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[Ⅶ-12]<いじめ・差別・貧困>新聞事件簿。傷ついた子どもの悲鳴

<中日新聞>【いじめと生きる】第5部・「加害者」たちの歳月 (3)涙・・41年前

 
 <中日新聞>【いじめと生きる】第5部・「加害者」たちの歳月 (4)ただ一度・・38年前 <中日新聞>【いじめと生きる】第5部「加害者」たちの歳月 (2)続・後悔・・22年前
2007年4月30日

あのホームでトオルくんは「ありがとう」と言った(写真はイメージ)


優しさに負けた 「一番」の優等生
 岐阜県内でブティックを経営する女性(55)には、一つの忘れられない「さよなら」がある。

 四十一年前のあの日。

 中学二年の夏だった。転校していく級友を見送るため、鉄道駅のホームにいた。彼女のほかにも先生とクラスメートが十人ほど。

 そろそろ列車が来ようかというころ。その級友、トオルくんが笑って言った。

 「ありがとう。楽しかったです」。何ていうことない別れのあいさつ。

 驚いたのは周りだったろう。学級委員で成績優秀、スポーツもできる。絵に描いたような優等生の彼女が嗚咽(おえつ)を漏らしながら、ぼろぼろと涙をこぼし始めたのだから。

 トオルくんを乗せた列車が見えなくなっても、先生になだめられても涙はとめどない。十分か、ひょっとして二十分ぐらい。その後も「ほとんど泣いたことなんてない」という彼女にとって、涙の量では人生断トツの記録だ。

 淡い初恋、では、まったくない。彼女はトオルくんを、いじめていた。

 トオルくんは同じ年の春、やっぱり転校で、彼女たちの前に現れた。「よろしぐ」。東北なまり丸出しのあいさつにクラス中が大笑いした。

 「こっちごそ、よろしぐ」。なまりをまねて、からかっても黙りこくるだけ。「この子だったら…」と思ったそうだ。何をしても「先生や親に言いつけたりしない」。

 女性はいじめでも“優等生”だった。先生がいるところではしない。放課後は学級委員として命じた。「掃除当番はトオルくんが一人でやること」。しかも、ささいなことで難癖をつけ、何度もやり直させた。たまらず泣き出すと「泣き虫」とあざけった。

 ずっといじめっ子だったわけではない。ただ「一番がえらい」と信じる子どもだった。小学校四年生のとき、悪口を言って友だちを泣かせたことがあるが、それも、その子が自分と同じぐらい足が速いのが許せなかったから。それがばれて、母親にしかられた。「駆けっこや成績が一番よりも、優しい人間の方がえらいんだよ」。うなだれてはみせたが「一番の何が悪いの」と不思議だった。

 あの日、ホームでなぜあんなに泣いたのか。トオルくんとは半年足らずの付き合い。名字さえもう覚えていない。

 やはり、あの「ありがとう」だろうか。実際はどうか分からないが、女性には「私に言ってくれた」と思えるのだ。自分がしたことを「許してくれたんだ」と。

 「一番がえらい」と信じていた優等生にとってその優しさは、うれしくて、そしてつらかった。「恨みごとのひとつも言ってほしかった」。でも、あの時やっと、母親が言ったことを理解できた気がするのだ。一番より優しい方が、私より彼の方がえらい-。

 十年ほど前、中学生の息子や夫に自身の「いじめ加害」を打ち明けた。店の客にも話す。ばかなことをした、と悔いを口にすると、ほとんどの人は「気にするほどのことじゃない」と言う。

 だが、いじめていた自分を、どこかに都合よくしまい込んでおくことは、できないのだ。トオルくんの「ありがとう」のおかげだと思う。

 【優等生のいじめ】いじめ加害者のカウンセリング経験が多い奈良県大和高田市教委の安川禎亮指導主事(47)=臨床心理士=は「優等生型はケアが難しい」と訴える。「良い子」という周囲の信頼を自覚し「本当の自分を出せない」。自尊感情も高く、罪悪感を感じてもそれを認められず、素直に反省できないケースが多い。加害を叱責(しっせき)する際「全人格を否定するのは厳禁」といい、人格を認めながら、過ちに気づかせる手法が求められる。




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