あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患

「”積極的傾聴””啓発・情報提供”エクササイズを手がかりとしたドメスティック・バイオレンス援助」 園田雅代(創価大学教授・臨床心理士)

 
 「ドメスティック・バイオレンス被害者に対する精神医学的援助の実際」 加茂登志子(東京女子医科大学助教授・精神科医 と東京都女性相談センター非常勤医師) 「傷ついた心の行方」 吉永陽子(長谷川病院精神科医 青葉学園短期大学非常勤)
(財)女性のためのアジア平和国民基金
援助者のためのワークショップ2000 ドメスティック・バイオレンス 家庭内における女性と子どもへの影響②

1.はじめに
 私は3年前から東京・八王子にある創価大学というところに勤めています。専門は臨床心理学、カウンセリングです。大学教員のかたわら、総合病院の小児科や精神科クリニック・大学の学生相談などでこれまで20年ほど臨床経験を積んできました。
 臨床心理士やカウンセラーという仕事は、どうしても、もうすでに問題が起きて実際に困っているという人たちに対応することが多いものです。それはそれでとても重要な仕事なのですが、同時に内心忸怩たる思いも私のなかにいつ頃からか、わいてきました。
 問題が起こってからでなく、もっと早く、たとえば問題が起きる前だとか、あるいは問題が起こったまさにそのときに、ご本人や、ご家族などが自分たちの自己解決力を復活させながら、自分たちで問題に取り組んでいけるようなはたらきかけはできないものだろうか、という気持ちがあったのです。自己解決力の育成や保持、また自分自身を大切な存在だと自覚できる自尊感情の醸成、そういった事柄に何らかのアプローチができないだろうか、そんな思いから、ここ10年ほどは心理臨床活動とあわせて、アサーショントレーニングに力を入れてきました。
 アサーションとは、自分が表現したいときは自分の気持ちや意見などをなるべく率直に正直に、しかも適切な方法で表現していこう、そのときに自分も相手も共に大事にしながらコミュニケーションしていこうという意味です。これは単に「表現できる・できない」とか、「効果的なうまい言い方をする・しない」ということではなく、表現する主体である自分への肯定感、自分の気持ちの確かめなどのプロセスを伴うものです。そのあたりのことを、どうしたら大人や子どもたちに伝えていけるのかということを、おもに社会教育の場や学校などで取り組んできました。そして、その活動のなかで鮮明になってきた問題意識があります。
 それが、“子どものいじめ問題と大人のドメスティック・バイオレンス(以下、DVと略す)問題は構造が似ている”ということです。


2.DVといじめの類似点
●「強い自己否定」
 子どものいじめ問題と大人のDV 問題のどこが似ているかと言いますと、まず「強い自己否定」があげられます。よくDVの被害を受けた方は「私なんかどうせ駄目です」という言い方をします。一方、いじめにあった子どもたちも「自分なんか何の意味もない人間」とよく言いますよね。DV やいじめは被害にあっている当事者にものすごいダメージを与え、人間としての尊厳や自尊感情をむしばみやすく、さらにそういう目にあうのは「自分が悪いからじゃないか」と思いこまされやすい、このあたりがとても似ているように思います。DVもいじめも、そういった深刻な心の傷を与える問題なのだということ、人間としての自己肯定感を破壊されやすいものであるということを、まずはおさえておきたいのです。
 さらに、DV問題ではその関係から離れればいいではないか、大人なのに離れないのは本人が好きでその関係にいるからじゃないかと思われがちですが、ご本人としてはなかなか離れられないわけですよね。生活の見とおしの立ちにくさ、経済的不安といった現実的問題もあるし、また先に述べたように自己肯定感の低さから「自分が悪いのだから我慢しなくては」「自分一人で生きていけるはずがないから」と思いこんでいることもあれば、「子どものためにも我慢しなくては」「あの人は、暴力さえなければ根は悪い人じゃない」「私がいないと、彼は駄目になる」などというかたちで、相手から簡単には離れられないということがあるのです。同様にいじめにあっている子どもも、いじめているからなかなか離れられない。「いじめられている関係であっても、まだそういう関わりがあるほうがよい」「たとえいじめられていても学校で1 人になるよりまし」「だれからも相手にされないよりいい」といったことを口にする子どももいます。いじめられていると認めるのはあまりに苦しく情けないので、「単なる遊び・ふざけ」と見なそうと、自分への無理な言い聞かせをしているのです。
 ですから、いじめられている子どもや、DV にあっている大人に対して、「そんな関係なら離れればいい」「早く離れなさいよ」と言ったところで、なんの解決にもなりません。下手をすると被害を受けた人が、だれにも自分の苦衷をわかってもらえないと絶望することになりかねません。

● 怒りを正当にいだけない
 また、怒りを正当にいだけないという点も似ていると感じます。怒りは最低限のパワーと、だれがいけないのかという正確な事実認識、自分がこんな目にあっていいはずがないという思い、言い換えると自尊感情が本人にないといだけない感情です。DV では「私がいたらないから」、いじめでは「自分が悪いから」と加害者をかばったりするのですが、怒りを出せない代わりにうつっぽくなることも多い。DV を受けた女性は「彼は不器用なんです」「愛情表現のひとつ」などとよく言いますね。いじめにあっている子どもにも、「あれは遊んでくれているんだ」という言い方をする子がいる。
 そういうふうに防衛しないと自分の身がもたないということなのでしょうが、そうやって、怒りや、こんなことには我慢ならないという自分のなまの感情を曖昧にし、どんどん摩滅させていってしまう、そして無力感がつのるという構造が似ていると思います。

● 怒りが当事者ではなくほかに向けられる
 正当に怒ることができないということと関連するのですが、怒りが加害者に向かわず、ほかに向けられやすい、より弱いものをいじめるかたちで自分のうっぷんを晴らそうとすることもあります。決して本当の解決にはならないにもかかわらず、そういった形態を取りやすいという点も似ていると思います。DV だったら、被害を受けている母親が不幸にも子どもを虐待したり、いじめを受けている子が、今度は自分がいじめをする側に回ってしまうといったことがあります。
 こんなふうにDVといじめは似た構造をもっていると私はとらえています。そしてそのへんの問題意識からDVの問題にも自分なりのスタンスで何かアプローチできないか、と考えていました。
 たとえば、子どものいじめに関しては、いじめられたら「イヤだ」と声を出すとか、友だちがいじめられているのを見て心を痛めたら「やめようよ」と言うとか、自分が「やめて」と言えなくても「助けてほしい」「苦しい」と言うとか、仮に「助けて」「苦しい」と声をあげても聞いてくれる大人がいなかったら、聞いてくれる大人が見つかるまであきらめずに言い続けてほしいとか、そのあたりのことを子どもたちに伝えていきたいと思っています。
 そして同様にDVに関しても、被害を受けた女性がどうやったら「助けて」と言えるか、それをどう援助者側が的確にキャッチできるか、そこが本当に重要だと思っています。かかわっておられる援助者の皆さんにも、そのあたりの視点と具体的なスキルをもっていただくことが大切ではないかと思って、きょうのワークショップは、以下に述べる2 つの事柄を中心に組むことにしました。


3.ワークショップのポイントと流れ
 1つ目は「DV家庭に子どもが身をおいている場合、子どもにどんなサインが出やすいか」について、押さえておこうと思います。
 そして2つ目は、DV問題に援助的にかかわるときに必要となる2 つの基本的態度ならびにスキル(技能)を取り上げます。この時間はカウンセリングの実習を中心にします。実習を通して日頃のご自分の援助活動を振り返っていただいたり、あるいはこのスキルを少しでも身につけていただきたいと願っています。
 さてその2つの基本的態度・スキルですが、1つは「共感的リスニング・積極的傾聴」です。相手が何を言いたいかということをきちんと聞くということ。もう1つは、「啓蒙・啓発と情報の提示」です。大事だと思うこと、必要な情報を相手にきちんと伝えていくこと、特に相手のエンパワーをめざしてわかりやすく伝えていくことです。これをそれぞれの実習でやっていきたいと思います。
 これらの実習を一通りしていただいてから、DVの被害を受けている人が電話相談、面接相談にやって来た場面を設定して、相談に応じる側がどんなアプローチをするかというロールプレイをおこなって、まとめにしたいと考えています。


4.援助者の賢い選択
 ここでひとつふれておきたいことがあります。一体どういった援助者がいいのだろうかということです。援助者にとっても、被害にあわれている女性が読んでもいい本がありますので、ご紹介します。エレン・バス/ローラ・デイビス著『生きる勇気と癒す力』(三一書房、1997 年)という本です。このなかで「援助者を選択するための賢い方法」について、次のように述べられています。「この人(援助者)は私を気遣い、尊重してくれているか。この人は私の幸せを考えてくれているだろうか。この人とこれまで感情について話ができたか。この人を信頼しているか。この人といて安心できるか。これらの問いについてすべて“はい”と答えられれば、支えになってくれそうな人を選んでいると言えるでしょう」この文章は性暴力にあった女性に向けて書かれたものですが、DV援助者にとってもひとつの手がかりになるのではないでしょうか。ちなみに、この本では、「援助者に対してちょっとこのへんが違うなと思ったら、次の援助者を探しに行きなさい」と勧めています。


5.子どものサイン
 育っている家庭でDVが起こっていると、そこにいる子どもたちにはどのような兆候、サインが出てきやすいのだろうか、どんな状態になりやすいかということを考えてみたいと思います。(実際のワークショップでは、小グループによる話し合い、模造紙への書き出しをしていただいたのですが、ここではその部分を省き、最後にまとめた部分のみ載せさせてもらいます)
 まず前提として押さえておきたいことは、直接暴力を受けているわけではなくても、家でDVを目にしたり聞いたりしている子どもたちは、「二次的な被害者」であるということです。この被害についてはややもすると忘れられがちですが、彼らもまた被害者なのだという認識を持つことが大事です。
 子どもに現れる悪影響はたくさんありますが、もっとも深刻な影響の1つに「無力感と自己否定感が埋め込まれること」であると言われています。もう1つ、「暴力をモデル化してしまい、男の子は加害男性に、女の子は被害女性になりやすい」といったことも指摘されています。

【子どもに現れる悪影響】
● 身体的損傷
 直接暴力を振るわれるだけではなく、止めようとして割って入って殴られたり熱湯を浴びたり、間接的な身体的損傷を受けることも多い。
● 心理的問題
 父親も母親も余裕がないので、本来子どもが当然もらってよい、大人からの適切で情緒的な支援やサポートをもらえなくなってしまう。そのため、子どもたちがどんな気持ちをもちやすいか、どんな心理的問題を抱えやすいかというと、一般に、罪悪感・怒り・抑鬱・不安・悪夢・恥・攻撃性・破壊性・イライラ感、等々があげられるところです。特に他者とのあいだに親しい関係をつくったり、それを発展させることができにくい。「共感性の乏しさ」があげられます。両親や同胞との関係でアクティングアウトをしやすいのも特徴です。
すごくよい子ぶってしまうという過剰適応もまた、ひとつのアクティングアウトといえるかもしれま
せん。
● 行動面の問題
 自尊感情の低さ・衝動のコントロールのまずさ・無力感・睡眠障害・学校不適応等々。それがどういう現われ方をするかというと、やはり友だちとの関係に顕著な問題が生じやすいようです。
また学業が困難になったり、興味がもてないなど、社会的活動が減退します。薬物・アルコールへの接近や、不適切な性行動、自殺企図も含めた自殺もあげられます。
 極端な孤独感とおそれ・引きこもり・過度の反抗、また自分には隠しておかなければいけない恥ずべきことがあるという感覚、自分だけが周りの子と違っているといった感覚などを指摘する人もいます。この他者との違いというのは、「自分はユニークな存在である」というような肯定的な意味ではなく、「自分だけ他の子どもたちとは違う汚れた存在」だとか、「重大な秘密を抱えている」というような、非常に孤立した意味での違いです。さらに葛藤解決のための適切な方法を学ぶことができず、受け身的になりやすく、もうどうにもしようがない、そこに身を委ねているしかないという受け身的なスタイルか、逆に他者に関わるには相手を攻撃するしかないといった攻撃的スタイルを身に付けやすいとも言われています。

【暴力のモデル化】
 男児と女児を比較したときに、男の子の場合は「女は殴ってもいい。男にはその権利がある」、女の子の場合は「女は男からの暴力を受けるものなのだ、それを甘んじて受けなければならない」ということが学習されやすいと言われています。誤った性役割学習がなされやすいという問題です。
 また、モデル化ということでは、「家族のつながりとか夫婦間のコミュニケーションというのは、こういうものだ」といったイメージが子どもたちに埋め込まれていくという問題があります。「何か問題が起きたとき、それを解決するために暴力をふるってもいいのだ」「男性は女性を支配するもの、女性はそれに従うべきものだ」「暴力や虐待は人と関係をもつうえでつきものだ」という誤った学習がされやすいわけです。このあたりが世代間連鎖といわれているものと関係してくるところでしょう。
 なお、もう少し年代の高いティーンエイジャーの場合は、薬物、自殺、家出の危険性も高まります。抑うつ的になったり、絶望感にとらわれ、自分は将来どうなりたいといった時間的展望をもちにくいこともしばしば指摘されることです。自分の5 年後、10 年後を思い描いたり、ビジョンを描くことができない。実際、DV の被害にあっている当事者も時間的展望を持てないことがままありますが、その家庭にいる子どもも同じような否定的影響を受けるのです。さらにデートレープの問題なども具体的な問題として取り上げられています。
世代間連鎖の予備軍といったところでしょうか。
 とはいえ、私自身は世代間連鎖の問題をきわめて慎重に扱いたいと思っています。現象としてそういうことは確かによくあることですが、単純な因果づけはしたくありません。「子ども時代にそういう影響を受けた、DV の家庭で育っていた、だから大人になったとき今度はその人が子どもを虐待してしまう」という物言いには慎重でありたいと思っています。たしかに関連性はある、その深刻さは十分に認識する必要がある、けれども人間というのはそれほど単純な因果関係だけではとらえきれない存在だと考えます。どのような苛酷な幼少時代を送ってもそれを乗り越えてサバイバルしていく力が、人間にはどこか備わっているのでは、と思いますし、またそういった力を開花させるべく、どう周りの人々が援助できるか、そここそ問われるべきではないかと思うからです。世代間連鎖というのを単純な因果付けや安易な運命論とはしたくない、そのためにDV 家庭にいる子どもたちへの援助も今後もっと具体的に考え、実施していく必要があると思っています。


6.ミネソタDVプロジェクト
 その1つのヒントになるものとしてアメリカで始まっている「DVを見聞きしている子どもたち向けのプロジェクト」について簡単に紹介します。各州でいろいろな実践が行なわれているようですが、ここではミネソタ州のものをご紹介します。
 このプログラムでは、子どものためのサポートグループを年齢に応じて4グループにわけ、10週間にわたりさまざまの活動を行います。面白いのは、男性と女性はコミュニケーションし合えるのだということを子どもたちに体験的に伝えるためにも、男性・女性のセラピストがチームを組んで協力し合って、いろいろなプログラムをやっていくという点です。なお、このプログラムの終局の目標は、世代間暴力の連鎖を食い止めることにあると明言しています。
 そのために、子どもたちにまず伝えるべきこととして次の3つのことが掲げられています。
q DVや虐待というのはいけないことなのだ 
w DVが起こっている状況は、変るべきである。
子どもであるあなたが変ってほしいと思っているのは当然だ
e DVが起こっているのは、あなたのせいではない
このプログラムでは、同じような経験をしている子どもたち同士のグループをつくり、ある意味ではセルフヘルプグループ(自助グループ)に近い環境のなかで、子どもが感じている恥や孤立の感情を緩和していくのだそうです。同時に、セラピストが子ども向けに種々のトレーニング、たとえば、葛藤を非暴力的に解決する手法、感情を率直に適切に表現できるようにする手法などのトレーニングを行います。さらに「男たるもの」「女たるもの」という誤った性役割の学習をしないように、あるいはしてしまっている子どもたちにはそれを解くように、健全な性役割の啓発と、また健全な自己像の発達を促すサポートもしていくということです。このへんは先に述べた、DV家庭にいる子ども向けの援助をわが国で模索していくとき、大いなる手がかりになるだろうと思っています。
 日本では、DV家庭で子どもが育つとどういった否定的影響が出やすいか、そのサインに対してどういうふうに対応したり、関係機関に協力を求めていけるか、これらのことを親や、たとえば幼稚園・保育園・小中高校の先生方に認識してもらうこと、そのために何か小冊子を作り、配布するといったようなことからまずは求められているように感じます。


7.カウンセリングのスキルを応用する
 DV問題の渦中にいる人を援助するためには、私はカウンセリングのなかで特に「聴く」と「伝える」、換言すると「共感的リスニング」と「啓発・情報提供」の2点が必要ではないかと思っています。
 「聴く」というのは、相手の話をちゃんとよく聴くこと、理解しようと思って聴くことです。そして、「伝える」とは、本当に大切だと思うこと、心の底から確信できることを自分なりのことばで相手に伝えていき、相手の考えの整理を促していくこと。いわば啓発につながるよう、エンパワーをめざして伝えるべきことは伝えるという意味です。
 「聴く」ことと「伝える」ことは、言うのは簡単ですが実際はとても難しいものですよね。下手をするといつのまにか援助者も巻き込まれてしまい、わけがわからなくなってしまうような事態に陥ります。そしてDV 援助では余計にそういったことが生じやすいのではないでしょうか。
 DVといじめの類似点について語ったところでもふれましたが、DVの被害を受けた人は自分の状況や気持ちをなかなかことばにできない人が多いものです。自分に自信がもてないので自分の気持ちを受けとめられない、自分の心中の実感を覆い隠して否認したり、分裂(スプリット)を起こしたり、防衛のために、被害がさも大したことではないように言ったり、他人事のように話したりもしやすいですよね。話しては打ち消し、「いや、一時的なことですから、もういいです」と言ってみたり、「覚悟を決めました」と言っては「またやり直します。もう大丈夫」と言ってみたり、揺れがものすごく大きいのではないでしょうか。ですから援助者側も「この人は何なんだ」とか、「もうこの人の話を聴くのはうんざり」とかいろいろな否定的な感情を抱きやすいと思います。が、そういうときでも、いや、そうであるからこそ余計に援助者は「相手の自己決定を促すようにしながら話を聴いていくこと」が大切になってきます。
 一方、「伝える」ですが、情報を提示するとか、啓発していくことに関してそちらにばかり気を取られていると、いつのまにか説教になっていたり、こちらの価値観の一方的な押し付けになったり、ことばは優しいのに慇懃無礼に言っていたり、なかなか期待通りに動かない相手への嫌悪感がどんどん強まったりもしかねません。
 ですから「聴く」と「伝える」の2つを、どのように両方うまくかみ合わせてやっていけるかということがポイントだと思います。難しいですよね。
 でもだから少しでも練習してみましょう。ある精神科のドクターが、カウンセリングなどのトレーニングでは「自分が今やっていることを天井から見るような目を持つとよい」と著書のなかで言っています。この感じ、はじめは無理かもしれませんが、意識すれば徐々にできるようになると思います。自分が実際にカウンセリングをやりながら、それをまた天井から見ていられたら、何が起こっているかを冷静に観察できるわけです。そういう冷静な目を忘れないということが、DV の問題にアプローチしていくときには、ひときわ大事になるでしょう。


8.共感的リスニング・積極的傾聴
 では、「聴く」の練習からいきましょう。「共感的リスニング・積極的傾聴」の「共感」とか「積極的傾聴」とは、“相手の言いたいことを理解しようと、心の中でアクティブにエネルギーをつかって、ちゃんと聴いていく”“相手の言いたいこと、気持ちなどを理解しようと努めながらも、相手と自分との境界を曖昧にしない”“こちらの理解を相手に伝えていく”ということです。
 相手の話の中身、コンテンツつまりどういう筋・内容の話なのかということと、この人はどんな気持ちでどんな思いで話しているのだろうか、その両方をわかろうと思いながら聴きましょう。そして必要なときには、こちら側からもわかったことをことばで返したり、確かめたりしながらやっていきます。そういう作業の積み重ねが共感的リスニングであり、積極的傾聴となります。

【エクササイズ】
積極的傾聴
 2人1組のAさん、Bさんのペアをつくります。Aさんは「最近うれしかったこと、誇らしいと思ったこと」を1つ思い出して話してください。Bさんはそれを聴きます。自分なりのイメージでこういう筋だった、流れだった、こんな気持ちのようだったということをおさえていってください。よく聴くということを心がけてください。メモは取らないでやりましょう。
 そしてストップをかけますので、BさんはAさんの話の骨子を伝え返してください。おもな内容、それとAさんの気持ちを伝え返すようにしましょう。(その後、交代しての実習や相互フィードバック)

【エクササイズ】
天井からの目と適度なアンビバレント
 では今度は聴き手になるときに2人のあいだで何が起こっているかを、天井から見ているような気持ちになってやってみてほしいのです。自分はここにいるのですが、もう1 人の自分が天井から、自分と相手の2人のあいだの出来事を見ているというような感じを意識しながらやってみてください。
 相談者の話に、援助者が境界なくのめり込んだりしないためにも、このような客観的な目が必要なわけですが、その目をつくっていきましょう。
 話し手のほうは、今度はアンビバレントな気持ちが含まれる話しをしてください。たとえば、難しい仕事がきて「やるぞ」とファイトを燃やしているけれども、反面うまくできるかとても不安だといったアンビバレントな気持ちがある話をしていただきたいのです。というのは、DV や虐待について語る人は一般にものすごくアンビバレントですよね。助けて欲しいと思いつつ、もうだめだと思って投げていたり、人に話すことはひどく恥ずかしく情けないと感じていたり。葛藤に揺れ動く気持ち、その中身と感情の両方をわかろうと思いながら聴いていくためのエクササイズです。ちなみに最近読んだある本のなかに「援助者というのは、相談者が、自分のなかで適度なアンビバレントを抱えもてるように相談者を援助する人だ」ということが書かれていました。たしかに私たちはアンビバレントを抱えもてないと、行動や身体にいろいろな問題が出やすいわけですもの。
 被害を受けた女性の話を聴くとき、こういったアンビバレントな気持ちにじっくりとつき合う覚悟、その器になる覚悟が、DV 援助には求められると思っています。(実習省略)

【エクササイズ】
DV援助活動のしんどさを表現する
 今度は、自分がかかわっているDV 援助の仕事や活動のなかで、しんどい思いをしていることを話題にしてほしいと思います。困っていることとか苦労していること、何でも結構です。
 DV援助の仕事・活動で、つらいとか苦しいといった否定的な気持ちを恐れる必要はないということは、相談者のみならず援助者にも当てはまることですね。たとえば、仕事や活動をしていて、「しんどいね」と言い合いながら励まし合える仲間がいるか、職場を超えて支え合える仲間をつくっていけるかどうかが、援助者がこういったしんどい仕事・活動を息長く続け生き残っていけるかどうかということに、大きな影響を及ぼすのではないでしょうか。この種の話だと相手の気持ちがわかるだけに巻き込まれやすいかもしれません。聴き手は共感しつつも巻き込まれすぎないこと、早わかりしないこと、共揺れにだけにはならないことなどを意識しておたがいに練習しましょう。(実習省略)

【エクササイズ】
まとめ
 「共感的リスニング・積極的傾聴」に自信をもってもらえましたか?
 こういう練習はもう1人相手がいれば、練習を重ねていけます。おたがいに励まし合ってやれる仲間がいればいいですね。方法ですが、テープに録音しておけば、フィードバックのときに、自分が抜け落ちやすいのは何か、自分はどういう気持ちを見落としやすいのか、巻き込まれやすいのかといったことを、あとでチェックしたり、相互検討したりしやすいです。
 どういった分野の援助活動でも、私はこの「共感的リスニング」は必要不可欠の基本的態度かつスキルと見なしています。援助者としての自信を育てるためにも、ぜひ、よく聴ける人になっていただきたいと思います。


9.啓発・情報提示
 次に大事な情報を、どのようにきちんと率直に、わかりやすく伝えていけるか、エンパワーメントにつながる啓発ということを取り上げたいと思います。
 そのためには被害を受けた人にいま必要な情報は何か、どういった認識をこの人にもってもらうと役に立つか、このへんの見立てが求められます。このことを考えるのに、マーク・A・カーペル著『エバリュエーティング・カップルズ』(W ・W ・ノートン& カンパニー、1994 年)「DVのカップルに」という章が参考になりますので、それを見ながらお話ししていきましょう。
 DVの生じているカップルに援助者が対応する場合、何を優先的に援助すべきでしょうか。まずなんといっても被害者および子どもの安全が最優先されます。ただし、ただ加害者から離せばよいというのではなく、別離や避難をとおして被害を受けた人が自分の自尊感情や自信を取り戻すことができるよう、そのための援助的関わりをしていくことを目指したいものです。
 また自由意思のもとでカップル双方が自分たちの関係を継続したいと望んだ場合は、カップル療法、カップル・カウンセリングを勧めるのも1 つの対応でしょう。しかし、それは種々の条件をクリアして、カップル両者に意味ある場合に限って勧められるものです。安易なカップル療法への移行では、被害者がいっそうの被害にあうケースも出てくるので、慎重でなければなりません。
 DVの生じているカップルへの援助を、ここでは3 段階に分けていますが、皆さんが対応する可能性の高いと思われる第1 段階について、以下、詳しく見ていきたいと思います。

● エンパワーの重要性
 エンパワーとは、特別なパワーを外側から注入することではなく、その人のもっている内在的な力を引き出すことですよね。そのためには、とにかく話をよく「聴く」ことと、援助者自身のことばで重要なことをわかりやすく「伝える」こと、この2 つが重要なポイントだと考えていますが、これは先に既に強調したことです。
 この第1段階で最も大事なのは被害を受けた女性のエンパワーです。「そうか、私はDVの被害にあっているのだ。これはれっきとした犯罪で、自分だけが悪いわけでもない」という気づきを育てることがまず必要です。たとえば、「日本でも他人を殴ったら、傷害罪として罪に問われる。たとえ家庭内のことでも許されることではない」とか、「人間はだれでも自由に、安全に、安心して生きる、生まれつき基本的な人権をもっている。DVはこれを侵すものであって、女性が一方的に耐えなくてはいけないものではない。家庭内の恥として隠さなければいけないものでもない」といったことを、きちんとわかりやすく被害を受けた人に伝えることが重要でしょう。
 また性役割は社会・歴史のなかで生まれたものであること、これを援助者がしっかり認識しておくことも大切です。というのは、DVには、性役割・ジェンダーバイアスとか伝統的な家庭観、夫婦観などが絡みやすく、「男は生まれつき荒々しく暴力的だ」「女は夫婦間のことは我慢すべき、特に子どものためには我慢すべき」「子どもは片親では幸福になれない」「子どもの幸福のために両親が揃っていなければならない」「男が暴力的なのは、女に非があるからだ、女が暴力を引き起こすようなはたらきかけをするから」といったジェンダーバイアスに、男性ばかりではなく女性もとらわれている場合があるからです。
 援助者の側も「女のほうが口うるさいから男は口では負かされる。あのカップルだと、男だってつい手が出ちゃうだろうな」などと感じることもありはしないでしょうか。これでは被害を受けた女性へのエンパワーはできないでしょう。仮に、女より男のほうが口下手でコミュニケーションが下手であっても、あるいは女性側に男性を苛立たせる要因があったとしても、だから男性が暴力をふるってよいという理屈は成り立ちません。仮に女性に何か人格的なひずみがあったとしても、それがDV を容認する言い訳には決してならないということを援助者自身がしっかりとおさえておく必要があります。そのうえではじめて相手にそのことをきちんとわかりやすく伝えられる、説得力をもって伝えられるのではないかと思います。
 たとえば相談者が「私に問題があるからいけない、彼の暴力は私のせい」などと言ったときに、「それは違うのではないか」と言えるかどうか、しかもこういったことを責め立てるのではなく、エンパワーとして言えるかどうかが援助者側に問われています。こんなふうに援助者であるこちら側が、伝える内容をどれくらい確信できているのか、それを問われる場面がDV 援助には多いと思います。

● 学習された無力感
 被害にあっている女性自身が心身の不調を訴えたり、無力感が強かったり、衝動的な性格であったとしても、その人自身が駄目な人間ということではありません。だれしもDVという状況におかれたならば、そういう性格に徐々になっていく可能性があるはずです。たとえば、「学習された無力感」は、典型的な心理状態の1つです。ある実験で動物が檻のなかから逃げようとするたびに電気ショックを与える、これを数回繰り返すと、電気ショックを与えなくても、動物はその檻から逃げだそうとしなくなります。非常に不快な反応を与えられても逃げようとしなくなるのです。そういうふうに、それまでに味わったことのなかった無力感を経験してしまうと、この状況に自分は何の関与もできないし、自分では何の変化も起こせないということを学習してしまう。それが実験からもわかるとされています。人間の場合も同じです。DV被害者はこの「学習された無力感」の状態にいることがままあるようです。
 DVを受けた人がひどく無気力であったり、他人事ふうであったり、衝動的であったり、先の現実的見通しや判断力をもてなかったりすることに、援助者は苛々させられがちですが、「学習された無力感」からすれば、そういった言動は当たり前とも言えます。自尊感情が欠落したり、決断や選択ができにくくなるなど、いろいろな情報資源から閉ざされやすくなったり、孤立しやすくなるのです。ですから、援助者が「共感的に聴く」とあわせて、必要な認識・情報をきちんと伝えていくことが求められるわけです。

● 援助者と相談者のバウンダリー
 なお、相談者が自分のことや夫婦関係、親子関係などを落ち着いて考えたいということで、個人療法のカウンセリングを希望する場合は、個人療法のカウンセリングのできる機関などを紹介することがあります。ただし、この時点ではまだ、バタラー側(加害男性側)の自覚や問題意識が不明なため、カップル・カウンセリングは勧めません。
 安易に勧めると、被害者がさらなる暴力を振るわれたりしかねないからです。とにかく被害を受けている女性や子どもの安全ということが最優先でしょう。
 この第1段階では援助者の基本的要件として、先にエクササイズで皆さんにやっていただいた「共感的リスニング」と、「啓発・情報提示」が二本柱だと思います。しかし、啓発は共感的リスニングがあってはじめて可能になります。「この人は本当に私の話を聴いてくれるし、気持ちを汲んでくれる」「この人は親身になってくれている」と思ったとき、「この人の言うことを聴こう」という準備状態、信頼関係ができるのだと思います。「聴く」ことの乏しい啓発だけですと、援助者側が相談者のことを、物事を決められない駄目な人、自立意識の希薄な弱い女性などと断罪しがちになります。
 一方、共感的リスニングが同情になってしまうと巻き込まれすぎて、本人に代わって援助者がどんどん物事を決めたり、ひいては援助者側にバーンアウト(燃えつき)が起こったりしかねません。共感とは、あたかも相手になったかのように話を聞くことと言われますが、決して、相手に同一化してしまうということではありません。援助者側と相談者の境界(バウンダリー)を、どのようにちゃんと保っていられるかという点がポイントになると思います。相手の状況に身をおいて、当事者の気持ちに即して理解しようと話を聴き考えていくけれど、しかし、どのように選択していくのかを最終的に決めるのは、あくまでも当事者という姿勢、これが境界を保持しながらの援助的関与です。そのために1 人で丸抱えにならないよう、連携で対応してゆく工夫も必要でしょう。職場によってはそういった連携がままならない場合もありますが、できるかぎりチーム対応していくことです。また、大変なケースであればあるほど、折りをみて他の人にもそのケースについて聞いてもらったり、スーパービジョン*を受けたりすることが大事になります。

● スーパービジョンの重要性
 職場でスーパービジョンが得られればいいのですが得られないとき、どうしたらよいでしょうか。地域によってはスーパーバイザーがなかなか見つからないこともあるので安易には言えないのですが、どうすれば、自分がやっている援助活動を別の視点から検討してもらえるようなチャンスを得られるか、どんな試みが可能か、各人が可能性を探すようなこともやはりこういった分野では必要な気がします。「状況が整っていない」と言っているだけでは始まらないし、できそうなことはないかと模索することが、ネットワークづくりになっていく面もあるはずです。はじめは半年に1 度のスーパービジョンでもいいから職場で得ることができないか、ボランティア活動であっても事例検討の会にきちんとスーパーバイザーを要請できるようにしたいなどと、粘り強くはたらきかけていくことが不可欠でしょう。
 以上、第1段階でのポイントは、当事者や子どもの安全を最優先するところにあります。本人にDVについての気づきや自覚を育て、本人が今後どうしていくかを考えられるためのレディネス(準備状態)をじっくりとつくっていくということです。“じっくり”と言ってももちろん“待ったなし”のケースも多々あります。が、本人をエンパワーする、あるいはそれに向けてのレディネスを育てるといった意識が非常に大事になります。

● ネットワーク
 第1段階が被害女性や子どもの安全最優先であるわけですから、シェルターの情報や関係機関についてなど、なるべく実効的なデータをもっていること、ネットワーキングをできることが決めどころになると思います。たとえば「病院に行きなさい」「警察に行きなさいよ」ではなく、「○○病院の△△先生、ソーシャルワーカーの□□さんのところに行くように」「警察のだれ々さんにつなぎましょう」「シェルターはここにしたらどうでしょう」というように、できるだけ具体的なイメージで、対応のチームプレイができるようにするといいと思います。そのためにもどうやってネットワークをつくるか、ですよね。
 ネットワーキングのつくり方ですが、たとえばこういうワークショップや講習会でいろいろな人に出会ってネットワークをつくるという方法もありますし、またなんと言っても実際のケースにどう対応してくれるか、連携態勢をとってくれるか、あそこはいいぞ、などといわば発掘するように探すことでそれがネットワーキングになっていくのではないかと感じます。同様の仕事・活動をしている人の口コミも大きい。身近にだれも見つからない場合など、前から本などであたりをつけていた方、口コミで評判のいいところなどに飛び込みでお願いし、見事に対応してもらえることもあります。日頃からいろいろな本や講演等で当たりをつけておくこともネットワーキングをつくるには大事なことでしょう。また、そういう情報に詳しい仲間や友人も非常に大切ですよね。きょうのようなワークショップを、ぜひ、そのネットワークづくりに活用していただきたいと思います。

● 医療機関スタッフのためのトレーニング
《アメリカの一例》
 「医療機関スタッフのためのDV トレーニング」という一例をご紹介します。アメリカ、マサチューセッツ州のある病院では、医者、看護婦のみならず、事務職を含むすべてのスタッフにDVについてのトレーニングをしています。DVの被害者かもしれない女性が来たときに、その病院のあらゆる職種の人がそういった視点を持って対応できるようにするためのトレーニングです。現在その仕事に従事されている山田真由美さんの了解を得て、以下、その内容を簡単にお伝えします。
 トレーニングは、「DVの定義」や、どうしてDVが起こるのかという「基本的知識」の学習から始まります。次に、DVによって起こる身体的、精神的な症状や特徴の紹介。たとえば、身体的症状は、外傷として火傷・内出血・噛み傷・切り傷・骨折・歯や口周辺の怪我などが多いということ、状態としては身体のいろいろな部位にある傷や内出血、いろいろな治癒段階にある内出血、傷に対する説明が曖昧だったり不自然だったりするもの、その他慢性の頭痛・胃痛・疲労・不眠・動悸など。精神的な症状としては、うつ症状・自殺願望・不安症状・パニック発作・摂食障害・薬物乱用など。
 ただし、このような症状・特徴が見られない場合でも、背景にDVがあることが多々あるので、スクリーニングは常に必要だということ、またスクリーニングで注意すべきことは、患者は必ず1人にし、付き添いの人には席をはずしてもらうことなども伝えます。付き添いが加害男性であることが多いからです。そして、スクリーニングで話すことは必ず秘密が守られるということを知らせておくこと、スクリーニングを始めるにあたってはどの医者や看護スタッフも次のようなことばかけをして、患者の不安軽減を心がけること、「家庭において危ない目にあわれたことはありますか」「家族や恋人に殴られたり、怪我をさせられそうになったことがありますか」「家族や恋人に恐怖を感じたことがありますか」など、守秘義務があることを告知したうえで、付き添いの人のいないところで、こういう質問を当事者に訊いていきます。
 また、患者が怪我をしている場合、「このような怪我はだれかの暴力による場合が多いのですが、あなたはだれかに暴力をふるわれましたか」とか、「患者さんがこういった症状を訴える場合、だれかに脅かされていたり、暴力を振るわれていたりする場合が多いのですが、そのようなことはありましたか」というふうに訊いていきます。もしも患者がスタッフにDVを打ち明けたときは、「そのような経験をしておられるのは、あなただけではありません。沢山の人がそのような問題を抱えておられます。あなたをこのような目にあわせる権利はだれにもありません。お話しくださってありがとうございます。どうしていくのがよいのか、いっしょに考えましょう」といった受け答えをしていく。こういったことをその病院の全スタッフにトレーニングしていくのだそうです。
 日本でここまでDVについてトレーニングしている病院は、まだ皆無に等しいでしょう。今後はどうすればDVに対する目を病院などにももってもらえるか、そこをどうはたらきかけていくかも重要だと思います。時間はかかるかもしれませんが、でも子ども虐待について、医療機関での認識は以前に比べるとこのところできてきたように感じますよね。DV についても、医療機関はじめ関係機関に対し、正確な認識を持ってもらうためのはたらきかけが求められているように感じます。


10.ロールプレイ
 ではここで、啓発・情報提供のエクササイズをしましょう。また2 人1 組のペアをつくってください。先ほどと違った方と組んでください。今度は話し手の方はご自分の話をするのではなくて「ロール」をとってください。ロールプレイとは直訳すると「役割演技」と呼ばれるもので、いわば子どもがやる「ごっこ遊び」みたいなものなのです。
 ある1つの与えられた役割をとりながら、臨機応変に、その時々の自分のことばで言っていく、相手とやりとりをし、そのやりとりについて検討するということをやっていただきます。

【エクササイズ】
「共感的リスニング」プラス「啓発」
 Aさんが相談者、Bさんが援助者になって、ロールをとっていただきます。こういう状況にします。
 Aさんはある会社に勤めている20代半ばの女性社員。上司がすぐ肩を触ったり、胸をのぞき込んだり、いわゆるセクハラまがいのことをされています。とても嫌なのだけれど、自分だけが神経質になりすぎているのかもしれないと思ったりもしています。というのは周りの女性社員はあまり気にしていないようなので、自分が少々過敏なのだろうかという気もする。しかしきょうも似たような不愉快なことがあり、その仕事帰り、たまたま「婦人相談室」という看板を目にし、「どんな相談でも受け付けています」と書いてあったので、思いきって入ってきたという状況設定にしましょう。
 援助者をするBさんは、共感的リスニングはもちろん大事です。が、それに加えて今度はAさんに、「これは大事な情報だ」「これは確信をもってあなたに言いたい」と思うことを伝えてください。
啓発、つまりAさんへのエンパワーになるようにわかりやすくA さんに伝えること、これを意識してください。(実習省略)

【エクササイズ】
役割交替
 今度はBさんが相談者、Aさんが援助者です。1つは「デートレイプ」。つきあっている男性に「自宅に遊びにおいで」と言われて出かけた女子大生。
 レイプなのか果たしてよくわからないが、抵抗しているうちにセックスをした。母親に相談したところ「男の子の部屋に行ったあなたが悪いんじゃない。すきがあるからそんな目にあったのよ。人に話したり、相談したりしたら、自分で自分の恥を世間に言いふらすようなものだから、何もなかったものと思いなさい」と言われた。しかし忘れようとしても忘れられない。かといって、そんなことでいつまでもモヤモヤしているのもしんどい。
 こういう状況にある女子大学生というロールです。
 もう1つは「いじめ」。みんなから無視されたり、バイキンと呼ばれたり、いろいろと嫌な目にあっていてつらい子ども。けれども、親は自分のことを元気な明るい子だと思っているし、いじめられているなんて自分でも恥ずかしくて家では言えない。学校へ行くのが苦しくてたまらない。それで「子ども110番」に電話をかけてきたという状況設定にしたいと思います。
 Bさんはこのどちらかのロールを選んでください。援助者側のA さんは、「積極的傾聴」と、相手の力になることをしっかりと伝える「啓発」の両方を意識しながら実習をやってください。(実習省
略)

【エクササイズ】
DV被害者のシミュレーション
 では最後に、DVの事例でロールプレイをしましょう。被害者のロールは私のほうでつくってきた事例を使ってやってください。
 このロールプレイのねらいは、援助者側が積極的傾聴をし、必要なことを情報提供し、啓発していくということ、この2つの総合的練習です。少し長めのロールプレイにします。(実習省略)
 援助者をした方は、相談者をした方から「あなたの聴き方はこういうところがすごくいい」とか、情報の提供や啓発について「あなたの話はこんなふうに役に立った」とか、いろいろと言ってもらいましょう。また逆に「もう少し、こうして欲しかった」ということ、抽象的な批判ではなく「もっとこうしてもらえると相談者としては、より助かっただろう」ということもなるべく具体的に言ってもらうようにしてください。
 ロールプレイでは、自分はどのあたりが得意か苦手かといったことに気づかされますね。そしてまた、援助者役だけでなく相談者をやってみることで、相談者の気持ちをよりリアルに追体験できたりもします。日々の仕事・活動で何かと忙しいことと思いますが、こういったローププレイの検討も良き学習になります。どうぞ折々、なさってみてください。そこでどういった相互検討、おたがいに役に立つ検討ができるかということが、実際の援助活動の質とけっこうパラレルではないか、その質を反映しているのではないかと思います。


11.まとめ
●燃え尽きないために……セルフケア
 DVや性虐待ならびに児童虐待への援助をしている人は、総じてバーンアウト(燃え尽き)したり、代理受傷の状態になったりする危険が高いと言われています。やはりこういった援助活動が非常に労多く、また孤立しやすいものであり、報われにくいものであるということなのでしょう。援助者自身が燃え尽きないためにどういうふうにケアしていくか、セルフケアの問題も重要ですよね。たとえばこういったことについて、「セラピストはスポーツをしたり、休暇を楽しんだり、部屋の模様替えをしたりといったことでエネルギーを充電するように心がけるといいだろう」と書いている本もあります。
 そして繰り返しになりますが、同じような仕事・活動をしている仲間もセルフケアには必要です。私たちの仕事は守秘義務があるから、どんなにしんどいことがあっても不用意に話してはいけないところがあります。抱えもたなければいけないためにストレスもたまりやすいのですが、「守秘義務」ということを共有しあった、同じような仕事をしている仲間にアドバイスを求めることはできます。そのあたりのネットワークは有益な援助を被害女性に提供するだけでなく、援助者のセルフケアにも大変役に立つと思っています。
 セルフケアを自分なりにやっていけるか、日々の仕事や活動のなかでゆったりする時間や楽しみは確保されているか、支え合える仲間がいるか、こういったことが、腰を据えて燃え尽きずに長期的に仕事をしていく際の、大事な秘訣ではないかと思ったりしています。

●加害者男性のための治療プログラム
 最後にもう1 つ、ちょっと違った視点の事柄を導入します。
アメリカでは加害者男性へのいろいろな治療的・心理教育的もしくは矯正プログラムがあって、州によってもかなりの違いがあります。法律としてそれを受けないと罰する、牢に収監するという強制力をもたせながらやっているところもあります。
 それらの1 つに、マサチューセッツ州ボストンで加害者男性側への治療プログラムをおこなっている団体、「エマージ」があります。エマージの発行しているパンフレットのなかに、相手の男性がこのプログラムを通して本当に変わろうと思っているのか、また実際に改善されてきたのかどうか、そのあたりの見極めをするときのポイントを載せているものがありました。これは被害を受けた側の女性に問いかけているものなのですが、その内容が興味深く思われましたのでご紹介します。
 本当に男性が変化しているのか、DV解消・克服に向けて真に男性が改善しているのかどうか、その見極め方について以下のようにまとめています。
 「彼が変化しているかどうか、それはあなたこそ、最善の判定者だ。あなたの心の奥底で彼は変化していないと感じるのであるなら、ほかのサイン(たとえば、どんなに口ではいいことを言ったとしても)を無視して、あなたの感じに信頼をおいてよい。私たち(「エマージ」を運営している人たち)援助者側が求めているのは、実際に加害男性側の以下のようなことがらだ」と述べています。
 そしてバトラー男性が真に変わる可能性があるのかどうか、次のようなことをチェックポイントになること、そこをきちんと見極めよ、と勧めています。
 「彼はあなたを脅かすような言動を完全に止めているか。あなたは彼への怒りを表現できるか。
そうしたことについて罰せられるとの恐れを抱くことなしに、あなたは怒りを表現できるようになったか。彼が動揺することがわかっている話題をもち出しても、あなたは安全と感じるか。彼はあなたの意見に耳を傾け、あなたの意見に敬意を払うか。たとえ、彼はその意見に同意していないときであっても、虐待的になったり支配的になったりすることなく、あなたと討論することができるか。セックスや身体接触についてのあなたの希望を尊重しているか。あなたが彼のために何でもやるべきだといった期待を打ち捨てているか。彼が不機嫌になるという恐れなしに、あなたは友人と時を過ごすことができるか。学校へ通うとか、仕事に就くというあなたにとって重要な事柄をあなたは実行できているか。彼の子どもとのかかわり方にあなたは居心地の良さを感じているか。子どもを彼の元において出かけることを安全と感じられるか。彼はあなたにとってサポーティブ、支えてくれる感じであり、あなたに温かいことばをかけてくれるか。あなたの話をよく聞くか。家事や育児について、彼は自分のなすべきことを行っているか」以上です。
 ちなみに、「エマージ」では被害を受けていた女性がいまの問いに「そうではない」という指摘をいくつかあげたら、もう1 回男性はそのプログラムを受けなければいけないという決まりになっているのだそうです。こんなふうに、本人の実感を尊重することはその人の自尊感情の回復・育成にも大いに寄与するものでしょう。

● 日本での取り組み
 この「エマージ」のようなシステムが整っていない日本では、加害男性が変化しようという準備状態にあるのか否かという判断は、かなり難しいように思います。被害を受けている女性も、大した問題ではないというように否認しがちですし、またバタラー男性が対外的には「良さそうな人」「良識ある人」に見えやすいのもよくあることですよね。
 おそらくポイントは、バタラー男性側に自分がしたことはいけないことなのだという正当な加害者意識があるか、責任を引き受ける準備状態や問題意識があるのか、また2 人の関係をよりよいものにしていきたいという動機が本当にあるのかどうか、だと思います。男性側に女性が心理的依存をしたり固着するという意味の「2 人の関係の維持」ではなくて、本当に自分たちの関係をよりよいものにしたい、自分も犯した罪を認めて責任を果たしていこうという意識があるかどうか、大変微妙なところですが、そういう決意が見られる場合のみ男性のワークショップやサポートグループなどを紹介することが有効であるように思います。
 なお、いま日本で男性自身がそのレディネスというか動機をもつのは、大きく分けて2つだと、わが国でバトラーへの取り組みをされているある方が言われていたのが印象的でした。
 1つは、相手の女性から離婚や別離を突きつけられたときだと。それが本当に相手の女性を困らせていたことだったのだ、自分は別離や離婚を突きつけられるほど大変なことをやっていたのだ、でも自分は別れたくない、ということを心底認識して「変わらなくては」と自発的にやって来る男性……。これが1つの望ましいパターンだそうです。
 もう1つは日本的だと思ったのですが、その男性自身にとって影響力のある人、たとえば親戚のおじさんとか職場の上司とかに、「おまえは変わらなければいかん。どこかに相談に行け!」と言われてくるパターンだそうです。何だかわかるような気がするところが面白いですよね。
 ちなみに女性援助者が男性に「あなたは変わらなければいけないから、どこかのプログラムに行きなさい」というパターンは、話がややこしくなり、難しいそうです。私も冒頭にお話ししたアサーションのトレーニングをしているなかで、これまで最も難しかったなと感じたのが、「女なんて馬鹿だ」「女は殴らないとわからない」といった発言をされる方がいるときでした。となると、私たち女性の援助者にとっては、加害男性に強力なはたらきかけをしてくれそうな兄貴分、親分みたいな存在の人がバタラーの周りにいるかどうかを見つけること、その人にうまくはたらきかけてもらうきっかけをつくることが必要かもしれません。
 また、「カップル・カウンセリング」も1つの方法ですが、「あくまでも両者がカップルの継続を願っている」「実際に男性の暴力が以前より減っている」「男性自身が暴力そのものをコントロールすることが可能になってきている」という三条件がすべて満たされていて初めて、カップル・カウンセリングが可能だといわれています。ここを十分におさえてからでないと、かえって暴力が激化したり危険だということも、皆さんはおわかりかと思います。
 短い時間のワークショップでしたが、皆さんの仕事・活動に何か少しでも役立てていただければ幸いです。(質疑応答 省略)



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患
FC2 Blog Ranking
   

~ Comment ~

Re: NoTitle 

不安なひつじ さんへ。
 6/21 ブログの最初に、プロフィールから転載した「6/20コメントの方へ、相談・お問合せのお願い」を載せていましたが、お問合せがないようなので、記事を外しました。プロフィールの中に<相談・問合せのお願い>の方で、ご確認いただけますでしょうか?
 なお、記述の「先生」が私ではなく、記載記事の園田雅代 創価大学教授をさしているなら、直接、大学にお尋ねになってみたらどうでしょうか?
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「ドメスティック・バイオレンス被害者に対する精神医学的援助の実際」 加茂登志子(東京女子医科大学助教授・精神科医 と東京都女性相談センター非常勤医師)】へ
  • 【「傷ついた心の行方」 吉永陽子(長谷川病院精神科医 青葉学園短期大学非常勤)】へ