あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅱ]DV被害者支援、1年間の記録。ドキュメントDV。恐怖で家に縛られ、卑下‥

4.最後に..。DVについての偏見、間違った考えを捨てる

 
 Ⅱ.暴力を生みだす心の闇。歪んだ感情が妻を支配する 3.“あるがままに生きてはいけない”というメッセージを1枚ずつ脱ぎ捨てる
(1) DV被害女性たちの人物像と加害者たち..
 被害者Rは、加害者Dからの暴力だけではなく、(自身の成育環境を含め)過去の経験から、心の中に「男の人は怖い」や「女性は、男の人には従わなくてはいけない」との思いをしっかりと取り込んでしまっている。だから、加害者Dのことを怖いと思っても「怖い」、「NO!」といえない。加害者Dを一生懸命に受け入れようとしてしまう健気な性分が被害を招いていってしまう。
 DV被害に苦しむ女性には、同情心が強く、面倒見がよく、よく気がつき、めったに怒らず、自己犠牲的精神があり、何でも受け入れてしまう。がまん強く、協調・同調しやすい。なにをしても結局許し、感性が豊かで、何ごとにも一生懸命でベストを尽くそうとするといった特徴がみられる。さらに、現実的でありながら夢見がちな部分もある、強くみえても実は弱い、大人でありながら少女のように純粋、といった要素が加わるとDV加害者(バタラー)やストーカーにつけ込まれやすく、また、新興宗教や自己啓発セミナーや生き方講座などを開いているカルト集団、占いに惹かれやすい。
 ヤツらは、結婚詐欺師ごとき勘のよさで女性の“心の危さ”をみごとに嗅ぎ分け、見抜き、計画を練りに練り、感づかれないように偶然を装い近づいてくる。そして、「君との出会いは、きっと運命なんだね。僕にとって、君は特別な女性だ」と囁く。まだつき合いも間もないのに、「結婚したら、こういう家庭を築きたいよね」と将来構想を流暢に楽しそうに語りだす。女性を自分の意のままに動かす、コントロールしていくことがこのうえなく楽しいのが、バタラーやストーカーという人々である。


(2) 妻子を縛るために子どもを手懐け、人質にする。
 DV加害者の多くは、妻(恋人)への歪んだ愛情、妻への暴力、すべては自身の快楽、うまみをえるために妻を縛り続けるために子どもを手懐ける。
 DV加害者から鞄一つ持って緊急一時保護施設に逃れてくるDV被害者の中には、乳母車を引いた乳児を伴っている女性が多い。妻(交際相手)を縛りつけておくには、妊娠させ、出産させればいいのである。働くことを奪い、離婚したら生活できないと脅すことができる。そう思っていたはずが、いざ子どもを妊娠、出産すると妻の関心が子どもに向かうことに嫉妬し、暴力がひどくなる。
 実は、このタイミングで逃れられると、母子への影響は軽くてすむ。それに、新たな人生を切り開きやすい。しかし、このタイミングを逸し、「子どもがせめて高校をでるまで、がまんしよう」と、歯を食いしばって生活を続けてしまう被害女性は少なくない。
 「妻を縛るには子どもを!が一番」と、そして暴力の後は優しく愛を囁く。女性はセックスで“契り感”と“絆”を心の中に取り込んでいく。子どもを人質に取ろうとする卑怯なDV加害者は、陰湿で、カッとなると歯止めがきかない。さらに、逃れたりすると、必死に逃れ先を探しだし、執拗なストーカー行為を繰り広げ、どんな手段をとってでも連れ戻しにかかる。DV加害者は、家に残されたDV関連の1冊の本、その本に書かれた行政機関を割りだしたり、雇った探偵が行政職員を名のり、保護機関に「空きはありますか?」等の連絡を入れ、あたりをつけた施設を張り込み、居所を特定し、施設に取り返しに押しかけ殺傷沙汰になったりすることもある。
ストーカー型DVは、別れ話がでたときには、かなり危険な行動を伴う。当案件の加害者は、婚姻前のストーカー行為の事実から、このタイプに該当すると思われる。
 デートDVの挙句、実家に逃げ帰ったものの、取り戻そうと押しかけてきたDV加害者と親族が争い、親兄弟(姉妹)が犠牲になるといった殺傷事件をひきおこすことも少なくない。昨夏(平成21年)に起きた、一度逃れたのち、許しをこう夫の姿に“もしかして今度は変わってくれるかもしれない”の思いをいだいて戻った。しかし夫は変わらず、今度は実家に逃れた挙句、殺害された石巻の事件がある。同時期、交際している女性の母親を目の前で殺害し、沖縄に逃れて捕まった事件も、同様のタイプである。報道されるときには、なぜ逃れることができないのかが問われ、あたかも被害者に非があるがごとくの無理解な発言がいまだに繰り返されている。
 私のメールでのDV相談の中にも、10歳の男児を連れ、家をでてアパートに逃れたDV被害者がいた。DV専門の弁護士のもと離婚調停中に事件が起きた。被害者が仕事にでて帰ってくる間に、加害者が勝手に家にあがり込み、先に学校から帰宅していた男児を連れ去ってしまった。行政・警察と連携をとっていたにもかかわらずである。加害者は、代々続く開業医であった。この被害者は、いま行政の保護のもと身元を隠しながら男児と暮し、離婚調停を続けている。


(3) 妻子を暴力で怯えさせ、快感に浸るバタラーという怪物..。
 バタラー(DV加害者)は、賢く計算して暴力をふるう相手を選んでいる。罪を問われないとタカを踏んでいる妻や子ども、交際相手に対してだけ、“しつけ(俺が躾をしなおしてやる)”という名のもとの暴力をふるうのである。
 殴る、蹴るのはお尻やお腹、決して痕跡が残るようなことはしない。ずる賢く、計算ずくで自分の支配力を高めるために暴力をふるう。一方で、「この程度は暴力なんかじゃない。俺は親からもっと酷い暴力を受けてきたんだ!」、「あんただって殴ることぐらいあるだろ! 俺だけじゃない。誰でもやっていることじゃないか!」、「こいつはやられないと反省しないんだ! 反省しないとまた同じコトをするだろ。俺が躾しなおしてやっているんだよ」と、悪びれるどころか、暴力はごくあたり前のこと、躾だよと正当化してしまう。
妻子が苦しんでいるなんて、思いも及ばない。暴力をふるって、妻子を自分のモノにする(奪う)ことへの罪の意識なんてない。「相手がどう思うかを察してあげたら」という常識的ななげかけは通用しない。その場を取り繕うだけのやり取りに疲弊させられることになる。暴力は、力を見せつけ、怖がらせて思い通りにしたい、支配するための手段でしかない。そこには、相手がどう感じるかに思いを馳せることができないからこそできる行いなのである。
 バタラーやストーカーは、相手のことを考えることはできない、自分のことだけしか考えることができないからである。アタッチメント獲得に問題を抱えるがために、主語が“俺が”“俺は”の一人称、逸脱した自己愛の塊なのである。「あの人は、自己中だからしょうがないの」ではすましてはいけない。人格そのもの歪みを抱える自己愛性、妄想性、演技性といった人格障害という病は、まず、治ることはないということを知らなくてはならない。また、激しい暴力のある家庭環境で育っていれば、感情を司る扁桃体を前頭葉でコントロールする機能そのものを獲得できていない。これは、認知や人格そのものの歪みの問題ではなく、脳機能の問題である。脳の発達段階で、人がどう感じるかといった共感性、していいことといけないことといった社会性、人とどうかかわるかといった社交性、そして、感情コントロールする脳機能を獲得していない。
 だから、「お願いしたらわかってくれる」とか、「反省させて、謝らせたら、もうしなくなるだろう」などと考えてはいけないのである。自分の利益のためなら、その場しのぎに、謝ったふりをしたり、反省したふりをしたりすることなどたやすい。家をでて行った妻の気を惹くために、周囲の同情を買うために、げっそりし弱々しい姿を見せびらかすために、食欲をなくし、1ヶ月で5-10㎏痩せて見せることだってできる。
 力ずくで相手を操る快感に浸れる。王様気分になれることが、ことさら自尊心をくすぐる。からかい、嫌がる姿を見るのが楽しい。殴り、叩きのめし、怯える姿を見るのは、ぞくぞくするほど楽しい。怯えさせるほどのパワー(力)が自分にはあることにただ酔いしれるのである。
 被害者がどんなに窮状を訴えても、DV加害者の心には何も響かない。かえって、被害者を操っている快感に浸るだけだ。


(4) 男らしさ、女らしさといったジェンダー観が暴力を生み、その暴力を許容している
 ただ厄介なのが、DV加害者は、家の外では愛想がよく、社会的立場の高い人が少なくない。そのため、俗にいう「あの人が暴力をふるうわけがない」となってしまうことが少なくない。家庭内で暴力をふるうのは、ギャンブルに溺れ、その金を女性にせびるヤクザのような男か、酒を浴びるように飲んで酩酊し暴れる、いわゆる酒乱といった、ごく一部の特別な人たちだと思い込んでいる人がことのほか多い。ギャンブルや酒が絡むDVは、全体の8%に満たない。
 DV被害は、私たちの直ぐ隣でおきている。
 思春期以降、問題(不登校、ひきこもり含む)を起こしはじめ、教師や大人から疎んじられ、煙たがられる児童の多くが、いわゆる機能不全家族の中で生活していると考えられる。その数は、6人に1人の児童の家庭に問題があると類推できる。そのかなりの家庭で、DV・支配のための暴力が行われていると考えられる。
しかし、ことばの暴力、モラルハラスメント(精神的暴力)がDV、虐待行為であると理解している人は少ない。
 高学歴で一流企業勤務、医師や弁護士、公務員に教師、経営者、自営業者、その土地の名家とよばれる人たちの抱えるストレスが、妻子への暴言、暴力(無視・無関心といった精神的暴力を含む)に向かわかせることを多くの人は知らない。
 あの家の子だからと世間の目(期待)に縛られ続け、いい子を演じ切らなければならないストレスは相当なものだ。一方、途中で演じ切れなくなって、その路線から外れてしまったとしても、それは強いコンプレックスとなり、妻子への暴力へと向かわせる屈折したエネルギーとなる。
 日本で暮す私たちの多くは、「女性は家に」、「離婚したら子どもがかわいそう、だから、女らしくがまんしなさい」、一方で、「男は強くなくてはならない」、「男らしくしなさい」といった価値観を植えつけられて育つ。
 こうした価値観は、明治以降、富国強兵を訴える象徴として、“幻想”を信じ込まされてきたもので、こうした社会風土が、悲劇を生んでいるとは思いも寄らない。
 “男らしさ”“女らしさ”といったジェンダー観(性的役割)が、DVを生みだす背景にある。「男らしくしなければならない」に縛られた男性は、自分の弱さを認めたくない思い(恐怖)を打ち消すために、暴力を使ってでも男としての力をみせつけなくてはならないとの思いが強くなる。女性は、男性を敬い、尽くすことが妻の務め、夫に刃向かうことは女らしくないとの思いが強いと、夫の暴力も子どもたちのためにがまんしなくちゃと自分の背中を押してしまう。さらに、暴力、虐待のある家庭で育った場合には、男性は同じ暴力、虐待行為を行い、女性は暴力を受けやすくなる。
 こうした背景は、親兄弟や友人はいうにおよばず、相談に訪れた行政機関や弁護士、治療を施した医師や看護師、家庭裁判所の調停委員にさえ、「あの(この)人が、本当にそんなことをするの?」、「ちょっと大袈裟にいっているんじゃない?」、「どこの家だってそんなものよ。そのぐらいのことがまんしなきゃやっていけないわよ」、「離婚したら子どもはどうするの? かわいそうじゃない」との発言を生む。
 ときに、「あなたに落ち度があるからじゃないの? よほどのことがない限り、そんなことしないんじゃない」と、まるで、被害者自身に問題があるかのようにいわれることも決して少なくない。
 こうした二次被害ともいえる無責任、無理解なことばによって、「誰にも私の苦しみはわかってもらえない」、「私を助けてくれる人なんか誰一人いない」と、口を閉ざしていってしまう。被害女性を苦しめ、追い込んでしまいやすい現実がある。
 密室の家の中で、日々繰り返される女性の人格そのものを攻撃する「ことばの暴力」、「モラスハラスメント(精神的暴力)」による精神的苦痛ははかり知れないにもかかわらず、それが支配のための暴力・DVであるとは思いも知らず、誰にも相談できないでいる被害者はことのほか多いことを、私たちは知らなくてはならない。

(平成22年7月23日.9月1日)



(1)DV被害女性たちの人物像と加害者たち
 被害者Rは、加害者Dからの暴力だけではなく、(自身の成育環境を含め)過去の経験から、心の中に「男の人は怖い」や「女性は、男の人には従わなくてはいけない」との思いをしっかりと取り込んでしまっている。だから、加害者Dのことを怖いと思っても「怖い」「NO!」といえない。加害者Dを一生懸命に受け入れようとしてしまう健気な性分が被害を招いていってしまう。
 DV被害に苦しむ女性には、同情心が強く、面倒見がよく、よく気がつき、めったに怒らず、自己犠牲的精神があり、何でも受け入れてしまう。我慢強く、協調・同調しやすい。なにをしても結局許し、感性が豊かで、何ごとにも一生懸命でベストを尽くそうとするといった特徴がみられる。さらに、現実的でありながら夢見がちな部分もある、強くみえても実は弱い、大人でありながら少女のように純粋、といった要素が加わるとDV加害者(バタラー)やストーカーにつけ込まれやすく、また、新興宗教や自己啓発セミナーや生き方講座などを開いているカルト集団、占いに惹かれやすい。
 ヤツらは、結婚詐欺師ごとき勘のよさで女性の“心の危さ”をみごとに嗅ぎ分け、見抜き、計画を練りに練り、感づかれないように偶然を装い近づいてくる。そして、「君との出会いは、きっと運命なんだね。僕にとって、君は特別な女性だ」と囁く。まだつき合いも間もないのに、「結婚したら、こういう家庭を築きたいよね」と将来構想を流暢に楽しそうに語りだす。女性を自分の意のままに動かす、コントロールしていくことがこのうえなく楽しいのが、バタラーやストーカーという人々である。


(2)妻子を縛るために子どもを手懐け、人質にする。
 DV加害者の多くは、妻(恋人)への歪んだ愛情、妻への暴力、すべては自身の快楽、うまみをえるために妻を縛り続けるために子どもを手懐ける。
 DV加害者から鞄一つ持って緊急一時保護施設に逃れてくるDV被害者の中には、乳母車を引いた乳児を伴っている女性が多い。妻(交際相手)を縛りつけておくには、妊娠させ、出産させればいいのである。働くことを奪い、離婚したら生活できないと脅すことができる。そう思っていたはずが、いざ子どもを妊娠、出産すると妻の関心が子どもに向かうことに嫉妬し、暴力が酷くなる。
 実は、このタイミングで逃れられると、母子への影響は軽くてすむ。それに、新たな人生を切り開きやすい。しかし、このタイミングを逸し、「子どもがせめて高校をでるまで、我慢しよう」と、歯を食いしばって生活を続けてしまう被害女性は少なくない。
 「妻を縛るには子どもを!が一番」と、そして暴力の後は優しく愛を囁く。女性はセックスで“契り感”と“絆”を心の中に取り込んでいく。子どもを人質に取ろうとする卑怯なDV加害者は、陰湿で、カッとなると歯止めがきかない。さらに、逃れたりすると、必死に逃れ先を探しだし、執拗なストーカー行為を繰り広げ、どんな手段をとってでも連れ戻しにかかる。DV加害者は、家に残されたDV関連の1冊の本、その本に書かれた行政機関を割りだしたり、雇った探偵が行政職員を名のり、保護機関に「空きはありますか?」等の連絡を入れ、あたりをつけた施設を張り込み、居所を特定し、施設に取り返しに押しかけ殺傷沙汰になったりすることもある。
 ストーカー型DVは、別れ話がでたときには、かなり危険な行動を伴う。当案件の加害者は、婚姻前のストーカー行為の事実から、このタイプに該当すると思われる。
 デートDVの挙句、実家に逃げ帰ったものの、取り戻そうと押しかけてきたDV加害者と親族が争い、親兄弟(姉妹)が犠牲になるといった殺傷事件を引き起こすことも少なくない。昨夏(平成21年)に起きた、一度逃れたのち、許しをこう夫の姿に“もしかして今度は変わってくれるかもしれない”の思いをいだいて戻った。しかし夫は変わらず、今度は実家に逃れた挙句、殺害された石巻の事件がある。同時期、交際している女性の母親を目の前で殺害し、沖縄に逃れて捕まった事件も、同様のタイプである。報道されるときには、なぜ逃れることができないのかが問われ、あたかも被害者に非があるがごとくの無理解な発言がいまだに繰り返されている。
 私のメールでのDV相談の中にも、10歳の男児を連れ、家をでてアパートに逃れたDV被害者がいた。DV専門の弁護士のもと離婚調停中に事件が起きた。被害者が仕事にでて帰ってくる間に、加害者が勝手に家にあがり込み、先に学校から帰宅していた男児を連れ去ってしまった。行政・警察と連携をとっていたにもかかわらずである。加害者は、代々続く開業医であった。この被害者は、いま行政の保護のもと身元を隠しながら男児と暮し、離婚調停を続けている。


(3)妻子を暴力で怯えさせ、快感に浸るバタラーという怪物
 バタラー(DV加害者)は、賢く計算して暴力をふるう相手を選んでいる。罪を問われないとタカを踏んでいる妻や子ども、交際相手に対してだけ、“しつけ(俺が躾をしなおしてやる)”という名のもとの暴力をふるうのである。
 殴る、蹴るのはお尻やお腹、決して痕跡が残るようなことはしない。ずる賢く、計算ずくで自分の支配力を高めるために暴力をふるう。一方で、「この程度は暴力なんかじゃない。俺は親からもっと酷い暴力を受けてきたんだ!」「あんただって殴ることぐらいあるだろ! 俺だけじゃない。誰でもやっていることじゃないか!」「こいつはやられないと反省しないんだ! 反省しないとまた同じコトをするだろ。俺が躾しなおしてやっているんだよ」と、悪びれるどころか、暴力はごくあたり前のこと、躾だよと正当化してしまう。
 妻子が苦しんでいるなんて、思いも及ばない。暴力をふるって、妻子を自分のモノにする(奪う)ことへの罪の意識なんてない。「相手がどう思うかを察してあげたら」という常識的ななげかけは通用しない。その場を取り繕うだけのやり取りに疲弊させられることになる。暴力は、力を見せつけ、怖がらせて思い通りにしたい、支配するための手段でしかない。そこには、相手がどう感じるかに思いを馳せることができないからこそできる行いなのである。
 バタラーやストーカーは、相手のことを考えることはできない、自分のことだけしか考えることができないからである。アタッチメント獲得に問題を抱えるがために、主語が“俺が”“俺は”の一人称、逸脱した自己愛の塊なのである。「あの人は、自己中だからしょうがないの」ではすましてはいけない。人格そのもの歪みを抱える自己愛性、妄想性、演技性といった人格障害という病は、まず、治ることはないということを知らなくてはならない。また、激しい暴力のある家庭環境で育っていれば、感情を司る扁桃体を前頭葉でコントロールする機能そのものを獲得できていない。これは、認知や人格そのものの歪みの問題ではなく、脳機能の問題である。脳の発達段階で、人がどう感じるかといった共感性、していいことといけないことといった社会性、人とどうかかわるかといった社交性、そして、感情コントロールする脳機能を獲得していない。
 だから、「お願いしたらわかってくれる」とか、「反省させて、謝らせたら、もうしなくなるだろう」などと考えてはいけないのである。自分の利益のためなら、その場しのぎに、謝ったふりをしたり、反省したふりをしたりすることなどたやすい。家をでて行った妻の気を惹くために、周囲の同情を買うために、げっそりし弱々しい姿を見せびらかすために、食欲をなくし、1ヶ月で5-10㎏痩せて見せることだってできる。
 力ずくで相手を操る快感に浸れる。王様気分になれることが、ことさら自尊心をくすぐる。からかい、嫌がる姿を見るのが楽しい。殴り、叩きのめし、怯える姿を見るのは、ぞくぞくするほど楽しい。怯えさせるほどのパワー(力)が自分にはあることにただ酔いしれるのである。
 被害者がどんなに窮状を訴えても、DV加害者の心には何も響かない。かえって、被害者を操っている快感に浸るだけだ。


(4)男らしさ、女らしさといったジェンダー観が暴力を生み、その暴力を許容している
 ただ厄介なのが、DV加害者は、家の外では愛想がよく、社会的立場の高い人が少なくない。そのため、俗にいう「あの人が暴力をふるうわけがない」となってしまうことが少なくない。家庭内で暴力をふるうのは、ギャンブルに溺れ、その金を女性にせびるヤクザのような男か、酒を浴びるように飲んで酩酊し暴れる、いわゆる酒乱といった、ごく一部の特別な人たちだと思い込んでいる人がことのほか多い。ギャンブルや酒が絡むDVは、全体の8%に満たない。
 DV被害は、私たちの直ぐ隣でおきている。
 思春期以降、問題(不登校、ひきこもり含む)を起こしはじめ、教師や大人から疎んじられ、煙たがられる児童の多くが、いわゆる機能不全家族の中で生活していると考えられる。その数は、6人に1人の児童の家庭に問題があると類推できる。そのかなりの家庭で、DV・支配のための暴力が行われていると考えられる。
 しかし、ことばの暴力、モラルハラスメント(精神的暴力)がDV、虐待行為であると理解している人は少ない。
 高学歴で一流企業勤務、医師や弁護士、公務員に教師、経営者、自営業者、その土地の名家とよばれる人たちの抱えるストレスが、妻子への暴言、暴力(無視・無関心といった精神的暴力を含む)に向かわかせることを多くの人は知らない。
 あの家の子だからと世間の目(期待)に縛られ続け、いい子を演じ切らなければならないストレスは相当なものだ。一方、途中で演じ切れなくなって、その路線から外れてしまったとしても、それは強いコンプレックスとなり、妻子への暴力へと向かわせる屈折したエネルギーとなる。
 日本で暮す私たちの多くは、「女性は家に」「離婚したら子どもがかわいそう、だから、女らしく我慢しなさい」、一方で、「男は強くなくてはならない」「男らしくしなさい」といった価値観を植えつけられて育つ。
 こうした価値観は、明治以降、富国強兵を訴える象徴として、“幻想”を信じ込まされてきたもので、こうした社会風土が、悲劇を生んでいるとは思いも寄らない。
 “男らしさ”“女らしさ”といったジェンダー観(性的役割)が、DVを生みだす背景にある。「男らしくしなければならない」に縛られた男性は、自分の弱さを認めたくない思い(恐怖)を打ち消すために、暴力を使ってでも男としての力をみせつけなくてはならないとの思いが強くなる。女性は、男性を敬い、尽くすことが妻の務め、夫に刃向かうことは女らしくないとの思いが強いと、夫の暴力も子どもたちのために我慢しなくちゃと自分の背中を押してしまう。さらに、暴力、虐待のある家庭で育った場合には、男性は同じ暴力、虐待行為を行い、女性は暴力を受けやすくなる。
 こうした背景は、親兄弟や友人はいうにおよばず、相談に訪れた行政機関や弁護士、治療を施した医師や看護師、家庭裁判所の調停委員にさえ、「あの(この)人が、本当にそんなことをするの?」「ちょっと大袈裟にいっているんじゃない?」「どこの家だってそんなものよ。そのぐらいのこと我慢しなきゃやっていけないわよ」「離婚したら子どもはどうするの? かわいそうじゃない」との発言を生む。
 ときに、「あなたに落ち度があるからじゃないの? よほどのことがない限り、そんなことしないんじゃない」と、まるで、被害者自身に問題があるかのようにいわれることも決して少なくない。
 こうした二次被害ともいえる無責任、無理解なことばによって、「誰にも私の苦しみはわかってもらえない」「私を助けてくれる人なんか誰一人いない」と、口を閉ざしていってしまう。被害女性を苦しめ、追い込んでしまいやすい現実がある。
 密室の家の中で、日々繰り返される女性の人格そのものを攻撃する「ことばの暴力」、「モラスハラスメント(精神的暴力)」による精神的苦痛ははかり知れないにもかかわらず、それが支配のための暴力・DVであるとは思いも知らず、誰にも相談できないでいる被害者はことのほか多いことを、私たちは知らなくてはならない。
(平成22年7月23日.9月1日)


※ ひき続き、カテゴリー「Ⅲ-2」、つまり、「(DV被害状況レポート)Ⅱ.暴力の何が悪いのかがわかれない加害者心理を知る-暴力で心が壊れた被虐待者がDV・虐待加害者に..。暴力を生みだす心の闇、歪んだ感情が妻を支配する、その性格特性を明らかにする-(1-6)」に目を通していただければと思います。
 なお、このDV事案の顛末(平成22年12月23日)については、カテゴリー「Ⅳ-1」の「(DV被害者支援レポート)Ⅰ.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか」の「はじめに。」で、思春期(10-15歳、小学校4年生-高校1年生)を迎えるほど子どもが成長しているDV被害者が、DV加害者である夫とのかかわりを断つ、夫婦の関係を終わらせるのがいかに難しいのか、被害者の育った家庭環境、心(情)が揺れる要因はなにか、そして、被害者が譲れないもの(こだわり)はなにかといったキーワードと、心理学的見地(脳はなにを優先するかなど)を踏まえて説明しています。
2015.7.27



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