あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-9]Ⅴ.DVのある家庭環境で育った子どもと母親のケア

30.性暴力被害者支援の連携体制-SART(性暴力被害者対応チーム)-

 
 31.DV加害者更生プログラム。-「ケアリングダッド**」を実施するうえでの原則- 29.虐待する親の回復の視点-MY TREEペアレンツ・プログラム-
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

※ 『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(マニュアル)』は、「DVを目撃して暮らしている子どもが、DVの最大の被害者である」との立ち位置で、「密接な関係にある児童虐待とDVの本質的な理解」に加え、「児童虐待とDVが、被害者である母親だけでなく、子どもの心までも破壊する可能性がある、つまり、胎児期を含めて脳の発達に大きなダメージを与える」ことを理解していただくために、一般的な抽象論ではなく、行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースに、前半の『はじめに』、『第1章(Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス)』、『第2章(Ⅱ.児童虐待と面前DV。暴力のある家庭環境で暮らす、育つということ)』は作成しています。
 マニュアル冒頭の『はじめに』では、「社会の女性や子どもへの暴力に対する理解」、「危機的状況がもたらす脳のトラブル」、「「事例で学ぶ」ということ-人類とは何者か、脳の発達論の見地でという考え方-」、「暴力描写や性的表現による「トラウマ反応」表出のリスク」、「第三者の支援を受け、暴力で傷ついた心のケアにとり組む意味」、「被害女性の家族や友人たちのアンカーとしての役割」、「被害者支援に携わる人たちに向けて」、「-付記- 「二重の被災」..東日本大震災とその後の虐待・DVの増加の影響は“これから”の問題-阪神淡路大震災、戦争体験によるPTSD発症、その後の人生に学ぶ-」というテーマで、このマニュアル全般に及ぶ着眼点や論点、問題提起をしています。この行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースにした着眼点や論点、問題提起は、その後に続く、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』とそれぞれと相互する関連性がある、あるいは、説明の前提となっていることから、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』をお読みになる前に、『はじめに』に目を通していただきたいと思います。
 

30.性暴力被害者支援の連携体制-SART(性暴力被害支援チーム)-
(1) 性暴力被害の状況
(2) サバイバーとして、人生を自分らしく生きるということ
(3) 夫婦間強姦(レイプ)
(4) SART(性暴力被害者対応チーム)
(5) ワンストップ支援センターでおこなわれる支援
(6) SARC東京が対応した性暴力の臨床的課題
  ・事例178-180
(7)「しまね性暴力被害者支援センターさひめ


性暴力とは、レイプ(強姦)だけでなく、性虐待、痴漢、児童ポルノなど、性的な要素を含む暴力行為のことをいいます。性が関係しているため、さまざまな偏見を持たれやすく、そのことが、本人に訴えでることを躊躇わせ、被害者の苦しみをいっそう深刻にしています。

(1) 性暴力被害の状況
 わが国の性暴力被害は、平成25年度の強姦事件は1,409件、強制わいせつ事件は7,654件(以上、男女計)となっています。第4回犯罪被害実態(暗数)調査(平成25年)によると、警察に被害を届けでる女性は18.5%で、被害女性の85%は警察に届け出ていないことになります。
 「男女間における暴力に関する調査(内閣府男女共同参画局、平成24年)」によると、女性の8%は異性から無理やりに性交された経験があり、被害について誰にも相談しなかったという被害者が67.9%と最も多くなっています。その理由は、「恥ずかしくてだれにもいえなかったから」が46.2%、「どこ(だれ)に相談してよいかわからなかったから」が17.6%、「相談してもむだだと思ったから」が16.5%となっています。相談した相手としては、友人・知人が18.7%、家族・親戚が9.7%、警察が3.7%、警察以外の公的な機関が2.2%、弁護士・カウンセラー等の民間の専門機関が0.7%、医療関係者が0.7%と、専門機関に相談している人は8%以下です。
 性暴力被害者にとって、本来必須であるはずの医療関係者や警察への相談は極めて少なく、ほとんどの性暴力被害者はどこにも相談できず、その結果、支援に繋がることもなく、ひとりで問題を抱え込んでいるのが現状です。


(2) サバイバーとして、人生を自分らしく生きるということ
 アメリカでは、被害に屈することなく立ちあがり、人生を自分らしく生きようとしている人たちをサバイバー(survivor:生存者)といいます。
 アメリカで新聞社に勤務していた1999年(平成11年)、終身中に自宅に侵入した暴漢にレイプされた体験を持ち、PTSDに苦しむ中で、2001年(平成13年)、「Project STAND:Faces of Rape & Sexual Abuse Survivors Project(「性暴力サバイバー達の素顔」という写真プロジェクト)」を立ちあげたフォトジャーナリストの大藪順子氏は、『PTSDに打ちのめされそうになるたびに、「どうして自分がこんな目に」とやり場のない思いに、どうにかなってしまいそうでした。しかし、さまざまな人たちに支えられて、次第に「失ったからこそ得られるものもあるはず」と考えられるようになっていきました。そして、性暴力サバイバーのひとりとして「視点を変え、視野を広げれば、新たに得たものの大きさに気づく。被害者にも幸せになる権利があるんだ」ということを伝えていくことが、自分の使命だと思うようになりました。』と述べています。
 その大藪さんの魂を暗闇からひきあげてくれたのが、現地の「性暴力対応チーム(SART)」によるサポートでした。大藪さんが事件に巻き込まれたのは、アメリカで新聞社のカメラマンとして働いていた28歳のときでした。
 そのときの状況を、大藪氏は『深夜に人の気配で目を覚ますと、家の隅に見知らぬ男が立っていた。「助けて!」と叫ぼうとしたが恐怖で声がでない。「黙らないと殺すぞ」とすごまれ、初めて覚えた「死」の感覚に体が凍りついた。被害によって自尊心を奪われ、代わりに心を支配したのが、行き場のない恐怖と怒り。フォトグラファーとして現場を生き生きと走っていた自分が、見知らぬ男性と目があっただけでパニックに陥ってしまう。自分が情けなくて、これほど悲しいのは生まれて初めてだった。』とふりかえり、続けて、『SART対応の病院ではチームの性被害専門看護師(SANE)が犯人の唾液など証拠を採取する一方、駆けつけたカウンセラーに「あなたのせいじゃない。あなたは悪くない」と何度も語りかけられた。私が呆然(ぼうぜん)と動けないでいる数日間に、周りが動いてくれた。自分を支援してくれる人がいることがとても心強かった。』と述べています。
 そして、「支援が早ければ早いほど傷ついた心身は回復しやすい」と、日本でも態勢の充実を訴えています。また、SARTが機能することによって、事件で深く傷ついた被害者の心身ケアと、事件捜査を両立させることが可能になり、大藪さんのケースでは加害者は事件の3日後に逮捕され、懲役20年の判決を受けています。
 「性暴力を減らすには、なにが必要だと思うか?」の問いに、大藪氏は、『社会と個人の意識を変えていくことが必要です。たとえば「痴漢に注意」というポスターがありますよね。でも、どうやって注意すればいいというのでしょう? まるで「痴漢される側が不注意だから悪い」みたいです。でも最近やっと「痴漢は犯罪です」という表現に変わってきました。「被害者の不注意が原因だ」と思うのではなく「犯人が絶対に悪い。性暴力は犯罪だ」と判断できる人や社会を育てる必要があります。学校教育も重要です。男女を問わず「自分の権利」を教えていく必要があると思います。私の子どもがアメリカで通っていた小学校では「友だちが手をつなごうといったときに嫌だと思ったら、NOといっていい。それは「あなたが嫌い」という意味ではなく「今はそうしたくない」という意味だから、NOといわれた人も相手の気持ちを尊重しなくてはいけない」と教えていました。日本では、こうしたことが教えられていないせいで、多くの人が、相手に求められたときにNOといえずにいます。それがドメスティック・バイオレンスにつながっているのに「嫌でも相手を受け入れるのが愛」だと勘違いしている。「自分の権利」を教えないことが、加害者に罪の重さを自覚させず、被害者に非を感じさせるという間違った構図を生んでいます。現在の日本の法律上の強姦の定義は、明治時代の古い考えにもとづいたものです。女性は常に客体であり、強姦を器物損壊かのように捉えているので、刑事罰も不釣り合いに軽いのです。刑法に「強姦は人権侵害だ」という最も重要な考えが含まれていないことが偏見を助長する一因になっているのではないでしょうか。また日本では、性暴力は被害者自らが警察へ告訴しなければ、捜査も始まらない「親告罪」です。人権侵害の重大さを明確にするためにも、これらの法律は改正していく必要があると思います。』と応えています。
 最後に、「もし被害にあったら、あるいは、被害者から相談されたら、どうすればいいですか?」の問いに、大藪氏は『実際に被害にあったら、警察か病院に行くこと。あるいはホットラインに電話をしてもいいと思います。とにかく、なるべく早く誰かとつながることが重要です。ただ、とても残念ですが、それが最善ではない場合もあります。助けを求めたのに、偏見から被害者側の不注意をとがめる人がいるので、言葉による二次被害を受けることも多々あるからです。そういう意味でも、一刻も早く、SARTやSANEのような仕組みが日本で機能するようになってほしいですね。あとは、証拠を残しておくことも大切です。私もそうでしたが、性暴力に遭うと被害を一刻も早く忘れたくて、身体を洗い流したくなります。でも、それをがまんして病院へ行くことを最優先させてください。誰かに被害を打ち明けられたときは、無理に言葉をかけなくていい。被害者の苦しみや悲しみを受け止めるだけで十分です。そして、できれば「被害にあったのは、あなたのせいじゃない」と伝えてあげてください。たとえ被害者が泥酔し、ミニスカートで夜道を歩いていようとも、人が人を襲うなんて、決して許されません。性暴力を振るう方が絶対に悪いのです。警察へ届けるかどうかは、本人の意思を尊重すべきですが、私の場合は、警察の捜査で犯人が逮捕され、裁判で決着がつくことで、のちの人生を生きやすくなったと思います。警察への告訴が難しければ、被害者サポートセンターなどへ連絡するのもいいでしょう。サバイバーたちに知ってほしいのは「あなたには権利がある」ということ。そして「あなたは大切にされるべき存在だ」ということ。性暴力は決して起きてはならないことだけど、無意味な経験はないと、私は信じています。体験した本人にしか語れないことがあり、できないことがある。だから、その経験は貴重なものだし、価値あることなのだと知ってほしい。そのことに気がつけば、人はまた立ちあがり、歩いていけます。』と述べています。


(3) 夫婦間強姦(レイプ)
 「Ⅰ-2-(3)DVとは、どのような暴力をいうのか」の「②性暴力」において、『「~に応じないと、~するぞ!(~することになるぞ。それでもいいのか!)」という脅しのことばを伴い(ことばを伴わなくとも、そうした雰囲気をかもしだしているを含む)セックスを強いるのは、夫婦間であってもレイプ(強姦)、性暴力にあたる』と記していますが、ここで、夫婦間強姦(レイプ)について少し考えてみたいと思います。
 夫婦間強姦(レイプ)とは、夫からの深刻な身体的な暴行後におこなわれることの多い苛酷な暴力です。婚姻間のデートDVでは、セックスを強いられ(強姦され)、望まない妊娠が複数回になることも少なくありません。被害女性は、その都度、人工妊娠中絶をすることになることから、身体にかかる負担は大きくなります。婚姻後(強姦後の妊娠で婚姻に至るケースを含む)のDV環境下では、夫に人工妊娠中絶を同意してもらうことができず、中絶の機会を失ったままに望まない出産に至ることも少なくありません。妊娠している被害女性が、DV加害者である夫から避難しているときには、夫の同意書が得られず医療機関に受け入れてもらえないこともあり、状況はさらに困難となります。また、身体の統合性を繰り返し侵害されることにより、身体へのコントロール感覚を失うことがありますし、被害者であるにもかかわらず、罪悪感を抱えこまされ、長く心に傷を受けることになります。
 加えて、妻が望まない肛門への性器挿入、口腔への性器や性具等の挿入等の行為は、被害女性にとっては暴力であり、加害者がいうところの単なる性癖ではありません。顔や口腔に射精された被害女性が、食事や水分が摂取できなくなったり、自分の顔やからだへの幻臭に苦しんだりすることがあります。
 つまり、被害女性にとって、性交類似行為は深刻なトラウマになりうるのです。
 夫婦間における強姦(セックスを強いる行為)や望まない性交類似行為*は、被害者の心身に与えるダメージは深く、長く苦しむことになるにもかかわらず、警察に「夫からの強姦被害」を訴え、仮に、夫が逮捕されたとしても、「暴行罪」で起訴されるに留まったりします。配偶者からの暴力事案の検挙状況(平成25年度)のうち、強姦による検挙はわずか2件に過ぎず、強姦への警察対応はできていないのが現状です。しかし、現在の警察の対応は、「望まない性行為を強いる」ことが、「配偶者暴力防止法」の定める「性暴力」にあたると啓蒙していることに反しています。そういった意味でも、性暴力被害に関して支援するための訓練を積んだ医療者、警察、検察、相談員、支援者などの多職種の専門家による連携体制(SART、日本では「ワンストップ支援センター」)が普及することによって、夫婦間における強姦事件も正当に扱われるようになることを期待できるのです。
 被害直後から相当程度の時間が経過したあとの性暴力被害者は、「不意打ちにあった感じでした。」、「頭が真っ白になり、一瞬なにが起きたのかわかりませんでした。声をだそうにも声がでません。からだが固まって動きません。」、「殺されるのではないかという恐怖でいっぱいになりました。」、「もしこれ以上抵抗したら、もっとひどい暴力や力を押しつけられるのではないかと思い、抵抗をあきらめました。」などと語ります。そして、こう語る(ことばにする)被害女性は、生き延びるために加害者に従う選択をしたことで、自分を守ることができたことを理解してくれることを願っています。こうした被害者の実体験に謙虚に耳を傾け、その体験を生かすためにも、「~に応じないと、~するぞ!(~することになるぞ。それでもいいのか!)」という脅しのことばを伴っていることといった強姦罪等における“暴行・脅迫要件”は緩和ないし削除されてもいいと思います。
*「強姦罪は、殺人の次に置く必要のある犯罪であり、性犯罪の法定刑を強盗罪と同等もしくはそれ以上にひきあげる必要があり、強姦強盗罪についても、強盗強姦罪と同様に重く処罰することの規定を設ける必要があり、配偶者間においても強姦が成立することを明記するべきである」との提言もされています。そして、強姦罪で処罰される男性器の女性器への挿入以外の性的行為(性交類似行為)は、「強制わいせつ罪」で処罰されることになりますが、強姦罪と同様に、深刻なトラウマを抱えることになるにもかかわらず、量刑にはそうした点は踏まえられてはいません。


(4) SART(性暴力被害者対応チーム)
 30年前のアメリカの救急医療の現場では、性暴力にあった人の対応がわからず後回しに敬遠され、プライバシーが配慮されず、メンタル面でのサポートがなく、しかも、多くの性暴力被害者が、警察官からの事情聴取や裁判で話すことを怖れ、通報することができない状況でした。そして、1977年、アメリカ合衆国ミネアポリスで、ひとりの看護師リンダ・リドレイが地域のそれぞれの専門家に呼びかけて誕生したのが「SART(Sexual Assault Response/Resource Team;性暴力被害者対応チーム)」で、性暴力被害に関して支援するための訓練を積んだ医療者、警察、検察、相談員、支援者などの多職種の専門家による連携体制のことです。
 SARTは、お互いの顔を知り、お互いの仕事を理解し、信頼関係が築かれていることが重要です。そして、a)地域の専門家たちが、定期的なミーティングを持ち、b)その同じメンバーで、性暴力に関する研修を受け、c)緊急時に、連絡をとり合うことが条件となっています。リンダ・リドレイは、20年後の1997年、国際法看護協会を設立し、2000年から全米SART大会を開催し、2002年、看護師の認定資格「SANE」、2007年、認定資格「子ども対象のSANE」をつくりました。
 SARTの流れは、a)レイプ被害者が911に通報する、b)警察官が、通報のあった現場に向かい、被害者を保護し、SART対応の病院に移動する、c)SART対応病院がソーシャル・ワーカーに連絡する、d)連絡を受けたソーシャル・ワーカーがレイプクライシスセンターに連絡し、センターのスタッフが病院に駆けつけます。e)SART対応の病院で、警察のとり調べと専門の看護師SANEによるレイプ検査がおこなわれるというものです。
 トレーニングされた警察官による取り調べとレイプ検査が1ヶ所でおこなわれることから、被害者は、必要なプロセスを短時間ですませることができるなど精神的負担が軽減されます。とはいっても、平均3時間、長いときには8間以上に及びます。その間、レイプクライシス・センターのスタッフは被害者につき添い、レイプ検査の内容を説明します。検査の間も、被害者のつき添い支えます。つき添いの友人や恋人、家族などのサポートが必要なときにはおこないます。そして、被害者に、今後のフォローケアについて説明します。
 「SART」が整備されると、適切な支援とケアを受けて、通報する人が3倍になるなど、さまざまな問題が好転することになります。ミネアポリスの警察では、1981年、性犯罪者の登録がはじまり、1989年には、DNAデータ収集がおこなわれることになります。ミネアポリスの登録データ数は2,000人、ミネソタ州での登録データは16,000人で、時効がないことから、何年経っていても登録データと照合してDNAが合致すれば、加害者を逮捕することができる体制を整えています。
 ミネアポリス市警察では、Sex Unitと呼ばれる専門部署があり、訓練されたベテランの担当者が対応します。性暴力被害を受けた人のうち、3人に2人は警察官と一緒に、3人に1人は自分で病院を訪れています。病院ではプライバシーに配慮され、専用の小さな部屋に案内され、「オンコール」システムで、専門の看護師SANEと支援団体のアドボケイト*が呼びだされ、両者が検査に立ち合います。部屋の奥にシャワールームがあり、タオルや下着、スウェットスーツ、くし、歯ブラシ等のセットの用意があります。衣類は証拠として提出するため、ここで着替えます。「レイプキット」と呼ばれる箱に、証拠採取の道具一式が入っています。採取した証拠や証拠となる衣類は、鍵つきの冷蔵庫や棚に保管され、警察官が受けとりにくるまで厳重に管理されます。また、専用の問診表(Sexual Assault Exam Report)に沿って、検査、インタビュー、性病予防、妊娠の確認、避妊の知識、外傷その他の治療と診断、心理的トラウマ等を記入していきます。
 以上の手順が終われば、看護師SANEは、担当ドクターに報告し、処方する薬(被害後72時間以内に服用する緊急避妊薬等)のサインをもらい、外傷があれば治療を依頼します。次に、支援団体の情報提供がなされます。今後の受診時期、カウンセリング等について話し合います。
* 権利表明が困難な子ども、寝たきりの高齢者、障害者など、本来個々人がもつ権利をさまざまな理由で行使できない状況にある人に代わり、その権利を代弁したり、擁護したりすることによって、権利実現を支援する機能をアドボカシー(advocacy)、代弁・擁護者をアドボケイト(advocate)といいます。「Ⅴ-24-(3)母親と子どもへの支援」の「④アドボケイトの必要性」で、アドボケイトの役割などを説明しています。


(5) ワンストップ支援センターでおこなわれる支援
 先のとおり、大藪氏が活動を通して、「一刻も早く、SARTやSANEのような仕組みが日本で機能するようになってほしい」と訴えてきた「SART(性暴力被害者対応チーム)」や「SANE(Sexual Assault Nurse Examiner:性暴力被害者支援看護職)」は、日本においても徐々にとり組みがはじまっています。
 平成22年4月、SACHICO(サチコ)(性暴力救援センター・大阪)、平成24年6月、SARC(サーク)とうきょう(性暴力救援センター・東京)が設立され、24時間365日対応しています。同年5月、内閣府は「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター設立の手引」を作成しました。SACHICOの相談件数と被害の深刻さ、早期支援の重要性が公表し、全国にワンストップ支援センターの設置を促進することになりました。そして、レイプクライシスセンターTSUBOMI(ツボミ・東京)、サチッコ(大阪)、性暴力被害者支援センター北海道SACRACH(さくらこ)、SACRAふくしま、ハートフルステーション・あいち、性暴力救済センター・ふくい(ひなぎく)、性暴力被害者総合ケア ワンストップびわ湖(SATOCO)(滋賀)、性暴力救援センター和歌山わかやまmine、性暴力被害者支援センター・ひょうご、しまね性暴力被害者支援センター(さひめ)、性暴力被害者支援センター・ふくおか、性暴力救援センター・さが さがmirai、強姦救援センター沖縄(REIKO)、社団法人被害者サポートセンターおかやま(VSCO)が活動をはじめ、平成26年12月現在、ワンストップ支援センターは全国で16ヶ所になっています。
 性暴力救援センター・東京(以下、SARC東京)は、平成24年6月、病院内に相談センターを置く病院拠点型の性暴力被害者支援をおこなう民間団体です。病院拠点型とは、同年5月に内閣府が公表した「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター開設・運営の手引き~地域における性犯罪・性暴力被害者支援の一層の充実のために~」に明記されたワンストップ支援センターの3つの形態のうちの「タイプ1」にあたるものです。
 活動の特徴は、24時間対応のホットラインを窓口にして、被害直後から中長期にわたる総合的支援にあたることです。拠点病院としてのまつしま病院では、「子宮と地球にやさしい医療」を理念として掲げ、当時院長だった佐々木靜子医師と小竹久美子師長が、平成10年以降、性暴力被害者への急性期医療対応をおこなっていたものを、SARC東京へと継続し、発展させてきました。
SARC東京では、性犯罪や性暴力は「身体の統合性と性的自己決定を侵害するもの」と規定する国連社会経済局女性の地位向上部「女性に対する暴力に関する立法ハンドブック」の定義を採用し、活動をおこなっています。重要なのは、この規定が「身体の統合性」と「性的自己決定権」を保護法益としていることです。なぜなら、相談者の実体験に合致するからです。
 つまり、性暴力は、身体への攻撃と侵害により生命の危険を伴う被害であり、それゆえに心身の健康状態と人生に深刻で長期にわたる影響を及ぼす被害だとしていることです。
 2012年(平成24年)、WHO(世界保健機関)が分類した性暴力が健康に及ぼす影響は、「生死にかかわる転帰(fatal outcomes)」、「リプロダクティブ・ヘルス(Reproductive health;性と生殖に関する健康)」、「行動上の影響(Behavioral)」、「精神に関する健康(Mental health)」の4つです。
 重要なことは、性暴力が、強姦による殺害、強姦により生まれた子どもの殺害、自殺など、死に至る犯罪であると認識していることです。つまり、性暴力は、望まない妊娠、危険な妊娠中絶、エイズを含む性感染症、性機能障害など、女性と少女の身体と健康に大きなリスクを及ぼし、また、複数パートナーとの性行為、若年期の性的関係、アルコールや物質の乱用などリスクの高い行動上の影響をひきおこし、うつ病、PTSD、睡眠障害などの発症に至らせるものです。
 開設後2年間のホットラインには、7,073件の電話が寄せられ、名前を名乗っての相談実人数は567人であり、そのうちの117人(20.6%)が来所しています。来所件数そのものは316件です。相談者のほとんどは、「IT検索」でホットラインにつながる人たちです。ホットラインには、支援者(SANE;性暴力被害者支援看護師を含む)が常駐し、相談電話が入ると、相談内容を適切に聴きとり、被害の日時や場所などを整理します。危機対応を必要とするときには、来所相談を実施し、産婦人科医療をはじめとして精神科や協力弁護士など専門機関に橋渡しをおこないながら総合相談を開始します。被害者が希望すれば警察通報をおこない、被害届をだすときは同行支援等をおこないます。必要であれば、警察への被害届や告訴状提出のときに同行し、加害者が起訴されたときには、協力弁護士に伴い、検察庁や裁判所にも出向くことになります。
 開設後2年間の活動の中で、急性期対応をおこなった実人数のおよそ半数が未成年者であり、しかも、加害者の7割が面識のある人たちであることから、警察への被害届や告訴状の受理をめぐるハードルが高くなっていること、警察官からのことばによる二次被害が多く、一方で、捜査や公判段階での加害者への追及が甘く、被害者は「罪体」の扱いを受け、被害者支援の視点が薄いことことが明らかになりました。そして、被害後に緊急避妊ピル(72時間ピル)を処方されたももの、感染症検査やその後のサポートが必要であることをいいだすことができず、SARC東京につながる相談者も増加しています。したがって、被害女性たちが必要としているのは、中長期を含めた急性期からの総合的支援であることが明確になっています。


(6) SARC東京が対応した性暴力の臨床的課題
① 薬物を混入されたアルコールを飲酒した被害
 平成24年度にSARC東京に来所した61例のうち、10例がアルコールを大量に飲まされての性暴力被害です。その10例中4例がアルコールに薬物を混入されての被害でした。
 薬物とはロヒプノールその他で、保険で処方されるごく一般的なものですが、相談現場ではその詳細を確かめることは困難です。ロヒプノールなどの薬物については、1990年代後半に米国で調査がはじまり、若者が集まるパーティ会場で多く使われていたことから「パーティ薬物」といわれています。アメリカでは、啓発のために「化粧室にいくときには、飲み残しの飲み物はテーブルに置かないように」と書かれたカードがパーティや居酒屋に置かれることもあります。しかし、日本ではこの薬に関与した被害実態が社会的に認知されていないことから、警察に通報しても事件性なしとされることが多く、尿検査もおこなわれていません。なぜなら、薬物を混入されたアルコールを飲酒している被害者が、被害の状況を思いだすことができないからです。この被害者たちの特徴は、飲んだ直後に急速に泥酔状態になり、ホテルや加害者の自宅などの被害場所で目覚めるものの、そのときの記憶がなく、翌日のひどい二日酔いを訴えることです。そのため、被害女性に対する事情聴取は困難を伴うのです。一方で、被害女性は、産婦人科医や支援員には、自分が被害にあったかもしれないことを覚えてさえいないことに対する強い不安感、恐怖、そして、自責感を訴えます。

② 顔見知りの人からの被害
 開設後2年間の相談567人のうち、その7割が顔見知りの人からの被害を訴えるものでした。加害者は、医師、議員、自衛隊員などの公務員、大学教員、塾やスポーツの指導者、福祉施設(養護・介護等)職員、宗教家、芸能関係者、飲食業店長や客、風俗営業上の上司等からの被害です。こうした顔見知りの人からの性暴力被害は、事件化が困難です。なかでもより困難なのは、特別な地位、特別な関係性のある人との間に利益供与がある場合の被害です。
 例えば、罹患した難病の治療中の性的行為(医療関係者から性的行為)が治療行為だと主張される被害です。治療中の被害者は、パワーハラスメントやセクシャルハラスメント被害と同様に、暗黙裡に上下関係がつくられ、拒われない状況に置かれることになるため、加害者は力による強要を必要することなく性的行為に至ることができます。また、風俗営業上の上司から被害を受け警察に通報したケースでは、刑事から「そういうことは覚悟のうえで働いているんでしょ」といわれた被害女性もいます。

③ 性的同意年齢の壁
 残りの3割の見知らぬ人からの被害は、14歳-18歳の少女が最も多くなっています。しかし、現行法では、「暴行や脅迫がなくても強姦罪等が成立する範囲は、被害者が13歳未満(中学校1-2年生)の場合とされている」ことから、14歳-18歳の未成年者はこの範囲から除外されてしまうことになります。
 しかし、「児童福祉法」には、「18歳未満の児童に対する“淫行”が処罰の対象になることの規定がある」ことから、性交同意年齢は16歳-18歳が適当であって、14歳-15歳(中学校2年生-3年生)に暴行や脅迫がなければ強姦罪が問えないことには疑問を感じます。加えて、「性交同意年齢」という記述は、「性交」を「同意」することができる年齢であるかのような印象を与える表現であることから、変更する必要があると考えます。

④ 親告罪の壁
-事例173(性暴力)-
 10代少女が警察に伴われて病院(SARC東京)に来所し、その後に警察に戻って事情聴取を受けました。被害少女は、たったひとりで受けた事情聴取に耐えきれず、被害届をだすことをあきらめ、その後の産婦人科の再診の日にも現れることがありませんでした。この被害少女は、体調不良で入院していた病院を退院したあと、再びSARC東京を訪れることになりましたが、少女だけでなく少女の家族共々疲労困憊状態になっていたといいます。

-事例174(性暴力)-
 数人が集まる加害者の自宅で度数の高いアルコールを大量に飲まされて性暴力被害にあった女性は、SARC東京のホットラインにつながり、警察には同行支援をおこないました。ところが、警察に通報して告訴状の受理まで2ヶ月を要し、その間、不眠症状がでて極度の体調不良となりました。しかも、この間に加害者側の弁護士から示談交渉を頻回に受けることになり、さらなる苦しい思いをさせられることになりました。

 どちらの被害女性にとっても、親告罪の規定は大きな負担となったわけですが、通報した警察で、「まずは落ち度の話を聞きましょう」といわれ、理不尽な思いをさせられたり、「相手から名誉棄損を訴えられるよ」、「止めたほうがいい、大変な思いをするから」と、まるで脅すように被害届や告訴状の提出を拒もうされたりすることもあります。被害女性の意思は、事情聴取の段階や示談交渉、あるいは家族からの圧力により挫かれてしまうのが現実です。
 しかし、被害者保護のためという名のある種のパターナリズムが、被害者の法的回復のための権利を奪いとることになってはならないのです。警察は、被害女性が警察に届けた段階での意思を尊重し、捜査を開始する必要があります。したがって、性犯罪は非親告罪とすることが必要です*。とはいっても、非親告罪化は被害者の安全とプライバシー保護を軽視するものであってはなりません。捜査の開始を望まないときには、捜査の開始を止めさせる機会を設ける必要があります。
* 平成27年10月9日、岩城光英法務大臣が、性犯罪の厳罰化のため、強姦罪の法定刑をひきあげ、被害者の告訴がなくても罪に問えるようにすることを柱とした刑法の改正案を法制審議会に諮問しました。親などによる性暴力を罰する規定も新設し、強姦罪は被害者を女性だけとしていますが、新たに男性も被害者と扱う案も盛り込んでいます。法制審の部会で議論し、来年以降に結論がだされることになります。
 性犯罪の罰則について検討されるテーマは以下のとおりです。
・被害者による告訴の必要性(現状「必要」→諮問の内容「不用」)
・強姦罪の法定刑(現状「懲役3年以上」→諮問の内容「懲役5年以上」)
・強姦致死罪の法定刑(現状「無期または懲役5年以上」→諮問の内容「無期または懲役6年以上」)
・地位を利用した性暴力(現状「規定なし」→諮問の内容「親などが影響力を利用士、18歳未満に行う場合に罰則あり」)
・強姦の加害者・被害者の性別(現状「加害者は男性、被害者は女性」→諮問の内容「加害者・被害者の性別を問わない」)
・強姦の対象行為(現状「性交のみ」→諮問の内容「性交に類似する行為も加える」)


⑤ 公訴時効の起算日の壁
 近親姦、親族による性的暴行に関する相談例は多く、「過去の被害を忘れられない」と被害女性は訴えます。加害者は実父や継父で、次に多いのはきょうだい、祖父、叔父と続きます。被害女性の多くは、「Ⅲ-15-(5)性暴力被害と解離性障害」に記しているような後遺症のため心身の健康に大きなダメージを受けています。子どものころの性的被害の影響は、それ自体が深刻な犯罪です。なぜなら、本来安全であるべき家庭や親からの性的攻撃に曝されるため、子どもの安全感や居場所は粉砕されるからです。
精神科や整体治療に通院している被害女性も、回復の展望が見えない焦りと絶望感に苦しんでいます。問題は、治療を受けるときに、医師に性的暴行被害にあってきたことを話すことができていないことです。子どもは自身が、法的手段をとることは極めて難しいことはいうまでもなく、子どもに変わって加害者を告訴したり、損害賠償請求をしたりできるはずの周囲の親族が、なにもせず放置し、黙殺してしまうことは少なくありません。問題は、被害の重大さだけではなく、加害者が放置されてしまうこと、被害者が成人になる間で被害を訴えられないことです*。
* 「Ⅲ-15-(5)性暴力被害と解離性障害」で、「事例26」として「3歳から8歳まで受けた性的虐待について、最後の性的虐待被害から20年以上経過してから、加害者の叔父を相手どって釧路地方裁判所に提訴した事案」をとりあげていますが、控訴審がおこなわれた札幌高等裁判所で、平成26年9月25日、被害女性の請求の大半が認められる逆転判決が下され、平成27年7月8日、最高裁判所第2小法廷は、加害者の叔父の上告を退ける決定をし、確定しました。その2日後の同月10日、被害女性は、NHKのインタビューに、以下のように応えています。
・最高裁の決定を聞いて、どのように受け止めましたか?
 やっと、自分のことを肯定してあげられると思いました。30年以上、自分が黙っていれば、なかったことにすれば親族にも迷惑をかけないですむと思ってきました。もう一人の自分がいつも斜め上にいて、もう一人の自分が辛いことを引き受けてくれて、どっちの自分が本当に生きているんだかわからないような状態で生きてきました。が、30代になって、恋愛・結婚・出産などで性に向き合わざるを得なくなり、このままでは生きていけないというところまで追いつめられました。加害者と向き合わなければ、生きていけないと思いました。加害者からは、「謝ってほしいんなら謝ってやる」とか、侮辱するような発言があり、裁判を起こしました。いまの日本の法制度の中で、私の被害はどう裁かれるのか、加害者はどう裁かれるのか、あるいは、裁かれないのか、知りたいと思って裁判を起こしました。
 釧路地裁で、除斥期間で権利は消滅したといわれましたが、札幌高裁で認められ、最高裁という日本の最高の場所で、裁判官が全員一致で認めてくれたことで、やっと、自分が悪かったんじゃない、加害者が悪いんだと認められ、自分を肯定してあげられる、と思いました。
・時効の停止などを訴えてられますが
 私の場合、被害が3歳から8歳のときで、性がなんたるか、どこを触られたら変なんだよ、ということも知らないまま、加害者は警戒心を持たせないように徐々に段階を踏んで進行しました。それが、どういう意味のある行為だったのかを知ったのは中学校の2年生ぐらいでした。性的虐待を受けている子どもが、加害者を訴えたいと思っても、未成年の間は、親が訴えてくれなければ、被害を訴えることもできません。
 その間に、加害者を守る時効が進んでいきます。せめて自分の力で訴えることができる20歳まで、本当は時効自体なくしてほしいですけど、せめて20歳まで、時効を止めてほしいと思います。
・親告罪であることについてはどうですか?
 刑事事件についても、時効を止めると同時に、非親告罪にして欲しいと思います。殺人だったら、被害親告が無くても捜査します。それと同じように、性的虐待や性犯罪を発見したら、被害者が訴えなくても、警察が調べてくれるようにしてほしいです。そうじゃなければ、加害者は何度でも繰り返します。次の被害を生みます。被害が長期間続きます。社会が、性犯罪は許さない、というメッセージをだしてほしいです。非親告罪にすることに反対する被害者がいることも知っています。でも、それは、裁判の制度や、マスコミの報道の仕方にも問題があると思います。被害者が何度も何度も話さなくてもよいように司法面接を制度化するなどの工夫をしたり、マスコミの報道で細かい年齢や地域を報道しないようにしたりする配慮するなど、被害者がプライバシーを暴かれないようにすることで、不安をとり除いていくことが大事なのだと思います。
・社会に対して望むことは?
 いまも、性的虐待の被害に苦しんでいる子たちがいます。でも、私が被害を受けていた30年前と、被害を受けている子どもを取り巻く状況は変わっていないように思えます。まだ、このまま被害を受けている人を、ほおっておくのですか?と、政治家の方々や、社会を作っている人たち皆さんに問いたいです。このまま30年後、私が70歳代のおばあちゃんになったときにも、なにも変わっていないとならないように、いま、被害を受けている人が救われる法制度に抜本的に変えてほしいです。性的虐待は、殺人よりも重いと思っています。『なぜ、殺してくれなかったんだろう、殺されていれば加害者は捕まるのに、私は人間性や心を殺されたのに、どうして加害者は捕まらないんだろう』と思いながら生きてきました。性的虐待や性犯罪が、どれだけの人の精神をを殺しているのか、刑法・民法含めて、見直していただきたいです。


⑥ 被害女性に襲いかかる刑の低さ
 近親姦を独立の類型として重く処罰するべきであると求める動きもある一方で、処罰を重くするだけで、被害女性の安全と安心感が戻ってくるわけではないことも事実です。加害者の更生、再犯防止についての検討、子どものための回復支援センターの設置の検討など課題が多いのが現状です。

-事例175(性暴力)-
 実父から性的暴行を受けた10代の少女の妊娠が発覚した直後に、少女と夫からDV被害を受けていた少女の母親は、いっしょに家を離れました。しかし、既に中絶のできる時期は過ぎていたため出産することになりました。家をでて、ようやくに安全と安心感を保障された母親は夫を刑事告訴しました。証拠として提出した生まれた子どものDNA鑑定の結果が認められ、夫には4年の実刑が下されました。実父が収監されるとともに、少女は、自傷行為や車の前に突然に飛びだすなどの自殺企図が頻発するようになり、精神科病院の入退院を繰り返すようになります。性的暴行により不登校になり、妊娠出産によって高校を中途退学することになる中で、被害少女は、将来への希望の喪失を訴えるようになります。被害少女は、実父が収監されると同時にある種の安心感を得て、緊迫した状況から解放されることになったのです。しかし、やがてその安心感は、実父が刑務所を出所する日への恐怖に変わっていきました。


(7)「しまね性暴力被害者支援センターさひめ
 以下、レポート「しまね性暴力被害者支援センターさひめ設立の経緯と現状(河野美江、産婦人科医師・臨床心理士)」を紹介し、日本におけるSART(性暴力被害者対応チーム)の活動をみていきたいと思います。
 「しまね性暴力被害者支援センターさひめ(平成26年1月設立)」の設立目的は「性暴力被害者が安心して相談でき、必要に応じて速やかに病院での治療を受けるとともに、カウンセラー、弁護士等の支援を受けることのできるシステムを構築し、性暴力被害の救済と未然防止をはかる」ことで、事業は、暴力被害に関する電話相談、暴力被害に対する医学的・心理的治療、暴力被害に対する弁護士相談・紹介等の法的支援、暴力のない社会を実現するための教育・啓発、支援者の養成及び研修、その他となっています。ワンストップ支援センターとして担う性暴力被害支援では、緊急避妊ピルの処方など救急処置が必要であることから24時間体制が望ましいことになります。しかし、「しまね性暴力被害者支援センターさひめ」の運営は民間であり、支援員の多くは本業を持っているため、24時間体制を確立することが困難な状況です。

① 産婦人科医療
 性暴力被害者支援で核になるのは、産婦人科医療です。そこでは望まない妊娠を防ぐために緊急避妊ピルの投与と、性感染症の予防ができます。本来対等であるパートナーと同意しておこなう性交が、同意なく暴力的におこなわれたことで、被害者は「自分は汚れてしまった」、「自分は価値がない」と無力感を抱きやすくなります。このようなときに、ていねいに説明を受け、自分で納得して妊娠や性感染症を防ぐ手だてがとれることは、性暴力被害からの回復につながります。
 性暴力被害があってから産婦人科診察までは、なるべく早い方がよく、時間経過を考慮しながら、以下のように診察がおこなわれます。
ア) 妊娠:
 性交後72時間以内であれば、緊急避妊ピル(ECP)として黄体ホルモン(レボノルゲストレル)を内服することで約80%避妊することができます。ただし、内服してもまれに妊娠することがあることから、次回月経の状況を確認する必要があります。最終月経から4週間以上月経が遅れ妊娠の可能性があるときには、妊娠検査薬により妊娠の有無を調べます。
 被害者の中には、「妊娠さえしなければ被害はなかったことにしよう」と誰にも話さず、妊娠して初めて初診することがあります。妊娠が判明したときには、本人や家族と相談し、ⅰ)妊娠を継続する、ⅱ)人工妊娠中絶をおこなう、のどちらかを選択してもらうことになります。人工妊娠中絶をおこなうときは、母体の安全を考えると10週位までが望ましいことになります。妊娠12週を超えると中期中絶となり、陣痛をおこす薬(プレグランディン腟錠)を腟内に入れ人工的に陣痛をおこし、胎児を経腟的に娩出します。中期中絶になると入院日数は長くなり、経済的・精神的な負担が大きくなります。妊娠22週を超えると法的に人工妊娠中絶は不可能になります。性暴力被害による妊娠の場合は、「母体保護法」にもとづき中絶手術を受けることができます。
イ) 性感染症:
 初診時にクラミジア、淋病、梅毒、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の検査をおこない、クラミジア、淋病に対する予防投薬をおこないます。外傷があるときには、抗生物質を処方します。クラミジア感染症の潜伏期間は約2週間、HIV感染の潜伏期間は約8週間であり、日を置いて再検査をおこないます。これらの性感染症は、本人のみならず、性交によりパートナーにも感染させるため、できるだけ早期の診察・治療が必要です。
ウ) 証拠採取:
 被害者の身体に残された精液や唾液等は、性犯罪捜査に有用な証拠となるので、本人の同意を得て証拠採取をおこないます。事前に警察と十分な協議をして採取するのが原則ですが、被害直後には警察への届け出を躊躇する被害者が多いのも現実です。ワンストップセンターにおいて採取した証拠物の保存を考慮する必要があります。
 被害者が希望する場合、診断書を発行します。警察に通報した場合、初診時の費用や性感染症検査の費用、妊娠したときの人工妊娠中絶費用については、警察の公費負担制度を利用できます。
 産婦人科診察と同時に、心理的支援や精神反応への対応が必要です。本人に産婦人科診察の状態と同時に「あなたが悪いのではない」と伝え、心身の回復を促します。被害者の状態によっては、精神科医・臨床心理士・カウンセラー・弁護士を紹介し、女性相談センターや児童相談所につなぐなど、適切な治療、支援等に結びつけることが必要です。このような役割は、産婦人科医師や看護師だけでは不可能であり、すべてを統括するコーディネーターが必要です。

② 心理的支援、精神科医療
 性暴力被害者の受ける精神的衝撃は大きく、被害直後にはフラッシュバックや解離症状がおきたり、神経が過敏になり睡眠がとれなくなったりするなどの症状がみられることが少なくありません。被害直後は「薬に頼りたくない」、「薬を飲むのが怖い」という被害者も少なくないため、被害者の症状や精神科受診に対する気持ちを訊き、受診するかどうかは本人の意思を尊重します*。
* 解離やフラッシュバックなどの症状があるケース、嫌な記憶を思いだし泣き続けているケースでは、外来がストップすることもあり、通常の産婦人科の現場で、このような時間をとることが難しいことが課題となっています。
ア) 安全な環境の確保:
 性暴力被害、特に、性虐待では再被害の危険にさらされていることがしばしばあります。被害者がこれ以上被害を受けることがないかどうかを確認し、再被害の危険があれば、警察や専門機関に相談するように勧めます。また、睡眠や食事がとれているのか、身近に支えてくれる人がいるのかを確認します。支えてくれる人たちに、被害者の状態や接し方についての心理教育をおこなっていくことは有効です。
イ) 被害者への心理教育:
 被害者は、自分の症状に対処できずに困惑していることが多いことから、初期の心理教育は有効です。心理教育では、性暴力被害後に生じることの多い心理的な反応について伝え、被害者自身にも症状を話してもらうようにします。また、困っていることだけでなく、気晴らしの方法や自分で工夫している対処法などについて訊き、有効な対処法は尊重し、改善する必要があれば新たな対処法を一緒に考えるようにします。日常生活と被害者の精神症状を具体的に把握し、アセスメントした結果を伝えます。
ウ) 精神症状の把握:
 性暴力被害の後、不眠や不安が続いているときには、睡眠導入剤や抗不安薬を短期間処方し、ゆっくり休んでもらいます。急性期には、感情が麻痺したり、体験を思いだせるものから回避したりするASD(急性ストレス障害)をおこしやすいが、適切に対処することにより、こうした症状の多くは4週間以内には消失します。被害からしばらくたっている場合、PTSD(心的外傷後ストレス障害)をおこしている被害者も少なくありませんが、解離症状を伴っていると外見では具合が悪く見えないことがあります。被害者の状態を観察し、意識状態を確認して、解離がある場合は現実にひき戻しながら話を聴きます。
 また、抑うつ症状や自殺念慮、症状の身体化、アルコールや薬物依存、自責感、恥辱感、怒りなどの症状がよく表れます。被害者は、信頼と安全を損なわれた体験で傷ついているので、治療者に対してすぐには信頼関係が成立しないことも少なくありません。重要なことは、治療者は、性暴力被害者支援に必要な正しい知識を身につけ、二次被害を与えないように配慮することです。
エ) PTSD治療:
 治療の第一選択として、トラウマに焦点を合わせた認知行動療法(特に暴露療法)、SSRI薬物療法とEMDRなどがあげられますが、習得に時間がかかり、技術レベルが保たれる保障が必要となります。
 そこで、少しでも二次被害を減らし、対応を改善するためのPTSD治療パッケージとして、心理教育、呼吸法を含むリラクセーション、コントロールされた外傷記憶へのアクセス、トラウマ体験についてのセラピウトとの話し合い、恐怖による回避行動の軽減、認知の修正などが考えられます。

③ 法的な支援
 被害者が被害直後に必要な法的支援は、ⅰ)刑事手続等に関する援助として、弁護士による刑事・行政手続に関する援助(被害届提出、犯罪被害者等給付金申請等及びこれらに関する法律相談)、ⅱ)民事裁判等手続に関する援助として、被害に対する損害賠償請求訴訟を起こす場合の交渉などがあります。また、被害者や被害者の家族が直接加害者に損害賠償や謝罪を求めると、再度被害を受けたり、逆に、加害者を脅迫している等といいがかりをつけられたりする危険もありますが、弁護士に依頼することによって、安全に交渉を進めることが可能になります。
 しかし、裁判になったとき、PTSDの診断にPTSD臨床面接診断尺度(CAPS)が求められることが増えていますが、検査には時間がかかるうえにCAPSに習熟した精神科医師や臨床心理士は少ないのが現状で、対応することができないのが課題になっています。



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-9]Ⅴ.DVのある家庭環境で育った子どもと母親のケア
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