あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-5]Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ

-応用編- 12.暴力のある家庭で育った子ども。発達段階**で見られる傾向

 
 (12) 思春期・青年期の訪れとともに 11.慢性反復的トラウマの種類(児童虐待の分類)と発達の傷害
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。-暴力のある家庭環境で暮らす、育つということ-
-基礎編-
8.虐待の発見。DV家庭における子ども
(1) 子どもが最大の被害者
(2) 子どもは心を傷めている
  ・事例106
(3) 子どもの複雑の思いを理解する
(4) 子どもに表れる影響
 ・事例107-128
(5) 子どものSOS(発信するサイン)を見逃さない
・6つのこ食
 ・「食べてよい」、すなわち「おいしい」
  ・味は必要、危険のシグナル
  ・おいしさは食欲を刺激する
  ・おいしさは生命維持のために備わった快感
・砂糖の過剰摂取(ペットボトル症候群)と低血糖症
・心身の健康にはミネラルが欠かせない
  ・情緒不安や体調不良。見逃しがちな気象変化

9.脳と子どもの発達
(1) 脳の仕組み
(2) 脳の発達(乳児期:0-1歳)
(3) 脳の発達(幼児期早期:1-3歳)
(4) 脳の発達(幼児期後期:3-6歳)
(5) 脳の発達の臨界期(感受期)
(6) 学童期(6-12歳)
(7) 思春期(10-15歳)と青年期(15-22歳)
(8) 男性と女性の脳の違い

10.トラウマと脳
(1) トラウマ(心的外傷)になりうるできごとに直面すると
(2) 単回性トラウマの子どもに見られる行動
(3) 慢性反復的トラウマがひきおこす7つの問題

11.慢性反復的トラウマの種類(児童虐待分類)と発達の障害
(1) ネグレクト(育児放棄)
<ネグレクトによる発達の障害>
(2) 身体的虐待
<身体的虐待による発達の障害>
(3) 心理的(精神的・情緒的)虐待
<精神的虐待による発達の障害>
(4) 性的虐待
<児童期性的虐待の基準(ハーマン著「父-娘 近親姦」抜粋)>
<性的虐待による発達の障害>

-応用編-
12.暴力のある家庭で育った子ども。発達段階で見られる傾向
(1) 乳児期。既に、母親と父親との関係性を理解している
 ・乳児部屋のおばけ
  ・産後うつ
(2) 発達の遅れ
 ・睡眠不足症候群(ISS)
  ・小児慢性疲労症候群(OCFS)
(3) ツラさを体調不良で訴える
 ・子どもの心身症
  ・子どもの気分障害
(4) ファンタジー色の強い子どもの解離
(5) 子どもが“ズル”をする深層心理
(6) 学童期(小学校低学年)にみられる被虐待児童たちの行動特徴
(7) 暴力を受けて育った子どもの脳では、なにがおきているか
(8) 反応性愛着障害(RAD)
(9) 失感情言語症(アレキシサイミア)と高次神経系トラブル
(10) 危機とPTSD
(11) 自己正当化型ADHDとAC
(12) 思春期・青年期の訪れとともに
 ・がまんさせられること、抑圧されることはなにをもたらすか
  ・父母の不和と暴力は、子どもの心の土台になる安心感と愛着を揺さぶる
 ・家族間の信頼関係を損なった子どもたち
  ・親に配慮しなければならない状況は、子どもに緊張を強いている
  ・子どもにとっての緊張とは
・親にとって都合のいい従順な子は、ありのままの私を認めて欲しいと訴える
  ・周りが輝いて見えるとき、人とのかかわりを避ける
  ・子どものために、“しつけ”と銘うった暴力が、子どもを従順な子にさせる
 ・思春期、男の子は14歳が母子間におけるターニングポイントになる
  ・女の子は、自分の命が大切だからこそ、傷つける価値があると思う
(13) 問題行動としての“依存”
  ・事例129-130
(14) 子どもに手をあげる背景。幼児期に抑圧された怒り
  ・事例131-136
(15) 回避的な意味を持つ子どもの「非行」
 ・事例137(事件研究22:広島県16歳少女集団暴行死事件(平成25年6月))
  ・事例138(事件研究23:大阪2児餓死事件(平成20年7月))
(16) 「キレる17歳」、理由なき犯罪世代
 ・事例139(事件研究24:栃木女性教師刺殺事件(平成10年1月))
 ・事例140(事件研究25:豊川主婦刺殺事件(平成12年5月))
  ・事例141(事件研究26:西鉄バスジャック事件(平成12年5月))
 ・事例142(事件研究27:岡山県金属バット母親殺害事件(平成12年6月))
  ・事例143(事件研究28:会津若松母親殺害事件(平成19年5月))
 ・事例144(事件研究29:八戸母子殺害放火事件(平成20年1月))
(17) アタッチメントを損ない、抑圧がもたらした凄惨な殺害事件
  ・事例145(事件研究30:東大浪人生父親殺害事件(平成7年4月))
 ・事例146(事件研究31:光市母子殺害事件(平成11年4月))
  ・事例147(事件研究32:音羽幼女殺害事件(平成11年11月))
 ・事例148(事件研究33:佐世保小6女児同級生殺害事件(平成16年6月))
  ・事例149(事件研究34:宇治学習塾小6女児殺害事件(平成17年12月))
 ・事例150(事件研究35:奈良自宅放火母子3人殺害事件(平成18年6月))
  ・事例151(事件研究36:秋葉原無差別殺傷事件(平成20年6月8日))
 ・事例152(事件研究37:柏市連続通り魔殺傷事件(平成26年3月))
  ・事例153(事件研究38:北海道南幌町母祖母殺害事件(平成26年9月))

13.PTSDとC-PTSD、解離性障害
(1) PTSDになると、どうなるか?
(2) PTSDの主要症状
(3) C-PTSDの主要症状
(4) C-PTSDと不安障害、人格障害
(5) 性暴力被害と解離性障害
  ・事例154-182
 ・皮膚から心地よい安心感をとり組む女性が、性的虐待を受ける残酷さ
  ・「レイプ神話」という間違った考え
  ・セックスをどう捉えるかは、思春期までに受けた親の影響
 ・事例183(事件研究39)
(6) 摂食障害とクレプトマニア(窃盗癖)
 ・事例184-185
(7) 解離性障害とアルコールや薬物依存症
  ・事例186(分析研究15)
  ・アルコール依存とギャンブル依存の相関
 ・事例187-189

14.パラフィリア(性的倒錯・性嗜好障害)
(1) 精神疾患としてのパラフィリア(性嗜好障害)
(2) フェティシズム
  ・事例190(事件研究40:宝塚市窃盗・少女強姦事件(平成25年12月))
(3) 露出症・窃視症
(4) 性的マゾヒズムと性的サディズム
  ・窒息プレイ
 ・事例191(事件研究41:京都連続強盗・強姦事件(平成22年7月-10月))
(5) 性的サディズムを示す刻印という“儀式”
(6) 小児性愛(ペドファリア)
 ・日本のロリコン事情と児童ポルノ
  ・女の子は母親と父親に興味を示し、男女関係、夫婦関係を学ぶ
  ・事例192(事件研究42:奈良小1女児誘拐殺人遺棄事件(平成16年11月))
 ・事例193(事件研究43:倉敷市女児監禁事件(平成26年7月))
(7) パラフィリア(性的倒錯)の夫との性生活
  ・事例194-195
(8) 性的サディズム、露出性愛者の夫による性暴力
 ・事例196(分析研究16)
(9) 性的サディズムと人格障害などが結びついた誘拐監禁・殺傷事件
  ・事例197(事件研究44:新潟少女監禁事件(平成2年11月(発覚:平成12年1月)))
 ・事例198(事件研究45:北海道・東京連続少女監禁事件(平成13年-平成17年))
  ・事例199(事件研究46:東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(昭和63年8月-平成元年7月))
 ・事例200(事件研究47:大分県一家6人殺傷事件(平成12年8月))
  ・事例201(事件研究48:大阪姉妹殺害事件(平成17年11月))
 ・事例202(事件研究49:自殺サイト連続殺人事件(平成17月2月-))
  ・事例203(事件研究50:付属池田小児童殺傷事件(平成13年6月))
 ・事例204(事件研究51:神戸連続児童殺傷事件(平成9年2月))
  ・事例205(事件研究52:佐世保同級生殺害事件(平成26年7月))
 ・事例206(事件研究53:名古屋大生殺害事件(平成27年1月))
(10) 福祉と医療、教育。行為障害、反抗挑戦性障害者のサポート

15.ACという考え方と人格障害(パーソナリティ障害)
(1) ACという考え方
(2) どうして、ACになってしまうのか?
(3) 時に、ACは母親がつくる
 ・事例207
(4) ACと人格障害、そして、ACの破綻
(5) ACのカウンセリング、認知の修正
(6) ACに“共依存”の傾向がみられるとき
(7) 共依存からの回復
(8) 仮面うつ病(非定型うつ病・新型うつ病)
(9) 人格障害と呼ぶ前に..
(10) 人格障害(パーソナリティ障害)とは
(11) 人格障害の治療
(12) 児童虐待やDVといった暴力も依存症のひとつという考え方

第1部の結びとして


乳幼児期は、一定の情緒的絆や役割期待が形成される時期で、自分の愛着対象である母親が父親から暴力をふるわれる恐怖や動揺や混乱、母親を助けられないことへの無力感や罪悪感をもつことになります。
そして、無力感や罪悪感をもつ中で、学童期では、自尊心が低くなり、悲しみ、憂うつ、無力感を持ちやすく、慢性反復的なトラウマ体験は、自虐性が表面化しやすくなります。
なぜなら、環境に適応できる年齢までは、防衛本能が働いていますが、とり繕い続けてきた自分(わたしそのもの)というものが、自己と他者(親)の境界線がはっきりしてきて、アイデンティティ(自己同一性)が確立され、ブローカー野がほぼ確立され、親密関係が発達する9歳、つまり、思春期に入る前の8-9歳辺りからとり繕えなくなってくるからです。
さまざまな精神的なストレスの影響が表面化してくることになるのです。
思春期(10-15歳)には、被害念慮(自分だけが愛されていないという考え)が強くなります。
その結果、非行(とくに性的逸脱行動)、家庭内暴力、学校不適応(学習困難)、物質使用(とくにアルコールや喫煙)という問題行動が現われます。
また、脳神経系の「依存の神経回路」が乱れることから些細なきっかけで激怒やパニックが生じて大暴れしたりします。
トラウマ記憶のフラッシュバックと表裏一体で、思春期にPTSDと解離症状が明確になってきます。
青年期には、解離性障害や行為障害(成人後、反社会性人格障害)へ展開していきます。
** 「発達心理学」は、以前は、子どもが大人になるまでの過程が発達であると考えられていましたが、現在では、老年期までも含め、人は生涯を通して変化・成長を続けるものと捉えられるようになったことから、発達心理学の研究対象も加齢による人の一生涯の変化過程となっています。研究領域は、各発達段階での心的、社会的、身体的な発達とそのための条件、また、発達を阻害する要因や発達障害などが含まれます。
(エリク・H・エリクソンによる発達段階)
年齢    時期      導かれる要素 心理的課題        主な関係性       存在しうる質問
0–2歳   乳児期    希望       基本的信頼-不信     母親           世界を信じることはできるか?
2–4歳   幼児前期   意思       自律性-恥、疑惑     両親           私は私でよいのか?
4-5歳   幼児後期   目的       積極性-罪悪感       家族           動き、移動し、行為を行ってよいか?
5–12歳  児童期    有能感      勤勉性-劣等感      地域、学校       人々とものの存在する世界で自己成就できるか?
13–19歳 青年期    忠誠心      同一性-同一性の拡散  仲間、ロールモデル 私は誰か? 誰でいられるか?
20–39歳 初期成年期 愛         親密性-孤独        友だち、パートナー  愛することが出来るか?
40–64歳 成年期     世話       生殖-自己吸収      家族、同僚       私は自分の人生をあてにできるか?
65歳 -   成熟期    賢さ      自己統合-絶望      人類          私は私でいてよかったか?

 発達障害の中の「注意欠陥多動性障害(ADHD)」は、最近のイギリスとブラジルの研究チームにより、子どものときにADHDと診断されずに、若年成人になってはじめてADHDと診断されるケースも少なくなく(遅発型ADHD)、小児型ADHDに比べて遺伝的要因の可能性が低いこと、発症率が男女でほぼ等しいことがわかってきました。
 小児型ADHDと遅発型ADHDは“発症経路が異なる”もので、遅発型ADHDでは、重度の症状、機能障害や他の精神疾患を示していると報告されています。つまり、遅発型ADHDは、注意欠如、活動過剰、衝動的行動などの症状が、子どもでみられるよりも重くなることが多く、不安神経症やうつ病、マリフアナやアルコールの依存症などの罹患率が高くなり、そして、交通事故や犯罪行動などの増加を伴う傾向がみられるとされています。

 

(1) 乳児期。既に、母親と父親の関係性を理解している
① 乳児は人間関係にアンテナを張って生きている
ダニエル・スターンは「乳児は、誕生直後から主体的に人間関係にアンテナをはる生き物である」といい、乳幼児精神保健学では定説になっているものです。生きるということは秒単位であって、乳児においてはだいたい10秒以内とされています。
つまり、乳児は10秒以内に人間関係を見抜き、心を閉ざしたり、開いたり、あるいは近寄っていったり、回避したりするといわれています。
こうしたやり取りは、胎児期からはじまります。
胎内の胎児が蹴飛ばしたときに、羊水は蹴飛ばした分だけ返します。ぽーんと蹴ったら、ぽーんと返すこの繰り返しで、胎児はやりとりをはじめていきます。
ところが、母親に対してDVがおこなわれていると、胎内にいる胎児の体重は増えないことがあります。
臨床現場からは、『胎児の体重が300、400で止まって、よくわからないけどとにかく入院させてみた。入院したとたんに胎児の体重が増え、「あれっ、なんの間違いだろう」と思い、家に帰すと、1週間2週間たって体重が増えない。もう1回入院させた。するとすぐに上がることがある』といった報告があります。
こうした状況を把握したとき、母親が、直ぐに「暴力を受けている」とうちあけることはありません。
なぜなら、母親は、少なからずお腹の中の胎児に対して、DVによる害(影響)があると罪悪感を抱えていたり、暴力を受けていることを恥と感じ、決して知られてはならない秘密と思っていたりしているからです。
出産後、父親が子ども見たさに病院にきたとき、「父親の足音だけで、その乳児はギャーッと泣きだす」ということがあります。
それは、乳児が母親の胎内から、父親の怒鳴り声や足音を聞いていた可能性を示すものです。
生まれたばかりの乳児は、既に父親は怖いものとして刻印しているのです。
乳児は、胎児のときから母親(の胎内)を介して、対人関係の中にとり込まれて生まれてきます。
父親と母親がいがみあっていたり、父親が母親を怒鳴りつけ、罵っていたりするとき、胎児にとってどちらが正しいかということよりも、2人の関係性が心地の悪い雑音であり、恐怖でしかないと感じています。

② ことばをえる前の身体的感覚的記憶がこころの芯をつくっていく
乳児をDVにさらすことは、その子どもの脳の発達にとって有害になります。なぜなら、早期の自己感、早期の身体感覚的な記憶がすべて、その子どもの心の芯をつくっていくからです。
生後2-3ヶ月までは、乳児は「新生自己感」という“むきだしのまま”の冷たさとか、光とか、音を浴びています。
3ヶ月くらいになると、首がすわります。首がすわり、手も動かせるようになってくると、自分が不快になったときには、動いたり、指をちゅっちゅっと吸ったりします。
この時期の自己感を「中核的自己感」といいます。
自分で自分の不快をとり除き、自分の体を使って不快を調節するといった二重構造で生きていくことができます。
そして、7-9ヶ月くらいになると、乳児は指さしたり、母親の方をふり返ったりして、母親の不安と安心を識別できるようになります。
7-9ヶ月くらいの乳児は、見知らぬ人が入ってくると、自分の中核的自己感の身体を使い、母親をふり返り、信頼する母親がにっこり笑っていれば大丈夫だ*-23という「主観的自己観」をきちんとコントロールしていきます。
三層構造、つまり、新生自己感、中核自己感、主観的自己感という3つの自己感により、自分の中で調和して生きていきます。
この瞬間、瞬間の身体感覚記憶のすべてがその子の心の芯をつくっていくのです。
したがって、この時期に心の芯がもの凄く緊張していたり、怯えたり、不安に満ちていたりしていると、その後、成長したときに、いくら表面的にはうまく機能しているように見えても心の芯は冷たい、外は温厚そうに見えるけれども心の芯が冷たい人格がつくられていくことになります。
*-23 スターンやトレバーセンは、「子どもの間主観性は、胎児のころから持っていて、鋭く人間関係を見ている」とし、「夫婦(父と母)の葛藤も嫁姑の確執なども、乳児は見抜いている」としています。
間主観性とは、相手の心の奥の意図が善か悪か、心地いいのか不快なのか、そういうものを見抜く力のことで、イタリアの研究者リゾラッティなどによって「鏡細胞」とも呼ばれています。

③ 危ない・汚い・うるさいができないと子どもは育たず、成熟した大人になれない
子どもには、脳の発達につれてキレやすい時期があります。特に胎児期・乳幼児期、それから思春期は、脳のサイズや神経細胞の連絡も爆発的に発達します。こうした爆発的に脳が発達する時期は、しきりと探索行動をおこないます。
そして、危ないことも、汚いことも、うるさいこともします。
人の優秀さは、外見の美しさやおとなしさではなくて、危ない、汚い、うるさいというもの中にあるといわれています。ローマ字と結びつけると、危ないの「A」、汚いの「K」、うるさいの「U」、これを並べると「AKU(アク)」になります。
子どもから“このアク”を奪ってしまうと、子どもの脳の発達が抑圧されてしまうということがわかっています。
「アク」は、無邪気な子ども、子どもらしさです。
しかし、暴力のある家庭状況では「アク」が消えて、おとなしくなります。
なぜなら、無邪気な子どもでいることを許されないからです。
無邪気な子どもでいることが許されない、つまり、抑圧されて育つ(緊張して、がまんする)ことが、子どもを、将来心の病気を罹患させるハイリスク者としてしまうのです。
そのため、暴力で傷ついた幼児のケアは、危ない汚いうるさい「アク」をもう一度やり直す、無邪気な子どものやり直しからはじめることになります。

④ 原初的な早期の母子関係における幸せな安心感の重要性
乳児は関係性の中で生きています。乳児がお母さんをじっと見つめるときに、乳児は2つのものを見ています。
小児科医ウィニコットは、「乳児は、一人の自分に向かって真心を向けている母の目を見て、同時に、その母の瞳の中に映っている自分を見る」と有名なことばを残しています。
原初的な早期の人生での母子関係に、人格の、芯の幸せな安定感があって、そこにカイロスがあります。
つまり、見つめ合う関係の中に、人間像の自己像があるわけです。
カイロスとは、「いま、ここで」という主観を中心とするものです。
また、ビジネスの論理で仕切られる世界をクロノスといいます。
「いま、ここで」という概念は、最先端の乳幼児精神保健学や精神分析学、つまり、深層心理や人々の行動の奥にある動機(モチベーション)、無意識の世界にもつながるものとされています。
そして、「いま、ここで」という主観を中心とする子どもの心が深く傷つくと、脳機能に問題が生じていきます。
セルマ・フライバーグは、子どものときに安定感が形成されずに育った母親に、いわゆる「乳児部屋のおばけ」という現象がおこると指摘しています。

(乳児部屋のおばけ)
子どものころの心の傷の表面化を誘発すると、非常にごちゃごちゃした雑音の黒いかたまりが殻を破って溢れでてきます。
セルマ・フライバーグは、シカゴのスラム街で子どもに手をあげる母親たちに、「いま、ここで、あなたの心になにが浮かんだの?」と訊くと、へなへなと崩れ落ちて泣きだして、「お母さんをお父さんが殴っていた。お母さんが傷つくのを見ていた。私は救えなかった。」といったことばがでてきたことを受けて、幼かったときの自分の存在(インナーチャイルド)が、お母さんの心の中に封印されていたことを指摘しました。
とくに、母親が幸せでない場合にこのようなことがおこりやすく、これが「乳児部屋のおばけ」と呼ばれるものです。
母親が乳児と接しているとき、ほんのちょっとしたことがきっかけになり、過去のつらいことが芋づる式に溢れでてくることがあります。
その感情が母親の心を埋め尽くしてしまい、思わぬふるまいを招いてしまうことが少なくないというものです。
セルマ・フライバーグの弟子のアリシア・リバーマンは、「乳児部屋のおばけ」をさらに進め、『そのように覚えていた。このお母さんの身体の中に入っていた。そして、ほんのちょっとした声かけに対して、これだけ応えられる。そこに、「乳児部屋の天使」がいる」、「だから、トラウマとトラウマを救っていく力がすべての人にある。その力によって人は逆境を生き延びている。』と述べています。

(産後うつ)
子どもを出産したあと、ホルモンのバランスの急激な変化や育児への不安、社会的孤立など多様な要因から発症するうつ病の一種です。出産後半年までに発症するとされ、出産した女性の10人に1人がなるといわれ、出産から数ヶ月の間に、気分が落ち込み、不眠、食欲不振などの身体症状が表れます。
これは、うつ病発症率の3-7%と比べて幾分高くなっています。
問題は、第1に、子どもへの虐待や育児放棄、女性本人の自殺などにつながる怖れがあることで、児童虐待後の死亡例では、親の産後うつが原因と考えられる例が4.4%に及び、第2に、産後うつの発症リスクは、妊娠中のことばの暴力(精神的な暴力)被害は約5倍、身体的な暴力被害は約7倍に高まるという報告(東京医科歯科大学の調査結果)がされていることです。
「Ⅳ-27-(7)ストレスの程度は、科学的診断で明らかに」の中で、『東京都では、「配偶者暴力防止法」に準じて緊急一時保護施設(母子棟など)に入居することになった被害者に強い不安感や恐怖心が見られるときには、東京女子医科大などのPTSDの専門医が施設を訪問したときにスクリーニングの目安としてと「改訂出来事インパクト尺度」を使用し、PTSDの疑いのある被害者を拾いだし、医療(治療)につなげているものです。』と説明していますが、乳児を伴っている被害女性の産後うつスクリーニングとして、「エジンバラ産後うつ病、質問票(EPDS)」が使われています。
この質問票は、設問に対し過去7日間で感じたことがあるかを「肯定-否定」を4段階でチェックするものです。
その設問は、「物事がうまくいかないとき、自分を不必要に責めた」、「はっきりした理由もないのに不安になったり、心配したりした」、「はっきりした理由もないのに恐怖に襲われた」、「不幸せな気分なので、眠りにくかった」、「悲しくなったり、惨めになったりした」、「不幸せな気分だったので、泣いていた」、「自分自身を傷つけるという考えが浮かんできた」など、不安や恐怖、不眠、高い自己否定感、リストカットなどの自傷といった現在の環境だけでなく、過去の養育歴(その後の配偶者との生活環境を含む)、つまり、暴力のある家庭環境で育っていることを起因とする症状を見分ける項目が多く含まれています。
こうした項目で明らかになるのは、妊産婦が過去の虐待体験によるトラウマを抱えていたり、DV被害を受けていたりすることです。
DV被害のリスクが疑われる妊産婦は、14%以上とされています。
この数字を、平成28年に生まれた日本人の子ども98.1万人にあてはめると、およそ13.7万人の妊産婦に、DV被害のリスクがあることになります。
 そして、重要なことは、10歳代の妊産婦のDV被害が際立って高くなっていることです。
なぜなら、10歳代の妊産婦のDV被害には、交際相手によるデートDVを受け、妊娠したことにより結婚に至っていることが少なくなく、「望まない妊娠をした」といった思いや暴力のある環境で妊娠をしたストレスが、「産後うつ」を発症する引き金になり、乳幼児に対する虐待につながることがあるからです。
また、妊娠中のDV被害は、母体の被害だけでなく、早産や胎児仮死、児の出産時低体重をひきおこし、セロトニン・ドーパミンなどの神経伝達物質の分泌に影響を及ぼすなど初期の脳形成に重大な影響を及ぼします。
暴力は、身体的なダメージを与えるだけではなく、他者や自分自身に対する信頼感を粉々に打ち砕いてしまうほど心に深い傷を残します。
とりわけ、児童虐待やDVなど、家庭という密室での暴力は、親密な関係性の中でおきるがゆえに複雑で深刻なダメージを女性や子どもたちに与えるものです。
「妊娠期を含め、被害親子の精神健康は相互に影響している」という視点に立ち、両者のケアがリンクすることが重要なテーマであり、被害親子のケアにあたっては、安全な居場所の確保が最優先事項です。

⑤ 乳児の間主観性-良質な関係のもとでこころを開き発達する-
間主観性のやりとりは、トレバーセンなどが研究を進めています。そして、リン・マレーが、1999年12月19日14時7分55秒におぎゃあと生まれた男の子をビデオに収めた研究資料があります。
男の子は生まれてすぐに母親の胸のうえにのせられて、母親と対面します。母親の匂いも声も知っています。
そこに、父親が「おおなんと、かわいい、かわいい、かわいい。」というふうに指をだすと、男の子は「止めてくれっ!」という顔をします。
父親は傷つき、指を引っ込めると、今度はホッとしたという感じで母親を見ます。
ビデオでは、こうした状況が写されています。
個人主義が破綻してきている欧米では、近年、家族づくりに力を入れてきています。
父親をお産に参加させ、父親に乳児をわたします。すると、男の子は「こんにちはお父さん」というふうにして、まだ、生まれてから15分も経っていないときに、じっと父親を見ます。
このとき、一方の父親を観察していると、まるで井戸の中に大きな石を放り投げられたように記憶に残っていない過去の身体記憶が、心の井戸の底からうわーっと浮かんでくることがあります。
「くさい」とか、「あっち行け」とかいう父親がいるのです。
そのため、分娩室では、父親が乳児を抱く瞬間、乳児ではなくて、父親の無意識の身体記憶がどのようにでてくるだろうかと、父親を観察することが重要になります。
ビデオでは、父親は「ベロベロバー」をしました。
すると、乳児はなんと真似をして、「ベロベロバー」と舌をだしたのです。
これは世紀の大発見といわれています。
なぜなら、「ベロベロバー。ベロベロバー」というリズムとメロディのある声や動きがあると、乳児はその奥に善意の意図があり、大好きだという主張があると読みとっていたからです。
こうした研究によって、乳児が対人関係の中で、聞いたり、触れたり、見たりしているリズムとメロディの質を見抜き、それがおもしろければ、声を、心を開いてどんどん吸収していきます。
一方、それが悪ければ、焼きつき、拒否し、回避して逃げながら、すごく防衛的になり、以降、発達を弱めてしまうことが明らかになっていきます。

⑥ 子どもの健康な発達を保障するには、母親の安心・安定を守る
安心している母親が安心して「ふん」というと、乳児が「ふん」、それに対してお母さんが「ふふ、ふ~ん」、乳児が「ふふふ~ん」というふうに、2人が二重奏を奏でるようなやりとりをします。
ところが、母親が「この子は未熟児ですか?」と不安な気持ちを口にしていると、乳児はシーンとしたり、泣いたりします。
子育てでは、母親の安心感を、周囲がどのように守るのかがとても大切なのです。
仮に出生直後は非常に順調にいったとしても、子どもは約18ヶ月、1歳半前後に「再接近期」という時期に入ります。
この時期は、子どもが自分自身の主体性が発揮されると同時に、自分の感じるものを表現するようになります。
自分の陣地をつくり、自分が生きていけるというテリトリーを確認しようとするために、かなりわんぱくになったり、わがままになったり、癇癪をおこしたり、一方で、親にしがみついたりします。
この時期に、母親が不安定だと、子どもはこの時期を通過することができず、心の奥の人格の芯において永遠にキレやすくなります。
ものすごく成績が優秀であっても、エネルギーが溢れていても、それをうまく制御できない人格になっていく可能性が高くなるのです。
胎児期、幼児期、思春期の三段階では、子ども自身が安心して怒ったり、嫌ったり表現できたりすることが大切です。
その前提は、父母が安定した関係にあることです。
もし、父母が安定した関係にないとき、子どものために、父母に換わって安定した大人と子どもの関係をつくって、子どもを守るという社会システムが必要になります。

⑦ 子ども期の困難、発達的トラウマ障害、世代間連鎖
頭囲曲線は、頭が大きくなる乳幼児期と、それから思春期に特色があります。胎児期も頭囲が急激に大きくなる時期です。
これらをすべてカバーして、「危ない・汚い・うるさい」という子ども自身の探索行動を子どもに保証することができないと、次の世代の大人になるために成熟できない、成熟した人間に育っていけないということをよく理解する必要があります。
子どもの心の多重性で目に見える行動の奥には、生まれつきの形質と後天的な環境によるものとがあります。
最近では、発達障害は、生まれつきの遺伝的な特質に加え、胎生期から生後1年目までの脳の形成異常による障害の発症が問題にされています。
さらに、暴力ある家庭環境、家族機能の不全、過剰な習いごとの押しつけなどが、子どもに加重なストレスを与え、苦しめているとき、発達障害とは異なる「発達的トラウマ障害」という“後天的な発達障害”がおきることがわかっています。
自分に合わない環境に置かれた子どもたち、苦痛をがまんしながら生きる子どもたちは、脳の発達に影響を受けることになります。
つまり、脳の発達も、心の発達も、「エピジェネシス」としての“生育環境”がその子の資質のスイッチを入れるのです。
エピジェネシスとは、細胞分裂を通して娘細胞に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、DNA塩基配列の変化(突然変異)とは独立した機構のことです。
こうした制御は、化学的に安定した修飾である一方、「Ⅱ-8-(5)子どものSOS(発信するサイン)を見逃さない」でとりあげている「白砂糖の過剰摂取と低血糖症(ペットボトル症候群)」、「情緒不安や体調不良。見逃しがちな気象変化」、「Ⅰ-5-(5)-③農薬、除草剤の散布、ダイオキシンやPCBによる神経障害によるもの」などで説明しているように、食事、大気汚染、喫煙*24-、酸化ストレスへの暴露などの環境要因によって動的に変化します。
つまり、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構ということになります。
幼児期の有害体験は、結果として、子ども自身の生涯だけでなく、その次の世代の生涯に、執拗な悪影響を刻み込んでしまうことになります。
*-24 フランス国立保健医学研究所(National Institute of Health and Medical Research、INSERM)が主導した小学生役5200人を対象におこなった調査結果を、「妊娠中に喫煙していた母親の子どもや、喫煙者がいる家に生まれた子どもは、行動障害を発症する確率がほぼ2倍になる。」、「妊娠中や出生後にたばこの煙にさらされることで、平均年齢約10歳の小学生での行動障害の発症リスクが実質的に倍増する。」、「胎内や生後の早い段階でニコチンにさらされた子どもは、不安に陥りがちになるなどの気分障害を発症するリスクが高くなる。」、「受動喫煙と、攻撃、反抗、うそや不正行為などのさまざまな問題行動との関連性が明らかになった。」と、米科学誌「プロスワン(PLoS ONE)」に研究論文を載せています。
調査は、子どもの行動に関する評価や、1歳の誕生日までにたばこの煙にさらされたかどうかについてを問う質問票への養育者の記入にもとづいています。
「発達段階にある、特に生後数か月間の脳にニコチンが及ぼす毒性作用が原因である可能性がある。」、「出生前後にたばこの煙にさらされた子どもの18%が行動障害を示したのに対し、非喫煙の家庭の子どもは9.7%だった。」としています。



(2) 発達の遅れ
① ことばの問題

子どもの心身の発達には、スタンダード(標準)というものがあります。
例えば、生後3ヶ月ぐらい経つと、あやすと笑うようになるといったものです。
しかし、DV環境(面前DV)があったり、ネグレクト(育児放棄)されていたり、叩かれたり(身体的虐待)、大声で暴言を吐かれたり(ことばの暴力(精神的虐待))している乳児は、ほとんど笑わなかったりします。
6ヶ月くらいになると、泣いたり、騒いだりするようになりますが、DV環境にあるとまったく泣かないとか、逆に、泣きっぱなしだったりする乳児が見られるようになります。
2歳になると、二語文ということばが発達してきます。
しかし、2歳になってもしゃべらない子どもの多くは、発達障害ではなく、虐待やDV環境にある子どもたちで、発達性トラウマ症候群*-25を抱えていることがわかってきています。
こういった子どもの多くは、いっていることはよく理解できます。
発達検査をすると、ことばの発語だけが落ちていて、その他はかなり高いレベルだったりします。虐待やDV環境にある子どもでは、ことばだけが遅く、身辺整理としての「自分で脱ぎ着ができる」、「ごはんを食べられる」といった、いわゆるしつけの部分はよくできていたりします。
また、口形模倣として、声はだせないけれど口の形を模倣したりします。
3歳になっても、しゃべらない子どももいます。
単語しかしゃべらない、ひとりごとをいっている、または壁に向かってしゃべる子どももいます。
こうした状態の子どもたちは、「コミュニケーションはとれている」と捉えることで、コミュニケーション障害としての発達障害ではないと考えることができます。
したがって、機能的にはなにも問題がないのに、1歳半を過ぎても歩けない幼児がいるときには、家庭でなにか問題がおきている可能性を考える必要がでてきます。
*-25 虐待・面前DVによって生じる行動面や精神面の特徴は、「発達性トラウマ症候群」としてまとめられ、行動面として、異常な警戒心、過食、排便・排尿障害、異常に素直、頑張り過ぎ、多動、過度の乱暴、虚言、詐欺的行動、性的逸脱行動などがあげられています。
精神面では、さまざまな発達の遅れ、抑うつ・無表情・かん黙、学業不振(集中力の欠如)や宿題忘れや学習用具の忘れ、パニック、チック(瞬き、顔をしかめるなど)、見捨てられ体験による被害念慮などがあげられています。


② 体重身長の問題
虐待を受けている子どもは、かなり小さかったり、身長がずっと伸びなかったりします。逆に、正反対で大きすぎることもあります。
事例225でとりあげている3歳の男児のように、食欲をコントロールできないといった機能障害だけでなく、2-3歳児が、朝昼晩と快楽刺激ホルモンをとなるチョコレートを食べ、現実逃避を促す白砂糖いっぱいの炭酸飲料水を飲み、体内のカルシウムを奪ってしまう「リン酸塩(食品添加物)」が使われ、しかも高カロリーのスナック菓子やアイスクリーム、ハンバーガーばかりを食べている子どもたちにみられる傾向です。
これは、肥満の問題だけでなく、ツラいできごとに脳が強いストレスを感じているときに、親のネグレクトともいえる食習慣として、チョコレートや炭酸飲料水を与えてしまっているのです。
脳がストレスを感じると薬品分類の白砂糖を求める習慣(依存する)を、幼児期につくってしまうことを意味しています。

③ 情緒の問題
情緒の発達は「快・不快・興奮」からはじまり、生後6ヶ月ぐらいから徐々に「怒り」、「嫌悪」、「怖れ」などの情緒が分化し、さらに、「愛情」、「得意」、「喜び」、「嫉妬」などが生じてきます。
しかし、5歳になっても、「快・不快・興奮」しかない子どもがいます。
なぜなら、愛情愛着がえられていない(愛着が損なわれている)からです。
暴力のある環境で育っていると、情緒の発達段階が損なわれることが少なくないのです。
暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損ない、交際相手や配偶者から再び暴力を受けることになったDV被害者の多くが、「嫌悪」と「怖れ」を分化できずにいる場面に遭遇します。
身体的な暴行被害なく、長期間にわたりことばの暴力(精神的暴力)被害を受けてきた被害者が、「夫が不機嫌になるのが怖い。見つけだされたら、なにをされるかわからない」と強烈な不安感と恐怖心を訴えるのです。
不機嫌になるという嫌悪感情と怖いという怖れ感情が結びついたままで、しかも、なにをされるかわからないという恐怖心は、過去のトラウマ体験、つまり、親から身体的虐待(体罰)を受けていた恐怖心を、いまの記憶と分化できず結びつけてしまっているものです。
情緒の発達が損なわれていると、こうした感情を混同させ、しかも、過去と現在をも混同させたいい方で表現することになります。
では、小学校高学年や中学生に成長した子どもの情緒の発達が、どの段階に達しているかをどのように見極めることができるか、少し説明しておきたいと思います。
あらかじめ紙に6つの顔の輪郭を書いておき、その傍らに「幸福」、「驚き」、「怖れ」、「哀しみ」、「怒り」、「嫌悪」といった以下のような感情表現のことばを書いておきます。
・幸福感..喜ぶ、得意になる、嬉しい、安心する、心地いい
・驚き..驚く、焦る、慌てる、たじろぐ、呆れる
・怖れ..怖い、不安、危険、焦燥
・哀しみ..絶望、孤独、寂しい、嘆く、落胆、不幸
・怒り..苛立つ、怒る、反感、叱る
・嫌悪..不機嫌、不満、無関心、恥ずかしい、憎む、不快、敵意
そして、「この○○って、どんな表情かな」となげかけ、その表情を描いてもらいます。
もし、子どもが、「これは描けない」、「6個も描けない」と口にするときには、暴力のある環境に暮らしている可能性が髙くなります。
ひどい暴力のある家庭で育ってきた子どもは、目を吊りあげた顔しか描けなかったりします。
発達障害の場合、どの面のスタンダード(標準)もほぼ均等に下回っていて、どこかが突出してバランスが悪いということはほとんどありません。
しかし、そのバランスが崩れているときは、支配のための暴力によって、抑圧されている環境にある可能性がでてきます。
子どもに発達障害のような傾向が認められるときにも、暴力のある環境で育っているかいないかで見方が変わるということです。
虐待を受け、児童養護施設に保護された児童の多くに、反応性愛着障害、情緒障害だけでなく、ADHD(注意欠陥多動性障害)*-26 やLD(学習障害)、軽い知的障害がみられることはよく知られていることです。
ADHDなどの発達障害を発症させるひとつの要因が、神経伝達物質をバランスよく分配できなくなることといわれています。
その神経伝達物質をバランスよく分配できなくなる要因のひとつが、乳幼児期の睡眠障害としてみられる「日々繰り返される暴力などの大きな物音に神経が研ぎ澄まされ、神経が高ぶり(中途覚醒)、しばしば目が覚めてしまい睡眠が分断され(断眠:睡眠のコマ切れ状態)、睡眠欠乏になる」ことです。
*-26 「落ち着きがない」「待てない」などを特徴とするADHDの子どもは、「がまんを強いられる課題」にとり組んだとき脳の前頭前野がうまく働かないと考えられています。
うつ病の診断として保険適用がはじまった「光トポグラフィー検査」において、ADHDと診断された子ども30人とそうでない子ども30人(いずれも平均年齢8歳)に対して、指定された画像が現れたときだけスイッチを押すゲームをしてもらい脳の血流におきる変化を測定し、その結果を比較すると、ADHDではない子どもの脳は、ゲームをすると右側の前頭前野(6と10の部分)の血流が増えるのに対し、ADHDの子ではほとんど変化がなかったという研究報告がありました。
ADHDは行動観察による診断しかなく、症状の見極めに時間がかかり、しかも、判断が難しいとされてきましたが、「光トポグラフィー診断」の活用が期待できるようになってきました。


(睡眠不足症候群(ISS))
睡眠時間の絶対的な不足、つまり、「睡眠欠乏」が起因となるのが「睡眠不足症候群(ISS)」です。
乳幼児期の睡眠障害にもみられる「しばしば目が覚めてしまい睡眠が分断される:断眠(眠りのコマ切れ状態)」状態も睡眠欠乏と同様の様相を現すと考えられています。
暴力のある家庭(機能不全家庭)で育つ子どもたちもまた、夜間睡眠時の中途覚醒や断眠機会が多く、この状態になりやすいと考える必要があります。
他に、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)の他に、アレルギー性鼻炎・アトピー・喘息をもつ子どもたちは、親の夜型生活習慣に影響を受けやすく、暴力のある家庭で暮らすことによる過度のストレスが症状を悪化させることになり、睡眠障害を抱えさせることになります。
「睡眠不足症候群」は、20年ほど前から新しい睡眠障害として注目されるようになってきました。
それは、本を読んでいたり、テレビを見ていたり、ゲームをしていたり、携帯で友人と話していたり、インターネットしていたりするなど、さまざまな日常生活における行動によって遅くまでおきている人々が慢性的な睡眠欠乏状態となりものです。
慢性的な睡眠欠乏状態は、「日中の眠気が強い」、「集中力が低下してきた」、「友人間などのコミュニケーションがうまくいかなくなる(イライラ感や集中力低下により)」、「作業能率が落ちる(勉強が手につかない)」、「自律神経機能にも障害が出現し、頭痛・腹痛をはじめとした不定愁訴が出現する」、「交通事故に遭いやすくなる」など、“ボンヤリしてしまう”ために問題を生じさせます。
これらの問題は、若い世代にも浸透し、日本の子どもたちの睡眠時間は世界一短くなっています。
乳幼児期からの夜型生活習慣が身についてしまうと、早い時期から社会生活に影響が現れ、保育園・幼稚園における登園拒否と呼ばれるような問題が現れることになります。
心身の活動開始準備が朝には整わず、時間がズレて遅れてしまうために、登園時間には体調が整わず、心身の混乱状態のまま朝を迎えるため「行き渋り」が現れ、実際に登園できなくなってしまいます。
乳幼児期には「早寝早おき型生活習慣」を身につけていても、小学3-4年生ころから夜型生活への移行が明確になります。
特に、中学受験を控えた高学年生や、ゲーム、マンガ、テレビ、携帯電話、インターネットなどのグローバル化した夜型生活習慣を身につけた子どもたちには、入眠時間のシフトがおこります。
日本では、夜中の0時を過ぎて入眠する子どもたちが、3歳:20%、14歳:60-70%にも及びます。
朝おき時間が遅くならない限り、当然睡眠欠乏状態が慢性化してしまうことになります。
そして、着目しなければならないことは、「睡眠不足症候群」という症状が単に不登校の問題に留まらず、「発達障害の発症のひとつが、睡眠不足や睡眠の質の悪いことが要因となっている」ということです。
睡眠の役割は、ⅰ)日中使った神経伝達物質を元にシナプス小胞に返還することによって、神経伝達物質の補充と再利用する、ⅱ)活動時に神経突起で働くミトコンドリア(エネルギー(ATP)をつくる役割を果たす)が細胞内に戻り、複製を行って数を増やす(休養する)、ⅲ)脳が統合的に機能できるように、脳幹調節機構とその他の部位で、神経伝達物質をバランスよく再分配することができることです。
つまり、睡眠によって、日中に生じた生体内のアンバランスを、本来のバランスへと整えることができるというわけです。
ところが、暴力など親の不適切なかかわり方などによって偏った脳の働きが続き、しかも、日々繰り返される暴力などの大きな物音に神経が研ぎ澄まされ、神経が高ぶり、睡眠が分断され、睡眠欠乏になることによって、神経伝達物質をバランスよく分配できなくなります。
このことが、発達障害を発症させるひとつの要因になっています。
一方で、睡眠の時間を本来のものに修正することで、発達指数(DQ)が改善することもわかっています。
常態化している親の夜型生活習慣を改善したり、そして、大声で怒鳴り散らし、大声で罵倒したり、殴られ悲鳴をあげたり、物が壁に投げつけられたり、割れたり、ドアがバタンと大きな音で閉められたり、そうした暴力に伴う大きな物音によって睡眠が分断されることがない生活環境を与えることによって、発達指数を改善でき、発達障害の発症を防ぐことにつながるとされています。
睡眠不足が慢性化すると「睡眠不足症候群」をもたらし、さらに重症化すると、逆に「過眠型睡眠障害」となり日常生活が壊されてしまい、学校どころではなくなって不登校状態に至ります。
不登校は、「こころの問題」などと簡単に片づけられない中枢神経の疲労状態が関係しているといわれています。
睡眠時間が長くなっているとき、睡眠時間が短いことや、睡眠中にしばしば目を覚ますこと(断眠)などと同様に大きな問題が潜んでいることを示唆するものなのです。
そこで、明らかに生活リズムが問題だと周囲の人たちが心配しても、本人は睡眠障害*-27にまったく気がついていないことが多いので、以下のような問題があれば睡眠障害を考えてみる必要がでてきます。
・夜間睡眠中に何度も目を覚ます(乳幼児を含めて)
・強く鼾をかく
・日中不機嫌でイライラしている
・よく泣く
・保育園や幼稚園に行きたがらない
・頭痛や腹痛が多い
・一日中眠気を訴える
・朝おきて学校に行くまでにぐずぐずと時間がかかる(行き渋り)
・土曜・日曜日・休日はお昼まで寝ている
・成績や部活の伸びが止まってしまった、あるいは急激に伸びた(頑張っている)
・朝おきることができず、学校に行けなくなった(多くは過眠型睡眠障害に含まれる)
*-27 夜中にふと目を覚ましたとき、「身体が動かない!」状態になったりするのが、いわゆる「金縛り」ですが、「睡眠まひ」と呼ばれる一種の睡眠障害で、決してお化けや魔物のせいではありません。
 金縛りは、レムとノンレムの睡眠のリズムが大きく関係していて、眠りのリズムの乱れが原因です。睡眠中は、ノンレム睡眠という「深い眠り」と、レム睡眠という「浅い眠り」を交互に繰り返します。レム睡眠中は、いわば「脳はおきているのに体は寝ている」状態ですが、そのとき、なにかのきっかけで意識にスイッチが入り、ある程度、脳が覚醒することがあります。
ところが、体の筋肉は休んでいるので、たとえ脳から「体を動かせ!」という指令がでても動かすことはできないのです。
一方で、脳は目覚めているため、体を動かせないことを認識してもがき苦しみます。
これが、金縛りの状態です。
夜勤をしていたり、海外出張などで時差のある地域に行ったりする機会が多い人は金縛りになりやすいといわれています。また、旅行に行ったときにホテルや宿泊先で金縛りにあったという話もよく聞きます。
これは、移動によって体は疲れているのに、環境の変化や旅の刺激で脳が興奮していることが影響しています。
さらに、精神的なストレスや運動などによる極度の疲労、寝入りの悪い体質の人、寝る前の大量のカフェインなども金縛りをひきおこしやすくなります。
一方、寝入りばなによく金縛りになる場合は、「ナルコレプシー」という睡眠障害にかかっている可能性があります。
ナルコレプシーは過眠症のひとつで、日中、強い眠気に襲われて居眠りを繰り返してしまう病気です。
日中に急に眠りこんでしまったり、寝入りばなに金縛りにあったり幻覚を見たりする場合はナルコレプシーが疑われることになります。
また、夢もレム睡眠のときに見ますが、金縛りのときは意識がより鮮明なため、夢の内容を現実のものと認識してしまったりします。
意識があるのに体を動かせないとなると、人は強い不安や危機感を感じます。
そんな心理状態から、夢や幻覚・幻聴をお化けや霊だと信じ込みやすいのです。
除霊やスピリチュアル性の高い占い、霊感商法などは、この“信じ込みやすい心理”につけ込みます。


(小児慢性疲労症候群(CCFS))
11-17歳の学生に必要な睡眠時間は8時間半から9時間15分とされていますが、睡眠時間が6時間を切る短時間睡眠者の割合が、日本の高校1年生で37%、高校3年生で43%に達し、異常な事態となっています。
その日本では、「夜更かしして寝る間を惜しんで頑張る」ことを美徳する風潮があり、「四当五落(大学受験生は4時間睡眠で頑張れば合格するが、5時間眠ってしまうと不合格となる)」といったことばを信じ、しかも、大学受験ではなく高校受験、中学受験においても神話として受験勉強に追い立てる家庭も存在しています。
こうした“頑張る”ことを強いられてきた子どもたちは、脳自身の情報処理機能を保つために必要十分な休養(睡眠)を得ることができず、子どもたちの「脳機能が破綻した」状態として「小児慢性疲労症候群(CCFS)*-28」をひきおこし、不登校につながっている事実もあります。
小中学生の0.2-2.3%が小児慢性疲労症候群(CCFS)だといわれ、1-2クラスに1人はいることになります。
睡眠障害、軽作業でも激しい疲労を感じる、集中力の低下、物忘れ、頭痛、めまいや立ちくらみなどの自律神経の乱れ、重症になると、通常の社会生活を送ることも困難になります。
実は、不登校の子どもたちの60-80%が、小児慢性疲労症候群の症状と重なるのです。
小児慢性疲労症候群の子どもの中には、「学校にしがみつきながら登校できない子どもたち」がいます。学校嫌いのレッテルを貼られることや、不登校児と呼ばれることを過度に怖れる子どもたちです。
しかし、それは、子どもの声ではなく、親の思いを汲んだものでしかありません。
「夜更かしして寝る間を惜しんで頑張ること」、「四当五落」を強いられる家庭環境がどれだけ異常なものであっても、子どもにとっては、それは逃げることのできない“日常”であり、“あたり前”です。
その環境がすべてであり、そこでしか生きていくことを知りません。
そのため、自分にとって過酷な環境であっても、強い愛着を示し、なんとしても失わないようにふるまいます。
なぜなら、それが、親に見捨てられない(認められる)ために期待に応えることだからです。
そもそも記憶を定着させるレム睡眠が欠乏すると、学んだ時間の50%近くが無駄になることがわかっています。
理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターは、小児慢性疲労症候群の生徒15人、健常の生徒13人を対象に、以下のような複雑なテストを実施しました。
「まりこは」「みつめた」「あおい」「うみを」などと、ひらがなのことばを次々と表示し、文章の内容を理解しているかを調べるとともに「母音が含まれているか」についても質問することで、2つの課題を同時にこなすとき、脳の働きがどう変化するかを、脳の活動状態を表示する機能的磁気共鳴画像診断法(fMRI)を使い調べました。
その結果、健常の生徒は、脳の左側の前頭葉など2ヶ所で効率的に情報を処理していましたが、小児慢性疲労症候群の生徒は、左側だけでなく右側の前頭葉など計6ヶ所の部位を活性化させていました。
つまり、課題を処理する脳の活動部位が広範囲にわたっているため、過剰に脳神経が働いて、さらに疲労が増してしまう状態でした。
小児慢性疲労症候群の子どもは、疲労により脳の機能が低下しているというよりは、脳の機能が低下するのを補おうとして、脳を過剰に活動させているわけです。
この状態は、エビングハウスの忘却曲線にもとづく研究に解決のヒントがあります。
それは、記憶を定着させるカギは、適度な休憩と定期的な復習にあるということです。人の脳や身体は、休憩することにより、“初頭効果”や“親近効果”が生じます。
休みをとらず、寝ずに頑張る学習では、記憶力は枯渇します。
また、スポーツにおいて、回復を無視したオーバートレーニングは、よい訓練になるどころか、練習の効率が悪くなり、選手の身体機能を破壊する「オーバートレーニング症候群」につながります。
もし、こうした状況が親や教師、指導者のエゴにより、子どもに強いているときには、それは、いき過ぎた教育(教育的虐待)や社会的教育(不適切な養育(マルトリートメント))と考えられます。
子どもの前頭前野の発達を妨げるなど、子どもの身体的・精神的成長を阻害するものでしかありません。
*-28 「慢性疲労症候群」は、脳の血流やカルニチンなどの伝達物質が少なくなり、代謝が落ちている状態だ。セロトニン神経系のダメージが大きくなることで痛みの感受性も増えて、筋肉痛や関節痛などの症状を引き起こし、脳機能も低下するのではないかと考えられてきたことから、理研ライフサイエンス技術基盤研究センターと大阪市立大学疲労クリニカルセンターの研究チームは、炎症が強くなると増加する免疫細胞内のタンパク質数について、PETの検査で脳内の炎症を調べました。
その結果、脳内では主に、視床、中脳、橋、海馬、扁桃体や帯状回という部位での炎症が増えていることが確認されました。



(3) ツラさを体調不調で訴える
子どもの場合、溶連菌などの感染症に罹患したり、扁桃腺を腫らしたりしてよく熱をだす、よく下痢をするといった腹痛症状、立ち眩み、発疹・アレルギーなどの皮膚疾患、喘息、肋間神経痛、円形脱毛症といった身体的症状をみせます。
子どもが溶連菌感染症に罹患しやすかったり、扁桃腺を腫らしてよく熱をだしたりするのは、副腎からストレスホルモンのコルチゾールが分泌され、免疫力が低下していくからです。
しかし、暴力直後に反応したり、症状となって現れたりするのではなく、(コルチゾールが分泌され)免疫力が低下するのを待って(少し時間をおいて)発症するため、暴力と関係があると考えることはありません。
その状況を長いスパンで観察すると一定の周期性があることに気づくことができます。

(子どもの心身症)
心身症とは、特定の病気をいうのでなく、心が大きく関与する病気の群につけられた名称で、最も重要なことは「基本は体の病気」ということです。
心身症は“体の病気”ですが、「その発症や経過に心理・社会的因子が大きく影響している」ものと定義されています。
「心療内科*-29」は、心理治療をする内科という意味で、この心身症を専門的に診る医療機関です。
しかし、心療内科は「大人」の心身症が専門で、子どもの心身症については詳しくないところが多いというのが現状です。
「心身症」は、潰瘍のように身体の明らかな病変(器質的)があるか、一時的に臓器が充血したような病変(機能的)があり、身体病変の程度の診断と、その病変を起こさせたストレスを見極め、心身両面への治療をおこないます。
しかし、最も特徴的な心身症患者は、自分ではストレスを感じず、元気で悩んでいないと思い込んでいます。
これを“失感情言語症(アレキシサイミア;ストレス(感情)の受け止め・表現方法を失っている)*-30”と呼びます。
本人は、環境に過剰適応(順応)してしまっていて、本当は「ツラい」ものの、その意識がほとんどないために、周囲の人々に「心理的問題はない」という誤解を与えてしまいます。
その結果、その人の内面にうっ積したストレスが、身体臓器を通して表現されることになります(「器官言語」という別名もあります)。
つまり、心身症の特徴は、第三者にはストレスを感じていないように見え、本人も平静を装っているものの、実は強いストレスを抱えていて臓器が悲鳴をあげている(訴えている)ことです。
暴力のある環境から乳幼児を連れて家をでたあと、ことばを発することができない乳児の咳が続いたりするとき、“器官原語”としての症状であることがあります。
このとき、『抱っこし、「怖い思いさせてきたね。大丈夫だよ。もう怖い思いしないからね。」と背中をさすりながら繰り返し話しかけてあげてください。』と伝えています。
“器官原語”としての咳のときには、夜の眠りがよくなるとともに、数日のうちに咳込みがなくなります。
また、ストレスが発症の引き金になるとされる気管支喘息のヒューヒューという笛声は、「母を呼ぶ声」であると解釈されることもあり、最近では、「身体表現性障害」と呼ばれる場合もあります。
一方で、治療側が、心に焦点をあて過ぎると、違和感をもたれてしまい、「自分はそのように情けない人間じゃない!」と怒られ、拒絶されることもあります。
こうした反応は、「弱くあってはならない」、「強くあらねばならない」と抑圧されてきたストレスの表れです。
このような心の状態が体に表れる特徴を理解できていないと、本人も、周囲の者も心の声(訴え)を理解できず、身体の治療だけをして、心は忘れ去られます。
母親の子どもへの情緒的なかかわりが拙く、心のもとになる“感覚”が乳幼児期に育たず、“知”の勝った養育歴が、思春期以降に感覚や情緒をもう一度、味わいために退行するのが心身症ともいえます。
また、たくましく生きる大脳辺縁系が、うまく生きる大脳皮質から抑制され過ぎた養育歴が、思春期に混乱をおこさせ、自律神経失調をきたし、種々の身体症状をだし、心身症が発症するということもあります。
 乳児期では、「消化器系疾患(嘔吐・繰り返す腹痛・下痢や便秘)」、「心因性発熱」、「脱毛」、「難治性アトピー性皮膚炎」が主な心身症ですが、一般には心身症とは認識されることはほとんどありません。
繰り返す「腹痛」や「頭痛」も、心身症として考えた方がよい場合があります。
症状が長引いたり、通常の身体的治療に反応しなかったりしたときには、母親の精神状態や環境へ注意を向けた心身医療的対応が必要になります。
幼児期には乳児期から引き続く心身症に加えて、周期性嘔吐症(自家中毒)、気管支喘息が出現します。
幼児期から学童期にかけてはチックの好発期で、小学校高学年になると思春期になるので、起立性調節障害が多くなります。
中学に入るころからは、摂食障害、過敏性腸症候群、過換気症候群も増加します。
思春期(10-15歳)は最も心身症をはじめ、心因性疾患が増加する時期になり、適切な指導や治療で治さないと、成人に持ち越し、一生ものになっていくことになります。
不登校となる子どもたちには、初期に身体症状(不定愁訴)をほぼ100%認められるといわれています。
その中には、発達障害を含めて神経症から精神疾患、最近では「仮面うつ病(非定型うつ病・新型うつ病。気分障害のうつ病とは違うものです)」が隠れていることが多く、心身医療が必要で、親はそのことを認識することが必要です。
*-29 「心療内科」は、内科・皮膚科疾患の治療(胃腸の不良、動悸・息切れ心臓の痛み、甲状腺やリュウマチ(膠原病)的症状など)において、精神的なストレスが引き金になっていると思われるときにその部分をケア・フォローすることを目的に設けられているものです。
しかし、うつ症状やパニック症状がみられていても「精神科」ではなく、心療内科を受診し、精神安定剤や睡眠導入剤が処方されてしまっています。
*-30 失感情言語症(アレキシサイミア)については、別途「Ⅱ-12-(9)失感情言語症(アレキシサイミア)と高次神経系トラブル」において詳しく説明しています。


(子どもの気分障害)
大人と同じ抑うつ症状を持つ子どものうつ病性障害は多く存在し、子どもの双極性障害とともに関心が高まってきています。
a) うつ病性障害
DSM-Ⅳ-TRによる「大うつ病性障害」の主症状は、ア)抑うつ気分、イ)興味・喜びの喪失であり、副症状として、ウ)食欲障害、体重障害、エ)睡眠障害、オ)精神運動性焦燥または制止、カ)易疲労性・気力減退、キ)無価値感、罪責感、ク)思考力・集中力の減退、ケ)自殺念慮、自殺企図をあげ、これらの症状のうち5つ以上(少なくとも1つは主症状)が2週間以上存在し、病前の機能からの変化をおこしている状態と定義されています。
これらが、児童・青年期に適応されるときには、ア)の抑うつ気分は“いらいらした気分”であってもよく、ウ)の体重減少は、期待される体重増加がみられないことでもよいとされています。
つまり、年齢特有の症状として、大うつ病エピソードの中心をなす症状は基本的には大人と同じであるとする一方で、身体的愁訴、易刺激性、社会的ひきこもりなどの症状は児童期に特徴的にみられ、精神運動制止、過眠、妄想は児童期には少ないとしています。
  そして、児童・青年期のうつ病性障害は、破壊的行動障害(行為障害)、ADHD、不安障害が合併しやすく、青年期のうつ病性障害には、破壊的行動障害(行為障害)、ADHD、不安障害、物質関連障害、摂食障害が合併しやすいとされています。
さらに、行為障害を合併している者は、薬物依存、アルコール依存、反社会的人格障害の合併が多く認められ、自殺行動、犯罪などのより広範な社会機能障害が認められます。
b) 双極性障害(躁うつ病)
  子どもの双極性障害は、大人の躁うつ病像とは異なり、ア)うつ症状と躁症状の極めて急速な交代、イ)うつ病相と躁病相が明瞭に区別しにくく、うつ・躁双方の症状が混在する多彩な病態(気分変動、情緒不安定、易刺激性、攻撃性、衝動性)、ウ)他の精神障害、特に、ADHD、反抗挑戦性障害、行為障害などを併存*-31しやすいという特徴があります。
ア)子どもの双極性障害では、うつ症状と躁症状の極めて急速な交代がみられ、うつおよび躁病相の持続期間が短いため従来の診断基準を満たさないことが多いとされています。
特に、気分や活動性が1日に数回の頻度で変動する日内交代型が多くを占めるといわれています。
平均11歳の双極性障害児60人のうち50人(83.3%)が急速交代型(rapid cycling)であり、45人(75.0%)が日内交代型(ultradian cycling)であるとの報告があります。日内交代型の年間病相回数は平均1,440回で、1日平均4回の病相が認められたということです。
イ)子どもの双極性障害では、うつ症状と躁症状の両方の特徴を同時に呈することが多いとされています。
気分変動と易刺激性を中核とし、情緒不安定、攻撃性、衝動性、焦燥が重畳する症状が最も多くみられます。
また、精神病症状、不安、破壊的行動、多動、怒りの爆発などの症状が認められることが多いとされています。
ウ)子どもの双極性障害者の少なくとも4分の3には、ADHD、反抗挑戦性障害、行為障害(破壊的行動障害)の併存障害が認められます。
他には、不安障害および物質乱用障害の併存障害があげられています。
これらの併存障害が多いことが、双極性障害の診断の見落としを助長し、症状を複雑化していると考えられています。
*-31 複数の症状が併存する併存障害については、「Ⅱ-10-(7)解離性障害とアルコールや薬物依存症」の中で、薬物依存症と他の精神障害(例えば、統合失調症や気分障害、摂食障害など)が同時に併存している病態としての「重複障害」としてとりあげ、詳しく説明しています。

(4) ファンタジー色の強い子どもの解離
DVの家庭で育つなど、虐待を受けている子どもは強烈なストレスを抱え続けることになり、「解離」が強くでることがあります。
暴力のある環境で暮らしている子どもにとって、解離は決して異常な状態ではなく、正常な機能ともいえます。
例えば、授業中や友だちといっしょにいるときでも、「今日のご飯はなんだろうか」と違うことを考えぼんやりしている、それが解離と考えてみるとわかりやすいと思います。
子どもの解離の特徴は、ファンタジー色が強いことです。
例えば、セラピーで「ごっこ遊び」をしているとき、突然、お父さんがお母さんを殴るような場面がでてくることがあります。
このとき、「それはいつあったことなの?」と訊くと、「テレビでやってたことなんだよ。」と応えることがあります。子どもは、現実におこっていたことを遊びでやっている(再演)のだけれども、頭の中ではファンタジーだと思っているのです。
これは、暴力のある家庭環境で暮らしている子どもが見せる正常な解離です。
ここでいう“正常な”という意味は、暴力環境への“適応行動”という意味です。
子どもは、ひとり遊び(ごっこ遊び)の延長線上で、“もうひとりのわたしと”話をしていたり、もしくは、“もうひとりのわたしとして“空想の世界で遊んでいたりするときがあります。
字を覚え、本を読めるようになっていくと、ファンタジー小説の世界で生きていて、地に足がついていないふわふわした雰囲気をかもしだし、「ちょっと不可思議(変わった)な子」と思われていたりする子どもがいます。
また、強大で敵わない父親から母親を守れずに傷つき、ツラい思いを、ウルトラマンや仮面ライダーなどに変身し、“その世界で”母親を守ろうと戦っていることもあります。
空想の世界に浸っているときと、現実の生きているとき、それぞれ別の時間を過ごしていますからそれぞれの記憶は結びついていないことになります(記憶の断裂)。そのため、その記憶は、時系列に整理されていません。
そういった傾向のある子どもに対し、「いつ?」、「どうしたの?」と訊いても、ほとんど応えられるわけはないのです。
そして、こうした子ども時代を過ごし成人となった人は、子ども時代のことをほとんど覚えていないことになります。
「子どものとき、誰と、なにをして遊んでいたのか?」と訊いても、「思いだせない。」と応えるのです。
子どもがツラい現実を抱えきれなくなると、“もうひとりのわたし”にツラいこと、苦しいこと、哀しいことを背負わせたり、別の“もうひとりのわたし”には夢のような楽しい空想の世界の中で生きさせたり、それぞれの“もうひとりのわたし”に名前をつけ、別人格を持たせたりすることがあります(同一性解離性障害、いわゆる多重人格障害と呼ばれます)。
また、DV被害者である母親に「お子さんは、昨日ご飯になにを食べましたか」と訊くと、「昨日? うーんなに食べたっけかな」と記憶が消えていることがあります。
子どもがなにをして遊んでいたかを訊いてみても、なにをして遊んでいるのかまったく記憶になかったりします。
「積み木をやってましたか?」となげかけると、「積み木は家にありません」と応え、「絵本はありますか?」となげかけると、「絵本は家にはありません」と応えます。「では、子どもはなにをやっているんでしょうね?」と訊いても、「なにをやっているんでしょうか?」と訊き直されたりします。
子どもの解離と同じで、違うことを考えている(違う世界に逃げ込んでいる)と、子どもがなにをしているのかまったく視野に入っていないのです(記憶の断裂)。
その結果、時系列記憶に問題がでてきて、自分のことも思いだせないだけでなく、そのとき、子どもがどうしていたのかを思いだせないということになります。
中学校や高校以降の記憶が“ほとんどない(途切れている)”という人は、DV被害者である母親と同様に、見たくないもの、聞きたくないこと、感じたくないものを“遮断する”ために違うことを考えていた(違う世界に逃げ込んでいた)ということになります。
頭の中で、「いま、ここにある」現実とは違うことを考え、その世界(時間)で過ごす行為が、慢性反復的におこなわれると記憶の障害(記憶の断裂)をおこしていくのです。
この症状がひどいときには、「解離性健忘」と診断されることになります。
また、現実の世界に逃げ込む場所を見つけようと、大人の闇の世界にとり込まれてしまうこともあります。
虐待・面前DVのある家庭環境で暮らしている女児が、出会い系サイト(コミュニティサイト)で愚痴を聞いてもらい、優しく甘いことばに惹かれていくことがありますが、これも辛い現実から目を背ける(違い世界に逃げ込む)おこないです。
問題は、そこには、援助交際と銘うった売春を強いられるなど性搾取被害に発展しやすいということです。


(5) 子どもが“ズル”をする深層心理
子どもが保育園や幼稚園、小学校に入る年次になると、親元を離れていろいろなルールの中で子どもたちは行動していかなければならなくなります。
遊ぶことひとつとってもルールがあります。
そんなとき、なにかにつけてズルをして勝とうとする子がいます。
この“子どもがズルをする”心理は、小さい子どもが、“快か不快か”とか“損が得か”、“大人から叱られるかほめられるか”というところを重視している表れです。
つまり、勝って嬉しい、ルールを守らないほうが得といった単純な動機(価値観)にもとづいています。
この動機(価値観)は、養育環境(暴力のある家庭など、機能不全家庭)においてつくられます。
子どもは、思春期前の8-9歳(小学校3-4年生)なると、これまでの経験や教育、そして、知的発達によって、“道徳性”が内在化されてくると、(個人差はありますが)「なんかそれは違うんじゃないか?」、「損得と正しいことは違う気がする」、「先生や親が見ているから、ほめるからやるとかは違うんじゃないか?」などという考えが自然に高まってきます。
しかし、親が子どものすることの結果ばかりにこだわり、正しいことというよりも勝つことに執着する家庭環境では、子どもはズルをしてでも勝たなければ親にほめてもらえない、認めてもらえないということを学習していきます。
また、テストやドリル学習で間違えたり、徒競走などで負けたりして、怒鳴られたり、叩かれたりすることを怖れるがためにズルをしようと試みていることも少なくありません。
なぜなら、暴力のある家庭環境で育つ子どもは、暴力に順応する(暴力による恐怖を回避するために身につける考え方の癖(認知の歪み))ために、社会のルールや倫理観、道徳観よりも、家庭のルールを優先(選択)していかなければならないのです。
このことは、幼い子どもにとって、どういう生き方を選択するかという重要な問題になります。
人生は、正しいだけでもうまくいかないという現実があります。いずれ子どもたちも、その現実に直面して葛藤するときがきます。
「正しく生きること」と「巧みに生きること」が一致しなくなったとき、どちらをとるのか?ということに悩みます。
このとき、子ども自身でバランスがとれるようになっておくために、家庭の中で、小さなときからより多くの経験をさせ、その時々に応じた導き方ができるように多くのひきだしをつくってあげる必要があるのです。
子ども同士の悩みやトラブルは、すべて子どもが将来生きる力を身につけるための貴重な経験です。
子ども同士の悩みやトラブルを、親と子どもでいっしょに考え、悩み、乗り越えたことは、子どもにとってかケガえのない財産となります。
しかし、子どものことばを遮り、親の考えや価値観を「~すべきである」、「~ねばらない」とベキ論で押しつけたり、「(危ないから、汚いから)~をしてはいけない」、「黙って、いうことをきいていればいい」とおこないを“禁止”したり、詮索干渉したり(以上、過干渉・過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待))、子どもの誤りを厳しく“否定”したり、非難・批判したり、バカにしたり、見下したり、からかったり、ひやかしたり、感情の赴くまま子どもを叩いたり、怒鳴りつけたり、「いうことがきけないなら、でていけ!」と脅しのことばでここに留まるか(従うか)、ここに留まらないか(従わないか)と二者択一の選択を強いる家庭環境では、悩みやトラブルを乗り越えるという力を奪われ、限られたひきだししか持つことができなくなります*-32。
*-32 子どもは、ことばで自分の気持ちを伝えられるようになると、いろいろなことをイメージして描くこともできるようになります。時には、親を驚かせるようなイメージを抱き、ことばで表現してきます。
 こうしたとき、子どもの話に一瞬巻き込まれるものの、「本当に? いつ?」と、ウソかホントか一瞬では判断できないことがあります。
親が 「これどうしたの?」と訊くと、子どもが 「Aちゃんがくれたの。」と応じたので、親が「このお菓子、ひとりで食べたの?」となげかけると、子どもが 「F兄ちゃんが食べた。」と応えたとき、例えば、Aちゃんが隣の年下の子だとすると、“くれる”という行為に疑問が生じ、また、F兄ちゃんが遠くにいる従兄弟だとすると、ウソだと判断できます。
 ウソをつくという行為は、「本当のことや正しいことを間違って伝える」ことを意味しますが、本当だと思って伝える場合と、なにかを隠して故意に意図して伝える場合があります(なにかを隠して故意に意図して伝えるウソには、「見栄のウソ」と「方便のウソ」があります)。前者はうっかりした間違いなので、気づいて訂正すればいいわけですが、後者は意図してやっているので、前頭前野がよく働いていることから、親は、子どもに対し、ウソをついたことを自覚させなければならないのです。
なぜなら、ウソによるいい訳が成功すれば、子どもは、何度も繰り返すようになるからです。
 しかし、あまりヒステリックに怒鳴りつけたり、長々と過去のことまで持ちだして怒ったりすると、子どもは、大人用のウソを早々と身につけていきます。「見栄のウソ」も「方便のウソ」も、早く現実から逃れたい思いから生じていることから、これが高じて身勝手で、他人に害の及ぶウソを身につけるようになるのです。
子どもがなにかを隠して故意に意図したウソをついたときに、その行為をやめさせるのは、親の価値観に左右されることになるのです。



(6) 学童期(小学年低学年)にみられる被虐待児童たちの行動特性
被虐待児童は、大きく二つのタイプにわけられます。
ひとつは、衝動的、攻撃的、多動、反社会的な子どもであり、もうひとつは、無口、抑うつ的、反応の乏しい、のろまな子どもです。
前者の「乱暴な嫌われもの」、「いじめっ子」は、暴力をふるう親に同一化したもので、後者の「いじめられっ子」は、暴力を受け続け萎縮し、憶病、無気力になった状態です(「学習した無力感*-33」を味わってきた子どもです)。
*-33 「学習した無力感」は、「Ⅰ-7-(3)学習した無力感」で詳しく説明しています。
被虐待児童の行動特徴は、「凍りついた凝視」と表現されます。
これは、親からひどい傷を負わされた子どもが、傷の手当を受け、ひどい痛みがあるはずなのに、泣きもせず、叫びもせず、無表情、無感動に一点を見つめているような状態を示します。
このような「仮面(ペルソナ)」を身につけることによって、子どもは優しい親が、突然、怖ろしい迫害者に変わるというショックに適応しようと試みるのです。
幼いときから親に拒まれ、迫害された体験をしてきた子どもは、他人との関係をうまく育むことができません。
虐待を受けてきた子どもたちは、すべての大人を“不信”や“恐怖”のフィルターを通して見ています。
なぜなら、こうした子どもたちは、新しく接するすべての大人、近所の大人や教師も自分に不親切でひどい扱いをすると想定してしまうからです。
その結果、一生の間、かたくなに心を閉ざしてしまったり、あるいは、「優しい幻の親」を空しく求め続けることになったりします。
親に、いつも「お前はグズだ」、「マヌケだ」、「お前はいらない」とか、「死んでしまえ」と罵られ、拒まれ続けた子どもは、基本的安定感を育むことができません。
いつもおどおどして他人の顔色をうかがい、なにごとにも自信が持てず、新しい場面に挑戦することができなくなります。
親から問答無用でいきなり殴りつけられた子どもは、ことばのコミュニケーションより先に、まず暴力をふるうようになります。
保育園や幼稚園、小学校で、理由もなく弱いものに暴力をふるいます。
学校では、こうした子どもたちを問題児と扱い、親にそのことを伝えます。
その結果、それを恥ずかしく思った親が、さらに処罰するという悪循環に陥ることさえあります。
教育熱心な家庭の子どもが、「学業不振児」とか「行動問題児」のレッテルを貼られてしまうと、さらに親から厳しくされたり、疎まれたりするという結果になっていきます。
教育現場では、児童の学習を促し成績向上を目指す傾向が強いために、教育熱心な親を「いい親御さん」と認識してしまうことが少なくありません。
“教育熱心”ということばを隠れ蓑に、できなければ「どうしてこんなこともできないんだ!」、「こんなことができないのは、家の子どもではない!」と怒鳴りつけ、叩いたり、殴ったりします。
「できなければ「(塾や習いごと)止めてしまえ!」、「~に行くのはもう止めだ」、「~を買ってやらない」と罰やこらしめ、褒美を与える、与えないといった「いき過ぎた教育(教育的虐待(複合的に身体的虐待や精神的虐待を伴う))」がおこなわれていたりします。
いい仕事に就く、いい学校に入るために、子どもの教育のためとしておこなわれる虐待は、教育現場で最も見逃される虐待といえます。
臨床現場では、被虐待児童が自分を破壊し破滅させようと望んでいる親に屈伏して、あるいは長年培われてきた自己憎悪や劣等感への解決として、さらに親への攻撃を内面化して、思春期に自殺や暴走族への参加、薬物中毒など、慢性的自己破壊的行動をおこしやすいと指摘しています。
米国の調査報告書では、『被虐待児童の40%は、思春期前後に自殺未遂や自傷行為を経験し、このような不幸な子ども時代を送った若者は、「愛されること」をひたすら望んで嵐のように同棲や結婚に走り、未成熟で自信のない女性の選ぶ相手は、同じように受身で、従属的、依存的な一見「やさしい」男性か、支配的、攻撃的、衝動的で一見「頼り甲斐のある」男性であるとしています。前者は妻や子を経済的にも精神的にも支えられないし、後者は妻や子を暴力で苦しめます。自我が弱く、道徳規範も十分発達していない夫婦は、互いに家庭外で異性との交渉を持ったりして、愛情と支持を分かち合う安定した夫と妻の役割を果たすことができません。』と書かれています。
こうした傾向は、「慢性の愛情飢餓に陥っている」といわれるもので、親から虐待を受けアタッチメントを損なうことで、カラカラに乾いた渇望感、底なし沼のような寂しさを抱えていることに起因しています。
死にいたらない虐待であっても、深刻な影響、後遺症を子どもに残し、そして、過酷な人生を子どもに背負わせることになります。


(7) 暴力を受けて育った子どもの脳では、なにがおきているか**
** 「人の脳は、生存している環境に合った脳の機能がつくられる」、つまり、「人は、育つ家庭環境やコミュニティで生存するために必要な脳の機能を発達させ、必要ない脳の機能は発達させない」という事実にもとづき、この「手引き」では、子どもが、暴力のある家庭環境で育つことを問題視しています。
なぜなら、子どもが、暴力のある家庭環境で育つことは、「子どもの脳の発達に大きなダメージを与え、将来にわたり心身の健康を損なうことになる」という事実があるからです。
そのため、「Ⅱ-8-(7)暴力を受けて育った子どもたちの脳では、なにがおきているか」を説明する前に、「はじめに」の冒頭の「2002年、イギリスのロンドン大学のリサーチセンターのカスピ博士の研究」で触れ、「プロローグ」の「1.人の脳の機能は、生まれ育った環境に合うようにつくられる」、同「3.東日本大震災後の児童虐待とDVの増加。-戦争体験によるPTSDの発症から学べるものはなにか-」などで、当テーマに関連する問題についてとりあげ、詳しく説明しています。

面前DVや虐待など強烈なストレスは、脳にさまざまな影響を与えます。脳の発達という捉え方では、最も影響を受けるのが胎児からの33ヶ月(約2歳まで)とされています。
つまり、親の暴力(面前DV・虐待)は、生後の(脳の)発達だけをみるのではなく、胎児期の脳の形成に大きな影響を与えているとの認識が必要になります。
受精時の脳はすべてメス(女)で、性器が女から男に形成され男性ホルモンの分泌によって脳のオス化がはかられます。
男女関係なく一人ひとり、男性ホルモンの分泌量により脳のオス化の度合いが異なります。
つまり、100%オス化された脳、60%オス化された脳、30%オス化された脳ができあがることになります。
したがって、からだが女性で、脳の80-100%が男性のままであったり、からだが男性で、脳の80-100%が女性のままであったりするわけです(性同一性障害のひとつの要因)。
女性で男性的なものの考え方をしたり、男性で女性的なものの考え方をしたりするのも、脳のオス化による男性脳、女性脳の比重の問題ということです。
そして、この時期の脳のオス化(男性化)に影響を与えるのが、母親が抱えるストレスです。特に、母親が暴力(収容所に送られたり、戦地や紛争地で生活していたりするなどを含む)にさらされるなど、強烈なストレスを抱えたりしていると、からだが男性であっても脳のオス化ができずに出産に至ることが知られています。
耳の形成期に風邪薬を服用することで聴覚に障害を抱えることになったりするように、出産前に脳に与える影響はダイナミックで重いものです。
出生後は、感情を爆発させる扁桃体を前頭葉がコントロールすることができるようになったり、親(養育者)がお互いを慈しみ、労り、思いやることばやふるまいを見て、聞いて、察してはじめて共感性を身につけたり、養育者がかかわるコミュニティの中で倫理観や道徳観にもとづく言動やふるまいを見て、聞いて、察して社会性を身につけたりするわけです。
これらの大本は、2歳10ヶ月までに獲得していく脳機能です。
子どもが暴力を受けて育つことによって、合理的思考をつかさどる脳皮質、あるいは記憶と感情の中枢である海馬にダメージを与えることになります。
この分野は、学習の重要な役割を担っています。
さらに、海馬ばかりでなく、感情の中心である扁桃体にも重大な影響を与えます。
福井大学の友田明美教授は、子ども時代(3-17歳*-34)に両親間のDVを日常的に目撃した18-25歳の男女15人とDV目撃経験のない33人の脳をMRI(磁気共鳴画像装置) *-35で解析、比較すると、DV目撃経験者(面前DV被害者)は「右脳の視覚野にある“舌状回”と呼ばれる部分の容積が20.5%小さかった。」、血流量の調査では、「同じ視覚野にある“中後頭回”だけ、DV目撃経験者は平均で8.1%多く、DV目撃経験のない人より活発に動いていることがわかった。」、「性的虐待*-36を受けた女性は、性的虐待されたことのない女性と比べ、後頭葉の視覚や空間認知を司る“一次視覚野”が14.1%小さく、思春期を迎える前の11歳までに性的虐待を受けた人の方が、萎縮の割合がより大きかった。」とし、「DVの記憶がトラウマとなり、フラッシュバックや夢などで繰り返し思いだすことで視覚野が必要以上に活動し、脳の伝達物質が過剰放出され、脳細胞に悪影響を与えている。」と述べています。
また、「「お前なんか、生まれてこなければよかったのに」、「なんどいったらわかるんだ! このトンマ(バカ、グズ)」、「こんなこともできないなんて、うちの子じゃない」などと否定と禁止のことばの暴力を日常的に浴びせられていると、会話や言語をつかさどる聴覚野の一部が拡大していた。」、「侮蔑されたり、暴言をはかれたりする経験をほぼ毎日受けた脳は、そうでない人の脳と比べ、側頭葉の中で聴覚を司る“上側頭回”が左脳で9.2%、右脳で9.9%小さく、特に男性は萎縮の割合が大きく、左脳が15.9%、右脳が13.8%縮んでいた。」と述べています。
つまり、ことばの暴力は、側頭葉だけでなく、頭長頭にある言語を理解する部分にも萎縮をおこすことになります。
強い感情を伴う記憶が海馬に与える(海馬容積が一番小さい)のは、3-4歳ころの虐待体験になります。女性の方が男性より太い脳梁(左右の脳を繋いでいる)への影響は、9-10歳ころの虐待の影響がもっとも大きいとされています。
この脳梁の委縮が、境界性人格障害(ボーダーライン)発症の原因とされています。
また、頬の平手打ちや(棒で)尻をたたくなどの体罰を長期にわたり体験すると、感情や理性をつかさどる「前頭前野」が萎縮します。
前頭前野に一番影響を与えるのは、養育者から学校の中での人間関係(同級生からのいじめや教師からの体罰)に大きく変わってくる14-16歳(中学2年-高校1年)ということです。
「Ⅱ-12-(8)」では、虐待など親から不適切な養育を受けたことを起因として発症する「反応性愛着障害(RAD)」をとり扱っていますが、福井大学の続く研究において、反応性愛着障害の脳は、そうでない子どもの脳に比べて視覚的な情報処理にかかわる部位が小さい傾向があること、そして、やる気や意欲などに関わる部位の活動が低下していることが明らかになっています。
このことは、「RADの子どもは、褒められても心に響き難い」ということを意味し、これまで、被虐待児に一般的に施されてきた「成果を褒める」などの心理療法の効果が少ない可能性が高いことを示すものです。
反応性愛着障害は、子ども時代に養育者から受けた体罰や暴言により、養育者への愛着がうまく形成されずに発症する精神疾患の一種で、衝動や怒りのコントロールが難しいなどの症状があることは前項で詳しく説明しているとおりです。
福井大学の研究グループ*-37は、10-17歳のRADの21人とそうでない22人の脳の断面を磁気共鳴画像化装置(MRI)で撮影し、形態や働きを比べたところ、RADの子どもは「視覚野」の灰白質(脳神経細胞が集まる領域)の容積は2割ほど少ない、つまり、先の面前DVを目撃してきた被虐待児童に見られた研究報告とほぼ同じ結果となっています。
この部位がダメージを受けると、他人の表情から感情を読みとり難くなります。
また、10-15歳のRADの子ども16人とそうでない20人に金銭報酬を得られるゲーム(3枚のカードから1枚を選び、金額が書かれていればその額をもらえる)をしてもらい、脳の活動を調べたところ、報酬を喜ぶ感情、やる気や意欲、行動の制御に関わる「線条体」と「視床」の活動量の平均が、RADの子どもはそうでない子どもの半分以下という結果がえられました。
報酬を喜ぶ機能は、神経伝達物質のドーパミンが関係し、愛着障害の子どもはドーパミンが不足している可能性がでてきました。
こうした結果から、反応性愛着障害の子どもは、「報酬へのモチベーションが低い」ことがわかり、これまで一般的におこなわれてきた治療とは別の方法が必要になってきたのです。
また、ADHDの子どもは、報酬が多いときだけ活性化したといった愛着障害との違いが明確になりました。このことから、先に記しているとおり、難しいとされる愛着障害とADHDの判断(診断)に活用できることになります。
脳の委縮は、虐待をストレスと感じた脳が副腎皮質ステロイド(コルチゾール)を大量に分泌し、成長している子どもの脳の一部を一時的に止めることからおきると考えられています。
発達期の脳に対する強い精神的衝撃は、脳の化学物質の分泌にも影響を与え、ストレスを調節するホルモンであるコルチゾールや重要な神経伝達物質であるエピネフィリン、ドーパミン、セロトニン等に変化を生じさせます。
これらの物質のバランスに問題が生じると、脳に障害を起こすことになるわけです。
そして、コルチゾールの影響は、発達期の脳にだけダメージを与えるものではありません。
幼児期の虐待体験は、うつ病や糖尿病の発症リスクを高めるわけですが、その糖尿病は、血管性認知症、アルツハイマー病の発症につながることがわかっています。
アルツハイマー病発症の20年前からアミロイドβが脳に溜まり、発症の10年前から海馬が萎縮しはじめるのです。
強いストレスの脳への影響は、コルチゾールの過剰な分泌だけでなく、ビタミンB6、ビタミンB12、葉酸を減少させ、必須アミノ酸であるホモステインが「ホモシステイン酸」に変化するのを助長し、脳内で「アミロイドβ」の蓄積を加速させてしまうのです。
アミロイドβは、非常に有害な物質で、脳内に蓄積すると脳の神経細胞を殺してしまいアルツハイマー病を発症させます*-38。
ホモシステイン酸は、心筋梗塞や脳梗塞の原因となる動脈硬化を促進する物質です。
さらに、東北大学の松沢大樹名誉教授は、MRIやPET(ポジトロン断層撮影)を使った症例研究から、すべての精神疾患は脳内の「扁桃核(扁桃体)」に生じる傷(委縮)によっておきるとし、深刻ないじめによっても、子どもたちの扁桃核に傷が生じるとしています。
また、幻聴や幻視を伴う統合失調症(精神分裂病)より、うつ病の症状が優勢の場合には、扁桃核の傷の他、隣接する「海馬」の委縮が現われたことが原因としています。
精神の安定や睡眠にかかわるセロトニンが減少し、快感や運動調節に関係するドーパミンが過剰になり、毒性が現われた影響と考えられています。
好き嫌いなどの情動に関係する扁桃核は、脳底に左右対称に二つあり、傷(委縮)も必ず左右対称に現われます。
扁桃核が傷つくと、愛が憎しみに変わり、記憶認識系、意志行動系など心身のあらゆることに影響を与えるとされています。
一方で、治癒によって、扁桃核に接する海馬にある神経幹細胞が増生し、傷を埋めたり、修復したりすることもわかっています。
さらに、虐待は、脳に与える影響だけでなく、内臓にも影響を与えることがわかってきました。
それは、虐待を受けた子どもや高齢者は、正常な内臓も攻撃してしまう白血球の一種「好中球」の増加により、肺や肝臓などの臓器にも障害を生じさせているというものです。
暴力を受けて亡くなった生後2ヶ月-8歳の子ども13人と66-84歳の高齢者11人を司法解剖し、心臓、肺、肝臓、腎臓を調べた結果、子どもは、すべての臓器で好中球の数が虐待死でない場合に比べ、1.7倍-7.6倍増加し、高齢者では、肺や肝臓で1.9倍-4.8倍増えていたということです。
仮に外傷の痕跡が目立たない場合でも、司法解剖により内臓を調べることで虐待死を発見することができるのです。
*-34 3歳以前に虐待を受けていた、DVのある家庭環境だったかについては、言語野にことばとして記憶されることはないので、「私は幼稚園のころになると、親から暴力を受けるようになった」とそれまでは暴力はなく、突然おこったかのように表現します。したがって、
こうした調査をするときには、DVを日常的に目撃していたと自覚できている3歳以降ということになるわけです。
影響面は3歳以前の影響もでていることになります。
*-35 MRI(磁気共鳴画像装置)やPET(ポジトロン断層撮影)、さらに、平成26年4月に保険適用となった光ポトグラフィー検査(流血流うつ病診断)によって、脳の委縮、脳の流血状況などを把握できるようになりました。
血液検査をおこなうときには、ストレス状態をみるコルチゾール、ACTH、甲状腺の機能低下をみる(うつ病、慢性疲労症候群を含む)TSH、T3、T4、rT3を検査項目としてもらうことで、日常的に暴力をふるわれている影響を視覚化できるようになっています。
*-36 2014年、医学雑誌「JAMA Psychiatry」に、定期的にポルノを見ることは性的興奮への反応を鈍らせるという研究結果が掲載されました。
セックスをすることとポルノを見ることは、どちらも快楽と喜びの原因となる神経伝達物質であるドーパミンをだします。
一方で、定期的にポルノを見て繰り返しこの高まりが起こることで、脳は無感覚に陥ります。
なぜなら、“ハイな状態”を感じるため、脳がより多くのドーパミンを必要とすると主張するからです。
つまり、ドーパミンをだすために、より性的な刺激をますます必要とし、視覚的にたくさんの生々しい映像に遭遇することによって無感覚になり、通常では興奮できなくなっていうわけです。
それだけでなく、モチベーションや報酬系の反応と直結する脳内の線条体領域が、ポルノをたくさん見る人の方がより縮んでいる(委縮している)ことが実験結果から明らかになっています。
「報酬系」とは、脳において欲求が満たされたときに活性化して、快感を与える神経系のことです。
さらに、2013年、ケンブリッジ大学が発表した研究結果では、ポルノ中毒者がポルノを見たときの脳をスキャンで見ると、ドラッグやアルコール中毒者が欲求を満たされたときアクティブになる同じ線条体領域が反応していることが明らかになりました。
つまり、裸を見ても性的に興奮できなくなり、より刺激的なものを求めるようになっているときには、既にアルコールや薬物中毒者と同じような脳内の働きになっているということです。
 性的虐待を受ける環境にある、つまり、幼いころから日常的にポルノや両親のセックスと接する機会が多く、幼いころから性的な刺激を求める(早期のマスターベーション体験)ことがあります。中には、より強い性的刺激を求める習慣ができ、不必要に性欲が増長され、ポルノ中毒、1日に5-6回もマスターベーションを繰り返すなど中毒症状をみせることがあります。日に日に、より刺激的なものでないと満足できなくなるといった悪循環に陥っていきます。
それだけでなく、画面越しの裸の人間(インターネットなどを利用したポルノ鑑賞)を見すぎたことで、周りにいる現実の人々を、“人”ではなく“単なる性的な物体”にしか見えなくなっていくことになります。
「性的サディズム」を起因とした殺人を犯す者は、“人”という感覚はなく“単なる物”としか認識していません。詳細は、「Ⅰ-14.パラフィリア(性的倒錯・性嗜好障害)」において説明しています。
刺激的な性的体験を受けて育った被虐待者は、2次被害とのいえる後遺症として、脳の萎縮、性的虐待を受けた者の80%以上が抱えることになるといわれる解離性障害だけでなく、強い性的刺激を求め続けてしまうセックス依存やポルノ中毒などの2次被害を抱えるリスクが高いことになります。
*-37 その他、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターも同様の研究報告をおこなっています。
*-38 2016年、米医学誌「神経学」に、「アルツハイマー病に関係する脳の変化は、高い遺伝子リスクを抱えた人では早ければ幼少期に確認できる」とする研究報告が発表されました。アルツハイマー病は、高齢者の認知症としては最も一般的なもので、軽度の物忘れからはじまり、進行すると話すことや読むこと、書くことも難しくなります。
アルツハイマーの研究は主として、高齢者の脳に蓄積する特定のタンパク質に焦点が絞られていますが、最近では、アルツハイマー病は幼少期にはじまる発達障害であるとの新説も唱えられています。
今回の研究には参加していないノースカロライナ大学発達認知神経学者のレベッカ・ニックメイヤー博士は、「報告書はその仮説を大々的に拡大したものだ」と述べています。
 研究チームは、3-20歳までの健常者1,187人の脳画像と認知テストのデータを分析しました。さらに被験者は、アルツハイマー病のリスクに関連する遺伝子であるアポリポタンパクE(アポE)遺伝子の変異のテストを受けました。その結果、「アポE4」と呼ばれる遺伝子を少なくとも1つ持っている人の一部について、海馬の大きさが他の被験者に比べかなり小さかったことを突き止めました。
アポE4は、アルツハイマー病のリスク増大に最も関係があるとされる遺伝子で、海馬は記憶形成をつかさどる脳の領域です。
これらの人々は、大脳皮質で物体認識や意思決定などを司る領域の大きさも最も小さいという閣下が得られました。論文の主執筆者であるハワイ大学マノア校神経科学・MRI研究プログラムの責任者、リンダ・チャン氏によると、こういった類の脳の構造の変化は「アルツハイマー病の結果だと考えられる」とし、それが、「幼少期に既に存在していた可能性がある」と述べています。
チームはまた、被験者の認知機能テストのスコアを精査し、特定の記憶のテストで、海馬が小さい子どもたちの成績がもっとも悪かったことを突き止めました。とりわけ、アポE4の遺伝子を2個持つ子どもの成績が悪かった結果がでました。テストのスコアと遺伝形質との相関関係はありませんでした。研究チームはこれについて、E2を持つ子どもたちをもっとテストし、それが脳機能にどう影響するかを調べる必要があることを示していると述べています。E2は、アポE遺伝子の中で最も見受ける確率が低いものです。



(8) 反応性愛着障害(RAD) **
** 当マニュアルでは、精神疾患名の記載は、DSM-Ⅳ(「アメリカ精神医学会」の「精神障害の分類と診断の手引き(The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」の第4版(1994年))にもとづいて記載していますが、DSM-5が、2013年(平成25年)5月18日(邦訳2014年(平成26年)10月23日)が出版されています。
その「DSM-5」では、「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」と「脱抑制型対人交流障害/反応性愛着障害・脱抑制型」は、 ともに「心的外傷およびストレス因関連症候群」に分類されています(「/」の左がDSM-5、右がDSM-Ⅳでの診断名です)。
そして、「反応性アタッチメント障害」と「脱抑制型対人交流障害」は、「社会的ネグレクト(乳幼児期の適切な養育の欠如)」が診断の必須要件になっています(2歳以降にネグレクトを受けた子どもは診断されません)。

基本的な特徴は、「子どもと養育者の間のアタッチメントの欠如」、もしくは、「いちじるしく未発達なアタッチメント」と特徴づけられています。
そして、「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」は発達の遅れ、特に認知および言語の遅れや常同症なども併発することから、症状からだけでは、「自閉症スペクトラム症(発達障害)/アスペルガー症候群」や「知的能力障害(知的発達症)」と区別がつかないといわれています。
「常同行動」は自閉症児によくみられるもので、手をひらひらさせる、身体を揺らす、顔をしかめる、手で何かを叩き続ける、奇声をあげるなどが該当します。
例えばニヤニヤしながらぴょんぴょん飛び跳ねているからといって、本人が嬉しくて飛び跳ねているのではなく、無意識下での行動です。
そして、なにかを訴えたかったり、心理的な安定を求めている場合にみられたり、一方で、することがなかったり、することがわからなかったり、退屈だったりしたときにみられます。
さらに、「脱抑制型対人交流障害」は、「注意欠如・多動症(ADHD)」との鑑別を要し、「脱抑制型対人交流障害」は多動を示さないとされますが、不注意と衝動があるので、思春期以降は表面的な情動表出や馴れ馴れしさと見境のない行動などで仲間同士での諍いも多いとされ、「不注意優勢型のSDHD」とは鑑別がつかないのではないかと問題点が指摘されています。
子どもの正常な発達のためには、子どもを無条件に受け入れ、安全で安心して住める場所、そして、愛着者(親・養育者)の存在が不可欠です。
つまり、①一緒に生活する親に傷つけられることがないといった安全が保障される中で、②親が問題を抱えている人(夫婦、家族、親のかかわる大人)に対し、なにを感じ、なにを求めているかを察したり、思いやったり、共感したりする姿勢や行動、言動が示されることによって、感受性や共感性が育まれたり、③かかわる人や子どもが求めているときだけ応じ、かかわる人や子どもがすべきことを肩代わりしない(奪わない)応答性が認められたり、④そのときの気分や都合でいうことが変わってしまう対応ではなく、対応や言動が一貫していたりするといったことが、「子どもにとって安全で、安心できる環境条件が整っている」ことになります。
①-④の環境条件が整っていることによって、はじめて、子どもは「自分を大切な存在である」と認めることができ、親(養育者)の考え方に左右されずに自分の気持ちや考え、意志を口にできるようになります。
別のいい方をすると、子どもにとって安全が補償されずに愛着の傷を受けたと考えられる状況としては、a)乳幼児期に親と死別したり、b)母親が夫(父親)からの暴力や義父母との確執に悩み、子どもを置いて家をでて行ったり、c)自分では育てられないと祖父母や施設に預けられ、親と離れて暮らさねばならなかったり、d)親が交友関係やパチンコ、ゲームに没頭したり、交際相手とかかわりを優先したりする(愛情が他の存在に奪われる)ことによって、家事が疎かになり放っておかれたり(育児放棄(ネグレクト))、e)叩かれたり、殴られたりする身体的虐待や性的虐待を受けたり、f)親からいつも否定と禁止のメッセージを含んだことばの暴力(精神的虐待)によって拒否されたり、g)親の考えや価値観、世間体にもとづく期待、その時々の都合ばかり押しつけられたり(いき過ぎた教育(教育的虐待))、h)親の暴力を見たり、聞いたり、察したり(面前DV)して、i)親が心を病み、精神的に不安定で自暴自棄なふるまいをしたり、自殺をしていたり、j)親が自分よりも他の兄弟ばかり可愛がったりすることなどがあげられます。
そして、a)の親との死別以外のb)-j)については、子どもへの精神的虐待(ことばの暴力を含む)、ネグレクト、身体的虐待、性的虐待、精神的虐待、いき過ぎた教育(教育的虐待)、つまり、子どもへの虐待行為に該当し、愛着スタイルが不安定であり、アタッチメント(愛着形成)獲得に問題を生じることになります。
当然、親の子どもへの「過干渉」、「過保護」は、上記②③やf)g)に該当し、“なんでも親がやってしまう”、“子どもの自主性を奪ってしまう”ことになることから、子どもにとって安全は保障されていることにはなりません。
そのため、愛着スタイルが不安定であり、アタッチメント獲得に問題を生じることになります。
このように、愛着の問題は、異常な家庭環境の中だけのことではなくもっと身近なものです。
それは、10-12人に1人の子どもや大人が、なんらかの問題を抱えた「愛着の絆」のズレや不安定さ、愛着の偏り(不安定な愛着スタイル)があり、「愛着障害」や「発達障害」を抱えていると指摘されていることにも表れています。
「10-12人に1人」という数字を、小学校1年生35人学級、2年生以降40人学級にあてはめてみると、小学校1年生では、1クラスに3.50-2.92人、小学校2年生以降の学年では、1クラスに4.0-3.33人の児童が該当することになります。
そして、子どもへのはっきりした虐待やネグレクトがあったり、「愛着の絆」のズレや不安定さ、愛着の偏りがあったりすると、子どもだけではなく大人も含めて、一生の生活パターンや心身の健康を大きく左右することになります。
乳児は泣いて、親(養育者)になにをして欲しいとか、なにが嫌だとか自分のニーズを知らせます。親(養育者)がその泣き声を聞き分け、対応することで、乳児は安心し、心地よさを感じ、愛情に満たされていると認識します。
その安心感にもとづく心地よさ、そして満足感から人(親・養育者)を“信頼する”ことをすり込み、学びます。
親を信頼する学びを通じて、子どもは親の価値観や生活習慣、人とのかかわり方を自分の中にとり込んでいくわけです。
親のふるまいや言動をひとつひとつ真似て、善悪の見極めや良心といった社会ルール(倫理・道徳観)、人の思いに共感したり、人を思いやったりすることを身につけていきます。
しかし、「愛着の絆」が親子間で結ばれていないアタッチメント未獲得で「愛着障害」を抱える子どもは、大人を信頼し、信用することができません。
そのため、社会性や社交性、倫理観、道徳心などを身につけることができないのです。
なぜなら、不適切な親とのかかわりによって、脳の発育が損なわれ、人の感情や表情を読みとる部分(前頭前野)が十分育っていないからです(委縮してしまっている)。
このことは、未発達な脳(委縮した脳)は、人を思いやったり、慈しんだり、労わったり、思いをともにしたりするといった共感性や同情心を獲得できていないことを意味します。
そのため、人見知りせず、見知らぬ人でも親しげに接し、愛嬌をふりまきます。
一方で、本来愛着関係を結ばなくてはならない母親や教師に激しく抵抗し、駄々をこね、癇癪をおこしてコントロールしようと試みます。
愛嬌をふりまいて注目を惹き、一方で、泣いたらなかなか泣き止まなかったり、衝動的で、じっとしていられなかったり、頭を壁や床に叩きつけたり(自傷)、過度の偏食であったり、おもちゃや食器など物を壊したり、自分のイライラや不満を抑える力に欠ける(脳が未発達なために感情をコントロールすることができない)ために、駄々をこね、癇癪をおこしてものごとを自分の思い通りに運ぼうとコントロール(支配)するふるまいが中心となります。
そのため、対人関係を築くことが難しくなるのです。
このような、5歳未満の子どもに、“まるでDV加害者のようなふるまい(やり口)”で、人をコントロールする特性が見受けられるときには、対人障害としての「反応性愛着障害=RAD(Reactive attachment disorder)」が疑われることになります。
そこで、「愛着障害」をもつ子どもの特徴を、①情動、②行動、③思考、④人間関係、⑤身体、⑥道徳・倫理観といった6つの切り口で説明しておきたいと思います。

① 情動
強い怒りを抱え、抑うつ的で無力感を持ち、不機嫌であり、怖れと不安(しばしば隠蔽される)が苛立させ、不適切な情動反応をみせます。
乳児期、親(養育者)が泣いても抱いたり、あやしたり、ことばをかけたり、大人との適切なかかわりを受けなかった子ども、育児放棄(ネグレクト)を受けた子どもは、自分の欲求を調整することができません。
「誰も自分を受け入れ、守ってくれなかった」というトラウマ体験が、調整できない欲求として表れ、不安感や恐怖心をかきたてられ、過度のうつ状態か、過度の興奮状態(パニック)をひきおこします。
常にイライラし、癇癪をおこしたり、沈んだりとか、感情にムラが見られます。
また、愛着障害児は、自分を認めたり、自分を癒したり、感情を制御したりすることを、親を手本として学ぶことができなかったために、自制する、感情をコントロールすることができません。
子どもの成長過程において、自己肯定すること、自分を大切にすることを身につけていないために、存在そのものを肯定することができず、将来に対する絶望感、カラカラに乾いた渇望感、そして、底なし沼のような寂しさとなって表れます。
同時に、自分の苦しみの原因は親や大人、社会・世の中にあるとし、激しい怒りとなって表れます。

② 行動
反抗的、挑戦的、衝動的、破壊的、攻撃的です。落ち着きなく多動で、自己破壊的です。
嘘をつき、万引きなどの盗みを繰り返したり、口汚く罵ったりします。また、火遊びをしたり、蟻をつぶしたり、ハムスターやウサギ、小鳥、猫など小動物への残虐さを見せることがあります。
脳内のイライラを静めるために、過度な刺激を求めたり、破壊的な行動にでたり、多動であったりします。
落ち着きがなく、とっさの行動が多く、カッとなると暴力的になり、他児を突き飛ばしたり、周囲に対し一方的に暴言を吐いたり、暴力をふるったのち、大人に対して噛みついたり、暴行したり、ガラスを割ったり、ものを投げたり、気持ちのコントロールができません。
地下からマグマが吹きあがってくるような激しい衝動は、歯止めをきかすことができないのです。
絶え間ない攻撃性は、自分を愛そうとする人に向けられることになります。
そして、成長するに従い、怒りを社会にぶつける反社会的行動に走ったり(「行為障害*-39」から「反社会性人格障害(サイコパス)」に進展していくことがあります)、自分に怒りをぶつけ、自分自身(いのち)を傷つけたりします(自傷行為)。
人(小動物、自分より弱い幼児を含む)にも、自分にも残酷であり、一方で、他人を傷つけたり、物を盗んだりしても、自分が悪いことをしていると自覚できないために、良心の呵責を感じることはありません。
また、不安定な愛着関係を起因とする「親(養育者、後に大人、かかわる人すべてが対象になる)から捨てられるのではないか」との強い“見捨てられ不安”を抱えているために、過度に親にしがみついて離れない“分離不安”の症状が強くでることもあります。
分離不安は、ひきこもりや不登校の問題の一因にもなり、共依存の関係になったり、やがて、かかわる人を依存(共依存)対象にしたりします。
食欲などおじょうずに調整することができず、過度の偏食が見られたりします。
また、思春期を経て青年期に成長していく中で、摂食障害(過食・拒食)を発症することもあります。
「誰も自分を守ってくれない」から「自分で自分を守るしかない」という気持ちに変化し、自分の環境、自分とかかわる人をコントロール(支配)しようとします。
自分を愛そう(支配しよう)とする親、そして、小中学校の教師(親以外の大人の代表として)に対し、激しい拒否反応や攻撃性を見せる一方で、自分に関係ない人たちには愛嬌をふりまくといった“相反する行動”が見られるのも愛着障害を見極めるポイントです。
*-39 行為障害」については、「Ⅱ-12-(11)自己正当化型ADHDとAC」で、「行為障害と反抗性挑戦障害のDSM-Ⅳ診断基準」をとり扱い、「反社会性人格障害(サイコパス)」については、「Ⅰ-5-(5)-⑦サイコパス」、「Ⅱ-15-(10)人格障害とは」で詳しく説明しています。

③ 思考
他者否定だけでなく自己否定が根柢にあるために、自己や対人関係に留まらず、生活全般、そして、“これから”といった将来について、すべてのものごとをマイナス思考(革新的な否定的な思い-否定的なワーキングモデル-)で捉えます。
親の子どもへの対応が、その場限りであったり、そのときの気分次第であったりしたことから、因果的(論理的)にものごとを考えることができず、そのときに思ったこと、頭に浮かんだことばを口にします。
結果として、その場をとり繕うだけの嘘をつくことになったり、つくり話になったりします。
注意と学習の問題を抱え、就学とともにより顕著になってきます。不安定な愛着関係、または不適切な愛着関係にある子どもは、失敗することを極端に怖れるために、新しいことにチャレンジすることにとても消極的です。
一度学んだパターンを頑なに踏襲しようとするために、別な方向からものごとを捉えたり、やり方を考えたりすることがとても苦手です。
また、衝動を抑える方法を自分の中にとり入れることを身につけていないために、自分の好きなときに好きなことをします。
そして、大脳の働きとして忍耐力や集中力が育っていないので、“考える”ことが苦手です。
外からの刺激(イメージ、音、匂い、友だちの行動)や自分のイライラに対し、“考えることなく”反応し、周りを巻き込みます。
その様相は、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)と類似します。
繰り返しになりますが、愛着障害とADHDの判断(診断)は、非常に難しいとされています。
そして、考える脳が未発達なため、社会性など年齢同等の考え方ができません。
なんでも白か黒か、味方か敵かと二元論で判断してしまうために、複雑な人間の機微を理解することができません。
そのため、「いいころ合い」とか「いい加減」といった程度(状態)を理解することができないのです。
親(養育者)のその時々の気分でいうことやふるまいが変わる中では、ものごとのつながりや因果関係、「この前はこれがいい(いけない)とされたから」といった判断の“前提条件”は意味を持ちません。
「考えて行動することは無駄である」ことを思い知らされてきているので、「考えること」が苦手で、その瞬間に思ったことをそのまま口にし、行動します。
ものごとの道理をいっさい考えずに行動することが習慣になっているので、「あなたがこうしたら、こういう結果を生むことになるでしょ。だから~」といった教師(大人)の説明(因果関係)を理解することができないことが多く、同じ過ちを繰り返しおこなうことになります。
そのため、「どうしてわからないの?!」、「どうしてできないの?!」と非難され、“非常識”とのレッテルを貼られることになります。
特に、家庭にDVがあったり、虐待を受けた子どもは、「親から愛されなかったのは、自分になにかが欠けていたから、虐待される(躾けし直される)必要がある悪い子だった」と自分を責めていたりします。
自己肯定できないために、自分に自信を持つことができません。
同時に、他者肯定もできないことから、ものごとをすべて悪く受けとり、人のおこないには作為があると考え、人を信じることができずに疑ってかかります。
また、人とのかかわり方や“これから”の自分の人生に否定的で、思春期から青年期へと成長するにつれて、否定的な人生観と、一方で自己存在を認めて欲しいとの渇望感の狭間で苦しみ、葛藤するようになります。
そのため、“わたし”のことをわかって、“わたし”のことをちゃんと見てと自分のいのちを傷つける(自傷行為を繰り返す)ことで、自己存在を認めて欲しいと訴えます。
ちょっとしたことでもなにか失敗したと思うと、“消えたい(死にたい)”衝動に突き動かされ、リストカットやOD(過剰服薬)など自殺未遂を繰り返したりします。

④ 対人関係
甘えたい、愛されたい、所属したいという、人間の心理的なニーズが満たされてこなかったので、人を信頼できず、大脳の前頭葉にある“他人の気持ちを汲む”という場所が年齢相応に育っていません。
人を信じられず、自分も信じられないといった“信頼感の欠如”が根柢にあるために、支配的で、操作的になります。
そして、「自分を守る」ことだけに専念してしまうので、人との関係は、常に「支配」か「隷属」かの両極端な結びつきになります。
友だちの気持ちに共感できず、感情にムラがあり、ゲーム等も自分流にやろうとし、同じやり方を友だちにも強要します。
また、友だちとのかかわり方がわからず、親にされてきたように押したり、叩いたり、突き飛ばしたりしてかかわってしまいます。
そのため、友だちとの関係をうまくつくれず、強烈な疎外感を抱えることになります。
感情の激しさをぶつけたかと思ったら、しょんぼりとしていたり、日ごとに表情やふるまいが変わったりします。
そのため、周りの人たち(同級生や大人)はどう接したらいいか戸惑い、やがて、「触らぬ神に祟りなし」とかかわりを避けるようになります。同年代の友だちがなかなかできません。
児童養護施設で暮らす愛着障害の子どもたちは、年下を支配し、年上や強いものにはへつらい、同年代の子どもを避けるか、相手にされないといった傾向が顕著です。
乳幼児期に、親の不適切なかかわりによって、“満たされる”思いを獲得できていないために、親や大人を信頼することができません。
そのため、親の愛情も支配と受けとり、必死に抵抗しようとします。
また一方で、不適切なかかわり方であった(愛情を受けられなかった)ことから、人に愛情を与えることができませんし、人を信じるということを身につけられず、自分を大切にすることがどういうことなのかを理解できないために、人から適切な愛情を受けることもできません。
そのため、親から受けられなかった愛情を見知らぬ人に求めようとしたり、不安定で危うい仲間関係がつくられたり、自分の失敗を他者のせいにしたり、いじめやデートDVなどの加害者になったり、被害者になったりします。
自分にあまり関係のない人や赤の他人には、自分流に愛嬌をふりまき“いい子”“楽しい子”との印象を与えます。
一方で、周りの大人や教師が、子どもに“操られる”現象がおこってしまうことがあります。
自分の思い通りにコトを運ぶために駄々をこね、癇癪をおこしている子どもを大声で叱りつけている母親に対し、周囲の大人たちが、冷たい視線を浴びせたり、非難したり、責めたりすることがあります。
このとき、母親を周囲から孤立させ、子ども自身の支配力を強めるおこないを意図的につくりだす(演出する)ことがあります。
周りの大人や学校の教師に、子どもの状況を理解してもらえない状況をつくりだすのです。
この子どもに操られる現象は、事例68で、長女Yに母親Rがふりまわされていたように、DV環境にある家庭でよくみられるものです。
父親のやり口を学び身につけた子どもに、被害者である母親が操られる状況がつくられるのです。
その結果、子どもにも虐待している母親像をつくられてしまうことになります。

⑤ 身体
人は、本能的に「心地よくなりたい」という欲求を持っています。
しかし、愛着障害の子どもは、こうした欲求を無視されることに慣れてしまい、自分の身なりに無頓着だったり、痛みに対してがまん強かったりする(鈍感=感覚鈍麻)傾向がみられます。
一方で、不注意でケガをしやすかったり、事故をおこしやすかったり、ふさぎ込むといった抑うつ傾向があったりします。
落ち着くことができず多動であったりすると、片づけ(整理整頓)ができなかったり、掃除や洗濯など身の回りのことが無頓着であったりする傾向があります。この傾向は、親になったとき、ネグレクト(育児放棄)を招く一因になります。
親のスキンシップが不足していることも多いので、人に触られるのを極端に嫌がったり、お風呂を激しく拒否したりすることもあります。
時に、夜尿や遺糞をしたりします。

⑥道徳・倫理観
子どもは、幼児期に自分を世話してくれる親(養育者)に対し、“わたし”が嫌がることはしないと信頼し、身を任せる(世話を受ける)ことができます。
また同時に、悪いことや嫌がることをしたら、親が悲しむという良心が芽生えていきます。
こうした信頼感にもとづく親とのかかわりの中で、価値観や倫理観、そして、社会のルールを守る道徳観が育まれていくことになります。
しかし、不適切な親とのかかわりは、子どもの心を不安定にさせ、「自分は生きていてはいけない悪い存在」と認識させてしまいます。
その認識が、無意識下で、社会の暗い一面と結びつき、世間を騒がせるような犯罪者や悪人に自分を重ね合わせてしまうことがあります*-40。
*-40 世間を騒がせるような殺人事件は、「Ⅱ-14-(9)性的サディズムと人格障害などが結びついた誘拐監禁・殺害事件」、「Ⅱ-12-(17)アタッチメントを損ない、抑圧がもたらした凄惨な殺傷事件」において詳しく説明していますが、その中でとりあげています「名古屋大生殺害事件(平成27年)」では「グレアム・ヤング毒殺日記」、「静岡県タリウム事件(平成17)」をひき起こした17歳の少女で、この少女もまた「毒殺日記」を愛読していた」、「佐世保小6女児同級生殺害事件(平成16年)」では「バトル・ロワイヤル(映画)」、「大分県一家6人殺傷事件(平成12年)」では「残虐なビデオやゲーム」「ホラー映画」、「西鉄バスジャック事件(平成12年)」では「(事件2日前に、豊川市主婦殺人事件をおこした)同じ17歳の少年」、「岡山県金属バット母親殺害事件(平成12年)」では「闇狩人(漫画)」、「会津若松母親殺害事件(平成19年)」では「ホラー映画」「マリリン・マンソン(ロックバンド)」、「八戸母子殺害放火事件(平成20年)」では「猟奇的な殺人を扱った漫画本や漫画雑誌」、「光市母子殺害事件(平成11年)」では「魔界転生(小説)」、「柏市連続通り魔殺傷事件(平成26年)」では「(神戸連続児童殺傷事件(平成9年)をひきおこした)酒鬼薔薇聖斗」、その酒鬼薔薇聖斗は「羊たちの沈黙(映画)」「パリ人肉事件」「寄生獣(漫画)」に強く影響を受け、自身に重ね合わせて犯行に及んでいることがわかっています。
社会のルールとして、してはいけないとされていることが、日々、家庭の中では繰り広げられているわけです。
子どもにとって、生きるためには家庭の中のルールを受け入れ、従うしかないのです。
家庭のルールがなによりも優先され、やがて、自分自身のルールとしてとり込んでいきます。
そのため、成長するにつれ、倫理観や道徳的なふるまいとなる社会ルールから離れていき、やがて、範疇外となっていきます。
それが、非行的なふるまいにつながっていくわけです。
人の思いに共感したり、同情したりして思いをひとつにしたり、信頼にもとづく対人関係を築いたりするといった人とのかかわりがなければ、人は、社会的意味をみいだし、前向きな目標を持つことができません。
そのため、倫理的で道徳的なふるまいとはかけ離れた人生の暗い面(ダークサイド)と同一視してしまい、罪悪感を抱くことなく邪悪さを身につけてしまうことになるわけです。
範疇内で生活している人にとって、範疇外となってしまったふるまいは、平気で嘘をついたり、騙したりするといった社会ルールを破り、道徳や常識を踏みにじったりしているとしか映らなくなります。
良心の呵責もなく、人を傷つけたり、殺してしまったり、覚醒剤など違法薬物に手をだし、身を亡ぼしてしまったりするふるまいも、親の不適切なかかわりの中で身につけてしまった家庭のルールが根柢にあります。
アタッチメント獲得に問題を抱えた(愛着障害の)幼小児が適切なケアやサポートをえることなく成長し、大人になったときには、「愛着スタイル」という対人関係パターンを示したり、「人格障害(パーソナリティ障害)」のような内的体験や行動の持続的様式の著しい偏りとして表現されたりします。
それだけでなく、うつや不安障害、アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症、解離性障害、境界性人格障害(ボーダーライン)、摂食障害(過食拒食症)といった精神科的疾患の要因やリスク要素となっています。
結果として、人のかかわり方(距離感や立ち位置をつかめない)に問題を抱えるために、暴力によって人を支配しようとし(または、支配されてしまったりして)、家庭を崩壊させ、離婚することになったり、子どもに虐待行為(ネグレクトを含む)をするようになったり、それだけでなく、恋愛することや結婚すること、そして、子どもを持つことを避ける(回避する)ようになったり、社会にでることを拒否してひきこもり続けることになったり、反社会的なおこないとして非行や犯罪行為を繰り返すようになったりすることになります。
愛着障害の幼小児が適切なケアやサポートを受けることなく、大人に成長してしまう要因として、愛着障害とLD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)との判断が非常に難しいことがあげられます。
その要因のひとつとして、判断を求められるときの、養育者(親)と子どもとのかかわり方、そして、立ち位置が影響していることがあげられます。
極端ないい方をすると、判断するときに、親が養育にかかわっているかいないかが、大きく影響を受けるということです。
つまり、親の子どもへの不適切なふるまい(虐待、面前DV)が認められ、児童相談所などの家庭介入がおこなわれているときには愛着障害と判断され、子どものふるまいの原因は養育環境にあると認識されます。
しかし、親が「子どものしつけには厳しくしている(いき過ぎた教育(教育的虐待))」と認識していたり、手をかけ過ぎていたりするとき(過干渉・過保護)には、親に暴力をふるっている(虐待をしている)という自覚はありません。
そのため、子どものふるまいは、子ども自身に原因があるとして、医師や学校に相談したり、治療に訪れたりすることになります。
そして、“なぜ”そういったふるまいをするのかよりも、“どうしたら”そういったふるまいをなくすことができるかにフォーカスされ、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)との判断の下での治療がはじまります。
と同時に、このことは、親の子どもへの不適切なかかわりに対してのアプローチが疎かにされてしまったり、適切な介入のチャンスを逃したりすることを意味します。


(9) 失感情言語症(アレキシサイミア)と高次神経系のトラブル
暴力のある環境で暮らしてきた子どもが思春期を前にしたとき、むかつく、いじける(萎縮することと暴発すること)、パニくる(パニックに陥る)、たりぃ(たるい)、うっとうしい、疲れる(背中ぐにゃ、朝からあくび)、転んでも手がでない、ボールが目にあたるなど、身体的なことばに象徴されるような異変がみられることがあります。
こうした傾向が認められる子どもたちは、心が不安になって悩まなくなり、悩めなくなっています。
それは、心身症に特有の「失体感性(心身体感覚性:身体感覚を主観的に体験できないために、身体的な衰弱や疲労感を訴えること)」や、「失感情言語症(アレキシサイミア;alexithymia)」に似た傾向をもっています。
アレキシサイミアは、自分の感情(情動)への気づきやその感情の言語化の障害、また内省の乏しさといった点に特徴があります。
アレキサイミシアは、自分の「身体の痛み」「しんどい」などの感覚に気づくことが難しくなることを指します。
アレキシサイミアの状況が長く続くと、今度はストレスがない状態のことを忘れてしまい、ストレスがかかった状態が普通となってしまうことがあります。「ツラい」「哀しい」という感情をうまく吐きだせずに自分の中(脳内)にとどまってしまい、感情がでない状態になります。
とはいっても、感情がないわけではないので、あまりに押し込められた感情は、頭痛・不眠・よくわからない痛み・しびれ・めまいな身体的な症状となって表れます。
しかし、病院で、脳波やCT・MRIなどの検査を受けても多くの場合異常はでません。
さらに、ケガをしても、あまりに感覚がマヒしていて痛みを感じないなど、自分の身体にもかかわらず、異常に気づきにくい、自分のからだと向き合えないという傾向をアレキシソミアといいます。
自分の身体と向き合うことができないのですから、その状態はかなり深刻です。
アレキシサイミアの主だった特徴は、次の通りです。
a) 事実関係を、細部の描写をくどくどと何度も繰り返すが、それに感情の表現が伴わない
b) 自分の感情や葛藤状態に対して、適切なことばで表現できない(情動の体験と表現が制限されている)
c) 想像力や空想力に乏しい
d) 感情をことばよりも行動によって表わす
e) 葛藤から逃れるために、直ぐ行動に移りやすい
f) できごとについての周囲の状況を述べて、感情について語らない傾向がある
g) 対人関係は貧困で、機械的な対応が多く、面接者とのコミュニケーションをとるのが難しい
h) 感情や空想を語るよりも、外のできごとについての思考が多い
自己の感情の認知や表出が困難であることから、身体化にその捌け口を求める心理的特徴をもちます。
社会適応はよすぎるくらいよくて、むしろ過剰適応の傾向にすらある人が多いとされ、精神病患者や抑うつ患者に比べて心身症患者は、失感情症傾向が強いとされています。
アレキシサイミアは、怒り、哀しみなどの感情を感じとることも、ことばで表現することもできません。
外のできごとのこと細かい部分に関心が限定され、自分の感情を認知することも、自分のことばとして相手に伝えることもできません。
そのため、「どう感じる?」と訊かれると、困惑してしまいます。突然怒ったり、泣きだしたりしますが、そのとき、なにを感じているかを説明することはできません。
なぜなら、そのときそのときの感情を、自分の中で区別することが難しいからです。
この荒れ、キレるにつながる心と身体の問題は、感情、思考、意志、創造の座である大脳新皮質の前頭葉の発達の異変と関係が深くかかわっています。
未発達の原因のひとつが、子どもがDV環境・虐待環境のもとで、極度の緊張状態を強いられながらの生活を余儀なくされてしまうことです。
そして、その子どもが思春期を経て、青年期を迎えるにつれ問題行動が顕著になり、「あれッ、この子、なにかがおかしい」と気づいたときには、その症状はかなり進んでしまっていることになります。
高次神経系の興奮の働きも抑制の働きもともに強くなっていない子どもは、1980年代以降、幼児で50%以上、学年が進むにつれ少なくなりますが、思春期がはじまる5-6年生にかけて逆に多くなり、中学になっても5人に1人、4人に1人にのぼるとされています。
高次神経系(機能)は、意思を表現・伝達・理解する言語、物や空間の認知、目的をもった行為、時間の流れの中で欠かせない記憶、そして、将来的展望と目的をもって柔軟に行動する能力を司ります。
高次神経系にトラブルを抱える5歳児には、愛着障害児と似通った次のような特徴がみられます。
a) 衝動性・攻撃性
 ・教室の椅子や机、遊具などを乱暴に扱って壊す
 ・あきっぽく、ひとつのことに熱中できない
 ・自分の思い通りにならないと、相手を押したり、ぶったりする
 ・先生に注意されると、口ごたえや反抗的な態度をとる
 ・怒ると相手に噛みついたり、つねったりする
b) 対人関係
 ・いいつけや約束を守らない
 ・他の子が遊んでいるとじゃましたり、いたずらしたりする
 ・他の子からいじめられたり、仲間はずれにされたりしやすい
 ・他の子をいじめる
c) 心身症的・神経症的症状
 ・よく熱をだす
 ・よく顔をしかめたり、ひきつらせたり、目をパチパチさせる
 ・登園時、家族と離れるときにぐずる
d) 社会性・生活習慣の発達
 ・ままごとで、自分がお母さんやお父さんになりたがらない
 ・友だちと順番に、ものや遊具を使うことができない
 ・母親や先生にほめられても、得意になって説明しない
 ・どちらがよくできるか、友だちと競争しない
 ・身の回りのことを自分でできない
 ・友だちを自分の家に誘いたがらない
e) 自主性
 ・ちょっとしたことでも保育士の助けを求める
 ・同じ年齢の子ども同士では、作業の中心になったり、先頭になったりして遊べない
 ・ゲ-ムをしていて、相手がインチキをすると厳しく抗議したり、制裁を加えたりする
これらの子どもの精神症状としては、不安感にさいなまれ、強迫観念にかられることが多く、身体症状は夜尿、チック、痛み、嘔吐などが多くなります。
思春期心身症に多い過敏性腸症候群、自律神経失調症、過呼吸症候群、神経性食欲不振症などが早い段階からあらわれてきます。
行動面での症状は、不登校、家庭内暴力、夜驚、夢中遊行、吃音などが多くみられます。神経症、心身症にあっても、症状連合(さまざまな症状があわせ見られる)や症候移動(加齢とともに症状が別の症状に移動する)の傾向も特徴のひとつです。
そして、子どもの神経症は、衝動的な暴力などの<行動化>、身体症状としてあらわれる<身体化>、ひきこもりなどの<内閉化>、手洗い脅迫に見られる<脅迫化>の傾向をよりいっそう強めていくことになります。
a) 過敏性腸症候群(lrritable Bomel Syndrome;IBS)..腸が精神的ストレスなどの刺激に対して過敏な状態になり、大腸(あるいは小腸)の運動および分泌異常で起こる病気の総称です。検査を行っても炎症や潰瘍など目に見える異常が認められませんが、下痢や便秘、ガス過多による下腹部の張りなどの症状が起こります。
b) 夜驚..3~10歳くらいの男児で神経質な子どもに多くみられます。夜間入眠2~3時間後に突然大きな声をだし、おきあがったり、なにかに怯えたように泣き喚くとともに、歩き回ったり、走り回ったりする突発性の睡眠障害のひとつです。
夢とは異なり、翌朝にはそのことを覚えていません。頻脈、速い不規則な呼吸、発汗、瞳孔が広がるといった症状がみられますが、脳波には発作性異常波はみられません。てんかんの一種複雑部分発作(精神運動発作)と区別が難しいとされています。規則正しい生活、睡眠の環境を整えること、睡眠のリズムを大切にすることによって改善されます。

子どもたちの脳の<情緒的>な部分が恐れや不安でいっぱいになると、注意や記憶、動機づけ、それに学習にとって重要な皮膚の切り替えを活発化することに失敗してしまいます。
親とともに過ごすDV環境、虐待環境に伴う強烈なストレス、情緒的にストレスの高い子どもは、学校で、勉強のための脳の活力を確保することが困難になります。
大脳辺緑系に生ずる衝動のトラブルが思考を活性化させることを妨げ、素行活動を偏面化させ、衰えさせていくことになります。
最近、「今日のぼくは、昨日の暴力をふるったぼくと違うまじめなぼくに変身しているのに、なぜ昨日のぼくを問題にするの?」といったことを平気で話すといった境界性人格障害(ボーダーライン)に近い傾向を示す子どもが増えているとされています。
こうした傾向の子どもは、失感情言語化症的な傾向をもつと同時に、思春期や青年期に薬物乱用、自傷行為、自殺企図、家庭内暴力、性的逸脱などの<行動化>や心身症などの<身体化>を示すという特徴をもっています。
自分の問題行動をあとから思いだすこともできるし、確かに自分のしたことだと認めたりしますが、どこか実感に乏しく、他人ごとのように体験していて、真の罪悪感に欠けています。
つまり、二つの自我状態にわかれていて、この二つは知的には結びついているけれども、感情的には結びついていないのです。
神経症者が抑圧、解離を中心的な防衛機能とするのに対し、「境界性人格障害(ボーダーライン)」は、分割(スプリッティング)を中心的な防衛機能としています。
失感情言語化症的な特徴をもつ主人格が立ち、それが身体や感情を抑圧、解離させるのです。
したがって、他方にその抑圧、解離された身体が<分割>された副人格として表れ、しばしば<悪魔的な行動>をとるわけです。
“悪魔の声”は、身体を否定する自我に拒絶された身体の復讐の怒りの声です。
幻想が崩壊するとき、幻想を固く信じてきた自我は無力になります。
自我の統制力が失われると、余儀なく幻想に支えられてきた身体は破壊的に反応することになります。
身体は無力な自我を押しつぶし、一時的にその能力をえます。
それは、敵意や否定的な力として爆発し、幻想が達成しようともくろんでいたすべてを破壊しようとします。


(10) 危機とPTSD
子どもは、事故や事件、災害、深刻ないじめの被害、近親者の死亡、いじめられ体験、両親間のDV(面前DV)、虐待体験、きょうだいや祖父母など家庭内暴力体験、両親の不仲や離婚にまつわるツラい体験、教師による体罰などの体験に強いストレスを感じます。
「プロローグ」の「3.東日本大震災後の児童虐待とDVの増加-戦争体験によるPTSDの発症から学べるものはなにか-」の中で述べているとおり、戦地から帰還する兵士が抱える強いストレスと同等のものであり、その強いストレスによって生じる独特の症状は、「SAD(急性ストレス障害)」、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と呼ばれます。

① 危機とは
 危機(crisis)とは、「人が通常もっている事態に打ち克つ作用がうまく機能しなくなり、ホメオスタシス(恒常性)*-41 が急激に失われ、苦痛と機能不全が明らかに認められる状態のことです。
危機は、「発達的な危機(maturational or developmental crisis)」と「状況的な危機(situational crisis)」とにわけられます。
発達的な危機は、幼児期、思春期、老年期、および、結婚、定年など、発達、成熟に伴う人生の特定の時期で発生するもので、状況的危機には、失業、離婚、別離などの社会的危機(social crisis)や偶発的危機(accidental crisis)があります。偶発的危機には、自然災害(地震、津波、噴火、台風、水害など)や人為的災害(火災、自動車事故、航空機事故、爆発事故)、戦争や暴力(戦争、テロ、殺人、レイプ、虐待)などが含まれます。
この偶発的な危機の中で、生命の危機が脅かされるような惨事(crisis incident)に遭遇しておきるストレスを惨事ストレスといいます。
惨事ストレスの他、被虐待体験、いじめられ体験や養育者との離別などでも、子どもはASDやPTSDの症状を示すことがあります。
ASDやPTSD症状の軽重は、心理的な発達の段階やおかれた立場、周囲の支えなどによって異なり、一様ではありません。
*-41 ホメオスタシス(恒常性)については、「Ⅱ-12-(12)思春期・青年期の訪れとともに」でとりあげています。

② ASD(急性ストレス障害)
 ASD(急性ストレス障害:acute stress disorder)とは、外傷的なできごとにであって1ヶ月以内におきる反応のことで、PTSR(心的外傷後ストレス反応)とも呼ばれます。
「外傷的なできごと」とは、家族や仲間の死亡の目撃、DVの目撃(面前DV)、いじめられ被害、借金のとり立て者による脅威、セクハラやレイプ、恐喝、暴行などの犯罪被害やその目撃などもあります。
過去にこのような強いストレスを受けたことがあり、a)覚醒亢進(過覚醒。興奮して眠れないことや非常に活動的になる)、b)再体験(侵入。突然、その不快な体験を思いだし、恐怖から逃げだそうとしたり、怒りを表したり、怖くて固まってしまう)、c)回避(特定の場所や活動、刺激を怖がり、それを避けようとする)といった症状がみられるとASDやPTSDの症状とみなされます。
 ただし、子どもの場合、活動そのものが混乱していることも多く、覚醒亢進と再体験の状況からADHD(注意欠陥多動性障害)との診断を受けることも少なくありません。
また、解離性症状として、ア)麻痺した、孤立した、感情がないという感覚、イ)ぼうっとしているなど周囲への注意の減弱、ウ)現実感消失、エ)夢の中にいるような感じになる離任症、オ)トラウマの追想が不能となる解離性健忘があげられますが、外傷的なできごとへの耐え難い情動反応が一種の変性意識をひきおこすものです。
健康な人であっても、強いストレス下にあるとき、一時的に自分の心理状態を平衡に保つために生じる防衛反応です。
しかし、ASDやPTSDの症状が深刻になると、心の傷を受けた記憶を思いだしたくなくても、繰り返し思いだすようになります。
そして、自分の身を守ろうとして解離症状を示すようになり、その結果、恐怖の「固定観念」に支配されるようになります。

③ PTSD(心的外傷後ストレス障害)
 PTSD(post-traumatic stress disorder)は、ストレス事態が去り、一定期間を過ぎても(3ヶ月程度を目途にする場合が多い)、ストレス症状が強くみられるものです。
阪神淡路大震災では、震災から4年経過したあとも、9%がPTSDと診断されています。
PTSDは、外傷的なできごとの直後からはじまり、その後、継続する場合が多くみられます。
ASDからPTSDに移行していくことが多いものの、すべてがそのように進むわけではなく、心的な外傷を受けあと遅れて症状が生じることもあります(遅延性PTSD)。
心的脆弱性や被暗示性のある人ほど、また、過去に強烈な感情的事件に遭遇している人ほど、PTSDに変化していきやすいとされ、同時に、症状が重くなるとされています。
半数程度に、PTSDの症状に加えて、深刻な解離性症状を示します。
重い症状がみられるときには、ストレスにであったことを忘れてしまったり(解離性健忘)、前触れもなく突然、つらかった記憶やそのときの感覚に陥るフラッシュバックにみまわれたりします(自動再生)。
その結果、周囲の状況とは無関係な行動をとってしまったり(行動の自動化)、苦痛の感覚と感情を隔離してしまったり(切り離し)するなどの症状がみられます。

④ 子どものPTSDの長期化と2次障害
PTSD症状が問題なのは、症状が長期化しやすいことです。そのため、子どもでは、発達にさまざまな歪みをもたらしやすくなります。
年齢が低い場合には、抑うつ症状や分離不安障害(養育者と離れたがらない)と関連し、その後の回復への支援が十分ではなく、日常生活で無理を重ねると、2次障害がおきやすくなります。
2次障害は、身体化症状、自傷行為(セルフ・カッティング)、摂食障害(過食症、拒食症)、物質濫用(アルコール、薬物)、そして、境界性人格障害(統合失調症と神経症の境界という意味で名づけられた)などで、長期にわたり人生に影響しかねないものです。
また、自然災害や事故など、一度だけの外傷体験よりも、虐待体験やいじめられ体験のように複数の外傷体験をもつ場合のほうが、トラウマの記憶の喪失や多様な解離症状を呈しやすくなります。
過去の外傷体験が複雑に絡み合っているケースを「複雑性トラウマ*-42」といいます。
この場合、問題からの回復に時間がかかり、解離性健忘と行動の自動化によって、解離性同一性障害(多重人格)などの問題が生じやすいとされています。
*-42 過去の外傷体験が複雑に絡み合っているケースを「複雑性トラウマ」というわけですが、この「手引き」では、DV環境下で育ったり、虐待を受けて育ったり慢性反復的な外傷体験によるPTSDを「複雑性PTSD(C-PTSD)」として、「Ⅱ-13.PTSDとC-PTSD、解離性障害」の中で、PTSDの主要症状に加え、解離性障害や摂食障害と性暴力被害との関連性を踏まえて詳しく説明しています。

⑤ ADHDや情動コントロールの問題とPTSD
このレポートで繰り返し述べているとおり、ADHDや情動コントロールの問題の中に、PTSDの症状が潜んでいることがあります。
それは、a)なんらかの機会に、人が変わったように怒りだすと止まらなくなったり、泣きだすと止まらなくなったりする(自動再生と行動の自動化)、b)なんでもない状況で、激しく怒ることや泣いてしまったりする(行動の自動化)、c)なにかで感情を乱したあと、なにがあったのかを思いだせなかったりする(解離性健忘)ときには、情動コントロールの問題の背後に子どものPTSD症状が疑われます。
また、落ち着きがなく(覚醒亢進)、席につかない(回避)などの多動を示すなど、一見するとADHDと思われる子どもの中にも、PTSD症状が含まれていること多くみられます。
一方で、発達障害の子どもに対し、過度にしつけようとすることが、子どもに強いストレスを与えることになり、二次障害としてPTSDを発症していることもあります。


(11) 自己正当化型ADHDとAC
本来、アタッチメント獲得に問題(愛着障害)を抱えていると判断されなければならない人たちの中には、「LD(学習障害)」や「ADHD(注意欠陥多動性障害)」、「アスペルガー症候群」など発達障害と判断されている人たちが多く含まれています。繰り返しになりますが、愛着障害とLDやADHDとの判断が非常に難しいのです。
判断が、なぜ難しいのか?
要因のひとつとして、判断を求められるときの、養育者(親)と子どもとのかかわり方、そして、立ち位置が影響していることがあげられます。極端ないい方をすると、判断するときに、親が養育にかかわっているか、いないかが、大きく影響を受けるということです。
つまり、親の子どもへの不適切なふるまい(暴力・虐待行為)が認められ、児童相談所などの家庭介入がおこなわれているときには愛着障害と判断され、子どものふるまいの原因は親にあると認識されます。
しかし、親が、子どものしつけには厳しくしている(いき過ぎた教育(教育的虐待))と認識していたり、手をかけ過ぎ(過干渉・過保護)ていたりするときには、親に暴力・虐待をふるっているといった自覚がないために、子どものふるまいは子ども自身に原因があるとして、医師や学校に相談したり、治療に訪れることになってしまうので、“なぜ”そういったふるまいをするのかよりも、“どうしたら”そういったふるまいをなくせるのかにフォーカスされることになります。
そのため、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)と判断されてしまいます。
それは、親の子どもへの不適切なかかわりに対してのアプローチが疎かにされてしまうことになります。
「ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)」の子どもにみられる症状や状態は、以下のとおりです。
・朝の支度に時間がかかる。ただ服を着るだけなのに、とんでもなく時間がかかる
・家であろうとファミレスなどでの外食であろうと、まともに食事ができない。座っていられず、兄弟にちょっかいをだし、皆の食事のじゃまをする
・同時に複数の指示を覚えられない。例えば、「隣の部屋に行ってハサミを取ってきなさい」といったとする。隣の部屋に行ったときには、なにをとりに行ったのか忘れている
・しょっちゅう人のじゃまをする
・なにかをすると約束しても、やらずに放ってある。本人は「忘れていた」というが、とうてい信じられないし、イライラさせられる
・なにをするにも手間取る
・プラスの性質がたくさんある。たとえば、エネルギーにあふれている、熱意がある、優しい、目に「なにか特別な」輝きがある、想像力が豊か、直感力がある、粘り強い、決断力がある
・失敗をとりつくろうために、とっさにほらを吹いたり、信じられないような説明をしたりする
・遅刻の常習犯で、ときには約束そのものを忘れてしまう
・授業に集中していないと教師に叱られる。家でも同じように叱られる。
・てきぱき行動するのは不可能に近い
・冒険や危険など、刺激が強いことは何でも好き
・なぜか、急に注意を集中させる。とくに、興味のあることに対しては完全に没頭する
・じっと座っていられない
・教師や親が仰天するようなことを突然口走る。軽率な言動が多い
・目を離せない。十分に注意して見張っていなければならない
・気分にムラがある
・こらえ性がない。待つことができない
・時間感覚がないに等しい。「いま」と「いまでないとき」の二つしかない
以上のように、先に記した高次神経系にトラブルを抱える子ども、愛着障害と診断された子どものみせる特徴と似通っていることがわかります。つまり、暴力のある家庭で育った子ども、虐待を受けて育った子どもであっても、親が子どもへの暴力を自覚していなかったり、教師や医師が、親が子どもへの暴力の事実を認識できなったりすると、「ADHD」など複数の発達障害と診断されることが少なくないのです。

① 発達障害とADHD
ADHDは、次の3つを中心的な症状とする発達障害です。
a. 不注意(物事に集中することができず、忘れ物が多い)
b. 多動性(落ち着きがなく、じっとしていることができない)
c. 衝動性(思いついた行動を唐突におこなう、順番を待てない)
そして、症状の現れ方や程度にはかなり個人差があり、大きくは次の3つに分類されます。
ⅰ. 混合型(不注意、多動性、衝動性の3つがみられる)
ⅱ. 不注意優勢型
ⅲ. 多動性・衝動性優勢型
ADHDをもつ子どもの場合、実行機能の低下をはじめとする脳の器質的*-43・機能的障害が背景にあると考えられています。
実行機能とは、ア)目の前の状況を把握して認知する力、イ)順序立てて考えをまとめる力、ウ)衝動的に反応して行動せずに熟考する力、エ)現在の状況と過去の記憶を照らし合わせて判断する力、オ)実行に移る前に順序立てる力のことです。
この5つの実行機能が障害されているために、多動性や衝動性、不注意が引き起こされると考えられています。
*-43 器質的障害:胃が炎症をおこしているなどのように、物理的(物質的)に脳に異常が生じている、脳炎、外傷、腫瘍などの障害のことです。
器質的障害は、ほとんどの場合、CT、MRIの検査で確認することができます。

a) 言語発達遅滞
言語コミュニケーションの能力が、年齢に期待されるレベルに達していない状態のことです。
そもそもことばの遅れにはいくつかの原因があり、発達障害や麻痺、難聴、失語症など先天的なものの場合もあれば、時には環境や心理的なものなど、後天的なものが遅れをつくることもあります。
それらのケースとは異なり、言語以外に発達上の問題や原因が特に見当たらず、子どもに周囲への関心やコミュニケーションの意志がしっかりと見られる場合は、「単純言語発達遅滞」、もしくは、「特異的言語発達遅滞」、「発達性言語遅滞」といい、さらに、ことばの理解はほぼ年齢並みにもかかわらず話すことができない、もしくは著しく遅れている「運動型(表出性言語障害)」と、ことばの理解が発達してこないために、話すことも発達してこない「感覚型(受容性言語障害)」に分けられます。
俗にいうことばの遅立ちで、後に追い付く場合もありますが、学童期に「学習障害」へ移行するケースも見られます。
原因はよくわかっていませんが、発達障害と同じように、脳や中枢神経に何らかの問題があるのではないかといわれています。
b) 精神遅滞(Mental Retardation:MR=知的障害)
日常生活を送る上で、知的な面での支障がある障害のことです。原因は多様で、ダウン症や自閉症などの先天的なケースもあれば、疾患や事故によるものもあります。
いずれも、発達途上の18歳未満に遅滞が生じた場合を「精神遅滞(=知的障害)」と呼び、それ以降の事故による障害や認知症などは含まれません。
乳幼児期には首のすわりや寝返り、おすわりをなかなかしないなど、身体的な発達遅滞を伴う場合が多く、健診での早期発見が期待されます。発語が遅い、周囲への関心が乏しい、指示が通りにくい、多動や寡動なども、初期の顕著な症状です。
精神遅滞(知的障害)であると診断をされた場合、申請すれば「療育手帳」が交付され、様々な福祉支援を受けられます。
通常、発達・知能検査 による数値(発達指数=DQ、もしくは知能指数=IQ)が70以下であることが、診断や手帳取得の基準になっていますが、実際にはいわゆるボーダー(知的発達境界域、IQ71-84)でも、学力や日常生活に支障ができることが多いと考えられます。
発症率はおよそ 50人に1人で、その内の85%以上が軽度といわれています。男女比は約1.5:1です。
c) 学習障害(Learning Disorders:LD)
知的には問題がないのに、読む・書く・計算するなど特定の分野において、学習上著しく困難を生じる障害です。
脳の機能に問題のある先天的な障害とされていて、特別な支援が必要です。
発症率はおよそ100に1人、男女比は3-4:1で、ADHDを併発するケースが全体の30%といわれています。
ア) 読字障害
・読みの正確さと理解力についての個別検査での到達度が、年齢に応じて期待されるものより著しく低い
・上記の状態が、読字能力を必要とする勉強や日常の活動を明らかに妨害している
・感覚器の欠陥がある場合、読みの困難は通常それに伴うものよりも過剰である
イ) 書字表出障害
・書字能力についての個別検査での到達度が、年齢に応じて期待されるものよりも、著しく低い
・上記の状態が、書字能力を必要とする勉強や日常の活動(文法的に正しい文章や構成された短い記事を書く等)を明らかに妨害している
・感覚器の欠陥がある場合、書字能力の困難は通常それに伴うものよりも過剰である
ウ) 算数障害
・算数能力についての個別検査での到達度が、年齢に応じて期待されるものよりも、著しく低い
・上記の状態が、算数能力を必要とする勉強や日常の活動を明らかに妨害している
・感覚器の欠陥がある場合、算数能力の困難は通常それに伴うものよりも過剰である
エ) 運動能力障害(発達性協調運動障害)
・運動の協調が必要な日常の活動における能力が、年齢に応じて期待されるものよりも、著しく低い。(発達の過程で、お座り・ハイハイ・一人歩き等に関して、著しい遅れが見られることもある。また、物を落とす、極端な不器用、スポーツが下手、書字が下手等の症状で明らかになることもある。)
・上記の状態が、勉強や日常の活動を明らかに妨害している
・この障害は、一般身体疾患(脳性まひ、片まひ、筋ジストロフィー等)によるものではなく、広汎性発達障害の基準を満たすものでもない
・発達遅滞がある場合、運動の困難は通常それに伴うものよりも過剰である
オ) コミュニケーション障害
ⅰ) 表出性言語障害
・表出性言語発達についての個別検査で得られた得点が、非言語的知的能力及び受容性言語の発達の得点に比べて著しく低い。(語彙が限定的であったり、時制の誤りを頻繁に犯す、単語を思いだすことの困難さ、年齢に応じた適切な長さと複雑さを持つ文章を作ることが苦手であったりする等の症状で明らかになることもある)
・上記の状態が、勉強や日常の活動、又は対人関係を明らかに妨害している
・受容-表出混合性言語障害、又は広汎性発達障害の基準を満たさない
・精神遅滞(=知的障害)や言語-運動又は感覚器の欠陥がある場合、言語の困難はこれらの問題に通常伴うものよりも過剰である
ⅱ) 受容-表出混合性言語障害
・受容性および表出性言語発達についての個別検査で得られた得点が、非言語性知的能力の標準化法で得られたものに比べて著しく低い。(表出性言語障害の症状及び単語、文章、特定の型の単語=例えば空間に関する用語の理解の困難、等の症状がある。)
・上記の状態が、勉強や日常の活動、又は対人関係を明らかに妨害している
・広汎性発達障害の基準を満たさない
・精神遅滞(=知的障害)や言語-運動または感覚器の欠陥がある場合、言語の困難はこれらの問題に通常伴うものよりも過剰である

② 注意欠陥多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorders:ADHD)
集中力が持続しない、不注意、多動などの症状が見られ、集団生活への適応が困難な障害のことです。
原因は多岐にわたりますが、血液検査をするとドーパミンが多量に検出されることから、「脳内のドーパミンが不足するために起こる」との説が現在は有力になっています。
本人の特性に合わせた支援が必要とされます。発症率はおよそ90-60に1人と、決して珍しくない障害です。男女比は4-9:1。
集中力に困難があるため、LDを併発するケースが全体の50%以上に達するといわれています。
DSM-ⅣによるADHD診断基準は、以下の通りです。
A. 次の、ア)かイ)のいずれかに該当する
ア) 不注意を示す以下のような症状が6つ以上あり、それらが少なくとも6ヶ月以上持続し、発達レベルにそぐわない不適応が認めらる
<不注意>
・学業、仕事、またはその他の活動において、綿密に注意することができない。または、不注意によるミス・過ちが目立つ
・課題・仕事または遊びの活動で注意を持続することが難しい。または困難である
・直接話し掛けられたときに、聞いていないようにみえることが多い
・反抗的な行動または指示を理解できないということではないのに、指示に従えず、学業、用事、または職場での業務をやり遂げることができない
・課題や活動を順序立てる事が苦手・困難である
・学校の宿題や課題など、精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいやおこなう
・各種の作業や課題や活動に必要なもの(おもちゃ、教材、鉛筆、本、道具など)をよくなくす
・外からの刺激によって容易に注意をそらされる
イ) 多動性ならびに衝動性を示す以下のような症状が6つ以上あり、それが6ヶ月以上持続し、発達レベルにそぐわない不適応が認められる
<多動性>
・よく手足をそわそわと動かし、または椅子に座っているときにもじもじする
・教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れることが多い
・不適切な状況(おとなしくしていなければいけない状況など)で、余計に走り回ったり高い所へ上がったりする(青年または成人では落ち着かないように感じられるだけのときもある)
・静かに遊んだり余暇活動につくことができなかったりする
・“じっとしていない(動き回る)”、または“まるでエンジンで動かされているように”行動することが多い
・しばしばしゃべりすぎる(おしゃべりが目立つ)
<衝動性>
・質問が終わる前に出し抜けに応えたりする
・順番を待つ事が困難・苦手である
・人の邪魔をしたり、介入したりする傾向がある(人の会話やゲームに割り込むなど)
B.多動性-衝動性または不注意の症状のいくつかが7歳未満に存在し、障害を引き起こしている
C.これらの症状による障害が2つ以上の状況において(例えば、学校〔または仕事〕と家庭)存在する
D.社会的、学業的または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在する明確な証拠が存在しなければならない
E.その症状は広汎性発達障害、精神分裂病、またはその他の精神病性障害の経過中のみ起こるものではなく、他の精神疾患(例えば、気分障害、不安障害、解離性障害、または人格障害)ではうまく説明されない
不注意とは、物事に集中することができず、忘れ物が多いことに表れます。ADHDの子どもは、同年代の子どもに比べ、注意力や集中力が持続しないのが第一の特徴です。
特に興味のないものに対して、長く注意を向けたり集中したりするのが苦手です。
また、人と話をしている最中や勉強をしているときでも、周囲でちょっとした動きや物音がすると、そちらに意識が向いてしまったりします。
そのため、忘れ物やケアレスミスが多く、宿題をやりとげられないこともあります。
多動性とは落ち着きがなく、じっとしていられないことです。
ADHDの子どもは、授業中でもじっと席に座っていることが苦手です。他の子どもたちが皆、席についても、また先生が「席につきなさい」と指示を出しても聞かず、歩きまわったりします。
多動には「移動性多動」と「非移動性多動」がありますが、上記のケースは移動性多動です。非移動性多動の場合は、席を立つことはしませんが、ひっきりなしに体を動かしたり、物をいじったりして授業に集中できません。
成長するにつれて、移動性多動から非移動性多動へと移行していくのが通例です。
衝動性とは、結果を考えずに突飛な行動のことです。
ADHDの子どもは、衝動的な反応を抑えることが苦手です。そのため、何かを思いついたり気になったりすると、結果を考えずに即座に行動してしまうことがあります。
例えば、質問を聞かないで話しはじめたり、通りの向こう側に気になるものが見えたら、安全を確認せずに飛びだしたりします。
また、自分の順番が来るまで静かに並んで待てないことがあるのも、ADHDの子どもの特徴です。
そして、ADHDは、「混合型(ADHD)」、「不注意優勢型(ADD)」、「多動性・衝動性優勢型」と診断されます。
混合型(ADHD)とは過去6ヶ月間、上記DSM-Ⅳのア)不注意とイ)多動・衝動性の基準をともに満たしている場合で、不注意優勢型(ADD)とは、過去6ヶ月間、基準A1を満たすが基準A2を満たさない場合(多動のないADD)です。
多動性・衝動性優勢型とは、過去6ヶ月間、基準A2を満たすが基準A1を満たさない場合です。
このタイプの半数は小学1年以下で、学校生活がはじまる時期に不注意のあることがわかっています。彼らの多くは、混合型の診断基準を満たします。
ADHDの治療は治すことを目指すのではなく、病気をもっていても普通の子どもと同じように日常生活、社会生活を送ることができるようになることを目標とすることが大切です。
あきらめずに根気よくケアにとり組めば、症状をコントロールでき、他の子どもたちと同じように日常生活、社会生活がおくれるようになります。
その積み重ねで、本人の成長とともに病気が治る可能性があると理解することが大切です。
治療においては、いかに有効な治療プログラムを組むかが重要なカギとなってきますが、子どもと家族、医師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、担任教師や養護教諭などの学校関係者、福祉行政担当者等、治療に携わるさまざまな人たちが連携して取り組む必要があります。
一般にADHD/ADDは単一の障害として治療されていますが、ADHD/ADDには異なる6つのタイプがあり、それぞれ治療法も違います。
治療法(主に薬の処方)があわなければ、逆に症状が悪化するケースもでてきます。
多くの場合、ADHD/ADDの診断の基準になるのは表に現れた症状であり、脳の機能に対し、注目されることはめったにありません。
典型的なADHD/ADD患者の場合、何かに集中しようとすると注意力の持続や短期間の記憶、予測をつかさどる脳の領域の活動が低下します。リタリンのような興奮剤は、この領域に刺激を与えるとされていますが、ADHD/ADD患者の中には、興奮剤が効かないケースもあります。
ダニエルGエイメン博士の研究の結果、こうした患者は、脳の活動パターンに違いが見られることがわかってきました。ADHD/ADDは多面的な疾患であり、適切な治療をすれば効果があると考えられ、以下の6種類に分類されます。
・タイプ1 標準型
  一次的症状(注意力の散漫や支離滅裂な行動)に加え、多動性、情動不安、衝動性がみられます。
早期に発見されることが多く、興奮剤(リタリン)による治療が最善されています。高タンパク質食品による食事療法も効果があります。
・タイプ2 注意散漫型
  一次的症状に加え、身体的・情緒的活力に乏しく、大人になってから初めて診断されます。男性より女性に多く、「怠け者」や「変人」のレッテルを張られることが少なくありません。
治療には、興奮剤(リタリン)と高タンパクの食事が効果的です。
・タイプ3 過剰集中型
  一次的症状に加え、認識能力が硬直的で、関心の対象が1つに集中してしまう。思考・行動ともに消極的で、不安や恨みをかかえ理屈っぽい。近親者に依存症や強迫的傾向のある人がいる場合も少なくありません。
このタイプの患者に興奮剤だけを処方すると、自分の抱える問題しか考えられなくなります。そのため、抗鬱剤と興奮剤、高炭水化物食品による食事療法を組み合わせた治療をおこないます。
・タイプ4 側頭葉型
  一次的症状に加え、短気、周期的な不安、記憶障害や読字障害などの症状があります。頭部外傷の経歴のほか、近親者に学習障害や情緒障害の傾向があるケースもみられます。
興奮剤だけの処方では、かえってイライラが増します。抗けいれん剤や高タンパク食を組み合わせた治療が効果的であるとされています。
・タイプ5 大脳縁辺系型
  一次的症状に加え、軽い憂鬱、活力の低下、低い自尊心、イライラ、孤立、食欲減退、睡眠障害が見られます。
興奮剤だけでは、情緒不安やイライラを助長してしまうので、抗鬱剤とともに、丹田呼吸法(吐いて吸うことに集中)を含む反復リズム運動(エアロビクス)、バランスのよい食事を勧めます。
・タイプ6 「炎の輪」型
  一次的症状に加え、極端な情緒不安定、かんしゃく、柔軟性の欠如、短絡的思考、過度のおしゃべりがみられ、音と光に敏感に反応します。脳の画像には、過剰な活動を示すリングが見られます。
興奮剤は症状を悪化させるだけなので、抗けいれん剤にプロザックなどの抗鬱剤や向精神薬を組み合わせて処方が効果的とされています。丹田呼吸法を含む反復リズム運動(エアロビクス)も効果があります。

③ 行為障害と反抗性障害のDSM-Ⅳ診断基準
思春期・青年期に入る子どもたちは、うっとうしい生活に苛立ち、むかつき、退屈し、あきらめ、そして、日常からの脱出を願っています。
退屈からの逃避で、退屈を紛らわし、退屈を埋め合わせる刺激は、次第に過激になっていきます。
その刺激によって、退屈が紛れなくなると、暴力と破壊に向かいます。
次に掲げる「行為障害(conduct disorder)」の条件(診断基準)は、いまや思春期・青年期の子どもたちにとって極めて日常的、経験的なものになってきています。
しかし、親(祖父母含む)、兄弟から何らかの暴力行為を受けている(日常的に両親間のDVを目撃している)児童が10-8人に1人ということを考えると、決して異常なことではないともいえます。
また、思春期にみられる「行為障害」は、その傾向が、青年期を経て酷くなると、「反社会性人格障害(サイコパス)」に進展していくことから、暴力連鎖として、DV・虐待行為を引き継いだ大人たちの多くに下記の条件があてはまります。
a) 行為障害(conduct disorder)のDSM-Ⅳ診断基準
精神疾患の『心理的・生物学的・環境的な原因』を問わない現在のDSM-Ⅳの診断マニュアルでは、行為障害(conduct disorder)の診断基準は以下のようになっています。
A.他者の基本的人権、または、年齢相応の主要な社会規範または規則を侵害することが反復し持続する行動様式で、以下の基準の3つ(またはそれ以上)が過去12ヶ月の間に存在し、基準の少なくとも1つは過去6ヶ月の間に存在したことが明らかである
[人や動物に対する攻撃性]
・しばしば他人をいじめ、脅迫し、威嚇する
・しばしば取っ組み合いの喧嘩をはじめる
・他人に重大な身体的危害を与えるような武器を使用したことがある(例えば、バット、煉瓦、割れたビン、ナイフ、銃)
・人に対して身体的に残酷であったことがある
・動物に対して身体的に残酷であったことがある
・被害者に面と向かっておこなう盗みをしたことがある(例えば、背後から襲う強盗、ひったくり、強奪、武器を使っての強盗)
・性行為を強制したことがある
[所有物の破壊]
・重大な損害を与えるために故意に放火したことがある
・故意に他人の所有物を破壊したことがある(放火による以外で)
[嘘をつくことや窃盗]
・他人の住居、建造物または車に進入したことがある
・物や好意を得たり、または義務をのがれるために、しばしば嘘をついたりする(即ち、他人をだます)
・被害者と面と向かうことなく、多少価値のある物品を盗んだことがある(例えば、万引き。但し、破壊や侵入のないもの、偽造)
[重大な規則違反]
・13歳未満ではじまり、親の禁止にもかかわらず、しばしば夜遅く外出する
・親または親代わりの人の家に住み、一晩中、家を空けたことが少なくとも2回あった(または、長期にわたって家に帰らないことが1回あった)
・13歳未満からはじまり、しばしば学校を怠ける
B.この行動の障害が社会的、学業的、または職業的機能に臨床的に著しい障害を引き起こしている
C.患者が18歳以上の場合、「反社会的人格障害」の基準をみたさない
b) 反抗挑戦性障害のDSM-Ⅳ診断基準
 行為障害には至らないけれども、反権威的な挑発行為(学校教育・親子関係への不適応行為)を頻繁におこなう「反抗挑戦性障害」の診断基準です。
A.少なくとも6ヶ月持続する拒絶的、反抗的、挑戦的な行動様式で以下のうち4つ(またはそれ以上)が存在する
・しばしばかんしゃくを起こす
・しばしば大人と口論する
・しばしば大人の要求、または規則に従うことを積極的に反抗または拒否する
・しばしば故意に他人をいらだたせる
・しばしば自分の失敗、不作法な振舞いを他人のせいにする
・しばしば神経過敏、または、他人からいらいらさせられやすい
・しばしば怒り、腹をたてる
・しばしば意地悪で、執念深い
B.その行動上の障害は、社会的、学業的、または職業的機能に臨床的に著しい障害を引き起こしている
C.その行動上の障害は、精神病性障害または気分障害の経過中にのみ起こるものではない
D.行為障害の基準を満たさず、また患者が18歳以上の場合、反社会性人格障害の基準も満たさない

④ 発達障害“適応”の基本原則
発達障害はどこまで適応することができ、またどこまで適応するべきなのか?
発達障害を抱える多くの人たちは、「普通になろう」、「社会(多数派)に適応しよう」と多大な努力をしています。
そして、抑うつやイライラ、強迫症状、解離などの精神症状、頭痛や吐き気、下痢などの身体症状に悩まされ、「病気」として心療内科を受診することが少なくありません。
また、一部の人はギャンブルやアルコール依存、大量服薬などの二次的な行動の問題も抱えます。
「これほど苦しんで社会に適応しようとしているのに」という苛立ちや、自分が納得できる生き方ができないための抑うつが背景にあり、発達障害自体の問題よりもこの結果としての苛立ちや抑うつのほうが重大な問題になっているといわれています。
発達障害は、多数派に合わせきることができません。
基本的には、自分が納得するように生きるしかなく、多数派に合わせれば合わせるほど、自分自身にストレスを抱えさせることになります。
そのため、かえってイライラして攻撃的になったり、抑うつになったり、強迫症状や視線恐怖、時には解離などの病的な症状をひきおこし、結果として、さらに不適応となったり、周囲にトラブルをひきおこすことも少なくありません。
したがって、「発達障害は、多数派に合わせることを考えないで、自分が納得することを最優先にする」ことが、一番周囲に与えるマイナス面が少なくなります。
多数派に合わせるために払った犠牲のためのツケのほうが、合わせられた効果に比べてはるかに大きくなるのです。

<発達障害“適応”の基本原則>
a) 学童期は周囲の理解や協力と、服薬や「空間の分離」等の環境調整により、「本人はできるだけがまんさせないで周囲とのトラブルをおこさないようにする」ことで二次障害を予防します。
それとともに、思春期以降の適応に備えて、「合理的な思考を身につけさせる」ことに最も重点をおきます。合理的に本人に周囲を理解させることは求めるわけですが、「実際に適応する」という結果は要求しないことが大切です。
  そのためには、極端には登校しない、ひきこもりという選択肢も考えなければならないのです。
b) 思春期から、本人に自らの発達障害についてきちんと説明し、本人が主体的に自分と多数派の違いについて理解して多数派を観察し、合理的な状況分析ができるようにトレーニングします。
c) 成人期には、「自分が納得するように生きる」という基本的な発達障害のスタンスを守りつつ、多数派の観察から得られた状況分析の合理的な結果から、本人が社会の中で希望することと、そのために必要な妥協のバランス、およびその妥協の結果として起こるストレスまで総合的に考えて、合理的に自分自身でどこまで社会(多数派)に適応するかの自分なりのスタイルを確立します。
  発達障害を疑う特徴があると判断した場合、次のステップに進む前に、脳の働きのマイノリティであることをどう考えるかについてまず考え、自分なりに結論をだすことが必要です。
例えば、「治らない脳の働きのマイノリティー(少数派)である」ことがわかったとしても、その場合は、その結論(「自分は普通でない」こと)を率直に受け入れる覚悟を固めなければなりません。
それができない場合は、直ぐに自己診断を停止し、再びその後の時間の経過の中で、覚悟ができるようになってからもう一度自己診断に戻ります。
「普通でない」ことを認めるのは、誰であっても抵抗があるものです。
自己診断の場合、いつでも逃げられるので、その抵抗があるままで中途半端にステップを進めても効果はありません(自分は違うと思いたければどこでも否定は簡単です)。
むしろ自分なりに診断を確定するところへ進む前に、「確定する時期ではなかった」という形で問題を保留にできれば、その後の人生の中でどうしても結論をださなければならない状況になったときに、迅速に自己診断に復帰できます。
「否認」と呼ばれる非生産的な道筋に入ることを、回避するための「積極的な先延ばし」と考えることが有効なこともあります。

⑤ ASグループとADHDグループの分類と判断のあり方
さて、脳の働きの少数派であることを直視する構えができたら、あとは、「自分の脳の働きの具体的な特徴を冷静に理解する」というプロセスに入ります。
AS(アスペルガー症候群)は「積極奇異型」、「孤立型」、「受動型」の3つのタイプ、ADHDは「思い込み型」、「ADHDのAC」、「合理型」、「自己正当化型」、「自己正当化型ADHDのAC」の5つのタイプに分類できます。
最初に、「人への愛着・執着の有無」によって、ADHDグループとASグループをわけます。
ASの最も不思議なところは、「愛着・執着の対象である人と、そうでない人への態度の極端な変化」が見られることです。
しかも、その愛着・執着は、自閉症としてのほとんどのこだわりよりも優先します。
それに対して、ADHDは、家族にも他人にも平等で常に無差別な1対1の関係で接します。
ADHDは人に執着しません。よくいえば、「相手の人格や判断を尊重する」、悪くいえば「他人はどうでもいい」ということになります。
例えば、「学校などでは緘黙のように大人しいのに、母親に対しては命令するような自己中心的な態度を示す」、「予定の急な変更など他の人なら到底合わせられない事態にも、相手が愛着の対象なら文句ひとついわずに全面服従もできる」、「自分の子どもでも、極端にかわいがる子どもと疎遠にする子どもで差別する」ということがASの人には見られます。
このような相手によって(極端に)変化することがあるのがASグループで、そうでない無差別な(人に執着しない)のがADHDグループです。
a) ASグループのタイプ分け
 「愛着・執着の有無」で“愛着あり”となった人はASグループです。この時点で、「特定の愛着の対象だけに極端に態度が変わる」人が残っています。
さらに、ASにもいろいろあり、下記の自閉症の3分類で説明するとわかりやすくなります。
A. 積極奇異型 人の中に積極的にでて「仕切りたい」AS
B. 受動型    相手中心で常に受身で行動するAS
C. 孤立型    自閉傾向が強く孤立へ向かうAS
分類は、次のようにおこないます。
ア) 学童時などに、「学校と家で態度がまったく違う」といわれていたり、ASの中ではADHDのように、「相手中心で場当たり的で優柔不断」と見られたりする人は、まず「受動型」に分類されます。
この中には、自閉傾向が弱く、外見上ほとんど発達障害に見られない人も含まれます。
イ)残った人は、「後悔するならはじめからするな」という非常に首尾一貫性を重んじる人が多くなります。
その中で、どんなに不適応になっても社会にでていこうとする人が「積極奇異型」です。自閉が強く、ひきこもりがちになる人が「孤立型」となります。
  積極奇異型と孤立型はよく似ています。
例えば、積極奇異型の人で、「社会で不適応」をおこし、二次障害として「強迫症状」や「視線恐怖」、「聴覚過敏」の悪化などがあり、その結果、「ひきこもり」がちになった人は、表面上分類が難しくなります。その場合、「社会にでていきたい」、「自分が中心になって注目されたい」、「仕切りたい」という“人への衝動”が強いかどうかを細かく見極めます。
それが、どうしようもなく強ければ積極奇異型、あるのはあるが自閉的な生き方を選択する場合は孤立型となります。
b) ADHDグループのタイプ分類
ADHDグループのタイプは、「思い込み型ADHD」、「ADHDのAC」、「合理的なADHD」、「自己正当化型ADHD」、「自己正当化型ADHDのAC」と5つに分類します。
ここで残った「人への執着や愛着がない」ADHDグループの中で、まず「人から指摘されたことが(自分にどんなに不利なことでも)本当のことなら認めるしかない」とあっさり認められる人は、「合理的なADHD」と「思い込み型ADHD」です。
これに対して、不利なことに限って抵抗があり、特有の先延ばし、逆ギレや否認をする人は「自己正当化型ADHD」、極端に落ち込む人は「ADHDのAC」と分類されます。
特に、逆ギレして相手を責めるタイプは「自己正当化型ADHD」で、ときにモラルハラスメント、DVの加害者となることがあります。
「自己正当化型ADHDのAC」は、正面切って逆ギレはしませんが、間接的に別の人に自分がいかにひどくいわれたかをずっといい続けたりします。
ア) ADHDのAC
ADHDグループには、「人を必要としない」の他、「移り気で刺激を求める」、「(まだ使えるから)物を捨てられない」、「いろいろな作業を同時進行でいくつも進めてどれも終わらない」、「納得しないと行動しない」、「臨機応変で場当たり的」、「ことばを真に受ける」などの特徴がある人が残っています。
ただし、ASのときと同様に、「二次障害として、痛い目にあったから自分で多数派に合わせるようになった」ということを考える必要があります。
こういう場合は、上記の“ADHDらしさ”は一見目立たなくなります。これを、「ADHDのAC」と捉えます。
「ADHDのAC」とは、「自分は駄目だから多数派に合わせるしかないと思い込んだADHD」のことで、ADHDとしての不適応の中で、小さいことから叱られたり、いじめられたりして自分で修正しようとしてきた人たちです。
しかし、子どものころの修正は、「ただ自分が悪いからと思い込む」ことになってしまうことから、自分自身を裏切り、発達障害として「自分が納得する」という一番大事なことを犠牲にして生きることになってしまいます。
その結果、「うつ状態」になったり、頭痛や吐き気などの身体症状、強迫症状、ときには解離(多重人格)までのいろいろな形で病気になったりする人が多くなります。
AC(アダルト・チルドレン)として表面上多数派に合わせているので、上記のような典型的なADHDらしさはみられませんが、特に、5歳以前のエピソードを辿ってみるとADHDだとよくわかります。
一見、「受動型AS」との区別が難しくみえますが、“人への愛着”に戻ってみると、鑑別が可能になります。
イ) 思い込み型ADHD
「思い込み型ADHD」は、ASの受動型に似ています。
「何でもいわれたことを本気にする」というADHDの思い込みの部分が極端に目立ち、通常ならASになるような状況の中でも「自分は納得していました」といえてしまう人々です。
黙々と割に合わない役割でもこなし、「これは自分の役割」と信じて不満にもなることもありません。
ただし、現実の経過の中でその役割がなくなると「自分がない」という風に感じることがあります。
その場合、自己診断が必要となることがあります。
それ以外は、基本的に納得しているので問題にさえ感じません。
ウ) 自己正当化型ADHD
「自己正当化型のADHD」は、自分では「自分があたり前」、「自分のほうが正しい」と思っていることが少なくありません。
「少数派」という認識自体が困難で、また自分に不利なことは認めないため、自己診断を必要とすることは少ないのですが、ADHDについての分類を説明するのにどうしても必要になってきます。
「人に執着しない」ことなど、他の特徴はADHDそのものですが、小さいときから自分が中心で、人より優位に立つことを求め、逆に、自分が不利なことを認めることが難しいADHDの一群があり、自己評価が下がらない特徴のみアスペルガー症候群に似ています。
表面的な学歴や極端なブルーカラーへの偏見などを、相手が従うまで延々といい続けたりします。
人のことでは合理的な考え方ができますが、自分のことは客観的に考えることが難しく、自分を正当化しようと無理やりのいい訳ばかりするのが特徴です。
そのため、パワーハラスメントやDVの加害者としてよく現れるのがこのタイプです。
エ) 自己正当化型ADHDのAC
この「自己正当化型ADHD」が、さらに、押さえつけられての二次障害で「自己正当化型ADHDのAC」となることがあります。
依存的で被害的、「人から痛めつけられているからと人を悪くいって自分に注目してもらおうとする」といった特徴がみられます。
思い込みが激しく、人の誠意を試そうとしたりしますが、基本的には自分を評価するかどうかだけに関心があり、相手は誰でもよいのです。

⑥ 親に押さえつけられ、二次障害としての自己正当化型ADHDとAC
a) 自己正当化型ADHDのAC
「自己正当化型ADHDのAC」も自己診断を必要とすることはほとんどありませんが、周囲の人が困るタイプです。
ア) 自己正当化型ADHDの特徴は、「衝動コントロールの障害」である
自己正当化型障害の本質は、「がまん」ができないことです。
2歳から3歳にかけて多くが習得する「衝動コントロール」の部分が失調し、制限されなければ「まったくがまんしない」状態が自然となっています。
本来、「自分の衝動が100パーセント実現するのが当然のあり方」であり、極めて自己中心的かつ誇大的な認知と思考を特徴とします。
実際には、そのまま衝動のままに成長することは不可能ですから、環境に応じて後述のようにさまざまなスタイルへ特化して行きます。
そのため、成人時点での現れ方は、表面上一つのグループに括ることが困難なほどに多様となっていきます。
イ) ASとの根本的な違いは、基本的な「他者への無関心さ」である
自己正当化型ADHDを一括りに、一覧表的な症状で表すのは上記の多様性のために難しいことになります。
しかし、ASと区別される根本的な共通点は、「他者への無関心」だということです。
ASは、根本的に「他者を無視できない」、「他者との近さ」を特徴としていて、他者との関わりが根本的に重要です。
ADHDは基本的に単独で孤立した自己認識を特徴とし、基本的には「他人はどうでもいい」という認知と思考です。
自己正当化型ADHD場合、他者は本質的には「自分の利益のための利用対象」でしかありません。
二次的に獲得したスタイル、つまり、「言語的に理解してくれる相手」、「競争して勝つための相手」、「競争相手から遠ざけて、自分が独占できる相手」、「(利用に限りなく近い)依存対象」、「AC的に自己評価が下がると強迫的に合わせるべき多数派の見本」などのスタイルで、結果として、「他人の目を気にする」ことになる場合でも、ASの身体感覚的な対人被影響性および距離を置けない関係のあり方とは根本的に異なります。
つまり、「自分の都合のための他者でしかない」ということです。
例えば、子どもの場合、「競争相手がいれば母親を独占したがりますが、自分だけのときはそれほど母親に執着しない」などがあげられます。
関心がないという一方で、「言語的に表面的にほめられる」ことには極端に反応します。
露骨なお世辞でも見抜けず、成人でもおだてられ、簡単にだまされたりします。
子どもでは、「列の前の数名を見て泣かないとほめられるから予防接種でも泣かない」という行動がよく見られます。
ASは、逆に「人を利用するのは悪いこと」ですから、他者との関係には対面した身体的な情報を伴う情緒的な交流を必ず求めます。
そういった点で、自己正当化型ADHDとは対照的なのです。
ウ) 対人関係において「状況理解の非対称性」を特徴とする
自己正当化型ADHDの中には、「空気を読む」能力、周囲の人の表情や口ぶりなどの非言語的な情報から感情などを読み取る状況察知能力の非常に高いグループもいます。
しかし、このグループでさえ、「自分の有利不利は直感的に非常に敏感に察知できても、逆に、自分の行動が他者に与える影響についてはほとんど読めない」という状況理解能力の非対称性がみられます。
したがって、自己正当化型ADHDには、a)「自分の有利不利だけは非常に鋭く察知できるのに、自分の行動の結果については空気が読めないで失敗する」グループと、b)「自分に向けられた遠回しな表現などの状況理解もできず、同様に、自分の行動の結果も読めない」グループがあります。
この状況察知能力は、「動作性IQ」に相関するだろうと推察されています。
WAIS(ウェクスラー成人知能技能検査)などの下位項目では、「配列」と「理解」だけが高いことが多いのです。
この点もASとの大きな違いです。
ASは、「自分なりの理解で多数派とはズレますが、自分に向けられた状況も自分の行動の結果の状況も同様に読めはする」という意味で、(両方空気が読めないグループは結果的に非常に似ていますが)、空気が読める自己正当化型ADHDとは、本質的に大きく異なることになります。
特筆するべきは、この非対称性、周囲から見れば不器用さが、「本当に悪者と見られない」という結果として、本人には有利な作用となることが多いことです。
エ) 認知が基本的に表面的である。
自己正当化型ADHDの思考は、大人も子どもも非常に表面的という特徴を持っています。
見えない「意味」よりも目先の「利益」が重要で、その結果、異常に表面的な価値観が形成されます。
世代により多様ですが、「公務員志向」、「テレビはNHKのみ」、「お笑いは馬鹿馬鹿しい」、「極端な学歴志向」などが、実に特徴的にみられます。
その結果、おだてられると簡単にだまされ、いい気になって大金を騙しとられたりします。
自己正当化型ADHDにはよほどコントロールしない限り、「見えない背後の意図」を読みとることは難しくなります。
長男(その人の人格)ではなく、「直系の長男を偏重する」という不思議な特徴もありますが、これも表面的な認知の結果であると考えられます。
オ) 養育環境によってさまざまなスタイルへと特化する。どう衝動をコントロールするか? どうがまんするか?
自己正当化型ADHDは、養育環境によって一見同じグループにはとても見えない多様な成長発達の経過をたどります。
つまり、a)ある者はいじめっ子暴君のようであり、強迫的にトップを目指して走り続ける努力家、b)合理的思考を放棄して周囲の状況を読みながら場当たり的に生き抜くギャンブラー、c)AC的になると表面上はADHDのACにもなり、また、d)周囲の人を操作する「境界性人格障害(ボーダーライン)」の様相、e)人を人とも思わない「精神病質(サイコパス)」、「自己愛性人格障害」のような経過も見られます。
また、二次的なアルコールや薬物依存、女性では過食や拒食の摂食障害、買い物依存症などになるケースも少なくありません。
これらの結果としてのスタイルは実に様々なわけですが、「異常な衝動コントロールのパターンを身につけている」という点が共通しています。
カ) 注意欠陥と多動、自閉性は多様である。
特に、ASとの鑑別に重要となるものとして、「感覚過敏」、「こだわり」などの自閉的な症状が、自己正当化型ADHDにも見られます。
強迫的な自己正当化型ADHDの場合、片づけもむしろ極端にきれいにできます。
また、並外れた集中力を発揮し、高度な管理能力を持つ人もいます。
こうした意味では、通常のADHDの定義にもあてはめにくいのです。
しかし、よく見ると、ASの強迫的な特徴が「皮膚感覚の延長上」であるのに対し、自己正当化型ADHDは「抽象的」という違いが存在します。
例えば、強迫症状の場合でも、ASでは「自分の体に何かの汚れや穢れが付着しているので洗い落とす」というタイプが多く、自己正当化型ADHDは「車で何かを轢いた気がして引き返す」、「ガスを消したかの確認」など、感覚の延長上というよりも「観念」上の強迫性が特徴的です。
もし、自閉性を基準に自己正当化型ADHDをASに含めるとすると、ASの中に他者への無関心さを特徴とするグループを含めることになり、臨床的には、分類上不適当であると考えられています(成人例では、ASの不適応は対人関係の近さ、愛着から生じていることが非常に多いためです)。
b)「愛着または執着」と「理解」
実は、ADHDのACであることを理解したあとでも、「人に理解されたい」といった強い衝動は残っています。
このこととASにみられる「人への愛着または執着」の違いは何になるのでしょうか?
ADHDのACが求めるのは、「話を聞いてもらうこと」です。
相手が自分を好きかどうか、相手が自分を必要としているかどうかではないのです。求めているのは、「理解されること」であり、よくよくみると、実は人による「評価」でさえないのです。
それに対して、ASの「愛着または執着」には、「この相手でなければならない」というかけがえのなさがあり、また自分本位ではあるが「相手は自分にとって必要」であり、また、「相手も自分を同じように愛着または執着することを求める」という特徴があります。
そういう意味では、「愛情」の形式が似ています。
ADHDのACか受動型ASかを考えるとき、ポイントは「人への愛着または執着」があるかどうかです。
ADHDのACも人を求めるところはありますが、それは「理解」、「話を聞いてもらうこと」です。
自分本位であるが愛情に似ているASの「愛着」とは、はっきり区別できます。
例えば、結果としてひきこもりになった人がいる場合、ASの場合でも、「もともと孤立型でひきこもる」という場合と、「積極奇異型であり、本当は人の中にでていきたいけれども、過去に痛い目にあったためにでていけなくなっている」という場合が考えられます。
発達障害の二次障害には、a)強迫症状(過剰な手洗いや異常に長時間の入浴、鍵、ガスなどの過度の確認など)やb)聴覚過敏の悪化、視線恐怖などのASらしい症状の他に、c)頭痛や腹部症状などの身体症状、d)二次的なうつ病、躁うつ病、境界性人格障害様の状態、摂食障害やアルコール・薬物依存なども時折見られるなどがあります。
これだけでも、十分に不適応やひきこもりの原因になりうるのです。
学童期以前の情報が必要となるのは上記の理由で、できるだけ発達障害のもともとの症状を二次障害の影響を考えないでそのまま掴む必要があるからです。
早い人は、小学校1年で、すでに二次障害の影響を受けていることから、本人の本来のキャラクターを知るには、「3-5歳」にまで遡らねばならないことがあります。
そのため、いろいろな特徴を考えるときは、「もともと子どものころからの自分は?」と考えて、環境の影響を受けた以降の二次障害を被った可能性がある特徴は、あまり重視しないようにする必要があるのです。

⑦ 自己正当化型ADHDの6分類、親の不適切なかかわりとの関係
a) 依存型(暴君型)
自己正当化型ADHDのもともとの障害は、「衝動コントロールができない」ことです。
大人になってもそのまま「がまんしない」、つまり、がまんできないことです。
衝動のままに生きるのがこのタイプです。
想定される養育環境は、「甘やかされる」環境で、「激しく泣いたり、大きな声で反発したりすると、周囲の大人(両親、祖父母など)が折れて自分の要求が通る」ことを学習することから、大人になっても強引にゴネたり、暴力や金銭など社会的な力で強制して周りをすべて思い通りにしようとします。
「依存型」となっているのは、一時的にゴネるだけで、自分の力で努力して達成することはなく、結局、周囲の有力者の力を頼む形になるからです。
「状況を察知して、その場で相手を威圧していうとおりにさせる」ことだけに集中し、極端に場当たり的な思考、継続的合理的な思考ができないという特徴があります。
そのため、パワーハラスメント、モラルハラスメントとして、交際相手や配偶者に暴力をふるうDV加害者になることがあります。
周囲の他者は、「自分の要求を満たすための対象」でしかないのです。
したがって、この対人的な自己中心性は、「自己愛性人格障害」や「精神病質」に該当しうるのです。
b) 中心志向型
養育状況において、「競争で一番になる」、「みんなから注目される」などの表面的な成果を重視する、ことばなどを覚えるのが早いことなどを言語的にほめることが多い環境では、「ほめられるからがまんする」という衝動コントロールのスタイルを身に着けます。
特有の「ほめられて調子に乗る」というパターンを大人になるまで生きる原動力とするスタイルです。
幼少期から(本当はほめられるから)勉強が好きで、実際、勉強熱心で強迫的に努力します。
その結果、確かに社会的にも高い地位につくことも多く、重要な功績をあげることも少なくないのです。
その一方で、自分自身に異常に高い基準を求め、その基準に達しないと自分を責め続ける人生となることも少なくありません。
「停止したら死ぬ」回遊魚のように絶えず前進を続け、表面的な「一番」や「社会的ステイタス」を追い求めます。しかし、獲得した瞬間にそれはあたり前となり、さらに高い目標に向けて強迫的な努力を開始しなければならなくなっていきます。
現実としての実績をあげられることができない場合、自分を責め続け、その厳しい「自己突っ込み」から逃れるために薬物依存となっていくケースがあります。
また、小さいころから「見た目が可愛い」で自分の衝動をコントロールしてきたタイプが、思春期になると、それだけでは通じなくなって「見た目に極端に走る」ことによって摂食障害に移行することがあります。
c) 合理的強迫的型
2歳から3歳にかけて、親が毅然としてわがままな要求を通さず、是々非々で例外を設けない徹底的に言語的な「原理」を根拠に対応した場合、異常に合理的に生育します。
「理由があるからがまんする」というパターンです。
結果は、「理屈っぽく、自分にも人にも異常に厳しい」というスタイルになります。合理的な理由があるからがまんするのです。
これは、他者も自分と同じように感じているはずで、自分ががまんしているのに他者ががまんしないことは許せなくなります。
衝動統制の障害を持って生まれてきて、最もマイナスが少ないスタイルはこの合理的強迫的だと思われます。
世間の不合理に戦いを挑み続けるが、言語的理論的な相互理解や話し合いは可能で、周囲の他者に対する社会的な害は最も少ないと考えられるからです。本人は、人間として合理的になりきれない自分自身の部分をも死ぬまで自己突っ込みで責め続ける人生を送ります。
d) 依存型(ボーダー型)
子ども本人を溺愛する代わりに、言語的な説明を省い、すべてを親の思い通りになるように支配して育てた場合、子ども本人は、「その親をどうコントロールするか?」だけをテーマとし、その方向の能力だけを発達させて成長します。
この場合、「衝動は親にコントロールしてもらう」、「この親から溺愛されるために親の気に入るようにする」というスタイルとなります。
非言語的な状況察知能力により異なりますが、表情やいい方などの非言語的な表現の使い方に巧みとなり、非言語的に周囲をコントロールする技術を身につけます。
父親に溺愛された女の子は、同じタイプ(実はASが多い)の男性をコントロールすることで、自分は努力しなくても衝動を達成できます。
これは依存のスタイルですが、非言語的に対人関係を「操作」する意味では、境界性人格障害(ボーダーライン)に酷似する結果となります。
衝動を実現するための強欲ぶりは、自己正当化型ADHD独特のものですが、これは見ようによって「愛されるために死に物狂いとなる」という風にも見えます。
このタイプの若い女性は、摂食障害を伴うことも少なくありません。
e) 依存型(情緒障害型)
非言語的に支配し、「目で躾ける」といった養育環境で育ち、言語的な説明が欠如していた場合、上記と同様に「人に衝動をコントロールしてもらう」というパターンになります。
ボーダー型と異なり、親は支配と引き換えに溺愛もしません。
親からの非言語的なメッセージは主に否定的で、「叱られないために」ということだけを考えて成長します。
このタイプは多くは、情緒障害(離人症様)として成長し、「異常にドライ」で、結果的には、「冷たい自分の利益だけしか考えない人」というスタイルとなります。
表面的な気配りは、生き抜く知恵として体得しているため、表面上の愛想はよいことも多いのです。
しかし、継続的に近くで接すると、(依存型に共通する特徴であるが)極端に場あたり的で、その場の対応だけに終始する行動に家族などは疲弊することになります。
この冷たさ、人を利用対象としてしか見ない部分を見ると、「精神病質(サイコパス)」、または、「シゾイド(統合失調質)人格障害」という診断にもなりえます。
この型の特徴として、「情緒的に責められると思考がフリーズして無反応状態になる」ということがよく見られます。
f) 自己正当化型ADHDのAC
言語的に親から否定され続け、自己評価が異常に低下した子どもは、「自分はとにかく駄目なんだから、普通の人たちに合わせて生きるしかない」と強迫的に思い込んでいきます。
多数派を表面だけ真似て、子どもなりに「普通」と考えたスタイルで行動し続けるようになります。
それは、「自分は駄目な人間で、普通でないからがまんする」という衝動統制なのです。本人は、「気を使っている」つもりですが、周囲から見ると空気は読めておらず、見当はずれのことが多いのです。
このタイプが心療内科を受診すると、「対人関係が苦手」、「私は変わらなければ」と焦って強弁する割には、対人緊張も希薄で、「考えすぎ」等と対応されて逆切れすることも少なくありません。
本人が自ら、「自分はボーダーライン(境界性人格障害)」といって心療内科や相談機関に訴えることもあります。
しかし、周囲を非言語的に操作する本物のボーダーラインとは客観的には似ても似つきません。
とにかく「奇妙な人」の外観を呈するのです。
本人が体験する自己評価は低下しており、主観的にはACに非常に似ているといえます。



2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/24 「第2章(Ⅱ(8-15))」の「改訂2版」を差し替え掲載




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