あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

DV被害支援室poco a poco 庄司薫のコラム

心身一如

 
 強くなるために、頑張る ”学ぶ”は”真似ぶ”
 身体と心はひとつ、という意。健全な心が健全な身体をつくる。顔つきは、人の心で成り立っている。
 リンカーンが、自分の側近採用をしたときのエピソードが残っている。知人から紹介を受けた人物を、「顔が気に入らない」と不採用にしたという話だ。40歳までは親からもらった顔、それ以降はその人の歩んできた人生が顔にでるといって..。
 私は面談のとき、表情、動きの一挙手も逃さないように観る。心と身体の状態を必死に読もうとする。心を読もうなんて奢りだということはわかっている。ときに、相手を傷つけてしまうこともわかっている。
 心には、①ものごとを判断していく知恵をさす「了別」、②自分自身の観念、わが主観としての感情を意味する「自我意識」、③勉強、体験したものを入れておいた記憶を意味する「蔵」で成り立っている、と仏道は教えている。
 蔵は、その人の人格そのもの。蔵には、これまでに考えたこと、思ったこと、いったこと、行ったことが、すべてみな蓄えられていく。蓄えられた経験は、人の心のありようをつくっていく。それが、性格になって、人柄になって、そして、人格になる。だから、<これでいいのかな?>と、心のよいところ、悪いところを誤魔化すことなく、妥協することなく、自分の心を自分が見つめていくのが大切だという。
 辛く、苦しいことであるけれども、その過程で、<明らめ>ていくとこができる。
 ”思い”に縛られた囚われを解き放していくには、真意を<明らか>にして、明日に歩みだすために<諦め>なければならない・・。
 ミンナニ  デクノボート ヨバレ
 ホメラレズモセズ
 クニモサレズ
 サウイウモノニ ワタシハ ナリタイ
 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のくだりであるが、この<デクノボー(愚)>の意は、執着心をすべて捨ててしまうという、執着が去ってしまった状態をいい、悟りにも、迷いにも囚われない人のことをいう。<能がない>も同じ意。
 誤った夫婦の関係は、明らかにして、諦め、心を縛り続けた思いを断ち切って欲しい。

ps.<諦める>の語源は<明らめる>で、ものごとの道理、いまおかれている状況を”明らか”にして先に進む、ことを意味している。


※「さようなら」の前に..第4章。暴力から逃れ、傷ついた心に寄り添う 2010.9.22
 


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