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[Ⅶ-22] 継続情報<震災・地震/火山/氾濫>ストレスとトラウマ、命と心を守る

<毎日新聞>東日本大震災:無邪気さ奪われ 両親不明の子どもたち

 
 <医療介護CBニュース>宮城の医療連携、再構築の糸口見えず-関係者ら「慢性期医療への支援を」 <オルタナ>被災した子供をサポート
3月26日(土)22時35分配信

 「お母さんどこ。お父さんは?」。津波で沿岸部が壊滅した宮城県女川町。小学5年の平塚亜美さん(11)と2年の司君(8)姉弟は、いなくなった両親の帰りを待ちわびる。祖父の平塚俊明さん(64)には、あの濁流の中で両親が助かる見込みはないと分かっている。だから幼い孫を見るたび胸を締め付けられる。「この子たちの将来はどうなるのか」と。戦後最悪の自然災害となった東日本大震災の被災地で、多くの「震災孤児」が生まれようとしている。【小泉大士、小林洋子、奥山智己】
 姉弟の両親、俊也さん(36)と恵理さん(35)は地震の際、女川湾の観光物産センターで店番をしていた。俊明さんらを含め家族で経営する鮮魚店だ。
 「10分後に津波が来ます」という防災無線の声が今も耳を離れない。みんなで約300メートル離れた俊明さん宅まで逃げたが、2方向から来た水に家ごと流された。「おもちゃのように家が浮き上がり、バリバリと音を立てて消えていった」。俊明さんが見たむごい光景だ。中に俊也さんと恵理さんがいた。
 高台の小学校にいた孫の亜美さんと司君は無事だった。避難所の町体育館に迎えに行った俊明さんは、2人に言って聞かせた。「お父さんとお母さんは、そのうち迎えに来るからな」。亜美さんは両親の身に起きたことに感づいたのか、夜、シクシクと泣いた。
 その後、姉弟は東松島市にある恵理さんの父親(58)に預けられた。無邪気だった司君も最近、「お母さん、早く来ればいいのに」とぐずるようになった。津波の映像がテレビに映ると、2人の口数が急に減る。
 俊明さんから見た俊也さん、恵理さん夫婦はとても子煩悩だった。「鮮魚店が忙しくて、なかなか子どもの相手はできなかったけれど、学校の休みには、よく家族旅行に出かけていた」
 親がいなくても、孫には元気に育ってほしいと思う。だが自分も避難所暮らしで、まだ先のことを考える余裕がない。




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