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[Ⅶ-5]<虐待>新聞事件簿。隣の家の子どもは大丈夫?子どもを助けてあげて!

<産経新聞>なぜ親は一線を越えるのか(3) 112年前の民法 「懲戒権」に自相二の足

 
 <産経新聞>なぜ親は一線を越えるのか(4) 「マムズ・ボーイフレンド」 ママの彼氏・・虐待リスクに <産経新聞>なぜ親は一線を越えるのか(2) しつけと虐待の線引きは? 「体罰」容認で判然とせず
産経新聞 9月23日(木)7時56分配信

 「親が子供にしつけをして何が悪い」。わが子を虐待しながら、開き直る親たち。こうした親に強く出られない児童相談所の職員たち…。112年前の法律が現代の児童虐待対応をためらわせている。明治31(1898)年に施行された民法の822条に親権の一つとして規定された、親の子供への「懲戒権」。

 駿河台大学の吉田恒雄教授(60)=児童福祉法=は「懲戒とは、言葉としては懲らしめ、戒めだが、中身としてはしつけを意味してきた。しつけの方法として体罰が社会的に容認され、しばしばエスカレートして虐待となる中、懲戒権は虐待する親たちに自身の行為を正当化する口実として使われてきた」。

 虐待の問題に詳しい磯谷(いそがえ)文明弁護士(42)によると、インターネットなどで懲戒権を知り「法律にあるじゃないか」と児童相談所の職員に迫る親もいるという。磯谷さんは「職員も民法に規定されている以上、どうしても対応が弱腰になってしまう」と話す。

 条文中の「懲戒場」も実在しない。民法という法体系の根幹に、なぜこうした規定が存在するのか。

 ≪家父長制で秩序維持≫

 東京大学の利谷(としたに)信義名誉教授(78)=民法・法社会学=によれば、懲戒権は明治3(1870)年から12年間だけ施行されたわが国初の刑法「新律綱領」にさかのぼるという。

 綱領は、子供が父母の「教令権」に従わなかった場合、「杖一百(じょういっぴゃく)」つまり木の棒による百たたきの刑を科した。利谷さんは「明治政府は家長や親といった家族秩序、師弟秩序により社会全体の秩序を維持しようとした」。民法がフランス法などを参考に作られたときも、この江戸時代以来の思想は受け継がれたという。

 敗戦により、家父長制度は解体されたが、懲戒権は残った。利谷さんは「戦後、人権尊重に立つ憲法の下で懲戒権を認め続けたことは正しかったのか。もっと議論する必要があった」と振り返る。

 法務省は昨年、有識者会議「児童虐待防止のための親権制度研究会」で懲戒権について初めて検討した。今年1月に公表された報告書は「懲戒権を削除すべきとの意見がある」としながら、「削除が社会的にどのように受け止められるかといった点に配慮しつつ、さらに検討が深められることが期待される」と玉虫色の表現にとどまった。削除により親が「しつけができなくなる」と誤解しかねないなどとされたためだった。

 研究会の委員を務めた磯谷さんは「削除しても、必要なしつけは820条の『監護教育権』に基づいて行うことができると解されている。明治以来の懲戒権がなくなることは、親権を子供の利益のためのものという本来、当たり前の姿へ変えていくための大きなメッセージとなる」と話す。

 ≪「親だけができる」≫

 虐待する親が「しつけのため」と口をそろえる背景を探る中で、われわれの社会に多様な考え方があることを紹介してきた。

 2児の母である東京都の派遣社員の女性(38)は「私も子供によかれと思ってしかるが、感情的になっては耳をふさがれるだけで響かない。根気よく同じことを身につくまで千回でも言い続けられるのは親だけです」とし、こう続けた。

 「しつけって、手芸の『しつけ糸』のようなものだと思う。きれいに縫えるラインを大まかに親がガイドする。縫うのは子供自身。多少曲がったり、よれたりするけれど、何となくできる。社会にはルールがあるからあまり外れすぎて他人の不快になるようなことはだめ。そういうことがしつけではないかと思う」



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