あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

DV被害支援室poco a poco 庄司薫のコラム

わが身にひきくらべて

 
 ”学ぶ”は”真似ぶ” 一水四見(一処四見、一鏡四見)
 人の苦しみや不幸も、わが身にひきくらべてこそ、慈しみの心を養うことになる、という教え。
 釈尊がもっとも大切にしていた考えが、<わが身にひきくらべて>・・。相手の心を、自分の心のように想像する。その想像力で、相手の心を思いやって欲しい。
 相手の立場や心の痛みを想像することを<思いやり>という。
 人は、ものが正しく見えるようになってはじめて、他人の気持ちがわかるようになるし、慈しむことのできる心を磨くことができる。
 成績がいい、勉強ができていい学校にいって、有名な会社で仕事をするなんて、人の価値としては微々たるものと知っていても、哀しいかな人はそこに囚われ、苦しむ。
 <心が解(ほど)ける>、こんがらがって結ばれている糸が、<ほどけ>るようになることを<ほとけ>になるという。心の結ばれを解いて、心を癒やし、心の安らぎを感じる。心を安らかにする、心の安らぎからえる”穏やかさ”は、人にとってもっとも大切なものである。
 本当の姿は姿を持っていないもの、という意の<実相無想>ということばがある。”姿”は人の心を問題にしている。<以心伝心>は、心をもって心を伝えること。”本当に伝える”は、知ったもの同士でなければ伝わらない。<不伝の伝>ということばがあるが、伝えるのは、ことばや文字ではない。心に響かせ、感じ、心に伝えよう。
 「臨済録」の中に、<道得るも也三十棒、道い得ざるも也三十棒>ということばがある。答えが上手くいっても、実際がそれに伴っていなければ正しい答えの値打ちはない、という意。ことばというのは、どんなことでもいえるが、その吐きだすことばと、そのことばのでてくるものと心がひとつでなければ、嘘のことばになる。
 最愛の人に、嘘のことばをいわれ続けた心の傷みは、計り知れない。騙されていたと認めたくない。だから、自分の責任、自分が悪いと嘘に傷つかないように、自分の心に嘘をつき続ける。そして、心は闇の中を漂い続ける。
 一歩を踏みだそう。
 あなたの心を観て、問いかけ、
 心の執着を、囚われを解き放そう。
 心の安らぎと穏やかさを取り戻し、
 笑顔をあなたの元へ。


※「さようなら」の前に..第4章。暴力から逃れ、傷ついた心に寄り添う 2010.9.22



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