あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-4]Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ

17. 思春期・青年期の訪れとともに

 
 18.抑圧。凶器の刃となり、人を殺める 16.暴力のある家庭で育った子ども。発達段階**で見られる傾向
*新版3訂編集中(2017.12.17)

(1) 悩み、苦しい、哀しみ。葛藤と訴え
子どもは、思春期・青年期の訪れとともに、これまでの自分、幼児期の自分に疑いを持ちはじめ、これを壊しにかかります。
そして、仮の自分をつくっていくことになります。
仮の自分のとる行動は、反抗であったり、逸脱であったり、内閉であったりします。
仮の自分を構えることによって、青年期特有の反抗を試みるのかと思うと、次の瞬間に幼児的な自分に退行します。
非行で荒れ狂い、両親を罵倒していた女児が、次の瞬間に両親に甘えかかり、平気で何万円ものお金をせびったりします。
こういった相反するふるまいは、決して珍しいことではありません。  青年期は本来、自分の再生のために、自分をつくってきた親を精神的に一度殺す時期です。
それが、子ども自身で大人への自立を促し、親離れを進めます。
しかし、ゲームのリセットボタンを押すように、この世から親を抹殺してしまおうと実際に手をかけてしまう子どもたちがいます。
親の都合、親の期待通りに育たなかったように見える子どもを消し去ろうと、手にかけてしまう親もいます。
いまの社会は、子どもの身体の成熟に必要な“野性的”な幼年期を奪いとり、その代わりに子どもの中に「権力的なもの」に対する恐怖のイメージを与え続けます。
幼年少年期の剥奪は、むじゃきであるはずの子どもを、親にとって、大人にとって都合のよい“おとなしい子”“手のかからない子”“従順な子”にしてしまおうとするおこないです。
親から押さえ込まれた“従順ないい子”は、本能や感情を成熟させることなしに、知性を発達させることに必死にさせてしまいます。
その知性で持って、本能や感情を抑圧することになってしまった子どもでもあるわけです。
そのため、むじゃきさを剥奪された子どもたちはこの時期に、成熟するはずの<恒常性(ホメオスタシス)>の未成熟から生ずる不快や不安、怖れや怒り(以上、情念)を心のウチから脅かされていくことになります。
ホメオスタシスは、生体が環境への適応や生体維持のために営む動的な平衡状態のことをいいます。
生体は、その存在が危機にさらさせると、人格の成層上位の機能を破壊し、停止させることによって、下位の生存機能を守ろうとします。
大脳辺緑系(視床下部含む)は、脳幹が司り、免疫系、自律神経系、内分泌系の中枢をなしています。
しかし、親から押さえ込まれ続けるおとなしい子、親にとって都合のいい従順な子は、不快や不安、怖れや怒りを心の中に押し込め続けるしかありません。
ところが、思春期を迎えことで、閉じ込めてきた葛藤や情念を一気に吐きだしていくことになります。
これが、いわゆる<キレる>という行動の本質です。
身体は、内に閉じ込めてきた意識を超えて、心身のトラブルをいたるところで行動化し、病として身体化していきます。
身体の<荒れ>は、登校前に立ち竦んだり、立ち上がれなくなったり、硬直して倒れたりして、登校できなくなる不登校の子どもたちの身体と酷似します。前頭葉の未発達ないし、衰退という兆候もみられます。
前頭葉は、感情、思考、創造や正義、勇気、愛、理想などの座です。
子どものときに受けた親のことばの暴力や言語的虐待が、青年期の精神・神経疾患に結びつくだけでなく、少年期に同級生から受けたことばの暴力や言語的虐待によって脳が変質し、青年期・成人期以降の精神・神経疾患の発症につながることが、米国ハーバード大学の研究で明らかになっています。
面前DV(精神的虐待)や性的虐待、両親や同級生などからの身体的虐待を受けたことのない848人の青年男女(18-25歳、男性363人、女性485人)と、虐待的なものを一切受けたことのない707人の青年男女(18-25歳、男性298人、女性409人)を対象に、質問紙と拡散テンソル画像を用いておこなわれたデータの分析結果から、11歳から14歳にかけての時期が、同級生からの言語的虐待に特に脆弱で、青年期の精神神経疾患(不安症、うつ病、解離、薬物使用、大脳辺縁系過敏など)につながりやすいことが明らかになりました。
大脳の拡散テンソル画像による分析では、言語的虐待にさらされた程度と度合いが、脳梁の異常に関連性があることがわかりました。
脳梁の異常は、境界性人格障害(ボーダーライン)の発症の原因となっているものです。
そして、同級生の言語的虐待によってうつ病は2倍、不安症と大脳辺縁系過敏(短い幻覚症状と視覚障害などが生じるものなど)は3倍、解離は10倍も発症リスクが高くなることがわかりました。
この研究で、言語による虐待が、人の精神や神経の発達において、大きな負の影響を与えるかが明らかになっています。
また、ピッツバーグ大学教育・心理学部のワン・ミンテ准教授と研究チームは、「怒鳴りつけるしつけと子どもの問題行動との相関関係」について、976世帯の13歳、14歳の子どもを持つ両親の揃っている家庭に対し、2年間聞きとり調査をおこない調べました*-35。
その調査結果、「13歳の子どもが、母親や父親から身体的な暴行、つまり、体罰を受けることなく、“怒鳴りつけるしつけ”を継続的に1年間受けた場合、問題行動を起こす確率が増加し、子どもがうつ病の症状を示す確率も増加した。」という事実が明らかになりました。
同時に、この調査において明らかになったことは、問題行動の多い子どもたちは、日常的によく怒鳴られる傾向にあることと、母親と父親が深い愛情を注いでいたかどうかは、子どもの問題行動と抑うつ症状との強い関連性に影響を与えていなかったということです。
そして、ワシントンD.C.の心理学者のニール・バーンスタイン博士は、「怒鳴りつけたり、批判したりするしつけを続けることは、子どもを気むずかしくし、反抗的にするだけであるとし、子どもをこき下ろす親は、子どもに関心がない怠慢な親と同様、効果的な教育ができない。」、「親が子どもを長期間怒鳴りつけたり罵ったりすることには問題が多く避けるべきである。」と述べています。
エール大学で心理学・児童精神医学を教えるアラン・カズディン教授は、怒鳴りつける教育法は、子どもの精神的・肉体的な健康を損ねる有害なものであるとし、親として大切なのは「(子どもを)受け入れること、愛すること、抱きしめることである。」と述べ、「しつけのゴールは、どのようにふるまって欲しいかを子どもに伝えることである。」としています。
怒鳴りつければ、そのとき子どもは行動を止めても、望むふるまいを身につけることはできません。
なぜなら、子どもは、日々の親の言動やふるまいを見て、聞いて、察して育つからです。
必要なのは、子どもの行動を正しく認識し、よいふるまいをみつけて、きちんとほめることです。これができれば、子どもは親に敬意を払い、悪い行動を減らしていくことができます。
*-35 調査は、経済力や民族性に結果が左右されないよう白人、黒人がほぼ同数含まれた一般的な中流階級の家庭が調査の対象に選ばれ実施されています。

-事例193(面前DV42・教育的虐待2、ひきこもり1・家庭内暴力1)-
 私は50歳代で、10年ほど前、長男が大学に進学したを機に、パートにでるようになりました。
夫は銀行員で、エリート意識が高く、長男の成績が、夫の想定より悪いと、私を「お前が、ちゃんとしていないから、J(長男)がまともな成績をとれないんだ!」と罵倒し、何時間も責め、小学生の長男を「お前は、こんな成績で、まともな大学に入れると思っているのか!」と怒鳴りつけ、殴りました。
そして、私は、長男の成績が悪いと、夫から罵られ、責められ続けるのが嫌で、夫以上に、長男に厳しい勉強を迫るようになりました。
できないと、友だちと約束していた遊びに行くことを禁止したり、ゲームをとりあげたり、漫画本を捨ててしまったりするなど罰を与えたりしました。
 必死に私と夫の期待に応え、私立の難関大学に入学した長男は、大学卒業後、一部上場企業に入社しました。
ところが、帰宅すると、「同期のレベルが低すぎる。」「上司が無能で、やっていられない。」などとバカにしたり、見下したりするようになりました。
そして、入社して半年も経たない9月に退社しました。
 退社した長男は、人材紹介会社に登録し、面談に行きましたが、「どうして、退社されたのですか?」などと根掘り葉掘り訊かれたことに憤慨して帰ってきました。その人材紹介会社から「数社、希望に添う会社があります」と連絡を受けていましたが、返信することもなく、1日中、自室に閉じこもり、アニメのビデオを見たり、パソコンをしたりするようになりました。
 私がパートから帰ると、長男は「DVDを借りてこい!」と命じたり、「食事が気に入らない。…を買ってこい!」などと、私に要求したりするようになりました。
そして、長男は、自分の思い通りにならないと暴れるようになりました。
私を責め、暴力をふるい、私の「止めて!」という声を聞いた近所の人が警察に通報し、警察官がかけつける騒ぎになったこともありました。
「外に敵がいる」という被害妄想も強く、叫び声をあげ、物を壁に投げつけて壊しました。
私と夫は、慢性的に睡眠不足になり、心身ともに疲れ果てていきました。
 そして、私は区役所に相談に行きました。
一通り話を聞き終えた窓口の職員は、保健センターの保健師に連絡をし、「Fさんが話を聞いてくれるそうです。3日後の・日の都合はどうですか?」と訊かれ、日程の調整をしました。
 調整してもらった日時に、保健センターのFさんを訪れ、話をすると、「精神科での治療の必要があります。」といい、精神病院の医師に連絡してくれました。
 私が、長男に受診を勧めると、長男は、「俺をキチガイ扱いにするのか!」と怒鳴り、物を壁に投げつけました。
保健センターのFさんが家を訪問してくれて、長男と何度か話合い、やっと、精神科を受診することを承諾しました。
精神病院で診察を受けた長男は、入院治療することになりました。
 入院後、長男は、服薬で強迫観念は薄れたようですが、執拗に電話してきました。差し入れや面会を要求し、「退院させろ!」と喚くなど、攻撃性はなくなりませんでした。

-事例194(教育的虐待3、ひきこもり2・家庭内暴力2)-
 私は、夫が2代目の院長を務める歯科医院で、事務をしています。
 夫は、長男に歯科医院を継ぐことを強く期待しました。
しかし、長男は、第1志望の私立高校の受験に失敗しました。
公立高校に進学した長男は、2年生の夏休み前に不登校になり、退学しました。
 その後、高校卒業程度認定試験を受験し、合格しました。
しかし、歯学部の大学受験に失敗すると、「俺は浪人生だ!」といい、自宅にひきこもるようになり、不眠を訴え、心療内科で処方された睡眠薬を服薬するようになりました。
そして、飲酒をはじめた長男は、私を罵倒し、暴力をふるうようになりました。
 高校2年生のときにアメリカの高校に留学した弟は、そのまま日本には戻らず、アメリカの大学に進学しました。
 そして、長男は、私と夫に包丁をつきつけ、「ここから、でて行け!」といい、私と夫を家から追いだしました。
 私と夫は、近くの賃貸マンションで暮らすようになりました。
 「お兄ちゃんがひとりでは心配」と家に残った高校に進学したばかりの妹に対し、長男が、物を投げつけるなど暴力をふるい、妹の下着を持ちだしていることがわかり、長女も賃貸マンションで暮らすようになりました。
 家にひとり残った長男は、夫名義のカードを奪い、使っていましたが、限度額を超えると、「金が足りない。」といい、無心します。


(がまんさせられること、抑圧されることはなにをもたらすか)
暴力をふるったりする親や、アルコールや薬物、ギャンブル依存した親によって、家族が破綻に導かれていく「機能不全家庭」で育ち、そのトラウマ体験が成人してもトラウマ(心的外傷)として残っている人のことを、総称としてAC(アダルトチルドレン)といいます。
破滅的であったり、完璧主義であったり、対人関係が苦手であるといった幾つかの特徴があり、成人後も無意識裡に実生活や人間関係の構築に深刻な悪影響を及ぼしていることがあります。
総称としてのACは、診断名(病名)ではありませんが、その症状によって、境界性(ボーダーライン)、依存性、反社会性、回避性などの人格障害、不安障害(パニック障害)、適応障害、うつ病、仮面うつ病(非定型うつ病、新型うつ病)などとして診断されることが少なくありません。
ACを抱えた人に共通しているのは、カラカラに乾いたスポンジのような渇望感、離人感や不安感、“底なし沼のような寂しさ”と表わされるような強烈な孤独感です。
その根底には、痛みを伴う“過去”があります。
自分ではすっかり忘れているはず、排除したはずの過去が心をざわめかせ不安にさせます。
「自分にはなにかが他の人よりも欠けているんじゃないか」という気持ちに縛られてきています。
そのため、どうしても皆の中にうまく溶け込むことができないのです。
そして、なによりも、自分に自信がない、自分を肯定できず、いつも不安感に駆られています。
人をケアするのがとても下手なのは、自分が親にケアされてこなかったからです。
子どもを見ていると、いつもなにかを要求されている、追い立てられているような気持ちになります。
「なにかしてちょうだい」っていうような、常に焦燥感に駆られるわけです。
児童虐待という問題にとり組むときには、こうしたことが嫌で、なにかと叩いてしまう親たちがいることを理解しなければならないのです。
自分を愛せない、大切にできないのに、他の人を思いやれることができるのか? 命の大切さが伝わるのか?
<悪い子でもいい、役に立たなくてもいい、生きてくれさえいたら、それだけでいい。愛してあげる。見ていてあげる>…、こんな“ことば”をずっとずっと待ち続けてきた人たちなのです。
それは、子どもの精神を支配する手段として、愛情を制限する親のもとで育った人たちです。
親の愛情が無条件の愛ではなく、なんらかの付帯義務を負わせる「条件つきの愛」であることが、子どもの精神衛生上問題となります。
条件つきの愛が継続的におこなわれている家庭では、子どもは親の愛を受けるために、常に親の意向に従わなければならず、親との関係維持のために生きるようになってしまいます。
「子どもが親の愛を受けるために」といった状況は、乳児期に、親に受け入れられない、認められない拒絶感として受けとる子どもの行動に他ならないのです。
こうした親子関係は不健全です。
不健全な親子関係が一度構築されてしまうと、子どもが成人する段階になってもその関係性は継続され、ひき続き成人した子どもの精神を支配し続けます*-36。
その結果、子どもは常に不健全な状況にさらされ続けることになります。
条件つきの愛は、“しつけ”や“教育”と称される家庭の病理性の深さを象徴する現象であって、最も基本的な精神的虐待(精神的虐待)になるにもかかわらず、第三者には、このような家庭はなにも問題のない家庭として認識されていることが少なくないのです。
しつけや教育か精神的虐待かの判断は、あくまで親のおこないを子どもがどのように受けとっているかという立場で見定める必要があります。
親がよかれと思ってのおこないであっても、子どもにとって「強要させられている」、「ツラい」、「苦しい」と“感じて”いれば、精神的虐待を与えていることになります。
強要されていると感じている子どもは、萎縮的で、自信なさげです。子どもの脳の発達とケアのタイミングと考えると、肝心な幼少期、思春期前に問題を発見することが重要です。
しかし、その多くは把握されることなく、見過ごされることが多いのです。そのため、成人し、自立したのち、年齢を問わず、ACの症状に苦しむことになります。
また、原因のわからない感覚の苦しみは、精神的疾病にまで発展させてしまいます。
中には、親が強力に子どもの精神を支配する行動が、子どもの方も支配されたいという特異な感情を生みだしてしまいます。
親も子どもも支配し、支配されることに奇妙な安心感を見だし、支配を通して相互依存するようになります(共依存の関係*-37がつくられます)。
子どもにとって、支配に反抗するより支配を受け入れる方が、家庭内で波風を起こさなくてすみます。
波風を起こさなくてすむというのは、暴力を受けることに過剰に反応し(再体験、過覚醒)、新たな暴力をひきおこすことを回避することです。
再体験、回避、過覚醒という症状は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の主症状です。
子どものこうした行動は、平穏な環境で生きるための生存本能の働き、サバイバル手段と解釈されています。
子どもはある年齢に達すると、親の支配から脱しようと試みるのが自然です。
しかし、この相互依存関係(共依存関係)が強い場合、親子関係は成人してもなお支配の相互関係という不健全な状態が続いていくことになります。
子離れできずに、子どもを人生の目的とし続ける親と、それを受け入れ続けざるをえない精神構造を埋め込まれてしまった子どもは、ひどい状況のときには、親が死亡するまで関係を健全化することができなくなります。
極端な例として、親が死ぬまで一緒に暮らし、一生結婚の機会を奪われたり、親同士が認識しただけのお見合いを強要され、世間体を重視した愛のない結婚を送ることを強いられたりすることさえあるのです。
ときに、その怒りは母親への暴力、妻子への暴力に向かうことになります。
 警察庁によると、平成24年の未成年による家庭内暴力事案は、10年前の1.8倍の約1,625件で、母親への暴力が935件(57.54%)となっています。
抑圧されてきた女の子が、思春期を経て青年期に入ると、「私がこんなに苦しんでいるんだから、あんたも一緒に苦しめ!」と、抑圧されてきた怒りを母親にぶつけはじめます。
まひとり占めた、「父と弟とは別居して、私だけと住んで。」とねだったり、母親の携帯電話に登録してある連絡先をすべて消し去って、「お前は1日中、でかけるな!」と髪をひっぱったりするなど、母親を詮索干渉、監視して支配下におこうとします。
*-36 最近、「毒親」ということばで、母親との関係性が重いと訴える娘の心理状態が述べられる機会が増えてきていますが、「毒になる親 一生苦しむ子供(スーザン・フォワード著・平成11年・朝日新聞社)に由来しています。
*-37「共依存の関係」については、「Ⅱ-21-(6)ACに“共依存”の傾向がみられるとき」、「同-(7)共依存からの回復」で詳しく説明しています。

以上のように、子どものとき、親から精神的、身体的暴力を受けてきた人、子どもとしてそのまま受け入れられず無邪気な子どもとして甘えることを許されなかった人、性暴力(性的虐待)にあった人、祖父母や両親のトラブルや兄弟比較で安心して子どもとして過ごすことができなかった人など、子どものときにさまざまな心の傷を負ってきた人は、以下のような共通したことばを口にします。
・自分なんか生きていてもしょうがない
・生きることが苦しい
・私なんかいるだけ皆の迷惑なの
・自分に自信がない。権威にすがりたくなる
・子どもがかわいく思えない。子どもに暴力をふるってしまう
・世間が自分をどうみているか気になってしょうがない
・人の顔色をみて判断し、行動する
・アルコールや薬物、ギャンブル、占いや宗教(自己啓発セミナー、生き方講座を隠れ蓑とするカルトの勧誘を含む)に依存しないと落ち着かない

このような思いを抱えながら、「生きる」ことが、暴力のある家庭(機能不全家庭)で育ち、ACの症状を抱える生き難さにつながっているのです。
そして、こうした思いを抱えている人の心は、未だに子どものころに傷ついたままなのです。
インナーチャイルドの声、どの人の口をついてでてくることばは、「子どもらしくむじゃきに、素直に甘えたかった」です。
小さいときに<がまん>をさせられた人の中には、心の中に怒りを溜め、同時に、無邪気な子どもとして生きられなかった恨みを溜め込んでいます。
子どものころの心に傷(トラウマ)があると、その傷から突然、怒りがしみだしてきて(トラウマ反応)コントロール不能に陥ってしまうことがあります。
人は、怒りが心の中にたまるとイライラします。
特に、自分の親(祖父母などの近親者も含む)から受けた心の傷は、本人が自覚する100倍くらい大きいとされています。
それは、親に対する怒りの程度も同じということです。ところが、いま自分が感じている怒りは、「目の前のことが原因だ」と認識しやすいのです。
幼児期は事実(ことばとして)の記憶はなくても、当時、父親から女を見るイヤラシイ目で見られたときの不快感、映像を覚えています。
そのため、同じような状況になったとき、トラウマ反応として過去の不快感を思いだします。
セックスのトラブルが発生したときには、父親、近親者からの性的虐待(性暴力)を検討してみることが必要といわれています。
セックスしたい人と、結婚したい人がバラバラだったり、恋愛と結婚がバラバラだったりしたら、その可能性はよりいっそう高くなります。
母親に怒りを抱えている男性は、自分の娘に性的虐待に及ぶことが少なくないといわれています。
娘にとって、父親からの性的いたずら、セクシャルハラスメン的言動ほど恐怖と不安、怒りを感じるものはありません。
もし、娘が性的に感じるまで体中さらわれていると、性的快感と恐怖、怒りがごちゃ混ぜになって、娘の心はグチャグチャになってしまいます。
成長し、妻となり、母親となった娘は、父親に向けるべき怒りを息子に向け、虐待を働いてしまうことが少なくないのです。
なぜなら、父親に対する怒りが大きいと、男性に対して強い復讐心を心に秘めているからです。
一方で、父親に受け入れられたい、認められたい思いで、父親を投影する男性に尽くし、貢いでも性的奉仕に勤しんでも愛情を求めることがあります。
DV被害から逃れた被害女性の中には、アタッチメント獲得に問題を抱えていることを起因とする“底なし沼のような寂しさ”を埋めてくれる男性とつき合っては別れを繰り返し、子どものことよりも男性に尽くしてしまい、ネグレクト(育児放棄)を招いていることがあります。


(父母の不和と暴力は、子どもの心の土台になる安心感と愛着を揺さぶる)
親自身の幼児性、自分自身のもっとも傷つきやすい、あるいは不安定になりやすい気持ちを調整する力を、小さいときから自分のものにしてきているかという問題と、親として子どもたちに接する姿勢が直結します。
子どもたちは、親の接する姿勢をシビアに見て、親のなれ合いを鋭く見抜き、心を閉ざしたり、開いたりします。
両親の仲がよいということは、子どもが生きる前提、発達する前提です。
したがって、両親の仲が悪いということだけでも、子どもの気持ちはドキドキして、ツラくて不安になって、自分のせいかと思って、なんとかしようと思って、普段は100点などとらない子どもが一生懸命100点をとって、両親の仲をよくしようとしたりします。
子どもはそういう死にものぐるいの努力をするくらい、父母の争い、父母のDVに苦しむことになります。
そういう不安や痛みが、その瞬間、瞬間、子どもをとことんツラい気持ちにさせ、子どもの心の芯を冷たく強ばらせるのです。
「いま、ここで」おきていることが、子どもの身体に消すことができない身体記憶になって残り、それがキャパシティを超えるとトラウマになります。
その子どもが大人になったとき、社会的地位がよくなったとしても、誰かに対してやられた分だけやりかさなければ気が収まらないといった心の芯に“しつこい幼児性”を持った大人になっていきます。
暴力のある家庭で育った子どもとかかわる者は、いまこの瞬間の経験が数珠のようにつながってその人をつくっているといったリアリティを持たなければならないのです。
子どもにとって安心感と愛着はとても大切です。
そして、安心感と愛着は、自分が喜怒哀楽の感情を持って生きている、それをだしたときにわかってもらえたということを意味します。
子ども自身の喜怒哀楽、特に負の感情の受け止め方が非常に大切になってきます。
しかし、両親の間にDVがあると、それができなくなってしまうのです。
子どもが支えにしている両親の関係が大きな地震のように揺れているときには、揺れないようにするというのが子どもの本能です。
したがって、子どもがいい子になろうとしてしまったり、心を凍結してしまったり、表現したくないと思ってしまったりすることになります。
虐待があったり、家庭にDVがあったり、父母の争いに巻き込まれたりすると、子どもは自分の気持ちを表現しなくなります。
そして、その封じこめられた気持ちは、その子どもの心と身体にさまざまな影響を及ぼします。
それは、現在の発達にも影響し、近い未来の発達にも影響を及ぼします。
 さらにもっと深刻なことは、その子どもの将来にわたる心の土台の中に、外からは見えない地雷が埋め込まれてしまうことです。
その地雷は、いつかどこかで自分で踏んでしまいます。多くの場合、自分の子どもが生まれたとき、その地雷を踏むことになるという怖ろしい事実があります。
子どもが生まれることによって、自分では体験しなかったふりをしてきた、過去の両親間の暴力や不和、無視された、虐待されたなど苦痛に満ちた体験がもとで、心の奥深くに埋め込まれていた地雷が踏まれて、暴発してしまうのです*-38。
*-38「Ⅱ-16-(1)乳児期。既に、母親と父親との関係性を理解している」の中で説明しています。


(家族間の信頼関係を損なった子どもたち)
子どもは、父親が母親に対して暴力をふるうのを見聞きし、父親をひどい父親だと憎み、嫌悪します。逆に、暴力を受け続ける母親を見て、情けない、非力な母親だと軽蔑したり、かわいそうな母親だと同情を募らせたりする場合もあります。
また一方で、そういう父親の姿を見て、要求や欲望は暴力で解決すればいいのだと学習したり、母親(女)は暴力でいうことをきかせればいいと女性蔑視の考えをすり込んだりしていきます。
子どもは、父親が母親を大声で怒鳴りつけ、罵倒し続けるのを見聞きすることで、親(大人)を信頼できず、失望感を高めてしまったり、感情的な安定感が損なわれていったりします。
例えば、乳幼児にとって「いうことがきけないなら、でていけ!」ということばは死を意味します。
乳幼児は「自己」と「他」の境界線があいまいなことから、父親から母親が暴力を受けているのを、自身が暴力を受けていると受けとります。
同様に、乳幼児にとって母親が「でていけ!」と怒鳴られたりすると、それは自分がいわれたように受けとり、いつ親に捨てられるかという恐怖心を心の中に刻み込みます。
また、子どもが口にしたことばや鳴き声がきっかけになり、父親が母親に暴力をふるったりしたときには、子どもは自分のせいと罪悪感を心に刻み込み、自分が悪い子だからと自分を責めるようになります。
こうした体験の積み重ねが、自尊心を蝕み、子どもの自己肯定感を育むのを阻害していくのです。
DVのある家庭は、子どもが安心して過ごせる場、穏やかに生活できる場から縁遠いものです。
自分の気持ちを素直に表現したり、話したいことを受け止めてもらえたりする場も少なくなります。
なにかのきっかけで暴力がおきないように、日々おどおど緊張した生活を強いらます。
いつも父親や母親の顔色をうかがい続けるうちに、伸び伸びした屈託ない明るさを持ったむじゃきな子どもを生きることができなくなります。
日々の生活は、親を喜ばし、親の仲介役や世話役に勤しむことになります。
つまり、「親にとって都合のいい従順な子である」ことが求められ、親に受け入れられる、認められるために一生懸命努力を重ねるうちに、自分の気持ちを素直に表現することができなくなります。
友だち同士でおしゃべりしていても、自分の家のこと、両親のことを口にしないように、暗黙裡に自己規制をし、心理的防衛をするようになります。
家族のことや両親のことは外で口にしてはいけない“秘密”のこととして、自分の心の奥にしまい込み(蓋をして)、孤立感や疎外感を味わうことになります。
一方で、日々の暴力に耐え、心理的に抑圧されている子どもたちの中には、家の中のできごとを知られてはいけないと心の奥にしまい込むことができず、教室で机を蹴ったりして暴れたり、怒ると友だちに乱暴したり、テストの点数やスポーツの勝ち負けに異常にこだわったり、気に食わないことがあると暴言を吐いたり、教室から突然でていってしまったり、遅刻や欠席が多くなったり、目に見える(わかりやすい)行動をみせることもあります。
このように、小学校低学年など早い段階で、なおかつ、わかりやすい行動で、助けての「サイン」を示しますが、前者の心の奥にしまい込んでしまう子どもたちは、思春期を経て青年期に入る段階で、突然、リストカットや過食・拒食(摂食障害)、OD(過剰服薬)といった自ら(命)を傷つけるおこない(自傷行為)によって「助けて」のサインをだすことになります。
虐待を受けて育つということは、“拒絶(否定と禁止のメッセージ)”が基本スタンスとなることから、会う人たち皆に、めちゃめちゃわがままなことをいったり、反抗的な態度を見せたりします。
しかし、本当は「助けて」って口にできない、わかっていても口にできないだけです。
「苦しい。助けて」と口にすることは“人に弱みを見せる”ことになるので、力の世界(暴力のある環境)を生き抜いていけないのです。
加えて、人に弱みを見せることは“負ける”ことになるので、決して口にしてはいけないことなのです。
自ら(命)を傷つけるおこないによる「助けて」のサインは、ギリギリまで追い詰められている心の叫びなのです。


(親に配慮しなければならない状況は、子どもに緊張を強いている)
3-4歳といった幼児なのに、親に異様に配慮する子どもがいます。親の顔色ひとつで、パッと動ける子どもは、一見<いい子>にみえます。
しかし実は、子どもとしてのむじゃきな喜びはなく、親を喜ばすことが喜び(使命)になっているのです。
それは、自分を生きるということがわからない子どもになっているということを意味します。
親の期待に応えるのに必死な子どもは、親の支配下に入ってしまいます。
それが、暴力(ことばであっても)による恐怖で従うしかなく、親にとって都合のいいだけの従順ないい子を要求され続ける子どもは、さらなる悲劇を生んでいってしまうことになります。
子どもが不登校になったり、過食や拒食を繰り返すようになったりするのは、もう親のために生きるのではなくて、自分のために生きたいといった心と身体の悲鳴に他ならないのです。
親にとって都合のいい従順な子を演じる子どもは、親のいない場では、ちょっとしたきっかけで収拾のきかない状態になることがあります。
家庭の中で、親に配慮しなければならない状況、つまり、子どもが常に緊張を強いられている状況は、子どもにとって家庭が安心して、安定的に自分が、自分でいられる場になっていないことを意味します。
それは、子どもが暮らす家庭がDVのある環境であったり、虐待を受けている環境であったり、つまり、機能不全家庭にあるということです。
虐待されている子どもたちは、常に緊張を強いられています。
ちょっと気を緩めると親の手が飛んできたり、大声で怒鳴りつけられたり、罵倒することばを浴びせられたりしています。安心できず、安全でもなく、安定的に自分であるということが許されていません。
そして、虐待にさらされ、不可能なことを強いられ続けていくと、<わたし>という存在が崩壊してしまうことになります。
心の崩壊を防ぐために、子どもたちは、自分を解離させていくようになります。
場合によっては、自分の人格を二人、三人以上の複数に分割していくこともあります。耐え難い痛みや苦痛に耐えるために、痛みや苦痛を受けている自分とは別の“もうひとりのわたし”を生みだしていくのです。
解離は、虐待を受けている子どもが、存在の崩壊から、自己を守るためにとる無意識におこなわれる防衛行動に他ならないのです。
自己崩壊(精神破壊)を防ぐために、自己崩壊(精神障害)のかたちで自分の心を保ち、守っていくことになるのです。
そうした子どもは、承認欲求として、<私は、わたしとして、ここにいる>という確かな感覚を求めます。
わたしという存在を受け止めて欲しい欲求、渇きのメッセージをだし続けるのです。
しかし現実は、その子どもたちの不安、寂しさ、渇きを受け止めようと、子どもの前に手を指しだす大人がいないのです。


(子どもにとっての緊張とは)
いいたいことを話ができずにいる子どもたち、拒否や欲求をキチンと口にできる環境にない子どもたちがいます。
DVや虐待のある家庭で暮す子どもたちは、どのように自分がふるまったら両親の緊張が解けるのか、どうしたら機嫌を損ねないようにできるのかに気を遣い、心を砕くことに必死です。
それは、親にとって都合のいい従順な子を演じながら、必死に生きなければならない子どもたちのことです。
親に無邪気な子どもでいることを許されない“役割”を担い、緊張し、常に身体を固めていると、身体のセンサーが鈍感になります。
なぜなら、鈍感になると、痛みを痛みとして感じないですむからです。
その代わり、生き生きと感情を表わす心もまた働かなくなってしまいます。
感じないことは、人が生きることを苦しくしてしまうことを意味します。
むじゃきに子どもとしてふるまうことができないまま、自分を生きることができないまま、大人、親の心配を自分の中にとり込んでいってしまいます。
結果として、まったく身動きがとれなくなっていくことになります。
子どもにとっての<緊張>は、がまんすること、がんばること、あきらめることであって、子どもらしいむじゃきさを失うことに他ならないのです。
こうした心の傷が、再び緊張をつくっていきます。
そして、ひどい心の傷ほど記憶から消し去らなければ、生きていくのがツラくなります。
そのため、身体や心を緊張させることで、その記憶がでてこないようにしていきます。
また、その消し去らなければ生きていけないつらい記憶だけを、もうひとりのわたしに受け持ってもらおうとしたりします。


(親にとって都合のいい従順な子は、ありのままの私を認めて欲しいと訴える)
人が、「私はわたしであっていい」という自己への信頼が培われるためには、「いま、ここに、安心して、安全に、安定的に、私がわたしとしてある」ことをしっかりと保障されている体験が欠かせません。
自分を嫌いな子ども、自分を大切できない子どもは、自己への信頼が根本的に欠如しています。
親にとって都合のいい従順な子どもは、自分が嫌いで、自分を大切にすることがどういうことかわかりません。
なぜなら、親の、大人の望む従順ないい子を生きることが第一で、自分で自分を殺してきたからです。
親にとって都合のいい従順な子を演じてきた人は、自分を生きていません。
自分が、自分を、自分だと感じることができません。
自分を生きられない分だけ、自分を生きているようにみえる人をうらやむのです。
人へのうらやみは、ときに、怒りや憎しみとなります。
その表の顔の下に、自分自身も気づいていないもうひとつの顔(仮面:ペルソナ)を持っていたりします。
その顔が、「なにもかも破壊したい」という激しい憤りにふるえていることさえあるのです。
親にとって都合のいい従順な子ほど傷つくことを怖れ、自分の感情を押し殺しています。
生身の人間関係は、「せめぎあって、折り合って、お互いさま」といった日々のやり取りの中でしか生まれてきません。
しかし、親にとって都合のいい従順な子を演じてきた人は、ずっと押し殺してきた感情が湧きあがってくるのを抑えられず、八つあたりをしたり、悪態をついたりすることがあります。
その根底にあるのは、肯定されたい、つながりたいという願いです。
子どもが生まれた瞬間、生きているだけで尊く感じられます。
しかし、その思いが、いつの間にか「立てば歩めの親心」になり、その努力の“結果”を急いでみたくなってしまいます。
親の子どもへの期待が、子どもを思い通りにしたい思いをあと押しします。
いつしか、親の期待だけでなく近親者の期待が加わり、さらに、世間の目、世間の評価に対する怖れが生まれ、おこないが縛られていきます。
実は、親の子どもへの期待は、子どものためではなく、親の不安を打ち消し、親の自己満足のためのものに過ぎないことが少なくないのです。
人は「逃げられない現実」と、そのために突きつけられた自分のふがいなさ、なさけなさと出会い、苦しみます。
「いじめられたら、やり返してこい!」、「なに、自分に甘えているんだ!」、「努力はきっと報われる、だから頑張れ! 努力しろ!」といった“励まし”のことばは、親にとって都合のいい従順な子として、精一杯、親の期待に応えようと頑張ってきている子どもたちを傷つけ、追い込んでいきます。
もっとも心を寄せている親からのこうした叱咤激励によって、子どもたちは悔しく、また理解してもらえない哀しみに日々うちひしがれていきます。
親にとって都合のいい従順な子ほど、感情を押え込み、いつの日か、自分のことを無条件に「そのままのあなたでいい」、「頑張らなくていい」と肯定してくれることを祈りながら、「そんなこといわれなくてもわかっているよ!」と心の中で日々叫んでいるのです。


(周りが輝いてみえるとき、自己肯定感を失い、人とのかかわりを避ける)
人は惨めな自分、弱い自分と直面したとき、周りが輝いて見えます。
そして、「それにひき換え、自分は・・」と情けない思いにうちひしがれます。努力しているかは、本人にしかわかりません。
その努力が「わかってもらえない」とはっきり感じるとき、子どもの自分自身の肯定感が失われていきます。
肯定感が失われ、無気力になり、刹那的な感じが芽生えてきます。
その結果、人とのかかわりを徐々に避けるようになるのです。
自分からコミュニケーションをとっていこうと思っても、その術がわかりません。
人とどう接していいかわかりません。
相手との関係を育み、その<気持ち>を聴く前に、母親の胎内で聴いていた、生まれてから母親の側らで聴いていた“音(波長)”としての<ことば>を聞いてしまうのです。
つまり、波長としての音で、怒っているとか、不機嫌になっているとか、気持ちを推測してしまう(気配を察してしまう)のです。
必要以上に気を使って疲れてしまうなど、人との距離感、間のとり方がわからないという問題に直面することになります。
その結果、人との距離をおいて、孤独を選ぶようになったり、ひきこもるようになったりするのです。
一方で、親から、大人から強いられる“従順ないい子”でいることで<楽>をしている子どもは、親と心理的な距離をつくっていくようになります。
波風を立てず、たとえ怒られてもどこ吹く風、暖簾に腕押し、反発もしないし、反論もしません。
なぜなら、「どうせ、親はわかってくれない」、「いっても無駄だ」と思い知らされているからです*。
親は、子どもの本心に気づかず、自分のいうことを理解してくれた、自分の指示に従っていると思ってしまうのです。
そうした親が、子どもが成長したときによくいうことばがあります。
それは、「あんたは本当に手のかからない子だった」です。
* この状態を「学習した無力感」といい、「Ⅰ-7-(3)学習した無力感」で詳しく説明しています。
親にとって都合のいい従順な子の悲劇は、素直になれないこと、等身大の自分を失うことです。
素の自分をだすことができず、極端に甘えることが下手です。
小さいころ、報われない、乗り越えられないに現実に直面し、親の懐に飛び込んだとき、「よく頑張った。ツラかった」、「だってあなたは、お母さんの子だから」と受入れてもらえた子どもは、親に上手に甘えることができます。
「親に甘えられる」、「困ったときに親に頼られる」ということは、人を信じて、自分の<我>を預けることができるということです。
ところが、「お前はどうして困らせることばかりするんだ!」、「こんな子どもじゃなかったはずだろう」、「こんな子に産んだつまりはないのに」と否定と禁止のことばを使われると、子どもはどう甘えていいのかわからなくなります。
そして、人を信じることに不安を覚えるようになり、のちに、困っている、ツラい、苦しい、哀しいと口にすることができなくなります。
親にとって都合のいい従順な子は、問題をおこさず親に迷惑をかけない子、きょうだいとケンカをしない子、親に反発して困らせない子、勉強に励んでいる子、つまり、親にとって<見ていて安心させてもらっている子>のことです。
子どもが<ききわけがいい>のは、じっとがまんし、そのまま黙り込んでいるに過ぎないのです。
そのことに、暴力の家庭環境で暮らす母親は、気づくことができません。
見ていて安心だからこそ、母親はその子の存在に無頓着になり、親にとって都合のいい従順な子の心の声を“聴く”ことをしなくなります。
それ以前に、DVのある家庭環境では、子どものことより、自分のことで精一杯、子どものことに気が回らず、子どもと真正面から向き合うことを疎かにしてしまうのです。
こうした状況が、多くの悲劇を招いています。


(従順ないい子ほど、挫折し、立ち直れない)
「わが子の将来を思ってのこと」といった大義名分のもとでの<しつけ>を銘うった暴力、過干渉・過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)が、日々日常的に無自覚なまま繰り返されています。
そして、親の強いる従順ないい子として無理をしてきた子どもたち、あるいは優秀な子どもとして走り続けてきた子どもたちは、挫折する危険を背負っています。
挫折は誰にもありますが、問題は、親の歪んだ愛情のもとでのその挫折が、不登校やひきこもり、拒食や過食(摂食障害)、あるいは家庭内暴力にその方向が転化していってしまうことです。
なぜなら、常に不安感を抱え、自己否定的な自己像を持ちやすく、親の期待するとおりの結果をだせなかったり、受験を失敗してしまったりするなど、いったんつまずくと立ち直れないほどの大きなダメージ(挫折感)を伴いやすいからです。
家庭や親子関係の中にも、競争社会の志向目標が多かれ少なかれ持ち込まれます。
競争社会の成功目標が、親の目標となり、その親の目標が子どもへの過度な期待となって、強く要求していくことになります。
親や大人の価値観や世間への見栄(世間体)を子どもに押しつけ、競争社会の中に追い込み、受験システムの中で必死にいい子競争に駆り立てていきます。
期待を強く要求することや、競争を駆り立てることは、激しい“叱咤激励”ということばの暴力(いき過ぎた教育(教育的虐待))を伴うことが少なくありません。
一方、子どもが、親からのいき過ぎた教育(教育的虐待)を回避するには、ほめられる、期待に応えるしかないとの思いに駆られます。
そして、「自分はこれだけ期待され、いろいろなことをやってもらっているのだから、期待に応えなければならない」という強迫観念とも思える気持ちを、心の中にしっかりと育んでいくことになります。
このことは、子どもにとって、むじゃきな子どもであることを捨て去り、自分を生きることをあきらめ、親の期待に応えることだけが、生きる目的になることを意味します。
そして、このシステムによく適応しているように見える子どもほど、かなり粘着力の強い<病理の素>を内面に抱えていくことになります。
子どもの過度の競争心は、親に認められたいと強迫的に思い続けることから生じます。
煽られるような競争心は延々と続き、心の中では、期待に応えられるかわからない不安が常につきまといます。
常に、周りの誰かと自分を比較することに囚われ、ときに行方を遮る相手には強い敵意を抱くことになります。
しかし、こうした気持ちを強く持てば持つほど、いまの社会では自分の思い通りにはならないことが多くなります。
年齢があがっていくと、その矛盾がだんだんと見えてくるようになってきます。
親にも、子どもにかけてきた期待と現実のギャップがリアルに見えはじめます。
その親の姿勢が子どもにとって、親からの<見放され感>を強く感じさせ、不安感やときには恐怖心を強めていくことになります。
受験の失敗は、子どもが従順ないい子として、自分の思い通りにならない自分の限界を悟る大きなできごとのひとつになります。
子どもは、従順ないい子の自分を両親に捧げられなくなったことを情けなく感じ、自分を責め、心を殺していきます。
これまで怯えてきた親から見放される不安感や恐怖心に背中を押され、いきなり大人になろうとしたりします。
親の期待に応えられなくなることに怯えを感じてきた従順ないい子が、親から見放される不安感や恐怖感から自分を守るためには、自分を徹底的に攻撃する不登校やひきこもり、リストカット、過食・拒食と自分を追い詰めていくか、逆に、他者攻撃に向かういじめや暴力となって表れます。
さらには、シンナーや酒、麻薬に薬、セックス、深夜徘徊で自分のやるせない気持ちを紛らわし、溺れていくことになります。
こうしたまるで人が変わってしまったような従順ないい子の“いきなり”は、親や教師は驚嘆させることになります。


(思春期後期、男の子は14歳が母子間におけるターニングポイントになる)
思春期は、自立したい欲求が芽生え、批判意識が芽生えてきます。「真綿で絞めるような優しさ」で“支配”されてきたこれまでの親子関係に疑問を感じ、親のずるさや汚さを見抜きはじめます。
その結果、子どもたちは、心の中に沸々とわきでてくる苛立ちを徐々に抑えられなくなっていきます。
「私は、なんであなたのいいなりにならなきゃならないんだよ!」と、心が叫びはじめます。
一方の親は、わが子に対して、どうしても自分の思い通りになって欲しいと願います。
そのため、子どもに対していろいろな条件を譲ってでもなんとか従来通りの関係を保とうと必死になります。
こうして一気に、親と子の立場が逆転し、子どもの要求に、母親が従ってしまうような構造ができあがっていくことになります。
このとき、子どもの“母親像”に<精神的マゾヒズム>が生まれます。
一方では、母親像へのマゾヒズムの裏返しとして、子どもにサディズムが醸成されていきます。
その結果、母子関係に<サディズム・マゾヒズム的共依存関係>ができあがっていくことになります。
このとき、母子間に矛盾があっても保たれてきた関係が、一気に崩れる危機が訪れるのです。
男の子は、14歳ころにターニングポイントを迎えます。
わけもなく母親と問題をおこしはじめます。
なぜなら、母親から自由にならなければならないことを心の奥ではわかってくるからです。
内面から突きあげてくるプレシャーにつき動かせられて、無謀なことをしたり、逃げたり、母親を脅したりするようになります。
男の子が成長するためには、母親から感情的に分離することが必要です。
それは、“これから”の人生で、女性たちと満足のいく親密な関係を築いていけるようになるためには欠かせないプロセスです。
そのため、男の子には、母親への礼儀正しさや尊厳の思い(念)を維持させることが必要になってきます。
その役割を果たすのが、母親の夫である父親(養育にかかわる祖父や近親者の大人の男性)です。
夫は妻(女性)を慈しみ、敬い、思いやる夫婦の関係性を子どもに見せ、聞かせて育てていかどうかが問われることになります。
しかし、DVのある家庭環境では、妻と子どもの尊厳を否定するといった対極の父親の役割を見事に果たしています。
その結果、母親(女性)を慈しみ、敬い、思いやることを学べず、思春期後期から青年期にかけて、母親から自由になる(親離れ)準備していく時期にもかかわらず、母子関係に<サディズム・マゾヒズム的共依存関係>をより強く築こうとしてしまうことになります。
このことは、同時に、異性との交際においても、<サディズム・マゾヒズム的共依存関係>を求めることになります。
つまり、交際相手との関係性に、上下の関係性、支配と従属の関係性を力(パワー)の行使によって成り立たせようとしてしまい、デートDVの加害者となります。


(娘を犠牲にして、自分の人生を生き直すのが母の生きがい)
母親が娘の身体を借りて、自分の人生を生き直すことを生きがいとしていることがあります。娘の人生に、わがもののごとく絡めとるように、人生の主役を奪っているけれども、母親自身にはその自覚はありません。
問題は、第三者には、「娘に献身的ないい母親」と捉えられ、「素敵な母親と仲よしな娘」と映ることです。
 そのため、娘自身も、自分が人生の主役を奪われていることに無自覚です。
「Ⅰ-9-(5)-⑤子どもに表れる影響」でとりあげた事例146-170、「Ⅱ-18.思春期・青年期の訪れとともに」でとりあげた事例193-207のように、母親に、自分の人生を母に捧げ、母の希望する人生、母が敷いたレールを歩むことをあたり前と認識しています。

-事例195(過干渉3)-
私Fは、子どものころから成績がよく、教師からよくほめられていました。
 母は、私立中学校の受験のために、冷暖房完備の勉強部屋を用意し、塾や習いごとに通わせてくれました。
 そして、塾の送迎はもちろん、毎晩夜食を用意し、どんなに遅くても、私が床に就くまで起きて待っていました。
 私が、志望校に合格したときや就職が決まったとき、母は、わがことのように涙を流して喜んでいました。
しかし、その志望校もその就職先も、母が希望し、レールをひいたものでした。
そして、母は、「勉強には必要ない」と、異性との交際を許しませんでした。
ところが、私が30歳を過ぎると、突然、母は「結婚しないの?」と無邪気に訊いてくるようになりました。
私は、母に苛立ちを覚えるようになってきました。
私への世間の評価は、母の評価でした。
母は、結婚しない私の世間の評価を気にしはじめました。

-事例196(過干渉4)-
 私B(22歳)は、母には包み隠さず、なんでも話してきたと思います。
 私は、母に、「ねえ、ママ聞いて!」とその日あったことを事細かに報告するのが日課でした。
私と母は、まるで双子のような仲よしな母と娘です。
洋服だけでなく、下着の貸し借りもすることがあります。
 私が子どものころ、友だちが家にきたときには、母は手づくりのケーキでもてなしてくれました。
そして、母は、友だちとの談笑にも参加していました。
 学校の課題があれば、母は、夜遅くまで手伝ってくれました。
「ママのおかげでいいものができた!」ことは、私の喜びでした。

 事例196の母親と娘の関係性の問題は、3-4歳の間で進む母子分離がされず、自己(娘)と他(母親)の境界線が曖昧なままになっているということです。
 娘との境界線が曖昧なままの母親にとっての娘は、自分の延長線上の存在であることから、ひとりの人格としての尊厳など認められていない状態です。
母親の「あなたのことがなによりも大切なの」、「あなたのためを思って」ということばを伴って、娘が自分で考え、自分で判断(選択)することを禁止することで、母親自身の人生を生き直そうと試みます。
一方の娘は、私のことを思って、私のために尽くしてくれている母親に対して、いまの私があるのは“母のおかげ”と思い込んでいます。
娘の心の中に、“母のおかげ”という思い込み(概念)が深く刻まれていると、娘の「自分の人生は、自分のもの」というアイデンティティは、阻害されていることを意味します。
このとき、娘には、「自分の人生を自分で切り拓いてきた」という積み重ねられてきた自信は構築されていない(存在していない)わけです。
つまり、娘は、「私はお母さんがいなきゃダメな存在なんだ」と自信のない女性に育ってしまうのです。
そして、自分の人生を自分で生きていないという渇望感を満たす(承認欲求を満たす)ために、「お母さんには、私がいなきゃいけないんだ」、「私が結婚して家をでていったら、きっとお母さんは寂しがるに違いない」と問題の本質をすり替え、自分の人生を母親に捧げて生きようとしてしまうわけです。
これは、母親に支配されるという環境に順応してしまった深刻な考え方の癖(認知の歪み)です。
 母親に支配されるという環境に順応してしまった深刻な考え方の癖(認知の歪み)がつくられているとき、娘が「母の人生と自分の人生は、別のものである」と健全に分離することは困難です。
 問題は、母親に支配される環境に順応する過程で、「母親が、娘の私と母親自身を同一視している」こと、「娘の私が、母親に求められているのは、母親の希望と期待に応え、母親を満足させる」ことに気づき、一方で、「母の欲求を十分に満たすような女性としての人生を歩まなければならないけれども、女性として母を超えてはならない」ことにも気づき、混乱し、葛藤を繰り返してきていることです。
 こうした混乱を招く相反する二つの命令に縛られることを、ダブルバインド(二重拘束)といい、問題は、ますます複雑化していきます。
 娘は、母親に対する不満や苛立ちを母親に向けることもできず、母親の要求、期待を叶えられない自分に対して無力感に苛まれながらも、強迫観念として「母親の期待に応えよう」と必死にもがき続けます。

-事例197(過干渉5)-
私の母は、私が不在時にも、私の友だちを家に招き入れ、お菓子をだし、ゲームをさせていました。
時には、帰りには、車で家まで送って行くなど、過剰なもてなしをすることもありました。
 私が小学校5年生のときに、父が転勤することになり、転校することになりました。
 すると、母は一転して、私が連れてくる友だちに対して、「あの子は幼稚」、「あの子はませている」と非難し、やがて、友だちの親の職業を持ちだして貶めるようになりました。
 あとで知りましたが、母は、転勤先の新しい土地、転校先の父兄になじめなかったようです。
 その母は、まるで、自分が恋をしているかのように、私の恋愛にのめり込み、私の恋愛に干渉し、詮索するようになりました。
 母は、私と彼のデートプランを立てたり、彼へのプレゼントを用意したりするなど、「P君、P君」とべったりしていたと思ったら、突然、手のひらを返したように、彼からの電話にでることをヒステリックに阻止したり、彼を会うことを禁止したり、かと思うと、また手のひらを返したように「P君、P君」を繰り返しました。
その後、私はPと結婚し、Pの実家で同居することになりましたが、母の夫Pへの執拗な詮索・干渉が、私が同居しているPの実家にまで及ぶことになりました。
そして、私は、これ以上、Pに迷惑をかけられないと離婚しました。
母の行動には、一定のルールも一貫性もありませんでした。
 その後、私が、家柄のよい男性と再婚したときに、母は、あたかも自分が嫁にいったかのようにふるまい、私に対して、嫉妬をむきだしにしてきたのです。
それは、結婚した男性の親族の人たちとのつき合いを巡り、母は、私より主役に立つことが当然と思っていることが原因でした。
私は、こうした状況になってはじめて、「子どものときから、私の仲よくなった友だちを母が気に入ったときには、母は、私以上に仲よくなりたがり、母が仲よくできない友だちとは、私は仲よくしてはいけない」という一定したルールがあったことに気づきました。
私は、友人とのつき合いも、親戚とのつき合いも、そして、恋人や夫とのつき合いも、ずっと、母が決めたルールのうえを歩かされていたのでした。

 この事例197の娘と境界線が曖昧で同一化した母親にとって、娘の良家の男性との結婚は、母親の人生の生き直しを完遂させるには十分に足る相手だったわけです。
 しかし、この事例197の娘は、女性として母親を超えてはならない“一線”を超えてしまったわけです。
 母にとって、娘は、所詮自分の“生き直し”を遂行するための分身、道具でしかないことから、娘は、決して母親を超えて幸せになってはいけなかったのです。
娘は、母親を主役として、影から立てるわき役に徹していなければならなかったのです。
しかし、娘が主役となってしまったことから、母親は、娘を蹴落とそうと怒りをむきだしに激しく非難し、罵ることになったのです。
 一方で、こうした状況に陥っても、「私は私、母は母」と母を突き放してしまうと、「母はどうにかなってしまうのではないか」、「母は生きていけないのではないか」と不安になり、躊躇して口にできないことが少なくありません。
 その不安は、得体の知れないものに突き動かされる恐怖心となります。
 なぜなら、娘は、ことばにする(言語化する)ことはできなくとも、「母には、自分の人生というものがない」ことを察しているものの、既に、娘自身も母が敷いたレールを歩み、母のルールに従って生きてきているので、そこから脱することが恐怖なのです。
 苦しくても、哀しくても、怒りがあふれてきても、母の敷いたレールに乗り、母のルールに従って生きていた方が楽なのです。

 ここには、「Ⅱ-20-(6)ACに“共依存”の傾向がみられるとき」で記している通り、“共依存”と“イネイブリング(依存者を支える者)”の問題がかかわってきます。


(女の子は、自分の命が大切だからこそ、傷つける価値があると思う)
女の子は、「自分の命が大切だからこそ、傷つける価値がある」と思い込みます。「自分の命が大切だからこそ、自分には生きる価値がある」とは決していいません。
自分の命が自分のものになっていないだけでなく、さらに、自分の人生もまた自分のものだと感じることができていないときには、それは親の価値観、親の人生観を生きるように求められ、実際にその価値観を生きてしまったことを意味します。
つまり、親にとって都合のいい従順な子という生き方を拒否できなかったのです。
そのために、うつ状態に陥ったり、自分の<生の感覚>を喪失し、それをとり戻そうと命を傷つける自傷行為(リストカット、OD、過食嘔吐・拒食、アルコールや薬物濫用)に及んでしまったりするのです。
親にとって都合のいい従順な子は、いい子でないと見捨てられるかもしれないという不安、怖れの中に生きています。
不安を打ち消したくて、親や大人たちを喜ばせようと必死になっています。
親にとって都合のいい子が、自分にとっていい子じゃない(自分を大切に生きている子じゃない)と気づいたときの重苦しさは、どんな恐怖よりも怖くてツラいものです。
本当の自分がどこにあるのかわからなくなり、自分がなくなってしまう不安に突きあげられます。
そして、毎日がどんどん重くなってきます。
どちらにも動けない自分を嫌悪し、「異常なほど自分が嫌い」と表現します。
両親に愛されているという実感がなかったばかりではなく、愛されていないという確かな思いがあるからです。
抱きしめて欲しかったのに、払いのけられた記憶しかないのです。
従順ないい子と自己嫌悪は一対ということです。
 過食嘔吐を繰り返す(摂食障害)女性に共通するのは、幼少期に「完璧でなければ愛されない」と思い込い込まされて育った人が、思春期や青年期に達したとき、受験や恋愛、対人関係などなんらかの挫折をきっかけに発症するということです。
 厳格で威圧的な親がいる環境では、子どもは、「完璧な子どもでなくては愛されない」という考え方が強化され、無邪気に甘えたいといった子ども本来の感情を抑え込み、親に好かれる、親の期待に応えるという「仮面(ペルソナ)の自分」を演じ、対処しなければならなくなります。
しかし、心の中では、常に「本当の自分」との葛藤を抱え、苦しんでいきます。
愛されたいから、認めてほしいから親に迷惑をかけちゃいけない、ダメな(失敗したり、期待に応えられなかったりする)自分は見せられない思いは、私は親が大好きということばに置き換え、親との関係は良好に見えるように演じ続けることになります。
つまり、強迫観念的に嫌われないように必死に努力し、優等生でなければならなかったのです。
勉強や習いごとを頑張って結果をだすと、「よくやった」、「やっぱり私の子どもだ」といったことばを伴って親に褒めてもらえるため必死に頑張り続けます。
なぜなら、親の期待に応えられなかったり、親の望む結果を得られなかったりしたら、「できないなら、私の子どもじゃない」との親の“メッセージ”に脅迫され続けるからです。
「私はなにかをしなければ、親に愛されない」、「ありのままの自分ではダメ(好かれない、認められない)なんだ」と思い込まされているのです。
 思春期後期-青年期前期になると、これまでなんとか親の期待に応えてきたものの、受験失敗や成績不良など大きな“挫折”を経験する機会が多くなります。
それまで被ってきた「(親にとって都合のいい)優等生ないい子」の仮面(ペルソナ)はそのまま外せないと悩み、葛藤しはじます。
「(親にとって都合のいい)優等生ないい子」という仮面には、人に弱みを見せない“私は強い”という仮面、心の中で他人とひどく距離を置く“逃避”という仮面があります。
そして、親に認められ、親の期待に応えるために被った「偽りの仮面」を自分としてふるまい続けることで、「偽りの印象(世間体)」がひとり歩きしていくのでどんどん辛くなります。
「仮面の自分」と「本当の自分」がどんどん乖離していくので葛藤は大きくなり、やがて爆発することになります。
 親に抑圧された子どもには、①愛されたい、注目されたいという気持ちが強く社交的で明るく(循環気質)、②こだわりが強く、完璧主義であり(執着気質)、③心配症で、思い込みが強い(不安気質)といった共通した傾向が見られ、こうした傾向が、適度な距離感を持って人とかかわることの障害となり、生き難さを抱えることになります。
 そして、親に反抗できずに思春期、青年期に達した者が、持って行き場のないエネルギーの発散先として、過食嘔吐や拒食といった食行動となるのです。
命を脅かすリストカットやODと同様に、過食嘔吐や拒食という行為も自傷行為に含まれるわけですが、“わたし”そのものを傷つけ、痛み(苦しみ、哀しみ)を感じることで、“わたし”がここに存在していることを確認する行為です。
加えて、「自分はダメ(認められない、期待に応えられない)だ」という思いがあることから、その不安を解消するために、頑張れば「数字」「見た目(外見)」に表れやすいダイエットに走ります。
「痩せる」と親や友人たち褒められることが、“承認欲求”を満たし、安心感が得られます。
そのため、ストレスを感じると、承認欲求を満たすためにダイエットにとり組み痩せることに必死になるのです。
また一方で、リストカットやODの自傷行為と同様に、いき過ぎるダイエットに「痩せ過ぎじゃないか、食べないと」ということばを伴う心配は、親や友人たちの気を惹き、注目を集めることで“承認欲求”を満たそうとする「試し」行動となるケースも少なくありません。
こういた承認欲求を満たすための試しは、自己抑制することができずにエスカレートしていくことになります。
 「痩せて」認められたい、褒められたい思いではじめたダイエットは、「痩せていたい」強迫観念が強くなると拒食になり、やがて、「痩せていたい」と「食べていたい」という相反する強烈な願望に支配される過食嘔吐に発展していきます。
吐くと2つの願望が簡単にクリアできたという高揚感、口にだすことができなかった溜め込んできた感情を口にできて「スッキリした」という爽快感により、不安や寂しさ、憤りや怒りなど嫌な感情が麻痺していきます。
感情の麻痺は、“快感欲求”を満たそうとする中毒性を持った行為が繰り返されて強化されていきます。


(2) 問題行動としての“依存”
思春期を経て青年期になると、子どもは“親離れ”として「精神的な親殺し」が必要となります。いつまでも子ども扱いにされ、一人前に認めようとしない親を「殺してやりたい」と口にする子どもはたくさんいます。
しかし実際に、“(爪痕が残るほどの力で)母親の首に手をかける”子どもは滅多にいません。
もし、子どもが感情を爆発させ、母親であるあなたの首に手をかけたり、手をあげたりするようなら、もはや「心身ともに健常な成長が損なわれている」ということです。
子どもの心は、真っ暗な闇の中をさ迷いはじめ、自我(自己アイデンティティ)の置きどころがなくなっている状態になっています。
「アダルト・チルドレン・オブ・ディスファンクショナルファミリー(ACOD)=成人した機能不全家庭で育った子ども(以下、アダルトチルドレン:AC)」たちは、主に対人関係からくる生き苦しさを抱え、「生きるのが苦しい。」と訴えます。
支配のための暴力がある家庭では、親からの愛着を獲得できません。
殴る、蹴る、罵倒する、からかい、ひやかすのが人と接する、自分の気持ちを伝えることば、問題を解決する手段として、目の前で繰りひろげられる支配のための暴力・DVを見て学び、そのまますり込んでしまっています。
生まれた瞬間からそれ以外のかかわり方、接し方を見たことがない、経験したことがないのですから、人とのかかわり方、接し方に、暴力的なおこないを持ち込んでしまうことがあたり前と習慣化されることになります。
20数年前にアメリカで2万人を対象におこなわれた調査では、実に9割以上の被虐待者に、なんらかの心の問題を抱えている(問題行動、精神的な疾患を含む)ことがわかっています。
心の問題行動とかかわるものが「嗜癖」であり、「依存」です。
ACを抱えた被虐待者の心の奥には、乳児期にえられなかった愛着、親からの無償の愛に対する渇望感があります。
その渇望感を満たすために、愛情の代わりとして食べ物、物や金を次から次に求めていきます。
その渇望感を被虐待者は、「心にぽっかりと穴が空いてしまって、空っぽ」とよく表現します。
愛情渇望、つまり、カラカラと乾燥し砂漠と仮してしまった心は、豪雨が降っても肥沃な土地となることはありません。
幾ら求めても、決して満たされることはないのです。
執着し、依存する心は、“さびしさ”を埋めるものです。
深く暗い井戸の底に吸い込まれそうになるような恐怖や孤独、さらに、絶望を感じるほどの感情です。
不安感に襲われ、いたたまれなくなり、心の穴自慰かで埋めたくなるようにつき動かされる衝動です。
なにかに依存してしまう心に共通するのが、自分の意志ではコントロールできないことです(コントロール障害)。
自分のさみしさや悩みに耐えられない衝動につき動かされてしまうと、相手の立場や気持ちをいっさい考えることはできなくなります。ただ自分だけの「安心」を欲しいがために、相手をコントロールしようとします。
上手くいかないと、身近なもので安心をえようと試みます。
その衝動はエスカレートし、やがて依存症になります。
「底知れないさびしさを埋めよう」として、モノや人で安心をえようとするのが、そのはじまりとなります。
国際的な依存症の診断基準としてあげられているのが、次の6つです。
・対象への強烈な欲求や、しないではいられない感がある
・禁断症状(止められない=離脱症状)がある
・依存対象に接する時間や量をコントロールできない
・依存対象に接する頻度や量が増えていく
・依存のために仕事や娯楽などを無視、または制限する
・心や身体に悪いことを知っていても続ける
楽しい、面白い、うれしい、幸せなど「快楽」は、頑張っている自分へのご褒美として、お金や名誉とともに、私たちの活動を動機づける要因です。
しかも、人の脳は、快楽刺激を優先するようにできています。
「快楽」には神経伝達物質のドーパミンが関与し、「報酬系」と呼ばれる神経回路を介して、頑張ってなにかを達成することへの快楽を感じさせるわけです。
依存症では、依存対象に接しているときにドーパミンが分泌されていることがわかっています。
ドーパミンが大量に分泌されると興奮状態になり、ある種の行動がやめられなくなったり、幻覚・妄想を抱くようになったりします。
逆に、不足すると無気力になり、手足が震えたりします。

①物質依存
不快な感情をコントロールするためにアルコールやドラッグ、たばこ、大量の食べ物などによって、繰り返し気晴らしを試みようとする病です。
そこには、肉体的な満足をえることで、心の安心を求めようとする“仕組み”があります。
そのため、止めたいと思っても、肉体的にも、精神的にも止められないのです。
物質に依存することで、まず、a)快感をえられます。
それは、物質を体内に入れることで、肉体的にも、精神的にも快感がえられるものです。
その結果、b)嫌なことが忘れられるのです。
不快な気分や寂しさ、悩み、不安などを一時的に忘れられます。
そして、一時的に忘れるために、繰り返すのです。
物質依存は、物質が脳内に入り、それぞれの部位でドーパミン神経路を刺激します。
ドーパミンが大量に放出され、中枢神経が興奮するために“恍惚感”や“幸福感”で脳がいっぱいになります。
また、副交感神経が活性化され、身体にも快感が及ぶことになります。リラックス状態になると血圧が下がり、脈拍数が減り、体がゆったりします。
しかし、酒やドラッグなどを常用によって、情緒は不安定となり、人格が歪むことになります。
心身の健康が破壊されるだけでなく、家族や周囲の人たちを経済的、社会的なトラブルに巻き込み、破壊的な迷惑をかけることになります。
ア) 過食・過飲、拒食
口唇欲という要素が影響し、いわゆる「口が寂しい」状態です。
授乳への執着を示し、授乳期になんらかの問題があったことが原因とされています。
背景には、a)自分をほめてもらいたい、劣等感が強く、やせることで評価されたい、b)親にとっての従順ないい子でいたい、子どものころから過剰に期待され続け、完璧な大人であることをめざす、c)成功、勝利だけが正しい、目標が高く、失敗したら無になると思い込んでいる、d)空虚感、心が満たされない思いがいつもつきまとっているといったものがあります。
「やせたら人に愛される」、「やせたらすべて上手くいく」といった思い込みは、絶望感やさびしさ、無力感の裏返しです。
拒食や過食は、自己愛と傷つきと関連した行動のひとつです。
痩身願望が度を越え、コントロールできなくなると「拒食症」を発症します。
過食と併せて「摂食障害」とされています。
「痩身願望=醜形恐怖」は、子どものときに、「そのままの自分でも愛される」ことをとり込めず、自分は愛される存在であるという自信を獲得できなかったことを起因としています。
  脳内の視床下部は、飢餓状態になったら死んでしまうと判断します。
ダイエットによる食事制限は飢餓状態に似ているので、脳は飢餓に備え、空腹感を感じさせる“摂食中枢”を刺激します。
そのため、幾ら食べても「ひもじさ」が収まらないのです。
食欲のコントロール機能が混乱し、信じられないような量を食べても、満腹感を感じなくなります。
なぜなら、満腹は胃ではなく、脳で感じるものだかです。
いくら吐いて食べるを繰り返しても、親からえられなかった愛情の飢え、ひもじさが満たされることはありません。
過食行為への罪悪感が自己嫌悪となり、よりいっそう心が寂しくなるだけです。
結果として、また食べて、吐くという悪循環に陥ってしまうのです。
イ) アルコール依存*-39
最初は気持ちがいいのに、いつの間にか泣いたり、怒ったり、感情が不安定になっていきます。
やがて手足がもつれ、意識が混濁して泥酔状態になります。
アルコールには、a)脳が麻痺して麻酔がかかったようになり、「痛みを感じなくなる」麻酔作用と、b)脳内物質のGABAが増すので抗不安薬と同じ効果があり、それが「不安の解消に役立つ」とされています。
アルコール依存になる人は、積極性や不安解消などにかかわる神経伝達物質が少ないことがわかっています。
常にアルコールが脳に残る飲み方をしていると、次第に少量の神経伝達物質でもバランスが取れるようになります。
しかし、アルコールを断つと、このバランスが崩れ、不快な離脱症状をおこします。そのため、やめたくとも断酒できなくなるのです。
離脱症状を回避するには、アルコール依存症専門機関での治療しかありません。
  酔った勢いで迷惑行動や傷害事件をおこすことがあるため、近親者も大きな影響を受けることになります。
ときに、その行為は脅威、恐怖にもなります。
*-39 アルコール依存症が原因のDVは、DVの8%程度といわれています。
ウ) ドラッグ(薬物)、ニコチン依存
ドラッグ(薬物)は、快感をえるため繰り返し使用する傾向が強いものです。その結果、アルコールと同様に耐性ができ、離脱症状が現れ、止めることができなくなります。
ニコチン*-40は脳内に10秒以内に達し、快感物質を満たします。脳のドーパミン細胞体に達し、快楽物質であるドーパミンを放出させる(ドーパミンが脳内で増加)のです。
止めると離脱症状が現れるようになります。
つまり、ニコチンは、脳内物質であるセロトニンの代わりをしてしまうのです。
そのため、セロトニンをつくりだす働きを弱め、代用物としてニコチンが手放せなくなります。
また、口唇欲との関係も深いとされています。
*-40 英国心臓基金(British Heart Foundation、BHF)が、40歳以上の6500人近くを対象とした調査で、「不安症やうつ病にかかっていることを報告した人の割合が、非喫煙者で全体の10%、元喫煙者で11.3%だったのに対し、喫煙者は18.3%に達した。」、「喫煙するこの結果は、英国の喫煙者の3分の1以上の36%が「喫煙によってストレスが和らぐと応えている」調査結果とは相反するもので、喫煙者の認識(その瞬間の感じ方)と根底にある日常の慢性的な自覚症状にズレがあることがわかります。
先に記している「人の脳は快感刺激を優先する」を示すものです。
このことをマイク・ナプトン博士は、「喫煙は、人々をリラックスさせるのではなく、不安や緊張を高めている。喫煙の際に感じるストレスの和らぎやくつろぎ感は一時的なもので、それらはすぐに禁断症状や強い欲求に取って代わられる。」と述べ、「不安神経症やうつ病にかかる確率が非喫煙者より70%高い。」、との報告書にまとめています。

②プロセス依存
仕事やギャンブル、買い物など、身近な行為によって、耐え難い不快な感情をコントロールするのが、「プロセスへの依存」です。
「~していれば幸せ!」という状態です。
なにかのプロセスにワクワクし、快感を覚えることによって、突然襲ってくるむなしさやねたみ、哀しみなどをコントロールしようとするものです。
プロセスに夢中になっている間は、安心をえられるのです。
プロセスには、「a)緊張:屈折した快感→b)解放:高揚感→c)後悔:失望感」といった法則性(サイクル)があります。
a)緊張は「屈折した快感」状態で、その行為をしないようにがまんしますが、やがて緊張が高まってきます。
そのとき、やりたくてウズウズするのをがまんすることさえ自虐的な快感となるのです。
b)次の解放は「高揚感」を伴う状態で、緊張の高まりがピークに達すると、ついにその行為に手をだし、緊張は一気に解放されます。
気持ちがワァーッと高揚したり、ホッと安心したりするのです。
c)最後は後悔、「失望感」です。行為が終わってしまうと、結果が待っています。
「またやってしまった」と後悔し、「もう二度としない」と心に誓いますが、しばらく耐えていると緊張が高まっていきます。
ア) 仕事依存
休むことに罪悪感を持っています。
仕事に没頭していれば楽しく、仕事以外の面倒なことに取り組まなくてもすみます。
そのため、仕事をしていないと不安で、自分から仕事を増やしてしまうのです。
また職場では、仕事のできる人が評価されます。
人事評価では、儲ける能力のある、成果をあげる人が評価される仕組みになっています。
子どものころ、親や近親者からありのままの自分を認めてもらえていない(第一子には後継ぎの男の子を切望される中で生まれた女の子といった状況なども含む)と、仕事をなし遂げたときにえられる賞賛と報酬に対し、異常なほどに執着にするようになります。
「人より仕事ができる自分」、「能力が高い自分」というステイタスに依存していきます。
そのため、家庭を顧みずに仕事人間となり、仕事以外の面で支障をきたしたり(家庭内でのトラブルなど)、過労で倒れたり、燃え尽き症候群になったりします。
イ) ギャンブル依存
「労せぬ勝利の快感」に嗜癖し、脳が快感を覚えてしまうので抜けだすのは困難となります。
自分が選んだ台が、自分で選んだ番号が勝ちどきの声をあげる快感は、自分は天才、特別な存在感を感じる至福のときです。
根底には、ありのままの自分を認めてもらえなかった幼児期の経験があります。
仕事で完璧さを求め仕事に依存し、逆に、仕事で完璧さをまっとうできない場合には、「勝利」への未練、やり残し感からギャンブルに依存することになります。
ウ) 買い物依存
まず、a)店員からチヤホヤされ、高価なものを勧められると、気分が高揚し、不快な日常を忘れることができるといった「多くの高揚感」がえられます。
そして、b)店員に勧められるまま買うことで、自分が「いい子になったような優越感」もえられます。
しかし、c)店をでた途端、自己嫌悪に陥り、支払いという現実に戻って罪悪感に苛まれます。
「浪費はいけない」と激しく後悔し、“罪悪感”にみまわれても、また買い物にでかけることになります。
というのが、買い物依存のサイクルです。
  衝動買いが止められない、限度を超えて買い込んでしまうものの、いったん買い物を終えると、商品への興味が失せ、「なぜこんなものを買ってしまったんだろう」と後悔、自己嫌悪に陥ることになります。
愛情の代わりにモノを与えられ、誤魔化されてきた経験が、空っぽになった穴を埋めようと心をつき動かすのです。

③ 対人依存
出生後、親と子の関係に失敗する、つまり、はじめて人とのかかわりに失敗し、悩み、苦しんできているとき、人に執着、依存するのはあたり前です。
しかし、“人にかかわる中で安心したい”思いは、“縦の関係”しかない人間関係でのことを意味します。
相手にしがみつくか(立場が上とみられる人)、支配しようとするか(立場が下とみられる人)、“縦の関係”で人とつながろうとするのです。
ともに“安心をえたい思いからくるおこない”ですが、相手はその関係を望んでいません。
そのため、立場が上とみられる人からは“上手く利用され”、下とみられる人からは“嫌がられ”“恐怖を抱く”ことになるのです。
前者は、「利他的従属の関係」であるといえます。
相手に貸しをつくることによって見返りを求め、相手にしがみつこうとする依存です。
ただ人に頼るだけで、自分自身が確立されているわけではありません。
相手にしがみつくのは、a)常に援助されていたため、待ちの姿勢を保つようになってしまった、b)守ってくれる人がいつもいたため、自分ひとりで困難に立ち向かったり、敵と戦ったりせず、ひたすら養育者を探してきてしまったc)失敗や危険は前もって避けられる状況をつくられていため、失敗や危険への対応の仕方を学ぶチャンスを奪われてしまった、d)いつも人の意見を聞いていたので、自分ではなにも決められなくなってしまった、決断を迫られる事態に陥ると恐怖を覚えるようになっているといったことが起因となっています。
つまり、親が子離れの不安に耐えられず、過保護、過干渉になっていたのです。
後者は、「世話型依存の関係」です。
自分の喜びを見いだすためだけに相手の世話を焼きますが、一方で、相手がひとり立ちすることを怖れます。
そのため、多額のお金を貢ぐなど、自分を犠牲にしても相手に尽くそうとします。
そこには、相手に利益を与えることで、相手を支配したいという複雑な心理が隠れています。
そして、世話型依存の人と、人に依存する人とはもたれ合い、お互いに離れられない「共依存」としての関係が生まれます。
親は子どもに従順ないい子を求め、子どもは愛情欲しさにそんな駄目な親であっても必死に奉仕します。
また、友人や夫婦の関係で、「この人には、私がいないとダメだから」と離れられない理由を述べますが、「この人がいないと、私がダメなの」という表現が正しいのです。
自分は、存在する(生きている)価値があるとの意味を求めます。
真っ暗な深い穴に突き落とされたような孤独感やさみしさに押しつぶされそうになると、「消えたい」、「いなくなりたい」と心がざわめきます。
関係が断たれる気配を感じると「別れるなら、死ぬ」と脅し、関係を必死につなげようとします。
ア) 宗教
「大きなものに庇護されたい」、「完璧になりたい」との囚われが強く、神にすがることや特別なもの、超人を崇拝し、傾倒していくことによって、神をあがめる宗教にのめり込みます。
中には、自分には特別な力が備わっていると神との同一化をはかる意識が高いものの傾倒せずに、自らが神となろう、特別な存在になろうとする者がいます。
詐欺を働くものや、一部のDV加害者にもみられる特性です。
とはいっても、神ということを口にできないので、予言的な特殊な能力があることを伺わせるエピソードを披露し、注目を集め、羨望されることで快感を覚えるのです。
他の人の体験談、本やテレビでえた特殊体験をさも自分が経験したようなつくり話を仕立てあげ、気を惹こうとするのです。
そうしたことを繰り返すうちに、つくり話の記憶が現実の記憶と置き換わってしまうことになります。
宗教は心に寂しいを抱え、孤独感に苛まれている被虐退者や支配のための暴力に自分を奪われ苦しい、逃げたい、でも子どもがいてどうにもならない境遇を嘆いている被虐待者やDV被害者の危うい心に忍び寄ってきます*-41。
そういった危うさを持つのも宗教の特徴です。
宗教への傾倒は、精神治療薬の投与とともに、子どもの面倒、家庭よりも重きをおいてしまうため、離婚調停で「親権を認められない」といった悲劇を招くことにもなります。
*-41「危うい心に忍び寄ってくる」やり口については、「Ⅰ-8-(4)暴力、洗脳、マインドコントロール」、「同-(5)霊感商法、対人認知の心理」、「同-(6)結婚詐欺師の言動行動特性」、「同-(7)自己啓発セミナー。それはカルト活動の隠れ蓑」において、詳しく説明しています。
イ) セックス
セックスという嗜癖は、性的倒錯や売買春だけではありません。「相手をとっかえひっかえたりしているか」に注視することが必要です。
女性は安心、リラックスを与えてくれる存在であった父性を求め、男性は無償の愛を注いでくれる母性を心の根底に求めます。
それは、乳児期にえることができなかった「やり残し」を突貫工事で埋めようとする“試し”でしかありません。
しかし、やり残しを試し、嘘、偽りの関係で埋めることなど決してできません。
試し、偽りの行為はより寂しさ感を増長させ、「今度は」、「今度こそは」とさらに試しで埋めようと、偽りの愛を求め、さ迷い続けることになります。
残るのは、数倍にも膨れあがった寂しさと孤独感、そして、新たに加わった穢れ感です。
この穢れ感が、その後の人とのかかわりの障害となり、苦しめることになります。
それは、自分を大切にしない、自己破壊行為のひとつです。
その背景には、幼児期から思春期、青年期に性暴力(近親姦や強姦といった激しい暴力だけでなく、性的いたずらと軽く見られてしまう性的虐待、父親の視線に女を見る意図を感じるなどを含む)あることが少なくありません。
「DVを受けている」、「虐待を受けてきた」と自覚できていないと、私のこの苦しい、やるせない思いを「誰かにわかって欲しい」、「誰かに受け止めてもらいたい」と心がざわめきます。生育関係からくる“さみしい”を抱えていると、「誰かに受け止めてもらいたい」、「認めてもらいたい」、「優しくしてもらいたい」の思いを止められなくなります。
そのため、DV被害者や被虐待者の中には、その思いを「出会い系」などのコミュニティサイトに求める人たちも少なくないのです。
「出会い系サイト」でなくとも、ゲームサイトに付属するメール機能を通じて、やり取りをするうちに関係をもってしまうのは中高生だけではありません。
「30-50歳代の主婦を落とす方法」と銘うって、裏情報がネットを飛び交っています。中には、「DV等、夫婦問題の悩みを聞きます」といってコミュニティサイトで「罠を仕掛けている輩」も少なくないのです。
心に“さみしい”を抱え、誰かに“わかって欲しい”と「足が地についていない心がふわふわした危うさ」を抱えている女性たちターゲット(標的)に、魔の触手を伸ばそうと機会を伺っているのです。
標的にされやすいのは、a)親に向き合ってもらえない女学生(小学校高学年、中高校生など)であったり、b)失恋をしたり、c)離婚をしたり、d)親や近しい人を亡くして間のないといった“哀しさ”や“やるせなさ”を抱えていたり、e)病気やケガをし、入院後の職場復帰に“不安”を抱えていたり、f)転校や転勤、引っ越し後で新しい環境に慣れずに“心細さ”を感じているといった女性たちです。
こうした「心が傷ついている女性」や「心が弱っている女性」を見つけると、ことば巧みに近寄り、優しいことばをなげかけます。
「私の気持ちを受け止め、わかってくれる」と思わせる“巧みな話術”によって、心の隙間にすっと入り込んでくるのです。
“オトス”ための思いやりのあることば、優しいことばを、その場限りのものではないと信じ込もうと、その人を信じ込んでいくのです。
しかし、彼らの気遣いのある、優しいことばは、実は相手のことを思ってではなく、自分が繰りだす巧みな話術によって、思い通りにコトが進んでいる自らの能力(才能)の高さに酔いしれているに過ぎないのです。
“オトス”ことに快感をえているだけなのです。
コミュニティサイトで知り合い、「彼だけが、私の気持ちをわかってくれる」、「彼の本当のよさは、私にしかわからない」、「私だけが、彼のことを支えてあげられる」と関係を切れなくなってしまったり、性暴力被害にあってしまったりするDV被害者や被虐待者も少なくないのです。
また、この手の輩がDV加害者になるとも思いもせず、交際をはじめ、デートDVの被害にあい、別れるタイミングを失い、そのまま結婚し、長く支配のための暴力を受け続けることになることも少なくありません。
出会い系サイトの怖さは、裸やセックス時の写真や映像を撮られ、「夫や職場に知られたくなければ」と脅され、性搾取被害に合う女性も少なくないということです。
デリバリーヘルスなどの風俗で働かすためのスカウトの役目を、出会い系サイトが果たしています。
ウ) 万引き(窃盗)、詐欺
万引き(窃盗)、詐欺の根底には、嘘をつく、偽りの話をでっちあげることに罪悪感にみまわれないことがあります。
しかも、嘘や偽りでのうまみという快感をえた経験が、常習性につながっていきます。
思春期、少年期の万引き行為には、迷惑行為しても、親に受け入れてもらえるだろうかといった試し、愛情の度合いを測る意味合いを持っています。
また、「親にとって従順ないい子を生きたくない」、「ありのままの自分を受け入れて欲しいんだ」といった最初で最期のサイン、「このままでは、心が壊れてしまう。助けて!」といった心の叫びだということを理解しなければなりません。
「お前は、なんてコトしでかしてくれたんだ! 家(一族)の恥だ」などと一喝することで、子どもの心の命を断ってしまう危険をはらんでいます。
乳幼児期に親からのアタッチメント(愛着形成)の獲得に失敗していると、人を信じられず、人とどうかかわっていいのかわからず、交友関係が上手くいかなくなります。
親がしてきたようにモノを与えたり、嘘や偽りのつくり話で面白おかしく友だちの関心を惹こうとしたりします。
また、親から愛の欲求不満(愛着の獲得失敗)を、「スリルという快感を味わう」ことで解消しようとします。

-事例198(ネグレクト2・薬物依存1)-
私(M)が3歳のころに、父親を家から追いだすようにして離婚した私の母親は、私の祖母に私を預けて働きにでるようになりました。
以降、私は祖母と暮らしています。
私が、17歳のとき、彼(20歳)を同乗させた自動車を無免許で運転しました。ふらふらした走行だということで、警察官に職務質問を受け、薬物使用が発覚しました。
私は、ひとりのときには薬物を使いません。
なぜなら、ひとりですると、「薬物をやめなさい!」というお母さんの幻覚がでてきたり、お母さんから見捨てられるような光景が目の前に浮かんできたりして、すごく嫌な気持ちになるからです。
ところが、友だちと一緒に吸うと、おしゃべりは楽しいし、友だちの話を聞いていても面白くなります。
なぜなら、自分の中の別の面がでてくるからです。
そして、なにをしても怖くないという気持ちになります。薬物を吸ってる途中で友だちと揉めたとしても、なにをしてもへっちゃらという気持ちになり、物を持ちだして「ええい、殺しちゃえ!」とか思ったりします。
しかし、覚めると、そんな気持ちになった自分が怖くなって、冷や汗がでてきます。

この薬物事件では、家庭裁判所の調査官が、Mの母親と面談で、「Mちゃん(私)は小さいとき、どんな子でしたか?」と訊くと、Mの母は胸を張って「すっごくよい子で、手のかからない子どもでした。」と応えたといいます。
 非行事件をおこした少年少女の母親の多くが、「すごくいい子でした」とか、「手のかからない子どもでした」と話します。
「手がかからなかった」と応える母親の多くは、放任的で、子どもをきちんと見ていなかったか、支配的で、子どもをがんじがらめにして育ててきたかに該当します。
 Mにとって、薬物を使用することで、ずっと母親に抑圧され、押し殺してきた思いが一気に開放される瞬間に強い快感となっていきました。
 そして、薬物を使用し、彼と半同棲のような生活をはじめたMは、母親が父親にしてきたように、彼に対し、支配的で、尻に敷き、勝気にふるまっていました。

-事例199(面前DV43・ネグレクト3、過干渉6)-
私は、3人姉妹の長女です。
父親は、母親を殴ったり、汚いことばで罵ったりしていました。
両親が離婚し、私たち姉妹は母親と暮らすことになりましたが、母親が新興宗教にはまってしまい、時々、私たちを家に置いたまま1週間帰宅しないこともありました。
幼かった私は、自分も子どもなのに、妹たちの母親の代わりを担わなければなりませんでした。
 私は結婚し、長女Rが生まれると、教育という名の下で子どもを支配するようになりました。
その長女Rは、27歳のときに、自ら命を絶ってしまいました。

自殺した長女Rの母親は、アルコール依存症などの母親に育てられた子どもと同じで、無邪気な子ども時代を生きることが許されず、わがままをいってみたり、甘えてみたりといった子どもとしての本能が抑圧されて育っています。
そして、依存的な親から頼られる(依存される)ことを“わたし”の役割とすることで承認欲求を満たすようになり、その結果、幼かった母親自らも「依存されている立場に依存」するようになっていきます。
なぜなら、依存してもらえないと不安になったり、恐怖を抱くようになったりするからです。
このような人間関係を「共依存」といい、このような機能不全家庭で育った子どもは、総称として「アダルトチルドレン(AC)」と呼ばれます。
周りからは「いい子」と評されていますが、心の中にはいつも得体の知れない「生き難さ」を抱えています。
ACを抱えている人は、一見しっかりしているようで、中身はもろく、なにかに依存しようとする傾向があります。
それが、アルコールであったり、ギャンブルであったり、子どもができ母親になったときには、子どもに依存してしまったりするケースも少なくありません。
その結果、その子どももまたACを抱えてしまうなど、次の世代にひき継がれていくリスクを抱えます。
長女Rのように、いき過ぎた教育(教育的虐待)を受けているときに自殺するのではなく、受験を経て大学進学後や就職後に心のバランスを崩し、自ら命を絶つケースでは、母親と子どもの関係性が“共依存”的に陥っていて、その結果が「いき過ぎた教育(教育的虐待)」となっていることが少なくないのです。
母親が、「まったくダメな子ね」、「どうしてあなたはそうなのかしら…」などと子どもの人格を否定する表現を頻繁に口にしているとき、無意識のうちに、子どもに対し、「あなたには私が必要なの」というメッセージを刷り込んでいるのです。
「いつまでも自分を必要としてほしい」という親としてのエゴが、子どもを萎縮させ、自立を阻みます。
無意識のうちに、子どもが無力であることを願い、自分の力のおよぶ範囲から抜けだすのを阻止しようとしてしまうのです。
一方の子どもは、母親の期待に応える(拒絶されない)ために、いつまでも親がいないとなにもできない子どもの役割を演じ続けるのです。
 「子どもは未熟。判断力が不足している。だから、親が決める。」、「将来のために、今多少辛くても、無理をさせなければならない」、「あなたのためを思って、私はいま、鬼になっている」と、いき過ぎた教育(教育的虐待)をおこなっている親たちは、疑う余地などない、本気でそう思っています。
しかし、その母親の思いが、子どもの心に、数十年経っても消えない傷を残し、まるで呪いのように、いつまでも子どもの人生を支配し続けるのです。


(3) 子どもに手をあげる背景に、幼児期に抑圧された怒り
<がまん>は、身体を緊張させ、甘えることを知らない身体にしてしまいます。
しっかりと心をヨロイで固めて、自分の感情がでてこないようにします。
その結果、あまりにも辛いことも、哀しいことも心や身体に響かないようになってしまいます。
ところが、大人になって、親になっての怒りは、子どものときの傷に触れた瞬間にでてくるようになります。
子どものころの甘えたいという気持ちが自分の中に残ったままだと、親になったとき、むじゃきに子どもらしく甘えてくる子どもに激しく嫉妬してしまうからです。
そのわが子に向けられる嫉妬心は、ときに、手をあげる原因になってしまうのです。
なぜなら、自分の中にいる乳児が、幼子に嫉妬してしまうからです。
この現象を、インナーチャイルドといい、内なる子どもを抱えたまま大人になってしまった人たちが、すなわち、ACを抱えている人がおこしやすいのです。
内なる子ども(インナーチャイルド)を解き放してあげなければ、心の問題は決して解決できません。
愛されなかったことによる憎しみや恨みも投げだして、自分の悲しみや心の貧しさに気がつかないまま、被害者意識にまみれ、苦しみに苛まれながら生きることになってしまうことになるのです。
しかし、子どもに手をあげてしまっている(虐待している)本人が、自分がACを抱えているとは気づいていないことが多いのです。
なぜ子どもを叩いてしまうのか、なぜ子どもを愛せないのか、悩んで、苦しみます。
人は、自分を受け入れないと、子どもを愛することができません。
子どもをかわいいと思えるかどうかは、自分自身を愛し、どれだけ自分を受け入れられるかにより、自分をこれでいいと思えるかどうかによります。
子どものころに、物凄く辛い体験があったり、親から愛してもらえなかったりした人、そういう人が自分に自信が持てず、結局、子どもを愛せなく、悩むことになるのです。
自分がACと知ることは、自分の今までの生い立ちを見つめ直すことになります。
自分が親から殴られたとき、叩かれたとき、罵倒されたとき、いったいどういう気持ちを抱いていたのか、親に捨てられるかもしれないという恐怖や不安が、自分にどういう影響を及ぼしてきたのかを考えられるようにしていくことが大切です。
子どもを叩いたことがある女性の中で、子どもを叩いたり、蹴ったりしたあとで気分がスッキリとしたという人は、そう多くはいないはずです。
怒りの感情を吐きだすことはできますが、怯え、泣き叫ぶ子どもに苛立ち、怒りを覚える一方で、なんともいえないほど滅入ってしまい、心が動揺してしまうと思います。
その心の動揺を、どうとり繕っていいのかわからずに、再び手をあげたり、怒鳴りつけたりと堂々巡りの状況が繰り返されるだけであって、「スッキリした、もうお終い」とはならないのです。
そればかりか、感情を抑えられなかった罪悪感、無力感に苛まれ、子どもとかかわることが怖くなってしまうことだってあります。
確かに、子どもへの虐待行為は、親のストレスからはじまってしまうことが少なくありませんが、それでストレスを発散できる人なんていないのです。
もし、自分の心がバラバラになって、セーブできなくなってしまいそうになったら、誰かに話を聞いてもらおうことが大切です。
聞いてもらうと、気持ちが落ちつきます。
自分の本音を吐きだして、自分の過去も、自分の意固地な部分も全部吐きだして、心を解き放してあげることです。
きっと、心がスーと解き放たれていくと思います。
たとえ、子どもを支配するため、自分の意のままに従わせるために暴力をふるうことに“快感”を覚える親のおこないとしての虐待行為であっても、問題の本質は同じところにあります。
それは、幼児期に甘えたい気持ちをずっとがまんしてきた思いが、怒りとなり、子どもに手をあげているということです。

-事例200(身体的虐待2・世代間連鎖5)-
小学校3年生のとき、雨上がりに友だちと泥遊びをして帰宅しました。
母親が激怒し、お風呂に連れて行かれ、ホースの水を頭から浴びせられ、ごしごし洗われました。
「お母さん、ごめんなさい。もうしませんから」と何度も何度も謝りましたが、母は許してくれず、頭を湯船の中に押しつけられ、私は失神しました。
翌日、泥遊びをした友だちに「面白かったね。おうちに帰ったらお母さんが大笑い。Yちゃんとこは?」と訊かれ、「うちもそうよ」と応えました。
結婚し、子どもが生まれました。
離乳食から普通食に替わり、長男が口の周りを汚しながら得意げに食べていたり、食べ物や飲み物をこぼしたりするイライラして「どうしてこぼすの!」と怒鳴り、手を叩いたりするようになり、2歳の長男が公園の砂場で遊んでいる同じ年頃の子どもたちのところで遊びたがると「汚いからダメ!」と怒鳴りつけたりしています。

-事例201(性的虐待9)-
3歳になった長男のおちんちんを見ていたとき、突然、父の自慰の手伝いをさせられていたことを思いだしました。
そして、小学校になった私は、父に「かわいい、かわいい」といわれるのがうれしく、自分から積極的にフェラチオをしていました。
忘れていた記憶が蘇ったとき、おぞましく吐き気がしました。男の子をどう育てたらいいのかわからなくなり、自信がなくなった私は、長男を虐待するようになっていきました。

-事例202(虐待6・世代間連鎖3)-
母は、男の子のように私の髪を刈り上げ、男の子の服を着せました。
一方で私の友人関係には極端に厳しくて、男の子と口を利くことさえ許されませんでした。
中学生になった私は、母親に反発して非行グループに入りました。
シンナーは、苦しさ、悩みを忘れさせてくれ、家出をするようになってからは援助交際をするようになり、そのころから過剰に食べては吐くといった過食(摂食障害)がはじまりました。
水商売をするようになるとアルコールに溺れるようになり、同棲相手に覚醒剤を覚えさせられ、私の人生は留まるところを知らずに落ちてゆきました。
母が私に厳しかったのは、母の性暴力被害によるトラウマが原因でした。
母は小学校低学年のとき、近所の高校生に暗い納屋に連れ込まれ、パンツを脱がされ、性器をいじられていました。
その後も、中学校ではいじめにあい、職場ではセクシャルハラスメントやストーカー被害あるなど、性的にいろいろな嫌な体験をしました。
結婚したものの、女の子を育てる自信がなく妊娠を避けていましたが、妊娠し、女の子が生まれたとき、母は失望で愕然としたということでした。

-事例203(虐待6、過干渉7・教育的虐待4)-
「女の子に学はいらない」との方針で育てられ、学歴にコンプレックスのある母は、「おめでた婚」で結婚し、私を出産しました。
3人きょうだいの長女の私に「自分のことは自分で決めなさい」と口ではいうものの、私が「こうしたい」というと反対しました。
ジーンズは禁止、見ていいテレビはNHKだけで漫画はダメ。身だしなみと進路のこと以外は関心がなく、そのときの気分次第で干渉してきました。
中学校3年生のとき、受験のため部活動の吹奏楽をやめることを強いました。
母の希望する国立大学に進学した私は、過食嘔吐を繰り返すようになりました。母が50歳代で父と離婚すると、長女の私を呼びつけ、繰り返し父の愚痴をこぼしました。
そして、「あなたを妊娠しなければ結婚しなかった。」との暴言を受けて、私と母の関係は修復困難になりました。

-事例204(虐待7、過干渉8・教育的虐待5)-
私は幼稚園・小学校ではいじめられっ子で、友だちとうまく遊ぶことができませんでしたが、成績はよい方でした。
ただし、苦手なことと得意のことの差が極端でした。
高校は名の知れた進学校に進みましたが、母は「結婚しなくなると、お父さんがいっている。」として大学進学に反対しました。私は土下座をして、入学金の納付を懇願しました。
大学の卒業とともに実家をでて以降の30年間、私は、母と話したことはほとんどありません。
なぜなら、母は、命がけで娘を自分の理想像に近づけようとすることが愛だと押しつけてくるからです。
大学生のときは、自分を押さえてまでも、やっぱり育ててもらったし、期待に応えるのが娘の務めと思って頑張り続けました。
しかし、自分を押さえ込んで期待に応え続けることがツラくて、苦しくて、パニックをおこすようになりました。
そして、私は「ADHDとアスペルガー症候群が重複した発達障害」と診断されました。
また、精神科医に「お母さんも発達障害の可能性が高い。娘を理解するために必要な部分が欠損していた。」と指摘され、安心しました。
なぜなら、冷たく思えた母の言動が病気に起因している可能性があるとわかったからです。

親は誰しも子育ての過程で戸惑い、混乱します。
ときに、試行錯誤の中で論理の一貫性を失い、方向を見失うこともあります。
よりよく育てようと強く思うあまり、必要以上の厳しさで子どもを「管理」してしまったり、複数の習いごとをさせて子どもをふり回してしまったりすることがあります。
こんなに子どものために頑張っているのに、期待に沿わない子どもに対して苛立ち、激しいことばで非難し、責め続けたりすることもあります。
背景には、「こんな私(人生)であるはずがなかった」との思いがあります。
その思いは、「あなたさえいなかったら」との思いつながり、報われないやるせなさ、苛立ちをぶつけてしまうわけです。
この問題には、母親自身が、自分の母親から同じように管理され、支配されてきているという事実があります。
そして、自分では解けない混乱を、管理・支配という方法で子どもに譲りわたすのです。
その結果、脈々と世代間で「子育ての混乱」が受け継がれていくことになります。
それは、「だって、心配なのよ。あなた・・から」、「あなたは・・できないから」とのことばで、子どもをいつまでも“できないまま”“心配なまま”に縛りつけます。
「あなたはできない」と心を折られ続けて育った子どもは、親のことばを疑わず、自分には母親の手助けが必要と信じ続けます。
ここに、支配と従属の関係性がつくられます。
そして、勉強に習いごと、学校生活から友人関係、服装や身につけるもの、読むもの、聞くもの、食べるものまでをことごとく詮索干渉し、管理し、就職にも大きく関与します。
さらに、異性関係や結婚生活、出産と孫育てまでも口をだし、思いどおりにしよう支配を強め、どこまでもついてきます。
子どもが従順で、自分の期待に応えれば機嫌がよく、そうでなければ厳しいことばで非難し、貶め、責め、こらしめ・罰としてのペナルティを課すのです。

-事例205(虐待8・面前DV44/世代間連鎖4)-
※ 現在、掲載にあたり、本人の承認待ちです。




(4) 回避的な意味を持つ子どもの「非行」
子どもの家出や万引き・窃盗、暴走行為、不純異性交遊、不良交遊、金品持出、放火、シンナー・ボンド、家庭内暴力、校内暴力、粗暴行為、性非行、飲酒・喫煙など、これらの行為がさらにエスカレートしていくと、暴力行為や恐喝、薬物依存、性的逸脱行為などに発展していくことが少なくありません。
こうした子どもの問題行動(非行)は、虐待から逃れるための手段であったり、家での虐待を忘れたい思いであったり、ツラいことから回避する意味を持っています。
親からの身体的虐待や性的虐待、精神的虐待から逃れるために家出をしたり、ネグレクト(育児放棄)環境にあり、空腹に耐えきれず、食べ物を盗んで命をつなぎ、気持ちを満たしていたりすることも考えられます。
子どもは親に虐待されることで、情緒や心理面にも大きな傷となります。
「回避的な非行」は、親や大人、社会に「わたしは、ここにちゃんといる。ちゃんと見てよ!」という訴えに他らないのです。
では、暴力のある家庭環境で育ち、虐待を受けた子どもは、どのようにそのツラさから逃れようとするのかを、ここで、もう一度、整理しておきたいと思います。
年齢が低いときには、虐待から逃げようという行動に移ることは難しいわけですが、年齢が高くなるにつれて、自分たちで工夫をし、それを行動に移すことができるようになります。
それは、主に家出として表れます。
虐待からの回避のための非行を「虐待回避型非行」と示すと、家出以外の非行については、「暴力粗暴型非行」、「薬物依存型非行」、「性的逸脱型非行」の4つのタイプにわけられます。
「虐待回避型非行」は、家出が行動として選びやすく、家出に伴い、万引きや金品を持ちだすといった問題行動を伴うことがあります。
さらに、家出を繰り返す中で、いままでにない刺激(雰囲気や解放感)を味わうことを目的に、家出を繰り返すようになることがあります。
子どもには、これまで虐待を受けてきたことにより神経を張りつめて生活してきたものが、家出やそれによる人間関係の広がりによって解放されたように感じられます。
夜遅くまで遊んだり、バイクに乗って遊んだりすることは、虐待の苦痛やイライラの解消になります。
しかし、そこには、不良仲間との関係が発生するなど、大きな危険が潜んでいます。
家出が長期化することは、どこで寝泊まりするか、生活する費用をどうしていくかという問題と直面します。
親のお金をくすめたり、親のクレジットカードを無断で使用したり、また、友人や知人を頼り泊めてもらったり、援助を受けたりすることもあります。
頼るお金や友人がいないときには、生き延びるために、盗みを繰り返したり、「援助交際」と称した売春により金品を得ようとしたりすることもあります。
さらに、コミニュティサイト(掲示板や出会い系サイト)の「泊まるところを提供します」とのことばを信じ、レイプ被害にあったり、性的搾取を強いられる被害にあったりする場合もあります。
身体的虐待を受け続けた体験が、暴力を伴う事件を起こしたり、器物を損壊したり、暴力的なふるまいを伴い恐喝したりする粗暴行為に向かわせることがありますが、これを、「暴力粗暴型非行」と捉えます。
暴力のある家庭環境で暮らし、虐待を加える親の行動パターンや思考パターンを子どもが自然に学び、コピーするように身につけてしまうことを起因としています。
抑制のきかない攻撃的な言動に日常的にさらされると、子どもはその良し悪しもわからず、同じような攻撃性を知らず知らずのうちに身につけてしまいます。
また、親からの虐待は、精神的なダメージも深く残ります。
そのため、子どもが加害者となったとき、相手を痛めつける効果的な手段として身体的な暴力に向かわせます。
虐待を受けた子どもの性格特徴の中で、感情のコントロールの欠如があげられます。
それまで普通に遊んでいたのに、突然、怒りだし、自分で感情や行動を抑えられなくなります。
「キレる」という現象は、感情コントロールをできないことが原因となっています。
さらに、虐待を受けた体験が、恨みや憎しみ、大人や社会への憤りといった感情を心に抱え込んでいることもあります。
子どもは、親から十分な愛情や関心を向けられないと、ずっと満たされなかったカラカラに乾いたスポンジのような渇望感、底なし沼のような寂しさ求め続けます。
同時に、愛着が満たされないと恨み、怒りの感情を秘めています。
満たされなかった愛着、すなわち、渇望感や寂しさを満たしたい思いの中で、人とのかかわりを持とうとします。
そのため、その思い(期待)が満たされないとき、激しい怒りの感情があふれでてきて、激しく罵倒したり、暴行を加えたり、逆に「見捨てられ不安」を回避するために執拗に詮索干渉したり、執着したりするトラブルを招くことがあります。
いわゆる、男女間ではデートDVやDVであり、ストーキングであり、職場などでのパワーハラスメントやモラルハラスメント、セクシャルハラスメント、親子間では家庭内暴力・殺傷事件に起因するものです。
虐待を受けてきた子どもたちは、自分が受けた虐待の感情を緩和させようと、暴力や粗暴な行為を繰り返すことがあります。
「マステリー(mastery)」という概念について、西澤哲氏は「ある行為を行動的もしくは認知的に繰り返すことによって、その行為に伴ったショックなどの強い感情を和らげることであり、心の傷を癒す一つの方法である。」と述べています。
平成7年1月17日におきた阪神淡路大震災により、精神的なショックを受けることになった被災地の子どもたちに、「地震ごっこ」をして遊ぶ姿が見られ、平成23年3月11日におきた東日本大震災では、被災地の子どもたちには「津波ごっこ」をして遊ぶ姿が見られました。
大地震を自らが再現することは、自分ごととして受け入れる(実感を持ち、受け入れる)ことを意味し、トラウマ(心的外傷)からの回復にはなくてはならないプロセスです。
しかし、過去の虐待による慢性反復的トラウマ体験を、他者に暴力的な行為をすることで克服しようとすることは、自己もしくは他者を困らせる結果になるだけで、マステリーには結びつかないのが現実です。
したがって、暴力のある環境に順応するために身につけてきてしまった考え方の癖(思考・習慣行動習慣、認知の歪み)を自覚したうえで、思考習慣を学び直しが必要になります。
他には、解離が生じ、自分自身が被害を受けていてもその状況があまりにも過酷であるため、現実の意識や感覚から自分を切り離し、低限の精神的な安定を保とうとしていることがあります。
解離による傷みの麻痺がある場合、傷みに対する感覚が欠けているため、相手の傷みに共感することができず、加減(ころあい)を身につけてきていないことから、大きな暴力の被害を招いてしまうことがあります。
家出などの回避的行動を起こし、その中で不良仲間との接触が多くなるとき、家庭内での疎外感や孤立感が強いだけに、その仲間への親密性を増大させていくことがあります。
そのとき、仲間の中に薬物を使用する仲間がいると、その仲間との一体感や親和感を求め、薬物に手をだしてしまうこともあります。
こういった方向に非行が向いていくことを「薬物依存型非行」と捉えます。
薬物に手をだす背景には、虐待を受けたことによる子どもの自己イメージの悪さや自尊心の乏しさと関係があります。
子どもは虐待によって自分に悪いイメージを持ち、自分のことを大切な存在だと思うことができなくなります。
本来、親の愛情(愛着)から自分の大切さを学ぶことができますが、虐待を受けた子どもは、もっとも基本となるその部分が抜け落ちてしまうことになります。
そのため、リストカットや過剰服薬、過食拒食など自分の命を傷つける自傷行為に走ったり、薬物使用に走ったりしてしまいやすくなります。
さらに、現実を忘れようとして薬物使用を深めていくことがあります。
現実からの回避にとどまらず、自分自身と向き合うことさえも避けようとしていたり、日常感覚が麻痺していたりすることが、回避的行動よりも事態を深刻にさせていきます。
その状態を意図的につくるために、薬物を使用することもあります。
薬物を使用することによって、苦痛や現実を意識から意図的に遮断させ、一時的であるにせよ効果があることで常習的となり、依存傾向を強めていくことになります。
性的虐待を受けた子どもに顕著に見られるのが、「性的逸脱非行」です。
自己イメージの悪さや自分を大切に思えない特徴が顕著です。
性的虐待において、さまざまな精神的な苦痛を強いられるだけでなく、そのことが原因で、性に対する歪んだ認識や価値観を持つことが少なくありません。
幼少期に性的虐待を受けてきた子どもの中には、それが愛情表現のひとつだと捉えている子どももいます。
思春期になりその奇妙さに気づく子どももいたり、性に対する混乱や悩み、葛藤となったりすることもあります。
性を唯一の愛情表現だと思い込んだり、性に対する異常なまでの嫌悪感を抱いてしまったりする背景には、性的虐待体験にもとづく“歪んだ性”への認識や価値観が影響しているのです。
性的虐待被害者は、自分を大切にできない感覚が強く、自傷行為や薬物依存型非行へ向かうとともに、無抵抗に性を受け入れたり、性的逸脱を繰り返したりする性的逸脱行為へ向かうことがあります。
なぜなら、性的虐待を受けてきたことで、自己の性を守ろうとすることを身につけていない(姿勢が欠落している)からです。
性を生きるための道具として使ってしまうこともあります。
虐待によって家庭での居場所をなくし、家をでて生活していくとき、自分の性で生活費を稼いでしまうことで非行となることもあります。
根本となる問題は、心と体が切り離されていることです。
虐待を受けているとき、その状況を受け入れたくないために解離により、精神的苦痛を少しでも避けようとするのです。
虐待を受けているとき、「自分の心を切り離し、外から虐待を受けている自分を見る」という離人症状下にあることがあります。
そして、性を道具として生きていかなければならないとき、その苦痛を薬物でとり除こうとすることがあります。
性風俗を支えているのが、性的虐待被害者であるといわれていますが、“源氏名”という別人格下で精神的苦痛を少しでも避けようとしているものの、睡眠導入剤や精神安定剤などを処方されていることが少なくありません。
苦痛を和らげるために精神治療薬に頼り切っている状況にあるとき、覚醒剤や危険ドラッグと接しやすい状況にあるということです。
精神治療薬に頼ることなく、直接、手を染めることもあります。
ここに、性的逸脱型非行としての深刻な問題があります。
非行行動がエスカレートしていくと、回避的な意味合いを見失っていくことが少なくありませんが、以上のように、非行のタイプは違うものの、すべてが虐待からの回避がベースにあることがわかります。
少し古い数字になりますが、平成18年の少年刑法犯検挙人員は、16万4,220人になります。
これを10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの検挙人員でみると、1,321.0人となっています。
つまり、100人のうち1.321人の少年が検挙されていることになります。
小学校の1学年に35人学級が2クラスあるとすると、1学年で約1人(0.92人)が、6学年で考えると、同時期に学んだ児童の約6人が卒業後に検挙されていることになります。
こうしてみると、少年犯罪は驚くほど身近なことであることがわかります。
暴力のある家庭環境、つまり、機能不全家庭で育ってきた少年が、「虐待回避的非行」と「性的逸脱非行」の結果、最悪の事態を招くことになったのが、広島呉で発生した16歳少女を集団暴行し、殺害した事件です。


-事例206(事件研究19:広島呉16歳少女集団暴行死事件)-
「広島呉16歳少女集団暴行死事件」は、平成25年6月28日、21-16歳の男女7人が、専門学校生16歳の黒瀬恵利華さんを広島市中心部から車に乗せ監禁し、車内において集団で暴行し、約20キロ離れた呉市の灰ケ峰方面へ移動し、現金約4万2000円とキャッシュカードなどを奪い、女子生徒を殺害し、呉市栃原町の山中に遺体を遺棄した事件です。
同年7月12日13時10分ころ、広島市東区に住む無職の16歳少女は、家族らに連れられて広島東署に出頭しました*-42。
広島県警は12日夕方から灰ケ峰を捜索し、同月13日17時20分ころ、「灰ケ峰公園」の東側の歩道を約20メートル入った山中の斜面で、若い女性の遺体を発見し、同月14日未明、無職の16歳少女を死体遺棄容疑で逮捕しました。
同月17日、広島県警呉署捜査本部は、21歳の男と、いずれも16歳の少年2人と少女3人の計6人を死体遺棄容疑で逮捕しました。
同月23日、広島県警呉署捜査本部は、遺体が、歯の治療痕と骨のDNA型鑑定の結果、遺体は広島市安佐北区、高等専修学校2年16歳の女子生徒黒瀬恵利華さんと判明したと発表しました。
同年8月3日、広島県警呉署捜査本部は、21歳男A、16歳少女B、16歳少年Cの3人を強盗殺人、監禁、窃盗容疑で再逮捕し、17歳少年D、16歳少女E、16歳少女F、17歳少女Gの4人を強盗殺人、監禁容疑で再逮捕し、同月23日、広島地方検察庁は運転手役の無職の21歳男を強盗致死、監禁、死体遺棄、窃盗罪で起訴し、16歳少女Bと17歳少年Dを強盗殺人などの非行事実で、16歳少年C、16歳少女E、16歳少女F、17歳少女Gを強盗致死などの非行事実で広島家庭裁判所に送致しました。
そして、家庭裁判所は、同年9月5日までの観護措置を決定しました。
さらに、同年8月28日、広島県警捜査1課などは、無職の21歳男を別の事件の強盗致傷容疑で再逮捕し、同月6日、16歳少年Cを、別事件の強盗致傷容疑で広島地方検察庁に書類送検しました。
同月18日、広島地方検察庁は、21歳男を強盗致傷罪で広島地方裁判所へ起訴し、少年Cを強盗致傷の非行事実で広島家庭裁判所に送致しました。
広島市中区の少女(16歳)は、生活保護を受給していました。
少女は親のネグレクト(育児放棄が認めたことから、直接、単身世帯として受けとっていました。
逮捕された未成年者6人の中には、少女以外にも児童虐待を受けていました。
生活保護の受給基準は年齢制限がなく、未成年者の単身世帯でも要件を満たせば生活保護費を受給することができます。
少女は一時、鳥取県内の施設に保護されていましたが、その後は友人宅を転々としていました。
平成25年4月中旬、月額約10万円の生活保護費を受給し、広島市中区の6階建、部屋は6畳の洋室とキッチンなどがついた1Kタイプのマンションに入居しました。家賃は住宅扶助費(生活保護)上限の月額4万2000円(広島市の場合)でした。
このマンションには、少女の交際相手の少年(16歳)のほか、今回の事件で逮捕された者が複数、出入りし、逮捕されるまでの2ヶ月間、事実上、未成年者だけで共同生活を送っていました。
共同生活を送っていた逮捕されたグループの中には、少女と同様に、ネグレクトのような児童虐待を受けるなど、家族との間で深刻な問題を抱えている者が複数いました。
一方、この少女は、同年7月14日に自首した少女(16歳、広島市東区)に誘われ、被害者とみられる高等専修学校の女子生徒(16歳)と一緒に接客業をしていました。
その収入と生活保護費で生計を立てていました。
自首した少女は、4歳のときに両親が離婚し、母親(40歳代)と祖母(60歳代)から激しい虐待を受けていました。
少女の母親は、少女がいうことをきかなければ叩き、迷惑をかけた人には、理由をきくこともなく、力ずくでも連れて行き頭を下げさせました。
さらに、少女は、小6のとき、母親の交際相手から性的虐待を受けました。
少女は性的被害を親に訴えましたが、母親は真剣に受け止めることはありませんでした。
そして、同年4月、16歳の少女は家をでて、似た境遇の4人で「ファミリー」と称し、共同生活をはじめることになったのです。
事件は、共同生活をはじめて約40日後におきました。
接客業は、殺害された少女を含めた仲間6-7人を集め、最初の1ヶ月で100万年ぐらい稼ぎ*-43、少女と殺害された少女とは、稼ぎによる利益の分配金を巡り、金銭上のトラブルを抱えることになります。
そして、無料通信アプリ「LINE」での口論が発端で、ファミリーとほかの少女らが一緒になり被害にあった女子生徒を車に監禁、暴行し、殺害したのです。
少女は「ファミリーは、かけがえのない存在で、暴行を途中でやめたりすると、ファミリーに示しがつかなくなり、絆が切れてしまう。裏切ることはできないと思った。集団心理も働き、暴行がエスカレートしていった。」と供述しています。
同年10月15日、広島家庭裁判所にて、強盗致死などで送致された少女B(広島市中区、16歳)、少女D(呉市、17歳)、少女E(安芸郡、16歳)に対する少年審判が開かれました。植田智彦裁判長は決定要旨で、事件を「極めて悪質」とする一方で、3人に殺意はなく、死体遺棄罪にもあたらないと認定しました。
3人それぞれの成育環境などに触れ、「保護処分の選択を社会的に許容しうる特段の事情がある。」と述べました。
少女Bについては、「主犯格の少女とともに暴力的な制裁を企てた。」、「車内での暴行に加わり、金品の強奪に積極的に関与した。」と悪質性を指摘し、一方で、「依存的で同調しやすいことが犯行に関連している。」、「灰ケ峰での暴行や殺害行為には加わっていない。過酷な成育歴を背景とする問題が大きく、専門的な指導が必要」とし、殺害行為に加わっていないことや劣悪な家庭環境などを考慮しています。
収容期間は、「相当程度の長期間(3年程度)」と勧告したうえで、中等少年院送致を決定しました。
少女Dおよび少女Eについては、「興味本位で被害者の呼び出し役を引き受けた。」とし、いずれも責任は軽視できないとしながらも、暴行や殺害行為に加わっていないことなどから「関与の程度は他の少年少女らに比べて大きな隔たりがある。」と判断しています。
同月17日、広島家庭裁判所は、強盗殺人容疑で送致された女子生徒の元同級生の少女(広島市東区、17歳)、その交際相手の少年A(熊本県荒尾市、17歳)に対し、検察官送致を正式に決定し、同月25日、広島地方検察庁は、17歳少女Bと17歳少年Dを強盗殺人、監禁、死体遺棄罪で起訴しました。
同月30日、広島家庭裁判所は、強盗致死などの非行事実で送致されていた少年C(米子市、17歳)の少年審判を開き、植田智彦裁判長は、「(他の)少年が首を絞め始めると、抵抗感や恐怖感を感じたものの、制止せず、逃避するように立ち去った。結果に対する責任は相当に重い。」と述べ、一方で、「犯行への関与が従属的であった。」ことや、「成育環境や人格的な未熟さが軽視できない要因となっている。」ことを考慮し、死体遺棄罪の成立も否定しました。
そして、「矯正可能性は十分にある。」とし、「相当程度の長期間(4年程度)」の勧告をつけたうえで、中等少年院送致を決定しました。
裁判で指摘されたのが、幼少期に虐待や育児放棄などで「愛着」を形成できないと、自分のことを大事に思うことができなかったり、ほかの人を思いやったりする想像力がはぐくまれなかったりすることで、自分の感情や行動をコントロールできなくなる「愛着障害」でした。
愛着障害の疑いのある子どもは、医療少年院に送られ更生プログラムを受けることになりますが、「職員にベタベタと甘えたり、逆に些細なことで牙をむいてきたりします。すごいエネルギーで爆発してくる子がいます。」といい、基本的な人間関係ができていないことから、関東医療少年院の斎藤幸彦法教官、「担当者は予測ができない中で、教育していかなければならないという難しさがあります。」と述べていますが、担当者も苦慮することになるといわれています。
*-42 平成23年7月末で、全国の生活保護受給世帯(約202万世帯)のうち、未成年者の受給は1473世帯(人)で、5歳以下39人、6-11歳38人、12-14歳50人、15-17歳295人、18-19歳1051人となっています。
*-43 平成25年10月15日、福田将巳(無職、37歳)と武氏翔(無職、21歳)が、売春防止法違反(週旋、売春 契約)と児童福祉法違反(淫行させる行為)の疑いで逮捕されたことで、家裁送致された少女2人がかかわっていることが判明しました。
こられのことから、少女たちが1ヶ月で100万円ほど稼いだとされる接客業は売春であり、少女らが売春で得た金の一部を、福田と武氏らに支払っていたということです。


-事例207(事件研究20:大阪2児餓死事件)-
「大阪2児餓死事件」とは、平成22年7月30日、母親の育児放棄(ネグレクト)により大阪市西区のマンションで2児(羽木桜子(3歳)ちゃんと羽木楓(1歳9ヶ月)ちゃん)が餓死した状態で発見された事件です。
平成22年7月30日、「部屋から異臭がする」との通報で駆けつけた警察が2児の遺体を発見し、2児は死後1ヶ月ほど経っていました。
遺体が発見される4ヶ月前の同年3月30日、同年5月8日、同月18日の3回、大阪市子ども相談センター虐待ホットラインに、住民から「子どもの鳴き声がする」と虐待を疑うが通報が入り、同センターの職員が翌3月31日-4月2日の3日連続、5月9日、5月18日の午後、家を訪問していますが不在で接触することができませんでした。訪問時には、子どもの鳴き声や物音を確認することができませんでした。
また、3日連続で訪問し接触することができなかったことから、同センターでは、4月5日にマンションの管理会社に問合せるも住民の世帯構成を確認することができませんでした。
そして、下村は、平成22年6月9日ころ、居間の扉に粘着テープを張ったうえに玄関に鍵をかけて2児を自宅に閉じ込めて放置することになり、同年7月29日、風俗店の上司から「異臭がする」との連絡を受けた下村は、約50日ぶりに帰宅し、2人の子どもの死亡を確認することになりました。
そして、上司に「子供たちほったらかしで地元に帰ったんだ。それから怖くなって帰ってなかったの。今日1ヶ月ぶりに帰ったら、当然の結果だった。」とメールを送った下村は、翌30日に逮捕されるまで、近くのホテルで男性と過ごしていました。
同日、大阪ミナミのファッションヘルス店に勤務していた母親の下村早苗(23歳)を死体遺棄容疑で逮捕し、のちに殺人容疑で再逮捕されました。
2児は、大量のゴミに埋もれた部屋の中で、一部白骨化していました。
冷蔵庫には、飲み物や食べ物を求めた小さな手の跡が残されていたといいます。
下村は、風俗店関係者に「子どもをほったらかしにしているので、死んでいるかもしれない。」と話していたといい、「育児を放棄して殺してしまった。」と容疑を認め、「ご飯をあげたり、風呂に入れたりすることが嫌になった。子どもなんかいなければいいと思うようになった。」、「ご飯も水もあげなければ、小さな子どもは生きていけないことはわかっていた。」、「ホストクラブで遊ぶのが楽しくて育児が面倒になった。もっと遊びたくて家をでた。」と供述しています。
同年1月、下村は大阪ミナミの風俗店で働きはじめることから周辺のホストクラブに通いはじめ、同年4月には、複数の店をはしごするようになります。
複数のホストと交際するようになった下村は、2-3日間、長女と長男を家に残したまま外泊するようになります。
同年6月9日ころ、2児を家に置き去りにして家をでて行ったあとは、友人宅などを転々とし、妹宅を訪ねたり、地元の三重に戻ったりしていました。2児については、「実家に預けた」と応えていました。
2児を餓死させた鬼母として、下村が出身地の四日市や大阪市内で遊び回り、オシャレに気を配り、その様子をSNSに写真や文章で投稿していた内容が報道され、風俗嬢のドレスで男性を誘う営業用の映像も流れされました。
下村は、昭和62年、三重県四日市市で、高校教師の父と主婦の母親との間に三姉妹の長女として生まれました。
父親は不良のたまり場と呼ばれた高校で名門ラグビー部を育て上げた有名監督の下村大介氏でした。
母親は父親の教え子の一人で、高校卒業後に結婚し出産しますが、夜遊びや不倫を繰り返し、育児を放棄していたということです。
両親の離婚後、下村ら三姉妹は父親にひき取られます。父親は再婚しますが、三姉妹は父親と再婚相手からあまり手をかけられることはなく、小学生だった下村が、妹2人の世話をしていたといいます。
下村は、小学校では優等生でしたが、中学校に入学以降、非行グループとつるむようになり、何度も家出を繰り返すようになります。
下村は、不登校がはじまった中学2年生のとき、14歳で初体験をし、その後、相手を次々に変え、家出のお金を稼ぐために援交もしていたといいます。
また、中学3年生のときには、「レイプされ、回される」など性暴力被害にあり、中学校の担任が、下村の妊娠の有無の確認を手伝っています。
下村は、繁華街でたむろして、夜はカラオケや非行仲間の家に行き、バイクを乗り回して補導されました。
そうした中で、下村は、中学校の教師と信頼関係がつくれず、教師側が親しくなったと感じても、翌日には「死ね!」と罵声を浴びせて、学校を飛びだしていったといいます。
そして、父親との関係づくりに困った学校は、下村の実母に頼ることになりました。
また、当時の仲間のひとりが、「早苗はテンション高かったから、おったら楽しかった。でも、よく嘘をついたから、仲間からは信用されていなかった。人の恋人をとることもあったし。なんでもしゃべるけど、大事なことや、助けのいることは何もしゃべらんかった。」、「トラブルになるとすぐに姿を消すので、そんなとき仲間たちは「早苗が飛んだ」といっていた。」と話しています。
この時期、父親が高校スポーツの指導者として朝のニュースショーの特集(20分)としてとりあげられています。
特集内容は、「3人の娘を抱えるバツ2でシングルファーザーの高校教師が、19年前に不良の巣だった三重県立四日市農芸高等学校のラグビー部を熱血指導で更生させました。全国高校ラグビーの花園出場常連校となり、子育ても頑張りましたが、中学生の長女は暴走族に入り、家出を繰り返ようになります。猛練習で今年も花園出場を果たし、ベスト16に進出しました。試合を観戦した娘は涙を流し、父を祝福した。…。そして、40歳代初めでラガーシャツの襟を立てた下村大介さんが、家出をした中学3年生の娘、早苗さんを、プリクラの機械のカーテンの下を覗き込むなど夜の盛り場を探し回り、カラオケ店の受付でモニターの画面に娘の名前を見つけ出す。そこで、福澤明が「素晴らしいお父さんをもつ早苗ちゃん、あなた幸せだぜ、な。これからも家族仲よく。ちゃんと家に帰るんだぜ。」と家に帰るように促すと、頬はふっくらし、茶髪は肩にかかり、目にくっきりとアイラインを入れ、中学の制服を着た“早苗ちゃん”が緊張した不安げな顔でうなずき、側らの父親が照れくさそうに笑います。」というものでした。
犯罪で逮捕された容疑者に関しては、親族の代表者が警察とのやり取りや容疑者の所持品のひき取り、生活必需品の差し入れなどをひき受けるのが一般的ですが、父親は大阪府警の要請を拒否しました。
父親は娘(下村)とのかかわり拒み、親族代表は、大阪府内に住む父親(下村の祖父)に押しつけ、父親として責任を放棄してしまいました。
下村に対する公判期日が決まった平成23年1月、父親はインタビューに応えています。
「早苗さんが強姦されたことを知っていましたか」と訊かれ、父親は「当時は、知りませんでした」と応え、「早苗さんが学校に相談したことは」と訊かれると、「学校からは聞いた覚えはありません。」と応え、続けて、「学校は当時、もっと早苗さんの話を聞いて欲しいと、下村さんを呼んだこともあったようですが」となげかけられると、父親は「呼ばれて行かなかったことはないと思います。あの学校は荒れていた。生徒がむちゃくちゃしているのに、教員は叱らない。先生に嘗められているんです。いうことをきかんかったら、しっかり指導して、きかすんが教員でしょう。同業者として、あり得ないと思ったので、親として話を聞くところまでいきませんでした。」と学校の教育姿勢を批判し、生活をともにしていた中学校時に家出を繰り返していた娘のことを応えることはなく、インタビュアーと父親のやりとりはかみ合うことがありませんでした。
中学卒業後、関東の私立高校に進学し、父親の知り合いの教師の実家に下宿することになりました。
高校進学当初は、反発していたとのことでしたが、卒業の前には落ち着き、家事や礼儀作法を身につけていたといいます。
高校卒業後、下村は地元に戻り、割烹店に就職しました。
平成18年12月、下村は大学生だった男性と結婚し、夫の実家で生活することになりました。夫はその後大学を辞め、就職しました。
平成19年5月、下村は20歳になった直後に長女を出産しました。下村は夫の両親とも良好な関係を築いており、長女は両親と祖父母に囲まれて大切に育てられていたといいます。
この時期、下村はブログを開設し、子どもへの愛情や幸せな生活について書いています。
平成20年10月に長男を出産すると、古い友だちと連絡をとるようになり、子どもを家に置いて朝帰りを繰り返すようになります。そして、下村の不倫が、夫や夫の両親の知るところになり離婚することになります。
2人の子どもは下村がひき取り、下村は実母を頼ります。
しかし、実母は精神的に不安定で、子育ての協力を期待できる状態ではなかったことから、下村は実母の元を離れ、寮つきの風俗店を転々とする生活がはじまりました。
元夫からの養育費などはなく、両親の援助をえることもできない下村は、子どもたちはネグレクト状態になっていきます。
そして、下村は子どもを残し、わずかな食料を置き、長期間家を空けるなど、交際相手と過ごすようになっていき、遂に50日間家に帰らず、2児が遺体で発見されることになりました。
逮捕後、約5ヶ月間の鑑定留置期間に受けた精神鑑定の結果、「刑事責任能力には問題はない」となり、大阪地方検察庁は殺人罪で起訴し、死体遺棄容疑は不起訴処分としました。
事件発覚から1年7ヶ月が経過し、平成23年3月5日、公判がはじまりました。検察側は、母親が最後に家をでたとき、「冷蔵庫に食事がなかった」、「子ども2人の衰弱を目のあたりにしていた」として、下村には「殺意が認められた」と無期懲役を求刑しました。弁護側は「被告も育児放棄を受けた影響があった」として、「子どもに対する殺意はなく保護責任者遺棄致死罪にとどまる」と主張しました。
平成24年3月16日、大阪地方裁判所は、「子どもに対する未必の殺意があった」と認定し、懲役30年の実刑判決を下しました。判決を不服とした下村は控訴し、控訴審初公判でも、衰弱した子ども2人を食料のない自宅リビングに放置したことを「危険という認識はなかった」と述べ、改めて殺意を否定し、弁護側は「被告が幼少期に実母から育児放棄されていた経験が犯行に影響している。」として、「虐待のトラウマで、対応が困難な状況になると意識を飛ばしてしまう傾向があった。子どもたちが餓死する具体的な認識を抱くまでに至らなかった。」と述べ、1審同様、「保護責任者遺棄致死罪にとどまる」と主張しました。
同年10月、下村は養子縁組し「中村」姓になりました。
養父の中村氏は、「1審判決後に、面会や手紙のやりとりをはじめた当初、下村は「どうしたら死ねるだろう」と話していたが、いまは「生きて罪を償う」と心境に変化が現れ、子ども2人が亡くなったことを悔やんで写経する日もあります。」、「早苗は当時子どもを捨てることもできず、保護施設に預けることもできなかった。彼女の心理状態では、子どもを守る行為は部屋に残すことだったのではないか。」と述べています。
同年12月5日、大阪高等裁判所は、「生命が危険な状況で、放置すれば死亡すると認識できた。」、「被告には自己に都合の悪いものを避けようとする傾向がある。だが、だからといって、衰弱した子どもに食事を与えないと死亡するという認識や、部屋に閉じ込めて放置した行為の未必的な殺意が否定されるとは到底考えられない。」として一審判決を支持し、被告側の控訴を棄却しました。一方で、判決理由の朗読を終えた森岡裁判長は、下村に「事件の重大性に照らして慎重に審理した結果、1審判決には誤りがなかったという結論です。積極的に子ども2人を殺害するつもりではなく、未必的なものだったということです。」と語りかけました。
裁判は最高裁判所まで争われ、平成25年3月、懲役30年が確定しました。
そして、事件のあったマンションでは毎月1度、住人交流会がおこなわれています。

子どもの(脳の)発達段階によって、その影響は異なり、子どもが年少であるほど、アタッチメント(愛着形成)の獲得に大きな影響を受け、子どもの心身の健康にさまざまな影響を与えることになります。
このことは、なんらかの人格障害や解離性障害などを発症するリスクが非常に高くなることを意味します。
つまり、大きな枠組みで捉えると、C-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害、慢性反復的トラウマ体験が発症の原因になります。または、発達性トラウマ症候群)の症状を示したり、被虐待症候群(総称としてAC、被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)として女性特有の症状を示したりする)の症状に長い期間苦しんだりすることになります。
暴力のある環境で育つ、それは、他人を、自分自身をも信用できなくしてしまいます。対人関係に軋轢を生みやすく、なんともいえぬ生き難さを抱えてしまうことになります。
学校で、職場で、人間関係に悩み、問題行動を起こして、職を転々し、ひきこもってしまうこともあります。
最近では、仮面うつ病(非定型うつ病、新型うつ病)と呼ばれる「自分の思う通りにことを進められストレスのかからない状況下では楽しむことができ、思い通りにならない状況下では閉じこもってしまう」状況がよく見られます。
仮面うつ病(非定型うつ病、新型うつ病)の背後には、発達傷害や不安傷害、人格障害など、心の問題を抱えていることが少なくなく、誇大表現する傾向があったり、被害妄想や強迫観念が強い傾向があったりします。
そして、イジメ、不登校、過食・拒食、自傷、うつ、心身症、家庭内暴力、タバコにシンナー、飲酒、万引き、家出(プチ家出を含む)、援助交際(性的搾取の犠牲になってしまうことを含む)へと発展するリスクを抱えます。
こうしたおこないを非行として捉えるのではなく、アタッチメントの獲得に問題を抱えているおこないとして捉えることが必要です。
アタッチメントを損なってきたと捉えることができると、援助交際がブランド品などを買うお金目的のおこないではなく、父親から得られなかった愛情の受け直しとして、自分が乳児だったときの父親の年齢に近い男性に抱きしめられ、守られている安心感を得たいだけのふるまいであることを理解できるようになります。
「ただ(赤ちゃんのときのように)抱きしめられたい(包み込まれたい)」と精神的な安定を求めている行ないが、セックスでは、底なし沼のような寂しさやカラカラに乾いたスポンジのような渇望感を埋めることができず、いっそう寂しさが増すことになります。
そして、この人は願いを満たしてくれるだろうかと援助交際を繰り返し傷ついていきます。
3次被害として、窃盗を繰り返したり、薬物に手をだしたり、性風俗として働くようになったりしてしまうことになります。
なぜなら、人やモノ、アルコール、さらにはギャンブル、大麻や覚醒剤に心と身を捧げ、自分をコントロールできずに暴力をふるい傷害事件を起こしてしまうのは、心の寂しさ<空虚感>を必死に埋めようとする行ないが根底にあるからです。
依存性の高い窃盗(クレプトマニア(窃盗癖))、薬物やアルコール、ギャンブルなどの犯罪(犯罪を誘発する行為を含む)は、アタッチメントが損なわれたことを起因としていることから、おこないは繰り返され、再犯率が高くなることになります。
つまり、罰を与えることは依存行為を抑止することにはならず、心のケア、つまり、治療が必要になるのです。
特に大きな問題を起こすこともなく、非行や犯罪にかかわらなくとも、アタッチメント獲得に問題を抱え、ACの症状に悩み、苦しむことになる人は、C-PTSD、被虐待症候群の後遺症、そして、不安障害(パニック障害)、適応障害、うつ病など、精神的な不安定感に悩まされ続けます。


(5) 家出と「宿カレ」という問題
 「Ⅱ-17-(4)回避的な意味を持つ子どもの「非行」」の「事例206」でとりあげている平成25年7月に広島の呉でおきた少女遺棄では、死体遺棄容疑で逮捕された7人のうち、広島市中区の少女(16歳)は、親のネグレクト(育児放棄)が原因として、単身世帯として直接、生活保護費を受けとっていました。逮捕された未成年者6人の中には、少女以外にも児童虐待を受けていた者がいるとみられています。
また、母子家庭で母が精神疾患のため公営住宅に住む生活保護受給の祖母宅で育った17歳の少女は、中学校1年から月2回売春をおこなっていましたが、「その住居の先輩後輩もまた歴代売春をおこなってきた」と語られるような地区もあります。
6ヶ月の乳児を持つ19歳のシングルマザーが、母親に乳児を預け、ワリキリと呼ばれる個人売春をしていましたが、乳児を預かった母親もシングルマザーで貧困が連鎖したケースでした。
 シングルマザーの数は、平成12年86.8万人であったのが、5年後の平成17年には107.2万人と激増しました。
平成22年は108.2万人となっていることから、平成12年から17年の5年間で、家庭のあり方が大きく変化している状況がわかります。
同時期、非正規雇用が増えるなど、雇用形態が様変わりしています。
以前であれば、ひとつの仕事(正規社員)で働いてなんとか子どもを育てられた女性が、派遣労働とアルバイトを2つかけ持たなければ子どもを育てることができ難くなっています。
そのため、母親と子どもが一緒に過ごしたり、一緒に食事をしたりする時間がとれないなどの問題が生じやすくなっています。
また、仕事を2つ3つかけ持つ生活を続けた結果、体と心のバランスを壊して働けなくなるなどの事態を招いています。
 こうした女性をとり巻くのひとつの現象として見過ごすことができないのが、思春期後期-青年期前期になると、暴力のある家庭環境に耐えきれず家出をした少女が、援助交際をして生活費を稼いだり、しばらくの間、過ごす場所を確保するために男性の家に身を寄せたり(宿カレ)、周囲に頼る術を持たず、託児所と寮があるという理由で風俗に勤務したりしていることです。
「援助交際」「宿カレ」を経て、「風俗で働く」という一連の現象は、家出をした少女が、愛している、好きだからという理由ではなく、生き延びるための手段として身を売ったり、男性と関係をつくったりして宿を確保したりしなければらない危うい少女たちの現状を示すものです。
危うい少女たちが抱える心の問題は、それほど素性もよく知らない相手に、「かわいいといってくれた」、「悩みを聞いてくれた」、「好きといってくれた」程度のやりとりで、恋心を抱いたり、信じてしまったりするほど無防備だということです。
その無防備な危うさは、援助交際という名を借りた組織的売春グループにとり組まれてしまったり(性的搾取被害)、薬物を使用させられてしまったりして犯罪に巻き込まれてしまいやすいものです。
ここには、「キメセク」という問題、リスクがかかわっています。
「キメセク」とは、覚醒剤や違法薬物、危険ドラッグなどを使用して変性意識状態になり(キメて)、性交(セックス)などの性的行為をすることの俗称です。
強い快感がえられることから、「キメセク」を一度体験してしまうと、薬物なしの性行為ができなくなる怖れがあると指摘されています。
また、覚醒剤や違法薬物、危険ドラックなどの薬物を使用するわけですから、薬物の副作用による心身に異変を生じさせ、同時に、依存状態に陥るなど、深刻なダメージを及ぼすことになります。
しかし、ネット上で「キメセク相手」を求める応募が横行しています。
家出した少女との関係が深い風俗店(デリバリーヘルス(デリヘリ)、派遣型風俗店など)では、風俗嬢が、訪れたホテルで、男性客から薬物を使ったプレイを勧誘されることが少なくないのです。
しかも、「宿カレ」生活で、誰が父親かわからない望まない妊娠をしてしまったり、結婚をしたものの父親として自覚のない夫と出産後まもなくして離婚してしまったりしたあと、厳しい雇用状況から社会から放りだされてしまうことが少なくありません。
 暴力のある家庭環境で育った少女が、離婚後に託児所と寮がある理由で風俗に勤務することになり、離婚後1年間で、ホストクラブで知り合った男性を「宿カレ」として名古屋、大阪と複数回の転居を繰り返したあと凄惨な事件を招いたのが、「Ⅱ-9-(15)回避的な意味を持つ子どもの「非行」」の「事例207(事例研究23)」でとりあげている「大阪2児餓死事件(平成20年7月)」です。
暴力のある家庭で育った少女が、家出したことからはじまる生活の糧としての「援助交際」「宿カレ」の問題は、10歳代の妊娠・出産(若年出産)につながり、シングルマザーとして貧困、そして、虐待につながる問題です*-44。
 貧困世帯の性行動は活発で、中学へ進学するころから性行動がはじまり、不特定多数の相手との性交渉も多く、避妊しないことによる性感染症の問題や10歳代の出産となり、それを防ぐ総合的な貧困対策が必要であるとされています。
町田市調査では、10歳代の若者による出産は、家族構成に関しては母子世帯の子どもによく見られ、荒川区の分析では「若年出産の場合、その親も若年出産のケースが多い」と指摘しています。
また、生活保護母子世帯は、中卒、高校中退同士が離死別していることが多く、その後、非婚のまま出産する婚外子の出現率は25.7%と高くなっています。
前夫とのDV問題との関連性や、その子どもも同じライフコースをたどる連鎖も指摘されています。
さらに、野宿になった若者には母子家庭と虐待家庭が多く、暴力がひどく実家に帰れないことがホームレスになるケースもあります。
ビックイシュー基金による若者ホームレスの聞きとり調査では、いままでの主な養育者は両親が半数で、ひとり親が32%、養護施設出身は12%という結果がでています。
野宿者ネットワーク代表生田武士氏は、「高校中退、ホームレス、非正規就労、生活保護、シングルマザー、自殺、薬物・アルコール中毒という社会的排除を受けてきた者の政府調査では、社会的排除に至る理由に本人の精神疾患・その他疾患に次いで、ひとり親や親のいない世帯、出身家庭の貧困という潜在リスクがあがっている。」と指摘しています。
 性の売買(性搾取被害)は貧困と深くかかわり、性差(ジェンダー)の問題もまた、社会や親に強いられる男性性と女性性の“歪みの表れ”、つまり、社会病理の一面でもあるといえます。
 東京都新宿区歌舞伎町には、未成年の家出少女たちが全国から集まってきています。
行き場をなくし、歌舞伎町で「援デリ*-45」で働く少女たち、つまり、セックスワークで働く少女たちは、虐待から逃れるために家出をし、「宿カレ」からのDVから逃れるために、最後の希望(砦)として辿り着いた場所であることが少なくありません。
残酷な現実として、セックスワークは、家出少女たちのセーフティネットとなっているのです。
現在の保護プログラムでは、家出少女は、親元に返すことになっています。 最後の救いを求めて地元や家から逃げだしてきた少女が、売春容疑で警察に保護され、逃げだしてきた家に帰してしまうと、男性に買われるよりも、さらに悲惨な地獄が少女たちを待ち受けています。
虐待で殺されてしまうかもしれないのです。
中には、体を売ることでしか金を稼げない軽度の知的障害を抱えていたり、壮絶な過去やDVにより、まともに働けないくらい精神的に壊れてしまったり、多額の借金を抱え生活に困窮していたりする女性たちが、性を売るセックスワークの世界には多く存在しています。
この居場所を失うと、さらに劣悪な環境のセックスワークにとり込まれていうか、貧困の闇に消えていくことになります。
日本で唯一地上戦がおこなわれた沖縄の高い貧困率やDV発生率は、先に述べていますが、貧困が進み過ぎ、親子3代がセックスワークをしていて、それがあたり前となっている家庭もあるのです。
母親が「ねえ、風俗で働きなよ。」と娘になげかけ、親子でカラダを売る、未来のない連鎖のはじまりです。
世間体を気にして、生活保護を拒んだり、場合によっては、生活保護を申請する力さえ残っていなかったり、「私、傷つきました」「助けてください」と叫ぶことさえできなかったりする女性たちは、貧困問題のスタートラインにも立っていないことがあります。
*-44 平成25年-28年(2013年-2016年)の4年間で、少なくとも58人の子どもが、路上などに遺棄され、うち10人が死亡しています。
遺棄された58人のうち、詳細がわかった44人の中では、41人(93.18%)が0歳児で、亡くなった10人を含む34人(77.27%)は生後0ヶ月児であったなど、その多くが生後間もない赤ちゃんで、児童相談所が、遺棄した人物が把握できた25人(72.0%)のうち、18人(72.0%)が実母、7人18人(28.0%)が実父などによるものでした。
ここには、相手の男性(性暴力の科会社を含む)がなにもしてくれないなど交際関係に問題を抱えていたり、親には、妊娠をうち明けられないだけでなく、妊娠を隠し続けなければならないなど、家族関係に問題を抱えていたりする背景があります。
そのため、ひとりで悩み抱え込み、誰にも頼ることができず、ひとりで孤立したまま、出産に至り、結果として、遺棄してしまう事態を招いてしまったことになります。
ここには、他人に頼るということを身についておらず、同時に、頼る術を知らない悲劇が招いたという側面があります。
 他に、厚生労働省は、保護時に親が判明していた子どもを「置き去り児童」として、「棄児」と区別していますが、置き去り児童は、少なくとも589人いたとされています。
 自治体により、置き去り児童のとらえ方に違いがありますが、ひとり親家庭などで、夜間に子どもを家に残し、親が仕事などに行くケースが目立っています。
車内に子どもを残して親が買い物に行ったり、保育園に親が迎えにこなかったりした例もあります。
また、少なくとも4人は、ひとり残された自家用車内で熱中症になるなどして死亡しています。
*-45「援デリ」とは、打ち子と呼ばれるキャスティングスタッフが、顧客を出会い系サイトで探し、少女たちに売春を斡旋し、少女たちが売春で得た儲けの何パーセントかを業者側が搾取するものです。


(6) ひきこもりと貧困、精神疾患・発達障害との関係
平成27年の生活保護世帯数1,623,576に対し、高齢者世帯数802,492(49.43%)、母子世帯数104,917(6.46%)、障害者世帯数190,316(11.72%)、傷病者世帯数253,374(15.61%)、合せて1,351,099(83.22%)となっています。
障害者世帯は、82.9%が単身(世帯主の平均年齢は52.4歳)で、世帯主の障害の種類は、精神障害49.4%、知的障害8.1%、身体障害42.5%で、世帯主の9.1%が入院、4.3%が施設入所です。
傷病者世帯は、78.1%が単身(世帯主の平均年齢は54.5歳)で、世帯主の傷病は、精神病33.9%、アルコール依存症2.8%、その他63.4%で、世帯主の6.3%が入院、1.5%が施設入所です。
世帯主が生活を支えていることから、貧困とかかわる問題として直接論じられないのが、内閣府が23.6万人、広義を含めると69.6万人と推計している「ひきこもり」の問題です。
ひきこもりは、「自室からもほとんどでない」、「普段は家にいるが、近所のコンビニなどにはでかける」、「自室からはでるが、家からはでない」、「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する」と段階で認識され、前者の3つが狭義のひきこもり、最後の1つが広義のひきこもりとしています。
広義のひきこもりとされる「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事のときは外出できる」ことは、仮面うつ病(非定形うつ病、新型うつ病)と総称で呼ばれる人たちに共通した特性に合致します。
内閣府の調査とは異なり、疫学調査でひきこもり数を25万5000世帯(広義のひきこもり数は46万人)と算出した厚生労働省は、「95%以上に診断名がついたとし、25%以上を発達障害が占めた」と発表しています。
そして、「アスペルガー症候群の人が不安障害になったり、ADHDの人がうつになったりすることがよくある」、「アスペルガー症候群などのひきこもり当事者の中には、なぜひきこもりから抜けださなければならないのかを理解しにくい場合が多い」とし、「発達障害も深くかかわるパーソナリティ障害(人格障害)、例えば、回避性は、人の前でなにかをするのが怖く、依存性は、他人に頼らないと生きていくことができず、責任は絶対に負わない、強迫性は、完全主義者で失敗は認められない、受動攻撃性(拒絶性)は、どうせなにをやっても認められないからなにもやらない、自己愛性は、自分に自信がないため、無理やり自分はすごいと思い、傷つくことを恐れる、境界性は、虐待を受けた経験者が多く、自分探しをして、これが私だという土台を築くことができなかった。人にしがみつき、自分の思い通りに操作し続けないと、自分が空っぽで無力な価値のない存在に思えてしょうがない。シゾイド性は、ひとりでいるのが大好きな人たち、妄想性は、非常に過敏で被害的で、迷信深く魔法のような世界にいる、といったそれぞれの特性が、ひきこもりの要因となっている」とし、「ひきこもりとの親和性(物事を組み合わせたときの、相性のよさ。結びつきやすい性質)がとても高い」と指摘しています*-46。
そして、ひきこもりの状態を、「統合失調症、気分障害、不安障害などの精神疾患の診断がつくひきこもりで、薬物などの医療的治療の優先が不可欠となるものを第1群、発達障害の診断がつくひきこもりで、特性に応じた精神療法的アプローチや教育的な支援が必要となるものを第2群、パーソナリティ障害(人格障害)や薬では効果のない不安障害、身体表現性障害(痛みや吐き気、しびれなどの自覚的ななんらかの身体症状があり、日常生活が妨げられており、自分でその症状をコントロールできない)、同一性の問題などによるひきこもりの人たちで、精神療法やカウンセリングが中心となるものを第3群」と分類しています。
 不安障害やうつ病(気分障害)、総称としての仮面うつ病(非定型うつ病)、そして発達障害の一部、人格障害の人たちに共通しているのが、「低い自尊心と自己肯定感」であることから、否定と禁止のメッセージを含むことばの暴力(過干渉・過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)を含む)を浴びせられている、つまり、暴力のある家庭環境で育ってきたことが発症原因となり、同時に、ひきこもりの原因となっているのです。
島根県でおこなわれたひきこもり者1040人(男性738人(70.96%)、女性250人(24.04%)に対しておこなわれた実態調査では、40歳代が229人(22.02%)で最多、30歳代が219人(21.06%)、50歳代が177人(17.02%)、60歳代が155人(14.90%)、40歳以上はと561人(53.94%)で、「男性が71%、女性が24%」となっています。
この男女比の差は、LD(学習障害)では男性4:女性1、ADHD(注意欠陥多動性障害)では男性9:女性1、高機能自閉症(アスペルガー症候群)では男性10:女性1の差に類するものです。
そして、「10年以上のひきこもりが34%にのぼる(10年で切っているため、20年-30年とひきこもっている状態は把握できていない)」としています。
ひきこもりに至った経緯については、「わからない」との回答が312件(30.00%)と最も多く、「本人の疾病・性格など」との回答が292件(28.08%)、「就職したが、失敗した」との回答が210件(20.19%)、「不登校」との回答が190件(18.27%)、「家族や家庭環境」との回答が136件(13.08%)で、10歳代、20歳代では、「不登校」が多く、30歳代、40歳代では「失業」が増え、40歳代以降になると、「わからない」と回答が増えそれぞれ3割を占めるなど、ことばを封じ込めたまま時間が経過していくことによって、直接の原因や因果関係がわかりにくくなっていく実態も示されています。
また、支援については、「なんの支援も受けていない(複数回答)」が456件(43.85%)となっています。
ここには、「家族が本人の存在、ひきこもりのことを隠したがる」心理や、当事者や家族に「自分は問題になっていない」、「ひきこもっているわけではない」と問題そのものから目を逸らし、自己のおこないを正当化してしたい心理が少なからず働いています。
ひきこもりの問題には、ひきこもっている子どもを支えることができている実態があります。
定年退職後の年金では子どもを支えることができなくなり、経済的に破綻しかねないという切迫した問題を抱えています。
*-46 パーソナリティ障害(人格障害)については、「Ⅱ-21-(11)人格障害(パーソナリティ障害)」で詳しく説明しています。

-事例208(面前DV45、身体的虐待3・ひきこもり3・家庭内暴力3)-
 私は80歳を超え、夫は8年前に他界しました。
 他界した夫は短気で、度々、私や2人の子どもに暴力をふるいました。
子どものころから父親に怒鳴られ、殴られて育った長男(第2子)は、父親のように短気でした。
父親を嫌悪し、憎んでいた長男は、中学生になることには、父親に反発し、殴り合いのケンカをするようになりました。
長男は、高校卒業後、他県の工場に就職し、家をでて行きました。
しかし、1年ほどすると、工場を辞め、家に帰ってきました。
その後、就職しても長続きせず、就退職を何度か繰り返しました。
20歳代の半ばになると、職に就く意欲もなくなり、私に小遣いをせびるようになり、30歳過ぎたころから、家にひきこもるようになりました。
長男が家にひきこもるようになってから10年ほど経ったとき、夫が脳梗塞で倒れたのをきっかけに、夫と長男の力関係が、完全に逆転しました。
長男が一家の財布を握るようになり、そして、私に暴力もふるうようになりました。
長男は、2階の部屋で昼間から浴びるように酒を飲むようになり、長男の部屋は、大量の酒瓶が転がり、つまみやジャンクフードの袋、カップ麺の容器でちらかり、異臭を放っていました。
 部屋の窓は開け放たれ、昼でも夜でも、テレビの音声が大音量で漏れていました。
そして、夫が亡くなると、長男は、窓の外に向かって、意味不明のことばを大声で叫ぶようになりました。
 それでも、私と夫は、警察沙汰だけにはしたくないと思い、警察には通報しませんでした。
 長男のことを子どものころから知っている隣近所の人たちは、悪臭や騒音を迷惑と感じ、一方で、大声で叫び声をあげている長男が、母親に暴言を吐き、物が投げつけたような音を聞くたびに心配していましたが、長男を警察に突きだすことはできずにいました。
私は、長男からの暴力と叫び声に耐え切れなくなり、他県に嫁いでいた長女(長男の姉)に連絡しました。
帰省してくれた長女は、家の外から長男の様子をビデオで撮影しました。
そのビデオを持って、私と長女は、地域の保健所に相談に行きました。
保健所の職員は、私たちに、「すぐに医療機関に入院治療の相談をしたほうがいい。」と助言し、精神科病院に連絡してくれました。
私と長女は、連絡してくれた精神科病院に、ビデオを持って相談に行きました。ビデオを見た医師は、驚いた様子で、「すぐに治療の必要があります。」と告げ、「アルコール依存症だけでなく、統合失調症(精神分裂病)、双極性障害(躁うつ病)の検査も必要です。」と説明しました。
入院日が決まり、それに合わせて移送を行いました。
入院の当日、長男はことばにならない声をあげていましたが、移送にあたっては、あまり抵抗することもありませんでした。
むしろ、腕をとった移送の職員に甘えるようにしなだれかかるなど、長男の顔つきや言動は、まるで子どものようでした。
入院した長男の部屋の壁には、「バカ親」「一家皆殺し」などの落書きが残っていました。

40歳代-50歳代とひきこもりを続けてきた者にとって、「親の経済的な破綻、親との死別は、そのまま貧困に直結する」ことになります。
ひきこもり家庭の一部では、父親は、ひきこもりを続ける子ども愛想をつかし家庭を顧みなくなり、給与を持って帰ってきているだけの存在になっていることがあります。
一方で、ひきこもりを続ける子どもから暴力の矛先となり、父親との軋轢を緩和する役割をひとりで背負っている母親は、「子どもの苦しみを私だけがわかってあげられる」、「私が子ども支えてあげなければ、子どもがダメになってしまう」と自らの行為を正当化するなど、ひきこもりを続ける子どもを支える(守る)ことで、自身の存在価値を確認しているケースがあります。
ひきこもり下で、子どもと母親が「もたれ合い」の状態になっている関係性は、「共依存」とよばれる状態で、母親は「イネイブリング(依存者を支える者)」という役割を担っていることになります。
「イネイブリング」とは、アルコール依存症者ある夫が職を失っても、妻が一生懸命に働いてアルコール代を賄うという状況は、妻は、夫がアルコールを飲むという行為を支えていることに他ならない状態を指すものです。
ところが、イネイブリングとして子どもに尽くしてきた母親が、病気などで亡くなると、途端に、家族の均衡が崩壊することがあります。
残された家族、特に父親が元気で、子どもが父親のことを鬱陶しく口やかましいと感じているときには軋轢が生じることになります。
ひきこもる子どもと父親との軋轢が悪化していくと、これまで以上に、子どもは父親のことをいなくなって欲しいと願い、稀に一線を超えて殺害に至るケースがあります。
年老いて母親が、父親の介護を担ってきたときには、養護そのものを放棄したり、殺害したりする事件にまで発展することがあります。
 リストカットや過食嘔吐、ODなどの自傷行為、パニック発作など心身の不調、受験の失敗や対人関係による苦悩などがひきこもりのきっかけとなる背景には、面前DV、過干渉・過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)を含む子どもの虐待被害が存在していることも事実です。
つまり、ひきこもりの一部は、暴力のある家庭環境で育ったことが、子どもの発達に甚大な影響を及ぼした“ひとつの姿(結果)”ということになります。
そして、このことは、児童虐待と面前DV、結果としての貧困家庭を早期に発見して早期支援につなげることの重要性を示すものです。

 この「手引き」では、“ひきこもり”という問題には、いじめ被害、性暴力被害、DV・デートDV被害による後遺症、つまり、PTSDの症状が家からでることができなかったり、人と接することができなかったりする2次被害がかかわっていることを示しておきたいと思います。

-事例209(デートDV24・被害者として抱える後遺症7)-
 私は28歳のとき、つき合いはじめた男性に監禁され、1年近く、殴る蹴るの暴行を受け、また、ナイフを首につきつけられ、性行為を強要され続けました。
 監禁現場からなんとか逃れることができましたが、その後の10年、ほとんど家からでることができず、ひきこもり状態になっています。
 人と少しでも体が触れると震えあがり、悲鳴をあげてしまいます。
そのため、電車に乗ることも、人混みが予想されるスーパーに行くこともできなくなりました。
 物がドサッとおかれる音、ドアがバタンと閉められるな音、そして、部下を叱責する声、仲間に支持する声など、大きな音や声にビクつき、恐怖を感じることから仕事をすることもできなくなりました。
 この10年、私は、両親に迷惑をかけっぱなしで、ごくつぶしの存在です。
 生きている価値がないように感じます。
 しかし、私が死んだら、両親を哀しませることになるので死ぬわけにはいきません。
 早く、両親に迷惑をかけないですむようになりたいです。

 この事例209は、交際相手から凄惨なデートDV被害を受けた女性が、PTSDの症状に苦しみ、死ぬことをなんとか思い留まり、最低限、命だけをつないでいる状態です。
 虐待、性暴力、デートDVなどの被害を受けた者の中には、後遺症としてのPTSD、あるいは、C-PTSDの症状に苦しみ、その後の人生は、社会的に存在していないように生きざるをえなくなっている事実があるのです。
 それが、結果として、ひきこもりとなってしまっているのです。
 なんとか暴力のある環境から逃れることができ、援助者の力を借りて仕事に就けるようになったとしても、頑張り、無理し、疲れ果ててしまい、再び、体調を崩してしまうことも少なくないのです。
 こうした本質的な問題を解決していくうえで向き合わなければならないのは、ひきこもる人たちの背景に隠された生い立ち、そして、心的外傷(トラウマ)体験です。


(7) 女性と貧困
 日本の貧困率*-47は16.3%(6人に1人。平成21年)、ひとり親家庭の貧困率は54.6%といわれ、過去最悪を更新し続けています。
日本の子どもの貧困は、OECD加盟国30ヶ国中下位1/3にランクされ、ひとり親家庭の相対的貧困率は加盟国中最も高くなっています。
諸外国と異なり、日本のひとり親家庭では、働いている世帯58%、働いていない世帯60%と貧困率がほとんどかわらないのが特徴です。
母子世帯の母親の平均年収は223万円で、相対的貧困率となる122万円には至らないものの、月収18.6万となり、家賃、年金・社会保険料、高熱水道費、携帯利用費用など公共料金を支払うと、食費・衣服費・日用生活雑貨費に使えるお金は少なく、子どもの教育費に回せるお金は残らないのが実情です。
最低限の生活は維持できるものの、シングルマザーの多くが貧困状態といえます。
平成23年度の「全国母子世帯調査」によると、母子世帯の母親の8割が就業していますが、「正規の職員・従業員」は約40%で、「パート・アルバイト」「派遣社員」などの非正規雇用が50%を超えています。
正規雇用の賃金が高く、非正規雇用の賃金が安いのは、「男性が外で稼ぎ、女性は家事・育児」という“性別役割意識”が根底にあります。
稼ぐのは正社員の夫であり、家計を補助するために、妻がパートで働いていることから、その賃金は低くていいという論理です。
しかし、バブル崩壊後の日本では、平成2年に20%だったパートや派遣などの非正規雇用者は、平成26年に40%を超えるなど、非正規雇用で働いている者が、家族を養わなければならなくなっているように、その論理そのものが成り立たなくなっています。
ひとり親世帯、シングルマザーが困っていることの第1位は、「家計」で45.8%、第2位の「仕事」の19.1%と大きくひき離しています。
シングルファザーでは、やや経済面の悩みが少ない傾向はあるが、それでも困っていることの第1位は「家計で36.5%、第2位は「仕事」で17.4%です。
いずれも、ひとり親世帯は経済的に苦しい状態です。
女性だけに特化して貧困率をみてみると、貧困者全体の57%が女性で、ひとり暮らしの女性世帯の貧困率は、勤労世代で32%、65歳以上では52%と過半数に及び、19歳以下の子どもがいる母子世帯では57%で、女性が家計を支える世帯に貧困が集中しています。
非正規雇用などの不安定な働き方が増え、高齢化が進む中で、勤労世代(20-64歳)の単身で暮らす女性の貧困率は3人に1人となるなど、貧困が女性に偏る現象が顕著になってきています。
19歳以下の子どもがいる母子世帯の57%が貧困ということは、そのまま子どもが貧困であることを意味します。
そして、子どもの貧困は、さまざまな事象の原因となることから大きな社会的な課題といえます。
*-47 貧困率(相対的貧困率)は、世帯所得をもとに国民一人ひとりの可処分所得を算出し、それを国民の所得の多い順に並べて、真ん中の人の所得の半分(平成19年調査では114万円)に満たない人の割合を指します。
 また、子どもの貧困率は、真ん中の人の所得の半分に満たない世帯で暮らす17歳以下の子どもの割合のことです。

① フードバンク活動と子ども食堂
 フードバンク(Food bank)活動で、生活困窮者を支援しているNPO*-48、生活保護受給世帯の小中学生向けに学習支援をしているNPOの職員やボランティアは、「栄養が足りず、口いっぱい口内炎ができているいたり、夏休みなど給食がなくなるとやせていったり満足に食事をとることができない小中学生、そして、シングルマザーに出会うことが少なくない。」といいます。
食材を、寄付や運営者のポケットマネーで賄っている「子ども食堂」活動(週に2-1日開店し、例えば、子どもは無料、大人は300円で「おかわり」自由で提供する)が少しずつ全国に広まっています。
そこには、給食以外に食べ物を口にできない子どもたち、住む家がない少女、子どもたちだけで暮らす少年たち、そして、突然職を失いアパートの家賃や光熱費水道費の支払いも厳しい生活を強いられているシングルマザーと子どもたちが訪れ、寄る辺ない生活の中で、ひととき空腹を満たしています。
*-48食品メーカーや外食産業などでは、品質には問題がないものの、包装不備や傷みなどで市場での流通が困難になり、商品価値を失った食品が発生します。
「フードバンク」とは、従来は廃棄されていたこうした食品の提供を原則として無償(寄付)で受け、野外生活者や児童施設入居者などの生活困窮者に配給する活動、および活動をおこなうNPO団体のことです。

-事例210(ネグレクト4・貧困1)-
 高校2年の私は、親の残していったマンションで一人暮らしをしています。
夏休み中に、両親が遠方に転居していったからです。
最初は、親に束縛されない自由がうれしかったけど、いろいろ支払いがあると知り、「うわどうしよう、どうしようって。」って思いました。
放課後に週2日アルバイトとして月約2万円の収入がありましたが、通学用のバス定期券が7千円、スマートフォンの契約料や光熱費を支払うと、手元には3千円も残りませんでした。
食事は1日1-2食です。
 私が退学せずにいられるのは、私のように貧困状態にある若者に勉強する場や食事を提供してくれる場所があったからです。

-事例211(面前DV46、子どもの後遺症24。ひきこもり4、貧困2)-
 私は、夫のDVが原因で離婚し、娘と二人の生活がはじまりましたが、娘が不登校になり、かたときも私のそばを離れようとしませんでした。
日中、娘をひとりにすることができず、私は仕事を辞めざるをえなくなりました。
娘と二人で家の中に閉じこもり、生活保護だけに頼る暮らしになりました。
1日あたりの食費は2人で700円、限界を通り超して本当につらかったです。
子ども食堂のことを知り、娘と2人ででかけるようになりました。
子ども食堂に行くたびに娘が変わってきて、私自身、すごくうれしかったです。
私たちのことをあたたかく迎えてくれる人がいることだけでも、どんなに私たちの生活が変わっていったかわかりせん。
温かいごはんのありがたさよりも、人との関わりの大切さを教えてもらいました。
不登校の娘は、あまり自分の考えとか発言ができませんが、自分の考えも聞き入れてくれる人がいるのは、娘にとってもいい経験になったと思います。

 事例210-211でわかるように、子ども食堂は、子どもたちの大切な居場所になっています。
それだけでなく、事例211のように、親子が再び自立した生活を歩みだすきっかけにもなっています。

② 学習支援活動
日本ではいま、子どもの貧困を放置すると、1学年(現在15歳の子ども(約120万人)のうち、生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭の子ども(約18万人))あたりの経済損失は、約2.9兆円に達し、政府の財政負担は1.1兆円増加するという推計結果がでていますが、親から子どもへの貧困の連鎖を断ち切るには、フードバンク、学習支援、子ども食堂などの地域コミュニティの活動を広げていくことが必要不可欠です。
例えば、「生活困窮者自立支援法」にもとづく学習支援事業は、厚生労働省が費用の半分を助成するもので、事業を行う自治体は、平成14年度は184自治体が当該事業をおこなっていましたが、同16年度では、423の自治体が当該事業をおこなっています。
 「貧困状態」にある子どもたちの学習を支援する学習塾(NPO法人などが運営)は、学習する場だけでなく、子どもたちが、安心して過ごせる居場所としての役割を担っています。

-事例212(貧困3・学習支援1)-
 学校の授業についていけず、勉強嫌いになった中学校2年生の男子生徒は、1年前、母親の勧めでNPO法人が運営する学習教室に通いはじめました。
ボランティアで学習支援に参加している大学生とは、休み時間には、ペットの犬などの話で盛りあがり、通うのが楽しくなっていきました。
同じ質問を何度しても、大学生は嫌な顔をすることもなく、いつもていねいに教えてくれました。
そのおかげで、勉強の面白さを感じることができました。
いまは自宅で、1日4時間勉強するようになりました。
学校の試験の点数も数学や理科を中心に伸びてきました。
そして、好きな動物に関係する仕事に就きたいと将来の夢を思い描くこともできるようになってきました。

東京都大田区の小学校5年生を対象にした調査では、「頑張れば報われると思うか」という問いに対して、家庭が貧困状態にある児童の24%が「思わない」と応え、非貧困の家庭の児童の16%を上回り、「価値のある人間と思うか」との問いに対しては、家庭が貧困状態にある児童の47%が「思わない」とし、非貧困の家庭の児童の36%を超えています*-49。
以上のように、貧困状態の家庭の子どもには、自己肯定感が低いだけでなく、将来への夢を思い描くことができないことから意欲が失われやすいという傾向がみられます。
*-49 貧困状態にない家庭の児童の36%が、「価値のある人間と思えない」と回答しているところには、世界的に見て低いとされる日本人の自己肯定感の低さが顕著に表れています。
平成27年、日本・米国・中国・韓国の高校生を対象に実施された「国立青少年教育振興機構の高校生国際比較調査」の結果では、日本の高校生が他の国の高校生に比べて、極端に「自己肯定感」が低いことが明確になっています。
調査の質問の中で、決定的な違いが表れたのが、「自分はダメな人間だと思うことがある」という項目でした。
この問いに対し、「そう思う」(「とてもそう思う」と「まあそう思う」の合計、以下同じ)と回答したのは、日本72.5%、米国45.1%、中国56.4%、韓国35.2%で、日本の割合が突出して高くなっています。
自己評価に関する別の項目でも同様の傾向があり、日本の高校生は他の3ヶ国と比べて、極端に自己肯定感が低い結果となっています。
しかも、質問の内容が同じではないものの、小学校高学年から高校生に成長していく中で、いっそう自己評価を低くし、自己肯定感を下げている状況は問題です。

-事例213(貧困4・学習支援2)-
ある母子生活支援施設では、毎週土曜日、会議室を開放し、「無料の学習塾K」をおこなっています。
「無料の学習塾K」は、施設で暮らしている子どもたちだけでなく、学習機会に恵まれない地域の子どもたちにも開放し、毎週土曜日の下駄箱は、中学生や高校生、そして、学習指導のボランティアたちの靴で溢れています。
奥の教室では、学校での失敗を楽しそうに話す子どもや家庭や学校でのツラいできごとに耳を傾けている大人たちがいます。
その大人たちが、学習指導のボランティアたちです。
「大人なんて信用できない!」と語っていた子どもが、「お前(先生)のおかげだよ。」と口にするようになり、いつもひとりで帰っていた子どもが、打ち合せが長びいている担当者をずっと待ち続け、肩を並べて一緒に帰っていきます。
そんな光景が、授業前と後に繰り広げられています。
「大学や高校進学を希望するすべての子どもたちに平等にチャンスを」とはじめた「無料の学習塾K」では、下駄箱から溢れ出す靴の数が示すように、中学生と高校生の子どもたちに、主に大学生からなる学習指導のボランティア約20名が、同じ場所で、同じ目標を持って、同じ苦労をするという時間を過ごしています。
モバイル社会といわれ、同じ場所にいなくてもコミュニケーションが可能となっている中、「無料の学習塾K」では、「同じ場所にいることの意味」にこだわり、同じ場所にいることでしか刻むことができない「共通の思い出」を積み重ねることを大切にしています。
「無料の学習塾K」には、経済的な理由により、地域の補習機会の少ない受験生も参加しています。
ひとりの職員が「地域の中で、ほっとかれている子どもたちの多さに愕然とした。」と口にしました。そして、このひとことは、職員全員の想いになっていきました。地域の中でほっとかれている子どもたちを「ほっとかない」ことも、児童福祉施設である母子生活支援施設の重要な役割のひとつだと考えるようになっていきました。
入塾当初は、おせっかいな大人たちに戸惑いを感じていた子どもたちも、次第に、それまでは、誰も寄せつけなかった内面を発信してくるようになっていきます。
虐待、不登校、いじめなど、そうした内面(信号やことば)に触れることで、学習ボランティアたちも、また一方通行的な支援の限界を感じ、子どもたちとの関係の中で、その解決方法を模索していきました。
「無料の学習塾K」とほかの民間の塾との決定的な違いは、子どもとボランティアが、学習という同じ苦労することを通して、「心配される」こと、「期待される」ことを体感し 「人って優しい」と実感してもらうことを大切にしていることです。
高校への合格を報告にきた子どもたちに、「次は大学だね」と声をかけると、「僕の周りの人たちは、高校にだって行かなくていいっていったんだぜ。大学かぁ~、この塾に出会っていなかったら、大学生になろうなんて思ってもいなかった。」と応じています。
周りに大学生という存在がなかった子どもたちは、大学進学のイメージさえもっていない場合も多く、ともに悩んでくれる大学生による学習ボランティアは、子どもたちの将来のイメージモデルになるわけです。
「無料の学習塾K」には、不登校やひきこもりの子どもたちも通ってきています。
ひきこもり状態が長く続いている子どもたちは、「どこにもつながっていない不安」と「つながることへの不安」を心の中に同居させています。
ひきこもっている部屋か学校(社会)という二者選択(二元論)ではなく、その間に存在する場所で、「ちいさな成功体験」や「心が揺れ動く体験」を積み重ねることで、人や社会とつながることへの不安の軽減をはかってもらえればいいと考えています。
家の自室には、人とのかかわりからくる楽しいできごと、嬉しいできごと、哀しいできごともありません。家の自室と学校と間にある“大人がかかわる場所”で、人との出会いからくるさまざまなできごとを体験しながら、人間関係の練習や人に自慢できる体験を積み重ねていくことは、不登校やひきこもりの子どもたちにとって、とても重要です。

(貧困と教育)
 OECDの調査では、日本は経済・社会的背景に恵まれない生徒がトップ・パフォーマーに占める割合が34.9%で、OECD加盟国中2番目に高い水準となっています。
「貧困の子ども=低学力」とはなっていないものの、保護者の経済状況が子どもの学力に影響しているのも事実です。
生活保護世帯の子どもの中には、義務教育過程で勉強についていけない者が多いという指摘があり、NPOなどがおこなっている生活保護世帯向けの学習塾くる子どもたちの学力は、高校受験を控えた中学校3年生で、九九に習熟していないことが少なくないといいます。
大阪府・滋賀スクールソーシャルワーク・スーパーバイザーを勤めた弁護士の峯本耕治は、「非行や問題行動ケースをはじめとする多数の学校不適応のケースでは、そのほとんどが小学校段階での学習面のドロップアウトを伴っており、貧困から虐待、虐待から親子の情緒的愛着問題がおこり、それが学校における問題のエスカレートと連鎖する。」と指摘しています。
教育の問題については、「貧困の連鎖」よりも、「富裕の連鎖」との指摘もあります。
それは、教育水準と親の年収の関係が深いことを指摘するもので、例えば、平成19年に東京大学に入学した親の年収は、52.3%が950万円以上であったことが明らかになっています。
一般社団法人彩の国子ども・若者支援ネットワーク代表理事の青砥恭は、文部科学省今後の高校教育の在り方に関するヒアリング(第3回)で、「(高校)中退した子たちの調査をしていますと、子どものころからの本当に深刻な貧困がありました。その若者たちの貧困は親の代から続いて、不安定雇用や低賃金の貧困の連鎖からつくられたものでしたけれども、その中で幼児期からDVとか、家庭崩壊、貧困に伴ってネグレクト、虐待が相当数見えました。それから10代の妊娠も少なくはないと思います。」と述べています。
また、埼玉県がおこなった生活保護受給者の学習支援家庭訪問では、「訪問先の約80%は母子家庭で、不登校、知的障害との境界線にある子どもや発達障害の子どももいるという。」と述べています。
つまり、経済・社会的背景に恵まれない子どもはトップ・パーフォーマーか、小学校4-5年生で習う漢字が読めなかったり、九九があやふやだったりするか、二極化の傾向があるということです。
 さらに、厚生労働省による「小学生時点の家庭の経済状況と学力、高校卒業後の予定進路、フリーター率との分析の相関関係」では、「家庭の経済状況の差が子どもの学力や最終学歴に影響を及ぼし、ひいては就職後の雇用形態にも影響を与えている。」とされています。
母子世帯の学歴は、ふたり親世帯の学歴より低く、中卒は同世代女性の約3-4倍となっており、母子世帯の貧困や諸困難の背景に低学歴という問題があります。
学歴が低いほど就業率が低く、正規雇用率が低くなる傾向があり、未婚世帯は中卒割合が22.5%で、同世代女性の6倍強にのぼります。
事実、平成26年3月に高校を卒業した105万1千人のうち、大学・短期大学には56万6千人(53.9%;現役進学率)が進学していますが、ひとり親世帯では、23.6%に留まっています。
 大阪府堺市の生活保護受給者の学歴調査では、世帯主の中学校卒は58.2%、高校中退が14.4%、うち母子世帯の高校中退率27.4%で、その理由には妊娠・出産の例がありました。
釧路市調査では、生活保護母子世帯の母の3人に1人は中学校卒の学歴で、その父親の42.3%、母親の51.9%も中学校卒(高校中退含む)であり、中卒者の割合が本人以上に多く、低学歴の階層が受け継がれていることが明らかになりました。
神奈川県では、生活保護有子世帯の親(養育者)の学歴調査では、中学校卒は父21%、母27%であり、高校中退者は父19%、母16%でした。
その他、専門学校・大学中退者も一定数含まれていました。
高校や大学レベルの中退者や長期欠席者もニートとなりやすく、就学でも不利であることが関係している可能性が指摘されています。
 いずれにしても、子どもが十分な教育を受けられないということは、貧困の悪循環が継続する要因のひとつになっていることは明らかです。

③ 生活支援
貧困状態の家庭の子どもは参考書を買えない、学習机がないなど勉強に不利な環境に置かれ、「成績が悪かった」「授業についていけない」と感じはじめたところに、字を読めなかったり、計算ができなかったりして、授業で恥ずかしい思いをしたり、同級生からひやかされたり、からかわれたりして嫌な思いをしたりしたことがきっかけとなり、「どうせ、できっこない」「勉強なんてやってもムダ」となげやりになり、将来の夢を失っていきます。
また、親から「こんなこともわからないのか! バカ」となじられたり、「お前の頑張りが足りないから、こんな成績しかとれないんだ!」と否定することばで責められたりしている子どもは、わからないことや悩みを誰にも話すことができず、その状態が放置されてしまうことが少なくありません。

-事例214(貧困5・生活支援1)-
 高校で生徒の修学支援などを専従で担当しているY氏は、生徒のひとりから「ガスが止められ、水風呂に入っている。カセットコンロでお湯を沸かし、浴槽に足している。」と聞かされました。
Y氏が勤務する高校は、アルバイトすることを認めており、通学する生徒のうち2割超が母子家庭です。
Y氏は、家に食べ物がない生徒にはレトルト食品やコメをわたしたり、経済的理由で、子どもに進学を諦めさせようとする親には公的機関の貸付申請に同行したり、奨学金を使い込む親には説得したりしています。
Y氏の働きは、NPOかケースワーカーのようですが、本来は教科を担当する教師です。
修学支援をひきうけるY氏は、高校でのあるできごとがきっかけとなっています。
Y氏がかつて勤めていた高校では、貧困のために中途退学する生徒も多くいました。
そして、ひとりの生徒の退学を止めようとしたとき、その生徒の親は、「この子は働かせる。」と拒否し、子どもを退学させたのでした。
半年後、少女は夜の仕事で出会った男性の子どもを16歳で妊娠し、「シングルマザーになる。わたしひとりで育てる。」と応じたのです。
Y氏には、「生徒の中退さえ防げたら」との思いから、求人誌のコピーを1年生に配っています。
退学を防ぐために、応募資格の「高卒以上」を強調し、「困ったことがあったらまず相談してほしい。」と声をかけています。

 この貧困の問題には、子どものとき暴力のある家庭環境で育ち、大人や社会(学校や行政)に失望したり、裏切られたりした体験をしていると、親になって苦しくなったときに「助けて。」、「困っています。」と声にだすことができない心の問題が隠れていることあります。
人を信じることができなくなっていると、人は、他人に頼ること、他人に助けを求めることができないのです。
貧困の連鎖とは、人間不信に陥った状態で、解きほぐせすことができない状態が招いているという側面があるのです。
 したがって、子どもが暮らしている家庭環境が貧困であったり、家庭環境に暴力があったりしたとき、高校教師Y氏のように、子どもが親になる前に、信頼できる大人、つまり、自分のために駆け回ってくれる大人に出会えることが、子どもの将来を考えるうえでターニングポイントになるのです。
 しかし現実は、その出会いは、奇跡のような確率でしかありません。


(8) 貧困の世代間連鎖
 貧困の“真”の問題は、次の世代に持ち込まされる、つまり、世代間連鎖がおこりやすいということです。
3世代以上の貧困状態の罠に陥ることを「貧困の悪循環」といいますが、貧困脱出の助けとなる知的、社会的、文化資本を持つ祖先がいなくなっているため、貧困から脱出するのには長い時間がかかってしまうのです。
つまり、貧困にあえぐ人々は、その貧困の結果によりディスアドバンテージ(勝負や競争において悪影響をもたらす要素のこと)が発生するため、貧困が、更に貧困をひきおこすことになります。
平成23年7月に厚生労働省が公表した「生活支援戦略 中間のまとめ」では、貧困の連鎖の防止として「社会の分断や二極化をもたらす貧困・格差やその連鎖を防止するために、生活困窮世帯の次世代支援や、高齢や障害等により受入先がない矯正施設退所者の地域社会への復帰を支援することにより、安心・安全な社会の実現を目指す。」と明言しています。
また、とり組むべき課題として、生活保護世帯の子どもが、大人になって再び生活保護を受給するという「貧困の連鎖」の解消を掲げています。
 ここには、生活保護世帯の4割(25.1%)が、出身世帯での生活保護経験を持っており、生活保護における貧困の連鎖が確認された調査結果が背景としてあります。
母子世帯では、出身世帯で生活保護歴のある割合が3割以上となり、貧困の連鎖の傾向が強くみられ、母子世帯の生活保護受給率(13.3%)は他の世帯(2.4%)と比較して高くなっています。
さらに、福岡県田川地区調査では親子や兄弟姉妹など親族の受給の連鎖も47.8%となっており、昭和40年代生まれ以降の世代ではさらに高く約57%になることが確認されているなど、貧困の連鎖は世代間のみならず、親族間にも広がっているとされています。
福祉現場では、子どものころに生活保護を受けていた母子家庭の娘が成長し、自分も母子家庭となり生活保護を受けて生活しているという親の生活様式の踏襲が見られるなど、生活保護の制定以来60年近くが経過し、3世代、4世代の受給世帯が現れています。
 生活保護世帯では、進学・進路への不安を持つ子どもや不登校、ひきこもり、学歴不振などの課題を抱える子どもが少なくありません。
京都板橋区の調査では、被保護世帯の10%以上の生徒が、釧路市の調査では、生活保護無職層世帯では40%の子どもが不登校になっています。
また、有子世帯の70%は母子家庭であることから、ひとり親ならではの子育ての負担もあり、受給母の健康状況の悪化が子どもの健康にも影響しています。
生活保護の母子世帯の50%は就業していますが、生活保護の母子世帯の母親の30%がパニック傷害、うつ病、統合失調症などの精神疾患を患っています。
そのため、家庭自体が衛生的な生活環境を営めなくなっていたり、社会的に孤立していたり、家族全体がひきこもり状態になっているいる家庭もあります。
このことが、若者のひきこもりを長期化させる要因のひとつになっています。
子どもが成人しても精神を病み就労不可となったり、非正規雇用労働者となって自立できる収入がなかったりするときには、親が保護を受けはじめてから生涯にわたり生活保護を受給する可能性がでてきます。
したがって、生活保護下の子どもたちの健全な育成は社会にとって必要不可欠な問題です。
 そして、親が精神疾患を患っているときには、その家庭の日常生活そのものが損なわれ、結果として、ネグレクトや虐待行為になっていることがあります。
 これは、「プロローグ-4-(8)社会的養護下の子どもたち」に通じる問題で、「Ⅲ-24.母子生活支援施設の機能と役割」で詳しく説明しています。

-事例215(ネグレクト5・母子生活支援施設に入所1)-
未婚のHは、実家で子どもを出産しました。
Hには、てんかんの症状があり、そして、Hは、育児や家事がまったくできませんでした。
そのため、Hの両親は、4ヶ月の乳児とともに、Hを無理やり母子生活支援施設に入所させました。
 母子生活支援施設に入所したHは、1ヶ月経過しても、荷物は段ボールに入ったままで、片づけもしていませんでした。
福祉事務所は、Hに対して生活保護を適用しました。
保健師は、乳児を保育所に入所させることを説得し、また、家庭訪問(施設内)をしながら、少しずつ荷物を片づけられるように指導しました。
保健師は、ネットワーク全体の調整と生活指導、子どもの発育発達のチェックなどの役割を担いました。
保育所、母子生活支援施設、福祉事務所、保健所がネットワークを組み、相互に連携をはかりながら一体的な援助をおこないました。
保育所通所についても、当初は半分でも通えればよしとするなど期待値を高くしないように設定し、少しでもできたことを認めていくような対応をおこなうことを全員で確認しました。
施設の指導員は、毎朝、Hを起こし、子どもの保育所通所を促すなどの働きかけをおこない、加えて、Hは、抗てんかん薬の自己管理ができないことから、指導員が、毎朝服薬を確認しました。
Hは、なんでも買い込む癖があることから、生活保護の担当者は、週1回、Hと面接をおこない、生活費の使い方をチェックしました。
次第に、Hは、自分から保健婦に声をかけたり、相談したりするになりました。
そして、Hは、毎日子どもを保育所に連れて行くようになりました。
 児童相談所は、母子分離の必要性が生じる事態に対応するために、母子生活支援施設でおこなわれる事例検討会に参加し、相談の進捗状況を把握していくことになりました。


(9) 貧困と犯罪
 児童虐待のあった家庭のうち、「生活保護」「所得税非課税」など低所得世帯が約65%を占めています。
この児童虐待には、中高所得世帯が主となる過干渉や過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)といった親が子どもを支配・管理する暴力(精神的虐待)は含まれることが稀であることから、この占有率の意味するものは、身体的な暴行(虐待)の頻度が高いと捉えておく必要があります。
 一方で、中高所得世帯が主となる過干渉や過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)による抑圧が、子どもの非行に大きく影響していることは、矯正統計年報(平成16年)に示されています。
年報では、全国の新収容者5,248人の出身家庭の生活水準では、富裕層2.8%、普通層69.8%、貧困層27.4%となっています。
つまり、重い犯罪になればなるほど、貧困層出身者が多いとはいえ、貧困層出身者=犯罪率が高いということではありません。
 しかし一方で、同統計平成23年度「新受刑者の罪名別 教育程度」では、新受刑者で最も多かった学歴は「中学校卒」で、40%以上を占めています。
年齢別では、全新受刑者約2万5千人の中で、高校進学率が9割を超えた1970年(昭和45年)代半ばより前に高校進学年齢であった50歳以上を除いても、約1万7千人が「中学校卒」学歴です。大学卒業者はわずか4.5%となっています。
かつて江戸川区のケースワーカーで、江戸川中3勉強会を立ちあげ、生活保護の高校等就学費の実現を国に働きかけ、受給世帯の高校進学を後押しした宮武正明は、「親の生活を見て高校進学の希望が持てない子どもの多くは、早い時期から学習意欲をなくして学力不振になり、学力不振のため進学も就職もできない状態がつくられ、そうした世帯の多い地域では、結果として不登校・非行が多い地域となって地域が荒廃し、「貧困の再生産」の温床になってきていた。」と述べ、愛知アベック生き埋め殺人事件、大阪中卒少女殺人事件、足立女子高校生コンクリート詰め殺人事件らの少年事件が、「疾病、貧困、地域環境の貧しさの中で家庭が崩壊するとともに、行政の援護が子どもの世代まで考えられていないことから、地域に貧困が蓄積していく。」こととの関連を指摘しています。
貧困の子どもの世帯の経済状況を向上させることが、将来の犯罪の発生抑止につながる可能性が指摘されているのは、学力・学歴と貧富の間には相関関係があるからです。
高校進学が多数の時代の「中学校卒」の受刑者は、子どもの時期に知的問題を抱えるか、または、貧困ゆえに学力不足や資金不足などで進学できず、結果として、学歴がないために適切な就職ができなかった可能性が髙くなります。
 少年犯罪にかかわる現場では、「A少年院*における年次統計を見ると、それでも、3-4人に1人が貧困世帯であること、平成13年から21年度までの8年間で貧困世帯が約2倍に増加していることがわかります。この背景には、経済不況もあるでしょうが、少年鑑別所・少年院入所少年における母子家庭の増加も影響していると考えられます。」、「女性の貧困が子どもの貧困の世襲を招き、そのことが他のさまざまな条件を誘発し、結果として非行に至ったケースは、少年院では数多くあります。」、「短期間に転職を繰り返しているB少年の職歴を見た多くの人は、就労意欲が乏しく、忍耐力がないと非難の目を向けることでしょう。
しかし、実際は、本人の非ではない経営縮小による給料不払いや前近代的な雇用関係のなかでの極端な減給が、B少年だけでなく、中学卒業と同時に働きはじめた少年たちに対して日常的におこなわれている就労環境なのです。」と述べています。
少年院は、検挙され、在宅もしくは少年鑑別所を経由して家庭裁判所での審判を経たのち、逆送致、不起訴処分、保護観察処分、児童養護施設・児童自立支援施設相当に該当しなかった少年に対し、社会復帰のための矯正教育をおこなう機関です。
ここには、鼻をかむ仕方、歯磨き、持ち物の整理整頓の習慣をはじめて少年院で学んでいるのが現状という事実があります。
最近では、特殊詐欺(オレオレ詐欺など)の使いっ走りなどで捕まるケースが増えていますが、そこには、境界知性(相対的な低IQ)や発達障害、学習障害が疑われるなど、虐待や貧困など少年たちの成育環境が大きく影響しています。


(10) 外国人母子家庭と社会的養護下の子どもたち

生活保護費を受給している母子世帯の中で、外国人世帯は7千世帯を超え、その40%がフィリピン人です。
ことばの問題など、子どもが、母親と社会の架け橋となっています。
生活保護受給中であっても、ケースワーカーからの連絡は世帯主に集中することに加え、子どもが不在である日中の時間の自宅訪問となることから、子どもたちの動向把握は十分でないことが少なくありません。
親が「就労」「求職中」「疾病」で、幼児の育児ができないときには、生活保護受給者や母子家庭は優先的に、かつ、生活保護受給者は無償で保育園に入所できることから、日中は子どもの育成を公共の場で見守ることができることになります。
しかし、外国人世帯の場合、ことばの壁や育ってきた国との文化の違いなどがあり、支援情報を理解できずにいるケースも少なくありません。

-事例216(ネグレクト6)-
 平成25年2月18日、群馬県大泉町でフィリピン人母が子どもたちを残して帰国している間に、3歳児が死亡(餓死の疑い)したのを中学生の姉が通報した事件がおきています。
フィリピン人の母親が、同月5日に面会したケースワーカーには、帰国を報告していませんでした。
死亡した児童が0歳児のとき、母親は1週間の約束で知人に子どもを預けて帰国して以降、1年間、連絡がとれなくなったことがありました。
その間、死亡した児童と姉は、児童養護施設に入所していたことから、ハイリスク家庭とされている中でおきた事件でした。


 親元で暮らせない子どもたちを家庭に代わって社会保障費で育てることを「社会的養護」といいますが、日本では、いま社会的養護下にある子どもたちが約47,000人にいます。
親の貧困や虐待など理由はさまざまですが、児童養護施設で暮らす子どもたちの問題は、虐待や育児放棄等で十分な愛情を受けずに育っていることが多く、「親は自分を愛していない。だから、自分は愛される価値がない。
だから、自分は親と暮らせない」と思い込み、子どもたち自身が自分を責めていることです。
中高生になると、周りとは違う環境で暮らしていることをうまく自分の中で落とし込めず、隠しているケースもたくさんあります。
一方で、児童間で飲尿の強要などのいじめ、殴るなどの暴行、性虐待がおこっていて、心身ともに健康な育成につながっていないことも指摘されています。
また、児童養護施設の子どもの9.3%が中学校卒業で施設を退所し、そのうちの約半数が卒業の翌年度中に転職を経験していているとの調査結果があります。
また、高等学校の中途退学者は7.6%となっています。
虐待や親からの遺棄などの理由で児童養護施設に保護された子どもは、施設退所後に生活困窮に陥りやすくなります。
施設で育った子どもは、進学しなければ中学校卒業でも施設を退所しなくてはなりません。
10歳代女性では、行きずりに近い同棲後に妊娠し、相手の男性は姿を消し、婦人保護施設に入所するという例はあとを絶ちません。
また、施設退所後に性産業に従事し、未婚の母となる場合も少なくありません。
支援につながらない性産業に従事する軽度知的障害者数は、数万人とも数十万人ともいわれています。
 加えて、新しい施設をつくるという話が持ちあがると、自身が暮らす学校区に施設がつくられることで、いわゆる「不良の子どもたち」が増えるのではという懸念から、反対されるケースも存在しています。
こうした反対の声があがっている中で施設がつくられると、施設の子どもがちょっとしたトラブルをおこしたりすると、「やっぱり」という色眼鏡で見られてしまうことが少なくなく、施設でボランティアや寄付などが必要であっても、地域に助けを求めることができない状況にあります。
その結果、虐待を受け、親から離れて暮らす子どもたちが、地域の住民からも冷ややかな目で見られ、社会からも孤立してしまっている現実があります。

-事例217(ネグレクト7・身体的虐待4、性的虐待10・児童養護施設に入所1)-
 私が3歳のとき、両親が離婚して、弟とともに親戚の家を転々とし、小学3年生のとき父親にひきとられました。
父親は仕事が終わるとすぐにお酒を飲みはじめ、酔い潰れるか、夜遅くまで賭けごとに熱中する人で、私と弟の身の回りの世話をすることはありませんでした。
一緒に暮らしはじめて数ヶ月経つと、私は、父親の心ないことばで責められるようになりました。
そして、父親は一回手をあげると、ワァッ!となった気持ちが冷めるまで、ひたすら血がでるまで殴ったり、蹴ったり、いろいろなものを投げつけてきました。
 小学校5年生のとき父親が病気で倒れ、私と弟は再婚していた母親にひきとられました。
しばらくして、義父は、私が寝ている部屋に入ってくるようになりました。
違和感がありましたが、怖くてパっと目を覚ませることができませんでした。それでもうっすらと目を開けると、服を脱がされた私のうえに義父がいました。
私は声をあげることができず、黙って寝たふりをするしかありませんでした。
その後、毎晩のように義父がくるようになりました。
私は耐えきれなくなり、小学校6年生のときに母親に被害を告白しました。
すると、母親は「Yから誘ったんじゃないの?!」といいました。
一番信じて欲しい人に信じてもらえませんでした。誰も信じてくれない、信じられるのは自分しかいない、ひとりで生きていくしかないと決意し、中学校1年生のとき、自ら希望して児童養護施設に入所しました。
父親は亡くなり、母親はどこでなにをしているのか知りません。
自分が行き詰まったりしたとき、子育てしているときに「お母さん」とすごく思うときがあります。
想像、妄想的な「お母さん」という人を求めているのだと思います。
しかし、母親を求めてしまっている自分自身に癪に障り、すごく嫌いです。

関東地方の福祉施設で暮らしていた気弱そうに見える少年(中学生)は、性暴力を“武器”に年下の男の子たちを虐げることで施設内のトップに君臨していましたが、少年に対し「育成困難」と判断した施設は、児童自立支援施設に送ることを決めるという事態が発生しました。
 実は、事情があって親と暮らせない子どもらが入所する児童養護施設や、罪を犯したり問題行動があったりする子どこが暮らす児童自立支援施設では、皆が寝静まった夜の居室やトイレの個室で、職員の目を盗んでは同性の年少者に性器を触らせ、性交渉を強いるといった子どもが子どもに性暴力をふるう事態が多く認められているのです。
同性間での性暴力は、「相手を辱めて支配し、自分の力や存在を誇示するため」と考えられています。
そして、性を暴力の手段として使う加害者は、必ずしも腕力を必要としないことから、外からは発見しづらいのです。
さらに、放置されることによって、被害者が年齢を重ねて加害者に転じ、年少者を支配する「負の連鎖」がおきます。
 性暴力に頼る子どもには、家庭内での虐待や両親間にDV(面前DV被害を受けている)のある生育環境で育っているという共通する傾向があります。
 落ち着ける時間やプライベート空間を暴力で侵害され続けた子どもたちは、自分や他者を大切に思う気持ちを知らずに育ちます。
その結果、自分の表現方法がわからず、暴力以外の方法で人とかかわることができなくなるのです。
さらに、アダルト雑誌やビデオが日常的に家の床に散乱していたり、バイブやローターなどのアダルトグッズ(大人のおもちゃ)が両親の寝室のひきだしに無造作にしまわれていたり、離婚歴のある母親と、母の新しい“彼氏(マムズボーイフレンド)”との性行為を家で何度も目撃したりするなど、幼児期から「性の刺激にさらされてきた」ことが、暴力に抑圧され続けた憤りに加わり、子どもを性暴力に向かわせます。

 社会的養護の必要な母子に対する支援のあり方については、「Ⅴ.学校現場で、児童虐待・面前DVとどうかかわるか」の中の「24.母子生活支援施設の機能と役割」で、事例を通して詳しく説明しています。
人類の子育ては、常に共同体(共同養育)の中でおこなわれてきましたが、第2次世界大戦後、産業構造の変化に伴い、急速に核家族化が進んできましたが、そうした核家族や共働きの家庭など、特定の養育者が子育てをするのは大変なことです。
“虐待は育児の連続体”という考えにもとづくと、養育者が孤立せず、ひとりで育児を抱え込まず、誰かに頼れる状態があることが重要です。
なぜなら、子育てには、お金や時間、困ったときに頼れる身近な人などたくさんの“養育資源”が必要だからです。
 子どもの成長にとって重要なことは、養育者以外のたくさんの大人と接することで、さまざまな価値観や考え方、ふるまいに出合う機会が多くあることです。


** ①-a)DV・デートDV・性被害に関する相談、-b)家庭裁判所への「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚調停の申立て、地方裁判所への保護命令の申立て、警察への被害届の提出に向けての支援依頼、②DV被害の状況をまとめるためのWord文書フォーマット(DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート;「Ⅲ-3.暴力の影響を「事例」で学ぶ。(Ⅰ)添付資料:ワークシート」の中の「DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート」)の送付依頼、③カテゴリー〔Ⅲ1-9〕掲載『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(3部5章42節)*』のPDFファイル送付依頼については、カテゴリー〔Ⅰ-I〕の中の「<DV・性暴力被害相談。メール・電話、面談>..問合せ・相談、サポートの依頼。最初に確認ください。http://629143marine.blog118.fc2.com/blog-entry-501.html」をご確認いただければと思います。


2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/24 「第2章(Ⅱ(8-15))」の「改訂2版」を差し替え掲載




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-4]Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ
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