あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-C] 臨床現場からのレポート(3) 更生困難な加害者への教育プログラム

DV加害者が良き父になるために -ケアリングダッドプロジェクトに学ぶ- 信田さよ子(RRP研究会代表)

 
 加害者は変われるか?~加害者臨床の可能性を探る~ 臨床経験を前提に 信田さよ子(RRP研究回代表・臨床心理士) <オルタナ>子どもの60%、信頼できる大人に相談
独立行政法人福祉医療機構 「長寿・子育て・障害者基金」助成事業
DV加害者が良き父になるために~ケアリングダッドプロジェクトに学ぶ~①

はじめに
 1995年(平成7年)の阪神淡路大震災以後,心や精神の臨床にかかわる専門家のあいだに大きな変化が起きた。従来の精神疾患や心理的葛藤の治療や援助・相談から,被害者のケアへのシフトである。
 事件や災害によって人が被害をこうむることは,これまでもよく知られていたが,その被害が目に見えない精神や心理にも及ぶこと,それはしばしば身体の傷が治癒し倒壊した建物が再建された後も長く残存して,その人の人生に後々まで影響を与えること,それどころか,時には圧倒し尽くされ再起不能に陥ることさえあることが明らかになったのだ。
 このようにして,数量的に測定可能な「被害」から,その状況を生きる主体としての「被害者」への注目が始まった。90年代末に犯罪被害者救済の運動が起こり,職場や大学におけるさまざまなハラスメント防止が叫ばれるようになったのもその流れの一環であろう。公共空間・市民社会における多くの被害者の存在が明らかになることで,心的被害や心的外傷(トラウマ)の治療も飛躍的に進捗することとなった。PE(Prolongued Exposure)やEMDR(Eye Movement Descesitization Reprocessing)などのトラウマ専門治療が徐々に臨床現場でも取り入れられ,実施されるようになってきた。
 それに伴って起きた変化が,従来は不可視とされてきた家族における「被害者」の存在への注目であった。親密圏・私的空間である家族は,「法は家庭に入らず」という格言のとおり,基本的には成員間の自治能力・自浄作用に任されており,そこで行われるあらゆる行為は「暴力」と名付けられることはなく,家族の愛情表現の一つであるとみなされてきた。極言すれば,家族内に暴力は存在しなかったのだ。
 70年~80年代にかけての日本経済の飛躍的発展と90年前後のバブル崩壊に伴って,しつけと体罰という定義だけでは理解不能な親の養育態度が浮かび上がった。親から殴られて死亡したり,食事を与えられずに餓死する子供の事件が表面化し,それらを親の過度のしつけや体罰とする定義への反発が生まれ,虐待という命名・定義の必要性が高まったのだ。このような新たな定義(再定義)をとおして,家族内暴力は構築されたのである。
 上記のような被害者への注目の高まりも相俟って,児童虐待と名付けられた悲惨な現実はマスコミの多大な関心を招き,テレビや新聞などでも虐待問題は大きくとりあげられることになった。あたかも急増したかのような誤解を伴いながらも,世間の関心は無垢な子供を守るというわかりやすい一点に集約され,2000年(平成12年)の児童虐待防止法制定へと結実した。そして,1年後にDV防止法(配偶者からの暴力の防止および被害者保護に関する法律)が成立するに至った。
 繰り返すが,家族内で生起する事象を「暴力」と定義しなければ,「被害者」や「加害者」という定義も生まれなかったのである。
 以上が,家族内暴力(DVと虐待)の構築されるまでの簡単な歴史であるが,そこに欠落しているのは,DVと虐待を家族内暴力という視点で統合的に把握する視点,さらに被害者支援のためには加害者にアプローチしなければならないという視点である。本研究会の臨床・研究活動は一貫してその2点に焦点を当ててきた。
 警察の介入を部分的に認めるなど,児童虐待防止法の見直しはドラスティックに行われつつあるが,未だ加害者への司法的介入は限定的なものにとどまっている。DVは保護命令だけが加害者への行動制限として機能する。このような政策的な限界を踏まえながら,諸外国の研究成果に学びつつ今の日本で実践可能な試みを展開すること。これはそれほど容易ではないが不可能ではない。
 本研究会の構成員の多くは長年,アルコール・薬物依存症の臨床にかかわってきており,アルコール依存症者の男性が酔って妻を殴り娘を性的対象とする事実を,70年代から目の当たりにしてきた。しかし,それらはアルコール依存症の症状の一つとしてとらえられ,暴力という視点は症状の下位に位置づけられてきた。彼らがアルコールをやめればそれらの行為は止まるのであり,治療がすべてだと考えてきたのである。当時まだ虐待問題はそれほど注目されてはおらず,DVという言葉すら存在しなかったために,暴力をもっとも上位にとらえること,つまり家族内暴力という視点では把握していなかった。そのことで多くの被害者を見逃してきたのであった。
 しかしながら,アルコール依存症という疾病概念の陰にひそむ「暴力」と臨床場面で直面してきた我々は,別の窓口から不十分な定義ながらも,家族内暴力にもっとも早く注目してきたといっていいだろう。そして別の窓口だったからこそ,DVと虐待が分離不可能であること,加害者(酔った父,追い詰められた母)への有効なアプローチが不可能ではないことを実感してきたのかもしれない。
 筆者が初めてカナダでDV加害者更生プログラムを参与観察した時,東京でDV加害者プログラムのファシリテーターとして初めてグループの輪の中に座った時,何ともいえない既視感に襲われたのは,精神科病院のアルコール依存症者の治療グループにかかわった経験があったからだろう。目の前のその人に変化への動機がなくても,彼らは変化可能であると信じられること。加害者にかかわる際に求められるのは,そのようなシンプルなことかもしれない。
 本報告書の基本的姿勢は,DVと虐待が政策面で分断されていること,法律的基盤によって加害者へのアプローチが不十分なままとどまっているという現実認識に立ちながら,その限界を少しずつ実践・研究によって突破しようとする点にある。DVと虐待の双方にかかわり,被害者保護・支援のために加害者にもアプローチすること。このような包括的援助が実現してこそ,家族は次世代を担う子供たちが安心して育つ場として初めて機能するだろう。

2009年2月
RRP研究会代表
信田さよ子



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅵ-C] 臨床現場からのレポート(3) 更生困難な加害者への教育プログラム
FC2 Blog Ranking
   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【加害者は変われるか?~加害者臨床の可能性を探る~ 臨床経験を前提に 信田さよ子(RRP研究回代表・臨床心理士)】へ
  • 【<オルタナ>子どもの60%、信頼できる大人に相談】へ