あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-2]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス

5. DVでない暴力、DVそのものの暴力

 
 6.加害者属性により判断。暴力の後遺症によるDV -加害トラウマ。世代を超えてひきつがれる暴力- 4.別れ話が発端となるストーカー行為
*新版3訂(2017.12.17)

 ここまで、a)『暴力行為は、どのような関係においても、どのような場所においても、なんらかの条件があったとしても、等しく許されない』、b)『“ある条件下”、例えば、「態度」を暴力の理由づけとしてしまう“認知”に対し、「加害者更生プログラム」では、こうした理由づけをいっさい認めないのが基本姿勢となっている』と示してきたとおり、「暴力」という行為はいっさい許されるものではありません。
  にもかかわらず、ここで、敢えて、「DVでない暴力、DVそのものの暴力」という「項」を設けているのには、理由があります。
  それは、ア)糖尿病を抱えている人が、「低血糖」を理由に暴力行為を正当化する言動を、近しい人たちがそのことばを真に受けて、「病気だから仕方がない」とDV行為を耐えていたり、逆に、イ)交通事故やスポーツ中の事故で頭を強打し、その直後のMRI検査などで異常が見られなかったけれども、しばらくして暴力的な行為が表れてきたことを、以前の事故と結びつけることができず、高度脳機能障害の治療をしていないなど、治療をすれば暴力的な行為をコントロールできる可能性を見過ごしてしまったりすることがあるからです。
  「配偶者暴力防止法」で規定している暴力行為でみると、ア)の暴力も、イ)の暴力も等しくDVとなります。
 しかし、c)『DVの本質は、本来対等の関係に、上下の関係性、支配と従属の関係性を成り立たせるためにパワー(力)を行使することである』との考え方では、ア)はDVであるけれども、イ)DVではないことになります。
  つまり、この「項」では、こうした見極めのポイントを知っていただきたいと思います。

(1) 病気や事故による喪失感、絶望感を起因とする暴力
  人は誰でも、突然の事故や火災、地震、河川の氾濫などに巻き込まれ、家や田畑を失うなどの被害を被ったり、重篤な傷害が残ったり、長期間にわたる加療が必要な疾病(病気)が見つかったりして、勤務する会社や通学している学校を辞めざる得なくなったり、熱中していた部活や習いごとを続けられなくなったりしたとき、悲嘆に暮れ、「どうして、私だけが?!」「どうして家だけが?!」と抑えきれない憤りや哀しみの感情を向き合わなければならなくなります。
  こうしたとき、抑えきれない憤りや哀しみの感情をコントロールできなくなり、近しい人たちにぶつけてしまうことがあります。
  多くの人たちは、多くの人たちは、その憤りや哀しみの感情と向き合い、要する時間は個人差があるとしても、必ず、自ら落としどころを見つけ、近しい人たちに感情をぶるけることはなくなります。
  仮に、暴力がPTSDの症状としての攻撃防御の機能不全*-47に端を発しているなど、重篤なケースであっても、適切なタイミングで、適切な心のケアがおこなわれることで、感情をコントロールは可能となり、暴力的な行為は収まることから、一般的なDVとは異なると考えます。
  しかし、中には、「お前のせいで、~!」とか、「俺は~だから、お前が~するのはあたり前だ!」などのことばで、責任を押しつけたり、責任転嫁したりし、憤りや哀しみの感情をぶつけ続ける人たちがいます。
  この場合、DV行為であるかを見極めるキーワードは、「責任を押しつける」、「責任転換する」となり、これらの行為の意図は、「自己の暴力行為を正当化するため」ということになります。
  では、インシュリン投与をしている糖尿病を抱えているケースを見ていきます。
例えば、「俺は、重度の糖尿病で低血糖になるとイライラを押さえられない。」。「俺は、病気で苦しんでいるんだ。それがなんだ! お前は、・・」と怒鳴りつけたとします。
「俺は、病気で苦しんでいるんだ。」までは、症状に苦しんでいることを訴えているわけですから、ここで終われば、ことばの暴力(DV)とはいえず、「症状に苦しんでいることを訴えている」ことになります。
しかし、「それがなんだ! お前は、・・」と一転して非難・批判することばが続くことになると、その前の訴えのことばは、自身の「怒鳴りつける」ということばの暴力(精神的暴力)を正当化するための文言になるわけです。
この言動は、思い通りにことが進んでいなかったりする苛立ちを、妻や子どもにあたり散らしているに過ぎない典型的なパターンです。
つまり、ことばの暴力(精神的暴力)、DVそのもの行為ということです。
被害者が「暴力は、病気が原因だから仕方のない。暴力をふるわないときは優しいし、…」と思い込んでいる(自分で納得できる理由づくりをしてしまう)ときには、「インシュリン投与による低血糖」という症状が、暴言や暴行そのものの隠れ蓑に使われ、しかも、加害者にとって都合のいい考え方を信じ込ませてきているということになります。
なぜなら、糖尿病治療薬(インシュリンや経口血糖降下薬)による低血糖の症状は、血糖値70mg/dL以下になると急激に、空腹、発汗、震え、動悸などの自律神経症状、眠気、集中力の散漫、頭痛、目の霞や複視、おかしな行動、発語困難、意識の混乱、けいれん、昏睡などの中枢神経症状が表れ、速やかにブドウ糖(飴など)を摂取して血糖値を正常値にコントロールしなければならないからです。
つまり、糖尿病治療における低血糖の症状は、緊急に適切な処置が必要な状態ということです。
イライラして、暴言や暴行に及ぶ余裕などないのです。
空腹でイライラする状態を「低血糖になったから、適切な処置をして血糖値を上げなければならない」などと表現することと、空腹になり、お腹を満たしたい欲求を示す表現としての「低血糖」とは、まったく次元の違うということです。
また、ペットボトル症候群などが発症原因となる「低血糖症」*-48と、糖尿病治療における低血糖の症状とは異なるものです。
これらの違いを理解していないと、被害者は、加害者の低血糖の症状を暴力行為の理由づけとし、正当化する目論見、つまり、自分だけに都合の解釈に翻弄されてしまうことになるわけです。
ここで、少し補足しておきたいのは、本来、人類の歴史は飢餓との戦いであったことから、人は、空腹に対する耐性は強くできているということです。
にもかかわらず、空腹でイライラするのは、「脳が脆弱になっている」ということです*-49。
それは、脳が“快楽中枢”を満たす「おいしい」を求める中毒(依存)性のある食習慣によるものです。
つまり、中毒(依存)性のある食習慣が、空腹でイライラさせる原因となっているということです。
この脳の“快楽中枢”が求める中毒(依存)症状を理解することは、空腹によるイライラが暴力行為に及ぶ理由を説明するうえで重要な意味を持ちます。
なぜなら、空腹によるイライラは、暴力や性的な行為などの代替的な行為により、脳の“快楽中枢”は満たされることから、イライラや不機嫌という感情は解消される(収まる)からです*-50。
脳の脆弱さは、特に、第2次世界大戦後の食生活を含め、どのような家庭環境で育ってきているのかという問題と密接に絡む問題です。
*-47 「PTSDの症状としての攻撃防御の機能不全に端を発している暴力」については、「Ⅰ-5-(5)PTSDの症状(攻撃防御の機能不全)に端を発した暴力-東日本大震災後の児童虐待・DVの増加。戦争体験によるPTSDの発症から学べるものはなにか-」で説明しています。
*-48 ペットボトル症候群などが発症原因となる「低血糖症」については、「Ⅰ-9-(6)子どものSOS(発信するサイン)を見逃さない」の中の「砂糖の過剰摂取(ペットボトル症候群)と低血糖症」で説明しています。
*-49 「食と脳の脆弱さの関係」については、「Ⅰ-9-(6)子どものSOS(発信するサイン)を見逃さない」、「Ⅱ-19.人の脳の仕組みから人類の“暴力性”を考える」で詳述しています。
*-50 「暴力には、中毒(依存)性がある」ことについては、「Ⅱ-19.人の脳の仕組みから人類の“暴力性”を考える」で詳述しています。


-事例64(DV37、精神的暴力1)-
夫Fがめまいを訴えたので、耳鼻科で紹介された大きな病院に行き、MRI検査を受けることになりました。
Fは、私に「つき添って欲しい。」といいました。
しかし、私が「仕事もあるし、…」と渋ると、Fは、大声で「俺はついていってやった!」、「俺はいわなくとも、自分からつき添うというのが女房だろ! お前は本当にひどい女だ!」、「あんな狭いところで、俺は閉所恐怖症だ!」、「お前に俺の気持ちがわかるか!」、「俺は本当に苦しんどるんだぞ!」と非難しました。
しばらくして、Fは「めまいが治らない」といい、メンタルクリニックへ通院することにしました。
すると、帰宅したFは「俺は本当に自殺ぎりぎりだった。」と訴えました。
しかしFは、お酒を減らすことはありませんでした。
何かにつけて、Fは「お前は俺を理解していない。お前じゃダメだ。」、「お前なんかいらん。死ね!」といい放ち、「ぶっ殺すぞ! 顔面グーで殴ったろか!」、「F家を敵に廻すと怖いぞ。D家なんかあっという間だ!」と脅し、「俺の病院につき添ったことが一度でもあるか? ないくせに! 俺のことを文句いうな!」と非難し、しつこく絡みます。
子どもと義母が入浴をしていたとき、浴室の真上にある2階のトイレにいたFが、ダダダッと階段を駆け下り、浴室を開け、「いま、パパのめまいが何とかって、替え歌かしらんがバカにして笑とっただろ! パパがどれだけ辛いかわかっとるのか! ふざけとる!」と怒鳴り散らしました。
子どもは、涙ポロポロ「ごめんなさい。」と謝りましたが、Fの怒りは収まらず、「お前らが俺のことを理解してないから、子どももわからんのだ! お前らが悪い! 一緒に風呂に入っとるお前(義母)は、何一緒に笑っとるんだ!」、「俺がどんだけ辛いかわかっとるんか! 俺は行きたくもない病院へたった一人で行ってだな、自律神経失調症、軽いうつ、過敏性腸炎、強迫性障害といわれたんだぞ!」、「見た目は普通に見えるかもしれんが、俺は病気なんだぞ! いたわれ! 理解しろ!」と声を荒げ、非難し続けました。

 この事例64のケースでは、「めまい」の症状をきっかけに、メンタルクリニックに通院することになり、医師は、Fに対する面談による訴えにより、「自律神経失調症、軽いうつ、過敏性腸炎*-51、強迫性障害」と診断し、精神治療薬を処方しています。
しかし、Fの妻や同居する妻の母親と面談はおこなわれていません。
ここに、家庭内で暴力的な行為に及んでいる者が、不安や不具合を訴え、精神科や心療内科を訪れ、治療をおこなうときの問題点が示されています。
なぜなら、患者の訴えは主観的なものであり、しかも、「家で暴力をふるっている」など、自分に都合の悪いことは説明しない中で、多くの精神科医は、その主観的な訴えを信じて診断を下し、精神治療薬を処方することになります。
仮に、診察にあたった精神科医が、Fの妻や子ども、同居する義母と面談をおこない、Fの成育歴などを含めて、ていねいな聞きとりをすれば、Fが示す症状は、a)自己正当化型ADHDやアスペルガー症候群などの発達障害を疑い、b)うつ症状については、大うつ病ではなく、仮面うつ病(非定型うつ病、新型うつ病)にフォーカスする必要があり、さらに、Fの詳細な成育歴の聞きとりによって、反応性愛着障害や行為障害の有無を見極めることができた可能性がでています。
したがって、Fの妻や子ども、義母に対する暴力的な行為は、自己正当化型ADHDやアスペルガー症候群などの発達障害を基軸に、不安障害(強迫性障害)、あるいは、仮面うつ病などの症状が重複していて、これらの背景には、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメント(愛着形成)を損なったことを起因とする反応性愛着障害がかかわっていると考えられます。
つまり、Fの妻や子ども、同居する義母に対する暴力的行為の数々は、後述する発達障害などの“特性”が、結果として暴力になっていると考えることができるわけです。
*-51 「過敏性腸炎」とは、「過敏性腸症候群」のことです。
腹痛や腹部不快感を伴う下痢や便秘が慢性的、持続的におこる「過敏性腸症候群」は、10-40歳代と若い世代での発症が多く、日本人の10-15%が罹患しているとされ、ストレスと密接な関係がある疾患です。
ストレスがかかると腸からセロトニンが大量にでて、腸管運動が活発になったり、知覚過敏がおこったりすることで、下痢や腹痛がおこります。
なぜなら、ストレスホルモンのセロトニンの約95%は、腸管で産生されているからです。
また、ストレスで自律神経のバランスが崩れることで、排便異常がおこりやすくもなります。



(2) 高次脳機能障害、ジストニアなどを起因とする暴力
  交通事故や脳卒中などのあとで、記憶障害、注意障害(半側空間無視を含む)、遂行機能障害、社会的行動傷害、自己認識の低下(病識欠如)、失行症、失認症、失語症、片麻痺、運動失調などの症状がみられるとき、専門の医師による診察を経て診断されるのが、「高次脳機能傷害」です。
その時々の状況に合わせて、感情や行動を適切にコントロールすることができなくなる「社会的行動障害」がでているときには、すぐ怒ったり、笑ったり、感情のコントロールができなかったり、欲求を抑えられなくなったりします。
「感情のコントロールができない」「欲求を抑えられない」という症状が、暴力的な行為と結びつきます。
また、脳(主に大脳基底核)や神経系統のなんらかの障害により、持続的または不随意的に筋肉が収縮したり固くなったりする難治性の疾患として「ジストニア」という病気があります。
この病気は、筋肉が自分の意思通りに動かなくなり、異常な動作や姿勢になり、重度の場合は継続的に、軽度の場合でも平常な装いを強いるほど肉体的に大変つらい状態を示します。
そのため、精神的苦痛も伴います。
発病後の早い段階、つまり、身体を動かせる時期は、ストレスや情緒が悪化し、感情のコントロールができなくなったり、欲求を押さえられなくなったりして暴力的なふるまいがおこなわれることがあります。
これらの状況を、「本質論としてのDV」と認識するのは無理があります。
「本質論としてのDVと認識するのは無理がある」という考えには、先のc)の解釈に加え、これらの状況を持って、「DV行為により、婚姻は破綻している」と、家庭裁判所に夫婦関係調整(離婚)調停を申立て、離婚を成立させることができるのだろうかという解釈が含まれます*-52。
つまり、これらの状況が、民法770条第1項5号の「その他、婚姻を継続し難い重大な理由がある」の「配偶者からの暴力・暴言、そのほかの虐待行為を受けた」に該当するのかどうかという問いです。
この状況下での暴力的な行為は、同法第1項5号には「該当しない」と解釈するのが妥当だと思います。
  次に、この状況下で離婚が認められるかという問いです。
離婚を成立させるには、第1に、同法第1項4号の「強度の精神病にかかり、回復の見込みがない」に該当するかどうかの検証が必要になり、第2に、同法第1項4号に該当すると判断されたとしても、次に、「手を尽くせるだけの治療はすべてやりつくした」と事実が必要になります。
  なぜなら、「結婚」という制度では、お互いに助け合う(扶助)義務があるからです。
したがって、この状況下での暴力的な行為を持って、離婚を成立させることは簡単ではないわけです。
しかし、この状況下であっても、暴力的行為に他ならないわけですから、ひとりで耐え続けるのではなく、適切な治療に加え、保健センターや福祉事務所などの行政機関に相談し、できる限りのサポートを受けることが必要です。
*-52 「民法770条に定める離婚事由」については、「Ⅲ-26-(1)民法770条に定める離婚事由」で説明しています。


(3) レビー小体型認知症、レム睡眠行動障害などを起因とする暴力
 認知症の症状がではじめたとき、「部屋の隅に人がいる」など幻覚(幻視や幻聴)を示したり、妄想を伴う異常行動として大声で怒鳴り声をあげたり、暴行がふるわれているときには、「レビー小体型認知症」が疑われます。
また、悪夢にうなされ、大声で寝言をいったり、殴ったり、蹴ったり、素早い暴力的動作がみられるときには「レム睡眠行動障害」が疑われます。
レム睡眠行動障害は、レム睡眠中に見ている夢の内容に反応して異常行動が生じるもので、脳幹の障害、脳の加齢が原因されています。
これらは、医療機関において診断を受け、適切な治療をおこなうことが必要になるものです。
レム睡眠行動障害の発症の原因とされる“脳幹の障害”は、乳幼児期(胎児期を含む)に受けた虐待体験が影響しているとされています。
また、乳幼児期に受けた虐待体験は、コルチゾールの分泌による海馬の委縮など、アルツハイマー型認知症の発症原因にもなります。
したがって、日々の生活において、もともとDV行為(特に、精神的暴力)があったけれども、ことばの暴力をDVとは認識できず、黙って耐えてきていた中で、50-60歳代になり、突然、睡眠中に殴られたり、蹴られたりすることももあります。
当然、適切な治療が必要になりますが、そのままDVのある生活に留まるのかという問題が残ります。
 被害者が無自覚なまま見過ごされてきたDVが根底にあり、アルツハイマー型認知症を発症したことをきっかけに身体的暴力(暴行)がはじまったとしても、認知症の診断を受ける前(発症初期)であるならば、通常のDV事件として民法770条第1項5号の適用によって、離婚は成立することになります。
ところが、レビー小体型認知症やレム睡眠行動障害による暴行などの暴力的な行為は、明らかな異常行動として治療が進められることになることから、民法770条第1項4号で離婚事由とするときには、「回復の見込みのない精神病やレビー小体型認知症、レム睡眠行動障害などの発症が暴力の原因であるとして、治療にとり組むなど手を尽くせることはすべてやった」事実が必要になります。
なぜなら、先のケースと同様に、子どもや年老いた両親や親族などを養育する、扶養する、つまり、「扶養」の義務が存在するからです。
したがって、「レビー小体型認知症やレム睡眠行動障害による暴行などの暴力的な行為」についても、同法1項5号を適用することは難しいことになります。
しかし、この状況下で、「治療にとり組むなど手を尽くせることはすべてやる」期間、暴力的行為を受けることになってしまうわけですから、ひとりで耐え続けるのではなく、速やかに、保健センターや福祉事務所などの行政機関に相談し、できる限りのサポートを受け、状況によっては、介護施設に入居させるなどの対処が必要になります。

(認知症と良性健忘症の違い。アルツハイマー型認知症)
「認知症」とは、記憶の働きや思考力、判断力をはじめとする認知機能が低下し、日常の生活に支障をきたす症状のことで、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など脳の血管におこるもの(脳血管性)、アミロイドβたんぱくや、タウたんぱくという異常たんぱく質が脳に蓄積し、脳の神経細胞にダメージを与えるもの(アルツハイマー型)、パーキンソン病をひきおこす物質でもあるレビー小体という異常なたんぱく質が神経細胞にたまるもの(レビー小体型)があり、「加齢による物忘れ(良性健忘症)とは異なる」ものです。
人は、加齢とともに認知力は落ちていきます。
そこで、血液が通わなくなる虚血性の変化として脳にシミのようなものが表れることから、シミの量や萎縮の度合いで脳の加齢度を判断します。
加齢による物忘れ(良性健忘症)の脳とは異なり、アルツハイマー型認知症では、特に海馬の萎縮が進み、前頭葉、側頭葉と頭頂葉の間、側頭頂葉のブドウ糖の代謝が落ちている状態、つまり、エネルギーを使う割合が過度に低下し、脳のネットワークも減ります。
アミロイドベータたんぱくの毒性や変化したタウたんぱくが脳に溜まりはじめると、神経細胞を壊しはじめることから、記憶障害や認知機能障害がおきます。
つまり、脳の中枢を担い記憶を司る海馬が最初に壊れ、次に判断力、認知機能を司る前頭葉が壊れていくなど、人間らしさを司る領域がダメージを受けることになります。
こうした脳内のネットワークの量、機能状態は、MRI画像により確認できます。
次に、先の脳の萎縮と関係の深いものとして、認知症の1%にあたる4万6000人が発症しているとされているのが、「若年性認知症」など若い人でも発症する「前頭側頭型認知症(FTD)」です。
「前頭側頭型認知症」とは、頭の前にある前頭葉と横にある側頭葉の委縮によって認知症がおこるもので、ピック病や運動ニューロン疾患型、前頭葉変性症が含まれます。
「前頭葉」はものごとを考えたりする中枢的な役割を持った場所で、感情をコントロールし、理性的な行動ができるようにしたり計画を立てたり、状況を把握する機能を持っていて、生きる意欲を湧き立たせることができる部分です。
したがって、前頭葉が萎縮することによって、理性的な行動をとることができなくなり、衝動的な行動、常識外れな行動が目立つようになります。
また、側頭葉は、ことばを理解したり、記憶したりする場所で、聴覚や嗅覚も司っています。
アルツハイマー型認知証との違いは、物忘れがひどくならないことです。
そして、一般的な行動から逸脱している場合が多いために、精神疾患と誤診されていることが少なくないことです。
前頭側頭型認知症の症状の主な特徴は、以下の4つです。
① 同じ行動を繰り返す
同じことばを何度も繰り返すことが多くなります。アルツハイマー型認知症などで、「いま何時?」と訊くのとは異なり、例えば、「いません」などのことばを、脈絡なくただ繰り返し発します。
また、ある時間になると家の中を歩きだすというような、決まった行動をとることもあります。
このとき、外にも出てしまう場合がありますが、徘徊で迷子になることは少なく、同じコースを歩いて帰ってきます。
さらに、身体を揺すったり、膝や手、机などをパチパチ叩き続けたりするなどの行為も見られることもあります。
② 異常な食関係の行動
同じ物を食べたがることから、料理のときには同じメニューばかりつくることもあります。
料理の味つけは驚くほど甘く、濃い物になったりします。
また、机の上に置いておいた砂糖を、全部食べてしまうケースがあります。
食欲も異常に旺盛となり、夜に冷蔵庫の中の物を食べあさることがあります。
③ 集中力や自発性がなくなる
話をしていてもじっと聞いていられず、急に立ちあがってどこかへ行ってしまうこともあります。
同じ作業などをしなければならなくても、直ぐに飽きてしまうので最後までやり通すことができません。
また、身なりを気にすることがなくなり、汚れていても平気でだらしなくなります。
テレビなど、いままで興味を持っていた物にも関心がなくなり、家で寝てばかりになることもあります。
「テレビ見る?」となげかけても「知らん」、「これ美味しいでしょう」となげかけても「知らん」と応じるなど、なにをいわれても、考えることなく即答するようになります。
そして、見た物に影響されやすくなります。
近くの人が立つと自分も立ちあがったり、じゃんけんのグーに勝つのはパーだとわかっていても、グーをだしたらグー、パーをだしたらパーをだしたりします。
また、人に「それとって」などといわれると、「とって」などと相手のことばをオウム返しします。また、ことばが中々でてこなくなることから、会話が苦手になり、黙ってしまう場合もあります。
④ 反社会的な行動が見られます
ルールを無視した、自分の思うままの行動をとることが多くなります。
店先の商品を万引きしたり、痴漢したりするなどをして警察に捕まったとき、悪いことをしたという自覚はある一方で、衝動的にとってしまった行動であることからいい訳を繰り返します。
そのため、店舗の責任者や警察官には「反省していない」という印象を持たれてしまいます。
また、理性的な行動ができずに衝動的な行動をとってしまうことから、赤信号でも周りを注意せず平気でわたるなど危険な行動をとってしまったり、順番を無視したりします。
そして、こうしたふるまいを注意されると怒りだし、時には、暴力をふるうこともあります。


(4) 農薬、PCBなど汚染化学物質による神経障害しての暴力
黄砂は、オルドス、ゴビ砂漠から偏西風を通じて日本に到着します。
その間、つまり、中華人民共和国内で発生した硝酸イオンや硫酸イオン、アンモニウムイオンなどの大気汚染物質をとり込んでいます*-53。
日本で観測されるSOx(硫黄酸化物)の49%が、中国起源のものです。
北九州地域で頻繁に観測される光化学スモッグも、SOxNOx(窒素酸化物)が原因とされています。
NOxや炭化水素(揮発性有機化合物)が、日光に含まれる紫外線の影響で光化学反応がおこり生成される有害な光化学オキシダント(オゾンやアルデヒトなど)やエアロゾルが空中に停留し、スモッグ状になります。
光化学スモッグは、陽射が強く、風の弱い日が特に発生しやすくなります。
  また、西日本の日本海沿岸での森林における樹木の立枯れも、偏西風が運んでくる黄砂に付着した硝酸や硫酸による酸性雨が原因です。
昭和58年(1983年)以降、日本全国の平均はph4.7とヨーロッパを超える酸性雨(ph5.6以下)の状況で、日本海沿岸は全国平均より高く、降りはじめのパラパラ雨では、ph3.9を記録するほど高い水準になっています。
ここでは、散布される農薬や除草剤、家材に使用される薬剤、偏西風によって運ばれる(黄砂)大気汚染物質、つまり、ダイオキシンやPCB*-54、PM2.5などの化学物質と暴力の関係を説明したいと思います。
なぜなら、散布される農薬や除草剤、家材に使用される薬剤、偏西風によって運ばれる(黄砂)大気汚染物質、つまり、ダイオキシンやPCB、PM2.5などの化学物質は、①甲状線ホルモンを撹乱したり、②血液脳関門で守られた脳の血管を通過してしまうことで、神経伝達組織を撹乱させたりします。
②の「血液脳関門で守られた脳の血管を通過してしまうことで、神経伝達組織を撹乱させる」ことは、「多動性障害(発達障害)」などのさまざまな障害を発症させる原因となっています。
これまで、発達障害の発症は、遺伝的要因が大きくかかわっていると考えられてきましたが、その考えは正しくなく、エピジェネティックな(遺伝子の設計図に影響する遺伝子以外の)環境因子がより重大な因子であることを明らかになってきています。
胎児期、約千億の神経細胞が他の神経細胞とシナプス結合という形でつながり、脳が形成されていく過程では、膨大な遺伝子が関与しています。
このシナプス結合は、生育環境や化学物質の環境によって調節されることから、一人ひとり異なった個性(人格)がつくられます。
この中で、発達をマイナス側に調節してしまうのが、暴力(戦争や紛争を含む)のある環境と空気汚染など有害な化学物質*-55です。
「日本では、3歳児の尿中に、有機リン系、ピレスロイド系農薬が100%、ネオニコチノイド系農薬が79.8%に残留していた。」と記載された論文が発表されています。
ネオニコチノイド系農薬の特徴は、植物の細胞内に入り込んで作用することから、洗っても除去し難いことです。
つまり、家庭で料理前に洗っても、体内に摂取されるということです。
  しかも、こうした農薬や除草剤、大気汚染などの化学物質は、直接子どもが摂取するだけでなく、母体を通して、胎児期の脳発達に影響を及ぼすことになるのです。
  さらに、農薬や除草剤、大気汚染などの化学物質を吸引することが、暴力の原因となっていることがあります。
  このことを説明するうえで重要なことは、第1に、全身の1/5という大量の血液が流れている大脳では、脳に害をもたらす薬物やウイルスなどが簡単に入り込めないように、「脳の血管は、血液脳関門と呼ばれる構造でブロックしている」ということです。
第2に、この血液脳関門を通過できる物質が、低分子、しかも脂溶性で電荷のない物質、つまり、「PCB」や「ダイオキシン」、「アルコール」「ニコチン」「カフェイン」、「覚醒剤」、「砂糖」などの化学物質ということです。
「Ⅱ-11-(5)子どものSOS(発信するサイン)を見逃さない」の「砂糖の過剰摂取と低血糖症(ペットボトル症候群)」の中で述べているとおり、人工(精製加工品を含む)のあらゆる化学物質は、そもそも人体にとって異物、毒物でしかなく、微量でも体内に侵入すると、身体は毒物が入ったことを強烈なストレスとして感知します。
その結果、アドレナリンが分泌され、敵を排除しようとし、イライラ感や不快感といった症状を表すことになります。
このイライラ感や不快感をぶつけてしまうと、それは、暴力になります。
また、血液脳関門で守られた脳の血管を通過する薬、つまり、頭痛薬にはカフェイン、精神治療薬には覚醒剤の“類似した分子構造”を似させたものが使われています。
なぜなら、類似した分子構造にしないと血液脳関門を通過しないからです。
昨今、問題になっている「脱法ハーブ(脱法ドラッグ・危険ドラッグ)」についても、覚醒剤や大麻などの成分と“類似した分子構造”をしたものをハーブに沁み込ませたものです。
覚醒剤と類似した分子構造の精神治療薬についても、分子構造をちょっと変えることで効果を改良し、新薬として販売し、処方され、継続して使用されることになるのです。
血液脳関門を通過させる必要のある頭痛薬も同じです。
  内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)は、20年前のシシリー宣言(1995年11月5日-10日))で、「子宮内で暴露した胎児の神経学的、行動発達と、それにもとづく潜在能力を損なう」と報告しているように、環境ホルモンは、脳や行動上の発達障害や脳性まひ、精神遅滞、学習障害、注意力散漫、多動症などをおこすと警告され続けてきました。
現在、人工化学物質は10万種を超え、環境ホルモン作用のあるものは2000種ではきかないとされ、女性ホルモンと一部構造が酷似しているため生体が誤認し、オスのメス化を生じさせ生殖能力を失うなど生殖系を侵すものです。
また、脳や神経の発達をも脅かし、暴力など異常行動を発生させます。
化学物質過敏症をひきおこす原因物質は、化学建材、食品添加物、歯科金属、合成洗剤、車の排気ガスなどで、建築に使われている化学物資は450種類に及びます。
残留農薬や食品添加物、環境ホルモンなどの化学物質を体内に摂り込むと、生体細胞は活性酸素(フリーラジカル)やストレスの影響を受けます。
活性酸素やストレス受けた細胞は傷つき、呼吸困難に陥り、いくつかの細胞が壊死します。
中でも、神経細胞に与える影響は大きく、シンナー、マリファナや睡眠薬、覚醒剤等の薬物を摂るのと同様に正常な判断力を失い、精神障害をおこします。
なぜなら、有害物質を摂ると、脳内の酸素量が減少してしまうからです。
そして、極端に減ると死に至ります。
活性酸素は、体内に侵入してきた異物(殺菌、ウイルス)を撃破する働きもある一方で、残留農薬や食品添加物などの化学物質、農薬や除草剤の散布など汚染された空気を吸収することで、悪玉の活性酸素が大量につくられます。
その結果、細胞は健康を疎外され、生活習慣病などを誘発するなどの悪さをします。
ネズミのお腹に合成洗剤を1週間かけ続けると内臓まで溶かすといわれていますが、食器洗いなどで使われている合成洗剤は、サリンなどとともに、第二世界大戦時、ナチスドイツの研究施設で精製されたものです。
建物内でのペンキ塗りやワックスがけに遭遇したり、いつもより多めの合成洗剤を使ったりする大掃除のときなど、目の痛み、頭痛、灼熱感、めまい、吐き気、嘔吐、(意識喪失)などは、度々経験することあると思いますが、それは中枢神経系への影響が表れたものです。
近年、合成洗剤が自殺に使われたことからその危険性を知る機会は増えてきました。
  したがって、化学物質が甲状線ホルモンを撹乱したり、血液脳関門を通過してしまったりすることで、神経伝達組織を撹乱させてしまうことが暴力の原因になっているときには、生活環境を変えるとか、適切な治療を受けることによって、暴言や暴行をコントロールできる可能性がでてきます。
したがって、本質的なDVとは分けて対策を考えることが必要です。
もちろん、アルコール依存、薬物依存に陥り、幻視(幻覚や幻聴)症状がでて、錯乱による暴行がおこなわれているようなときには、既に回復は困難な状況にあるとの判断が必要になります。
*-53 「Ⅱ-12.暴力のある環境で育つ子どもの脳では、なにがおきているか」で詳しく説明しています。
*-54 熊本大学や国立環境研究所などの研究チームは、平成22年(2010年)4月-平成27年(2015年)3月に同県内の21医療機関で登録された急性心筋梗塞患者のうち、入院中の発症などを除いた約3700例を分析し、「期間中に熊本市内で、中国大陸から飛来する黄砂が観測された日は41日あり、その翌日に心筋梗塞になった人は他の日の1.46倍だった」、「慢性腎臓病の人は他の日の約2倍、糖尿病の人は約1.8倍、75歳以上の人は約1.7倍と高い値だった」とする研究の結果を発表しています。
*-55 有毒な化学物質「ポリ塩化ビフェニール(PCB)」の血中濃度が高いと、「環境ホルモン」に影響を及ぼし男性の精子を減少させます。
同時に、精子が少ない男性の70%近くにメチル化異常が認められ、その結果、不妊の原因になっています。
 1972年にPCBの製造は禁止されていますが、「自然界では分解されにくく、体内に少しずつ蓄積されることから、生まれてくる子どもの健康に影響する可能性がある」と指摘されています。



(5) PTSDの症状(攻撃防御の機能不全)に端を発した暴力
-東日本大震災後の児童虐待とDVの増加。戦争体験によるPTSDの発症から学べることはなにか-

本来、対等である夫婦間(恋人間)の関係性に、上下の関係、支配と従属の関係性を成り立たせるためにパワー(力)を行使する、つまり、DVというふるまいによって、被害者が受ける心身の大きなダメージは、身体的な暴行による加療を要する傷害(受傷)だけでなく、うつ症状やパニック症状を伴うPTSD(主症状は「侵入・過覚醒・回避・狭窄」、加えて、「身体化」)や解離性障害、頭痛、背部痛などの慢性疼痛、食欲不振や体重減少、機能性消化器疾患、高血圧、免疫状態の低下、自殺傾向、不安障害、解離性障害、身体化障害を発症するなど、その後遺症は多岐に及びます。
加えて、多くの被害女性は、繰り返された暴力により自尊心が損なわれ、自己肯定感が奪われるなどの被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)が見せる傾向に苦しみます。
つまり、被害者のその後の人生に多くの悪影響を及ぼすことになるのです。
  にもかかわらず、被害者本人はもちろんのこと、被害者の家族、そして、援助者たちは、配偶者や交際相手、親から暴力を受けた被害者の心のダメージは、「時間がすべてを癒してくれる」とか、「暴力のあるかかわりを断てば、すぐによい方向にむかう」と楽観的に考えています。
  そこで、重要なことは、慢性反復的なトラウマ(心的外傷)体験によってもたらされる多くの心的障害、特に、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」についての正しく理解するということです。
「DVや児童虐待の被害者が受ける強烈なストレス(危機)は、戦地・紛争地に赴く兵士たちや被災者(国民や住民)たちに匹敵する」という認識にもとづいていることから、戦地や紛争地から帰還した兵士の多くが発症するPTSDなどの症状に直目しています。
特に、再体験(侵入)・過覚醒(覚醒亢進)・回避・狭窄・身体化に加え、自己や他者への暴力行動と関連性の高い「攻撃防御の機能不全」に着目しています。
なぜなら、PTSDの「攻撃防御の機能不全」の症状が、戦地や紛争地、そして、被災地で、DVや児童虐待、レイプ、殺人を増加させる要因となっているからです。
この視点に立てば、戦争や紛争が人々の心を傷め、そのストレスによって傷んだ結果(脳の萎縮)、新たな暴力を生みだしてきた、つまり、人類の歴史が、支配・征服のため、欲望を満たすための暴力としての殺し合い(紛争や戦争)を繰り返してきたことを理解することができます。
したがって、PTSDの理解は、「人と暴力の関係」を正しく理解することに他らないわけです。

① 東日本大震災後、児童虐待・DVが増加
  東日本大震災から2年経過した平成25年、各新聞社は「東日本大震災の被災地で、配偶者間暴力(DV)が深刻化しています。
狭い仮設住宅に妻たちの逃げ場はなく暴力は激化。先が見えない避難生活が続く中、夫婦関係が悪化するなどし、福島県では2012年(平成24年)、警察へのDV相談件数が過去最多になった。」と報じました。
福島県警には平成24年、前年比64%増の840件、宮城県警にも同33%増の1856件のDV相談があり、いずれも過去最高を更新し、一方で、岩手県警への相談は同2%減の298件でした。相談件数が減った岩手県は、震災後、相談の半数以上は内陸の盛岡市内の窓口に寄せられており、被災した沿岸部は支援体制が不十分で、被害者が孤立しているだけと分析されています。
全国の警察が把握した件数(平成24年1-8月)の伸び率が25%であることを考えると、福島県の前年比64%増というのは突出していることがわかります。
産経新聞では、「東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の東北3県沿岸部、つまり、津波被害を受けた土地で児童虐待対応件数が増加し、その中で、福島第一原発のある“浜通り地方”を管轄する浜児童相談所の管内で前年比2倍以上の増加がみられ、突出している。」と記しています。
浜児童相談所・南相馬相談室では「不適切な養育状況にあり、支援が必要と判断した“虐待受付け”件数は前年度73%増」となっている一方で、「被災した沿岸部は支援体制が不十分」と指摘しています。
毎日新聞では、「子が親の暴力を目の前で見るといった精神的虐待が全体の6割を占めた。」と記しています。この親のDVなどを見て心が傷つく心理的(精神的)な虐待(面前DV)は、宮城県警で同42%増の155件にのぼっています。
これまでの広い家から狭い仮設住宅に移ったことで、被害女性らが隠れ難くなり、より粗暴な事例が増えていると指摘しています。
また、失業した夫が東京電力の賠償金を浪費してしまう経済的な暴力も目立っているといいます。
同年の児童虐待取扱数は、宮城県警も同34%増の254件と過去最高を記録し、岩手県警は同11%増の144件となっている中で、福島県警で前年比76%増の109件と突出しています。
平成7年1月17日におきた阪神淡路大震災においても、兵庫県のDV相談は急増しました。阪神淡路大震災の前年の平成6年度のDV相談は39件でしたが、大震災の翌年は74件で1.8倍、2年後(平成9年)は138件となり、3年で3.5倍になっています。
当時、支援にあたった「ウィメンズネット・神戸」は、「震災後の大変な時期は、家庭の問題だからと遠慮する人も少なくなかった。」と述べているように、DV被害に耐え続けたものの、2年3年と暴力が収まることはなく、耐えきれなくなり相談に訪れていることもDV相談の増加の要因になったと分析されています。

平成7年に起きたオウム真理教による地下鉄サリン事件の被害者の約3割は、20年経過した平成27年、いまだにPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に苦しんでいます。
自然災害に被災したり、交通事故に巻き込まれたり、レイプなどの性暴力を受けたり、暴行を加えられて傷害を負ったりすると、人は、いままで見ていた景色がある日突然一変し、あたり前だった安全な日常が崩れ落ちていきます。
そして、恐怖体験による心の傷(トラウマ)が残ると、悪夢にうなされたり、繰り返しトラウマ体験が思いだされたり、その場所に近づくことができなくなったり、感情が麻痺してしまったりするなどのASD(急性ストレス障害)の症状がおこります。
このASDの症状が1ヶ月以上続くと、PTSDと診断されます。
いつまでも残り続けるトラウマ、凍ったままの記憶を再処理することが、治療の大きなカギとなります。
こうした単回性のトラウマ体験に加え、虐待やDV、いじめなど、慢性反復的な(日常的に繰り返される)トラウマ体験は、解離症状、認知や人格の歪みまでダメージが及ぶなど、さらに深刻な事態を招きます。
そして、PTSDの症状の「攻撃防御の機能不全」は、自傷行為や自殺と自分自身に向けたり、逆に、DVや児童虐待、レイプ、殺人といった他者へ暴力に及んだりする行為と関係しています。
 一方で、阪神淡路大震災や東日本大震災などの震災後、自閉症、ADHDやアスペルガー症候群など発達障害の子どもたちが、避難所での生活を余儀なくされたり、その生活が長期化したりするなど、状況の変化に対応できず、症状が悪化することが報告されています。
  自閉症、ADHDやアスペルガー症候群など発達障害の子どもは、もともと変化に対応することが苦手です。
これまでの日常生活とはまったく異なる避難所での生活は、大変なストレスであり、不眠、イライラ、パニックなどの症状が悪化します。
慣れない避難所での生活*-56は、自閉症の多くに見られる聴覚や視覚の感覚過敏症を悪化させます。
騒がしく、視界に大勢の人が入ってくる体育館などでの避難生活は、一部の自閉症の子どもには堪え難い環境です。
  東日本大震災で被災した子どもたちには、発達障害の有無にかかわらず、PTSDや不眠、不安などの症状が見られました。発達障害のある子どもは、こうした二次障害が起こりやすいハイリスク群の子どもたちであるわけです。
  この「手引き」では、「自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群の“障害の特性”が、結果として、暴力行為、つまり、DV行為になる」と表現していますが、子どもの発達障害者だけでなく、大人の発達障害者にとっても、上記のような環境の変化に対応することは苦手なのです。
  したがって、大震災後に、殺人やレイプ事件の増加はそれほどでもなく、家庭内でのDVや児童虐待、職場や新しいコミュニティでのハラスメントだけが顕著に増加しているのであれば、その増加の原因は、PTSDの「攻撃防御の機能不全」がもたらす暴力ではなく、また、自己愛性人格障害の一部の特性を併せ持つサイコパス(反社会性人格障害)による支配のための暴力でもなく、自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群の“障害の特性”が主要因となっていると考えるのが妥当です。
*-56 平成29年(2017年)9月、九州大芸術工学研究院の綿貫茂喜教授(生理人類学)の研究グループは、「地震などの災害時に住民が避難する体育館などで、個人に割り当てられるスペースが狭い、つまり、間仕切りで囲ったスペースの中で、両肩から仕切りまでが70cm未満のケースで、脳の認知処理力の低下が確認された」「認知処理力が落ちると心身のストレスが蓄積し不安障害などにつながる」との調査報告をしています。
この調査は、平成28年(2016年)4月14日以降、震度7を2回、同6弱を3回発生するなど熊本県と大分県で相次いで発生した熊本地震を受けて、避難スペースとストレスの関係を調べるために実施されたものです。
男子学生20人(平均年齢22歳)にあおむけに寝てもらい、両肩からそれぞれ10-110cmセンチの5段階で間仕切りを設置し囲みだうえで、①高音と低音を流して低音の際にボタンを押す単純作業、②高低音を聞きながら流れてくる「リンゴ」「とびら」などの一般単語を覚える複数作業、③一般単語を「なやみ」「いじめ」などの“不快語”に変更を課し、脳活動も測定した結果、70cm未満の3つのパターンでは、脳は音と「言語」には反応したものの、不快語を覚える数が少なくなり、認知処理力の悪化が確認されました。
一方で、70cm以上のパターンでは、ほぼ日常の認知能力と変わらなかったという結果が得られたものです。

② PTSDの“晩発性”という特性
以上の状況は、「震災後2年のことであり、これから月日が経てば、増加した児童虐待やDV被害数は減少に転じるだろう」と考える人がいるかもしれませんが、その考え方は間違いです。
なぜなら、地震や火災、事故などによるトラウマ体験(単回性)によって発症するPTSDは、2-3年、10年経過してもひとつのきっかけで凍結されてきた記憶が呼び起こされ、フラッシュバックなどのパニックアタックをおこしたり、強いうつ症状をみせたりする可能性のあるものだからです。
つまり、PTSDには“晩発性”という特性があることから、時間の経過に伴い、被災地における児童虐待やDV被害の増加は留まるというものではないのです。
  東日本大震災から2年経過した平成25年4月以降、福島県相馬市メンタルクリニックなごみで2代目の院長を務める精神科医蟻塚亮二(69歳)医師は、2000人以上の被災者の診察を続ける中で、「通院により不眠が改善した男性が、北海道旅行にでかけたとき、漆黒の闇夜を目にした瞬間、11年3月11日の夜の記憶が戦慄とともにフラッシュバックし卒倒しかけた。」ケースをとりあげ、「津波にのみ込まれた出来事は、あまりにも強烈で、脳内の意識下に刻み込まれ、似たような場面や音、匂いに反応し、“いまの私の中”に飛び込んできて、その瞬間にひき戻されてしまう。」、「震災から2年ほど過ぎてから、身内やペットの死、緊張がフッと緩んだとき、突然、PTSDの症状が表面化しはじめている被災者が増加しているのが、被災地の現状だ。」と述べています。
  大震災から6年経過した宮城県では、精神疾患による障害者手帳の交付者が、約1万3千人に上り、東日本大震災前に比べて約3割増加しています。
  阪神淡路地区では、16年前に被災した人たちの多くが、東日本大震災直後に繰り返し放映された津波被害の映像を目にしたことで、当時の恐怖心が鮮明に蘇り、フラッシュバックなどPTSDの症状に苦しむことになりました。「長い間、凍結されてきたトラウマ体験が突然表出する」ことがある“晩発性”こそが、PTSDの典型的な特性なのです。
そして、平成28年4月14日以降、熊本県と大分県で震度7-震度5の地震が相次いで発生したときには、東日本大震災の“揺れ”を体験した人たちの多くが、テレビで緊急地震情報の警戒音が鳴るたびにドキッとし動悸や不安感にみまわれました。
PTSDの厄介のところは、瞬間冷凍されたトラウマ体験から10年-30年と経過していても、瞬間冷凍されていた記憶が、なんらかのきっかけで瞬間解凍され、トラウマ体験時にひき戻される(フラッシュバック)可能性がある、つまり、爆弾をずっと抱えているということです。
例えば、出勤途中に交通事故を目撃した女性が、交通事故をおこした車から額から血を垂らした女性がでてきたのを目にした瞬間、子どものころに目にした「父親に殴られ額から出血していた母親の顔」が鮮明に思いだされ、それ以降、重いPTSDの症状に悩まされ、出勤することができなくなり、退職せざるをえなくなったケース、結婚して数年経ったある日、夫婦でのセックスの最中、自分のうえにのしかかってきた瞬間に過去のレイプ体験が瞬間解凍されてフラッシュバックを起こし、夫を蹴り飛ばし女性は、PTSDを発症し、夫とセックスできなくなっただけでなく、普通に男性が行き来する道や店舗などが怖く外出することもできなくなったケースなど、過去のトラウマ体験は、予兆もなく突然表出する特性があります。

そこで、日本では、第2次世界大戦の敗戦後、空襲被害を受けた国民たち、戦地から帰ってきた青年たちのトラウマについての検証をほとんどされてこなかったことから、同じ大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして、イラク戦争など幾度となく戦禍に兵士を送り込んできたアメリカで検証されてきた帰還兵のPTSDの実情を踏まえて、以下、この問題を考えていきたいと思います。

③ アメリカ社会、帰還兵が抱える精神障害
PTSDの特性は、適切な治療を受けなかったり、重篤化したりすると何十年も慢性症状に苦しむことになります。
初めて大量の市民が戦場に動員された第1次世界大戦では、精神に障害を負う兵士が続出しましたが、医師たちは、電気ショックを与えるなどして戦場に強制的に送り返す「実験」を繰り返したといいます。
第2次世界大戦では、「敵に発砲できない兵士」が広範に存在したことから、戦後、アメリカ軍では、同じ人間だと思うと本能的に殺すことができなくなることがあるとして、その人間性を麻痺させ、条件反射的に発砲できる兵士、つまり、殺戮マシンをつくりだす訓練方法を確実な戦争遂行のため開発していたといいます。
しかし、戦場で条件反射的に殺戮することが可能になっても、人間を捨て去ることができないことから、当時の基準で、ベトナム帰還兵*-57の18.7%が、日常生活に復帰できないPTSDを発症し、戦争終了後40年以上経過しても約10%が慢性症状に苦しみ続けているという事実です。
ベトナム戦争中の1968年3月16日、アメリカ軍兵士がクアンガイ省ソンミ村(現:ティンケ村)で非武装のベトナム人住民504人を虐殺する事件がおきました*-58。
ベトナムから帰還後、PTSDを発症し何度も自殺未遂を繰り返していた当時19歳だった元兵士は、テレビ番組のインタビューで、「赤ん坊を抱いた女性も小さな子どもに寄り添っていた女性も、子どもとともにそのときは平気で撃ち殺した」と話し、そのインタビュー後、ショットガンで自殺する事件も起きています。
アメリカ政府は、平成16年時点で、21万7,893人のPTSDに苦しむ元兵士に対して補償を続けています。
 ベトナム戦争後のアメリカ軍は、遠距離からミサイルを撃ち込むことで、生身の人間を殺戮する実感を兵士が持たなければ、PTSD患者が発生することはないだろうと考え、“戦争のハイテク化”を進めていきました。

-事例65(帰還兵のPTSD症状1)-
ラスベガスで、20歳の帰還兵が、金をまきあげようとからんできた人物を、自動小銃で殺害する事件が起きました。
逮捕されたその帰還兵は、「待ち伏せ攻撃を受けたため、訓練どおり交戦した。」と述べたのです。
PTSDによって、戦場と日常生活の区別がつかなくなっての殺害事件であることが判明しています。

  イラク戦争だけで4千人を超える戦死者をだし、イラクからの帰還兵の2割にのぼる30万人がPTSDを発症し、その治療に少なくとも6,200億円が費やされることになりました。
  それだけでなく、PTSDを発症したイラク戦争からの帰還した兵士がPTSDを発症し、事件が多発することになりました。
イラク・アフガニスタン*-59に派遣され、帰還したアメリカ人は約200万人で、そのうち20-30%がPTSD、うつ、不安、悪夢、人格変化、記憶障害などを抱え、苦悶するなど、精神的・心理的障害に悩まされています。
戦地や紛争地から帰還した兵士が抱えるストレスについては、PTSDの発症率だけでなく、帰還兵の異常な自殺率の高さに表れています。
アメリカでは、2010年、アフガニスタンやイラクからの帰還兵200万人のうち自殺者は年間8,000人を超えています。
これは、2001年以来アフガニスタンやイラクの戦場で亡くなった兵士の数(6,460人)を上回るものです。
1日平均22人前後の元兵士が命を絶っているアメリカでは、「兵士自殺防止法」が制定されるほどの社会問題になっています。
  日本では、第二次世界大戦後に帰還した日本兵、地上戦がおこなわれた沖縄戦*-60、原子爆弾を投下された広島・長崎の被災者、そして、空襲(爆撃機によって焼夷弾や爆弾が落とされたこと)の被災者たちがそうであったように、ベトナムやイラク・アフガニスタンからのアメリカの帰還兵もまた、彼らの抱える苦悩、つまり、敵の命を奪い、子どもたちを傷つけ、そして、戦場での恐怖体験を家族に話すことができずにいます。
そこには、「結婚相手が、人を殺す夢を見ているなんて知ってほしくない。」、「話したら嫌われるに決まっている。だから、話せない。」と弱い人間だと思われたくない思いがあります。
その結果、苦悩をひとりで抱え続け、人格が壊れたり、自殺の道を歩んだりしていくのです。
  また、イラクやアフガニスタンに、アメリカ軍の総兵力のおよそ11%にあたる19万人もの女性兵士を送り込み、その3分の1(約6万人)は子どもを持つ母親兵士でした。女性兵士の任務は、前線の戦闘ではありませんでしたが、泥沼化したイラクでは、後方任務の女性兵士もいや応なしに戦闘に巻き込まれてしまいました。過去12年間で、イラクとアフガニスタンに従軍した約28万人の女性のうち、152人が死亡し、少なくとも800人が負傷しています。
  そして、2014年1月、米国防総省は、女性兵士の最前線での直接戦闘を決定しました。

-事例66(帰還兵のPTSD症状2)-
 26歳の女性兵士は、12歳のイラク人少年を撃ち殺したことに端を発し、PTSDを発症しました。
イラクから帰還後に結婚し、男の子を出産しました。
しかし、症状が悪化し、自分の息子の顔が、イラク人少年の顔に重なってしまい、育児ができなくなったのです。現在も、入院治療を続けています。
元女性兵士は、面会に訪れた夫と息子にも優しく接することができず、「母親失格だ」と泣き崩れる日々を送っています。

戦場で負った心の傷が原因で、子どもを愛する感情を奪われてしまい、「以前のように子どもを愛することができない」、「子どもを愛おしく思う心さえなくした」、「母親らしく子どもを抱きしめることも会話もできなくなった」、「戦場で人を殺した自分が良い母親になれるのか」と苦悩し、子どもとの関係をとり戻せないでいる元女性兵士が少なくないのです。
イラクに赴く前は、性格は明るくてエネルギッシュで家族思いの女性たちが、国家と家族を守るためと勇んで行った戦場で、「殺される恐怖」と「人を殺す恐怖」により、心が壊れてしまい、帰還後は、家族を守るどころか、家族とともに日常生活をおくることさえもかなわなくなってしまうのです。

-事例67(帰還兵のPTSD症状3、DV37)-
イラクの戦場に派遣された男性Aは、現場で精神に支障をきたし、帰国しました。
その後、Aは子どもに恵まれましたが、生後4日目の息子を床に落としてしまいました。
幸い赤ん坊の命に別条はなかったものの、Aの妻Sは動転し、彼は「ごめん。今度も、ごめん」と謝り続けました。
Sは、「彼は、誰もが魅力を感じ、応援したくなる男で、頭が切れて、親切で、高潔で、勘がいい男だった。しかし、帰国した彼は別人だった。」、「あの人はいまでもいい人よ。ただ、壊れてしまっただけ。」と話しました。
Sは、なんとか元の平穏な暮らしをとり戻したいと考え、治療につき添うなど、懸命に夫の病と向き合いました。
しかし、「夫は元に戻らない。突然、怒りだし、時に暴力をふるう。イライラしてじっとしていられない。」、「物忘れが激しい。経済的余裕もない。なのに、夫は無駄遣いをくり返す。」と苦悩している思いを訴えます。
Aは暴力的になり、Sの顔を殴ります。
ドアを破壊し、ベッドのヘッドボードを殴りつけ涙を流します。
時にAは拳銃をとりだし、自分に銃口を突きつけ、「このいまいましい引き金を引けよ。」と喚くのを、家族は耐えるしかなかったといいます。
Sは、「夫が病気なのは分かっている。どんなことにも耐えようと心に誓った。けど、“もうやめて”、“いいかげん元気になって、しゃきっとしてよ”と叫びたくなる。」と話します。

1937年(昭和12年)の日中戦争から1945年(昭和20年)の終戦までに、療養施設に収容された戦場疾病者約6万人のうち精神疾患患者は約1万4千人でした。
そして、戦場体験などによる精神疾患で退院できずにいた患者は、高齢化で亡くなる人が増え、平成16年には143人になり、戦後69年を経た同26年には13人になっています。
戦争と障害者の問題を研究してきた清水寛・埼玉大名誉教授は、「戦争はおびただしい数の戦傷病者をつくる。特に戦争に行って精神疾患となった患者は家族から家の恥のようにいわれ、社会復帰できずに病院で亡くなるなど、“復員”が果たせないこともあった。悲惨な状況を繰り返さないために、戦傷病者の存在を忘れてはならない。」と述べています。
*-57 ベトナム戦争(1960年代初頭から1975年4月30日)は、南ベトナムを支援したアメリカと北ベトナムを支援したソ連・中国との政治的戦略的な戦争で、北ベトナムが勝利しました。
アメリカに帰還した兵士のストレス研究で、PTSDに対する研究が進みました。
それ以前のPTSD研究は、19世紀後期のフランスにおいて、カトリック教会が教育、医療などの俗界を支配することに反対する政治運動の中から現れ、女性の心的外傷の元型として発展しました。
そして、第1次世界大戦(1914-1918年)後のイギリスとアメリカではじまった砲弾ショック(シェルショック)と戦闘神経症に対する研究としてPTSD研究がおこなわれていました。
ベトナム戦争後は、ヨーロッパと北アメリカにおけるフェミニスト運動の流れの中で、性暴力と家庭内暴力(DV、虐待)に焦点があてられることになりました。
*-58 このソンミの虐殺事件は、ベトナム反戦運動のシンボルとなり、また、国外でも大きな批判の声が起こってアメリカ軍が支持を失うきっかけとなりました。
*-59 イラク戦争は、2003年3月20日、主体となるアメリカ、イギリス、オーストラリア、工兵部隊を派遣したポーランド等が加わる有志連合によって、イラク武装解除問題の進展義務違反を理由とする「イラクの自由作戦」の名の下に、イラクへ侵攻したことではじまった軍事介入です。
正規軍同士の戦闘は、同年中に終了し、同年5月、ジョージ・W・ブッシュは「大規模戦闘終結」を宣言しましたが、のちに、イラク国内での治安の悪化が問題となり、イラク国内での戦闘は続行することになりました。
2010年8月31日にバラク・オバマが「戦闘終結」と「イラクの自由作戦の終了」を宣言し、翌日から米軍撤退後のイラク単独での治安維持に向けた「新しい夜明け作戦」がはじまりました。
そして、2011年12月14日、オバマは、米軍の完全撤収に伴いイラク戦争の終結を正式に宣言しました。
また、アフガニスタン紛争(2001年-)は、アフガニスタンで断続的に発生している紛争のうち、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者として指定されたアルカイダの引き渡しに応じなかったタリバン政権に対し、アメリカ合衆国が主導する有志連合諸国および北部同盟(2001年以降はアフガニスタン暫定政府、2004年以降はアフガニスタン政府)が「不朽の自由作戦」にもとづき、アフガニスタンにおいて、タリバン勢力、アルカイダ、およびその他の武力集団間との武力衝突のことです。
*-60 昭和19年10月10日、沖縄那覇への空襲があり、死傷者は600人にのぼり、以降、那覇には何度も空襲がおこなわれました。
そして、平成20年3月、英国軍も加わった連合軍50万人は沖縄に侵攻し、陸海で苛烈な沖縄戦がはじまりました。
この沖縄戦は同年6月までの3ヶ月間に及び、死者は20万人を超しました。死者20万人は、沖縄県民の4人に1人が命を落とたことになります。


④ 絶望、戦地に戻りたい衝動と殺人・暴力・レイプ
人が自らを殺す(自殺)という行為は、自分に「絶望した」ことが動機となります。
戦地・紛争地に赴いた兵士が、PTSDの症状に苦しみ、自分に「絶望」し、1日平均で22人が自ら命を絶っている事実は、兵士だけでなく、いつの時代も、生きて帰ってくることだけを待ち望んでいた家族たちを巻き込み、のみ込んでいきます。
さらに、生きて帰ってくることだけを待ち望んでいた家族たちを失望させるのが、帰還した兵士たちが、「一度戦場に足を踏み入れた者は必ずそこへ戻ってくる。」、「戻りたいという衝動に体が侵されていく。中毒のような症状だ。」と語り、家族の反対の声に耳を傾けることなく、戦地や紛争地の前線にあるキャンプ地に繰り返し戻っていくという現実です。
「Ⅱ-13.人類の暴力性。中毒化した脳が暴走、規定や規範は無力」の中で、「脳は中毒性のある物質や刺激に脆弱で、脳が中毒性のある物質や刺激を求め暴走したときには、自己規制や規範、そして、意志は無力である」と述べているように、帰還した兵士が、戦地や紛争地の前線にあるキャンプ地に繰り返し戻っていくのは、「それらは自分が望んで、楽しむために選んでいるのはなく、そうすることでしか、自分の有力さを確認することができない」という悲痛で、強迫的な選択にもとづいています。
その状態は明らかに中毒症状下にあることから、自分の意志は無力で、マグマがあがってくるような強烈な衝動はコントロールできるものではないのです。
危機的状況下で記憶、つまり、瞬間冷凍された記憶は、ふつうの記憶に組み込まれようとして、何度も何度も意識にのぼってこようとします。
これが、PTSDの「侵入(再体験)」という症状です。
症状としては、睡眠障害(悪魔)、フラッシュバック(侵入的想起)、幻聴、幻覚、再体験(再演)、強迫行動などがあげられます。
目覚めているときはフラッシュバック(突然、事件の映像や音声、感覚の一部あるいはすべてが蘇る)、不意のつぶやき、寝ているときは悪夢としてあらわれます。
これらは無意識の作業であって、自分でコントロールすることは不可能です。
そして記憶として、ことばとして思いだせない記憶をなんとか正常な記憶に組み込もうと、あのときの圧倒的は敗北に再び挑戦し、次こそ勝利をおさめて胸を張ろうという無意識の、あるいは意識的な選択によってトラウマの原因となった事件を再び犯そうとします。
戦地や紛争地の前線にあるキャンプ地に繰り返し戻っていく兵士の無意識下で、衝動的で中毒性のある行動は、PTSDの症状を起因するものなのです。
アメリカには、200万人の帰還兵(ベトナム戦争を除く)の20-30%がPTSDなどの症状に苦しみ、自殺を増加させ、一方で、戦地や紛争地の前線にあるキャンプ地に繰り返し戻っていったり、家庭でDVや虐待を加えたり、レイプや殺人に及んだりしているというリアルな現実があります。
PTSD主症状のひとつ、感覚がやたら研ぎ澄まされてしまう症状、つまり、過覚醒(覚醒亢進)は、トラウマが再現(侵入・再体験)されるのを過剰に警戒して身構えていることから、わずかな刺激に対して激しいトラウマ反応をひきおこすものです。
あのときと同じ危険が、いまこの瞬間、次の瞬間にでも襲ってくるんじゃないか…という感覚に苛まれます。
誰が敵か、どこから敵が現れるか、あの瞬間がいつおこるか、常に緊張体勢にあり、不意の刺激に対して極端に驚きます。
症状としては、知覚過敏、睡眠障害、過呼吸発作、パニック発作、感情の抑制不能などがあげられます。自己防衛システムが粉砕されたために、ほんの少しの刺激で爆発的な怒り、攻撃や恐怖、逃走に走ります。
なぜなら、常に興奮し続けているため、興奮を抑制するホルモンが枯渇に近い状態になってしまうからです。
ささいな恐怖や怒りも抑えることができず、興奮ホルモン(アドレナリン)の過剰分泌によって、過呼吸発作やパニックアタック(パニック発作)とよばれる恐慌状態(パニック状態:突発的な不安や恐怖による混乱した状態)がひきおこされます。
この状態は、眠っている間も続くため、睡眠障害の原因になります。過覚醒状態の人はなかなか寝つくことができず、ささいな刺激で直ぐに目覚めてしまいます。
そして、外傷的体験を思いおこすような行動、できごと、音、におい、光、ことば、光景にあうと、外傷体験当時のような著しい反応をおこすことになります。
このとき、感情の中でもとりわけ怒りのコントロールができなくなると攻撃的行動として爆発することになります。
これは、もともと被虐待者に多くみられる傾向で、「攻撃防御の機能不全」と呼ばれるものですが、戦争や紛争地からの帰還兵や被災者にも顕著に認められ、一部のDV被害者、一部のパワーハラスメントやセクシャルハラスメント被害者に表れる傾向のひとつです。

-事例68(帰還兵のPTSD症状4)-
 2014年4月2日、米陸軍の特技兵アイヴァン・ロペス(34歳)はテキサス州フォート・フッド陸軍基地内で銃を乱射し、3人を射殺、16人を負傷させ、その後、自殺しました。
  アメリカでは、イラクやアフガニスタンから帰還したあとに、暴力的な犯罪をひき起こす兵士が少なくなく、ロペス容疑者もそのひとりです。
2011年にイラクに派遣されていました。
軍当局によると、帰還後のロペス容疑者は、うつ病、不安障害、不眠症に苦しんでおり、PTSDの疑いがあるとして診断を受けることになっていたといいます。

ニューヨーク大学ランゴン医療センターで精神科長を務めるチャールズ・R・マーマー博士は「Los Angeles Times」紙で、「(PTSDを患う人は、)挑発されると感情を爆発させることがあるが、それは大量殺人をひき起こすという意味ではない。」と述べています。
帰還兵は、他人を傷つけるよりも自傷行為に向かう可能性の方がはるかに高いわけですが、時として、帰還兵が一般の人々の命を奪う事件をおこすのも事実です。
 2008年、「The New Yoek Times」紙は、兵士が帰国後に殺人罪で起訴された121件の事例をまとめています。
また、2010年にまとめられた「ハフィントンポストアメリカ版」によると、イラクまたはアフガニスタンから帰還後に、少なくとも194人の兵士が殺人罪で起訴されています。
こうした事件は、基地の周辺に集中して起きていて、その犠牲となった半数が、家族と恋人、友人です*-55。
被虐待者、帰還兵や被災者の抱える怒りは、本来、加害者に向けられるものです。
しかし実際は、自分に対して向けられることが多くなるとされています。
暴力は、相手から自分の心と体を大切に生きていきたいという人間の基本的な欲求を奪う、つまり、人とつながりながら生きようとする本能的な力を押しつぶすものです。
そのため、力を奪われた子どもは、力の欠損を自殺、リストカットや過食嘔吐などの自傷行為、繰り返し暴力の被害者になるなど、自分の心と体への暴力としてあらわすことになります。
問題は、自殺やリストカットなどの自傷行為は、繰り返し暴力の被害者になることが、親(または、交際相手や配偶者)に認められたいといった“承認欲求”の陰に、怒りの感情が奥深く隠れていることから、本人さえも怒りを感じていることに気づいていないことがあることです。
一方で、怒りは、自分を虐待者から守ろうとしてくれる大人、優しく自分を受け入れてくれる大人(援助者)に向けられることもあります。
また、なんの関係のない大人の何気ない注意や指摘などに過剰反応して爆発し、暴力行為に及ぶこともあります。
戦争や紛争後、大震災後に、殺人やレイプ、虐待、DV、そして、自殺者が増加するのは、自己防衛システムが粉砕されたために、ほんの少しの刺激で爆発的な怒り、攻撃や恐怖、逃走(回避、狭窄)に走るからです。
以上のようなPTSDの症状、つまり、自己防衛システムが粉砕されたことを起因する説明に加え、「虐待やDV,レイプという行為は繰り返される」という“特性”を説明するのが、「人の脳は中毒性のある物質や刺激に脆弱で、脳が中毒性のある物質や刺激を求め暴走したときには、自己規制や規範、そして、意志は無力である」ということです。
痴漢や盗撮、万引き、いじめ、差別、ネット内での誹謗中傷、そして、暴行や殺害、レイプなどの行為から得られた高揚感や優越感は、中毒性のある刺激となることから、高揚感や優越感を得られる刺激を求めて繰り返すという特性があるように、戦地や紛争地で殺し合うという行為もまた高揚感や優越感を得られる中毒性のある強烈な刺激となるわけです。
そのため、戦地や紛争地の前線にあるキャンプ地に戻っていかない帰還した兵士もまた、その殺し合う強烈な刺激にとりつかれることが、帰還兵による暴行や殺人、レイプ、DV、虐待が増加する要因となっているのです。
*-55 殺人罪で起訴された194件のうち、家族と恋人が対象になったのは81件(41.75%)に及びます。
また、軍関係者を対象にした事件は32件(16.49)です。
  2015年1月13日、1998年に警官を殺害して死刑判決を受けていたベトナム戦争帰還兵のアンドリュー・ハワード・ブラナン死刑囚(66歳)が、米ジョージア州ジャクソンで刑が執行されました。
 弁護団は、「ベトナム戦争で勇敢に戦った同死刑囚は、戦場での経験がもとでPTSDになり、それが、犯行の直接の原因となった」と主張し、寛大な措置を求めていました。
しかし、同月12日、ジョージア州恩赦委員会は、同死刑囚は「犯意のある殺人を犯した」として死刑執行を妨げない決定を下し、翌13日、米最高裁は、弁護側の最後の訴えを退けました。


⑤ 女性兵士の33.5%が、米国内でレイプされている
2012年1月18日に発表された米陸軍報告書では、陸軍兵士の自殺率は、イラク戦争が始まった2003年が11.5であったのに、2009年には21.9へと1.9倍と大幅に上昇し、陸軍兵士が加害者となった凶悪な性犯罪が、2006年の665件から2011年の1,313件へと1.97倍と増加していることなどを報告し、長期の戦闘が兵士の心身を蝕んでいる問題を指摘しています。
アメリカ軍内での性的暴力は、2010年だけで、男性の被害も含め推計1万9千件にのぼっています。
その中で、2003年3月20日に、イラクへの米英軍主導の侵攻をはじめてから10年を迎え、イラク国際部隊の駐留が続くアフガニスタンに派遣された米女性兵士延べ28万人の33.5%、約9万4千人が、上官らから性的な暴行を受け、63.8%、約17万9千人が性的嫌がらせを受けていたことが明らかになりました。一方で、被害申告がでているのは、17%に過ぎないことが報告されています。
また、米マサチューセッツ州に拠点を置くアイビス・リプロダクティブ・ヘルス研究所は、18歳から44歳までの現役兵の女性のうち、約10.5%が計画外の妊娠をしていると報告しています。
軍に所属する女性の望まない妊娠をする確率は、米国の一般女性の2倍を超えています。
  そして、上官からの性的な暴行被害は、以下のような悲劇を招いています。

-事例69(帰還兵のPTSD発症5)-
イラク戦争で、上官から性的暴力を受けたコーリン・ブッシュネルさん(39歳)は、「上官を訴えても、自分を助けてくれる人がいると思えなかった。」と被害申告はしませんでした。
その後、ブッシュネルさんは、精神的なバランスを崩し、2016年に退役することになりましたが、2人の子どもが待つ家に帰れることができず、5年近く、ホームレス生活を続けることになりました。
2人の子どもが待つ家に帰ることができなかったのは、上官にレイプされた自分が恥ずかしかったからです。

ホームレス生活をしている女性退役軍人は多く、そのうち39%が軍内性暴力の被害者であり、軍内性暴力の申請の32%しか認められていないのです。
問題は、米兵の性暴力というのは、軍内性暴力だけに限らないということです。
米国防総省の「米軍の性暴力に関する年次報告(2011年度版)」によると、2011年度内に申告された性暴力は3,192件で、過去10年間で最悪だった2009年度の3,271件に匹敵しています。
しかも、この米国防省の報告では、申告されていない性暴力も含めれば約1万9千件になり、1日平均で52件(27分に1件)にも達することが指摘されています。
  また、2012年6月に米海軍省が公表した報告書によると、2011年度に沖縄の海兵隊基地群で申告された性暴力事件は67件で、2番目の件数となる他国の米軍基地の発生率の2倍以上にもなっています。
米軍基地内の被害者の多くは女性兵士ですが、沖縄の米軍基地には多くの日本人従業員が勤務しており、日本人が被害者となるケースも生まれています。
  それだけでなく、米軍基地内に蔓延する性暴力は基地の外の一般住民にも及んでいます。
警察庁によると、1989年から2011年までの23年間で、米兵による強姦事件の検挙件数は全国で55件(67人)となっていて、半数を超えて集中している沖縄県29件(33人)、神奈川県12件(18人)、長崎県6件(8人)と続いています。
一方で、日本の自衛隊においても、女性隊員のうち18.7%が性的関係の強要を受け、強姦・暴行および未遂は7.4%にものぼり、自衛隊全体で700人以上が強姦・暴行および未遂の被害を受けています。

⑥ 世界大戦の被災者、傷つき、失ったものはなにか
a) 空襲を受け、焼け野原になげだされた被災者を検証してみると
第二次世界大戦に敗戦した昭和20年(1945年)時、軍人と民間人あわせて660万人以上が海外に在住し、昭和21年末までに引揚げした日本人は550万人にのぼります(シベリア抑留、残留日本人の数や実態については、現在も不明です)。
引揚者550万のPTSD発症リスクを、イラク・アフガニスタン帰還兵の20-30%で換算すると、約110-165万人がPTSDを発症していたことになります。
他に、日本本土、占領下にあった台湾や中国を含めて、空襲を受け、焼け野原になげだされた被災者の実態は把握しようがないことから、都市と県の人口は異なるなど正確でないものの、その被害の程度(深刻さ)を認識する目的として、少し乱暴な計算で算出してみたいと思います。
終戦の昭和20年(1945年)、日本の人口は約7215万人、3年後の昭和28年8月1日の国勢調査では約8,022万人で、空襲を受けなかった山形、福島、新潟、金沢(石川)、鳥取、松江(島根)に、空襲を受けたけれども比較的被害は少なかったとされる長野、盛岡(岩手)、札幌(北海道)、大津(滋賀)、京都を加えると、同年、上記の県人口は約1,860万人で、上記の県を除く日本の人口約6161万人となります。
そこに、戦後68年経過した平成25年、沖縄戦を体験した高齢者359人(平均年齢82歳)のうち141人(39.28%)にPTSDの症状が認められた調査結果がまとめられたことに準じ、沖縄戦を体験した人の戦後68年を経たPTSD発症率(39.28%)で換算すると、約2420万人がPTSDを発症していたことになります。
また、イラク・アフガニスタンから帰還したアメリカ兵のPTSDなどの発症率(20-30%)で換算すると、1232.2万人-1848.3万人がPTSDなどを発症していたことになります。
つまり、それぞれ、昭和28年の人口(約8,022万人)の30.17%、15.36%-23.04%、つまり、国民の3.5人-5人に1人がPTSDなどを発症していたことになります。
終戦後15年間の自殺者数は、昭和25年が16,311人(人口10万人あたりの自殺率19.6人)、同30年が22,477人(同25.2人)、同35年が20,143人(同21.6人) で、同33年の人口10万人あたりの自殺率25.7人が過去最高値です。
また、他殺による死亡者数は、昭和24年-同35年の12年間は1,700人を超え、同25年は1,916人、同30年は2,119人、同33年は1,968人と、1,900人を超えています。人口10万人あたり2.39-2.64人という数字は、平成24年の人口10万人あたりの他殺による死亡者数が0.83人(殺人数1,054件)で、3倍を超えていることを考えると、戦争の被災地がもたらす異常さがわかります。

b) イラク・アフガニスタンから帰還した自衛隊員の56名が自殺
人口10万人当たりの自殺率23.1人で、WHO加盟国172ヶ国中9位の日本は、2003(平成15年)-09年(同21年)の自衛隊のイラク派遣では1人の犠牲者もだすことなく任務を終えたとされていますが、イラク・アフガン戦争帰還後に、平成25年、自衛隊員の自殺者は56人にのぼります。
これは、平成25年度の自殺率(人口10万人あたりの自殺者)は33.7で、一般職の国家公務員の1.5倍、平成26年、日本全体の人口10万あたりの自殺者数19.97人(自殺者総数25,427人)の1.69倍と高い数字です。
平成15年12月から同21年までのイラク特別措置法で派遣された自衛隊員が29人(陸自21人、空自8人)、同13年11月から同22年までアフガニスタン戦争でのテロ特措法で25人(海自のみ)、補給支援特措法(新テロ特措法)では4人(うち2人はテロ特措法の参加隊員を含む)、合計で56人となっています。
しかし、公務災害と認定されたのは4人だけです。加えて、イラク特措法やテロ特措法だけでなく、国連の活動で派遣された自衛隊員も20人が自殺しています。加えると、自衛隊員の自殺者は76人にのぼります。
派遣された約4000人を対象に実施した心理調査では、睡眠障害などの心の不調を訴えたのはどの部隊も1割を超え、3割を超える部隊もありました。
この事実を踏まえると、たとえ後方支援として戦地に派遣されていたとしても、戦地・紛争地で暮らすストレスが、PTSDを発症するに十分なものであることがわかります。
しかし、第二次世界大戦後から70年を経たいまも、凄惨な戦争体験に伴うPTSD発症について論じられることも、イラク派遣から帰還した自衛隊の隊員が抱える精神的・心理的障害について論じられることもないのが、日本の現状です。

c) 沖縄戦から68年後にまとめられた「晩発性PTSD」の研究結果
東日本大震災後の平成25年4月以降、福島県相馬市で2,000人以上の被災者の診察を続けている蟻塚医師は、戦後68年経った平成25年、日本で唯一地上戦が繰り広げられた沖縄戦の体験が、胎児を含めた各世代がのちに統合失調症やうつ病、不安や不眠をひき起こすとした「晩発性PTSD」の研究結果をまとめました。
終戦時、幼少で68年経過した高齢者359人(平均年齢82歳)を対象に調べた結果、141人(39.28%)にPTSDの症状が認められました。
その背景には、沖縄戦が激烈な地上戦だったことに加え、米軍基地が身近にあるため戦争を思いだしやすい環境にある、つまり、侵入(再体験)・過覚醒(覚醒亢進)・回避・狭窄、そして、身体化障害をおこしやすい状況にあることがあげられています。
沖縄戦を体験した人たちの環境は、幼い子どもとともに家をでて離婚したDV被害者が、子どもが成長するに従い、顔や体形が加害者に似通ってくるにしたがい、子どもの態度や言動に恐怖を感じ、PTSDの症状が悪化するのと似通っています。
つまり、暴力とのかかわりを断ったあとも、被害者の身近にツラいトラウマ体験を思いだしやすい環境があることが、PTSDの症状を長びかせる要因となるということです。
その環境(対象)には、子どもが含まれるということは、DV被害の残酷さを示すものです。
蟻塚医師が、沖縄戦を体験した人に対し「晩発性PTSD」の研究結果をまとめるきっかけとなったのは、平成25年4月に福島県南相馬に赴任する前、沖縄の病院で精神科医として9年間勤務していたことでした。
不眠を訴える沖縄の高齢者たちの症状は、入眠困難(眠りに入れない)や中途覚醒(夜中に目が覚める)といった不眠ではなく、夜中に何度も目が覚める不規則なタイプで、この不眠症状はうつ病に現れることから、長年、「うつ病」と診断されていました。
ところが、蟻塚医師が、不眠以外の症状を丹念に聴いていくと、うつ病とは診断できないと思うようになり、沖縄戦、特に集団自決(強制集団死)のダメージが関係しているのではないかと考えるに至りました。
そして、アウシュビッツ収容所からの生還者の精神状態を調査した米国の研究者の論文に、「奇妙な不眠」と酷似する症例を見つけたのです。
PTSDを発症すると、トラウマの記憶が暴れて自分のメンタルに侵入し、そのとき脅かされるのは睡眠であることから、蟻塚医師は、不規則な不眠を訴える患者一人ひとりに、「沖縄戦のときにどこにいましたか?」と訊くようになりました。
すると、「(沖縄戦の激戦地の)摩文仁の丘を家族と一緒に逃げ回った。」、「機関銃で撃たれた妹が、はらわたを出して終日泣きわめきながら死んでいった。」などと凄惨な記憶があふれでてきたり、「大相撲の千秋楽の表彰式で、君が代が流れると、戦争を思いだして身体が震える、死体の臭いがしてくる。」と訴えたりするようになりました。
50歳代から症状を自覚していたものの原因が分からず「うつ病」と診断されていた「足の裏が痛い」と訴える80歳代の女性患者は、激戦地の沖縄本島南部に自宅があり、「両親や妹とともに戦場を逃げ惑う途中、死体を踏んだ。」、「罰があたった。」と自分を責めるように、約70年前の記憶を鮮明に語りはじめたといいます。
こうして、それまでうつ病と診断されていた沖縄の高齢患者の多くが、沖縄戦に伴うPTSDであることが次々に判明していきました。

d) 沖縄の現状。自殺者、児童虐待とDV、いずれも突出した高さ
沖縄は、人口10万人当たりのDV発生率が27.8件と都道府県別で第1位で、全国平均11.0件と比べると2.53倍、17.8ポイント高く、その発生率の高さは突出しています。
また、人口10万人当たりの自殺率においても35.47人と都道府県別で第1位であり、全国平均20.9人と比べると、1.7倍とやはり突出して高くなっています。
「将来への絶望」がひきがねとなる自殺が示す意味は重大です。
そして、沖縄の「絶対的貧困率」は全国平均18.3%に比べ34.8%と1.9倍、16.5ポイント高く、「子どもの貧困率」は全国平均13.8%に比べ37.5%と2.72倍、23.7ポイントと高く突出しています。
日本では、唯一地上戦が繰り広げられた沖縄においては、蟻塚医師らによって、戦争とPTSDの関係性の研究が進められてきましたが、空襲を受け、焼け野原になげだされた被災者*-56や、戦地から帰還した兵士たちの多くがPTSDを発症し、自殺、殺人やレイプ、DV、虐待をひきおこしてきた事実は、戦後復興、高度経済という名の下でかき消されてしまいました。
しかし、戦後70年を経たいま(平成27年9月現在)、私たちはしっかり向き合わなければならない緊急課題です。
*-56 終戦まで、全国で死者約60-100万人、負傷者約30万人が犠牲になったとされていますが、生き延びた被災者数ともに正確には把握されていないままです。
昭和16年に改正された「防空法」では、「都市からの退去を禁止する(8条ノ3)」、「空襲のときは逃げずに消火をせよ(8条ノ5)」とし、「空襲に備える防空訓練で、火を消さずに逃げるよう指示した」として逮捕されました者もいました。


⑦ 東日本大震災後の現状、いま、阪神淡路大震災から学ぶこと
a) 東日本大震災後、岩手・宮城・福島3県の自殺者
 東日本大震災、東京電力福島第1原発事故に関連する自殺者は、平成23年55人(福島10人:18.2%)、平成24年24人(福島13人:54.2%)、平成25年38人(福島23人:60.5%)、平成26年22人(福島15人:68.2%)、平成27年5月まで、宮城県40人、岩手県33人、福島県69人となっています。同年同月までの関連自殺者数、宮城県、岩手県では各1人と減少している中で、福島県では8人と突出しています。
また、肉体・精神的疲労が原因とされる関連死は、平成26年3月31日現在1,632人で、福島761人、宮城636人、岩手193人で、約50%が被災後1ヶ月以内で亡くなり、約90%が66歳以上の方です。
地震や津波などの直接的な理由とは別に、避難生活のストレスによる体調悪化や過労などの間接的原因で死亡(自死を含む)する「震災関連死」は、被災者が抱えるストレスの程度を示すひとつの指標となるものですが、阪神淡路大震災後、兵庫県は919人の関連死を認定、東日本大震災では、震災後5年経過した平成28年3月時点で、10都県の3,472人が認定されています。
東日本大震災で近親者を亡くしたというだけでなく、瓦礫をのみ込んだ津波に巻き込まれ亡くなった方の傷ついた遺体を目の当たりにした人々が受けた強烈なストレス、さらに、慢性反復的に暴力を受けた人たち、暴力のある家庭環境で育った子どもたちが抱える強烈なストレスは、戦時下で空爆を受け、傷ついた遺体や焼死した遺体を目の当たりした被災した人たち、戦地や紛争地で殺さなければ殺されるといった狂喜な世界から帰還した兵士の人たちと同等です。
 戦時下で空襲を受け、死を目の当たりにした被災した人たちの心痛な丈が、平成21年、大阪大空襲被害から63年を経て国を提訴した「大阪空襲訴訟」で、原告のひとりの「意見陳述」に述べられています。
それは、「死者を助ける手立ても機会もなく、一挙に焼き殺されて永遠に引き裂かれた両親兄弟などとの別れ、ある原告は数名もの肉親を一度に失っています。この愛する人々を失った衝撃の大きさは言語に尽くせません。それに重ねて家も財産も、家業も、はたまたは思い出のよすがも失い、二重三重に重なる重複的喪失感と、いつまでも持続する被災の恐怖、戦後放置された冷淡な国の態度への怒り、死者への悔恨と自分の救いの見えない懊悩、孤立感、そして耐え難い寂寞感、突然起こるトラウマによるフラッシュバック、これらの決して消失しない精神的不安定など、とても被害の深淵をいい尽くせません。」というものです*-61。
*-61 恩給などが復活した軍人・軍属らに比べ、民間戦災者への援護はない現状に対し、国会に「戦時災害援護法案」を14回提出するなど、国による救済を訴え続けました。
しかし、いずれも廃案になり、平成22年、東京大空襲・大阪空襲訴訟の両原告団が中心になり、立法を働きかけています。


b) 阪神淡路大震災から19年、再び、児童虐待・DVが増加
以上のように、暴行や殺人、レイプ、DV、児童虐待が増加するのは、戦地や紛争で傷ついた被災地にも顕著にみられる傾向です。
帰還した兵士が抱えている強烈なストレス(危機)と同等のストレス(危機)を抱えているとされているのが、虐待やDV、いじめなどの被害者たちです。
ここで、重要なことは、第1に、先に記している通り、暴行や殺人、レイプ、DV、児童虐待のすべてが増加しているのであれば、それは、戦地や紛争地から帰還した兵士がPTSDを発症し、「攻撃防御の機能不全」が原因となっていると考えられますが、暴行や殺人、レイプはそれほど増加せず、家庭内でのDVや児童虐待、職場や新たなコニュニティでのハラスメントが顕著に増加しているのであれば、それは、PTSDの「攻撃防御の機能不全」による暴力ではなく、自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群などの“障害の特性”が結果として暴力行為になっていると考えられるというように、その違いを見極めることです。
 第2に、PTSDの「攻撃防御の機能不全」による暴力、自己愛性人格障害の一部の特性を併せ持つサイコパス(反社会性人格障害)による支配のための暴力、自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群の“障害の特性”による暴力と、加害行為に及ぶ者の特性に関係なく、暴力のある家庭環境そのものが、子ども(これから妊娠・出産する子ども、同時に、胎児を含む)の脳の発育に大きな影響を及ぼすという事実にフォーカスすることです。
 第3に、理由の如何を問わず、家庭内でDVや児童虐待が増加することは、暴力のある家庭環境で育つ子ども(被虐待児童)が増えることを意味します。そして、このことは、将来のDVの加害者となりうるサイコパスや境界性人格障害など人格を歪める要因となり、また、ADHDやアスペルガー症候群などの発達障害を発症させるひとつの原因となるなど、暴力の世代間連鎖を生みだす“素地”を残すことになるという事実にも目を向けることです。
  大震災後に、児童虐待や面前DVによる心身にダメージを負う被災体験をした子どもが増加し、その子どもたちが、親の世代になったときに、児童虐待やDVを増加させる事実が、平成26年の兵庫県警の集計で明らかになりました。
それは、阪神淡路大震災から19年経過し、震災時小中学校だった子どもが親になりつつある平成26年、兵庫県警がこども家庭センター(児童相談所)に、「児童虐待の疑いがある」として通告された子どものうち、「心理的な虐待の人数は、過去5年で25倍に増加、特に、家族が暴力をふるわれている光景を目撃する面前DVが急増している。」と兵庫県警が報じたものです。
平成26年、兵庫県警が児童虐待防止法にもとづいて通告したのは、過去最多の727人(前年比255人増)で、暴行などを受けた「身体的虐待」が289人(同49人増)と最多、暴言を浴びせられるなどの「心理的虐待」が229人(同126人増)、「養育拒否・怠慢(ネグレクト)」が195人(同76人増)となっています。家族らが暴言を浴びせられたりする場面に遭遇する面前DVは、記録が残る同24年は13人でしたが、2年後の同26年は193人に増え、心理的虐待の84%を占めています。
つまり、阪神淡路大震災後に増加した児童虐待とDV被害は、被虐待児童を増加させることになり、被虐待体験をした児童が成長し、自身の子どもを持つ年代に達したとき、再び、児童虐待とDV被害が急増することになったのです。
ここに、「震災体験を契機とした暴力の世代間連鎖」の実情が明らかになりつつあります。

c) 児童の4人に1人、精神的問題に関する医療的なケアが必要
東日本大震災から3年を控えた平成26年1月、厚生労働省研究班(研究代表者=呉繁夫・東北大教授)の岩手、宮城、福島3県で東日本大震災当時に保育園児だった子どもへの調査(保育園の3-5歳児クラスに在籍していた児童178人と保護者に対しアンケート・面接を、震災後1年半以降となる平成24年9月-同25年6月に実施)で、自宅が流出・全壊(25.4%)、自宅が部分破壊(25.4%)、避難所生活を経験(30.7%)、仮設住宅に入所(20.0%)、両親と一時離ればなれになった(38.9%)、家族や近い親類が死亡(9.8%)、友人や遠い親類が死亡(18.3%)、津波を目撃(43.9%)、遺体を目撃(2.8%)、火災を目撃(20.7%)といった“被災地での生活体験が原因”と考えられる「暴力やひきこもりなどの問題行動があり、精神的問題に関する医療的なケアが必要とされる児童が4人に1人(25.9%)に達する。」と報告し、「被災地の子どもたちには、めまいや吐き気、頭痛、ののしり、押し黙りなどの症状があり、このまま医療的なケアを受けずにいると、学習や発育に障害がでる可能性が高い。」と警告しています。
この問題は、子どもの問題に留まらず、「岩手、宮城、福島の東北3県で東日本大震災直後に出産した72人の母親のうち21人(29.2%)に、うつ症状、アルコール依存など精神面の不調を抱えている」という報告があるように、子どもの母親の心の問題と深くかかわっています。
「出産1ヶ月後に、産後うつ病を発症した疑いのある母親は8.4%(平成13年度、厚生労働省)」と比べ、実に3.48倍と異常な高さとなっています。
上記の調査結果は、出産直後によるものではなく、子どもが3-4歳に達している時点によるものであることから、うつ以外の症状も含まれているものの、逆に、より深刻な長く精神不調が継続している状況を示すものです。
そして、親の抑うつや不安状態は、子どもの発達の遅れなどにつながる可能性が高い問題です。
子どもの発達状況を把握するために実施された絵画を使って語彙力を問うなど4種類のテスト結果では、認知機能の発達が遅れている疑いのある子どもが4人1人に及び、じっとしていられないなどの問題行動がみられ、ADHDが疑われる子どもは約20%割に達していました。
文部科学省では、ADHDの発症率は3.1%としていることから約7倍、全米の児童の6.8-11%と比べても3-2倍という高さです。
母親の大震災直後の出産への不安、生活環境の変化を余儀なくされたストレスがうつ病やアルコール依存症を発症(いずれもPTSDの症状と考えることもできます)させ、加えて、配偶者間のDVが増加するなど、多くの幼い子どもたちが、親の精神状態の影響を受けている可能性を示すものです。
親の精神状態が不安定であることは、ネグレクトを含めて、子どもへの虐待行為に及ぶリスクを高めるものです。
a)で述べている通り、阪神淡路大震災から19年後、児童虐待とDV被害が急増しています。
このことは、震災体験を契機とした暴力の世代間連鎖のリスクの高さを示すものです。

平成23年3月11日に発生した東日本大震災で被災した沿岸部におきている児童虐待やDV、自殺者の増加、そして、親の精神状態の不安定さが継続し、子ども発達の遅れ、問題行動が増加している状態は、“2次被災”ともいえる現象だという視点に立ち、いま、“これから”の問題にどのようにとり組んでいくのかがまさに問われるテーマです。
沖縄戦から68年を経た被災者がそうであったように、うつ病と診断されているDV被害者や被虐待者は少なくないことから、被災後、うつ病と診断されている被災者の多くがPTSDを発症している可能性が高いと認識することは重要なことです。
なぜなら、うつ症状だけでない、PTSD特有の症状に対してのケアが必要だからです。
そして、被災地で虐待やDV被害が増加している事実は、その被災地では、「私が悪い」という自責の念に駆られ、自分を極端に責め、自己評価が低くなっている(認知の陰性変化)被災者が増加していることになります。
自己評価の低さは、自分は価値のない人間だと思いとなり、非行に走ったり、繰り返し暴力をふるったり、または、ふるわれたり、犯罪に巻き込まれたりするなどあえて悪い方向に進んでしまうことにつながるわけです。
したがって、私たちは、被災地で、再び、「負の連鎖」をおこさないように、いまできることにとり組まなければならないのです。


** ①-a)DV・デートDV・性被害に関する相談、-b)家庭裁判所への「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚調停の申立て、地方裁判所への保護命令の申立て、警察への被害届の提出に向けての支援依頼、②DV被害の状況をまとめるためのWord文書フォーマット(DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート;「Ⅲ-3.暴力の影響を「事例」で学ぶ。(Ⅰ)添付資料:ワークシート」の中の「DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート」)の送付依頼、③カテゴリー〔Ⅲ1-9〕掲載『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(3部5章42節)*』のPDFファイル送付依頼については、カテゴリー〔Ⅰ-I〕の中の「<DV・性暴力被害相談。メール・電話、面談>..問合せ・相談、サポートの依頼。最初に確認ください。http://629143marine.blog118.fc2.com/blog-entry-501.html」をご確認いただければと思います。


2016.3/3 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2016.9/9 「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(目次)」を、「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き」と「目次」に分割し、掲載
2017.3/21 「手引き」の「はじめに」を「改訂3版」としての編集により、「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き」、「目次」、「はじめに」、「プロローグ」として掲載
* 「第1章」以降、つまり、カテゴリー「Ⅲ-3」-「Ⅲ-10」の「改訂3版」については、改訂作業を終えた「章」から差し替えていきます。




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-2]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
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