あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患

「家族関係の中で起きるDV・虐待を考える ~被害者・加害者を生まないために~」竹下小夜子さん(精神科医 さよウイメンズ・メンタルクリニック院長

 
 <週刊朝日>SOSを握りつぶす 子どものいじめ自殺「ゼロ」統計の欺瞞 -おきばり記者が行く!- 「愛という名の管理・支配」 竹下小夜子(さよウィメンズ・メンタルクリニック)
H20年度 DV防止講演会
日時 平成20年11月15日(土)14:30~15:30
会場 大会議室
プロフィール 平成9年沖縄で女性専門の精神科クリニックを開院。性暴力被害者の支援を展開。DV被害者の心の回復やDV家庭の子どもの支援に取り組む。強姦救援センター沖縄所属。琉球大学・沖縄国際大学 非常勤講師。著書「ドメスティック・バイオレンス~サバイバーのためのハンドブック~」「性 to 生~ジェンダーのはざまから」


みなさん、こんにちは。竹下です。今日は主に一般の市民の方たちを対象に、家族関係における暴力の問題、虐待の問題についてお話しさせていただきます。

◇パートナー関係とストレス耐性
パートナー関係はストレス耐性と密接に関連があるといわれます。日本の研究においては、パートナー関係が良好な男性はストレス耐性が高いという報告があります。ご承知のとおり現在の日本では自殺が非常に多くて、交通事故死の5倍、だいたい1日100人ぐらい死亡している勘定です。自殺を思いとどまった方たちの中で、妻からの思いやりに満ちた言葉で自殺を思いとどまったという回答を述べられた男性は多かったそうです。

◇DV関連データ
DVの関連データをご紹介します。一番有名なのは99年内閣府のデータで、女性の7人に1人がパートナーから身体的な暴力を受けている、しかも20人に1人は命に関わるほどの身体暴力を受けた経験があると報告されました。WHOの2002年の日本調査結果によれば、日本人女性の5人に1人は50歳までにパートナーから身体的な暴力を受けます。さらに、昨年の警察庁の発表によれば、日本では3日に1人の女性が男性のパートナーから殺害されています。逆に、5日に1人の男性が女性のパートナーから殺害されています。但し、両者は同等には論じられません。戒能民江さんも指摘していますけれど、女性が男性パートナーを殺害するケースのかなりの部分が、それまでに深刻な被害を受けていて、このままだったら自分がやられてしまう、やるかやられるかという切羽詰ったところで、自分を守るために女性からの暴力行為の大半が選択されています。
それから2004年の東京都の調査結果ですが、女性パートナーを殴る男性の51%は、子どもにも手を挙げています。すなわちDV加害男性2人のうち1人は、妻のみならず子どもにも手を挙げています。
それからこれはイギリスのデータですが、夫から殴られる妻の37%は自ら子どもに手を挙げています。つまりDV家庭で育つということは、ある意味で子どもにとっては暴力の二重の危険にさらされるといえるかも知れません。

◇対等な信頼関係⇔支配従属関係
愛情関係というのは基本的には信頼関係が基盤です。自分を脅かす相手をなかなか信頼はできないでしょう。信頼できない相手を愛するのは難しいことでしょう。そして、信頼関係には、安全と安心の保障が前提となります。「愛情なら安全を」ということですね。

◇心理的虐待の特徴
被害者自身が加害者の攻撃にさらされるうちに混乱し、「私のほうがおかしいのだろうか」などと、自分の認知・認識さえもう信じられなくさせられるケースは少なくありません。心理的虐待についてビバリー・エンゲルは、「たまにではなくて、常にである。単に文句を言うというよりも相手をおとしめることを目的としている。建設的に相手を批判することよりも、相手を支配することを目的としている。相手の特定の行動が気に入らないというより、相手に対する敬意を全面的に欠いている」などと指摘しています。

◇パワーとコントロールの場
力による管理・支配など、一方が他方をコントロールする「パワーとコントロールの場」においては、相手が精一杯やっても認めない、相手の人格を認めず、不当におとしめたり、責めたり、非難するなどが行われます。それらが「教育、指導」あるいは「愛情」の美名のもとで行われる場合もしばしばあります。
不平等な人間関係における支配の手口
不平等な人間関係で相手を支配する手口は共通するものがかなりあります。それらの延長線上に身体暴力もあります。被害者の訴えに接したときに、不平等な人間関係で相手を支配する時に用いる虐待被害だと認識できるようになることは、被害者への二次加害を防ぐためにも重要なことです。

◇「あいまいさ」、自分の考え・感情を伝えようとしない
まず、加害者の「曖昧さ」です。自分の考え、感情をはっきりとは伝えようとはしません。考えを伝えないことで、加害者は理想的な自己イメージを保ちながら相手を支配することが可能になります。例えば、子どもが問題行動を起こすようになり、親が学校から呼び出されるようになった。母親である妻は悩みます。父親である夫に相談します。すると夫は、「いったい何を言えばいいって言うんだ。どうせ君は勝手に行動するんだから」などとはっきりした考えを言わない。で、妻は自分で何とか解決しなくてはと、公的機関に相談に行くなど自分で問題を解決しようとします。うまくいけばしめたものです。「何とかなるものを一々大騒ぎして」と言えば済みます。うまくいかなければ「お前のやり方が悪い」と責めればすむ。はっきりした意見を言わないことで、自分自身は相手より優位に立ちながら、責任を背負わずにすむのです。

◇相手の考えに興味を示さない
相手の考えに興味を示しません。加害者は相手に対して常に自分の方が優位を保とうとします。無意識のうちに常に自分が優位的な態度を選ぶわけですから、「あぁそれは面白いな」などとパートナーに興味、関心を持つ応答はしません。相手の考え、感情に興味、関心を示すことは相手と自分の平等性を意味することで、自分の優位性を揺るがすことになるので、これをしないのです。

◇二重拘束と一貫性のなさ
二重拘束(ダブルバインド)と一貫性の無さ。とにかく言動に一貫性がなくて、攻撃的です。「自分のことは自分で責任持って判断しなさい」と言うから、あぁそうかと自分で一生懸命考えながら行動すると、「自分勝手に行動してはいけない」と言う。行動しないと「勇気がない、覇気がない」と責められ、行動して失敗すると「考えが足りない」と責められます。事情を説明しようとすると「生意気な口を出すんじゃない」というように反論を許さない、黙っていると、今度は「何も言わずに黙っている」と責められるなど、ダブルバインドの攻撃があります。

◇「反撃」
加害者は自分の言動が問題にされると即座に相手に反撃して、「自分は正しい、相手が間違っている」と主張し始めます。攻撃は最大の防御であるという言葉を文字どおり実践しているわけですが、それは意識的な戦術ではなく、すっかり身に付いた無意識的な防御です。加害者は、「自分には欠点も弱点もあるけれども、基本的には善意で善良で誠実な人間だ」と、理想的な自己イメージを強固に保っているので、自分自身が責められると、責めてくる相手のほうが分かっていないんだ、自分はそれなりにいろいろ考えている人間で、自分のほうが正しいと主張するのです。

◇「相手の意見を認めない」
相手の意見を認めません。相手にも一理ある、自分にも一理ある、両者ともに一理あるとなれば、それは加害者の優位性が揺らぐことです。加害者の支配が相手に十分には及んでいないということになるので、相手の意見を認めようとしませんし、絶対に譲りません。

◇「過小評価」
虐待行為の過小評価、それは加害者にとっては必然的な防御と言えます。ドメスティックバイオレンスで、例えば腕も足も骨折させてギブスをはめさせてしまったような激しい暴力を振るっておきながら、「暴力なんて大げさだ、ちょっと突いただけだ」というようなことを、別に嘘をついているつもりもなくて、加害者自身は本気でそういうことを主張したりします。虐待行為の影響や効果を過小評価しないことには、これがとんでもない暴力、虐待という事実をもろに受けとめてしまったら、それなりに自分は善良で誠実で正しいという理想的自己イメージを保てないからです。

◇「忘れる・否認する」
呆れるほどの嘘つきに見える加害者が少なくありませんが、加害者自身は嘘という自覚や認識さえないこともしばしばです。都合よく自分の言動を忘れてしまう。無意識の否認や抑圧により忘れるということが起こる。そうでないと、自分は善意で正しくて、善良な、誠実な、責任感のある良き人間であるという、理想的自己イメージが保てない。加害者は、理想的な自己イメージを強固に守れるような防御メカニズムを駆使しています。

◇「非難による対話の拒否」「すりかえ」
非難による対話の拒否やすり替えもしばしば用いられるものです。相手を非難して対話を拒否します。「またそんな変なことを言って」「もういい加減にしろ」「つべこべ言うな」などと相手を非難して対話を拒否します。すり替えは例えば「ねぇあなた、200万の定期預金が解約されているけれど、あれどうしたの」と問われると、「生活費はちゃんと渡してるだろう!」「お前は一々俺に文句しか付けない」「お前も自分の使うお金をすべてことごとく説明してみろ。そう言えば、お前もこの間キャッシュサービスで20万おろしていたな、あれどうしたんだ」「あれは言ったでしょう。子どもの修学旅行で必要だから20万下ろすからって、私言ったよね」「俺は聞いてない」といったやりとり。本来は200万円のお金がどうなったかの話だったはずが、妻の20万円の問題にすり替えられてしまっている。こういうすりかえが非常に巧みに行われます。

◇投影による非難・批判
投影による非難、批判。例えば、皆さんがいきなり誰かから怒鳴られたり、責められたり、非難されるというようなことがいきなり起こったとします。そうしますと皆さんはおそらくショックを受けて、ちょっと傷つく思いがして、それから自分の言動ってそんなにいけなかったのかなと自分自身を振り返る方が大半だと思います。だけどそれは、皆さんの側の落ち度ではありません。そのようなことが生じるのは行為者の側に何か問題があるのです。行為者の側の無意識に抑圧された否定的な感情が、皆さんたちに被せられている、すなわち「投影されている」のです。例えば、子ども同士のいじめ問題で、「いじめ自殺」のような深刻な事態に発展したケースについての論文を見ますと、しばしば子ども同士のいじめ問題の背景に妬みが潜んでいると指摘されることがあります。自分の妬みが無意識のうちに抑圧されるとそれは相手に投影され、相手の問題と認識されることになります。自分の妬みが相手に投影されて、「あいつは生意気でうぬぼれた、感じの悪いやつ」という認知、認識になってしまうのです。で、自らのいじめ行為についても「あいつはそうされても仕方がないような嫌な野郎なんだよな」という、責任転嫁、合理化、自分自身のいじめ行為の過小評価が起こるわけです。みなさんが相手から突然怒鳴られたり非難されるときの話に戻りますが、もしも皆さんの言動が本当に不適切なものだったら「あっ君、このようにされたらこんなふうに困るから、次から気を付けてね」と情報を与えてもらい、「あっ、ごめん」と自分自身を改めるチャンスを与えてもらうのが当然です。いきなり怒鳴られたり罵倒する行為は、行為者自身の問題で、みなさんの落ち度ではありません。「この人、どうしちゃったんだろう」というようなことにすぎません。

◇自己正当化
相手を責めて、自分の行為を正当化する。批判や決めつけをすることで加害者は自分の優位性と正しさを宣言して、理想的な自己イメージを守りながら防御システム全体を強化していきます。

◇悪意に満ちたからかいやジョーク
悪意に満ちたからかいやジョークもいじめの手口の一つです。ジョークに偽装した虐待はリスクのない場当たり的な攻撃で、相手が気づかぬうちにダメージを与えることができます。それから加害者にとって、相手より自分が優越しているという優越感の満足を得られる必勝の手と言えます。もしも相手がひるめば、加害者は自分が1枚上手を取ったという優越感や満足が得られます。もしも相手が面と向かって異議申し立てしてくれば、「君は冗談も分からんのか。だから頭が悪い女は嫌なんだ」と、更なる侮蔑と嘲笑で相手を排除、疎外できるわけです。この手口にうち勝つには、これが実は悪質ないじめの手口である事実を、一人でも多くの人に理解してもらうことが有効な反撃でしょう。

◇見下す・バカにする・脅す・罵倒する
これらはすべて、それを行う加害者自身の抑圧された力量不足感あるいは無力感などの感情から加害者自身を守る防御です。言葉の暴力のどの形態においても、加害者は自分の理想像を強固なものにしながら被害者への投影を維持しています。自分の否定的な感情を相手の問題というように投影します。自分自身のいじめ行為、虐待行為を過小評価、否認するのです。

◇モラル・マゾヒズム
これも相手を支配する行動パターンの一つです。自分が望まない方向に相手が歩もうとすると、無意識のうちに被害者・犠牲者を振る舞って、相手に罪悪感を感じさせ、結果的に自分の思いどおりに相手を支配するという行動パターンです。例えば、何遍もギャンブルで借金を作り、2回までは妻は自分の身内に頭を下げてお金を借りて尻ぬぐいしてあげた。「だけど、もう3回目はないよ。今度あなたが繰り返したら、私はもうあなたとはやっていけない。その時は別れるから」と宣言。夫も「もう二度と絶対にこういうことはない」と固く約束してくれたはずだった。にもかかわらず、またまた督促状が舞い込むようになった。妻の側は、「あぁもうこの人とはやっていけない。やっぱり別れよう」と決心します。すると夫はほんとに傷ついた様子で、「俺にとって君と子どものいない人生は生きるに値しない。今度こそ俺は人生を立て直そうと本気で考えている。今こそ切実に君たちの愛情や支えが必要なのに、君は自分だけでなく子どもまで俺から奪い去っていくのか」というように被害者、犠牲者を振る舞い始めますと、善意の女性は何となく罪悪感を感じてずるずると留まり続けるといった例です。支配される側は確かに罪悪感を感じさせられる一方で、弱さを武器にこちらを縛りつけてくる相手に鬱屈した怒りも蓄積させていくので、勝率は高いけれど信頼関係を荒廃させてしいます。

◇「愛していないのか」
相手を思いどおりに従わせようとする時にしばしば用いられるセリフです。しかし、このセリフが用いられる場面の大半は、「それじゃぁ私の気持ちを理解し、受けとめてくれないあなたは、私のことを愛してると言えるの?」と反論できる場面です。対等というのはそういうことです。そこを理解できてない男性は多いですね。多くの男性は自分ではパートナーに対等に接しているつもりですが、実際には自分の一方的な要求を女性に押しつけて、受け入れるか否か、従うか否かと来てしまう。このことを直観的に感じとって、いざ結婚となると二の足を踏んでしまう女性もいます。


虐待・DV・パワハラ等 加害者の特徴
◇加害者の目的は支配
加害者の目的は支配です。被害に遭っている多くの女性が相互理解が深まれば問題も解決できるのではないかと、一生懸命コミュニケーションで理解を深め合おうとします。でも、加害者は相互理解や問題解決を望んでいるのではありません。「俺の思いどおりに従え」と相手を支配することが目的で、DVの本質もその点にあります。

◇「支配」~行動面の最大の特徴
支配は加害者の行動の最大の特徴です。支配は批判、言葉による虐待、孤立化など様々な手口で行われます。相手が支配に抵抗しようとすると、一般的に強制は激しさを増し、時間とともにますます激化する傾向があります。加害者は通常自分の支配を正当なものと見なして、相手の方が情緒不安定で問題があると決めつけます。

◇「特権意識」~態度面の最大の特徴(とりわけDV加害者の場合)
DV加害男性の態度面の最大の特徴は特権意識です。自分が特別な権利や特典を享受できるという特権意識。自分の要求が直ちに満たされることを強く求め、相手に対して理不尽かつ過大な期待を抱きます。私のクリニックのDVケースの半数近くの加害者は医師と公務員です。お話を聞いてくださった多くの善意の方たちは「医師や公務員はストレスの強い仕事でイライラも募るのだろう」と善意の誤解をなさるんですね。そういう問題ではありません。彼らは相手が患者さんや母親なら、どんなに腹が立っても手は挙げないです。これは男の人だけを責めるわけにはいかないのですが、多くの男の人たちはひとたび社会に出れば、「家庭一つ管理できないようでは一人前の男とは言えない」と言われかねない育てられ方をしています。男性の中には「自分には家庭に対する管理・支配の責任と権限がある」とすり込まれてしまう人もいます。「家庭一つ」という場合の「家庭」は通常、女房、子どもを意味し、実母は管理支配の対象からはずされます。さらに、医師や公務員になれるような男性たちというのはママから大事にされて育ちあがっている方も少なくないので、女が尽くし、献身するのは当たり前みたいな感覚もあります。「お袋はあれだけできたのになぜおまえは」と責めます。姑の側も「あの子は他人様の命を預かるほんとに大変な仕事をしてるんだから、あなたは何一つ息子に心配事、迷惑を掛けてはいけない。あの子が仕事に専念できるように、あなたは全面的に彼をバックアップせねばならない」と、母・息子の連合軍によるDV構造というのも割と少なくありません。

◇「自分勝手と自己中心」
加害者は自分勝手で自己中心的です。自分の要求は最優先されるべきだと思っています。通常は自分のことだけで頭がいっぱいで、相手の要求に応えようとはしません。一方で、相手にはいつでも自分の要求に応えることを期待し、それによって相手の行動が阻害されてもまったく意に介しません。普段は子どもになんか目も向けないのに、たまにちょっと自分が子どもを構いたい時に、子どもがおずおずと「父さん、僕ね、今日友だちと約束があって・・・」なんて言いますと、突然不機嫌な表情になります。「好きにしろ」と言う。子どもの方が気を遣って「いいよ、僕、電話で断るから」って、「もしもし、ごめんね、僕、今日行けないから」ということに。それについても、「いや、俺は好きにしていいと言ったのに、子どもが自分でこうしたのだ」と平然と言ってのける。自分のことを寛大で優しくて、責任感がある誠実な人間だと思い込んでいますし、周囲からもそういう人間と見なされることを期待していますので、自分勝手で自己中心的な人だ、みたいな言われ方をされると、非常に不当な扱いを受けたと感じて心から傷つくのが一般的です。

◇「優越感」
自分を被害者よりも優れた人間と思っています。相手の知性、能力、論理的思考はもちろん、感受性でさえも相手は自分より劣っていると見なしています。だから相手の意見を軽視したり、あっさり退けたりもします。嫌悪感たっぷりに恩着せがましい、子ども扱いをするような口調で話したり、時に容赦のない非難や侮辱を浴びせたり、親が子に与えるようなペナルティを課したりします。

◇「心理操作」
最も多いのが心理操作です。罵倒しておいて、突然口調を変えて「お前は世間を知らない。このままだったら恥をかくから、だから俺は教えてやっている」などと言ったりします。被害者は善意の人が多いので、いじめられていると感じた私の方が、了見が狭い人間なのだろうと、更に自分を責めるなどということも起こります。

◇近親姦とDV加害者に共通する特徴
近親姦とDVの加害者には共通する特徴があり、バンクロフトがまとめています。近親姦は社会経済階層を問わず、かなりあります。加害者はロリコンではありません。小児性愛者の場合、自分より離れた、縁の薄い、遠くの子をターゲットにします。被害者の数も多めです。近親姦は信頼関係に付け込むので、被害者の数も平均2人以下です。小児性愛者の場合は数も多く、知らない子をターゲットに選ぶので、性虐待の際に身体的暴力行為を伴うことが多いのですが、近親姦では少ないです。社会経済階層は明らかに近親姦の加害者のほうが高く、小児性愛者は社会経済階層は低めです。近親姦の加害者の方が社会適応能力があるということです。


虐待・DV・パワハラ等~被害者の心身反応
◇被害者の反応
1 混乱や不安、緊張
同じことも他の人だったら言われないのに本人だけが責められたり、同じ行為も加害者の気分で違う意味に解釈され違う扱いを受けるなど、加害者の攻撃に一貫性がないので、被害者は絶えず混乱、不安、緊張を強いられることに。
2 罪悪感
加害者は常に自分は絶対に正しく相手に問題があると主張し、しかも自分は善意や良心からの言動だという態度を取ります。「あなたが悪い」「君に責任がある」「君が間違っている」「君の過剰反応だ」と責められて、被害者が不合理な罪悪感を感じさせられることも多いものです。
3 ストレスに関する様々な身体症状
ストレスに関連して様々な身体症状。吹き出物が顔一面に出るなどの皮膚症状も出ることがあります。でも、身体症状の訴えさえも、本人の弱さ、脆さとか、本人の自己管理のなさとして、攻撃の材料にされかねないので、身体症状を訴えることさえできないケースもあります。
4 過剰適応・孤立疎外感
加害者からどう見られるか、加害者がどう思うだろうかを自らの行動の基準に選ぶ、判断基準にするのが「過剰適応」です。さらに、被害者は孤立・疎外感を感じさせられやすいものです。
5 自尊感情の傷つき
自分の言動をすべて否定されて、支持してくれる人もいないと、自分の感覚、判断を信頼できなくなり、自尊感情が低下しがちです。標準化された4つのメッセージの「あなたは悪くない」「あなたは独りぼっちではない」「力になりたい」などの言葉の重要性が増します。


暴力被害による精神科疾患
◇不安障害
不安障害とは、突然の動悸、発汗、身震い、めまい、息苦しさや窒息感などのパニック発作が突然襲って、「今にも死ぬんじゃないか」「心臓が麻痺するのではないか」「気を失って倒れるのではないか」などの強い恐怖をおぼえる発作です。フラッシュバックに伴うこともあれば、それとは無関係に起こることもあります。

◇解離性障害
解離性障害というのは突然発症するものや徐々に発症するもの、一時的・一過性で終わるものや慢性・持続性のものなど様々あります。いわゆる心因性の記憶喪失や多重人格障害などです。現在の表現なら解離性障害には、解離性健忘、解離性同一性障害、解離性遁走、、離人症性障害などがあげられます。

◇うつ病
個人臨床体験では、縦断的にみればDV被害者の9割はうつ病の状態に陥ります。不安、憂うつ、億劫さなどです。心がけとか気力、根性の問題ではありません。「心が弱い」、いわゆる未熟で幼いパーソナリティの人ならうつ病を発症しないで済むでしょう。そうなる前に、家族が悪い、職場が悪い、世間が悪い、周囲は私に対して不当であると言い始めてすべてを放り出してしまうでしょうから。体に鞭打って、自分の役割、責任を全うしようという人たちが発病してしまいます。たとえば、仕事にやりがいも感じていて、趣味も豊富、楽器は一通りたしなみ、スポーツも万能で、地域のボランティア活動まで参加している人が「燃えつき症候群」でダウンすることはしばしばあります。燃えつき症候群はその大半が立派にうつ病ですから。「心の病」という表現が誤解を生んでいますが、脳の神経伝達物質のレベルの「身体の」病です。薬物療法が効果的です。

◇抑うつの認知・認識・思考パターン
抑うつ状態に陥ると、どんなに前向きでタフな人でも認知、認識、思考パターンが変わってしまいます。堂々巡り、決断力低下、自分を責める、自己嫌悪、過去へのとらわれ、未来への不安や悲観、自己否定、自信低下、自己卑小感、これまで好きだったことが楽しめない、イライラしやすい、考えが進まない、物忘れが多い、ぼーっとしていても次から次と嫌なことばかりが頭に浮かぶというような状態になります。

◇うつ病の行動抑制症状
億劫さが強く、体が付いていかないのです。多くの人が「先生、やる気が起きないんです」と訴えますが、じつはやる気がないわけではないのです。やる気はあるし、やらねばならないと思っているし、実際にやれた時に一番喜ぶのもご本人です。意欲の低下と意志発動性の障害は違います。育児は一番エネルギーが必要ですから億劫になります。家事では料理と整理整頓というのが一番気合いと集中力が必要です。例えば家に帰って冷蔵庫を開く。材料がいっぱい入っていてもメニューが決められない。かろうじて作ったとしてもワンパターンになりがち。炒めものとか丼ものとか、あるいは具だくさんのみそ汁など一品料理が増えます。それさえできなくなって、お総菜を買って帰ろう、外食しようになります。買ってきてでも食べるものは何とか手当てはできても、整理整頓までは気力、体力は回らない。だから家の中散らかってきます。
DVの被害からようやく逃げ出して生活保護を得て、母と子が安全な生活をスタートさせる。安全な場にたどり着いたところで脱力感、全身倦怠感、無力感、ひたすら億劫で横になりたい、何もできない、何もしたくないという状態になります。生活保護課の職員が家庭訪問をしたら、流しには汚れた食器が山積み、床は足の踏み場もない散らかりようで、しかも万年床で母親はぐうたら寝てばかりいて、傍らで子どもが「母さん、お腹空いたよ」と言うのを、母親は「悪いけど、コンビニ行って弁当買ってきて食べてちょうだい」と、コンビニ弁当を買わせている・・・これが子どもに対するネグレクトであるとして児相が介入するというのが全国でいくつかありました。しかしこの場合に必要なのは「指導」ではなく治療と育児支援を含めた生活支援、つまり医療および総合支援が必要なのです。

◇抑うつの段階
抑圧の階段の図をごらんください。一番左下は一番軽い時、徐々に波を繰り返しながら右上に悪化していきます。一番軽い時はイライラしやすい。もうちょっと悪化すると「不安感」~頼りなく心細い、独りぼっちのような寂しいような不安感がよぎります。もっと悪化しますと、もっとひどくなって「憂うつ感」~最低・最悪・どん底の疲れ切った嫌な気分で、何を考えても悲しくてつらい状況です。もっと悪化しますと、腰が重くなります。「手が付かない」。でもこの段階でしたら、重い腰を上げて手を付けさえすれば何とか最後まで全うできるのですが、次の段階では最後まで続かない「根気がない」状態です。次いで、「興味、関心が湧かない」になります。さらに、これまで好きだった、楽しかったこともちっとも「面白くない」。本を読むのが好きだった人も本も読めないし、楽しみにしていたテレビ番組もやかましいだけで見る気がしない、つけているだけのような状態です。最後は「生きがいがない」、生きること自体が虚しいというように、波を繰り返しながらどんどん右上に悪化していきます。
スポーツ、ウォーキングなど有酸素運動は確かに治療効果があります。けれど、スポーツや気分転換、気晴らしが有効なのは病気のなり始めの軽い時だけ。この「憂うつ感」~最低・最悪・どん底の疲れ切った嫌な気分、何を考えても悲しいという状態になれば、スポーツや気晴らしではありません。睡眠と休養が必要です。「快眠」は極めて重要で、それは時間ではないし、「声をかけても起きないから寝てるはず」も関係なく、ご本人自身が「眠れた」と実感がもてるかどうかが快眠のめやすです。


「暴力をめぐる誤解」を是正するために
◇「欲求不満やイライラから暴力」の嘘
暴力をめぐる誤解を正してください。「欲求不満やイライラから暴力」というのはまったくのでたらめです。これにはレノア・ウォーカーの「DVのサイクル」「暴力のサイクル」図が与えた誤解が非常に大きな悪影響を及ぼしたと思います。暴力の「爆発期」があって、加害者が罪悪感から過度に優しく振る舞う「ハネムーン期」があって、無理して過度に優しく振る舞っているうちに欲求不満やイライラが募る「緊張期」があって、ある沸騰点に達すると爆発するという図です。これを鵜呑みにするとDVの本質を見誤ります。欲求不満やイライラから誰彼なしに相手に暴力を振るいかねないような人なら、とうの昔に前科持ちになっているはずです。大半の加害者は前科などないし、相手が実母や他人だったら手を挙げないのです。加害者は対象を女房、子どもに限定して暴力を選んでいます。「妻子は自分に従うべき」「自分の要求が家族内で最優先されるのは当然」という特権意識から、何が何でも自分の思い通りに支配する。力による管理支配がDVの本質です。

◇飲酒はDVの原因ではない
アルコール依存症の男性の8割はパートナーに暴力を振るいません。暴力を振るうのはアルコールと関係のない一般の人を対象としたデータも同じく2割です。アルコールは暴力と直接の関係はなく、ツブレッキーによれば、アルコールで暴力が生じやすいと信じ込んでいる人たちが飲酒時に暴力を選んでいます。
◇DV加害者には、精神疾患や人格障害は少ない
DV加害者には精神疾患や人格障害はむしろ少ないです。DV加害者の大半は、他者とは常識的な人間関係が持てます。妻子に対してのみ、威圧的な支配を行うのです。加害者には①管理、支配、所有意識が極めて強い。②他者操作が巧み、③魅惑的。チャーミングで外ヅラが良く、外ヅラと内ヅラが全然違います。④一般的には子どもに対して無関心ですが、いざとなれば子どもを味方にひきつけて、子どもを操ってパートナーを攻撃させるぐらいの魅惑性と他者操作性の能力を十分に持ち合わせています。⑤パートナー及びその家族、友人を軽蔑している。以上5つの特徴がありますが、①管理、支配、所有意識が極めて強くて②他者操作が巧みで③魅惑的と三拍子揃えば、現代社会の権威、権力、名誉、地位のパワーゲームで打ち勝つ能力と重なります。ですから社会的には権威、権力、名誉、地位を手に入れた男性が、実は家庭内では家族を恐怖政治の圧制下に置いているというのは不思議でも何でもありません。そういうケースは多いものです。

◇男性生理をめぐる嘘
男性生理は確かにあります。しかし、「男性は強い性的欲求に駆られると自分自身をコントロールできなくなる」、「男性は女性以上に生理的にセックスを必要とする」というのは、完璧に嘘です。レイプという行動が選択された場合には、性的興奮から自動的な反応でレイプが出現しているのではありません。加害者は力や脅しが利用できる状況をしっかり選びとっているのです。性的に興奮しても、公衆の面前で押し倒すバカはいません。そもそも男性がセクシーな女性に惹きつけられると、実にあっさり自分自身をコントロールできなくなるような惨めな生き物であるという見方は、男性に対する侮辱、侮蔑以外のなにものでもないと思います。男性は女性以上に生理的にセックスを必要とするというのも医学的には完璧なごまかしです。射精できなくて人は死ぬことはありませんが、排尿できないと人は死にます、命にかかわる排尿でさえ時と場所を選ぶほど人は文化的な生き物です。また、射精行為そのものは、必ずしも生身の対象を必要とはしないし、自分で処理できるので、生理的にセックスが必要というのは嘘です。大半の堅気で真っ当な独身男性はそもそもレイプは選ばないし、違法行為である女を買うこともしません。男性は自らをコントロールできます。特に根拠のない嘘が信じ込まれているために、例えばレイプの被害に遭った人がミニスカートはいてたとか、ノーブラだったというので、「そんな格好してるからだ」などと責められたりします。加害者を挑発したとして被害者が責められる二次被害の背景には、男性生理をめぐる嘘が横たわっています。


葛藤につながりやすい誤解の是正のために
◇「虐待の連鎖」への批判
従来の専門知識について私自身は様々な批判を行いますが、最初に批判させてもらったのはこれでした。20年近く前になりますが、中央の学者が地方にやってきては「子どもを虐待する親自身が子ども時代に虐待を受けた人だ」という「虐待の連鎖」ばかりが強調されていました。確かに加害者だけを調べればその多くは子ども時代に虐待を受けています。でもまったく親から殴られたこともない人が凄まじい折檻の加害者となって、子どもを殺してしまうケースもあります。虐待を受けた側については、自分自身が子ども時代に殴られたから自分の子どもに仕返しをするというのは、3分の1から5分の1に過ぎません。大半の人はそういうつらさ、苛酷さを知っているだけに、「ああだけはなるまい」「手だけは挙げまい」と、ましな親を選び取って生きています。

◇子どもをめぐる研究
子どもをめぐる研究で、幼児期の親子関係・母子関係よりも成長期の良き友人、良き教師、良き本との出会いの方が個人にはるかに大きな影響を及ぼしているという指摘があります。子ども時代の重要な支えになった愛情関係が母親との関係であったのは4割以下で、実際には性別も問わず血のつながりの有無も問わないことも分かっています。

◇臨床家アリス・ミラーの指摘
臨床家のアリス・ミラーは、どうして一部は暴力を繰り返し、その他多くの人は暴力を拒否する道を選ぶようになるのか、子どもの選択能力の違いについて、「その違いはたった一つ、誰か一人でもいい。本人の本当の気持ちを理解し、受け止めてくれる誰かがいてくれたかどうかが決定的な違いを生む」と指摘しました。その「誰か一人」がもしも母親であれば、母親にとってこんな幸せなことはありません。でも、そういう母親に恵まれない子どもさんもいます。アリス・ミラーの言う「誰か一人」は、先述した「成長期の良き友人、良き教師」かもしれず、また「性別も問わない、血のつながりの有無も問わない」誰か、近所に住むあかの他人のおじいちゃんであっても不思議ではありません。

◇全ての感情はOK
すべての感情はOKです。こんなふうに怯えてはいけないなどと思う必要はありません。恐怖を覚える時は、自分を守れるように用心深くなります。あまりにも激しい怒りを覚えたことで自分に怯えてしまう人もいます。怒りは心理的回復を最も促進してくれるし、創造性、クリエイティブな能力と密接に結びついています。不安や緊張を覚える時は、周囲に対して注意深くなれますし、退屈という感情でさえも、新しいことを手掛ける時期が来ていることを気づかせてくれます。空虚感、空っぽみたいな時期も、過去の自分と決別して新しい自分を歩み始める前には必ず必要なプロセスです。すべての感情はOKです。

◇自己分析は役に立たない
分析はまったく役に立ちません。過去は確かに私たちに大きな影響を及ぼしますけれども、私たちの現在や未来を縛りはしません。もし今現在の私が過去からの因果関係だけで決定づけられてしまのなら、その過去の私を決定づけるのはもっと遡る過去です。どんどんやっていったら、生まれる時には全部決まってしまうことになります。そんな馬鹿なことはありません。人というのは、現状に満足できない、もっとましなものを求めたいと、現状に満足せずに新しいものを創造できる存在です。誰か一人でもいい、本人の本当の気持ちを理解し、受け止めてくれる誰かがいてくれる人がいてくれるかどうか。その違いによって、ああだけはなるまい、もっとましな人間を生きようという勇気や励ましを与えられ、立ち上がることもできます。どういう人間として自分を解答していくかを選べます。

◇被害をうちあけられたとき
被害を打ち明けられた時はこの4つのメッセージをどうか伝えてください。「正直に打ち明けてくれて良かった」または「正直に打ち明けてくれてありがとう」、「あなたは悪くない」「あなたは一人ぼっちではない」、「力になりたい」。この4つを標準化されたメッセージとして届けていただきたいと全国の皆さんにお願いしています。

ご清聴ありがとうございました。



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患
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