あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-4]Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ

16.暴力のある家庭で育った子ども。発達段階**で見られる傾向

 
 17. 思春期・青年期の訪れとともに 15.慢性反復的トラウマの種類(児童虐待の分類)と発達の傷害
*新版3訂編集中(2017.12.17)




乳幼児期は、一定の情緒的絆や役割期待が形成される時期で、自分の愛着対象である母親が父親から暴力をふるわれる恐怖や動揺、混乱、母親を助けられないことへの無力感や罪悪感をもつことになります。
そして、無力感や罪悪感を持つ中で、思春期前には、自尊心が低くなり、哀しみ、抑うつ、無力感を持ちやすく、同時に、慢性反復的なトラウマ体験による自虐性が表面化しやすくなります。
なぜなら、環境に適応できる年齢までは、防衛本能が働いていますが、とり繕い続けてきた自分(わたしそのもの)というものが、自己と他者(親)の境界線がはっきりしてきて、アイデンティティ(自己同一性)が確立され、ブローカー野がほぼ確立され、親密関係が発達する9歳、つまり、思春期に入る前の8-9歳辺りからとり繕えなくなってくるからです。
さまざまな精神的なストレスの影響が表面化してくることになるのです。
思春期(10-15歳)には、被害念慮(自分だけが愛されていないという考え)が強くなります。
その結果、非行(とくに性的逸脱行動)、家庭内暴力、学校不適応(学習困難)、物質使用(とくにアルコールや喫煙)という問題行動が現われます。
また、脳神経系の「依存の神経回路」が乱れることから、些細なきっかけで激怒やパニックが生じて大暴れしたりします。
トラウマ記憶のフラッシュバックと表裏一体で、思春期にPTSDと解離症状が明確になってきます。
青年期には、解離性障害や行為障害(成人後、反社会性人格障害(サイコパス))へ展開していきます。
** 「発達心理学」は、以前は、子どもが大人になるまでの過程が発達であると考えられていましたが、現在では、老年期までも含め、人は生涯を通して変化・成長を続けるものと捉えられるようになったことから、発達心理学の研究対象も加齢による人の一生涯の変化過程となっています。
研究領域は、各発達段階での心的、社会的、身体的な発達とそのための条件、また、発達を阻害する要因や発達障害などが含まれます。
(エリク・H・エリクソンによる発達段階)
年齢    時期      導かれる要素 心理的課題        主な関係性       存在しうる質問
0–2歳   乳児期    希望       基本的信頼-不信     母親           世界を信じることはできるか?
2–4歳   幼児前期   意思       自律性-恥、疑惑     両親           私は私でよいのか?
4-5歳   幼児後期   目的       積極性-罪悪感       家族           動き、移動し、行為を行ってよいか?
5–12歳  児童期    有能感      勤勉性-劣等感      地域、学校       人々とものの存在する世界で自己成就できるか?
13–19歳 青年期    忠誠心      同一性-同一性の拡散  仲間、ロールモデル 私は誰か? 誰でいられるか?
20–39歳 初期成年期 愛         親密性-孤独        友だち、パートナー  愛することが出来るか?
40–64歳 成年期     世話       生殖-自己吸収      家族、同僚       私は自分の人生をあてにできるか?
65歳 -   成熟期    賢さ      自己統合-絶望      人類          私は私でいてよかったか?

発達障害の中の「注意欠陥多動性障害(ADHD)」は、最近のイギリスとブラジルの研究により、子どものときにADHDと診断されずに、若年成人になってはじめてADHDと診断されるケースも少なくなく(遅発型ADHD)、小児型ADHDに比べて遺伝的要因の可能性が低いこと、発症率が男女でほぼ等しいことがわかってきました。
小児型ADHDと遅発型ADHDは“発症経路が異なる”もので、遅発型ADHDでは、重度の症状、機能障害や他の精神疾患を示していると報告されています。
つまり、遅発型ADHDは、注意欠如、活動過剰、衝動的行動などの症状が、子どもでみられるよりも重くなることが多く、不安神経症やうつ病、マリファナやアルコールの依存症などの罹患率が高くなり、そして、交通事故や犯罪行動などの増加を伴う傾向がみられるとされています。


(1) 乳児期。既に、母親と父親の関係性を理解している
① 乳児は人間関係にアンテナを張って生きている
ダニエル・スターンは「乳児は、誕生直後から主体的に人間関係にアンテナをはる生き物である」といい、乳幼児精神保健学では定説になっているものです。生きるということは秒単位であって、乳児においてはだいたい10秒以内とされています。
つまり、乳児は10秒以内に人間関係を見抜き、心を閉ざしたり、開いたり、あるいは近寄っていったり、回避したりするといわれています。
こうしたやり取りは、胎児期からはじまります。
胎内の胎児が蹴飛ばしたときに、羊水は蹴飛ばした分だけ返します。ぽーんと蹴ったら、ぽーんと返すこの繰り返しで、胎児はやりとりをはじめていきます。
ところが、母親に対してDVがおこなわれていると、胎内にいる胎児の体重は増えないことがあります。
臨床現場からは、『胎児の体重が300、400で止まって、よくわからないけどとにかく入院させてみた。入院したとたんに胎児の体重が増え、「あれっ、なんの間違いだろう」と思い、家に帰すと、1週間2週間たって体重が増えない。もう1回入院させた。するとすぐに上がることがある』といった報告があります。
こうした状況を把握したとき、母親が、直ぐに「暴力を受けている」とうちあけることはありません。
なぜなら、母親は、少なからずお腹の中の胎児に対して、DVによる害(影響)があると罪悪感を抱えていたり、暴力を受けていることを恥と感じ、決して知られてはならない秘密と思っていたりしているからです。
出産後、父親が子ども見たさに病院にきたとき、「父親の足音だけで、その乳児はギャーッと泣きだす」ということがあります。
それは、乳児が母親の胎内から、父親の怒鳴り声や足音を聞いていた可能性を示すものです。
生まれたばかりの乳児は、既に父親は怖いものとして刻印しているのです。
乳児は、胎児のときから母親(の胎内)を介して、対人関係の中にとり込まれて生まれてきます。
父親と母親がいがみあっていたり、父親が母親を怒鳴りつけ、罵っていたりするとき、胎児にとってどちらが正しいかということよりも、2人の関係性が心地の悪い雑音であり、恐怖でしかないと感じています。

② ことばをえる前の身体的感覚的記憶がこころの芯をつくる
乳児をDVにさらすことは、その子どもの脳の発達にとって有害になります。なぜなら、早期の自己感、早期の身体感覚的な記憶のすべてが、その子どもの心の芯をつくっていくからです。
生後2-3ヶ月までは、乳児は「新生自己感」という“むきだしのまま”の冷たさとか、光とか、音を浴びています。
3ヶ月くらいになると、首がすわります。首がすわり、手も動かせるようになってくると、自分が不快になったときには、動いたり、指をちゅっちゅっと吸ったりします。
この時期の自己感を「中核的自己感」といいます。
自分で自分の不快をとり除き、自分の体を使って不快を調節するといった二重構造で生きていくことができます。
そして、7-9ヶ月くらいになると、乳児は指さしたり、母親の方をふり返ったりして、母親の不安と安心を識別できるようになります。
7-9ヶ月くらいの乳児は、見知らぬ人が入ってくると、自分の中核的自己感の身体を使い、母親をふり返り、信頼する母親がにっこり笑っていれば大丈夫だ*-23という「主観的自己観」をきちんとコントロールしていきます。
三層構造、つまり、新生自己感、中核自己感、主観的自己感という3つの自己感により、自分の中で調和して生きていきます。
この瞬間、瞬間の身体感覚記憶のすべてがその子の心の芯をつくっていくのです。
したがって、この時期に心の芯がもの凄く緊張していたり、怯えたり、不安に満ちていたりしていると、その後、成長したときに、いくら表面的にはうまく機能しているように見えても心の芯は冷たい、外は温厚そうに見えるけれども心の芯が冷たい人格がつくられていくことになります。
*-23 スターンやトレバーセンは、「子どもの間主観性は、胎児のころから持っていて、鋭く人間関係を見ている」とし、「夫婦(父と母)の葛藤も嫁姑の確執なども、乳児は見抜いている」としています。
間主観性とは、相手の心の奥の意図が善か悪か、心地いいのか不快なのか、そういうものを見抜く力のことで、イタリアの研究者リゾラッティなどによって「鏡細胞」とも呼ばれています。

③ 危ない・汚い・うるさいができないと子どもは育たず、成熟した大人になれない
子どもには、脳の発達につれてキレやすい時期があります。
特に、胎児期・乳幼児期、それから思春期は、脳のサイズや神経細胞の連絡も爆発的に発達します。
こうした爆発的に脳が発達する時期は、しきりと探索行動をおこないます。
そして、危ないことも、汚いことも、うるさいこともします。
人の優秀さは、外見の美しさやおとなしさではなくて、危ない、汚い、うるさいというもの中にあるといわれています。
ローマ字と結びつけると、危ないの「A」、汚いの「K」、うるさいの「U」、これを並べると「AKU(アク)」になります。
子どもから“このアク”を奪ってしまうと、子どもの脳の発達が抑圧されてしまうということがわかっています。
「アク」は、無邪気な子ども、子どもらしさです。
しかし、暴力のある家庭状況では「アク」が消えて、おとなしくなります。
なぜなら、無邪気な子どもでいることを許されないからです。
無邪気な子どもでいることが許されない、つまり、抑圧されて育つ(緊張して、がまんする)ことが、将来、子どもを心の病気を罹患させるハイリスク者としてしまうのです。
そのため、暴力で傷ついた幼児のケアは、危ない汚いうるさい「アク」をもう一度やり直す、無邪気な子どものやり直しからはじめることになります。

④ 原初的な早期の母子関係における幸せな安心感の重要性
乳児は関係性の中で生きています。乳児がお母さんをじっと見つめるときに、乳児は2つのものを見ています。
小児科医ウィニコットは、「乳児は、一人の自分に向かって真心を向けている母の目を見て、同時に、その母の瞳の中に映っている自分を見る」と有名なことばを残しています。
原初的な早期の人生での母子関係に、人格の、芯の幸せな安定感があって、そこにカイロスがあります。
つまり、見つめ合う関係の中に、人間像の自己像があるわけです。
カイロスとは、「いま、ここで」という主観を中心とするものです。
また、ビジネスの論理で仕切られる世界をクロノスといいます。
「いま、ここで」という概念は、最先端の乳幼児精神保健学や精神分析学、つまり、深層心理や人々の行動の奥にある動機(モチベーション)、無意識の世界にもつながるものとされています。
そして、「いま、ここで」という主観を中心とする子どもの心が深く傷つくと、脳機能に問題が生じていきます。
セルマ・フライバーグは、子どものときに安定感が形成されずに育った母親に、いわゆる「乳児部屋のおばけ」という現象がおこると指摘しています。

(乳児部屋のおばけ)
子どものころの心の傷の表面化を誘発すると、非常にごちゃごちゃした雑音の黒いかたまりが殻を破って溢れでてきます。
セルマ・フライバーグは、シカゴのスラム街で子どもに手をあげる母親たちに、「いま、ここで、あなたの心になにが浮かんだの?」と訊くと、へなへなと崩れ落ちて泣きだして、「お母さんをお父さんが殴っていた。お母さんが傷つくのを見ていた。私は救えなかった。」といったことばがでてきたことを受けて、幼かったときの自分の存在(インナーチャイルド)が、お母さんの心の中に封印されていたことを指摘しました。
とくに、母親が幸せでない場合にこのようなことがおこりやすく、これが「乳児部屋のおばけ」と呼ばれるものです。
母親が乳児と接しているとき、ほんのちょっとしたことがきっかけになり、過去のつらいことが芋づる式に溢れでてくることがあります。
その感情が母親の心を埋め尽くしてしまい、思わぬふるまいを招いてしまうことが少なくないというものです。
セルマ・フライバーグの弟子のアリシア・リバーマンは、「乳児部屋のおばけ」をさらに進め、『そのように覚えていた。このお母さんの身体の中に入っていた。そして、ほんのちょっとした声かけに対して、これだけ応えられる。そこに、「乳児部屋の天使」がいる」、「だから、トラウマとトラウマを救っていく力がすべての人にある。その力によって人は逆境を生き延びている。』と述べています。

(産後うつ)
産後、ひどく憂鬱な気分になり、何に対しても興味や喜びを感じないような状態が2週間以上続く状態を「産後うつ」といいます。
産後2-3週-6ヶ月までに発症することが多く、出産した女性の10-15%が発症するといわれ、うつ病発症率の3-7%と比べて高くなっています。
出産は、女性の心身に大きな影響を与えます。生活環境も変化することから、その負担に耐え切れず、発症することがありますが、摂食障害などの既往歴があるとハイリスクとされています。
 また、予定外に破水し、緊急搬送され、帝王切開することになるなど、状況の変化に伴い、心の準備ができないまま出産を迎えてしまうと、出産そのものを受け入れられなかったり、なにがいけなかったのだろうと自分を責めたりすることがあります。
赤ちゃんに病気や障害があったり、望まない妊娠だったり、復職に関するトラブルがあったりすることも、産後うつの発症要因になります。
産後のホルモンの急激な変化が原因とされる「マタニティブルーズ」、つまり、出産直後に現れる激しい感情の浮き沈みは、ほぼ2週間以内に収まることが、産後うつとの違いです。
 つまり、産後うつは、本人の抱えているメンタルの既往の他、人間関係や住環境の変化など環境的な要因によって引き起こされるものです。
 出産は、10ヶ月かけて心身に変化を起こし、産後は外傷による痛みが大きく、人によっては痔や恥骨の痛み、骨盤の違和感などもあり、最低でも1ヶ月は安静が必要です。
元気なときには、自分で対処したり、バランスをとったりできることから、問題が表面化することはありませんが、授乳もあり、家庭によっては上の子の世話や家事などで動かざるを得ず、負担が増える中で、余裕があったときにはできていたことができなくなり、上述の問題が表面化し、産後うつという形で現れてくるとも言えます。

 見方を変えれば、産後うつは夫や家族、周囲のサポートがあれば予防・軽減・改善できるものです。産後の母親が体に受けているダメージの大きさを皆が理解し、母親は少なくとも産後1カ月しっかり休む、動いても授乳程度にできるように環境を整えることが大事です。

高齢出産の増加で産後うつリスクが高まっている
―産後うつは増えているのでしょうか。
宗田 現代の女性は産後うつを発症しやすい状況に置かれています。大家族で近所付き合いが当たり前だった時代は、近所に育児中の母親や年配者がいて、不安になれば相談でき、子どもを預けたりしやすかったと思います。それが今は核家族化が進み、育児サポートを受けられない母親が増えてきました。
 さらに4人に1人にまで増えた高齢出産は、20代の出産に比べて出産による身体のダメージ、睡眠不足や疲労からの回復が遅く、ストレスもたまりやすい。特に高齢出産の女性は働いていることが多いので、職場でのストレスやうつを経験している人が20代に比べると多くなります。
 また経験的に感じるのは、

親との関係、交際相手(子どもの父親)や配偶者との関係にトラブルがあり、精神的な問題を抱えている人が多いです。
そういう人は自己否定しやすく、うつなどの症状として現れやすい。自己肯定感は人間の基盤で、人との関係を築く上でもとても大事なのですが、そこが欠けていると育児でも自分を責めやすくなります。メンタルの問題といっても本人の問題だけでないことも多く、産後うつには複雑な背景があると感じています。

そして、女性は男性に比べて、2倍以上、抑うつや不安の症状が表れるとされていますが、産後うつを発症すると、気分が落ち込み、不眠、食欲不振などの身体症状が表れるだけでなく、一般のうつ症状に比べて、不安や焦燥感が強く表れ、さまざまな症状がでて重症化しやすいのが特徴です。
赤ちゃんをかわいいと思うことができず、家事や育児をする気がまったく起きなくなったり、逆に、赤ちゃんの母乳の飲みが悪いと過剰に心配したりします。
眠れないとか、食事がとれなくなったりするだけでなく、母親失格だと思って自分を責めたり、悲観的にしか物事を捉えられなくなったりし、ひどくなると自殺してしまいたいとまで追い詰めていくことがあります。

「Ⅲ-22-(6)ストレスの程度は、科学的診断で明らかに」の中で、『東京都では、「配偶者暴力防止法」に準じて緊急一時保護施設(母子棟など)に入居することになった被害者に強い不安感や恐怖心が見られるときには、東京女子医科大などのPTSDの専門医が施設を訪問したときにスクリーニングの目安としてと「改訂出来事インパクト尺度」を使用し、PTSDの疑いのある被害者を拾いだし、医療(治療)につなげているものです。』と説明していますが、乳児を伴っている被害女性の産後うつスクリーニングとして、「エジンバラ産後うつ病、質問票(EPDS)」が使われています。
この質問票は、設問に対し過去7日間で感じたことがあるかを「肯定-否定」を4段階でチェックするものです。
その設問は、「物事がうまくいかないとき、自分を不必要に責めた」、「はっきりした理由もないのに不安になったり、心配したりした」、「はっきりした理由もないのに恐怖に襲われた」、「不幸せな気分なので、眠りにくかった」、「悲しくなったり、惨めになったりした」、「不幸せな気分だったので、泣いていた」、「自分自身を傷つけるという考えが浮かんできた」など、不安や恐怖、不眠、高い自己否定感、リストカットなどの自傷といった現在の環境だけでなく、過去の養育歴(その後の配偶者との生活環境を含む)、つまり、暴力のある家庭環境で育っていることを起因とする症状を見分ける項目が多く含まれています。
こうした項目で明らかになるのは、妊産婦が過去の虐待体験によるトラウマを抱えていたり、DV被害を受けていたりすることです。
DV被害のリスクが疑われる妊産婦は、14%以上とされています。
この数字を、平成28年に生まれた日本人の子ども98.1万人にあてはめると、おおよそ13.7万人の妊産婦に、DV被害のリスクがあることになります。
 そして、重要なことは、10歳代の妊産婦のDV被害が際立って高くなっていることです。
なぜなら、10歳代の妊産婦のDV被害には、交際相手によるデートDVを受け、妊娠したことにより結婚に至っていることが少なくなく、「望まない妊娠をした」といった思いや暴力のある環境で妊娠をしたストレスが、「産後うつ」を発症する引き金になり、乳幼児に対する虐待につながることがあるからです。
また、妊娠中のDV被害は、母体の被害だけでなく、早産や胎児仮死、児の出産時低体重をひきおこし、セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質の分泌に影響を及ぼすなど初期の脳形成に重大な影響を及ぼします。
暴力は、身体的なダメージを与えるだけではなく、他者や自分自身に対する信頼感を粉々に打ち砕いてしまうほど心に深い傷を残します。
とりわけ、児童虐待やDVなど、家庭という密室での暴力は、親密な関係性の中でおきるがゆえに複雑で深刻なダメージを女性や子どもたちに与えるものです。
「妊娠期を含め、被害親子の精神健康は相互に影響している」という視点に立ち、両者のケアがリンクすることが重要なテーマであり、被害親子のケアにあたっては、安全な居場所の確保が最優先事項です。

⑤ 乳児の間主観性-良質な関係のもとでこころを開き発達する-
間主観性のやりとりは、トレバーセンなどが研究を進めています。
そして、リン・マレーが、1999年12月19日14時7分55秒におぎゃあと生まれた男の子をビデオに収めた研究資料があります。
男の子は生まれてすぐに母親の胸のうえにのせられて、母親と対面します。母親の匂いも声も知っています。
そこに、父親が「おおなんと、かわいい、かわいい、かわいい。」というふうに指をだすと、男の子は「止めてくれっ!」という顔をします。
父親は傷つき、指を引っ込めると、今度はホッとしたという感じで母親を見ます。
ビデオでは、こうした状況が写されています。
個人主義が破綻してきている欧米では、近年、家族づくりに力を入れてきています。
父親をお産に参加させ、父親に乳児をわたします。
すると、男の子は「こんにちはお父さん」というふうにして、まだ、生まれてから15分も経っていないときに、じっと父親を見ます。
このとき、一方の父親を観察していると、まるで井戸の中に大きな石を放り投げられたように記憶に残っていない過去の身体記憶が、心の井戸の底からうわーっと浮かんでくることがあります。
「くさい」とか、「あっち行け」とかいう父親がいるのです。
そのため、分娩室では、父親が乳児を抱く瞬間、乳児ではなくて、父親の無意識の身体記憶がどのようにでてくるだろうかと、父親を観察することが重要になります。
ビデオでは、父親は「ベロベロバー」をしました。
すると、乳児はなんと真似をして、「ベロベロバー」と舌をだしたのです。
これは世紀の大発見といわれています。
なぜなら、「ベロベロバー。ベロベロバー」というリズムとメロディのある声や動きがあると、乳児はその奥に善意の意図があり、大好きだという主張があると読みとっていたからです。
こうした研究によって、乳児が対人関係の中で、聞いたり、触れたり、見たりしているリズムとメロディの質を見抜き、それがおもしろければ、声を、心を開いてどんどん吸収していきます。
一方、それが悪ければ、焼きつき、拒否し、回避して逃げながら、すごく防衛的になり、以降、発達を弱めてしまうことが明らかになっていきます。

⑥ 子どもの健康な発達を保障するには、母親の安心・安定を守る
安心している母親が安心して「ふん」というと、乳児が「ふん」、それに対してお母さんが「ふふ、ふ~ん」、乳児が「ふふふ~ん」というふうに、2人が二重奏を奏でるようなやりとりをします。
ところが、母親が「この子は未熟児ですか?」と不安な気持ちを口にしていると、乳児はシーンとしたり、泣いたりします。
子育てでは、母親の安心感を、周囲がどのように守るのかがとても大切なのです。
仮に出生直後は非常に順調にいったとしても、子どもは約18ヶ月、1歳半前後に「再接近期」という時期に入ります。
この時期は、子どもが自分自身の主体性が発揮されると同時に、自分の感じるものを表現するようになります。
自分の陣地をつくり、自分が生きていけるというテリトリーを確認しようとするために、かなりわんぱくになったり、わがままになったり、癇癪をおこしたり、一方で、親にしがみついたりします。
この時期に、母親が不安定だと、子どもはこの時期を通過することができず、心の奥の人格の芯において永遠にキレやすくなります。
ものすごく成績が優秀であっても、エネルギーが溢れていても、それをうまく制御できない人格になっていく可能性が高くなるのです。
胎児期、幼児期、思春期の三段階では、子ども自身が安心して怒ったり、嫌ったり表現できたりすることが大切です。
その前提は、父母が安定した関係にあることです。
もし、父母が安定した関係にないとき、子どものために、父母に換わって安定した大人と子どもの関係をつくって、子どもを守るという社会システムが必要になります。

⑦ 子ども期の困難、発達的トラウマ障害、世代間連鎖
頭囲曲線は、頭が大きくなる乳幼児期と、それから思春期に特色があります。胎児期も頭囲が急激に大きくなる時期です。
これらをすべてカバーして、「危ない・汚い・うるさい」という子ども自身の探索行動を子どもに保証することができないと、次の世代の大人になるために成熟できない、成熟した人間に育っていけないということをよく理解する必要があります。
子どもの心の多重性で目に見える行動の奥には、生まれつきの形質と後天的な環境によるものとがあります。
最近では、発達障害は、生まれつきの遺伝的な特質に加え、胎生期から生後1年目までの脳の形成異常による障害の発症が問題にされています。
さらに、暴力ある家庭環境、家族機能の不全、過剰な習いごとの押しつけなどが、子どもに加重なストレスを与え、苦しめているとき、発達障害とは異なる「発達性トラウマ症候群」という“後天的な発達障害”がおきることがわかっています。
自分に合わない環境に置かれた子どもたち、苦痛をがまんしながら生きる子どもたちは、脳の発達に影響を受けることになります。
つまり、脳の発達も、心の発達も、「エピジェネシス」としての“生育環境”がその子の資質のスイッチを入れるのです。
エピジェネシスとは、細胞分裂を通して娘細胞に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、DNA塩基配列の変化(突然変異)とは独立した機構のことです。
こうした制御は、化学的に安定した修飾である一方、「Ⅰ-9-(6)子どものSOS(発信するサイン)を見逃さない」でとりあげている「白砂糖の過剰摂取と低血糖症(ペットボトル症候群)」、「情緒不安や体調不良。見逃しがちな気象変化」、「Ⅰ-5-(5)-③農薬、除草剤の散布、ダイオキシンやPCBによる神経障害によるもの」などで説明しているように、食事、大気汚染、喫煙*-24、酸化ストレスへの暴露などの環境要因によって動的に変化します。
つまり、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構ということになります。
上記のような環境要因だけでなく、暴力のある家庭環境で暮らすといった幼児期の有害体験は、結果として、子ども自身の生涯だけでなく、その次の世代の生涯に、執拗な悪影響を刻み込んでしまうことになります。
*-24 フランス国立保健医学研究所(National Institute of Health and Medical Research、INSERM)が主導した小学生役5200人を対象におこなった調査結果を、「妊娠中に喫煙していた母親の子どもや、喫煙者がいる家に生まれた子どもは、行動障害を発症する確率がほぼ2倍になる。」、「妊娠中や出生後にたばこの煙にさらされることで、平均年齢約10歳の小学生での行動障害の発症リスクが実質的に倍増する。」、「胎内や生後の早い段階でニコチンにさらされた子どもは、不安に陥りがちになるなどの気分障害を発症するリスクが高くなる。」、「受動喫煙と、攻撃、反抗、うそや不正行為などのさまざまな問題行動との関連性が明らかになった。」と、米科学誌「プロスワン(PLoS ONE)」に研究論文を載せています。
調査は、子どもの行動に関する評価や、1歳の誕生日までにたばこの煙にさらされたかどうかについてを問う質問票への養育者の記入にもとづいています。
「発達段階にある、特に生後数か月間の脳にニコチンが及ぼす毒性作用が原因である可能性がある。」、「出生前後にたばこの煙にさらされた子どもの18%が行動障害を示したのに対し、非喫煙の家庭の子どもは9.7%だった。」としています。


(2) 発達の遅れ
① ことばの問題
子どもの心身の発達には、スタンダード(標準)というものがあります。
例えば、生後3ヶ月ぐらい経つと、あやすと笑うようになるといったものです。
しかし、DV環境(面前DV)があったり、ネグレクト(育児放棄)されていたり、叩かれたり(身体的虐待)、大声で暴言を吐かれたり(ことばの暴力(精神的虐待))している乳児は、ほとんど笑わなかったりします。
6ヶ月くらいになると、泣いたり、騒いだりするようになりますが、DV環境にあるとまったく泣かないとか、逆に、泣きっぱなしだったりする乳児が見られるようになります。
2歳になると、二語文ということばが発達してきます。
しかし、2歳になってもしゃべらない子どもの多くは、発達障害ではなく、虐待やDV環境にある子どもたちで、発達性トラウマ症候群*-25を抱えていることがわかってきています。
こういった子どもの多くは、いっていることはよく理解できます。
発達検査をすると、ことばの発語だけが落ちていて、その他はかなり高いレベルだったりします。
虐待やDV環境にある子どもでは、ことばだけが遅く、身辺整理としての「自分で脱ぎ着ができる」、「ごはんを食べられる」といった、いわゆるしつけの部分はよくできていたりします。
また、口形模倣として、声はだせないけれど口の形を模倣したりします。
3歳になっても、しゃべらない子どももいます。
単語しかしゃべらない、ひとりごとをいっている、または壁に向かってしゃべる子どももいます。
こうした状態の子どもたちは、「コミュニケーションはとれている」と捉えることで、コミュニケーション障害としての発達障害ではないと考えることができます。
したがって、機能的にはなにも問題がないのに、1歳半を過ぎても歩けない幼児がいるときには、家庭でなにか問題がおきている可能性を考える必要がでてきます。
*-25 虐待・面前DVによって生じる行動面や精神面の特徴は、「発達性トラウマ症候群」としてまとめられ、行動面として、異常な警戒心、過食、排便・排尿障害、異常に素直、頑張り過ぎ、多動、過度の乱暴、虚言、詐欺的行動、性的逸脱行動などがあげられています。
精神面では、さまざまな発達の遅れ、抑うつ・無表情・かん黙、学業不振(集中力の欠如)や宿題忘れや学習用具の忘れ、パニック、チック(瞬き、顔をしかめるなど)、見捨てられ体験による被害念慮などがあげられています。

② 体重身長の問題
虐待を受けている子どもは、かなり小さかったり、身長がずっと伸びなかったりします。
逆に、正反対で大きすぎることもあります。
太り過ぎる子どもの特徴は、事例5(Ⅰ-1-(3)暴力がもたらす後遺症、それは、社会的な損失をもたらす)の3歳の男児のように、食欲をコントロールできないといった機能障害だけでなく、例えば、2-3歳児が、朝昼晩と快楽刺激ホルモンとなるチョコレートを食べたり、現実逃避を促す白砂糖いっぱいの炭酸飲料水を飲んだり、しかも、高カロリーのスナック菓子やアイスクリーム、ハンバーガーばかりを食べたりしていることです*-26。
これは、肥満の問題だけでなく、ツラいできごとに脳が強いストレスを感じているときに、親のネグレクトともいえる食習慣として、チョコレートや炭酸飲料水を与えてしまっているのです。
その結果、脳がストレスを感じると、薬品分類の白砂糖を求める習慣(依存する)を幼児期につくってしまうことを意味しています。
*-26 中には、日常的に、カフェインを含んだ栄養ドリンクを飲んでいる3-4歳の子どももいます。

③ 情緒の問題
情緒の発達は「快・不快・興奮」からはじまり、生後6ヶ月ぐらいから徐々に「怒り」、「嫌悪」、「怖れ」などの情緒が分化し、さらに、「愛情」、「得意」、「喜び」、「嫉妬」などが生じてきます。
しかし、5歳になっても、「快・不快・興奮しかない」子どもがいます。
なぜなら、愛情愛着がえられていない(愛着が損なわれている)からです。
暴力のある環境で育っていると、情緒の発達段階が損なわれることが少なくないのです。
暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損ない、交際相手や配偶者から再び暴力を受けることになったDV被害者の多くが、「嫌悪」と「怖れ」を分化できずにいる場面に遭遇します。
身体的な暴行被害なく、長期間にわたりことばの暴力(精神的暴力)被害を受けてきた被害者が、「夫が不機嫌になるのが怖い。見つけだされたら、なにをされるかわからない」と強烈な不安感と恐怖心を訴えるのです。
不機嫌になるという嫌悪感情と怖いという怖れ感情が結びついたままで、しかも、なにをされるかわからないという恐怖心は、過去のトラウマ体験、つまり、親から身体的虐待(体罰)を受けていた恐怖心を、いまの記憶と分化できず結びつけてしまっているものです。
情緒の発達が損なわれていると、こうした感情を混同させ、しかも、過去と現在をも混同させたいい方で表現することになります。
では、小学校高学年や中学生に成長した子どもの情緒の発達が、どの段階に達しているかをどのように見極めることができるか、少し説明しておきたいと思います。
あらかじめ紙に6つの顔の輪郭を書いておき、その傍らに「幸福」、「驚き」、「怖れ」、「哀しみ」、「怒り」、「嫌悪」といった以下のような感情表現のことばを書いておきます。
・幸福感..喜ぶ、得意になる、嬉しい、安心する、心地いい
・驚き..驚く、焦る、慌てる、たじろぐ、呆れる
・怖れ..怖い、不安、危険、焦燥
・哀しみ..絶望、孤独、寂しい、嘆く、落胆、不幸
・怒り..苛立つ、怒る、反感、叱る
・嫌悪..不機嫌、不満、無関心、恥ずかしい、憎む、不快、敵意
そして、「この○○って、どんな表情かな」となげかけ、その表情を描いてもらいます。
もし、子どもが、「これは描けない」、「6個も描けない」と口にするときには、暴力のある環境に暮らしている可能性が髙くなります。
ひどい暴力のある家庭で育ってきた子どもは、目を吊りあげた顔しか描けなかったりします。
発達障害の場合、どの面のスタンダード(標準)もほぼ均等に下回っていて、どこかが突出してバランスが悪いということはほとんどありません。
しかし、そのバランスが崩れているときは、支配のための暴力によって、抑圧されている環境にある可能性がでてきます。
子どもに発達障害のような傾向が認められるときにも、暴力のある環境で育っているかいないかで見方が変わるということです。
虐待を受け、児童養護施設に保護された児童の多くに、反応性愛着障害、情緒障害だけでなく、ADHD(注意欠陥多動性障害)*-27 やLD(学習障害)、軽い知的障害がみられることはよく知られていることです。
ADHDなどの発達障害を発症させるひとつの要因が、神経伝達物質をバランスよく分配できなくなることといわれています。
その神経伝達物質をバランスよく分配できなくなる要因のひとつが、乳幼児期の睡眠障害としてみられる「日々繰り返される暴力などの大きな物音に神経が研ぎ澄まされ、神経が高ぶり(中途覚醒)、しばしば目が覚めてしまい睡眠が分断され(断眠:睡眠のコマ切れ状態)、睡眠欠乏になる」ことです。
*-27 「落ち着きがない」「待てない」などを特徴とするADHDの子どもは、「がまんを強いられる課題」にとり組んだとき脳の前頭前野がうまく働かないと考えられています。
うつ病の診断として保険適用がはじまった「光トポグラフィー検査」において、ADHDと診断された子ども30人とそうでない子ども30人(いずれも平均年齢8歳)に対して、指定された画像が現れたときだけスイッチを押すゲームをしてもらい脳の血流におきる変化を測定し、その結果を比較すると、ADHDではない子どもの脳は、ゲームをすると右側の前頭前野(6と10の部分)の血流が増えるのに対し、ADHDの子ではほとんど変化がなかったという研究報告がありました。
ADHDは行動観察による診断しかなく、症状の見極めに時間がかかり、しかも、判断が難しいとされてきましたが、「光トポグラフィー診断」の活用が期待できるようになってきました。

(睡眠不足症候群(ISS))
睡眠時間の絶対的な不足、つまり、「睡眠欠乏」が起因となるのが「睡眠不足症候群(ISS)」です。
乳幼児期の睡眠障害にもみられる「しばしば目が覚めてしまい睡眠が分断される:断眠(眠りのコマ切れ状態)」状態も睡眠欠乏と同様の様相を現すと考えられています。
暴力のある家庭(機能不全家庭)で育つ子どもたちもまた、夜間睡眠時の中途覚醒や断眠機会が多く、この状態になりやすいと考える必要があります。
他に、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)の他に、アレルギー性鼻炎・アトピー・喘息をもつ子どもたちは、親の夜型生活習慣に影響を受けやすく、暴力のある家庭で暮らすことによる過度のストレスが症状を悪化させることになり、睡眠障害を抱えさせることになります。
「睡眠不足症候群」は、20年ほど前から新しい睡眠障害として注目されるようになってきました。
それは、本を読んでいたり、テレビを見ていたり、ゲームをしていたり、携帯で友人と話していたり、インターネットしていたりするなど、さまざまな日常生活における行動によって遅くまでおきている人々が慢性的な睡眠欠乏状態となりものです。
慢性的な睡眠欠乏状態は、「日中の眠気が強い」、「集中力が低下してきた」、「友人間などのコミュニケーションがうまくいかなくなる(イライラ感や集中力低下により)」、「作業能率が落ちる(勉強が手につかない)」、「自律神経機能にも障害が出現し、頭痛・腹痛をはじめとした不定愁訴が出現する」、「交通事故に遭いやすくなる」など、“ボンヤリしてしまう”ために問題を生じさせます。
これらの問題は、若い世代にも浸透し、日本の子どもたちの睡眠時間は世界一短くなっています。
乳幼児期からの夜型生活習慣が身についてしまうと、早い時期から社会生活に影響が現れ、保育園・幼稚園における登園拒否と呼ばれるような問題が現れることになります。
心身の活動開始準備が朝には整わず、時間がズレて遅れてしまうために、登園時間には体調が整わず、心身の混乱状態のまま朝を迎えるため「行き渋り」が現れ、実際に登園できなくなってしまいます。
乳幼児期には「早寝早おき型生活習慣」を身につけていても、小学3-4年生ころから夜型生活への移行が明確になります。
特に、中学受験を控えた高学年生や、ゲーム、マンガ、テレビ、携帯電話、インターネットなどのグローバル化した夜型生活習慣を身につけた子どもたちには、入眠時間のシフトがおこります。
日本では、夜中の0時を過ぎて入眠する子どもたちが、3歳:20%、14歳:60-70%にも及びます。
朝おき時間が遅くならない限り、当然睡眠欠乏状態が慢性化してしまうことになります。
そして、着目しなければならないことは、「睡眠不足症候群」という症状が単に不登校の問題に留まらず、「発達障害の発症のひとつが、睡眠不足や睡眠の質の悪いことが要因となっている」ということです。
睡眠の役割は、ⅰ)日中使った神経伝達物質を元にシナプス小胞に返還することによって、神経伝達物質の補充と再利用する、ⅱ)活動時に神経突起で働くミトコンドリア(エネルギー(ATP)をつくる役割を果たす)が細胞内に戻り、複製を行って数を増やす(休養する)、ⅲ)脳が統合的に機能できるように、脳幹調節機構とその他の部位で、神経伝達物質をバランスよく再分配することができることです。
つまり、睡眠によって、日中に生じた生体内のアンバランスを、本来のバランスへと整えることができるというわけです。
ところが、暴力など親の不適切なかかわり方などによって偏った脳の働きが続き、しかも、日々繰り返される暴力などの大きな物音に神経が研ぎ澄まされ、神経が高ぶり、睡眠が分断され、睡眠欠乏になることによって、神経伝達物質をバランスよく分配できなくなります。
このことが、発達障害を発症させるひとつの要因になっています。
一方で、睡眠の時間を本来のものに修正することで、発達指数(DQ)が改善することもわかっています。
常態化している親の夜型生活習慣を改善したり、そして、大声で怒鳴り散らし、大声で罵倒したり、殴られ悲鳴をあげたり、物が壁に投げつけられたり、割れたり、ドアがバタンと大きな音で閉められたり、そうした暴力に伴う大きな物音によって睡眠が分断されることがない生活環境を与えることによって、発達指数を改善でき、発達障害の発症を防ぐことにつながるとされています。
睡眠不足が慢性化すると「睡眠不足症候群」をもたらし、さらに重症化すると、逆に「過眠型睡眠障害」となり日常生活が壊されてしまい、学校どころではなくなって不登校状態に至ります。
不登校は、「こころの問題」などと簡単に片づけられない中枢神経の疲労状態が関係しているといわれています。
睡眠時間が長くなっているとき、睡眠時間が短いことや、睡眠中にしばしば目を覚ますこと(断眠)などと同様に大きな問題が潜んでいることを示唆するものなのです。
そこで、明らかに生活リズムが問題だと周囲の人たちが心配しても、本人は睡眠障害*-28にまったく気がついていないことが多いので、以下のような問題があれば睡眠障害を考えてみる必要がでてきます。
・夜間睡眠中に何度も目を覚ます(乳幼児を含めて)
・強く鼾をかく
・日中不機嫌でイライラしている
・よく泣く
・保育園や幼稚園に行きたがらない
・頭痛や腹痛が多い
・一日中眠気を訴える
・朝おきて学校に行くまでにぐずぐずと時間がかかる(行き渋り)
・土曜・日曜日・休日はお昼まで寝ている
・成績や部活の伸びが止まってしまった、あるいは急激に伸びた(頑張っている)
・朝おきることができず、学校に行けなくなった(多くは過眠型睡眠障害に含まれる)
*-28 夜中にふと目を覚ましたとき、「身体が動かない!」状態になったりするのが、いわゆる「金縛り」ですが、「睡眠まひ」と呼ばれる一種の睡眠障害で、決してお化けや魔物のせいではありません。
 金縛りは、レムとノンレムの睡眠のリズムが大きく関係していて、眠りのリズムの乱れが原因です。睡眠中は、ノンレム睡眠という「深い眠り」と、レム睡眠という「浅い眠り」を交互に繰り返します。
レム睡眠中は、いわば「脳はおきているのに体は寝ている」状態ですが、そのとき、なにかのきっかけで意識にスイッチが入り、ある程度、脳が覚醒することがあります。
ところが、体の筋肉は休んでいるので、たとえ脳から「体を動かせ!」という指令がでても動かすことはできないのです。
一方で、脳は目覚めているため、体を動かせないことを認識してもがき苦しみます。
これが、金縛りの状態です。
夜勤をしていたり、海外出張などで時差のある地域に行ったりする機会が多い人は金縛りになりやすいといわれています。また、旅行に行ったときにホテルや宿泊先で金縛りにあったという話もよく聞きます。
これは、移動によって体は疲れているのに、環境の変化や旅の刺激で脳が興奮していることが影響しています。
さらに、精神的なストレスや運動などによる極度の疲労、寝入りの悪い体質の人、寝る前の大量のカフェインなども金縛りをひきおこしやすくなります。
一方、寝入りばなによく金縛りになる場合は、「ナルコレプシー」という睡眠障害にかかっている可能性があります。
ナルコレプシーは過眠症のひとつで、日中、強い眠気に襲われて居眠りを繰り返してしまう病気です。
日中に急に眠りこんでしまったり、寝入りばなに金縛りにあったり幻覚を見たりする場合はナルコレプシーが疑われることになります。
また、夢もレム睡眠のときに見ますが、金縛りのときは意識がより鮮明なため、夢の内容を現実のものと認識してしまったりします。
意識があるのに体を動かせないとなると、人は強い不安や危機感を感じます。
そんな心理状態から、夢や幻覚・幻聴をお化けや霊だと信じ込みやすいのです。
除霊やスピリチュアル性の高い占い、霊感商法などは、この“信じ込みやすい心理”につけ込みます。

(小児慢性疲労症候群(CCFS))
「慢性疲労症候群(CFS)」は、関節痛や筋肉痛、発熱、異常な倦怠感のような状態がずっと続いていく症状で、医学的な調査や研究は進められているものの、いまだに原因不明で、治療法も確立していません。
大阪市立大学や理化学研究所などの研究チームが、「慢性疲労症候群(CFS)の患者は、脳内の広い範囲で炎症を起こしている」ことを解明しました。
脳内で起こる炎症は、ケガをしたときに皮膚が赤く腫れるような状態で、健常な人の脳にも、ある程度おきますが、無理を続けると炎症の度合いが強くなり、脳の神経がダメージを受けて、回復が難しくなっていくわけです。
慢性疲労症候群は、脳の血流やカルニチンなどの伝達物質が少なくなり、代謝が落ちている状態です。
セロトニン神経系のダメージが大きくなることで、痛みの感受性も増えて、筋肉痛や関節痛などの症状をひき起こし、脳機能も低下するのではないかと考えられてきたことから、脳内の炎症の程度を調べるため、健常者10人と慢性疲労症候群の患者9人に対し、炎症が強くなると増加する免疫細胞内のタンパク質数をPETで検査し、そのデータを統計的に数値化して比較しました。
 その結果、慢性疲労症候群の患者の脳内では、主に、視床、中脳、橋、海馬、扁桃体や帯状回という部位で、健常者の脳内に比べて明確な差のある炎症が明らかになりました。
脳の炎症などの回復には睡眠が重要になりますが、睡眠が障害されてしまうと、脳は休みなくずっと動いている状態になり疲弊して炎症が続き、簡単なことでも無理をしたように感じてしまうことが、関節痛や筋肉痛、発熱、異常な倦怠感のような状態がずっと続いていく原因となっているわけです。
つまり、慢性疲労症候群の人は、多少のことをしても脳が負担として大きく感じてしまうのです。
例えば、ちょっと歩いてでかけるだけでも、すぐに炎症がおきてしまい、慢性疲労症候群の症状に悩まされることになるのです。
こだわりが強く、強いストレスがかかるできごとに対してもいい加減にやり過ごすことができず、突き詰めてしまうことから燃え尽きてしまう(慢性疲労症候群を発症する)ことでひきこもってしまう人と、学校や職場でミスをしたり、叱責されたりするなど強いストレスがかかるできごとがおきたとき、学校や職場とかかわることから逃げる(回避する)結果としてひきこもりになり、一方で、好きなことにでかけたりすることができる仮面うつ病(非定型うつ病)の人とは、ここが、根本的に違うところです。
また、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターは、小児慢性疲労症候群の生徒15人、健常の生徒13人を対象に、以下のような複雑なテストを実施しました。
「まりこは」「みつめた」「あおい」「うみを」などと、ひらがなのことばを次々と表示し、文章の内容を理解しているかを調べるとともに「母音が含まれているか」についても質問することで、2つの課題を同時にこなすとき、脳の働きがどう変化するかを、脳の活動状態を表示する機能的磁気共鳴画像診断法(fMRI)を使い調べました。
その結果、健常の生徒は、脳の左側の前頭葉など2ヶ所で効率的に情報を処理していましたが、小児慢性疲労症候群の生徒は、左側だけでなく右側の前頭葉など計6ヶ所の部位を活性化させていました。
つまり、課題を処理する脳の活動部位が広範囲にわたっているため、過剰に脳神経が働いて、さらに疲労が増してしまう状態でした。
小児慢性疲労症候群の子どもは、疲労により脳の機能が低下しているというよりは、脳の機能が低下するのを補おうとして、脳を過剰に活動させているわけです。
この状態は、エビングハウスの忘却曲線にもとづく研究に解決のヒントがあります。
それは、記憶を定着させるカギは、適度な休憩と定期的な復習にあるということです。
人の脳や身体は、休憩することにより、“初頭効果”や“親近効果”が生じます。
休みをとらず、寝ずに頑張る学習では、記憶力は枯渇します。
11-17歳の学生に必要な睡眠時間は8時間半から9時間15分とされていますが、睡眠時間が6時間を切る短時間睡眠者の割合が、日本の高校1年生で37%、高校3年生で43%に達し、異常な事態となっています。
その日本では、「夜更かしして寝る間を惜しんで頑張る」ことを美徳する風潮があり、「四当五落(大学受験生は4時間睡眠で頑張れば合格するが、5時間眠ってしまうと不合格となる)」といったことばを信じ、しかも、大学受験ではなく高校受験、中学受験においても神話として受験勉強に追い立てる家庭も存在しています。
こうした“頑張る”ことを強いられてきた子どもたちは、脳自身の情報処理機能を保つために必要十分な休養(睡眠)を得ることができず、子どもたちの「脳機能が破綻した」状態として「小児慢性疲労症候群(CCFS)」をひきおこし、不登校につながっている事実もあります。
小中学生の0.2-2.3%が小児慢性疲労症候群(CCFS)だといわれ、1-2クラスに1人はいることになります。
睡眠障害、軽作業でも激しい疲労を感じる、集中力の低下、物忘れ、頭痛、めまいや立ちくらみなどの自律神経の乱れ、重症になると、通常の社会生活を送ることも困難になります。
実は、不登校の子どもたちの60-80%が、小児慢性疲労症候群の症状と重なるのです。
小児慢性疲労症候群の子どもの中には、「学校にしがみつきながら登校できない子どもたち」がいます。
学校嫌いのレッテルを貼られることや、不登校児と呼ばれることを過度に怖れる子どもたちです。
しかし、それは、子どもの声ではなく、親の思いを汲んだものでしかありません。
「夜更かしして寝る間を惜しんで頑張ること」、「四当五落」を強いられる家庭環境がどれだけ異常なものであっても、子どもにとっては、それは逃げることのできない“日常”であり、“あたり前”です。
その環境がすべてであり、そこでしか生きていくことを知りません。
そのため、自分にとって過酷な環境であっても、強い愛着を示し、なんとしても失わないようにふるまいます。
なぜなら、それが、親に見捨てられない(認められる)ために期待に応えることだからです。
そもそも記憶を定着させるレム睡眠が欠乏すると、学んだ時間の50%近くが無駄になることがわかっています。
また、スポーツにおいて、回復を無視したオーバートレーニングは、よい訓練になるどころか、練習の効率が悪くなり、選手の身体機能を破壊する「オーバートレーニング症候群」につながります。
もし、こうした状況が親や教師、指導者のエゴにより、子どもに強いているときには、それは、いき過ぎた教育(教育的虐待)や不適切な養育(マルトリートメント))と考えられます。
子どもの前頭前野の発達を妨げるなど、子どもの身体的・精神的成長を阻害するものでしかありません。


(3) ツラさを体調不調で訴える
子どもの場合、溶連菌などの感染症に罹患したり、扁桃腺を腫らしたりしてよく熱をだす、よく下痢をするといった腹痛症状、立ち眩み、発疹・アレルギーなどの皮膚疾患、喘息、肋間神経痛、円形脱毛症といった身体的症状をみせます。
子どもが溶連菌感染症に罹患しやすかったり、扁桃腺を腫らしてよく熱をだしたりするのは、副腎からストレスホルモンのコルチゾールが分泌され、免疫力が低下していくからです。
しかし、暴力直後に反応したり、症状となって現れたりするのではなく、(コルチゾールが分泌され)免疫力が低下するのを待って(少し時間をおいて)発症するため、暴力と関係があると考えることはありません。
その状況を長いスパンで観察すると一定の周期性があることに気づくことができます。

(子どもの心身症)
心身症とは、特定の病気をいうのでなく、心が大きく関与する病気の群につけられた名称で、最も重要なことは「基本は体の病気」ということです。
心身症は“体の病気”ですが、「その発症や経過に心理・社会的因子が大きく影響している」ものと定義されています。
「心療内科*-29」は、心理治療をする内科という意味で、この心身症を専門的に診る医療機関です。
しかし、心療内科は「大人」の心身症が専門で、子どもの心身症については詳しくないところが多いというのが現状です。
「心身症」は、潰瘍のように身体の明らかな病変(器質的)があるか、一時的に臓器が充血したような病変(機能的)があり、身体病変の程度の診断と、その病変を起こさせたストレスを見極め、心身両面への治療をおこないます。
しかし、最も特徴的な心身症患者は、自分ではストレスを感じず、元気で悩んでいないと思い込んでいます。
これを“失感情言語症(アレキシサイミア;ストレス(感情)の受け止め・表現方法を失っている)*-30”と呼びます。
本人は、環境に過剰適応(順応)してしまっていて、本当は「ツラい」ものの、その意識がほとんどないために、周囲の人々に「心理的問題はない」という誤解を与えてしまいます。
その結果、その人の内面にうっ積したストレスが、身体臓器を通して表現されることになります(「器官言語」という別名もあります)。
つまり、心身症の特徴は、第三者にはストレスを感じていないように見え、本人も平静を装っているものの、実は強いストレスを抱えていて臓器が悲鳴をあげている(訴えている)ことです。
暴力のある環境から乳幼児を連れて家をでたあと、ことばを発することができない乳児の咳が続いたりするとき、“器官原語”としての症状であることがあります。
このとき、『抱っこし、「怖い思いさせてきたね。大丈夫だよ。もう怖い思いしないからね。」と背中をさすりながら繰り返し話しかけてあげてください。』と伝えています。
“器官原語”としての咳のときには、夜の眠りがよくなるとともに、数日のうちに咳込みがなくなります。
また、ストレスが発症の引き金になるとされる気管支喘息のヒューヒューという笛声は、「母を呼ぶ声」であると解釈されることもあり、最近では、「身体表現性障害」と呼ばれる場合もあります。
一方で、治療側が、心に焦点をあて過ぎると、違和感をもたれてしまい、「自分はそのように情けない人間じゃない!」と怒られ、拒絶されることもあります。
こうした反応は、「弱くあってはならない」、「強くあらねばならない」と抑圧されてきたストレスの表れです。
このような心の状態が体に表れる特徴を理解できていないと、本人も、周囲の者も心の声(訴え)を理解できず、身体の治療だけをして、心は忘れ去られます。
母親の子どもへの情緒的なかかわりが拙く、心のもとになる“感覚”が乳幼児期に育たず、“知”の勝った養育歴が、思春期以降に感覚や情緒をもう一度、味わいために退行するのが心身症ともいえます。
また、たくましく生きる大脳辺縁系が、うまく生きる大脳皮質から抑制され過ぎた養育歴が、思春期に混乱をおこさせ、自律神経失調をきたし、種々の身体症状をだし、心身症が発症するということもあります。
 乳児期では、「消化器系疾患(嘔吐・繰り返す腹痛・下痢や便秘)」、「心因性発熱」、「脱毛」、「難治性アトピー性皮膚炎」が主な心身症ですが、一般には心身症とは認識されることはほとんどありません。
繰り返す「腹痛」や「頭痛」も、心身症として考えた方がよい場合があります。
症状が長引いたり、通常の身体的治療に反応しなかったりしたときには、母親の精神状態や環境へ注意を向けた心身医療的対応が必要になります。
幼児期には乳児期から引き続く心身症に加えて、周期性嘔吐症(自家中毒)、気管支喘息が出現します。
幼児期から学童期にかけてはチックの好発期で、小学校高学年になると思春期になるので、起立性調節障害が多くなります。
中学に入るころからは、摂食障害、過敏性腸症候群、過換気症候群も増加します。
思春期(10-15歳)は最も心身症をはじめ、心因性疾患が増加する時期になり、適切な指導や治療で治さないと、成人に持ち越し、一生ものになっていくことになります。
不登校となる子どもたちには、初期に身体症状(不定愁訴)をほぼ100%認められるといわれています。
その中には、発達障害を含めて神経症から精神疾患、最近では「仮面うつ病(非定型うつ病・新型うつ病。気分障害のうつ病とは違うものです)」が隠れていることが多く、心身医療が必要で、親はそのことを認識することが必要です。
小児に見られるいわゆる「心身症とその周辺疾患」は、以下の通りです。
・呼吸器系:気管支喘息、過喚起症候群
・消化器系:消化性潰瘍、過敏性腸症候群、反復性腹痛、臍仙痛、神経性食思不振症、大食症、周期性嘔吐症、呑気症、便秘、下痢、嘔吐、異味症
・心血管系:起立性調節障害、心悸亢進、情動性不整脈、胸痛、偏頭痛
・神 経 系:憤怒痙攣、チック、心因性痙攣、意識障害、視力障害、聴覚障害、運動麻痺
・泌尿器系:神経性頻尿、遺糞症、遺尿症、夜尿症
・内分泌系:バセドウ病、糖尿病、肥満症、愛情遮断性小人症
・そ の 他:アトピー性皮膚炎、慢性蕁麻疹、円形脱毛症、抜毛、夜驚症、吃音、心因性発熱、めまい、乗り物酔い
 なお、心身症が生じるときには、ストレス要因の関与の仕方とかストレス要因に対する子どもの対処の仕方などによって、症状の重篤度、経過の長さ、症状の意味などに違いがあります。
その違いにより、治療や対処方法が大きく異なることから、小児心身症は、「心身反応型」「葛藤回避型」「身体表現型」「経過修飾型」4つのタイプに分け、心身症の発症メカニズムを明確にすることが重要です。
*-29 「心療内科」は、内科・皮膚科疾患の治療(胃腸の不良、動悸・息切れ心臓の痛み、甲状腺やリュウマチ(膠原病)的症状など)において、精神的なストレスが引き金になっていると思われるときにその部分をケア・フォローすることを目的に設けられているものです。
しかし、うつ症状やパニック症状がみられていても「精神科」ではなく、心療内科を受診し、精神安定剤や睡眠導入剤が処方されてしまっています。
*-30 失感情言語症(アレキシサイミア)については、別途「Ⅱ-16-(8)失感情言語症(アレキシサイミア)と高次神経系トラブル」において詳しく説明しています。

-事例189(いじめ1、子どもの心身症1)-
 5歳の男児Kは、幼稚園のお遊戯発表会の前日、嘔吐を繰り返しました。
嘔吐で体力を消耗したKは、発表会を休みました。
発表会が終わると、Kの嘔吐の症状はなくなり、翌日、元気に登園しました。
しかし、Kは、幼稚園で、その後も頻繁に繰り返しましたことから、小児心療内科を受診しました。
 Kの嘔吐は、鎮吐剤の処方により消失しました。
幼稚園担任からの聞きとりで、Kは、遊戯を一緒にすることになっていた男児からいじめられていたことが判明しました。
いじめがなくなると、Kの嘔吐も消失しました。

-事例190(面前DV41、いじめ2・子どもの心身症2)-
 15歳の女児Sは、通学している中学校で、突然、胸痛を訴えて倒れ、救急車にて大学病院に搬送されました。
心臓や胸部には異常が認められず、心臓専門医から「病気ではない。」と診断され、退院しました。
しかし、その後も、Sは、中学校では胸痛を訴え、救急車で搬送されることが続いたことから、小児心療内科を受診しました。
 Sの訴える胸痛に対し、医師は、「痛み止め」として抗不安薬を投与し、Sには、「それを服用して、保健室で休むように。」と指示し、Sが通う中学校には、「器質的疾患はないので、まったく心配ない。」と説明し、「胸痛を訴えたときは、持参薬を服用させ、保健室で休ませるように。」とお願いしました。
Sの母親からの聴きとりで、Sが、「学校で仲のよかった友だちが自殺したのを、同級生からSのせいだといわれ、Sは思い詰めていたこと」、「両親が離婚を巡り、いい争うのをSが仲裁する役割の担っていたこと」、「受験が迫っていたが、まったく準備ができずに悩んでいたこと」ことが判明しました。
そして、Sの胸痛の訴えに周囲がふりまわされなくなると、Sの情緒は不安定になったことから、抗精神病薬を投与すると、症状は落ちつきはじめました。
その後、両親は離婚し、Sは自分で、母親と同居することを決めました。
高校受験は、担任の計らいで高校への推薦入学が決まりました。
そして、進学した高校で、自殺した友だちの噂がなくなると、Sの症状は自然に消失しました。

-事例191(厳しいしつけ1、子どもの心身症3)-
13歳の女児Cは、中学校の2年生に進級した直後の4月中旬から、毎朝、登校前に腹痛、下痢、吐き気を訴えたことから、近所の内科を受診しました。
 急性胃腸炎と診断され、投薬を受けると、Cは、遅刻したり早退したりすることはあっても、なんとか登校していました。
しかし、5月下旬になると、朝の腹部症状で登校することができなくなったことから、小児心療内科を受診しました。
 小児心療内科での面接で、Cは、小学校6年生のときに、下痢になり、教室で失禁し、皆の前で恥をかいた経験があることがわかりました。
Cは、「学校で失敗したらどうしようと考えると、症状がひどくなる」と訴えました。
そして、中学校2年生に進級した4月、クラスの生活委員に選ばれ、皆の前で発表する仕事を任されたり、部活動の練習中はトイレにいかせてもらえず、しかも、辞めたくても辞めさせてもらえなかったりしている状況も明らかになりました。
 また、両親の面接で、父親は、転勤の多い仕事をしていて、子どものしつけに厳しいことがわかりました。
母親は、「Cは、父親のいうことには黙って従い、父親がいると、しぶしぶ登校している。」、「Cは、もともとおとなしく、自己主張は少ない。自発的に行動することはほとんどなく、皆の後ろについて行動している。」、「人のいいなりになることが多いように思うので、「Cは子どもがおとなしいので、どうしても過保護・過干渉にならざるをえない。」と話しました。
医師は、Cへの薬物療法と個別の心理療法に加え、親カウンセリングを平行しておこなうことにしました。
しかし、Cへの心理面接が数回おこなったものの、C自身が嫌がったことkら中止することになりました。
 登校前に、予防的に強力な止痢剤投与することで、Cに「絶対に下痢しない」ことを保証し、安心させることで、登校を促しました。
同時に、抗精神病薬と抗うつ剤併用して処方しました。
両親には、「焦って登校を強要せずに、Cの症状が和らぎ、登校できそうなら、Cが安心できるようつき添って登校するのが好ましい。」と話しました。
Cの通う中学校では、Cが希望するときには、必ずトイレにいくことを許可してもらい、不安なときには、保健室で受け入れてもらえるように調整しました。
 その結果、Cは、週に2日ほど症状が落ちついた午後から登校できるようになりました。
すると、それを見た父親が、「行けるじゃないか。それなら毎日、朝から行け!」と強く叱責し、母親もCを庇わうことがなかったことから、翌日以降、Cの症状が激しくなり、まったく登校できなくなりました。
この状況に対し、両親には、Cは故意に学校を休んでいるのではないこと、症状は緊張すると自然に体が反応してしまうこと、親の役割は、Cの緊張感を和らげ、少しでも症状をセルフコントロールして登校できる自信をつけさせることを説明しました。
 医師が両親に説明後、Cの症状は和らぎ、1学期が終了しました。
 夏休みになり、Cが多少元気な姿を見せると、父親は、Cに「2学期からはもっと頑張る」といわせました。
 すると、Cの症状が再発しました。
医師は、父親を呼びだし、再度Cへの接し方を説明しました。
なんとか症状が和らぎ、Cが登校を再開すると、今度はジャンケンで負けて学校祭の責任者になったことから、Cの症状が再発しました。
母親を介して、担任に責任者を別の生徒に変えてもらうことをお願いしたことで、Cの症状は緩和しました。
その後も、一進一退の状態が続きましたが、両親に、辛抱強く見守ること、子どもを否定し、批判するのではなく、肯定的に評価するよう励まし続けました。
 2学期も後半になると、これまでのCは、親に対して、自分の気持ちを一切表現することはなく、心理面接では、自分の状況をきちんとことばで伝えられず、母親が、代わりに説明をしていましたが、少しずつ自分のいまの気持ちを表現するようになりました。
そして、冬休みなると、Cは、はじめてひとりで、親戚の家に泊まりました。そのとき、Cは、高校生の叔父に、「家に帰りたくない。」、「勉強したくない。」と告白しています。
Cは、3学期になると随分と落ち着いてきました。

-事例192(不適切な養育1**、いじめ3、子どもの心身症4)-
**「チャイルド・マルトリートメント」ともいいます。
 10歳の女児Eは、2歳のときに、重症のアトピー性皮膚炎を発症しました。
 Eは、さまざまな皮膚科治療やステロイド治療を試みましたが、効果はなく、慢性に経過しました。
全身の掻痒が強いEは、泣きながら、母親に背中を掻いて欲しいと執拗に訴えることから、きょうだいも多く手がかかる母親は、Eを疎んじるようになりました。
こうした状況で、母親とEの関係は、幼児期から安定していませんでした。
 Eは、小学校に入っても、アトピーの症状はよくならず、男の子から「汚い!」ということばを吐かれたり、女の子から仲間外れにされたりしました。
 低学年のうちは、担任がEをかばっていたこともあり、Eは、めげずに登校することができていました。
ところが、Eが5年生に進級すると、学級担任は、母親と同年齢の厳しい女性の先生になりました。
すると、Eは、不登校になり、また、アトピーの症状も悪化したことから、Eを治療していた皮膚科医は、小児心療内科を紹介しました。
医師は、母親に対して、「Eにとって、母親の精神的支えが必要な時期であり、Eを受け入れてあげることが、Eの情緒発達にとって極めて重要であること」を諭すように伝えました。
Eには、アレルギーを抑える作用と鎮静・催眠作用のある抗ヒスタミン薬を大量に投与し、情緒の安定と掻痒の消失をはかりました。
Eの情緒の安定と掻痒の消失は、母親がEを受け入れやすい状態にする意味で重要です。
医師は、Eの通う小学校の学級担任とも連絡をとり、優しい雰囲気の養護教諭に受け入れをお願いしました。
そして、Eは、保健室登校を開始しました。
 Eは、ほぼ6ヶ月経過したころから教室登校が可能となり、アトピーの症状もかなり改善することになりました。
また、担任の指導により、学級内でのいじめも解消しました。

「診察や検査で異常が見つからない=病気ではない」ということではなく、また、「ストレスが軽減すると症状が消える=仮病(詐病)」とういうこともでもなく、子どもが訴える身体症状は、子どもが実際に体験している事実です。
 問題は、心理的なストレスになる原因があっても、子ども自身が、必ずしもそのストレスを自覚しているわけではないということです。
したがって、子どもが、「心配ごとや悩み、気になることはなにもない」と話したとき、その話をそのまま鵜呑みにして、「じゃ、問題はない」と判断してしまうと、子どもの抱えている本当の問題を見誤ることになります。
一方の子どもは、体に症状が表れているのだから、「体の病気」と認識していますし、また、子どもが生活している家庭環境が、事例191の父親のように、子どもが弱い(負ける)ことを受け入れず、強い(勝つ)ことを求めるような状況、つまり、心理的虐待下にあるとき、子どもは、「心の病」とみなされることに、抵抗感、劣等感、罪悪感などを抱くことが少なくありません。
重要なことは、子どもの身体症状に対応する一方で、ストレスを軽減したり、ストレスの原因をとり除くなどの解決に向けて配慮したりする必要があるということです。
つまり、子どもの心身症には、心身両面からのアプローチが必要になるということです。
 子どもの心身症の発症の背景には、必ず心理的なストレスかかわっていますが、それは、単なるきっかけに過ぎません。
 心身症を発症に至るまでには、家族や学校園など、子どもとかかわる生活環境の中に、必ず、相互に絡み合った長い悪循環があります。

(起立性調節障害)
 「起立性調節障害」とは、立ちくらみやめまい、頭痛、吐き気などにより、朝おきあがる困難になるもので、中学生の10人に1人が発症しているといいます。
小学校高学年、思春期に発症する起立性調節障害は、身体的な成長に自律神経のネットワークの発達が追いつかなくなることを起因として、交感神経と副交感神経のバランスも悪く体調を崩しやすくなると、立て直しに時間がかかる中で発症します。
自律神経は、心臓の動きや消化活動、体温コントロールなど、人間の生命維持に欠かせない働きを担っていますが、自分の意志とは関係なく、自動的に体のさまざまな微調整をおこなっています。
自律神経には、体の活動を促す交感神経とリラックスさせる副交感神経の2種類があり、それぞれが交互に働きながら体全体のバランスを調整しています。
 寝ている状態は、血液を送りだす心臓と脳がほぼ同じ高さに保たれ、脳には十分な血液がいき届いていることから、寝ている間は、ほとんど症状がでません。しかし、おきて、立ちあがると、重力により全身の血液が下半身に移動してしまうことから、脳は血流不足となってしまいます。そこで、人の体は、脳が血流不足にならないように、自律神経が働いて、下半身の血管を収縮させ、脳への血流を確保しているのです。
ところが、自律神経システムがうまく働かないと、血液は下半身に溜まったままで血圧が下がり、脳への血流が不足してしまうことから、めまいや立ちくらみがおこるのが、起立性調節障害がおきるメカニズムです。
 特徴は、午前中は具合が悪くても、午後から夜にかけて調子がよくなる傾向があることです。
そのため、日内変動がある「うつ病」と間違われ、抗うつ薬を処方され、症状が悪化してしまうこともあります。
朝、頭痛やめまいなどでおきることができなくとも、夜になると、別人のようにテレビを見て笑っていたら、うつ病ではなく、起立性調節障害の可能性が高くなります。
問題は、こうした状態は、親や学校の教師から理解されず、「怠けている」、「サボっている」と誤解されてしまいやすいことです。
そのため、子どもは、心も体もツライ状況に追い込まれてしまいます。
子どもは怠けているのではなく、「学校に行きたくても行けない」状態なのです。
起立性調節障害は、大人になれば症状が軽快するといわれていますが、この年代の子どもは、学業の遅れに不安を感じていたり、先の見えない不安に押しつぶされそうになったりします。
不登校・ひきこもりなどの2次障害を防ぐためにも、周囲の正しい理解とサポートが重要です。

(子どもの気分障害)
大人と同じ抑うつ症状を持つ子どものうつ病性障害は多く存在し、子どもの双極性障害とともに関心が高まってきています。
a) うつ病性障害
DSM-Ⅳ-TRによる「大うつ病性障害」の主症状は、ア)抑うつ気分、イ)興味・喜びの喪失であり、副症状として、ウ)食欲障害、体重障害、エ)睡眠障害、オ)精神運動性焦燥または制止、カ)易疲労性・気力減退、キ)無価値感、罪責感、ク)思考力・集中力の減退、ケ)自殺念慮、自殺企図をあげ、これらの症状のうち5つ以上(少なくとも1つは主症状)が2週間以上存在し、病前の機能からの変化をおこしている状態と定義されています。
これらが、児童・青年期に適応されるときには、ア)の抑うつ気分は“いらいらした気分”であってもよく、ウ)の体重減少は、期待される体重増加がみられないことでもよいとされています。
つまり、年齢特有の症状として、大うつ病エピソードの中心をなす症状は基本的には大人と同じであるとする一方で、身体的愁訴、易刺激性、社会的ひきこもりなどの症状は児童期に特徴的にみられ、精神運動制止、過眠、妄想は児童期には少ないとしています。
  そして、児童・青年期のうつ病性障害は、破壊的行動障害(行為障害)、ADHD、不安障害が合併しやすく、青年期のうつ病性障害には、破壊的行動障害(行為障害)、ADHD、不安障害、物質関連障害(薬物やアルコールなど依存症)、摂食障害が合併しやすいとされています。
さらに、行為障害を合併している者は、薬物依存、アルコール依存、反社会的人格障害の合併が多く認められ、自殺行動、犯罪などのより広範な社会機能障害が認められます。
b) 双極性障害(躁うつ病)
  子どもの双極性障害は、大人の躁うつ病像とは異なり、ア)うつ症状と躁症状の極めて急速な交代、イ)うつ病相と躁病相が明瞭に区別しにくく、うつ・躁双方の症状が混在する多彩な病態(気分変動、情緒不安定、易刺激性、攻撃性、衝動性)、ウ)他の精神障害、特に、ADHD、反抗挑戦性障害、行為障害などを併存*-31しやすいという特徴があります。
ア)子どもの双極性障害では、うつ症状と躁症状の極めて急速な交代がみられ、うつおよび躁病相の持続期間が短いため従来の診断基準を満たさないことが多いとされています。
特に、気分や活動性が1日に数回の頻度で変動する日内交代型が多くを占めるといわれています。
平均11歳の双極性障害児60人のうち50人(83.3%)が急速交代型(rapid cycling)であり、45人(75.0%)が日内交代型(ultradian cycling)であるとの報告があります。
日内交代型の年間病相回数は平均1,440回で、1日平均4回の病相が認められたということです。
イ)子どもの双極性障害では、うつ症状と躁症状の両方の特徴を同時に呈することが多いとされています。
気分変動と易刺激性を中核とし、情緒不安定、攻撃性、衝動性、焦燥が重畳する症状が最も多くみられます。
また、精神病症状、不安、破壊的行動、多動、怒りの爆発などの症状が認められることが多いとされています。
ウ)子どもの双極性障害者の少なくとも4分の3には、ADHD、反抗挑戦性障害、行為障害(破壊的行動障害)の併存障害が認められます。
他には、不安障害および物質乱用障害の併存障害があげられています。
これらの併存障害が多いことが、双極性障害の診断の見落としを助長し、症状を複雑化していると考えられています。
*-31 複数の症状が併存する併存障害については、「Ⅱ-18-(7)解離性障害とアルコールや薬物依存症」の中で、薬物依存症と他の精神障害(例えば、統合失調症や気分障害、摂食障害など)が同時に併存している病態としての「重複障害」としてとりあげ、詳しく説明しています。


(4) ファンタジー色の強い子どもの解離
DVの家庭で育つなど、虐待を受けている子どもは強烈なストレスを抱え続けることになり、「解離」が強くでることがあります。
暴力のある環境で暮らしている子どもにとって、解離は決して異常な状態ではなく、正常な機能ともいえます。
例えば、授業中や友だちといっしょにいるときでも、「今日のご飯はなんだろうか」と違うことを考えぼんやりしている、それが解離と考えてみるとわかりやすいと思います。
子どもの解離の特徴は、ファンタジー色が強いことです。
例えば、セラピーで「ごっこ遊び」をしているとき、突然、お父さんがお母さんを殴るような場面がでてくることがあります。
このとき、「それはいつあったことなの?」と訊くと、「テレビでやってたことなんだよ。」と応えることがあります。子どもは、現実におこっていたことを遊びでやっている(再演)のだけれども、頭の中ではファンタジーだと思っているのです。
これは、暴力のある家庭環境で暮らしている子どもが見せる正常な解離です。
ここでいう“正常な”という意味は、暴力環境への“適応行動”という意味です。
子どもは、ひとり遊び(ごっこ遊び)の延長線上で、“もうひとりのわたし”と話をしていたり、もしくは、“もうひとりのわたし”として“空想の世界で遊んでいたりするときがあります。
字を覚え、本を読めるようになっていくと、ファンタジー小説の世界で生きていて、地に足がついていないふわふわした雰囲気をかもしだし、「ちょっと不可思議(変わった)な子」と思われていたりする子どもがいます。
また、強大で敵わない父親から母親を守れずに傷つき、ツラい思いを、ウルトラマンや仮面ライダーなどに変身し、“その世界で”母親を守ろうと戦っていることもあります。
空想の世界に浸っているときと現実を生きているときは、それぞれ別の時間を過ごしていることから、それぞれの記憶は結びついていないことになります(記憶の断裂)。
そのため、その記憶は、時系列に整理されていません。
そういった傾向のある子どもに対し、「いつ?」、「どうしたの?」と訊いても、ほとんど応えられるわけはないのです。
そして、こうした子ども時代を過ごし成人となった人は、子ども時代のことをほとんど覚えていないことになります。
「子どものとき、誰と、なにをして遊んでいたのか?」と訊いても、「思いだせない。」と応えるのです。
子どもがツラい現実を抱えきれなくなると、“もうひとりのわたし”にツラいこと、苦しいこと、哀しいことを背負わせたり、別の“もうひとりのわたし”には夢のような楽しい空想の世界の中で生きさせたり、それぞれの“もうひとりのわたし”に名前をつけ、別人格を持たせたりすることがあります(同一性解離性障害、いわゆる多重人格障害と呼ばれます)。
また、DV被害者である母親に「お子さんは、昨日ご飯になにを食べましたか」と訊くと、「昨日? うーんなに食べたっけかな」と記憶が消えていることがあります。
子どもがなにをして遊んでいたかを訊いてみても、なにをして遊んでいるのかまったく記憶になかったりします。
「積み木をやってましたか?」となげかけると、「積み木は家にありません」と応え、「絵本はありますか?」となげかけると、「絵本は家にはありません」と応えます。「では、子どもはなにをやっているんでしょうね?」と訊いても、「なにをやっているんでしょうか?」と訊き直されたりします。
子どもの解離と同じで、違うことを考えている(違う世界に逃げ込んでいる)と、子どもがなにをしているのかまったく視野に入っていないのです(記憶の断裂)。
その結果、時系列記憶に問題がでてきて、自分のことも思いだせないだけでなく、そのとき、子どもがどうしていたのかを思いだせないということになります。
中学校や高校以降の記憶が“ほとんどない(途切れている)”という人は、DV被害者である母親と同様に、見たくないもの、聞きたくないこと、感じたくないものを“遮断する”ために違うことを考えていた(違う世界に逃げ込んでいた)ということになります。
頭の中で、「いま、ここにある」現実とは違うことを考え、その世界(時間)で過ごす行為が、慢性反復的におこなわれると記憶の障害(記憶の断裂)をおこしていくのです。
この症状がひどいときには、「解離性健忘(解離性障害)」と診断されることになります。
また、現実の世界に逃げ込む場所を見つけようと、大人の闇の世界にとり込まれてしまうこともあります。
虐待・面前DVのある家庭環境で暮らしている女児が、出会い系サイト(コミュニティサイト)で愚痴を聞いてもらい、優しく甘いことばに惹かれていくことがありますが、これも辛い現実から目を背ける(違い世界に逃げ込む)おこないです。
問題は、そこには、援助交際と銘うった売春を強いられるなど性搾取被害に発展しやすいということです。


(5) 子どもが“ズル”をする深層心理
子どもが保育園や幼稚園、小学校に入る年次になると、親元を離れていろいろなルールの中で子どもたちは行動していかなければならなくなります。
遊ぶことひとつとってもルールがあります。
そんなとき、なにかにつけてズルをして勝とうとする子がいます。
この“子どもがズルをする”心理は、小さい子どもが、“快か不快か”とか“損が得か”、“大人から叱られるかほめられるか”というところを重視している表れです。
このことは、先に記している通り、扁桃体で感じる「快・不快・興奮」の感情(情動)は、生後、最初に発達する情緒で、アタッチメントに問題を生じていると、5歳になっても「快・不快・興奮しかない」ことがあるという意味で重要です。
つまり、勝って嬉しい、ルールを守らない方が得といった単純な動機(価値観)にもとづいています。
この動機(価値観)は、養育環境(暴力のある家庭など、機能不全家庭)においてつくられます。
子どもは、思春期前の8-9歳(小学校3-4年生)なると、これまでの経験や教育、そして、知的発達によって、“道徳性”が内在化されてくると、(個人差はありますが)「なんかそれは違うんじゃないか?」、「損得と正しいことは違う気がする」、「先生や親が見ているから、ほめるからやるとかは違うんじゃないか?」などという考えが自然に高まってきます。
しかし、親が子どものすることの結果ばかりにこだわり、正しいことというよりも勝つことに執着する家庭環境では、子どもはズルをしてでも勝たなければ親にほめてもらえない、認めてもらえないということを学習していきます。
また、テストやドリル学習で間違えたり、徒競走などで負けたりして、怒鳴られたり、叩かれたりすることを怖れるがためにズルをしようと試みていることも少なくありません。
なぜなら、暴力のある家庭環境で育つ子どもは、暴力に順応する(暴力による恐怖を回避するために身につける考え方の癖(認知の歪み))ために、社会のルールや倫理観、道徳観よりも、家庭のルールを優先(選択)していかなければならないのです。
このことは、幼い子どもにとって、どういう生き方を選択するかという重要な問題になります。
人生は、正しいだけでもうまくいかないという現実があります。
いずれ子どもたちも、その現実に直面して葛藤するときがきます。「正しく生きること」と「巧みに生きること」が一致しなくなったとき、どちらをとるのか?ということに悩みます。
このとき、子ども自身でバランスがとれるようになっておくために、家庭の中で、小さなときからより多くの経験をさせ、その時々に応じた導き方ができるように多くのひきだしをつくってあげる必要があるのです。
子ども同士の悩みやトラブルは、すべて子どもが将来生きる力を身につけるための貴重な経験です。
子ども同士の悩みやトラブルを、親と子どもでいっしょに考え、悩み、乗り越えたことは、子どもにとってかケガえのない財産となります。
しかし、親の考えや価値観を「~すべきである」、「~ねばらない」とベキ論で押しつけたり、「(危ないから、汚いから)~をしてはいけない」とおこないを“禁止”したり、子どものことば(意志)を遮り、「黙って、いうことをきいていればいい」と詮索干渉したり(以上、過干渉・過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待))、子どもの誤りを厳しく“否定”したり、非難・批判したり、侮蔑したり、卑下したり、からかったり、ひやかしたり、感情の赴くまま子どもを叩いたり、怒鳴りつけたり、「いうことがきけないなら、でていけ!」と脅しのことばでここに留まるか(従うか)、ここに留まらないか(従わないか)と二者択一の選択を強いる家庭環境では、悩みやトラブルを乗り越えるという力を奪われ、限られたひきだししか持つことができなくなります。
子どもは、ことばで自分の気持ちを伝えられるようになると、いろいろなことをイメージして描くこともできるようになります。
時には、親を驚かせるようなイメージを抱き、ことばで表現してきます。
 こうしたとき、子どもの話に一瞬巻き込まれるものの、「本当に? いつ?」と、ウソかホントか一瞬では判断できないことがあります。
親が 「これどうしたの?」と訊くと、子どもが 「Aちゃんがくれたの。」と応じたので、親が「このお菓子、ひとりで食べたの?」となげかけると、子どもが 「F兄ちゃんが食べた。」と応えたとき、例えば、Aちゃんが隣の年下の子だとすると、“くれる”という行為に疑問が生じ、また、F兄ちゃんが遠くにいる従兄弟だとすると、ウソだと判断できます。
 ウソをつくという行為は、「本当のことや正しいことを間違って伝える」ことを意味しますが、本当だと思って伝える場合と、なにかを隠して故意に意図して伝える場合があります。
なにかを隠して故意に意図して伝えるウソには、「見栄のウソ」と「方便のウソ」があります。
前者はうっかりした間違いなので、気づいて訂正すればいいわけですが、後者は意図してやっているので、前頭前野がよく働いていることから、親は、子どもに対し、ウソをついたことを自覚させなければならないのです。
なぜなら、ウソによるいい訳が成功すれば、子どもは、何度も繰り返すようになるからです。
 しかし、あまりヒステリックに怒鳴りつけたり、長々と過去のことまで持ちだして怒ったりすると、子どもは、大人用のウソを早々と身につけていきます。
「見栄のウソ」も「方便のウソ」も、早く現実から逃れたい思いから生じていることから、これが高じて身勝手で、他人に害の及ぶウソを身につけるようになるのです。
子どもがなにかを隠して故意に意図したウソをついたときに、その行為をやめさせるのは、親の価値観に左右されることになるのです。


(6) 学童期(小学年低学年)にみられる被虐待児童たちの行動特性
被虐待児童は、大きく二つのタイプにわけられます。
ひとつは、衝動的、攻撃的、多動、反社会的な子どもであり、もうひとつは、無口、抑うつ的、反応の乏しい、のろまな子どもです。
前者の「乱暴な嫌われ者」、「いじめっ子」は、暴力をふるう親に同一化したもので、後者の「いじめられっ子」は、暴力を受け続け萎縮し、憶病、無気力になった状態です(「学習した無力感*-32」を味わってきた子どもです)。
被虐待児童の行動特徴は、「凍りついた凝視」と表現されます。
これは、親からひどい傷を負わされた子どもが、傷の手当を受け、ひどい痛みがあるはずなのに、泣きもせず、叫びもせず、無表情、無感動に一点を見つめているような状態を示します。
このような「仮面(ペルソナ)」を身につけることによって、子どもは優しい親が、突然、怖ろしい迫害者に変わるというショックに適応しようと試みるのです。
幼いときから親に拒まれ、迫害された体験をしてきた子どもは、他人との関係をうまく育むことができません。
虐待を受けてきた子どもたちは、すべての大人を“不信”や“恐怖”のフィルターを通して見ています。
なぜなら、こうした子どもたちは、新しく接するすべての大人、近所の大人や教師も自分に不親切でひどい扱いをすると想定してしまうからです。
その結果、一生の間、かたくなに心を閉ざしてしまったり、あるいは、「優しい幻の親」を空しく求め続けることになったりします。
親に、いつも「お前はグズだ」、「マヌケだ」、「お前はいらない」とか、「死んでしまえ」と罵られ、拒まれ続けた子どもは、基本的安定感を育むことができません。
いつもおどおどして他人の顔色をうかがい、なにごとにも自信が持てず、新しい場面に挑戦することができなくなります。
親から問答無用でいきなり殴りつけられた子どもは、ことばのコミュニケーションより先に、まず暴力をふるうようになります。
保育園や幼稚園、小学校で、理由もなく弱いものに暴力をふるいます。
学校では、こうした子どもたちを問題児と扱い、親にそのことを伝えます。
その結果、それを恥ずかしく思った親が、さらに処罰するという悪循環に陥ることさえあります。
教育熱心な家庭の子どもが、「学業不振児」とか「行動問題児」のレッテルを貼られてしまうと、さらに親から厳しくされたり、疎まれたりするという結果になっていきます。
教育現場では、児童の学習を促し成績向上を目指す傾向が強いために、教育熱心な親を「いい親御さん」と認識してしまうことが少なくありません。
“教育熱心”ということばを隠れ蓑に、できなければ「どうしてこんなこともできないんだ!」、「こんなことができないのは、家の子どもではない!」と怒鳴りつけ、叩いたり、殴ったりします。
「できなければ「(塾や習いごと)止めてしまえ!」、「~に行くのはもう止めだ」、「~を買ってやらない」と罰やこらしめ、褒美を与える、与えないといった「いき過ぎた教育(教育的虐待(複合的に身体的虐待や精神的虐待を伴う))」がおこなわれていたりします。
いい仕事に就く、いい学校に入るために、子どもの教育のためとしておこなわれる虐待は、教育現場で最も見逃される虐待といえます。
臨床現場では、被虐待児童が自分を破壊し破滅させようと望んでいる親に屈伏して、あるいは長年培われてきた自己憎悪や劣等感への解決として、さらに親への攻撃を内面化して、思春期に自殺や暴走族への参加、薬物中毒など、慢性的自己破壊的行動をおこしやすいと指摘しています。
米国の調査報告書では、『被虐待児童の40%は、思春期前後に自殺未遂や自傷行為を経験し、このような不幸な子ども時代を送った若者は、「愛されること」をひたすら望んで嵐のように同棲や結婚に走り、未成熟で自信のない女性の選ぶ相手は、同じように受身で、従属的、依存的な一見「やさしい」男性か、支配的、攻撃的、衝動的で一見「頼り甲斐のある」男性であるとしています。前者は妻や子を経済的にも精神的にも支えられないし、後者は妻や子を暴力で苦しめます。自我が弱く、道徳規範も十分発達していない夫婦は、互いに家庭外で異性との交渉を持ったりして、愛情と支持を分かち合う安定した夫と妻の役割を果たすことができません。』と書かれています。
こうした傾向は、「慢性の愛情飢餓に陥っている」といわれるもので、親から虐待を受けアタッチメントを損なうことで、カラカラに乾いたスポンジのような渇望感、底なし沼のような寂しさを抱えていることに起因しています。
死にいたらない虐待であっても、深刻な影響、後遺症を子どもに残し、そして、過酷な人生を子どもに背負わせることになります。
*-32 「学習した無力感」は、「Ⅰ-8-(2)学習した無力感、囚人実験」で詳しく説明しています。


(7) 反応性愛着障害(RAD)**
** この「手引き」では、精神疾患名の記載は、DSM-Ⅳ(「アメリカ精神医学会」の「精神障害の分類と診断の手引き(The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」の第4版(1994年))にもとづいて記載していますが、DSM-5が、2013年(平成25年)5月18日(邦訳2014年(平成26年)10月23日)が出版されています。
その「DSM-5」では、「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」と「脱抑制型対人交流障害/反応性愛着障害・脱抑制型」は、 ともに「心的外傷およびストレス因関連症候群」に分類されています(「/」の左がDSM-5、右がDSM-Ⅳでの診断名です)。
そして、「反応性アタッチメント障害」と「脱抑制型対人交流障害」は、「社会的ネグレクト(乳幼児期の適切な養育の欠如)」が診断の必須要件になっています(2歳以降にネグレクトを受けた子どもは診断されません)。
基本的な特徴は、「子どもと養育者の間のアタッチメントの欠如」、もしくは、「いちじるしく未発達なアタッチメント」と特徴づけられています。
そして、「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」は発達の遅れ、特に認知および言語の遅れや常同症なども併発することから、症状からだけでは、「自閉症スペクトラム症(発達障害)/アスペルガー症候群」や「知的能力障害(知的発達症)」と区別がつかないといわれています。
「常同行動」は自閉症児によくみられるもので、手をひらひらさせる、身体を揺らす、顔をしかめる、手で何かを叩き続ける、奇声をあげるなどが該当します。
例えばニヤニヤしながらぴょんぴょん飛び跳ねているからといって、本人が嬉しくて飛び跳ねているのではなく、無意識下での行動です。
そして、なにかを訴えたかったり、心理的な安定を求めている場合にみられたり、一方で、することがなかったり、することがわからなかったり、退屈だったりしたときにみられます。
さらに、「脱抑制型対人交流障害」は、「注意欠如・多動症(ADHD)」との鑑別を要し、「脱抑制型対人交流障害」は多動を示さないとされますが、不注意と衝動があるので、思春期以降は表面的な情動表出や馴れ馴れしさと見境のない行動などで仲間同士での諍いも多いとされ、「不注意優勢型のADHD」とは鑑別がつかないのではないかと問題点が指摘されています。
子どもの正常な発達のためには、子どもを無条件に受け入れ、安全で安心して住める場所、そして、愛着者(親・養育者)の存在が不可欠です。
つまり、①一緒に生活する親に傷つけられることがないといった安全が保障される中で、②親が問題を抱えている人(夫婦、家族、親のかかわる大人)に対し、なにを感じ、なにを求めているかを察したり、思いやったり、共感したりする姿勢や行動、言動が示されることによって、感受性や共感性が育まれたり、③かかわる人や子どもが求めているときだけ応じ、かかわる人や子どもがすべきことを肩代わりしない(奪わない)応答性が認められたり、④そのときの気分や都合でいうことが変わってしまう対応ではなく、対応や言動が一貫していたりするといったことが、「子どもにとって安全で、安心できる環境条件が整っている」ことになります。
①-④の環境条件が整っていることによって、はじめて、子どもは「自分を大切な存在である」と認めることができ、親(養育者)の考え方に左右されずに自分の気持ちや考え、意志を口にできるようになります。
別のいい方をすると、子どもにとって安全が補償されずに愛着の傷を受けたと考えられる状況としては、a)乳幼児期に親と死別したり、b)母親が夫(父親)からの暴力や義父母との確執に悩み、子どもを置いて家をでて行ったり、c)自分では育てられないと祖父母や施設に預けられ、親と離れて暮らさねばならなかったり、d)親が交友関係やパチンコ、ゲームに没頭したり、交際相手とかかわりを優先したりする(愛情が他の存在に奪われる)ことによって、家事が疎かになり放っておかれたり(育児放棄(ネグレクト))、e)叩かれたり、殴られたりする身体的虐待や性的虐待を受けたり、f)親からいつも否定と禁止のメッセージを含んだことばの暴力(精神的虐待)によって拒否されたり、g)親の考えや価値観、世間体にもとづく期待、その時々の都合ばかり押しつけられたり(いき過ぎた教育(教育的虐待))、h)親の暴力を見たり、聞いたり、察したり(面前DV)して、i)親が心を病み、精神的に不安定で自暴自棄なふるまいをしたり、自殺をしていたり、j)親が自分よりも他の兄弟ばかり可愛がったりすることなどがあげられます。
そして、a)の親との死別以外のb)-j)については、子どもへの精神的虐待(ことばの暴力を含む)、ネグレクト、身体的虐待、性的虐待、精神的虐待、いき過ぎた教育(教育的虐待)、つまり、子どもへの虐待行為に該当し、愛着スタイルが不安定であり、アタッチメント(愛着形成)獲得に問題を生じることになります。
当然、親の子どもへの「過干渉」、「過保護」は、上記②③やf)g)に該当し、“なんでも親がやってしまう”、“子どもの自主性を奪ってしまう”ことになることから、子どもにとって安全は保障されていることにはなりません。
そのため、愛着スタイルが不安定であり、アタッチメント獲得に問題を生じることになります。
このように、愛着の問題は、異常な家庭環境の中だけのことではなくもっと身近なものです。
それは、10-12人に1人の子どもや大人が、なんらかの問題を抱えた「愛着の絆」のズレや不安定さ、愛着の偏り(不安定な愛着スタイル)があり、「愛着障害」や「発達障害」を抱えていると指摘されていることにも表れています。
「10-12人に1人」という数字を、小学校1年生35人学級、2年生以降40人学級にあてはめてみると、小学校1年生では、1クラスに3.50-2.92人、小学校2年生以降の学年では、1クラスに4.0-3.33人の児童が該当することになります。
そして、子どもへのはっきりした虐待やネグレクトがあったり、「愛着の絆」のズレや不安定さ、愛着の偏りがあったりすると、子どもだけではなく大人も含めて、一生の生活パターンや心身の健康を大きく左右することになります。
乳児は泣いて、親(養育者)になにをして欲しいとか、なにが嫌だとか自分のニーズを知らせます。
親(養育者)がその泣き声を聞き分け、対応することで、乳児は安心し、心地よさを感じ、愛情に満たされていると認識します。
その安心感にもとづく心地よさ、そして満足感から人(親・養育者)を“信頼する”ことをすり込み、学びます。
親を信頼する学びを通じて、子どもは親の価値観や生活習慣、人とのかかわり方を自分の中にとり込んでいくわけです。
親のふるまいや言動をひとつひとつ真似て、善悪の見極めや良心といった社会ルール(倫理・道徳観)、人の思いに共感したり、人を思いやったりすることを身につけていきます。
しかし、「愛着の絆」が親子間で結ばれていないアタッチメント未獲得で「愛着障害」を抱える子どもは、大人を信頼し、信用することができません。
そのため、社会性や社交性、倫理観、道徳心などを身につけることができないのです。
なぜなら、不適切な親とのかかわりによって、脳の発育が損なわれ、人の感情や表情を読みとる部分(前頭前野)が十分育っていないからです(委縮してしまっている)。
このことは、未発達な脳(委縮した脳)は、人を思いやったり、慈しんだり、労わったり、思いをともにしたりするといった共感性や同情心を獲得できていないことを意味します。
そのため、人見知りせず、見知らぬ人でも親しげに接し、愛嬌をふりまきます。
一方で、本来愛着関係を結ばなくてはならない母親や教師に激しく抵抗し、駄々をこね、癇癪をおこしてコントロールしようと試みます。
愛嬌をふりまいて注目を惹き、一方で、泣いたらなかなか泣き止まなかったり、衝動的で、じっとしていられなかったり、頭を壁や床に叩きつけたり(自傷)、過度の偏食であったり、おもちゃや食器など物を壊したり、自分のイライラや不満を抑える力に欠ける(脳が未発達なために感情をコントロールすることができない)ために、駄々をこね、癇癪をおこしてものごとを自分の思い通りに運ぼうとコントロール(支配)するふるまいが中心となります。
そのため、対人関係を築くことが難しくなるのです。
このような、5歳未満の子どもに、“まるでDV加害者のようなふるまい(やり口)”で、人をコントロールする特性が見受けられるときには、対人障害としての「反応性愛着障害=RAD(Reactive attachment disorder)」が疑われることになります。
そこで、「愛着障害」をもつ子どもの特徴を、①情動、②行動、③思考、④人間関係、⑤身体、⑥道徳・倫理観といった6つの切り口で説明しておきたいと思います。

① 情動
強い怒りを抱え、抑うつ的で無力感を持ち、不機嫌であり、怖れと不安(しばしば隠蔽される)が苛立させ、不適切な情動反応をみせます。
乳児期、親(養育者)が泣いても抱いたり、あやしたり、ことばをかけたり、大人との適切なかかわりを受けなかった子ども、育児放棄(ネグレクト)を受けた子どもは、自分の欲求を調整することができません。
「誰も自分を受け入れ、守ってくれなかった」というトラウマ体験が、調整できない欲求として表れ、不安感や恐怖心をかきたてられ、過度のうつ状態か、過度の興奮状態(パニック)をひきおこします。
常にイライラし、癇癪をおこしたり、沈んだりとか、感情にムラが見られます。
また、愛着障害児は、自分を認めたり、自分を癒したり、感情を制御したりすることを、親を手本として学ぶことができなかったために、自制する、感情をコントロールすることができません。
子どもの成長過程において、自己肯定すること、自分を大切にすることを身につけていないために、存在そのものを肯定することができず、将来に対する絶望感、カラカラに乾いたスポンジのような渇望感、そして、底なし沼のような寂しさとなって表れます。
同時に、自分の苦しみの原因は親や大人、社会・世の中にあるとし、激しい怒りとなって表れます。

② 行動
反抗的、挑戦的、衝動的、破壊的、攻撃的です。落ち着きなく多動で、自己破壊的です。
嘘をつき、万引きなどの盗みを繰り返したり、口汚く罵ったりします。また、火遊びをしたり、蟻をつぶしたり、ハムスターやウサギ、小鳥、猫など小動物への残虐さを見せることがあります。
脳内のイライラを静めるために、過度な刺激を求めたり、破壊的な行動にでたり、多動であったりします。
落ち着きがなく、とっさの行動が多く、カッとなると暴力的になり、他児を突き飛ばしたり、周囲に対し一方的に暴言を吐いたり、暴力をふるったのち、大人に対して噛みついたり、暴行したり、ガラスを割ったり、ものを投げたり、気持ちのコントロールができません。
地下からマグマが吹きあがってくるような激しい衝動は、歯止めをきかすことができないのです。
絶え間ない攻撃性は、自分を愛そうとする人に向けられることになります。
そして、成長するに従い、怒りを社会にぶつける反社会的行動に走ったり(「行為障害*-33」から「反社会性人格障害(サイコパス)」に進展していくことがあります)、自分に怒りをぶつけ、自分自身(いのち)を傷つけたりします(自傷行為)。
人(小動物、自分より弱い幼児を含む)にも、自分にも残酷であり、一方で、他人を傷つけたり、物を盗んだりしても、自分が悪いことをしていると自覚できないために、良心の呵責を感じることはありません。
また、不安定な愛着関係を起因とする「親(養育者、後に大人、かかわる人すべてが対象になる)から捨てられるのではないか」との強い“見捨てられ不安”を抱えているために、過度に親にしがみついて離れない“分離不安”の症状が強くでることもあります。
分離不安は、ひきこもりや不登校の問題の一因にもなり、共依存の関係になったり、やがて、かかわる人を依存(共依存)対象にしたりします。
食欲などおじょうずに調整することができず、過度の偏食が見られたりします。
また、思春期を経て青年期に成長していく中で、摂食障害(過食・拒食)を発症することもあります。
「誰も自分を守ってくれない」から「自分で自分を守るしかない」という気持ちに変化し、自分の環境、自分とかかわる人をコントロール(支配)しようとします。
自分を愛そう(支配しよう)とする親、そして、小中学校の教師(親以外の大人の代表として)に対し、激しい拒否反応や攻撃性を見せる一方で、自分に関係ない人たちには愛嬌をふりまくといった“相反する行動”が見られるのも愛着障害を見極めるポイントです。
*-33 「行為障害」については、「Ⅱ-20-(7)福祉と医療、教育。行為障害、反抗挑戦性障害者のサポート」で、「反社会性人格障害(サイコパス)」については、「Ⅰ-6-(3)サイコパス(精神病質、反社会性人格障害)」、「Ⅱ-21-(11)-⑤反社会性人格障害」で詳しく説明しています。

③ 思考
他者否定だけでなく自己否定が根柢にあるために、自己や対人関係に留まらず、生活全般、そして、“これから”といった将来について、すべてのものごとをマイナス思考(革新的な否定的な思い-否定的なワーキングモデル-)で捉えます。
親の子どもへの対応が、その場限りであったり、そのときの気分次第であったりしたことから、因果的(論理的)にものごとを考えることができず、そのときに思ったこと、頭に浮かんだことばを口にします。
結果として、その場をとり繕うだけの嘘をつくことになったり、つくり話になったりします。
注意と学習の問題を抱え、就学とともにより顕著になってきます。不安定な愛着関係、または不適切な愛着関係にある子どもは、失敗することを極端に怖れるために、新しいことにチャレンジすることにとても消極的です。
一度学んだパターンを頑なに踏襲しようとするために、別な方向からものごとを捉えたり、やり方を考えたりすることがとても苦手です。
また、衝動を抑える方法を自分の中にとり入れることを身につけていないために、自分の好きなときに好きなことをします。
そして、大脳の働きとして忍耐力や集中力が育っていないので、“考える”ことが苦手です。
外からの刺激(イメージ、音、匂い、友だちの行動)や自分のイライラに対し、“考えることなく”反応し、周りを巻き込みます。
その様相は、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)と類似します。
繰り返しになりますが、愛着障害とADHDの判断(診断)は、非常に難しいとされています。
そして、考える脳が未発達なため、社会性など年齢同等の考え方ができません。
なんでも白か黒か、味方か敵かと二元論で判断してしまうために、複雑な人間の機微を理解することができません。
そのため、「いいころ合い」とか「いい加減」といった程度(状態)を理解することができないのです。
親(養育者)のその時々の気分でいうことやふるまいが変わる中では、ものごとのつながりや因果関係、「この前はこれがいい(いけない)とされたから」といった判断の“前提条件”は意味を持ちません。
「考えて行動することは無駄である」ことを思い知らされてきているので、「考えること」が苦手で、その瞬間に思ったことをそのまま口にし、行動します。
ものごとの道理をいっさい考えずに行動することが習慣になっているので、「あなたがこうしたら、こういう結果を生むことになるでしょ。だから~」といった教師(大人)の説明(因果関係)を理解することができないことが多く、同じ過ちを繰り返しおこなうことになります。
そのため、「どうしてわからないの?!」、「どうしてできないの?!」と非難され、“非常識”とのレッテルを貼られることになります。
特に、家庭にDVがあったり、虐待を受けた子どもは、「親から愛されなかったのは、自分になにかが欠けていたから、虐待される(躾けし直される)必要がある悪い子だった」と自分を責めていたりします。
自己肯定できないために、自分に自信を持つことができません。
同時に、他者肯定もできないことから、ものごとをすべて悪く受けとり、人のおこないには作為があると考え、人を信じることができずに疑ってかかります。
また、人とのかかわり方や“これから”の自分の人生に否定的で、思春期から青年期へと成長するにつれて、否定的な人生観と、一方で自己存在を認めて欲しいとの渇望感の狭間で苦しみ、葛藤するようになります。
そのため、“わたし”のことをわかって、“わたし”のことをちゃんと見てと自分のいのちを傷つける(自傷行為を繰り返す)ことで、自己存在を認めて欲しいと訴えます。
ちょっとしたことでもなにか失敗したと思うと、“消えたい(死にたい)衝動“に突き動かされ、リストカットやOD(過剰服薬)など自殺未遂を繰り返したりします。

④ 対人関係
甘えたい、愛されたい、所属したいという、人間の心理的なニーズが満たされてこなかったので、人を信頼できず、大脳の前頭葉にある“他人の気持ちを汲む”いう場所が年齢相応に育っていません。
人を信じられず、自分も信じられないといった“信頼感の欠如”が根柢にあるために、支配的で、操作的になります。
そして、「自分を守る」ことだけに専念してしまうので、対人関係は、常に「支配」か「隷属」かの両極端な結びつきになります。
友だちの気持ちに共感できず、感情にムラがあり、ゲーム等も自分流にやろうとし、同じやり方を友だちにも強要します。
また、友だちとのかかわり方がわからず、親にされてきたように押したり、叩いたり、突き飛ばしたりしてかかわってしまいます。
そのため、友だちとの関係をうまくつくれず、強烈な疎外感を抱えることになります。
感情の激しさをぶつけたかと思ったら、しょんぼりとしていたり、日ごとに表情やふるまいが変わったりします。
そのため、周りの人たち(同級生や大人)はどう接したらいいか戸惑い、やがて、「触らぬ神に祟りなし」とかかわりを避けるようになります。同年代の友だちがなかなかできません。
児童養護施設で暮らす愛着障害の子どもたちは、年下を支配し、年上や強いものにはへつらい、同年代の子どもを避けるか、相手にされないといった傾向が顕著です。
乳幼児期に、親の不適切なかかわりによって、“満たされる”思いを獲得できていないために、親や大人を信頼することができません。
そのため、親の愛情も支配と受けとり、必死に抵抗しようとします。
また一方で、不適切なかかわり方であった(愛情を受けられなかった)ことから、人に愛情を与えることができませんし、人を信じるということを身につけられず、自分を大切にすることがどういうことなのかを理解できないために、人から適切な愛情を受けることもできません。
そのため、親から受けられなかった愛情を見知らぬ人に求めようとしたり、不安定で危うい仲間関係がつくられたり、自分の失敗を他者のせいにしたり、いじめやデートDVなどの加害者になったり、被害者になったりします。
自分にあまり関係のない人や赤の他人には、自分流に愛嬌をふりまき“いい子”“楽しい子”との印象を与えます。
一方で、周りの大人や教師が、子どもに“操られる”現象がおこってしまうことがあります。
自分の思い通りにコトを運ぶために駄々をこね、癇癪をおこしている子どもを大声で叱りつけている母親に対し、周囲の大人たちが、冷たい視線を浴びせたり、非難したり、責めたりすることがあります。
このとき、母親を周囲から孤立させ、子ども自身の支配力を強めるおこないを意図的につくりだす(演出する)ことがあります。
周りの大人や学校の教師に、子どもの状況を理解してもらえない状況をつくりだすのです。
この子どもに操られる現象は、事例116(分析研究11)で、長女Yに母親Rがふりまわされていたように、DV環境にある家庭でよくみられるものです。
父親のやり口を学び身につけた子どもに、被害者である母親が操られる状況がつくられるのです。
その結果、子どもにも虐待している母親像をつくられてしまうことになります。

⑤ 身体
人は、本能的に「心地よくなりたい」という欲求を持っています。
しかし、愛着障害の子どもは、こうした欲求を無視されることに慣れてしまい、自分の身なりに無頓着だったり、痛みに対してがまん強かったりする(鈍感=感覚鈍麻)傾向がみられます。
一方で、不注意でケガをしやすかったり、事故をおこしやすかったり、ふさぎ込むといった抑うつ傾向があったりします。
落ち着くことができず多動であったりすると、片づけ(整理整頓)ができなかったり、掃除や洗濯など身の回りのことが無頓着であったりする傾向があります。この傾向は、親になったとき、ネグレクト(育児放棄)を招く一因になります。
親のスキンシップが不足していることも多いので、人に触られるのを極端に嫌がったり、お風呂を激しく拒否したりすることもあります。
時に、夜尿や遺糞をしたりします。

⑥道徳・倫理観
子どもは、幼児期に自分を世話してくれる親(養育者)に対し、“わたし”が嫌がることはしないと信頼し、身を任せる(世話を受ける)ことができます。
また同時に、悪いことや嫌がることをしたら、親が悲しむという良心が芽生えていきます。
こうした信頼感にもとづく親とのかかわりの中で、価値観や倫理観、そして、社会のルールを守る道徳観が育まれていくことになります。
しかし、不適切な親とのかかわりは、子どもの心を不安定にさせ、「自分は生きていてはいけない悪い存在」と認識させてしまいます。
その認識が、無意識下で、社会の暗い一面と結びつき、世間を騒がせるような犯罪者や悪人に自分を重ね合わせてしまうことがあります*-34。
社会のルールとして、してはいけないとされていることが、日々、家庭の中では繰り広げられているわけです。
子どもにとって、生きるためには家庭の中のルールを受け入れ、従うしかないのです。
家庭のルールがなによりも優先され、やがて、自分自身のルールとしてとり込んでいきます。
そのため、成長するにつれ、倫理観や道徳的なふるまいとなる社会ルールから離れていき、やがて、範疇外となっていきます。
それが、非行的なふるまいにつながっていくわけです。
人の思いに共感したり、同情したりして思いをひとつにしたり、信頼にもとづく対人関係を築いたりするといった人とのかかわりがなければ、人は、社会的意味をみいだし、前向きな目標を持つことができません。
そのため、倫理的で道徳的なふるまいとはかけ離れた人生の暗い面(ダークサイド)と同一視してしまい、罪悪感を抱くことなく邪悪さを身につけてしまうことになるわけです。
範疇内で生活している人にとって、範疇外となってしまったふるまいは、平気で嘘をついたり、騙したりするといった社会ルールを破り、道徳や常識を踏みにじったりしているとしか映らなくなります。
良心の呵責もなく、人を傷つけたり、殺してしまったり、覚醒剤など違法薬物に手をだし、身を亡ぼしてしまったりするふるまいも、親の不適切なかかわりの中で身につけてしまった家庭のルールが根柢にあります。
アタッチメント獲得に問題を抱えた(愛着障害の)幼小児が適切なケアやサポートをえることなく成長し、大人になったときには、「愛着スタイル」という対人関係パターンを示したり、「人格障害(パーソナリティ障害)」のような内的体験や行動の持続的様式の著しい偏りとして表現されたりします。
それだけでなく、うつや不安障害、アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症、解離性障害、境界性人格障害(ボーダーライン)、摂食障害(過食拒食症)といった精神科的疾患の要因やリスク要素となっています。
結果として、人のかかわり方(距離感や立ち位置をつかめない)に問題を抱えるために、暴力によって人を支配しようとし(または、支配されてしまったりして)、家庭を崩壊させ、離婚することになったり、子どもに虐待行為(ネグレクトを含む)をするようになったり、それだけでなく、恋愛することや結婚すること、そして、子どもを持つことを避ける(回避する)ようになったり、社会にでることを拒否してひきこもり続けることになったり、反社会的なおこないとして非行や犯罪行為を繰り返すようになったりすることになります。
愛着障害の幼小児が適切なケアやサポートを受けることなく、大人に成長してしまう要因として、愛着障害とLD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)との判断が非常に難しいことがあげられます。
その要因のひとつとして、判断を求められるときの、養育者(親)と子どもとのかかわり方、そして、立ち位置が影響していることがあげられます。
極端ないい方をすると、判断するときに、親が養育にかかわっているかいないかが、大きく影響を受けるということです。
つまり、親の子どもへの不適切なふるまい(虐待、面前DV)が認められ、児童相談所などの家庭介入がおこなわれているときには愛着障害と判断され、子どものふるまいの原因は養育環境にあると認識されます。
しかし、親が「子どものしつけには厳しくしている(いき過ぎた教育(教育的虐待))」と認識していたり、手をかけ過ぎていたりするとき(過干渉・過保護)には、親に暴力をふるっている(虐待をしている)という自覚はありません。
そのため、子どものふるまいは、子ども自身に原因があるとして、医師や学校に相談したり、治療に訪れたりすることになります。
そして、“なぜ”そういったふるまいをするのかよりも、“どうしたら”そういったふるまいをなくすことができるかにフォーカスされ、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)との判断の下での治療がはじまります。
と同時に、このことは、親の子どもへの不適切なかかわりに対してのアプローチが疎かにされてしまったり、適切な介入のチャンスを逃したりすることを意味します。
*-34 世間を騒がせるような殺人事件は、「Ⅱ-20-(6)性的サディズムと人格障害などが結びついた誘拐監禁・殺害事件」、「Ⅱ-18-(2)抑圧がもたらした凄惨な殺傷事件」において詳しく説明していますが、その中でとりあげている「名古屋大生殺害事件(平成27年)」では「グレアム・ヤング毒殺日記」、「静岡県タリウム事件(平成17)」をひき起こした17歳の少女で、この少女もまた「毒殺日記」を愛読していた」、「佐世保小6女児同級生殺害事件(平成16年)」では「バトル・ロワイヤル(映画)」、「大分県一家6人殺傷事件(平成12年)」では「残虐なビデオやゲーム」「ホラー映画」、「西鉄バスジャック事件(平成12年)」では「(事件2日前に、豊川市主婦殺人事件をおこした)同じ17歳の少年」、「岡山県金属バット母親殺害事件(平成12年)」では「闇狩人(漫画)」、「会津若松母親殺害事件(平成19年)」では「ホラー映画」「マリリン・マンソン(ロックバンド)」、「八戸母子殺害放火事件(平成20年)」では「猟奇的な殺人を扱った漫画本や漫画雑誌」、「光市母子殺害事件(平成11年)」では「魔界転生(小説)」、「柏市連続通り魔殺傷事件(平成26年)」では「(神戸連続児童殺傷事件(平成9年)をひきおこした)酒鬼薔薇聖斗」、その酒鬼薔薇聖斗は「羊たちの沈黙(映画)」「パリ人肉事件」「寄生獣(漫画)」に強く影響を受け、自身に重ね合わせて犯行に及んでいることがわかっています。


(8) 失感情言語症(アレキシサイミア)と高次神経系のトラブル
暴力のある環境で暮らしてきた子どもが思春期を前にしたとき、ムカつく、いじける(萎縮することと暴発すること)、パニくる(パニックに陥る)、たりぃ(たるい)、うっとうしい、疲れる(背中ぐにゃ、朝からあくび)、転んでも手がでない、ボールが目にあたるなど、身体的なことばに象徴されるような異変がみられることがあります。
こうした傾向が認められる子どもたちは、心が不安になって悩まなくなり、悩めなくなっています。
それは、心身症に特有の「失体感性(心身体感覚性:身体感覚を主観的に体験できないために、身体的な衰弱や疲労感を訴えること)」や、「失感情言語症(アレキシサイミア;alexithymia)」に似た傾向をもっています。
アレキシサイミアは、自分の感情(情動)への気づきやその感情の言語化の障害、また内省の乏しさといった点に特徴があります。
アレキサイミシアは、自分の「身体の痛み」「しんどい」などの感覚に気づくことが難しくなることを指します。
アレキシサイミアの状況が長く続くと、今度はストレスがない状態のことを忘れてしまい、ストレスがかかった状態が普通となってしまうことがあります。「ツラい」「哀しい」という感情をうまく吐きだせずに自分の中(脳内)にとどまってしまい、感情がでない状態になります。
とはいっても、感情がないわけではないので、あまりに押し込められた感情は、頭痛・不眠・よくわからない痛み・しびれ・めまいな身体的な症状となって表れます。
しかし、病院で、脳波やCT・MRIなどの検査を受けても多くの場合異常はでません。
さらに、ケガをしても、あまりに感覚がマヒしていて痛みを感じないなど、自分の身体にもかかわらず、異常に気づきにくい、自分のからだと向き合えないという傾向をアレキシサイミアといいます。
自分の身体と向き合うことができないのですから、その状態はかなり深刻です。
アレキシサイミアの主だった特徴は、次の通りです。
a) 事実関係を、細部の描写をくどくどと何度も繰り返すが、それに感情の表現が伴わない
b) 自分の感情や葛藤状態に対して、適切なことばで表現できない(情動の体験と表現が制限されている)
c) 想像力や空想力に乏しい
d) 感情をことばよりも行動によって表わす
e) 葛藤から逃れるために、直ぐ行動に移りやすい
f) できごとについての周囲の状況を述べて、感情について語らない傾向がある
g) 対人関係は貧困で、機械的な対応が多く、面接者とのコミュニケーションをとるのが難しい
h) 感情や空想を語るよりも、外のできごとについての思考が多い
自己の感情の認知や表出が困難であることから、身体化にその捌け口を求める心理的特徴をもちます。
社会適応はよすぎるくらいよくて、むしろ過剰適応の傾向にすらある人が多いとされ、精神病患者や抑うつ患者に比べて心身症患者は、失感情症傾向が強いとされています。
アレキシサイミアは、怒り、哀しみなどの感情を感じとることも、ことばで表現することもできません。
外のできごとのこと細かい部分に関心が限定され、自分の感情を認知することも、自分のことばとして相手に伝えることもできません。
そのため、「どう感じる?」と訊かれると、困惑してしまいます。突然怒ったり、泣きだしたりしますが、そのとき、なにを感じているかを説明することはできません。
なぜなら、そのときそのときの感情を、自分の中で区別することが難しいからです。
この荒れ、キレるにつながる心と身体の問題は、感情、思考、意志、創造の座である大脳新皮質の前頭葉の発達の異変と関係が深くかかわっています。
未発達の原因のひとつが、子どもがDV環境・虐待環境のもとで、極度の緊張状態を強いられながらの生活を余儀なくされてしまうことです。
そして、その子どもが思春期を経て、青年期を迎えるにつれ問題行動が顕著になり、「あれッ、この子、なにかがおかしい」と気づいたときには、その症状はかなり進んでしまっていることになります。
高次神経系の興奮の働きも抑制の働きもともに強くなっていない子どもは、1980年代以降、幼児で50%以上、学年が進むにつれ少なくなりますが、思春期がはじまる5-6年生にかけて逆に多くなり、中学になっても5人に1人、4人に1人にのぼるとされています。
高次神経系(機能)は、意思を表現・伝達・理解する言語、物や空間の認知、目的をもった行為、時間の流れの中で欠かせない記憶、そして、将来的展望と目的をもって柔軟に行動する能力を司ります。
高次神経系にトラブルを抱える5歳児には、愛着障害児と似通った次のような特徴がみられます。
a) 衝動性・攻撃性
 ・教室の椅子や机、遊具などを乱暴に扱って壊す
 ・あきっぽく、ひとつのことに熱中できない
 ・自分の思い通りにならないと、相手を押したり、ぶったりする
 ・先生に注意されると、口ごたえや反抗的な態度をとる
 ・怒ると相手に噛みついたり、つねったりする
b) 対人関係
 ・いいつけや約束を守らない
 ・他の子が遊んでいるとじゃましたり、いたずらしたりする
 ・他の子からいじめられたり、仲間はずれにされたりしやすい
 ・他の子をいじめる
c) 心身症的・神経症的症状
 ・よく熱をだす
 ・よく顔をしかめたり、ひきつらせたり、目をパチパチさせる
 ・登園時、家族と離れるときにぐずる
d) 社会性・生活習慣の発達
 ・ままごとで、自分がお母さんやお父さんになりたがらない
 ・友だちと順番に、ものや遊具を使うことができない
 ・母親や先生にほめられても、得意になって説明しない
 ・どちらがよくできるか、友だちと競争しない
 ・身の回りのことを自分でできない
 ・友だちを自分の家に誘いたがらない
e) 自主性
 ・ちょっとしたことでも保育士の助けを求める
 ・同じ年齢の子ども同士では、作業の中心になったり、先頭になったりして遊べない
 ・ゲ-ムをしていて、相手がインチキをすると厳しく抗議したり、制裁を加えたりする
これらの子どもの精神症状としては、不安感にさいなまれ、強迫観念にかられることが多く、身体症状は夜尿、チック、痛み、嘔吐などが多くなります。
思春期心身症に多い過敏性腸症候群、自律神経失調症、過呼吸症候群、神経性食欲不振症などが早い段階からあらわれてきます。
行動面での症状は、不登校、家庭内暴力、夜驚、夢中遊行、吃音などが多くみられます。神経症、心身症にあっても、症状連合(さまざまな症状があわせ見られる)や症候移動(加齢とともに症状が別の症状に移動する)の傾向も特徴のひとつです。
そして、子どもの神経症は、衝動的な暴力などの<行動化>、身体症状としてあらわれる<身体化>、ひきこもりなどの<内閉化>、手洗い脅迫に見られる<脅迫化>の傾向をよりいっそう強めていくことになります。
a) 過敏性腸症候群(lrritable Bomel Syndrome;IBS)..腸が精神的ストレスなどの刺激に対して過敏な状態になり、大腸(あるいは小腸)の運動および分泌異常で起こる病気の総称です。
検査を行っても炎症や潰瘍など目に見える異常が認められませんが、下痢や便秘、ガス過多による下腹部の張りなどの症状が起こります。
b) 夜驚..3-10歳くらいの男児で神経質な子どもに多くみられます。夜間入眠2-3時間後に突然大きな声をだし、おきあがったり、なにかに怯えたように泣き喚くとともに、歩き回ったり、走り回ったりする突発性の睡眠障害のひとつです。
夢とは異なり、翌朝にはそのことを覚えていません。頻脈、速い不規則な呼吸、発汗、瞳孔が広がるといった症状がみられますが、脳波には発作性異常波はみられません。
てんかんの一種複雑部分発作(精神運動発作)と区別が難しいとされています。
規則正しい生活、睡眠の環境を整えること、睡眠のリズムを大切にすることによって改善されます。

子どもたちの脳の<情緒的>な部分が恐れや不安でいっぱいになると、注意や記憶、動機づけ、それに学習にとって重要な皮膚の切り替えを活発化することに失敗してしまいます。
親とともに過ごすDV環境、虐待環境に伴う強烈なストレス、情緒的にストレスの高い子どもは、学校で、勉強のための脳の活力を確保することが困難になります。
大脳辺緑系に生ずる衝動のトラブルが思考を活性化させることを妨げ、素行活動を偏面化させ、衰えさせていくことになります。
最近、「今日のぼくは、昨日の暴力をふるったぼくと違うまじめなぼくに変身しているのに、なぜ昨日のぼくを問題にするの?」といったことを平気で話すといった境界性人格障害(ボーダーライン)に近い傾向を示す子どもが増えているとされています。
こうした傾向の子どもは、失感情言語化症的な傾向をもつと同時に、思春期や青年期に薬物乱用、自傷行為、自殺企図、家庭内暴力、性的逸脱などの<行動化>や心身症などの<身体化>を示すという特徴をもっています。
自分の問題行動をあとから思いだすこともできるし、確かに自分のしたことだと認めたりしますが、どこか実感に乏しく、他人ごとのように体験していて、真の罪悪感に欠けています。
つまり、二つの自我状態にわかれていて、この二つは知的には結びついているけれども、感情的には結びついていないのです。
神経症者が抑圧、解離を中心的な防衛機能とするのに対し、「境界性人格障害(ボーダーライン)」は、分割(スプリッティング)を中心的な防衛機能としています。
失感情言語化症的な特徴をもつ主人格が立ち、それが身体や感情を抑圧、解離させるのです。
したがって、他方にその抑圧、解離された身体が<分割>された副人格として表れ、しばしば<悪魔的な行動>をとるわけです。
“悪魔の声”は、身体を否定する自我に拒絶された身体の復讐の怒りの声です。
幻想が崩壊するとき、幻想を固く信じてきた自我は無力になります。
自我の統制力が失われると、余儀なく幻想に支えられてきた身体は破壊的に反応することになります。
身体は無力な自我を押しつぶし、一時的にその能力をえます。
それは、敵意や否定的な力として爆発し、幻想が達成しようともくろんでいたすべてを破壊しようとします。


** ①-a)DV・デートDV・性被害に関する相談、-b)家庭裁判所への「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚調停の申立て、地方裁判所への保護命令の申立て、警察への被害届の提出に向けての支援依頼、②DV被害の状況をまとめるためのWord文書フォーマット(DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート;「Ⅲ-3.暴力の影響を「事例」で学ぶ。(Ⅰ)添付資料:ワークシート」の中の「DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート」)の送付依頼、③カテゴリー〔Ⅲ1-9〕掲載『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(3部5章42節)*』のPDFファイル送付依頼については、カテゴリー〔Ⅰ-I〕の中の「<DV・性暴力被害相談。メール・電話、面談>..問合せ・相談、サポートの依頼。最初に確認ください。http://629143marine.blog118.fc2.com/blog-entry-501.html」をご確認いただければと思います。


2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/24 「第2章(Ⅱ(8-15))」の「改訂2版」を差し替え掲載




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