あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅶ-12]<いじめ・差別・貧困>新聞事件簿。傷ついた子どもの悲鳴

<中日新聞>【いじめと生きる】第3部・母親VS先生(5)

 
 <中日新聞>【いじめと生きる】第3部・母親VS先生(6) <中日新聞>【いじめと生きる】第3部・母親VS先生(4)
2007年2月20日

  「いじめ」の一番近いところにいる教師。だが、仕事に追われ、子どもをしかるのにも気を遣い、権威も失い…。母親と先生の座談会では、そんな現実の背景には、実は「親」がいるという話に-。

 〇マモル クラスにいじめで不登校になっている子がいて、ある学校行事に参加したいと言い出した。「そりゃいい」と喜んだんですけど、教師の発想でした。子どもが街中で班行動する行事だったんですが、面倒をみるよう頼んだ子の親御さんが「何かあったらどうする。裁判になるぞ」と。それも僕を飛ばしてじかに校長へ。もう全然、予想もつかんことで。腰が引けちゃいますよね、本当。結局、その不登校の子は不参加。(学校に戻れる)いいチャンスだったんですが…。

 〇ヒロユキ (髪を染めている生徒に染め直すよう)頭髪の指導をしても、親が言ってくる。「うちの子に髪を染めろって言うんですか、髪が傷むでしょ」と。

 〇マモル 放課後の電話っていうのは(親からの苦情が多く)あまりいい電話じゃないですね(笑)。

  「悲鳴をあげる学校」の著書がある大阪大教授の小野田正利(52)が一昨年、学校管理職にアンケートしたところ、親からの「いちゃもん」(無理難題の要求)が「増えた」と感じる管理職が8割にも上った。「いつから」という問いには6割が1990年代以降と答えている。

  “転機”の一つと考えられるのが、「新学力観」で注目された89年の学習指導要領改定。教師たちに児童・生徒との間に「好ましい人間関係を育て」ることや、「児童(生徒)理解を深め」ることを求めた。

  小野田いわく「子どもの自主性を大事にしろ、(教師の役割は)指導じゃなく支援だ、となった」。

  子どもを大事に-。実に結構だが、ものごとにはときとして意外な副作用もある。この考えは、子どもは「お客さま」、学校は「サービス業」といった意識につながっていったようだ。

 〇ヒロユキ お客さんだったら店員に対して、ああしろ、こうしろ言えるわけ。

 〇マモル ハードルが高いっていうか、(親からの)要求が多いので、何か自分が悪いんじゃないかと思えてきます(笑)。

  同じ改定で実施された改革に小学校低学年での「生活科」の導入があるが、名古屋市の元小学校教師、赤塚博子(62)は「はしの持ち方とか、本来、しつけの範囲まで教えるようになり『何でも学校で』というムードが出てきた」。やがて、親からの相談も「先生、離婚したいんですけど」など、教育の枠すら飛び越え始めたという。

  小野田は言う。「学校の敷居が低くなったんですわ」

  母親たちも、「親」一般への思いは同じようで…。

 ●ユウ 私たちが子どものころは、授業参観日っていうのは特別な日で、お母さんたちはいつもよりおしゃれして来ていた。今は分かってない親が多くて、すごいラフな格好で、まるで、ふらっと遊びに来たついでみたい。街中と同じ感じで。

 ●トモエ 親が先生たちを押さえつけちゃってるんですね。(しつけは)家庭の役割ですよ。

  彼女たちのような「分かっている」親も少なくないはずだが、学校や教師は、「分かってない」親からの圧力にさらされて「過剰に防衛的になっている」と小野田は言う。結果、「(親という存在とは)距離を置いた方が無難だ、と」。教師と親、両方にとって不幸なことに。

  そして、さらなる荒波が教師を…。

 (敬称略、つづく)

 【注】●=母親 サクラ(40)、アキ(50)、トモエ(36)、ユウ(41) 〇=先生 ヤスシ(23)、マモル(43)=中学、ヒロユキ(45)=高校。座談会は2月初旬、中日新聞本社で実施。記事化に際し再構成した。参加者の呼称(仮名)は各自が決めた。




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