あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-C] 臨床現場からのレポート(3) 更生困難な加害者への教育プログラム

DVを行う父親に対する働きがけ 児童を守るために必要なDV加害男性に対する介入 森田展彰(筑波大学大学院人間総合科学研究科)

 
 被害者支援の一環としてのDV加害者へのアプローチと被害者支援の位置づけ 高橋郁絵 加害者は変われるか?~加害者臨床の可能性を探る~ 臨床経験を前提に 信田さよ子(RRP研究回代表・臨床心理士)
DV加害者が良き父親になるために~ケアリングダッドプロジェクトに学ぶ~③


 子どものいる家庭内で男性による女性に対する暴力がある場合,30~ 70%の事例において母親を殴る男性は子どもを直接的に身体的,または性的な虐待を行っていることが報告されている1,3)。
 こうした狭義の「児童虐待とDVの重複群」でなくても,DVが家庭に生じている場合には,子どもは,心理的に大きいダメージを受け,身体的虐待を受けている子どもと同レベルの心身の症状や問題行動を生じることが指摘されている1,2,4)。この心理的なダメージには,以下のような多重の経路を通じた影響が含まれる。
  
◦DV行為を目撃することによる衝撃。
◦男性が子どもに直接的に母親としての女性について「ダメな母親だ」などと侮辱することにより母子関係が破壊されてしまうこと。
◦男性が女性にダメージを与えることで,女性が母親としての機能が低下してしまい,子どもに十分な養育ができなくなる。
◦男性が行った虐待の影響により母親が感情的な問題をもつに至り,それにより母親から子どもへの虐待を行ってしまう場合がある。また父親が殴るよりはということで,必要以上に母親が子どもに厳しく接するようになり,それが虐待に結び付く場合もある。
◦DV男性から女性が離れることは心理的にも社会経済的にも非常に難しいが,そうしたDV問題の困難性が児童の保護を難しくしてしまう場合がある。
◦暴力的な家族関係やそうした価値観が子どもにもインプットされてしまうこと。
◦DV男性は家族関係を葛藤的なものとしてしまい,安心できる場としての家庭を奪ってしまう。兄弟姉妹を含めた家族員間に大きな亀裂を残す。
  
 以上のことから,こうした家庭に育った子どもは,安定したアタッチメント関係を持てず,常に身の安全や安心ということに気持ちのほとんどを奪われてしまい,年齢に応じたその他の発達的な課題に取り組むことができなくなる。
 これがその後,うつ病,自殺,不安,発達の遅れ,物質乱用,学校における不適切な行動,学業不振,学校における健康問題,攻撃など,さまざまな問題行動を生じる可能性が指摘されている1,2,4)。そうした環境で育った子どもが,今度はDV加害者となってしまう可能性が高まることも報告されている。
 一方で,配偶者暴力相談支援センターをはじめとするDV被害援助機関では,被害を受けた女性や子どもを加害者から分離して保護することに中心があり,DV加害男性への働きかけはなされていない。むしろ児童相談所を中心とする児童福祉機関のほうが,子どもの保護の時点で父親と接触する場合があり,施設で子どもを保護している状況をもとにカウンセリングなどへの導入を図っているが,こうした対応は母親が中心で父親についてはあまり接触することができないままにいる場合が少なくない。
 児童を帰すかどうかにおいても,母親など介入できる養育者がある程度養育できる状況がくれば家庭復帰させてしまう場合も多く,あまり登場してこない父親が内縁の夫のDVについての査定や介入は積極的ではない面がある。
 以上のように,父としての,加害男性への働きかけは,これまで十分にされてきていないといえる。
 どうして,加害男性=父の問題が扱われないのかということを考えてみると,
  
(a)子育ては母が主に責任をもつものであるという固定観念があること。
(b)DV加害男性というのは親というよりは,より「犯罪者的」性質が強いもので,親としての自覚自体がほとんどない場合が多いし,その対応に危険を伴う。特に内縁の夫がDVを行う場合についての対応は,ほとんど検討されてこなかった。
(c)男性の加害が児童に直接向いていない場合に,その親は夫婦関係に問題はあるが,子どもへの養育には問題があまりないと考えられてしまう。「夫としては失格だが,父としてはそう悪くない」ので児童相談所としては「夫婦問題」は管轄でないと考えてしまう。
(d) DV被害援助機関は,直接家庭に出向いて介入するということは少なく,もっぱら被害者のみを介入の対象としてきたので父親は介入対象として認識されていない。また,とにかく分離してしまうことで被害者が安全になる訳であるから,加害者への対応はあまり必要でないと考える。
(e) 海外で行われているようなDV加害について積極的な介入やDVコートなどによる加害者向けプログラムへの参加命令が日本では行われてこなかったので,男性へ強制的に介入する糸口がなかった。
  以上のような理由が重なって,父としてのDV加害者への介入は十分にされてこなかったといえる。これはDVでない子育て支援における父親問題の影の薄さとも重複している面もあるが,DVという問題に特有の事情もあるといえる。
 それでは父としてのDV加害者に対応しなくてもいいのかと考えると,そうではないという根拠が以下のようにあげられる。
(f)DV加害男性を切り離してしまうことで,子育てや経済的な面もすべてのことが母親の責任にすべてかかってしまうという点を指摘し,父親にも責任をおわせ,関与させる必要があるとしている5,6)。
(g)DV加害男性を分離の時点の評価だけで,その後関係を保たないと,かえってその後の男性の危険度や変化可能性がわからなくなることが指摘されている5,6)。加害男性を母子と分離しても,その男性がほかの女性やその子どもと関係をもつ可能性があることを考えれば,分離という手法のみで女性や子どもの安全が保てるという考えは短期的なものでしかないことを示唆している。とりわけ継父という形で家庭に入る男性が激しい虐待を女性や子どもに行う場合が多く報告されており,その予防のためにも男性への介入は不可欠な要素といえる。
(h)DV被害女性が分離後にも,男性と子育てに関わることを望む場合もあることが指摘されている6)。こうした考えが生じるのは,家族統合を良いものと考える文化的なプレッシャーや,母親からみて子どもが虐待的な親を愛していて,良い関係を望んでいると考えるためであるという。これに対して,専門家の側も,暴力をふるっていた父にどの程度子どもを接触させることが適当かということについて意見が分かれている面がある。例えば,裁判所がDVを理由に離婚した男性に対して,子どもへの面接交渉についてあまり否定することなく認める場合があることは日本のみでなく海外でも指摘されている。
(i)加害男性の母子への執着は長く続くことが多く,保護命令や離婚や収監によっていったん離れてもまた接触を求めてくる場合があること。
  
 以上から,離婚や別居のみの対応では十分でなく,男性を子どもにどうした条件で接触させるかの検討や,親としての機能を高める働きかけを行う必要があるといえる。
 近年の欧米の研究でも,父親による養育に関する研究が少しずつ増えてきている。その結果,男性を関与させることが子どもにも良い変化をもたらすことが指摘されている一方で,男性のそうした関与が長続きしない場合が多いことも指摘されている5)。
 また男性の中でも,DV加害男性の養育に関する研究もまだ少ないが少しずつ増えている。例えば,Rothmanら6)の研究では,DV加害男性の子どもに対する認識を調べ,生物学的な父親は,社会的な父親よりも,自分の子どもに対する暴力の影響に関心を示す確率が高いが,自分の暴力をストップすることや,それ以外の方法でも子どもがDVに曝されて生じたダメージを緩和する意思はどちらの父親群も低かったことを報告している。彼は,この結果から父親が子どもに関心を示していることは必ずしも虐待的な行動を自制する意思を示すものではないと結論付けている。
 これらの結果は,父親やDV加害男性は子どもへの情緒的な関係性を持とうとする傾向が全般には薄かったり,親の独善的なものになりがちであるということを示していると思われる。こうした男性への働きかけの困難をどう克服していくかが大事なポイントになる。
 本稿では以下に,男性加害者への具体的な働きかけについて,(1)DV加害者更生プログラムを実際にやってきた経験からの所見,(2)カナダでの研修の成果についてまとめ,有効な働きかけを行うためにどのような点が重要かを考察した。
 本邦ではDV加害者更生プログラムを課する司法的枠組みがない中,民間団体で多様な試みが始まっている。我々は,2004年度に内閣府の委託によって東京都における加害者更生プログラム事業にファシリテーターとして加わり,事業終了後も有志の研究会でプログラムを継続してきた。現在のところ,悪影響や有効性への疑念がある一方,加害者とせずに男性の苦しさに焦点をあてるべきとする主張もあり多様な議論がなされている。我々は,被害者援助の一環としての位置づけをもった加害者プログラムが必要かつ有効であると考えている。以下に,これまでの実践の概要を示すと共に有効性を①加害責任の自覚,②行動変容,③被害者の安全確保の観点から,検討した。

■プログラム概要
 小集団(5~7名)のクローズド・グループ。1クール12回。週1回90分。男女1名ずつのペアによる司会。内容は,暴力の影響を示し加害責任を明確化すると共に,動機付け面接や認知行動療法の手法を用い行動・感情・認知の変化に取り組ませた。
 プログラムの各回のテーマは,下記の通りである。
  
〔インテークと契約のセッション〕
◦第1回:暴力とは ?
◦第2回:認知行動モデル(ABCDモデル)による暴力の理解
◦第3回: 暴力につながる信念Bについて
◦第4回: 自分の感情 Cと感情表現Dについて
◦第5回:暴力の影響1(パートナーに対する)
◦第6回:暴力の影響2(子どもに対する)
◦第7回:よい父親になるには
◦第8回:自分の暴力に対する責任
◦第9回:健康なコミュニケーションを学ぶ—ア
サーティブ
◦第10,11回:ロールプレイを用い,各自にとって問題となる場面の自分や被害者の考え—感情—行動を変える練習をする。
◦第12回:再発予防計画
  
■実践の結果と考察
(1)参加状況からみる動機づけへの効果
 これまで7クールを行い,実参加者数は36名,のべ人数は63名であった。内訳は,年齢は30代が5割,50代以上が2割で,これに続いて20代,40代の順であった。職業は公務員,会社員,自営業,NPO職員等多岐にわたっていた。
 パートナーと別居している者が多く(7割),同居者も約3割(途中から再同居含む)いた。反復参加は,6回が1名,5回1名,4回2名,3回1名,2回10名と非常にリピーターが多かった。引っ越しなど特別な事情以外で,1クール中途で脱落したのは4名であり,脱落率は4名/63名=6.3%となる。あくまで任意参加であり,利用費もとっている中での参加状況としては,良好といえる。
 海外のDV加害者プログラムの脱落率が半分くらいという報告が多いことからすれば,非常に低い脱落率であり,日本のDV加害者にもこうしたプログラムは受け入れられるものであることを示しているといえる。
 我々のプログラムは,被害者援助を最終的な目標とおき,男性の加害責任という側面について明確に取り上げている。これは北米を中心に行われているDV加害者プログラムの手法としてはオーソドックスな考え方であり,内閣府の掲げる加害者プログラムの要件に沿ったものである。
 加害責任を明確に取り上げると,男性が心を開くことができずに効果が上がらないという論があるが,我々の実践では加害に対する責任を取り上げながらも,むしろこれに取り組む気持ちを動機づけることは十分可能であるという感触を得ている。参加率・脱落率はその証左であるといえる。
  
(2)各介入要素における働きかけの内容と有効性
〔加害者責任の自覚への働きかけ〕
 まず,どういう行為が暴力にあたるのかを理解させることが最初の課題である。身体的暴力のみではなく,被害者を貶める言葉,脅迫・威圧,経済的制約,孤立させる,子どもの利用,性行為の強制など,パートナーの自由や権利を制限・支配することすべてが暴力に含まれることを示した。
 暴力の責任に関して,飲酒やストレスや被害者の態度が暴力の理由付けに用いられるが,それらのことがあっても暴力を用いない人も多いこと,あくまでそうした方法を選択しているのは加害者の側であることを示し,暴力を選択した責任は100%加害者にあることを示した。
 暴力を受ける側のつらさを実感させるために,さまざまなワークが用いられる。例えば,自分の妻が茂みから飛び出してきた暴漢に襲われた場合について,被害者に生じる心身の反応を想像させる。そうした反応はすぐには消えず,茂みのそばを通るたびに反復しやすいことを示し,被害者の長期にわたるつらさを実感させた。
 プログラム導入時に,自分の暴力を認めていることや,暴力から離れて尊重し合う関係を作ることを目標にすることを,参加条件として確認するが,プログラムを始めると,否認や矮小化や合理化がしばしば見られた。その場合は,直面化させて元の目標に立ち戻らせることが必要であった。
 加害の意図がなかったことや自分の正当性を述べる場合も,パートナーとの関係が戻らないことを示す中で,自分を変えることを次第に納得する者が増えた。
 ピアの効果は大きく,特にリピーターの参加者が率直に自分の内面と向き合っている様子は,他の参加者によい影響を与えた。加害者として扱われることへの反発や,スタッフという権威への防衛的な反応も見られたが,そうしたことが問題になった時をむしろ好機ととらえて,「加害的な側面に向き合うことはとても大変なことであり,そのために毎週参加されている努力はすばらしいと思う」「スタッフが偉いというわけではなく,皆さんの自分を変えようという努力を助ける役割をもってあたっている」「プログラムで,スタッフとも率直に話し合えてこそ,尊重しあう関係を学べる」などを繰り返し伝えていくことで作業同盟を強めていくことができた。
  
〔加害者の認知行動の変容〕
 認知行動療法のモデル(A:Action=出来事,B: Belief = 信念,C: Consequence = 感情,D:Decision=行動の決定,E: Effect=影響)を用い,自分の暴力の過程を分析させる。参加者は認知・感情・行動を分類する作業にとまどいつつも,興味を持って取り組む者が多かった。できるだけ具体的な問題場面を丁寧に取り上げていくことで次第に分析できるようになった。
 特に難しさを感じたのは,暴力や男性優位を肯定する信念を取り出させることであった。例えば「お金の使い方」に関する意見の相違から言葉の暴力をふるった場面を考える際に,信念として「お金は倹約して使うべき」を取り出し,それがわからない妻に怒ったが,信念は正当であったなどと考えてしまう場合が認められた。事柄の判断の是非よりも,そのことをもとに相手を罵ったり,自分の考えを強要してしまうことの裏にある「妻は自分に合わせるべきだ」「相手を貶めてもかまわない」等の〈関係性の認知の歪み〉に気づかせることが大事である。こうした暴力につながる認知—感情—行動のつながりは自覚しにくいが,ロールプレイ等による体験的理解が有効であった。
  
〔スキル訓練〕
 危ない方法を抑制するのみではなく,尊重しあう関係性を育むスキルの獲得や,暴力再発を防ぐスキルを練習させる。特に具体的には,アサーティブネスのスキル,フェアな問題解決の手法,タイムアウト法などを主に行った。こうしたスキルが,独善的でなく,相手の気持ちが変わるE(効果)を持つことを確認するために,ロールプレイなどによる体験的学習を何度も行った。自分のコミュニケ-ションのパターンや,そのもとにある認知・感情を振り返ることをさせていき,認知的な変容とスキル訓練をむすびつける形で行った。「スキル訓練」に関する実践の結果としては,知的理解にとどまる場合,体験的ワークが必要であった。かなり自分は変わったと思っていても,ロールプレイではうまくできなかったり,逆にやってみると,ちょっとした表現の違いで相手に与える影響が大きく違うことに気が付くなどの効果があった。やってみてはじめて,体験的に自分の問題に気づくことが多い。単なる怒りの抑制では無理であることを示す意味でも効果はあった。一方,実際のパートナーとの場面への応用については,なかなか難しいと訴える人が多かった。
  
〔被害者の安全への配慮〕
 最終的な目標は被害者の安全であり,可能な限り被害者の援助者などと連絡を取り合ったり,このプログラムの内容や目標や限界を被害者の方に知らせる場を設ける。暴力の再発や継続がある場合には,仕切りなおしなどの対応が必要である。本来は欧米で行っているような保護監査との連携などが望ましいが,日本ではそうした枠組みがない。
  
(3)父親としての加害者への働きかけに対する反応
 1クールの中で,「子どもに与える暴力の影響」「よい父親であること」というテーマの回を設けている。その中で,家庭内の暴力が一般的に子どもにどういう影響を与えるかの心理教育を行った。特に子どもへのダメージが,直接の暴力でなくても母親への暴力をみることや,母親を子どもの前で罵倒すること,母親の機能を低下させること等により,多重に子どもに影響を及ぼすことを示した。これにより,「良い夫として機能しなければ,良い父親にはなれない」ということを強調した。
 こうしたポイントは,カナダ・オンタリオ州ロンドン市でDVに対する総合的対策を行っているLinda Baker先生やAllison Cunningham先生やその同僚の先生方から学んだものである。また彼らから紹介された,DVが子どもに与える影響に関するビデオを視聴させたり,ロールプレイの中でDV場面で子どもとして傍にいる役割をさせるなどして実感させていった。
 こうした課題をやる中で,参加者の男性からは,父親としての自分を振り返ると同時に,男性自身の子ども時代に受けた暴力の影響について語るものが多かった。参加者の大半の人が,子ども時代に何らかの虐待やDVの目撃があったことがあらためて示された。暴力的なしつけや,厳格でコミュニケーションが少ない父親の様子を語る人が多く,それに対する怒りや不安・恐怖などの感情を表現する人もみられ,暴力の連鎖を自分の子どもにはしたくないという話をした人も少なくなかった。
 しかし,そうした過去の父への深い感情が語られても,それと今の自分の内面をつなげて検討することは,容易ではない様子であった。父への怒りや恐怖を述べながらも,父を弁護する気持ちを述べる人もみられ,深い感情的体験が防衛的な側面にむすびついてしまう印象をうけた。
 また,加害的な父親に対する怒り以上に,そうした問題のある父はしょうがないにしても,そうした状況から自分を守ってくれなかった母への怒りを述べる人も目立った。自分のトラウマ的な側面が,今の自分の正当化に結び付くという懸念がスタッフ側にあったが,それほど単純な形での正当化はみられなかった。しかし,自分に十分に寄り添ってくれなかった母への怒りが,パートナーへの怒りの正当化へ転嫁している部分は感じられた。
 こうしたつながりはスタッフ側からは十分みてとれるが,参加している男性自身はある程度表現できてもすぐには洞察につながらない印象であり,より時間をかけて自分の過去から現在への感情体験をたどらせることが有効なのではないかと思われた。
 ただ,こうした作業では多くの否定的な感情を呼び起こすために,暴力の再発につながらないように慎重な対応が必要であると思われた。
 以上のように子どものテーマは女性へのテーマ以上に,男性参加者に深い感情体験をさせる効果があったが,これは裏を返すと,「配偶者への影響はさておき,子どもに対してはよい父であると考えたい」という問題のある認知を示していた。そのため,「よい夫にならない限り,よい父親にはなれない」ということを何度も強調する必要があった。
 平成20年11月にカナダを訪れて,先進的なDV加害者への対応を行っている機関の先生方に研修を受けた。そのうち,以下の3か所での研修内容から学ぶことができた点についてまとめた。
(1)British Columbia 州Vancouver 市でDV加害者プログラムを実践しているHarry Stefanakis先

(2)British Columbia 州Vancouver 市でDV加害者プログラムの実践やファシリテーター養成に携わっているJane Katz先生とZender Katz先生
(3)Ontaio 州London 市でケアリングダッドを行っているKatreena Scott 先生(Toronto 大学),Tim Kelly先生(Changing way)
  
(1)Harry Stefanakis 先生による研修
 我々は,平成20年11月加害男性に対する接し方について,Stefanakis先生に,カナダでアドバイスをいただいた。彼の書いた論文も参考にして,ポイントを挙げる。
  
◦加害男性に対するcompassionate な態度の重要性
 加害男性に対して直面的な態度をとることで,変化への抵抗を生んでしまう。罰則自体が本当の意味で,その行動を変容することを促すよりも,行動変化の妨げになりやすい。その人を1人の人間として全体的な存在として受け止めることが重要であり,部分的な対人関係のみでは,かえってその人に教えたい人間関係性をつたえることができない。
 当人のおかれた状況の中で行動変容を促すことができる動機に焦点をあてる。相手との関係を作り出そうとしていた部分と,暴力的な部分の両方を持つことを示す。単に保護的にやるのでも,厳罰的に扱うのでもなく,自分のネガティブな側面を受け止めることを促し,それに取り組む姿勢がみとめられたら,その勇気を称賛し,後押ししていくことが重要である。
 相手の視点に立ち,関係破壊的な方法を用いてきた気持ちを理解しようと努めながらも,それを変える責任と力があることに焦点をあて続ける。
  
◦加害男性へアサーティブな態度を教えること
 加害男性が,暴力的になることを指摘すると,単純に抑制的ノンアサーティブな態度になってしまうことがある。そうやって抑制的になると,結局のところ怒りをためこんでしまい,暴力を生じてしまう場合が多く,いわゆる「暴力のサイクル」から変化できないことになる。Stefanakis先生より,加害男性にアサーティブなやり方で自分の気持ちを表現することの重要性をわからせる説明のしかたを教えていただいた。これを以下に記す。
 まず,図①のように自分とパートナーとの間のコミュニケーションをグラフに示す。縦軸は自分の要求で,横軸はパートナーの要求であるとする。そうすると,暴力的,支配的なコミュニケーションはaの位置づけになる。一方,自分の気持ちをおさえないといけないとなると,いわゆるノンアサーティブな状態であり,グラフではbの位置になる。ある意味で相手と自分のどちらかにあわせてしまう方法というのは簡単であるが,結局長く続けることができずに,aとbの間を行ったり来たりすることになりやすい。
 そこで,アサーティブな方法が重要になるが,これはグラフでは図②のcのように表わされる。
つまり,アサーティブな方法は両方が互いに対する相互尊重をもつものであり,工夫や手間が必要であるが,互いにその関係を続けていくことができる。
 ただし,アサーティブなスキルは,時間やエネルギーがかかる方法であり,自分の要求を少し強くだしたり,またその反応をみて,相手の気持ちをうけとめたりということを少しずつ繰り返していく中で,相手との調整をはかっていくプロセスが必要になることを伝えることが大事であるとのこと。
  
 以上,Stefanakis先生からは,加害者との共感的な作業同盟を築きながら,行動の変容を促していくファシリテーターの姿勢や具体的な工夫の重要性を学んだ。加害者が変わっていくという困難な道のりを一緒に歩むためにはどうすればいいかということを深く考えぬく姿勢が印象的であった。
(2)Jane Katz 先生とZender Katz 先生による研修
 両先生には,もともと内閣府の依頼で,日本におけるDV加害者プログラムを最初に開始する際に手取り足取り教えていただいた。今回は,その後先生方に教えていただいたプログラムを日本で実践した経過を報告し,アドバイスをいただくとともに,最近のカナダにおける加害者臨床の動向をお聞きした。以下に学んだ内容のいくつかの例を挙げる。
◦加害者臨床におけるEmpathy の重要性
 加害者臨床において,加害行為をとるにいたった道筋を男性の視点からたどれることが重要であるという点をいわれた。もちろんこれは加害者の言い訳を認めるという意味ではなく,暴力を加えるという責任はきちっと示した上で,表面的な合理化ではなく,どうしてそういう方法をとることになったのかという内省を促し,これに取り組む姿勢について支持していくことが重要であるとされた。図らずも,Stefanakis先生の指摘と重なる指摘であった。
◦カップルセラピーの利用
 両先生は一度加害者プログラムを卒業した男性と,そのパートナーに対してのカップルセラピーを行ったり,そのスーパービジョンを行っているという。カップルセラピーの例としては,性的満足に関するテーマを取り上げることもあるとのことであった。
◦任意参加の人を中心にしたグループや予防的な観点のグループ
 最近,任意参加のDV加害者のグループを行ったり,予防的な観点からのグループも行っているという。予防的な観点のグループは,企業において,まだ暴力的な傾向が完全にはない段階の対象に対して,行っているという。
◦被害者相談との連携や限界設定
 被害者に対するグループを行って,加害者に教える内容と同じ内容をおしえることによって,その変化への期待や限界を十分知ってもらうようにしているという。加害者臨床のプログラムは修了ということはないものであり,ずっと継続していくものであるという認識を共有してもらうことが大事であるという。

(3)Katreena Scott 先生(Toronto 大学), Tim Kelly 先生(Changing way)によるケアリングダッドに関する研修
 この研修については,日本で同様の内容で行った研修会について,別の章で述べられているので詳しくはそちらに譲る。特に重要な点として印象に残った項目は以下の通りである。
  
◦被害者援助と加害者プログラムと児童福祉のそれぞれの機関が一緒になって,父親としての男性加害者への教育プログラムの必要性を確認して,ケアリングダッドを開発した7,8)。
◦一般的なペアレンティング・プログラムが,子どもの行動をマネージするスキルに焦点をあてているが,そうした内容ではDV男性がより虐待的なスキルを学ぶ結果になる可能性があることを指摘していた(実際そうした事例があったことも示された)。そこでまずは,男性が子ども中心の養育をできる態度を学ぶことに焦点をあてているということであった。
◦加害男性は子育てということに関心をもてるように動機づけ面接の手法をもちい,できるところから取り組んでもらい,そうした努力に対して支持的に取り扱うことで脱落率をさげることができた。女性虐待に焦点をあてたプログラムが50%の脱落率であるのに対し,ケアリングダッドはその半分以下であるという。
◦母子の危険を防ぐには,まずは介入システムから脱落させないことが非常に重要であるとのこと。脱落した場合にはそれは関係機関にすぐにフィードバックされるようにして介入が遅れないようにしているとのこと。
◦カナダ以外の多くの国で関心を集め,英国などでも導入が図られているということ。

 本稿では,DV加害男性に対する対応が子どもの養育に重大な影響を与えるにもかかわらず,介入がされてこなかったことをまず取り上げ,その背景には父親が子育てへの関心が十分でないこと,加害行為に対する介入への困難性があることを指摘した。
 こうした状況の中で,日本で我々が行ってきた加害者更生プログラムの実践とその反応を報告し,十分な公的司法的な枠組みがない中でも加害男性の動機づけをたかめ,自分がやってきた行為が母そして子どもに与えてきた影響を考えさせることが十分可能であることを示した。さらにこうした実践結果をもって先達であるカナダでのDV加害者へのプログラムを行っている援助者の方々に研修を受けに行き,そこで学んだ内容を記した。
 その結果,最も重要なポイントとして感じられたのは,加害男性が女性やそして子どもに対して暴力を行っていたという加害性をきちっと示しながらも,男性が内的に持っている変化の可能性をひきだすような働きかけを行っていくことが必要であり,また可能であるということであった。
 加害行為の臨床では,厳罰か,治療的かのどちらかに偏った議論になりがちであるが,そうした対立を超えていく道筋があること,そのための具体的な工夫や実践を重ねていくことが大事であると考えられる。
 
参考文献
  
1)Baker LL, Cunningham AJ: Helping Children Thrive; Supporting woman abuse survivors as mothers, Center for Children &Families in the Justice System, 2004.
2)Bancroft L, Silverman, JG :The Batterer as Parent: Addressing the Impact of Domestic Violence on Family Dynamics,Sage, 2002.(ランディ バンクロフト, ジェイ・G. シルバーマン著,幾島幸子訳『DVにさらされる子どもたち——加害者としての親が家族機能に及ぼす影響 』金剛出版,2004)
3)Fantuzzo, J. W. Mohr, W K.:Prevalence and effects of child exposure to domestic violence,Future of Children 9(3): 21-32, 1999.
4)Jaffe P., Wolfe D. A., Wilson S. K.: Children of battered women, Sage, Oaks, CA., 1990.
5)Magill-Evans, J., Harrison, M. J., Rempel, G., Slater, L.: Intervention with fathers of young children: systematic review,Journal of Advanced Nursing55(2), 248-264, 2006.
6)Rothman, E. F., Mandel, DG., Silverman, J. G.: Abuser's perception of the effect of their intimate partner violence on children, Violence Against Women13(11):1179-1191, 2007.
7) Scott, K. S., Crooks, C. V.: Effecting change in maltreating fathers: Critical principles for intervention planning. Clinical Psychology: Science and Practice, 10, 95-111, 2004.
8) Scott, K., Francis, K., Crooks, C., Kelly, T.: Caring Dads: Helping fathers value their children. Victoria, British Columbia,Canada, Trafford., 2006.
9)Stefanakis, H.: Caring and compassion when working with offenders of crime and violence, Violence and Victims. 32(5)652-661, 2008.



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