あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患

虐待を受けた子どもへの具体的なかかわり -学校でできること③-

 
 児童虐待をめぐる親権法(民法等)改正に関する検討について  児童養護施設 双葉学園 施設長 武藤素明 <京都新聞>DV男性に「シェルター」 山科の団体、頭冷やす場を提供
 このモジュールでは、虐待を受けた子どもへの具体的なかかわりとして、学校で何ができるのかを学びます。
 前の2つのモジュール(モジュール6・7)では、虐待を疑う中での対応を中心に、学校で何ができるか・必要かについて取り扱いましたが、このモジュールでは、さらに、虐待を受けたことが明らかになってから、その子どもにどのように接し、どのようにその子を支援していくかについて、学んでいきます。
 ここで扱う内容は、モジュール2や3でも採り上げた、子どもの心理に対する虐待の影響や、学校生活での現れ等に関する内容とも深く関連しています。これらのモジュールによる学習の上に、本モジュールの研修を進めていただければ、より効果的となるでしょう。


虐待を受けた子どもへの対応の骨格
① 学校は安全な場所だと伝える
② 感情を許容される方法で表現させる
③ 適切な社会的行動のスキル獲得を支援する
④ 自己イメージと他者イメージを回復させる
⑤ 自分が変われたという自覚を持たせる

(虐待を受けた子どもへの対応の骨格)
 虐待は、子どもの心の発達に大きな歪みをもたらすものです。こうした歪みがもたらすさまざまな障害が、多くの場合、子どもの学校への適応を難しくします。同時に、教職員自身も、これらの子どもに対応するとき、心の問題からくる指導上の困難を経験することになります。
 しかし、学校は専門的な治療機関ではありません。さまざまな専門書に書かれているような心理治療をしようとしても、人的にも物理的にも無理があります。
 それでは、虐待を受けた子どもへの対応について、学校はどのような見通しを持てばいいのでしょうか。まずは、必要となる対応の骨格を概観し、その全体像をイメージしてみましょう。

(学校は安全な場所だと伝える)
 対応の第一は、学校は安全な場所であるということを伝えることです。つまり、学校では子どもは虐待されないのだということを理解させるということです。

(感情を許容される方法で表現させる)
 次に、子どもの中で渦巻いている怒りや恐怖といった否定的な感情を含めて、周囲から許容されるようなやり方で気持ちを表現することを教えていくことです。

(適切な社会的行動のスキル獲得を支援する)
 気持ちが出せるようになってくれば、人とのやりとりでどのようなやり方が望ましいのかといった、さまざまなソーシャルスキルの獲得を目指すことになります。

(自己イメージと他者イメージを回復させる)
 こうしたかかわりの結果として、子どもの自己イメージと他者イメージを回復させていくことが可能になります。

(自分が変われたという自覚を持たせる)
 幼稚園から高等学校までの長い教育期間を通して、子どもが、自分は変わることができたのだという感覚を持つことができるようにすることが最終的な目的です。言い方を変えれば、自分は自分の人生を主人公として生きていてよいのだと思ってもらえるように支援をしていくということになります。
 これらの対応のそれぞれについて、引き続き詳しく見ていくことにしましょう。


①安全であることを伝える
○ 「安全だ」と言うだけではダメ
*学級運営上の心がけ
→ 安心感・安全感を感じられる教室環境(受容的な雰囲気)をつくっていく
*子どもが学校生活に見通しを持てるようにする工夫
→ 子どもへの対応方針は教職員集団内で統一する
○ 集団生活の中でトラブルを起こしたときこそ、学校が安全な場であることを伝えるチャンス
→ 現れた行動・感情について、子どもと一緒に『真の理由』を探し当てる
○ 言葉かけにより、子どもの行動化の背景にある気持ちの動きを、教職員が察しているということを伝える
*個々の行動への言葉かけ
~ 子どもが「問題行動」を起こした際に、「あなたは、こんなふうに感じているように見えた」、「○○にカッときたように見えたよ」といった指摘をしてやる
* トータルな言葉かけ
~ 子どもが落ち着いているときに、「あなたは、たくさんの人が集まる場面では落ち着かなくなるみたいだ」といったように、全般的な行動傾向についてコメントしてやる

(安全であることを伝える-「安全だ」と言うだけではダメ)
 学校が子どもにとって安全な場所であることを伝えるには、ただ「安全だよ」と言うだけではダメです。
 まず何よりも、威圧的ではなく、安心感や安全感を子どもたちが感じられる環境を教室の中につくることが必要です。責め合わず、受容的な雰囲気が大切になります。これは個別的な対応というよりも学級運営の基本的な視点でしょう。
 併せて子どもが学校生活に見通しを持てるようにする工夫も大切です。そのためには、子どもへの対応方針が教職員集団で統一されていることが必要になります。

(トラブルを起こしたときこそ、チャンス)
 虐待を受けた子どもは、しばしば集団生活の中でトラブルを起こします。こうしたトラブルは「行動化」と呼ばれていて、子どもが自分の感情をもてあましたときに、行動にして表すことを意味しています。実は、こうした「問題」が起こったときこそ、学校が安全であることを伝えるチャンスなのです。
 虐待を受けた子どもでは、ことばと感情がなかなかつながりません。怒って暴れる子どもは、自分が何にどうして怒っているのか説明することができないのです。だからこそ、その怒りが収まった後で話を聞いても「何となく腹が立った」、「頭がまっ白になった」としか答えられなかったり、はたから見れば「たかがそんな理由で」としか思えない些細な原因を主張したりします。子ども自身、自分がどうして怒っているのか、その本当の理由がわかっていないということも少なくありません。ですから、教職員は子どもと一緒になって、怒りの『真の理由』を探し当てるといった心構えが必要となるのです。

(個々の行動への言葉かけとトータルな言葉かけ)
 個々の「問題行動」に対しては、「どうして」と問い詰めるよりも、「こんなふうに感じているように見えた」、「誰々のこの言葉にカッときたように見えた」と指摘してやる方が有効でしょう。
 また、子どもが落ち着いている状況では、機会を見て「あなたはたくさんの人が集まる場面では落ち着かなくなるみたいだね」、「数学の授業になるとトラブルが多いようだけれど」といった、子どもの全般的な行動傾向についてコメントすることも有効です。
 いずれの言葉かけも、子どもの行動化の背景にある気持ちの動きを、教職員が察しているということを伝える効果があります。そのことが「わかってもらえている」という感覚につながり、安心感や安全感の獲得にもつながっていくと考えられるのです。


具体的な手だて
○ 褒められるところを探して、褒めてみる(問題行動にばかり注目するのでなく、視点を転換する)
○ 登下校時、廊下ですれ違うときなど折に触れて、さりげない挨拶や言葉がけをする
○ 適度の距離感を保つ(あまり心配しているという態度を取りすぎない)、特別扱いしているような雰囲気をつくらない
○ できれば、「行動化」を子ども自身で予測できるようにする手がかりを与える


【安全であることを伝える】
(安全であることを伝える-具体的な手だて)
 子どもが安心感や安全感を獲得していくことができるようにするための具体的な手だてをいくつか考えてみましょう。

(褒められるところを探してみる)
 ひとつは「周囲を困らせてしまう言動にばかり注目するのではなく、困らせていない場面や当たり前のことを当たり前にできている場面を探して、それを褒めてみることです。ともすると、問題行動の多い子どもに対しては、その問題行動にばかり大人が注目してしまうことで、結果として関わりのほとんどが「叱る」ことになり、子どもが当たり前のことをしているときには何も注目せずにおいてしまうということになりがちです。
 教職員の側の視点を変えることで、子どもが肯定的な注目を受けられるような環境を創り出すことができます。

(さりげない挨拶をする)
 登下校時、廊下ですれ違うときなど折に触れて挨拶をしたり、言葉をかけたりすることも、子どもに注目されていると感じさせるために大切な手だてです。
 (適度の距離感を保つ、特別扱いしているような雰囲気をつくらない)一方、日々の生活では、適度の距離感を保っていくことも大切です。「心配だ」という態度を取りすぎると、かえって子どもは自分が失敗するのではないかという不安を強めてしまいます。
特別扱いしているような雰囲気をつくらないことも大切です。もちろん、大きなトラブルの場面などでは他の子どもと分離した特別な 対応を必要とすることもありますが、「お前は他の子と違う奴だ」という構えで日々接することは避けなくてはなりません。
(「行動化」を子ども自身で予測できるようにする手がかり与える)
 できれば、子どもが何らかの行動化を起こしそうな場面や活動に先立って、子どもに予測のための手がかりを与えることが望ましいです。「今度の時間はあなたの苦手な体育だけど、イライラしてきたらどうする?」といった言葉かけです。それまで「イライラしたら暴れる」という行動をとっていた子どもが、こうした予測の言葉かけをされていくことで「イライラしたら職員室に来る」という行動をとることができれば、それは大きな前進になるのです。


信頼関係を築くまでに
○ 子どもは何に反応するかわからない
→ 不適応行動への理解
「こんなことくらいで」と考えるのではなく、「こういう刺激にこんなふうに反応するのか」と理解していくことが大切
○ 一定の信頼関係を築くまでに、子どもがリミットテスティ
ング(試し行動)を示すこともある
※ どこまでやったら叱られる(虐待される)かを試すための、ひどく挑発的
な言動、教職員が叱らざるを得ない言動など
→ 言動の背後にある心性を理解した上で、許されない行動に対しては毅然とした制止・修正
→ 子どもの心の動きを汲み取った言葉かけにより対応
「先生を怒らせたいみたいに見えるね。でも、先生はそれがわかるから怒らないよ」、「そうやって、うんと叱られたら、いつものことだ、って安心できるのかな。でも、別のやり方もあるよ」など


【安全であることを伝える】
(信頼関係を築くまでに)
 教職員と子どもとの信頼関係を築く上でも、学校が安全な場所であることを理解させることがひとつの出発点になります。

(子どもは何に反応するかわからない)
 虐待を受けた子どもの場合、他の子どもにとっては何でもないようなことを脅威に感じてしまい、安全感を奪われてさまざまな不適応行動が現れることも十分に考えられます。「こんなことくらいで」と考えてしまうのではなく、「こういう刺激にこんな反応をするのか」と理解していくことが大切です。

(リミットテスティングへの理解と対応)
 教職員との間に一定の信頼関係が築かれることは、とりもなおさず子どもが学校生活を安全なものだと感じ始めたことを意味しています。そこに至るまでには、リミットテスティング(試し行動)と呼ばれる行動が示されることもしばしばです。リミットテスティングとは、子どもが、学校生活の中で、どこまでやったら『慣れ親しんだ』虐待的な関係が出てくるのかを確かめようとする行動傾向のことです。ひどく挑発的な言動、叱らざるを得ない言動などが示されます。「絶対に叱らないようにしよう」という申し合わせをした教員集団がありました。その子は、授業から抜け出して職員室で好き勝手をしても教員たちが何も言わないでいると、突如、窓辺の花瓶から花を抜き捨てて、中の水を机上にあったパソコンのキーボードにこぼして回り始めました。これなどは典型的なリミットテスティングと言えるでしょう。
 学校は社会的な場面ですから、どうしても許容できない行動というものはあります。管理やルールがまったくない社会場面などあり得ません。ですから、現実感のあるルールを毅然として守ってみせる態度は重要です。「絶対に叱らない」などという対応は不可能です。他者を傷つける、自分を傷つける、意図的に物を壊すといった行動は、制止しなければなりません。
ただし、その場合にも教員が子どもの言動の背後にある心性を十分に理解していることが極めて重要です。
 そのことによって、表面的な言動ではなく、子どもの心の動きを汲み取った言葉かけをしていくことができます。社会的な基準から見て許されないのは行為であって、その行為に結びついてしまった感情は認めることが必要です。その感情を、社会的に許される行為につなげていくのが教育の仕事なのです。
 「先生を怒らせたいみたいに見えるね。でも、先生は、それがわかるから怒らないよ」。「そうやって、うんと叱られたら、いつものことだ、って安心できるのかな。でも、別のやり方もあるよ」。そのような言葉かけによって、リミットテスティングに対応していくことになります。


② 感情の表出を支える
(感情を許容される方法で表現させる)
○ まずは感情を受け止める
→ その上で、子どもの中で生じていたであろう感情を、言葉にして返してやる
※ 「受け止める」とは、子どもの意のままにさせるということではない
(→感情爆発への対応)
○ 感情を言葉に置き換えていくためのモデルを示す(感情に、言葉のラベルを与える)
〈例〉「気持ちが泥みたいになった」、「頭が噴火した」など
○ 感情コントロールの面で、以前よりできるようになったことがあれば、どんな小さな改善でもきちんと認める
~ 「努力はしたかもしれないが、結局は爆発したじゃないか」との評価では、
子どもの行動は改善していかない
○ より許容できる表現の方法を探す

(感情の表出を支える)
 虐待を受けた子どもへの対応の第二は、感情を許容される方法で表現させること、感情の表出を支えることです。

(まずは感情を受け止める)
 子どもに適切な感情表出を獲得させていくためには、子どもが起こす感情爆発を受けとめなければなりません。その上で、その子の中で生じていたであろう感情を、言葉にして返してやることが必要です。
 もちろん、受け止めるというのは子どもの意のままにさせるということではありません。子どもの行動が爆発的だった場合には、ともかくその行動をある程度抑えなければなりませんし、そのためには特別な場や人の工夫が必要になります。この点については後で説明します。

(感情を言葉にするモデルを示す)
 受け止めが可能になったら、次は子どもの感情を言葉に置き換えていくためのモデルを示していく必要があります。なかなかすぐには達成できないかもしれませんが、感情爆発が起こってしまう状態に関して、言葉のラベルを与えることを試みることになります。
 例えば、「気持ちが泥みたいになった」。「頭が噴火した」。これらは、実際に子どもたちが教職員とともに考え出した言葉です。

(小さな改善でもきちんと認める)
 感情と言葉に結びつきが生じてくれば、どんな環境だとそのような感情状態になりやすいのかといった予測も立てやすくなります。もし、子どもが事前に自分の感情の変化に気づいて訴えてきたり、これまでならば簡単に爆発を起こしたと思われる場面でもその場から立ち去る努力をしたりしたら、どんなに小さな改善でもそれを認めることが大切です。「努力はしたかもしれないが、結局は爆発したじゃないか」という評価では、子どもの行動はなかなか改善していきません。

(より許容できる表現の方法を探す)
 子どもの年齢が幼かったり、言語発達の問題があったりして、言葉にするということに困難が伴うこともあります。その場合には絵を描いたり、からだを動かしたり、とにかく爆発的な行動を起こすよりも社会的に許容され得るような行動に置き換えていく指導が必要になります。



感情爆発への対応
○ 学校生活では何が感情爆発の引き金になるかわからない
→ パニック時にも、最善の対応ができるようにする工夫(場の工夫、人の工夫)

【感情の表出を支える】
(感情爆発への対応)
 学校生活では、教員がいくら子どもに配慮しても、子ども同士の関係の中で虐待を受けた子どものトラウマが刺激されてしまう事態はいくらでも起こります。その意味では、感情爆発を起こさないようにすることは当初は困難ですから、起こしても最善の対応ができるようにする必要があります。
 そのための方法として、場の工夫、人の工夫といったことが考えられます。


場の工夫
○タイムアウト
~ 落ち着きを取り戻すまでの間、周囲の人々や危害を加えられやすいモノから引き離す
~ 二次的な被害を防ぐことで当の子どもも守ることになる
○安全基地の確保
~ コントロールを失いそうになったとき、自分を沈静化させられる場所(安全基地)へ行くことを認める
※ 安全基地としてどこを使わせるかは、各学校の実情に応じて工夫
※ 安全基地となる部屋には、壊れやすい備品を置かないなど、失敗しないですむ環境を整備


【感情の表出を支える】
(場の工夫)
 工夫のひとつは場所の問題です。
(タイムアウト)
 パニックを起こした子どもには、できる限り二次的な被害を出さずにすむ場所を提供することが有効となります。周囲の人々や危害が加えられやすいモノから、一定期間引き離すのです。これをタイムアウトといいます。
 この方法は、パニックを起こすきっかけになった刺激から遠ざけて、子ども自身と周囲への危害を防ぎながら、落ち着きを待つという考え方に立っています。罰として隔離するということではなく、自分の力でコントロールを回復するのを待ち、そして、回復できたときには、その事実を認めて誉めてあげるという姿勢が大切になります。
 これが成功すると、子どもはあくまでも自分のパニックとのみ対応すればよく、二次的・三次的な「誰にケガをさせた」、「何を壊した」という問題で指導されることがなくなります。
 しかし、子どもの体格や体力では隔離も困難なことは多々あります。周囲が離れてあげることでもタイムアウトの効果が出ることがあります。

(安全基地)
 タイムアウトの方法がうまくいくようであれば、一歩進んで安全基地を創ることも考えられます。コントロールを失いそうになったとき、自分を沈静化させられる場所へ行くことを認めることで、集団の中での大きな失敗を未然に防ごうとする方法です。
 学校で、安全基地としてしばしば活用されるのは、保健室、校長室、相談室、特殊学級などです。ただし、これらの空間にはいずれも本来の機能があり、虐待を受けた子どもの安全基地として使うことで本来の機能が麻痺してしまうこともあります。これは、各学校現場がそれぞれの実情に応じて工夫すべき問題となります。
 もちろん、安全基地として用いる空間には、必要以上の壊れやすい備品などは配置すべきではありません。子どもは、最初は自分のコントロールができないのです。失敗させてから対応するのではなく、失敗しないですむ環境を考えてやって下さい。


人の工夫
○ 感情爆発・パニックが生じた際の支援にまわれる
 よう、フリーに動くことができる教職員を確保
~ 授業の組み方、事務分担の工夫などにより、「遊軍」を生み出すような調整も必要
○ 担任以外の教職員が個別的な対応をする場合は、担任との協力関係が重要
~ 子どもからの訴えは、担任への不満・批判に関するものも含め、しっかりと担任に伝える


【感情の表出を支える】
(人の工夫)
 場を確保したとしても、子どもをそこに放っておくことはできません。
 子どもの感情爆発やパニックに対して、実際に対応できる人的体制を校内で確保することも重要です。

(フリーに動くことができる人の確保)
 感情爆発はいつ起こるかわかりませんが、起こったときに、フリーに動くことができる教職員が誰かいるようにしておくことが重要となります。
 授業の組み方や事務分担の工夫など、校内連携によって「遊軍」を生み出すような調整も求められるでしょう。

(担任以外の教員と担任との協力関係)
 担任以外の教職員が個別的な対応をする場合、担任との協力関係が重要になります。
 特に、学級内のやりとりから感情爆発が起こったりした場合には、子どもが落ち着いてから担任に対する不満や批判をすることも十分に考えられます。こうした子どもの訴えを担任にもしっかりと伝えられるような関係がなければ、子どもは担任と個別に対応する教職員との間を巧みにすり抜けて生活していくようになることも考えられます。



自分の感情をつかまえさせる手だて
○ 荒れているときではなく、普段どおりに生活している中でさまざまな感情を探索させる
※ 学校の中で「イヤなことは何か」、「楽しいことは何か」など
~ 子どもによっては、好きと嫌いをはっきり自覚する練習から始める
○ 幼い子ども、言語発達につまずきのある子どもであれば、絵や人形、読み物などを使って、感情の察しや表出の仕方について学ばせる
○ 自分自身の感情に気付くことができるようになっている場合には、日記などで自分の感情を振り返らせる


【感情の表出を支える】
(自分の感情をつかまえさせる手だて)
 感情というものは、時々刻々と変化し、過ぎ去っていくものです。特に、虐待を受けた子どもでは「解離」というメカニズムによって、嵐のような感情が過ぎ去った後はそのときのことをはっきりと記憶していないということもしばしばあります。
 そこで、子どもに自分の感情に対する気づきを深めていかせるための手だてをいくつか紹介します。

(普段の生活の中でさまざまな感情を探索させる)
 ひとつは、荒れている時ではなく、普段どおりに生活している中で、さまざまな感情について探索させることです。学校の中でいちばんイヤなことは何か、いちばん楽しいことは何か、といった探索は、子どもが自分の感情と外的な生活条件を結びつけていく手助けになります。

(好きと嫌いをはっきり自覚させる)
 子どもによっては、好き嫌いを明確に表現できない子もいます。この場合には、まず自分が何が好きで何が嫌いなのかをはっきりと自覚する練習から始めることも有効です。

(絵や人形、読み物などを活用する)
 幼い子どもの場合や、言語発達につまずきのある子どもであれば、絵の中の登場人物やパペットなどを使って、感情の察しや表出の仕方について学ぶこともできます。

(日記などを活用する)
 自分自身の感情に気付くことができるようになっている場合には、日記のような活動で、自分の感情を振り返ることを日々の活動に組み込んでいくことも考えられます。


③社会的行動のスキル獲得の支援
○ 子どもの行為が、どのような結果をもたらしたのか、何が「望ましい結果」で、何が「望ましくない結果」なのかを整理して教える
○ 感情爆発の引き金となる刺激を探して、指摘する
→ 対処法を一緒に考える
>>> 否定的な感情の受け止めと対処
○ ストレスの少ない場面で練習する

(社会的行動のスキル獲得の支援)
 子どもが学校生活で示す逸脱した言動は、家庭の中で学習されてしまった「虐待環境に適応した言動」でもあります。
このことを理解した上で、子どもの心の動きを汲み取ったアプローチを教職員が示すことで、子どもは徐々に「新しい人間関係」を学習していくことになります。

(行為の「望ましい結果」と「望ましくない結果」を整理して教える)
 子どもの行為について、それがどのような結果をもたらしたのか、何が望ましい結果で、何が望ましくない結果だったのかということを整理して教えることは大切な課題です。
 そんなことくらいわかっていて当然だと感じるかもしれませんが、虐待を受けた子どもの場合、自分の行為と、それが引き起こした結果との因果関係を認められないことも多く、結果として周囲に責任を転嫁してしまうこともあります。
 これは決して子どもを責めるということではありません。感情については肯定し、それがどんな行為に結びついた結果として望ましくないという評価になってしまったのかを理解させていく指導が必要になります。

(引き金刺激を探して、対処法を考える)
 感情爆発やパニックには、必ずきっかけになった引き金刺激がありますが、子どもが自らこの刺激を自覚しているとは限りません。教職員の方から、「この刺激に対して弱いみたいだね」といった指摘をしていくことも子どもの自己理解につながります。特に、子どもにとって否定的に感じとれる刺激については、その刺激に出会ったときにどんな対処行動が考えられるのかを一緒に検討していくことが大切です。同じ感情でも、その表し方には多様な方法があることを子どもに伝えていかなければなりません。

(ストレスの少ない場面で練習する)
 社会生活上の技能は、その技能を必要とする実際の場面でいきなり練習するよりも、よりストレスが少なく、失敗してもダメージの少ない場面で練習する方が効果的な場合もあります。例えば、子どもが学校生活でしばしば示す失敗の場面を書き出して、ゲーム感覚で教職員と子どもが相互にその場面での適切な対処行動を示し合う「ソーシャルスキルすごろく」といった指導方法もあります。


④自己イメージ・他者イメージの回復
○ 自らの虐待体験を振り返らせる
○ 自罰の感情・屈辱の感情からの解放を促す
※ 「どうしようもなかったんだ」、「あなたが悪いのではない」という理解を促す
○ 自己が被ったダメージについて理解させる
※ 現に示している逸脱行動に免罪符を与えるのではなく、虐待により、自分がどのような発達的ダメージを受け、どこを修正していくことが、自分にとって利益になるのかを、子どもに見出させる
○ 傷ついた自分以外に、その自分を評価し、認めること
ができる自分の存在に気付かせる
※ 自分の生育歴をある程度整理できている子どもには、傷ついた自分に対する手紙を書かせるなど
概ね思春期前後に準備されることが望ましい、イメージ回復を促すための指導・かかわり

(自己イメージ・他者イメージの回復)
 虐待を受けた子どもの心の中では「自分は価値のない悪い子だ」という自己イメージ、「大人は僕をいじめるものだ」という他者イメージができあがっていきます。これらはいずれも間違ったイメージです。それが間違いであることを理解させていくためには、子どもを認め、励ます根気強いかかわりが必要になります。

(自らの虐待体験を振り返らせる)
 まず、子どもは自分の虐待体験を振り返ることができるようになる必要があります。
 自分が何をされてきたのかということが理解できて初めて、それを乗り越えていく考え方を身につける土台ができます。

(自罰の感情・屈辱の感情からの解放を促す)
 虐待を受けてきた子どもは、しばしば自分が悪いという自罰的な感情と、屈辱感とを根深く抱いています。「大人と子どもという力関係の中では、どうしようもなかったのだ」、「あなたが悪いのではない」という理解を促していく必要があります。

(自己が被ったダメージについて理解させる)
 しかし、それは、今子どもが示している逸脱行動に免罪符を与えることではありません。虐待という不適切な環境に置かれてきたことで、子どもがどのような発達的ダメージを被ってしまったのかを理解することは、どこを修正していくことが自分にとって社会生活上の利益になるのかを見出していくことでもあります。

(傷ついた自分以外の自分に気付かせる)
 こうした関わりは、子どもがある程度の言語性を獲得し、保護者の絶対的な引力からも離れ始める思春期前後に準備されることが望ましいものです。もちろん、それ以前でも子どもの状態や言語能力が許すのであれば試みたい指導です。
 中学校卒業の時点などで、自分の生育歴をある程度整理できている子どもには、傷ついた自分に対する手紙を書くという方法もあります。こうすることで、子どもは傷ついた自分以外に、その自分を評価し、認めることができる自分の存在に気づいていくことができます。


⑤変わった自分の確認
(これからの自分の展望)
○ あらためて自分を振り返って
・「自分は変わったかもしれない」ということを感じられるよう支援する
○ 自らの人生の主人公として
※ 変わった自分を確認するということは、自らの存在の価値に気付き、自分の人生を主人公として生きてよいのだと思えるようになること・進路指導等の中で、どんな自分になっていきたいのかについて話をする
~ 身近な大人の1人としての教職員の姿が、子どもにとって「あんな大人になりたい」というモデルともなりうる

(変わった自分の確認)
 虐待を受けた子どもにとって、思春期をうまく乗り越えることは、とても重要な課題です。
 長い教育期間を通して、望ましい感情表現のしかたや社会的行動のスキルを獲得し、自己イメージ・他者イメージの回復を図ることのできた子どもたちにとっては、最終的に「自分は変われたのだ」ということを、自ら確認することが重要な意味を持つところとなります。

(改めて自分を振り返って)
 学校では、多くの教員やスクールカウンセラーなどの力も借りながら、虐待を受けた子どもが「自分は変わったかもしれない」ということを、感じられるような支援を行っていくことが大切です。

(自らの人生の主人公として)
 虐待を受けた子どもが、変わった自分を確認するということは、自らの存在の価値に気付き、自分の人生を主人公として生きてよいのだと思えるようになることでもあります。
 例えば、中学校や高等学校の進路指導では、単に進路選択をするだけではなく、その方向でどんな自分になっていきたいのかという話ができることが望ましいでしょう。

(大人のモデルとしての教職員)
 中学生から高校生にかけての年代で、子どもは「こんな大人になりたい」というモデルを見出していきます。教職員も、身近な大人の1人として、間違いを認めることができ、どうすればいいのかを考えて実行するという形で責任をとることのできる存在として、「あんな大人になりたい」と、子どもが感じるようなモデルであってほしいと思います。


社会集団としての制約
○ 学校に無制限の自由は存在しない
○ 受容が放任になってはならない
○ 心理面・行動面に障害等のある子どもであっても、最低限求めるべき規範はある
※ 自傷、他傷、器物の意図的な損壊は、理由の如何を問わず制止されるべき
○ ルールの明示によって子どもの生活の見通しを助ける

(社会集団としての制約)
 ここまでに述べてきた内容のまとめとして、学校における子どもへの対応に際し原則となる事項を、社会集団としての制約という観点から、再確認しておくことにします。

(学校に無制限の自由は存在しない)
 まず、学校は社会的な場です。無制限の自由は、誰にも与えられていません。虐待を受けてきた子どもへの対応でも、最低限の行動制約は必要です。

(受容が放任になってはならない)
 カウンセリング講座などでは、しばしば「受容的態度」ということが言われますが、受容とは放任のことではありません。一定の社会的な約束があって、その範囲であれば許されるということが受容です。教室で刃物を振り回すことを受容する愚かな教員はいないはずです。

(最低限の規範として)
 心理面・行動面での障害等を抱える子どもに、どこまでの規範を求めるかは、その子の能力や回復の度合いによっても異なるでしょう。ですが、最低限の基本線として「自己への危害」、「他者への危害」、「器物の意図的な破損」は、理由の如何を問わず制止されるべきです。これは、たとえ個別対応ができる空間においても同様です。

(ルールの明示によって子どもの生活の見通しを助ける)
 虐待を受けた子どもに学校が対応する場合、制約や禁止をすることがいけないと考えてはなりません。むしろ、ルールを明確に提示することの方が子どもの行動の安定は図られます。ルールを明確にするということは、「教職員によって原則が違う」という事態を、避けることにもなります。もちろん、その際にも、子どもの能力や情緒的な状態からみて、到底不可能なほどに高い目標を押しつけることは論外でしょう。


周囲の子どもへの対応
○ 周囲の子どもの理解を促す
– 教職員が努力している姿を明確に見せる
– 教職員組織が力を合わせていることを示す
– どの子どもにも個別の課題があることを伝える
○ 最後に決め手になるのは教職員の求心力
* あの子だけ「特別扱い」?
* 自分たちは「我慢」?


【虐待を受けた子どもへの対応】
 周囲の子どもが「疑問」に思うのでは・・・?

(周囲の子どもへの対応)
 虐待を受けた子どもの一人ひとりに見合った生活ルールを示すということは、ある意味で、周囲の子どもたちとは異なった要求水準をその子にだけ与えるということです。
 これは学級に二重基準を持ち込むことにもなりかねません。

(どのように理解を求めるか)
 どの子であっても安全で楽しい学校生活を送りたいと考え、学校に対し、そのような環境が確保されるよう要求して当然です。虐待を受けた子どもが周囲の子どもに危害を加えるようなとき、周囲の子どもに対し、「我慢しなさい」だけで対応してはいけません。かといって、この子は虐待を受けているから、と説明することもできません。

(教職員が努力している姿を子どもに見せる)
 このような中にあっては、何よりも、教職員自身が虐待を受けた子どもに対して努力している姿を見せることが大切になります。仮にも「あいつはもうどうでもいい」という態度を示せば、周囲の子どもたちは自然にそうした排除的な姿勢に染まっていきます。

(教職員集団が力を合わせて対処しようとしていることを示す)
 併せて、教職員集団が力を合わせて対処しようとしていることも示す方がよいと思われます。ときには、外部の専門機関との協力をしていることも含め、多くの人が知恵を出し合っている姿を伝えていく必要があります。このことが、学級や学年の子どもたちからも知恵と協力を得ていく説得力になっていきます。

(どの子にも個別の課題があることを伝える)
 また、どの子どもにもそれぞれ個別の課題があることを伝えることも大切です。その個別的な課題の違いとして、虐待を受けた子どもへの教職員の要求水準を理解してもらうことができれば、地に足がついた対応が可能になります。

(最後に決め手になるのは教職員の求心力)
 学級運営等では当然のことですが、最後の決め手になるのは教職員が子どもたちに対して有している求心力です。


対応が進む中で起こること
○ 教職員による子どもへの対応が保護者に対するモデルにもなりうる
○ 「子どもが回復する」ことが新たなリスクにもなりうる
~ 回復してきた子どもを「生意気になった」とさらに激しく虐待?
→ チームによるリスク評価が不可欠
→ チームが助けてくれることを信頼しつつ、次の手だて
 学校が対応する虐待ケースは、現在進行形が大半(対応が進む中で起こること)
 以上、虐待を受けた子ども、周囲の子どもへの対応について見てきましたが、こうした対応が進む中で起こってくることについても述べておかなければなりません。

(学校が対応する虐待ケースは、現在進行形が大半)
 学校が日々対応することになる虐待事例の大半は、子どもが家庭から通学している、現在進行形の虐待事例だということになります。

(教職員による対応が保護者へのモデルにもなりうる)
 虐待的な関係がそれほど重度なものでなければ、教職員による子どもへのかかわりがうまくいくことで、保護者に対しても、子どもとの上手なつきあい方について、モデルを示すことにもなりうると考えられます。

(「子どもが回復する」ことが新たなリスクにもなりうる)
 一方で、学校での関わりが功を奏して、子どもが心理的・行動的に回復してくることが、保護者には「子どもが生意気になった」と受け止められ、さらなる虐待行為の激化を招いてしまうことも懸念されます。父親を怖れて萎縮するばかりだった子どもが「お父さんは殴るから嫌いだ」と言えるようになった場合などを考えてみてください。こうしたリスクは、子どもが幼くて可塑性に富んでいる幼稚園などではしばしば生じることです。
 だからこそ、チームによるリスク評価を定期的に実施していくことが重要になります。
 学校でのかかわりが保護者の虐待行為を激化させてしまったのなら、次の手だてを考えなくてはいけません。しかし、そのことを怖れて何もしないということは許されません。チームが助けてくれるという信頼感を持ちながら仕事ができるかどうかが、何よりも重要なポイントになるのです。


対応の時間軸
○「学校的」な時間区分で考えすぎない
○今できることをして、次へ引き継ぐ

(「学校的」な時間区分で考えすぎない)
 教職員は、ともすると「自分が担任の間に」とか「卒業までに」といった「学校的」な時間区分にこだわるあまり、自分が何とかしなければという意識にとらわれがちです。しかし、それが焦りや強引な指導になってしまっては逆効果です。これは、学級担任制が敷かれている小学校などで特に重要です。もちろん、自分も何かしたいという気持ちで努力することは必要です。しかし、自分だけで解決しようと気負ってはいけません。

(今できることをして、次へ引き継ぐ)
 虐待事例への対応がチームプレーだというのは、時間軸についても同様です。今できることをチームの中で見極めて、真摯に取り組み、次へバトンを渡すという感覚でいてほしいと思います。


「当たり前」を疑う
○ 虐待は、「当たり前に発達していく環境を奪われている状態」
* 「当たり前」を奪われた子どもへの理解
* 社会集団としての学校の維持
両立の工夫が必要
→ 「学校にできること」を探す
→ 「できないこと」は他の機関の力を借りる

(当たり前を疑う)
 最後に、「当たり前」を疑うという点について述べます。
 例えば、性的虐待を受けている子どもに、単なるスキンシップのつもりで「肩を抱く」などの行為をしたらどうなるでしょうか?
あるいは、ネグレクトを受けている子どもに通常の生活指導を強化したり、保護者に子どもの面倒をみるよう強制したとしたらどうなるでしょうか?
 虐待とは、子どもが、「当たり前に発達していく環境を奪われている状態」です。そのことの理解と、社会集団として守り、維持しなければならないリアリティとを両立させる工夫が、学校に求められています。「自分たちの学校にできること」を探してください。「できないこと」は他の機関の力を借りて下さい。




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患
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