あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅱ]DV被害者支援、1年間の記録。ドキュメントDV。恐怖で家に縛られ、卑下‥

Ⅱ.暴力を生みだす心の闇。歪んだ感情が妻を支配する

 
 2.心が壊れた被虐待者が加害者になる! 歪んだ感情が妻子を支配する 4.最後に..。DVについての偏見、間違った考えを捨てる
 支配のための暴力・DVの根底には、妻や子どもを自分の思い通りにコントロールしたいという“欲求”と、そのために最も効果的な方法として、暴力をふるうことを正当化してしまう“考え方”がある。
 DV加害者は、暴力の効果について賢く計算したうえで、意識的に暴力を選択する。被害者を怯えさせ、心を操る。「俺に逆らったら怖いぞ!」と思わせて、自分の思い通りにするために暴力をふるうのである。「痛い目にあいたくなかったら、俺のいうとおりにしろ!」というメッセージが、暴力である。怯えさせてビクビクさせておけば、被害者は自由にふるまえなくなる。怖いと心が怯えていると、したいことができなくなるからである。さらに、被害者に対し「したくないことも、いわれたらしなければならない」と思わせることができる。
 加害者にとってのDVには、そう「うまみ」がある。
 力ずくで妻子を思い通りに“操る快感”を、このうえない“王様気分”を味わえるのである。アタッチメント獲得に問題を抱え、コンプレックスが強く、自分に自信がない加害者にとって、世の中で少なくとも一人は自分に従っている、忠誠を誓わせていると自尊心がくすぐられる。この「うまみ」を手に入れた加害者は、その快感を手放すことは決してない。


1.エピローグ..俺は暴力をふるっていない! なにが悪いのかをわかれない
 児童虐待で逮捕された父親(同居している交際相手)の多くは、「俺は虐待をしていない! 躾だ。俺も親から殴られて育ったんだ!」と口を揃える。親から殴られ、暴言を受けて育ってしまうと、暴力に対して“悪いことをしている”という感覚、罪悪感を身につけ難くなる。
 加害者D(昭和42年生)も、DV環境下、両親から暴力を受けて育った被虐待者である。T県にある加害者Dの実家への帰省時、義母が義父に包丁を突きつけ大喧嘩になっても、「父親の考えでいいんじゃない。母親も別れなかったんだし」と、なに食わぬ顔で平然としていたという。祖先は江戸から明治時代、遊郭を営み、その遊郭で働く女性たちが通っていたのが、加害者Dが総代を務める寺である。
 DV環境下で育つ、父親が母親を殴る姿を見続ける、自分も酷い暴力にさらされて育つと、その場にいるのは自分じゃない、いま殴られているのは自分じゃないと別人格をつくりあげることがある。目の前で繰り返される暴力にはまったく無関心、鈍感になり、「この程度ならたいしたことない!」、「なにが問題なんだ!」と暴力をふるうことにも無感覚になってしまう。一方で、自分だけが助かりたい、自分だけは別格と思うようになっていく。そのため、被虐待者の多くは、発達障害(愛着障害としての)の他に、境界性(ボーダーライン)や解離性、自己愛性、妄想性、演技性、依存性といった人格障害を併せ持つことが少なくない。暴力を感じる心を閉ざして生きてきてしまうのである。
 そもそも暴力は、家庭内の中での共通のことば、コミュニケーションそのものなのである。そして、殴る、蹴る、つねるといった暴力行為に、加減を加えるということも身につけていない。つねにおもいっきり叩いたり、つねったりする幼児は、間違いなく、親から加減されずに叩かれ、蹴られ、つねられていると思っていい。しかも、親から怯えさせられた同じやり方で暴力をふるうようになり、いつしかその行為自体を楽しむようにさえなっていく被虐待者も少なくない。
 加害者Dは年子で弟が生まれると、「母親が育てられない」と祖父母に預けられる。翌年、親のもとに帰されているが、年端もいかない乳児を祖父母に預ける、まさに母子剥奪が行われたのである。乳幼児における愛情剥奪(母子剥奪)によって、子どもが獲得されるはずの「愛着」と「基本的信頼感」を失ったこと、そして、父親から母親への激しい暴力を見て、聞いて、察し、それだけでなく、自身が父親から激しい暴力を受けてきたことが、加害者Dがいくつかの人格障害の特徴に類する行動の要因になったと思われる。
 問題は、加害者Dの母親が年端もいかない乳児を手放すほど、育児が子育てを行えない状態であったかである。
 被害者R(昭和43年生)から詳細なヒアリングはできていないので、いつからかはわからないが、加害者Dの母親はキッチンドランカーである。被害者Rが婚姻前、実家に挨拶にいったとき、義父から「私にはあなたより若い大切な女性がいる」といわれた。「なに? どうして初対面でそういうことをいうの?」とRが思ったように、Dは常識では考えられない感覚を持ち合わせている環境で育っている。義母は被害者Rに対し、「S家は天才かキチガイか! 義父の兄弟に精神疾患者がいたり、医者になったりするものがいる」とはき捨てるように話したという。夫(義父)は酒を飲むと暴れ、外には女をつくる。そんな中で、寂しいを抱える母親はキッチンドランカーになっていったのだろう。こうした両親の歪んだ感情が混ざり合う機能不全家庭のもとで、加害者Dは父親からの暴行を受け、徐々に心を壊し、闇の世界をさ迷うようになっていった。
 義父は一部上場企業の人事畑を渡り歩き、転勤族だったという。
 加害者Dと被害者Rは、Y市で同じ中学校になる。加害者Dは、酒を飲み暴れる父親(義父)から、顔を殴られ、痣を隠すように帽子を深く被って登校してきていた。成績はよかったが、「俺は絶対に捕まらない」と仲間を操り、悪さも働いていたようである。近県の高校に入学し、叔父の家から通う。その後、19歳から寺の世話になる。大学を中退し、寺に世話になることになった経緯などは、妻である被害者Rは知らされていない。ただし、「警察沙汰を起こし、住職O氏が預かったんだ」と寺に出入りする知人から聞かされている。被害者Rは、加害者Dから「俺は、36歳になったら時効になる」と聴かされたという。たとえ、19歳で人を殺していたとしても、法改正前の時効は15年であるので、Dのいう「36歳になったら時効になる」とは、宗教にもとづく“お告げ”としてものか、“穢れを落とす(禊ぎ)”としてのものなのか、あるいは、反社会性を抱える人たち特有の「俺は大きなことをした」ことを知らしめるためのものかと考えられる。その時、Rは「それは、どういうこと?」と訊くも、「そのときにわかる」と応じられたとのことだった。DV被害者の特徴は、ここで事実を明確にしたり、事実を知ろうとしたりすることを諦めてしまうことである。既に、36歳は過去のことになり、真意はなんだったのか、いまだにわかっていない。
 中学を卒業し、看護課のある高校に進学した被害者Rは、母親から「看護師の資格をとるまで、Dとの交際はやめなさい」といわれて以降、23歳で加害者Dと再会するまでの7-8年間、RはDがなにをしていたかをなにも聞かされていない。
 父親が母親を殴るのを日常的に見て育つ。つまり、DV環境で育ち、自身も父親から殴られて育った加害者Dには、生育段階で失ってしまった心がある。それは、暴力で妻や子どもを支配することが悪いことだと認識できないことである。
 加害者Dは、母親のことを「父親に抵抗することもできない」、「父親に屈服し続け、いいなりだった」と履き捨てる。しかし一方で、被害者Rといい争い、解決できないことが起きると、「お母さん」と直ぐに泣きの電話をかけ、助けを求める。
 第三子(長男T)妊娠期には、被害者Rは義母から「どうしてDが望んでいないのに、産もうとするの!」と怒鳴られ、非難する手紙が届いた。同じ内容の手紙が、Y市の被害者の実家にも送られている。この手紙は、後にRが保育園に子どもを迎えにいっている間にDがみつけだし、処分してしまった。また、第二子(次女A)出産後、家に帰ると、タンスの引出しが開けられ、一番上に婚姻前に逃れたときにかくまってくれた知人の名詞が置かれていた。その後、Rは、義父から「生まれた子は誰の子だ!」と罵倒されることになった。加害者Dは、自分は妻子のためにどんなに一生懸命にやっているかアピールし、悪いのは妻の方と罵る。両親を味方につけ、タッグを組み、妻を、妻の実家をも貶め、侮蔑し続けるのである。
 加害者Dは、乳児期、親から精神的に見捨てられた空虚感を埋めよう(償わせよう)と、子どものときに愛されなかった心の穴を埋めようと、褒められ、認められようと必死になる。国立大(旧帝大)に進学した弟とは違い、親の期待に応えられなかった長男である加害者Dは、両親のことを恨み、憎しみながらも、親が「最先端のデイトレードで成功して、偉い。いまや自慢の息子」といわれるために、株の売買で金を稼ぐことに命をかけている。妻子をきちんと従わせているいい家庭をつくりあげていることを示すことで、父親に認められたい、褒められたいとの呪縛に囚われ続けているのである。
 そのため、「立派な人間になった」と認められるために必死である。立派な人間、立派な父親像を演じ、偽りの虚像、覆いつけているペルソナ(仮面)を取り繕うため、嘘と虚栄を張り続けなければならないのである。実家へ帰省するときには、子どもたちに勉強道具を持たせ、わざわざ親の前で勉強する姿を見せる。祖母(Dの母親)から「いい子だねぇ」といわれ、「はい、頑張ったからお小遣い」となるように仕向けるのである。
 子どものときに頭で描いていた幸せな家庭像は、虚像であってもしっかりとつくりあげ、維持し続けなければならない。
 年末(平成21年12月)に、「もう一緒に暮せない」と被害者Rが必死に訴えられると、加害者Dは家族の幸せを見せつけために、家族写真を撮り、年賀状にした。子どものころあこがれていた家族仲よく過ごしていることの象徴となる家族写真を撮りたがるのは、DV加害者の特徴のひとつである。加害者Dは、理想的な愛の空想に囚われ、方角・易に頼り、字画に囚われ、風水を拠り所に生きている。目の前にいる妻である被害者Rそのものをみることも、目の前に起きていることも、自分の目を通じて見ることも、感じることもできない。虚像、幻の世界を信じ、必死にしがみついて生きている。
 加害者Dは、子どものころから散々力で屈服させられ、未だに絶大な力ある存在の父親の前では「NO」といえない。暴力で怯えさせられ、はむかうことのできなかった巨人の父親、いまだに忠実な犬になるしかできない。しかし、心の中は、認められなかった空虚感と激しい怒り、憎しみしかない。加害者Dは、反社会的人格障害の基本認知とされる「自分自身も親から虐待されているのだから、社会の規則を破って、他人を攻撃、暴力をふるってなにが悪いんだと、自分の暴力行為を正当化してしまう」要素を持ち合わせている。




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