あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-7]Ⅳ.「婚姻破綻の原因はDVにある」ときの離婚

(7) 離婚裁判の進行と判決文(判例12-24)

 
 23.DV離婚を考えたとき、事前に確認しておくこと 22.夫婦関係調整(離婚)調停
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

※ 『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(マニュアル)』は、「DVを目撃して暮らしている子どもが、DVの最大の被害者である」との立ち位置で、「密接な関係にある児童虐待とDVの本質的な理解」に加え、「児童虐待とDVが、被害者である母親だけでなく、子どもの心までも破壊する可能性がある、つまり、胎児期を含めて脳の発達に大きなダメージを与える」ことを理解していただくために、一般的な抽象論ではなく、行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースに、前半の『はじめに』、『第1章(Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス)』、『第2章(Ⅱ.児童虐待と面前DV。暴力のある家庭環境で暮らす、育つということ)』は作成しています。
 マニュアル冒頭の『はじめに』では、「社会の女性や子どもへの暴力に対する理解」、「危機的状況がもたらす脳のトラブル」、「「事例で学ぶ」ということ-人類とは何者か、脳の発達論の見地でという考え方-」、「暴力描写や性的表現による「トラウマ反応」表出のリスク」、「第三者の支援を受け、暴力で傷ついた心のケアにとり組む意味」、「被害女性の家族や友人たちのアンカーとしての役割」、「被害者支援に携わる人たちに向けて」、「-付記- 「二重の被災」..東日本大震災とその後の虐待・DVの増加の影響は“これから”の問題-阪神淡路大震災、戦争体験によるPTSD発症、その後の人生に学ぶ-」というテーマで、このマニュアル全般に及ぶ着眼点や論点、問題提起をしています。この行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースにした着眼点や論点、問題提起は、その後に続く、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』とそれぞれと相互する関連性がある、あるいは、説明の前提となっていることから、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』をお読みになる前に、『はじめに』に目を通していただきたいと思います。
* マニュアル「改訂新版」の上程後6ヶ月が経過したことを踏まえ、アニュアルの一部見直し、加筆修正にとりかかっています。平成28年9月29日、『はじめに』の“加筆改訂”を終えました。「第1章」以降については、スケジュールを調整しながら、随時、“加筆改訂”にとりかかり、加筆改訂を終えた「章」から差し替えていきますが、『原本』では、追加した事例を踏まえて、本文ならびに目次の“事例番号”は修正したことを踏まえ、『ブログ』の“目次”ならびに“小目次”での「事例番号」は修正していますが、『ブログ本文』の加筆修正は、『はじめに』は終えたものの、第1章以降はまだ手つかずであることから、第1章以降の「事例番号」は修正されていません。そのため、目次ならびに小目次に記載されている「事例番号」と異なっています。


(7) 離婚裁判の進行と判決文(判例12-24)
  ・判例12(DV裁判・判決文)婚姻破綻の原因は、夫の自己中心的なふるまいにあると認定
 ・判例13(DV裁判・判決文)夫の威圧的な態度を受けた妻の離婚請求を認定
  ・判例14(DV裁判・判決文)婚姻破綻の原因は夫の病的な嫉妬、性格の不一致にあると認定
 ・判例15(DV裁判・判決文)夫の暴行により妻に障害が残り、離婚と妻への慰謝料等を認定
  ・判例16(DV裁判・判決文)夫の異常な性癖、暴力による離婚と妻を親権者と認定
 ・判例17(DV裁判・判決文)夫の精神的・肉体的虐待による妻の離婚請求を認定
  ・判例18(DV裁判・判決文)夫の暴力による離婚、妻を親権者と認定、慰謝料を命じた
 ・判例19(DV裁判・判決文)婚姻破綻の原因は、フランス人の夫による暴力と離婚を認定
  ・判例20(DV裁判・判決文)婚姻破綻の原因は、夫の暴力であるとし妻の離婚請求を認定
 ・判例21(DV裁判・判決文)夫の協調性のない身勝手な態度により、離婚と妻を親権者と認定
  ・判例22(DV裁判・判決文)夫の暴力・借金・性的な趣味により、妻の離婚請求を認定
 ・判例23(DV裁判・判決文)婚姻中の暴行、虐待による精神的苦痛に対し、慰謝料を命じた
  ・判例24(DV裁判・判決文)妻の反訴で離婚を認定し、財産分与、慰謝料、養育費を命じた


 離婚の条件についておおむね合意できるものの、一部に不一致があるときに調停を不調に終わらせ、審判に移行して裁判官に審判を仰ぎます。「審判離婚」は話し合いではなく、家庭裁判所の裁判官が審判して離婚を決める方法です。審判の決定(結審)に不服があるときには、当事者は異議を申し立てることができることになっており、その場合には審判の効力はなくなり、離婚裁判を提訴しなければならなくなります。つまり、「離婚裁判」とは、離婚調停でも話し合いがまとまらないとき、離婚するための最後の方法は離婚訴訟を提起する(提訴する)ことです。離婚裁判では、裁判官が、離婚原因があると判断すれば離婚を命じる判決を下し、離婚原因がないと判断すれば離婚請求を棄却する判決を下します。訴訟がはじまったあとにも、裁判官から和解勧告をするなど、できるかぎり話し合いで解決する努力がなされます。しかし、和解ができない場合は判決になります。裁判の期間は一審の判決までで6-10ヶ月、長くなると1年くらいかかります。最高裁判所まで争うことになると、2年以上はかかります。

<離婚訴訟手続の流れ>
・原告による訴状の作成
  ↓
・上告が裁判所に対する訴主の提起が適法かの審理
  ↓
・裁判所に対する訴状の受理
  ↓
・相手方による答弁書の提出
  ↓
・「口頭弁論」開始..(主張)→立証(証拠調べ)..「口頭弁論」終結
  ↓ 
・「判決のいい渡し」
 →控訴→確定→上告→確定

① 訴状の提出
 訴訟をするには、まず訴状を作成することからはじめます。訴状には、当事者の本籍地と住所、請求の趣旨(内容)、請求の原因とを記載し、収入印紙を貼っ家庭裁判所に提出します。刑事訴訟とは違い、民事訴訟では原告・被告という呼び名には意味がなく、提訴した者が原告となり、提訴された者が被告となります。
 訴訟の場合の印紙額は、調停が一律1,200円であるのと異なり、訴えの内容によって変わってきます。訴状の提出がすむと、裁判所はこれを被告(提訴された者)に送達し、裁判が開かれる日(口頭弁論期日)を指定して、原告・被告両方を呼びだします。原告・被告双方の主張を聞いたうえで争点を整理し、争いのある事実について証拠を提出させ、その証拠調べをおこないます。そして、認定された事実に法律的判断を加えて、判決を下します。その後、この判決が送達されてから2週間以内にどちらかが上訴をしなければ、判決は確定したことになり、訴訟は終了します。

② 口頭弁論
 裁判が開かれる日を「口頭弁論期日」といいます。原告が家庭裁判所に訴状を提出すると、裁判所から第1回の口頭弁論期日が指定され、代表口頭弁論期日呼出状とともに、原告が裁判所に提出した書類のうちの一通(副本)とが被告に郵送されます。一方、被告の方は、原告が提出した訴状に反論する「答弁書」を指定された期日までの作成し、原告の主張を迎え撃つ準備をすることになります。
 口頭弁論では、原告は訴状を、対する被告は答弁書を陳述したあと、裁判官が両者の証拠書類の提出や本人(あるいは証人)尋問をおこないます。このとき、先に記した「陳述書(証拠としての事実経過をまとめた報告書の意味を持つ)」を提出していると、裁判官は、あらかじめ提出されている「陳述書」をもとに、尋問を進めていきます。この口頭弁論が何度か開かれたあと、裁判官による審理を経て判決が下されることになります。弁護士に口頭弁論を委任し、本人が出頭しない場合もあります。また、地方裁判所でおこなわれる通常の民事訴訟の場合は、口頭弁論期日に被告が出頭せず、委任された弁護士による答弁書の提出もなければ、原告の全面勝訴(欠席判決)となりますが、家庭裁判所でおこなわれる離婚裁判は、第1回の口頭弁論期日に被告が出頭しなかったときには、もう一度だけ口頭弁論を開きます。そして、第2回目の口頭弁論期日にも被告が出頭しなかったときには、原告の勝訴となります。

③ 和解手続きの勧告
 裁判所は、被告からの答弁書の内容を見て、被告が離婚したくないのかどうか、離婚してもよいが親権者の指定や請求される慰謝料や財産分与の額について納得しないのかなどについて確認し、和解手続きを勧告します。訴訟の前に、あらためて協議離婚のチャンスを与えます。和解手続きは2-3週間に1回の期日で指定され、2-3回話し合ってみたうえで和解成立の可能性があれば、さらに話し合いが進められます。和解での成立は、6-10ヶ月くらいの期間がかかります。
 一方、裁判所が和解の可能性がないと判断すると、手続きは打ち切られ、判決手続きへと戻されます。そして、法廷で証拠調べがおこわれたあとに結審となり、結審後1ヶ月、裁判官の判決が下されるのを待つことになります。したがって、訴訟提起後10ヶ月-1年くらいの期間がかかります。ただし、財産分与などで不動産鑑定が必要なときには、さらに2ヶ月前後かかることになります。

④ 一審で負けても二審、三審と上訴できる
 離婚裁判も、憲法にもとづいて第三審まで上訴することができます。第一審は地方裁判所(離婚事件は家庭裁判所)、第二審は高等裁判所、第三審は最高裁判所になります。一審で負けてしまっても、判決に不服があるときには、敗訴した者は高等裁判所に控訴することができます。
 地方裁判所(離婚事件は家庭裁判所)から高等裁判所に控訴するときには、一審で下された判決に事実認定の誤りがあること、下された判断が法律に違反していることなどを控訴理由として控訴する必要があります。この控訴理由は、どのようなことでもかまいません。例えば、離婚については認められたけれども、親権者や金銭的な問題についての判決に不服があるときには、敗訴部分についてだけ控訴することができます。
 ただし、最高裁判所へ上告するには、「原判決の判断が憲法に違反していること」、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があること」だけが上告の理由となります。事実関係についての理由では上告することができません。例えば、二審で離婚を認めてもらえず、最高裁判所に「有責配偶者であるがゆえに、離婚請求を認めてもらえないのは法令違反である。」を上告理由としたケースがありましたが、「私は有責配偶者ではない」、「相手は有責配偶者である」については、“事実判定の問題”となることから上告理由とすることはできません。

-判例12(判決文)-婚姻破綻の原因は、夫の自己中心的なふるまいにあると認定
東京地方裁判所判決 平成13年(タ)第341号
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原・被告間の長女A(平成11年○○月○○日生)の親権者を原告と定める。
3 被告は、原告に対し、金400万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、原告が被告から長女Aの引渡を受けた日(その日以後に本判決が確定したときは本判決確定の日)から平成31年10月まで毎月末日限り金10万円宛支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
1 主文第1、第2項と同旨
2 被告は、原告に対し、金500万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、本判決確定の日の翌日から平成31年10月まで毎月末日限り金20万円宛支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)を理由に原告と被告との離婚、原・被告間の長女Aの親権者の原告への指定、慰謝料500万円の支払、長女Aの養育費1ヶ月20万円の支払を求めた事案である。
(基本となる事実)
1 原告(昭和46年○○月○○日生)と被告(昭和43年○月○日生)は、平成9年の終わり頃、共にB病院で研修を受けていたことから知り合い、平成10年7月頃から婚姻を前提として同居を開始し、平成11年3月10日、婚姻届出をし、同年10月25日、長女Aをもうけた。
2 原告は、平成8年5月に医師免許を取得し、C病院、D医療センター等の勤務を経て、平成13年9月からE病院の耳鼻科に勤務している。被告は、原告と同時期に医師免許を取得し、F病院第2外科勤務を経て、平成14年4月から千葉県鴨川市のG病院に勤務している。
3 原告は、平成12年2月18日、長女Aを伴って長野県佐久市の原告の実家に戻り、以来被告との別居が継続している。被告は、平成12年12月22日深夜、被告の両親と弟を伴って、原告の実家を訪れ、原告のもとから長女Aを連れ戻し、以来東京都荒川区西日暮里の被告の実家において長女Aを監護養育している。
(甲6、乙1、原告、被告及び弁論の全趣旨)
第3 争点
1 婚姻を継続し難い重大な事由の有無及び原・被告双方の有責性の程度
(原告の主張)
(1)被告は、原告に対し、共同生活の中で、悪質凶暴な暴行や原告を蔑む暴言を繰り返したため、原・被告間には婚姻を継続し難い重大な事由が存在する。原告は、被告の暴行が度重なり、被告に対する恐怖心を払拭しえないことや被告から離婚を申し渡されたため、平成11年7月中旬、原告の実家に戻り、被告と別居した。被告は、別居中、原告の実家を訪れ、離婚意思の撤回とやり直したい旨を申し入れ、同年8月、原告に対し、「今後は一切乱暴はしない。産休後も働いてよい。」と確約したので、原告は、出産が間近に迫っていたことから、平成11年9月初め頃、被告のもとに戻り同居生活を再開した。
(2)しかし、同居再開後も被告の言動は一向に改まらず、平成12年1月29日には、被告は、原告に対し、「おまえのくだらない仕事のために周りがどれだけ迷惑していると思っているんだ。俺みたいな何でもできる医者が必要とされているんだ。おまえなんて仕事をする必要ない。医者はやめた方がいい。」などと暴言を吐き、原告がこれを素直に聞き入れないとみるや、原告の頭部、顔面を殴打したり、髪をつかんで振り回す暴行を加え、原告に左口唇から口角にかけて皮下出血、口腔内裂傷の傷害を負わせた。
(3)平成12年2月頃、原告が被告に対し、めまいのセミナーに出たいと申し出たところ、被告は、原告に対し、「そんなものに出てどうするわけ。おまえの大学には専門家がいないの。おまえはなめたような研修しかしていないからろくな医者になれないんだ。おまえが仕事をして何になるんだ。本当にやめた方がいい。」などと侮辱した上、「おまえなんていらないね。そんなに俺が嫌なら出ていってよ。子供のことが引っかかっているなら子供を連れて出ていっていいよ。」と愛情なく言い放った。
(4)以上のとおり、被告の暴行・暴言は、それ自体原告の人格を無視した極めて悪質なものであり、共働き夫婦でありながら、家事も原告に一方的に押しつけたうえでなされた身勝手な振る舞いであり、あまりに夫婦としての愛情に欠けるものである。その上、被告の暴行・暴言は、別居による冷却期間を経ても、更には長女の誕生という家族関係の変化があっても、全く改まらず、家事調停に至っても、暴行を否認したり、暴行は性格の不一致と一緒であると開き直るのみで、今後改善される見込みもない。したがって、原・被告間には婚姻を継続し難い重大な事由がある。
(5)原・被告間の婚姻期間は長くはないが、被告の暴行・暴言が極めて悪質であること、被告が夫としての理解と良識ある対応をしていれば、原・被告夫婦は医師夫婦として相当な社会的地位を手にすることが確実であったこと及び被告が面接交渉を拒否し、母親である原告の子供と接したいという心情を侵害したこと等からして、本件離婚による原告の精神的損害を慰謝するには、少なくとも金500万円を下ることはない。
(被告の主張)
(1)被告は、原告が女医であるという前提で、原告に愛情を感じ、同棲・結婚をしたものであり、医師としての原告を尊重していた。被告が原告に対して2度ほど手を上げたことはあるが、被告が一方的に原告を蔑んだり、悪質凶暴な暴行を繰り返したことはない。原告と被告との間に、意見のやりとりや時には喧嘩があったことは事実である。しかし、それはほとんど全てがキャリア志向が強く出産後の職場復帰を望む原告と子供が産まれれば、ある程度原告が仕事をセーブして育児に重点を置くことを希望する被告との間で、主に長女A誕生前後の時期に交わされたものであった。これら原・被告のやりとりは、いわば共働き夫婦の誰もが通常直面する夫婦の生活スタイルを確立していく過程での避けて通れない出来事であった。
(2)被告の母その他の家族は、家族ぐるみで出産後の原告の職場復帰に協力した。しかし、原告は、家事、育児、仕事並びに被告及び被告の家族との折り合い等の完璧な両立に疲れ、夫婦共同生活に向けての努力を放棄し、夫婦関係が修正不可能と一方的に思い込むに至った。
(3)被告は、原告に対し、出産前後には仕事をセーブして責任の持てる範囲で仕事をするよう勧めていた。仕事において完璧を期すべきという被告の感覚は、医師の心構えとして当然のことであり、それを同じ医師である原告に告げることをもって被告の落ち度であると評価することはできない。被告は、自分の意見を率直に伝えただけであり、原告を侮辱するような表現を使用したことはなかった。
(4)被告は、家事に関し、掃除・皿洗い等可能な範囲で原告に最大限の協力をした。また、被告は、長女Aの保育園の選択にあたって原告と一緒に足を運び、更に保育園への送迎などを、被告の家族の協力を得ながら、被告自身も分担してきた。被告が原告に対し、一方的に育児・家事を押しつけたことは全くない。
(4)被告は、実際、原告の主張するような一方的かつ悪質な暴言や暴力を振るっていないし、常に共働き夫婦としてのあり方を探り、むしろ真摯に原告との関係を構築していこうと試みていた。原・被告は、その過程での意思疎通が十分におこなわれなかったことが原因で別居に至ったものであるが、原・被告のいずれかにより多くの落ち度があったからそうなったというような性質のものではない。本件に関し、被告には、離婚原因と評価するに足りる「婚姻を継続し難い重大な事由」は存在しない。
(5)被告は、原告に対し、離婚原因と評価すべき違法な暴行・暴言を行っていないから、被告には原告に対し慰謝料支払義務はない。
2 親権者の指定及び養育費の請求
(原告の主張)
(1)原・被告間の長女A(平成11年○○月○○日生)は、未だ幼く、母親の愛情が不可欠である。既に原告を子の監護者とする家事審判が確定している。
(2)被告は、原・被告が同居中、家事や育児にほとんどかかわっていなかった。現在、被告は、千葉県鴨川市の病院に単身赴任しており、長女Aと一緒に生活できる日が限られている。被告は、家庭裁判所の審問では、医師としての出世よりも子育てを優先するとしていたが、本件訴訟の本人尋問では、出世のために転勤を選択したことを認める供述をしている。
(3)被告の母も被告の粗暴な性格が子育てに弊害をもたらしかねないことを危惧している(甲18の2)。被告は、本件訴訟における和解等の期日の出頭もままならないほど多忙を極め、長女Aに何かあった場合における対応が不能と考えられる。
(4)被告は、原告の人格を無視した暴行・暴言を繰り返しており、被告及びその両親は、法治国家にありながら、自力救済を敢行して長女Aを連れ去るも、何ら反省するところもなく、このような被告に子の親権を認めることは、長女Aの健全な成長にとって好ましくない。
(5)原告は、平成13年2月、被告から不当に面接交渉を拒絶されるまで、毎週のように長女Aと面接交渉をしていたため、長女Aも原告に十分なついている。原告には長年保母を務めて幼児教育に長けている母がおり、原告が不在の時は、長女Aを専属的に見てくれると約束を取り付けており、子の監護体制は万全であり、長女Aの監護環境を原告のもとに移しても弊害は生じない。
したがって、長女Aの親権者は、原告と指定されるのが相当である。
(6)被告の手取り月収が80万円以上であり、医師としての知識・技能を磨き、今後もますます収入の増加が予想されることからすると、被告が負担すべき長女Aの養育費は最低でも月額20万円とされるべきである。
(被告の主張)
(1)仮に原告の離婚請求が認容されたとしても、長女Aの親権者は被告とするべきである。被告は、現実に十分な育児と家事への協力をおこない、原告の職場復帰をサポートしてきた。このように被告が親権者としての育児環境や資質に欠けることがない人物であることは明らかである。
(2)被告は、平成14年4月、外科に関して超一流の病院である千葉県鴨川市のG病院に転勤になった。被告は、現在、G病院のそばに広いマンションを借り、そこから週4日間G病院に出勤し、長女Aは実家に預けて、残り3日間を実家又は被告のマンションで長女Aと過ごしている。G病院への栄転が医師としてのいわば勲章となって、将来の家族全体の幸福につながるものであることは明白である。被告は、長女Aに悪影響が出たら、すぐにでも母と長女Aを鴨川に呼び寄せることを念頭に置いて現在の生活を開始した。現在のところ、長女Aは、東京と鴨川の2つの家の行き来を気に入り、常に愛情溢れる多人数に囲まれた環境の中にあり、非常に安定した親子関係が順調に形成されている。
(3)原告は、今後しばらく勤務医として転勤を続けるべき立場にある。原告の父親を1人長野の実家に置いて、原告の母親と共に転勤を重ねながら、育児をおこない、仕事の上でもキャリア志向を満たそうとすることは、原告及び原告の母にとって精神的・物理的に過重な負担ではないかと考えられる。
(4)被告は、原告の実家から長女Aを連れ戻した際、原告及びその両親に対し、暴行を振るったことはない。長女A連れ戻しに至る経緯も、被告に責められるべき点はない。したがって、長女A連れ戻しの件は、親権者指定の判断にあたり影響を及ぼす性質のものではない。
(5)被告が負担すべき長女Aの養育費を月額20万円とする原告主張の算定根拠は、不明である。
第4 争点に対する判断
1 争点1(婚姻を継続し難い重大な事由の有無及び原・被告双方の有責性の程度)について
基本となる事実、証拠(甲1、2の1・2、3、4、5の1・2、6、7、8ないし10の各1・2、11ないし13、14の1・2、15の1ないし4、16、17の1ないし11、18の1・2、乙1、2・3の各1・2、4、5、6の1ないし7、原告、被告)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
(1)原告(昭和46年○○月○○日生)と被告(昭和43年○月○日生)は、共に医師であり、平成9年の終わり頃、研修中に知り合い、平成10年7月頃から婚姻を前提として同居を開始し、平成11年3月10日、婚姻届出をし、同年6月27日、結婚式を挙げ、同年10月25日、長女Aをもうけた。
(2)原告は、平成8年5月に医師免許を取得し、C病院、D医療センター等の勤務を経て、平成13年9月からE病院の耳鼻科に勤務している。被告は、原告と同時期に医師免許を取得し、F病院第2外科勤務を経て、平成14年4月から千葉県鴨川市のG病院に勤務している。原告は、被告との間に子をもうけた後も被告の協力を得ながら医師としての職務の遂行と子育てを含む家庭生活の両立を続けたいと考えていた。被告も基本的には原告の医師としての仕事と育児の両立に賛成し、協力する意向を有していた。被告は、外科医としての自己の職務にプライドと自信を持っており、原告の仕事ぶりに厳しい見方をして不満を漏らすことがあった。原告と被告は、同居して間もなくの頃から、しばしば口論となり、被告の批判的な発言に対し、原告も反論をし、互いに相手方の気持ちを傷つけ不愉快な思いを抱くことがあった。なお、被告は、家事に対しあまり協力的ではなかった。
(3)原告は、平成10年冬、自分が担当した患者の扁桃腺の手術の後、術創から血が滲み出ていたため、被告に対し、もう少し患者の様子を見てから帰ると電話したところ、被告は、「おまえは馬鹿か。おまえなんて手術しない方がいい。患者はおもちゃじゃないんだから。おまえは仕事をしない方がいい。」と言って、原告の気持ちを傷つけた。同じ頃、原告が、夕方から気管切開の手術をすることになったため帰宅が遅れると被告に電話したところ、被告は、「おまえら耳鼻科は馬鹿か。そんな夕方にやるなんて。おまえらは小さいところを診ているからやることも遅いし、看護婦からも馬鹿にされるんだ。馬鹿だね。おまえの大学も馬鹿だ。」と原告を侮辱した。
(4)原告は、平成10年12月下旬、事前に被告の了承を受けて職場の忘年会に出席したところ、被告は、原告の帰宅時間が遅くなったことに腹を立てて原告の顔面を平手で殴打し、眼球結膜下に出血を伴う傷害を負わせた。
(5)原告は、平成11年5月、結婚式の媒酌人に出す招待状の返信先を原告の実家としてしまう手違いをしたところ、被告は、腹を立て、原告を一方的になじり、食事のため車を停めていた駐車場で原告に対し顔面・頭部を殴打する暴行を加えた。
(6)原告は、平成11年6月、事前に被告の了承を受けて、職場に新しく入ってきた医師の歓迎会に出席したところ、被告は、原告の帰宅時間が遅くなったことに立腹して、原告が入浴中の浴室に突然入り込み、原告の顔面や頭部を殴打し、髪の毛を引っ張り回す暴行を加え、更にバスタオル1枚の姿の原告に土下座を強要し、スリッパを履いた被告の足を原告の顔に押しつけるなどの虐待行為をし、原告を屈辱的な気持ちにさせた。
(7)原告は、被告の暴言と暴行が度重なったため、被告に対して恐怖心を抱くようになり、また被告から離婚を申し渡されたりしたため、平成11年7月中旬、原告の実家に戻り、被告と別居した。これに対し、被告は、別居中、原告の実家を訪れ、離婚意思の撤回とやり直したい旨を申し入れ、同年8月、原告に対し、「今後は一切乱暴はしない。産休後も働いてよい。」と確約したので、原告は、出産が間近に迫っていたことから、平成11年9月初め頃、被告のもとに戻り同居生活を再開した。原告は、同年10月25日、長女Aを出産し、被告の了承を得て、出産前後1ヶ月程、原告の実家で過ごした。
(8)しかし、同居再開後も被告の言動は一向に改まらず、平成12年1月29日、被告は、原告に対し、「俺が養っているんだからもっと感謝しろ。おまえのくだらない仕事のために周りがどれだけ迷惑していると思っているんだ。俺みたいな何でもできる医者が必要とされているんだ。おまえなんて仕事をする必要ない。医者はやめた方がいい。」などと暴言を吐き、原告がこれを素直に聞き入れないとみるや、原告の頭部、顔面を殴打したり、髪をつかんで振り回す暴行を加え、原告に左口唇から口角にかけて皮下出血、口腔内裂傷の傷害を負わせた。
(9)平成12年2月頃、原告が、被告に対し、めまいのセミナーに出たいと申し出たところ、被告は、原告に対し、「そんなものに出てどうするわけ。大学で何をやっているの。おまえの大学には専門家がいないの。おまえはなめたような研修しかしていないからろくな医者になれないんだ。おまえが仕事をして何になるんだ。本当にやめた方がいい。」などと侮辱した上、「おまえなんていらないね。そんなに俺が嫌なら出ていってよ。子供のことが引っかかっているなら子供を連れて出ていっていいよ。」と言い放った。
(10)このように、被告は、原告との共同生活の中で、原告に対し、継続的に暴行や暴言を繰り返したため、原告は、被告との婚姻生活を続けることは難しいと考えるようになり、離婚を決意して、平成12年2月18日、長女Aを伴って長野県佐久市の原告の実家に戻り、以来被告との別居が継続している。被告は、平成12年12月22日午後9時以降頃、被告の両親と弟を伴って、原告の実家を訪れ、無断で家に入り、原告のもとから長女Aを強引に連れ去り、以来東京都荒川区西日暮里の被告の実家において長女Aを監護養育している。
 以上によれば、被告の暴行・暴言は、それ自体原告の人格を無視した違法なものであり、共働き夫婦でありながら、被告は、家事にあまり協力的でなく、自己中心的な振る舞いが多く、夫婦としての愛情に欠けるものがあった。その上、被告の暴行・暴言は、別居(1回目)による冷却期間を経ても、更には長女の誕生という家族関係の変化があっても改まらなかった。原告と被告の別居期間(2回目)は、3年近くに及び、現在、原・被告夫婦が円満な婚姻生活を回復することは極めて困難な状況にある。したがって、原・被告間には婚姻を継続し難い重大な事由があるものと認められる。
 そして、原告と被告の婚姻関係は、被告が、共同生活の中で、原告に対し、継続的に違法な暴行や原告を蔑む暴言を繰り返したため、破綻するに至ったものであるから、両者の婚姻関係が破綻したことについては主として被告に責任がある。原告は、被告の暴言と暴行が度重なり、被告に対する恐怖心を払拭しえないことや被告の虐待行為により屈辱的な気持ちにさせられるなど、被告の自己中心的な行為によって多大な精神的苦痛を被っており、その他諸般の事情を考慮すると、これによって原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、400万円の慰謝料が相当である。
2 争点2(親権者の指定及び養育費の請求)について
 前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
(1)原告と被告の親権者の適格性については、原・被告ともに長女Aに対し深い愛情を有しており、いずれも同児を監護養育するうえで必要があれば、各自の実家(特に母親)の援助を受けられる状況にあり、子への愛情、監護面においては優劣を決し難く、経済的安定性の点においては、被告が原告より優っているが、これは養育費を分担することによって調整が可能である。
(2)原告は、現在、都内の病院に勤務しており、被告から長女Aの引渡を受け次第、昼間は同児を保育園に預けたり、母親の助力を受けながら同児を監護養育することが可能である。被告は、平成14年4月、千葉県鴨川市のG病院に転勤になり、単身赴任しており、G病院のそばに広いマンションを借り、そこから週4日間G病院に出勤し、長女Aを実家に預けて、残り3日間を実家又は被告のマンションで長女Aと過ごしており、長女Aと一緒に生活できる日が限られている。
(3)被告は、原告と共同生活中、原告の人格を無視した暴行・暴言を繰り返し、また、別居後、原告の実家に無断で入り、原告のもとから長女Aを強引に連れ去る行為に及んでおり、このような粗暴な行為が子の健全な生育に悪影響を及ぼすことは否定できないところである。
(4)原・被告間の長女Aは、未だ3歳と幼く、母親の細やかな愛情としつけがより多く必要である。長女Aは、現在、被告及び被告の両親のもとで継続的な生活関係を形成しつつあるが、このような状況は被告が原告のもとから同児を強引に連れ去ったことによるものであるから、同児の現在の監護状況を重視して、その親権者を指定するのは相当でない。
(5)原告は、平成12年5月17日から平成13年2月17日までの間に、約20回にわたり長女Aと面接交渉を行ったが、被告は、原告の被告の母親に対するささいな言動を問題として、同日を最後に原告と同児との面接交渉を頑なに拒否しており、被告を親権者とした場合、原告と同児との面接交渉が実現する見通しが立っていない。
(6)被告は、平成13年11月14日、東京家庭裁判所より、長女Aの監護者を原告と指定し、同児を原告に引き渡すよう命ずる審判を受け、平成14年2月6日、東京高等裁判所より、同審判に対する即時抗告棄却の決定を受け、同審判が確定したにもかかわらず、同児を原告に引き渡さない。このように被告は、法治国家にありながら、遵法精神に欠けている。
 以上の諸事情を総合すると、子の福祉の観点から、長女Aの親権者については、被告より原告のほうがより適性を有しており、同児の親権者は原告と指定するのが相当である。
(7)原・被告双方の収入(原告の手取り月収は約40万円であり、被告の手取り月収は80万円以上であること)、原・被告は共に医師であり、両者の共同生活中及び別居後の生活状況、長女Aの養育状況など諸般の事情を考慮すると、原告が、被告から同児の引渡を受けた後、被告に請求しうる同児の養育費は同児が成人に達する月まで月額10万円とするのが相当である。
第5 結論
 したがって、原告の請求は一部理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、主文第3項につき仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第5部 裁判官小野剛

-判例13(判決文)-夫の威圧的な態度を受けた妻の離婚請求を認定
東京地方裁判所判決 平成14年(タ)第418号
・平成14年1月21日、妻(原告)が東京家庭裁判所に離婚調停を申立て、同年5月28日に不成立。
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原告と被告との間の長女A(昭和58年○月○○日生)及び二男B(平成元年○○月○日生)の親権者をいずれも原告と定める。
3 被告は、原告に対し、150万円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、長女Aの監護費用として、平成14年1月から同年12月まで別紙一覧表の「長女Aの監護費用」欄記載の各金員及び平成15年1月から同人が満20歳に達する日まで1か月につき5万円の割合による金員を、二男Bの監護費用として、平成14年1月から同年12月まで別紙一覧表の「二男Bの監護費用」欄記載の各金員及び平成15年1月から同人が満20歳に達する日まで1か月につき5万円の割合による金員を、いずれも毎月末日限り支払え。
5 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1、第2及び第4項と同旨
2 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件事案の概要は、原告が被告に対し、婚姻を継続しがたい重大な事由があることを理由に離婚及び親権者の指定を求めるとともに、慰謝料及び監護費用の支払を求めたものである。
2 当事者の主張
(1)原告の主張
ア 離婚請求について
(ア)被告は、結婚直後から、原告の行動を細かく拘束し、原告が自分の指示に従わないなど、自分の気に入らないことがあると機嫌が悪くなり、子供の目の前であっても原告に怒鳴ったり、暴力を振るったりしてきた。
(イ)最近は、被告は、暴力を振るうことはなくなったが、言動で原告を脅かし、原告を支配下に置こうとするのは相変わらずであった。原告は、被告の言動により、平成12年5月ころから体調を崩し、精神的にも不安定になり、医師から投薬を受けるようになった。子供達も、目の前で被告が原告を怒鳴りつけるのを見ているため、不安定な精神状態に陥るようになった。しかし、被告は、原告が何を言っても、このような家族の状態を理解しようとはしなかった。
(ウ)原告は、被告との同居生活に限界を感じて、平成13年5月ころ家を出ることを被告に申し入れたが、被告はこれに反対し、結局、同年8月に、被告が家を出て、週に1、2度家に帰ることにした。
(エ)しかし、被告は、従前の家族に対する態度を改めることなく、原告宅に来るたびに原告らを怒鳴りつけるなどしたため、原告は、被告との結婚生活を続けていけないと考えるようになり、被告と離婚の話合いを持とうとしたが、被告は話合いのたびに態度を変え、話合いはできないままであった。
(オ)平成13年12月25日に、被告が原告宅に突然やって来て、原告や子供達を強く怒鳴りつけ、原告宅に宿泊する素振りを見せたため、原告は、子供達を連れて家を出た。
(カ)以上のとおり、原、被告間の婚姻関係は完全に破綻しており、婚姻を継続し難い重大な事由がある。そして、その破綻は上記のような被告の生活に起因するものであるから、破綻の責任は被告にある。
イ 親権者について
 長女A及び二男B(以下「子供ら」という。)は、現在原告と同居しており、落ち着いた生活を送っている。特に精神的に不安定となり、別居当初は突然震えだしたり、泣き出したりしていた二男Bも、落ち着きを取り戻し、元気に中学に通っている。
 したがって、子供らの親権者は、原告と指定するのが相当である。
ウ 慰謝料請求について
 原告、被告間の婚姻関係の破綻は、専ら被告に原因があり、被告は、原告が上記破綻により被った精神的苦痛を慰藉すべき責任があり、かかる金額は200万円をもってするのが相当である。
エ 監護費用について
 原告は、現在パート勤務により1か月7万円から13万円程度の収入を得ているのに対し、被告は、現在1か月50万円程度の収入があり、その経済的優位は明らかであるから、被告に対し、長女Aの監護費用として、上記別居の翌月である平成14年1月から同人が成人に達する日まで1か月5万円の割合による金員、二男Bの監護費用として、同じく平成14年1月から同人が成人に達する日まで1か月5万円の割合による金員をそれぞれ毎月末日限り負担させるのが相当である。
 なお、被告は、平成14年1月から12月にかけて、子供らの監護費用を支払っており、その未払の監護費用は別紙一覧表記載のとおりである。
(2)被告の主張
ア 離婚請求について
(ア)本件訴えは、真に夫婦関係の破綻を原因とするものではなく、原告自身が常々被告及び周囲に表明していたように、原告の更年期障害に伴ううつ症状が原因で提起されたものである。原告を病人扱いするのは不本意であるが、原告自身そのように自己の病気を表明していたのである。
(イ)原告と被告とは、結婚以来特に大きな諍いもなく、平穏に結婚生活を営んできたのである。ところが、原告は、平成13年5月に突然距離をおいてみたいから別居したいと言い出した。被告には、その理由は不明であったが、当時、既に原告の精神状態は不安定であったため、被告は、あえて理由を聞かず、「別居しても週に2ないし3回帰るんだからいいや。」と思って別居に応じたのである。そして、被告は、別居期間中に、原告に会ったのは4回だけであり、その際に、夫婦関係のあり方をめぐって多少の喧嘩をしたが、その4回の喧嘩だけを直接の原因として本件離婚訴訟を提起しているのである。
(ウ)原告の主張するような事実はない。
a 被告は、結婚当初から原告の行動を細かく拘束したことはなく、もちろん支配下に置こうとしたこともない。
b 被告は、原告に対し、暴力を振るったこともない。ただし、原告自身、プロレスごっこが好きで、その延長のような遊技的行動はあったが、離婚理由として採り上げられるようなものではなかった。
c 原告と被告との間において、普通の夫婦のように、多少の夫婦喧嘩はあり、その際、被告が多少声を荒立てることはあったものの、原告が被告を馬鹿にする発言をすることの方が多かった。
d 被告は、平成13年12月21日にイレウスで入院し、同月26日に退院したが、被告の入院中、原告も子供らも被告の入院先を一度として訪れることはなかった。そこで、被告は、退院した日に、原告宅を訪れ、そこで原告と一悶着はあったが、被告が自分の寝室の布団の上に座っている間に、原告と子供らが出て行っただけである。
(エ)以上のとおり、本件離婚訴訟は、原告が更年期障害に伴ううつ状態により提起されているものに過ぎず、原告と被告との婚姻関係は破綻していない。
イ 親権者及び監護費用について
 上記のとおり、原告の離婚請求は理由がないから、親権者の指定も監護費用も意味がない。ただし、被告の子供らに対する思いやりは原告以上であり、現在も子供らと面接することを強く望んでいるものである。子供らも、被告を怖がっておらず、二男Bは、被告が平成13年8月に引っ越しをするときも、手伝ってくれたものである。そして、子供らが原告と同居している現状においては、原告の精神的不安を原因とする言動によって、子供たちに悪い影響を与えることが心配である。
ウ 慰謝料について
 上記のとおり、そもそも原告と被告との間の婚姻関係は破綻していないのであるから、原告の慰謝料請求は理由がない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1、2の1・2、3ないし6、7の1ないし3、8、9、乙1ないし3、原告及び被告各本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる(ただし、乙1及び被告本人の供述のうち、後記認定に反する部分を除く。)。
(1)原告(昭和34年○○月○○日生)と被告(昭和27年○月○○日生)とは、昭和54年4月ころ知り合い、その約1か月後の同年5月16日に婚姻の届出をした。原告と被告との間には、現在長女A(昭和58年○月○○日生)及び二男B(平成元年○○月○日生)がいる。なお、長男C(昭和56年○月○日生)は生後間もなく病死している。
(2)原告は、高校を卒業後、専門学校を経て貿易会社に勤務していたが、そのころ被告と知り合い、結婚生活に入った。
被告は、高校を中退し、原告と知り合ったころは、アパートで一人暮らしをして玩具屋の営業の仕事をしていた。結婚後は、1か月ほどで、玩具屋を辞め、その後は、カーオーディオ関係の営業、クラブの会計、運送会社等の仕事を転々とした後、Dという会社の派遣の営業職として働き始め、有限会社Eを設立し、この会社を通じて収入を得ている。なお、被告は、以前暴走族に属していたことがあり、その後も右翼として活動し、結婚後も、街宣活動に出ていたことがあった。
(3)被告は、結婚当初から原告の行動に細かく口を出し、原告がこれに従わなかったり、話し合っていて被告の分が悪くなると、態度を豹変して怒鳴りだし、脅かしてでも従わせることがよくあった。また、原告は、これまで被告から殴られたり、蹴られたり、投げ飛ばされたりしたことが3回ないし4回あったが、直接的な暴力は平成4年ころからはなくなった。
 原告は、7歳も年上の被告から常々「俺が喰わせているんだ。お前一人では何もできない。」などと言われており、また、被告を怒らせないように、我慢をして服従していることが多かったため、被告は、夫婦間はうまくいっていると思っていた。しかし、被告は、相変わらず、原告の言動に対して突然怒鳴りだしたりするので、原告及び子供らは、常にびくびくし、家族中恐怖感を抱いていた。例えば、被告が、車に家族を乗せて外出した際、他車とトラブルをおこし、相手の運転手に「そこでまってろてめえ、馬鹿野郎」などと口汚く罵りだしたので、原告がなだめたところ、蛇行運転をしたり、急ブレーキをかけたりして原告や子供らを怖がらせたこともあった。また、長女が私立高校に行きたがっていたところ、被告は金がないといって大反対をしておきながら、その直ぐ後に新車を購入し、「お前が都立高校に行ってくれたからクラウンが買えた。」と言うなど、子供らに対する思いやりが全くなかった。
(4)原告は、平成5年ころから、気分が落ち込んだり、体の火照りやめまいがし、頭痛でおきていることができなくなり、医者から更年期障害の疑いで投薬を受けていた。
 当時、被告は、午後5時ころには帰宅して、冷蔵庫の中を点検したり、部屋がきちんと掃除されているかなど見回ったりして文句を言うので、原告は、気分が悪くても寝ていることもできなかった。平成7年ころには、めまいがひどく、2週間ほど入院して治療を受けたこともあり、このころから精神安定剤の投与を受けるようになった。
(5)このような状況の中で、原告は、平成12年5月ころから、体調がますます悪くなり、精神的にも不安定となり、夜もよく眠れなくなった。そこで、原告は、このまま被告と生活していると家庭が崩壊してしまうので、一度距離をおいてお互いに見つめ直した方がよいと考え、平成13年5月、原告は、仕事中の被告に電話をかけ、子供らと一緒に家を出たいと申し出た。しかし、被告はこれに反対し、結局、被告が家を出ることになり、同年8月、別にマンションを借りて別居した。
(6)原告は、別居当時は、被告と離婚するつもりはなく、被告に、週に1、2回は帰ってくるように言っていたが、被告は、帰ってくると、以前よりも増して感情を爆発させ、怒鳴ったり、また急に泣き出したりの繰り返しで、長女にまで目つきを変え、口汚く怒鳴りつけるようになっていった。そこで、子供らは、ますます被告を怖がり、当時小学6年生の二男は、被告が帰ると震えたり、泣き出すようになり、このころ、学校の先生から、二男が保健室のノートに「死」と書いていることを知らされた。後日そのことを二男に質すと、二男は、「親父が週2回帰って来るくらいなら死んだ方がましだと思っていた。」と答えた。
(7)被告は、平成13年12月21日にイレウスで入院し、同月26日に退院したが、入院中、原告も子供らも一度も見舞いに来ることはなかった。被告は、このことを不満に思い、そのことを確かめに、退院した日に家に帰ると、台所にケーキを作った跡があった。被告は、自分が入院しているのにケーキを作って楽しんでいる家族に不満が募り、家に居た子供らに怒りをぶつけていた。午後8時半ころ、原告が仕事から帰って来ると、被告は、さらに激昂し、「ここは俺の家だからすぐ出て行け。子供は置いていけ。馬鹿野郎。」などと怒鳴り始め、11時ころまで原告や子供たちに文句を言い続け、自分の布団を敷いて泊まろうとした。そこで、原告は、もう家を出るしかないと考え、コンビニに行くと言って、子供らを連れて午後11時過ぎに逃げ出し、その日は都内のホテルに泊まった。
 その後、原告は、アパートを借りて生活をしているが、原告は、被告の追求を怖れ、これまで4回引っ越しをしている。
(8)子供らは、最近は落ち着いてきており、原告の下で、安定した生活を送っている。
(9)被告は、月約50万円の収入があり、営業に使う経費を差し引くと、手取り約40万円あり、平成13年8月の別居後も、原告の預金口座に約7万円前後の生活費を振り込んでいる。
 原告は、現在パート勤務で、手取りで月7万円ないし13万円の収入を得ており、上記の被告からの生活費の仕送りとで生活をしているが、家賃と共益費だけでも7万円かかり、その他生活費や子供らの教育費等の費用がかかるため、それだけではとても足りず、父親からの遺産を取り崩している状態である。
(10)原告は、平成14年1月21日、東京家庭裁判所に離婚調停を申し立て、調停期日が3回開かれたが、被告は、子供らが心配だ、自分は悪いことをしていないので離婚には応じられないなどと主張して、同年5月28日、調停は不成立となった。
2 上記認定の事実によると、原告と被告との間の婚姻関係は、現在完全に破綻していることは明らかであり、さらに、上記認定のとおり、別居中とはいえ、被告が病気で入院しているにもかかわらず、被告に見舞いに行くどころか、医者のもとに被告の病状を聞きに行くことすらなかったことなど、原告にも長年連れ添った被告に対し、冷淡さを感じさせるものがあるものの、原告が子供らを連れて家を出たのは、主に被告を怖れたためであり、破綻の責任は専ら被告にあるというべきである。したがって、原告の離婚請求は、婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に当たるものとして理由がある。
 そして、上記認定のとおり、子供らが現在原告の下で安定した生活を過ごしていること、今までも子供の面倒は主として原告が見ていたことを考慮すると、子供らの親権者は、いずれも原告と指定するのが相当である。
 また、上記認定の事実によれば、原告と被告との間の婚姻関係破綻の原因は、原告が、長年の間被告の威圧的な態度の下で常に恐怖感を抱いて生活をしていることに耐え切れなくなって、ついに破局に至ったものと認めることができるのであって、これまでの経緯を総合考慮すると、被告は、これにより原告が受けた精神的苦痛を慰藉すべきであり、その額は150万円が相当である。
 さらに、原告と被告の収入、資産等の資力、子供らの年齢等を考慮すると、被告が原告に負担すべき子供らに対する監護費用は子供1人につき1か月5万円と定めるのが相当であり、かかる監護費用は別居後離婚までの間も支払うのが相当であり、証拠(甲3、5)及び弁論の全趣旨によれば、平成14年1月から同年12月までの未払監護費用は、別紙一覧表のとおりである。
3 以上によれば、原告の本件離婚請求は理由があるからこれを認容し、長女A、二男Bの親権者については原告とし、慰謝料請求については被告に金150万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、監護費用については、被告から原告に対し、長女Aの監護費用として、平成14年1月から同年12月まで別紙一覧表の「長女Aの監護費用」欄記載の各金員及び平成15年1月から同人が満20歳に達する日まで1か月につき5万円の割合による金員を、二男Bの監護費用として、平成14年1月から同年12月まで別紙一覧表の「二男Bの監護費用」欄記載の各金員及び平成15年1月から同人が満20歳に達する日まで1か月につき5万円の割合による金員を、いずれも毎月末日限り支払うよう命ずるのが相当であり、訴訟費用の負担については民事訴訟法61条、64条を適用して、主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第13部については民事訴訟法61条、64条を適用して、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第13部 裁判官酒井正史

-判例14(判決文)-婚姻破綻の原因は夫の病的な嫉妬、性格の不一致にあると認定
東京地方裁判所判決 平成14年(タ)第656号、平成15年(タ)第386号
主文
1 原告X1と被告Y1を離婚する。
2 原告X1のその余の本訴請求を棄却する。
3 被告Y1のその余の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は本訴請求に関する費用は原告X1の負担とし、反訴請求に関する費用は被告Y1の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1)主文第1項と同旨
(2)被告Y1は、原告X1に対し、1600万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
(1)主文第1項と同旨
(2)原告X1は、被告Y1に対し、500万円を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告X1が夫である被告Y1に対し、被告Y1の執拗な叱責や暴言により婚姻関係が破綻したから婚姻を継続し難い重大な事由がある旨主張して、離婚のほか、慰謝料100万円と財産分与1500万円の合計1600万円及びその遅延損害金の支払を求めたところ、被告Y1が原告X1に対し、反訴として、婚姻関係破綻の原因は原告X1の頻繁な家出による家庭放棄にある旨主張して、離婚のほか、慰謝料500万円の支払を求めたという事案である。
 その中心的争点は、(1)婚姻を継続し難い重大な事由又は悪意の遺棄の有無、(2)破綻の原因が被告Y1の執拗な叱責・注意にあるのか、又は原告X1の頻繁な家出による家庭放棄にあるのか、そして、それらの行為がそれぞれ不法行為に当たるのかどうか、(3)原告X1の財産分与請求の当否である。
1 (前提事実)
(1)原告X1(昭和31年○月○○日生。47歳)と被告Y1(昭和27年○○月○○日生。50歳)は、平成2年6月29日に婚姻した夫婦であり(甲1)、被告Y1が前妻との間にもうけた子であるA(婚姻当時小学校4年生)とともに3人で生活をしていた。
(2)原告X1と被告Y1は、平成13年11月3日に原告X1が家を出てから以降、約2年間近く、完全な別居状態にある。
2 (原告X1の主張)
(1)被告Y1は、原告X1との婚姻直後から、原告X1が結婚前に交際していた男性との関係が未だに継続しているものと邪推し、大声で怒鳴りつけたり、夜遅くその男性宅に電話をして相手をののしれと強要するなどした。そのため、原告X1はたびたび家を飛び出したりしたが、その度に、被告Y1がもうしない旨約束することから、帰宅していた。
(2)被告Y1は、日常生活の些細なことで少しでも気に入らないと、原告X1を大声で怒鳴り、ののしり、そのような状態が1、2時間にわたって継続した。また、このように怒鳴りまくる状況は、原告X1に対してだけでなく、被告Y1の実子や実父母、隣近所の住人にも及ぶ。
(3)平成13年11月2日に、原告X1及び被告Y1の夫婦と近所の2組の夫婦でカラオケに行った際、被告Y1は些細なことに腹を立て、原告X1を叩いたり蹴ったりした。それを見かねて止めに入った近所の夫婦の夫に対し言いがかりを付け、殴りかかり、大声で怒鳴りつけただけでなく、さらに被告Y1宅にその方を呼びつけ、暴言を吐き、眼鏡ケースを投げつけて軽い怪我まで負わせた。その方が帰った後も、朝まで被告Y1は原告X1に対し暴言を吐き、怒鳴りまくり、その間原告X1は怯えてなにもできない状態であった。原告X1はこのような状況に耐えきれず、平成13年11月3日から家を出て、別居した。
(4)被告Y1は、原告X1が家を出た後も、原告X1の勤務先にまで電話を掛けてきて、原告X1を脅すだけでなく、電話に出た同僚にも怒鳴りつけ、それが頻繁なため原告X1の勤務先にも多大な迷惑を掛けている。
(5)本件婚姻関係は、現在被告Y1の上記行為によってその修復が不能な程度に破綻している。
 したがって、婚姻を継続し難い重大な事由がある。
(6)慰謝料額
 原告X1は、被告Y1の上記行為によって離婚をせざるを得なくなったことから、精神的苦痛を受けている。その苦痛を慰謝するに足る金額は100万円を下らない。
(7)財産分与
 原告X1は、結婚後3年は夫の収入のみを当てにした専業主婦をしていたが、その間結婚当時小学校5年生であった被告Y1の連れ子Aの面倒をみており、平成5年2月からは美容師としても稼働し、その収入の約半額を家計に入れて家計を支え、平成9年7月には被告Y1住所地に3000万円で別紙物件目録記載の土地建物(以下「被告Y1宅」という。)を購入した。
 したがって、本件離婚に当たっては、その2分の1に当たる1500万円以上の財産分与がされるべきである。
 よって、原告X1は、民法770条1項5号に基づき被告Y1との離婚を求めるとともに、被告Y1に対し、本件離婚に伴う慰謝料として不法行為損害賠償権に基づく100万円及び財産分与として1500万円の合計1600万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 (被告Y1の主張)
(1)婚姻後の生活状況
 結婚後の夫婦生活は、繰り返される原告X1の家出、原告X1が好む外食や旅行への対応等、被告Y1が原告X1のわがままに気を遣い、出費して家庭を維持してきたところ、ついには家出をしたまま戻ってこずに離婚を要求してきた原告X1のわがままな態度に、被告Y1が疲弊したというのが実情である。この間の主な出来事や経過は、以下のとおりである。
ア 家計
 家計は、被告Y1の収入によって賄われてきた。被告Y1は、自分が会社員であった当時には給料の全額を原告X1に手渡していたほか、副業として個人で扱っていた美容材料の販売収益により公共料金・保険料・外食費等を賄っていた。平成6年に独立してからはもちろん被告Y1の収益によって家族の生活を支えた。原告X1は平成5年2月から美容院への勤務を始め、その給与の半額を被告Y1に渡すと申し出た。被告Y1は、妻が勤務することには反対であったし、家計費を妻に支出させるつもりはなかった。このため、原告X1と話し合い、これを外食費や旅行費などに遣うことにした。しかし、かえって、家族との外食が増え、原告X1の同僚との交際のための出費も生じたため、被告Y1が、原告X1から渡された金額に大幅に付加して支出することになってしまった。
イ 原告X1による家事・育児
 原告X1は、結婚するときには被告Y1に対し、「お母さんとしてAの面倒を見る。」旨言っていた。しかし、結婚後は、まだ小学生のAに対し、「お父さんと別れればあなたとは他人なんだから。」などという子供心を傷つける発言をし、Aの高校受験、大学受験等を控えているときであっても、家出をしてしまい、受験当日にも家にいないという状態であった。また、食事についても、週に2、3回の夕食は、原告X1の希望により、外食であった。費用がかさむことは言うまでもなく、子供に必要な栄養のバランスなどの点からも好ましいとは言えない。母親、主婦としての自覚に乏しかった。それでも被告Y1はAの面倒を見てもらっているという思いがあったことから、外食の希望に応え、家での夕食後には原告X1の肩を揉んだりして感謝の気持ちを表していた。
ウ 原告X1の家出について
 原告X1は、被告Y1との結婚後、家を飛び出て何日も、時には2週間も戻らないということを繰り返してきた。家庭人としてあるまじき行為であり、その間の家族の心配、不安、不便等は計り知れない。家出の状況は以下のようにある。
(ア)原告X1は、披露宴期日を目前にして家を出てしまい、被告Y1は披露宴を開けるかどうかやきもきとした毎日を送った。前日になってようやく原告X1は戻り、披露宴を無事開くことが出来たが、この間の被告Y1の心労は大きく、「パニック障害」のきっかけとなった。被告Y1のパニック障害については、昭和大学病院で正式な診断を受けた後に、原告X1は、「一所懸命に家のことをして償う。」「病人を放って逃げるようなことはしない。」などといって、自分が原因となっていることを認めていた。
(イ)その後も原告X1は、被告Y1が原告X1の非常識な行動をたしなめたり、被告Y1が原告X1の要望を受け容れないと、プイと家を出て行き、何日も戻らないということを繰り返してきた。被告Y1は、そのたびに妻の居場所を探したり、勤務先にいると思われる原告X1に連絡を取るなどした。原告X1の話を聞いてやり、わかったから帰っておいでと言ってやると、ようやく帰ってくるのであった。
(ウ)平成9年2月10日深夜にも、飲酒して帰宅した原告X1に対して被告Y1が一言注意したところ、原告X1は自転車に乗って家を飛び出してしまった。翌朝、被告Y1は、原告X1の勤務先から、原告X1が足を骨折した状態で店に寝ていたので入院させた旨の電話を受けた。被告Y1が放置していたような取り方をされて、被告Y1は恥ずかしさと共に、妻のわがままへの付合いに疲れを覚え、離婚することを考えた。ところが、健康保険証を持って病院へ駆けつけた被告Y1を見るなり、原告X1は、被告Y1を拝むようにして手を合わせた。今まで家出を繰り返して被告Y1に迷惑をかけたことを詫び、二度と家出をしないと約束もした。この姿を見て被告Y1は、ようやく原告X1も気がついたかと許す気になり、退院するまでの約90日間、毎日見舞い、婚姻生活を継続した。
(エ)この退院の後、実際、原告X1は、平成13年7月ころに家出をするまでの約4年間家出をしなくなった。この平成13年7月の家出の原因というのは、外食をめぐってであった。すなわち、原告X1は、家で食事をするより外食を望み、被告Y1は出来るだけこれに応じてきた。そのための経費は相当なものであった。平成13年ころになると被告Y1の収入が減収に転じたため、外食のための出費が負担になってきた。このため、原告X1と「外食はしない。」と話し合った。その数日後に、勤務先から「外で食べよう。」と電話をしてきた原告X1に対し、被告Y1が「外食はしないと約束したばかりじゃないか。」と答えると、原告X1はその晩から約2週間戻ってこなかった。この家出のときには、被告Y1は、また始ったかと愕然とした。しかし、約2週間後に原告X1から泣きながら電話がかかり、「子供にもよくないから戻っておいで。」と被告Y1が話しかけると、「悪かったよ。」と詫びて戻ってきた。
(オ)このように、被告Y1は原告X1が些細なことで家出をすることに耐え、不満も言わず、料理等の家事を誉め、何かと感謝の気持ちを表して、腫れものに触るように接してきたのである。原告X1も周囲の人々に、被告Y1のことを、とても優しい人だと自慢げに話しており、調停においても、調停委員に同様のことを話していたとのことである。
エ 原告X1の言動について
 原告X1は、酒を飲むと羽目を外すことが多く、あきれるような行動にでることがしばしばあり、一緒にいる被告Y1や友人が取り繕い、謝ってその場を収めてきた。ある時は、ファミリーレストランの前を通っているときに、店頭に植えてある花を抜いてしまい、これを近くのラーメン店の主人に渡そうとしたことがある。被告Y1がレストランに謝ってその場を収めたのは言うまでもない。
(2)今回の原告X1の家出と別居
 平成13年11月21日、被告Y1が帰宅すると、原告X1から、ご近所の二組の夫妻から勤務先への電話でカラオケの誘いがあってこれを承諾したことを聞かされた。被告Y1は、仕事で疲れていることと、外食は当分しないと約束していたこともあって、不本意であった。しかし、ご近所からの誘いであったため、出かけた。ところが、原告X1は、カラオケ店で同行者の奥さんの腕にしがみついて離さず、相手が嫌がっているのを気づいた被告Y1が何回注意しても、かえってわざとのように腕を放そうとしないでいた。また、会計の計算を誤り、これを被告Y1に伝えなかったため、被告Y1が同行者から直接、おつりを戻すように言われ、恥ずかしい思いをした。原告X1のこのような態度を腹立たしく感じたため、被告Y1は外へ出たときに注意をしたものの、原告X1がこれを無視するので、叱責しながら足を蹴ったところ、同行者に止められた。この時払いのけようとした被告Y1の手が相手の眼鏡に当たって落ちてしまった。自宅に戻ってから、原告X1が謝った上で、寝室に入り、眠っていた。翌朝、原告X1はいつもより早く家を出て行ったきり、帰ってこなかった。この時は被告Y1も繰り返される妻の家出騒ぎに原告X1への失望の思いが強くなっていった。
(3)離婚原因
 被告Y1と原告X1の婚姻生活は、繰り返される原告X1の家出、原告X1の要求による外食費等の過大な出費等の家庭を顧みない原告X1の態度、ついには平成13年11月に家を出て戻らない原告X1の家庭放棄によって別居状態となり、その後の経過によっても、二人の関係は回復しがたいほどに破綻している。これらは、民法第770条1項2号(悪意の遺棄)及び5号(婚姻を継続し難い重大な事由)に該当する。
(4)慰謝料額
 被告Y1は、原告X1が家出を繰り返して家庭放棄をすることに悩み、不便を来たし、対処し、不安な状態に陥っていた。このことによる精神的苦痛は大きい。さらに、原告X1の家出による不安等がきっかけで「パニック障害」の持病を抱え込んでしまった。このことは原告X1も承知していることである。被告Y1に対する慰謝料としては、500万円が相当である。
(5)財産分与について
ア 被告Y1は、平成9年6月25日に、約17年前から社宅として居住し続けていた被告Y1宅を代金3000万円で購入した。売主(前所有者)のBは、被告Y1がかつて勤務していた会社の経営者であり、いずれは被告Y1が買い取るという約束のもとで被告が入居したものであり、毎月支払っていた賃料も最初から購入代金の一部とする約束であった。したがって、購入代金3000万円は、それまで賃料として支払ってきた分を考慮したもので、当時の相場に比べると格安の代金であった。諸経費を含めた合計3200万円の支払方法は以下のとおりであった。700万円を被告Y1が、500万円を原告X1がそれぞれ負担し、残りの2000万円を被告Y1名義のローンとした。ローンは、被告Y1の収入から返済し、現在も返済継続中である。平成15年4月26日現在の残高は、ローン残高は1641万8077円である。なお、原告X1が自宅を出た当時(平成13年11月3日現在)の残高は金1743万6112円であった。
イ 自宅は、購入以降、逐次補修を施した。浴室・トイレ・ベランダ・玄関ドア・屋根・外壁等を補修・取替した。原告X1の、綺麗な家にしたいとの希望を容れたものである。この費用は、保険料を被告Y1が負担して加入していた家族名義の簡易保険4口から借入れをして賄った。原告X1が自宅を出た当時で、合計445万円が残っていた。この借入金については、購入時のローンと同様、被告Y1の収入から返済してきた。ただし、100万円については、その後保険契約そのものを解約し、返戻金と相殺することにより返済した。現在は、残り3口分で利息分が加算されていて合計金416万3454円が残っており、この返済も被告Y1が継続中である。
ウ このように、原告X1の自宅に関する負担額は購入時の500万円だけであって、購入価格3000万円の6分の1にすぎない。したがって、原告X1の共有持分は、実質的に6分の1のはずである。ところが、登記上の共有持分は3分の1となっている。実態を伴わない共有持分となってしまっているので、是正されるべきである。
エ 自宅の評価額について
 被告Y1宅について、平成14年1月当時に不動産仲介業者に見積りを依頼したところ、条件設定により異なるとの前提で、1960万円ないし1645万円との評価額が示された。不動産相場は、その当時から更に下降線をたどっていることは周知の事実である。したがって、現在では、上記価額より少なくとも1割程度は低下していると思われるのである。そうすると、1760万円ないし1480万円程度と推測される。したがって、財産分与はゼロである。
 よって、被告Y1は、反訴として、原告X1に対し、民法770条1項2号(悪意の遺棄)、同5号(婚姻を継続し難い重大な事由)に基づき離婚を求めるとともに、不法行為損害賠償請求権に基づき離婚に伴う慰謝料500万円の支払を求める。
4 (原告の再主張)
 被告Y1が主張するパニック障害については、この病名自体は、原告X1との結婚前から被告Y1が症状を訴えていた自律神経失調症につき、結婚後改めて診断を受けたところ付けられた病名であり、原告X1との結婚生活後に発病したものではないから、原告X1の行動をきっかけとして発病したものではないことが明らかである。なお、8、9年前、被告Y1が事故に遭った際、事故によりこの傷病が発病したと主張して裁判となり、事故による後遺障害であると認められて賠償額が高くなり、それを加害者の保険会社から受け取っているという事実がある。この点からしても、被告Y1がパニック障害なる傷病を持病としていることが事実としても、原告X1の言動がその原因ではないことが明らかである。
第3 争点に対する判断
1 裁判所が認定した本件事実経過
 前記前提事実のほか、証拠(原告供述、被告供述、甲2、乙4、)及び弁論の全趣旨によって認めることができる事実を加えると、本件事実経過は、以下のとおりである。
(1)被告Y1と原告X1の結婚後の状況
ア 美容材料販売会社の社員であった被告Y1は、取引先の美容室の美容師であった原告X1と平成元年12月に知り合い、平成2年6月に結婚した。
 しかし、その直後から、被告Y1において、原告X1が結婚前に交際していた男性との交際が未だに継続しているものと疑い、大声で怒鳴りつけたり、夜遅くなってから、原告X1をしてその男性宅に電話をかけさせて相手をののしれと強要するなどした。また、被告Y1は、日常生活における原告X1の言動についても、原告X1を1、2時間にわたって厳しく注意したり、怒鳴ったり、ののしったりすることがあった。そこで、原告X1は、これに耐えきれず、被告Y1との婚姻届出後も、数日から2週間程度の家出を何度も繰り返し、平成3年2月の結婚披露宴の数日前にも家出をした。また、被告Y1のいわゆる連れ子であるAの高校受験、大学受験等を控えている時期にも原告X1は家出をし、受験当日に家にいないことがあった(乙4の2頁)。
イ このように家出を繰り返し、主に勤務先の美容室に寝泊まりするなどしていた原告X1に対し、被告Y1は、その度に戻ってきてほしいと優しい声をかけ、原告X1に対する態度を改める旨約束し、帰宅後は原告X1の外食の希望に応えたり、家での夕食後にはその肩を揉むなどして原告X1に優しく接した(乙4の2頁、3頁、被告Y1供述2頁以下)。このような被告Y1の優しい一面と、パニック発作の持病をもつ被告Y1を助けたいという気持ちや、被告Y1には二度の離婚経験があり、連れ子のAもいたなどから、原告X1は、離婚を思いとどまり、家出の度に帰宅していた(甲2、原告X1供述4頁、21頁)。
ウ 平成9年2月10日深夜、飲酒して帰宅した原告X1に対し、被告Y1が注意したところ、原告X1は自転車で家を飛び出してしまった。翌朝、被告Y1は、原告X1の勤務先から、原告X1が足を骨折した状態で店に寝ていたので入院させたとの電話を受けた。健康保険証を持って病院へ駆けつけた被告Y1は、原告X1が謝り、今後は酒を飲んだときには自転車に乗らない旨を約束したことなどから、退院するまでの約90日間、毎日原告X1を見舞ってその面倒を見た。
 この退院の後の約4年間は、原告X1も家出をしなかった。
エ 平成13年7月、被告Y1の収入が減収に転じたため、外食のための出費が負担になり、被告Y1は原告X1との間で外食をしない旨を合意したが、その数日後に、勤務先の原告X1から「外で食べよう。」と電話を受けたので、これを注意すると、原告X1がまた約2週間家出をした。
オ 平成13年11月3日の別居に至った経緯
 平成13年11月2日に、原告X1及び被告Y1が近所の夫婦2組とカラオケに行った際、原告X1がカラオケ店で同行者の女性の腕にしがみついて離さず、これに気づいた被告Y1が何回注意しても、かえってわざとのように腕を放そうとしないでいたことや、原告X1が知人にお釣りを返すべきことを被告Y1に伝えていなかったため、被告Y1が同行者から直接、おつりを戻すようにと言われ、気まずい思いをしたことなどに被告Y1が立腹した。そこで、被告Y1が店の外へ出たときに原告X1を厳しく注意したものの、これを無視されたので、原告X1を激しく叱責しながらその足を蹴ったところ(被告Y1供述21頁)、同行者に羽交い締めにされ、止められた。そのため、被告Y1は、自宅にその知人を呼びつけ、暴言を吐き、眼鏡ケースを投げつけるなどした。その知人が平謝りして帰った後も、被告Y1は朝まで原告X1に対し、「疫病神だ、出ていけ。おれはここのうちにはもう住めないから、あすこのうちにも火をつけて、俺もここに火をつける。おまえはおまえを生んだ親のところに帰れ。へえ、ざまあみろ、お前は今日仕事だろう。」などと朝5時ころまで怒鳴ったり、暴言を吐くなどした(原告供述13頁以下)。
 そこで、原告X1は、もはやこのような状況に耐えきれないと考え、平成13年11月3日から家を出て別居し、現在に至るまで約2年近く別居を続けている(甲2、原告X1供述13頁)。
(2)家 計
ア 被告Y1は、自分が美容機器販売会社の社員であった当時には給料の全額を原告X1に手渡していたほか、副業として個人で扱っていた美容材料の販売収益により公共料金・保険料・外食費等を賄っていた(弁論の全趣旨)。
イ 原告X1は、平成2年の結婚後、専業主婦として、当時小学校4年であったAの子育てや家事をしていたが、平成5年2月からは美容院への勤務を始め、中学生のAの弁当を作りながら、給与収入の半額程度(毎月13万円ないし15万円程度)を家計に入れて家計を支えたが、週に2、3回の外食費や、原告X1の交際費が増大したため、経済的には余裕がなかった(乙4の3頁、原告X1供述7頁以下)。
ウ 平成6年9月には、被告Y1が独立して美容材料の販売業を始め、家族の生活を支えた(被告Y1供述32頁)。
(3)被告Y1の病状
 被告Y1は、原告X1との結婚前から自律神経失調症の診断を受け、結婚後の平成6年11月ころ、昭和大学病院において正式にパニック障害の診断を受け、仕事で自動車を運転することは何とかできるものの、パニック発作の不安を抱えているため、息子などの同伴者がいない限り、1人で電車を使用して外出することが困難な状態にある(被告Y1供述7頁)。
2 婚姻を継続し難い重大な事由の有無について
(1)被告Y1は、原告X1が頻繁に家出を繰り返して別居に至ったことをもって悪意の遺棄(民法770条1項2号)に当たる旨主張するが、前記認定によれば、その家出の主な原因は、被告Y1が原告X1に対して怒鳴り声を交えた執拗な注意叱責をすることにあると認めることができるから、上記の家出が悪意の遺棄に当たるということはできない。
(2)しかしながら、前記認定によれば、誤解を招きやすい原告X1の自由奔放な行動が被告Y1の執拗な叱責や怒鳴り声を誘発し、それによって原告X1が少なくとも20回前後にわたって家出をし(原告X1供述18頁)、家出後に被告Y1が優しい言葉をかけて謝って帰宅を求め、原告X1がその言葉を信じ、パニック発作の持病を有する被告Y1を妻として支えなければならないという気持ちもあって一時期は元に収まるが、しばらくすると同じことが繰り返され、結婚後約11年にして、ついに原告X1が耐えきれなくなって今回の約2年近くの長期別居に至ったというのである。そして、原告X1の本件離婚請求に対して被告Y1も反訴として離婚請求をしていることをも合わせ考えると、本件においては、原告X1と被告Y1の婚姻関係については、婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)が存在するものと認めることができる。
 したがって、本訴請求及び反訴請求のうち離婚請求部分は、いずれも理由がある。
3 本訴と反訴の各慰謝料請求について
(1)原告X1は被告Y1に対し、執拗な叱責や注意により婚姻関係が破綻した旨主張して、離婚に伴う慰謝料100万円の支払を求めている。他方、被告Y1は、原告X1の頻繁な家出による家庭放棄のためにパニック発作の持病を抱え、精神的苦痛を受けた旨主張して、慰謝料500万円の支払を求めている。
(2)そこで、判断するに、前記のとおり、被告Y1の執拗な叱責等の主な発端は、誤解を招き易い自由奔放な原告X1の言動や性格傾向にあると同時に、原告X1の家出の主な原因は、怒鳴り・声も交えて執拗に原告X1を叱責し、注意をし続けるという被告Y1の言動や性格傾向にある上、原被告間には性格の不一致もうかがわれるから、被告Y1の執拗な叱責及び注意をすること自体又は原告X1の頻繁な家出それ自体がそれぞれ他者に対する関係で不法行為に当たるとまでいうことはできない。
(3)したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告X1の被告Y1に対する慰謝料100万円の不法行為損害賠償請求(本訴請求)及び被告Y1の原告X1に対する慰謝料500万円の不法行為損害賠償請求(反訴請求)はいずれも理由がない。
4 財産分与について
(1)被告Y1は、平成9年6月25日に、その約17年前から社宅として居住し続けていた被告Y1宅を代金3000万円で購入した(乙5)。売主(前所有者)のBは、被告Y1がかつて勤務していた会社の経営者であり、いずれは被告Y1が買い取るという約束のもとに被告Y1が入居していたものであり、毎月支払っていた賃料も購入代金の一部とする約束であった。そのため、購入代金3000万円は、それまで被告Y1が賃料として支払ってきた分を考慮したもので、当時の相場に比べると格安の金額であった。諸経費を含めた合計3200万円のうち700万円を被告Y1が、500万円を原告X1が、それぞれ負担し、残りの2000万円は被告Y1名義の住宅ローンで賄われた。住宅ローンは、被告Y1の収入から返済され、現在も返済継続中であり、平成15年4月26日現在の残高は、1641万8077円である(乙4の5頁、乙7、弁論の全趣旨)。
(2)また、被告Y1宅は、購入以後、原告X1の希望もあって、浴室・トイレ・ベランダ・玄関ドア・屋根・外壁等を補修し、その費用は、保険料を被告Y1が負担して加入していた家族名義の簡易保険4口から借入れをして支払い、その残債務額は約416万3454円である(乙8ないし12)。
(3)被告Y1宅の評価額と債務額について
 原告X1が共有持分3分の1、被告Y1が共有持分3の2を有している被告Y1宅(道路共有持分は別。甲4、5、乙1)の評価額は、1760万円ないし1480万円程度であるが(弁論の全趣旨、乙2、被告Y1供述16頁)、他方において、被告Y1宅の住宅ローン及び補修費用借入債務の合計額は2058万1531円であるから、消極資産が積極資産を超過している。そして、原告X1は被告Y1と比較すると健康であって、美容師として相応の収入を有しているが、他方、被告Y1はパニック発作の持病を抱え、上記被告Y1宅のローン債務等の返済に追われている。これらの諸事情を勘案すると、原告X1の財産分与請求を認めることは相当ではない。
5 結 論
 以上によれば、原告X1の本訴請求のうち、離婚請求は理由があるからこれを認容するけれども、その余の離婚に伴う慰謝料請求は理由がないからこれを棄却することとし、財産分与の申立ては理由がないからこれを認めないこととする。また、被告Y1の原告X1に対する反訴請求のうち、離婚請求は理由があるからこれを認容するけれども、その余の慰謝料請求は理由がないからこれを棄却することとする。よって、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第24部 裁判官齊木教朗

-判例15(判決文)-夫の暴行により妻に障害が残り、離婚と妻への謝料等を認定
東京地方裁判所判決 平成13年(タ)第944号
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 被告は、原告に対し、金1721万2960円及び内金500万円に対する平成13年12月29日から、内金1221万2960円に対する平成13年5月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は全部被告の負担とする。
4 この判決は第2項及び第3項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請 求
1 主文第1項同旨。
2 被告は、原告に対し、金2400万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 主文第2項同旨。
第2 事案の概要
 原告(妻)と被告(夫)は、平成10年10月10日婚姻届出をした夫婦である(甲1)。
 本件は、原告が、被告に対し、原告と被告の間の婚姻関係について、離婚原因として民法770条1項5号に該当する事由があり、原告と被告との婚姻生活は被告の責に帰すべき事由によって完全に破綻しているとして、離婚を求めるとともに、離婚に伴う財産分与請求権に基づいて、財産分与として、2400万円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金、不法行為による損害賠償請求権に基づいて、精神的苦痛に対する慰謝料として500万円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金、被告の原告に対する傷害行為によって被った損害として逸失利益及び後遺障害慰謝料に相当する1221万2960円及びこれに対する傷害行為の日である平成13年5月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1 前提となる事実
(1)原告は、中学校卒業後渡米し、ビリヤードの修行をして帰国し、現在は、アルバイトで生計を建てている。被告は、平成10年4月、△△△会館6階にて、「□□□ビリヤード教室」の屋号でビリヤード教室を開いてその指導に当たるなどして生計を立てている(甲9、乙1の1及び2、原告本人)。
(2)原告と被告は、平成9年7月より同居を開始し、平成10年10月10日婚姻届出をして夫婦となったが、平成13年6月10日、原告が自宅を出て別居するに至り、その後、原告は、被告に対し、転居先を教えていない(甲1、同9、原告本人)。
(3)原告と被告が同居を始めた当時、原告は銀座のクラブに勤務しており、被告は「×××」という六本木のバーに勤務していたが、同居直後の平成9年8月に「×××」は閉店となった。その後、被告は、前記のとおり、□□□ビリヤード教室を始めたため、原告は勤めをやめ、被告の教室を手伝うようになった(甲9、原告本人)。
(4)被告は、婚姻中に、金融会社や知人から総額2300万円の債務を負い、平成13年11月20日、東京地方裁判所に自己破産の申立をし、同日に破産宣告を受けた。その後、原告は、平成14年2月ころ、東京地方裁判所より上記債務につき免責決定を受けた(甲4、同7ないし同9)。
(5)原告は、平成13年10月30日、東京家庭裁判所に離婚調停の申立をし〔平成13年(家イ)第7285号〕、同年12月3日、第1回調停期日があったが、被告が出頭しなかったため、同日不成立となった(顕著な事実)。
(6)本件訴状は、平成13年12月28日、被告に送達された(顕著な事実)。
2 主たる争点
(1)原告と被告の婚姻関係の破綻の原因は、被告の責めに帰すべき事由によるものか(破綻原因)及びこれによって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料請求権が発生するか否か(慰謝料請求の当否)。
(原告の主張)
Ⅰ 原告と被告の婚姻関係が破綻し、原告が被告と別居するに至った経過は以下のとおりであって、原告と被告の婚姻関係は回復の見込みのないほど破綻しており、民法770条1項5号に定める「婚姻を継続し難い重大な事由」があり、その責任が、婚姻中にほとんど生活費を負担せずに、浪費を続け、暴力、暴言をくり返した被告の行為にあることが明らかである。
Ⅱ 原告と被告が同居を始めた直後に被告の勤務先が閉店したため、原告が二人の生活費を全額負担することとなった。その後、被告は、□□□ビリヤード教室を開業したが、教室での収入はほとんどなく、たとえ収入がある場合でも被告の小遣いで消えてしまったため、依然として生活費の負担は原告の肩にかかり、原告が同居時に持っていた現金700万円を取り崩して生活し、平成11年2月ころには、それもなくなり、その後は、原告固有の所持品の時計やアクセサリー等を質に入れて換金し、生活するという状態であった。
Ⅲ 被告は、一日2万円の小遣いを要求し、原告がお金がないと言うと、平成11年3月ころより、原告に対し、暴力をふるうようになった。その態様は、最初のころは物を投げつけるという暴力であったが、次第にエスカレートし、平手で頭や顔を殴ったりみぞおちのあたりを足で蹴るなどし、物を持って殴るようになった。被告は、平成13年3月12日未明、原告の前胸部を蹴ったため、原告は、前胸部打撲の傷害を受け(胸に足跡がくっきりつく程であった)、外用薬の投与を受けて治療した。また、被告は、平成13年5月2日未明、鉄製のゴミ箱で顔正面を殴ろうとしたため、原告が、左手でよけようとしたところ、原告は、被告からゴミ箱で左腕を強打され、左前腕挫創の傷害を負い、1か月以上通院した。後者の傷害は腕の骨を包む筋肉の膜がひどく損傷しているとのことで、一応の治癒と診断された後も痺れが残り、しばしば激痛が走るため、未だ完全には動かすことのできない状態にある。
Ⅳ 被告は、原告がお金を用意できないときは暴言もひどく、原告に対し、「ぶっ殺されたいのか。」「おまえは俺に殴り殺されても文句を言えないんだよ。」「おれが試合に勝てないのは、全部お前のせいだよ。」などと繰り返し言って、原告に恐怖感を与えた。
Ⅴ 原告は、被告の暴力、暴言に恐怖を感じ、生活費やビリヤード教室で使うキューの購入資金を得るために、金融会社や知人から借りるようになったところ、金融会社からの借金は、被告名義では借りられず、「俺が泥棒をしてきてもいいのか。」「お前が金を用意して来い。」などと言うため、やむなく全て原告名義で借り入れをしたことから、借入総額は2300万円に上り、これらの借入金の返済ができなくなり、被告と別居後に、破産宣告を受けた。
Ⅵ 原告は、被告の暴力、暴言が日毎にひどくなり、生命の危険も感じるようになり、また、金融会社からの取立も厳しくなってきたため、平成13年6月10日に家を出て、知人宅に避難し、以来被告と別居し、その後は、被告に居所を探されるのが恐ろしく、居所を転々としている。
Ⅶ 原告は、上記のような被告の無責任な生活態度や浪費癖、度々の暴力、暴言によって、心身共に著しい精神的苦痛を受けた。たとえば、原告は、平成12年6月14日、突然激しい頭痛が始まり、救急車で病院に運ばれたことがあったが、ストレスを原因とする脳梗塞の疑いがあると診断され検査入院した。また、特に、暴力については、平成13年5月2日の暴力によって左腕の運動機能が完全に回復しておらず、痛みがひどいため、キューを持つこともできず、今後ビリヤードの選手として復帰することが不可能な状態に追い込まれている。このような原告の精神的損害を金銭に換算すると、少なくとも金1000万円は下らないが内金として金500万円を請求する。
(被告の認否・反論)
① 原告の主張は否認ないし争う。
Ⅰ 原告は、日本国内ではプロの資格がなく、米国滞在中においても、プロとしての活動はない。
Ⅱ 原告は、被告との同居開始当時、以前引きおこした交通事故による損害賠償金等の債務約800万円を負っていた。
② 原・被告間の婚姻関係が破綻したのは、以下のとおり、原告が徹底して家事をサボタージュし、また、仕事上失敗して多額の負債を背負い込んだことに原因がある。こうした行き詰まった状況について、原告は、被告との協議によって打開することを放棄し、平成13年6月10日突然家出し、一方的に被告との共同生活に終止符を打ったものである。
Ⅰ 被告は、バー「×××」で6年間勤務しており、最後は店長職を勤めており、同店閉店(平成9年8月)の後約6か月間は雇用保険金の支給を受けることができた。また、被告は、「□□□ビリヤード教室」(△△△会館6階)を開設したほか、平成10年6月以降、「▽▽▽」ビリヤード教室(△△△会館6階)の専属教師(◇◇◇)や「◎◎◎」ビリヤード教室(▲▲▲)の教師として活動し、他に、ビリヤードの賭による収入(以下「ハスラー収入」という)も次第に増額していったものであり、相当額の収入は得てきた。原告は、これらの収入を被告に生活費として全額渡していた。
Ⅱ 被告は、原告から日額2万円を受け取っていたが、ハスラーとしての被告に渡された必要経費(掛け金、食事代、練習代等)というべきものである。
Ⅲ 原告が、多額の借財を負うに至ったのは、原告が行っていた事業及び多額の外食費の支出など、原告の収支管理の不手際によるものであり、別居の原因も金融会社からの取り立てに抗しきれなかったためである。
Ⅳ 被告は、家事を怠っていたほか、被告の親族からも金銭的な援助を受けていた。
Ⅴ 原告と被告との間に諍いが生じることがあったのは事実であるが、これは被告が家事を怠るなどしたため、そのことも一因となって、試合に負けることがあり、これが契機となって、被告が、原告に対し、文句を言うことがあったが、日常諍いが絶えないといった程の険悪な雰囲気の中で生活していた訳ではなく、夫婦関係も通常にあった。
①Ⅰ 原告は、被告親族等から前記支援を受けながら、一方的に被告との共同生活を解消したうえ、平成13年ころ破産申立をおこない、前記のとおり免責決定を受けてしまった。このため、被告に対し、原告固有の債権者及び原・被告らの共同の債権者が被告に請求し、被告を大いに当惑させた。また、被告親族等においては、前記貸金が回収不能となり、大きな不利益を受けている。このため、前記貸金をおこなわしめた被告母Aは、ショックの余り、一時病の床に伏さなければならなかった。
Ⅱ 上記の事情は、本件慰謝料請求の有無、金額を決定するうえで考慮されるべきである。
(2)被告が、離婚に伴う財産分与として、原告に対し、分与すべき財産の有無及びその内容如何(財産分与請求の当否)。
(原告の主張)
① 原告は約4年間に渡り、二人の生活費や被告の遊興費のほぼ全部を負担してきた。このため、結婚時所持していた現金700万円、貴金属等全て失い、その上2300万円にのぼる多額の債務を負担することとなった。夫婦の一方が過当に負担した婚姻費用につき、他方に対し財産分与として清算を請求することが認められている(最判昭和53・11・14民集32巻8号1529頁)ところ、原告は、少なくとも被告のために過当に負担した婚姻費用月50万円(被告の小遣い、家賃、等含む)を過当に負担しており、総負担額は4年間で2400万円にのぼっている。よって、原告は、婚姻費用の清算分の財産分与として、被告に対し金2400万円を請求する。
② 原告は、原告自身の破産・免責手続において、破産決定(同時廃止)、免責決定を得、さらに、免責決定が確定している。そこで、本来、それらの債権が破産財団を構成したのか否かが問題となる。慰謝料請求権は一身専属性があり、破産財団の範囲には含まれない(最高裁(1小)昭和58年10月6日判決、『破産者の有する慰謝料請求権』(羽成 守・判タ830号270頁以下)等参照)。また、財産分与請求権は、離婚という身分行為により生じる請求権であり、扶養、慰謝料の要素も含むので、一身専属性を有すると解され、具体的な内容は、協議・調停・審判・判決により決まってくる。判例は「協議あるいは審判等によって具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定、不明確」としている(最判昭和55年7月11日.判例時報977号62頁)。したがって、本件の財産分与請求権も、破産手続当時は全く確定していなかったものであるから、回収可能か否かに関係なく、破産財団を構成しないと解すべきである。
③Ⅰ 原告は被告と同居を開始した当時、銀座のクラブに勤務していたが、1997年8月に被告の勤務先が閉店になってからは、生活費をほぼすべて負担するようになった。当初は不足分を原告が持っていた700万円の現金を取り崩して補填していたが、1999年2月ころにはそれもなくなったので、結婚前から所持していた宝飾品を質入れして換金するようになった。質入れできるような物がない、あるいはそれでも足りなくなってからは、借り入れ金(被告名義で借り入れができないため)に頼るようになり、平成11年3月25日にアコムから20万円を借り入れたのを最初として借入をくり返した。原告は被告のビリヤード教室の経理、備品購入、宣伝業務など全般に関わったが、給与等は一切もらっていない。また、店舗のコンサルタント料も不規則ではあったが、すべて家計に入れ貢献してきたものである。したがって、被告は原告に対し、婚姻費用の過払分を負担すべき義務がある。
(被告の認否・反論)
① 否認ないし争う。
②Ⅰ 民法768条3項は、財産分与請求の有無、金額等につき「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して…中略…定める」と規定している。
Ⅱ 被告は、相当額の報酬を得て、これにより生活費を負担してきたものであり、原告の借入金は原告が営む事業「□□□」の経営に失敗して発生したものであって、原告が、生活費を過当負担したとの事実はない。
Ⅲ 仮に、上記債務が原・被告の生活費を負担するために発生したものであったとしても、原告は、平成14年2月ころ、東京地方裁判所より上記債務につき免責決定を受けている。したがって、上記の債務を負担したことによる不利益を被告に請求して回復する根拠は既に失われている。
Ⅳ 被告の母Aや姉Bは、これまで、原告の生活上の数々の相談に乗ったり、折々にわたり金品を渡すなどして、原・被告らに対し、数々の生活支援を行ってきた。また、母の事実上の夫C、被告の伯父の妻Dは、原告個人に対し、その事業資金として合計金500万円もの事業資金を貸与している。
Ⅴ これら諸事情は、本件財産分与の有無、金額等を決定するうえで当然に考慮すべきである。
(3)被告が、平成13年5月2日、原告に対し、傷害行為をおこない、これによって、原告が後遺症が残る傷害を負ったか否か(傷害の有無及びこれによる損害の有無)。
(原告の主張)
①Ⅰ 被告は原告に対する傷害行為により、下記の原告の損害について賠償責任を負っている。すなわち、原告は、被告により、平成13年5月2日、鉄製のゴミ箱で利き手の左手を強打された。幸い骨に異常はなかったものの、神経が損傷されたようで、当日から激痛が続き、痛み止めを服用しても一向に軽減されなかった。受傷より1年以上経過した現在においてさえも、断続的に痛みは続いており、注射により一時的に良くなることはあるものの、痛みは取れていない。現段階での医師の診断においても根治のための治療方針が確としておらず、治癒の見通しは立っていない。
Ⅱ 原告は負傷前にビリヤード界への復帰を勧める話が持ち上がっていたが、負傷箇所が利き手の左手であったため、その話も実現不可能となった。また、左手が使えないために、日常生活全般において非常な不便を感じている。
Ⅲ 仕事もパソコンが両手で打てないなど通常の業務は困難であり、将来適当な就職先が見つかるかどうか、たとえ見つかったとしても普通に業務が遂行できるかどうか、大きな不安を抱えている。
② 原告の後遺障害の損害について
Ⅰ 原告の主治医である平成立石病院のE医師の意見書によれば、現在の病名は「外傷性左手関節前腕筋腱鞘炎」「左手関節筋群運動障害」「左尺骨神経領域知覚障害」とされている。左手関節と環指(くすり指)・小指の可動域に屈曲障害があり、また、左手の筋力が著しく低下している上、尺骨神経背側枝に知覚障害があり、これら障害と疼痛のために日常生活にかなりの支障をきたしている旨診断されている。根治方法は目下のところ確定しておらず、対症療法を続けるしか術はなく、治癒の見込みは立っていない。以上のような症状で、すでに固定しているものと診断されている。したがって、原告の後遺障害は、自賠責保険の後遺障害別等級表では12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、労働力喪失率は14パーセントとなる。
Ⅱ よって、原告の後遺障害についての逸失利益、慰謝料は以下のとおりとなる。
〈Ⅰ〉逸失利益
 原告は昭和44年生まれである(就労可能年数34年)。平成12年女子労働者の賃金センサスによる平均給与は月額30万1900円である。
 したがって、逸失利益は30万1900×12×16.193(ライプニッツ係数)×0.14=821万2960よって、821万2960円となる。
〈Ⅱ〉後遺障害慰謝料(及び通院慰謝料)
 日弁連交通事故センター東京支部他編による「2002年損害賠償算定基準」(いわゆる赤本)によれば、12級の後遺症慰謝料は290万円とされている(63頁)。原告は1年の通院期間で治癒していないが、通院1年の通院慰謝料は154万円となっている。よって、これらをあわせると、原告の後遺障害慰謝料・通院慰謝料は少なくとも400万円を下らない。
 なお、原告が現在のところ立証可能な通院日数は、別紙のとおり、11日間である(それ以前の領収証は別居時に置いて出たり保存していなかったりで、手許に保管していない)。したがって、原告の通院は不規則で長期にわたっているところから、約3倍の30日(1か月間)とみるべきであり、赤本(2002年版)の基準によれば、通院慰謝料は少なくとも金28万円となる。
③Ⅰ 原告の傷害は平成13年6月6日時点では治癒していない。
Ⅱ 原告の現在の症状と、原告が、平成13年6月6日以降、しばらく通院しなかったことの間に因果関係はなく、過失相殺の対象となる過失もない。
(被告の認否・反論)
① 不知、否認ないし争う。被告が平成13年5月2日原告に投げつけたのは軽いアルミ製のゴミ箱であって、原告の主張するような鉄製のものではない。したがって、被告による上記行為を原因として原告が主張するような重篤な傷害結果を生ずることはあり得ない。仮に、原告主張の重篤な傷害が現在もなお存在したとしても、被告の行為との因果関係は極めて疑わしい。
③Ⅰ 原告の被った傷害は、平成13年6月6日ころほぼ治癒した。
Ⅱ 仮に治癒していなかったとしても、原告は、その後約9か月間、上記傷害について医療的な措置を講じなかったから、現在の原告の症状と被告の行為との間には因果関係はなく、仮に因果関係が認められたとしても、原告には過失がある。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし同9、同10の1及び2、同11ないし同38、乙1の1及び2、同2の1及び2、同3、同4、同5の1ないし22、同6、同7の1及び2、同8の1ないし7、同9の1ないし4、同10の1ないし4、同11の1ないし5、同12、同13の1及び2、同14及び同15、同16の1及び2、同17、同18、同19の1ないし3、同20の1及び2、同21、同22の1ないし3、同23、同24の1及び2、同25の1ないし9、同26の1ないし7、同27ないし同29、原告本人。なお、前掲各証拠のうち、以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)① 原告は、中学卒業後渡米し、約6年間ほどアメリカにおいて、ビリヤードの修行をして日本に帰国したが、日本ビリヤード協会(NBR)及び日本プロビリヤード連盟(JPBA)のプロテストには合格しておらず、日本国内ではプロの資格がなく、原告は、被告と知り合った当時、ビリヤードは止めた旨語っていた。原告は、帰国後は、レストランにて稼働し、原告が被告と同居したときには、原告は、銀座のクラブにおいて、ホステスとして勤務していた。
② 被告は、原告と同居を始めた当時、「×××」という六本木のバーに勤務していたが、同居直後の平成9年8月に「×××」は閉店となり、その後、平成10年4月、△△△会館6階にて、「□□□ビリヤード教室」の屋号でビリヤード教室を開いてその指導に当たるほか、原告と結婚(平成10年10月)した翌11年7月には、プロテストに合格し、◎◎◎、▽▽▽等でビリヤードの講師として、稼働したこともある。
③ 被告と原告は平成9年7月より同居を開始し、平成10年10月10日婚姻届を出した。
(2)① 原告と被告が同居を始めた当時、原告は銀座のクラブに勤務しており、被告は「×××」という六本木のバーに6年間勤務していたところ、平成9年8月に×××が閉店となった。被告は、同店閉店(平成9年8月)の後約6か月間は雇用保険金の支給を受けるようになったほか、ビリヤードのトーナメントの賞金、▲▲▲からコーチとして月3万から10万円の間の収入を得ていたが、これらの収入をほとんど自分で費消してしまうため、原告と被告の生活費は、原告の収入で賄っていた。
② 被告が、平成10年4月にビリヤード教室を開業したのに伴い、原告は勤めをやめ、被告の教室を手伝うようになり、教室の経理、キューの仕入れ、他店の調査、チラシ配り、日報への記帳等を行うようになった。そのため、ビリヤード教室等における指導によって被告の得る収入のみが、原告と被告夫婦の唯一の収入源となり、これを原告が管理していたところ、原告が、被告に対し、原告の小遣い等として1日につき2万円を渡していたこともあり、その収入は生活費を賄うのに十分ではなく、その後、原告もレストラン・コンサルタントとして若干の収入を得るようになったものの、それでも生活費を賄うことができずに、原告及び被告の保有する貴金属等を質入れして、換金し、不足する生活費を捻出したりしていた。また、被告は、深夜から明け方に帰宅するのが常であり、その後昼ころまで寝ており、ほとんど自宅で食事することがなく、外食が多かったため、1か月の食費が10万円になることがあった。原告は、生活費が足りないことから、被告に対し、小遣いを減らして欲しいと頼んでいたが、被告はこれを拒否し、原告は、2万円を渡さないと暴力を振るわれるため、借金をして工面してでも同額の金員を渡さざるを得なかった。原告はビリヤード教室の仕事、コンサルタントとしての仕事に従事しながらも掃除、洗濯はきちんとこなしていた。また、原告は、平成12年5月21日から同月26日まで、平成12年7月27日から同年8月4日まで、2度にわたり渡米しているが、その目的は、被告の要請でビリヤード教室で使うキュー等の備品を安く購入するためであり、原告はやむなく原告の母に費用を出してもらって出かけた。原告は、原告及び被告夫婦の家計が上記のとおり苦しかったことから、原告の母及び被告の母らから経済的援助を受けていたほか、原告及び被告夫婦は、F歯科医院(G院長、渋川市)に勤務する母Aの配慮で、Aの家族として、Aの加入する群馬県歯科医師国民健康保険組合の組合員となって、同保険を利用してきた。
③ 被告は、上記のとおり、一日2万円の小遣いを要求していたところ、原告がお金がないと言うと、平成11年3月ころより、原告に対し、暴力をふるうようになった。その態様は、最初のころは物を投げつけるという暴力であったが、次第にエスカレートし、平手で頭や顔を殴ったりみぞおちのあたりを足で蹴るなどし、物を持って殴るようになった。被告は、平成13年3月12日未明、原告の前胸部を蹴ったため、原告は、前胸部打撲の傷害を受け(胸に足跡がくっきりつく程であった)、外用薬の投与を受けて治療した。原告と被告の日常は確かに諍いが絶えないと言うより、被告の一方的な暴力、暴言とこれを避けるために原告が必死で金銭の工面をするという生活の繰り返しであり、夫婦関係も被告の強制によるものであった。
④ 原告は、平成13年5月2日未明、被告が鉄製のゴミ箱で顔正面を殴ろうとしたため、左手でよけようとしたところ、被告からゴミ箱で左腕を強打され、後記のとおり、後遺症の残る傷害を負った。
⑤ 被告は、原告がお金を用意できないときは暴言もひどく、原告に対し、「ぶっ殺されたいのか。」「おまえは俺に殴り殺されても文句を言えないんだよ。」「おれが試合に勝てないのは、全部お前のせいだよ。」などと繰り返し言って、原告に恐怖感を与えた。
⑥Ⅰ 原告は、被告の暴力、暴言に恐怖を感じ、生活費やビリヤード教室で使うキューの購入資金等を得るために、金融会社や知人から借りるようになった。
Ⅱ 原告は、生活費が不足したことから、被告に内緒で、平成12年3月ころには、被告の義父であるC及び被告の母Dの両名から各100万円(合計金200万円)を借用し、平成13年5月、Cから金300万円を借用したが、これらの借用金は全く返済されていない。
Ⅲ 金融会社からの借金は、被告名義では借りられず、「俺が泥棒をしてきてもいいのか。」「お前が金を用意して来い。」などと言うため、やむなく全て原告名義で借り入れをしたことから、借入総額は2300万円に上り、これらの借入金の返済ができなくなり、被告と別居後に、破産宣告を受けた。
⑦ 原告は、被告の暴力、暴言が日毎にひどくなり、このまま一緒にいれば殺されるという恐怖心が募り、生命の危険も感じるようになり、また、金融会社からの取立も厳しくなってきたため、平成13年6月10日、身の回りの荷物のみ持って家を出て、知人宅に避難し、以来被告と別居し、その後は、被告に居所を探されるのが恐ろしく、居所を転々としている。
(3)① 原告は、平成13年5月2日未明、被告が鉄製のゴミ箱で顔正面を殴ろうとしたため、左手でよけようとしたところ、被告からゴミ箱で左腕を強打された。原告は、これによって負った傷害により、左前腕挫創の傷病名で、1か月以上通院し、同年6月6日、外傷としてはほぼ治癒したとの診断を受けた。その後、原告は、同月10日、被告と別居し、保険証を持参しなかったため、平成13年12月1日に左前腕部の痛みを訴えて通院したほか、医師の治療を受けなかったが、被告による上記傷害行為により、当日から痛みが続き、痛み止めを服用しても一向に軽減されなかった。原告は、平成14年4月15日以降、別紙のとおり、平成立石病院及び日本医科大学付属病院にて通院治療を受けているが、原告の主治医である平成立石病院のE医師によれば、原告の現在の病名は「外傷性左手関節前腕筋腱鞘炎」「左手関節筋群運動障害」「左尺骨神経領域知覚傷害」とされ、これらの傷害は、平成13年5月2日に原告が受けた傷害の後遺症であり、左手関節と環指(くすり指)・小指の可動域に屈曲障害があり、左手の筋力が著しく低下している上、尺骨神経背側枝に知覚障害があり、これら障害と疼痛のために日常生活にかなりの支障をきたしているが、根治方法は目下のところ確定しておらず、対症療法を続けるしか術はなく、治癒の見込みは立っておらず、以上のような症状で、すでに固定しており、症状固定の時期としては受傷後約1か月ころと診断されている。同医師によれば、原告の症状に対する治療としては、患部である左前腕腱鞘部に抗炎症剤と局所麻酔薬を局所注射し、抗炎症剤、鎮痛剤の内服をし、経皮吸収抗炎症剤塗布を併用しており、通院は1週間に1度くらい必要と診断されている。
② 原告は、左手が使えないために、日常生活全般において非常な不便を感じており、仕事もパソコンが両手で打てないなど通常の業務は困難であり、将来適当な就職先が見つかるかどうか、たとえ見つかったとしても普通に業務が遂行できるかどうか、大きな不安を抱えている。
③ 原告は、昭和44年○月○日生まれであるところ、平成12年女子労働者の賃金センサスによる平均給与月額30万1900円である。原告は、現在アルバイトによる収入として、月額少ないときで6万円、多いときで14、5万円の収入を得ている。
2 争点(1)(破綻原因及び慰謝料請求の当否)について
(1)以上の認定事実によれば、原告と被告との間の婚姻関係は、被告の原告に対する継続的な暴力及び暴言並びに被告がその収入に見合わない支出を続けたために、原告が多額の借財を背負うに至り、経済的に破綻したことによって、破綻したものであり、民法770条1項5号に定める離婚原因があるとともに、その原因が、被告の責めに帰すべき事由によるものであることは明らかであって、原告の離婚請求には理由があり、原告が上記認定の被告の責めに帰すべき事由によって婚姻中に味わった精神的苦痛に対する慰謝料の額は500万円と認めるのが相当である。
(2)被告は、婚姻関係の破綻の原因は、原告にある旨主張するが、前掲各証拠によれば、上記認定の各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
3 争点(2)(財産分与請求の当否)について
原告は、結婚時所持していた現金700万円、貴金属等全て失い、その上2300万円にのぼる多額の債務を負担して、原告及び被告間の婚姻関係において、原告が過当に婚姻費用を分担した旨主張し、原告が結婚当初700万円の現金を保持し、これを失ったことを認めるに足りる確たる証拠はなく、上記認定のとおり、婚姻期間中、少なくとも被告がビリヤード場を開業した以降は、原告には生計を維持するに足りる定収入はなかったことに照らせば、原告及び被告の生計は、被告の収入及び原告が負った債務によって賄われたものと認めるのが相当である。そして、原告は、前記のとおり、婚姻期間中に負った債務が原因で破産宣告を受け、当該債務について免責を受けているから、原告が婚姻期間中に婚姻費用を被告に比して実質的に過当に負担しているものと認めるのは困難である。そして、本件においては、原告及び被告が、離婚に伴い清算する必要のある婚姻期間中に形成した資産は認め難い。したがって、離婚に伴う財産分与請求権に基づいて、2400万円の支払を求める原告の請求には理由がない。
4 争点(3)(傷害の有無及びこれによる損害の有無)について
(1)前記認定のとおり、原告は、平成13年5月2日、被告から受けた暴行によって、前記認定の後遺障害を負うに至ったところ、その障害の部位程度に照らせば、原告の後遺障害は、自賠責保険の後遺障害別等級表では12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、労働力喪失率は14パーセントと認めるのが相当である。
(2)そして、原告は昭和44年○月○日生まれの最終学歴中学校卒業の女性であり、その就労可能年数は34年を下回らず、前記認定の原告の職歴及び稼働状況等に照らせば、本件における原告の後遺障害算定の基礎となる収入については、平成12年女子労働者の賃金センサスによる平均給与月額である30万1900円を前提とするのが相当と認められるところ、これを前提に原告の後遺障害についての逸失利益を算定すると、以下のとおり、逸失利益は821万2960円となる。
30万1900×12×16.193(ライプニッツ係数)×0.14=821万2960
(3)前記認定の被告の行った傷害行為の態様、原告が傷害を負った経過及びその後の経過並びに前記認定の原告の被った後遺障害の内容、その程度その他諸般の事情を勘案すると、原告が被った後遺障害についての慰謝料は、通院に伴う慰謝料も含め、400万円と認めるのが相当である。
5 よって、原告の請求のうち、財産分与請求権に基づいて、金銭の支払を求める部分については理由がなく、その余の請求には、いずれも理由があり、これらを全て認容するが相当であるから、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第37部 裁判官藤井聖悟

-判例16(判決文)-夫の異常な性癖、暴力による離婚と妻を親権者と認定
東京地方裁判所判決 平成14年(タ)第336号
・平成13年9月、妻は離婚調停を申立て、不成立。
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原被告間の長女A(平成11年○月○日生)の親権者を原告と定める。
3 被告は、原告に対し、本件離婚裁判確定の日から長女Aが成人に達するまで、毎月末日限り5万円を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は2分しその1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主文1ないし3項同旨
2 被告は、原告に対し、500万円及びこれに対する平成14年6月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、婚姻を継続し難い重大な事由が存在するとして離婚を求め、婚姻関係破綻に至った責任が被告にあるとして慰謝料500万円及びそれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、さらに、長女についての親権者を原告とすること及びそれを前提とする養育料の支払を求めた事案である。
1 原告の主張
(1)離婚原因について
 原告及び被告の婚姻関係は、次の①ないし③の事由により破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由が存在する。
① 異常な性癖
 被告は、100本以上もの盗撮ビデオを保有したり、原告と旅行に行った際に女性風呂を覗き見しようとしたりするなど、異常な性癖を有している。
② うつ病
 被告は、気に入らないことがあると1週間以上も部屋に閉じこもって話し合いに応じないなどの態度をとることがあり、そのため、原告は、精神的ショックを受け過呼吸に陥るなどした。その後、被告は、原告に対し、うつ病に罹患し、治療薬を服用していることをうち明けた。
③ 暴力
 被告は、平成12年8月ころ、原被告の間で同居問題について口論となった際、原告の顔面を力一杯殴打する暴力を振るった。
(2)慰謝料請求について
 原告は、被告の上記(1)①ないし③の行為により婚姻関係破綻に追い込まれ、精神的損害を被った。その精神的損害を慰謝するに足りる金額は500万円を下らない。
(3)親権者の指定について
 原告は、現在、自分の両親とともに横浜市内の実家に居住し、長女を保育園に預けながら東京都内の会社に勤めている。長女Aは、3歳と幼少であり、その親権者としては母親である原告が適当である。
(4)養育料請求について
 原告の収入は手取りで月額15万円であり、被告の収入は手取りで月額30万円である。被告の支払う養育料としては、長女Aが成人に達するまで月額5万円が相当である。
2 被告の主張
(1)離婚原因について
① 異常な性癖について
 被告が保有するビデオは、独身のときに友人4、5人とともに購入したもので、友人らが結婚するに際し被告が預かったものである。また、それらは盗撮ビデオではない。
② うつ病について
 被告は、メンタルクリニックに通院し、睡眠薬や精神安定剤を服用していたことがあるが、うつ病ではない。
③ 暴力について
 被告は、原告と口論となった際、話し合いを拒否して出て行った原告の後を追いかけ止めようとしたことがあった。その際、原告に抵抗されたため、押さえようとした被告の左手の拳部が原告の左目わきに当たってしまった。被告は、意識して殴打したものではない。
(2)原告が有責配偶者であることについて
 原告は、婚姻してから1年数か月しか経っていない平成10年1月ころ、株式会社B研究所の同僚であるCと知り合い、恋愛関係に陥った。原告は、被告に対し、仕事上の出張であると嘘をついて平成10年12月11日から13日にかけてCとともに京都旅行に出かけた。原告は、平成11年2月、被告に対し、Cとの交際を清算すると約したが、その後も引き続き手紙のやり取りをしながら交際を継続している。
 原告は、本来であれば離婚理由とならないような不満を指摘し、離婚を求めているが、実際は、Cと恋愛関係に陥ったために被告のことを生理的に受け付けなくなり、長女を連れて一方的に実家に戻るなどして、婚姻関係を破綻させたものである。したがって、このような有責配偶者である原告からの離婚請求は許されないというべきである。
(3)慰謝料請求について
 争う。
(4)親権者の指定について
 争う。
(5)養育料請求について
 争う。
3 争 点
(1)原告と被告の婚姻関係は破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由が存在するか。
(2)原告と被告の婚姻関係が破綻しているとした場合、それは、原告の帰責によるものか。原告からの離婚請求は許されるか。
(3)原告と被告の婚姻関係が破綻しているとした場合、それは、被告の帰責によるものか。
 仮に、被告の帰責によるとして、原告は、それによって精神的損害を被ったか。仮に、原告が精神的損害を被ったとして、その損害額はいくらか。
(4)離婚が認められる場合、原被告間の長女の親権者として、原被告のどちらを指定すべきか。
(5)離婚が認められ、原告が親権者とされる場合、養育料の額はいくらか、また、その終期はいつか。
第3 争点に対する判断
1 証拠、甲1ないし6、乙1ないし6、原告本人、被告本人及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる(なお、冒頭に主な証拠を掲記した。)。
(1)(甲1、5、6、乙1、2、6、原告本人、被告本人)
 原告(昭和49年○月○日生)と被告(昭和39年○月○日生)は、当時勤務していたD株式会社において社内恋愛の末、平成9年4月11日婚姻した。
 原告及び被告は、婚姻前後を通じて、度々口論となることがあった。喧嘩の後、原告は、過呼吸に陥ることがあり、一方、被告は、2、3日自分の部屋に閉じこもることがあった。
(2)(甲5、6、乙2、原告本人、被告本人)
 被告は、押し入れの中に100本位のアダルトビデオを所有し、婚姻前に関係を持った風俗関係の女性についての性的なデータをパソコン上に集積していた。原告は、婚姻後、上記の事実を知り、被告に対する不信感、嫌悪感等を有するようになった。
(3)(甲5、原告本人)
 原告は、平成10年1月ころ、D株式会社を辞め、株式会社B研究所に入社した。原告は、同社において同僚であるCと知り合った。
(4)(甲5、6、乙1、2、3、6、原告本人、被告本人)
 原告は、平成10年11月ころ、妊娠したことに気づき、被告に報告したところ、自分たちの関係は明日にでもどうなるか分からないから堕ろしてほしいと言われ、ショックを受け、過呼吸に陥った。原告は、中絶するかどうか等について悩み、Cに相談したり、自宅を出て1週間程ウィークリーマンションを借りて一人で考えたりした。このような中で、原告は、Cに対して次第に恋愛感情を抱くようになり、同年12月11日、被告に対し、仕事上の出張であると嘘をついて2泊3日の予定でCとともに京都へ旅行に出かけた。原告は、Cから中絶を勧められたことなどもあり、被告に対し、中絶したいと考えていることを伝えた。被告は、激怒し、中絶に強く反対した。
 原告の言動に不信感を持った被告は、原告の周辺を調査し、その結果、原告がCと交際していることを突き止めた。被告は、同年12月30日ころ、原告に対し、今後、Cとは会わないこと、連絡をしないことを要求した。原告は、しばらく沈黙した後、承諾した。なお、原告は、Cとは性的関係は有していない。
(5)(甲5、乙1、2、4、原告本人、被告本人)
 原告は、平成11年2月、被告に対し、再度中絶したいと考えていること、Cから100パーセントの自信がなければ産むべきではないとアドバイスされたこと等を告げた。原告と被告は仕事を休んで1日中話し合ったが、結論が出なかった。そこで、被告は、Cを呼び出して話し合いの機会を持ち、原告に中絶を勧めないように申し入れた。Cは、被告に対し、原告に中絶を勧めたことを謝罪した。
 その後も原告は、中絶することを考えていたが、被告が、産婦人科の医師によるカウンセリングを原告とともに受けたり、原告の両親に原告への説得を依頼するなどした上、将来どのようなことになっても子供の面倒は必ず見ていくと約束したこと及び原告自身体内の生命を尊重しなければならないと考えたことから、被告との婚姻生活をやり直そうと考え、ようやく出産する決心をした。被告は、原告が、精神的に疲れたので退職してしばらく実家で静養したいと言ったことから、その希望に応ずることとした。
(6)(甲5、6、乙1、原告本人、被告本人)
 原告と被告は、夫婦関係を改善していこうと考え、平成11年5月21日、伊東温泉に一泊旅行に出かけた。その際、被告は、旅館の周囲を散歩中、公道上から女性の露天風呂を覗き見た。そして、そのときの状況や心情等を日記帳に書き留めた。
原告は、同年6月には自宅へ戻り、週に1、2回実家に帰るようになり、被告とともに両親学級に参加したり、出産準備のために買い物に行ったりした。原告は、同年7月8日長女Aを出産し、1月ほど実家で過ごした後、自宅に戻った。
(7)(甲4、5、6、乙1、2、原告本人、被告本人)
 原告は、出産後自宅に戻ってから、被告が口を利かなったこと、毎晩遅く帰宅し、週末も黙って出かけてしまうこと等から、不信に思い、平成11年8月ころ、被告の日記帳を見た。すると、被告が夜中にアダルトビデオを見ていたり、夜及び週末にパチンコに行っていたこと、さらに、同年5月21日に伊東温泉へ旅行に行った際に女性の露天風呂を覗き見ていたことが判明した。原告は、自分の妊娠中に、しかも婚姻関係を改善しようとするための旅行中に、被告が上記のような行為に及び、その状況や心情を日記帳に書き留めていたことを知り、衝撃を受けた。原告は、もはや被告との婚姻生活を継続していくことはできないと考え、被告に離婚を申し出たが、被告の応ずるところとはならなかった。被告は、原告に謝罪し、子供に対して父親らしいことを何一つしていないのでせめてあと1年は一緒にいさせてほしいと申し入れた。原告は、自分には指1本触れないこと及び将来離婚することを条件に被告の申入れを承諾した。なお、原告と被告の間には、同年5月以降、性的関係はない。
(8)(甲5、乙1、2、原告本人、被告本人)
 被告は、平成10年10月ころから軽いうつ状態があったことからメンタルクリニックに通院し、睡眠薬や精神安定剤の処方を受けていたが、平成11年冬ころからD株式会社を休みがちになり、夕方ころまで寝ていることが多くなった。さらに、平成12年1月ころからはほとんど出社しないようになり、1日中寝てばかりいるようになった。そのため、原告が不安になって問い詰めると、被告は、うつ状態がひどくて休養しなくてはならないと答えた。原告は、被告の状態に危機感を感じ、再就職のために都立E専門学校を受験して合格し、同年4月入学した。
(9)(甲5、6、乙1、2、5、6、原告本人、被告本人)
 被告は、平成12年1月、D株式会社を退職し、同年4月、F株式会社に就職し、同年5月末ころ沼津支店に配属となった。被告は、沼津市に単身赴任し、週末のみ自宅に帰るという生活をするようになった。原告は、このころ、Cと再びメール等のやり取りをするようになった。
 被告は、同年6月ころ、原告が専門学校の男性の友人らと親しくしていることやCと連絡を取っていること等を知り、感情的になって原告を問い詰め、口論となった。被告は、原告に対し、「もう分かっていると思うけど離婚します。荷物をまとめて出て行って下さい。」と申し入れた。しかし、被告は、実際に原告が荷物をまとめた様子を見ると、態度を急変させ、Cとメールのやり取りをしたこと等を責め立て出した。そのため、原告は、被告に対し、今後、Cとは一切連絡を取らないことを再度約束した。原告は、それ以来Cとは連絡をとっていない。
(10)(甲6、乙1、6、原告本人)
 その後、原告は、子供の前では良き父、母でいようという被告の言葉を尊重し、長女の誕生日に沼津市へ行ったり、週末ごとに買い物やレジャー施設へ行ったりした。そうこうするうちに、1年という当初の約束について、被告がそんなことを言った覚えはないと言い出したことから、原告は、困惑し、被告に対する嫌悪感を露にするようになった。
(11)(甲5、6、乙1、2、原告本人、被告本人)
 被告は、平成12年8月ころ、原告に対し沼津市へ来るように要求した。原告は、そのような気持ちがなかったことからそれを断って学校に行こうとして自宅を出た。すると、被告は、原告を追いかけ、腕を掴んで止めようとした。原告は、被告に対し、「こんな仮面生活は送りたくない。静岡なんて行きたくない。」とはっきりと伝えた。被告は、激怒し、原告の顔面を殴打した。
(12)(甲5、6、乙1、6、原告本人、被告本人)
 原告は、平成12年10月ころ、被告に対し、面と向かって話し合うことについて恐怖感を感じるので長女に会いたいときは実家に来てほしいと告げ、被告が帰宅する週末ごとに実家に帰るようになった。これに対し、被告は、このような生活を続けるのであれば調停を考えると言った。
 その後、原告は、同年11月、調停を申し立てられると周囲に迷惑がかかると考え、週末に実家に戻ることはしなくなった。しかし、原告は、平成13年6月ころになると、被告に対し、被告の顔を見るとどうしても嫌な態度をとってしまう、3人で外出することも子供のためだと分かっていても笑ってすごす自信がないと言うようになった。
(13)(甲5、6、乙1、2、6、原告本人、被告本人)
 その後、原告及び被告は、離婚についての話し合いを数回持ち、途中、被告が協議離婚に応ずるかもしれないから希望条件を提示するように求めたこともあったが、最終的な合意には至らなかった。原告は、平成13年9月、離婚のための調停を申し立てたが、不成立となったので、平成14年3月、長女とともに自宅を出て実家に戻った。被告は、現在でも自宅のための家賃を支払っており、郵便局の口座に生活費として毎月10万円を送金している。
 原告は、一連の経緯から、被告を生理的に受け付けることができないと感じるに至り、被告との婚姻生活を維持していく意欲を完全に喪失している。一方、被告は、原告に対し、夫婦関係における最低限のルールを自覚し、過去の過ちを素直に反省してほしいとの希望を有しており、婚姻生活をやり直す気持ちがあるのであれば協力を惜しまないと考えている。
(14)(甲5、6、原告本人)
 原告は、現在、自分の両親とともに実家に居住し、長女を保育園に預けながら東京都内の会社に勤めている。長女はアレルギー体質のため、食品制限があり、原告が健康管理に注意している。また、原告は、両親の協力を得て、月2回の割合で被告を長女に面会させている。
(15)(被告本人、弁論の全趣旨)
 被告の手取り月収は、約32、3万円であり、社宅の費用として月5万円を負担しているほか、債務の負担はない。原告の手取り月収は、約15万円である。被告は、長女の養育料として、月額5万円を相当な金額であると考えている。
2 争点(1)(原告と被告の婚姻関係は破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由が存在するか。)について
 1(13)において認定した事実を総合すると、被告は原告が婚姻生活をやり直す気持ちになるのであれば協力を惜しまない等と考えていることが認められるが、一方において、原告は被告を生理的に受け付けないと感じるに至り、被告との婚姻関係を維持していく意欲を完全に喪失していること、現実においても原告と被告は平成14年3月以降別居しており、その解消の見込みは立っていないことが認められる。そして、上記のように、原告が被告を生理的に受け付けないと感じ、婚姻関係を維持していく意欲を完全に喪失したのは、自分の妊娠中に、しかも婚姻関係を改善しようとするための旅行中に被告が女性の露天風呂を覗き見ていたこと及びその状況や心情等を日記帳に書き留めていたことを知って衝撃を受けたこと並びに被告の性的な趣味について嫌悪感、不信感等を有するようになったこと等に基づくものと認められる。結局、これらの事情を総合すると、原告と被告の婚姻関係は破綻したものというべきであり、それは、婚姻を継続し難い重大な事由に当たると解される。
3 争点(2)(原告と被告の婚姻関係が破綻しているとした場合、それは、原告の帰責によるものか。原告からの離婚請求は許されるか。)について
 被告は、原告がCと恋愛関係に陥り、その結果被告を生理的に受け付けなくなり、そのために婚姻関係が破綻したものであるから、原告は有責配偶者であると主張する。
 確かに、1(4)において認定したとおり、原告はCに対し恋愛感情を抱き、被告に嘘をついて旅行に出掛けるなど配偶者を有する者としてふさわしくない言動をとったことが認められる。しかしながら、原告は、被告からCとの関係を問い質された結果Cとは会ったり連絡したりしないことを約し、平成12年5月ころまではその約束を守ったこと、苦悩の末最終的には被告との婚姻生活をやり直し、出産する決意をしたこと、出産後しばらくの間は原告と被告の婚姻生活は平穏に推移したことが認められる。そして、2において検討したとおり、原告の離婚の決意は、出産後である平成11年8月ころ被告が女性の露天風呂を覗き見ていたこと等を知ったことを契機とするものであること、原告は平成12年6月以降はCとの連絡を絶っていることが認められる。このような事実を総合すると、原告とCとの関係によって直ちに原告と被告の婚姻生活が破綻したということはできないと解される。
 したがって、原告は、有責配偶者であるということはできず、原告からの離婚請求は許されるというべきである。
4 争点(3)(原告と被告の婚姻関係が破綻しているとした場合、それは、被告の帰責によるものか。仮に、被告の帰責によるとして、原告は、それによって精神的損害を被ったか。仮に、原告が精神的損害を被ったとして、その損害額はいくらか。)について
原告は、被告が異常な性癖を有していること、うつ病に罹患していること及び被告による暴力行為を離婚原因として掲げ、被告の帰責によって婚姻関係が破綻したと主張する。
 そこで、検討するに、1(7)において認定したとおり、原告は自分の妊娠中であってしかも婚姻関係を改善しようとするための旅行中に被告が女性の露天風呂を覗き見ていたこと等を知って衝撃を受けたこと、さらに、従前から有していた被告の性的な趣味に対する嫌悪感、不信感等も相俟って被告を生理的に受け付けることができないと感じ、離婚を決意するに至ったこと、その後原告と被告は夫婦として、あるいは、長女の両親としての形を維持したまま生活をしたものの結局原告の被告に対する嫌悪感、不信感等は回復しなかったこと、そして、平成12年8月ころの被告の原告に対する暴力等を経て、原告の被告に対する拒絶感が増強していったこと等が認められる。
 しかしながら、被告による露天風呂の覗き見の態様は極めて悪質とまではいえないこと、被告は原告からその件で責められたときも素直に謝罪していること、また、被告の性的な趣味については個人の嗜好の範囲内に止まると解することも可能であること、被告の原告に対する暴力は回数にしても1度きりであり、その態様も偶発的なものであり悪質とまではいえないこと、さらに、原告の主張する被告のうつ病の点についても、確かに病状が悪化した時期はあったもののそれ自体が離婚の原因となったとはいえないこと等が認められる。また、1(4)、(5)において認定したとおり、被告は、原告とCとの交際が発覚した際、妊娠中であった原告の身体を思いやり冷静に対処したこと、中絶について悩む原告を思いとどまらせようと努力したこと、その後も婚姻関係を改善しようとしたこと等が認められる。
 結局のところ、これらの事実を総合すると、原告が露天風呂の件等を契機として離婚を決意したとしても、原告と被告の婚姻関係が破綻したのは、双方の物の考え方、価値観等に由来する部分が大きいといえ、被告のみの責めに帰すべき事由に基づくものとまではいうことができないと解される。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告に対する慰謝料請求は理由がない。
5 争点(4)(離婚が認められる場合、原被告間の長女の親権者として、原被告のどちらを指定すべきか。)について
 1(14)において認定したとおり、長女は3歳の女児であること、原告は自分の両親とともに横浜市内の実家に居住し、長女を保育園に預けながら東京都内の会社に勤めていること、長女はアレルギー体質のため、食品制限があり、原告が健康管理に注意して養育していること、原告は両親の協力を得て月2回の割合で被告を長女に面会させていること等の事実が認められ、その他本件に顕れた一切の事情を総合すると、長女の親権者としては原告を指定するのが相当である。
6 争点(5)(離婚が認められ、原告が親権者とされる場合、養育料の額はいくらか、また、その終期はいつか。)について
 1(15)において認定したとおり、被告の手取り月収は約32.3万円であり、社宅の費用として月5万円を負担しているほか、債務の負担はないこと、原告の手取り月収は約15万円であること、被告は長女の養育料として月額5万円を相当な金額であると考えていることが認められ、その他本件に顕れた一切の事情を総合すると、被告が原告に対し本件離婚裁判確定の日から長女が成人に達するまで毎月末日限り5万円を養育料として支払うのが相当である。
東京地方裁判所民事第17部 裁判官細矢郁

-判例17(判決文)-夫の精神的・肉体的虐待による妻の離婚請求を認定
東京家庭裁判所判決 平成16年(タ)第52号
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文1項と同旨
第2 事案の概要
1 本件は、妻である原告から、夫である被告に対し、離婚を求めた事案である。
2 前提事実
(1)原告(昭和**年*月*日生)と被告(昭和**年*月*日生)は、昭和58年5月23日に婚姻した(甲1)。
平成15年当時、原告は、A大学文学部教育学科の助教授であり、被告は、B大学教育学部教授兼C大学講師を務めており、著名な作曲家でもあった(弁論の全趣旨)。
(2)原告は、平成15年8月14日に家出をし、その後、被告との別居が続いている(原告本人、甲25)。
3 当事者の主張
(1)原告の主張
ア 被告は、婚姻後は、その前の同棲中から見られた、原告に対し過剰に干渉し束縛しようとする傾向がますます強くなり、自分の気に入らないことがあると、感情を爆発させ、暴言の限りを尽くし、執拗に原告を責め立て、時に激高すると、原告の頭部や顔面を殴ったり蹴ったりする暴力を振るった。原告は、僧房弁逸脱症候群の持病があり、強いストレスがあると、動悸、胸部圧迫感、不整脈の症状が出現するところ、被告は、原告をいたわるどころか、しばしば「さっさと心臓移植でもしてこい。」等の残酷な言葉を投げつけた。また、原告は、平成8年11月にメニエール病が悪化して緊急入院したが、被告から「なぜ突然入院した。人の不便も考えろ。」といわれ、わずか5日間で退院し、帰宅するや、廊下に座らされ、一晩中文句をいわれ、患部側の側頭部を殴打され、膝や臀部を足蹴にされるなどし、このうえない恐怖を体験させられ、その後も被告の暴言により原告の症状が悪化することがあった。家出前の数年間は、被告の身体的暴力はほとんどなくなったものの、被告の暴言はエスカレートする一方であり、平成14年夏以降は、原告は、昼夜逆転状態になった被告から、深夜に食事を作ることを要求されたり、眠るのを妨害されたりして拷問に近いような生活を強いられるようになった。そして、平成15年7月に至って、被告が、原告の実父の葬儀に関して行違いが生じて義弟から原告に対し親戚付合いを遠慮したい旨の申入れがあったことを知るや、怒り狂い、「無礼なやつだ。引きずり出して謝らせろ。」などと怒鳴り、義弟宅のみならず義弟の実家にまで、しかも、非常識な時間帯に電話をかけ、同年8月になると、義弟に対する怒りをエスカレートさせ、原告に対し「連れてきて土下座して謝らせろ。」「お前が行って連れて来い。断ったら刺せ。」などと命じ、原告がこれに従わないでいると、「犬を殺すぞ」などと原告を脅した。同月14日早朝にも同様のことが繰り返され、被告の形相のすごさもあって、原告は、このままでは自分や妹夫婦が殺されるかもしれないとの危険を感じ、家を出た。原告は、その後、病院で受診したところ、外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)の診断を受けた。
 被告は、その後、原告の携帯電話に異常に多数回にわたって、しかも、異常な時間帯にかけ続け、原告の勤務するA大学にも手紙や葉書を送り続け、また、A大学に2度にわたって押し掛けたりもした。
 以上のとおりであるから、原被告間の婚姻関係が破綻していることは明らかである。
イ 原告は、D大学大学院教育学研究科助教授E(以下「E」という。)とは知り合いであるが、同人との間に不貞関係は全くない。
(2)被告の主張
ア 被告の原告に対する身体的精神的虐待の事実はすべて否認する。これらはすべて虚偽であるか、原告が罹患している更年期性うつ病に起因する幻覚である。
 被告と原告との婚姻関係は、原告が家出するまで極めて良好円満であった。すなわち、平成15年4月30日には原告の実父が死亡したが、葬儀の仕様について対立して欠席した原告に代わって被告が出席し、通夜葬儀のすべてにわたって、遺族として弔問客の対応等をした。また、同年6月13日から同月15日まで、被告は、原告のほか、原告の実母、実妹らとともに、**の温泉旅館に投宿し、原告に実父の看病疲れを癒してもらった。同年7月ころには、原告は、被告の賛意を得て、同年8月中のスイスツアーを企画し、準備をしていた。そして、同年8月12日、13日には、原被告夫婦は、いずれも被告の知人と会食を楽しみ、同月12日の夜には性行為にまで及んでいる。
イ 原告は、Eとは数年前から研究会等を通じて知り合い、かねてより交際していたが、原告の家出後は、Eが原告の自宅に通うなどの方法で男女関係を発展・継続させている。原告が本訴において被告が身体的精神的虐待を加えていたと主張するのは、Eとの不貞関係を隠蔽するために仕組まれた偽装工作にほかならない。原告の離婚請求の目的は、原告とEとの不貞関係を継続するためであるから、原告は有責配偶者に当たり、本件請求は棄却されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 甲4ないし11、15ないし34、39、乙13、原告本人、被告本人及び弁論の全趣旨によると、以下のとおり認められる。
(1)原告は、C大学の学生であった昭和52年、同大学の先輩であった被告と知り合い、昭和53年10月ころから被告の実家の別棟において同棲し始め、前記のとおり昭和58年5月23日に婚姻した。
(2)被告は、同棲中から原告に過剰に干渉し束縛しようとする傾向が見られ、婚姻後は、気に入らないことがあると、感情を爆発させ、暴言を繰り返し、執拗に原告を責め続けることがあり、また、激高すると、原告の頭や顔を殴ったり、蹴ったりすることがあり、さらに、対外的に抗議をしたりするときには、原告に押し付けて被告の指示どおり発言させるなどしていた。
原告は、それらのことによるストレスもあって、十二指腸潰瘍や過敏性大腸炎を発症したことがあった。
(3)原告は、僧房弁逸脱症候群の持病があり、被告から暴力や暴言を受けて、動悸、胸部圧迫感、不整脈の症状が現れたりしたことがあり、また、被告から「さっさと心臓移植でもしてこい。」などの暴言を浴びせられたことがあった。
(4)原告は、平成8年4月からA大学教育学部講師を務めていたが、そのころメニエール病を発症し、同年11月には難聴の症状が強くなり、緊急入院した。しかし、被告から「なぜ突然入院した。人の不便も考えろ。」といわれ、わずか5日間の入院のみで退院した。原告は、退院して帰宅した夜に、一晩中、被告から、廊下に座らさせ、文句をいわれ続け、患部側の側頭部を平手打ちされるなどの暴行を受け、このうえない恐怖を体験した。被告は、その後もしばしば、原告が入院したことを持ち出し、原告に対し、「都合が悪いから具合が悪いふりをする。」「いつまでもぐずぐずしやがって」「いっそ、聞こえなくなる手術でもして来い。」などと暴言を吐いた。
(5)平成11年4月、原告は、全学生を対象とした新学期のガイダンスに出席しなければならなかったが、その前日になって、被告から、被告の仕事上の挨拶に同行することを強いられ、A大学の同僚らに対しては電話をかけ、家庭を優先するためガイダンスに欠席する旨の話をさせられた。被告は、その側にいて、原告に対し、怒鳴りながら会話内容を指示していた。
(6)家出前の数年間は、被告による身体的暴力はほとんどなくなったが、逆に被告の暴言はエスカレートする一方であり、特に家出前の1年間は、異常な言動により原告に対し眠らせない生活を強いるようになった。
 すなわち、平成14年夏ころから被告の生活が昼夜逆転し、被告は、連日のように午前3時から5時ころになると、原告に対し、食事を作ることを要求し、すぐに従わないと怒りを爆発させ、テーブルをたたいたり、床を蹴ったりするなどした。また、原告が朦朧状態で椅子に座っていると、「顔を洗ってこい。」などといいながら、原告の前のテーブルをたたき、眠らせず、午前6時ころまで被告の世話をすることを要求した(なお、原告は、平成14年9月から1年間の長期休暇に入っていた。)。
 また、被告は、十数年かわいがっていた愛犬に対しても、「うるさい、殺してしまえ。」などといいながら、腹を蹴飛ばしたり、たたいたりすることがあった。
(7)平成15年4月30日、原告の実父が死亡し、その葬儀に関して原告と義弟との間で行違いが生じ、義弟から原告に対し親戚付合いを遠慮したい旨の申入れがあったところ、同年7月に至ってこの事実を知った被告は、怒り狂い、義弟を非難し、義弟方やその実家に対し、非常識な時間帯に電話をかけ、原告に対しても「義弟の職場に乗り込んで仕事を辞めさせてやる。」などと怒鳴るようになった。そして、同年8月に入ると、義弟に対する怒りをエスカレートさせ、原告に対し「連れてきて土下座させろ。」「謝らないなら、殺してやる。」「お前が行って連れて来い。断ったら刺せ。」「女房なのだから、お前が刺せ。」などと怒鳴り、原告が義弟方に行かず、電話もしないでいると、「犬を殺すぞ。」などと原告を脅したりした。
(8)同年8月14日朝、被告は、原告に対し、「義弟の実家に電話をして、義弟に謝らせるようにいえ。」「義弟方を探し出し、義弟を連れてきて土下座して謝らせろ。」と指示され、原告が躊躇していると、「犬を殺すぞ。」と脅すなどした。原告は、被告の形相の異常さなどから、このままでは自分のみならず妹夫婦にも危害が及ぶおそれがあると感じ、被告から逃げるほかないと考え、同日家出をし、東京都女性相談センター(シェルター)に駆け込み、保護を求めた。
(9)被告は、同月15日から数日間にわたり、原告の実家に対し、原告宛のファックスを数通送り、原告の早期の帰宅を求め、原告との復縁を切望する意思を表しているが、その中で「この1年、なにかと○○ちゃんに辛くあたってしまいました。」、「本当に可愛想なことをした。ボクのおごりでした。ボクがもっともっと大切にすればよかった。今までかけてきたストレスは、一生かけても償いますから、どうぞ**(愛犬)と一緒に○○ちゃんの顔を見せて下さい。」「××君(義弟)のことももういいませんから」などと記載している。
(10)原告は、同月22日、F病院で受診し、PTSDの診断を受けた。その後も、同病院神経精神科に通院し、同年10月20日に同科のG医師の意見書が作成された。これによると、原告には反復的・侵入的想起、夢、離現実感、解離性健忘、感情の麻痺、睡眠障害、集中困難、過剰な警戒心等の症状があるところ、これらの症状は、被告による身体的、精神的暴力という、生命に危険が生じたり、重症を負うような外傷的出来事に直面したために生じた、強い恐怖感、無力感、戦慄を伴った反応であり、DSM-IV-TR(診断基準)に照らしてPTSDと診断したというものである。また、同医師によると、原告には抑うつ症状も見られたが、これもPTSDによるものという。
(11)原告は、原告訴訟代理人らに依頼し、同年9月30日には東京家庭裁判所に対し離婚調停の申立をした。そして、原告訴訟代理人らは、それに先立ち、同月5日及び同月21日、被告に対し、原告は離婚する意思であることを伝えるとともに、原告に対する電話・書簡による連絡は避けて原告訴訟代理人を介してするように要請した。
 しかし、被告は、同月21日に届いた書面を確認したにもかかわらず、その後においても、原告の携帯電話に執拗に、かつ、時間帯を問わず、かけるとともに、A大学に手紙や葉書を送るなどした。そして、被告は、同年12月19日には、実父を同行してA大学に押し掛け、同大学職員に対し、原告が講義をしていたと思われた教室の解錠を執拗に要求し、開けない限りいつまでもねばるといいながら、窓から飛び降りるような仕草をし、同大学職員らを困らせるなどした。
(12)被告は、平成16年1月2日、一時中止していた原告に対する電話を再開し、執拗に時間を選ばずかけ続けた。原告は、同月6日、東京地方裁判所に対し、被告を債務者として、つきまとい行為や原告の自宅及び勤務先に立ち入ることの禁止を求める仮処分決定の申立をし、同月26日その旨の仮処分決定を得た。
 この間、被告は、原告にかけた電話の中で「ぼくはDVではないので、絶対に捕まりません。」「ぼくを犯罪者に仕立てないでくれよ。」「ぼくを追い込まないほうがいいと思うよ。」「○○の病気がPTSDというのは誤診であり、正しくは更年期性のうつ病に伴う誇大被害妄想狂である。」、「調停や禁止命令を撤回しなさい。」「離婚をしたらむしろ逆に○○のストレスは溜まっていきますよ。追い込まれていくからね。ぼくは徹底的に探す。離婚をしたら。」「○○の選択肢は2つしかない。ぼくのところへ戻って来るか、自分も死ぬか、いいですか。」「早く正気に戻って、あんな弁護士からは切れなさいよ。身包みはがされるよ。」などと述べ、また、同月9日には、再びA大学に行き、原告がいると思われる教室に侵入しようとしたが、警備員に制止され退去させられた。
(13)ところで、原告は、平成8年4月にA大学文学部**講座の助教授に就任したEと同僚として交遊があり、平成9年初めころには、カウンセリングに関する高度の知識と技術を有する同人に対し、メニエール病により仕事が続けられるかどうかについて相談を持ちかけたことがあった。平成9年4月にはEがD大学に移ったため、互いの論文のやりとり程度の交際にとどまっていたが、平成15年10月中旬、原告が出版した本についてEと話す機会があった際、Eに悩みを打ち明けた。原告は、家出以来、いつ被告に探し出されるかという不安に追われ、かつ、婚姻期間中に被告から受けた恐怖によるフラッシュバックに悩まされるなどしていたため、信頼できる相談相手ないし治療者を求めていた。原告は、以後、Eから主に原告の自宅において月に数回程度カウンセリングを受けているが、あくまでもそれにとどまり、原告とEとの間に男女関係はない(原告本人尋問実施の際、Eは、原告のことを心配して、妻を伴って傍聴席に現れた。)。
2 以上の認定事実によると、原被告間の婚姻関係は、長年にわたる被告の原告に対する身体的精神的虐待によって原告の意思が被告から離反して家出し、別居が継続してもはや修復の余地がなくなっており、客観的に破綻を来しているものと認められるから、婚姻を継続し難い重大な事由があるというべきである。
 被告は、原告が主張する被告の身体的精神的虐待の存在を否定し、これらは更年期性うつ病に罹患している原告の被害妄想によるものであると主張するけれども、前記認定のような原告の家出直後に被告が原告の実母方に送付した原告宛のファックスの記載内容や家出後における被告の異常な言動等に照らすと、原告本人の供述(原告作成の陳述書の記載も含む。)は信用性があるのに対し、被告本人の供述(被告作成の陳述書の記載も含む。)は信用性を欠くものといえるから、被告の主張は採用することができない。
 もっとも、乙1、13、原告本人、被告本人及び弁論の全趣旨によると、原被告夫婦は、平成15年6月中旬ころに原告の実母や妹らとともに**の温泉に投宿したり、家出直前には、夫婦で浜松に出かけたり、知人を交えて食事をしたりしていることが認められるけれども、原被告間には身体的精神的虐待以外の夫婦としての通常の生活の部分があったことは否定できないところであるから、上記認定のような原被告の行為があったからといって被告の原告に対する身体的精神的虐待がなかったとはいえない。
 また、被告は、原告はEとの間で不貞行為に及んでおり、これを続けるために本訴を提起したものであり、被告の原告に対する身体的精神的虐待があると主張するのも上記不貞行為を隠すための偽装工作であるから、原告は有責配偶者に当たる旨主張するけれども、前記認定のとおり、原告は、家出後にEのカウンセリングを受けているにすぎないものであり、原告とEとの間に不貞行為があるとは認められず、また、被告の原告に対する身体的精神的虐待があったことは前記認定のとおりであり、原告は有責配偶者には当たらないから、被告の主張は採用することができない。
3 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第41部 裁判官坂井満

-判例18(判決文)-夫の暴力による離婚、妻を親権者と認定、慰謝料を命じた
神戸地方裁判所判決 平成12年(タ)114
・平成12年4月12日に妻が行った離婚調停が不成立。
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 被告は原告に対し、金900万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 原告と被告間の長女A(昭和60年11月11日出生)及び二女B(昭和62年8月25日出生)の親権者を、いずれも原告と定める。
四 被告は原告に対し、長女A及び二女Bの養育費として、本判決確定の日の翌日から同人らが成人に達するまで、毎月末日限り、1か月あたり各金7万円の割合による金員を支払え。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び争点
第一 申立
一 主文一項と同じ
二 被告は原告に対し、金2135万円及び内金1000万円に対する平成12年12月4日から、内金1135万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 主文三項と同じ
四 被告は原告に対し、長女Aの養育費として、平成12年2月から平成20年3月まで1か月金15万円の、二女Bの養育費として、平成12年2月から平成22年3月まで1か月金15万円の、各割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 証拠と弁論の全趣旨により容易に認定できる事実
1 原告と被告は、原告が学生時代に岡山で被告と知り合い、昭和59年11月14日に婚姻届出をした夫婦であり、両名間には長女A(昭和60年11月11日出生)と二女B(昭和62年8月25日出生)の2子がいる。
2 原告と被告は、婚姻後芦屋のマンションで生活してきたが、原告にとっては初めて暮らす土地であり、近所に友人や知人はいなかった。
3 原告は、二女を出産した後の昭和63年頃、うつ病という診断を受け、投薬治療を受けたが、薬を大量に服用して自殺未遂事件をおこしたことが2年間のうちに4、5回あった。平成元年にも自殺未遂事件をおこした。このころから、原告は、近くのカトリック教会に通うようになった。
4 平成5年冬、原告は、灯油缶とライターをもって近所の公園で焼身自殺を図ろうとしたが、中止した。平成6年3月頃にも、原告は、除草剤を飲んで自殺を図った。
5 平成8年4月8日頃、被告は、飲酒の上原告に暴力を振るった。
6 平成12年1月、原告は2子とともに自宅を出て、以後被告と別居したままである。
7 同年2月27日、被告は、義兄Cを通じて、原告の実家に原告名義の預貯金の払戻しを停止するよう指示した。同年3月1日頃には、被告は、垂水警察署に原告と2子の捜索願を提出した。
8 同年3月6日、被告はDを相手に、Dが原告と同性愛関係にあり、不貞行為にあたるとして、損害賠償を請求する訴訟(神戸地方裁判所平成12年(ワ)第497号)を提起し、同時に、Dがその夫と共有する自宅マンションの仮差押を申し立てた。同月10日、神戸地方裁判所は仮差押の決定をした。同訴訟について、同裁判所は、同年10月26日、被告の請求を棄却する判決を言い渡したが、被告は控訴を提起した。大阪高等裁判所は、平成13年3月23日、被告の控訴を棄却する判決を言い渡したが、被告は上告した。(甲14、25、乙8)
9 平成12年4月12日、原告が申し立てていた離婚調停が不成立となった。同月15日、被告はCとともに原告の実家を訪れ、原告に離婚訴訟を提起させないよう訴えた。
10 同年5月16日、被告とCは兵庫県弁護士会に対し、原告代理人のE弁護士の懲戒を申し立てた。その理由は、同弁護士が、Dの訴訟代理人として、原告と被告間の夫婦関係を問題にしたことがプライバシーの侵害もしくは名誉毀損にあたるというものであった。同弁護士会は、同年11月17日、同弁護士を懲戒しないことを相当とするとの議決をしたが、被告らは、日本弁護士連合会に異議申出をした。同連合会は、平成13年3月13日、異議申出を棄却するのを相当とするとの議決をした。(甲21ないし24)
11 平成12年5月21日頃、原告が同月15日に自宅から家財道具、衣類等を持ち出したことについて、被告は、<A>警察署に窃盗の被害届を提出するとともに、原告らの捜索願を提出した。同年6月上旬、被告は、長女Aの通学する中学校の担当教師に対し、母親である原告が精神的に不安定であるので長女が心配であると伝えた。担任に呼ばれたAは、自分は被告との生活に戻りたくないと伝えた。
二 争点に関する双方の主張
1 離婚原因
(原告)
 被告は、結婚当初に、かつて同棲していた女性を引き合いに出し、「前の女には殴ったり蹴ったりしていたけど、それはその女に分からせるために、その女のためになるからやってたけど、お前には手を出さないでおこうと思う。」などと脅迫めいたことを原告にいい、原告に恐怖感、威圧感を与えて、原告を精神的に支配しようとしてきた。性生活においても、被告は、原告の体調や感情を無視して、いかなる状況においてもこれに応じさせようとし、原告は性交渉を度々強要されてきた。
 二女出産後、原告はうつ病と診断され、被告との生活こそが原告を苦しませる最大の原因であり、薬を服用しても治らないという絶望感に苛まれて、度々自殺未遂事件をおこした。原告は、カトリック教会に通うようになってから、被告との関係について相談にのってもらうようになった。
 平成4年9月頃、原告が被告との性交渉を、体調が悪かったので拒否したところ、被告は、原告の顔面を拳で殴り、腕を掴んで引っ張り、逃げようとする原告を押さえつけ、髪の毛を引っ張るなどの暴行を加えた。この後、原告は、二女の通う幼稚園の母親仲間であるDに相談して、夜、子らとともにD宅で泊めてもらうようになったが、一度、被告が原告を自宅に呼び出し、自宅に戻った原告の腕を掴んで、門から玄関まで力づくで引きずり回し、屋内で、原告の顔面を拳で殴り、髪の毛を引っ張るなどの暴行を加えた。
そして、被告は、原告とDとの関係を疑い、Dと肉体関係にあるのかと執拗に原告を追及するようになった。平成5年頃になると、被告は、原告だけではなく、被告から暴力を振るわれていた原告にしがみついていた二女を原告から引き離して投げ飛ばすことまでした。この後、原告と子らは教会に2週間ほど避難させてもらったが、被告が暴力を振るわないと約束したので、自宅に戻った。
その後も、被告の態度は変わらず、原告は自殺未遂事件を繰り返していた。平成8年4月8日頃には、被告が飲酒の上、原告の顔面を拳で殴り、腕を掴んで体を引きずり回す暴行を加えただけでなく、原告を強姦し、さらに、一部始終を見て原告に泣きついてきた二女にも暴力を振るった。
 その後も、被告の暴力は収まらず、原告は子らとともに家を出て、被告と別居するに至った。
 以上のような被告の日常的な暴力(ドメスティックバイオレンス)は、夫婦という完結した人間関係において、夫が妻に暴力を振るうことで自己の力を誇示し、確認するという夫の病的な心理が原因であり、暴力が介在する夫婦においては、その関係性が確立しており、被害者である妻に与える著しい人権侵害行為である。原告と被告との婚姻関係は、このような被告の行為により破綻したもので、婚姻を継続し難い重大な事由があるというべきである。
(被告)
 被告は、平成8年4月8日頃の1回しか原告に暴力を振るったことはない。原告の主張は、虚偽と誇張に満ちており、悪意すら感じる。
 被告は、①大学大学院工学研究科を修了後、株式会社甲に就職し、大規模ダム、湖沼等の水質管理、水質調査等の業務に従事してきた実直な会社員である。その業務は、極めて高度な専門的知識を要するものであり、当然ながら被告は高度の人格、教養、知識を有しており、その性格も温厚そのものである。一方、原告は、以前より精神的疾患を有しており、被告はこれまで献身的看護等に努めてきたが、この誠意が原告には通じず、逆に本訴提起に及んだ。
 原告が家を出て別居するに至ったのは、原告とDとの同性愛関係が唯一の原因である。
 原告は元々うつ病の持病を有していた。また、うつ病の外的要因としては、子らの養育問題、二女の幼稚園の父兄らとの軋轢がある。
2 慰謝料
(原告)
 被告の暴力等による支配に終始した婚姻生活及びその破綻等により被った原告の精神的苦痛に対する慰謝料の金額は、金1000万円を下らない。
(被告)
 離婚原因に関する原告の主張は虚偽であり、慰謝料請求は理由がない。
3 財産分与
(原告)
 原告が把握できる夫婦共有財産は被告名義の自宅不動産しかない。自宅不動産は、平成11年度の評価額合計が4149万円であり、住宅ローンの残債が平成12年1月時点で約1879万円であるから、実質的価値2270万円の半額1135万円を被告から原告に分与するのが相当である。
(被告)
 自宅不動産のうち、土地は、昭和62年に被告の特有財産である預金、現金により購入した。建物については、平成11年度の評価額が433万0300円であり、住宅ローンの残高が約1879万円である。また、専業主婦の場合、財産分与にあたって採用されるべき数値は、1ないし3割である。
4 親権及び養育費
(原告)
 被告の暴力に対する子らの不安、恐怖は大きく、子らは現在原告と穏やかに生活している。したがって、子らの幸福のためには原告を親権者に指定するのが相当である。
被告は、年収1300万円程度であり、子らの大学等の費用も考慮すれば、養育費は子らそれぞれに月額15万円とするのが相当である。
(被告)
 特別の例外を除くと、裁判上の養育費の認定額は、子1名あたり3ないし5万円であり、本件でもこの基準に従うべきである。
理由
一 離婚原因
1 証拠(甲4ないし6、15、16ー但し一部、甲17ないし20、乙1ー但し一部、乙2ー但し一部、乙20ー但し一部、乙21ないし23、原告本人、被告本人ー但し一部)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
① 婚姻当初から、被告は、原告に対し、例えば「岡山弁は汚いので標準語で話せ。」とか、「食事は俺が帰るまで待ってろ。」などと命令し、また、被告が学生時代に同棲していた女性のことを引き合いに出して「前の女には殴ったり蹴ったりしたけど、それはその女に分からせるために、その女のためになるからやっていたけど、お前には手をださないでおこうと思う。」などといって、暴力は振るわなかったものの、言葉により原告を支配しようとした。その結果、原告は、被告に逆らえば暴力を受けるかもしれないと被告を恐れ、できるだけ原告に逆らわないよう神経を集中してきた。
② 被告は、原告の意思を無視して、性交渉を強要することがあった。二女の出産直前にも性交渉を強要された。
③ 原告は二女出産後しばらくして、うつ病との診断を受けた。大阪の乙病院の心療内科で投薬治療等を受けていたが、薬を大量に服用して自殺を図るという事件をおこし、その後度々自殺未遂事件を繰り返した。
④ こうしたことから、従前は被告が許さなかったカトリック教会に行くことを許され、原告は、平成元年頃から北須磨カトリック教会に通うようになった。
⑤ 平成4年4月、二女が幼稚園に入園し、原告は母親仲間のDと知り合った。原告は教会の関係者から自己の意思を大切にするようにとの助言を受けたことから、同年9月頃、被告との性交渉を体調が悪かったことから拒否したところ、被告は原告に対し、何度も顔面を殴り、腕を掴んで引っ張り、逃げようとする原告を押さえつけて髪の毛を引っ張るなどの暴行を加えた。
 その後、原告は、被告に対する恐怖から、子らとともにD宅に泊めてもらう生活を約1か月間続けた。その間に、被告が電話で、自宅の鍵を忘れたので持ってくるように伝え、原告が自宅まで鍵を届けに行った際、被告が原告の腕を掴んで門から玄関まで引きずり、屋内で、顔面を殴るなどの暴行を加えたことがあった。そして、この頃から、被告は、原告とDとの間に肉体関係があると疑い、原告を問い詰めるようになった。
⑥ 平成5年に入ると、被告は原告に暴力を振るうだけでなく、被告に暴行を受けた原告にしがみついている二女を原告から引き離して投げ飛ばすことまでした。原告は子らと教会に一時避難したが、被告が暴力を振るわないと約束したので、一旦自宅に戻った。
⑦ 平成5年3月末頃、原告が性交渉を拒否したところ、被告と口論となり、原告は灯油缶とライターをもって近所の公園で焼身自殺をしようとしたが、思い止まって帰宅した。すると、被告は原告の顔面を何度も殴った。原告は救急車で②病院に運ばれたが、その際医師に被告に殴られたことを訴えた。
⑧ 平成6年に入って、原告の父が原告と被告が離婚しても構わないという考えになり、被告に別居を勧め、被告が1か月ほど被告の実家に戻って別居することがあった。その後同居を再開し、被告の暴力は一旦収まっていたが、被告は飲酒して原告を言葉で責め続けた。同年3月には、原告は除草剤を飲んで自殺を図った。この際は、Dが救急車を手配して原告を助けた。
⑨ 平成7年になり、被告の原告に対する暴力が再び始まり、原告は子らと車の中で夜を明かすこともあった。
⑩ 平成8年4月8日頃、被告は飲酒の上、原告に文句をいい始め、徐々にエスカレートして、ついには一升瓶を振り回して床にたたきつけ、原告の髪の毛を掴んで振り回し、顔面を拳で殴り、腕を掴んで引きずり回すなどの暴行を加えた。そして、無理矢理原告と性交渉をもった。この一部始終を見て原告に泣きついてきた二女に対しても、被告は暴力を振るった。
⑪ その後、被告がしばらく実家に戻って別居するというようなこともあったが、まもなく自宅に戻ってきた。しかし、被告の態度に大きな変化はなく、平成10年暮れ頃からは夫婦の間で離婚の話も出るようになった。被告は、言葉で原告を責めるだけでなく、暴力を振るったり、子らを怒鳴るようなこともあり、子らも被告に恐怖感をもつようになっていた。こうしたことから、原告は、平成12年1月、子らとともに自宅を出てアパート暮らしを始め、被告と別居するに至った。
⑫ 心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断と治療を専門とする精神科医のE医師は、原告に平成12年5月から7月の間に5回面接診断をし、原告はPTSDに罹患しており、その原因は被告により加えられた身体的及び性的暴行にあるとの意見を述べている。
⑬ 丙眼科医院のF医師は、二女Bは、平成7年3月24日から心因性弱視の疑いで通院して、経過観察としてきたが、平成11年4月には徐々に軽快してきたとの診断をしている。また、③大学教授で、④病院小児科の医師Gは、長女A及び二女Bについて、平成12年から13年にかけてそれぞれ約7日間診察の上、Aについては強い心理的恐怖と攻撃性、睡眠障害等が認められ、Bについても、心理的混乱、睡眠障害及び腹痛等の身体症状も認められることから、父親である被告との接点をもつことは精神病理の悪化を招きかねないとの意見書を作成し、原告に交付した。
⑭ 被告は、別居後、原告に月額20万円の送金を平成12年10月まで続けたが、同年11月からは月額15万円に減額した。その他に、長女の授業料等の負担をしている。
2 被告本人は、平成8年4月8日頃の暴行を除く暴行をすべて否定しているが、同日の暴行についても酒の酔いのため詳しい記憶がないというものであり、被告には酒酔いのため記憶を失う傾向があることが窺われる上、原告の婚姻以来の被告との関係や被告の行為、生活の経緯に関する供述は一貫していて具体性、合理性も有するということができ、その信用性は高いと評価でき、被告の供述は採用できない。E医師のPTSDに関する意見も、専門家が5回もの面接を経て診断したものであり、その信頼性を覆すに足りる証拠はない。
3 原告とDとの関係について
 証拠(乙5ないし7、15の3、乙22ないし25)と弁論の全趣旨によれば、Dは原告に対し、「何度か甘い時を重ねて愛しく、一番暖かな僕の唯一くつろげるお家でいてくれる君に言葉にできない位のありがとうを贈ります。ずっと温かく僕だけを見つめてくれてありがとう。最近とても君が好きです。君は年下なのに甘えたいよ。いつもいつも大切にしてくれてありがとう。」との記載のある手紙を書いたこと、平成7年12月には、Dが原告に対し、「あの頃、僕は、明日にでも連れ出したいくらい君を想っていて、早く大きくなってほしいと思ったものでしたね。君は、本当の愛のためなら、世間体も欲も捨てられる意志の強い人だとよくわかりました。今は、そういう信頼のもとに、君を見守っています。君は、僕のことをあきらめてとかいいますが、僕は、あの頃と少しも変わらず君を見ています。夏のまぶしい光の中でグリーンの芝をサンダルで軽やかに…白い門をその細い指で開け、可愛く、とても嬉しそうに僕の方へ寄ってくる君をとても愛しく思ったように、今も僕の中では変わらず可愛い年下の彼女なんだ。」との記載のある手紙を書いて渡したこと、平成10年秋頃、原告とDは、西神オリエンタルホテルに昼食に出かけた際、客室内で、写真を撮影したこと、その写真には、ともに衣服を着た原告とDが写っていること、Dは、被告からDに対する損害賠償請求訴訟で、エレベーターから客室のドアが開いているのが見えたので、ホテルに無断で客室内に入ったと供述していたところ、同ホテルのエレベーター内からは客室のドアが開いている状態を見ることは構造上できないこと、原告の母は被告に対し、平成11年12月に、「ここらで心からお互い歩み寄り、S(Dのことを指すと考えられる。)からの手を離れ、子供達の為にも平和な家庭が戻ってくるよう、毎日、心をいため祈っています。」との手紙を送ったことが認められる。
 上記事実によれば、原告とDはお互いに精神的に結ばれていたことは推認できる。しかし、両名が肉体関係を伴う同性愛関係にあったことを認めるに足りる証拠はないし、上記事実からこれを推認することも困難である。Dには夫と子がおり(乙22、23)、同人が同性愛者であることを認めるに足りる証拠はない上、前記1で認定の事実によれば、Dは原告の婚姻生活の実態を知って、原告に同情し原告を援助してきたことが推認できるのであり、中年の女性同士が互いに相手を慈しみ合っていたからといって、直ちに肉体関係まであったと推認することは相当でない。
 西神オリエンタルホテルの客室内に入った経緯についてのDの供述は不合理であるが、このことのみから、同人と原告との間に、精神的結びつきを超える関係があったことまで推認することはできない。
4 以上の認定、説示によれば、原告と被告との婚姻関係は、当初から被告の原告に対する強権的支配の下で、原告が被告に服従を強いられ、原告は忍耐を重ねていたが、そうした中でうつ病になり、その後、カトリック教会に通うようになって自己主張を始めると、被告から肉体的暴力を受けるようになり、被告が原告とDとの関係を疑ったことから、暴力がエスカレートし、ついには二女にまで暴行に及ぶようになり、原告は子らとともに家を出て別居するに至り、婚姻関係は修復困難なまでに破綻したものということができ、その責任は被告にあり、重大であって、婚姻を継続し難い重大な事由があるものというほかない。
よって、原告の離婚請求は理由がある。
二 慰謝料
 前記のとおり、E医師の意見の信頼性を否定することはできず、原告は、被告の暴行等によりPTSDに罹患したものと推認でき、原告が被った精神的苦痛は甚大なものであったということができる。その他、婚姻期間や子らに対する影響等本件に表れた諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰謝料は、金800万円をもって相当と認める。
三 財産分与
1 証拠(甲7ないし9、乙33)と弁論の全趣旨によれば、被告は、自宅不動産として、神戸市丁区戌○丁目○番○所在の宅地及び同土地上の建物を昭和62年に取得し、所有していること、その取得にあたっては、被告は自己資金約2420万円のほか、2460万円を借り入れたこと、借入金は別居開始の平成12年1月頃には1879万円程度に減少したこと、自宅不動産の評価額は平成11年度において約4149万円であることが認められる。
 原告は、上記自己資金のうち、兵庫県加古郡△町△の土地を売却して得た資金は、元々原告と養子縁組した被告の祖父の所有のものであったから、原告にも応分の権利があると主張し、さらに、同所には、現在でも被告が土地、建物を所有していると主張するが、証拠(甲36の1、2、乙33)と弁論の全趣旨によれば、売却した土地は被告が単独相続したものであり、現在でも被告が所有する土地は、被告が祖父から贈与を受けた土地であること、建物は、平成8年に被告が借入金により建築したもので、未だほとんど返済していないことが認められる。
 以上によれば、自宅不動産について、自己資金は婚姻直後の頃のことであるから被告の特有財産により支弁されたと推認できるが、借入金が約570万円減少したのは、原告が被告と同居して婚姻生活、経済生活の維持に一定の貢献をしてきたことにもよるものということができる。そうすると、当初の取得資金の約半分は被告の自己資金によるものであり、借入金は約4分の1減少したということになるが、自宅不動産の価格は取得当時より若干下落していることも考慮して、現在の実質的価値約2270万円のうち、その約20分の1にあたる100万円を、被告から原告に分与させるのが相当である。
四 親権及び養育費
 前記一1の認定によれば、子らの福祉のためには、その親権者をいずれも母である原告と定めるのが相当である。
 また、証拠(甲11の3、被告本人)によれば、被告は約1300万円の年間給与所得があることが認められ、これに、子らの年齢からすると、成人するまでに相当多額の学費等を必要とすることが予想できること等を総合すると、子らに対する養育費は、本判決確定の日の翌日から子らがそれぞれ成人に達するまで、毎月末日限り、月額各7万円を被告に支払わせるのが相当である。
五 結論
 以上の次第で、原告の離婚請求は理由があり、慰謝料800万円と財産分与100万円の合計金900万円とこれに対する本判決確定の日の翌日から(慰謝料についても、本判決の確定により損害が確定するというべきであるから、遅延損害金の起算日は、判決確定の日の翌日とすべきである。)支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を被告に支払わせ、また、子らの親権者を原告と定め、その養育費として、本判決確定の日の翌日から子らがそれぞれ成人に達するまで、毎月末日限り、月額各7万円の支払を被告に命じるのが相当である。原告のその余の請求は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。神戸地方裁判所第5民事部 裁判官前坂光雄

-判例19(判決文)-婚姻破綻の原因は、フランス人の夫による暴力と離婚を認定
東京地方裁判所判決 平成14年(タ)第485号
・平成13年10月31日、妻への暴力について告訴された刑事裁判で、夫に有罪判決。
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 原告と被告との間の長男甲野一郎(平成一三年二月八日生)の親権者を原告と定める。
三 被告は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成一四年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
六 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 主文第一、第二項同旨
二 被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一四年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 第二項について仮執行宣言
第二 事案の概要
一 事案の骨子
 本件は、妻である原告が、夫である被告に対し、被告の原告に対する度重なる暴力により夫婦関係が破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由が生じたとして、民法七七〇条一項五号により離婚を求めるとともに、原、被告間の長男甲野一郎(以下「一郎」という。)の親権者を原告と指定すること及び被告の暴力により離婚を余儀なくさせられたことにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料として一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一四年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 これに対し、被告は、本案前の主張として、被告はフランス共和国(以下「フランス」という。)国内に居住しており、原、被告間の婚姻共同生活地がフランスである等として、本件をフランスで審理することが当事者間の公平等にも適うから、本件については我が国に国際裁判管轄はないと主張して訴えの却下を求めるとともに、被告の原告に対する暴行の事実を否認し、原告の請求の棄却を求めた。
二 前提となる事実(以下の事実は、原、被告の間で争いがなく、《証拠略》により、これを認めることができる。)〈編注・以下証拠の表示は一部を除き省略ないし割愛します〉
(1) 原告は、昭和四八年一一月二六日生まれの日本人であり、被告は、一九七四年(昭和四九年)五月一五日生まれのフランス人である。
(2) 原告は、平成一〇年四月ころ、仕事のために日本で生活していた被告と知り合って交際するようになり、平成一一年九月、仕事を終えて帰国する被告とともに渡仏した。原告と被告は、同年一一月二〇日、パリ第三区区役所に婚姻届を提出し、平成一二年七月には家族や友人を招いて宗教婚を行った。
(3) 平成一三年二月八日、原、被告間に一郎が出生した。
(4) 原告は、平成一三年六月一六日、被告から暴行を受けたとして被告を告訴し、同日、一郎を連れて家を出、同月二七日、同人ともに日本に帰国し、それ以来、被告と別居を続けている。
(5) 原告は、これに先立つ平成一三年六月五日、フランスの裁判所に対する離婚申込書に署名をし、離婚調停手続を申し立てていたが、同年九月二七日、同申立てを取り下げた。
(6) 被告は、原告に対し暴行を加え、日常生活への支障が八日間を超えない傷害を負わせた罪により、平成一三年一〇月三一日、フランスの裁判所で有罪判決を受けた。
第三 争点及び争点に関する当事者の主張
一 争点
(1) 我が国が本件訴えの国際裁判管轄を有するか否か
(2) 婚姻を継続し難い重大な事由の有無
(3) 一郎の親権者の指定
(4) 原告の被告に対する慰謝料請求権の有無
二 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(我が国が本件訴えの国際裁判管轄を有するか否か)について
ア 原告の主張
(ア) 離婚訴訟の国際裁判管轄は、被告の住所地国にあるのが原則であるが、最高裁昭和三九年三月二五日判決・民集一八巻三号四八六頁によれば、「原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合その他これに準ずる場合」は、例外が認められている。そして、被告が日本から去って原告を遺棄した場合のみならず、原告が被告のいる国を去って日本に帰国した場合にも、ここでいう遺棄と認められる場合があることは、下級審判例においても認められているところである。これを本件についてみるに、原告は、殴る、蹴る、首を絞めるといった生命の危険を脅かされるほどの激しい暴行を受け、やむを得ず、一郎とともに日本へ帰国せざるを得なかったものである。また、原告は、帰国後、被告から生活費の支払を受けたことも、夫婦関係の修復を持ちかけられたこともなく、原告がフランスに戻れば、暴力による恐怖の生活が確実に待ち受けているのが現状であるから、原告はフランスに戻りたくても戻れない状況にあり、このような状況は、すべて被告の行為により作出されたものである。このような状況からすれば、原告は、被告に遺棄されたといえ、日本に国際裁判管轄が生じる。
 また、仮に遺棄に該当しないとしても、前記のとおり、被告は、原告に対し、生命の危険を脅かすほどの激しい暴行を加え、「原告を殺してやる」といった脅迫を何度も加えていた上、フランスにおいては、原告に対し子の国外連れ出し禁止命令が出されているのであるから、原告がフランスにおいて離婚訴訟を提起することは困難である。現に、原告は、いったんフランスにおいて離婚調停を申し立てたものの、フランス民法上調停に当事者本人の出頭が義務付けられていることから、やむを得ずこれを取り下げた経緯がある。
 したがって、日本に国際裁判管轄を認めないと、国際私法生活における正義公平の理念にもとるばかりか、原告の裁判を受ける権利を奪うに等しいから、本件は、遺棄又は行方不明に準ずる場合に該当し、日本に国際裁判管轄が生じる。
(イ) また、最高裁平成八年六月二四日判決・民集五〇巻七号一四五一頁は、「被告が我が国に住所を有しない場合であっても、原告の住所その他の要素から離婚請求と我が国との関連性が認められ、我が国の管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであり、どのような場合に我が国の管轄を肯定すべきかについては、国際裁判管轄に関する法律の定めがなく、国際的慣習法の成熟も十分とは言い難いため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、管轄の有無の判断に当たっては、応訴を余儀なくされることによる被告の不利益に配慮すべきことはもちろんであるが、他方、原告が被告の住所地国に離婚請求訴訟を提起することにつき法律上又は事実上の障害があるかどうか及びその程度をも考慮し、離婚を求める原告の権利の保護に欠けることのないよう留意しなければならない」としている。
 これを本件についてあてはめるに、原告は、被告から生命の危険を脅かされるほどの暴力を受け、やむを得ず乳飲み子を連れて日本に帰国したのであり、本来被告と別居して日本に帰国することを自ら望んだものではなかった。そして、被告は未だに原告に対する攻撃欲・復讐心を燃やし、子を連れ戻すことに執着しており、そうである以上、原告がフランスに再び入国することは、自己及び子の生命を危険にさらす行為であり、事実上極めて困難である。加えて、被告が原告に対する子の国外連れ出し禁止命令を申し立ててこれを発布させ、さらに子の奪取罪で告訴して逮捕状(勾引勾留状)を発令させたとの事情の下では、いかにこれらの発令に問題があろうとも、原告のフランス入国は事実上不可能であるといえる。そして、原告がフランスに入国できない状況で、原告がフランスにおける訴訟を追行することは実際上不可能である。弁護士との打合せ、尋問等の際、原告がフランスに入国する必要があり、これを避けては実質的に公平な法廷闘争にならず、当事者間の公平を害することは明らかであり、条理に反する。したがって、前記最高裁の平成八年判決の判断基準によるとしても、本件の管轄は日本の裁判所に認められるべきである。
(ウ) 日本における審理の要請
 原告と被告は、平成一〇年一二月から平成一一年九月まで、東京都内で同居をしていたから、日本で事実上の婚姻共同生活を営んでいたといえる。また、原告の帰国後、日本の医師により診断書が作成されるなど、重要な証拠が日本にも多く存在し、親権については子の居住地を考慮する必要がある。他方、原告がフランスの代理人に委任したとしても、直接の打合せも、法廷への出頭もできず、原告が信頼できる代理人を確保するのも困難である。したがって、本件については、日本での審理の要請が大きい。
イ 被告の主張
(ア) 本件のような渉外離婚訴訟の国際裁判管轄は、原則として被告が住所を有する国にあると解すべきところ(前記最高裁昭和三九年三月二五日判決)、被告は、現在、フランスのパリ市に在住し、安定した住所を有しているのであるから、本件の国際裁判管轄は、フランスに存し、日本には存しないというべきである。
(イ) また、本件は、以下のとおり、例外的に日本に国際裁判管轄が認められる場合にも該当しない。
a 原告は遺棄されたものではないこと
 被告は傷害の有罪判決を受けているが、それは三日以内の傷害にとどまるものであり、被告は原告に対し度重なる暴力を加えた事実はない。原告主張のとおり、被告が原告に対し何度も暴行を加えたことを所与の事実として原告が遺棄されたと認め、本件の管轄を日本に認めることは、適正な審理を経ずに被告に不利な認定をすることに等しく、被告にとって著しく不当である。また、被告は、原告の帰国後も、原告との和解を願って手紙を送付したり、電話を架けたりし、一郎にクリスマスプレゼントを贈ったりしたが、原告に拒絶されている。したがって、このような状況では、原告が一方的に遺棄されたものとは評価できない。
 むしろ、原告に対しては、フランスにおいて、平成一三年六月一八日、子の国外連れ出しを禁ずる行政処分が発令され、パリ大審裁判所は、同年七月四日、子の国外連れ出し禁止命令を、同月二七日には、一郎の住所を被告の住所と定める命令を出していること、原告の行為が子の奪取罪にあたるとの被告の告訴に基づき予審判事によって原告に対する勾引勾留状(逮捕状)が発付されていることに鑑みると、フランスにおける刑事手続は、原告が一郎をフランス国外へ連れ出した行為を違法と評価しており、 したがって、原告が被告を遺棄したとみるべきである。
b 本件が遺棄又は行方不明に準ずる場合に該当しないこと
 前記のとおり、被告は原告の主張するような暴力を加えていない。また、原告に対しては、子の国外連れ出し禁止命令が出されている以上、原告は、まずフランスで、同命令の効力を争うべきであり、同命令により原告がフランスに再入国することが事実上不可能とするのは、同命令の執行を潜脱する意図を有するかのような主張である。また、原告は、フランスで離婚の申立てを行っており、当初は出廷し、訴訟追行する意思があったものと思われる。したがって、本件について、遺棄又は行方不明に準ずる事情があるとはいえない。
c フランスにおける審理の要請
 本件は日本に国際裁判管轄を認めるべき例外に該当しないばかりか、むしろフランスで審理を行うことが当事者間の公平、真実の発見ひいては適正手続の遵守に寄与する。
(a) 婚姻共同生活地がフランスであること
 原告と被告は、パリで婚姻し、同地に居住して生活し、一郎も同地で出生したのであるから、原告と被告の婚姻共同生活地はフランスである。また、原告は、フランス語に堪能であり、フランスの文化的・社会的な背景事情に精通しているから、原告がフランスで審理を受けることに障害はほとんどない。一方、被告は、一時的にしか日本に滞在しておらず、日本語はもちろん、日本社会や司法制度もよく分からず、日本で審理を受けることによる心理的障害は多大である。婚姻共同生活地には、離婚の訴えの審理に必要な証拠の多くが存在し、また、原、被告が同地で生活した経験を有する以上、言語や文化的障害も比較的小さいのであるから、当事者間の公平にも適うというべきである。
(b) 原告の主張する事実がフランスにおける事実を基礎としていること
 原告の主張する遺棄又はそれに準ずる事情は、被告のフランスでの行為を中心としているから、関連する事情や証拠資料がほとんどすべてフランスに存する。そのため、本件の審理をフランスで行う必要性が非常に高い。
(c) フランスでの立証活動が必要となること
 原告は、被告の暴力行為の書証として、診断書、告訴受理証、宣誓供述書等を提出しているが、これについては、診断書を作成した医師や宣誓供述書に署名した者に法廷での証言を求め、反対尋問を試みたり、告訴や被害届の帰趨及び刑事事件の捜査状況についても個別に捜査官から状況を尋ねるといった被告の反証の機会が与えられるべきである。また、被告側の証人尋問等の機会も与えられるべきである。しかし、本件の審理を日本で行うとなると、実体を明らかにするのにおのずから限界が生じ、被告側の防御が事実上制約されてしまうことになり、適正手続の確保も困難となる。
(d) フランスで適切に審理をおこないうること
 原告は、一度はフランスで離婚の申立てをしたのであるから、もともとフランスで訴訟を追行する意思があったのであり、再度フランスで離婚の申立てをすることも可能である。現在、被告の請求に基づく離婚訴訟がフランスで係属しており、原告は、前記訴訟につき、訴訟代理人を通じてフランスで適切に自己の権利を主張し得る。また、前記のとおり、パリ大審裁判所は、被告の申立てにより、平成一三年七月二七日、一郎の住所を父である被告の家と定める命令を出しており、これに対しては不服申立てが可能であるところ、原告は不服申立てをしていないから、前記命令は依然として効力を有する。もちろん、本案訴訟は、前記命令の判断に拘束されないとしても、本件において、一郎の住所を日本と定めることを前提として、原告に同人の親権を認めると、前記命令と異なる結果となる。
(e) フランスでの手続の潜脱
 原告に対して、平成一三年六月一八日、子供の国外連れ出しを禁ずる行政処分が発令されたこと、平成一三年七月四日、パリ大審裁判所により、一郎をフランス国外へ連れ出すことを禁止する旨の命令が下されたこと、同年七月二七日、パリ大審裁判所により、子の住所を被告の住所と定める命令が下されたこと、平成一四年一一月一五日、予審判事により、原告に対する勾引勾留状(逮捕状)を発せられたことは、原告が一郎を連れて日本に帰国した行為を違法と評価するもので、本件は被告が原告を遺棄した場合に該当しない。また、日本に本件について国際裁判管轄を認め、一郎の親権についての判断を行うことは、フランスにおけるフランスの刑事司法を潜脱する可能性を含み、また、原告がフランスで禁止命令違反で処罰を受けたり、身体を拘束される可能性を理由に本件について日本に国際裁判管轄を認めることは、フランス司法当局の発した命令の執行を潜脱する意図に基づくもので、日本の司法制度に対する不信感を招き、相当でない。
(2) 争点(2)(婚姻を継続し難い重大な事由の有無)について
ア 原告の主張
 原告は、以下のとおり、被告から数え切れないほどの激しい暴力を受ける等して、心身共に限界に達し、やむを得ず、日本に帰国したのであり、被告の原告に対する度重なる暴力等が、婚姻を継続し難い重大な事由に該当することは明らかである。
(ア) 被告の原告に対する暴行及び脅迫
 被告は、原告に対し、結婚直後から、月一回ないし二回の頻度で、殴る、蹴る等の暴力を加えるようになった。その際、原告は、被告から「俺が殴っていることを誰かにしゃべったら、お前の口を火であぶってやる」などと脅されたため、誰にも相談できず、傷跡を隠す等していた。
 被告は、平成一二年七月二一日、妊娠二か月の原告が寝ていたところ、その上にまたがり、「お前は馬鹿だから、それをわからせてやる」と言いながら、一〇分以上にわたり、手拳で原告の顔面を殴打し、全治二週間の傷害を負わせた。被告の家族は、原告の顔面の傷跡を見ても、何も問い質さなかった。
 被告は、一郎が出生した後は、一郎に話しかけるとき以外は、原告と会話をしなくなっただけでなく、暴力が非常に頻繁になり、日常的に原告の顔面を平手で殴打したり、「事故だと偽って殺してやる」と脅迫するようになった。
 原告は、被告の言動を受けて、平成一三年四月ころから、心理セラピストや女性保護団体に相談をし、その助言に従って、被告との離婚の準備を開始した。
 同年五月当時、被告は、原告に対し、日常的に、平手で殴打したり、髪の毛を掴んで引きずり回す等していたが、原告は、同月からは、被告から傷跡の残る暴力を受けた際は、必ず医師に診断書を作成してもらうことにし、同月ころから同年六月ころにかけ、同年五月五日、同月八日、同年六月二日、同月八日、同月一六日の合計五回の激しい暴力を受け、原告はその度に、合計五通の診断書を作成してもらった。具体的には、原告は、同年五月五日、左頬上部に疵、一センチメートルの切り傷が生じる程の暴行を受け、同月八日、手をひねられ、顔面を殴打された上、首を絞められ、首中央部に紋首の痕、右手首に青痣、左頬下部に二センチメートル四方の青痣が残り、同年六月二日、処方された量の四倍の分量の睡眠薬を口に詰め込ませられ、同月八日、下腹部や顔に痛みが残り、顎と手首に血腫、両足、特に膝下に痣が残るほどの暴行を受け、同月一六日、被告が市役所から原告宛の手紙を無理矢理読もうとするのを回避しようとしたところ、壁に叩き付けられ、髪を引っ張られた上、首を絞められた。
 原告は、同年五月五日と同月八日の暴行については、診断書を添えて、警察に被害届を提出した。原告は、同年六月二日の暴行を受けた後、同月五日には、裁判所への離婚申込書に署名をしたが、同日に新たな妊娠が発覚したため、離婚申込書の提出を控えた。しかし、原告が被告に妊娠を告げた同月八日にも暴行を受けたため、原告は、同月一四日、弁護士に対し、離婚申込書を裁判所へ提出するよう依頼し、離婚の調停の申立てをするに至った。原告は同月一六日にも暴行を受けたため、原告は同日、一郎を連れて家を出て、以後、ホテルや友人宅で身を隠して過ごすとともに、同月二日、同月八日、同月一六日の暴行についての診断書を添えて、警察に被害届を提出し、被告を暴力で告訴した。さらに、出国の準備を整えた原告は、同月二五日、一郎を連れて日本へ帰国した。
(イ) 被告の一郎に対する暴行
 被告は、出産費用すら支出せず、一郎のためにお金を出費したり、世話をしたりすることはなかった。子供の泣き声を嫌がり、一郎が泣くと、その口に物を詰め込んだり、うつ伏せにして頭を押さえたり、首根っこを掴んでテーブルに叩きつけたりした。被告が原告に渡していた生活費は、月六万円程度だった。帰国後、被告は、一郎に対し執着を見せ、一郎を取り戻して、原告に会わせないようにしようと画策している。
(ウ) 帰国後の状況
 平成一三年七月一日、原告は二人目の子供を流産したが、流産は、被告の暴力とそれに基づく過度の精神的ストレスが原因である。
 被告は、A家の血を引く一郎に対し、異常な執着を持ち、原告から一郎を取り戻そうと、原告の帰国後から現在に至るまで画策を続けている。被告は、原告に対し、執拗に電話を架け、「原告は国際手配されている」などと脅迫めいた内容の手紙や荷物を送りつける等している。さらに、被告は、犯罪組織との間で、原告を襲撃し、一郎を誘拐するとの契約を交わした。
イ 被告の主張
 被告が原告に対して暴力を加えた事実はない。
 平成一二年七月に家族や友人を招いて宗教婚を行ったこと、被告との子供を切望する原告が不妊治療を受けたことは、被告が原告に暴力を加えていなかったことを意味する。原告は、平成一三年二月ころに一郎を出産したころから、精神的に不安定になり、自傷行為を行うようになったが、その点を除けば、原、被告は、幸福に生活しており、原告は、被告に対し、もう一人子供が欲しいとすら言っていた。
 原告が同年五月から同年六月にかけて診断書を取得した事実は認めるが、原告には、デルモグラフィズムという皮膚面が充血しやすい体質があり、かかる体質ゆえに、原告の身体にはときどき暴行がなくとも殴打されたかのような痕跡が生じるのであり、かかる痕跡は被告の暴行の結果ではない。また、被告は、フランスにおける刑事裁判において有罪判決を受けたが、被告は、原告から手紙を取り戻そうとしただけで、暴行を加えておらず、前記有罪判決に対しても一郎の取戻しに集中するために、あえて上訴しなかった。原告の第二子の流産は、原告自身の自傷行為か、フランスから日本への移動による身体への負荷によるものであって、被告の暴力によるものではない。
 被告は、一郎をかわいがっており、同人に対し暴行を加えたことはなく、出産費用を含む生活費を原告に渡していた。被告は、原告の帰国後は、一郎の安否を気遣い、司法省等を通じて、原告と正式に連絡を取ろうとしたにすぎず、これに対し、原告は、被告の気遣いを頑なに拒んだ。
(3) 争点(3)(一郎の親権者の指定)について
ア 原告の主張
(ア) 一郎は、本訴提起時点で、一歳三か月と幼く、このような幼い子供は母親による愛情と日常的なきめ細かいケアが必要であり、一郎の親権者としてふさわしいのは、母親である原告である。特に、一郎は、動物性たん白に対するアレルギーや心雑音の診断を受けており、このような健康状態を熟知した原告こそが、一郎を養育、監護する適格を有している。また、一郎は、生後四か月半で原告とともにフランスを出国して以来、現在まで原告の下で育てられてきたので、今では被告を父親として認識していない。
 原告は、現在、実の両親と二世帯住居で生活しているため、子育てについて絶えず両親の援助を受けることができる。原告は、現在大学院生で収入はないが、大学院卒業後は、フランス語を専門とする職に就き、十分な収入を得ることが確実である。また、原告の父親が企業の部長職にあり、母親は、ソフトウェア会社に勤務しているため、原告が大学院を卒業するまでの間、原告の両親が原告を経済的に援助していくだけの余裕がある。
 何よりも、被告は、生後間もない一郎をテーブルに叩き付けるなどして、一郎に対しても暴力を加えただけでなく、一郎の心身の健全な成長に悪影響を及ぼすのを省みず、同人の目の前で、原告に対し激しい暴力を振るってきたから、親権者たる資格を有しない。
(イ) 被告は、フランスの裁判所において、一郎の住所を被告の住所と定める旨の仮処分決定が出されたと主張するが、そもそも、この仮処分決定は原告に送達されていないから、原告に対し効力が生じえない。また、同決定に「二〇〇一年九月二七日に調停の試みが為される限り」「子の住所を父親の家に定めるが、これは二〇〇一年九月二七日一〇時一五分、調停の法廷で再検討し」と記載されているように、その判断は、親権・監護権とも原、被告双方にあることを前提とし、離婚手続がおこなわれるまでの暫定的な判断である。そして、離婚裁判が訴訟手続抹消命令を受けた以上、この暫定的判断は確定的に効力を失ったものである。さらに、同決定は、あくまでも仮処分決定であるから、本案を拘束しないことは明らかである。また、外国の仮処分決定は、日本で確定判決としての承認を受けられない結果(民訴法一一八条)、形式的にも日本の判決との抵触は生じない。
(ウ) 以上によれば、一郎の親権者は原告と定められるべきである。
イ 被告の主張
(ア) 確かに、被告は、生後四か月以降、一郎に会っていないが、これは、原告が子の国外連れ出し禁止の行政処分に違反して一郎をフランスから勝手に連れ去り、被告から引き離した結果である。被告はその後司法省等を通じ一郎と接触しようとしたが、原告が拒絶したため、被告は一郎に近づけなくなってしまった。にもかかわらず、現在原告が一郎を養育している事実をもって原告に親権を認めると、原告が一郎を不法に連れ出した状態を是認する結果となるばかりか、被告から不当に子供を奪った上、親権をも奪う結果となり、著しく正義に反する。また、原告には、虚言を重ね、自傷をする傾向があり、一郎を養育する適格を欠く。
(イ) 前記のとおり、フランスの裁判所においては、一郎の住所を被告の住所と定める旨の仮処分がなされており、これに対し、原告が不服申立て等をしていないので、前記仮処分は依然として効力を有する。したがって、本件において、一郎の住所を日本に定めることを前提として原告に一郎の親権を認めると、前記仮処分と矛盾する結果となる。
(ウ) 以上により、形式的にも、実質的にも一郎の親権は被告に存する。
(4) 争点(4)(原告の被告に対する慰謝料請求権の有無)について
ア 原告の主張
 原告は、被告からの度重なる暴力により精神的苦痛を被ったが、被告は、原告に対し、自らの暴力について、一切反省も謝罪もしなかった。被告が原告との婚姻生活の継続を不可能にしたことにより原告に与えた精神的苦痛を慰謝するために必要な賠償額は、一〇〇〇万円を下らない。
イ 被告の主張
 原告の主張は争う。
第四 争点に対する判断
一 各争点について判断する前提として、原、被告の別居及び本件離婚訴訟に至る経緯等について判断する。
(1) まず、被告が原告に対して暴行行為に及んでいたか否かについて判断するに、医師の診断書、公文書等である《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 原告は、平成一三年五月五日午後三時に自宅で暴力の被害を受けたことを主訴として医師ゲルペロウイク・ジョエルの診察を受け、同医師は、左頬の上部に痣と一センチメートルの痛みを伴う切り傷を負っており、その傷害が悪化しない限り、三日間の日常生活の妨げをもたらすと診断した。
イ 原告は、同月八日午後二時三〇分に自宅で暴力の被害を受けたことを主訴として、翌九日、医師ラス・ロザリンの診察を受け、同医師は、首の中央部に絞首のあと、右手首に青痣、左頬下部に二センチメートル四方の青痣があると診断した。原告は、同月一四日、オンフォン・ルージュ警察署に被害届を提出した。
ウ 原告は、同年六月九日、医師ガルチエ・ヴェロニクに暴力による多数の身体的被害を受けたと申告して診察を受け、同医師は、腹部をドアの間に挟み、押さえ込まれた結果、一時間に及ぶ子宮の痛みが繰り返したと判断したほか、下腹部、顔の痛み、顎、手首の血腫、両足(特に膝下)に多数の痣を認め、この損傷はポー・ロワイヤル産院での検査を要するとの診断を下した。
エ 原告は、同月一三日、医師ラス・ロザリンに、同医師が被告に処方した睡眠薬を無理矢理飲まされたこと及びその量は同医師が処方した量の四倍であると訴え、同医師は、原告の主訴を前提として、この事件は原告が今後、命に関わる薬を飲まされる可能性もあり、原告が常に危険な状態にいることを証明するとの診断書を作成した。
オ 原告は、同月一六日午後四時三〇分、司法急患として、警察病院で医師アヴォヌイの診察を受け、左頬に軽い痣、唇の左内側に〇・五センチメートルのびらん、顎に一センチメートルの痣、左肩に赤痣、右手首裏側に一センチメートルの痣、左手首に一センチメートルの痣が二つ、左手の甲にいくつもの引っかき傷があると診断され、その傷害は原告に三日間の日常生活の妨げをもたらすと診断された。
カ 原告は、同日、サント・アヴォア警察署に対し、被害届を提出するとともに、同日午後五時三〇分、同日行った被告の暴行罪の告訴により原、被告ら夫婦の家を離れ、友人宅に行く意思を申告し、同署の司法警察官は、これを確認し、同意した。
(2) 以上の(1)記載の認定事実及び第二・二記載の認定事実に、《証拠略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、この認定に反する乙第一号証及び第二号証は、後記(3)のとおり、措信しがたく、他にこの認定事実を覆すに足りる証拠はない。
ア 原告と被告とは、平成一一年一一月二〇日に婚姻した夫婦であり、原告と被告との間には、平成一三年一一月八日に、人工授精により長男一郎が出生している。
 被告は、原告との婚姻後、原告に対し、暴力を振るうようになり、長男一郎の出生後、その頻度は増した。
 原告は、被告の度重なる暴力に対し、セラピストや婦人保護団体等の専門家に相談する等もし、そのアドバイスから一郎を連れて家を出る準備をするようになった。
イ 被告は、平成一三年五月五日、原告と原告の母との電話での会話を聞き、自分の暴力を原告がその母親に暴露したものと思い込んで、原告に飛びかかり、ベットに倒れた原告に馬乗りになって、原告の顔面を殴打し、その結果、原告に左頬の上部に痣と一センチメートルの痛みを伴う切り傷を負わせた。
ウ 被告は、同月八日、一郎を連れて外出しようとした原告の腕を掴み、強くひねり上げ、さらに原告の顔面を殴打し、両手で原告の首を絞めた。その結果、原告には、首の中央部に絞首のあと、右手首に青痣、左頬下部に二センチメートル四方の青痣が残った。
 原告は、同月一四日、イ及びウ記載の被告の暴行について、オンフォン・ルージュ警察署に被害届を提出した。
エ 原告は、同年六月二日に被告からラス・ロザリン医師に、同医師が被告に処方した睡眠薬をその処方の四倍の量を無理矢理飲まされたとして、同月一三日、同医師の診察を受けたが、同医師は、原告の訴えを受け、原告が今後、命に関わる薬を飲まされる可能性もあり、原告が常に危険な状態にいることを証明するとの診断書を作成した。
オ 原告は、同月五日に第二子を妊娠したことが判明したが(原告がこの懐胎に至った経緯は本件証拠上判然としない。)、被告は、同月八日、原告の妊娠を知ると、原告をベットから蹴り落とし、原告がトイレに逃げ込むと背後から便器に向かって突き飛ばし、原告がトイレから出ようとするや、トイレのドアで原告の腹部を挟んで逃げられないようにした。そのため、原告は、一時間にわたり子宮の痛みが繰り返した上、下腹部、顔の痛み、顎、手首の血腫、両足(特に膝下)に多数の痣ができた。
カ 原告は、被告の暴行に耐えかねて家を出る準備をしていたところ、同月一六日午後二時ころ、家出のための住居の件で市役所から手紙が届いた。被告に、この手紙が見られて家出の準備を知られることをおそれた原告が手紙を破ったところ、被告は、これを取り上げようとし、原告の肩を掴み、クローゼットに叩き付け、原告が尻餅をついて倒れると、原告の髪を後ろへ引っ張り、助けを求めて叫んだ原告の口を塞いだ。これに対して、原告が被告の手に噛み付くと、被告は両手で原告の首を絞め始めた。被告が破かれた手紙をつなげて読もうとしている隙に、原告は近所の家に逃げ、近所の人が警察へ通報した。しかし、原告が自宅に戻って、一郎を抱いて家を出ようとすると、被告が立ち塞がって、一郎を抱いた原告を床に押し倒し、助けを求めて叫ぶ原告の口を再び塞いだ。原告は脚でドアを蹴って近所の人に助けを求め、近所の人が、原告らの自宅の呼び鈴を鳴らしたところ、被告は寝室に隠れたので、原告は一郎を連れて、近所の人の家に避難した。同日午後二時五分ころに、暴力事案の通報を受けた警察官は、原告が避難した約三〇分後に到着し、原告が怪我をしているのを見た警察官は被告を警察に連行した。
 原告は、同日午後四時三〇分、警察付属病院において、アヴォヌイ医師の診察を受け、左頬に軽い痣、唇の左内側に〇・五センチメートルの糜爛、顎に一センチメートルの痣、左肩に赤痣、右手首裏側に一センチメートルの痣、左手首に一センチメートルの痣が二つ、左手の甲に幾つもの引っ掻き傷が残っており、傷害による日常生活の支障が三日間生じると診断された。
キ 原告は、同日、サント・アヴォア警察署に対し、被害届を提出するとともに、同日午後五時三〇分、同日行った被告の暴行罪の告訴により原、被告ら夫婦の家を離れ、友人宅に行く意思を申告し、同署の司法警察官は、これを確認し、同意した。
 原告は、しばらくはフランス国内の知人方に身を寄せる等していたが、警察に対し、同月二五日までに日本に帰国する旨を告げた上、同月二七日に一郎を連れて帰国した。原告は、同年七月一日に第二子を流産した。
ク 被告は、原告に対し、暴行を加え、日常生活への支障が八日間を超えない傷害を負わせたとしてパリ大審裁判所に起訴された。同裁判所は、同年一〇月三一日、被告の同年六月一六日の原告に対する暴行及び傷害について(原告は、同年五、六月の医師の診断書を提出していたが、同年六月一六日以前の暴力については、原、被告の供述及び証言が矛盾するため判断が下せないとされた。)、三〇〇〇フラン又は四五七・三五ユーロの罰金の支払を命ずる有罪判決を宣告し、また、付帯して提起された原告の被告に対する損害賠償を請求する民事訴訟について、五〇〇〇フラン又は七六五・二五ユーロの支払いを命じ、同判決は確定した。
(3) これに対し、被告は、原告に対する暴行の事実を否認し、原告の被った傷害については原告の自傷行為によるものである等と主張し、被告作成にかかる乙第一号証及び第二号証の各一及び二は、被告の主張に沿う内容になっている。
 しかしながら、原告が主張し、その作成にかかる《証拠略》に記載された被告の暴行の態様は、(2)イ、ウ、オ及びカに関する限り、一般的に信用性が高いと評価される医師の診断書等により認定される前記(1)記載の認定事実とよく符合しており、また、聞き取りにくい部分も多いけれども録音テープによっても裏付けられていること、前記認定のとおり、被告は、平成一三年六月一六日に原告に対し暴行を加え、日常生活への支障が八日間を超えない傷害を負わせた事実によりフランスの裁判所で有罪判決を受けていること、被告は原告のどのような自傷行為により、どのような傷害が生じたのか具体的に明らかにしておらず、またこれを裏付ける客観的な証拠も見当たらないことから、被告の記載内容には疑問がある。被告は、乙第一号証の一及び二等において、原告の主張内容は虚偽であり、それは容易に反証を提出できる等と記載していたが、平成一四年一二月一一日に被告代理人弁護士を選任し、被告代理人が辞任した平成一五年一〇月二八日までには相当の期間が存したのにもかかわらず、自ら指摘したそうした反証活動を行っていないことも指摘されなければならない。
 また、被告は、平成一三年五月から同年六月にかけて、原告が医師に作成してもらった診断書に記載された傷害について、原告のデルモグラフィズムという体質が原因であると主張し、前記《証拠略》にも同旨の記載がある。しかし、《証拠略》によれば、デルモグラフィズム、すなわち、皮膚描記症(人工蕁麻疹)とは、「皮膚がこすられた部位に膨疹が生じる」症状であり、「皮膚に圧力が加わった後六~七分で膨疹が出現し、一〇~一五分間継続する」ものと認められ、本件の医師の診断書は、受傷から一五分以内に作成されたものであるとは認められない上、痛みを伴う切り傷、青痣、血腫がある等と診断されているため、かかる傷害はデルモグラフィズムが原因であるとはおよそ認められず、被告の主張等を採用することはできない。
 以上のとおりであるから、乙第一号証及び第二号証の各一及び二は措信しがたく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(4) さらに《証拠略》によれば、原告の帰国後の事情として、以下の事実も認められる。
ア 原告は、帰国後、原告の両親の住む東京都八王子市に住民登録をしたが、原告が帰国した当日から、原告の実家に無言電話が繰り返し架かってくるようになり、原告がナンバーディスプレイを設置したところ、被告の携帯電話や自宅電話の番号が表示されたこともあった。原告方には、最近も留守番電話の案内が聞こえるや否や切れたり、原告や原告の家族が電話に出ると切れたり、電話に出ても無言だったりといった電話が架かってきている。
 また、平成一五年一月二九日から同年二月三日にかけ、合計五回、東京都渋谷区に所在する株式会社ハートアンドハート情報サービスという調査会社から原告宅へ電話が架かり、留守番電話に繋がるや否や電話が切れた。また、そのころ、原告宅前で写真をとる人物や原告宅前をうろつく二人の不審人物がいた。警察が確認をとったところ、この情報会社は、原告らの身辺調査をしていたことが判明した。
 さらに、同年八月末には、何者かが、原告がフランスに居住していた際に使用していたメールアカウントにつき、侵入した事実が判明した。
 原告は、このような帰国後の不審な動きを受け、平成一三年七月二四日以降、警察や婦人保護団体等に相談し、保護や援助を求めている。
イ 他方、被告は、平成一三年六月ころ、原告が一郎を国外に連れ去ることを懸念して、子の国外連れ出しを禁ずる処分を申し立て、同月一八日、これを認める行政処分が発令された。また、被告は、同月一九日、仮処分の申立てをし、パリ大審裁判所は、同年七月四日、子の国外連れ出しを禁ずる命令を出した。さらに、被告は、平成一三年九月ころ、原告が一郎を連れて日本に帰国したことは子の奪取罪にあたるとして告訴し、平成一四年一一月二五日、予審判事によって、原告に対する逮捕状(勾引勾留状)が発付された。
 また、被告は、フランスの裁判所に離婚訴訟を提起している。
二 争点
(1)(我が国が本件訴えの国際裁判管轄を有するか否か)について
 以上の認定事実を前提に争点(1)について判断する。
(1) 離婚の請求について
ア 本件のような離婚請求訴訟においても、被告の住所は国際裁判管轄の有無を決定するに当たって考慮すべき重要な要素であるが、被告が我が国に住所を有しない場合であっても、原告の住所その他の要素から離婚請求と我が国との関連性が認められ、我が国の管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであり、どのような場合に我が国の管轄を肯定すべきかについては、国際裁判管轄に関する法律の定めがなく、国際的慣習法の成熟も十分とは言い難いため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、管轄の有無の判断に当たっては、応訴を余儀なくされることによる被告の不利益に配慮すべきことはもちろんであるが、他方、原告が被告の住所地国に離婚請求訴訟を提起することにつき法律上又は事実上の障害があるかどうか及びその程度をも考慮し、離婚を求める原告の権利の保護に欠けることのないよう留意しなければならない(最高裁平成八年六月二四日第二小法廷判決・民集五〇巻七号一四五一頁)。なお、被告は、最高裁昭和三九年三月二五日大法廷判決・民集一八巻三号四八六頁に依拠して、本件のような渉外離婚訴訟の国際裁判管轄は、原則として被告が住所を有する国にあると解すべきであると主張しているが、その指摘にかかる最高裁大法廷判決は、いずれも日本国籍を有しない外国人間の離婚訴訟の国際裁判管轄に関する判断であり、本件とは事案を異にし、適切ではないというべきであって、被告の主張は、その限度で理由がない。
 そこで、先に述べた観点から、本件離婚請求訴訟について我が国に国際裁判管轄を認めるべきであるか否かを検討する。
イ 先に認定、判示したとおり、原告は、昭和四八年一一月二六日生まれの日本人であるが、被告は、一九七四年(昭和四九年)五月一五日のフランス人であり、原、被告は、日本で知り合ったものの、平成一一年九月に渡仏し、同年一一月二〇日、パリ第三区区役所に婚姻届けを提出して婚姻し、原告が平成一三年六月二七日に一郎を連れて帰国するまで、フランスにおいて婚姻生活を営んでいた。そして、原告が本訴で婚姻を継続し難い根拠として主張する被告の原告に対する暴行、傷害行為はいずれもフランス国内で発生したものであり、被告は、フランスの裁判所に離婚請求訴訟を提起している事情も認められる。
 これらの事情のうち、原告が日本人であること以外の事情は、いずれも応訴の際の被告の保護という観点から考えると、本件訴訟について我が国の国際裁判管轄を肯定することについて、消極事情として考慮せざるを得ない事情というべきである。
ウ しかしながら、先に認定、判示したとおり、証拠上、容易に認定し得る事件に限っても、原告は、被告から度重なる暴行、傷害を受けており、例えば、平成一三年六月一六日の医師の診断結果によれば、原告には、左頬に軽い痣、唇の左内側に〇・五センチメートルの糜爛、顎に一センチメートルの痣、左肩に赤痣、右手首裏側に一センチメートルの痣、左手首に一センチメートルの痣が二つ、左手の甲にいくつもの引っかき傷があったと認められ、その傷害の態様、傷害の部位の数等から判断する限り、その暴行行為等はかなり執拗であると窺われ、また、同年五月八日には、被告が原告の首を絞めた事実も認められる。
 原告としては、こうした被告の暴行等により、このまま被告と婚姻生活を継続した場合には、原告や一郎の身体ひいては生命に危害が及ぶものと考え、やむを得ず、乳飲み子であった一郎を連れて日本に帰国し、両親の保護を求めたものと認められ、原告の行動は、その経緯に照らすと合理性があり、原告が日本へ帰国することを余儀なくしたのは、専ら被告のこうした言動にあるというべきである。
エ そもそも、生命、身体の自由、安全を求める権利は、人が人として当然に保有する権利であって、何人もこれを犯すことはできないし、その権利性は、国際人権規約の条項等を指摘するまでもなく、いずれの国においても尊重されるべき普遍的権利であるというべきである。その権利は、正当防衛等特に法が許容した場合以外には犯すことができないのであって、ただ、婚姻関係にあるというだけで、夫から妻への暴行等を許容し得ないことはいうまでもない。そして、広く世界的に制定されているDV防止法の立法趣旨等に鑑みれば、配偶者から暴力行為を受けた他方配偶者は、その制定がない場合においても、人格権に基づき、その接近等を排除する権利を有するものというべきであり(我が国においても、DV防止法制定以前には、配偶者からの暴力を受けた他方配偶者の申立てにより、人格権に基づく接近禁止の仮処分を発令する運用が定着していた。)、訴訟提起、遂行等のために、相手方配偶者と接近することを余儀なくすることが相当でないことはいうまでもない。
 そして、《証拠略》によれば、フランス民法二五一条一項は、「共同生活の破綻によって、又は有責事由によって離婚を請求するときは、勧解の試みtentative deconciliationが裁判上の審理の前に義務付けられる。」とし、同法二五二条一項は、「裁判官は、夫婦を勧解しようと務めるときは、その立会いの下に夫婦を合わせる前に、個別に夫婦のそれぞれと個人的に話し合わなければならない。」としている。
 したがって、本件で、原告がフランスにおいて離婚を請求しようとする場合、原告の請求する離婚はフランス民法にいう有責事由による離婚であるから、裁判官が勧解の試みを行う必要があり、その際には、当事者の出頭が義務付けられ、その結果、原告は、フランスに入国し、滞在しなければならなくなる。しかし、先に判示した原告が日本へ帰国した経緯、原告の帰国後に調査会社による不審な行動があること等に照らして考えると、原告にフランスに入国し、滞在することを求めることは、原告を被告からの従前同様の暴力等を加えられる危険にさらす可能性を高めるものというべきであって、原告の人格権の保護の要請にそぐわないものというべきである。
 そうすると、原告が被告の住所地国であるフランスに離婚請求訴訟を提起することについては、原告の生命、身体が危険にさらされるという事実上の障害があり、被告が原告の首を絞め、絞首のあとを残したこともあるという事実を考えると、その程度は、原告の生命に関わるもので、障害の程度は著しいものというべきである。
オ 被告は本件離婚請求訴訟について我が国に国際裁判管轄を認められた場合、他国での応訴を余儀なくされることになるけれども、原告がフランスにおいて離婚請求訴訟を提起することについて事実上の障害を生ぜしめたのは、専ら被告の言動によるものであって、被告はその不利益を甘受せざるを得ないものというべきであり、また、被告は、平成一五年一〇月二八日に辞任するに至るまでは弁護士である訴訟代理人を選任して訴訟を遂行せしめていたのであり、我が国に国際裁判管轄を認めることが被告の裁判を受ける権利を著しく制限することになるわけではない。
カ 以上の事実に照らせば、アで判示した国際裁判管轄についての基準に照らして、本件については、我が国に国際裁判管轄を認めるのが相当である。
キ これに対し、被告は、平成一三年六月一八日、子供の国外連れ出しを禁ずる行政処分が発令されたこと、平成一三年七月四日、パリ大審裁判所により、一郎をフランス国外へ連れ出すことを禁止する旨の命令が下されたこと、同年七月二七日、パリ大審裁判所により、子の住所を被告の住所と定める命令が下されたこと、平成一四年一一月一五日、予審判事により、原告に対する勾引勾留状(逮捕状)を発せられたことは、原告が一郎を連れて日本に帰国した行為を違法と評価するもので、本件は被告が原告を遺棄した場合に該当せず、日本に本件訴えの国際裁判管轄を認めることは、これらのフランスにおける手続を潜脱することになる旨の主張をする。しかしながら、被告が原告を遺棄したか否かを問題にする被告の主張は、前掲最高裁判所昭和三九年三月二五日大法廷判決に依拠するものであるところ、同判決が本件と事案を異にし、適切でなく、被告の主張がその限度で理由がないことは先に判示したとおりである。
 そこで、所論に鑑み、我が国に本件訴えの国際裁判管轄を認めることが、被告指摘にかかるフランスにおける司法手続等を潜脱することになるか否かについて判断するに、まず、被告は、《証拠略》により、警視庁により、子供の国外連れ出しを禁止する行政処分が下されたと主張する。しかしながら、《証拠略》によれば、この文書は、警視庁から被告に対して宛てられた文書である上、「拝啓」との書き出しから始まり、被告に対し、被告の申し立てた手続の進行状況を報告する内容が記載されているにすぎず、同書面が行政処分の存在を証する文書であるとは認めることはできず、被告の主張は採用できない。
 次に、パリ大審裁判所による、子供をフランス国外へ連れ出すことを禁止する旨の命令について判断する。確かに、《証拠略》によれば、被告が、パリ大審裁判所家事部に対し、平成一三年六月一九日、原告に対し、一郎をフランス国領土から連れ出すことを禁止する処分を申し立てた結果、パリ大審裁判所は、平成一三年七月四日、一郎は、同日以降は、原告と一緒であっても、フランス領土を出てはならない旨の仮処分命令を発令したが、その際に、原告が平成一三年六月一六日、被告と事前に協議することなく、一郎を連れて家を出た事実が認定された上、原告が、夫婦が共同で行使する親権の行使を損ねて一郎を日本に連れて行くおそれがあると判断されたことが認められる。しかし、先に認定、判示したとおり、原告と一郎は、既に平成一三年六月二七日に帰国しているところ、この判断は、平成一三年七月四日以降に原告が一郎をフランス国外に連れ出すことを禁止したにすぎず、同日以前に原告が一郎を日本へ連れ出した行為を違法とするものではない。また、この決定は、レフェレといわれる仮処分に該当すると考えられるところ、フランス民事訴訟法四八八条において、「レフェレの命令は、本案に関して既判事項の権威を有しない。」とされ、「本案訴訟の裁判官は、本案判決の内容につき、レフェレの命令の内容に拘束されない。」とされているから、本案訴訟の当裁判所の判断が直ちにこの大審裁判所の判断に抵触するわけでもない。加えて、一般に、外国裁判所の裁判が日本において効力を有するには、その要件として、外国裁判所の裁判に確定性が備わっていることが必要であり、外国裁判所の裁判が仮処分の性質を有するにとどまり、確定力を有する終局判決の性質を有しない場合には、日本においてその効力を是認することはできないところ、前記の裁判は、後に判断が取消又は変更される可能性が通常の確定判決よりも大きい仮処分決定であり、民事訴訟法一一八条の確定性の要件を具備しているとはいえないから、本件訴えの国際裁判管轄を日本に認めても、判断の抵触が生ずることはなく、フランスにおける手続の潜脱のおそれはない。
 さらに、パリ大審裁判所による子の住所を被告の住所と定める命令について検討するに、確かに、《証拠略》によれば、パリ大審裁判所が平成一三年七月二七日に一郎の住所を父親である被告の家に定め、平成一三年九月二七日の調停において再検討する旨の決定を下した事実が認められる。しかし、この決定も、レフェレに該当すると考えられるところ、フランス民事訴訟法四八八条において、「レフェレの命令は、本案に関して既判事項の権威を有しない。」とされていることは前判示のとおりであり、また、この決定においては、《証拠略》によれば、「甲野花子が出現するよう指示された二〇〇一年九月二七日に調停の試みが為される限り、現在子供の住所を父親の家に定める理由がある。」「子供の住所を父親の家に定めるが、これは二〇〇一年九月二七日一〇時一五分(E一三号室)、調停の法廷で再検討」するとされていることが認められる。したがって、その決定の判断は、暫定的なものであって、後日の調停における再検討の結果によっては、その内容が取消又は変更されるものと解されるから、本件訴えの国際裁判管轄を日本に認めても、直ちに判断の抵触が生ずることはなく、フランスにおける手続の潜脱のおそれはない。
 最後に、原告に対する勾引勾留状(逮捕状)との関係について検討するに、確かに、《証拠略》によれば、平成一四年一一月一五日、尊属による未成年者の加重隠匿について、原告をパリの拘置所に勾引し、拘留する旨の勾引勾留状(逮捕状)が発せられた事実が認められる。しかし、原告は、平成一二年六月一六日、未成年の子を連れて家を出ることについて、警察の許可を受けた上で、原、被告夫婦の家を退去したことが認められ、また、《証拠略》によれば、フランス法において、配偶者の暴力を受けた者は、罪に問われることなく、①友人、家族の家、特殊な保護センター、ホテルに避難すること、②未成年の子を同行することができることが窺われる。そして、勾引勾留状(逮捕状)が発せられたのみの段階では、刑事手続の途上にあるから、原告の行為が違法と判断されたことにはならない。その上、我が国に原、被告間の離婚請求訴訟の国際裁判管轄を認めることが、なぜフランスにおける刑事手続の潜脱になるのかについては合理的な説明は何らなされておらず、こうした事実に照らせば、日本に本件訴えの国際裁判管轄を認めることが、フランスにおける刑事手続を潜脱するということはできない。
 したがって、被告の主張は採用することができない。
(2) 親権者の指定について
 我が国の民事訴訟において、親権者指定の申立ては、離婚の訴えに付随するものであって独立の訴えではなく、当然、訴訟当事者も離婚の訴えと同一であり、判断の基礎となる事実関係も離婚の訴えと共通する部分が多いから、法律関係が不安定な状態が生じるのを防止し、当事者間の公平、訴訟経済や当事者の負担を考慮すると、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国は親権者指定の裁判の国際裁判管轄も有すると解するのが相当である。加えて、先に判示したとおり、一郎は、原告とともに平成一三年六月二七日に帰国しており、《証拠略》によれば、一郎はフランス国籍とともに日本国籍も有しており、これらの点も我が国に国際裁判管轄を首肯する要素として考慮し得る。
 そうすると、我が国が一郎の親権者の指定についても国際裁判管轄を有するというべきである。
(3) 慰謝料の請求について
 離婚に伴う慰謝料請求の国際裁判管轄については、その原因となる事実が離婚原因と同一であるか、そうでなくとも重なる部分が多いから、離婚の訴えの国際裁判管轄に従うべきであるから、我が国が本件慰謝料請求の国際裁判管轄を有すると解するのが相当である。
三 争点(2)(婚姻を継続し難い重大な事由の有無)について
(1) 準拠法
 離婚請求については、法例一六条本文により、法例一四条の規定を準用することになるので、まず、夫婦である原、被告の共通本国法が存するかについて検討するに、原告は日本国籍を、被告はフランス国籍を有するから、原、被告にとって共通本国法は存しないことになる。次に、共通常居所地法の存否について検討するに、原告が東京都八王子市において住民票を取得しているのに対し、被告はフランス、パリ市に住民登録しているものと認められるから、原、被告にとって共通常居所地法は存しないことになる。そうすると、夫婦の一方である原告が日本に常居所を有する日本人であるから、法例一六条ただし書きにより、本件離婚請求の準拠法は、日本民法であることになる。
(2) 前記第四・一(2)の認定事実によれば、原、被告間の婚姻関係は、完全に破綻しており、その回復の見込みはない。その直接の原因は、被告の原告に対する執拗な暴力及び脅迫であり、破綻の原因は被告にあるものと認められ、原、被告間には、婚姻を継続し難い重大な事由が存すると認められる。
四 争点(3)(一郎の親権者の指定)について
(1) 準拠法
 親権者の指定については、子の福祉の観点から判断すべきもので、離婚を契機として生じる親子間の法律関係に関する問題であるから、法例二一条によるべきものと解するのが相当である。本件では、《証拠略》によれば、一郎についてフランスの国籍について留保する旨の届出がなされており、一郎が二個以上の国籍を有し、そのうちの一つが日本国籍の場合に該当するから、法例二八条一項ただし書きにより、日本法が一郎の本国法であると認められ、一郎と原告とは本国法が同一であるから、法例二一条により、親権者の指定についても、日本民法が適用されることになる。
(2) 前記第四・一(2)認定の事実及び《証拠略》によれば、一郎の出生後原告が日本に帰国するまでの期間、一郎の主たる監護者は原告であり、帰国後は専ら原告が原告の両親の援助を受けながら一郎を養育していること、一郎は平成一三年二月八日生まれで、本判決言渡時点で未だ二歳一一か月と幼く、生後六か月ころには軽度ではあるものの、病的可能性のある心雑音が認められている上(ただし、松本勉医師の紹介により受診したと思われる地域病院小児科の診断結果が、本件証拠上明らかでないので、この点をあまり重視することはできない。)、卵、牛肉、豚肉に対するアレルギー体質であることから、食事や生活環境にきめ細かな配慮が必要であること、原告は現在大学院生であって収入はないが、企業に勤める原告の両親から十分な経済的援助を受けることができ、また原告自身、修士課程修了後はフランス語教師として就職することが可能であると思われること、他方、被告は、原告及び一郎と同居していた期間、一郎の母親でもある原告に対し、繰り返し暴力を振るっていたこと及び一郎が生後四か月のころ以来、被告と一郎との交流は途絶えており、現在では一郎は被告を父親と認識しえないであろうことが認められ、これらの事実を総合すると、母親である原告が一郎の親権者となって、引き続き同人を養育監護していくことが、もっとも同人の福祉に適うというべきである。
 これに対し、被告は、原告が被告の承諾なく一郎を伴って日本に帰国したことは違法であり、原告を一郎の親権者と指定すると、前記違法状態を容認する結果となって不当であると主張する。しかしながら、前記第四・一(2)認定のとおり、原告は、被告からの度重なる暴力に耐えかねて、やむを得ず一郎を連れて家を出、日本に帰国したものである上、家を出る際には警察署の許可を得ているほか、帰国の際にも警察官に予めおよその日程を告げている上、第四・二(1)で認定したとおり、フランス法においては、配偶者の暴力を受けた者は罪に問われることなく、①友人、家族の家、特殊な保護センター、ホテルに避難すること、②未成年の子を同行することができることが窺われるのであるから、原告が被告の承諾を得ることなく一郎を伴って日本に帰国したことをもって直ちに違法であるとはいえない。そして、被告がその主張の根拠とするパリ大審裁判所の決定が平成一三年七月四日以降、一郎をフランス国外に連れ出すことを禁ずるものであり、本件に妥当せず、当裁判所の判断がこうした決定に抵触するものでないことは先に子細に判示したとおりである。したがって、このことをもってしても、原告を一郎の親権者として指定すべきであるとする前記判断を左右するには足りないというべきである。
 なお、被告は、フランスにおいて一郎の住所を被告の家とする仮処分が出されているから、日本に居住する原告を一郎の親権者と指定することは、前記仮処分の判断と矛盾する結果となって相当でないと主張するが、前記仮処分が本案訴訟を拘束するものでないことは、先に判示したとおりであり、また、被告自身も認めるところであって、したがって、この点の被告の主張も理由がない。
五 争点(4)(原告の被告に対する慰謝料請求権の有無)について
(1) 準拠法
 本件慰謝料請求の準拠法は、離婚に伴う財産的給付の一環をなすもので離婚の効力に関するものであり離婚の準拠法に従うものとして、本件においては、日本民法が適用されることになる。
(2) 前記第四・一(1)の認定事実によれば、原、被告間の婚姻関係の破綻に至った原因を作ったのは、被告であり、その責任は被告にあるものと認められるから、被告は、原告に対し、離婚のやむなきに至ったことにより原告が被った精神的苦痛を慰謝すべき義務があるところ、その慰謝料の額は、本件にあらわれた諸般の事情に照らすと、三〇〇万円が相当である。
第五 結論
 以上によれば、原告の本訴離婚請求は理由があるからこれを認容し、慰謝料請求については、三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが当裁判所に顕著である平成一四年九月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。裁判長裁判官深見敏正、裁判官吉田彩、林啓治郎

-判例20(判決文)-婚姻破綻の原因は、夫の暴力であるとし妻の離婚請求を認定
東京地方裁判所判決 平成14年(タ)第656号、平成15年(タ)第386号
主文
1 原告X1と被告Y1を離婚する。
2 原告X1のその余の本訴請求を棄却する。
3 被告Y1のその余の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は本訴請求に関する費用は原告X1の負担とし、反訴請求に関する費用は被告Y1の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1)主文第1項と同旨
(2)被告Y1は、原告X1に対し、1600万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
(1)主文第1項と同旨
(2)原告X1は、被告Y1に対し、500万円を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告X1が夫である被告Y1に対し、被告Y1の執拗な叱責や暴言により婚姻関係が破綻したから婚姻を継続し難い重大な事由がある旨主張して、離婚のほか、慰謝料100万円と財産分与1500万円の合計1600万円及びその遅延損害金の支払を求めたところ、被告Y1が原告X1に対し、反訴として、婚姻関係破綻の原因は原告X1の頻繁な家出による家庭放棄にある旨主張して、離婚のほか、慰謝料500万円の支払を求めたという事案である。
 その中心的争点は、(1)婚姻を継続し難い重大な事由又は悪意の遺棄の有無、(2)破綻の原因が被告Y1の執拗な叱責・注意にあるのか、又は原告X1の頻繁な家出による家庭放棄にあるのか、そして、それらの行為がそれぞれ不法行為に当たるのかどうか、(3)原告X1の財産分与請求の当否である。
1 (前提事実)
(1)原告X1(昭和31年○月○○日生。47歳)と被告Y1(昭和27年○○月○○日生。50歳)は、平成2年6月29日に婚姻した夫婦であり(甲1)、被告Y1が前妻との間にもうけた子であるA(婚姻当時小学校4年生)とともに3人で生活をしていた。
(2)原告X1と被告Y1は、平成13年11月3日に原告X1が家を出てから以降、約2年間近く、完全な別居状態にある。
2 (原告X1の主張)
(1)被告Y1は、原告X1との婚姻直後から、原告X1が結婚前に交際していた男性との関係が未だに継続しているものと邪推し、大声で怒鳴りつけたり、夜遅くその男性宅に電話をして相手をののしれと強要するなどした。そのため、原告X1はたびたび家を飛び出したりしたが、その度に、被告Y1がもうしない旨約束することから、帰宅していた。
(2)被告Y1は、日常生活の些細なことで少しでも気に入らないと、原告X1を大声で怒鳴り、ののしり、そのような状態が1、2時間にわたって継続した。また、このように怒鳴りまくる状況は、原告X1に対してだけでなく、被告Y1の実子や実父母、隣近所の住人にも及ぶ。
(3)平成13年11月2日に、原告X1及び被告Y1の夫婦と近所の2組の夫婦でカラオケに行った際、被告Y1は些細なことに腹を立て、原告X1を叩いたり蹴ったりした。それを見かねて止めに入った近所の夫婦の夫に対し言いがかりを付け、殴りかかり、大声で怒鳴りつけただけでなく、さらに被告Y1宅にその方を呼びつけ、暴言を吐き、眼鏡ケースを投げつけて軽い怪我まで負わせた。その方が帰った後も、朝まで被告Y1は原告X1に対し暴言を吐き、怒鳴りまくり、その間原告X1は怯えてなにもできない状態であった。原告X1はこのような状況に耐えきれず、平成13年11月3日から家を出て、別居した。
(4)被告Y1は、原告X1が家を出た後も、原告X1の勤務先にまで電話を掛けてきて、原告X1を脅すだけでなく、電話に出た同僚にも怒鳴りつけ、それが頻繁なため原告X1の勤務先にも多大な迷惑を掛けている。
(5)本件婚姻関係は、現在被告Y1の上記行為によってその修復が不能な程度に破綻している。
 したがって、婚姻を継続し難い重大な事由がある。
(6)慰謝料額
 原告X1は、被告Y1の上記行為によって離婚をせざるを得なくなったことから、精神的苦痛を受けている。その苦痛を慰謝するに足る金額は100万円を下らない。
(7)財産分与
 原告X1は、結婚後3年は夫の収入のみを当てにした専業主婦をしていたが、その間結婚当時小学校5年生であった被告Y1の連れ子Aの面倒をみており、平成5年2月からは美容師としても稼働し、その収入の約半額を家計に入れて家計を支え、平成9年7月には被告Y1住所地に3000万円で別紙物件目録記載の土地建物(以下「被告Y1宅」という。)を購入した。
 したがって、本件離婚に当たっては、その2分の1に当たる1500万円以上の財産分与がされるべきである。
 よって、原告X1は、民法770条1項5号に基づき被告Y1との離婚を求めるとともに、被告Y1に対し、本件離婚に伴う慰謝料として不法行為損害賠償権に基づく100万円及び財産分与として1500万円の合計1600万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 (被告Y1の主張)
(1)婚姻後の生活状況
 結婚後の夫婦生活は、繰り返される原告X1の家出、原告X1が好む外食や旅行への対応等、被告Y1が原告X1のわがままに気を遣い、出費して家庭を維持してきたところ、ついには家出をしたまま戻ってこずに離婚を要求してきた原告X1のわがままな態度に、被告Y1が疲弊したというのが実情である。この間の主な出来事や経過は、以下のとおりである。
ア 家計
 家計は、被告Y1の収入によって賄われてきた。被告Y1は、自分が会社員であった当時には給料の全額を原告X1に手渡していたほか、副業として個人で扱っていた美容材料の販売収益により公共料金・保険料・外食費等を賄っていた。平成6年に独立してからはもちろん被告Y1の収益によって家族の生活を支えた。原告X1は平成5年2月から美容院への勤務を始め、その給与の半額を被告Y1に渡すと申し出た。被告Y1は、妻が勤務することには反対であったし、家計費を妻に支出させるつもりはなかった。このため、原告X1と話し合い、これを外食費や旅行費などに遣うことにした。しかし、かえって、家族との外食が増え、原告X1の同僚との交際のための出費も生じたため、被告Y1が、原告X1から渡された金額に大幅に付加して支出することになってしまった。
イ 原告X1による家事・育児
 原告X1は、結婚するときには被告Y1に対し、「お母さんとしてAの面倒を見る。」旨言っていた。しかし、結婚後は、まだ小学生のAに対し、「お父さんと別れればあなたとは他人なんだから。」などという子供心を傷つける発言をし、Aの高校受験、大学受験等を控えているときであっても、家出をしてしまい、受験当日にも家にいないという状態であった。また、食事についても、週に2、3回の夕食は、原告X1の希望により、外食であった。費用がかさむことは言うまでもなく、子供に必要な栄養のバランスなどの点からも好ましいとは言えない。母親、主婦としての自覚に乏しかった。それでも被告Y1はAの面倒を見てもらっているという思いがあったことから、外食の希望に応え、家での夕食後には原告X1の肩を揉んだりして感謝の気持ちを表していた。
ウ 原告X1の家出について
 原告X1は、被告Y1との結婚後、家を飛び出て何日も、時には2週間も戻らないということを繰り返してきた。家庭人としてあるまじき行為であり、その間の家族の心配、不安、不便等は計り知れない。家出の状況は以下のようにある。
(ア)原告X1は、披露宴期日を目前にして家を出てしまい、被告Y1は披露宴を開けるかどうかやきもきとした毎日を送った。前日になってようやく原告X1は戻り、披露宴を無事開くことが出来たが、この間の被告Y1の心労は大きく、「パニック障害」のきっかけとなった。被告Y1のパニック障害については、昭和大学病院で正式な診断を受けた後に、原告X1は、「一所懸命に家のことをして償う。」「病人を放って逃げるようなことはしない。」などといって、自分が原因となっていることを認めていた。
(イ)その後も原告X1は、被告Y1が原告X1の非常識な行動をたしなめたり、被告Y1が原告X1の要望を受け容れないと、プイと家を出て行き、何日も戻らないということを繰り返してきた。被告Y1は、そのたびに妻の居場所を探したり、勤務先にいると思われる原告X1に連絡を取るなどした。原告X1の話を聞いてやり、わかったから帰っておいでと言ってやると、ようやく帰ってくるのであった。
(ウ)平成9年2月10日深夜にも、飲酒して帰宅した原告X1に対して被告Y1が一言注意したところ、原告X1は自転車に乗って家を飛び出してしまった。翌朝、被告Y1は、原告X1の勤務先から、原告X1が足を骨折した状態で店に寝ていたので入院させた旨の電話を受けた。被告Y1が放置していたような取り方をされて、被告Y1は恥ずかしさと共に、妻のわがままへの付合いに疲れを覚え、離婚することを考えた。ところが、健康保険証を持って病院へ駆けつけた被告Y1を見るなり、原告X1は、被告Y1を拝むようにして手を合わせた。今まで家出を繰り返して被告Y1に迷惑をかけたことを詫び、二度と家出をしないと約束もした。この姿を見て被告Y1は、ようやく原告X1も気がついたかと許す気になり、退院するまでの約90日間、毎日見舞い、婚姻生活を継続した。
(エ)この退院の後、実際、原告X1は、平成13年7月ころに家出をするまでの約4年間家出をしなくなった。この平成13年7月の家出の原因というのは、外食をめぐってであった。すなわち、原告X1は、家で食事をするより外食を望み、被告Y1は出来るだけこれに応じてきた。そのための経費は相当なものであった。平成13年ころになると被告Y1の収入が減収に転じたため、外食のための出費が負担になってきた。このため、原告X1と「外食はしない。」と話し合った。その数日後に、勤務先から「外で食べよう。」と電話をしてきた原告X1に対し、被告Y1が「外食はしないと約束したばかりじゃないか。」と答えると、原告X1はその晩から約2週間戻ってこなかった。この家出のときには、被告Y1は、また始ったかと愕然とした。しかし、約2週間後に原告X1から泣きながら電話がかかり、「子供にもよくないから戻っておいで。」と被告Y1が話しかけると、「悪かったよ。」と詫びて戻ってきた。
(オ)このように、被告Y1は原告X1が些細なことで家出をすることに耐え、不満も言わず、料理等の家事を誉め、何かと感謝の気持ちを表して、腫れものに触るように接してきたのである。原告X1も周囲の人々に、被告Y1のことを、とても優しい人だと自慢げに話しており、調停においても、調停委員に同様のことを話していたとのことである。
エ 原告X1の言動について
 原告X1は、酒を飲むと羽目を外すことが多く、あきれるような行動にでることがしばしばあり、一緒にいる被告Y1や友人が取り繕い、謝ってその場を収めてきた。ある時は、ファミリーレストランの前を通っているときに、店頭に植えてある花を抜いてしまい、これを近くのラーメン店の主人に渡そうとしたことがある。被告Y1がレストランに謝ってその場を収めたのは言うまでもない。
(2)今回の原告X1の家出と別居
 平成13年11月21日、被告Y1が帰宅すると、原告X1から、ご近所の二組の夫妻から勤務先への電話でカラオケの誘いがあってこれを承諾したことを聞かされた。被告Y1は、仕事で疲れていることと、外食は当分しないと約束していたこともあって、不本意であった。しかし、ご近所からの誘いであったため、出かけた。ところが、原告X1は、カラオケ店で同行者の奥さんの腕にしがみついて離さず、相手が嫌がっているのを気づいた被告Y1が何回注意しても、かえってわざとのように腕を放そうとしないでいた。また、会計の計算を誤り、これを被告Y1に伝えなかったため、被告Y1が同行者から直接、おつりを戻すように言われ、恥ずかしい思いをした。原告X1のこのような態度を腹立たしく感じたため、被告Y1は外へ出たときに注意をしたものの、原告X1がこれを無視するので、叱責しながら足を蹴ったところ、同行者に止められた。この時払いのけようとした被告Y1の手が相手の眼鏡に当たって落ちてしまった。自宅に戻ってから、原告X1が謝った上で、寝室に入り、眠っていた。翌朝、原告X1はいつもより早く家を出て行ったきり、帰ってこなかった。この時は被告Y1も繰り返される妻の家出騒ぎに原告X1への失望の思いが強くなっていった。
(3)離婚原因
 被告Y1と原告X1の婚姻生活は、繰り返される原告X1の家出、原告X1の要求による外食費等の過大な出費等の家庭を顧みない原告X1の態度、ついには平成13年11月に家を出て戻らない原告X1の家庭放棄によって別居状態となり、その後の経過によっても、二人の関係は回復しがたいほどに破綻している。これらは、民法第770条1項2号(悪意の遺棄)及び5号(婚姻を継続し難い重大な事由)に該当する。
(4)慰謝料額
 被告Y1は、原告X1が家出を繰り返して家庭放棄をすることに悩み、不便を来たし、対処し、不安な状態に陥っていた。このことによる精神的苦痛は大きい。さらに、原告X1の家出による不安等がきっかけで「パニック障害」の持病を抱え込んでしまった。このことは原告X1も承知していることである。被告Y1に対する慰謝料としては、500万円が相当である。
(5)財産分与について
ア 被告Y1は、平成9年6月25日に、約17年前から社宅として居住し続けていた被告Y1宅を代金3000万円で購入した。売主(前所有者)のBは、被告Y1がかつて勤務していた会社の経営者であり、いずれは被告Y1が買い取るという約束のもとで被告が入居したものであり、毎月支払っていた賃料も最初から購入代金の一部とする約束であった。したがって、購入代金3000万円は、それまで賃料として支払ってきた分を考慮したもので、当時の相場に比べると格安の代金であった。諸経費を含めた合計3200万円の支払方法は以下のとおりであった。700万円を被告Y1が、500万円を原告X1がそれぞれ負担し、残りの2000万円を被告Y1名義のローンとした。ローンは、被告Y1の収入から返済し、現在も返済継続中である。平成15年4月26日現在の残高は、ローン残高は1641万8077円である。なお、原告X1が自宅を出た当時(平成13年11月3日現在)の残高は金1743万6112円であった。
イ 自宅は、購入以降、逐次補修を施した。浴室・トイレ・ベランダ・玄関ドア・屋根・外壁等を補修・取替した。原告X1の、綺麗な家にしたいとの希望を容れたものである。この費用は、保険料を被告Y1が負担して加入していた家族名義の簡易保険4口から借入れをして賄った。原告X1が自宅を出た当時で、合計445万円が残っていた。この借入金については、購入時のローンと同様、被告Y1の収入から返済してきた。ただし、100万円については、その後保険契約そのものを解約し、返戻金と相殺することにより返済した。現在は、残り3口分で利息分が加算されていて合計金416万3454円が残っており、この返済も被告Y1が継続中である。
ウ このように、原告X1の自宅に関する負担額は購入時の500万円だけであって、購入価格3000万円の6分の1にすぎない。したがって、原告X1の共有持分は、実質的に6分の1のはずである。ところが、登記上の共有持分は3分の1となっている。実態を伴わない共有持分となってしまっているので、是正されるべきである。
エ 自宅の評価額について
 被告Y1宅について、平成14年1月当時に不動産仲介業者に見積りを依頼したところ、条件設定により異なるとの前提で、1960万円ないし1645万円との評価額が示された。不動産相場は、その当時から更に下降線をたどっていることは周知の事実である。したがって、現在では、上記価額より少なくとも1割程度は低下していると思われるのである。そうすると、1760万円ないし1480万円程度と推測される。したがって、財産分与はゼロである。
よって、被告Y1は、反訴として、原告X1に対し、民法770条1項2号(悪意の遺棄)、同5号(婚姻を継続し難い重大な事由)に基づき離婚を求めるとともに、不法行為損害賠償請求権に基づき離婚に伴う慰謝料500万円の支払を求める。
4 (原告の再主張)
 被告Y1が主張するパニック障害については、この病名自体は、原告X1との結婚前から被告Y1が症状を訴えていた自律神経失調症につき、結婚後改めて診断を受けたところ付けられた病名であり、原告X1との結婚生活後に発病したものではないから、原告X1の行動をきっかけとして発病したものではないことが明らかである。なお、8、9年前、被告Y1が事故に遭った際、事故によりこの傷病が発病したと主張して裁判となり、事故による後遺障害であると認められて賠償額が高くなり、それを加害者の保険会社から受け取っているという事実がある。この点からしても、被告Y1がパニック障害なる傷病を持病としていることが事実としても、原告X1の言動がその原因ではないことが明らかである。
第3 争点に対する判断
1 裁判所が認定した本件事実経過
 前記前提事実のほか、証拠(原告供述、被告供述、甲2、乙4、)及び弁論の全趣旨によって認めることができる事実を加えると、本件事実経過は、以下のとおりである。
(1)被告Y1と原告X1の結婚後の状況
ア 美容材料販売会社の社員であった被告Y1は、取引先の美容室の美容師であった原告X1と平成元年12月に知り合い、平成2年6月に結婚した。
 しかし、その直後から、被告Y1において、原告X1が結婚前に交際していた男性との交際が未だに継続しているものと疑い、大声で怒鳴りつけたり、夜遅くなってから、原告X1をしてその男性宅に電話をかけさせて相手をののしれと強要するなどした。また、被告Y1は、日常生活における原告X1の言動についても、原告X1を1、2時間にわたって厳しく注意したり、怒鳴ったり、ののしったりすることがあった。そこで、原告X1は、これに耐えきれず、被告Y1との婚姻届出後も、数日から2週間程度の家出を何度も繰り返し、平成3年2月の結婚披露宴の数日前にも家出をした。また、被告Y1のいわゆる連れ子であるAの高校受験、大学受験等を控えている時期にも原告X1は家出をし、受験当日に家にいないことがあった(乙4の2頁)。
イ このように家出を繰り返し、主に勤務先の美容室に寝泊まりするなどしていた原告X1に対し、被告Y1は、その度に戻ってきてほしいと優しい声をかけ、原告X1に対する態度を改める旨約束し、帰宅後は原告X1の外食の希望に応えたり、家での夕食後にはその肩を揉むなどして原告X1に優しく接した(乙4の2頁、3頁、被告Y1供述2頁以下)。このような被告Y1の優しい一面と、パニック発作の持病をもつ被告Y1を助けたいという気持ちや、被告Y1には二度の離婚経験があり、連れ子のAもいたなどから、原告X1は、離婚を思いとどまり、家出の度に帰宅していた(甲2、原告X1供述4頁、21頁)。
ウ 平成9年2月10日深夜、飲酒して帰宅した原告X1に対し、被告Y1が注意したところ、原告X1は自転車で家を飛び出してしまった。翌朝、被告Y1は、原告X1の勤務先から、原告X1が足を骨折した状態で店に寝ていたので入院させたとの電話を受けた。健康保険証を持って病院へ駆けつけた被告Y1は、原告X1が謝り、今後は酒を飲んだときには自転車に乗らない旨を約束したことなどから、退院するまでの約90日間、毎日原告X1を見舞ってその面倒を見た。
 この退院の後の約4年間は、原告X1も家出をしなかった。
エ 平成13年7月、被告Y1の収入が減収に転じたため、外食のための出費が負担になり、被告Y1は原告X1との間で外食をしない旨を合意したが、その数日後に、勤務先の原告X1から「外で食べよう。」と電話を受けたので、これを注意すると、原告X1がまた約2週間家出をした。
オ 平成13年11月3日の別居に至った経緯
 平成13年11月2日に、原告X1及び被告Y1が近所の夫婦2組とカラオケに行った際、原告X1がカラオケ店で同行者の女性の腕にしがみついて離さず、これに気づいた被告Y1が何回注意しても、かえってわざとのように腕を放そうとしないでいたことや、原告X1が知人にお釣りを返すべきことを被告Y1に伝えていなかったため、被告Y1が同行者から直接、おつりを戻すようにと言われ、気まずい思いをしたことなどに被告Y1が立腹した。そこで、被告Y1が店の外へ出たときに原告X1を厳しく注意したものの、これを無視されたので、原告X1を激しく叱責しながらその足を蹴ったところ(被告Y1供述21頁)、同行者に羽交い締めにされ、止められた。そのため、被告Y1は、自宅にその知人を呼びつけ、暴言を吐き、眼鏡ケースを投げつけるなどした。その知人が平謝りして帰った後も、被告Y1は朝まで原告X1に対し、「疫病神だ、出ていけ。おれはここのうちにはもう住めないから、あすこのうちにも火をつけて、俺もここに火をつける。おまえはおまえを生んだ親のところに帰れ。へえ、ざまあみろ、お前は今日仕事だろう。」などと朝5時ころまで怒鳴ったり、暴言を吐くなどした(原告供述13頁以下)。
 そこで、原告X1は、もはやこのような状況に耐えきれないと考え、平成13年11月3日から家を出て別居し、現在に至るまで約2年近く別居を続けている(甲2、原告X1供述13頁)。
(2)家 計
ア 被告Y1は、自分が美容機器販売会社の社員であった当時には給料の全額を原告X1に手渡していたほか、副業として個人で扱っていた美容材料の販売収益により公共料金・保険料・外食費等を賄っていた(弁論の全趣旨)。
イ 原告X1は、平成2年の結婚後、専業主婦として、当時小学校4年であったAの子育てや家事をしていたが、平成5年2月からは美容院への勤務を始め、中学生のAの弁当を作りながら、給与収入の半額程度(毎月13万円ないし15万円程度)を家計に入れて家計を支えたが、週に2、3回の外食費や、原告X1の交際費が増大したため、経済的には余裕がなかった(乙4の3頁、原告X1供述7頁以下)。
ウ 平成6年9月には、被告Y1が独立して美容材料の販売業を始め、家族の生活を支えた(被告Y1供 さらに詳しくみる:述32頁)。
(3)被告Y1の病状
 被告Y1は、原告X1との結婚前から自律神経失調症の診断を受け、結婚後の平成6年11月ころ、昭和大学病院において正式にパニック障害の診断を受け、仕事で自動車を運転することは何とかできるものの、パニック発作の不安を抱えているため、息子などの同伴者がいない限り、1人で電車を使用して外出することが困難な状態にある(被告Y1供述7頁)。
2 婚姻を継続し難い重大な事由の有無について
(1)被告Y1は、原告X1が頻繁に家出を繰り返して別居に至ったことをもって悪意の遺棄(民法770条1項2号)に当たる旨主張するが、前記認定によれば、その家出の主な原因は、被告Y1が原告X1に対して怒鳴り声を交えた執拗な注意叱責をすることにあると認めることができるから、上記の家出が悪意の遺棄に当たるということはできない。
(2)しかしながら、前記認定によれば、誤解を招きやすい原告X1の自由奔放な行動が被告Y1の執拗な叱責や怒鳴り声を誘発し、それによって原告X1が少なくとも20回前後にわたって家出をし(原告X1供述18頁)、家出後に被告Y1が優しい言葉をかけて謝って帰宅を求め、原告X1がその言葉を信じ、パニック発作の持病を有する被告Y1を妻として支えなければならないという気持ちもあって一時期は元に収まるが、しばらくすると同じことが繰り返され、結婚後約11年にして、ついに原告X1が耐えきれなくなって今回の約2年近くの長期別居に至ったというのである。そして、原告X1の本件離婚請求に対して被告Y1も反訴として離婚請求をしていることをも合わせ考えると、本件においては、原告X1と被告Y1の婚姻関係については、婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)が存在するものと認めることができる。
 したがって、本訴請求及び反訴請求のうち離婚請求部分は、いずれも理由がある。
3 本訴と反訴の各慰謝料請求について
(1)原告X1は被告Y1に対し、執拗な叱責や注意により婚姻関係が破綻した旨主張して、離婚に伴う慰謝料100万円の支払を求めている。他方、被告Y1は、原告X1の頻繁な家出による家庭放棄のためにパニック発作の持病を抱え、精神的苦痛を受けた旨主張して、慰謝料500万円の支払を求めている。
(2)そこで、判断するに、前記のとおり、被告Y1の執拗な叱責等の主な発端は、誤解を招き易い自由奔放な原告X1の言動や性格傾向にあると同時に、原告X1の家出の主な原因は、怒鳴り・声も交えて執拗に原告X1を叱責し、注意をし続けるという被告Y1の言動や性格傾向にある上、原被告間には性格の不一致もうかがわれるから、被告Y1の執拗な叱責及び注意をすること自体又は原告X1の頻繁な家出それ自体がそれぞれ他者に対する関係で不法行為に当たるとまでいうことはできない。
(3)したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告X1の被告Y1に対する慰謝料100万円の不法行為損害賠償請求(本訴請求)及び被告Y1の原告X1に対する慰謝料500万円の不法行為損害賠償請求(反訴請求)はいずれも理由がない。
4 財産分与について
(1)被告Y1は、平成9年6月25日に、その約17年前から社宅として居住し続けていた被告Y1宅を代金3000万円で購入した(乙5)。売主(前所有者)のBは、被告Y1がかつて勤務していた会社の経営者であり、いずれは被告Y1が買い取るという約束のもとに被告Y1が入居していたものであり、毎月支払っていた賃料も購入代金の一部とする約束であった。そのため、購入代金3000万円は、それまで被告Y1が賃料として支払ってきた分を考慮したもので、当時の相場に比べると格安の金額であった。諸経費を含めた合計3200万円のうち700万円を被告Y1が、500万円を原告X1が、それぞれ負担し、残りの2000万円は被告Y1名義の住宅ローンで賄われた。住宅ローンは、被告Y1の収入から返済され、現在も返済継続中であり、平成15年4月26日現在の残高は、1641万8077円である(乙4の5頁、乙7、弁論の全趣旨)。
(2)また、被告Y1宅は、購入以後、原告X1の希望もあって、浴室・トイレ・ベランダ・玄関ドア・屋根・外壁等を補修し、その費用は、保険料を被告Y1が負担して加入していた家族名義の簡易保険4口から借入れをして支払い、その残債務額は約416万3454円である(乙8ないし12)。
(3)被告Y1宅の評価額と債務額について
 原告X1が共有持分3分の1、被告Y1が共有持分3の2を有している被告Y1宅(道路共有持分は別。甲4、5、乙1)の評価額は、1760万円ないし1480万円程度であるが(弁論の全趣旨、乙2、被告Y1供述16頁)、他方において、被告Y1宅の住宅ローン及び補修費用借入債務の合計額は2058万1531円であるから、消極資産が積極資産を超過している。そして、原告X1は被告Y1と比較すると健康であって、美容師として相応の収入を有しているが、他方、被告Y1はパニック発作の持病を抱え、上記被告Y1宅のローン債務等の返済に追われている。これらの諸事情を勘案すると、原告X1の財産分与請求を認めることは相当ではない。
5 結 論
 以上によれば、原告X1の本訴請求のうち、離婚請求は理由があるからこれを認容するけれども、その余の離婚に伴う慰謝料請求は理由がないからこれを棄却することとし、財産分与の申立ては理由がないからこれを認めないこととする。また、被告Y1の原告X1に対する反訴請求のうち、離婚請求は理由があるからこれを認容するけれども、その余の慰謝料請求は理由がないからこれを棄却することとする。よって、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第24部 裁判官齊木教朗

-判例21(判決文)-夫の協調性のない身勝手な態度により、離婚と妻を親権者と認定
東京地方裁判所判決 平成12年(タ)第425号
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原被告間の長男A(昭和62年○○月○日生)、長女B(平成元年○○月○○日生)の親権者をいずれも原告と定める。
3 被告は、原告に対し、長男Aの養育費として、判決が確定した日の翌日から平成19年11月3日まで毎月末日限り金2万円を支払え。
4 被告は、原告に対し、長女Bの養育費として、判決が確定した日の翌日から平成21年10月26日まで、毎月末日限り金2万円を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1、2項同旨
2 子の監護について必要な事項(長男、長女がそれぞれ成人に達する前日まで、養育費1人当たり月額5万円)
第2 事案の概要
1 原告と被告とは、昭和53年秋頃同棲を始め、昭和62年9月に婚姻届出を了した夫婦であり、原告と被告との間には、未成年の子である長男A(昭和62年○○月○日生)、長女B(平成元年○○月○○日生)がいる(甲1、5)。
 なお、原告は、平成11年10月19日、子2人を連れ、被告肩書地の自宅(以下「被告宅」という。)を突然出て、それからは原告と被告は別居の状態にある(甲2の1、乙11、12)。
2 本件における当事者の主張は次のとおりである。
(1)原告
ア 離婚請求について
 原告は、長年にわたる被告の協調性のない身勝手な生活態度から、被告への信頼、愛情を失うようになった。
 ところで原告は、被告が収入の無いときにも自己の飲食に関する嗜好を変えないため、平成3年ころから、生活費に困窮することがしばしばあり、この際には被告に相談できないまま、カードローン会社から借入をせざるを得なかったところ、そのことが、平成10年ころ、被告の知るところとなり、被告は、それ以降毎日、無断借用を原告だけの責任として一方的に責め、暴力も振るうようになった。
 原告は、その毎日に耐えられず、また、被告の上記性格、生活態度に愛想を尽かし、平成11年10月に子2人を連れて被告宅を出て、別居するに至った。
 その別居状態は既に3年間となり、その間に被告も離婚を認める旨述べており、復縁の可能性はない。
 したがって、原告と被告との間には、婚姻を継続しがたい重大な事由が存する。
イ 親権者の指定について
 長男と長女は、現在、原告と同居し、長男、長女と原告との関係は良好であり、長男、長女の親権者は原告と定めるのが相当である。
ウ 養育費について
 原告の給与所得と児童扶養手当による収入を併せた月収は22万7320円で、被告の月収は45万1000円であり、その収入格差に、被告が1人暮らしとなり、他方、原告は3人暮らしとなって、特に子2人を育てなければならないことに照らせば、被告は、原告に対し、子1人について月額5万円の養育費を支払うべきである。
(2)被告
ア 離婚請求について
a 原告は、家計の管理を任されていたところ、計画性もなく消費してしまい、生活費が足りなくなり、被告にも言うことができず無断でカードローン会社から借金を繰り返した。
 被告は、平成10年ころ、原告の借金を知り、詳細な事実を確認しようと説明を求め、また、家計簿の作成を求めたが、原告はなかなかそれに応じようとしなかった。 
 そのため、原告と被告はしばしば口論になったことはある。
 原告が自宅を出たのは、勝手に借金をしていたことを被告に弁解できず、また、自己の自尊心を害されたと感じた原告が、居づらくなって自宅を出たのであって、別居は原告の一方的な我が儘によると謂わざるを得ない。
b 長男、長女は、いずれも、今回の離婚騒動に傷つき、不登校又はそれに近い状態に陥っており、2人の子を育てるためにも離婚は相当でない。
イ 親権者の指定について
 長男、長女は、不登校又はそれに近い状態に陥っている。また、原告は子らが健全に就学できるように具体的な努力をしておらず、監護能力の欠けることは明らかである。
ウ 養育費について
 原告は、被告が原告より収入が多いことから、養育費を支払うべきだと主張する。
 しかし、被告は支出も多く、収支において余剰が生じているわけではなく、しかも、余剰の生じない原因は、原告が勝手に作った借金を代わりに返済しているからであり、このことからすれば、被告が原告に対して養育費を払う理由はない。
第3 当裁判所の判断
1 離婚請求について
(1)証拠(甲1、2の1、2、3ないし5、12、乙1ないし3、4の1ないし8、6ないし8、11ないし19、34、原告、被告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。なお、上記証拠のうち、後記認定に反する部分はたやすく信用できないから除外する。
ア (両当事者の性格等)
a 原告は、婚姻後、基本的には主婦として稼働し、家計の管理を任されていた。ところで、地方の名家で何不自由なく育った原告は、大まかで細かなことや計画的なことが苦手で、被告の収入が少なく家計が苦しくても、家計を管理するため、家計簿を作るようなことはしなかった。
 また、後述のとおり、物事に対し責任をもって対処することが苦手で、ともすれば、不都合なことから逃避するところがある。
b 被告は、原告の親が上京する際に不相応な接待をするなど見栄っ張りで体裁を重んじ、自尊心の強いところがある。
 また被告は、非嫡出子として生まれ母一人に育てられたことから、子を持つ夫婦が離婚することは、子のために絶対に許されないと考えており、その他にも、夫が外で働き、妻は自宅でしっかりと主婦業を務めなければならないなどと自分の考えを持ち、それに拘り、反する他人の考えを認めないところがある。この拘りは飲食物にもあり、しっかりとした嗜好を持ち、特定の飲食店を馴染みにしたり、高価な酒類をわざわざ取り寄せたりした。なお被告は、酒類を特に好み、夜は毎日のように飲酒した。
 さらに被告は、対話において、自己特有の理屈を展開することが多く、それに、相手が異なった意見を述べると、相手が従うまで理屈を駆使して話を繰り返す粘着質なところがある(被告は、尋問期日において供述した上、7通(乙11、18ないし20、27、34、36)もの陳述書を提出しているが、それも被告本人の性格の現れと解される。)。
イ (本件の経緯)
a 被告は、音楽大学を卒業後、ピアニストを目指していたが、その目的を達せず、幾つかの企業で営業の仕事をしながら、自宅等でピアノを教えて生計を立てていた。
 原告は、昭和62年に長男、平成元年に長女を出産し家事、育児が忙しく、長男が就学するまでは主婦に専念していた。
b 原告は、家計を預かっていたが、被告が、平成4年ころ、勤務先を転々としたため従前より収入が大幅に減り、他方、被告が自己の嗜好を変えず高価な酒類や食材に拘り、また、外食を繰り返し、原告もそれについて強く反対しなかったことから支出を減らすことができず、むしろ、子らの成長による支出増もあり、生活費に欠くようになった。
 そこで原告は、被告に対して生活費の困窮を伝えたが、被告は、飲食の嗜好を変えることもなく、原告で対処するようにと述べるに止まり、非協力的だった。
 原告は困り、被告に無断で、被告名義のクレジットカード等を使用してカードローン会社から借金をするようになり、また、家賃等の支払いを遅滞した。そして、パートやアルバイト勤めに出るようになり、それで月収4万円程度の収入を得て、上記借金の支払等に充てていた。
c 被告は、平成5年から、一つの職場に腰を落ち着けて仕事をするようになった。しかし、外交員である被告の収入は不安定であり、70万円の収入がある月もあれば、ほとんど収入のない月もあり、原被告の生活は不安定だった。なお、被告の賃金体系によれば、経費を自分で負担することになっており、被告の月額の平均可処分所得は40万円程の年度もあるが、殆どの年度は30万円程になると推認される(乙4の1ないし8)。
 被告は、外交員として勤務するほかに、演奏会などでピアノを弾き臨時収入を得たり、ピアノ教師としても収入があり、それは月額6、7万円程となった。しかし被告は、ピアノを自宅に持ち練習をしなければならないため、ピアノを置けて弾くことができるアパートに住む必要があり、被告宅は、その家賃が月額11万円程であり家計を逼迫させた。
d 被告の収入は不安定であるし、また、子らは成長し教育費等の費用もかかるようになり、家計は決して楽ではないことは誰にでも予測できる
 ところ、被告は、家計への配慮がないまま、従来どおりの生活を続け、原告もそれに逆らえず各種生活費を支出したことから、原告による前記借入は減ることはなく、むしろ借り換えなどにより増えることとなった。
 平成10年の春又は夏頃には、借金や各種支払いの滞納分を併せると470万円程になった(このうちには、後に原告自身で返済した分もあるが、被告が返済したり、返済予定の分約300万円がある。)。
 そしてこの頃、被告は、原告がカードローン会社に対し借金を有することを知るに至った。
e 原告の借金を知った被告は、原告に対して全債務の明細について説明を求め、家計簿をつけることを要求した。また、それ以降、毎夜のように酒を飲んでは、無断で借金したことで原告を責めるため、口論となり、被告は、その際、原告に向かって物を投げたり、「(被告宅から)出ていけ。」と罵声を浴びせたりし、原告もそれに応じ、時には取っ組み合いの喧嘩となった。
f 原告は、被告との離婚を考えるようになり、平成11年夏に自分の実家に帰省した際、子2人に対して別居や離婚のことを話した。
 原告は、子2人に対して、被告が生活状況に関係なく勝手に事を決めてしまい、家事、家計に協力しないことから、生活が大変であり、被告との喧嘩が絶えないことになっており、別居、離婚したいことを説明した。
g これに対して、長女(当時小学4年生)は、被告と一緒にいたくないとして原告に同調したが、長男(当時小学6年生)は、原告と被告とのの日常の様子には耐えられないと述べたが別居、離婚については反対した。
h 原告は、同年9月20日、被告に暴力を振るわれ、ガラス片で左足を負傷するなどしたため、病院で治療を受けざるを得ないこととなった。
 それから原告は、被告に対して離婚を求めるようになり、同年10月上旬、被告に対し各欄を記載するように求めて離婚届を渡した。
 原告は、同月19日、子2人を連れて被告宅を出て別居を始め、原告と子2人は、現在、子2人と原告肩書地の原告宅(以下「原告宅」という。)で同居している(なお、後記のとおり、長女は平成14年4月から同年7月の間、原告宅を出て被告宅に移り、その間、被告と同居したが、同月末に原告宅に戻っている。)。
i 被告は、原告が家を出たことに衝撃を受け、平成12年10月20日、離婚を決意し、原告から渡されていた離婚届に署名、捺印し、その上、勤務先の上司に離婚の証人を依頼し、離婚届に同人の署名、捺印を受領し、それを原告に見せたりしたが、同年末に翻意し、離婚届を提出するのを止めた。
j 原告は、別居後の平成12年1月から、原告宅の近くにある小料理屋において午後5時から午後11時まで働き、その他日本舞踊を教えて得た収入、実家からの援助及び公的扶助により親子3人の生活を支えている。
k 被告は、平成12年2月、東京家庭裁判所に夫婦関係の円満調整を求める夫婦関係調整調停事件(平成12年(家イ)第1074号事件)の申し立てをしたが、原告は離婚を主張したため調整が困難であり、同年5月、調停は不成立に終わった。
l 原告は、同年6月、本件訴えを提起した。
被告は、本件訴訟継続中の平成14年7月11日ころ、原告に電話をかけ、原告に対して、わざわざ、子2人が成人になり、離婚せよというのならば離婚に応じると述べた。
 また、同月23日の本人尋問期日において、原告は強く離婚を求め、被告は、原告の離婚請求は真意に基づくと思うとしながら、その離婚請求は自分に十分な収入がなく生活に経済的余裕がないからであり、現在より年間300万円程収入が増えれば戻ってくると供述した。
m 原被告の別居状態は3年を経過した。
(2)以上の認定事実によれば、次のとおり判断することができる。
ア 被告は強い個性を有し、その性格、価値観から協調して家庭生活を築こうとしないところがあり、原告は、自分の信念、価値観及びライフスタイルを貫こうとする被告に従っていたものの、原告がつくった借金について、被告にも責任の一端があるにもかかわらず、一方的に原告だけの責任とされ、それを何時までもしつこく責められたことから、このような被告とは夫婦として共同生活をすることはできないと判断し別居に至ったものであり、別居に至った経緯には納得できるものがある。
イ その別居期間は3年間にも及んでいる。
ウ そして、被告といえば、本件訴訟に至っても、自分の年収が300万円も増えれば原告は戻ってくると述べるに止まり、自分の性格上の欠点、短所に言及しそれを改善しようともしないし、また、夫婦関係を維持するのに必要な情緒的側面の配慮、すなわち、妻である原告の感情を理解したり内面を慮ろうともしない。
エ また被告は、子2人のために離婚することはできない旨主張するが、これこそが問題と謂わざるを得ない。すなわちこれは、被告が、原告を母親としてとらえる視点から、原告が子2人の幸福をおいて自分の意思を貫こうとするのは、母親として無責任であると非難しているにすぎず、このことを離婚の可否を検討する際、正面から取り上げようとするのは正当でない。婚姻継続の可否は、本来、夫と妻の精神的結合の問題であり、子2人の養育の必要性は副次的な判断要素にはなりえても、それをもって当然に、婚姻を継続し難い重大な事由のないことにはならない。
 かえって、被告においては、原告を自分の妻としてとらえる視点から、夫としての被告と、妻としての原告との間の関係をどのように修復したらよいかについて、十分な問題意識を持っていないと謂わざるを得ない(なお、被告は、前記認定事実のとおり、時々、離婚に応じるかの態度を取ることがあるが、仮に、被告が上記の問題意識を持っているとすれば、上記問題意識がその態度を取らせているものと解され、それはそれで、本件は離婚を認めるのが相当となる。)。
オ そして被告は、前記のとおり、妻としての原告との関係で自分の態度や物の考え方を反省するという気持ちの余裕がなく、原告との関係を修復するための具体的な方策を持ちあわせていないのだから、原告が、このような状態のまま被告のもとに戻ったとしても、円満な家庭生活を営むことは期待できない。
カ しかも、原告の離婚意思は、別居期間3年の間にますます強固となり、被告も原告の離婚請求が真意に基づくことを認めている。
キ 以上によれば、原告と被告の婚姻関係は、原告にも原因があるものの、被告にもそれなりの原因があって、回復及び継続がおよそ期待できない状態に至ったのであり、原告の離婚請求を認めざるを得ないと解する。
2 親権者の指定について
(1)証拠(甲3、7、12、乙6、9ないし11、22、23、27、32、34、36、原告、被告)によれば、次の事実が認められる。なお、同証拠のうち、後記認定に反する部分はたやすく信用できず除外する。
アa 長男は、前記の別居当時小学6年生であり、転校せずに従前どおり練馬区立C小学校に通い、平成12年3月同小学校を卒業した後、同年4月に江東区立D中学校に入学し、現在、同中学校3年生で、まもなく卒業となる予定である。
b その長男は、中学1年生の1学期から欠席がちであり、1年3学期から不登校の状態となっている。長男は、平日は原告宅などで過ごし、週末は練馬区の児童館に行ったり、小学校時代の友人と遊び、また、被告宅を訪ねたりして過ごしている。
c 原告は、この間、長男の不登校について、中学校の担当教諭と対策を話し合い、長男を学校カウンセラーのもとに連れて行こうとしたが、長男から強く拒否されたため一人で数回通った。その後は原告が、積極的に学校に相談することはないものの、担当教諭が定期的に原告宅を訪ねており、それにより学校との連絡を保っている。
d なお、被告が、平成13年7月ころ、子2人について、現在のところは原告により監護されているが、原告の監護は適切でないとして子2人の引渡しを東京家庭裁判所に申し立て(平成13年(家)第10355号、同第10356号事件)、同裁判所調査官が、その調査のため長男と会おうとしたが、長男がそれを拒否したため調査することができなかった。
 なお、長男のこの態度は、両親の板挟みとなり、自己の意向によって監護権者が決定されるのを避けたいとの気持ちを有していること、長男には監護状態の変更を積極的に求める意思がないことを推認される。
イa 長女は、別居当時小学4年生であり、原告宅の学区域にある江東区立小学校に転校したものの同小学校に馴染めず、小学5年生の4月に従前在籍していた練馬区立C小学校に再転校した。
 しかし長女は、小学5年生の1学期から欠席がちとなり、一時不登校状態にもなった。これに対し原告は、積極的ではないが学校側から連絡を受けるとそれに答え、長女のことを話し合って相談していたが、長女の状態は改善されなかった。
b 長女は、平成14年3月に同小学校を卒業し、同小学校の学区域内にあり上記小学校卒業生の多くが進学する練馬区立C中学校に進学し、現在、同中学校の1年生である。
 長女は、希望した上記中学校に進学すると、原告宅を出て被告宅から通学するようになり、授業日のうち3分の2程度は登校するようになった。
c 長女が、被告宅から通うようになったのは、同女が上記中学校への進学を希望していたところ、教育委員会が、越境入学を認めず、長女の住民票の住所地を変更し、同学区域内にある被告宅から通うように指導したことによる(被告は、長女が卒業した小学校長が原告の監護能力に疑問を持ち、被告を監護権者とすべきと判断したから、教育委員会は被告宅から通うように指導したかの主張をするが、それを認めるに足りる的確な証拠はなく採用できない。)。
d そして被告と長女は、平成14年4月から、2人で生活を始めたが、被告では、長女のために夕食や朝食の準備が十分にできず、また、酔って夜遅くに帰宅することもあって生活のサイクルが合わない上、思春期にある長女とのコミュニケーションがうまく取れなかったため、長女も、平成14年7月末、被告との同居を止めて原告宅に戻った。
 長女は、2学期になり登校を始めたが、前記中学校から遠くなったこともあり、登校日数は1学期に比べ悪くなっている。
(2)以上の認定事実に基づき検討すると、原告と子2人は現在、同居していること、その同居までの経緯及び状況、原告と子2人との関係に特に問題が認められないこと、思春期の女子には異性より同性の親が親権者として適当なこと、兄妹はなるべく一緒に育てるべきであり親権者を別々にするのは避けた方がよいことを勘案すれば、原告をもって、子2人の親権者とするのが相当である。
 これに対して被告は、長男については、原告の監護能力不足で不登校が直っていないこと、長女については、被告宅から中学校に通った1学期よりも、原告宅から通う2学期の方が登校する回数が減ったことなどを理由に、被告をもって親権者とするのが相当であると主張する。しかし、これらのことを斟酌したとしても、前掲の事情からすれば、親権者は原告が相当であり、結論が変わることはない。
 付言すれば、長男については、確かに不登校になった主因は原被告の別居にあることは間違いないが、不登校が始まって2年も経過しており、長男が不登校を解消するのは並大抵なことではなく、被告が親権者になったからといって、長男が登校するとは考え難い。また、長男は義務教育を間もなく卒業するのであり、それからすれば、原告が長男の不登校について何ら有効な対策を施してこなかったからといって、それを理由に親権を否定することはできない。
 長女については、2学期の登校日数が減ったとすれば、それは原告と被告の監護能力の差というより、被告宅の方が通学している中学校にずっと近いことによると解されるし、原告も、本人尋問において、長女の通学する中学校付近への転居の可能性を示唆しており、長女の2学期における登校日数が減ったとしても、それをもって、親権者を被告にするのは相当でない。
3 養育費について
 証拠(甲9、10、11の1、2、原告)によれば、原告の直近の月額収入は、給与収入約18万円、児童扶養手当4万7320円、日本舞踊月謝収入4万円で合計約26万7320円となり、出費の月額は、家賃8万8000円、食費6万円、光熱費、新聞代及び電話代3万4500円、教育費1万8000円、医療費保険代1万5000円、雑費1万8000円となり、合計23万3500円となる。
 これに対し、証拠(乙33、被告)によれば、被告の直近の月額収入は、外交員収入39万円、ピアノ月謝収入6万1000円で合計45万1000円となり、出費の月額は(但し、平成14年6月当時は長女が同居しており、その分を修正して算出する。)、家賃11万9100円、食費等6万円、光熱費、新聞代及び電話代3万1000円、租税2万円、債務返済17万円となり、合計40万0100円となる。
 また、「最低生活費算出の手引(第2版)」(民事法研究会発行)によれば、3人世帯の原告の最低生活費は、月額約31万1500円、1人世帯の被告のそれは、約18万4833円となり、それに債務返済の17万円を加算して約35万4833円となる。
これらによれば、被告の収入が不安定であることを加味したとしても、被告は、原告に対して、長男、長女の養育費として、1人当たり月額2万円を支払うべきであると認める。
4 結論
 以上の次第により、本件請求は、離婚請求、長男及び長女の親権者を原告に定める旨の請求並びに養育費請求うち月額2万円の支払を認める限度で理由があるから、これらについては認容することとし、養育費請求のうちその余の部分については理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事13部 裁判官遠藤浩太郎

-判例22(判決文)-夫の暴力・借金・性的な趣味により、妻の離婚請求を認定
東京地方裁判所判決 平成16年(タ)第87号
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 前提事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実)
(1)原告は、昭和15年○月○○日に出生し、現在63歳である。被告は、昭和2年○月○○日に出生し、現在76歳である。
原告と被告の間には、子はいない。
(2)原告と被告は、昭和45年6月9日に婚姻した。その後、被告が多額の債務を負ったことが原因で、平成7年11月24日、協議離婚の形をとったが、実際は婚姻生活を継続し、平成8年8月16日には、再度婚姻届を出した(原告本人)。
(3)被告は、昭和59年までA株式会社に勤務し、退職後、鍼灸師と整体師の資格を得てその業務に従事した。しかし、平成13年9月26日、自転車に乗っていた際に転倒し、脳挫傷、外傷性硬膜下血腫の傷害を負い、約2か月後に退院したものの、脊柱管狭窄症及び外傷による右上下肢機能障害が残り、身体障害程度等級6級、要介護状態区分等として要介護1の認定を受けている(乙1、2、弁論の全趣旨)。
(4)原告は、平成15年5月31日、被告を置いて家を出たが、民生児童委員らの仲裁により、同年6月14日、家に戻った。しかし、同年10月1日、再び家を出て、原告名義でなされていた住居の賃貸借契約も解約し、それ以降、被告と別居している。
2 離婚事由に関する当事者の主張
<原告の主張>
(1)浪費等
 原告は、最初の結婚以来、仕事を続けて家計を助けてきたが、被告は、思いつきで不動産や株式などの取引に手を出し、パチンコなどのギャンブルもおこない、結局バブル崩壊で多額の債務を負った。原告は、被告によって勝手に保証人にされたこともあったし、被告がブラックリストに載って借金ができなくなったことから、原告の名前でさらに借金をさせられ、原告自身もブラックリストに載ることになった。被告は、60歳から年金を受給できるようになったが、それも年金担保貸付けを受け、半分しか受給できなかった。
 被告には、1か月5万円から6万円の小遣いを渡していたが、後記の不貞行為のために高額な精力剤を買うなどしたため、それでも足りずに、原告名義の預金を勝手に引き出したり、原告の時計などを質屋に入れたりした。テレホンセックスのための電話代も高くついた。
(2)暴力、暴言
 結婚から4、5年目以降、夫婦の会話はほとんどなくなった。被告からは、何かあると「うるさい」、「馬鹿野郎」、「てめい」などと暴言を浴びせられた。原告は翌日仕事があるにもかかわらず、夜中まで延々と説教をされたこともあった。
 被告の暴力も、平成14年ころ、下記(3)の不貞が明らかになったころから酷くなった。
(3)最初の別居以前の不貞行為等
ア 被告は、43歳ころ(昭和45年ころ)から原告との性交渉に応じなくなったが、その後、自宅に女性からの電話がたびたびあったり、被告の部屋から大人のおもちゃ、エロ雑誌、裏ビデオなどが見つかったこともあった。
イ 平成13年、被告が転倒事故により入院中、被告の部屋を片づけていたところ、裸体のものを含む女性の写真(甲1、日付のあるものは平成5年と平成10年)を何枚も発見した。被告が退院後、落ち着いたころを見計らって問い詰めると、被告は認め、泣き喚いて謝ったので、その時はいったん許した。
ウ しかし、平成14年秋ころ、被告の部屋から大人のおもちゃがたびたび見つかり、平成15年1月20日、それを問い質すと、ぶっ殺すと強く首を絞められ、はさみと千枚通しを持って追いかけられた。
エ さらに、平成15年3月中旬ころ、被告の様子がおかしくなり、部屋からは、多数のピンクチラシやテレホンセックスのメモと思われるメモ用紙が40枚から50枚も見つかった。さらに、同年5月23日、原告が帰宅すると、被告は大声でテレホンセックスをしている最中で、原告が声をかけても気づかず、最後は同月27日にまた電話し、原告と被告の結婚記念日である同月30日にデートをするとの約束をしていた。
オ 原告は、心身ともに疲れ、同月31日に家を出た。被告に黙って家を出たのは、被告の暴力、暴言を恐れたためである。
(4)原告は、平成15年6月14日、民生児童委員Bの仲裁で家に戻ったが、その際被告は、同人の前で、これまでのようなことはしないと約束した。
 しかし被告は、間もなく、テレホンセックス、デート、さらには自宅に女性を呼んでの不貞行為を始めた。上記(3)エと同様のメモ(甲3)も大量に見つかった。
 頭を叩く、洗面器で水をかける、あざがつくほど腕を強く掴むなど、原告に対する暴力も相変わらず続いた。
(5)原告は、平成15年8月には被告の年金担保貸付けが完済になり、経済的にゆとりが生じることを心待ちにしていた。しかし、被告は、Cなる人物の話に乗り、「闇の仕事をする」と称して、またも年金を担保に170万円も借り入れてしまった。原告が問い詰めても、「お前には関係ない」としか答えなかった。
(6)原告は、以前から腰痛、高血圧に悩まされていた上、以上のような被告の言動のため、精神状態も不安定になった。
平成15年10月1日、身一つで家を出たのはそのためであり、これ以上被告との結婚生活を続けることはできない。
<被告の主張>
(1)不貞について
 甲1号証の写真は、モデルになってもらって撮影しただけであり、不貞行為はしていない。平成5年ころ、被告は既に66歳であり、鍼灸師の業務も重なり、不貞に及ぶ身体的、精神的余裕はなかった。
 テレホンセックスについては、自宅に1人でいる寂しさを紛らわすため、面白半分で電話をしたことは認めるが、女性とデートをしたり、自宅に呼んだことは一度もなく、被告にはそのような気力、体力もない。
(2)暴力、暴言について
 被告は、平成13年の転倒事故後、脳挫傷の後遺症による精神障害に悩まされた。そのため、易興奮症に陥り、些細な言葉によって興奮し、原告を怒らせる事態があったことは認める。しかし、被告には、暴力行為に及ぶ運動能力はなかった。はさみなどを持って追いかけたことはなく、腕をつかんだことはあったが、あざはつけていない。
 原告は、被告の外傷性精神障害に対する理解が乏しく、夜になると3日に1回ほどの割合でしつこく口論してくるため、被告はどうしても興奮させられることが多かった。
(3)借入れについて
 被告は、平成13年の転倒事故により、それまで続けていた整体・鍼灸師を廃業したが、残債務の整理が必要になり、借入れを続けた。平成15年の年金担保貸付けを受けて、ようやく債務が整理できたのである。
(4)原告は、平成15年9月末ころ、被告に行き先を告げることなく別居し、同居していた住居の賃貸借契約を、被告の同意なく解約した。そのため、原告の収入と被告の年金で賄われていた生計は崩壊し、1か月11万円の賃料支払も困難になった。被告は、平成16年3月末、福祉担当者の世話を受けてようやく現住居に転居した。
 現在、被告は、高齢で要介護者であり、生活保護を受給し、介護保険によるホームヘルパーの介助により、かろうじて日常生活を送っている。
 したがって、仮に離婚事由があるとしても、民法770条2項により、離婚は許されない。また、原告の行為は、要介護者遺棄ともいうべきであり、信義則上離婚請求は許されない。
第3 当裁判所の判断
1 前提事実に併せ、証拠(原告本人、被告本人、甲1ないし3、5、6、8、乙1ないし3、5、8)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)被告は、昭和59年に勤務先を退職した後、鍼灸師と整体師の資格を得てその業務に従事した。その一方、不動産投資の失敗などから、かなりの債務を負っており、60歳から受給された年金についても、年金担保貸付けを受け続けていた。原告と被告が、平成7年から平成8年にかけて離婚した形を取ったのも、被告の債務の問題からであった。
 原告は、昭和45年の結婚当初から働き続け、家計を支えてきた。
(2)被告は、平成13年9月26日、自転車に乗っていた際に転倒し、脳挫傷、外傷性硬膜下血腫の傷害を負った。約2か月後に退院したものの、脊柱管狭窄症及び外傷による右上下肢機能障害が残り、身体障害程度等級6級の認定を受け、日常生活でも介護が必要な状態になった。現在でも、100メートルほどしか歩けない、手がしびれるなどの症状がある。
(3)原告は、平成13年に被告が入院中、被告の部屋から、ホテルの室内やベッドの上で撮影されたと思われる、裸体のものも含む同一の女性の写真を、何枚も発見した。原告は、強いショックを受けたが、被告の病状も考え、直ちに問い質すことはせず、退院して被告の心身が落ち着いたころにそのことを尋ねた。その際は、過去のことであり、被告も謝罪したので、それ以上は追及しなかった。
(4)被告は、退院後、鍼灸師、整体師も廃業し、ほとんど外出もせず、自宅にこもるようになった。被告の年金は、年金担保貸付けのため、1か月当たり約8万円、原告の年金は1か月当たり約13万円しかなかった。原告は、年齢的な問題もあり、腰痛や高血圧に悩まされていたが、家計を支えるため、百貨店のアルバイトなど仕事を続けざるを得なかった。
(5)原告は、その一方で家計を管理しつつ、被告に対し小遣いとして1か月5、6万円程度を渡していたが、被告はそれでも足りないと言っていた。また、被告の要求に応じて携帯電話を契約していたが、その電話代は、多いときで1か月3万円にもなった。
(6)原告は、平成14年秋ころ、被告の部屋から大人のおもちゃを発見した。平成15年1月ころ、そのことを問い質すと、被告は激高し、「ぶっ殺す」などと言って原告の首を強く絞め、はさみと千枚通しを持って追いかけるなどした。
 被告の暴言、暴行は、脳挫傷の後遺症による面も大きかったが、そのような状態になるのは、上記のように、性的な趣味に関して問い質されたり、原告が被告の部屋を探ったりしたことがきっかけとなることが多かった。
(7)それでも、原告にとっては、原告が外で仕事をしている間、被告が性的な趣味に金を浪費するのは耐え難いことであった。
(8)そして、原告は、平成15年3月中旬ころ、被告の部屋から、多数のピンクチラシや、テレホンセックスのメモと思われるメモ用紙を見つけた。
 さらに、同年5月23日、原告が帰宅すると、被告は大声でテレホンセックスをしていた。
原告は、そのような状態に耐えられず、かといって、被告に抗議しても暴力、暴言を受けるだけであるため、同月末、被告に何も告げずに家を出て、別居した。
(9)原告が家を出ると、被告は、薬(それまでも常用していた睡眠導入剤と思われる)を大量に服用し、自分で110番通報する自殺未遂事件をおこした。その後、近隣の人々や民生児童委員Bのとりなしもあって、同年6月14日、原告は家に戻った。
(10)しかし、原告が家に戻ってからも、被告は、相変わらずテレホンクラブに電話し、テレホンセックスを続けていた。その後、原告が被告の部屋から発見した多数のメモ(甲3)には、それぞれ、電話相手と思われる女性の名前、年齢、職業、身体的特徴、性的嗜好、次に電話をくれる日にち、さらには日時とともに「デート」あるいは「デートOK」などと書かれたものもあった。また原告が帰宅すると、被告のベッドが性行為をした後のような状態になっていたこともあった。
(11)原告は、被告に対し、上記(10)のような行為をやめるよう、再三にわたって求めたが、その度に、頭を叩く、洗面器で水をかける、あざがつくほど腕を強く掴むなどの暴力を受けた。
(12)さらに、被告は、平成15年8月ころ、それまでの年金担保貸付けが完済になると、またも年金を担保に190万円の融資を受け、Cなる人物に持ち掛けられた儲け話に投資した。原告に対しては、事前に説明したり同意を求めることもせず、後になって「闇の仕事をする」、「代官山で鍼の仕事をする」などとあいまいな説明をしただけであった。
 詳細は不明だが、結局、被告は金を騙し取られた結果になり、完済に平成17年10月までかかる借金だけが残った。
(13)以上のことから、原告は、平成15年10月1日、遂に離婚を決意し、原告名義であった住居の賃貸借契約を同月一杯で解約し、被告に置き手紙を残し、身の回りの物もほとんど置いて家を出た。
(14)それ以降、原告は、被告との別居を続けており、もはや結婚生活を続ける意思はない。
これに対し、被告に離婚意思はないが、原告の行動を単なるわがままと捉えており、自分の言動を振り返って反省する姿勢はみられない。
2 以上によれば、原告と被告の夫婦関係は、テレホンセックスなどの性的な趣味、原告に対する暴力、共同生活の貴重な原資である年金を担保に借金して怪しげな儲け話につぎ込むなど、主に被告の言動によって信頼関係が破壊され、破綻に至ったものと認めるのが相当である。
 被告の個々の言動は、脳挫傷の後遺症など被告の心身の状態を考慮すれば、もう少し節度を持っていれば、宥恕すべき範囲内といえなくもない。しかし、被告には、自身も老年期に入り、健康も万全といえない状態で、経済面でも日常生活でも家庭を支えていた原告に対し、相応の尊敬を抱き、配慮を示していた様子がほとんど窺えないし、その姿勢は現在でも変わりがない。原告が離婚を決意するに至った理由が、何よりもこの点にあることは、容易に推認できるところである。
 被告にしてみれば、老年期に入って、それまでの行動様式を変えることは困難であろうし、経済面でも日常生活でも原告に負っているという現実が、かえって被告を意固地にさせ、上記の言動に至らせたとも考えられるが、そのために原告が受けてきた精神的苦痛の大きさを考えると、原告の側に配慮を求めるには限度がある。
 現在の被告の生活状態は、同情すべき状態にあるが、以上によれば、自ら招いた結果という面が大きい。
3 したがって、本件においては、婚姻を継続しがたい重大な事由があり、その原因の多くは被告が負うべきものであって、原告の離婚請求が信義則に反するとはいえないし、本件に表れた一切の事情を考慮しても、婚姻の継続を相当と認めることはできない。
4 よって、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第40部 裁判官□晋一

-判例23(判決文)-)婚姻中の暴行、虐待による精神的苦痛に対し、慰謝料を命じた
東京地方裁判所平成18年7月27日判決
主 文
1 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成14年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、2500万円及びうち2000万円に対する平成14年8月25日から、うち500万円に対する平成16年8月27日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告との婚姻生活における被告の肉体的暴力、精神的な虐待行為や嫌がらせにより精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、不法行為に基づく慰謝料2500万円及びうち2000万円に対する別居開始の日である平成14年8月25日から、うち500万円に対する訴状送達の日の翌日である平成16年8月27日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実
 当事者間に争いがない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)原告(昭和36年○月○○日生)は、昭和58年12月ころ、被告(昭和23年○月○○日生)と知り合って交際を開始し、昭和63年7月1日に被告との婚姻届出をした。原告と被告との間には、長女A(昭和59年○○月○○日生。以下「長女」という。)、二女B(昭和61年○○月○○日生。以下「二女」という。)及び三女C(平成元年○月○日生。以下「三女」という。)の3人の子(以下、合わせて「子ら」という。)がいる。
(2)被告は、不動産賃貸管理を主たる業務とする有限会社D(H区内を本店所在地とするものと杉並区内を本店所在地とするものの2社があるが、以下では、合わせて「D」という。)の代表取締役として同社を経営していたが、平成5年以降、米国内においても、Dが親会社となる会社を設立して、ホテル経営やショッピングセンター事業を行うようになり、場合によっては1か月に10日以上米国に出張するなどして、日本と米国を行き来するような生活を送っていた。
(3)原告は、被告との結婚後、しばらくは専業主婦であったが、平成9年5月ころから歯科医院でパートとして働き始め、その後、Dの仕事を手伝った時期もあったが、平成11年7月からは、有限会社E(以下「E」という。)でパート勤めを再開し、平成15年から平成16年7月までは同社の正規の従業員として勤務していた。
 なお、原告は、被告から、毎月一定額(結婚当初は20万円、平成元年から25万円、平成9年から30万円、平成11年7月から35万円)を生活費として受け取っていた。
(4)原告と被告は、結婚後、何度か転居を重ねた後、平成11年3月には肩書住所地にDの所有名義で自宅を新築し同居していたが、平成14年7月8日、被告が東京家庭裁判所に離婚調停の申立てをし、同年8月25日には、原告が自宅を出るに至り、両者の別居が開始された。
 その後、平成15年12月2日、原告が自宅に戻って子らとの同居を再開すると、これに伴い、被告が自宅に戻らずに賃貸マンションで生活をするようになり、現在に至るまで原告と被告の別居状態が継続している。
(5)原告は、被告との別居後、東京家庭裁判所に婚姻費用分担調停事件(東京家庭裁判所平成14年(家イ)第5886号)を申し立て、平成15年5月2日、被告が原告に対し、別居期間中の婚姻費用の分担金として1か月7万円を支払う旨の調停が成立したが、その後、さらに原告が申し立てた婚姻費用分担申立事件(東京家庭裁判所平成16年(家)第7640号)において、被告が原告に対し、婚姻費用として平成16年8月分から1か月65万円を支払うことを命じる審判が平成17年5月13日付けでなされ、結局、平成17年11月、東京高等裁判所の判断に基づき、被告が原告に支払うべき婚姻費用月額は48万円と確定した。
(6)被告は、原告に対し、離婚等を請求する訴訟事件(東京地方裁判所平成15年(タ)第67号事件)を提起したが、平成16年6月30日、被告の請求を棄却する判決がなされ、これを不服として提起した控訴事件(東京高等裁判所平成16年(ネ)第3853号)においても、控訴が棄却されている。
2 争点
(1)被告による暴力、精神的な虐待等の行為の有無
(原告の主張)
 被告は、原告に対し、いわゆるドメスティックバイオレンスとなる肉体的暴力や精神的な虐待をおこない続け、その結果、原告は、腰骨を骨折するなどの被害を受け、結局、被告との別居を余儀なくされた。さらに、被告は、別居後も婚姻費用の支払を拒絶するなどの嫌がらせを行っている。その詳細は以下のとおりである。
ア 昭和60年、原告が二女を妊娠して原告と被告との間で入籍を巡り口論となった際、被告は、「俺のすることに口を出すな。」と言って原告を殴り、原告に対し初めて暴力を振るった。
 原告は、被告の暴力に将来の不安を感じたが、幼い長女を抱え、またお腹の子供を思い、我慢した。
イ 昭和63年2月29日、原告が自宅を訪問した被告の腹違いの弟妹を接待した後、片付けをしていたところ、被告は、原告に対し、「口のきき方がなっていない。」といきなり怒り出し、原告の髪をつかんで、殴る、蹴るの暴力を振るった。原告は、鼻血も噴出し、あまりの痛さに、夜間だったこともあり、日赤医療センターへ行き、翌3月1日、那須整形外科医院で受診したところ、腰の骨が折れていることが判明した。担当の医師は、後日、被告を呼び、一歩間違ったら半身不随や後遺症が残ると言って、注意した。原告は、事情を知った原告の両親から被告と別れるように何度も言われ、悩んだが、結局、被告との関係継続を選択した。
ウ 被告は、昭和63年11月、長女の受験の失敗が原告のせいであるとして、原告の顔を殴った。原告は、メガネが割れ、眼の上も腫れたので、岡本眼科で受診した。このころ、被告は、気に入らないことがあると物にも当たり、原告が実家から持参したステレオを2階から投げ捨てて壊したことがあり、また、原告を階段から突き落としたこともあった。
エ 被告は、平成元年9月、町内祭りの際、長女及び二女に着せる浴衣の裾が短いことに腹を立て、原告に対し、馬鹿野郎と怒鳴ってなじり、子供達の見ている前で、原告を殴ったり、原告の髪を引きずったりし、テーブルを倒したりもした。原告は、メガネが壊れ、顔も腫れ、さすがに離婚を考えたが、3人の子供を抱えて生活が厳しいため我慢するしかなかった。
オ 被告は、平成2年12月、長女及び二女が青山学院の受験に失敗したのは原告のせいであるとして、原告に対し、殴る、蹴るの暴力を振るい、原告は、岡本眼科で受診した。このころ、原告は、被告の暴力を恐れるとともに被告が心の病気であると思っていたが、子供達のため、また自らの身を守るため、被告を刺激しないように日常生活を送った。被告は、ストレスが溜まり虫の居所が悪いときは、油こし紙の買い置きがないだけで怒鳴り、大雨が降っているのに買いに行くまで威圧した。また、被告は、原告が毎週末の性交渉を拒むと機嫌が悪くなり、原告に生活費を渡さなくなるので、原告は我慢して受け容れた。さらに、被告は、「お前は怠け者、ろくに家事もしない。食わせてやっている」というのが口癖になっていた。
カ 平成4年、被告が朝帰りし、浮気を認めた。原告は、ショックで白髪になってしまったが、被告が浮気だと言ったので許した。
キ 被告は、平成5年2月、二女が被告の希望する小学校の受験を嫌がり試験会場に行かなかったことに腹を立て、原告に対し、「お前が行かせなかった。きっと、受かったはずなのに。」と言い、殴る、蹴るの暴力を振るった。
ク 平成7年ころも、被告は、相変わらず機嫌が悪いと料理や掃除、冷蔵庫の中のことまで文句を言ったが、原告は、そのような被告の気質にも慣れ、同年10月、被告のいとこが泊まりに来た際も、被告が、米を研いでいた原告に対して包丁を向け、「てめえぶっ殺してやる。」と言ったが、原告は相手にせずに2階寝室で寝てしまった。すると、被告は、原告に目覚まし時計を投げ付け、その後、寸胴鍋一杯に水を張り、ベッドにいる原告に水を浴びせようとしたので、原告は、これを取り上げて2階の窓から外へ投げた。
ケ 平成8年ころ、被告には複数の女性関係があった。被告が高級レストランで女性を同伴して食事をするところを原告の友人が目撃し、原告が「どうして、そういう事をするのか」と聞くと、被告は「君では癒されない」と答えた。また、被告が朝帰りをする姿を長女に目撃され、傷ついた長女に詰め寄られた際、原告が被告に父親としての自覚を持つように促すと、「君も好きなようにすればよい。どこの男と何をしようが勝手にしろ。」と言った。
コ 被告は、平成11年3月29日、夫婦でなじみの居酒屋のママに依頼されて米国で購入し保管していたロゲインという育毛剤が出掛けに見つからなかったため、血相を変え、「どこの男にやったんだ。探せ。」と言い、引き出しや棚を引っ張り出した挙げ句、原告を殴り、その騒ぎに目を覚ました三女が泣きながら、興奮している被告の暴力を止めた。翌日、原告が、立花クリニックで診察を受けたところ、胸骨部打撲と診断され、また、医師から被告を心療内科で診察させた方がよいと言われたので、その旨を被告に話すと、被告は、「俺を精神病にするつもりか。狂っているのはお前だ。」「お前シャブをやっていないだろうな。尿検査しろ」などと逆に原告を責め立てた。
サ 平成11年7月、原告がパート勤めで買ったパソコンとプリンターを書斎に移したところ、被告は、パソコンもプリンターも子供の目の前で床に叩き付けた。
シ 平成12年8月、被告が自宅隣の義母宅の並びに引っ越して来た被告の妹の家族のために歓迎パーティーを開くと言い出した際、原告が、妹夫婦について近隣への挨拶と配慮がなかった旨の苦情を聞いていたことから、近隣の人へのお詫びが先で順序が違うと意見を言ったところ、被告は、「この家は俺の家だ。余計なことを言うなら出て行け。」と怒鳴り、2階の夫婦の寝室の窓から下のデッキへと原告の洋服、下着全てを放り投げた。
ス 被告は、平成13年ころには、邪推で原告をなじり苦しめるようになり、同年2月、長女と3人でカウンターに座り食事をした後の帰りのタクシーの中で、被告は、当時高校2年生の長女の前でも平気で、原告に対し「隣の男性に色目を使った。」などと言い、また、原告がスポーツクラブに入会し、出かけていると、被告は、「どこへ行っていた、男とホテルか。」となじったり、原告が夜疲れてシャワーをさっと浴びた際にも、「時間が早いがホテルで浴びて来たからか。」などと下品な言葉を並べたて、原告は、耐え切れずにスポーツクラブを退会した。
セ 平成14年1月26日、原告が、被告の許可を得た上、久喜の同窓会メンバーとの新年会に出席した後、実家に一晩滞在し、翌27日、両親と食事をして帰ろうとしていたところ、被告から携帯電話に電話が掛かって来て「馬鹿野郎」「さっさと帰って来い。」と怒鳴られたので、急いで帰宅し、2階寝室に荷物を置いた途端、被告は、寝室の鍵を掛け、原告に対し、「受験を控えた三女を放って、飲んだくれやがって。」と言って、殴る、蹴飛ばすなどの暴力を振るった。原告は、左眼が腫れ上がり、眼球も血眼になり、殴られた体が痛く、頭もふらついて立ち上がることも出来なかったが、被告は、「大したことはない。」と言った。翌28日、原告が岡本眼科で診察を受けたところ、左眼眼底出血と診断された。原告は、三女の試験を目前にして家事も出来なくなり、パートも暫く休まなければならなかった。原告は、被告の暴力に耐えられないと思い、長女、二女を交えて被告と話し合いをし、被告に対し、暴力をどのように考えているのかを問いかけたところ、被告は、「暴力でしか理解させる方法がない。」と言い、二人の娘の前で原告を「犬・猫以下」であると言った。被告は、娘達から暴力は絶対にいけない旨反論されても、「文句があるなら何も持たず出て行け。」と命令し、「今度気に入らないことがあればバケツで水を掛ける。」と言い張った。
ソ 平成14年3月28日、原告が笹塚の友人達が開いてくれた快気祝いの宴会に出席していたところ、被告から携帯電話に「すぐ帰って来い。」と電話が掛かってきたので、帰宅すると、いきなり、被告から、「出て行け。」と言われ、暴行を受けた。原告は、この被告の暴行の原因が、原告のクレジットカードの支払明細を見つけたことによるものであるようだったので、被告に対し、クレジット代金はパート収入で支払っており、督促状がきたこともなく被告には迷惑を掛けていない旨を釈明したが、被告は、「家計費の横領である。」と言い、原告がパートで働くことができるのも、被告がいるからで、原告のパートのお金も結果的には被告のお金である旨主張した。その様子を見ていた三女が110番通報をしたため、原告と被告は、駆けつけた警察官に連れられて高井戸警察署へ行き、事情を聞かれたが、被告が「暴力を振るったことを反省している。」と言ったために解放され、原告と一緒に自宅に戻った。ところが、被告は、自宅に到着した途端、原告の洋服を積み上げ、「人に恥をかかせやがって。今すぐ出て行け。」と暴れた。それを見て、三女が再度110番通報をしたため、被告は、駆けつけた警察官に促され、再度警察署に行った。その後、被告は、自宅に戻ってきたが、夜中の1時を過ぎていたにもかかわらず、大声で「今すぐ出て行け。」と騒ぎ続けたため、三女が3度目の110番通報をした。そのため、被告は、またもや警察官に連れて行かれたが、朝方4時30分ころに帰宅した。原告は、翌日、体が痛くて動けなかったため、立花クリニックで受診したところ、顔面・左手・左臀部・右下腿打撲、左肋骨不全骨折と診断された。
タ 被告は、平成14年4月27日、ライブハウスに行こうと原告を誘ったが、原告が断ると怒り出し、一人で出掛け、夜中に帰宅した。その朝方、原告が苦しくて目が覚めると、被告に首を絞められていた。被告は、翌日も何食わぬ顔で原告を吉祥寺のライブハウスに誘ってきた。原告は、怖かったので被告と一緒に出かけたが、その帰りのタクシーの中で、被告は、原告が以前にイタリアンレストランの従業員と性交していた旨言い張り、原告がどんなに説明してもこれを聞かず、寝室のベッドマットを引きずり下ろし、半分に切ると言ったりした。
チ 平成14年5月8日、原告が友人と目黒で食事をして家に帰ると、被告が玄関の鍵穴に楊枝を詰めたため、玄関の鍵が開かなかった。原告が被告に理由を尋ねると、被告は、「お前を家に入れたくない。」と言い、翌9日の朝まで、「男がいるのだろう。」「セックスフレンドは何人いるのか。」など原告をなじった。そのため、原告は、眠れず会社を休んだ。
ツ 平成14年5月10日、原告がパートから家に戻ると、以前原告がFという友人の男性(以下「F」という。)に送信したメールを印刷したものが原告のパソコン周りに置かれており、被告から「何だこのメールは。」と問いつめられた。原告は、被告から執拗に「不倫していることを白状しろ。」などと威嚇され、暴力を振るわれるのではないかという恐怖もあって、その場しのぎに嘘の自白をした。翌11日、原告は、被告にその場しのぎの嘘である旨言ったが、被告は、「お前の発言は録音テープに録音した。」「Fを訴える。慰謝料請求して会社を辞めさせる。」などと言い出した。また、被告は、原告の友人の女性から掛かってきた電話でも「Fだろう。」と言い、その友人に前記メールをファックス送信したりもした。被告は、生活費も今月から17万5000円とすると言って、原告にその半額分を渡したが、被告は、同年5月13日に原告と仲直りの性交渉をした翌14日、ロサンゼルスに出張に向かう前、残りの生活費を置いていった。
テ 被告は、平成14年6月22日、ロサンゼルスから帰国し、同月24日、原告と毎日性交渉をしたいと言い出した。原告は、被告の頭が狂い出したのかと怖さが増し、被告から暴力を受けるのが怖かったので、渋々これに応じた。なお、被告は原告が断ると、1万7000円出すからなどと言った。
ト 平成14年7月1日、原告が朝から被告に迫られてこれを断ると、被告は、帰国した同年6月22日以降1度しか性交渉をしていないと怒り出し、「君は他の男と混同している。」と言った。また、被告は、「お前の様子をみてきただけだから弁護士を探せ。」「知り合いの弁護士に離婚の相談に行け。」と言った。さらに、被告は、平成14年7月5日、朝から家事をしている原告に性交渉を迫り、原告からこれを断られると、「子供のために仲良くしてやろうと思っているのに。離婚する。家に居られないようにしてやる。」と怒り出し、同月7日、原告から手を握ったのを断られると、「出て行け、金はやらない。」と言った。翌8日、被告は、原告に家庭裁判所の離婚調停申立ての受付書を渡し、「君にはFの女房から1000万円の請求が来るから、破産宣告しなくてはならない。」と言った。この日から、原告は、長女の部屋で寝おきを始めた。
ナ 平成14年7月18日夜、原告が友人と食事をして自宅を留守にしたところ、翌19日早朝、被告は、出張先のロサンゼルスから原告に電話を架け、「ホテルに泊まって今頃朝帰ってきやがって。」と原告をなじり、原告がFと一緒だったと決めつけた。また、被告は、翌20日も原告に電話を架け、同月18日に原告がホテルに行ったとまくしたてた。
ニ 被告は、平成14年8月4日、原告に対し「早く別れたいんだよ。早く出て行ってくれないかな。」と言い、同月6日の晩も、原告が鍵を掛けている書斎の前で、「いつ出て行くんだ。さっさと出て行け。引きずり出すぞ。」などと怒鳴った。
ヌ 原告は、被告がロサンゼルスに出張した翌日である平成14年8月15日、隣地に住む被告の義母にそれまでの経緯を話し、調停が始まる前に家を出る覚悟であることを告げていたところ、被告は、同月25日、出張から帰って来て、原告に対し、「今晩早く出て行け。」と執拗に言った。原告は、とりあえずの荷物をまとめ自宅を出て、同日から被告との別居を開始した。その際の被告の言葉は、「出て行ってくれるの。ありがとう。」であった。
ネ 被告は、原告との別居開始後に申し立てられた婚姻費用分担の調停においては、支払う必要がないと主張し続けていたところ、平成15年5月2日に成立した調停に基づき、同月9日、過去9か月分の婚姻費用56万円についてはこれを支払ったものの、同年10月以降、原告に対する婚姻費用の支払を拒絶するという経済的な嫌がらせを行っている。
 また、被告は、当該別居期間中に、交際中の女性であるG(以下「G」という。)を度々自宅に招き入れ、原告のみならず子らにも不愉快な思いをさせていた。
 さらに、被告は、平成15年12月3日、自宅の部屋中に、会社の経営状態が厳しいという嘘の理由を記載して自宅を賃貸に出し手狭な場所に引っ越す旨の張り紙をし、原告や子らを強引に追い出そうとし、同月29日には、突然自宅に帰って来て、玄関先に段ボールを積み上げ、「これから引っ越しだ。さっさと荷物を詰めろ。」と引っ越し先も告げずに、電気、ガス、水道、電話を全部止めると脅し、原告や子らを追い出そうとした。
 その後、被告は、原告が平成16年4月19日に玄関の鍵を替えたところ、翌20日、警察官や原告の依頼していた弁護士の目の前で、電気ドリルで鍵を壊し、「自分の家だから、何度鍵を付け替えても壊すし、自由に家を出入りする。」と言った。
 その他、被告は、時間に関係なく、自宅に突然やってきては、出前等の食事をとったり、フラッシュカメラで撮影したり、飼い犬を連れ出し返しに来るなどの嫌がらせや、コーヒーメーカーを壊したり、コーヒー豆に水を入れたり、料理を捨てるなどの嫌がらせを続けている。
(被告の主張)
 肉体的暴力については否認する。精神的虐待については、原告の受け止め方の問題であり、争う。
 原告、被告間の夫婦仲については、以前から多少の問題はあったにせよ、直接には、原告の不倫あるいは不倫類似行為が重大な端緒となっており、原告のそのような行為の存在及びその後の対応が被告を怒らせ、エスカレートさせて現在にまで至っているのである。
 原告は、被告が申し立てた調停においては、被告から暴力、虐待を受けたという話しを一切していなかったのに、離婚訴訟に至って、突如被告の暴力、虐待という主張を提出してきたのであり、これは、離婚問題で一般的に、夫が妻の背信行為という有責性を主張すると、妻から夫側の有責性としてドメスティックバイオレンス等を主張するというよくあるパターンであり、自己の背信行為を糊塗しようとする抗弁であって、外部から判明しにくいものであるだけに、主張が誇大になりやすいのである。
 原告が主張する被告が原告に対してなした暴力については、事実を誇大にした主張であるので、以下時期を分けて説明する。
ア 昭和58年12月から昭和63年7月1日まで
 原告は、昭和60年及び昭和63年2月に被告から暴力を受けた旨主張するが、そもそも原告が被告から真実暴力を受けたというのであれば、昭和63年7月1日の婚姻届出そのものを躊躇したはずであり、原告の主張は針小棒大である。
イ 昭和63年7月2日から平成6年夏ころまで
 原告の主張はいずれも妻の言い分からする被害主張である。仮に、原告の受けた被害があったとすれば、原告の、夫である被告に対する思いやりのなさ、対応の悪さがその被害を招致したものといわざるを得ない。
ウ 平成6年夏ころから平成13年1月ころまで
 被告は、この時期は、長期の海外出張に加えて、自国に戻ってもDの仕事の処理と多忙であって、米国での取引、Dでの取引先等の対人関係の処理もこなしていたのであり、打合せのため、女性と食事をしたことがあるかも知れない程度であり、浮気をした事実はない。また、米国での仕事が増えるにつれ、日本における仕事の時間帯も時差の関係で逆転しており、被告が朝自宅へ戻るのは、深夜米国の会社との事務連絡やファックスのやりとりのためであって、遊んで朝帰りしたものではなかった。被告としては、原告が被告のそのような仕事や過労を理解せず、女性問題などで悋気をおこすのに立腹し、「勝手にしろ」などと怒鳴ったり諍ったりしたこともあったが、被告の努力が叶い、近所でも豪邸と噂される自宅を協力して作り上げたのである。
 平成11年7月ころからは原告のパート勤めが始まり、子らも手がかからなくなりつつあり、住居も確保され、原告の目、関心が外に向かい始めた時期であり、平成12年春ころからは、原告の被告に対する態度が変わり始め、被告が長期米国出張中に、原告が子らを放置して外に出かけることが多くなり、夜遊びも増えてきたのである。
エ 平成13年1月ころから平成14年8月25日まで
 原告は、平成13年1月に、同郷の同級生であるFと再会してから連絡、交際が始まり、夫である被告をないがしろにし、悪し様に言うようになったが、原告の背信行為を確認するまでは、被告の怒りは、原告が被告に内緒でカードで買い物をしたり借金をしたりするという浪費癖に向けられていた。
 被告は、平成14年3月下旬に、原告のパソコンの情報を見て、原告の不倫行為または不倫と同視され得る類似行為の存在を知り、怒りと絶望感が増した。背信行為をした妻に対し、非難と怒りをぶつけるのは、一般的にもやむを得ないところであり、それに対し、原告が謝罪と改悛の情を示さなかったことから、諍いが更に増したのである。
 被告は、平成14年7月8日に夫婦関係調整調停を申し立てたが、その段階では、原告が謝罪と改悛の情を明らかにし、夫婦仲をやり直す決意をしてくれれば、被告としては許すつもりでいた。ところが、原告は、被告が米国出張の合間に自宅に架電してもいない状況で、同年8月25日に、被告がロサンゼルスから戻ってその状態を難詰したところ、原告が自宅を出て別居に至ったのである。
オ 平成14年8月26日以降
 Gに関する原告の主張は、子らからの伝聞を誇大に主張したものであり、家や絵画等を見せに自宅に連れてきたことはあるが、子らを不快にさせるつもりではなかった。その当時は、既に原告、被告共に離婚の決意を固めており、被告にとっては、原告に対する決意の示威行為ともいえる行動であった。その結果、原告は、別居のままでは家ごと取られるという口実で自宅に戻ったのである。
 被告としては、原告において破綻した夫婦関係修復への努力もせず、他方、夫婦関係解消の方へも動かず、却って被告を自宅から締め出せば安心して生活できると考えている様子が看取でき、非常に立腹している状態である。
(2)損害
(原告の主張)
 原告は、被告の肉体的暴力、精神的な虐待や嫌がらせにより、長期間にわたり精神的苦痛を受け続けたのであり、その慰謝料としては、2500万円が相当である。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告による暴力、精神的な虐待等の行為の有無)について
(1)当事者間に争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、前記第2の1の前提事実に加えて、次のような事実が認められる。
ア 原告は、短大を卒業後、物産会社の契約社員となり百貨店で毛皮アドバイザーとして勤務していたところ、当時前妻と別居中であった被告とパブで知り合って交際を開始した。原告と被告は、昭和59年2月に原告が妊娠したことを契機として、世田谷区(以下略)のマンションで同居生活を開始し、同年10月に長女が出生して同月30日に被告が認知をし、昭和60年12月には被告と前妻との間で協議離婚が成立したが、その後も内縁関係を続けた。翌61年、原告が再び妊娠して出産を控えると家が手狭となったため、被告と原告らは杉並区(以下略)のマンションに転居し、同年11月に二女が出生した。被告は、幼少時に母親をなくしたことなどもあって血縁関係を大切にし、二児の面倒をよくみるいわゆるマイホームパパであった。
 被告は、昭和62年当時、美容整形で草分け的なH整形外科を創設しDを経営していた父親の仕事を手伝いながら、赤坂で鰻店を営んでおり、また、そのころ、ハワイにジャグジー、プールもある豪華なコンドミニアムを購入し、夏には、原告ら家族と共にそこで過ごしたりした。
 昭和62年10月、被告の父親がガンであることが判明し、翌63年1月、被告は、父親宅と同じ敷地内に建てられていた家に原告ら家族と共に引っ越しをした。なお、被告の父親は、昭和63年2月に死亡した。
イ 昭和63年2月29日、被告は、当日自宅に招いた異母弟妹らが帰った後、原告に対し、顔面を殴る、腰付近を蹴る、髪を引きずるなどの暴行を加えた。原告は、夜間だったこともあり、いったん日赤医療センターへ行き、翌3月1日、整形外科医院で受診したところ、腰の骨にひびが入っていることが判明した。担当の医師は、後日、被告に対し、一歩間違ったら半身不随や後遺症が残ると言って、注意をした。
 原告は、事情を知った原告の両親から被告と別れるように言われ、悩んだが、結局、被告との関係継続を選択した。
ウ 被告は、昭和63年4月に二女を認知し、同年7月、原告と入籍した。
 被告は、昭和63年11月、原告の顔面を殴ったことがある。また、このころ、被告は、原告が実家から持参したステレオを2階から投げ捨てたこともあった。
エ 平成元年5月、三女が出生した。このころ、被告から渡される生活費が従前の月額20万円から月額25万円となった。
 被告は、平成元年9月、町内祭りの際、長女及び二女の浴衣の件で原告をなじり、テーブルを倒すなどの暴力的な行為をしたことがある。
オ 平成2年11月、長女が青山学院を受験したが不合格となった。
 被告は、平成2年12月、原告に対し、顔面を殴るなどの暴行を加え、原告が眼科医院で受診したことがある。
なお、長女は、千代田区内の公立小学校に入学したが、その後、廃校の方針が決定されたため、原告と被告は夫婦協力して積極的に反対運動に参加したりした。
カ 被告は、二女を母校の成城学園に入学させることを希望していたが、二女は長女と同じ小学校への入学を希望して受験を嫌がり、平成5年2月におこなわれた試験の際、試験会場に行かなかった。その際、被告は、二女が受験しなかったのは原告のせいであるとして、原告をなじった。
キ 被告は、平成5年ころから経営を始めたロサンゼルスに所在するホテルのコンベンションパーティーがダラスで開催された際、原告を同伴して出席した。その際、被告は、原告のために、約32万円のドレス費用を出費した。その他、被告は、子らの受験の際、面接用として、原告のために1着10万円弱のデザイナーズスーツを2着購入したこともある。
ク 被告は、平成7年10月、被告のいとこが泊まりに来た際、原告に包丁を向けたり、寸胴鍋一杯に水を張り、ベッドで寝ていた原告に水を浴びせようとしたことがある。
ケ 被告と原告ら家族は、杉並区(以下略)の自宅が親子5人で生活するのに手狭となったため、平成8年に、杉並区(以下略)の賃貸マンション(賃料18万円)に引っ越しをし、さらに、平成9年4月には、世田谷区(以下略)にある賃貸戸建て(賃料27万円)に引っ越しをした。
 なお、平成9年からは、被告から原告に渡される生活費が月額30万円となった。
コ 原告は、平成9年12月、Dの従業員が病気で倒れたため、被告に頼まれて、当時パート勤めをしていた歯科医院をやめ、Dの仕事を手伝うようになり、同社から月額8万円の給料をもらうようになった。
サ 被告は、平成11年3月、Dの所有名義で、杉並区(以下略)の敷地約100坪に建坪約50坪で全室南向きのアメリカンハウスを自宅として新築し、家族で引っ越しをした。当該邸宅は、近所でも評判となる程の外観を備えたものであった。
シ 被告は、平成11年3月29日、知人に頼まれて米国で購入し保管していた育毛剤が見つからないことに腹を立て、原告に対し、殴るなどの暴行を加えた。翌日、原告が医師の診察を受けたところ、胸骨部打撲と診断された。
ス 平成11年6月、Dに新たな従業員が入ったため、原告は、それまでと同様に同社から月額8万円の給料を支給されるものの、同社の事務所には行かないで済むようになり、同年7月からは、近所で経理募集していたEでパート勤めを始めた。このころ、被告から渡される生活費は月額35万円となった。
 また、そのころ、原告がパート勤めで得た給料でパソコンとプリンターを購入し書斎に設置したところ、被告は、これらを床に叩き付けたことがある。
セ 被告は、平成12年8月、近所に引っ越してきた被告の妹夫婦のパーティー開催の件で原告と口論となり、原告に家を出て行くように怒鳴りつけ、2階の寝室の窓から下のデッキへと原告の衣類を放り投げた。
 このころになると、原告は、被告が米国に出張中の時間を、被告の機嫌も顔色も気にすることなく子らと気兼ねなく過ごせる時間として、貴重なものと感じるようになっていた。
ソ 平成13年、原告は、スポーツクラブに入会したが、このころ、被告は、原告の男性関係を疑うような言葉を言ったことがある。その後、原告は、スポーツクラブを退会した。
 また、原告は、平成13年ころには、被告に誘われて頻繁に植木を見に行ったりし、また、そのころ、被告が常用していた睡眠薬には副作用がある旨薬剤師の友人から聞きつけ、被告の体を心配して服用を止めるように言ったことがある。
 なお、原告は、平成13年9月ころ、被告に対し、「うざい。」「気に入らなければ、この家を出て行ってよ。」「子供達と私は、この家に残るから。」と言ったことがある。
タ 原告は、平成13年11月、久喜市内で開催された同窓会に出席し、20年ぶりに再会した同窓生と楽しい時間を過ごし、同人らから名刺を貰うなどしたが、その際、幼馴染みのFから都内にある勤務先の近くに来たときに食事をご馳走する旨言われた。原告は、翌12月、銀座に出かけた際に、Fに連絡して同人と二人で食事をしながら酒を飲み、次回は新年会を一緒にすることを約束した。その後、原告は、Fとメールを交換する間柄となり、翌年1月8日ころ、同人と新年会をした。
チ 被告が米国内で経営していた会社は、平成10年ころには軌道に乗り、平成13年ころまでは順調であったが、同年9月に発生した同時多発テロの影響を受けて、翌年1月には経営していたホテルが初めて経常赤字を出すに至り、以来業績が低迷したまま推移し、次第に親会社であるDの資金繰りも圧迫するようになっていった。
ツ 原告は、平成14年1月26日、三女の中学受験を間近に控えていたが、被告の了解を得られたことから、久喜の同窓会メンバーとの新年会に出席し、当日は、飲酒運転を避けて自宅には戻らなかった。被告は、翌27日、原告にすぐに帰宅するように電話をし、原告が自宅に戻って来ると、いきなり原告に対し、原告が飲んだくれている旨なじり、殴る、蹴飛ばすなどの暴行を加えた。翌28日、原告が眼科医院で診察を受けたところ、左眼球打撲・球結膜下出血と診断された。原告は、家事も出来なくなり、Eのパート勤務も暫く休まなければならなかった。
テ 原告は、平成14年2月下旬、Eのパート勤務に復帰し、そのころ、Fと復職祝いをした。なお、原告は、翌3月ころまでの間に、Fとの間で、Fによる「愛している。」「抱きたい。」といった記載、また、原告による「(F)に愛されている。もし、逢えない日が続いたり、困難な事があっても(F)を信じて乗り越えていける。」「愛する(F)を癒してあげられるよう」といった記載を含んだ親密な内容のメールを頻繁に交換した。
ト 原告は、平成11年ころ、被告に内緒で、クレジットで約150万円相当の時計や宝石を購入したのを始めとして、以来クレジットにより物品購入をするようになり、平成14年3月時点では、少なくとも約300万円の残債務を有していたところ、被告は、同月28日、原告にクレジット会社に対する債務があることを知った。そこで、被告は、友人達が開いてくれた快気祝いの宴会に出席していた原告に電話を架けてすぐに帰宅するように促し、自宅に戻って来た原告に対し、殴る、蹴るなどの暴行を加え、さらに、原告の衣類を窓の外に投げ捨てるなどした。原告は、被告に対し、クレジット代金はパート収入で支払っており、督促状がきたこともなく被告には迷惑を掛けていない旨を釈明したが、被告は、これを聞き入れなかった。その様子を見ていた三女が110番通報をしたため、原告と被告は、駆けつけた警察官に連れられて高井戸警察署へ行き事情を聞かれたが、いったん解放され、原告と被告は一緒に自宅に戻った。ところが、被告は、自宅に到着した途端、「人に恥をかかせやがって。今すぐ出て行け。」と暴れたため、三女が再度110番通報をし、被告は、駆けつけた警察官に促され、再度警察署に行った。その後、被告は、自宅に戻ってきたが、翌29日午前1時を過ぎていたにもかかわらず、大声で「今すぐ出て行け。」と騒ぎ続けたため、三女が3度目の110番通報をした。そのため、被告は、またもや警察官に連れて行かれたが、朝方4時30分ころに帰宅した。翌30日、原告が立花クリニックで受診したところ、顔面・左手・左臀部・右下腿打撲、左肋骨不全骨折と診断された。
 なお、原告は、その後、被告から借金の件を問い質された際、被告に対し、「せこい。」「細かすぎると、皆に嫌われるよ。」などと言ったことがある。
ナ 被告は、平成14年4月27日、原告をライブハウスに誘ったが、これを断られて一人で出掛け、夜中に帰宅すると、その朝方原告の首を絞めた。
ニ 被告は、平成14年5月上旬ころ、原告とFとのメールのやりとりが記録されたフロッピーディスクを発見し、その内容を印刷したものを突きつけてFとの肉体関係の有無について原告を追及したところ、原告は、「本当にその人だけなんだよ。今年に入ってからなんだよ」「2月に入ってからだよ。」などと肉体関係があったことを認める発言をした。なお、被告は、その際の原告との会話を録音している。
ヌ 被告は、平成14年6月下旬から7月上旬にかけて、原告に度々性交渉を迫り、原告が被告を「エロ爺」と言ったこともあった。また、被告は、原告から性交渉を断られた際、「子供のために仲良くしてやろうと思っているのに。離婚する。家に居られないようにしてやる。」と怒り出したり、「お前の様子をみてきただけだから弁護士を探せ。」「知り合いの弁護士に離婚の相談に行け。」などと言ったりした。
ネ 被告は、平成14年7月8日、家庭裁判所に夫婦関係調整調停事件の申立てをし、当日、原告にその旨を伝えた。この日から、原告は、長女の部屋で寝おきをするようになった。
ノ 平成14年7月18日夜、原告が友人と食事をして自宅を留守にしたところ、被告は、翌19日早朝、出張先のロサンゼルスから原告に電話を架け、原告がFと一緒に居て朝帰りをしたと疑ってかかり、原告を執拗に責め立てた。
ハ 原告は、平成14年8月に入り、被告から家を出て行ってもらいたい旨度々告げられていたこともあって、自宅を出る覚悟を決め、同月25日、被告が出張から帰って来た夜に自宅を出た。
 その後、原告は、被告が出張で国外に滞在している間は、自宅に戻って子らと過ごし、被告が自宅にいる間は賃貸マンションで過ごすという生活を続けていたが、当該別居期間中に、被告が交際中のGを自宅に招き入れ、子らが嫌悪感を示すようになったことや、二女が交通事故により一時入院する事態が重なったこともあって、当時審理中であった離婚訴訟の期日において自宅に戻りたい旨を申し出て、被告もその席上でこれを了承したため、平成15年12月2日、自宅に戻った。
ヒ 被告は、平成15年12月3日、自宅に会社の経営状態が厳しいので自宅を賃貸に出し手狭な場所に引っ越す旨の張り紙をし、同月29日には、突然自宅に帰って来るや、玄関先に段ボールを積み上げ、原告や子らに引っ越し先も告げずに引っ越しをしようとしたが、原告の連絡を受けた被告代理人弁護士に諌められてこれを思い止まった。
フ 被告は、平成15年5月2日に成立した調停で定められた婚姻費用分担金の支払を同年10月ころから怠ったことがあるが、同年12月にはその支払を再開した。
ヘ 被告は、原告が平成16年4月19日に玄関の鍵を替えたところ、翌20日にこれを知り、同月21日、原告代理人弁護士に宛ててその鍵を壊す旨のファックス送信をした上、同弁護士の説得にも応じることなく、電気ドリルでその鍵を破壊した。
ホ 長女は、私立多摩大学目黒中学校、同高校を経て、ネバダカリフォルニア州立大学日本校に進学し、平成16年3月に同校を卒業した後、資格専門学校に入学した。二女は、私立多摩大学目黒中学校、同高校を卒業後、成蹊大学法学部に入学した。三女は、私立多摩大学目黒中学校を卒業後、同高校に進学した。
 被告は、原告との婚姻生活において、従前から、原告に渡していた生活費の他に、子らの学費・通学費・小遣い・携帯電話代等、被服費、医療費、水道光熱費、国民健康保険料、家賃等を負担しており、原告も、子らの養育との関係においては、被告の経済力に感謝していたところ、被告は、これらの費用等については、金額、項目等の変動はあるものの、原告との別居開始後も継続して負担している。
マ 被告とGとの間には、平成16年12月14日、長女が出生している。
(2)上記認定事実によれば、被告は、原告と内縁関係にあった昭和63年から原告と別居に至る平成14年までの間の長きにわたり、度々、原告に対する家庭内暴力や粗暴な振る舞いがあったことが認められる上、それらの被告の暴力により、原告は、腰の骨にひびが入ったり、肋骨を不全骨折するなど、重大な傷害を受けたことが認められ、これらの点にかんがみると、被告の家庭内暴力や粗暴な振る舞いは、相当程度深刻なものであったといわなければならない。
(3)ア もっとも、被告は、原告が被告による暴力の事実を誇大主張している旨主張する。
 確かに、上記認定に沿う原告の陳述書の陳述部分や本人尋問の供述部分には、一部誇張した部分や自己弁護的な部分も見受けられるものの、大筋において、不合理な点は見受けられず、他の客観的な証拠とも整合しており、また、暴行の内容等について具体性を欠く面もなくはないが、時の経過にかんがみるとやむを得ない面があり、全体として、これを十分に信用することができる。これに対し、上記認定に反する被告の陳述書の陳述部分や本人尋問の供述部分は、限定的に暴力の事実を認めながら、否認する部分を自ら積極的、具体的に指摘することもなく、肝心の暴行の事実に至ると記憶がないなどとあいまいな供述を繰り返すのみで、それ自体不自然、不合理である上、その供述内容には、客観的な事実関係や証拠とも矛盾する部分が少なからず見受けられ、これを容易に信用することができない。
 したがって、上記被告の主張は採用することができない。
イ また、被告は、自己の行為については、原告の不倫あるいは不倫類似行為が重大な端緒となっている旨主張するが、前記認定事実によれば、原告の家庭内暴力や粗暴な振る舞いは、いずれも、原告とFの関係が被告に発覚する前のものであることが認められるから、当該被告の主張は、失当というほかない。
(4)ところで、原告は、被告による精神的な虐待行為も、加害行為として主張する。
 確かに、前記認定の被告の家庭内暴力や粗暴な振る舞いが原告に与える精神的な打撃を考慮すると、それらは、原告に対する精神的な虐待行為としての意味合いをも有するものといえる。しかしながら、原告も、それらの暴力的な行為と明確に区別されるべき被告による精神的な虐待行為を特定して主張しておらず、本件全証拠によっても、前記認定の暴力行為や粗暴な振る舞いとは別個に原告の権利や法的利益を侵害する精神的な虐待行為を認めるに足りない。
 したがって、この点に関する原告の主張には理由がない。
(5)また、原告は、被告が別居後も婚姻費用の支払を拒絶するなどの嫌がらせを行っているとも主張する。
 確かに、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、被告は、原告との別居開始後、原告に対する生活費の支払を拒絶したり、調停で定められた婚姻費用の支払を中断したりしたことが認められるものの、他方、被告は、子らの養育費やその他の必要費を原告との別居開始後も、別途負担していること、原告は、平成15年から平成16年7月まではEの正規の従業員として勤務していたこと、平成14年10月に一時中断した婚姻費用の支払は、同年12月にはこれを再開していることなどが認められ、これらの事実に照らすと、被告が原告との別居開始後、原告に対する違法な嫌がらせ行為として婚姻費用の支払を拒絶しているとまでは認められない。その他原告が違法な嫌がらせとして主張する各行為も、前記認定の事実関係に照らすと、いずれも原告独自の立場からなされた一面的な主張にとどまるものといわざるを得ず、必ずしもこれを違法とまでは評価できないというべきである。
 したがって、この点に関する原告の主張にも理由がない。
(6)以上より、本件において、被告の原告に対する加害行為として認められるのは、前記認定の家庭内暴力や粗暴な振る舞いに限られるといえ、その余については、これを加害行為として認めることはできない。
2 争点(2)(損害)について
 前述したとおり、被告による家庭内暴力や粗暴な振る舞いは相当程度深刻なものであったといえ、これにより原告が精神的苦痛を受けたことは明らかであり、その他原告と被告の婚姻生活の状況等諸般の事情をも合わせ考慮すると、慰謝料としては200万円が相当であると認められる。
第4 結論
 以上の次第で、原告の請求は主文掲記の限度で理由があり、その余の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

-判例24(判決文)-妻の反対訴訟で離婚を認定し、財産分与、慰謝料、養育費を命じた
東京地方裁判所判決 平成15年(タ)第688号、平成15年(タ)第849
主文
1 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)とを離婚する。
2 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)間の長男A(昭和**年*月*日生)、二男B(平成*年*月*日生)、長女C(平成*年*月*日生)、二女D(平成*年*月*日生)の親権者をいずれも被告(反訴原告)と定める。
3 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、長男A、二男B、長女C、二女Dの養育費として、本判決確定の日の翌日から、上記未成年者らがそれぞれ成人に達するまで、毎月21日限り、1か月あたり各9万円の割合による金員を支払え。
4 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、350万円及びこれに対する平成15年10月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、財産分与として、3140万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、財産分与として、平成18年12月31日限り、1140万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日または平成19年1月1日のいずれか遅い日から支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。
7 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、財産分与として、第1項の離婚判決が確定した日以降において、
(1)退職年金を支給されたときは、当該支給にかかる金額の3割に相当する金額を当該支給された日が属する月の末日までに支払え。
(2)老齢厚生年金を支給されたときは、当該支給にかかる金額の3割に相当する金額を当該支給された日が属する月の末日までに支払え。
8 被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。
9 訴訟費用は本訴及び反訴を通じてこれを2分し、その1を原告(反訴被告)、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
10 この判決は、第4項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1)主文第1項と同旨。
(2)原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)と被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)間の長男A(昭和**年*月*日生。以下「長男A」という。)、二男B(平成*年*月*日生。以下「二男B」という。)、長女C(平成*年*月*日生。以下「長女C」という。)、二女D(平成*年*月*日生。以下「二女D」という。)の親権者を原告と定める。
2 反訴請求
(1)主文第1項と同旨。
(2)主文第2項と同旨。
(3)原告は、被告に対し、長男A、二男B、長女C、二女Dの養育費として、本判決確定の日の翌日から同人らが22歳に達する月まで、毎月21日限り、1か月あたり各金15万円の割合による金員を支払え。
(4)原告は、被告に対し、金700万円及びこれに対する平成15年10月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5)原告は、被告に対し、5645万円を財産分与し、さらに、毎月相当額の年金を分与する。
第2 事案の概要
本訴は、夫である原告が、被告に対し、原告と被告の婚姻関係は既に破綻しており、婚姻を継続し難い重大な事由があるとして(民法770条1項5号)、離婚を求めた事案である。
 これに対し、反訴は、妻である被告が、原告に対し、原告は日常的に被告に高圧的、侮辱的な振る舞いなどを繰り返した上、不貞行為に及んで婚姻関係を破綻させたとして(民法770条1項1号、5号)、離婚を求め、合わせて、財産分与並びに慰謝料及び養育費の支払を求めた事案である。
1 争点1(離婚原因及び婚姻関係破綻の時期)
(原告の主張)
(1)離婚原因
 以下のとおり、原告と被告の婚姻生活は破綻しており、本件については、原告と被告の婚姻は、民法770条1項5号が定める婚姻を継続し難い重大な事由があるときに該当する。
ア 被告は、原告に対し、平成4年頃から、「別れてほしい。」「嫌だ、嫌いだ、別れてくれ。」などと再三述べていた。
イ 平成11年頃、被告の強い要求により、原告は、自宅の2階に追いやられ、家庭内別居を強いられた。
ウ 被告は、原告に無断で原告名義の定期預金を解約し、窃取するなど、不法行為を行った。
エ 原告は、円満な家庭生活を希望し、そのために努力もしたが、被告のわがままにより、これができず、子どもとの関係も引き裂かれてしまった。
(2)婚姻関係破綻の時期
ア 被告との婚姻生活は、婚姻後10年で破綻した。
イ 被告は、平成12年2月の友人に宛てた手紙で、離婚の意思を固め、弁護士を頼み、離婚の申立ての準備をしている旨述べている。よって、破綻の時期は少なくとも平成12年以前であった。
ウ 被告は、平成14年5月24日、上記1(1)ウのとおり、1000万円を窃取した。被告のこのような振る舞いは、夫婦の正常な婚姻関係を踏みにじる行為と言えるから、遅くともこの時には、婚姻関係が破綻したといってよい。
(被告の主張)
(1)離婚原因
 被告は、長年にわたる原告からの高圧的な態度、振る舞い、侮辱に圧迫されて、自分を出さないようにしてひたすら耐え続けてきた。それは、被告の人間としての尊厳、人格の否定であり、原告、被告間の関係は、対等、平等の人間関係ではなく、常に、上下、支配・被支配の関係であって、両性の本質的平等の上に成り立つ婚姻関係とは無縁なものとなっていた。原告の精神的、経済的、性的、社会的暴力は日常的にあり、原告の行為の実態は、ドメスティック・バイオレンスである。
 それでも、被告は、4人の子どもたちのためにも、婚姻の継続を望み、婚姻関係の円満な再構築を試みる努力をしていた。それにもかかわらず、原告は、不貞行為に及んで婚姻関係を破綻させた。
 よって、被告は、原告に対し、民法770条1項1号及び5号に基づき、離婚請求をする。
(2)婚姻関係破綻の時期
 原告と被告の婚姻関係が破綻したのは、平成14年5月13日である。
2 争点2(慰謝料)
(被告の主張)
(1)婚姻関係が破綻に至った原因はもっぱら原告の被告に対する異常なまでの支配意識、暴言・精神的圧迫や虐待にあり、加えて、不貞行為により、その破綻を決定的なものとした。
(2)被告の精神的身体的苦痛を慰謝するには、慰謝料の金額は、700万円を下ることはできない。
(原告の主張)
(1)婚姻関係破綻の原因は、原告、被告双方にあり、被告に慰謝料請求権はない。
(2)原告と被告の婚姻関係は、婚姻後10年で破綻した。被告は、遅くとも平成12年2月頃には、離婚の意思を固め、弁護士を頼み、離婚の申立ての準備をしていた。よって、被告の慰謝料請求は理由がない。
3 争点3(財産分与)
(被告の主張)
(1)不動産
ア 原告は、昭和58年1月、東京都世田谷区i四丁目〈省略〉所在の中古マンション、*******103号室(以下「iのマンション」という。)を2125万円で購入した。
イ 原告は、購入資金のうち、1000万円を原告の父から、500万円を銀行から借り、残りの625万円は貯蓄を充てた。
ウ 原告の父から借りた1000万円は、毎月4万円ずつ返済する約束をし、半分の500万円は返済している。
エ 銀行から借りた500万円は、毎月分割で返済し、その金額は合計で227万円になった。その後、原告が、残金を繰り上げ返済で全額返済した。
オ iのマンションの購入代金に充てた貯蓄のうち、少なくとも200万円は、原告と被告が婚姻後に蓄えたものである。
カ したがって、iのマンションの少なくとも2分の1は、原告と被告が婚姻中に形成した財産である。
キ iのマンションの内装費用100万円余は、被告が実家の援助を受けて負担した。
ク その後、iのマンションを売却処分したが、iのマンションの売却価格は、4140万円であったから、この半分の2070万円は、原告と被告が婚姻中に形成した財産である。
ケ 原告は、平成5年8月、原告の父とともに、東京都世田谷区〈省略〉所在の二世帯住宅(土地及び建物。以下「本件住宅」という。)を購入した。
 本件住宅の売買価格は、2億100万円であり、原告と原告の父は、これを半分の1億50万円ずつ負担し、本件住宅は、原告と原告の父で持分2分の1ずつの共有とした。
コ 原告は、本件住宅持分の購入代金1億50万円については、iのマンションの売却代金をあて、3000万円は住宅ローンを組み、さらに、預貯金等3000万円以上を充てて賄った。
サ 上記クのとおり、iのマンションの売却代金のうち、2070万円が夫婦の財産として形成されたものであるから、原告が負担した本件住宅の購入代金1億50万円のうち、8070万円が原告と被告が婚姻中に形成した財産となり、その割合は、本件住宅全体の約80パーセントである。
シ 本件住宅の原告の持分部分の現在の資産価値は、約7000万円であるから、本件住宅のうち、5600万円に相当する部分が、財産分与の対象となる。
 したがって、本件住宅に関しては、5600万円の2分の1である2800万円が、分与されるべきである。
ス 本件住宅を購入して転居した後、被告の両親から、被告の立場を考えて、原告側にお祝い金として300万円が渡された。これも購入資金やローン返済に充当されたものとして考慮されるべきである。
(2)預貯金等
(後記日付けはその預貯金等の存在を確認することができる時点を示す。)
ア 預貯金
(ア)原告名義
a E銀行(現F銀行)j支店普通預金   411万円(2002.3.22)
b E銀行(現F銀行)k出張所定期預金 1001万円(2002.2.7)
c E銀行(現F銀行)j支店定期預金   15万円(2001.7.31)
d E銀行(現F銀行)j支店定期預金   187万円(2001.8.31)
e E銀行(現F銀行)j支店定期預金   169万円(2001.9.30)
f E銀行(現F銀行)j支店定期預金   120万円(2001.10.31)
g G銀行l支店定期預金          339万円(2003.2)
h G銀行l支店普通預金          843万円(2002.5.14)
                  小計 3085万円
(イ) 被告名義
G銀行l支店普通預金          724万円
(ウ)子ら名義
a 郵政省(現日本郵政公社)定額貯金(子ら4人名義)     202万8040円
b 郵政省(現日本郵政公社)定額貯金(二男B二女D名義)  105万9000円
c H信託銀行m支店ビッグ(長男A長女C名義)          92万円
                                  小計   400万円(1万円未満切り捨て)
イ 有価証券等
(ア)原告名義
a ○○○○n支店当座預金      107万8560円(1万0800ドル)(2002.9.23)
b I工業 金地金             294万7005円(1935グラム)(2001.9.30)
c J証券渋谷支店 株券(2001.9.28) 住友化学工業  102万0000円
                            東芝        202万8000円
                            三菱重工     60万8000円
                            北陸電力    160万4700円
 d J証券渋谷支店               MMF(2001.9.28) 447万4543円
 e J証券渋谷支店               MMF(2002.2.8) 39万4307円
                                小計  1415万円(1万円未満切り捨て)
(イ)子ら名義
J証券o支店 MRF(子ら4人名義) 1015万3588円(2003.12.30)
(ウ)K生命保険解約返戻金      109万1100円
                  合計   6748万円(1万円未満切り捨て)
ウ したがって、被告が財産分与を受けるべき金額は、6748万円の2分の1である3374万円である。
 上記ウの金額から、上記ア(イ)記載の被告名義の預金724万円、すでに被告の手元にある1000万円(平成14年5月24日、被告が上記ア(ア)h記載の口座から被告の口座に振り込んだ1000万円)、被告が保有している上記ア(ウ)a、b記載の貯金307万円(1万円未満切り捨て)を差し引き、原告は、被告に対し、1343万円を支払うべきである。
(3)退職金
 原告は、平成18年10月31日退職予定で、退職金は、手取りで約3700万円である。
 原告の在籍期間は33年7か月、同居期間は20年6か月であるから、退職金のうち、夫婦で形成した部分は、1129万円である。
(4)年金
 原告の年金は、老齢年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金)と企業年金にあたる退職年金を合わせ、60歳からは月額31万1200円、65歳からは月額36万7000円となる。
 被告の国民年金受給予定額は月額4万6066円である。
 年金について、相当額の分与がされなければならない。
(原告の主張)
(1)不動産
ア iのマンションを2125万円で購入したことは認める。
イ 原告が、購入資金のうち、1000万円を原告の父から、500万円を銀行から借り、残りの625万円は貯蓄を充てたことは認める。
ウ 原告が、父から借りた1000万円は、実質は贈与であり、返済したことはない。
エ iのマンションの購入代金に充てた原告の貯蓄はすべて、原告が、被告との婚姻前に蓄えたものである。
オ 銀行から借りた500万円は、原告の父が原告に代わって繰り上げ返済をした。
カ したがって、iのマンションについて、被告は、その財産形成に寄与していない。
キ iのマンションの内装費用を被告が実家の援助を受けて負担した事実はない。
ク iのマンションの売却価格が、4140万円であったことは、認める。
ケ 原告が、平成5年8月、原告の父とともに本件住宅を購入し、本件住宅の購入価格が、2億100万円であり、原告と原告の父は、これを半分の1億50万円ずつ負担し、本件住宅の持分は、原告と原告の父とで2分の1ずつとしたことは認める。
コ 原告の本件住宅の購入代金1億50万円については、iのマンションの売却代金4140万円を充て、3000万円は住宅ローンを組み、残りの2910万円は、預貯金等を充てて賄った。
サ 住宅ローンのうち、原告が返済したのは、合計で325万7103円である。その余の金額は、原告の父による援助を受けて、繰り上げ返済した。
 本件住宅における夫婦財産の寄与度は、住宅購入の際の原告負担分1億50万円のうち、3840万1089円であり、これは、原告の持分の約34.6パーセントである。
シ 本件住宅の現在の売買価格は、高く見積もっても約1億3000万円であり、原告の持分は約6500万円を上回ることはない。 したがって、本件住宅の原告持分のうち、分与の対象となるのは、その34.6パーセントである約2250万円である。
 よって、被告に分与されるべき金額は、1125万円である。
(2)預貯金等
ア 上記(被告の主張)(2)ア(ア)aないしh記載の原告名義の預金、同(ウ)aないしc記載の子ら名義の貯金等、同イ(ア)aないしe記載の原告名義の有価証券等、同(イ)記載の子ら名義のMRFが、記載の期日頃存在したことは認める。
イ 上記(被告の主張)(2)ア(ア)aは、原告が被告から毎月渡される小遣いを貯め、原告の両親から時おり受け取った現金を貯め、あるいは、それらを運用して形成した原告固有の財産である。
ウ 上記(被告の主張)(2)ア(ア)bは、原告が、原告の母から贈与を受けた預金であって、原告固有の財産である。
エ 上記(被告の主張)(2)ア(ア)cないしfは、原告がその小遣いなどを貯め、あるいは、それを運用して形成した原告固有の財産である。
オ 上記(被告の主張)(2)ア(ア)a記載の預金の平成16年5月10日現在の残高は70万1247円、同cないしfの現在の残高は15万円である。
カ 上記(被告の主張)(2)ア(ア)g記載の定期預金は、夫婦の財産であるが、平成14年5月24日、被告が1000万円を不法に払い戻した時点では、普通預金はマイナス188万8934円となっていることから、分与対象となる預貯金のうち原告名義のものは、上記定期預金から上記普通預金のマイナス分を差し引いた150万2527円となる。
キ 上記(被告の主張)(2)ア(ウ)aないしc記載の子ら名義の貯金等は、名義も実質も子らのものであり、子らの養育費として使われるものである。
ク 上記(被告の主張)(2)イ(ア)a記載の原告名義の預金が夫婦の財産であることは認める。
ケ 上記(被告の主張)(2)イ(ア)bないしe記載の原告名義の有価証券等は、原告が小遣いなどを貯め、あるいは、運用してきたものであって、原告固有の資産である。
コ 上記(被告の主張)(2)イ(ア)c記載の株は一部売却済みであり、同d、e記載のMMFは現在ない。
サ 上記(被告の主張)(2)イ(イ)記載の子ら名義のMRFは、子らの財産であり、夫婦の財産ではない。
(3)退職金
 原告は、平成18年10月31日退職予定で、退職金は、手取りで約3700万円であることは、認める。 
 在職年数は33年7か月であり、原告と被告の婚姻関係は婚姻後10年で破綻したから、550万円の分与を認める。
(4)年金
 年金を分与する意思はない。
4 争点4(親権)
(原告の主張)
 被告は心身ともに不安定である。親権者としてふさわしいのは原告である。
(被告の主張)
 4人の子どもたちは、現在、被告の下で育っている。4人とも被告を親権者と定めることを求める。
5 争点5(養育費)
(被告の主張)
 現在、長男Aは大学1年生、二男Bは高校2年生、長女Cは中学2年生、二女Dは小学校5年生であり、教育費の最もかかってくる年齢である。
 したがって、教育費も含め、1か月あたり子ども1人につき15万円を各人が大学卒業まで支払うことを求める。
(原告の主張)
 1か月あたり、子ども1人につき15万円の養育費は過大である。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(離婚原因及び婚姻関係破綻の時期)について
(1)原告は、本訴請求で、被告は、反訴請求で、それぞれ離婚を求め、双方とも離婚意思を明確にしており、後記(2)アのとおり、原告と被告の婚姻関係が破綻していることは明らかであるから、離婚請求は、本訴、反訴ともに認められる。
 後掲の証拠等によれば、以下の各事実が認められる。
ア 原告(昭和**年*月*日生)と被告(昭和**年*月*日生)は、昭和55年春頃、見合いにより知り合った。
 原告は昭和48年、***協会(L。以下「L」という。)に入社し、現在、***局解説委員室解説主幹である。被告と知り合った当時は、L大阪局に記者として勤務していた。なお、原告は、平成18年10月25日満57歳を迎え、同月31日、定年退職の予定である。
 被告は、M大学を卒業し、渋谷のL内にあるN連合(N。以下「N」という。)で働いていた。
 原告と被告は、昭和56年10月24日に挙式し、同年11月18日に婚姻届出をした。
 原告と被告の間には、昭和**年*月*日、長男A、平成*年*月*日、二男B、平成*年*月*日、長女C、平成*年*月*日、二女Dが誕生している(甲1、53、56、乙25、弁論の全趣旨)。
イ 原告と被告の婚姻生活は、奈良県生駒市にあるLの社宅で始まった。
 被告は、Nを辞め、専業主婦となった。
 被告は、原告の給料が振り込まれる通帳から、必要に応じて生活費を引き出し、原告は、被告から、小遣いを受け取っていた。
 原告は、被告に対し、被告より上位にある人間であるという態度をとった。些細な理由での喧嘩の際にも、原告は、一方的に「お前が悪い。」という態度をとった。原告の威圧的態度は、その後の婚姻関係を通じてみられ、被告は、原告に責められた時には謝るなど従順に対応することで、原告、被告間の調和を保とうとした。
 被告は、原告との婚姻生活で、頭に蓋をされたような圧迫感を感じた。
 被告は、婚姻後半年の間に体重が10キロ減り、生理も止まってしまった。心配になった被告は、大阪のO病院の婦人科に通院し、治療を受けた。
 このような状態にあった頃、被告は、体力的に自信がなく、子育てにも不安があったため、子どもはほしくないと原告に言ったことがあった(乙25、28、37、38、被告本人)。
ウ 原告は、昭和57年夏、東京に転勤になり、原告と被告は、川崎の社宅に転居した。
 間もなく、被告にL音楽部にいたかつての上司からアルバイトの誘いがあり、被告はアルバイトをしたいと希望したが、原告が反対したため、被告は、やむなくその誘いを断った(乙28)。
エ 昭和58年1月、原告は、iのマンションを購入し、原告と被告は、そこに転居した(乙3、25)。
 その後、被告は、実家や叔父の家で、10人ほどにピアノを教え、M大学の声楽家講師やフルートの伴奏をしていた。
 転居後も、被告は、生理がない状態が続いており、昭和59年頃には針や指圧などの東洋医学による不妊治療、昭和60年頃から東京のO病院に不妊治療に通った(乙28)。
オ 昭和**年*月*日、長男Aが誕生した。長男Aは、神経質で疳が強く、被告は、原告が目を覚まさないようにするため、長男Aが夜泣きをしている間ずっと抱き続けていなければならなかった。そのため、被告は、まとまった睡眠がとれない状態が続いた。疲労し、育児の助けがほしいと思った被告は、原告に「早く帰れる日には、なるべく帰ってきて、少し育児を手伝ってもらいたい。」と頼んだが、原告は、「こういう仕事なんだから早く帰れる日なんて分かるわけないだろう。」と言った。
 このころから、原告は、朝食の支度をするようになった。
 平成*年*月*日、二男Bが誕生した(甲56、乙25、28)。
カ 平成*年*月*日、被告は、長女Cを出産した。同年10月から11月にかけて、被告は、切迫早産、子宮内胎児発育遅滞のため、入院をした。被告が、原告から、フルブライト留学について知らされたのは、この頃だった。
 原告は、平成4年7月、留学のため渡米し、同年9月、被告は、原告の留学に同伴するため、長男A、二男B、長女Cを伴い、渡米した。
 原告は、充実した留学生活を送っていた。
 他方、被告は、慣れない外国での環境で、5歳の長男A、3歳の二男Bと1歳にならない長女Cの3人の子育てに、息の抜けない毎日だった。被告は、アメリカのミルクが合わなかった長女Cを、豆乳で育て、さらに、同人が喘息を患ったため、同人に薬の吸入をするなど、アメリカでの子育ては、困難を伴った。
 子育てで疲れた被告は、原告から毎日性生活を求められるのが辛かった。
 被告は、このような生活の中で、自分を主体的な存在として感じることができなくなり、被告の自尊感情は傷ついた。被告は、次第に、精神的に追い込まれ、「**の快適な留学生活を支えるために、私がアメリカにいる。」と考えるようになり、原告に「こんな生活はもう耐えられない、帰国させてほしい。」と頼んだが、原告は、被告の帰国を了解しなかった。被告は、原告に帰国を懇願する際、離婚を口にしたこともあった(甲52、乙25、28)。
キ 平成5年6月、原告、被告と3人の子らは、アメリカから帰国した。
 同年8月、原告は原告の父とともに二世帯住宅である本件住宅を購入し、1階部分に原告、被告家族、2階部分に原告の両親が生活することになり、同年11月、本件住宅に転居した。
 本件住宅は、1階、2階がそれぞれ独立して生活することができるように設計されており、外階段を通って1階から2階に行くこともできるし、内部でも1階と2階は内階段でつながっていた(甲2、乙25、28)。
ク 帰国後、長男Aは、**小学校1年に編入したが、本件住宅への転居に伴い、**小学校に転校した。
 長男Aは、転校後間もなく不登校になった。被告は、学校に出向き、担任の教師と話をしたが、長男Aの不登校について、担任教師の協力を得ることはできなかった。原告は、平成6年3月の担任の教師との面談の際には、被告に同伴したことがあったが、長男Aの不登校の問題に積極的に関わってはいなかった。被告は、1人で悩みながら、世田谷区教育委員会が開いている教育相談に通うなどして、長男Aの不登校の問題に取り組んだ。長男Aは、平成6年4月、遅刻、早退を繰り返しながらも、登校するようになった(乙24、25、28)。
ケ 平成6年6月、原告はLの解説委員になった。
 同年7月、二女Dの妊娠が分かり、被告が原告にそのことを告げたところ、原告は、出産に強く反対したが、被告は、出産を決意した。
 この頃、原告は、自宅でパーティーを開き、多くの人を招いた。その席に妊娠中の女性がおり、仲間にいたわられて座っている様子を見て、皿を洗っていた被告は、手伝ってくれていた女性に、自分も妊娠中であることを話した。被告が、パーティーの客に妊娠中と話したと知り、原告は、客が帰ってから、被告を罵倒し、近くにあったリュックサックを投げた。
 平成*年*月*日、二女Dが生まれた(乙25、28、弁論の全趣旨)。
コ 平成10年11月、原告は、韓国に出張した。被告は、その時、原告の不貞を疑った(甲60、61、62、弁論の全趣旨)。
サ 平成11年6月、原告は中学1年になった長男Aに英語を教え始めた。
 原告は、教える際、長男Aを怒鳴ったりしたので、長男Aが、これに反抗し、そうすると、原告は、目をつり上げ、肩を怒らせて、怒鳴りつけ、平手打ちをしたり、物を投げたりし、長男Aが謝るまで責め立てた。原告が長男Aに英語を教えることは、平成12年1月まで続いた。
 原告は、平成12年秋から、二男Bに英語を教え始めた。二男Bは、原告に反抗しなかったが、原告をすぐ怒るから恐いと言っていた。長男Aや二男Bは、原告にとって、被告の生き写しの形で現れ、原告は、長男A、二男Bと接する時、冷静になりきれないことがあった。被告は、それまで自分がしてきたように長男A、二男Bに我慢させ、原告に従わせるほかなく、上記子らにそのような対応をさせることが苦しかった(甲56、乙17の1、乙18、25、28)。
シ 平成11年11月頃、被告は、原告に「このままでは本当に苦しい。離婚できれば楽になると思うほど追いつめられている気持ちだけれど、子どもも小さいのであと5年くらいは、この家で生活をして、子どもたちのために耐えていきたいので、考えて欲しい。」と訴え、冷却期間を置くためにしばらく寝室を別にすることを求めた。原告は、渋々これに同意し、2階に寝室を移した。
 原告が、寝室を2階に移した後も、原告は、寝ること以外は、以前のとおり1階で生活しており、被告との性生活もあった。
 平成12年3月頃、被告は、原告に通帳、印鑑、キャッシュカード等を渡した。以後、原告は、被告に対し、食費等毎月の生活費として35万円を渡し、教育費はその都度渡されることになった(甲56、乙25、29、弁論の全趣旨)。
ス 被告は、夫婦の関係が改善されることを望み、平成12年1月、原告とともに、夫婦カウンセリングを受けたが、改善には結びつかなかった。
 同年5月、被告は、2級ヘルパーの資格を取るために土日に子らを預けて講義に通った。原告は、被告が外出中に食事を作ったこともあったが、被告が帰宅すると「講義の帰りにどこかに寄っているだろう。」「細かく報告しろ。」「夫を助けるのが妻のお役目だ。」と、被告が家を空けることに対する不満を表した。
 平成13年2月、被告は、友人に弁護士も決まり、いつ家裁に行ってもいいが、今は思い切り言いたいことを言ってからにしようと思う旨の手紙を書き送った。
 平成13年4月、被告は、**小学校に1か月に12日勤めに出るようになった(甲47、乙25、28、被告本人)。
セ  平成14年1月頃から、被告は、原告の行動に不貞の疑いを抱いていた。同年2月23日から同月25日まで、原告は、金沢に出張したが、この時、原告は不貞行為に及んだ(乙23、25、29、42)。
ソ 同年3月下旬、被告が、原告の不貞に言及した後、給与が振り込まれる通帳2通を1階に置くよう要求したところ、原告は、「いつでも自分が確認できるところに置いておけ。」と言って、被告に通帳を渡した。
 同年4月3日、原告と被告は、二男B、長女C、二女Dと1泊で奈良に行った。ホテルで、原告が、性関係を求めてきたが、被告は、拒んだ。
 同年4月5日、原告は、子らに、「**さんはお母さんに悪いことをしたから、上で暮らすことになった。」と言い、これを実行した。
いったん1階に置かれた2通の通帳は、同年5月11日までに原告が、2通とも原告のもとに取り戻した。被告が、「通帳をどこにやったの。下で話をして。」と2階にいた原告に言ったが、原告は、降りてこようとせず、原告の父が、被告に「このばかやろう。」と怒鳴った。
 この頃、被告の身体には、眩暈(内耳性眩暈症)、難聴(中等度の感音難聴)の症状が現れた。
 被告は、平成14年5月24日、原告名義の銀行預金から1000万円を引き出し、被告名義の口座に入金した(甲18、乙25、26、29、43の1、2)。
タ 被告は、平成14年6月、別居と婚姻費用分担の調停を申し立て(東京家庭裁判所平成14年(家イ)第3699号)、原告は、夫婦関係調整(離婚)の調停を申し立てた(同裁判所平成14年(家イ)第4524号)。
 調停での協議により、本件住宅の内階段を封鎖することを合意し、内階段の封鎖は、平成15年2月13日に完成した。
 夫婦関係調整調停申立事件は、平成15年4月21日、不成立となり、婚姻費用分担申立事件は、同年8月1日、原告が、被告に対し、1か月25万円を支払うほか、子らの学費等の実費を別途負担すること等を合意して、調停が成立した(甲3、乙1、25、29)。
(2)ア 上記(1)で認定した事実によれば、原告と被告の婚姻関係は、原告が、被告を自己のコントロール下に置こうとする支配意識に基づき、被告に対し、日常的に威圧的態度をとったことから、次第に調和を欠いていたところ、子らが成長するにつれ、原告は、長男A、二男Bに対しても、原告に対し、従順であることを求め、反発したり、原告を受け入れない子らに、妻である被告への不満を重ね合わせて、威圧的態度をとったことにより、上記子らをも巻き込んで、家庭全体にさらなる不調和を招き、その上、原告が不貞行為に及んだことで、破綻に至ったと認められ、その破綻の時期は、平成14年5月であると認められる。
イ これに対し、原告は、離婚原因は、双方にある、あるいは、「嫌だ、嫌いだ、別れたい。」と発言したり、原告を自宅の2階に追いやり、原告に無断で原告名義の定期預金を解約するなどした被告にあると主張し、破綻の時期を平成12年2月以前であると主張するが(原告は、甲57号証では、平成11年10月から11月に決定的に破綻した、平成11年秋、遅くとも平成12年初めには、実質的には夫婦関係は破綻していた、とする。)、以下のとおり、原告の主張は、理由がない。
(ア)上記(1)イ、オ、カ、ケ、スのとおり、原告と被告の婚姻関係を通じて、原告の被告に対する威圧的態度が認められ、また、上記(1)セのとおり、原告の不貞が推認される。
(イ)また、上記(1)カのとおり、平成5年、アメリカ滞在中に、被告が、精神的に追い込まれて、離婚に関する話をしたことはあったが、翌平成6年、帰国後、二世帯住宅である本件住宅を購入し、新たな住まいで、原告の両親ともども、家族で生活をしてきているのであるから、この時期に破綻していたとは到底認められない。
(ウ)上記(1)シのとおり、原告は、平成11年、寝室を2階に移している。上記(1)シのとおり、この時期には、原告と被告の婚姻関係及び原告と長男A、二男Bとの親子関係が相当に調和を欠いた状態であったが、原告は、寝る時以外は、1階で過ごしており、食事等の日常生活には変わりはなく、また、原告と被告の間に性生活もあったうえ、被告は、夫婦カウンセリングを試みるなど関係改善に努力していたのであるから、この時期にも、原告と被告の婚姻関係が破綻していたと認めることはできない。
 被告は、上記(1)スのとおり、友人に弁護士が決まった等と書き送っている。このことからすると、被告は、婚姻関係の改善に努力する一方、離婚のことも考えてはいたと認められる。しかし、結局、被告が、離婚に向けて行動をおこしたことはなかったのであるから、この時期に原告と被告の婚姻関係が破綻していたと言うことはできない。
 その後、原告、被告間において、離婚の話が進展したことはなかったのであるから、仮に、被告がこの時期に本心から離婚を求めていたのであれば、その後の経過において、原告が、離婚を求めようとする被告を引き止める経過が窺えてしかるべきであるが、そのような経過は窺えないから、上記のとおり、この時期に婚姻関係が破綻していたとは言えない。
2 争点2(慰謝料)について
 上記1(2)アで判断したとおり、原告と被告の婚姻関係は、原告が、被告を自己のコントロール下に置こうとする支配意識に基づき、被告に対し、日常的に威圧的態度をとったこと、原告が不貞行為に及んだことにより、破綻に至ったのであるから、原告は、被告に対し、婚姻関係を破綻させたことにつき、不法行為に基づき、慰謝料を支払うべき責任を負う。
 被告が20年以上にわたり、婚姻関係の維持に努力してきたにもかかわらず、原告の不貞行為により、婚姻関係が破綻するに至り、被告は、精神的に衝撃を受けたこと(乙38)、被告は、現在、47歳であり、婚姻期間の大半を専業主婦として生活してきたから、離婚によって受ける経済的不利益が大きいこと、他方、被告は、原告との婚姻生活の中で、4人の子に恵まれ、家族で楽しい時を共有したこともあったであろうことを考慮し、慰謝料は350万円が相当である。
3 争点3(財産分与)について
(1)不動産
ア 後掲の証拠等によれば、次の事実が認められる。
(ア)原告は、昭和58年1月、iのマンションを2125万円で購入した。なお、所有権移転登記手続は同年3月26日である。
 原告は、購入資金のうち、1000万円を原告の父から、500万円を銀行から借り、残りの625万円は貯蓄を充てた(甲35、36、弁論の全趣旨)。
(イ)婚姻後、iのマンションを購入するまでの間も原告の給料は、1か月20万円程度であり、賞与は、50ないし60万円程度であった。賞与の支給時期は、毎年6月と12月であったから、この間、昭和56年12月、昭和57年6月、同年12月、合わせて3回、賞与が支給された(乙20の1ないし6、乙21の3)。
(ウ)iのマンション購入後の原告の給料は、手取り27万円前後であり、賞与は、手取りで、昭和58年6月が48万4600円、同年12月が67万5400円、昭和59年6月が53万9800円、同年12月が71万3400円、昭和60年6月が59万5000円、同年12月が76万3500円であり、この間の賞与の合計は、377万1700円である(乙21の3、8、14、21、29、35)。
(エ)被告は、iのマンションの内装費用として、104万2100円を実家の援助で負担した(乙16、47、48の2)。
(オ)原告は、平成5年8月、原告の父とともに本件住宅を購入した。本件住宅の売買価格は、2億100万円であり、原告と原告の父は、これを半分の1億50万円ずつ負担し、本件住宅の持分は、原告と原告の父で2分の1ずつとした。なお、所有権移転登記手続がされたのは同年10月4日である。
 原告は、本件建物の購入代金1億50万円のうち、3000万円については住宅ローンを組んだ。
(カ)原告は、iのマンションを、平成5年10月、4140万円で売却し、平成6年1月31日、所有権移転登記手続をした(甲35、36、37、38、39、乙25)
イ 上記アで認定した事実を前提に以下判断する。
(ア)甲55、68号証によれば、iのマンション購入の際の原告の父からの借金は、実質的には、原告の父からの援助であり、原告から原告の父への返済はされていなかったと認められる。
 この点、被告は、原告の父からの借金については、原告が原告の小遣いの中から、毎月4万円ずつ返済し、iのマンションを売却するまでに、少なくとも500万円は、返済したと主張する。しかし、原告の父から借りた1000万円は、原告の住宅購入に際しての原告と原告の父との親子に基づき授受されたものであること、もし、厳密な意味での借金であれば、夫婦が生活する住宅を購入するための借金であることから考えて、原告のみならず、被告もその返済に関心を持ち、注意を払うものと思われるところ、被告は、借金の返済が可能であったと主張するだけで、返済の具体的な状況に触れておらず、借金の返済について、関心や注意を払っていたと窺うことができないことからすると、上記のとおり、原告の父からの借金は、形式的には借金であるが、実質的には贈与であり、原告から原告の父への返済はされていなかったと認められる。
(イ)乙21号証の1ないし40によれば、iのマンション購入の際の銀行からの借入については、昭和58年5月から昭和61年4月までの間、原告の毎月の給料から3万1000円ずつ、賞与から18万2000円ずつ返済したと認められる(乙21号証の40によれば、昭和61年5月分の給料からも、3万1000円が天引されているが、甲36号証によれば、銀行の主債務は、給料日前の同年5月8日に消滅しているから、この分は、後で精算されていると思われる。)。
 したがって、毎月の給与からの返済額は111万6000円(3万1000円×36か月)、賞与からの返済額は109万2000円(18万2000円×6回)、合計220万8000円である。
 甲36号証によれば、原告は、昭和61年5月、銀行からの借金の残額を繰り上げ返済し、完済したことが認められる。
 この点について、原告は、原告の父が返済したと主張するが、上記ア(ウ)で認定したとおり、原告がiのマンションを購入してから繰り上げ返済するまでの間の毎月の給料は、27万円前後であったこと、その間の賞与の合計は377万1700円であったこと、原告が賞与から返済した金額は、上記のとおり、合計で109万2000円であり、原告、被告夫婦の当時の家計の状況からすると、銀行からの借金の残額を原告が原告の収入により、繰り上げ返済することは、十分可能であるうえ、原告の父が原告に代わって返済をしたとするその経過も原資も明らかでないことに加え、上記(ア)で認定したとおり、原告は原告の父から、iのマンションの購入にあたり、1000万円の贈与を受けており、さらに原告の父に援助を受けることが相当と思われる事情も見あたらないから、銀行からの借入の残額は、原告が、賞与等を蓄えて形成した貯蓄から捻出したものと認めるのが相当である。
(ウ)以下に判断するとおり、iのマンション購入の自己資金625万円のうち、原告と被告が婚姻中に形成した財産は120万円であるとするのが相当である。
 上記ア(イ)で認定したとおり、婚姻後、iのマンションを購入するまでの間の原告の毎月の給料は20万円程度、賞与は、手取りで50ないし60万円であり、その間に原告は、3回賞与を支給されているから、合わせて170万円程度の賞与を支給されたと認められ、原告と被告の婚姻の時期が昭和56年11月であることを考慮すると、昭和56年12月に支払われた賞与は全額を夫婦で形成した財産とみるのは適当でないから、上記170万円のうち、原告と被告が婚姻中に形成した財産は120万円とみるべきである。
 甲32号証によれば、原告の普通預金が、昭和58年1月21日の時点で、約267万円あるが、原告の婚姻前の預金が含まれていると見られる。前記第3、1(1)イ、ウのとおり、原告と被告は、奈良、川崎では、社宅で生活しており、婚姻当初から、住宅の取得を計画して貯蓄に努めたというような事情は認められないから、毎月の給料からも貯蓄していたと認めることはできず、逆に上記ア(イ)のとおりの収入の状況からみて、毎月の給料では月々の生活を賄えないような生活状況であったことも認められないから、上記で判断したとおり、120万円とみるのが相当である。
(エ)したがって、iのマンション購入代金2125万円のうち、1505万円は原告固有分であり、620万円は原告と被告が共同して形成した分となる。
 以上のとおり、iのマンションの29パーセントが原告と被告が婚姻中に形成した財産となるとするのが相当である。
(オ)なお、上記ア(エ)のとおり、被告は内装費用を負担しており、内装はマンション本体と一体となって、財産を形成していると言えるから、内装費用にあたる部分を被告の固有分として、計上することも考えられないわけではない。しかし、iのマンションという資産の形成に関する、原告と被告の負担割合を計算するにあたって、上記ア(イ)の当時の家計の状況からみると原告が負担したと認められる仲介手数料等費用は、別段考慮していないことを考えると、内装費を被告の固有分として、別途計上することは適当ではない。
(カ)上記ア(オ)のとおり、本件住宅に関する原告の持分の価格は、1億50万円であり、甲38号証によれば、平成5年8月29日手付金として500万円が支払われ、9550万円が、同年10月4日に支払われたことが認められる。上記ア(オ)のとおり、このうち、3000万円は住宅ローンによる支払である。ところで、記帳の内容から売買残代金支払に用いられたとみられる甲31号証を見ると、原告の父からの入金が1億1350万円、それ以外のものが5757万6116円であり(平成5年9月2日時点の残高1万3552円、同月28日に振り込まれた930万円、同月29日に振り込まれた250万円、同年10月4日に振り込まれた4576万2564円の合計。)、売買残代金支払後の残高は、114万5322円であるが、原告本人名義の振込金のうち、同年9月28、29日の振込分は、原告の父からの振り込みと同日にされている状況からすると、原告の父からのものとみられる。したがって、売買残代金支払時の原告の自己資金は4463万0794円となり、5086万9206円については、原告の父の振込分が宛てられていることになる。
 手付金のうち、原告の父の持分についての500万円を原告が負担したと認めるに足りる証拠はない。また、上記の差額5086万円余を原告が原告の父に返還したと認めるに足りる証拠はない。
(キ)その後、上記ア(カ)のとおり、平成5年10月、iのマンションについて、売買代金4140万円で売買契約が成立した。
 上記(エ)で判断したとおり、iのマンションの29パーセントは、夫婦の財産と認められるから、その金額は約1200万円である(4140万円×29パーセント)。
(ク)甲31号証によれば、住宅ローン3000万円について、原告は、平成5年11月8日から、平成7年6月7日までに毎月の給料から8万5983円、20回で合計171万9660円、さらに、賞与から51万2481円、3回で153万7443円、合計325万7103円を返済したことが認められる。
(ケ)原告は、平成6年2月9日、2000万円の振り込みをし、同年2月18日、住宅ローンのうち、2007万2020円を繰り上げ返済した。その後、原告は、同年5月9日500万円の振り込みをし、同月16日、254万6048円、同月19日、250万2958円を返済し、平成7年6月22日、241万円を振り込み、同月30日、244万3986円を返済した。
 以上の経過からすると、上記2007万円余の返済については、iのマンションの売買代金の一部(売買代金のおよそ半分にあたる金額)を充てて返済したと認めるのが相当である。
 この点、原告は、住宅ローンのうち、繰り上げ返済をした分については、原告の父の援助によるものであると主張する。
 上記のとおり、iのマンションの売却代金により、2000万円を調達することができた状況にあるうえ、原告の父が援助をした具体的な経過は窺えないから、上記のとおり判断するのが相当である。
 平成6年5月9日に振り込まれた500万円についても、原告、被告夫婦の家計の状況からみて、平成5年10月に売買残代金を支払った後、平成6年5月までの間に、500万円の蓄財ができたとは考えられないこと、もともとの貯蓄に余裕があったのであれば、本件住宅の売買残代金支払時に支払にあてていたと思われること、iのマンションの売買残代金が支払われてから、3か月ほどしか経っていないことから、この500万円についても、iのマンションの売買代金が原資となっているとみるのが相当である。
 つぎに、平成7年6月22日の振込みは、支払時期、金額等をみれば、原告の賞与等であると認められる。
 ところで、上記(キ)で判断したとおり、iのマンションの売買代金のうち、原告と被告が婚姻中に形成した財産は約1200万円であるから、上記の2500万円のうち、1300万円は、原告の父の財産から提供されたものということになる。
(コ)以上によると、本件住宅の原告の持分の価格である1億50万円のうち、原告、被告の婚姻中の財産が充てられたのは、手付金として支払った500万円、残代金支払時に支払った4463万0794円、住宅ローン3000万円のうち、分割で返済した金額の合計金額325万7103円、平成7年6月に支払った244万3986円、iのマンションの代金のうち1200万円を合わせた、約6733万円であり、持分全体の約67パーセントである。
(サ)乙48号証の4は、被告の母がつけていた家計簿であり、前後の経過とともに300万円を贈与した旨記載していることに加え、不動産の取得に際しては、親が子に300万円程度を贈与することは一般的にしばしばおこなわれていることを合わせて考慮すると、被告の両親が、本件住宅のお祝い金として、300万円を出捐したことが認められる。
被告は、この300万円についても、財産分与の金額を決めるにあたって考慮するべきであると主張するが、上記で検討してきたと おり、上記の算定にあたっては、上記の計算によれば原告の父の振込金から差し引かれることになる仲介手数料等費用を別途計上していないこと、上記住宅ローン返済分には、利息の支払も含まれることも考慮すると、お祝い金300万円についても、別途考慮しないこととするのが相当である。
(シ)甲51号証によれば、本件住宅は、マーケットプライス(実際に売却する場合の成約予想価格)が1億3118万円から1億3929万円とされていることから、現在の価格は、1億3500万円程度と認められる。したがって、原告の持分の価格は、6750万円であり、その67パーセントである4522万円が、本件住宅のうち、財産分与対象財産である。
(2)預貯金等
ア 甲4、5、15、16、18、乙4、5、6号証の1ないし4、乙7ないし12、13号証の1ないし4、乙14号証の1ないし4、乙26号証によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)記載の預貯金等の存在を認めることができる。
イ 預貯金等について、以下判断する。
(ア)乙4号証、6の1ないし4号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)ア(ア)a、cないしf記載の原告名義の預金は、原告と被告が婚姻後に形成した財産と認められ、これらは、財産分与対象財産であると認められる。
 この点、原告は、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ア)a、cないしf記載の原告名義の預金は、原告が被告から毎月渡される小遣いを貯め、原告の両親から時折受け取った現金を貯め、あるいは、それらを運用して形成した原告固有の財産であるなどと主張するが、夫婦が同居中に形成した財産である限り、小遣いを貯めたり、それを運用して形成したものであっても、夫婦の財産としての性質を失うものではないし、原告の両親から受け取った現金が含まれることについては、これを認めるに足りる証拠がないから、これらは、上記判断のとおり、すべて財産分与の対象となる。
(イ)被告は、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ア)b記載の1001万円についても、夫婦の財産であると主張する。
 これに対し、原告は、原告の母から贈与を受けた定額貯金に自己資金を加えて1000万円の定期預金にしたと主張している。
甲25、26号証によれば、平成2年10月に預け入れた485万円、60万円の2口の定額貯金が、平成12年10月に満期を迎え、820万6200円、101万5200円、合計922万1400円が支払われたことが認められ、甲65号証によれば、平成13年2月7日、原告は、1000万円の定期預金をしたことが認められる。これらの預貯金の経緯は、原告の主張と矛盾しない。また、原告は、平成5年に本件住宅の持分を取得するにあたって、前記(1)イ(カ)、(ケ)、(コ)で判断したとおり、原告の両親の援助も得て資金を調達しているが、甲25、26号証の定額貯金が、もともと原告保有のものであったなら、原告の両親の負担を大きくしないために、これを購入代金の一部に充てようと考えるのが自然であると思われる。これらによれば、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ア)b記載の1001万円の預金の経緯に関する甲64号証は信用することができる。したがって、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ア)b記載の1001万円のうち、922万円については、原告の固有の財産と認められる。しかし、甲64号証によれば、自己資金と認められる79万円については、原告の固有の財産であると認めるに足りる証拠がないから、財産分与対象財産となる。
(ウ)甲18、乙7号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ア)g、h記載の原告名義の預金は、夫婦の財産と認められる。
(エ)乙26号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(イ)記載の被告名義の預金は、夫婦の財産と認められる。
(オ)甲4、5、15、16号証、乙14号証の1ないし4号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ウ)aないしc記載の子ら名義の貯金等は、夫婦の財産と認められる。
 原告は、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ウ)aないしc記載の子ら名義の貯金等は、名義も実質も子らのものであり、子の養育費として使われるものであると主張するが、貯金の内容をみれば、子ら名義で原告、被告夫婦が貯金等したと認められる(なお、甲11、12の1、2、甲13、14、43の1、2、甲44の1、2、甲45の1、2、甲46によれば、子ら固有の財産である子らのお年玉等を貯めた貯金や原告の母が子らに贈与した貯金は、別に存在する。)。
(カ)乙8号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)イ(ア)a記載の預金は、夫婦の財産と認められる。
(キ)乙9ないし11号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)イ(ア)bないしe記載の有価証券等は、夫婦の財産と認められる。
 この点、原告は、前記第2、3(被告の主張)(2)イ(ア)bないしe記載の原告名義の有価証券等は、原告が被告から毎月渡される小遣いを貯め、あるいは、それらを運用して形成した原告固有の財産であるなどと主張するが、上記(ア)で判断したのと同様に、これらは、すべて財産分与の対象となる。
(ク)乙13号証の1ないし4及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)イ(イ)記載の子ら名義のMRFは、夫婦の財産と認められる。
 原告は、上記イ(イ)記載の子ら名義のMRFは、名義も実質も子らのものであると主張するが、取引の内容をみれば、夫婦の財産と認められる。
(ケ)なお、前記第3、1(2)アのとおり、原告と被告の婚姻関係が破綻したのは、平成14年5月と認められるから、財産分与については、同月を基準とし、その当時に存在する財産を分与の対象とすべきである。
(コ)乙12号証及び弁論の全趣旨によれば、前記第2、3(被告の主張)(2)イ(ウ)記載の生命保険契約の存在及びその解約返戻金の金額が109万円であること、それが夫婦の財産であることが認められる。
(サ)以上によれば、原告と被告が婚姻後形成した資産と認められる預貯金等は、前記第2、3(被告の主張)(2)記載の合計金額6748万円から、上記(イ)のとおり、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ア)b記載の1001万円のうち原告固有の財産と認められる922万円を差し引き、5826万円である。
(3)上記(1)及び(2)で検討したとおり、不動産については、4522万円が、預貯金については、5826万円が財産分与対象財産であり、合計で1億348万円である。その2分の1である5174万円から、前記第2、3(被告の主張)(2)ア(イ)記載の被告名義の預金724万円、前記第3、1(1)ソのとおり、すでに被告の手元にある1000万円、被告が保有している前記第2、3(被告の主張)(2)ア(ウ)a、b記載の子ら名義の貯金307万円を差し引くと、3143万円である。
 以上検討の結果、本件住宅及び預貯金等に関する財産分与として、原告は、被告に3140万円を支払うべきてある。
(4)退職金
 前記第3、1(1)によれば、原告は、平成18年10月31日退職予定であり、甲53号証によれば、退職金は、手取りで3759万円と認められる。
 本件においては、退職時期が約1年半後とそう遠くない時期にあり、原告が、上記金額の退職金を取得する蓋然性がきわめて高いことから、退職金についても財産分与の対象とするのが相当である。
 原告のL在籍期間は403か月、原告と被告の婚姻から破綻までの期間は246か月であるから、退職金のうち、財産分与の対象となるのは、1147万円と認めらる。
 以上検討の結果、原告は、被告に対し、退職金のうち、1140万円を支払うべきである。ただし、退職金が支払われるのは、平成18年10月31日以降であるから、支払時期は、それ以降の同年12月31日とするのが相当である。
(5)年金
ア 年金は、夫婦で形成する財産としての性質をも有するところであり、財産分与にあたっては、夫婦のすべての事情を考慮することができるので、現在、原告が55歳、被告が47歳、同居期間が20年半に及ぶ本件においては、年金についても、財産分与の対象とするのが、当事者の公平にかない、財産分与の趣旨に沿うと言える。
イ 甲53、54号証によれば、原告の年金は、60歳から65歳に達するまで、老齢厚生年金(報酬比例分)年額135万8800円、65歳以降は、老齢基礎年金年額66万9148円、老齢厚生年金年額135万8787円と試算されていることが認められる。乙46号証によれば、被告の国民年金受給予定額は、年額55万2800円である。
 また、原告は、60歳から、勤務先であったLの退職年金を支給されることになっており、その金額は、月額19万8000円である。
原告のL在籍期間は403か月、原告と被告の婚姻から破綻までの期間は246か月であるから、被告は、原告の上記在籍期間のうちの61パーセントにあたる期間を原告とともに生活してきたことになり、老齢厚生年金及び退職年金のうち、上記61パーセントのおよそ2分の1である3割を原告は被告に分与するのが相当である。
4 争点4(親権)について
 前記第3、1(1)のとおり、原告、被告間の4人の子らの子育ては、主として被告が、担ってきており、別居後から現在までの間は、4人の子らは被告のもとで安定して生活しているから、4人全員について、被告を親権者とするのが適当である。
5 争点5(養育費)について
 甲30号証によれば、原告の現在の収入は、2000万円程度と認められること、被告は、現在就労しているものの、正規雇用ではなく、収入は子らの養育費を負担するには及ばないこと(弁論の全趣旨)、4人の子らの教育費の負担が重い時期であることを考慮し、原告は、被告に対し、子1人につき、1か月あたり9万円の養育費を支払うのが相当であると認められる。
 前記第3、1(1)アのとおり、原告は、平成18年10月31日には定年を迎え、その後は、両親が営む古書店を継ぐため、現在の収入を維持することはできないと述べるが(甲67号証)、原告が、定年後どのような生活状況となるのかについては、現段階では具体化されていない予想に過ぎず、それをもとに養育費の金額を定めるべきではないから、養育費は上記のとおり定めるべきである。
6 以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、被告の反訴請求は離婚、財産分与、養育費の支払請求については理由があるからこれを認容し、慰謝料請求については、350万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成15年10月28日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法64条本文、61条を、仮執行宣言の申立てについて、同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第48部 裁判官槐智子


2016.3/5 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-7]Ⅳ.「婚姻破綻の原因はDVにある」ときの離婚
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~ Comment ~

こんばんゎ 

1月10日20:06 ミニョン
こんばんゎ
弁護士サマが内容証明郵便物を夫が居ると思われる場所に送りましたが保管期限過ぎて差出人に戻り 協議離婚 調停すら勿論欠席の流れ どんどん弁護士料金が増え続け 離婚成立できれば ぃぃのですが Dv別居15年目に
Dvセンター相談しています 困ってます


 ブログコメントを拝見しました。庄司薫です。
 多くの悩ましい懸案事項が存在し、大変な思いをされてるようですね。
 いただいたコメントですが、ご返答させていただくには(ご返答を望まれているのではなく、コメントだけ書いてみただけという場合は別として)、幾つか補足していただく必要があるようです。
 第一に、「夫のDVを原因として別居してからの15年間」を、どこで、どのようにして過ごされていたのかということです。別居から15年間という意味では、①別居して15年経過してから配偶者暴力相談支援センターへの相談を思いたったのはなにか理由があったのかということ、②センターにどのよ うなことを相談し、どのような話をされたのかということ、そして、③15年前に別居する決定的な原因となった夫からのDVがどのようなものであったか、また、④日常的に行われていたDV行為がどのようなものであったかということです。
 第二に、「弁護士料金が増え続ける」と書かれていること、つまり、弁護士の方とどのような契約をしているのかということです。差出人に戻ってきた内容証明郵便の内容が、仮に、離婚に応じてもらうためのもの、つまり、「離婚協議書(案)」としてのものだったということであれば、返答がなければ、そのまま夫婦関係調整(離婚)調停の申立てに入ればいいと考えますので、通常であれば、ここまでは一離婚事件としての委託契約になっているのではないかということです。そのうえで、離婚調停になったとしても、欠席となり裁判に移行する(別途、訴訟をおこす)ことになるので再度弁護士料が必要になるということを、「どんどん弁護士料金が増え続ける」と表現されているのかということです。
 第三に、「夫が居ると思われる場所」というのは、居住地(いま、生活を営んでいる)として確定できているものなのかということです。

 なお、書き込まれたコメントにはアドレスがオープンになっているため、ブログ記事「はじめに(お知らせ、DVという暴力はなにかを含む)」の中で<コメント記載に関してお願い(下記、参照ください)>に記している理由からコメントは削除し、同じ文面をコピー貼りつけをし、コメントとさせていただきました。
<コメント記載に関するお願い>
 ブログを訪問し、投稿記事を読まれる方の中には、「コメント」を通じて、さまざまな人の考えに触れたり、活動の輪を広げたりできることから、コメント内でのやり取りを楽しみにしている方も多くいらっしゃると思います。しかし、当ブログは、配偶者(特に、夫)からの暴力・DVにかかわる情報を提供し、いま、苦しんでいるDV被害者の方を支援することを目的としたブログです。
 とはいっても、DV加害者からの検索・アクセスを防ぐことはできません。そのため、DV加害者にも情報を提供することになりますし、コメントに残した記述が自分の妻ではないかと探ったりする可能性もあります。ですから、“返信用のアドレスを載せた コメントを残す”ことによって身元が割れてしまうことがないように細心の注意を払っていただきたいと思います。さらに、コメントを残された方に対しての中傷・非難するといった接触を防ぐ意味合いから、投稿記事へのコメントは、必ず『管理者のみ閲覧』で書き込んでいただきたいと思います。
 上記の理由から、コメントを残していただいた場合であっても、コメント欄内で、返答することは極力控えています。お聞きになりたいこと、確認したいことなど返答を望まれるときには、相談・問合せ用の「メールアドレス poco_a_poco_marine_s@yahoo.co.jp」にお送りいただきたいと思います。なお、返答を特にお求めにならない場合のコメントやご意見、または、“こういったことを載せて欲しい”などのご要望についても、「管理者のみ閲覧」として書込みをいただければと思います。
 訪問者間同士のコメントのやり取りができないこと、DV被害者支援のためのブログという事情を察しいただきければと思います。

DV被害支援室poco a poco 庄司薫
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