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[Ⅶ-12]<いじめ・差別・貧困>新聞事件簿。傷ついた子どもの悲鳴

<中日新聞>【いじめと生きる】第4部・「科学的」に考える (2)PTSD 長く深い苦しみ 人生まで変える

 
 <中日新聞>【いじめと生きる】第4部・「科学的」に考える (3)脳の中 ”古い層”の暴走か 快感が「繰り返す」? <中日新聞>【いじめに生きる】第4部・「科学的」の考える (1)画像 心が傷つけば脳にも傷がつく
2007年3月17日

いじめによる集団暴行でPTSDになった服部太郎さん=静岡県浜松市内で


 車のロードサービスを営む両親の会社と自宅の間の100メートル。このわずかな「外の世界」を歩くのに体がこわばる。「ナイフで襲われるかも。車にひかれるんじゃないか…」。曲がり角から人が出てくる。後ろで物音がする。と、反射的に身構えてしまう。

 これが、静岡県浜松市で家業を手伝う服部太郎(22)の現在の毎日だ。いじめに遭ったのは中学時代。3年だった2000年1月には、下校途中に集団暴行を受けた。

 殴られ、蹴(け)られ、橋の欄干に「落としてやる」と押しつけられた。

 当時、国立病院機構天竜病院(浜松市)の精神科医長だった白川美也子(42)は、服部を、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断した。

 危うく死ぬような出来事の体験に加え、そのときの場面がいきなり頭に浮かんでくるなどの「再体験」、思い出させるものには近寄らないなどの「回避」、ちょっとしたことでドキッとするなどの「過覚醒(かくせい)」-そうした症状が診断基準を満たしたからだ。

 戦争や災害での恐怖の体験、性犯罪、事故の被害などから起きることで知られるPTSD。苛烈(かれつ)ないじめの被害者にも、同じ症状は起きるのである。

 白川は「PTSDの半数が慢性化するとの知見もある。何年にもわたって症状を抱えてしまう場合も決して少なくない」と指摘する。7年たつ服部も、そうしたケースである。

 「いじめが人格を変えてしまうこともある」というのは、国立病院機構榊原病院(津市)の院長で精神科医の長尾圭造(62)だ。

 長尾によれば、いじめられた子どもの反応として長引く傾向があるのは、「回避」や、気分が沈む「うつ症状」、自分が悪いと思う「自責感の出現」。「いじめが積み重なると、トラウマ(心的外傷)が治らない間にジャブを浴びたようになって、そうした反応や行動が次第に強化され、それが人格になってしまう」

 しかも、「子どもはいじめの影響に無防備」と、長尾はいう。「大人は、自分は悪くないのに、八つ当たりされただけだ、などと自分に起きた出来事の意味を合理化できる。一方、子どもは、出来事のショックをそのまま受けてしまう」

 「今でもあいつを殺してやりたい」。自分をいじめた相手に対する、30年たっても消えない憎悪を、本紙への手紙で吐露したのは、40代の男性だ。「下校途中、ミカン畑の所で数人の男の子に待ち構えられ、よくいじめられた」と、実に50年前、小学5、6年生の時のつらい記憶を克明につづって、寄せたのは60代の女性…。

 何十年もの間、怒りや悔しさを抱え込んだまま歩き続けなければならなかった人生。取材班に届くたくさんの手紙やメールが、語っていることの一つは、こうだ。

 いじめは、いじめられた人の人生を変えてしまう-。

 いじめられた事実を、自らの名前や顔を出して公表し、自分の症状とも前向きに付き合おうとしてきた服部が、つぶやく。「僕は警戒心を一生とけないんです。きっと」

 自宅の近くは天竜川。母の浩子(45)によれば、服部が小学生のころは河原でバーベキューもした。いつも外に遊びに行く子だった。だが、今はもう、手放しで何かを楽しんだりする気持ちになれない。たとえ、人を戸外へと誘うように、春が、日に日にうららかになっていっても。




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