あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅵ-A] 臨床現場からのレポート(1) DV・児童虐待。暴力と精神疾患

ドメスティック・バイオレンス防止法と女性に対する暴力防止への課題(お茶の水大学教授・戒能民江)

 
 <京都新聞>DV男性に「シェルター」 山科の団体、頭冷やす場を提供 山を動かすのは私たち ~DV社会を変えるには~ パネルディスカッション・堺市HP
ドメスティック・バイオレンス防止法と女性に対する暴力防止への課題  お茶の水大学教授・戒能民江
プロフィール
「夫(恋人)からの暴力」調査研究会メンバーとして、1992年、日本ではじめてのDV実態調査を実施。内閣府男女共同参画会議女性に対する暴力専門調査会委員、キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク全国事務局代表、被害者のためのDV法を求める全国連絡会共同世話人。「ドメスティック・バイオレンス防止法」(編著) 「法女性学への招待新版」(共著) 「ドメスティック・バイオレンス」 (単著)など著書多数。
1 警察庁生活安全課広報資料「配偶者からの暴力ヘの対応について」2001年11月
2 本来の意味の中枢的なDVセンター設置を目指す千葉県の動向が注目される。千葉日報2001年12月28日付。
3 独自の相談所やシェルター設置を規定した地方条例を制定した自治体として、岡山市、石川県羽咋市、宮城県岩出山町などがある。

 ジェンダー平等社会の実現にむけては、行政の対応が変化をしてきたという声が聞こえるようになった。

1. DV防止法制定の経緯
DV防止法は参議院共生社会調査会による議員立法である。同調査会に設置された「女性に対する暴力に関するプロジェクトチーム」がおよそ1年にわたる立法作業を行った。今回の立法は、超党派の女性議員を中心とした女性の人権立法である点で極めて意義深い4。
ドメスティック・バイオレンスの歴史は長い。
古代ローマまでさかのぼるといわれ、18世紀から19世紀にかけてのイギリスでは、夫の妻に対する懲戒権が法的に認められていた5。日本でドメスティック・バイオレンスが社会問題になったのはごく最近であるが、市川房枝はその『自伝』の冒頭で、明治後期、父から暴力を受けながらも「女に生まれたのが因果だから」とじっと耐えつづけていた母の俤を描いている。
<問題の顕在化>
長い間潜在化しつづけてきたドメスティック・バイオレンスを個人的な問題ではなく、女性の人権侵害として問題化したのは、1970年代以降に展開した女性運動であった。
世界ではじめてシェルター(暴力の被害を受けた女性や子どもの安全を守り、生活再建を支援する避難所)運動が開始されたのは、1970年代初めのイギリスである。シェルター運動は、その後またたく間にアメリカや北欧、西欧諸国に拡大した。日本でもほぼ同じ時期に、民間シェルター開設運動が行われたことは、あまり知られていない。女性たちの「公営駆け込み寺」開設要求の声に押されて、1977年、東京都は公営シェルター機能を併設した婦人相談センター(現・女性相談センター)を開設した6。
反性暴力の動きや反ポルノ運動などが展開した1980年代後半には、すでに関東で民間シェルターが開設されている7。
1990年代に入ると、子どもへの性的虐待や「従軍慰安婦問題」、人身売買、セクシュアル・ハラスメントなど、国内外を問わず、また過去から現在に至るまで、女性たちが多様な暴力を受けている日常が明らかになり、女性に対する暴力への問題意識が高まっていった。そのなかで1992年に実施されたのが、日本ではじめてのドメスティック・バイオレンス全国実態調査である8。アメリカのような暴力的な社会とは違うといわれてきた日本でも、全国の女性たちの声を通して、学歴や職業にかかわりなく暴力の被害が広がっており、女性や子どもに深刻な影響を与えているという実態が示された。この調査は、「夫や恋人からの暴力」を意味する「ドメスティック・バイオレンス」概念を日本社会に導入するきかっけとなった。
4 立法作業の経緯については、南野知惠子ほか監修『詳解DV防止法』ぎょうせい、2001年を参照。
5 詳しくは、戒能民江『ドメスティック・バイオレンス』不磨書房、2002年を参照。
6 日本における反DV運動は、すでに1970年代に展開していた。第一次反DV運動の意義及び1990年代の第二次反
DV運動との問の断絶については、ゆのまえ知子「日本における先駆的反DV運動」[戒能(編著)2001] 136頁以下
参照。
7 1980年代半ばに、「ミカエラ寮」(神奈川県、1985年〉、「女性の家HELP」(東京都、1986年)が設立されている。
1995年の横浜市女性協会『民間女性シェルター調査報告書一日本国内調査編』によれば、95年当時開設されていた民間女性シェルターは全国で7箇所であった。現在は35ケ所以上にのぼる。
8 本調査結果は、「夫・恋人からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス新版』有斐閣、2002年にま
とめられている。

<女性に対する暴力根絶への国際社会の取組み>
国際社会において「女性に対する暴力」への本格的な取組みが展開されたのは、1980年代後半以降である。1992年国連女性差別撤廃委員会は、一般的勧告19「ジェンダーに基づく暴力」によって、従来、個人的な問題とされてきた「女性に対する暴力」をジェンダーに基づく暴力であり、性差別であると定義づけ、公的行為であるか私的行為であるかを問わず、あらゆる形態の女性に対する暴力撤廃のための施策を各国に求めた。
1993年世界人権会議で採択されたウィーン人権宣言・行動綱領で公私を問わない女性に対する暴力撤廃がうたわれたことを受けて、同年、国連総会は女性に対する暴力撤廃宣言を満場一致で採択した。同宣言は、女性に対する暴力を、歴史的に形成された社会の女性差別構造に由来するとともに、性差別構造を維持・再生産する社会的メカニズムとして位置付け、国家が女性に対する暴力を許容する根拠となってきた「公私二分論」を撤廃した。同宣言は、さらに、暴力をふるう加害者個人の責任と同時に、暴力を容認してきた国家の不作為責任をも厳しく問う。国家は「あらゆる適切な手段をもって遅滞なく」暴力撤廃施策を実施しなければならない(同宣言4条)。
1995年第4回北京世界女性会議行動綱領においても、女性に対する暴力は最重要課題の一つとされ、ニューヨーク女性2000年会議の成果文書は、各国にDV法整備を求めている。

<DV防止法立法へ>
北京行動綱領に基づき、日本政府は、1996年発表の「男女共同参画2000年プラン」で、はじめて「女性に対する暴力」を女性の人権課題として掲げた。翌年、総理府男女共同参画審議会に設置された「女性に対する暴力部会」で審議を重ねたが、DV防止法立法化の結論には至らなかった。そこで、1998年秋から女性に対する暴力に関する審議を行なってきた前記共生社会調査会が議員立法に乗り出したのである。ほぼ1年にわたる立法作業の結果、DV防止法は2001年4月に国会に上程されたが、国会での審議をほとんど行わないまま、スピード成立した。


2. DV防止法制定の意義
DV防止法制定の意義として、次の7点があげられる。
第一に、ドメスティック・バイオレンス防止を目的とした法律が制定されたこと自体、画期的である。従来、「夫婦げんか」や「痴話げんか」として放置され、個人的な問題とされてきた「行為」を「暴力」として規制することになったのである。
第二に、DV防止法には法律の理念を述べた「前文」が置かれている。その前文で、ドメスティック・バイオレンスが「犯罪となる行為」として明記された。暴力を犯罪と認識することこそ、暴力を許容しない社会づくりの出発点である。
第三に、さらに「前文」は、ドメスティック・バイオレンスが女性に対する暴力であり、女性の人権侵害にあたることを明記した。DV防止法は、「配偶者からの暴力」としてジェンダー中立的に規定しているが、「前文」で、実際には被害者の多くが経済的自立の困難な女性であるという社会構造的な認識を示している。
第四に、DV防止法の制定は、国際社会の女性に対する暴力根絶の取組みと軌を一にすることを「前文」で述べている点である。すでに述べたように、1993年国連女性に対する暴力撤廃宣言は、私的領域におけるドメスティック・バイオレンスが「ジェンダーに基づく女性に対する暴力」であり、人権侵害であることを明確にした。
第五に、国及び地方公共団体のドメスティック・バイオレンス防止と被害者保護の責務を明記した。ドメスティック・バイオレンスの問題化と社会的対応の道を切り開いてきたのは女性NGOである。民間シェルターをはじめとする女性NGOは、いわば行政の「不作為」を無償で肩代わりしてきた。しかし、被害者への対応と防止に責任を持つのは行政なのである。
第六に、ドメスティック・バイオレンス対応のしくみが法制化された。従来、売春防止法の拡大解釈によって行われてきた婦人相談所や婦人相談員の対応に法的根拠が付与された。警察にはDV防止の積極的役割が与えられている。
第七に、命令違反に対して刑事罰を付加した民事保護命令制度の新設である。既存の民事上の仮処分には直接の強制力がなく、実効性に欠けていた。


3. DV防止法の問題点
DV防止法は3年後に見直しを図ることになっている(附則3条)。被害を受けた当事者や援助の現場からは、早期の見直しを求める声がすでにあがっている。
命令違反に刑事罰を付加した保護命令制度の導入が議員立法の最大の目標であったことが影響して、保護命令のためのDV防止法の感が強い。DV防止法は緊急避難段階での保護に対象を限定している。立法作業でもっとも多く時間を割いたのが、民事上の制度である保護命令に刑事罰をつけることができるかどうかの検討であったと聞く。その結果、配偶者暴力相談支援センターや警察の役割など、具体的な援助システムの中核部分が極めて不十分な内容となっている。さらに皮肉なことには、保護命令自体、被害を受けた当事者に冷淡で使いにくく、実効性に欠ける内容となってしまった。
以下、主要な問題点を指摘したい。
第一に、DV防止法の対象範囲が、内縁・事実婚を含む「配偶者」に限定されていることである。現在、結婚関係にある場合は、他の関係とは異なり、暴力を受けても逃げ出せず外に訴えにくい、だから特別に法律を作って介入する必要性があるというのが、配偶者に限定した理由である。しかし、元夫や恋人、婚約者など、ドメスティック・バイオレンスの被害を受ける関係は多様である。最新の調査結果では、50歳までに暴力を受ける女性の3割が30歳前に暴力を初めて経験するというデータがある。都市部での平均初婚年齢を勘案すると、結婚前に暴力を経験する女性の割合は高いものと思われる9。
9 『WHO「女性の健康と生活についての国際調査」日本調査の概要』2001年11月による。本調査は、WHOによる国際比較調査の一環として、2000年10月から2001年1月にかけて、横浜市において実施された。無作為抽出による訪問面接法を用いている。暴力を受けたことのある女性と受けたことのない女性の健康状態を比較しており、前者の自殺企図の確率が後者に比べて30倍高いなど、他にも参考になる知見が示されている。
また、追跡の恐怖にさらされる離婚後の関係を保護命令の対象としなかったことは、禍根を残す。第二に、DV防止法の対象となるのは身体的暴力だけである。法2条は、暴力を「身体に対する不法な攻撃であって生命・身体に危害を及ぼすもの」と定義づけている。要するに、刑法上の暴行・傷害にあたるような身体的暴力が対象となる。保護命令の対象となる暴力概念はさらに範囲が狭くなり、「生命・身体への重大な危害」要件が加重される(10条)。
ドメスティック・バイオレンスは、家庭内や恋人間という閉鎖的な関係・空間における暴力による女性支配である。殴る、けるといった身体的暴力だけではなく、性的関係の強要や性的侮辱、性感染症感染などの性的暴力、言葉による暴力や行動規制、心理的抑圧、社会的隔離などの精神的暴力、経済的抑圧など、多様な暴力が複合的・継続的に振るわれるのが特徴である。
個別の身体的暴力だけを問題にするのでは本質を見誤る。ドメスティック・バイオレンスとは、暴力行為および暴力への恐怖と緊張によって生きる力を奪い、女性の生活や精神状況をコントロールして、女性の人間としての尊厳を侵害することである。
第三に、DV防止法の核心となるべき保護命令の実効性が弱く、被害者の視点に欠ける。保護命令とは、暴力の被害を受ける危険があるとき、被害者からの申立を受けて、暴力行為および接近・連絡の禁止、加害者の住居からの退去などを地方裁判所から命令する制度である。
加害者が命令に違反したときは刑事罰を科して、強制力を付与する。暴力再発や拡大を防止して被害者の安全を確保する民事と刑事をミックスした制度である。刑法の暴行罪や傷害罪で逮捕することもできるが事後対応であり、事が起きてからでは遅い。また、逮捕しても刑は軽く、かえって報復の危険がある。被害を受けた女性の選択肢の一つとして1970年代に欧米諸国で考案されたのが、保護命令制度である。被害を受けている女性の側が逃げるのはおかしいのだが、せめて安心して逃げられるようにしてほしいという被害者や援助機関の声に押されて法制化が実現した。だが、問題点は山積している。
①保護命令を申立できる範囲が「配偶者からの身体的暴力」に限定されており、極めて狭い。
②保護命令申立要件が厳しい。本人が暴力の事実を書いた申立書に加えて、予め配偶者暴力相談支援センターか警察に相談した事実を書かなければならない。そのどちらにも行っていない場合は、公証役場で公証人の認証を得た宣誓供述書を提出しなければならない。迅速な裁判を保障するためという理由だが、司法がいかに女性の言葉を信用していないかを物語る。
③規定された保護命令は「はいかい」および「つきまとい」を禁ずる6か月有効の接近禁止命令と暴力をふるう配偶者を家から追い出す「退去命令」の2種類である。電話攻勢も入らないなど、接近禁止命令の対象行為はストーカー規制法に比べると著しく少ない。さらに、親と一緒でない限り、同伴する子どもの安全を、保護命令では直接守れないという問題がある。
④退去命令期間は2週間という短さで、しかも1回限りである。退去命令期間中に被害者のほうが逃げなさいということのようであるが、本末転倒である。
⑤それまで加害者と同居していないと退去命令は申立できないが、それまで同居していた家は接近禁止命令の対象とならない。退去命令期間中の2週間に避難しようとしても、監視や追跡によって安心して避難できなかったり、避難先を知られたりする不都合が生じる。また、避難後に自宅に荷物を取りに行く際の安全も守れないことになる。
⑥保護命令の審理が相手方の同席が可能な審尋(裁判所に呼び出して事情を聞くこと)によって行われる場合、被害者の安全確保と二次被害防止の規定がなく、裁判官の裁量に任されている。⑦保護命令発令後の安全確保が規定されていない。保護命令違反の場合に確実に加害者が逮捕され、身柄拘束されるという保証がない。ただし、警察庁は保護命令発令の通知を受けた後、被害者と連絡を取って安全確保のための措置を行うとのことである。
⑧保護命令の取下げ、取消しに際して、被害者の真意を確認する手段が規定されていない。加害者による威嚇や脅迫による取下げや取消しが考えられるので、安全な環境のもと、被害者に直接真意を確認すべきである。
第三に、危機介入から生活再建までを視野に入れた総合的な被害者支援システムが欠落していることである。保護命令と並んで、DV防止法のもう一つの柱が「配偶者暴力相談支援センター」(以下、DVセンター)である。DVセンターは、各都道府県に設置が義務付けられている。従来、明確な法的根拠を持ったドメスティック・バイオレンス対応の専門機関がなく、被害者がたらい回しにされ、いたるところで二次被害を受けていた状況を改善するために、DVセンターが設置されたはずである。ところが、DVセンターも中心は保護命令申立のための相談と一時保護に置かれており、本来のセンター機能を規定していないことは残念である。
ドメスティック・バイオレンスの特徴は、暴力から一時的に逃げただけでは問題が解決しないことである。シェルターの先の展望がないところで、「なぜ逃げないのか」と女性を責めることは意味がないばかりか、女性を傷つける。
社会福祉、医療、教育、住宅、労働など関係諸機関の連携・協力によるネットワーク型の生活再建・自立へ向けての支援が不可欠である。また、追跡というドメスティック・バイオレンスの特質から、都道府県内及び都道府県を越えての広域措置が欠かせず、都道府県内の市町村間や都道府県間の連携が必要である。


4.DV防止法運用上の課題
前節で指摘したような問題点を抱えているとはいえ、DV防止法の制定は行政の姿勢に変化をもたらし、女性たちの沈黙を破るきっかけをつくった。
暴力防止と被害者保護についての行政の責任を明記したこと(2条)、医師その他の医療機関の通報規定を置いたこと(6条)、暴力の制止など被害者保護に関する警察の役割をより積極的に規定したこと(8条)、被害者保護のための関係機関の連携協力を規定したこと(9条)、警察や裁判官を含む職務関係者に対して、被害者の人権尊重と安全確保および秘密保持への配慮を義務付けるとともに、研修義務を課したこと(23条)、行政に対して、国民への教育啓発(24条)・調査研究(25条)・民間団体への援助(26条)努力を義務付けていることなど、DV防止法の積極面を生かした運用が期待される。
とくに、①DVセンターと関係機関の連携、②職務関係者の研修、③市民への周知啓発、④保護命令、⑤警察の被害者保護と暴力防止が重要である。本稿では、保護命令および警察をの
ぞいた下記の点について運用上の課題を明らかにしたい。

<DVセンター>
DVセンターについては、DV防止法の要件さえ満たしていれば、各都道府県の自治に任される。DV防止法上、DVセンターの機能は相談、紹介、医学的心理学的指導、一時保護及び一時保護委託、自立生活促進・保護命令利用・保護施設についての情報提供とされており(3条)、そのうちの一つでも機能を果たすことができれば、DVセンターとしてもよいことになっている。保護命令を申し立てやすくするための方策だということだが、問題は、暴力防止と被害者支援を目的とした「本来あるべき」DVセンター設置が規定されていないことである。国によるモデルや最低基準が作成されていないことこそ問題なのだが、各都道府県はどこにどのようなDVセンターを設置すればよいのか、苦慮しているのが現状である。婦人(女性)相談所(センター)にDVセンターを置く都道府県が多いが、女性センターにもDVセンターを設置するところ(東京都、滋賀県、大阪府、千葉県など)や女性(男女共同参画)センターと婦人相談センターを統合したところ(山口県など)、
児童相談所(大阪府、奈良県など)、福祉事務所(福島県など)にも設置したところ。いずれにせよ、DVセンター設置にあたって肝心なことは、男女共同参画行政と福祉行政の譲り合いではなく、女性の人権の視点から、その二つが軸になって諸機関の連携協力を推進することである。
都道府県のDVセンター設置にあたっては、次のことを考慮すべきであろう。①センターオブセンター、つまり中枢センターを設置し、ドメスティック・バイオレンス対応についてのコーディネート機能を果たすこと、②被害者支援にはきめ細かい対応が必要となり、生活自立支援では福祉など市町村の役割が大きいことから、市町村あるいは市町村ブロックまたは支庁単位の地域DVセンターを設置すること、③都道府県レベルでも市町村レベルでも、被害者がたらい回しをされないように機関協働型の総合的対応を行う必要がある。そのためには、行政の縦割りや公・民の分離を超えた諸機関の実質的な連携・協力が欠かせない。都道府県では、婦人相談員、婦人相談所、他の相談機関、福祉事務所、警察、裁判所、一時保護施設、シェルターなどの民間団体、弁護士会、医療機関、教育委員会、学校、児童相談所、保健所(センター)、雇用関係機関などの諸機関によるネットワークを構成して、DVセンターがコーディネート機能を果たし、被害者の安全確保と自立支援の中核となるべきである。市町村でも、地域DVセンターが中核となって、福祉事務所、警察、婦人相談員、母子生活支援施設、カウンセラー、医師など医療機関、保健所、シェルターなど民間団体、カウンセラー、教育委員会、民生委員などとの連携協力体制を整備すべきであろう。
その場合、定期的に開催される連絡協議会で、対応の問題点と改善策を協議するだけにとどまらず、個別ケースへの対応を共に行うことで、ネットワーク形成をはかっていくことが肝要である。④さらに、暴力の加害者が追跡してくるというドメスティック・バイオレンスの特質を考慮して、都道府県内及び都道府県間での広域措置を可能とする体制をつくることと24時間対応の安全な相談・援助のしくみが必要である。⑤センターのコーディネート役割を果たす専門性と力量を持ったスタッフの配置を考えなければならない。⑥センターで集約したDV防止法の利用状況を分析することによって、対応の改善およびDV防止法改正に役立てていくことができる。

<職務関係者の教育・研修>
被害者の人権を尊重し、安全と秘密の保持を守りながら、ドメスティック・バイオレンスの発見、危険性の判断と介入、必要な情報提供と他機関への問い合わせ・紹介、適切な措置など具体的援助が適切に行われるためには、職務関係者の研修が不可欠である。
DV防止法は職務関係者の範囲を定めていないが、直接の被害者保護は警察、裁判所に限定せず、行政の窓口も含めて幅広くとらえ、系統的・継続的な研修を計画的に行う必要がある。
直接ではないにせよ、ドメスティック・バイオレンスにまったく無関係な部署はほとんどないと思われるので、すべての公務員に対する研修を行うべきである。
研修計画を立てる際には、被害を受けた当事者や民間団体や婦人相談員など援助の現場の声を反映させていくのが望ましい。
建前だけに終わらず、職務に生かすことのできる研修を実施するためには、DV防止法の説明にとどまらず、女性の人権やジェンダー意識の「本音」まで踏み込んだ研修内容や手法が開発されなければならない。残念ながら、現段階では、研修の重要性が必ずしも認識されていないようである。DV防止法完全施行後の継続的な研修と研修の効果測定、フォローアップが不可欠である。

<市民への情報提供と意識改革>
DV防止法制定が意義深いのは、社会がもはやドメスティック・バイオレンスを許さないことを人びとに示しているからである。30年近くの取組みを続けてきたドメスティック・バイオレンス対応先進諸国では、今もなお、市民の意識を変える努力が続けられている。それほど、人びとのドメスティック・バイオレンス許容意識は根深い。あらゆる手段を駆使して、市民への働きかけを続けていく必要がある。
市民への働きかけで重要なことは、①ドメスティック・バイオレンスが犯罪であり、許されない人権侵害であることを明確に示すことである。女性に対する暴力であるという位置付けを明確にしたことで、「痴漢に注意」というポスターは「痴漢は犯罪です」に変化した。何よりも、「犯罪である」というメッセージが市民に理解されることは、被害者が沈黙を破るための第一歩である。②ジェンダーや女性に対する暴力に関心がないと思われるような市民への働きかけが重要である。とくに、男性の多くは、暴力を振るうのは一部の特別な男性だけだと考えている。しかし、外ではごく普通の生活を送っている男性が「親密な」関係にある女性や子どもに暴力をふるうことが問題なのである。「男らしさ」について問いかけ、男性が自ら考える機会を作っていくことが大切ではないだろうか。③広報・啓発は都市部に偏りがちである。「ほとんど相談がない」ということは、ドメスティック・バイオレンスがないことを意味しない。
相談する場所もなく、被害が潜在化しているだけかもしれない。小都市や農山漁村では、独自のネットワークを生かしながら、きめ細かく情報提供や啓発に努める必要がある。④若い世代への教育の重要性を指摘したい。暴力によらない紛争解決方法、人権学習、男女平等学習などのカリキュラム化など検討してほしい。⑤啓発や情報提供の手段については、常に、被害者の人権の考慮が必要である。握りこぶしをふりあげる男性と泣き崩れる女性など、人目を引くためのステレオタイプのイラストが目立つ。しかし、それでは「自分には関係ない、例外的な問題」と捉えられる恐れがあり、被害を受けた女性を傷つけることにもなりかねない。啓発を行う際にも、当事者や援助機関の意見を必ず聞く姿勢が求められる。⑥いざというときのために、必要な情報を盛り込んだミニサイズのリーフレットを、スーパーやデパート、駅などに配置しておくことも必要である。


5.地方自治体に期待すること
DV防止法施行にあたって、地方自治体への期待は大きい。DVセンター機能設置を義務付けられた都道府県のみならず、市町村にも暴力防止と被害者保護の責務が課せられている。全国どこへ行っても、被害者の立場にたった一定水準のサービスが提供されるべきである。首長の考え方や姿勢、女性運動の蓄積の違いなどから、地方間格差がすでに生まれているが、これ以上格差を拡大してはならない。
なにも、公営シェルターや相談所の設置だけが自治体の施策ではない。地域の実情に合わせながら、近隣の市町村や市民グループなどと協力して、まずできることから始めればよいのではないか。女性や子どもの人権尊重の立場にたった対応へと行政の基本的な姿勢が変わることで、市民サービス一般にもよい影響が生じることになるだろう。
とくに市町村については、相談窓口機能や情報提供、啓発による被害の掘り起こしとともに、職員の研修や自立支援施策、民間団体援助に力をいれてほしいものである。自立支援は被害者支援の中核にあるにもかかわらず、肝心の具体的な施策は進んでいない。法制度上の障害も大きい。ドメスティック・バイオレンスの被害防止のためには、自立支援においても、安全と秘密保持を常に第一義的に考慮しなければならない。
被害者が新たな土地で生活を始めようとしたときに障害になるのが、生活保護、児童扶養手当など社会保障の権利行使や健康保険への加入に際して求められる住民登録の異動要件である。「生活困窮」を要件とする生活保護や児童扶養手当については、厚生労働省の通達によって柔軟な対応が行われているが、健康保険制度では住民登録を必要とする原則が維持されており、自費診療を余儀なくされる場合がある。転校は住民票の異動なしに許可されているようだが、加害者の子ども連れ去りを防止するための学籍簿の未開示や仮名使用までは、一般化しているわけではない。
一部の自治体がストーカー規制目的で行っているように、たとえば保護命令が発令された場合は、異動した住所について、戸籍の附表を含めて非開示にすることや公営住宅優先入居を認めるなどの措置が検討できないものか。大阪府は、要綱を改正して、ドメスティック・バイオレン被害者の府営住宅への優先入居を実施している。
さらには、民間団体と協力してステップハウス(シェルター後の自立への準備期間のための住宅)を運営することや、職業訓練や起業支援などの就労支援、企業への雇用促進のための働きかけ、法改正への国への提言なども自治体の役割である。
国と同様に地方自治体においても、本来行政がやるべきことを肩代わりしてきた民間団体への財政援助は緊急の課題である。被害者の生命・安全を守る民間シェルターの活動は、憲法89条で公的助成を制限する「慈善・教育・博愛事業」に該当しないものである。また、民間シェルターの支援は緊急保護から自立支援まで何年にも及ぶ場合が多い。DV防止法で規定された一時保護委託料と引き換えに補助金を打ち切ることがあってはならない。
2002年4月には、DV防止法は完全施行となる。欠陥だらけの法律だが、独自の施策による上乗せなど、自治体の出番は意外と多い。医療費やシェルター運営費、警察活動などの莫大なコストを考えれば、ドメスティック・バイオレンス防止にかける費用など大した額ではないはずである。法律ができたことの意味を再度吟味したい。
女性に対する暴力をなくし、人間の尊厳を本気で守ろうとする国や自治体の意思が問われている。
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参考文献
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市川房枝『市川房枝自伝戦前編』新宿書房、1974年
戒能民江編著『ドメスティック・バイオレンス防止法』尚学社、2001年
戒能民江『ドメスティック・バイオレンス』不磨書房、2002年
土佐弘之『グローバル/ジェンダー・ポリティックス』世界思想社、2000年
ラディカ・クマラスワミ(クマラスワミ報告書研究会訳)『女性に対する暴力―国連人権委員会特別報告書』明石書店



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