、産後うつと境界性パーソナリティ障害に原因がある」と独自の解釈で、だから仕方がないこと(現状把握)としています。一方で、オ) 「そこから、救いだせるのは自分しかいない」と強く自己存在を訴えています。さらに、カ) 「既に、カウンセリング先を決めている。親からの過干渉による心の病を治せるのも俺しかいない(目標設定と支援表明)」と、俺だけがお前のことを理解してあげられる、お前を助けだせるのは俺だけ、お前が信じるのは俺だけしかいないと思い込ませようと試みています。
 さらに、夫Mが妻Aに送ったメールの文面には、「Ⅱ-9-(17)アタッチメントを損ない、抑圧がもたらした凄惨な殺害事件」でとりあげた事例87-95の加害者、「Ⅱ-11- (9)性的サディズムと人格障害などが結びついた誘拐監禁・殺傷事件」でとりあげた事例136-141の加害者の何人かに見られるように、神秘的なできごとに傾倒し、独特なものごとの捉え方で持論を真実のようにとくとくと述べる特徴が認められます。
 その文面のひとつが、「亡くなったAの爺さんは立派な方です。会った事はないですが尊敬に値しています。Aにもその血が流れているからこそ、結婚したと言っても過言ではありません。しかし、その血が薄まったのではないでしょうか。その原因として考えられるのが、出産の際の流血です。そもそも、AはK家の血の方が濃かったと考えられます。しかし爺さんや婆さん、俺等と生活して行くうちに、K家の血が薄くなり、A自身が作り出した新たなAの血が、Aを作っていたと考えられます。だが、その血も出産の際の流血で多く流れ出し、また新たな血を作る事になりました。恐らくは、その血はK家の遺伝子が多く含んだ血液だったのではないでしょうか。悲しい思いや、嬉しい思いは、実は頭ではなく心臓で記憶するのではないかと考えます。一つ一つの感情の歴史を心臓で記憶し、血液にして体中に巡らせる。体で覚えている事ってありますが、実は心臓がその役を担っているのではないかと考えます。しかし、その心臓も、流血が多かったり、産後の鬱状態では機能を低下し、感情を記憶する血液を作り出すことが出来なくなるのではないでしょうか? その結果、産まれ持った純粋な血液を送り出すことしか出来なくなると考えられます。産まれ持った血液とはAの場合、Kの血です。その血が一気に濃くなったせいで、今回の逃亡劇につながったのではないでしょうか?」というものです。この文面の異様さは、先の加害者(殺人者)にも感じる不気味さに共通するものです。こうした夫Mの歪んだものごとの捉え方が、DV加害者たちが自らのおこないを認めず、被害者支援に携わる人たちを「DV離婚産業(ビジネス)」と呼び、悪の象徴として糾弾する考え方に傾倒していったこととは無関係ではないわけです。
 「Ⅰ-5.被害者心理。暴力で支配、マインドコントロールされるということ」を通じて、人は、同じ人から相反する受容(優しさ)と拒絶(批判・殴る・無視)のおこない(ことば)を繰り返されると、「どちらが本当だろうか」「この前とはうって変って、いったいどうしたのだろう」と困惑し、それらが継続的に繰り返されることによって、「なにがなんだかわからない」と思考を混乱させてしまうことを説明してきました。夫Mが、妻Aに送信したメールの数々には、恐怖感を抱かせ、そして、優しいことばを交え、おこないを否定し、愚かなおこないと非難し、とくとくと説き伏せる持論を展開し、思い通りにことを運ぼうと目論んでいる行動・言動パターンが読みとれるものでした。しかも、夫Mは、自らの思いや感覚を神秘的なもの(特別なもの)と結びつけ、おきたできごとを運命や試練と納得させようとするだけでなく、一方で、第三者(世の中、社会、誰々と固有名詞を設けて)を共通の“敵(悪の象徴)”に見立てて徹底的に叩こうとする偏ったものの考え方をしています。
 夫Mは江戸時代から続く老舗割烹料理店の後継者として仕事をし、生活します。つまり、DV加害者が普段見せている顔、普段の言動からでは、どのような人物なのかを見極めることは不可能です。加害者と被害者という関係性だけで見せる顔、言動(加害行為)をつかまなければ、対外的に被っている仮面(ペルソナ)、つまり、化けの皮を剥がすことはことはできないのです。問題は、そして、「Ⅳ-25.悩ましい面会交流。いま司法はどのように捉えているか」に記しているとおり、平成24年4月、改正された民法766条の施行に伴い、夫Mのように明らかに人格に歪みがあると思われても、エフピックなどの第三者機関を介して子どもとの面会交流の実施は可能との判断を示しているということです。


(6) シェルター、児童相談所に不信感を抱くのは、加害者だけではない
 「騙されてシェルターに入れられたDV被害者が、子どもを児童相談所にとりあげられ、児童相談所と闘っている」と訴えるブログ*を読み、…」と記しているとおり、DV被害を訴え、一時保護の決定がされてシェルターに入居した被害者、そして、DV被害者であっても、PTSDの症状などで精神的に不安定で子どもの養育に支障がある(ネグレクト、身体的虐待など)とされ、児童相談所が子どもを児童養護施設に入居せざるを得なくなった被害者の中には、シェルターや児童相談所、そして、弁護士に不信感を抱いていることは少なくありません。

-事例160(DV13)-
 新しく入所してきた女性の部屋から、突然、「テメエぶっ殺してやる!」、「ナタで切り刻んでやる!」と大声で叫び声をあげながら、壁をドンドンと叩き、床をドンドンと踏みつける大きな音が鳴り響きました。隣の部屋の女性が、職員を呼びにきました。職員がかけつけると、女性は半狂乱になっていました。提携先の病院に連絡をとり、診察後、緊急入院することになりました。

-事例161(DV21)-
 母親とともに、DV被害から母子棟に逃れてきた生後まもない女児の様子がおかしいと医療機関を受診させると、父親(母親の夫)から身体的な虐待を受け、後頭部に脳浮腫ができ、重度の知的障害と下半身まひを負っていて、入院先の医療機関からそのまま障害児入所施設で暮らすことが決定されることになりました。
 10歳になった女児の知能は1歳児程度で、ことばを発することができません。

-事例162(面前DV22)-
 母親とともに、DV被害から母子棟に逃れてきた3歳の男児は、食欲をコントロールすることができず、あるだけ食べ続け止めることができません。身長は110cm、体重は24kgで、身長は5歳男児、体重は7歳男児(小学校2年生)レベルと大きいものでした。コントロールできないのは食事だけでなく、母親が手を放すと、施設の外の車が通る道にバァーとかけだしてしまいます。男児は体が大きいので力も強く、母親の力ではもう男児の衝動的な行動を止めることもできない状況でした。3歳の男児は、医療機関で入院後、障害児入所施設で暮らすことになりました。母親は、そのまま母子棟に残り、家庭裁判所に離婚調停の申立てをしたあと、転宅し(アパートを借り)、生活保護を受給して生活の再建をはじめました。

 シェルターに入居したDV被害者には、強いPTSDの症状(うつ症状を含む)を起因とするパニックをおこしたり、情緒が不安定であったりすることが少なくありません。その程度如何では、ネグレクトに発展する可能性が高いと判断されたり、感情をコントロールできずに大声で怒鳴りつけたり、叩いたりする虐待の事実が確認されたりすることもあります。それだけでなく、虐待を受けて育ってきた子どもに重い障害が認められ、子どもが児童相談所(児童養護施設、乳児院、障害児入所施設、情緒障害児短期治療施設)に預けられたりすることもあります。
 こうした事態になったとき、自己と他の境界線があいまいな母親は、子どもとひき離された現実を受け入れることができず、”自分のものを奪われた”と敵意を表すことがあるのです。そうした強い不満を持ったDV被害者は、「騙されてシェルターに入れられ、子どもを児童相談所にとりあげられ、児童相談所と闘っている」とサイトで訴え、怒りの感情をぶつけるのです。その怒りの感情は、怒りの感情を抱える人の心を惹きつける魅力にあふれたものです。その結果、DV被害者でありながら、他の家庭のDV加害者を支援するといった歪んだ構造がつくられているのです。当然、男性が世の中心で女性は男に尽くす者という考えで、「配偶者暴力防止法」や「児童虐待防止法」の存在を疎ましく思っている弁護士もいるわけです。こうした弁護士にとって、冤罪DVという事案、つまり、仕事(マーケット)が存在することになるわけです。
 被害者本人はもちろんですが、被害者を支援する者は、こうした事実を把握しておくことも重要なことです。

 また、福祉事務所の職員から「施設に入ってもらったのに、どうして家に戻ってしまうのでしょうか?」と訊かれることがあります。この問に対しての回答は、「Ⅰ-5.被害者心理。暴力で支配、マインドコントロールされるということ」などで述べてきましたが、ここでは、施設への不満感情を踏まえて説明しておきたいと思います。
 そこで、母子棟に入居した被害者から支援者宛に届いた1通のメールに目を通していただきたいと思います。

-事例163(分析研究18)-
 一時保護を受け、母子棟に入居しているDV被害者が、支援者(アドボケーター)宛に送ったメールには、「・・市・・母子ホームのUという先生が人のことをバカにしたり、私の話を聞かないで勝手に物事を決めつけたり、時間内に帰ってきてるのにもかかわらず、文句をいったり、私と彼氏のことを離れさせようとしたり、侮辱したりしてきます。規則やマナーを破ったこともないのにもかかわらず、外出禁止といういわゆる、監禁状態にさせようとしています。携帯電話もとりあげられ、友だちに連絡もとれず、毎日ストレスがたまってたまってどうしようもありません。言葉の暴力なんか日常茶飯事ですし、どうしていいかわかりません。こんなところに居たくない。通報したい。消えてほしい。」と書かれていました。

 交際相手や配偶者からの暴力に耐え切れず、シェルターに逃げ込んだものの恐怖の瞬間が去ると同時に底知れない寂しさに耐え切れなくなり、交際相手や配偶者のもとに戻ってしまうDV被害者は決して少なくはありません。こうした「見捨てられ不安」を抱えるDV被害者は、役場の職員や施設の職員に「暴力はなくならない。だから、別れてなきゃ。」となげかけられても受け入れられず、反発するようになります。職員のそうしたことばは、親や交際相手、配偶者がそうであったように、命令、詮索干渉されていると心が反応し、避けようとします。それが、反発という姿勢に表れるのです。第1章(児童虐待とドメスティック・バイオレンス)、第2章(児童虐待と面前DV。暴力のある家庭環境で育ち、暮らすということ)を通じて、こうした反発も暴力で傷ついた反応(トラウマ反応)のひとつであることを理解していただけるのではないでしょうか?
 加えて理解しておく必要があるのが、「Ⅰ-3-(6)被害者に見られる傾向、加害者が持つ特性」の中で「人の脳は“快楽刺激”を優先する」と記しているように、人の行動は、本能(欲求)が優先されるということです。第二次世界大戦後70年(平成27年8月15日現在)を経過したの日本で、極限の生活のひとつは、真冬のホームレス生活と考えることができます。
 緊急一時保護センター(東京都と都内23区の「路上生活者自立支援事業(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年、10年間の時限立法))」)に、就労意欲があるとして保護された路上生活者は、温かい寝床と3食の食事(弁当とみそ汁)、そして、(2日おきの)温かいお風呂などを与えられ、「ありがたい。」、「助かった。」と感謝のことばを述べますが、1週間ほどその生活が続くと、「弁当が冷たい。」、「まずい。」など不満を口にするようになります。そして、缶集めなどでお金を得ていた者は、得たお金で自由に買い物ができていましたが、自由になるお金がなくお酒を買うことができないことから(どの施設に行くのかのアセスメントまでの2ヶ月間は、3食の食事をとること、入浴をすること、治療を受けるなど心身のケアをすることが目的であることから、いかなる労働であっても働いて収入をえることは禁じられます)、ルールに縛られた緊急一時保護施設から「早くでていたい。」と口にするようになります。それは、アセスメントで働くことが可能と判断された者は、就労支援をおこなう次の施設に移り、ハローワークに通い就職先を探す意欲を示すものではなく、そのときに一時金としてわたされる2,000円が目当てなのです。その2,000円でワンカップの酒を買い、酒を体に染みわたらせたいからなのです。当然、就労支援をおこなう施設でも飲酒は禁止ですから、仲間と酒を飲んで、施設に帰らず、ホームレス生活に戻っていくのです。
 こうした路上生活者のひとつの思考・行動パターンは、人の脳は、安全・安定した生活よりも、“快楽刺激”を求めることを示す典型的な例ですが、薬物、アルコール、ギャンブル、セックス、暴力による快感が、「生理的欲求」、「安全の欲求」よりも優先されることを示しています。例えば、ギャンブル依存状態は、過去の負けた嫌な記憶(総額いくら負けているのかといったブレーキとなる記憶)は残さず、勝ったときの“悦に浸っている瞬間”だけの記憶を残すことになることから、歯止めたがきかなくなるのです。
 「生理的欲求」、「安全の欲求」というのは、「Ⅰ-5-(4)暴力、洗脳、マインドコントロール」の「*-2」で説明しているマズローが論じた欲求5段階説で示された「人の欲求には段階があり、ひとつの欲求が満たされる次の欲求を満たそうとする」というものです。つまり、人は、食べること、排泄すること、寝ることなど、人として生命を維持する最低限のことを求める欲求(生理的欲求)がみたされたると、次は、誰にも脅かされることなく、安心して食事や睡眠がとれる場所を求めるようになります。雨風をしのぐための住まいを求めたり、戦争や紛争がない環境で生活したいと願ったりする(安全の欲求)ということです。“酒を飲みたい”との強い欲求(快楽刺激)は、ときに、生理的欲求を凌駕してしまうわけですから、人が、薬物、アルコール、ギャンブル、セックス、暴力で得られる強烈な刺激(快楽)を優先してしまう状況に陥っているとき、「身の破滅させる」、「犯罪者となる」、「家族を破綻させる」といったことばは抑止にはならないのです。
 事例163で紹介した支援機関にメールを送られた被害女性は、交際相手からの暴力から逃れるために、一時保護を求め、シェルターに入居することになりました。その瞬間、被害女性は「生理的欲求」、「安全の欲求」を満たすことになりました。先の緊急一時保護センターに入居した路上生活者の人のように、しばらくは、暴力に怯えずに眠る安全で安心できる生活環境に安堵します。しかし、その安全で、安心できる生活に慣れはじめると、また、日常的におこなわれていたメールやLINEを使ったやり取りを楽しんだり、フェイスブックなどのSNSに日々の写真を投稿して何件の「いいね」があるのか楽しみに待ったり、友だちとカラオケに行き楽しんだりしたいとの思いがふつふつとわきはじめます。被害者に訪れるこうした状況は、マズローの欲求5段階説では、人は、安心して食事や睡眠がとれる環境が整うと、今度は、なにかをいっしょにしたり、話し合う仲間が欲しくなったり、なにかの集団(グループ)に属そうとしたりする欲求が強くなっていく(社会的欲求)ことを示すものです。仲間をつくれなかったり、集団・組織になじめなかったりするなど、この社会的欲求が満たされないと、人は、孤独感や社会的不安感を抱くようになります。
 そのため、暴力のある家庭環境で育ち、強い「見捨てられ不安」を抱えている被害者の中には、思春期後期になり、嫌な思いをさせられる暴力のある家庭に寄りつかなくなったり、援助交際をして生活費を稼いだり、しばらくの間、過ごす場所を確保するために男性の家に身を寄せたり(宿カレ)しながら、家庭でのツラい体験の記憶を残さず、そのひとときの楽しさ(快楽刺激)溺れた記憶を残すことで心のバランスとらなけれえばならなかった被虐待者と同じ心理状況が表れることがあるのです。安全で、安心できる環境を手にすることができたとき、暴力によるダメージの大きさは関係なく、交際相手や配偶者に抱いている恐怖心の差が表れることになります。それは、安全で、安心できる環境を手にすることができたとき、「見つけだされ、連れ戻されること」、「連れ戻されて、再び、激しい暴力を受けること」への恐怖心が残り続けるのか、それとも、安全な場所で嵐が過ぎ去るのを怯えながら待ち続け、嵐が去り青空が見えた瞬間、嵐に怯えていた記憶は吹き飛んでしまうのかの違い(差)です。後者の場合、青空のもとへ飛びだしていきたいのに、規制がかかっているわけですから、事例163の被害女性のように、“この状態”に、強い不満を抱くことになるわけです。また、そのひとときを楽しむ(快楽刺激)ことで、ツラい日常と向き合うことを避けて(回避して)きたわけです。つまり、地に足のついていないふわふわした危うさを抱えている人たちということです。
 この危うさを抱えているDV被害者は、加害者から謝られたり、優しく甘いことばをなげかけられたりすると(“情”を刺激されると)、楽しかった記憶、優しくされた記憶快楽刺激)が勝り、加害者のもとに帰ることになるわけです*。
* 一方で、DVや虐待案件に携わる者(支援者)は、ときに、被害者や当事者の反発した態度に”わがままだ!”と苛立ちを感じたり、加害者のもとに帰ってしまうふるまいには「どうなっても知らないから!」と怒りを感じたり、「助けることができなかった」と失望感を抱いたり、助けることができなかった事案が続くと、「自分(たち)はなにもできない」と強烈な無力感に襲われたりすることがあります。
 このマニュアル(レポート)においても、支援者のとり組む”姿勢”とか、被害者や加害者の決意とか、覚悟とかいうことばを使用する機会が多々ありますが、暴力のある家庭環境には、なにかにとり組むための姿勢とか、新たなことや目標を達成する(成し遂げる)ための決意とか、覚悟とか、約束を守るいった世界観は存在していないのです。このことを理解することができれば、覚悟がないことに苛立ったり、約束を守らないことに怒りを感じたり、失望したりすることはなくなります。支援者は、それも、暴力のある家庭環境で育ってきた者の特性という事実(情報)として受けとることが大切なのです。重要なことは、次の策(対応のあり方)を模索するうえで、有効な事実(情報)が得られたと考え、支援に生かすことです。


(6) 被害者宛のメールからストーカーリスクを見極める
 元交際相手や元配偶者に対してのストーカー行為の特性、そして、ストーカー殺人事件については、「Ⅰ-4.デートDV。別れ話の切りだしたことが発端となるストーカー殺人事件」で詳しく説明していますが、近年、あまりにも凄惨なストーカー被害が繰り返されていることから、ストーカー被害の防止や対策のあり方などがメディアでとりあげられる機会が増えてきました。その中で、「受信したメールを無視したり、着信した電話を無視したりしたことや、警察に相談され呼びだされ注意を受けたことに対し、加害者が強く反応し、ストーカー行為を過激にするきっかけになった。」という指摘がされることがあります。
 その指摘は間違いではありませんが、最初に着目しなければならないことは、受信したメールを無視したり、着信した電話を無視したりする前に、どのようなやり取りがされていたのか、つまり、どのような初期対応がとられていたのかということです。
 交際していた人や配偶者に、突然、別れ(離婚)を切りだしたり、家をでて行き姿をくらましたりされると、誰でもどう気持ちの整理をしたらいいのかわからなくなります。そして、「突然、どうしてなのか」との疑問や不満を消化(解決)したいと、「納得できる理由を聞かせて欲しい」と接触を試みたい衝動に駆られます。相手の気持ちを汲んで、なんとか自身の気持ちを整理し、消化することができれば、つきまとうなどストーカー行為に及ぶことはないわけです。しかし、ストーカー行為に及ぶ人は、こうした疑問や不満を消化することができなかったり、自己と他の境界線があいまいであることが障害となり、「自分は別れるつもりはない」との思いに固執してしまったりする傾向が強いのです。そのため、激しく抵抗を示すことになる、つまり、執拗につきまとうストーカー行為に及ぶことになるのです。そこには、アタッチメントの再獲得者として選んだ相手からの別れ(決別)は、強烈な「見捨てられ不安」が刺激され、手放してはならない(縋りつこう)との歪んだ認知が存在しています
 したがって、DV加害者にとって受け入れる(納得する)ことができない“別れ”を、突然突きつけられたとき、加害者がどのような行動にでるのか見極めるには、加害者と被害者の関係性を、加害者の生育環境を踏まえて正確に把握することが欠かせないのです。
 そして、その“突然”に復縁を期待できる含みがあったのか、なかったのかについても、重要な情報です。反省のことばやり直したい思いをつづったメールに心を動かされ、メールを返信したり、電話で話したり、呼びだしに応じて何度か話し合いに応じたりしていた中で、やっぱりこの人は変わらないなと思い知らされ、DV被害者支援機関や警察などの第三者に相談し、突然、“着信(受信)拒否”という意思表示を示すようになったのか、別れると決意した以降、最初から受信したメールや電話の着信に反応していなかったのかということです。同じ拒絶の意思表示であっても、“状況”は違うことになります。
 加えて、「心変りしたのは、第三者の余計な入れ知恵のよるものだ。アイツは騙されている。目を醒まさして、俺が助けだしてあげないと…」といった“正義の味方”という恩旗を背負う要素が絡んでいるかということも重要な情報です。なぜなら、その第三者が、両親やきょうだい、祖父母、親戚、友人、上司や同僚というときには、長崎ストーカー事件のように、その人たちが加害対象になりかねないからです。俺とアイツの仲を引き裂いたヤツを排除すれば、アイツは俺のもとに戻ってきてくれるに違いないとの歪んだ認知がモチベーション(動機)となってしまうのです。自分に危害を加えるもの(危険)を排除してしまえばいいという思考パターン(考え方の癖)です。
 重要なのは、DV加害者と「別れる」「関係を断ち切る」ためのプロセスの中で、被害者からの突然の別れの意思に対し、加害者がどう受け止めているのか、感情がどのように変化しているのかを正確に、タイムリーに把握することなのです。つまり、常に、状況に変化は見られないかを把握しておくことが必要になるということです。状況の変化を見極めるプロセスを疎かにした助言(対応)は、判断や助言の過ちを招いてしまうことになりかねないのです。
 状況の変化を把握するうえで欠くことができないのが、加害者から被害者宛に送られてくるメール、留守電に残っている伝言の“文言”です。メールの文面や電話の内容には、加害者の心がどう変化しているのかを見極める多くのヒントが隠されています。加害者から送られてくるメール(加えて、留守電に録音された音源や電話での会話を録音した音源)を時系列に整理し、文面などを詳細に分析することで、刻々と変わる加害者がなにを考え、どのような心理状態なのかを把握することができるのです。加害者の心の変化の動きを正確に読みとるには、繰り返しになりますがⅰ)「別れ」を決意するまでの経緯(出会いのいきさつ、“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれてきたのか”といった暴力の状況)、ⅱ)「別れ」を切りだしたときの状況、そして、ⅲ)その後の状況といった情報は欠かせないのです。
 平成23年に逗子市でおきた離婚後の凄惨なストーカー事件以降、相談対応にあたる警察では、メールの件数そのものよりも、メールを送られた相手が、そのメールに恐怖や脅威を感じているかどうかに重きをおくようになっています。平成25年7月23日に「ストーカー規制法」の一部法改正がおこなわれ、「電子メールを送信する行為の規制」が加わる中で、メールに書かれている文章やことばの使い方、表現など、いくつかの点を総合的に判断するようになっているのです。
 それは、以下のように、加害者の言動にもとづいて危険度合い(被害者の置かれている状況)を把握していきます。
ア) 別れ(離婚)を切りだしたあとのメールで「やり直して欲しい」と渋るようならストーカーリスクは「やや危険レベル」となり、
イ) 「責任をとれ」、「約束を守れ」などなにかを要求してきたり、「死んでやる」、「~しないと自殺する」と自殺をほのめかす言動がみられたりするときには「危険レベル」、
ウ) 「殺してやる」などと脅迫する言動がみられたり、待ち伏せを行ったり、友人や親兄弟を脅すことがあったときには、「かなり危険レベル」として、一時保護するなどの緊急対策が必要になります。
 加えて、ことばだけなのか、実行に移すリスクの判断については、「Ⅰ-4- (3)デートDVとストーカー殺人事件」でとりあげた事例51-54のあとに記しているような「パラノイア(被愛妄想)系」、「自己愛性」、「ボーダーライン系」などストーカータイプなど特性を検討する必要がでてきます。そして、パラノイア系、自己愛性系、ボーダーライン系の特性を理解するためには、「Ⅱ-12-(8)人格障害とは」でとりあげている人格障害(パーソナリティ障害)の特性を理解するとともに、事件研究としてとりあげた52の事例における加害者のものの考え方(犯罪者心理)に精通していることが欠かせません。
 こうしたバックボーンにもとづいて、事例159の夫Mのように、自らの思いや感覚を神秘的(特別なもの)と結びつけ、おきたできごとを運命や試練と納得させようとしたり、一方で、「俺は悪くない、悪いのは社会だ」などと第三者(世の中、社会、誰々と固有名詞を設けて)を“敵”に見立てて徹底的に叩こうとしたりする、もしくは、排除する傾向がみられるときには、その認知の歪みの状況から、ストーカーリスクはかなり高く、しかも、危険性もかなり高いとみなされることになります。
 そして、DV被害の中で、(被害者が本気でなかった、冗談交じりと表現しても)一度でも首に手をかけたことあり、性行為を強いるなど性暴力があり、詮索・干渉、束縛が認められるときにはもっとも危険性が高いケースとして、つまり、カッとなり我を忘れたときに殺害に及ぶリスクがあると考え、明確なこれからの方向性を考えておかなければならないのです。
 また、脅しのことばが書かれたメールは“脅迫”の証拠になり、刑事告訴(被害届をだし、事件として起訴する)には必要不可欠です。会っているときや電話であれば、会話を録音し、証拠の確保に努めるようにすることが大切です。


(7) 「自殺」を匂わせて心を支配し、別れる意志を阻害する
 「Ⅰ-4-(2)デートDVから結婚に至る経緯」では、デートDV被害を受けながら、結婚に至ったケース(事例47-50)をとりあげ、事例42では、中学校の同級生であった夫と再会し、9年間に及ぶ遠距離交際を続けたあと上京すると、聞かされていた話が嘘と偽りであることに恐怖を感じ知人の家に身を寄せ、ストーカー行為による恐怖で別れることができず結婚に至ったケース、さらに、事例72では、深夜までの暴行(性暴力を含む)後に家をでたあと、夫から「家を燃やす。」、「死にます。」、「力入れたら刺さった。おまえは止める気もないのもよくわかった。」と自殺を匂わせるメールが届き、慌てて家に戻ったケースをとりあげました。
 ここでは、人は「死」をかけひき(脅し文句)に使われると、別れる意志を阻害され、無力化してしまうことを理解していただくために、2つのケース(事例)を見ていただきたいと思います。

-事例164(分析研究19)-
 交際してまだ間もないとき、夫Pは、私に「昔、自殺しようとした。」とうちあけました。以降、私はPに“自殺をされたらどうしよう”と考えるようになりました。そして、Xjapan Hideの自殺が報道され、しばらくした深夜の電話で、Pは「いま、同じような方法で死のうと思ってやったけど死ねない。」といってきました。私は慌てて、Pの家に駆けつけた。しかし、ロープを吊るした痕跡等、自殺を試みた気配はありませんでした。
 私(W)が、Pの実家に行ったとき、突然、「母親の返事の仕方が気に食わない!」と暴れだし、椅子を投げました。止めに入った私は、Pに義母といっしょに土下座をさせられました。この人に逆らったら、なにをされるかわからないと恐怖で、別れることなどできないと思いました。結婚直前、Pは電話で「いまからお前の家に行ってやる!」と怒鳴り、私の実家に押しかけてきたこともありました。本当に、怖ろしかったです。
 Pと結婚すると、Pは就寝中に、「テメエ、バカヤロー!」と怒鳴り声をあげたり、ワーワー喚き散らしたりすることがありました。そして、Pはめまいを訴えるようになり、耳鼻科で紹介された大学病院でMRIを受けることになったとき、Pは、私に「つき添って欲しい。」といいましたが、私が「仕事もあるし」と渋ると、「俺がいわなくとも、自分からつき添うというのが女房だろ! お前は本当に酷い女だ!」、「あんな狭いところで、俺は閉所恐怖症だ!」、「お前に俺の気持ちがわかるか!」、「俺は本当に苦しんどるんだぞ!」と怒鳴り散らしました。MRI検査などでは異常は見つからず、Pはメンタルクリニックに通院をはじめました。Pは「俺は本当に自殺ぎりぎりだった」と訴え、「お前は俺を理解していない。お前じゃダメだ。お前なんかいらん。死ね!」と怒鳴りつけ、「ぶっ殺すぞ! 顔面グーで殴ったろか!」、「Y家を敵に廻すと怖いぞ。T家なんかあっという間だ!」、「俺の病院につき添ったことが一度でもあるか? ないくせに! 俺のことを文句いうな!」と非難し、責め続けました。そして、Pは「見た目は普通に見えるかもしれんが、俺は病気なんだぞ! いたわれ! 理解しろ!」と声を荒げる日々です。

-事例165(分析研究20)-
 私は、夫Nに「満足な食事は衣服など与えられず、親から虐待(ネグレクトを含む)を受けて育った。」、「小学校の低学年のときに両親が離婚し、自営業を営む父親がひき取り、中学校のときにK市内に引っ越し、父の母親(祖母)と同居をはじめた。」と生い立ちを聞かされ、自分の生い立ちと重ね合わせ共感してしまいました。Nを心底かわいそうだと思い、また、私が支えなければと強く思いました。私は、私の友人から「Nは結婚しているけど、浮気を繰り返し、女癖が悪いよ。」と聞かされていましたが、私ならうまくやれる、なんとかしてあげられる、そして、Nを支えられるのは私しかいないと思いました。
 そして、Nが妻との離婚調停で、私との不倫をしたことに対する慰謝料を支払うこと、2人の子どもの親権は妻が持つこと、そして、養育費を支払うことが決まり、離婚が成立しました。するとNは、私に「いま、○○にいる。車にガスコンロを持ち込こんだ。死にたい。」と自殺を伺わせるメールを送ってきました。私は、車で1時間半かかる場所まで、「死なないで」と祈りながらかけつけました。かけつけると、車の窓に目張りはされておらず、自殺していませんでした。このとき、私は、Nを「私がさ支えなければ」と本気で思いました。このことが、両親の反対があっても、私が、Nとの結婚に踏み切る動機となりました。しかし、あれだけ優しかったNは、結婚すると、私のやることなすことを否定し、非難し、大声で罵倒し、見境なく殴ったり、蹴ったりしました。そして、第2子の出産間近に、Nが前妻にしはらうことになった慰謝料は、私との不倫に対してではなく、前妻に対するDVであることを知りました。

 事例164の夫P、事例165の夫Nは、「Ⅳ-23-(3)妻が家をでたあと、DV加害者が送るメールやLINEに認められる特徴」で、『ⅱ)逆に、自分が傷つき、食欲もなく、すっかり意気消沈した状況を伝え、「心配してもらおう」と気を惹いたり、また、気を惹くために「死んでやる」、「自殺する」と訴えたりする–気を惹く試し(ストーカーリスク「危険レベル」) –。』と記している状況に該当しています。問題は、別れ話がでる以前に、交際相手(のちに配偶者)の気を惹き、かまってもらうためにこうした言動を使っていることです。つまり、夫P、夫Nは「困らせて、いうことをきかせる」という脅しのテクニックを駆使する人物ということです。
 子どもが「嫌だ! いらない。」とご飯を食べずに、困った親や祖父母は、「△△ちゃん、食べたら、○○を買ってあげる。」などということばをひきだすのと同じです。幼児は、癇癪をおこしたり、駄々を捏ねたりして、親にいうことをきかせること(親を支配すること)ができるかといったかけひき、つまり、“試し”を繰り返します。そして、自分の親は簡単には屈しないものと認知したり、逆に、親は簡単に屈するものと認知したりしていくことになります。癇癪をおこしたり、駄々を捏ねたりすることで、親を屈服させ、いうことをきかせること(コントロールすること)ができた子どもは、家庭、学校、近所の大人のコミュニティ、そして、友人関係で、日々その術を磨いていくことになります。
 「学校に行かない!」、「仕事を辞める!」、「離婚する!」、「死んでやる!」、「俺がいなくなりゃいいんだろ!」と、いわれた者が困るいい方は、幼児期の子どもが、親の気を惹くため、親にいうことをきかせるための“試し”と同じふるまいです。したがって、こうした言動をする人物は、、アタッチメントが損なわれる環境で育ってきたことで、精神的に成熟できず、幼稚性を秘めているということです。そして、「そんなこといわないで。」とか、「止めて欲しい。」とのことばを常に期待している、待ち望んでいる人物です。なぜなら、そうしたことばは、自分のことを気にかけてくれている、心配してくれている、そして、自分の存在を認めてもらえていることを意味しているからです。
 そのため、実行することは稀で、ほとんどのケースが、「首をつろうとしたがベルトが壊れた(ひもが切れた)ので死ねなかった。」とか、「刃物を手にあててみたけど死ねなかった。」と電話がかかってきたり、メールが届いたりして、事例164の被害者Wのように、慌てて家に帰って(行って)みると、本人は、ケロッとなにごともなかったかのようにしているのです。「実行することは稀で、ほとんどのケースが…」としているのは、リストカットやOD(drug overdose;過量服薬)といった自傷行為は、気を惹くための自殺企図としておこなわれることがあり、死ぬつもりがないのに、予定していた発見が遅れたり、体調などで薬の効き方が違ったりして死亡してしまうことがあるのと同じで、死ぬつもりがなくても間違って死亡してしまうことがあるからです。
 こうした“試し”がおこなわれたときは、訴えた部位にすり傷があるのか、切り傷があるのかを確認し、事実を正確に把握していくことが大切なのです。なにもなかったときに確認せずに、なあなあにすませてしまうことは、平気で嘘をついたり、つくり話をしたり、カマをかけたりする人という事実認識を疎かにしてしまうことになります。その結果、“試し”を仕掛けた者には、これでいうことをきかせられる、コントロールすることができた成功体験となってしまい、常套手段化されることになります。
 ただし、気をつけなければならないのは、「お前を殺して、俺も死ぬ」、「一緒に死のう」という発言があるときです。このことばには、「自分の手で殺せば、永遠に自分のものにできる」との神聖な思いが秘められています。
 「神聖な思いが秘められている」とは、「Ⅱ-11.パラフィリア(性的倒錯)」でとりあげているようなおしっこを飲みたがったり、唇を噛み、唇の皮を口に入れたりしたがる者が、「これでキミの一部分を自分の体にとり込むことができ、一緒になれた」と幸福感に浸ったり、人肉を食べるカニバリズムを神聖なものと信仰的な尊厳を感じたり、ときには、過去の交際(セックス)を”穢れたもの”として謝罪させ、全裸にして平手打ちしたり、蹴りつけたり、鞭で打ちつけたりする暴行には、体の中にいる悪魔(淫乱さ)を追いだすための宗教的な儀式の意味を持たせたりする“認知”にもとづいています。つまり、事例51-54の加害者のように、別れたり、離婚したりしたあとも執拗につきまとい、凄惨なストーカー殺人(猟奇的な殺人を含む)をおこしてしまう加害者には、こうした危険な考え方が秘められていることがあることです。
 また、配偶者からのDV被害からの逃れるために実家に帰った被害者が、「母親を怒鳴りつけ、殴ったりしていた父親が、認知症を発症し、体も不自由になってきた母親の食事や身の回りの世話をし、車椅子に乗せて散歩にでかけているのです。」と父親の変化に驚き、戸惑いを見せることがあります。こうした母親に暴力をふるってきた父親の心境(行動)の変化を理解するには、やはり、「自分の手で殺せば、永遠に自分のものにできる」などといった神聖な思いに照らし合わせてみるとりかいできます。人には自分の意思があり、考え方があることが、上下関係、支配と従属の関係を成り立たせるために暴力で怖がらせたり、絶対服従を求めたりしても、完全に自分の者にしきれない、つまり、思い通りにならない、支配しきれない部分が残ります。ところが、神聖な思いを抱くような加害者にとって、配偶者が認知症を発症し、自分の意志や考えが失われる状態は、すべてを自分の者にできたことになります。つまり、“人形のように無垢”で、神聖な存在なのです。それが、甲斐甲斐しく世話をするという行為につながるのです。
 同じ「死」ということばを持ちだしても、実は、暴力のある家庭環境で育ち、人格形成に大きな歪みがもたらされた人たちにとっては、意味や意図が違うことがあるということを理解しておく必要があるのです。


2016.3/6 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載



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