あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患

DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害と回復過程への支援 ― 第1報:被害の実態と支援の現状と課題 ―

 
 <河北新報>宮城県、性犯罪前歴者のGPS監視検討 唐突な表明に不信感も <毎日新聞>損害賠償:わいせつ行為受け娘が自殺 両親提訴 高松地裁
Yamagata Journal of Health Sciences, Vol. 9, 2006
〔原著〕
川  佳代子・三 澤 寿 美
西 脇 美 春・遠 藤 恵 子
The Damage of DV (Domestic Violence) and the Support to its Restorative Process
― The First Report:Actual Situation of the Damage and Present Conditions of Support ―
Kayoko KAWASAKI, Sumi MISAWA, Miharu NISHIWAKI, Keiko ENDO
Abstract:The purpose of this study is to find the actual situation of the DV damage and support to a DV victim.The methods of study went by Semi constructed interview based on an interview guide. In interview time once around 120 minutes, one went six times.All the interview contents were recorded in tape and then written out. Two DV victims who were subjects of the study already lived apart from their partners and became independent economically.
Results:As for actual situations of two cases of violence damage, there were a few times of physical violence. However, variety of non-physical violence expressed frequently and its degree was serious, also threatened the security and dignity of the victims. The supports when DV victims
escaped were completely different so that two backgrounds were different.
Key Words:A DV victim, Semi constructed interview, The violence damage, The actual situation, Support
 
時に,女性自身もDV被害者であると認識しやすい環境が整った。さらに2004年12月には,DV防止法が改正され,DV被害から一時的に逃れるDV被害者を保護するだけではなく,被害女性の自立を目指した支援に関しても整備されることになった。
 しかしながら,DVの被害そのものが非常にプライベートな側面を持つことから,DV被害者である女性が,どのような被害を受け,どのようにして被害から逃れ,自立に向かっていくかという事実が明らかになることは少なく,現在行われている支援が被害者自身の望む支援なのかどうかも検討されないでいるという現状がある。それらの背景の下で今回は,DV被害者の被害の実態と支援に焦点を当てて報告する。

研究目的
 DV被害の実態及びDV被害者に対する支援の現状と課題を明らかにする。
研究方法
1 . 研究対象者
 インタビュー参加協力者は,インタビュー開始の時点ですでにパートナーと別居し,経済的にも自立して生活を営んでいる2人の女性である。
2 . データ収集方法
 暴力被害の実態(始めて受けた暴力とその後の暴力),暴力被害から逃れる時・逃れた後の支援(支援者,時期,内容,支援を受けた場所,支援の効果),望まれる支援(内容,時期)を含むインタビューガイドに基づく半構成面接によるデータ収集を行い,面接内容はすべてテープに録音し,面接後に録音テープから逐語録を作成した。
 面接時間は1回120分程度を目安とし,必要に応じて双方の合意が得られた場合には数回の面接になる場合もあるが,対象者の心身の状態に応じて柔軟に対応した。
 面接実施時は研究協力者と研究者の安全を第一優先とし,研究に協力することにより協力者の居所などが暴露されて,協力者が加害者から再被害を受ける危険性を排除した。
3 . データ収集期間
 平成17年1月から10月
4 . データ分析方法
 DV被害当事者2名に,インタビューガイドに沿って自由に語ってもらい,事例ごとの検討を行った。
5 . 倫理的配慮
 研究への協力依頼は,A県婦人相談所,非特定営利法人等の機関を通じてインタビュー参加者募集によって公募し応募してきた方のみに行った。応募者に対して研究参加協力依頼説明書を用いて,調査目的,研究依頼の内容,調査に協力をいただいた場合に研究者が守ることについて説明したあと別紙同意書にチェックと日付を記入してもらい,研究者がサインすることとした。
 データ収集および分析におけるプライバシーの確保のために,固有名詞は一切使用しない,協力者に関する個人データは研究者以外には明かさない,研究者以外の記録に残さない,面接は研究者のみが行うとし,また,途中協力中止を保証した。面接場所は対象者本人の希望する安全な場所を選択し,面接担当者は,事前に面接の訓練を行い,研究協力者に二次被害を与えることのないようにした。研究者による直接的な支援や働きかけは行わず,しかし,研究協力者からの希望によって関係機関の紹介などの対処を行う場合もあることを説明した。
 データは鍵のかかる場所に保管し,研究終了後にはテープデータや関係書類等を2人以上の研究者の手で,テープ消去及びシュレッダーによる破砕の方法によって完全廃棄することとした。なおこの研究は山形県立保健医療大学倫理審査委員会の承認を得ている。

結果
 インタビューは,X氏,Y氏に,それぞれ6回,1回ずつ日時を変えて,研究対象者・研究者の都合に合わせて大体2週から4週程度の間隔で行った。面接回数については暴力被害に関連する全部の内容(今回の報告はその一部)に関して充分に聴取するために制限を設けず行った。 X氏は,年齢は40代で,インタビュー時点において,夫と別居後,1人で住み込みで働き,経済的に自立して生活していた。子どもは長女1人で,長女は県外の大学に通学中であり,X氏とは同居していなかった。離婚調停・裁判の最中であり,離婚は成立していなかった。
 Y氏は,年齢は40代で,インタビュー時点において,夫と別居後,子どもと3人で実家のあるA県に移り住み,専門職として再就職し自立して生活していた。離婚調停中で,離婚は成立していなかった。
1 . 暴力被害の実態
【X氏】
1 ) 身体的暴力
① 1回目:(著者注:結婚して22年,娘の大学入学をきっかけにした娘への暴力が先行した後,続いて起こった。救急車で病院に運ばれ,警察にも通報。)
・ええ,ええ。であの,もう一回話してみようっていうことで,お酒が入っていたんだけれども,機嫌のいい時に話してみようっていうことだったんだけれど…,やっぱり考えは曲げない,変わらないってことで。「あらー,お父さんそんなこと言ったって,家で生まれて家で育って,家の戸籍にちゃんと籍が残っている以上,いくら家に入れないっていっても,今の世の中では帰ってくる権利っていうものがあるのよ」って言ったら,ボーンってきたのね。
・で,次の日,そう言われたけど家に帰ったのね。そうしたら次の朝,私を足蹴りにしたのね。私の足をボーンって。
・ええ。暴力はふるわない,そういう暴言は吐かないって約束したんだけれども。それは私としたのではなく,警察としたんだからということで。
② 2回目(1回目の暴力から5カ月後)
・で,私はダンマリ,無口になってきたし。しゃべればそれに対してどういう言葉が返ってくるかわからないから,恐怖だったっていうところもあるんですけど。気に食わないっていうことで。それも些細なこと。お風呂のお湯を抜いてまだ洗っていないのに,夫がお湯を入れたんですね。で,「あら,私まだ洗っていないんだけど」って言ったら,それが気に食わなくてか何だか知らないけど,ボーンって。そうしたら目から火花が散って。
・そう,夜。そして,今後は意識が朦朧となってきて,119番だけしなくちゃと思ってしたのね。で,あとは覚えていないのよ。
・ええ。何をしゃべったか,全然わからないのよ。で,救急車の音は聞いて,目が開けられるようになったら病院にいて。で,夫は警察に連れて行かれたって感じで。
2 ) 身体的暴力以外の暴力
・ええ。でも,だんだん今度ね,出かけると鍵を掛けるようになってきた
・自分だけのものをスーパーから。料理しなくても食べられるもの,刺身とか寿司とかのお惣菜としてできているものとか。お肉が食べたかったら自分で買ってきて,それも部屋で食べるようになったから。
・ええ。その時にはもう,だめだなぁって思っていた時期だから。言葉では言い表していないんだけど。とにかく毎日嫌がらせ,言葉の暴力でノイローゼ気味だったのね,私も。それで,前に勤めていたところは人員整理で解雇になって。夫はこの状態,仕事は探さなくちゃいけない,娘のことは心配,荷物がいっぱいで。苦しい苦しいって感じで。
・そこまで来るまでにも「クズ,バカ,出て行け,ニサ」なんて言葉が毎日ですものね。
・あのー,A県で言う人を見下した最低の表現って言ったらいいか…。「ここはお前の家じゃない」「金も出さないでタダ飯食ってる」そういうことを毎日言われるともう,睡眠薬ですよね。もう,眠れなくなって。
・ええ。で,私はもう,娘の部屋で家庭内別居に入っていたから,夫のほうには全然目を向けないようにしたのね。もう,何と言っても曲げないで,嫌がらせとか言葉の暴力から…。言葉の暴力と嫌がらせで,参りましたね。毎日,隣の部屋からベランダのカーテンを開けられて,ベランダの窓を開けられて…。
・ぜーんぶ見えるの,部屋の中が。
・ええ。隣が空き地なんです。で,一度ネズミが入ると,その通り道に続いてまた入るんですよ。
・ええ。ちょうど隣が空き地でね,ネズミ穴がいっぱいあるんですよ。
・○年の春…,何年頃だったかわからないけれど,二階から飛び降りろって言われた時に…。
・ええ。「お前,二階から飛び降りろ」って言われて。私は「そんなことできないわ,おっかなくて。お父さん先に飛び降りて。それを見てから決めるから」って言ったのよ。でも,その時には「この男はおかしいわ」って。私はこの男に対して,これからエネルギーを使うのは自分がもったいないから,もうそろそろ終わりにしようか,って。そう思ったきっかけがそこなんです。
【Y氏】
1 ) 身体的暴力
① 1回目:(著者注:結婚して1年1カ月,一人目の子どもが生後6カ月。結婚してA県からB県に移住しすぐに妊娠,出産,知り合いや友人が全くいない中で,夫との会話は成立せず,家の新築工事も同時に進行している状況の中でストレスを出せず,工事中の自宅に木の切れ端をぶつけていた時に起こった。)
・えと,私がそういうことをして,一旦,家の中に戻った時に,同じようなタイミングで入ってきたと思うんですけど。そうしたらいきなり,殴り飛ばされて,飛びました。あの,パンっていう程度じゃないんですね。体が飛ぶような殴り方をして。飛んだところに柱があって,柱にガンとぶつかって倒れたんだと思うんですけど。一瞬,意識がなくなったと思うんですけど。夫は何も言わずに入ってきて,無言で殴り飛ばして,サッといなくなったんですよ。それで私も驚いて…。初めて。暴力としては初めてですね,身体的な暴力としては。
・それまで無視をしてきたりとか,精神的な暴力はずーっと続いてきましたけど。
② 2回目(1回目の暴力から2カ月後)
・で,2回目の時も,それも本当に些細なことで。たまたま主人が座っていたところにタオルがあったので,そのタオルを片付けようと思って引っ張ったら,そのタオルの端に夫のお尻がかかっていて引っ張られた,っていうイメージがあったんだと思うんですけど。それをやったら,いきなりバッと平手で殴られてっていうことがあって。それも,何も,どこに私の非があるというわけでもなく,たまたま夫の…,何て言うのかな,イライラしている時だったっていうような…。イライラの矛先が私に向かったっていうような感じだったんですけれども。2度目はそんな感じで手が出ました。
③ 3回目(結婚して約10年後,第2子が5歳頃)
・また…,それでまた1年ぐらいが過ぎて…。やっぱり,その中でも夫の不機嫌のサイクルというのは繰り返されていて。1年くらい過ぎた冬の時に,下の子がなかなか寝付かないことに苛立って,その苛立ちをコントロールすることができない。自分の中の怒りをコントロールできないような状況で,私に怒りの矛先を向けて。「子供の面倒ぐらい見ろ」と,下の子の目の前で私を殴ったことがあったんです。顔と…,顔面を往復でっていう感じで殴ったんですけど。
2 ) 身体的暴力以外の暴力
・遠距離見合い結婚で,お互いをよく分かり合えないままに結婚式を迎えた。結婚式当日の朝顔を洗おうとして水が出ないことに気付き,彼に「水が出ないんだけど」と言った言葉で,理性を失ったように大声で暴れながら,そばにあった物に当たる彼を見て,愕然とした。ショックも大きかったが,その時は結婚式の準備でストレスも溜まっていたのかも……と思いながら結婚式を迎えた。
・そんなこともありながら,翌月には妊娠もわかり,なんとか頑張ろうと思っていた。しかし原因はわからないけれども,不機嫌になると自宅に帰らないことが度々あった。私が仕事を終えて事務所を出ると鍵をかけて私が入らないようにしていた。
・会話を持とうにも話しかけるとテレビのボリュームを上げられたり,話の途中で切られたりして会話は成立せず,夫との会話そのものに緊張を感ずるようになった。私に対しては「おい」と呼び,機嫌が悪いと「てめえ」になった。すべての命令形の言葉か単語だけの上から下への命令だった。こころが通じる会話はほとんどなかった。
・それで,例えば脱衣室のタイルを叩き壊したことがあったんですけれども,それも…,たぶん夫がイライラしている時期だったと思うんですけれども。そのタイルを叩き壊した状況に私が関係していたかどうかは,私は夫ではないので分からないんですけれども。ほとんど接点がない状態でイライラした気持ちを,たぶん,そういう形で表現している…。タイルが叩き壊されたことがあって,本当にここまでするか,っていうような。普通,こんなことはしないだろう,っていうようなことを幾つも幾つも重ねられていって。例えば,私が夫の機嫌を逆撫でしたりしたら,こういうことになるんだな,っていうことが言動として現れるので。結局はこう,夫の機嫌を逆撫でしないようにピリピリした状態で生活をしなければいけないという状況で。でもまあ,その中にも,ピリピリした状況もあれば,夫の機嫌のいい時はある程度,会話が成立しないわけではない時もあるわけで。
・下の子がまだ小さかった頃,大きな記憶として残っているのは…。その頃に事務所のいろんな所にセンサーを付けるっていうことをやったんですけれども。本当にそのアラームが必要なのは,夫が居る時だけなので,「お父さんが居ない時は,アラームのセンサーを切っておいては駄目ですか?」って聞いたら,いきなりもうその時「何,言ってやがるんだ」って感じで。「お前の言う通りにはさせないぞ」とか,その時もそんな感じで。一回出て行って,戻ってきて何をしたかというと,最初はオンオフのスイッチに針金を巻いたんですね。で,針金では固定しきれないから,そこに釘を打ってオンにした状態で固定した。で,オフにできないようにした。それ以来,いろんな音にすごい敏感になっていって…。大きな音にはもちろんですけど,本当にいろんな音が気になって気になってしょうがなくて。本当に,その時は半分ノイローゼ状態でしょう。アラームの音がすると,イライラがコントロールできなくなって,持っていた鉛筆を折ったりとか箸を折ったりとか。とにかく,そのイライラを夫には向けられない代わりに,何かしないとどうしようもない。
・で,その頃も,旅行が近づいてきた頃も,夫は不機嫌な状況でリビング寝起きをしていて。ある夜に,私たちが寝室で眠っていたら,いきなり夫が寝室に入ってきて,「旅行なんて行くな,誰のお金で行くと思っているんだ」みたいな感じで。いきなりもう,脈略もなく突然怒り出して。しばらくしたら,リビングからものすごい音が聞こえて。もう本当に,明らかに暴れているっていう感じの音だったので,怖くて見には行けなかったんですけれど。音が止んで,事務所の方に行く足音が聞こえたので。その間は,ずーっと廊下が長いので,どのあたりまで行っているのか判るので。事務所まで行った頃合を見計らって,私がそーっとリビングを覗いたら,食卓のテーブルとか座卓とか,いろんな物がひっくり返っている状態で。もう,音からしても,そういうことをやっているのは想像できるんですけれども,本当にめちゃくちゃな感じで。
・2度目に出る前(著者注:2度目の家出~結婚して9年経過した時~の前),1度目に出て(著者注:1度目の家出~結婚して7年数か月経過したとき~の後)しばらくしてから,夫から「またやったら殺すぞ」っていうようなことを言われて。それがやっぱり,すごく頭に残って,心に突き刺さってっていうか,そういう状況で過ごしていて。またやったら,とんでもないことになるかもしれない,でも,この生活はとても耐えられない,っていうような中で,心がすごく揺れ動いて。ここで生活するのも地獄,ここを出るのも地獄みたいな,八方ふさがりの状況があって。
・その日以来(著者注:3回目の暴力~結婚して約10年近い頃の冬~の後頃),現金も保険,通帳も,クレジットカードも全部,夫管理にっていうようになって。
・もう,本当に私の心は冷めきっていたし,もうかなり生活も無理…っていうか。で,その時にまたお金がなくて「ください」って言ったら,「家計簿見せろ」って。で,私が大雑把につけていた食費とか生活費では,「これでは判らない,こんなのは家計簿って言わない」って言われて。一品一品,何にいくら,ニンジン98円,豚肉300円とか,そういうことを要求してきたので。もう私は,「もう,やってやろうじゃないか」って。
2 . 暴力被害から逃れるときに受けた支援
【X氏】
1 ) 暴力から逃れようという決心に結びついた支援
・ええ。それまでの経過をお話しましたら,刑事さん,M警察署の刑事さんが「これはDVだ」って。
・ええ。「治らない,治らない。だんだんひどくなる」って。いつでも逃げられる場所を確保して,日記をつけて,なるべく警戒心を持って生活しなきゃいけないって。だんだん波があるからって。
・そうなのよ。で,来てくださった刑事さんがみんな,離婚の旗をパタパタ振るわけね。治らないから離婚しろって(笑)。
・ええ。そこからですよ,やっぱり。ヒントを得たっていうか。
・春から,4月に刑事さんから言われたことから,ずーっときて。自分の中で「あー,もう疲れちゃった」って。友達にもいろいろと説得してもらったりしていたし,私が言っても絶対もう一生考えは変わらないっていうのできたから。嫌がらせも毎日だからね,毎日。それで,こっちがまいっちゃったのね。これ以上我慢できないって。で,飛び降りろって言われた時には,「終わったのかな」と思って。で,そのネズミが入った時は,毎日戸を開けられているんだものね,部屋が丸見えで。で,それでまいってまいって。
2 ) 逃げる時の行動と受けた支援
・で,その前に(著者注:2回目の暴力の前)ちょうど,近くに人権相談委員がいたのね,友達が。で,「ちょっと,話を聞いて」って。「今日は人権相談委員っていうことで話を聞いて下さい」っていうことで,○月○日に相談に行くことになってたの。だけどもその前にこういうこと(著者注:2回目の暴力)になって,人権相談委員の方が,「もう危ないから,法務局に連絡をとって保護する方向でいきましょう」ということで。で,離婚の決意をしたらいらっしゃいということで。
・で,そこで法務局の方と連絡が既にとってあって,「もしアレだったら,心が決まったら保護するっていう方向で段取りをつけてあるから,法務局に行ってみないか」って。で,行ったら,そのビデオを見せていただいて…。
・で,「離婚の決意が出たら保護しますから。決まったらいらっしゃい」って言って。
・暴行を受けてから実家に身を寄せて,3日目か4日目くらいに,もう準備を整えて。いろいろ下着から何から整えて,身の回りのものを準備して,それから行ったの。連れて行ってもらって。人権相談委員の人から…。
・法務局の方と待ち合わせをして。そこからは法務局の人と3人で行ったんだ。
・ええ,ええ。で,そこでいろいろ書類を書いて。入所するための書類でしょうね。本当に何書いたかわからないの,記憶に無いのよ。で,そこから保護施設に連れて行ってもらった時には,「あー,これで私の身は安全だわー」って思ったけれども。さてさて,その後,不安―――。やっぱり,ここまで来るのに一山なんだわね。珍道中だわね。
【Y氏】
1 ) 暴力から逃れようという決心に結びついた支援(著者注:2回目に逃げた時は,精神状態が危うい状態で,生活の目処は全くないままとりあえず逃げ出して,友人のところに一泊させてもらった。その時夫から電話があり,怒り狂った電話に困惑してどうしようもない状況の中で,学校の手前にある駐車場に止めた車の中にいた時,たまたまその駐車場が市の施設の駐車場だったので,不審に思った市の職員が声を掛けてきて,事情を話したらその市の施設の中に招き入れてくれて,婦人相談員を呼んできて,その婦人相談員を通じて,Wという団体を紹介されそこの職員と出会うことになった。)
最初に,始めてそのW に行った時の第一声が,「あなたが悪いんじゃないのよ」って言ってくれて,本当にこう,支えてくれたっていうか。
 そこの段階ではもう,DVの被害者っていうことで私たちが扱われていた,っていう感じで。それで,そこでまた,ひとしきり話をさせてもらって。
 ここではシェルターを持っていたんですけれども,その日はたまたま前の人が入っていて,明日にならないと部屋が空かないから。1泊だけ,もしも所持金があるのだったら,ホテルで過ごして欲しいっていうことで,その日はホテルに泊まったんです。そのホテルの手配もそこの人たちがやってくれて,私たちは移動するっていうことで。
・で,私の中で気持ちが固まった時に以前にお世話になったボランティアの方(著者注:Wの職員)に連絡をとって,「もう一度お話したいことがある」ということで時間をいただいて。代表の方に私の方から連絡をして,時間をとってもらって,お話をして。「今,こういう状況になっていて,やっぱり私はこの夫婦を維持することは難しいと思う」というようなことを伝えたら。その方も,もちろん「被害者の意志を尊重する」っていう立場で関わっていたので,「その夫婦の状況に留まるのか出るのかは,あなたしだいですよ」と。「でも,このままここにいて,全部,言わず聞かざるで,何を言われても何をされても私は抵抗しません,っていうような生活を選ぶか,新しい人生を選ぶかは,あなたしだいですよ」っていうような言葉で,私に援助していただいて。
・で,シェルター(著者注:ボランティア団体W)の方も,そういうようなノウハウを持っているので,「こんなふうにしたら」って言うのを聞きながら。どうやっていくのが一番安全に,私も子供も逃げられるのかっていうのを,確実な方法を…,いろんな所から情報を集めて。で,その間にシェルターの人たちが紹介してくれた弁護士さんにも会って私の意志を伝えて。どういった方法でっていうような,法的な条件とかもいただきながら…,いただきながらといっても出る前に弁護士さんに会っていたんですが。主にシェルターの人を通して私がやろうとしていることは,とんでもないことではなくて,こういう方法しかないんだ,っていうようなことを納得させてくれたというか。
2 ) 逃げる時の行動と受けた支援
 茨 家を出るときの直接的な支援
 ・本当に私が進むべき道に向かって援助してくださる方たちを,私の相談相手として選んで。確実に出る日に向かって準備を進めて。で,その中で,私の本当にそばに居た…,近くにいる生活圏内の友達であるとか,幼稚園の母友達が近くに居てくれて…。必要最低限の荷物を運び出すための協力もしてくれて。毎日,下の子をバス停に送り迎えするので,そのバス停で必ず会う人が居て。朝,紙袋に一袋の荷物を詰めて,不自然ではない範囲で,自転車の籠に詰められる程度の荷物で朝に運んで,彼女に渡して。また,お迎えの時に一袋,彼女に手渡して,っていうことを何週間か続けていたら。かなりの…,必要最低限の,これだけあれば再出発に大丈夫っていうぐらいの荷物を彼女の所に運び出すことに成功して。で,出て行く先…,結局,再出発するのは私の親族とか友人とかの居るA県がいいだろうということで。夫が居る生活圏内に出ても,あまりにも危険だろうし,かなり遠くまで逃げる必要があるから,遠くならやっぱり実家近くにって思っていて。
 ・別の携帯電話を持つ,っていった時に友人の…,私の荷物を預けていた友人が,その彼女の名前で携帯電話を持っていたので,彼女の家族会員っていう形で契約させていただいて。で,引き落としは私の通帳からっていう方法を考えていて。そうしたら,たまたまドコモはそれができるっていうことがわかって契約して,友達の家族会員っていうことで。
 芋 安全面での支援:警察署
 ・当日,警察にも…DVで出るっていうことを,私が直接警察へ行って伝えて,捜索願の不受理届けを出そうと思っていたんですけれども。もう,そんな時間はないと思って,電話で最寄の警察署に電話して「こういった状況で今から出ますので。後から捜索願が出されても受け付けないで下さい」っていうようなことを電話したら,生活安全課の方が対応してくださって。暴力の状況とか,それまでの夫婦の状況とかをある程度説明しなければいけなかったんですけれども,「そういう状況ですか,わかりました」って言われて。「出て行く先はどちらですか」って聞かれたので「A県のどこどこに」って伝えたら,「じゃあ,こちらの方からA県の受け入れ先の方にも連絡をとっておきますから。着いたらA県の警察署の誰それ宛に連絡して下さい」ということで。
 ・警察同士で連携をとってくださって。私が逃げる…,過程でも…,最寄の警察の人が私の携帯に何回か連絡をとってくださって,大丈夫ですかっていうことで。
3 . 暴力被害から逃れた後の支援
【X氏】
1 ) 法務局での支援
・ええ。それを見た時に(著者注:法務局で見せられたVTR),そのビデオがあまりにも力の暴力の映像がほとんどだったんですね。
・なんでここに来て…,正解だったのだろうかって。そこでまたクエッションがつくわけね。で,パンフレットには「言葉の暴力」とか「経済的暴力」とか「性的な暴力」とかいろいろ書いてありますけど,その映像が暴力ばっかりなので,身体的暴力ばかりなので,そこで自分で錯覚を起こしちゃうの。
2 ) 婦人相談所での支援
・手続き書類をつくるために,住民票取りにいくとか,いろいろ必要なわけよ。そういうときに,婦人相談所の先生方に一緒に同行してもらったり,自立した生活するために役所に住所変更とかいろんな手続きで足を運んでもらったんです。導いてもらって助かりました。相手のいるところだから,男の先生が運転手兼ボディガードみたいにして,身の安全を守りながら手続きのために足を運んでくれたんです。裁判所や警察に出す書類のために,裁判所での手続きも,法律扶助協会への裁判費用の立替のための手続きも,弁護士依頼の手続きもしていただいたんです。それがなかったら……,とてもひとりでできる
ことではなかったので,ここまで私はこれませんでした。その協力してもらったことにすごく感謝しています。すごく助けられました。でも,○○先生も,○○先生も,女の先生3人が入居者数人のかけもちで,かけもちすることで時間的にも大変さを感じました。これじゃあ,先生たちも身が持たないな,と思いました。
3 ) 一時保護所での支援
・自分の夫から受けた暴力で,圧迫感を感じるところから,束縛感を感じるところ(著者注:一時保護所)に移ったわけ。保護所で安全なんだけれども,いろいろな約束事があって。朝何時に起きて,何してかにしてって。自分の精神的な状態を「癒す」っていう場所ではないわね。身は守ってもらって,ご飯を食べさせてもらって寝られるけれども,精神を癒す場所ではない,A県の場合は。ありがたいんだけれども癒されない。自分はまともでないから,普通の考えではないから,いろいろな面で精神的不安が…,今度は先の不安が出てくるんですよね。
・二週間しか居られないって言われたけど,二週間で何ができるっていうのよ。ねぇ。二週間で仕事も探して出て行きなさい,っていったって。こっちは精神がまともでないんだから。だから,規則で動いている人ほどね,一般的な私たちみたいな人間にとっては…,規則,規則,規則って言われると,「規則じゃないべ。規則の前にいろんなものあるでしょ」って言いたいのよね。だから,上から何ていうの…,こういうふうにしなさいってくる,そういうアレで働いている人たちも…,大変さはあるんだろうけど。伸びやかさがないのよね。本当に,杓子定規の決め事であって。なんか,もう少しもっとね。あれではちょっと,息詰りするね。ましてや,今の若い人なんか,息詰りすると思う。
 一カ月半だわよね,私,一カ月半ぐらいいたから。○月の○日に出たんだけどまだ回復していない。でもやっぱり,このままズルズルと居たって,そのまんまで身動き取れなかっただろうな,って今思うけど。けっこう,心身的な面では大変だったわね。仕事を探しに行くっていう,そこまでの気力が出なかったって言ったらいいかな。でもやっぱり,有無を言わさずそういう方向に向けられれば,せざるを得ないしね。
【Y氏】
1)新しい生活を準備するときの支援
・姉:すごく,考え方も人生観も価値観も似ている姉で,私の言ったことが全てそのまま伝わる相手でもあるし。で,今年の子供たちも,当然,生まれる時からこういうまわりで,安心して任せられる相手でもあるし。何かあった時に,すぐに…。本当に,具体的な再生活の中で力になってくれたのは,やっぱり姉ですよね。
・以前のボランティア仲間の友人たち:私が出たその日から,一週間分ぐらいはこちらでA県の人たちが,一日二人ずつ,子供を見てくれる人と,私に付き添って行政機関とか,教育機関…,子供の就学のこととかを相談しなければいけないし,家も探さなければいけないし。私と子供が一緒に居ては,私が動けないということで,一人は子供をみて,一人は私に付き添って付き合ってくれて。一日二人ずつシフトを組んでくれて。私も,アパート代はこれくらいまで出せると伝えてあったので,その範囲内で私たちの友人が生活圏内で援助できる,その範囲内の所で不動産に当たってくれていて,いくつかピックアップしてくれて,っていうところまで。
・事務所の女性職員:それからは,ほとんど毎日,事務所に行くと「今日は居ます」「今日はこんなことがありました」っていうことを,こと細かに伝えてくれていたので。これだけの距離があったし,夫があそこから動かない状況だったっていうことの情報源があったので,安心して居られたし。っていうような心強い状況でした。
2 ) 子どもの就学:教育委員会と学校
・まず住んでいる所を決めて,その家主さんとの契約書,借りますという正式に取り交わした契約書を持って,教育委員会にここに住むことになりました,と伝えると…。住民票がなくても,確かにここに住んでいるんだという証明になって。ただ,その家主さんとの取り交わした契約書っていうのは必要でしたけれども。でも,それは後からっていうようなことで。とりあえずは子供の転校が先,子供の学業が途切れないことが優先ということで。教育委員会の人たちも,そういう方向で動いて下さっていたので。出て来てから1週間で,転校…,新しい学校に通えました。
・「連れ去り」っていうことが一番心配だったので,もし私以外の人が学校に何か連絡を取ったり,っていうようなことをしても,私を通さないで子供を引き渡したりとか何か伝えたりしないでください,っていうことをお願いしていたので。学校側の対応として,教頭先生が窓口ってことになってくださって。結局は何もなかったんですけれども,学校の対応としてはそういうような感じで。何か夫の方から場所が判ってコンタクトを求めてきても,絶対に外には出さないというようなことで,学校側も対応してくださっていましたし。
・その,学校との…,こっちの学校とのやり取りの中で,校長先生もやっぱり,私たちのプライベートな生活をある程度守らなければならないっていう意識もあったし。その他の子供たちの心配もあったので,警察の方にも学校の校長先生から警察の方に改めて連絡が行って。で,私が出た時に,前に居た所の警察署からこちらの警察署に連絡があって,出た時に私は一度,私の方から連絡をして警察官の方とお話をしていたんですけれども。それとは別ルートで,学校の校長先生からも警察の方に,「こういう状況の人が居て」っていうことで。ここで話がつながったんでしょうけれども。
・元居た小学校の校長先生とも,いろいろと電話で話をしたんですけれど,状況は判りましたということで。学校側から外にばれるっていうことはないように約束いたします,っていうことで。
・小学校だと,学校から学校間の書類のやり取りっていうのが必ずあるんですけれども。元居た小学校から今居る小学校へ直接書類を送ってしまうと,元居た学校の誰かしらが何処に行ったかということを判ってしまうので。教育委員会同士で,遠回りなやり取りをしてくださっていて。
3 ) 安全対策:警察
・私が居る所の担当地区の交番の警察官の方が受け持つことに…,「その地区は私が受け持つことになりますから」っていうことで,その交番の方が直接私に連絡をくださって。「もし何かあったら,いつでも110番してください」っていうことで。たまたま婦警さんだったんですけれども,「具体的にどのへんに住んでいるのか把握しておきたいので,一度,お家の方に伺わせてください」っていうことで。途中で,去年の12月にDV法が改正されたので…。「子供に対する接近禁止命令」とかも出たし,法律も変わっているので,もし何かあったらそういう法で対応できるっていうのもあるから,何かあったらまた連絡してくださいって。あと,その頃と時を同じくして,住民票の基本台帳閲覧の…。あの,閲覧できなくなったんですよ。それも伝えてくださって。
4.希望する支援・望まれる支援
【X氏】
1 ) 一時保護所での支援
・そう。これから,こういうふうに事が流れていって,こういう手続きがあって,こういう期間までに仕事のどうとか。全然,そういうふうな予備知識がないまま,されるがまま…。お膳がきたのに乗っかるまんまではね,保護されたほうも勉強しないと駄目みたいね。目の前に出されてから,「あ,この次はこうなるのか」みたいな感じではアレだから。
・あの,無知な私が言っているから,専門の人たちは「何いってるんだ」って思うかもしれないけど,やっぱり勉強会が必要だわね,保護されている期間に。
・まずは,入ってきた時は疲労困憊だから,最低二日間ぐらいは休ませてあげてもいいんじゃないかと思って。で,声を掛けて欲しいと思う人には,声を掛けて欲しいのね。で,かけてみて駄目だったらそっとしておくとか。だからそこには,さっき言った専門のカウンセリングの先生が居ないと。下の先生達は入れて「あなたのお部屋はここよ」って,こういう規則でこういうアレでって,そう言われて。
【Y氏】
・あの,保険証が一番問題だったんですけれども。それまで私が使っていた保険証は,夫の扶養者っていう形の社会保険で。夫が被保険者,で,私と子供は扶養家族ということで。一人一枚にはなっていたんですけれども,それを使ってどこかの病院を受診してしまうと,何ヵ月後とかに,どこそこの病院を受診しましたっていう報告が,被保険者の方に送られてしまうので…。それを使ってしまうと,何処にいるかが判ってしまうということで。出てきて一番の問題はそれだったんですけれども。
・幼稚園を探す時に,仕事をしなければならないということがあったので,最初に福祉課に行って保育所を申し込んだんですけれど。やっぱりそこでも,住民票がないから保育所は入れませんと。そこも一言で終わりました。

考察
1 . 暴力被害の実態
1 ) 暴力の始まり
 X氏は結婚後22年,Y氏は結婚して1年1カ月,暴力の期間(始まりから家を出るまで)はX氏の場合2年,Y氏の場合9年3カ月であった。暴力のきっかけはX氏の場合,娘の大学入学という明確なきっかけを境に,Y氏の場合は特に理由は無く,自分のイライラや自分の気に入らない妻の行動に対して起こっていた。
2 ) 暴力の内容
 両氏とも身体的暴力は合計2回・3回と少ないもののX氏の場合は毎日のように言葉の暴力,いやがらせがあり,Y氏の場合は言葉の暴力,無視・物に当たるなどの精神的暴力,最後には経済的暴力とエスカレートして行った。「夫(恋人)からの暴力」調査研究会は4),非身体的暴力は外輪の内側にあって,適度な空気圧のような役割をしているとも言える。“空気圧”は車輪を丸く整えて回り易くしている。つまり,内側の非身体的暴力の存在が,外輪の身体的暴力の効果を強化していると述べて,それが結果的にはパワーとコントロールの関係をさらにゆるぎないものとし,女性の安全や尊厳を踏みにじって回転していると車輪にたとえて説明している。
3 ) 暴力の周期
 X氏・Y氏とも不定期でほとんど毎日のように起こっていた。レノア・E・ウオーカーは5) 暴力の周期を「緊張が蓄積する期間」「暴力の爆発期」「ハネムーン期」の3期に分類したが,「夫(恋人)からの暴力」調査研究会は6),暴力は月日を重ねるごとに,サイクルの速度が増し,暴力の頻度が高まる。さらには暴力の程度も深刻化していく,なかには「ハネムーン期」がなく緊張と爆発のみが交互に起こることもあると述べ,X氏,Y氏ともそれに該当していると考えられた。
2 . 暴力被害から逃れるときに受けた支援
1 ) 暴力被害から逃れようという決心に結びついた支援
 暴力から逃れよう,離婚しようという決心に結びついた支援は,いずれもそれまでの暴力の中で接触した,X氏の場合は警察官であり,Y氏の場合,DV支援のボランティア団体職員の助言であった。X氏は第1回目の暴力時の通報で接触した警察官から,「これはDVだ」「治らない,治らない。だんだんひどくなる」「いつでも逃げられる場所を確保して,日記をつけて,なるべく警戒心を持って生活しなきゃいけない」と教えられ,もうこれ以上無理と思ったときにそれらの助言がずっと気持ちの中に残っていて決心につながった。DV被害者に接触する機会の多い,救急隊員や警察官の役割の重要性を示していると考えられた。
 Y氏の場合,2回目に逃げる途中で,偶然の出会いで支援を受けることになったWのボランティアとの出会いの第一声で,「あなたが悪いんじゃないのよ」という言葉を言ってもらうことによって,本当に支えてもらったと実感する体験があった。さらに逃げようと決心した時再び連絡を取った際も,被害者の気持ちを尊重する形で支えてもらいつつさまざまの具体的なノウハウを得ることが出来たことがDVからの大きな回復の力になった。
 Y氏への専門的な支援は偶然もたらされたものであったが,地域の中で関連するさまざまの職種(警察官,救急隊員,医師,看護師,教師,保育士,幼稚園教諭等)にDVに対する知識や適切な支援について啓蒙や教育を行うとともに人権擁護委員等を適切に配置し,速やかに専門家につながるようなネットワークを作ることにより,DV被害者が身近に支援を受けられるシステムを確立することの重要性を示唆していると考えられた。
2 ) 暴力被害から逃れる時に受けた支援
 本格的に逃げるときの行動・支援は,X氏の場合子どもが成人していて被害者のみということもあって人権擁護委員を通じて法務局から婦人相談所(一時保護所)へと公的支援に頼ることになった。法務局から委託された人権擁護委員であり,かつ友人として身近に存在した支援者の助力によってその後の支援はスムーズに行われた。Y氏は小さい二人の子どもがいることもあって,新しい生活の基盤つくりから安全まで,周囲のものたちの力を借りながら周到に,冷静に計画して自立への道をスタートした。
 麻鳥ら7)は,女性にとって家を出ることは子どもにとっては保育園,学校などの教育環境を失うことになる。家を出た後のお金,仕事,住居,離婚の手続きの困難さが躊躇の原因になっていると述べており,家を出るには困難を乗り越える勇気がいると思われるが,Y氏の場合,それまで9年間を超える期間暴力被害を受け続ける中で,2回の家出も経験し,その中で得た学習と固い決心があったこと,子どもの幼稚園等の仲間である信頼できる友人の実際的な支援が得られたこと,出た後の仕事を得やすい専門職としての免許を持っていたこと,当座の生活に困らない勤務時の蓄えがあったことなど,Y氏自身が持つ自立に向かう力が大きかったと思われた。また小さい子どもを連れて逃げる際に,安全の確保は重要な課題であるが,家を出る予定が早まって,警察に捜索願の不受理届けをする時間も無く電話のみであったにもかかわらず,B県の警察は適切な対応をしてくれた。通常から警察とコンタクトを取っておくことの重要性と末端に至るまでの警察官への教育の浸透を図る重要性が示唆された。
3 . 暴力被害から逃れた後の支援
 婦人相談所は売春防止法により設立され,DV法によって配偶者暴力相談支援センターの機能が加えられた8)施設である。被害者に関する通報または相談を受けた場合には,必要に応じ,被害者に対しその業務の内容について説明及び助言を行うとともに必要な保護を受けることを勧奨するとなっている。
 X氏の場合,友人である人権擁護委員を通じて法務局につないでもらい,被害の申告を行い,婦人相談所から一時保護所へと救済措置の手続きの支援を受け,自立した生活への一歩を踏み出すことになった。しかし,それぞれの機関での支援内容を検討すると,法務局で見せられたVTRは被害者自身の被害内容とは相違していて,自分がDV被害者として逃げたことは間違っていたのではないかと不安を抱かせる内容であった。DV被害の内容が複雑多岐にわたることを考慮すると,被害相談窓口のようなところで,このような一律のマニュアル的な対応をすることには問題があることを考えさせられた。
 またX氏は,市役所への同行など手続き書類をつくるために,婦人相談所の職員に助けられたことをこころから感謝していた。これまでの暴力を受ける生活で打ちのめされ,これからの生活への不安を抱えた状態で,裁判所や警察に出す書類,法律扶助協会への裁判費用の立替のための手続き,弁護士依頼など,通常とは全く違う公的な場所に足を運び,手続きをする作業は支援が無ければでき得なかったと思われ,絶対に必要な支援であると考えられた。
 一時保護施設については,不安一杯で入所したにもかかわらず,規制が多く,しかも期間が2週間と限られていて混乱した心身の状態や立場からすると,支援が被害者のニーズに必ずしも一致していなかったことが述べられていた。また一時保護施設において,相談に乗ってもらえる婦人相談員の人数が少ないことも問題であった。施設側の立場や事情,また予算の制限はあると思われるが,被害当事者が置かれる個々の状況を考慮した個別の支援,一時保護のあり方等,被害当事者の心身に配慮した支援に工夫が求められていると考えられた。
 麻鳥らは9)は,一時保護所から次に移る場所としてカナダのステップハウス(中間施設)を紹介しており,日本でも取り組むべき課題であると思われた。Y氏の場合は,まず,子どもの学校生活を中心においた生活の基盤を整えるために住居を決めることから始まったが,姉の支えと結婚前のボランティア活動以来の仲間達の支えがあってスムーズに事が運んだ。子どもの学校の転校手続きは,住民票ではなく,家主との住居の契約書によって受け付けてもらい,1週間で転校手続きは完了した。転校に伴うA県からB県への書類のやりとりも教育委員会同士で行っており,教育委員会・学校とも,被害者のこどもの利益と安全を優先する形で対応が行われた。警察の対応も素早く,守られる環境が出来ていた。Y氏の場合はたまたま恵まれた条件にあったが,通常の被害者の置かれた状況を考えると,公的住居の優先提供や低家賃住宅の借り上げ処置などの法的整備も必要であると考えられた。
4.希望する支援・望まれる支援
 麻鳥らは11)特に落ち着きを取り戻すまでの期間は,利用者は混乱のために聞く内容を選択してしまっていたり,正確に情報を理解していなかったり,今すぐ必要な情報だけしか聞き入れていなかったりするので,初期の段階では援助者は重要なことは繰り返し伝える,筆記されたものと口頭の情報を併用する工夫もできると述べている。被害当事者のこころの状態を考える時,X氏の語った言葉は被害当事者の置かれた状況の現実を示していると思われ,数の充足や物理的環境の整備のみならず,支援サービスの質向上も含め,こころを癒す人的環境の整備を進めなければならないと考えられた。
 健康保険の問題は被害当事者の心身の健康回復にかかわる重要で深刻な問題で,現行制度では各種の健康保険は,夫・父が被保険者で妻や子はその被扶養者になっていることが多く,妻と子どもが逃げた先で新たに国民健康保険に加入しようとしてももとの保険で給付を受ける資格を喪失した証明を提出しないと加入を拒否されるようになっており,結果として貧困にありながら健康保険にも加入できないシステムになっている。現在,いくつもの自治体が国民健康保険への加入を認めるようになっており10),社会福祉・サービスを優先的に受給できるようなことも含めて制度改革としての取り組みが望まれる。

結論
1 . X氏とY氏における暴力被害実態は,暴力の始まり,被害を受けた期間は異なったが,その内容においては共通性があり,身体的暴力の回数は少ないものの,非身体的暴力の多様性,頻度,程度は深刻で,被害者の安全・尊厳を脅かすものであった。
2 . 暴力から逃れるための支援
  今回の研究結果から導き出された支援に対する提言を表1にまとめた。従来,支援者の側からすでに報告されたり行われたりしている支援もあるが,今回の提言は,背景の異なる実際の被害当事者が自らの経験を通じて語った言葉から出てきた被害者側からの具体的な提言である。
  DV被害から逃れようという決心に結びついた支援は,X氏・Y氏とも,暴力の過程で出会った警察官,DV被害者支援ボランティアによる,「DV被害者なのだ」というメッセージが被害者自身にDVであるという認識を芽生えさせ,被害から逃れる決心に結びついていた。またDV被害者支援ボランティアによる「あなたが悪いのではない」という被害者を見守り支持する視点での助言は被害者を支えた。
  実際に逃げるときの支援では,X氏・Y氏のように子どもが成人しているか小さいか,専門職としての免許や経験の有無,また受けた暴力の期間の長さに伴う過程での学習・準備等,背景の異なる場合には全く異なっていた。公的施設へ出る場合にはただ安全な場所を与えるという体制では不十分で,被害女性が回復へ向かえるように被害者の心身の状態に配慮した制度面の柔軟な対応,あるいは法的な整備が必要である。小さい子どもを伴っている場合には,住居場所の決定,学校,幼稚園などの受け入れにともなう手続きがスムーズにいくように,また安全が確保されるように,生活の側面からの細かい支援体制が必要不可欠である。
3 . 逃げた後の支援及び望まれる支援では,法務局や一時保護所等の公的支援においてDV被害者の心身の状況,特に被害者の心理状態に配慮する柔軟な対応の必要性が浮き彫りになった。A県において,教育にかかわる対応,警察等保全に関する対応は適切な支援環境が整いつつあることが示されたが,保険証交付,保育園入園の手続き等早急に解決すべき課題があることも明らかになった。

謝辞
 今回,大変な状況の中で,勇気をもって多くの時間を本研究にご協力いただきましたX様とY様にこころからお礼申し上げます。また調査にご協力をいただきましたA県婦人相談所,非特定営利法人Sの皆様にお礼申し上げます。

表1 支援への提言
1.DVから逃れる決心に結びつく支援
1 ) 被害者の状況を理解,被害者が悪いのではないというメッセージ
2 ) DV被害者なのだという認識を促すメッセージ
2.DV被害から逃げるときの支援
1 ) 安全に逃げるための方法(ノウハウ)を教えて準備を支援
  逃げる方法,公的支援を受ける場合にはその手続き,逃げた後の生活,準備するもの,子どもがいる場合には,子どもの分を含めた準備,できれば身近な信頼できる支援者・相談相手の確保,逃げる先の生活の準備
2 ) 安全サポートの手続きを教えて支援
  逃げる前に警察と連絡を取っておく,警察に捜索願の不受理届けの提出と安全面でのサポートの依頼
3.逃げた後の支援(希望する支援も含めて)
1 ) 警察・裁判所等手続きの支援
  手続きの方法説明,手続き時の同行とサポート
2 ) 公的支援(一時保護所)
① 傷ついた心身を癒す支援:可能な限り規制・規則を緩やかにする。個々の心身の状態に配慮する。心理面の専門的サポート(カウンセリング),健康面でのサポート(看護職の配置)
② 入所期間は規則は規則として個々の状況に最大限配慮する。
3 ) 新しい生活が始まるまでの実際的な支援(人的・経済的サポート)
 アパート入居時の保証,貸付などの経済的支援,各種手続きのときの同道支援,子どもを預かる支援
4 ) 転校手続きにかかわる学校・教育委員会の対応支援
 対象者の状況を考慮した手続き上の素早い,柔軟な対応,安全への配慮
5 ) 安全面のサポート:地域・学校両面のサポート
6 ) 社会福祉・サービスの優先的受給:公的住宅への優先入居,国民健康保険加入,生活保護または準じるような経済支援等


文献
1 ) 小西聖子:ドメスティックバイオレンス.東京,白水社,47, 2004.
2 ) 佐々木百合子,加藤千晶,藤邊久美ほか:妊娠が契機となって出現した,パートナーによる妊婦への暴力―暴力が発生した状況からその原因を探索する.聖隷学園浜松衛生短期大学紀要,pp. 52-61, 1999.
3 ) 柳田多美:ドメスティックバイオレンスとPTSD.精神保健研究,48, 29-34, 2002.4 ) 「夫(恋人)からの暴力」調査研究会:ドメスティックバイオレンス.ゆうひかく選書,14,2002.
5 ) レノア・E・ウオーカー(斉藤学訳):バタードウーマン.東京,金剛出版,pp. 54-59, 1997.
6 ) 前掲書4)14.
7 ) 麻鳥澄江,鈴木隆文:ドメスティックバイオレンス.教育資料出版会,145, 2004.
8 ) 前掲書7)298.
9 ) 前掲書7)53.
10 ) 長谷川京子:DV防止法と被害者支援・加害者対策,生活教育,4(6 11):46,2 002.
11 ) 前掲書7)227.
12 ) 聖路加看護大学女性を中心にしたケア研究班/編:周産期ドメスティック・バイオレンスの支援ガイドライン2004年版.東京,金原出版,2004.

要旨
 DVでは性的暴力の存在や周産期と暴力の関係,抑うつや外傷後ストレス障害などの健康問題が指摘され,DV被害者への支援は母性看護の重要な課題である。そこで今回は,DV被害の実態とDV被害者への支援に焦点を当てて報告する。研究対象者はインタビュー開始の時点ですでにパートナーと別居し,経済的にも自立して生活を営んでいる2人の女性である。データ収集方法は,インタビューガイドに基づく半構成面接によって行い,面接時間は1回120分程度を目安とし,一人6回行った。面接内容はすべてテープに録音し,逐語録を作成した。X氏・Y氏における暴力被害実態は,身体的暴力の回数は少ないものの,非身体的暴力の多様性,頻度,程度は深刻で,被害者の安全・尊厳を脅かすものであった。支援においては,暴力の過程で出会った警察官,DVボランティアによる,被害者を支え,見守る視点での助言,実際に逃げるときの支援では,X氏・Y氏のように背景の異なる場合には全く異なっていた。望まれる支援では,法務局・一時保護所等の公的支援においてDV被害者の心身の状況に配慮する柔軟な対応の必要性が浮き彫りになった。
キーワード:DV被害者,半構成面接,暴力被害,実態,支援



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患
FC2 Blog Ranking
   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【<河北新報>宮城県、性犯罪前歴者のGPS監視検討 唐突な表明に不信感も】へ
  • 【<毎日新聞>損害賠償:わいせつ行為受け娘が自殺 両親提訴 高松地裁】へ