あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患

ドメスティック・バイオレンス(Domestic Violence)という用語がもつ意味-先行研究からの考察- 松島 京

 
 <産経新聞>離婚後の子と面会を保障 超党派議員 来年、法案提出へ <読売新聞>性的虐待から被害女性守れ、義父らに住所閲覧制限・・大阪の自治体 公的証明なし、特例
第36巻第1号『立命館産業社会論集』2000 年6月
〔研究ノート〕

夫や恋人という親しい関係にある男性から女性に対してふるわれる暴力が,日本でも深刻な問題として表出しはじめている。現在日本でこの問題をとりあげる際にはドメスティック・バイオレンスという用語を用い,夫・恋人からの暴力という対訳を付記することが多くなっている。夫や恋人から暴力をふるわれた女性が暴力的な関係を断ち切れない原因を追及するには,家庭内での女性に対する暴力であるという視点が重要になってくる。ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)という用語は,1970 年代のアメリカにおいて暴力の被害にあった女性たちが起こした運動の中から生まれた用語であるが,その運動の背景を語らなければ,女性に対する暴力という視点は見えにくい。本稿では,ドメスティック・バイオレンスについて,これまでのアメリカでなされてきた先行研究をもとに,問題を定義するのにふさわしい用語について検討する。

Violence)という用語をもって,その問題性を訴えてきた。現在日本でこの問題を語るときドメスティック・バイオレンスやその略称であるDVという用語を用いるが,問題の本質を表す用語として適切なのだろうか。Domestic Violence という用語は,1970 年代中頃にアメリカを中心におこったバタードウーマン運動(The Battered Women’s Movement)の中で,女性自身や彼女たちの支援者が,自分たちの携わってきた問題として,夫や恋人からの暴力を表現する用語として生まれた。吉浜(1995)はその背景を重視し「自ら選んだ言葉を用いて,女性自身が自分を語ること,そして女性自身の視点,受け止め方をもとに自己の経験を再定義していくことに大きな意義があると思う2)」とし,自身の論文の中でドメスティック・バイオレンスという用語を使用している。吉浜や,彼女も参加している「夫(恋人)からの暴力」調査研究会は,ドメスティック・バイオレンスをいう用語を使用する理由として次の点をあげている。それは,日本にはバタードウーマン運動の中から生まれてきたドメスティック・バイオレンスという言葉に対する適切な訳語が見つからない,ということである。「女性が自らの経験を語ることばを自分の手で作り出していく」ことを彼女たちは望み,それまでは「夫・恋人からの暴力」や「夫・恋人による暴力」という言葉をあてることにする,としている3)。また,考えられることとしては,ドメスティック・バイオレンスという言葉を直訳すれば「家庭内の暴力」という言葉になってしまい,夫や恋人による暴力という問題の焦点がぼやけてしまうことがある。とりわけ日本では,1980年代に,やはりマスメディアによってとりあげられた,子どもから親へとふるわれる暴力を表現する「家庭内暴力」という言葉が記憶に新しいことも,適切な訳語がないという理由のひとつになっているといえる4)。
しかし,一方で,女性に対する暴力に焦点をあてるのならば,family violence,intimateviolence,domestic violence,という用語を使用することはふさわしくないとする意見もある。これらの用語はジェンダー中立的であり,女性に対する暴力という視点を不明瞭にするという問題があるからである5)。
本稿では,夫や恋人といった親密な関係にあるパートナーから受ける暴力は,家庭内での権力の強い者から弱い者へとふるわれるという構造をもつ暴力であり,女性に対する暴力であるという視点にたって展開していく6)。頻回な暴力により身体的にも心理的にも傷ついた女性たちが,暴力をふるう夫や恋人との関係を断ち切るにも,また新たな生活を目指すにも,様々な困難が生じる。そうした実態を明らかにするの
にふさわしい用語について,3つのアプローチから考察していきたい。


1.社会学的アプローチ
(1)社会的背景
アメリカおいて,社会学や家族社会学の分野で家庭内での成員間の暴力を研究課題として扱うようになったのは1970 年代後半からである。その社会的な背景としては,ベトナム戦争へ突入や,それにともなう市民による反戦運動や学生運動の勃発,また市街地での暴動などの頻発があげられる。さらにはケネディ大統領の暗殺やキング牧師の暗殺といった事件もあげられる。こうした暴力的な事件の頻発が,人々の暴力に対する関心を集めていた7)。このような社会情勢から,社会学者たちは不平等や葛藤,暴力,といった問題に焦点をあてるようになった8)。家庭内での暴力が問題としてとりあげられた背景には,後述する女性たちによる反レイプ運動やバタードウーマン運動の影響も大きい。こうした時代の流れの中で,社会学者は家庭内での暴力について理論的に究明をしようと試みる。
Gelles (1993) によれば,家族の構造はすなわち社会制度であり,それゆえ社会学的なパースペクティブが重要になってくるという。心理学的パースペクティブは暴力の原因を個人的な資質に見るため,社会制度としての家族のもつ固有の特徴のある構造を無視しているとし,またフェミニズム的パースペクティブは家族の制度と暴力と虐待とをジェンダーとジェンダーに起因する関係のみに焦点を当てているとしている。しかし家族は社会における最も暴力的な社会制度であり,家族は暴力を高い確率で産み出す社会制度であると見なすべきであると主張する9)。
Gelles はStraus とともに,家族はそもそも暴力を産み出す傾向にあるいうことを主張した。その機能は次のようなものである10)。
① 家族の接触時間の長さは成員間の葛藤を引き起こしやすい。
② 家族以外の人よりも家族成員との相互作用が大きい。
③ 家族の介入の度合いは強く,その裁ち切りも強い反動を生む。
④ 家族成員の興味は多様なため,本質的に葛藤が起こりやすい。また意見の不一致の解決は勝者と敗者を産み出す。
⑤ 家族成員であるというだけで,価値や態度や行動などが絶対的な権力として押しつけられる。
⑥ 家族成員の年齢や性別が異なるため,世代間・性別間の争いが起こる可能性が高い。
⑦ 家族は年齢や性別による決められた役割や責任を持つ唯一の社会制度である。
⑧ 現代家族は私的な制度であり,そのためプライバシーが高く,社会による統制は低い。
⑨ 子どもは自分の意志で家族成員になったわけではない。集団から離れたり相反する意識をもてば葛藤が起こるのも当然である。
⑩ 家族の中には出産,育児,高齢化,といったような多様な変化変遷があり,不安定である。また成員の感じるストレスは他の成員にも伝わる。
家族が本来的に暴力を発生させやすい機能を持っているとした上で,Gelles はさらにfamilyviolence と社会構造との関係は明確でありかつ強固なものであると主張する11)。

(2)初期の社会学理論
ここでは家庭内の暴力を社会学的に分析をしようとしてきたいくつかの理論について説明をしていきたい。
・一般システム理論(General System Theory)
暴力は個人的な病理ではなく,家族システムから生産される。結婚をした夫婦や家族は社会システムの一部であるとみなされる。システム理論では家族の成員がそのシステムを構成しており,成員は家族の安定のために家族内での役割をはたすものであると説明している。家族内に暴力が発生すればすべての成員がその暴力の原因となるし,また暴力の影響も受ける。さらに暴力が暴力を引き起こす機能もあるとしている。家族というシステムは社会文化的なシステムの一部であり,社会文化的なシステムに何らかの変化があれば,家族システムはその影響を受けざるを得ない。家族内が安定していても,雇用の減少による経済的な変化や,社会的につくられるジェンダーといった家族外部からの影響を受けることにより,家族のシステムや成員は変化をせまられる。その変化の過程において成員間にストレスや葛藤が発生し,それを安定させるために暴力が安定装置として働く12)。
・資源理論(Resource Theory)
資源理論とは,個人が社会的,個人的,経済的な資源を持てば,その資源の持つ力によって他人をコントロールできるというものである。しかしGoods (1971)によれば実際に多くの資源を持つ人間は,あからさまに権力を行使しないという。この理論をfamily violence に適応させた場合,次のような説明をすることができる。家庭の中で妻や子どもをコントロールしたいと考える夫が,学歴が低く,低賃金の労働にしかつけないというような低い社会資源しか持たない場合に,妻や子どもを支配するために暴力という資源を活用するというのである13)。
・社会交換理論(Exchange/Social ControlTheory)
妻への虐待や児童虐待を,損失と利益の原則を用いて解釈しようとしたのが社会交換理論である。人は行動するときに現在の状況の中で予測できる行動の中から,自分にとってより利益のある行動を選ぶ。この利益と損失の割合を考えた上で家庭内で虐待されている妻が,夫のもとに居続けるかどうかをまず判断すると説明している。Pfouts (1978)によれば,虐待される妻は自分の置かれている状況が虐待という損失よ
りも利益があるのかどうかを判断する。その判断をもとに,自分や子どもが生きていける可能性がどこにあるかをさらに判断する。たとえば,夫に経済的に依存をしつつ虐待も受けている妻が,夫を家から追い出したり夫のもとから離れて生活することは,結果として虐待されることはなくなるが,夫と離れることによって,経済的なサポートが一切なくなり生活をすることが困難になってしまう。この場合後者の方が自分にとって損失になってしまうと判断し,女性は虐待的な関係に居続けようと決定するのである14)。
・暴力の文化理論(Subculture of ViolenceTheory)
社会の規範や価値観が暴力的な行為に意味合いを持たせるため,そうした規範や価値観のもとでは暴力行為が認められやすい,という理論。ある特定の文化や社会では暴力をふるうことが生存するために必要な行為であり合法的に認められていることや,アメリカの文化が暴力を容認する文化であることなどから,家庭内での暴力について説明をしている15)。

(3)家庭内暴力調査の実施
以上のような理論をもとに,家庭内で暴力がふるわれる原因を追及しようと社会学者は試みてきた。それによりfamily violence という用語は,アメリカ社会に広く認知されるようになった。社会学者がfamily violence の社会的知に貢献したもうひとつの事柄として,全米規模でのfamily violence に関する社会調査を行ったことがあげられる。これはStraus,Gellesらを中心とするグループが1975 年と1985 年に行った全国家庭内暴力調査(National Family Violence Survey)である。結婚または同棲をしている18 歳以上のカップルを無作為に抽出し,1975 年の時点では2143 件,1985 年の時点では6002 件を対象とし,暴力の経験の有無をインタビューによって調査したものである16)。
この調査の指針として用いられたのが葛藤戦略指標(Conflict Tactics Scales,以下CTSと省略)である。暴力とは「ある人が他人に対して物理的に傷つけようと意向を持って働く行為」17)だと定義した上で,サンプルであるカップルそれぞれに,パートナーに対してどのような暴力をふるったかを尋ねていった。その暴力の度合いを表すものがCTSである。この調査が社会に与えたインパクトは大きい。なぜならばそれまで家庭内には暴力がないとされていたものが,実際のデータとして提示されたからである。
また,この調査結果により,家庭内で暴力の被害に遭っている女性の具体的な数値が推定されやすくなり,被害女性を援助する様々なプログラムが政策的に展開されることとなった。さらには,この調査以後,同様の家庭内での暴力に関する調査にも,このCTSは暴力のレベルを表示する適切な指標であるとし利用されていくことになる18)。
ここで,葛藤という概念について考察してみたい。Yllö (1993) はこのStraus とGelles の調査から,Gelles がリストアップしている社会学的なパースペクティブについて葛藤理論を付け加えるべきだと述べている19)。彼らは調査をするにあたって,家庭内暴力は葛藤のかたちであると概念化している。葛藤理論を土台にしているのであれば,社会集団の一つである家族の中に葛藤が表出するのは明らかなことであるといえる。Straus とGelles はさらに,葛藤理論の立場から,家族の中には本来葛藤が存在するものであり,物理的な攻撃は葛藤を解消するための手段であるとしている。家庭内では個々人がそれぞれ生活しているため,メンバーの主張がぶつかりあったときに葛藤が存在し,その葛藤に応じてふるわれる行動が暴力であるとしている20)。
1985 年に行われた調査の結果,夫から妻に対する暴力は全体の25.9 %であった。調査対象者の4人に1人は妻に暴力をふるっているという結果が得られた。しかし同時に25.5 %の妻が夫に対して暴力をふるっているという結果も得られたのである。夫婦双方が暴力をふるったかという別の設問では全体の48.6 %が双方向の暴力があったと回答している21)。
この結果についてStraus は次のように分析をしている。サンプルデータでは確かに暴力をふるった数値が現れるが,しかし女性が暴力をふるった文脈や意味を無視してはならない。そもそも男性と女性とのふるう暴力には,あきらかに暴力をふるった相手を傷つける力の違いがある。また男性が,女性に傷つけられたことへの報いとして,あるいは何らかの行為を要求するために暴力をふるうのに対し,女性はパートナーが自分の主張をきいてくれない怒りや欲求不満の末に暴力をふるうといった違いもあるとしている22)。
Straus はこのように指摘した上で,家庭内での夫婦の対等性を保つために女性も暴力でもって男性に反撃することを認めるといった説に反論している。なぜならば,女性が暴力をふるうということはすなわち,家庭内での暴力を認め,暴力によって他人を支配することを可能にすることを,女性自らが認めることになるからである23)。
しかしこのStraus の主張は,彼自身が「女性が暴力をふるった文脈や意味を無視してはならない」という意見と矛盾するのではないだろうか。夫から暴力をふるわれた女性が,なぜ夫に暴力をふるったのか。その理由として夫に殺されかけたのかもしれないし,あるいは子どもや女性自身が大事にしているものを傷つけられたのかもしれない。そうした行為に反撃をするための自己防衛手段としての暴力という視点をもつと,女性による暴力が家庭における暴力による支配関係を是認することにはならないといえるのではないだろうか。
以上,みてきたように,社会学的な研究においては,家庭内でおこる暴力,それ自身を対象として問題を考察しているといえる。それはfamily violence という用語を主として使用するというスタイルからも明かである。社会学的なアプローチは,暴力の種類によってその関係性を特殊化することはなく,あくまでもシステムとしての家族のあり方という視点から暴力の原因を探ろうとしている。


2.ジェンダー論的アプローチ
(1)バタードウーマン運動の展開
Straus らによる家庭内暴力調査が行われたのと同時期に,女性たちによるバタードウーマン運動(The Battered Women’s Movement)が展開されていった。バタードウーマン運動は反レイプ運動のなかから生まれた24)。反レイプ運動では,被害を受けた女性たちが自分たちの被害について語り,レイプのほとんどが顔見知りによる犯行であるということを訴えていった。反レイプ運動は「レイプの加害者はまったく見ず知らずの男性である」「暗闇の独り歩きの女性が襲われる」「レイプされる女性にも落ち度がある」といったレイプに関する神話を崩壊させ,レイプは男性による女性に対しての性暴力であることを明らかにしていった。こうした運動の中から被害者を救済するためのホットラインや緊急救助センターなどが設立され,支援グループによる積極的な援助活動も展開していった。このレイプ被害者のための救助センター等に,夫や恋人から暴力をふるわれた女性たちが助けを求めてきた。レイプが見ず知らずの男性による犯行ではなく顔見知りによる犯行がほとんであるという事実と,夫や恋人から暴力を受けた女性からの助けを求める声とが,バタードウーマン運動のはじまりだといえる。フェミニストたちによる「夫による暴力は家父長制による夫の支配を維持するためのものであり,強者から弱者に対してふるわれる構造的な暴力である」25)という視点をもとに,夫や恋人から暴力を受けた女性たちとその支援者たちとが,各地で暴力の実情を語っていった。夫や恋人による暴力は家庭という密室でふるわれるために,いままで明らかにされてこなかった。またプライベートな問題であるとされてきたために,こうした活動によって社会問題として広く社会に認知されるようになったといえる。さらに啓発活動によって,わずか4年のあいだにアメリカ全土にシェルターが200 ヶ所も設立されたという経緯もある26)。

(2)家庭内暴力調査に対する批判
社会学者による全国家庭内暴力調査の結果は,それまで存在するとは思われていなかった家庭内での暴力が存在することを証明し,このバタードウーマン運動に,より真実性をもたせたといえる。しかし1章で述べたように,その調査結果は,夫からの妻への暴力がふるわれる割合と妻から夫への暴力がほぼ同じであった。1975 年の調査でも1985 年の調査でも暴力のふるわれる割合は同じであった。こうした事実をもとにフェミニストたちは全国家庭内暴力調査とその調査指針であるCTSに対して批判をしている。なぜならばこの調査の結果は家庭内における「女性に対する暴力」であるというジェンダーの視点が欠けているからである。フェミニストたちはFamily Violence という用語がそもそもジェンダー中立的な用語であり,暴力が誰から誰に向かってふるわれるものであるかという暴力の方向性を明らかにしていないと指摘
している。また,Family Violence という用語は,暴力によって男性が女性を支配するという構造的な暴力であるという点を無視している,とも指摘している27)。KurzはさらにはDomestic Violence やIntimate Violence といった用語もFamily Violence と同様にジェンダーの視点に欠けているため「女性に対する暴力」であると明言するべきだと主張している28)。
フェミニストたちが家庭内暴力調査について批判をするのは,こうした用語やその調査結果が社会に与える影響を考えてのことだといえる。家庭内における夫や恋人からの暴力の現状として,夫も妻も同程度の割合でパートナーに暴力をふるうと報告されることは,夫や恋人からふるわれる暴力の実態を見えにくくする。妻も夫と同じように暴力をふるっているのであれば,女性に対する暴力だけを問題視するのはおかしいといわれ,女性が受けている頻繁でかつ深刻な暴力の実態を見えにくくする。さらには女性がどうしても暴力的な関係から逃げ出すことができない状態も見えにくくする。Yllö やKurz が指摘しているように,家庭内暴力調査の欠陥は,暴力の度合いをはかるCTSが,妻が夫に対して暴力をふるったその理由や背景を質問していないところと,夫と妻がふるった暴力の力のレベルには差があるにもかかわらず,同程度のものとして一括して考えられているところにある。フェミニストによる聞き取り調査の結果によれば,暴力をふるった女性たちは自己防衛としての反撃のために暴力をふるっているという29)。
さらには,こうした結果によって被害女性を援助するためのグループやシェルターへの助成金が減らされる可能性や,加害男性が再教育プログラムを受ける必要がないと判断される可能性も生じないとはいえない。

(3)男性によるパワーとコントロール
フェミニストによる問題の分析や暴力の被害を受けた女性たちへの聞き取り調査の結果,夫や恋人からの暴力は家庭内での性暴力であり,家庭内での男性の力による女性支配という構造が明らかにされた。家庭内での夫による妻へ暴力は,夫が支配者として家庭内で君臨するために用いられる道具であり,被支配者である妻や子どもをしつけるために当然のようにふるわれてきたものであった。ミネソタ州ドゥールズ市の虐待介入プロジェクトの「パワーとコントロールの車輪(The Power and Control Wheel)」モデルはその構造をわかりやすく図示したもので,このモデルはバタラー(加害男性)のグループや被害女性のサポートグループ,トレーニンググループ等で暴力の構造を理解するためにひろく利用されている。この概念図を用いることによって,目に見える暴力と見えない暴力との関係が理解しやすくなるといえる(図1)。夫から妻への暴力の種類には,殴る・蹴るなどの身体的暴力だけではなく,侮辱する・罵るなどの心理的暴力や,家計の管理を独占したり,女性の就労を妨害するなどの経済的暴力なども存在する。夫や恋人からの暴力は,この暴力のうちどれか一つ(とりわけ身体的暴力)のみ起こるのではなく,いくつかの暴力の複合体である。様々な暴力の組み合わせが家庭内での暴力を継続させているのである。このことを「パワーとコントロールの車輪」モデルは的確に表現している。この車輪の図は「身体的暴力と非身体的暴力がどのように関連しているか,そして,それらが互いに強めあいながら,女性の生活を支配していることを象徴的に表している」30)。外輪にあたる部分が身体的暴力であり,男性から女性へふるわれる暴力のうち,もっとも見えやすい暴力であることを,図1は示している。
パワーとは,男性が持つ「力(社会的な影響力,経済力,体力など)」であり,コントロールとは「支配(男性による女性支配)」のことである。この誰の目にも明らかな暴力の裏に,心理的暴力や経済的暴力,性的暴力,子どもを手段とした暴力等,非身体的暴力が隠されている。身体的暴力は誰の目にもとまりやすいので,その陰に非身体的暴力が隠されていることは気づかれにくい。非身体的な暴力は,男性が女性を社会的な力により支配しているという社会構造をもとになりたっているものである。しかしこの部分は見えにくいために,暴力をふるう男性自身の性格異常や,暴力をふるわれる女性自身の落ち度など,個人的な問題として片づけられてしまうのである。しかし実際は,見えにくい非身体的暴力が身体的暴力を継続させ,その身体的暴力による威圧や恐怖により女性を支配し続けるといえる。
(出所)ミネソタ州ドゥルース市のドメスティク・バイオレンス介入プロジェクト作成のものをもとに加筆訂正
図1 パワーとコントロールの車輪
(「夫(恋人)からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス』有斐閣,1998 年,15頁)
フェミニストは家庭内における夫や恋人からの暴力の分析にはジェンダーの視点が必要だということを主張してきた。男性から女性に対する暴力は構造的なものであり,女性がその構造から逃げ出すことが困難であるという指摘である。その家族内での構造を強固にしているのがジェンダーという社会的に男性と女性に期待されている役割である。幼少時から,男性は強くたくましく,辛いことがあっても我慢をし泣いてはいけないと育てられてきた。女性はつつましく,他人をサポートするように,家事や子どもの世話ができて当然だというように育てられてきた。結婚をすれば男性が働き一家を養うだけの収入を得,女性は男性のサポートをし,家事をこなし子どもの世話をするというように子どもの頃から社会化されていく。結婚という制度は,男性は女性を従えてこそのものである,夫に仕えることが妻の役目である,というような伝統的な規範によって,夫と妻の役割をさらに強固にし,夫が妻をコントロールする構造を是認する。イギリスのコモン・ローの「親指のルール」は夫が妻をしつけるときは親指よりも細い鞭ならば認めるという法律である。妻がひどい暴力を受けないように,という主旨の裏には,夫によるしつけという名の暴力を肯定するという当時の社会的規範があらわれている31)。また伝統的な規範だけではなく,夫のみが収入を得ている夫婦の場合,妻の経済的な依存がより支配・被支配の関係を構成しやすくなるといえる。
しかし,この強者と弱者の関係を利用してふるわれる暴力は夫から妻へという方向でのみ表出するものではない。Straus らが指摘したように家庭というものがそもそも葛藤が起こりやすい集団であるのと同じように,性差や世代差が存在する家族という枠組み自体が権力的強者と弱者を生産しやすいのではないだろうか。パワーとコントロールの車輪は夫から妻への暴力だけではなく,親から子どもへ,ある成員から高齢者へ,と必ずしも女性だけが暴力をふるわれる対象とはならない。むしろ,家族という集団の枠組みが,その中での強者と弱者をつくりだし,その強者から弱者へと暴力はふるわれている。女性がふるわれてきた暴力の深刻さ,これまで認知されてこなかった現状からすれば,ジェンダーの視点でこの問題を解明することが求められる。
Domestic Violence という用語は女性たちの社会運動や権利擁護運動から生まれたことばであり,その問題の背景からすれば適切な用語であるともいえる。しかしその背景を知らなければ,Domestic Violence もFamily Violence も同じ意味を持つ用語であると捉えられてもおかしくはない。そのためジェンダー論的アプローチでは問題の所在を明確にするために,家庭における女性に対する暴力や夫・恋人からの暴力といった説明的な用語も併せて使用してきた。しかし,この強者と弱者を生産する家族の構造を夫と妻だけに当てはめてしまうことは,家庭内でのそのほかの暴力を見えにくくすることになりかねないため,この点についてはさらに考察する必要がある。


3.心理学的アプローチ
(1)バタードウーマン症候群( B a t t e r e d Woman Syndrome)
家庭内で夫や恋人から暴力を受けた女性がなぜ逃げることができないか,ということが心理学的な側面からも分析されている。心理学者であるWalker が提唱したバタードウーマン症候群(Battered Woman Syndrome)は,暴力的な関係から逃げ出すことの出来ない女性の心理状態について詳しく説明している。Walker は1975 年から4年間にわたり,暴力を受けてきた女性約1200 人に面接を行い,夫や恋人という親しい男性から受けた暴力について聞き取り調査をした32)。「被虐待女性たちが示した共通点に重点をおき,そこから一般論を引き出した。本書で紹介する話は面接で聞いた多くの話の典型的な例である」33)と述べているように,女性たちが暴力をふるわれる状況と,それによる心理的なダメージとは共通し,それにより女性たちがいっそう夫のもとから逃げ出すのが困難であることや,夫のもとに居続けてしまうということを明らかにしている。彼女の研究によりそれまで信じられてきた夫による暴力に関する神話34)についても,事実とは異なるということも明らかにされた。
彼女が提唱した理論は二つある。ひとつは「暴力のサイクル」理論であり,もうひとつは「学習された無力感(learned helplessness)」である。暴力のサイクル理論とは,夫が妻にふるう暴力には一定の周期があるというものである。緊張が高まる第一層,爆発と虐待が起こる第二層,穏やかな愛情のある第三層,という三層が周期的におとずれる。長い間暴力がふるわれるのではなく,暴力のあとにハネムーン期とよばれる時期があり,そこでは夫が自分の暴力を詫び,もう二度と暴力をふるわないと妻に誓う。女性はパートナーの訴えを信じ,今度こそ暴力のない関係を築けるだろうとし,関係を切ろうとはしなくなる。しかし愛情深い時期は長く続かずまた深刻な暴力が起こる,というサイクルを繰り返しているのである35)。
しかし女性たちが逃げ出さないのはこのサイクルのせいだけではない。女性たちは暴力をふるわれ続けることによって,逃げ出すことができない心理状態に追い込まれていくのである。それが「学習された無力感」である。夫から暴力をふるわれた最初のうちは女性たちも抵抗をこころみる。しかし,その抵抗によって夫からの暴力はさらに深刻になり,こうしたことが何度も何度も繰り返されているうちに,自分には逃げ出す力がないのだと信じ込むようになる。自分がどのように行動すればよい結果が得られるか,という人間が生活をしていく上での予測や選択ということができず,どのような状況にあっても無力であり無抵抗な状態にある。そのため,被害女性たちは,暴力をふるう夫のもとから避難をし,そこから自分自身で方向性を定め,どのような生活をおくるかという決定をすることも困難なのである36)。
しかし気をつけなければならないのは,それは殴られる女性たちが本質的に無力で無抵抗なのではないということである。この女性たちの無力感は頻回な暴力を受け続けることによって「学習された」性質なのである37)。
Walker はバタードウーマンがなぜ暴力をふるう夫のもとから逃げ出すことができないのかを,暴力のサイクル論と学習された無力感によって説明した。さらにWalker はバタードウーマンの心理学的な症状が外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder 以下PTSDと省略)と同様の症状が見られることから,PTSDの中でもバタードウーマンに特に見られる症状を特化させ,それをバタードウーマン症候群と名付けた38)。
PTSDはアメリカの精神医学界が名付けた診断名であり,それは主に戦闘や自然災害,レイプなどの限局性外傷事件の被害者に対する診断である。その主たる症状は三つあり,神経の高進状態を呈する過覚醒症状,被害者が体験した事件を再体験する侵入症状,無感覚な麻痺状態に陥る解離症状である39)。
Walker は,バタードウーマン症候群はPTSDの下位診断名にあたるとし,同様にバタードウーマンに共通する心理学的な症状をいくつか記述し,自身の提唱したバタードウーマン症候群は次の点で有効であることを主張している。具体的には次の通りである40)。
① PTSDと呼ばれている心理学的症状のパターンが認められる部分がある。PTSDとは,バタードウーマンが経験してきた身体的な性的なそして(あるいは)心理的な攻撃によるトラウマが繰り返しあらわれることによっておこる症状のことをさす。
② フェミニストによる女性に対する暴力についての理論的説明と一致する。
③ バタードウーマンが犠牲者にされていたところから回復をする手助けのための適切な介入プログラムの発展に有効である。
④ バタードウーマンのサポートをする人たち(医療,心理学,法律の専門家)に受け入れられる。

(2)複雑性PTSD
この女性たちが暴力を受け続けることによって,夫のもとから逃げられず,また自己決定能力がきわめて低くなってしまう状態について,Herman (1992) はその著書『心的外傷と回復』の中で,心理学的な支配として述べている。虐待者が人間を完全にコントロールする方法とは,「心的外傷をシステマティックに反復して加えて痛めつけることである。それは無力化と断絶化を組織的に用いるテクニック」であり,「心理的コントロールの方法は恐怖と孤立無援感とを注入して被害者の『他者との関係においてある自己』という感覚を破砕するように」デザインされているのである41)。Hermanはバタードウーマンを人質や政治的囚人,強制収容所の生存者たちと同じように監禁状態にある被害者として扱っている。政治的囚人や強制収容所の生存者たちと異なり,夫や恋人から暴力をふるわれる女性たちは物理的な障壁によって逃亡を遮られているわけではない。にもかかわらず女性が逃げられない見えない壁が存在しているとHermanは指摘している42)。
しかし,Hermanは「学習された無力感」をバタードウーマンに適応させるのは間違っていると指摘している。彼女たちは決して夫に対して報復しようという意志を捨てたわけではないという。彼女たちが学習しているのはむしろ次のようなことである。被害者はこれまでに加害者による深刻な暴力を幾度もふるわれている。また被害者が自主的な行動をした場合,加害者に妻の夫に対する不服従と見なされてより深刻な暴力をふるわれる。このように何らかの失敗や自主的な行動をすれば恐ろしい仕打ちが待っているし,反撃をすればさらに暴力をふるわれ,命を落としかねないいうことを学習している。
どのような行動をとろうとも暴力をふるわれるという結果から,被害者は危険な状態にある限り,反撃をこころみようとはしなくなる43)。被害者は「絶対に加害者の支配から逃げられない」という思いが強く働き,被害者は加害者を全能の神だと信じるという極めて異常な絆をつくりだしてしまうケースもある44)。さらには,支配者である男性は心理的な支配を完全なものとするために,女性のもつ他者とのつながりを断ち切り,女性が唯一繋がりを持つ人間を自分だけにするという方法をとる。女性は最初,そうした行動を男性の単なる嫉妬心であり,女性を愛している証拠だと思うことが多い。しかし次第に行動がエスカレートしていき,気がついたときには絶対的な支配者となっている,という過程は,バタードウーマンたちの証言に共通する事柄である45)。物理的な暴力とこうした心理的な支配から,女性たちの自尊心や自己決定をする能力は失われていく。
Hermanは児童虐待やバタードウーマンのように,繰り返し暴力をふるわれてきた被害者たちに共通してみられる症状があるとし,その症状が見られる場合,PTSD ではなく複雑性PTSD という診断名をつけるべきだとしている。なぜならばPTSDの診断基準は前節でも述べたように,戦闘や自然災害,レイプといった限局性外傷事件の被害者からとられたものである。HermanはPTSDではなく複雑性PTSDという新しい診断名が必要であることを次のように述べている。
長期反復性外傷の生存者の症状像はしばしばはるかに複雑である。長期虐待の生存者は特徴的な人格変化を示し,そこには自己同一性および対人関係の歪みも含まれる。幼年期虐待の被害経験者も同一性と対人関係とに類似の問題を生み出す。さらに,彼らは特にくり返し傷害をこうむりやすい。他者の手にかかることもあるが,自分で自分に加えた傷害もある。現在のPTSDの叙述では長期反復性外傷のあらゆる表現型をとる症状発現を捉えることもできていないし,捕囚生活においておこる人格の深刻な歪みも捉えそこなっている46)。こうした診断名をつけることにより,なぜ暴力を受けた女性たちが被害者として扱われるのかがいっそう明らかになる。特にこのバタードウーマン症候群や複雑性PTSDやといった診断が効果を発揮するのは,夫からの度重なる暴力の結果に夫を殺害してしまった妻が犯罪者として逮捕されたときである。この場合,被告である女性が夫を殺害するにいたった経緯を心理学的な状態をもとに弁護することにより,罪状が軽くなったという事例もある47)。心理学者によるこれらの診断名は暴力をふるわれている対象を限定し,どのような暴力がふるわれてきたかを明確にしたといえる。ただしこの診断名をつける,ということには注意を払う必要がある。診断という個人の症状に対して名付ける行為は,社会的な問題として考えなければならない夫や恋人からの暴力を個人の問題としてとらえやすくしてしまう。
Hermanは,心理学者による診断が被害者に非があるとする誤ったレッテルをはってきたことについても言及している48)。家庭内で暴力をふるわれた女性が逃げ出せない理由を,女性自身の人格的な障害だとする診断がなされたという事実もある。女性が虐待的な関係に居続けるのは,女性がマゾヒスティックな性的嗜好の持ち主であり,虐待行為を通じて快感を得ているというものである。実際に「マゾヒスト的人格障害」という診断名をDSMⅢに追加すべきだという議論がなされたこともあったという49)。
さらに注意すべき点は「症候群」という言葉から個人の病理としても捉えられやすくなり,暴力をふるわれる原因を女性自身がつくっているのではないかという見方をされる可能性もあるということである。また一方,夫から暴力をふるわれても,すべての女性がバタードウーマン症候群やPTSDに特有な症状が見られるとはかぎらない。暴力の被害にあっているにもかかわらず,特有な症状が見られないために,事実が否認されてしまうことは避けなければならない。


おわりに
家庭の中における男性から女性にふるわれる暴力が,構造的なものであり,被害女性たちが暴力的な関係を断ち切るためには,問題は個人の問題ではなく社会的な問題であるということを明らかにしなければならない。そのためにはこれまで考察してきたように,それぞれの立場による分析が必要である。家族が構造的な暴力を生産しやすい集団であるという社会学的な分析。家庭内での女性に対する暴力は性暴力であり,家族内に存在する男性と女性の性別役割もその原因のひとつであるというジェンダーの視点による分析。そして被害女性が逃げ出せなくなり,自己決定をすることが困難になるという心理学的な分析。それぞれを提示し,その上ではじめて,夫や恋人といった親密な関係にある男性からの暴力がどのようなものであるかが,明らかになるといえる。
家庭内で発生する暴力の構造を指し示し,暴力を受けた被害者をサポートするための政策を展開させることに重点をおくならば,用語を特定する場合,その対象者に焦点をしぼることが重要ではないだろうか。
頻繁にかつ長期に渡って暴力をふるわれた女性たちは心理的にダメージを負っている。そこから本人たちがどのように行動したいか,個人の意志によって納得のいくように動ける状態にエンパワメントしていくのが支援者の役目である。Hermanは心的外傷の被害者が回復するための第一歩は「その後を生きる者の中に力を与えることである」と述べている50)。被害者は長い虐待の中で,無力になり他人から離断されてきた。そうした被害者がサバイバーとして回復するためには,損なわれた心的能力を回復しなければならないのである。
女性たちの運動から生まれてきた,バタードウーマン(Battered Woman)という用語は対象者を限定していると筆者は考える。注意しなければならない点もある。batter という単語は「殴る」という意味が強い。そのため身体的な暴力をともなわないけれども,言葉による暴力や経済的な暴力をふるわれているというような状況にある女性の説明がしにくくなる。ほかに適切な言葉は見つからないが,Family Violence
やDomestic Violence というように家庭内での暴力全般をさす意味にもとれる用語よりは,「暴力をふるわれている女性」という対象を限定した用語の方が問題の焦点を見えやすくするのではないだろうか。また,夫ではなく前夫や恋人といった関係の男性から暴力をふるわれている場合,被害者は必ずしも同一の家庭内にいるとはかぎらない。恋人という関係は,家庭内で発生する暴力よりも,構造的な暴力が見えにくくなる。それは夫による経済封鎖,外出禁止等の支配方法が見あたらず,逃げ出すことが容易に見えるため,暴力的な関係を断ち切れない女性自身を非難する傾向が強まると考えられるからである。また,暴力的な夫のもとから逃げ出したとしても,執拗に関係の修復を迫られたり,離婚訴訟が難航したり,親権の獲得が困難であったり,というケースもあげられる。こうした様々なケースを考慮すると,支援対象者に焦点をあてることは,問題の所在を明らかにしやすいともいえる。
これまで暴力をうけてきた女性たちは「なぜ逃げないのか」「夫に殴られるようなことをしたあなたが悪い」というように被害者であるにもかかわらず非難されてきた。それは被害者の周囲の人間からだけではなく,女性が助けを求めた警察や裁判所,福祉事務所などにも存在することであった。Domestic Violence やバタードウーマンについての理解がない場合,被害者が自分の状況を説明することは容易ではない。また心理的なダメージを考慮すれば,自分の要求を主張することも容易ではなく,主張が受け入れられない場合,被害者はさらにダメージを被るであろう。このダメージの蓄積は,よりいっそう被害者の自己決定能力を低くすることにもなる。
本稿では夫や恋人というパートナーからの暴力をうけた女性が,なぜ暴力を受け続けながらも関係を断ち切れないのかということを,社会学的なアプローチ,ジェンダー論的アプローチ,そして心理学的なアプローチによる研究過程から考察してきた51)。
今後の研究課題としては,パートナーからの暴力の被害者である女性が避難することができない現状とその原因について考察したい。そのためには家族制度や家族政策に問題の焦点があてられるのではないか。欧米と日本との差異も重要な焦点になるといえる。また被害女性が避難をし,暴力的な関係を断ち切った新しい生活を送る際に,社会制度として求められる支援体制とはどういうものか,ということについても被害者の権利を擁護するというアプローチをもって考察していきたい。


1) 日本における夫や恋人からの暴力についての専門的な調査研究が本格的に始まったのは「夫(恋人)からの暴力」調査研究会が1992 年に実施した全国的な調査によるところが大きいといえる。また現在の社会的な認知が高まってきた背景にはマスメディアによる報道だけではなく,国際情勢の変化による外圧も考えられる。1993年に国連が「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」を採択し,その宣言の中で,女性に対する暴力の定義と家庭内での女性に対する暴力について言及している。また1995 年に北京で開催された第4回世界女性会議で採択された「行動綱領」の中には,女性に対する暴力も含まれており,それをうけて日本でも「男女共同参画2000 年プラン」を策定している,という経緯もある。その「男女共同参画2000 年プラン」の一環として,総理府による全国的な調査である「男女間における暴力に関する調査」が1999 年に実施され,2000 年2月にその結果が報告された。
2) 吉浜美恵子「アメリカにおけるドメスティック・バイオレンスへの取り組み― The BatteredWomen’s Movement ―」『民間女性シェルター調査報告書Ⅱ アメリカにおける民間女性シェルターの事例とドメスティック・バイオレンスへの取り組み』財団法人横浜市女性協会,1995年,56 頁。
3) 「夫(恋人)からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス』有斐閣,1998 年,14 頁。
4) 「日本では『家庭内暴力』という用語は,一154 立命館産業社会論集(第36巻第1号)般に『こども(性別不詳)が親(同様に性別不詳)にふるう暴力』と理解されている。1980 年代の一時期,この『家庭内暴力』が広くマスコミのとりあげるところとなり,数多くの本も書かれた」(藤枝澪子「日本における『性的暴力』と離婚」水田宗子編『女性と家族の変容』学陽書房,1990 年,141 頁。)
5) Demie Kurz, “Old Problems and New Direction in the Study of Violence Against Women”, in R. K. Berge ed., Issues in Intimate Violence, (Sage1998), pp. 197-198.
6) 家庭の中における暴力には,女性に対する暴力だけではなく,児童虐待,思春期の子どもから親への暴力,高齢者虐待などが存在する。しかしこれらの暴力は家庭内でおこる暴力ではあるが,すべてが同じ性質を持つとはいえない。家族の中でおこる暴力のもつ共通の構造もあれば,それぞれの暴力や虐待が独自に持つ特徴がある。そのため本稿では問題の焦点を夫や恋人による女性に対する暴力の一点にしぼる。しかし,それぞれの暴力や虐待には関連性がないわけではない。特に夫や恋人からの暴力と児童虐待との関連性は無視することは出来ない。東京都が1997 年に実施した「女性に対する暴力」調査によれば,夫に暴力をふるわれていると回答したもののうち64 %が,子どもにも暴力があるとしている(東京都生活文化局女性青少年部女性計画課『「女性に対する暴力」調査報告書』1998 年,99 頁)。また夫から暴力をふるわれている妻が子どもを虐待するケースもある。こうしたことを考慮すれば,パートナーによる暴力と児童虐待との関連性についての検討が重要になってくるといえる。
7) 熊谷文枝『アメリカの家庭内暴力―子ども・夫・妻・親虐待の実態―』サイエンス社,1983年,14 頁。
8) Kersti A. Yllö, “Through a Feminist Lens:Gender, Power, and Violence”, in R. J. Gelles& D. R. Loseke eds., Current Controversies on Family Violence, (Sage 1993), p. 50.
9) Richard J. Gelles, “Through a Sociological Lens: Social Structure and Family Violence”,in R. J. Gelles & D. R. Loseke eds., Current Controversies on Family Violence, (Sage 1993),pp. 34-35.
10) Ibid., pp. 35-36.
11) Ibid., p. 36.
12) Jean Giles-Sims, Wife Battering: A System Theory Approach, (The Guilford Press 1983) を参照。
13) William J. Goode, “Force and Violence in the Family”, Journal of Marriage and the Family,33 (1971), pp. 624-634. W. J. グード「社会と家族と暴力と」森俊一郎訳,熊谷文枝編『家庭と暴力』(現代のエスプリ・1 6 6 号),至文堂,1981 年,31-38 頁を参照。
14) J. Pfouts, “Violent families: Coping Responses of Abused Wives”, Child Welfare, 57(1978), pp. 101-111.を参照。
15) Gelles, op. cit., p.38.
16) Murray A. Straus, “Physical Assaults byWives: A Major Social Problem”, in R. J. Gelles& D. R. Loseke eds., Current Controversies on Family Violence, (Sage 1993), p. 68.
17) Murray A. Straus & Richard J. Gelles, Physical violence in American Families: Risk Factors and Adaptations to Violence in 8, 145 Families, (Transaction 1990), p.21.
18) Yllö, op. cit., p.52.
19) Ibid., p.51.
20) Straus & Gelles, op. cit., p.30.
21) Straus, op. cit., p.74.
22) Ibid., p.78.
23) Ibid., p.79.
24) 吉浜,前掲,58 頁。
25) Yllö, op. cit., p.54.
26) 吉浜,前掲,58 頁。
27) Kurz, op. cit., pp. 197-198.
28) Ibid., pp. 197-198.
29) Ibid., pp. 199-200.
30) 「夫(恋人)からの暴力」調査研究会,前掲,17 頁。
31) Vernon R. Wiehe, Understanding Family Violence: Treating and Preventing Partner Child, Sibling, and Elder Abuse, (Sage 1998),p.86.
32) Lenore E. Walker, The Battered Women(Harper & Low 1979) レノア・E・ウォーカー『バタードウーマン』穂積由利子訳,金剛出版,
1997 年,8頁。
33) ウォーカー,前掲,8頁。
34) 夫による暴力に関する神話とは,夫の暴力行為を否定し,暴力をふるわれる女性に落ち度がある,とするものである。例えば「バタードウーマンはマゾヒストだ」「バタードウーマンは気が変である」「虐待者は社会生活の失敗社で,社会に立ち向かう手段を持たない」「虐待者は精神病質的性格である」「マイノリティグループや貧困層に虐待は多い」などである。
35) ウォーカー,前掲,60-71 頁。36) 同前,51-59 頁。Lenore E. Walker, “The Battered Woman Syndrome Is a Psychological Consequence of Abuse”, Current Controversies on Family Violence, (Sage 1993), pp. 134-135.
37) Walker, op. cit., p. 135.
38) Ibid., p. 133.
39) Judith L. Herman, Trauma and Recovery, (Basic Books 1992) ジュディス・L.ハーマン『心的外傷と回復』中井久夫訳,みすず書房,1999 年を参照。
40) Walker, op. cit., p.p. 133-134.
41) ハーマン,前掲,115 頁。
42) 同前,119-120 頁。この壁を形成しているのがWalkerの「暴力のサイクル理論」で説明することができるとしている。
43) 同前,138 頁。
44) 同前,140-141 頁。
45) 同前,120-121 頁。
46) 同前,187 頁。
47) 例えば1998 年に奈良県で起こった殺人事件など。
48) ハーマン,前掲,183-186 頁。
49) 同前,185 頁。夫から暴力をふるわれても逃避しない女性がマゾヒストであるという研究の原典は次の論文であると思われる。J. Snell, R.Rosenwald & A. Robey, “The Wifebeater’s wife”, Archives of General Psychiarty, 11, pp.107-112.
50) 同前,205 頁。
51) 冒頭で述べたように,日本において,バタードウーマンやDomestic Violence についての研究はまだ始まったばかりである。今後研究をすすめて行く上で,内外における調査や資料の整理も必要になると考えている。本稿末尾に今回参照した文献を参考文献一覧として提示しておく。

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A Review of Studies in Domestic Violence Kyo MATSUSHIMA*
Abstract: In Japan, violence against women within the family is increasingly becoming aserious social problem. In Japanese, the term “domestic violence” is used to explain this violenceagainst women by husbands or partners. It is hard for women to escape when they are battered by men with whom they have intimate relationships. The causes of the problem cannot to foundunless gender perspectives are take into account. The term “domestic violence” grew out of thebattered women’s movement in the USA in the 1970s. Recognition of the history of this movement will elucidate the background in which this term developed to describe violenceagainst women. In this paper, I examine the appropriate definition of “domestic violence,”through studies of “domestic violence” in the USA.key words: domestic violence, gender, battered women, complex PTSD, structural violemce* Graduate Student, Graduate School of Sociology, Ritsumeikan University



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