あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-9]Ⅴ.DVのある家庭環境で育った子どもと母親のケア

27.DV被害者の抱える心の傷、回復にいたる6ステップ

 
 28.暴力被害女性と子どものためのプログラム-コンカレントプログラム- 26.悩ましい面会交流。いま司法はどのように捉えているか
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

※ 『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(マニュアル)』は、「DVを目撃して暮らしている子どもが、DVの最大の被害者である」との立ち位置で、「密接な関係にある児童虐待とDVの本質的な理解」に加え、「児童虐待とDVが、被害者である母親だけでなく、子どもの心までも破壊する可能性がある、つまり、胎児期を含めて脳の発達に大きなダメージを与える」ことを理解していただくために、一般的な抽象論ではなく、行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースに、前半の『はじめに』、『第1章(Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス)』、『第2章(Ⅱ.児童虐待と面前DV。暴力のある家庭環境で暮らす、育つということ)』は作成しています。
 マニュアル冒頭の『はじめに』では、「社会の女性や子どもへの暴力に対する理解」、「危機的状況がもたらす脳のトラブル」、「「事例で学ぶ」ということ-人類とは何者か、脳の発達論の見地でという考え方-」、「暴力描写や性的表現による「トラウマ反応」表出のリスク」、「第三者の支援を受け、暴力で傷ついた心のケアにとり組む意味」、「被害女性の家族や友人たちのアンカーとしての役割」、「被害者支援に携わる人たちに向けて」、「-付記- 「二重の被災」..東日本大震災とその後の虐待・DVの増加の影響は“これから”の問題-阪神淡路大震災、戦争体験によるPTSD発症、その後の人生に学ぶ-」というテーマで、このマニュアル全般に及ぶ着眼点や論点、問題提起をしています。この行動分析や脳科学、人類学、発達心理学などをベースにした着眼点や論点、問題提起は、その後に続く、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』とそれぞれと相互する関連性がある、あるいは、説明の前提となっていることから、『第1章(1-5節)』、『第2章(6-12節)』、『第3章(13-20節)』、『第4章(21-26)』、『第5章(27-31)』をお読みになる前に、『はじめに』に目を通していただきたいと思います。


Ⅴ.DVのある家庭環境で育った子どもと母親のケア
27.DV被害者の抱える心の傷、回復にいたる6ステップ
 ・丹田呼吸法。セロトニンを安定させる反復運動
(1) STEP-1.トラウマの再体験
(2) STEP-2.否定的な自己を軽減する
(3) STEP-3.怒りのワークの段階
 -怒りの感情をマネジメントする(アンガーマネジメント)-
(4) STEP-4.喪のワークの段階..弔いと別れの儀式
(5) STEP-5.被害に意味づけを行う段階
(6) STEP-6.新しい人生を構築する段階


Ⅴ.暴力のある家庭環境で育った子どもと母親のケア

 第1章(児童虐待とドメスティック・バイオレンス)、第2章(児童虐待・面前DV。暴力のある家庭で暮らす、育つということ)で述べているとおり、DV被害により、被害者とその子どもにはさまざまな心身の健康障害がひきおこされます。それは、身体的な暴行によるケガだけでなく、慢性反復的に繰り返されてきたことばの暴力や性行為の強要(性暴力)などによって、頭痛、背部痛などの慢性疼痛や、食欲不振や体重減少、機能性消化器疾患、高血圧、免疫状態の低下などの慢性身体疾患に罹患していたり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ病、パニック障害を発症したりします。
 緊急一時保護施設(シェルター)に保護された被害者の3割から8割にPTSD、4割から6割にうつ病の診断がされ、自殺企図、不安障害、解離性障害、身体化障害、アルコールや薬物乱用が認められるという調査報告があります。保護された段階でPTSDの診断に3割から8割と幅があるのは、ASD(急性ストレス障害)の症状が1ヶ月以上継続したものをPTSDと診断すること、そして、PTSDには“晩発性”という特徴があるからです。そして、これらの症状や傾向は、被害者だけでなく、暴力のある家庭環境で育ってきた子どもたちには「重複障害」として認められ、リストカットや過食と嘔吐を繰り返す(摂食障害)などの自傷行為を伴うことが少ないのです。母親とともに緊急一時保護施設に保護された子どもたちの8割が、心理的なケアが臨床レベルにあるとされています。
暴力のある家庭環境で育ってきた子どもたちは、暴力による恐怖で支配することや支配されることを学ぶばかりで、良好な対人関係を構築するために必要な人を信じることができず、自己肯定感や自尊心が育まれていないことを起因とする自分をも信じることができないことから、対人関係において、さまざまなトラブルを招いたりします。また、アタッチメントを損なう成育歴を抱えている被害者は、カラカラに乾いた渇望感や底なし沼のような寂しさを抱えていることが多く、加害者の優しく甘いことばを信じたり(根拠のない期待感)、経済的な不安等が加わったりして、しばしば加害者の元から逃げてはまた戻ることを繰り返しこともあります。その結果、DV被害から逃れたあと、再び、暴力をふるう男性と交際(婚姻を含む)することになったりするなど、深刻な心の問題を抱えていたりします。そして、暴力のある家庭環境で育ち、再び交際相手、もしくは、配偶者から暴力被害を受けることになった被害者には、DV被害と現在の心身の不調を結びつけることができなかったり、「Ⅱ-9-(3)-①子どもの心身症」の中で記しているとおり、“弱くあってはならない”“強くあらねばならない”と抑圧されてきたストレスの表れとして、「自分はそのように情けない人間ではない」と怒りの感情を表したりすることもあるのです。
 被害母子の精神健康は相互に影響していることから、被害母子に対する心のケアはリンクしておこなわれることが必要になってきます。そして、長年の暴力被害による心の傷は、たとえ加害行為から逃れることができたとしても、PTSDの症状やうつの症状が長びいたり、数年後のなんらかのきっかけでPTSDを発症したりする(後発性PTSD)こともあることから、長期的な視点に立った息の長いケアが必要になります。そこでは、失われた自信や主体性をとり戻すことが、暴力で傷ついた心の回復の大きなポイントになってきます。しかし、親族(親やきょうだい)のもとに被害者が逃げているケースでは、親やきょうだいが、被害者の体調不良が長びいたりすることを理解できなかったり、情緒不安定な子どもが不登校になったり、万引きや喫煙など問題をおこしたりすることと暴力のある環境で育ってきたことを結びつけて考えることができず、子どもの行為だけを非難したりするなど、2次・3次被害を受けることになり、身体的、精神的に追い詰められてしまうこともあります。また、妊娠中のDV被害事件では、母体の被害だけでなく、早産や胎児仮死、出産時低体重など胎児や乳児に大きな影響を及ぼします。DV被害のリスクを有する妊産婦は全体の14%以上存在しているとの報告があり、10歳代の妊産婦のDV被害が際立って高い頻度になっているということから、長期的なケアは必要不可欠です。特に、被害者が妊娠中に、夫がDV(身体的暴行)で逮捕・起訴されたり、他の暴行・傷害事件や薬物使用などの犯罪行為で逮捕・起訴されたりして、服役するケースもあります。被害者は、夫の服役中に出産し、子育てすることになりますが、「子どもの父親が逮捕され、服役している」という現実、つまり、犯罪被害者でありながら、加害者家族であるという現実をどう受け止め、妊娠時や出産後の子どもへの影響を最小限に食い止めるためにも母親の心のケアは必要不可欠です。
 理想的なのは、被害者と子ども、そして、被害者と親族(親やきょうだい)といった2世代、3世代にわたる包括的な支援の可能性の有無を判断するなど、医療だけの問題ではなく、福祉、学校(教育)、場合によっては警察などの地域コミュニティを含めた協力関係(縦割りではなく、横のつながりとして)のもとでのサポートができることです。



27.DV被害者の抱える心の傷、回復にいたる6ステップ
 人として、女性としての人権と尊厳を、配偶者の暴力に侵害され続けてはいけないといっても、「配偶者暴力防止法」にもとづいて“一時保護”を求める被害者が払う代償は、あまりにも大きいといえます。自分の生命、心の命さえ失いかねない状況を多くの被害者が体験してする中で、行政に助けを求めるわけですが、家族や友人との接触が制限され、人間関係の多くを失い、職業や経済的な基盤を失うことになります。数々の喪失の果てに、結局身を守るために自分であることを偽り、身を隠し、逃げ続けるしか路がないとしたら、それはあまりにも理不尽です。
 配偶者からのDVによって、緊急一時保護施設(母子棟・宿泊所)に保護されるにいたった被害者たちは、保護された当初、能面のような硬い表情、凍りついた表情をしています。まるで、喜怒哀楽を表すことのない仮面を被っているようです。その表情に変化はなく、表情の変化から感情の動きを伺うことは難しく思えます。親からひどい傷を負わされた子どもが、傷の手当を受け、ひどい痛みがあるはずなのに、泣きもせず、叫びもせず、無表情、無感動に一点を見つめているような状態を「凍りついた凝視」と表現しますが、DV被害者にも、傷や痣に縁どられた顔も、なにも表情が宿っていないことがあります。それは、表情の奥にある感情そのものがマヒしてしまっている、感情そのものが枯渇してしまっていることを物語っているのです。
 したがって、支援者(アボドケーター)は、目が曇り、目が怯えを伴っているか、なにを語っているのかをどう読むかがポイントになってきます。しかし、読みとりが独自的になってはいけないことから、事実と意見をしっかりわけて、向き合うことが重要です。少なくとも1週間は、被害女性の表情からなにかを読みとることは難しい状態が続きます。逆に、配偶者に強い恐怖心を示すだけでなく、家をでてきたことに対する自分自身の戸惑いや自責の念、あるいは配偶者への未練がまだまだうかがえたり、配偶者を気遣ったりすることもあるのです。それは、「1人でもちゃんと仕事に行っているかしら」、「私がいなくて、あの人は食事とか困っているんじゃないかな」、「やっぱり、帰った方がいいんじゃないかしら」と心配することばを口にするのです。さらに、「私が家にいれば、なんとか夫を暴力から立ち直らせることができるような気がする」とか、「私ががまんさえすれば、なんとかいい方向に向かうんじゃかと思う」とか、まだまだ加害者から叩き込まれた論理でモノを考えようと考えは揺れ続けます。加害者から繰り返し受けてきた“持続的な暴力”は、残酷にも、人の正常な判断力や素直な感情も奪いとってしまうのです。
 この思考の揺れは長期間続き、被害女性とサポートする側に与えられた葛藤の期間となります。被害者にとって、「この人は私をわかってくれる」、「この人だったら私を助けてくれる」という信頼感を得ることができるかを決める大切なときでもあるのです。
 暴力に対する恐怖の記憶は、長期間にわたり被害者を苦しめ、悩ませるものです。
 大切なことは、記憶を消すことではなく、恐怖に対処する方法をきちんと身につけ、自分で感情をコントロールできるようになることです。<暴力は怖い><苦痛を与えられるのは嫌だ>という人としての当然の感情を無理やりに否定し、心の奥に押し込めてしまう必要はないのです。恐怖は恐怖として、素直に感じながら、それに押しつぶされない強さやしなやかさを身につけていくことが大切なのです。
 そのためには、つらくても被害の状況をことばにして口にだし、言語化しながら、再体験し、恐怖は恐怖として、怒りは怒りとして感情を吐きだすことが必要です。多くの被害女性は、それらの感情をことばにして吐きださず、心の奥に閉じ込めておくことが自分をコントロールすることだと思い違いをしています。必要なときに、ありのままの感情を吐きだし、自分に不利益な行為は拒否してかまわないのです。そこで、はじめて自分の存在を、心の安全が保つことができるのです。
 これらのプロセス(ステップ)において大前提となるのは、<自分は守り、守られるに値する人間である>という自尊の感情です。自分の人生は、自分自身のものであること、一人ひとりの人生がそれぞれにかけがえのないものであること、どのような結婚をしようとも、一人の人として、女性として幸福であること、自由であること、権利が尊重されていること、暴力に怯えて暮らす必要などないことを、自分自身で認められるようになることなのです。
 夫の暴力に怯え、いうこときかせられ、完全に<モノ>化されていく自分自身を意識させられることは、人として耐え難い苦痛です。
 支配のための暴力にさらされ続けることによって、被害女性の多くが、①配偶者の帰宅時間を意識しはじめたり、配偶者が側にいたりすると呼吸が苦しくなり、手に汗をかくようになり、ちょっとしたことで、動悸がして、胸がしめつけられ、喉が詰まった感じになり、頭が重く気持ち悪くなるといった強い身体的症状に悩まされることになります。また、②もう暴力には耐えられないと離婚を決意し、家をでてからは、夫に抱く強烈な恐怖心と不安感によって夜中に何度も目が醒め、仕事以外では家から一歩もでられない日々が続くことも少なくありません。それは、家をでて6ヶ月、1年経っても、家のインターホンが鳴ったりすると、「(離婚が成立していても)夫かも知れない」との思いが脳裏をかすめ、血の気がひき、激しい動悸にみまわれ、発汗するといったフラッシュバックともいえる強い反応がでたりします*。
 一方で、この恐怖意識があまりにも強烈なために、どれだけひどいおこないをされてきたのか、どこか他人ごとのように感じたままになって(かなりひどい感覚鈍麻)いたりします。それは、感覚鈍麻の状態を維持していなければ、反応が強くでた場合、無意識下(潜在意識下)で、仕事を続けられなくなったり、日常生活に支障がでる可能性を感じてブロックしてしまったりしていることさえあります。しかし、夫からの暴力に怯え、いつ感情を爆発させ怒鳴り散らすのかわからず、いつも顔色を伺い、自分の考え、意見をいうことなど許されない今の状況が、決して正常でないことを、被害者自身が自覚していくことはとても大切なことです。今おこっている、これまでの苦痛に満ちた日々は、<私の責任ではない>と思えるようになることで、はじめて夫からの暴力、DVの呪縛から解き放たれる路が開けてきます。
 夫からの暴力、DVから逃れたあとも傷ついた心は癒やされず、被虐待女性症候群、C-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)の症状に苦しむことも少なくありません。しかし、時間はかかったとしても必ず回復し、将来、再び自分らしい、自立した生活が送れるようになります。

(丹田呼吸法。セロトニンを安定させる反復運動)
 「はじめに」の「-追記-(暴力描写や性的表現による「トラウマ反応」表出のリスク)」で、『サバイバーの方には、フラッシュバックによるパニック症(過呼吸)を予防するため、そして、自ら脳内物質セロトニンの分泌を促して心を調えることができる「吐いてから、吸う」という“丹田呼吸法”を身につけ、習慣づけていただければと思っています。』と記しています。
 DV被害を受けた強いストレスは、コルチゾールを分泌させる一方で、セロトニンの分泌を不足させてしまいます。そこで、DV被害者が見せるPTSDの症状、被虐待女性症候群の傾向が強く表れているときには、セロトニンを安定させることはとても重要なことです。うつ病の人は、セロトニンが極端に少なくなっていることがわかっています。ここでは、SSRIなどの精神治療薬を服用とは別に、坐禅で行われる「丹田呼吸法」によって、自身でセロトニンを安定させることができることを紹介させていただきたいと思います。
 坐禅は、足を組んで座り、足を痺れさせることが目的ではないことから、ニューヨークやロンドンなどの海外では、足を組むできない人は、椅子に座って坐禅がおこなわれています。
 坐禅では、眼をつぶらず約1.5mを見つめることで頭を覚醒状態に保ち、「ふぅ~」と息を吐いて、呼吸を調えることだけに集中します。呼吸で重要なことは、吸うことではなく吐くことです。つまり、へその下3cm辺りの経路<丹田>に意識を集中し、息を「ふぅ~」と吐きだすことです。人は息を吐きだすと、反射運動として横隔膜が膨らむようにできています。つまり、腹筋と横隔膜を使った深い呼吸、つまり、反復運動によって、心と体のバランスを調えることができるのです。そして、目をつぶらず、頭を覚醒状態に保ちながらおこなうところが、瞑想とは違うところです。リラックスしているときにでる脳波がα波で、覚醒状態ではβ波がでます。瞑想のように眼をつぶって呼吸法をおこなうとα波がでてきてしまうことになります。セロトニンの分泌を促すことを目的とする丹田呼吸法(坐禅)によってでてくるα波は、リラックス状態のα波とはまったく異なるものです。
 では、呼吸とセロトニン神経の働きついて説明します。
 お腹がめいっぱいに凹むまで息をだしてしまうと、これを補うように、新鮮な空気が流れ込み、お腹が膨らむます。吐く息を意識しながら、ゆっくり深い呼吸を繰り返しているだけでも、リラックス効果は大きく、長くゆったりとした呼吸が身につくと、気分や感情をコントロールできるようになります。なぜなら、平常心を保つ禅の丹田呼吸法のメカニズムは、脳内伝達物質のセロトニン神経の働きをよくすることが判明しているからです。
 丹田呼吸法をはじめると、まず大脳皮質に変化が現れます。丹田呼吸をはじめ4分経ったころから、最初にでたα波より速いα波が現れ、ほどなく(12分ほど経つと)最初のα波は消失し、早いα波の山は次第に大きくなってきます。この大きくなった早いα波の山の状態を30分継続していくことで、セロトニンを安定させていくことができるのです。
 セロトニン神経の細胞は、脳幹のほぼ真ん中、縫線核というところに数万個あります。ここから軸索というケーブルを脳全体に張り巡らせ、各器官に影響を与えます。セロトニンは、他の神経と異なり、眠っているときにはほどんど働かず、目覚めると活動をはじめます。刺激に対して反応するのではなく、モールス信号のように、インパルスを脳の中にだし続け、覚醒の状態をつくります。また、セロトニン神経は、直接具体的な仕事をすることはありませんが、各パートに指示をだし、脳全体の雰囲気、覚醒の状態をつくります。各パートは、自律神経を調節したり、感情をコントロールしたり、筋肉を動かしたり、身体的な仕事をしています。とはいっても、大きな音をだしたり、皮膚に痛みを与えたりするなどの覚醒刺激に反応するものではなく、“リズム(反復)運動”をすると興奮し、活性化するものです。つまり、無意識にする呼吸ではなく、意識的に腹筋を収縮させる呼吸としての<リズム性の運動>こそが、セロトニン神経の活性化につながるのです。
 こうした意味では、エアロビクスをしたり、太鼓を叩いたりすることも同じリズム性の運動です。そして、床の雑巾がけをしたり、窓を拭いたり、庭をほうきで掃いたり、は至りぞうきんがけ掃き掃除や拭き掃除をしたりするなど、生活の中で基本的なリズム運動をする機会がなくなってきた現代では、必然的にセロトニン神経の活性化が損なわれているといえます。このことが、常にいらいらしていたり、怒りの感情をコントロールできなくなり暴力的になったり、逆に、気持ちがうつうつ沈みがちになったりしてうつ症状を強めていく要因のひとつになっています。
セロトニンが活性化し、増えると、次のような影響が表れます。
① 大脳皮質の活動に対する影響..α波をだす
② 筋肉に対する影響..抗重力筋への影響
 眠くなるとまぶたが落ちて、首が下がり、背中が曲がって、足もガクンと折れます。これは、覚醒状態を脱して、抗重力筋が働かなくなった結果です。眼が覚めるとセロトニン神経が抗重力筋をシャンとさせ、身体や顔がしっかりすます。ところが、朝おきてもセロトニン神経がうまく働いていないと、表情がぼんやりして姿勢も悪くなります。
③ 自律神経に対する影響..副交感神経(寝ているとき)、交感神経(起きると優位に活動)
 セロトニン神経は、朝目覚めて副交感神経から交感神経に切り替えるとき、下がった血圧を上げ、心臓も少し活発にし、呼吸もそれなりに増やします。交感神経を過度に興奮させ、活動のベースになる「アイドリング」状態、「スタンバイ」の状態をつくりだします。過度に興奮させたり、過度に緊張させたりするのが、セロトニン神経の特徴です。まさしく、<中庸>をつくる神経といえます。
④ 心に対する影響..a) 気持ちがいい、好きだというポジティブな<快>の感情のとき、ドーパミン(神経)が優位になります。b) ストレスを感じたり、嫌だったりするというネガティブな<不快>の感情のとき、ノルアドレナリン(神経)が優位になります。
 ドーパミン神経とは、刺激されると気持ちがよくなり、性や食、やる気にも関係する神経で、暴走すると、依存症や過食症などの原因になります。ノルアドレナリンとは、各種のストレス、痛みや悪臭、騒音などがあると反応し、これを回避しようとする脳内の危機管理センターの役目を果たすものです。しかし、ノルアドレナリン神経がコントロールできないと、パニック障害をひきおこしたり、うつ症状を招いたりします。つまり、ポジティブ、ネガティブ、二つの神経に対して、抑制をかけるのもセロトニン神経ということです。セロトニン神経は、ほどほどに快や不快の状態をコントロールして、バランスをとってくれるものです。心に対し、興奮させ過ぎないし、不安にも落ち込ませず、平常心をつくりだします。
 セロトニン神経が活性化されたかどうかのチェックポイントは<爽快感>です。しかし、リズム運動が、セロトニン神経に及ぼす効果は、長くても2時間程度しか続かないことから、毎日継続することによって、セロトニン神経の構造が変わって、活動レベルがより高い状態に維持することができます。そのためには、3ヶ月超、100日程度かかるとされています。つまり、丹田呼吸法(坐禅)を含め、散歩などリズム性の運動を毎日おこなうことが大切なのです。

<”坐禅”の丹田呼吸法>
①呼吸の基本..鼻で呼吸し、息を吐いてから吸うのが基本です。そして、「ゆっくりと息を吐き、短く吸い込む」、「下腹(丹田)に意識を集中する」ことがポイントです。
②ひと呼吸..15~20秒前後で、眼を開けたまま、1.5mほど先を見つめながら行います。
③姿勢..坐り、足を組み、背筋を伸ばします。足を組めない場合は、背筋を伸ばすことができる姿勢をとる(椅子に座っても行っても大丈夫です)。
④丹田を意識..a)丹田(臍下3cmのツボ)を身体の中心だと思って、下腹に意識を集中させ、軽く力を入れる感じでゆっくりと鼻から息を抜いていきます。b)吐き切ったその反動で、下腹を意識しながら静かに鼻から息を吸い込みます。
⑤一回..40分です。これは、線香1本が燃え尽きる時間です。もし、40分の時間をとれない場合、12分辺りから座禅特有のα波がではじめることから、最低でも25分は続けるようにします。


 偽りのない自己を語るとともに、同じ苦しみを、やるせなさを理解してくれる支援者(アドボケーター)が知っている仲間が語る体験に耳を傾けること(デフリーティング)は、<決して自分だけの辛い体験ではない><自分が悪かったわけではない>と考え直すきっかけとなります、それによって、はじめて一連のDV被害を客観的に確認することができるようになるのです。同じ苦しみ、やるせなさを知っている仲間同士で行う作業としての「デフリーティング」は、苦痛に満ちたDV体験やそれにともなう無力感や絶望感、不当な罪悪感や自責感を自分の中に溜め込んだままにしないで、解き放し、仲間と共有していくという真摯な作業です。


(1) STEP-1.トラウマの再体験
 トラウマ(心的外傷)の状態を明らかにしていきます。どのようなDV行為を、暴力を受けてきたのか、なにがどのようにしておこったのかを再現し、それをことばとして話し、言語化し、再確認していく作業です。被害女性が、自分の素直な感情をことばとして吐きだす作業には、近親者以外の信頼できる“第三者”と“安全な環境”が必要になります。
 第1章(児童虐待とドメスティック・バイオレンス)のあとに、「添付資料」として『DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシートにもとづく「DV被害状況書」(以下、ワークシート)』を載せていますが、そのワークシートに、「なにをされてきたのか」、「どのような状況におかれていたのか」を書き込んでいく作業そのものが、このプロセス(トラウマの再体験)に該当します。この作業については、被害女性が、克明に記憶をたどり、忠実に自分の体験を表現していくことは、かなりの勇気とエネルギーが必要になることですが、「Ⅳ-25-(6)トラウマの再体験による事実経過の把握」において、別途、詳しく説明しています。
 繰り返しになりますが、この段階は、「あのような体験は思いだしたくもない」、「できればおこらなかったことにしたい」とさえ考えている被害女性にとって、非常に辛い作業になります。しかし、この作業をきちんとやらないと、フラッシュバックという症状に長く苦しんでしまうことになります。フラッシュバックとは、トラウマ体験がおこったのと同じような場面(同じような場所、同じような状況)になると、瞬間的に過去の記憶が蘇り、あたかもその体験が、“いまここ”でおこっているかのような感覚に陥り、パニック状態になってしまうことです。その症状は予測することはできず、しかも繰り返しおこってくるものです。そのため、実際には、直接的な暴力(ときにストーカー行為)がなくなっても、あたかもそれを受け続けるのと変わらないストレス状態にさらされることになるのです。被害女性を襲ったツラい体験は、自分の内面にしまい込まれたまま、消化されることなく、“わたし”という存在を内側から飲み込んでしまうほどの脅威となることがあります。
 偽りのない自己を語るとともに、同じ苦しみを、やるせなさを知っている仲間が語る体験に耳を傾けること(デフリーティング)は、<決して自分だけのツラい体験ではない><自分が悪かったわけではない>と考え直すきっかけとなります、それによって、はじめて一連のDV被害を客観的に確認することができるようになるのです。同じ苦しみ、やるせなさを知っている仲間同士で行う作業としての「デフリーティング」は、苦痛に満ちたDV体験やそれにともなう無力感や絶望感、不当な罪悪感や自責感を自分の中に溜め込んだままにしないで、解き放し、仲間と共有していくという真摯な作業です。
 ただし、私のつらく、苦しく、やるせない気持ちを受け止めてくれる、わかり合えるのは、ここのデフリーティングに集う人たちだけと、暴力で傷ついた心の痛みを分かち合えることに居心地がよくなってしまうことが少なくありません。そのため、次の回復のステップに進むことにブレーキをかけ、その場に留まり続け、被害者同士で依存し合う可能性がでてきます。また、居心地がよい場となってしまうデフリーティングは、配偶者から“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれてきたのか”と克明に記憶をたどり、忠実に自分の体験をことばにしていく作業を妨げる要因になってしまい、本来の役目を逸することになってしまいます。
 そこで、デフリーティングをコーディネイトするファシリテ-タには、次のステップに進めるようになった人には、被害者同士での慰め合い、依存し合う場から卒業していけるように、きちんと背中を押してあげるようにしていただきたいと思います。(お叱りを受けるかもしれませんが、)居心地のいい場に留めるようなプログラムを次々と提供するのは、本末転倒です。


(2) STEP-2.否定的な自己を軽減する
 人としての価値を喪失したかのように思われる自己に対し、正当な評価を取り戻していく段階です。例えば、夫のもとを逃れ、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(配偶者暴力防止法・DV防止法)」にもとづいて、緊急一時保護として宿泊所やシェルターに保護された被害女性たちは、一様に劣等感や自己嫌悪感に苛まれ、自己評価、あるいは自己イメージを極度に矮小化させてしまっています。自分はダメな人間、責められなければならない人間であると思い込み、萎縮しきっています。自分に対して、自信をまったく持てず、到底自分を好きになることなどできなくなってしまっています。つまり、自分は大切な存在と思うことができなくなっています。
 夫に侮蔑され、卑下され、不当に貶められてしまった自己評価を、夫と知り合う前、本来あったところにまで引き上げていかなければなりません。これは、論理的な思考や判断力が正常に働くように、正常にものごとを考えられるようにしていく作業です。
 そのためには、あなたが夫から受けてきた暴力行為は、明らかに人権侵害であるということを正しく認識していかなければいけないのです。
 女性だからといって、夫の暴力によって支配されることなど、決してあってはならないのです。夫からの暴力、DVという行為は、明らかに<傷害罪>や<殺人未遂罪>に他ならないのです。責められなければならないのは、あなたの夫、加害者だけなのです。被害を受けたのはあなた、危害を加えたのはあなたの夫、加害者、非があり責められなければならないのはあなたの夫、加害者なのです。
 被害者の心の中では、この当然の前提が崩れてしまっていて、自分が被害者でありながら、その犯罪行為の責任が自分にあるかのように考えてしまうようになってしまっているのです。DV環境にいると、夫からの暴力で心が怯え、「お前が悪い!」、「お前が・・」と非難されることばの暴力を受け続けることによって、“認識と思考の歪み”が起きてしまうのです。特に、暴力のある家庭環境に順応するために身につけてしまった考え方の癖、つまり、気分を損ねない、意に反しないようにしてきたふるまいのどこが間違いなのか、問題になるのかを正しく理解することが特に重要です。
 この認識と思考の歪みを修正していくことが、夫の下から逃れるには欠かせないことです。
 <私は悪くない。悪いのは夫である><被害者である私は、責めを負う必要はない。許しがたい、卑劣な行為をした加害者である夫が、全面的に償わなければならない>など、不当な自責感や劣等感、自己嫌悪感などを払拭していきます。そして、正当な加害者への“怒り”に、その感情を転換していきます。
 加害者への怒りに転換していくことによって、少しずつ自分自身の価値を信じられるようになります。その結果、あなたは、貶められ失いかけていた“自尊心”を取り戻していけるようになります。


(3) STEP-3.怒りのワークの段階
 一般的に女性は、怒りや恨みという否定的な感情を直接相手にだしてはいけないと<しつけ>られています。家庭から、世間から、すぐに腹を立てたり、誰かを恨んだり、人を嫌ったりするのは<女らしくない>こととして諌められます。それよりも優しさ、労わり、思いやり、相手への心配りが評価されます。同性の女性さえ評価されない、認められないこうした否定的な感情は、無意識のうちに“表にださないよう”に自らコントロールしてしまいます。家庭でも、学校でも女性がはっきり自己主張したり、誰かを攻撃したりすると<いやな女>とか<生意気な女>とかいわれ、揶揄されたり、蔑視されてしまうのです。そのため、そうした態度を自然とださなくしていきます。
 一方で、交際相手や配偶者への支配のための暴力、DVに走る男性たちの根底には、欲しいものを手に入れるためなら、手段を選ばす、競争に勝ち、そのために相手や周囲が少しぐらい傷ついても自分を主張するという、上記のような女性に対するふるまいとは対照的なしつけや教育と銘うった暴力を受けてきたことがあります。
 このステップでは、怒りの方向、攻撃の方向がポイントになってきます。
 被害女性の中には、「相手を殺してやりたい」、「相手にもこの痛みを味あわせてやりたい。思い知らせてやりたい」と訴える女性も少なくありません。抑圧されてきた感情を、十分に時間をかけて吐きだすことは重要なことです。しかし、それを加害者に直接的な行動として表わすのは、非常に危険なことです。
 そこで、こうした短絡的な行動を被害者が起こさないように、被害体験やそれに伴う深い怒りの感情を表現し、第三者の適切なサポートのものとしっかりと吐きださせることが必要になります。このとき、同じ苦しみ、やるせなさを知っている仲間たちと意識を共有していくのもこの段階では、有意義なことです。自分の中の否定的な体験や感情を抑え込み、心の中に溜め込んだままにせず、それを表現、表出し、共有することで、大きく深い怒りの感情を昇華させ、解き放すことが必要です。さらに、同じ苦しみ、やるせなさを抱えている仲間を援助する力、DVという犯罪自体を防止する力、DVを許容してしまう社会構造自体を変えたいという力に転換することができれば、回復への路がより早く開けることになるのです。
 このとき、配偶者らのDVから逃れ、「STEP1-6」までのプロセスを乗り越え、専門知識とトレーニングを受けた被害者の方が、いま逃れずに苦しんでいるDV被害者の方や、いま怒りのワークにいる被害者の方をサポートしたりしていくのです。また、乗り越えた人が、乗り越えようとする人をサポートすることで、より自己存在をしっかりと確認していくことができるようになります。
 ただし、暴力のある家庭環境で育ち、交際相手や配偶者から再び支配のための暴力被害を受けることになった、つまり、二重の暴力被害を受けることになった被害者は、自尊心の傷つき、自己肯定感が損なわれ、被虐待女性症候群の症状が深く刻み込まれ、そのうえにPTSDの「再体験」、「回避」、「過覚醒」といった症状でているときには、「誰かの助けになりたい」との思いを封印し、自身の心のケアに専念することが重要です。なぜなら、交際相手や配偶者からのDVによるトラウマ反応だけでなく、その奥にある暴力のある家庭環境で育ったことによるトラウマ反応が、なにに反応するのかを把握できるようになり、そのトラウマ反応に対しての自身の中で速やかに対処できるようになっていない限り、暴力で傷ついている同じ被害者、そして、加害者とのかかわりは避けることが重要との考えにもとづいています。


-怒りの感情をマネジメントする(アンガーマネジメント)-
 ピタゴラスは、「怒りは無謀をもってはじまり、後悔をもって終わる」と述べています。無謀な怒りで深く後悔しないよう、自分の怒りレベルを分別できるようにしておくことが大切です。
 強すぎる怒りを示す人は、感情をより強くだすことで自分を表現しようとします。「怒ればなんとかなる」とか、「怒鳴ったほうが相手に響く」と考えているからです。そのため、怒っていることが伝わらないと感じたら、余計にわめいたり、怒鳴ったりすることになります。この傾向は、幼い子どもが泣き叫ぶことで、自らの主張を通そうとすることに通じるもので、「困ったら、怒る」という認知によるものです。
 また、事実を指摘されたことで怒りをあらわにする、つまり、「逆ギレ」も、強い怒りを示すことで、なんとか自分の言動を正当化しようとする未熟さを表すものです。
 こうした精神的な未熟さを起因とする怒りは、身近な家族や職場の部下に向けられることになります。なぜなら、もともと、怒りの感情には「身近なところへ向けやすい」という性質がありますから、それが増長され、「身近なところにいる人は、コントロールしやすい」という間違った考え、思い込みがあるからです。

① アンガーマネジメントとは
 怒りの感情を「マネジメントする」とは、「怒らなくなること」ではなく、怒りの感情と「上手につき合う」ことを意味しています。怒りの感情は、「危険から身を守る」という自意識に起因しています。 「危険」とは、身体におよぶこと、自尊心、名誉などであり、これらを守るための怒りは必要な感情です。ただし、我を忘れてしまうほどに怒ったり、いつまでもイライラをリセットできなかったりすることが問題言動へと派生することが多いので、「怒りの感情と上手につき合う」=「アンガーマネジメント」はとても大切なことです。
 「上手につき合う」とは、「怒りの感情をコントロールし、いまできることに集中する」、「怒りの感情を建設的に活用し、目標達成へのエンジンにする」といった「つき合い方」のことです。
 怒りの感情は、「何かを壊す」ことがとても得意ですが、一方で、「何かを生み出す」ためのモチベーションとして非常に大きな力となりえるものです。例えば、①失恋した人が「~になって、見返してやる」と決心するか、「アイツが憎い。許さない!」と怒りをあらわにし、嫌がらせをしたり、誹謗中傷したりするか、②大会を前にレギラーから外された人が「絶対にレギラーに返り咲いてやる」と意気込むか、「レギラーから外すなんて考えられない! アイツ(監督、顧問)のもとではやってられない」とふてくされ、自暴自棄になって止めてしまうか、③試験に失敗した学生が「今度は絶対にいい成績をとってやる」とリベンジを誓うか、「あんな問題をだす方が悪い。こんなんじゃやっても無駄だ」と勉強することを放棄し、勉強をしないことを正当化してしまうか、怒りの感情、失望の感情とどうつき合うかによって、結果が大きく変わってくるわけです。怒りや失望、哀しみなど負の感情は、なにかに没頭したり、一生懸命に努力したりする“エンジン”にすることができるということです。
 つまり、怒りの感情(上記のような状況)を建設的な考えに持っていく(エンジンにする)のに役立つのがアンガーマネジメントということになります。
 そして、アンガーマネジメントを習得すると、他者に対し気分や機嫌で対応することが減り、他者を傷つけることが少なくます。また、「そんなつもりじゃなかった」、「あんな風にいわなければよかった」などと後悔したり、自己嫌悪に陥ったりすることを防ぐことができます。

② 「Youメッセージ」でなく、「Iメッセージ」を
 怒りの感情には、様々な性質があります。怒りは「第二次感情(セカンダリー・エモーション)」といわれ、怒りの感情が湧いてくる前には、ネガティブな第一次感情(プライマリー・エモーション)が潜んでいます。例えば、不安、ストレス、悲しみ、苦痛、身体的な辛さ、妬み、自分の弱さ、絶望感、悲観などです。不安やストレスがコップ内にたまり過ぎると、いつか怒りへとつながってしまうことになります。
 怒っているときの会話は、「YOU(あなた)メッセージ」になっていることが多く、「あなた(お前)が~だ」と相手を評価(非難)するようないい方になってしまいやすくなります。そこで、「I(私)メッセージ」で自分の気持ちを率直に話すことを意識するのです。

③ ネガティブな第一次感情を溜め込まない
 怒りの感情には、「持続する」という性質があります。腹立たしく感じたことをいつまでも忘れられず、夜も悔しくて眠れなかったり、食事のときも悔しさを思いだし、おいしく食べられないかったりすることがあります。
 スポーツや勉強、仕事のことであれば、怒りをエンジンに変えることで、怒りを持続させないないようにできますが、カップル(夫婦)では、怒りをエンジンにすることは得策ではありません。カップルの日常では、論争に勝ち負けをつけることが目的ではなく、パートナーとは対等な関係でい続けることが、いい関係であり続けることになるからです。
 対等でない関係は、どこかで歪みが生じ、歪みは怒りとなり、その怒りは持続することになります。
 そして、持続した怒りは、「恨み」や「憎しみ」と化し、コップ一杯になると「恨み」、「憎しみ」、「怒り」の感情があふれでることになります。夫婦関係の何らかの歪みが、ネガティブな第一次感情となって、心のコップに水が注がれていきます。さらに新たな歪みが生まれれば、心のコップの水かさが増していきます。この積み重ねによって、心のコップの中は、恨み辛みに支配されてしまい、遂に、「離婚する」と決心することになります。
 したがって、心のコップに不安やストレスといったネガティブな第一次感情の水を溜めない、溜め込ませないことです。溜めないとは、適宜コップからネガティブな水を抜くことで、不安やストレスといったネガティブな一次感情が、第二次感情である怒りや恨みへと近づいていくことはないのです。

④ 負の記憶を引きずらない(解決思考)
 失敗は、自分に原因があるときもあれば、他人のせいのときもあります。私たちは、他人の失敗に寛容になれず、しつこい「思いだし怒り」にふり回され、苦しむことが少なくありません。こうした状況を改善するために、ソリューション・フォーカス・アプローチ(解決志向)が、思いだし怒りの感情をコントロールするうえで有益だとされています。それは、基本的に問題の原因追究を重視しないということです。怒りの問題を解決できないままでいるのは、発生した「問題原因」にばかり焦点をあて過ぎているからです。問題の原因に戻れば、怒るに至った背景がよみがえり、再び「こいつが悪い」、「あいつだけは許せない」と、さらに思いだし怒りの感情が増幅していくことになります。
 「過去は変えられない」と考え、“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれてきたのか”といった事実を粛々と受け入れて、いまやれること、できることに集中することが大切なのです。それは、「どうして、あのとき…」、「なぜ、…」と過去をふりかえることをやめることです。

⑤ 変化に強くなるブレイクパターン(パターン怖し)
 「パターン怖し」とは、いつも自分が怒るパターンを知り、変えることです。人は、自分で決めていた「ルール」が守られないと、イライラしてくるものです。「自分ルール」や「こだわり」が、目の前(耳元で)裏切られたことにより、怒りに支配されてしまったりします。愛用している物(買いたい物)が売り切れていて買えなかった、いつもは空いている道が今日に限って渋滞していることに、イライラしても状況が変わることはありません。
 そこで、日常生活の中で、「Do One Thing Different(いつもと違うことを1つする)」ようにします。 例えば、「いつもと違う道を歩いてみる」、「いつもとは感じの違う服を着てみる」、「苦手と感じている人に話しかけてみる」といったことを行い、自分の気持ちの変化や、周囲の反応などを確認していくのです。固定観念、決まった行動を少し変えてみることが、自分の意識を変えるきっかけになり、「怒りにくい心」を育てることができます(メンタルトレーニングのひとつ)。

⑤ 深呼吸(丹田呼吸)を10回する
 「反射で怒らない」、「売りことばに買いことばで対応しない」ためには、深呼吸を10回することで、怒りの感情を遅らせる(ディレイ)ことがとても有効です。人から腹の立つことをいわれたら、怒りのことばで返すのではなく、まずは大きく深呼吸します(吐いて吸う)。なぜなら、人は怒りを感じると、呼吸が浅くなり、冷静でいることができなくなってしまうからです。冷静さをとり戻すために、へその下を意識して、鼻から息を吐き、そして、ゆっくりと息を吸うようにします。呼吸が調ってくると、冷静になってきますので、怒りをそのままぶつけなくてすみます。
 ところが、ゆっくり深呼吸をしている合間に、次々と腹の立つことをいわれることもあります。カチンときてしまったら、数を10数えます。
 怒りのピークは、最大でも6秒といわれています。したがって、6秒間(数を10数える間)だけでも違うところへ意識を違うところに持っていくことで、衝動に任せ、とり返しのつかなくなるような言動を回避します。「意識を違うところに持っていく」ためには、意識を“吐いて吸う”ことに集中することができればいいわけですが、それが難しいときには、太ももを叩きながらとか、手をグーパーさせながら、つまり、体を使いながら数を数えることが有効です。こうすることで、気持ちをリセットさせやすくなります。
 また、悲しみ、嫌悪、喜び、怒りの4つの感情の中で、怒りの感情がもっとも伝染しやすいことがわかっています。例えば、職場内に一人イライラしている人がいると、周囲にどんどんイライラが広がっていきます。他人の怒りを受けて、自分がイライラしてしまい、その怒りをさらに誰かに伝染してしまうことがあります。
 自分の意見に反論がでたたきに、反論で返せば怒りの感情を生んでしまいやすくなります。それは、自分にも相手にもです。そこに、自分への同調者、相手への同調者が現れると、一気に悪口をいい合ったり、誹謗中傷をしあったりします。ケンカ腰での応戦を繰り返すと泥沼化してしまったりします。そういったときには、「一歩も譲れない」と意固地になったりしますが、意地を張りすぎず、怒りをエスカレートさせないためには、いったん頭を冷やすことが大切です。頭が冷えれば、興奮しすぎた自分を客観視できるようになります。「さあ、タイムアップだ」と深呼吸をし、頭を冷やすのです。
 そして、タイムアウトをしたら、「飲酒」をしてはいけません。なぜなら、アルコールによって理性のコントロールがし難くなってしまい、やり取りをふりかえってしまい、怒りを増してしまったりするからです。また、疲弊はイライラにつながり、イライラは怒りとなって攻撃性を高めます。疲れていると感じたら、しばし電源をオフにします。

⑥ 怒りを点数化する(スケールテクニック)
 「嫌気」というネガティブな「第一次感情」を自分の「心のコップ」に溜めすぎ、適宜上手に抜けずにいると、強く歪んだ形で怒りを表すことになります。一瞬の強すぎる怒りを制御できなかったり、生まれた怒りを成長させすぎると正常な感覚を麻痺させてしまったりします。そして、多くのものを失ってしまうことがあります。
 また、怒りは万能感からくることもあります。万能感とは、自分が強くなったような錯覚、この世は自分の思い通りになるというような思い込みのことです。不満と万能感はリンクします。つまり、自分の思い通りにならなかったことが不満感をつのらせ、無意識下で、万能感、不満、怒りがミックスされるのです。不満と万能感がリンクした怒りは、危険です。それは、怒りの感情を犯罪レベルまで転化(点火)させてしまいかねないからです。
 不満は誰でも感じることです。しかし、不満の解消方法を誤ってはならないのです。そして、怒りをなくすことはできませんが、自らの怒りの感情と「上手につき合っていく」ことはできます。
 怒りの程度を表すことばや表現方法が、「ふくれる」、「つむじを曲げる」といった軽いものから、「激怒」、「憤怒」、「怨念」といった強力なものまであります。他には、憤激、激高、癇癪、立腹、怒気、憤慨、憤懣、反感、痛憤、公憤、義憤、鬱憤、怨嗟、怨恨、悲憤などがあげられます。
 怒りの感情をコントロールしにくいのは、重さや長さのように、「どのくらい怒っているか」を表す「尺度がない」ことが要因のひとつです。そのため、怒りの感情の幅広さを理解することが大切なのです。例えば、「今日の最高気温は25度だからジャケットはいらない」といった具合に、怒りの状態についても「数値化」できれば、いまの自分の怒りの「レベル(段階)」を認識できることになります。怒りのレベルを数値化、視覚化することができれば、その怒りのレベルに応じた対処を考えることが可能になるわけです。
 スケールテクニックとは、「10点満点」で、自分の怒りの強さを点数化し、その時々の怒りを客観視する対処術で、点数は自分の基準で決めます。怒りを感じ、点数をつけるときには、「だいたい3点ぐらいかな」といったようにアバウトで構いません。ただし、ある程度の標準化をしたほうが、後で客観的に降り帰すことができますから、各点数ごとの状態を自分で決めておくと役立ちます。例えば、10点満点で、穏やかな状態を0点、人生最大級の制御不能な怒りを10点とし、怒りを感じるたびに点数をつけていくわけです。「3点 不愉快」、「5点 憤慨」など、各点数に応じた怒りのボキャブラリーを決めておくと、正確に点数化しやすくなります。
そして、怒りを感じたら、その都度、その点数を手帳などに記録します。記録することで点数のつけ方が安定してきます。例えば、「電車の中で足を踏まれたのに謝罪がなかった…3点」、「ランチで注文した料理がでてくるのが遅い…この前よりムカついていないから2点」のような感覚で、点数をつけていきます。

⑦ 「うまくいくぞ!」と元気メッセージ(ポジティブ・セルフトーク)を自分自身に
 気持ちを高揚させるために、あらかじめ自分で決めておいた「元気メッセージ」、「プラス思考フレーズ」を強い気持ちで唱えることは大切です。なぜなら、気持ちが折れそうになったり、忙しすぎてイライラしたときなどに、自分を鼓舞することができたりするからです。
 メッセージやフレーズは、「未来完了形」で、自分自身にいい聞かせることがポイントです。例えば、「うまくいきたい」と思う気持ちの中には、「うまくいかなかったら、どうしよう」という不安を含んでいますので、脳が不安を察知し、身体がこわばってしまい、ベストなパフォーマンスを発揮できなくなります。「うまくいくぞ!」こう力強いことばで自分を激励することで、イライラの元にもなる不安を解消させられるのです。

⑧ 過去の成功体験を思いだす(ポジティブ・モーメント)
 気持ちが沈み、不安からイライラしそうなとき、過去の成功体験を思いだします。すると、前向きな気持ちにリセットし、心配事がうまくいくことをイメージできるようになります。擬似的成功再体験を積み重ねていくのです。
 成功した瞬間を思いだすことで、喜びあふれる自分、前向きな自分からヒントを得ることができます。例えば、勝利の瞬間を思いだしたり、自分の調子のよかったときをイメージしたり、厳しい練習をやりとげた達成感を思いだすことによって、テンションを高めることができます。そんな成功体験はなにひとつないという人もいますが、ご飯がうまく炊けたときとか、運よく雨上りの虹を見ることができたときとか、ちょっとしたうまくいったことでいいのです。


-PTSDの症状、「攻撃防御の機能不全」としての“怒り”-
 慢性反復的(日常的)に凄惨な暴力被害を受けてきた者の中には、自分の哀しみ、苦しみ、苛立ち、憤り、怒りといった感情を上手にコントロールできない状態に陥っていることがあります。
  「感情を上手にコントロールできない状態」とは、ひとつは、「Ⅰ-1- (3)学習された無力感」の中で説明しているように、「囚人実験と拘禁反応」を呈する状況、つまり、「学習した無力感」の状態から通常の感情や、自分が生きているという感覚が失われている“情動麻痺”の状態です。人が“情動麻痺”に陥る状況は、残忍な手段による「暴力」や「死」の目撃者や被害者となっているケース以外ではおき難いとされているように、深刻な精神的なダメージを受けた状態です。
 もうひとつは、哀しみ、苦しみ、苛立ち、憤り、怒りいった感情を、自分、交際相手や配偶者、自分の子ども、自分の親やきょうだいにぶつけてしまうことです。
こうした状態は、PTSDの症状の「攻撃防御の機能不全」によるものです。
  PTSDの症状としての「攻撃防御の機能不全」は、ネグレクトを含む虐待を受けた子どもたち、レイプなど性暴力やDV、いじめなどの被害者、紛争地や戦地からの帰還兵、第2次世界大戦で空襲を体験した被災者、唯一本土決戦となった沖縄戦を体験した被災者、そして、東日本大震災で特に津波被害を受けた被災者などに見られる傾向で、感情の中でもとりわけ怒りのコントロールが利かなくなると、それは、攻撃的行動として爆発することになるとされているものです。
PTSDの症状としての攻撃防御の機能不全による怒りは、本来、虐待者に向けられるべきものですが、実際は自分に対して向けられることが多くなるとされています。
暴力は、相手から自分の心とからだを大切にして生きていきたいという人間の基本的な欲求を奪う、つまり、人と繋がりながら生きようとする本能的な力を押しつぶすものです。そのため、ネグレクトを含む虐待によって力を奪われた子どもは、その後、力の欠損を自殺、自傷(リストカットやOD)、薬物やアルコール依存、ギャンブル依存、摂食障害(過食嘔吐、拒食)、繰り返し暴力の被害者になるなど、自分の心とからだへの暴力として表わすことになるのです。
一方で、その怒りは、自分を虐待者から守ろうとしてくれる大人(援助者)、優しく自分を受け入れてくれる大人(援助者)に向けられたり、なんの関係もない大人(援助者)の何気ない注意や指摘などに過剰反応して爆発し、暴力的なふるまいをたりすることもあります。
長い間、抑圧されてきた強い怒りの感情は、加害者に向けることができれば、心的外傷からの回復の第一歩としての代替行為につながるものとして、本来、重要な意味を持つものです。
しかし、長い間、抑圧されてきた被害者の強い怒りの感情は、自分より弱い者や猫や犬などの動物へ向けられることもあることから、子どもへの暴力(虐待行為)に向かったり、加害男性への暴力(殺傷行為)に及んだりするリスクがあります。
したがって、PTSDの症状としての「攻撃防御の機能不全と情動麻痺」の症状が表れているときには、先の「感情をマネジメントする(アンガーマネジメント)」に記したような方法で対応することは難しく、PTSD治療に精通した専門の医師による長期にわたる治療が必要になります。


(4) STEP-4.喪のワークの段階..弔いと別れの儀式
 この<回復にいたる6ステップ>は、PTSDの治療のために考えられたものです。
 PTSD発症の大きなきっかけのひとつに自然災害があります。地震などの災害の場合、その災害によって自分自身が直接被害を受けてしまったが、それと同時に、肉親や友だちを亡くすことになると、二次的被害者にもなります。
 身近な人の死は、本人が思っている以上に、その後の回復に影響を与えます。中でも、亡くなったかどうか確認できなかったり、行方不明のまま遺体が見つからなかったりするときには、その死をきちんと受入れられず、否認し続ける人は少なくありません。これは、突然の事故や事件に巻き込まれ、肉親を奪われてしまった場合も同様な苦しみを抱えることが少なくありません。幼い子どもを突然事故で亡くしたとき、わが子の死を受け止めるのが苦しく、大きな心の傷を癒すことができず、夫婦関係を続けることができなくなることもあります。
 こうしたケースでは、いつまでもPTSDの症状が長引いてしまうことがあります。
 そのため、亡くなった人たちを弔う<喪の作業(mourning work)>が必要になるのです。
 愛する人が亡くなったことを認め、きちんとお別れをするのです。被害者や仲間とともに弔いの儀式を体験し、死を受容し、乗り越えていくことができるようにしていくのです。
 DV被害者は、暴力行為を受け続けることにより、人権を侵害され、生命の危険=<死(心の死)>を感じてきたのです。ときに、DV加害者からの執拗な詮索や束縛によって、じわじわと真綿を締められるように外部との接触、人間関係の多くを断たざるをえない状況に追い込まれてきました。肉親や職場やコミュニティとつながりのある人々など、親しい人間関系を断つことを余儀なくされ、“私はひとりぼっち”と精神的な孤独感に苛まれてきたのです。
 夫から強制的に多くの人たちと離別させられたDV被害者は、生きながら世間から<殺された>ようなものです。DV被害者本人は、強いストレス下に置かれているため、その離別の重さを十分に感じているとは限りません。悲しんでいる余裕もなければ、それを感じないように自ら感情をマヒさせていた可能性が高いのです。
 そのため、いまここで(here and new)、過去の自分や演じさせられてきた役割り、しがらみに囚われに別れを告げ、弔う作業をしなければならないのです。<自分を生きられなかった悔しさ><別離の悲しみ>を十分に表現し、自分の悲しみの感情に向き合い、受け止め直す作業を行うのです。
 幼児期に父親、近親者から性虐待を受けた被害者などは、肉親から受けるべき愛という存在基盤にかかわる本質的なものを失っています。4~5歳のその基盤を失いはじめた時点にまで遡り、父や母の愛を喪失して悲しみに震えているひとりぼっちの自分に出会う体験をしてもらうこともあります。辛かった子どものころの自分と出会い、小さな自分を慰め、抱きしめ、しっかりと別れを告げてあげます。
 これは、いまを、これからを生きるために必要な別れの儀式であり、弔いの喪の儀式なのです。


(5) STEP-5.被害に意味づけを行う段階
 夫から繰り返される暴力・DVによってもたらされる否定的な感情は、自分自身への否定的な価値評価につながっていきます。結果的に、自分自身の人生に対する向かい方も否定的にならざるをえないのです。
 ここまでの段階は、抑圧してきた一切の否定的な感情などを解放するものです。被害の真っ只中にいるときには、それらを感じられなかったり、自ら押さえ込んだりして、きちんと認識できません。そのため、これらの感情や思考を再体験し、捉え直す作業が必要だったのです。
 STEP-5の段階は<転>のステップで、ここから視点が大きく転換します。
 この段階から積極的に“これからどうするのか”という将来の展望を前提にして、建設的な作業をはじめていくことになります。被害者にとっての<被害>は、確かに否定的な体験でしかありません。しかし、この段階までくると、本当にそれだけなのか、それでお終いなのかを問い直すこと、すなわち、発想の転換が必要になってくるのです。自分自身の人生、一生という長期的な視点から自分自身の存在意義、感情の持ち方、そして、過去のあり方をしっかり考え直す作業が必要となってきます。
 この作業は、これまでの自分の人生を総点検するうえで、またとない貴重なチャンスであり、非常に有意義であるとも考えられます。この自分自身の人生の点検作業を、十分に時間をかけて行い、新しい意味づけを発見できたなら、それはこれからの人生を生きていくうえでの貴重な財産とすることができます。自分で自分自身を守るという確信、感情や衝動をコントロールできるという自負を実感しながら、これからの人生に臨む心構えをしていくのです。それは、自分の意志で、自分で考え行動できる、セルフ・コントロールできるように成長した証でもあるのです。
 真の回復とは、成長した自分を自覚しつつ、被害を肯定的な動機づけに転化し、180度違った意味を自ら与えていくことを意味するのです。それは、仲間の回復に協力することであったり、親から子どもへの暴力といった暴力そのものを根絶するためであったりする努力かも知れません。否定的な過去と肯定的は将来を統合しようとする試みを経ることによって、“今ここで”やらなければならないことが、自ら具体的に見えてくるのです。


(6) STEP-6.新しい人生を構築する段階
 最後の段階は、被害を肯定的に捉え直すという STEP-5 の<被害に意味づけをする>作業と分かち難く結びついています。
回復には、新しい価値観や人生、本来の価値観や人生というべきものを一つひとつ構築していく必要があるのです。そのため、このステップを完了させるには、長い時間とエネルギーがかかります。常に、被害者をサポートできる環境の中で、このステップを行っても、被害者が第二の人生を構築しきれない可能性があります。
 なぜなら、実際に自立した生活をはじめるには、障害がいくつもあるからです。それを自身の力で一つひとつクリアしていかなければならないからです。生活が軌道に乗るまでには、数年単位の時間が必要となります。時間をかけて、障害を乗り越えながら、自分の人生を生き抜いていく体験を重ねることで、薄皮を一枚一枚はがすようにその人本来の人生に到達できるのです。
この作業は、DV被害から脱したその人が一生をかけて完成させていくことになるものなのです。




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-9]Ⅴ.DVのある家庭環境で育った子どもと母親のケア
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