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[Ⅶ-20]<ことば>プレス。道徳・教養、思考。心の肥やしを「知識のひきだし」に

<ナショナル ジオグラフィック日本版>北米最古の犬の骨がアラスカで見つかる、人類拡散の旅路を示唆

 
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2/27(土) 18:05配信

アラスカで見つかったシベリアの犬の子孫、1万150年前の骨片
 米アラスカ大学博物館に「PP-00128」という標本があり、20年ほど前から、かなり古いクマのものだと考えられていた。この標本は大腿骨の破片で、指でつまめるほど小さく、アラスカ南東部の海岸沿いの遺跡から発掘された。同じ遺跡からは、数千年前の魚や鳥や哺乳類の骨のほか、人間の骨も発見されている。
 2月24日付けで科学誌「Proceedings of the Royal Society B」に発表された論文によると、遺伝子解析の結果、PP-00128は、今から約1万150年前に人間の忠実な友として氷に覆われたアメリカ大陸にやってきたイヌの骨だったことが判明した。
 この研究成果は、イヌがアメリカ大陸に入ってきた時期やルートを知る手がかりになるほか、人間と家畜化されたイヌとの長く深い関係を裏づけるものにもなる。
 「1万年前の人々の生活を想像することはできなくても、彼らとイヌとの関係を理解することはできます」と、今回の研究には関与していない英エクセター大学の動物考古学者カーリー・アミーン氏は言う。

足どりを追う
 今回の骨片は、アメリカ大陸におけるイヌの証拠としては最古だが、アジアからアメリカ大陸に渡ってきた最初のイヌとは限らない。2018年には米イリノイ州で見つかったイヌの墓が約9910年前のものと判明している。
 わずかな差で「最古」の称号はアラスカのPP-00128のものになったが、考古学者たちは、ほぼ同じ時代に北米の2つの遠く離れた場所にイヌがいたという事実に関心を寄せている。これは、イヌがもっと早い時期にアメリカ大陸に来ていたことを意味するからだ。では、イヌが最初にやってきたのはいつなのだろう?
 最近発表された遺伝学的証拠によると、北米の3分の1が氷の下に埋もれていた約2万3000年前、シベリアにおいて人々とオオカミとの遭遇機会が増えていたという。当時、シベリアは比較的温暖で、人間にとってもオオカミにとっても獲物になる動物が生息していた。人間は約4万年前から1万9000年前にかけてオオカミを徐々に飼い慣らし、やがてオオカミはイヌになったと考えられている。
 今回、PP-00128が調査されたのは、北米の氷の状態と、動物や環境の変化を調べる研究プロジェクトの一環だった。小さな骨片からこのイヌの核DNAを抽出することはできなかったが、ミトコンドリアDNA(母方の血統からのみ遺伝するDNAで、全ゲノムのごく一部しか占めていない)は抽出できた。分析の結果、このイヌは、今から約1万6700年前にシベリアのイヌから分かれた系統に属していたことがわかった。約1万6700年前といえば、人間が海岸沿いに北米に入ってきた時期とほぼ同じである。
 しかし、1万6700年前という年代はイヌが遺伝学的に分岐した時点であり、個体群が分裂した時点であるとは限らない。つまり、家畜化されたイヌが初めてアメリカ大陸に入ってきた時期を示す数字ではないということだ。
 それでも、アラスカ沿岸の氷床が急速に後退した時期に、この地域の海岸に家畜化されたイヌがいたという事実から、人間がどのようなルートを移動したかが浮かび上がってくる。
 科学者たちは、最初にアメリカ大陸にやって来た人々が大陸ルート(北米大陸西部のコルディレラ氷床とローレンタイド氷床の間)を通ってきたのか、それとも海岸ルート(太平洋の海岸線沿い)を南下してきたのかを知りたいと願っている。「どちらの移動経路もあったはずです」と米バッファロー大学の進化生物学者で、今回の論文の共著者であるシャーロット・リンドクビスト氏は言うが、これまでの研究から、海岸ルートの方が氷が早く後退し、新世界への回廊となったことが示されている。

毛皮を着た十徳ナイフ
 PP-00128の同位体分析から、このイヌは、魚やクジラやアザラシの肉などを食べていたことが明らかになった。おそらく飼い主の食べ残しなどを与えられていたのだろう。このイヌが生前どのようなイヌだったのかは不明だが、専門家はいくつかの合理的な推測をしている。
 カナダ、アルバータ大学で人間と動物の関係に着目した研究をしている考古学者のロバート・ロージー氏は、今回の研究には参加していないが、このイヌがシベリアに生息していた初期のイヌに似ていたとしたら、比較的大きく、おそらく体重23~27kgほどになっただろうと推測する。「このイヌは私たちのイヌに似た行動をし、寒い環境によく適応し、おそらく狩猟に参加したり、荷物を運んだり、ソリで荷物を引っ張ったりしていたのではないかと思います」と同氏は言う。
 英ダラム大学の考古学者アンジェラ・ペリ氏は、「古代アメリカのイヌが欲しいなら、それに最も近いのは、シベリアン・ハスキー、アラスカン・ハスキー、マラミュート、グリーンランド・ドッグです」と言う。なお、同氏は今回の研究には参加していない。
 ペリ氏はイヌを十徳ナイフに例える。イヌは歴史の中で、狩人、ボディーガード、警報システム、湯たんぽ、癒やし手など、多くの用途に利用されてきた。
 民族誌的記録によると、北極圏では、イヌは「人々が極限状態に陥ったときに、毛皮や食料源として利用されていました」とペリ氏は言う。かつて人々がイヌを伴ってアメリカ大陸にやって来たとき、その利用目的は、状況の厳しさによって変わっていったのかもしれない。

イヌの物語は人間の物語
 シベリアからアメリカ大陸にやって来たイヌは、その後南北アメリカ大陸に広がり、現地のコヨーテやオオカミと交雑したり、ほかの地域から来たイヌと交雑したりした。
 残念ながら、これらの古代犬の遺伝学的系統は、ほんの数百年前にヨーロッパからの植民者が自分たちのイヌを持ち込んだときに殺処分されたか病気をうつされたかして絶滅してしまった。しかし、遺伝学研究と偶然の発見のおかげで、彼らの物語は失われてはいない。今回の最新の発見が示すように、「私たちの倉庫には膨大なデータが眠っています」とアミーン氏は言う。
 十分な時間とアラスカの原野での入念な考古学調査によって、人間とイヌが最初にこの地にやってきたときの秘密も明らかになるだろう。
「すべての答えはそこにあり、私たちによって見出される日を待っています」とペリ氏は言う。「人間との間でイヌのような関係を結んだ動物は、ほかにいません。イヌの物語は人間の物語です」

文=Robin George Andrews/訳=三枝小夜子
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