あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-2]プロローグ(1-4)

4.差別と女性の貧困、そして、児童虐待とDV

 
 -「日本社会にひとつの構図」を数字で読み解く- 3.東日本大震災後の児童虐待とDVの増加。-戦争体験によるPTSDの発症から学べることはなにか-
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

プロローグ

1.人の脳の機能は、生まれ育った環境に合うようにつくられる
(1) 必要のない脳の機能を発達させないリスク
 (2) 人類の歩みにとって、危機的な状況とは
 (3) 危機的状況がもたらす脳のトラブル
 (4) 発達期の脳のダメージは、鬱や衝動的攻撃性をもたらす

2.「人が人を殺す」という行為は、本当に異常なのか?
(1) 糖質(炭水化物)は、コカインより中毒性が高い
(2) 中毒性の高い小麦の栽培。人類の定住化が殺し合いの原点
(3) 乳幼児期、心地よさが欠乏。快感中枢が渇望状態に
(4) 「快感中枢」を刺激し、中毒性を伴う“暴力”と“性行為”
(5) 中毒化した脳が暴走したとき、規定や規範は無力
(6) 狩りと武器。競うこと、権力を握ることの意味
(7) 意思決定、「遅いシステム」の未習熟が招く悲劇
(8) 性暴力。自尊心を回復するための承認欲求を満たすための行為
(9) 「人が人を傷つけない」ために、いま、できること

3.東日本大震災後の児童虐待とDVの増加。
-戦争体験によるPTSDの発症から学べるものはなにか-
(1) 東日本大震災後、児童虐待・DVが増加
(2) PTSDの“晩発性”という特性
(3) アメリカ社会、帰還兵が抱える精神的障害
 ・事例1-3
(4) 絶望、戦地に戻りたい衝動と殺人・暴力・レイプ
 ・事例4
(5) 女性兵士の33.5%が、米軍内でレイプされている
 ・事例5
(6) 世界大戦の被災者、傷つき、失ったものはなにか
(7) 東日本大震災後の現状、いま、阪神淡路大震災から学ぶこと

4.差別と女性の貧困、そして、児童虐待とDV
 ・事例6-9
(1) 貧困の世代間連鎖
(2) 差別という暴力、そして、同和問題
 ・事例10
  ・家族システムを崩壊させた“富国強兵策”
  ・「内助の功」「良妻賢母」という教え。それは、DVを許す考え方
 ・日本のママカーストとマタニティハラスメントは、“同質”で異常
  (事例11-12)
・女性性、男性性が認められないということ
(3) 貧困と教育
(4) ひきこもりと貧困、精神疾患・発達障害との関係
(5) 貧困と犯罪
(6) 家出と「宿カレ」という問題
(7) 外国人母子家庭
  ・事例13
  ・外国籍のDV被害女性特有の問題
(8) 社会的養護下の子どもたち
 ・事例14

-「日本社会にひとつの構図」を数字で読み解く-



 日本の貧困率は16.3%(6人に1人。平成21年)、ひとり親家庭の貧困率は54.6%といわれ、過去最悪を更新し続けています。日本の子どもの貧困は、OECD加盟国30ヶ国中下位1/3にランクされ、ひとり親家庭の相対的貧困率は加盟国中最も高くなっています。
諸外国と異なり、日本のひとり親家庭では、働いている世帯58%、働いていない世帯60%と貧困率がほとんどかわらないのが特徴です。
女性だけに特化して貧困率*-1をみてみると、貧困者全体の57%が女性で、ひとり暮らしの女性世帯の貧困率は、勤労世代で32%、65歳以上では52%と過半数に及び、19歳以下の子どもがいる母子世帯では57%で、女性が家計を支える世帯に貧困が集中しています。非正規雇用などの不安定な働き方が増え、高齢化が進む中で、勤労世代(20-64歳)の単身で暮らす女性の貧困率は3人に1人となるなど、貧困が女性に偏る現象が顕著になってきています。
19歳以下の子どもがいる母子世帯の57%が貧困ということは、そのまま子どもが貧困であることを意味します。そして、子どもの貧困は、さまざまな事象の原因となることから大きな社会的な課題といえます。
  フードバンク(Food bank)活動で、生活困窮者を支援しているNPO*-2、生活保護受給世帯の小中学生向けに学習支援をしているNPOの職員やボランティアは、「栄養が足りず、口いっぱい口内炎ができているいたり、夏休みなど給食がなくなるとやせていったり満足に食事をとることができない小中学生、そして、シングルマザーに出会うことが少なくない。」といいます。
食材を、寄付や運営者のポケットマネーで賄っている「子ども食堂」活動(週に2-1日開店し、例えば、子どもは無料、大人は300円で「おかわり」自由で提供する)が少しずつ全国に広まっています。
そこには、給食以外に食べ物を口にできない子どもたち、住む家がない少女、子どもたちだけで暮らす少年たち、そして、突然職を失いアパートの家賃や光熱費水道費の支払いも厳しい生活を強いられているシングルマザーと子どもたちが訪れ、寄る辺ない生活の中で、ひととき空腹を満たしています。
*-1 貧困率(相対的貧困率)は、世帯所得をもとに国民一人ひとりの可処分所得を算出し、それを順番に並べて、真ん中の人の所得の半分(平成19年調査では114万円)に満たない人の割合を指します。
*-2食品メーカーや外食産業などでは、品質には問題がないものの、包装不備や傷みなどで市場での流通が困難になり、商品価値を失った食品が発生します。「フードバンク」とは、従来は廃棄されていたこうした食品の提供を原則として無償(寄付)で受け、野外生活者や児童施設入居者などの生活困窮者に配給する活動、および活動をおこなうNPO団体のことです。


-事例6(ネグレクト1。貧困)-
 高校2年の私は、親の残していったマンションで一人暮らしをしています。夏休み中に、両親が遠方に転居していったからです。
最初は、親に束縛されない自由がうれしかったけど、いろいろ支払いがあると知り、「うわどうしよう、どうしようって。」って思いました。放課後に週2日アルバイトとして月約2万円の収入がありましたが、通学用のバス定期券が7千円、スマートフォンの契約料や光熱費を支払うと、手元には3千円も残りませんでした。食事は1日1-2食です。
 私が退学せずにいられるのは、私のように貧困状態にある若者に勉強する場や食事を提供してくれる場所があったからです。

-事例7(面前DV15)-
 私は、夫のDVが原因で離婚し、娘と二人の生活がはじまりましたが、娘が不登校になり、かたときも私のそばを離れようとしませんでした。日中、娘をひとりにすることができず、私は仕事を辞めざるをえなくなりました。
娘と二人で家の中に閉じこもり、生活保護だけに頼る暮らしになりました。1日あたりの食費は2人で700円、限界を通り超して本当につらかったです。子ども食堂のことを知り、娘と2人ででかけるようになりました。
子ども食堂に行くたびに娘が変わってきて、私自身、すごくうれしかったです。私たちのことをあたたかく迎えてくれる人がいることだけでも、どんなに私たちの生活が変わっていったかわかりせん。温かいごはんのありがたさよりも、人との関わりの大切さを教えてもらいました。不登校の娘は、あまり自分の考えとか発言ができませんが、自分の考えも聞き入れてくれる人がいるのは、娘にとってもいい経験になったと思います。

 事例6、7でわかるように、子ども食堂は、子どもたちの大切な居場所になっています。それだけでなく、事例7のように、親子が再び自立した生活を歩みだすきっかけにもなっています。
日本ではいま、子どもの貧困を放置すると、1学年(現在15歳の子ども(約120万人)のうち、生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭の子ども(約18万人))あたりの経済損失は、約2.9兆円に達し、政府の財政負担は1.1兆円増加するという推計結果がでていますが、親から子どもへの貧困の連鎖を断ち切るには、フードバンク、学習支援、子ども食堂などの地域コミュニティの活動を広げていくことが必要不可欠です。

-事例8-
 高校で生徒の修学支援などを専従で担当しているY氏は、生徒のひとりから「ガスが止められ、水風呂に入っている。カセットコンロでお湯を沸かし、浴槽に足している。」と聞かされました。
Y氏が勤務する高校は、アルバイトすることを認めており、通学する生徒のうち2割超が母子家庭です。Y氏は、家に食べ物がない生徒にはレトルト食品やコメをわたしたり、経済的理由で、子どもに進学を諦めさせようとする親には公的機関の貸付申請に同行したり、奨学金を使い込む親には説得したりしています。
Y氏の働きは、NPOかケースワーカーのようですが、本来は教科を担当する教師です。
修学支援をひきうけるY氏は、高校でのあるできごとがきっかけとなっています。
Y氏がかつて勤めていた高校では、貧困のために中途退学する生徒も多くいました。そして、ひとりの生徒の退学を止めようとしたとき、その生徒の親は、「この子は働かせる。」と拒否し、子どもを退学させたのでした。
半年後、少女は夜の仕事で出会った男性の子どもを16歳で妊娠し、「シングルマザーになる。わたしひとりで育てる。」と応じたのです。
Y氏には、「生徒の中退さえ防げたら」との思いから、求人誌のコピーを1年生に配っています。退学を防ぐために、応募資格の「高卒以上」を強調し、「困ったことがあったらまず相談してほしい。」と声をかけています。

 この貧困の問題には、子どものとき暴力のある家庭環境で育ち、大人や社会(学校や行政)に失望したり、裏切られたりした体験をしていると、親になって苦しくなったときに「助けて。」、「困っています。」と声にだすことができない心の問題が隠れていることあります。
人を信じることができなくなっていると、人は、他人に頼ること、他人に助けを求めることができないのです。
貧困の連鎖とは、人間不信に陥った状態で、解きほぐせすことができない状態が招いているという側面があるのです。
 したがって、子どもが暮らしている家庭環境が貧困であったり、家庭環境に暴力があったりしたとき、高校教師Y氏のように、子どもが親になる前に、信頼できる大人、つまり、自分のために駆け回ってくれる大人に出会えることが、子どもの将来を考えるうえでターニングポイントになるのです。
 しかし現実は、その出会いは、奇跡のような確率でしかありません。


(1) 貧困の世代間連鎖
 貧困の“真”の問題は、次の世代に持ち込まされる、つまり、世代間連鎖がおこりやすいということです。
3世代以上の貧困状態の罠に陥ることを「貧困の悪循環」といいますが、貧困脱出の助けとなる知的、社会的、文化資本を持つ祖先がいなくなっているため、貧困から脱出するのには長い時間がかかってしまうのです。
つまり、貧困にあえぐ人々は、その貧困の結果によりディスアドバンテージ(勝負や競争において悪影響をもたらす要素のこと)が発生するため、貧困が、更に貧困をひきおこすことになります。
平成23年7月に厚生労働省が公表した「生活支援戦略 中間のまとめ」では、貧困の連鎖の防止として「社会の分断や二極化をもたらす貧困・格差やその連鎖を防止するために、生活困窮世帯の次世代支援や、高齢や障害等により受入先がない矯正施設退所者の地域社会への復帰を支援することにより、安心・安全な社会の実現を目指す。」と明言しています。
また、とり組むべき課題として、生活保護世帯の子どもが、大人になって再び生活保護を受給するという「貧困の連鎖」の解消を掲げています。
 ここには、生活保護世帯の4割(25.1%)が、出身世帯での生活保護経験を持っており、生活保護における貧困の連鎖が確認された調査結果が背景としてあります。母子世帯では、出身世帯で生活保護歴のある割合が3割以上となり、貧困の連鎖の傾向が強くみられ、母子世帯の生活保護受給率(13.3%)は他の世帯(2.4%)と比較して高くなっています。
さらに、福岡県田川地区調査では親子や兄弟姉妹など親族の受給の連鎖も47.8%となっており、昭和40年代生まれ以降の世代ではさらに高く約57%になることが確認されているなど、貧困の連鎖は世代間のみならず、親族間にも広がっているとされています。
福祉現場では、子どものころに生活保護を受けていた母子家庭の娘が成長し、自分も母子家庭となり生活保護を受けて生活しているという親の生活様式の踏襲が見られるなど、生活保護の制定以来60年近くが経過し、3世代、4世代の受給世帯が現れています。
 生活保護世帯では、進学・進路への不安を持つ子どもや不登校、ひきこもり、学歴不振などの課題を抱える子どもが少なくありません。
京都板橋区の調査では、被保護世帯の10%以上の生徒が、釧路市の調査では、生活保護無職層世帯では40%の子どもが不登校になっています。
また、有子世帯の70%は母子家庭であることから、ひとり親ならではの子育ての負担もあり、受給母の健康状況の悪化が子どもの健康にも影響しています。
生活保護の母子世帯の50%は就業していますが、生活保護の母子世帯の母親の30%がパニック傷害、うつ病、統合失調症などの精神疾患を患っています。そのため、家庭自体が衛生的な生活環境を営めなくなっていたり、社会的に孤立していたり、家族全体がひきこもり状態になっているいる家庭もあります。このことが、若者のひきこもりを長期化させる要因のひとつになっています。
そして、子どもが成人しても精神を病み就労不可となったり、非正規雇用労働者となって自立できる収入がなかったりするときには、親が保護を受けはじめてから生涯にわたり生活保護を受給する可能性がでてきます。
したがって、生活保護下の子どもたちの健全な育成は社会にとって必要不可欠な問題です。


(2) 差別という暴力、そして、同和問題
 「差別」という問題は、暴力(いじめ、体罰、各種ハラスメント、虐待・DVなど)の問題とは切っても切れない関係にあるとともに、その後の人生において精神的なトラブルを抱えるリスクを考えると社会病理そのものの問題です。
 明治維新後、明治政府は、前政権となる江戸幕府の政(まつりごと)を否定するために、「江戸時代には身分制度(士農工商(えたひにん)があった)と意図的につくりあげてきました*。以来、「家(出身)」という問題、同和という問題として、いまなお色濃く残ることになり、そのことが、家自体、もしくは地域コニュニティが差別を受け続けることになりました。
*「江戸時代の身分制度は、明治政府に意図的につくりあげた」ことについては、後述する「家族システムを崩壊させた“富国強兵策”」で詳しく説明します。
その社会からの抑圧(暴力)は、心を傷めつけ、やるせない思いは家庭内で暴力を生みだし、何世代も続いてきた要因となっています。
同和(部落)問題は、学校や社会ではいじめという差別や偏見を受け続けてきたことに留まるものではありません。そこには、数世代にわたり、家庭ではDVがあり、虐待を受けて育ってきたことにで、さらに、傷つき、深刻な心の問題を宿しています。
差別や偏見は、さまざまな場に存在しています。
例えば、医療の最初の入り口は、患者のからだの状態、顔色、舌、排泄物をみる<望診>や脈を診て、腹部などに触れる<切診>、<問診>では自覚症状だけではなく生活の仕方や家族のことを訊き、<聞診>で声、呼吸を聞き、匂いを嗅いでいくことですが、この基本プロセスさえないがしろにしている医療の現場を目にしたことがあります。
それは、平成20年、緊急一時保護センター(東京都と都内23区の「路上生活者自立支援事業(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年、10年間の時限立法))」)、医療更生施設(薬物(依存)での服役を終えた者、医療施設でアルコールや薬物依存の治療を受け家族で引き受け者がいない者、緊急一時保護センターに保護された精神疾患を抱える者など、社会復帰をめざすための更生施設)などで、機能不全家庭で育ち、アダルト・チルドレンを抱える人たち(被虐待者)へのカウンセリングをはじめていたときでした。
入居者たちが緊急一時保護センターからバスに揺られ到着した社会福祉病院の内科では、入居者(ホームレスで自立支援を受けている者)の顔を一度も見ることはなく、脈をとることも、瞼を捲ることも、ベーと舌をださせることも、首のリンパの腫れ具合を確かめることもしていませんでした。
「社会福祉事業法」により指定された社会福祉病院としての存在意義はなんなのかと、目を疑った瞬間でした。
 東日本大震災後、東京電力福島第1原発と第2原発の所員が、第1原発の事故後に、所員であることを理由に他者から差別的な扱いや中傷を受けた場合、精神的な問題を抱える確率が2倍になるとの調査結果を、愛媛大と防衛医科大学校のチームがまとめています。
事故直後、署員であることを理由に、アパートの賃借や病院の受診を断われたり、避難所で暴言を浴びせられたりするなど差別や中傷を受けた所員は191人(12.8%)にのぼっています。
原発の関係者だけでなく、原発被害から逃れるために県外に避難された人たちの多くが、原発事故による差別的な扱いや中傷を受けることになりました。県外に避難した家族の中には、「福島から(転居して)きた」「福島出身です」と口にすることを避けている人たちも少なくありません。これから数年先、十数年先、被爆体験をした女性との結婚を避けるような差別や偏見を受けることになる可能性さえ残しています。
 こうした状況から想像してみてほしいと思います。
それは、何世代にわたる身分による差別を受けてきた人たちの抱える心の問題はとても深刻であるということです。
その深刻な問題をつくりあげてきたのは私たちの社会、私たち自身です。
人は心が傷つき、心の拠り所を失うとき、人を思いやることができなくなり、自分たちとは違うとレッテルを貼った人たちを容赦なく傷つけることがあります。
「自分たちとは少しでも違うとレッテルを貼った人たち」とは、肌の違い、民族の違い、信仰の違い、男女の違い、住んでいるところ(出身)の違い、職業(勤務先など)や出身校の違い、学歴の違い、年次の違い、上記の場合では、原発に勤める所員(家族を含む)と所員でない者の違いなど、「自己」と「他者」との境界線にわずかな“違い(差)”を見いだしたとき、“区別する”こと、“排除する”こと、つまり、“差別”することを正当化してしまう心理が働き、優先させるのが人です。
 人類は、文明として、暴力(殺戮)や排除・差別を、道義的に許さないという価値観をつくりあげてきました。
文明の礎となることば、文字という共通語のもと話し合い、共通の価値観(共通認識)を多くの人々に伝えることで、暴力(殺戮)や排除・差別を回避させる方法を身につけてきました。
しかし、暴力(殺戮)や排除・差別は、人を殺す人であった人類の性(さが)でもあるわけです。
学校教育では、「人は、感情の動物である」と教わります。
人類は、知能の発達とともに肉食獣に殺され、食されることに怖れを抱くことになります。そして、仲間の死を哀しむ感情を得て、コミュニティのルールを守らず危機を及ぼした者に対して、強い怒りを覚えることになりました。一方で、肉食獣に襲われない安全で安心した状況、狩りや収穫をコミュニティで喜び、楽しむ感情を得てきたわけです。
その中で、生と死にかかわる感情となる怖れ、不安、つまり、恐怖心が、人の攻撃性(暴力)と非常に密接にかかわっていることがわかります。
人は知らないことを疑い、わからないことに不安を覚え、不安(恐怖)を拭い去るためにその対象を抹殺しようとします。
それが、暴力(殺戮)や排除・差別の本質です。
 この人類の特質をよく表しているのが、日本航空123便墜落事故後の遺族の反応です。
日本航空123便墜落事故から20年経過した平成17年の夏、ボイスレコーダーに録音されていた機長や機関士の肉声が特別番組の中で公開されました。
このことで、「投げやりな態度で乗客を死に至らしめた」として、20年間にわたり社会的に糾弾されていた乗務員に対する社会的評価が180度変わることになりました。なぜなら、墜落の最後の瞬間まで懸命に着陸を目指そうとしていた乗務員の奮闘が生音声によって明らかになったからです。
慰霊登山のとき、遺族から怒鳴られ、罵倒されてきた機長の家族が、生音声放送後は、「最後まで頑張ってくれて、ありがとう。」とのことばをかけられるようになったのです。
つまり、人には、敵と認識した人や組織、コミュニティに対して徹底的に叩くという本能としての暴力性(残虐性)という側面(古代脳)と、文明の中で獲得してきた真実がわかれば許し、認め、称えるという側面(前頭葉)があるということです。
 差別、偏見という問題、つまり、受け入れられず排除していこうとする心の問題は、知らないこと、知ろうとしないこと、受け入れようとしないことを起因としています。
 人の特性を表すもうひとつのキーワードは、「人は考える動物」というものです。
人が「考える」という行為は、脳に記憶されていることばと関連することばを記憶の棚の中から探しだして、ひとつのあるいは複数の代替案という解を導きだすプロセスのことを指します。「わからない=知らない」という状態は、「ことばとして、脳に記憶されていない」という状態を意味します。わからないままになっていることは、考えることができない状態に他ならないということです。
つまり、考えるには、ことばの蓄積、技能の蓄積がされていなければならないことから、蓄積されていない者に「自分で考えろ!」といってもそれは無理なことです。
解を導くために必要なことばの蓄積、つまり、知識が蓄えられていない状態で考えるということは、自身で、思考を混乱させてしまいかねない行為ということです。
例えば、DV被害者が配偶者からの日常的な暴力被害による強いストレス下にあるとき、「これからのことを、どうしたらいいのか考えようとしても頭がぐるぐるしてしまって堂々巡りです。」、「考えれば考えるほど、どうしたらいいのかわからなくなる。」と口にすることがよくあります。
それは、答え(解)をだそうと考えようとするだけ、一層、思考混乱状態はひどくなり、ますます負の状態から脱することができなくなるのです。
 したがって、どうしたらいいのかわからない状況下では、考えようとするのではなく、事実を整理して、事実認識をするために必要な知識を得ることに集中することが必要なのです。
ここの作業を経て、はじめて自分で考えて判断したり、決断したりすることができる、つまり、負の状態から脱するきっかけをつかむことができるのです。
一方で、「事実を整理して、事実認識をするために必要な知識をえることができた=思考混乱状態から脱することができた」とき、ツラく苦しく情緒が不安定のときに放った暴言や罵倒を悔やみ、「どうしてあんなことをいってしまったのだろう。本当に申し訳ないことをした。私はダメだ。」と罪悪感に苛まれ、新たな負のサイクルに陥ることがあります。
申し訳ないことを自覚したとき、「申し訳なかった」と謝り、そして、「親身になってくれて、本当にありがとう」と感謝のことばを述べることで、罪悪感を解き放つことができるわけ。しかし、暴力のある家庭環境で育ってきた人は、白か黒、味方か敵か、好きか嫌いかという二者選択で考える二元論的思考習慣を身につけていることから、このプロセスを避けようとしてしまいます。
後悔や罪悪感と向き合い、その葛藤に苦しむのであれば、関係を断ち切って楽になることを選んでしまうのです(回避)。
そのため、情緒不安定で、思考混乱し、回避傾向が顕著なDV被害者が、過去を断ち切り、暴力のない生活を歩むには、援助者(アボドケーター)の存在が不可欠なのです。
そして、知ること、学ぶことです。

-事例9(差別1、いじめ1)-
 私は同和地区、機能不全家庭で育ちました。
幼い私は両親が怒鳴り合い、罵り合うケンカをするたびに、「子どものために離婚はがまんしている。」、「離婚をしたら子どもがかわいそうだから。」というのを聞かされてきました。
そして、罵り合った両親のイライラは、私に向けられました。叩かれたり、蹴られたり、罵倒されたりするので、私は恐怖に怯えていました。
小学校3年生のとき、私は、両親はなんておかしなことをいっているんだろう、「毎日のように繰り返される両親の憎しみに満ちた罵り合い、大声で怒鳴り合う姿を見せられながら育つ方が、子どもにとっていいはずがないじゃないの!」、「離婚して、両親が罵倒し合わない毎日を過ごすことができればどんなにいいのに。」と思いました。
私が、両親の言動に疑問を感じるようになったのとときを同じくして、私は男子生徒からいじめに合うようになりました。
いじめは、小学校3年生から中学校3年生まで続き、お昼の弁当もひとりトイレで食べていました。地獄のような日々でした。
 中学校3年生のとき、「このまま地元の高校にいけば、同級生がいいふらしてまたいじめにあってしまう。そうだ。私しか進学しない遠くの高校に進もう」と固く決心して、勉強を頑張り、希望校に合格しました。
往復3時間をかけての通学は大変でしたが、いじめにあうこともなく、友だちもできて楽しく過ごすことができました。
そして、短大を卒業して、就職し、結婚しました。
「結婚したら、いじめにあった地元から遠く離れた所に住みたい」、それが私の夢でした。
しかし、過干渉で私を支配し続ける母親が、自分が所有する土地に私たちの家を建ててしまいました。そして、私は、地元に住むことになりました。
母親と一緒にある工務店に行ったとき、母が「娘を遠くに行かせたくない。近くに住んでほしいから。」と話しているのを聞いて、私はとても嬉しかったのです。なぜなら、「私は母に愛されている」と思ったからです。
ところが、引っ越しをすませすると、私は「近所に、私の同級生はいないだろうか」と思うと、心臓がドキドキし、苦しくなりました。
スーパーに行き、同級生にあったときには、いじめにあっていた過去の自分に戻ってしまい、とても苦しくなりました。毎日、「あっ、あの人は小中学校のときいじめにあっていた○○出身の人だわ」と思われているのではないかと不安になりました。
その不安感は、私を人の集まる場所を避けさせました。
そして私は、孤独になっていきました。
「なぜ、こんないじめにあった地元に住んでしまったんだろう。住まなきゃよかった。そしたらこんなツラい思いはしなかったのに」と、毎晩、夫に隠れて泣いていました。
 一方で、私は、娘が通う幼稚園や小学校でPTAの役員になってしまいました。なぜなら、頼まれたら断れないからです。
PTAの会合であてられて発言したあとは、私は「おかしなことをいったんじゃないか。みんなは私をバカにしているんじゃないか」という感情があふれてきました。頭の中は、そのことでいっぱいいっぱいになって、他の役員の発言は頭の中に入ってきませんでした。
友人同士で話しているときに、私だけ会話に入れなかったりすると強烈な疎外感を苛まれます。会話に入れないでいると、友人に距離を置かれていると感じてしまいます。そして、「そんなの本当の友人じゃない!」と自分から距離をおいて、高校、短大時代の友人を随分なくしてきました。
私は「深入りすることが本当の友人関係だ」と思っていました。しかし、深入りしてはめちゃめちゃ傷つけられるパターンの繰り返しでした。
大学院に進学した娘に、「お母さんは自虐的なところがある。」と指摘されました。自分でも気づいていましたが、体が壊れてしまうまで働き続けるなど、自分で自分を傷めつける癖があります。
 一方で、いじめの加害者は、私の人生を滅茶苦茶した私の心の殺人者と、私の心は憎しみ、恨み、怒りなどでいっぱいでした。
32年間、精神科や心療内科に通いましたが、誰にも指摘されることがなかったので気づくことができなかったことがあります。それは、「この40年間、私は学年中の生徒にいじめられていたと思い込んでいた」ということでした。
ネットでC-PTSDということばと症状を知り、これこそが、51歳になる私がずっと苦しんできたものと思いました。そして、電話でのカウンセリングを希望しました。
カウンセリングの中で、学校のいじめには「加害者」「観客」「傍観者」「被害者」の四層構造があることを知りました。
最初は、いじめられた悔しさ、怒り、憎しみ、恨みでいっぱいで、その説明も頭に入りませんでした。私の人生はこんなはずじゃなかった、彼奴等に私の人生を狂わされた、滅茶苦茶にされた、心の中はこんな状態で膿んでいました。あまりにも辛くて、加害者も傍観者も観客も、同じように捉えていました。
しかし、過去の自分と向き合う中で、高校1年生のとき、クラスでいじめにあっていた女子生徒がいたことを思いだしました。
私は、彼女と話をすることを避けていました。彼女と話せば、私も変な目で見られると思い、話せませんでした。これこそが傍観者だったのです。あれほどいじめにあった辛さを経験してきた私も、傍観者にしかなれなかったのです。
このとき、私は、学年中の人からいじめられていたわけではなかった事実を受け入れることができました。
 私は、子どものころ、誰にも辛い気持ちをいえずにいました。ただひとりだけでもいいから、私の辛い気持ちを受け止めてもらえる人、ドラえもんのような人が欲しいと思っていました。
いじめにあっている子どもは、いじめにあっていることを両親には知られたくはないのです。
私は、いじめにあっている私は情けない子どもだから、こんな自分を知られたくないと思っていました。いじめにあっていることを両親にいったら、どんな反応をするか怖かったのです。同級生に話すのも、クラスの皆にいいふらされてしまうかもしれないと思うと怖くてできませんでした。
だから、担任の教師に「いじめられているから助けてほしい。」、「家でも毎日両親がケンカをして、両親に叩かれたりして辛い。」と何度も訴えました。
しかし、担任の先生は助けてくれるどころか、「いじめにあうF(私)にも悪いところがある。ご両親が怒るのも、悪いところを直してほしいとの親心じゃないか。そこから直していかなきゃダメだ。」と、私を叱責しました。
私は、担任に突き放された、見捨てられたと感じました。
いま、いじめをした同級生の8人の男の子たちよりも、助けてくれなかった担任の教師に対して殺してやりたいほどの憎しみと怒りがあふれでてきます。


(家族システムを崩壊させた“富国強兵策”)
 日本の現社会システムの礎は、明治政府のキャンペーンにより意図的に創造されたものです。
 キャンペーンのひとつが、明治政府が江戸時代との違い、新しい時代がいかによくなったのかを人民にアピールするために、「士・農・工・商・えた・ひにん」といった身分制度を意図的につくりだしたことです。
前政権(政(まつりごと))を否定するのは、古今東西、常に繰り返されたきたことです。
江戸時代には「武士とその他」の区分けしかありませんでした。「農」が国の本であるとして、「工商」より上位にあったとされていましたが、身分上はそのような関係はなく対等でした。近世被差別部落やそこに暮らす人々は、「武士-百姓・町人等」の社会から排除された「外」の民とされた人として存在させられ、身分の下位・被支配の関係にあったわけではなく武士の支配下にありました。
同様に、中国の古典で使われていた「四民平等」の「四民」ということばは、明治政府の一連の身分政策を総称するものです。中国の古典では、「士農工商の四民は石民なり」とあり、「石民」とは「国の柱石となる大切な民」、つまり、「国を支える職業」「すべての職業」「民衆一般」といった意味です。
士農工商は平成12年以降、四民平等は平成17年以降、教科書の記述はなくなっています。
 そして、江戸時代は封建制であったのだから、父親は育児にかかわっていないだろうという認識も間違っています。
家を豊かにし後代に伝えることが自分や家族の運命を握っていました。
つまり、子どもに学を与え、賢く育てて家督を譲ることを意味します。
武士では、父親は子どもに学問を教えることによって、上級武士と下級武士の垣根はありましたが、それを乗り越えて感情型の地位を得るなど、能力次第でエリートの道も開かれていたことから、教育熱心であることは美徳であり、差し迫った課題だったわけです。
一方、農家においても「児孫のために美田を買わず」ということばがあるとおり、美田を遺(のこ)し、それを守る子どもを育てることが父親の役割でした。作物を工夫し、土地を富ませ、それを時代に譲ることが人生の一大事だったのです。村で出来高の少ない家がでると、一蓮托生で村全体の責任になることから、落ちこぼれをだしてはならなかったのです。
18世紀初頭、会津の篤農家は、子どもをよく教え育てることが大切で、うまく育てられないのは親の恥であるという和歌を残しています。
農村では、父親が農作業で培った知恵や技術を、子育てをとおして子どもに教え伝える構造が確立していました。賢い子どもを育てることのできる父親が、すなわち仕事ができる、能力のある人間であるという価値観がゆきわたっていました。
 ところが、明治政府は、“富国強兵”“国民皆兵”を実現するために、人口の5%の武家社会の考え方、特に、「内助の功」という価値観を軸に理想の家族像、理想の男性像、理想の女性像をつくりあげることに尽力しなけれならなったのです。
  人民に新たな価値観を植えつけるには、意図的(操作的)なキャンペーンをおこなう必要があったのです。
それは、人口5%の武家の「家長である男性がすべてをとり決め、妻である女性は奥で家を守るといった家族のあり方(家族像、男性像、そして、女性像)」を、農民を中心とした残りの95%に浸透させようとするものでした。
家族(一族)で、コミュニティで協力しながら農耕する生活スタイル、つまり、子育てもまた家族(一族)で、コミュニティで協力しておこなってきた95%の人々に対し、子育ては女性がおこなうという役割を担わせようとしました。なぜなら、男性は富国強兵(徴兵制)の担い手としなければならなかったからです。
1853年7月、アメリカ海軍艦隊(黒船)来航、翌1854年の開国を機に、日本は自由貿易の開始により、世界的な資本主義市場経済と植民地主義に組み込まれていきました。列強の圧倒的な存在感により、日本社会全体が西洋文系の影響を受けて劇的に変化していくことになります。
農民の軍人(徴兵を含む)、工業に従じる者の増加、つまり、人口のシフトが劇的に変化することになったのです。
この“人口のシフトの劇的な変化”に伴い、家族の役割もまた劇的な変化を求められていきました。
その結果、現代に至る家族システムに多くの問題を生じさせることになったのです。それは、共同養育システムを崩壊させたことです。
 出産後子育てに従事する5年間は次の子どもを妊娠しないチンパンジーと違い、猿人から分化した人類は、600万年という年月をかけて毎年出産できるように進化しました。なぜなら、木の上の生活から地上に降りて生活することになった人類は、肉食獣に襲われるリスクが高まり、生存率が低下したことから、毎年出産して、多くの子どもを残すことが戦略として欠かせなかったからです。このことが、結果として、人類が今日の繁栄を築くうえで重要な役割を担うことになりました。
出産後10年以上の歳月をかけて大脳をゆっくりつくりあげる人類が、育児中に次の子どもを妊娠し出産することを可能にしたのは、ホモサピエンスが現れ20万年かけてつくりあげた女性同士が育児と労働を助け合う「共同養育」というシステムでした。
つまり、コミュニティで子育てをし生き残る確率をあげることで、狩猟、農耕の生産性を向上させることができたのです*-1。人は、進化の過程で共同養育(保育)するようになりました。それは、必要なときには、子どもを預けられるようにできていて、誰の助けもなく子育てするというようにはつくられていないことを意味しています。
そして、長く農耕で生計を成してきた日本社会は、女性同士が育児と労働を助け合うだけでなく、男性もそこに参加する「共同養育システム」と構築してきたわけです。
ところが、開国以降の近代日本では、明治維新を経て、ロシアの朝鮮半島への進行を防ぐにはアジアで団結するしかないとの考えでしたが、日本一国で欧米諸国と対等に肩を並べることで日本の国土を欧米の侵略から守ろうという、「脱亜入欧(アジアを脱し、欧米列強に肩を並べる)」の考え方にシフトすることになります。
その契機となったのが、富国強兵、国民皆兵キャンペーン下で突き進んだ日清戦争(1894年(明治27年)7月-1895年(明治28年)3月)を契機に、日露戦争(1904年(明治37年)-1905年(明治38年)、第1次世界大戦(1914年(大正3年)-1918年(大正7年)、第二次大戦後(1939年(昭和14年)-1945(昭和20年))と、戊辰戦争(1869年)以降、戦禍・戦時体制は、約75年続きました。
その中で、現在の男性・女性の役割認識が浸透し、確立されていくことになったのです。
さらに、敗戦からの戦後復興、第1次産業から第2次産業に就業労働がシフトするなど産業構造が激変する高度成長を経て、第三次産業へのシフトしていくことになりました。
「第三次産業へのシフト」は、農耕のために定住してきた土地を離れて都市部に移り住む行動を加速させことになり、核家族化・少子高齢化が進む中で、「共同養育」というコミュニティで子育てをする人類特有のシステムは崩壊していくことになりました。
つまり、第2次世界大戦後、先進諸国で急速に進んだ「産業構造の変化」に伴う“都市化”や“核家族化”は、コミュニティで子育てをし生き残る確率をあげるシステムとは相反するものということです。
「人類が20万年かけてつくりあげた女性同士が育児と労働を助け合う「共同養育」というシステムが機能しなくなった中で、毎年出産できる能力だけが残っている」、「共同養育を担ってきたコミュニティが崩壊している中で、これまで同様の妊娠、出産、育児が求められている」、「その結果として、産後クライシス、産後うつという症状に苦しむことなった」という意味で、人類としては重大な問題です。
「共同養育を担ってきたコミュニティが崩壊している中で、これまで同様の妊娠、出産、育児が求められている」ことそのものの問題であって、個々の家庭の問題ではないのです。当事者がひとりで背負い込む範囲をはるかに超えた問題であることから、問題を抱える家庭を早期に発見して早期支援につなげる、つまり、社会で、コミュニティでサポートしていかなければならないのです。
*-1 「共同養育」というシステムは、同時に、コミュニティの危機をもたらす危険なふるまいを犯した者を罰するルールを構築しました。狩猟のための武器を、ルールを犯した者に向けたり、他のコミュニティとの争いに使用したりすることになっていくことになります(矢から弓と武器の遠距離化は統治人数の拡大化につながります)。


(「内助の功」「良妻賢母」という教え。それは、DVを許す考え方)
日本は、世界各国の男女平等の度合いを指数化した世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数」で111位(世界196ヶ国)と悲惨な状況です。
日本社会は、戦後70年を経た今日でも、明治から第二次世界大戦まで信じ込まれてきた理想の家族像、理想の男性像、理想の女性像という概念の下で、先進国として信じられないほど男女差別が根強く残っているのです。
近代日本で、劇的な産業構造の変化をもたらし、人々の働き方、生活習慣が劇的に変化することになった明治以降、“内助の功”という新たな価値観が植えつけられたことを知ることは、現在の日本独特のジェンダー観(性の役割認識)を理解するうえで、とても重要なことです。
明治政府が富国強兵を進めていくには、共通言語、共通認識の下で意思統一、そして、産業の振興による外貨の獲得が欠かせませんでした。そのためには、婦女子や子どもに対する教育(読み書きそろばん)が必要不可欠でした。
その学校(小学校から女学校まで)の教師となったのは、武家出身の藩士やその子息(女性を含む)でした。
つまり、藩校のプログラム+αが小学校などの教育プログラムとなったことから、さまざまな武家特有の風習が、武家以外の95%の国民の風習として急速に広がることになりました*-24。そこには、武士であった夫(男子)を支え、献身的に献身的に尽くす妻・女子の役割、つまり、本来の「内助の功」という価値観が教え込まれることになりました*-25。
こうした新たな概念や価値観を国民に浸透させるキャンペーン*-23には、明治23年(1890年)10月30日に配布された教育勅語(教育ニ関スル勅語*-26)も含まれます。
明治時代以降の学校教育、日新日露戦争、第一次・第二世界大戦に及ぶ軍国化の中で、理想の家族像、理想の男性像、理想の女性像が意図的につくられ、信じ込まれてきたものです。「内助の功」「良妻賢母」は、その中で、都合よく解釈され、利用されてきた概念です。
つまり、現代の日本のジェンダー観に大きな影響を及ぼしているのが、女性に求める「内助の功」「良妻賢母」という概念です。
武家で求められた女性像は、家庭的であると同時に、男性よりも勇敢で、決して負けないというもので、武家の若い娘は感情を抑制し、神経を鍛え、薙刀を操って自分を守るために武芸の鍛錬を積むことになりました。ところが、時代の変遷により、武家の女性たちが音曲・歌舞・読書・文学などの教育が施されたのは、父親や夫が家庭で憂さを晴らす助けとなること、つまり、普段の生活に彩と優雅さを添えるためと担う役割が変わっていきました。娘としては父親のため、妻としては夫のため、母としては息子のために献身的に尽くすことが女性の役割とされたのです。
男性が忠義を心に、主君と国のために身を捨てることと同様に、女性は夫、家、家族のために自らを犠牲にすること求められたのです。
つまり、武家の女性には、自己否定があってこそはじめて成り立つような、夫を引き立てる役割を担わされたのです。この役割が、武家の女性にもとめられた「内助の功」です。
明治政府は、富国強兵策を進めるために、人口95%の人々に対し、「内助の功」「良妻賢母」という男性に尽くし、支える女性の役割を家庭の理想像(思想)として、徹底的に教え込んでいったわけです。
この「内助の功」「良妻賢母」という概念は、横暴な夫との暮らしに悩んでいる妻から相談を受けた宗教や地域の世話人(良識があるといわれる人物)が、「夫が右足をだしたら靴下を履かせて、左足をだしたら靴下を履かせるように、あなたが変われば、夫は気持ちよく生活できるはずです。(天理教講話)」などと、夫婦生活の相談の場では「夫を引き立てるように献身的に尽くすように自己変革を求める教え」が広くおこなわれることになりました。
ここには、3つの重要な問題が存在しています。
第一に、武家出身の藩士やその子息(女性を含む)が開いた私学(女学校を含む)で学んだ高学歴な女性たちが、上記のような教えを布教する重要な役割を担ってきたということです。
 第二に、この「自己変革を求める教え」は、新興宗教やカルトなどが、感受性訓練の要素を組み込んだ「自己啓発セミナー」として実践してさまざまなトラブルをおこしているマインドコントロール手法そのものということです*-2。
そして、第三に、「夫を引き立てるように献身的に尽くすことを求める」のが、DV加害者の典型的な考え方(思考習慣)だということです。
日本社会は、明治政府により、夫(男性)に尽くし、献身的に支えることのできない妻(女性)に対し、自己変革させる(躾し直す、絶対服従を誓わせるなど)ために暴力をふるい、その行為(暴力)を、明治政府以降の教育・キャンペーンで教え込まれてきた前の世代の祖父母、母が、そして、社会が容認してきたのです。なぜなら、国家をあげて、国民に自己変革を求めてきたのです。
明治政府以降の国家・社会こそが、「夫に尽くし、献身的に支えるのが妻の役割」という概念を推奨し、自己変革を求めてきたことに他ならないのです。
DV加害者である夫が、妻に対する暴力を正当化する考え方の根底には、この夫を引き立てる妻の役割、つまり、“内助の功”“良妻賢母”という価値観が存在しているのです。そして、この価値観は、DV加害者が育ってきた家庭の中で、この価値観を容認する社会の後ろ盾により正当化され、代々引き継がれてきたわけです。
このことが、DVの世代間連鎖、DVを起因とする児童虐待の連鎖の一因となっています。
*-23 明治維新と呼ばれる革命により達成した政権転覆は、不満を募らせていたり、利得を求めていたりする大衆(農耕に従事する下級武士や農民)に対し、大衆の不満や利得など一面的な欲望に迎合して大衆を操作する方法と用いる「ポピュリズム(populism)」そのものでした。
その活動は、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとしたものでした。
「ポピュリズム」については、「Ⅰ-5-(4) ミルグラムのアイヒマン実験」の中で、プロパガンダとともに、人をコントロールする手法として詳しく説明しています。
*-25 明治政府による富国強兵(徴兵)キャンペーンにとり込まれた武家の心得としての「内助の功」については、「Ⅰ-2-(2) 差別という暴力、そして、同和問題」の中の「家族システムを崩壊させた富国強兵策」「内助の功とDVを許す考え方」で説明しています。
*-26 「教育勅語」とは、明治天皇の勅語として発布された近代日本の教学の最高規範書です。その内容は、家族国家観による忠君愛国主義と儒教的道徳、つまり、忠君愛国を国民道徳として強調し、天皇制の精神的・道徳的支柱となった概念です。忠君愛国という道徳観は、学校教育で、国民に強制されていきました。そして、第二次世界大戦敗戦後の昭和23年(1948年)に、国会の各議院による決議により廃止されました。



(日本のママカーストとマタニティハラスメントは、“同質”で異常)
 明治政府が“これからの世は身分に分け隔てはなくなる”と、意図的に江戸時代には身分制度(士農工商、えたひにん)があったと非難したものの、実際は、階級、家柄、出身といった身分意識は標準化されることありませんでした。
 ここには、教育の普及により、武士の「立身出世」という考え方が浸透し、産業の新興は、新たな貧富の差を生みだしました。その結果、学歴(出身校)、年収(勤務先)、どこに住んでいるか、身につけているブランド品など新たな差別意識を次々と生みだされることになりました。
最近では、「ママカースト」「スクールカースト」ということばで、排除・差別意識が生まれ、それは、保護者のみならず、子どものいじめにつながっていることが指摘されています。
ここで問題なのが、私たち日本人は差別しない、差別意識が低いと思っていて自覚していないことです。
例えば、外見から「ガイジン(外国人)」と判断して対応を変えることは、ことばの問題で躊躇してしまうと理由だけでなく、そもそも自国人と外国人と区別すること自体が、白人と黒人と区別するのと同じ差別と受けとるのがグローバルスタンダードということです。
こうした同属(味方)、非同属(敵)という区分けは、生物としてヒトが持つ特性(本能)であるわけですが、一方で、人類が多様性を受け入れ、認め合うことで争いを避けて種を永らえることができた要因とは相反するものです。
問題は、非同属、異質と区分けして排除してしまうと、非同属、異質なもの理解する前に、知ろうとすることさえしないということです。なぜなら、本質や真実を見極める力を身につけることができなくなってしまうからです。
平成27年12月16日、最高裁判所で夫婦別姓に対する憲法解釈で「違憲ではない(15人の判事のうち5人は違憲(うち、3人の女性判事は3人が違憲)」との判断が下されました。最高裁判所で争われた「婚姻後、一方どちらかの姓とする」と民法の定めは、江戸時代に戸籍の役目を担った檀家制度の流れ、そして、明治政府のキャンペーンとして意図的につくられた身分制度を汲んでいます。
この問題は、世界的に見て極めて異例です。なぜなら、一夫一婦制をとっている主たる国の中で、「婚姻後、一方どちらかの姓」としているのは、日本のほかカースト制度といった身分制度が現存するインドしかなく、しかも、法律で規定されているのは世界で唯一日本だけだからです。
その身分制度を背景にした出身(先祖、ルーツ)という問題は、韓国をルーツにする者は何々という姓が多い、部落をルーツにする者は何々という姓が多いなど、「姓」と深いかかわりがあり、その結果、結婚をさせない、入社させない、入学させないと特定のコニュニティから排除し、差別してきました。その結果、事例29のように、地域コミュニティの中で、身元が知れる(バレる)ことに対しての恐怖心を抱え、怯え、声を潜めながらの生活を余儀なくされてきたのです。
 また、職場で働く女性が受けるマタニティハラスメントは、男性からだけでなく同性の女性から受けることも少なくありません。

-事例10(マタニティハラスメント)-
私が、入社してまもなくして妊娠を打ち明けた2人の女性上司は、「入社早々なにをいっているんだ!」と怒鳴りつけ、「会社説明会や入社試験で多方面から人選してベストと思って入れたのに、来年の入社試験には貞操観念を加えなきゃならないわ。」、「就活の広告費に1000万払って、結果コレか!」と誹謗中傷することばを浴びせました。
そして、「堕ろさないと退職してもらう!」と脅し、「10数えているうちに麻酔が聞いて(中絶手術は)終わるからな!」と女性であることを侮蔑・卑下する暴言を浴びせました。

-事例11(マタニティハラスメント)-
私には、子どもが3人います。私が、4人目を妊娠したことを、女性のチームリーダーに伝えると、「3人も子どもがいるんだから、もういいじゃないの!」と怒鳴りつけ、職場のスタッフひとりひとりに「妊娠してすみません。」と謝罪することを強いたのです。
あまりにもひどいと女性の上司に相談すると、上司は「謝罪して当然だ。」と応じ、しかも、「このたび妊娠したことは誠に申し訳ありませんでした。以後、妊娠しないようさせていただきます。」と反省文まで書かせたのです。

また、働く女性の4人に1人(23.1%)が流産を経験している(職種別では看護師が一番高く37.4%)との調査結果がありますが、流産後に、女性の上司から「なかった子どもだと思えば、気も落とさなくてすむ。」と心ないことばを浴びせるケースもあります。
ここには、妊娠していない女性、妊娠している女性、子どものいる女性、子どものいない女性、子どもが一人の女性、複数の子どもがいる女性など、区別(差別)意識が存在しているだけではなく、コミュニティで「共同養育」してきた人類のベースが崩壊している側面が感じられます。
こうした同性に向ける攻撃性は、異常です。
*-2 感受性訓練の要素を組み込んだ「自己啓発セミナー」については、「Ⅰ-5-(8)自己啓発セミナー。それはカルト活動の隠れ蓑」で詳しく説明しています。


(家制度。跡継ぎの男の子、そうでない女の子という“区別”が招く悲劇)
待望の第1子に跡継ぎとしての男児を期待する風潮は、武家社会にもとづくものです。なぜなら、武家では、男児が生まれ家の跡を継ぐことができなければお家断絶となったことから、男児が跡取りとして不可欠だったわけです。
一方で、将来の労働力として役割を担う子どもが多く生まれることが、子孫の繁栄であった農家などでは、武家社会ほど、男児を期待する風潮はなかったのです。
しかし、明治政府の「富国強兵策」を進めるキャンペーンにより、その状況が一転することになりました。なぜなら、跡継ぎとしての男児の役割だけでなく、「男児=軍を担う者」であることが重視されるようになったからです。
そして、明治政府が、富国強兵策を浸透させるキャンペーンを通してつくりあげた理想の家族像、求める男性像子像、求める女性像に合致しない者、つまり、「国のお役に立てない者」は徹底的に排除され、激しい差別を受けることになりました。この国のお役に立てない者は、子どもを生めない女性と障害のある子ども、そして、徴兵検査で落とされた体の弱い男性でした。そして、子どもを生めない女性、障害のある者、徴兵検査で落とされた体の弱い男性に対しての偏見、そして、差別意識は、いまだに色濃く残っています。
 第二次世界大戦での敗戦後、日本では、新たな日本国憲法の制定により、「男児=軍を担う者」という考えはなくなりましたが、武家の風習としての男児=跡継ぎ、「日本男児」という概念だけが残ることになりました。
武士道をもとにした理想の男性像になることを課された、つまり、「日本男児」であることを強いられた男の子は、「強い男でなければならない」との強烈なプレッシャー(抑圧)に苦しめられることになりました。
そのプレッシャーは戦後も色濃く残り、ひきこもり、家庭内暴力、DV、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントの加害者になったり、非行、アルコールや薬物、ギャンブルに走らせたりするなどの悲劇を招くことになります。
 そして、「跡継ぎ」という問題は、跡継ぎを生まなければ、嫁として存在価値がない風潮だけを残すことになりました。それは、第1子が女児であったとき、母である女性が、“嫁いだ家”の中で肩身の狭い思いをすることを意味します。
こうした風潮下では、子どもが生まれたとき、「女の子だったのか」とため息交じりに吐かれる心ないことばが暴力であるという認識は皆無です。
母である女性に向けられる心ないことばの数々は、母と生活をともにする乳幼児も浴びることになります。
それだけでなく、第2子が跡継ぎとなる待望の男児であった場合、家族に留まらず一族をあげて誕生を喜び、祝福の数々を見せつけられる長女は、二次的なダメージに晒される日々を送ることを強いられます。
こうした家庭環境で育った長女には、「男に生まれていれば、こんな思いはしなかったのに」と“女性性”を受け入れられず、スカートを着たり、髪を長くしたりするといった女性性の特徴的な“いでたち”を受けつけなくなることがあります。女性であることを受け入れられない思いは、異性である男性観や結婚観の構築に多くの影響を及ぼします。当然、セックスをどう捉えるかにも表れます。中には、女性としてセックスを受け入れることに嫌悪感を抱くことさえあります。
セックスに嫌悪感を抱く、セックスを受け入れられない思いは、性的虐待やレイプ被害(以上、同性による被害を含む)にあった性暴力被害にあった人たちによくみられる後遺症のひとつで、同時に、性的な嗜好に影響を及ぼすものですす*-30.33。そして、男の子を切望していた家で女の子として生を受け、男の子で生まれなかったことで傷つき、女性性を受け入れなかった長女にもみられる傾向です。
出生時に家族から女性性を望まれなかったことは、生存そのもの(存在)を受け入れなれなかった(認められなかった)、つまり、暴力のある家庭環境で育った子どもと同様に、「強烈な拒絶のメッセージを受けた(虐待を受けて育った)」ことに他ならないのです。その強烈な拒絶のメッセージは、いった者、つまり、両親や祖父母、近親者が自覚していなくとも、いわれた者は、出生時に排除された子どもとして生きる、母親が肩身の狭い思いをさせられながら発育しなければならないといった重い十字架を背負うことになります。
「親に生まれた性を拒絶されるダメージ」の深刻さは、タイのニューハーフ(カトゥーイ)の歩む人生に学ぶことができます。
先天的な性同一性障害*-3とは異なり、タイの農村部では、「貧困なうえに高く売れるようにと、男児を女児として育てることが少なくなかった」ことが、仏教徒の国に多くのカトゥーイを生みだすことになりました。「男児を女児として育てる」という親の暴挙(意志)は、男児の心(精神)も後天的に女性化させるだけの強烈な力を持っていることを示しています。
その後天的に、親から女性化させられたカトゥーイの多くは、20歳前に性別適合手術(陰茎反転法など)を受け、長期的に大量のホルモン剤を服用するようになります。性別適合手術を受け、大量のホルモン剤を服用することになったカトゥーイは、25-26歳を超えると50歳ぐらいの一般人に見間違うほど老けてみえるほど体にダメージが表れます。
タイの平均寿命が74歳を超える中で、カトゥーイの平均寿命は、35-40歳なのです。親による“性の強制”は、性そのものを破壊し、しかも、大量のホルモン剤で体を蝕み、寿命をも奪うのです。
このカトゥーイの問題は、親の意志、親の抑圧が、多くの精神的な障害に深くかかわり、その多くは遺伝ではなく、後天的に生みだされ、その結果、次々と自己破壊的な問題行動をひきおこしていくという事実(メカニズム)を知るうえで、特に重要です。
*-30 逆に、「再演」としての性暴力被害を繰り返したり、性搾取の被害下に身を置いたりしながら自己存在(わたしがここにいる)を確かめ続ける場合もあります。
 なお、性虐待など性暴力の被害者が抱える心の問題(後遺症)については、「Ⅱ-10- (5) 性暴力被害と解離性障害」、「同-(6) 摂食障害とクレプトマニア(窃盗癖)」、「同-(7) 解離性障害とアルコールや薬物依存症」で、多くの事例を踏まえて詳しく説明しています。
*-33 欧米社会や日本では、レズビアン(Lesbian;女性同性愛者)、ゲイ(Gay;男性同性愛者)、バイセクシャル(Bisexual;両性愛者)、トランスジェンダー(Transgender;性同一性障害を含む性別越境者など)をしめす「LGBT」として、セクシュアルマジョリティ(性的多数者)の間でも少しずつ社会に受け入れられるようになってきています。
胎児期の脳の男性化・女性化が影響する「性同一性障害」は別として、「LGB」Tという性的な嗜好には、幼児期・思春期の性的虐待被害、その後のレイプ被害など性暴力が影響していることが少なくありません。
*-31 「胎児期に、女性脳を男性脳にする」ことについては、「Ⅱ-9-(7)暴力を受けて育った子どもたちの脳では、なにがおきているか」で説明しています。
なお、女性脳と男性脳の機能・働きの特性については、「Ⅱ-6-(8)男性と女性の脳の違い」で詳しく説明しています。
*-32 「性同一性障害」発症の原因のひとつは、第1章(Ⅰ.児童虐待とドメスティック・バイオレンス)の冒頭で「ストレスが胎児の脳の形成に影響を与える」ことを説明していますが、受精後の脳はすべて女性(メス)で、その後、男性ホルモンの分泌量によって脳のオス化(男性化)させるか、脳はメス(女性)のままかが決まります。例えば、体が男性であったとしても、男性ホルモンの分泌量によって、100%男性化できたり、60%の男性化であったり、30%の男性化であったりすることになります。
つまり、この時期に、母親が強いストレスにさらされていると、男性ホルモンの分泌に影響を及ぼし、体は男性であっても脳は男性化ができていないまま生まれてきたり、体は女性であっても脳は男性化されて生まれてきたりすることになります。これが、性同一性障害を発症するメカニズムのひとつです。
胎児は母親と胎盤でつながり、母親が服用した薬、アルコール、カフェイン、ニコチン(ニコチン)などの化学物質の影響を受けることは知られています。胎児は、薬などの強烈な成分を分解したり、体外に排出する仕組みが整っていなかったりすることから、正しい成長を妨げられる可能性がでてくるわけです。もっとも薬の影響がでるとされる体の組織や器官が形成される妊娠初期に、風邪薬を飲んでしまったことが原因で聴覚に障害がでたりするわけです。
性同一性障害発症のメカニズムも、化学物質の影響と同じと考えることができれば特別なことではないことがわかると思います。



(3) 貧困と教育
 OECDの調査では、日本は経済・社会的背景に恵まれない生徒がトップ・パフォーマーに占める割合が34.9%で、OECD加盟国中2番目に高い水準となっています。
「貧困の子ども=低学力」とはなっていないものの、保護者の経済状況が子どもの学力に影響しているのも事実です。
生活保護世帯の子どもの中には、義務教育過程で勉強についていけない者が多いという指摘があり、NPOなどがおこなっている生活保護世帯向けの学習塾くる子どもたちの学力は、高校受験を控えた中学校3年生で、九九に習熟していないことが少なくないといいます。
大阪府・滋賀スクールソーシャルワーク・スーパーバイザーを勤めた弁護士の峯本耕治は、「非行や問題行動ケースをはじめとする多数の学校不適応のケースでは、そのほとんどが小学校段階での学習面のドロップアウトを伴っており、貧困から虐待、虐待から親子の情緒的愛着問題がおこり、それが学校における問題のエスカレートと連鎖する。」と指摘しています。
教育の問題については、「貧困の連鎖」よりも、「富裕の連鎖」との指摘もあります。
それは、教育水準と親の年収の関係が深いことを指摘するもので、例えば、平成19年に東京大学に入学した親の年収は、52.3%が950万円以上であったことが明らかになっています。
一般社団法人彩の国子ども・若者支援ネットワーク代表理事の青砥恭は、文部科学省今後の高校教育の在り方に関するヒアリング(第3回)で、「(高校)中退した子たちの調査をしていますと、子どものころからの本当に深刻な貧困がありました。その若者たちの貧困は親の代から続いて、不安定雇用や低賃金の貧困の連鎖からつくられたものでしたけれども、その中で幼児期からDVとか、家庭崩壊、貧困に伴ってネグレクト、虐待が相当数見えました。それから10代の妊娠も少なくはないと思います。」と述べています。
また、埼玉県がおこなった生活保護受給者の学習支援家庭訪問では、「訪問先の約80%は母子家庭で、不登校、知的障害との境界線にある子どもや発達障害の子どももいるという。」と述べています。つまり、経済・社会的背景に恵まれない子どもはトップ・パーフォーマーか、小学校4-5年生で習う漢字が読めなかったり、九九があやふやだったりするか、二極化の傾向があるということです。
 さらに、厚生労働省による「小学生時点の家庭の経済状況と学力、高校卒業後の予定進路、フリーター率との分析の相関関係」では、「家庭の経済状況の差が子どもの学力や最終学歴に影響を及ぼし、ひいては就職後の雇用形態にも影響を与えている。」とされています。
母子世帯の学歴は、ふたり親世帯の学歴より低く、中卒は同世代女性の約3-4倍となっており、母子世帯の貧困や諸困難の背景に低学歴という問題があります。学歴が低いほど就業率が低く、正規雇用率が低くなる傾向があり、未婚世帯は中卒割合が22.5%で、同世代女性の6倍強にのぼります。事実、平成26年3月に高校を卒業した105万1千人のうち、大学・短期大学には56万6千人(53.9%;現役進学率)が進学していますが、ひとり親世帯では、23.6%に留まっています。
 大阪府堺市の生活保護受給者の学歴調査では、世帯主の中学校卒は58.2%、高校中退が14.4%、うち母子世帯の高校中退率27.4%で、その理由には妊娠・出産の例がありました。
釧路市調査では、生活保護母子世帯の母の3人に1人は中学校卒の学歴で、その父親の42.3%、母親の51.9%も中学校卒(高校中退含む)であり、中卒者の割合が本人以上に多く、低学歴の階層が受け継がれていることが明らかになりました。神奈川県では、生活保護有子世帯の親(養育者)の学歴調査では、中学校卒は父21%、母27%であり、高校中退者は父19%、母16%でした。その他、専門学校・大学中退者も一定数含まれていました。高校や大学レベルの中退者や長期欠席者もニートとなりやすく、就学でも不利であることが関係している可能性が指摘されています。
いずれにしても、子どもが十分な教育を受けられないということは、貧困の悪循環が継続する要因のひとつになっていることは明らかです。


(家庭環境と子どもの語彙数の相関関係)
「被害親子の精神健康は相互に影響している」という視点ですが、もっとも顕著に表れるのが子どものことばの獲得、つまり、ことばの語彙数です。なぜなら、「子どもは、親が使っていることばを真似て覚える」からです。
子どもの養育環境が子どもの語彙や知的能力に劇的な違いをもたらすことは、ベティ・ハートとトッド・リスレーが、42の家族を対象に、3歳児が獲得した語彙数を調べた貴重な調査研究(1995年)によって裏づけられています。
それは、専門職の家庭で育つ子どもは平均して1時間に2,153語のことばを耳にし、労働者の家庭では1,251語、生活保護受給世帯では616語で、それぞれの家庭の3歳児の語彙は、専門職の家庭では1,100語、労働者の家庭では750語、生活保護受給世帯では500語というものでした。
この調査結果は、子どものことばの獲得は、単なる経済状況や両親が揃っているかではなく、夫婦間(子どもの父親と母親)、子どもの親と両親間(子どもの祖父母)、親子間でどのような会話がされているのかに大きな影響を受ける、つまり、成育環境の“質”であることを示しています。
子どもの能力を決める要因としては、遺伝子や環境、あるいは遺伝子と環境の相互作用などさまざまな議論がされていますが、重要なことは、「子どもが育つ社会的環境、特に家庭環境に目を向ける必要がある」ということが示されました。
専門職の家庭と生活保護受給世帯の3歳児が獲得している語彙数に2倍以上の差が認められた結果は、低所得の家庭で育つ子どもと、中所得以上の家庭の子どもとの違いのひとつとして、母親の学歴に違いに表れているという指摘があります。
それは、「大学卒業の母親は、低学歴な母親よりも育児に多くの時間を割き、特に情操教育に熱心で、子どもへの読み聞かせにより多くの時間をかけ、一緒にテレビを見る時間は少なくなる」という調査結果に示されています。
大学卒業の母親自身の収入も配偶者の収入は、そうでない母親と比べて安定し、また、子どもの数が少ないといった要素が、豊かな子育て環境をもたらします。その結果、子どもの語彙数や知的能力に劇的な違いをもたらします。なぜなら、知的能力の劇的な違いは、蓄積されたことばの数で、考えるという行為の質が決まってくるからです。
「考える」という行為は、脳に記憶されていることばと関連することばを記憶の棚の中から探しだして、ひとつのあるいは複数の代替案という解を導きだすことです。「ものごとがわからない=知らない」という状態は、「多くのことばが、脳に記憶されていない」という状態を指します。
知的能力の高さは、考える力=ものごとを見極めたり、的確な判断を下したりすることで示されます。そして、ものごとを見極め、判断を下すなど積み重ねられた体験が豊富な知恵(ナレッジ)となっていきます。「胎児期を含めた乳幼児期(0-6歳)」、「学童期前期(6-10歳)」、「思春期(10-15歳)」、「青年期(15-22歳)」と、子どもの成長に伴い、子どもがかかわるコミュニティの違いで、得られる体験の量や質が変わってくるということです。
つまり、一般的なモデルでは、子どもが育つ環境は、子どもの考える力そのものであることばの語彙数に大きな差を生じさせ、それが、その後の教育機会の差や就職先の違いとなって表れ、その結果、生涯賃金に差が生じるとされています。
こうした学力の差が収入の差となり、それは、なにかのきっかけで仕事ができなくなったとき、経済的に破綻に陥る期間の差となって表れます。それは、蓄え(預貯金などの資産)の差です。貯蓄などの資産がないとき、心身の不調が原因で働くことができなくなり収入の道が閉ざされることは、たちどころに貧困状態に陥る可能性がでてきます。
また、この家庭に目を向けるという意味で、ロバート・アンダ、ヴィンセント・フェリッティらの研究チームが、DVの目撃(面前DV)や虐待、ネグレクトといった幼児期の悲惨な体験が成人後にもたらす影響について調査しています。
その調査結果では、「子ども時代の面前DV、虐待、ネグレクトといった悲惨な体験が、成人してからの病気や医療費の多さ、うつ病や自殺の増加、アルコールや麻薬の乱用、労働能力や社会的機能の貧しさ、能力的な障害、次世代の能力的欠陥などと相関関係があることが判明した。」としています。
そして、この調査結果は、発達心理学の分野の膨大な研究によって裏づけられています*-13。近年、飛躍的な進歩を遂げているのが脳科学の分野です*-14。
親の豊かな感情を表現したことば、親の幅広い知識にもとづいたことばが、子どもになげられているかという問題は、子どものことばの獲得に大きな影響と差を及ぼすことになるという意味で重要です。
特に、いまの自分の気持ち(感情)や考え、つまり、いま自分がどう思っているか、どう感じているか、いま自分がどうしたいのかを表すことばの語彙数は重要な意味を持ちます。なぜなら、いまの自分の気持ちや考えをことばにすることができないと、人の脳は強烈なストレスを感じ、その苛立ち(イライラ)は、癇癪(暴力)とつながるからです。
自分の気持ちや考えを表すことばの語彙数が少ない人の特徴は、「知るか!」「バカ(アホ)!」「死ね!」「勝手にしろ!」と啖呵を吐き捨て、そのあとのことばが続かないことです。そして、こうしたことばは、乳幼児期に、親の使っていることばを真似て身につけたものです。
また、その暴力は、他者に向けられるものだけでなく、幼児期には頭を阿部や床に叩きつけたり、思春期以降は、リストカットや過食嘔吐、ODといった自傷行為を加えたりするなど、自身にも向けられることもあります。
戦争や紛争後、その国や地域の重要なインフラ整備としてとり組まれるのが、子どもたちが学ぶ学校をつくり、子どもたちにことばを教える、つまり、子どもたちに教育をすることです。子どもたちが、いまの自分の気持ち(感情)や考えをことばにし、人に伝える技能を身につけることが、戦争や紛争後、争いのない社会をつくる礎になるもっとも重要なとり組みなのです。
*-13.14 「Ⅱ-6.脳と子どもの発達」、「同-7.トラウマと脳」、「同-9.虐待・面前DVを受けた子ども。発達段階で見られる傾向」は、主に「発達心理学」、「脳科学」をベースにまとめています。


(4) ひきこもりと貧困、精神疾患・発達障害との関係
平成27年の生活保護世帯数1,623,576に対し、高齢者世帯数802,492(49.43%)、母子世帯数104,917(6.46%)、障害者世帯数190,316(11.72%)、傷病者世帯数253,374(15.61%)、合せて1,351,099(83.22%)となっています。
障害者世帯は、82.9%が単身(世帯主の平均年齢は52.4歳)で、世帯主の障害の種類は、精神障害49.4%、知的障害8.1%、身体障害42.5%で、世帯主の9.1%が入院、4.3%が施設入所です。傷病者世帯は、78.1%が単身(世帯主の平均年齢は54.5歳)で、世帯主の傷病は、精神病33.9%、アルコール依存症2.8%、その他63.4%で、世帯主の6.3%が入院、1.5%が施設入所です。
世帯主が生活を支えていることから、貧困とかかわる問題として直接論じられないのが、内閣府が23.6万人、広義を含めると69.6万人と推計している「ひきこもり」の問題です。
ひきこもりは、「自室からもほとんどでない」、「普段は家にいるが、近所のコンビニなどにはでかける」、「自室からはでるが、家からはでない」、「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する」と段階で認識され、前者の3つが狭義のひきこもり、最後の1つが広義のひきこもりとしています。
広義のひきこもりとされる「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事のときは外出できる」ことは、仮面うつ病(非定形うつ病、新型うつ病)と総称で呼ばれる人たちに共通した特性に合致します。内閣府の調査とは異なり、疫学調査でひきこもり数を25万5000世帯(広義のひきこもり数は46万人)と算出した厚生労働省は、「95%以上に診断名がついたとし、25%以上を発達障害が占めた」と発表しています。
そして、「アスペルガー症候群の人が不安障害になったり、ADHDの人がうつになったりすることがよくある」、「アスペルガー症候群などのひきこもり当事者の中には、なぜひきこもりから抜けださなければならないのかを理解しにくい場合が多い」とし、「発達障害も深くかかわるパーソナリティ障害(人格障害)、例えば、回避性は、人の前でなにかをするのが怖く、依存性は、他人に頼らないと生きていくことができず、責任は絶対に負わない、強迫性は、完全主義者で失敗は認められない、受動攻撃性(拒絶性)は、どうせなにをやっても認められないからなにもやらない、自己愛性は、自分に自信がないため、無理やり自分はすごいと思い、傷つくことを恐れる、境界性は、虐待を受けた経験者が多く、自分探しをして、これが私だという土台を築くことができなかった。人にしがみつき、自分の思い通りに操作し続けないと、自分が空っぽで無力な価値のない存在に思えてしょうがない。シゾイド性は、ひとりでいるのが大好きな人たち、妄想性は、非常に過敏で被害的で、迷信深く魔法のような世界にいる、といったそれぞれの特性が、ひきこもりの要因となっている」とし、「ひきこもりとの親和性(物事を組み合わせたときの、相性のよさ。結びつきやすい性質)がとても高い」と指摘しています*-22。
そして、ひきこもりの状態を、「統合失調症、気分障害、不安障害などの精神疾患の診断がつくひきこもりで、薬物などの医療的治療の優先が不可欠となるものを第1群、発達障害の診断がつくひきこもりで、特性に応じた精神療法的アプローチや教育的な支援が必要となるものを第2群、パーソナリティ障害(人格障害)や薬では効果のない不安障害、身体表現性障害(痛みや吐き気、しびれなどの自覚的ななんらかの身体症状があり、日常生活が妨げられており、自分でその症状をコントロールできない)、同一性の問題などによるひきこもりの人たちで、精神療法やカウンセリングが中心となるものを第3群」と分類しています。
*-22 パーソナリティ障害(人格障害)については、「Ⅱ-12-(10)人格障害(パーソナリティ障害)」で詳しく説明しています。
 不安障害やうつ病(気分障害)、総称としての仮面うつ病(非定型うつ病)、そして発達障害の一部、人格障害の人たちに共通しているのが、「低い自尊心と自己肯定感」であることから、否定と禁止のメッセージを含むことばの暴力(過干渉・過保護、教育的虐待を含む)を浴びせられている、つまり、暴力のある家庭環境で育ってきたことが発症原因となり、同時に、ひきこもりの原因となっているのです。
島根県でおこなわれたひきこもり者1040人(男性738人(70.96%)、女性250人(24.04%)に対しておこなわれた実態調査では、40歳代が229人(22.02%)で最多、30歳代が219人(21.06%)、50歳代が177人(17.02%)、60歳代が155人(14.90%)、40歳以上はと561人(53.94%)で、「男性が71%、女性が24%」となっています。
この男女比の差は、LD(学習障害)では男性4:女性1、ADHD(注意欠陥多動性障害)では男性9:女性1、高機能自閉症(アスペルガー症候群)では男性10:女性1の差に類するものです。
そして、「10年以上のひきこもりが34%にのぼる(10年で切っているため、20年-30年とひきこもっている状態は把握できていない)」としています。ひきこもりに至った経緯については、「わからない」との回答が312件(30.00%)と最も多く、「本人の疾病・性格など」との回答が292件(28.08%)、「就職したが、失敗した」との回答が210件(20.19%)、「不登校」との回答が190件(18.27%)、「家族や家庭環境」との回答が136件(13.08%)で、10歳代、20歳代では、「不登校」が多く、30歳代、40歳代では「失業」が増え、40歳代以降になると、「わからない」と回答が増えそれぞれ3割を占めるなど、ことばを封じ込めたまま時間が経過していくことによって、直接の原因や因果関係がわかりにくくなっていく実態も示されています。また、支援については、「なんの支援も受けていない(複数回答)」が456件(43.85%)となっています。
ここには、「家族が本人の存在、ひきこもりのことを隠したがる」心理や、当事者や家族に「自分は問題になっていない」、「ひきこもっているわけではない」と問題そのものから目を逸らし、自己のおこないを正当化してしたい心理が少なからず働いています。
ひきこもりの問題には、ひきこもっている子どもを支えることができている実態があります。定年退職後の年金では子どもを支えることができなくなり、経済的に破綻しかねないという切迫した問題を抱えています。
40歳代-50歳代とひきこもりを続けてきた者にとって、「親の経済的な破綻、親との死別は、そのまま貧困に直結する」ことになります。
ひきこもり家庭の一部では、父親は、ひきこもりを続ける子ども愛想をつかし家庭を顧みなくなり、給与を持って帰ってきているだけの存在になっていることがあります。
一方で、ひきこもりを続ける子どもから暴力の矛先となり、父親との軋轢を緩和する役割をひとりで背負っている母親は、「子どもの苦しみを私だけがわかってあげられる」、「私が子ども支えてあげなければ、子どもがダメになってしまう」と自らの行為を正当化するなど、ひきこもりを続ける子どもを支える(守る)ことで、自身の存在価値を確認しているケースがあります。
ひきこもり下で、子どもと母親が「もたれ合い」の状態になっている関係性は、「共依存」とよばれる状態で、母親は「イネイブリング(依存者を支える者)」という役割を担っていることになります。
「イネイブリング」とは、アルコール依存症者ある夫が職を失っても、妻が一生懸命に働いてアルコール代を賄うという状況は、妻は、夫がアルコールを飲むという行為を支えていることに他ならない状態を指すものです。
ところが、イネイブリングとして子どもに尽くしてきた母親が、病気などで亡くなると、途端に、家族の均衡が崩壊することがあります。残された家族、特に父親が元気で、子どもが父親のことを鬱陶しく口やかましいと感じているときには軋轢が生じることになります。ひきこもる子どもと父親との軋轢が悪化していくと、これまで以上に、子どもは父親のことをいなくなって欲しいと願い、稀に一線を超えて殺害に至るケースがあります。年老いて母親が、父親の介護を担ってきたときには、養護そのものを放棄したり、殺害したりする事件にまで発展することがあります。
 リストカットや過食嘔吐、ODなどの自傷行為、パニック発作など心身の不調、受験の失敗や対人関係による苦悩などがひきこもりのきっかけとなる背景には、面前DV、過干渉・過保護、教育的虐待を含む子どもの虐待被害が存在していることも事実です。
つまり、ひきこもりの一部は、暴力のある家庭環境で育ったことが、子どもの発達に甚大な影響を及ぼした“ひとつの姿(結果)”ということになります。
そして、このことは、児童虐待と面前DV、結果としての貧困家庭を早期に発見して早期支援につなげることの重要性を示すものです。


(5) 貧困と犯罪
 児童虐待のあった家庭のうち、「生活保護」「所得税非課税」など低所得世帯が約65%を占めています。この児童虐待には、中高所得世帯が主となる過干渉や過保護、教育的虐待といった親が子どもを支配・管理する暴力(精神的虐待)は含まれることが稀であることから、この占有率の意味するものは、身体的な暴行(虐待)の頻度が高いと捉えておく必要があります。
 一方で、中高所得世帯が主となる過干渉や過保護、教育的虐待による抑圧が、子どもの非行に大きく影響していることは、矯正統計年報(平成16年)に示されています。年報では、全国の新収容者5,248人の出身家庭の生活水準では、富裕層2.8%、普通層69.8%、貧困層27.4%となっています。つまり、重い犯罪になればなるほど、貧困層出身者が多いとはいえ、貧困層出身者=犯罪率が高いということではありません。
  しかし一方で、同統計平成23年度「新受刑者の罪名別 教育程度」では、新受刑者で最も多かった学歴は「中学校卒」で、40%以上を占めています。年齢別では、全新受刑者約2万5千人の中で、高校進学率が9割を超えた1970年(昭和45年)代半ばより前に高校進学年齢であった50歳以上を除いても、約1万7千人が「中学校卒」学歴です。大学卒業者はわずか4.5%となっています。
かつて江戸川区のケースワーカーで、江戸川中3勉強会を立ちあげ、生活保護の高校等就学費の実現を国に働きかけ、受給世帯の高校進学を後押しした宮武正明は、「親の生活を見て高校進学の希望が持てない子どもの多くは、早い時期から学習意欲をなくして学力不振になり、学力不振のため進学も就職もできない状態がつくられ、そうした世帯の多い地域では、結果として不登校・非行が多い地域となって地域が荒廃し、「貧困の再生産」の温床になってきていた。」と述べ、愛知アベック生き埋め殺人事件、大阪中卒少女殺人事件、足立女子高校生コンクリート詰め殺人事件らの少年事件が、「疾病、貧困、地域環境の貧しさの中で家庭が崩壊するとともに、行政の援護が子どもの世代まで考えられていないことから、地域に貧困が蓄積していく。」こととの関連を指摘しています。
貧困の子どもの世帯の経済状況を向上させることが、将来の犯罪の発生抑止につながる可能性が指摘されているのは、学力・学歴と貧富の間には相関関係があるからです。
高校進学が多数の時代の「中学校卒」の受刑者は、子どもの時期に知的問題を抱えるか、または、貧困ゆえに学力不足や資金不足などで進学できず、結果として、学歴がないために適切な就職ができなかった可能性が髙くなります。
 少年犯罪にかかわる現場では、「A少年院*における年次統計を見ると、それでも、3-4人に1人が貧困世帯であること、平成13年から21年度までの8年間で貧困世帯が約2倍に増加していることがわかります。この背景には、経済不況もあるでしょうが、少年鑑別所・少年院入所少年における母子家庭の増加も影響していると考えられます。」、「女性の貧困が子どもの貧困の世襲を招き、そのことが他のさまざまな条件を誘発し、結果として非行に至ったケースは、少年院では数多くあります。」、「短期間に転職を繰り返しているB少年の職歴を見た多くの人は、就労意欲が乏しく、忍耐力がないと非難の目を向けることでしょう。
しかし、実際は、本人の非ではない経営縮小による給料不払いや前近代的な雇用関係のなかでの極端な減給が、B少年だけでなく、中学卒業と同時に働きはじめた少年たちに対して日常的におこなわれている就労環境なのです。」と述べています。
少年院は、検挙され、在宅もしくは少年鑑別所を経由して家庭裁判所での審判を経たのち、逆送致、不起訴処分、保護観察処分、児童養護施設・児童自立支援施設相当に該当しなかった少年に対し、社会復帰のための矯正教育をおこなう機関です。
ここには、鼻をかむ仕方、歯磨き、持ち物の整理整頓の習慣をはじめて少年院で学んでいるのが現状という事実があります。
最近では、特殊詐欺(オレオレ詐欺など)の使いっ走りなどで捕まるケースが増えていますが、そこには、境界知性(相対的な低IQ)や発達障害、学習障害が疑われるなど、虐待や貧困など少年たちの成育環境が大きく影響しています。


(6) 家出と「宿カレ」という問題
 「Ⅱ-9-(15)回避的な意味を持つ子どもの「非行」」の「事例79」でとりあげている平成25年7月に広島の呉でおきた少女遺棄では、死体遺棄容疑で逮捕された7人のうち、広島市中区の少女(16歳)は、親のネグレクト(育児放棄)が原因として、単身世帯として直接、生活保護費を受けとっていました。逮捕された未成年者6人の中には、少女以外にも児童虐待を受けていた者がいるとみられています。
また、母子家庭で母が精神疾患のため公営住宅に住む生活保護受給の祖母宅で育った17歳の少女は、中学校1年から月2回売春をおこなっていましたが、「その住居の先輩後輩もまた歴代売春をおこなってきた」と語られるような地区もあります。6ヶ月の乳児を持つ19歳のシングルマザーが、母親に乳児を預け、ワリキリと呼ばれる個人売春をしていましたが、乳児を預かった母親もシングルマザーで貧困が連鎖したケースでした。
 シングルマザーの数は、平成12年86.8万人であったのが、5年後の平成17年には107.2万人と激増しました。平成22年は108.2万人となっていることから、平成12年から17年の5年間で、家庭のあり方が大きく変化している状況がわかります。
同時期、非正規雇用が増えるなど、雇用形態が様変わりしています。以前であれば、ひとつの仕事(正規社員)で働いてなんとか子どもを育てられた女性が、派遣労働とアルバイトを2つかけ持たなければ子どもを育てることができ難くなっています。そのため、母親と子どもが一緒に過ごしたり、一緒に食事をしたりする時間がとれないなどの問題が生じやすくなっています。
また、仕事を2つ3つかけ持つ生活を続けた結果、体と心のバランスを壊して働けなくなるなどの事態を招いています。
 こうした女性をとり巻くのひとつの現象として見過ごすことができないのが、思春期後期-青年期前期になると、暴力のある家庭環境に耐えきれず家出をした少女が、援助交際をして生活費を稼いだり、しばらくの間、過ごす場所を確保するために男性の家に身を寄せたり(宿カレ)、周囲に頼る術を持たず、託児所と寮があるという理由で風俗に勤務したりしていることです。
「援助交際」「宿カレ」を経て、「風俗で働く」という一連の現象は、家出をした少女が、愛している、好きだからという理由ではなく、生き延びるための手段として身を売ったり、男性と関係をつくったりして宿を確保したりしなければらない危うい少女たちの現状を示すものです。
危うい少女たちが抱える心の問題は、それほど素性もよく知らない相手に、「かわいいといってくれた」、「悩みを聞いてくれた」、「好きといってくれた」程度のやりとりで、恋心を抱いたり、信じてしまったりするほど無防備だということです。
その無防備な危うさは、援助交際という名を借りた組織的売春グループにとり組まれてしまったり(性的搾取被害)、薬物を使用させられてしまったりして犯罪に巻き込まれてしまいやすいものです。
「宿カレ」生活で、誰が父親かわからない望まない妊娠をしてしまったり、結婚をしたものの父親として自覚のない夫と出産後まもなくして離婚してしまったりしたあと、厳しい雇用状況から社会から放りだされてしまうことが少なくありません。
 暴力のある家庭環境で育った少女が、離婚後に託児所と寮がある理由で風俗に勤務することになり、離婚後1年間で、ホストクラブで知り合った男性を「宿カレ」として名古屋、大阪と複数回の転居を繰り返したあと凄惨な事件を招いたのが、「Ⅱ-9-(15)回避的な意味を持つ子どもの「非行」」の「事例80(事例研究)」でとりあげている「大阪2児餓死事件(平成20年7月)」です。
暴力のある家庭で育った少女が、家出したことからはじまる生活の糧としての「援助交際」「宿カレ」の問題は、10歳代の妊娠・出産(若年出産)につながり、シングルマザーとして貧困につながる問題です。
 貧困世帯の性行動は活発で、中学へ進学するころから性行動がはじまり、不特定多数の相手との性交渉も多く、避妊しないことによる性感染症の問題や10歳代の出産となり、それを防ぐ総合的な貧困対策が必要であるとされています。町田市調査では、10歳代の若者による出産は、家族構成に関しては母子世帯の子どもによく見られ、荒川区の分析では「若年出産の場合、その親も若年出産のケースが多い」と指摘しています。
また、生活保護母子世帯は、中卒、高校中退同士が離死別していることが多く、その後、非婚のまま出産する婚外子の出現率は25.7%と高くなっています。前夫とのDV問題との関連性や、その子どもも同じライフコースをたどる連鎖も指摘されています。
さらに、野宿になった若者には母子家庭と虐待家庭が多く、暴力がひどく実家に帰れないことがホームレスになるケースもあります。
ビックイシュー基金による若者ホームレスの聞きとり調査では、いままでの主な養育者は両親が半数で、ひとり親が32%、養護施設出身は12%という結果がでています。
野宿者ネットワーク代表生田武士氏は、「高校中退、ホームレス、非正規就労、生活保護、シングルマザー、自殺、薬物・アルコール中毒という社会的排除を受けてきた者の政府調査では、社会的排除に至る理由に本人の精神疾患・その他疾患に次いで、ひとり親や親のいない世帯、出身家庭の貧困という潜在リスクがあがっている。」と指摘しています。
 性の売買(性搾取被害)は貧困と深くかかわり、性差(ジェンダー)の問題もまた、社会や親に強いられる男性性と女性性の“歪みの表れ”、つまり、社会病理の一面でもあるといえます。


(7) 外国人母子家庭
-事例12(虐待9)-
 平成25年2月18日、群馬県大泉町でフィリピン人母が子どもたちを残して帰国している間に、3歳児が死亡(餓死の疑い)したのを中学生の姉が通報した事件がおきています。
フィリピン人の母親が、同月5日に面会したケースワーカーには、帰国を報告していませんでした。
死亡した児童が0歳児のとき、母親は1週間の約束で知人に子どもを預けて帰国して以降、1年間、連絡がとれなくなったことがありました。その間、死亡した児童と姉は、児童養護施設に入所していたことから、ハイリスク家庭とされている中でおきた事件でした。

 生活保護費を受給している母子世帯の中で、外国人世帯は7千世帯を超え、その40%がフィリピン人です。ことばの問題など、子どもが母親と社会の架け橋となっています。
生活保護受給中であっても、ケースワーカーからの連絡は世帯主に集中することに加え、子どもが不在である日中の時間の自宅訪問となることから、子どもたちの動向把握は十分でないことが少なくありません。
親が「就労」「求職中」「疾病」で、幼児の育児ができないときには、生活保護受給者や母子家庭は優先的に、かつ、生活保護受給者は無償で保育園に入所できることから、日中は子どもの育成を公共の場で見守ることができることになります。
しかし、外国人世帯の場合、ことばの壁や育ってきた国との文化の違いなどがあり、支援情報を理解できずにいるケースも少なくありません。


(外国籍のDV被害者特有の問題)
 DV加害者から被害者が一時的に逃れるための制度となる「一時保護」を利用した被害女性のうち、外国籍の女性は8.6%にのぼります。
外国籍女性のDV被害は、結婚紹介所(ブローカー)を介して嫁いできているケースも多く、夫婦間にパワーバランスの差があったり、夫が妻を「家事の使用人」「家業の労働力」としかみていなかったりしています。
 外国籍のDV被害者特有の問題は、第1に、在留資格の問題です。外国籍のDV被害者の配偶者が日本人であるとき、配偶者ビザは、日本人の配偶者の協力がないと延長することができません。そのため、在留資格の更新をエサに、加害者が被害者を従わせたり、逃げられなくしたりしてことがあります。また、日本国籍を取得していたり、外国籍であったも永住権を持っていたりする子どもがいるときには、子どもの養育者として定住ビザを取得することができるケースが多いものの、そういった術を持っていない外国籍の被害女性にとっては、加害者のもとから逃げることができたとしても、日本で暮らすことは非常に難しくなります。
 第2は、先に記しているとおり、情報へのアクセスの問題です。外国籍のDV被害者の中には、日本語が不慣れなために情報にアクセスすることが難しく、DV被害を受けていても、どこに、どのように相談をしたらいいのかわからないケースが少なくないのです。日本で、同国人のコミュニティの中で生活している人は、情報へのアクセスが比較的容易であっても、そうでない人は孤立しやすくなっています。
外国籍DV被害者のことばの問題は、加えて、日本人の加害者のもとを離れたとしても、日本語に不慣れであるとき、仕事に就くことは容易でないことから、生活苦に陥ってしまうリスクも高くなります。このことが、加害者の被害者に対する脅しの材料となったり、加害者のもとから逃れるのを躊躇し、思い留まる要因となったりします。
 第3に、DV加害者である父親が、母と子どものコミュニケーションの補助を担っている家庭では、父親が役所や学校の手続きをしてきていることが少なくないことから、子どもを連れて家をでたあと、外国籍の母親がこういった手続きすべてをやらなければならなくなりことが、家をでる高い障壁(ハードル)となってしまいます。
 この他の問題としては、DV加害者の父親が、母親の母国の文化や習慣に対し、日常的に侮蔑したり、卑下したりする言動や態度を示してきているときには、子どもがは、母親の文化や習慣に劣等感を抱いているケースが少なくないということです。
加えて、学校の同級生や学校の教職員が母親の所属している文化を、どのように捉え、どのように扱うかを見ていく中で、子ども自身は、そういった態度を吸収してしまい、母親に対する言動や態度となって表れることがあります。そのため、外国籍の被害女性の母親と子どもの関係を密にしていかないといけない大変な時期にコミュニケーションがうまくとることができないと、子どもが不登校になる、非行に走るなどの問題がおこりやすくなります。


(8) 社会的養護下の子どもたち
 親元で暮らせない子どもたちを家庭に代わって社会保障費で育てることを「社会的養護」といいますが、日本では、いま社会的養護下にある子どもたちが約47,000人にいます。
親の貧困や虐待など理由はさまざまですが、児童養護施設で暮らす子どもたちの問題は、虐待や育児放棄等で十分な愛情を受けずに育っていることが多く、「親は自分を愛していない。だから、自分は愛される価値がない。だから、自分は親と暮らせない」と思い込み、子どもたち自身が自分を責めていることです。中高生になると、周りとは違う環境で暮らしていることをうまく自分の中で落とし込めず、隠しているケースもたくさんあります。
一方で、児童間で飲尿の強要などのいじめ、殴るなどの暴行、性虐待がおこっていて、心身ともに健康な育成につながっていないことも指摘されています。
また、児童養護施設の子どもの9.3%が中学校卒業で施設を退所し、そのうちの約半数が卒業の翌年度中に転職を経験していているとの調査結果があります。また、高等学校の中途退学者は7.6%となっています。
虐待や親からの遺棄などの理由で児童養護施設に保護された子どもは、施設退所後に生活困窮に陥りやすくなります。施設で育った子どもは、進学しなければ中学校卒業でも施設を退所しなくてはなりません。
10歳代女性では、行きずりに近い同棲後に妊娠し、相手の男性は姿を消し、婦人保護施設に入所するという例はあとを絶ちません。また、施設退所後に性産業に従事し、未婚の母となる場合も少なくありません。
支援につながらない性産業に従事する軽度知的障害者数は、数万人とも数十万人ともいわれています。
 加えて、新しい施設をつくるという話が持ちあがると、自身が暮らす学校区に施設がつくられることで、いわゆる「不良の子どもたち」が増えるのではという懸念から、反対されるケースも存在しています。
こうした反対の声があがっている中で施設がつくられると、施設の子どもがちょっとしたトラブルをおこしたりすると、「やっぱり」という色眼鏡で見られてしまうことが少なくなく、施設でボランティアや寄付などが必要であっても、地域に助けを求めることができない状況にあります。
その結果、虐待を受け、親から離れて暮らす子どもたちが、地域の住民からも冷ややかな目で見られ、社会からも孤立してしまっている現実があります。

-事例13(虐待10)-
 私が3歳のとき、両親が離婚して、弟とともに親戚の家を転々とし、小学3年生のとき父親にひきとられました。父親は仕事が終わるとすぐにお酒を飲みはじめ、酔い潰れるか、夜遅くまで賭けごとに熱中する人で、私と弟の身の回りの世話をすることはありませんでした。
一緒に暮らしはじめて数ヶ月経つと、私は、父親の心ないことばで責められるようになりました。そして、父親は一回手をあげると、ワァッ!となった気持ちが冷めるまで、ひたすら血がでるまで殴ったり、蹴ったり、いろいろなものを投げつけてきました。
 小学校5年生のとき父親が病気で倒れ、私と弟は再婚していた母親にひきとられました。
しばらくして、義父は、私が寝ている部屋に入ってくるようになりました。違和感がありましたが、怖くてパっと目を覚ませることができませんでした。それでもうっすらと目を開けると、服を脱がされた私のうえに義父がいました。私は声をあげることができず、黙って寝たふりをするしかありませんでした。その後、毎晩のように義父がくるようになりました。
私は耐えきれなくなり、小学校6年生のときに母親に被害を告白しました。
すると、母親は「Yからさそったんじゃないの?!」といいました。
一番信じて欲しい人に信じてもらえませんでした。誰も信じてくれない、信じられるのは自分しかいない、ひとりで生きていくしかないと決意し、中学校1年生のとき、自ら希望して児童養護施設に入所しました。
父親は亡くなり、母親はどこでなにをしているのか知りません。自分が行き詰まったりしたとき、子育てしているときに「お母さん」とすごく思うときがあります。想像、妄想的な「お母さん」という人を求めているのだと思います。
しかし、母親を求めてしまっている自分自身に癪に障り、すごく嫌いです。

関東地方の福祉施設で暮らしていた気弱そうに見える少年(中学生)は、性暴力を“武器”に年下の男の子たちを虐げることで施設内のトップに君臨していましたが、少年に対し「育成困難」と判断した施設は、児童自立支援施設に送ることを決めるという事態が発生しました。
 実は、事情があって親と暮らせない子どもらが入所する児童養護施設や、罪を犯したり問題行動があったりする子どこが暮らす児童自立支援施設では、皆が寝静まった夜の居室やトイレの個室で、職員の目を盗んでは同性の年少者に性器を触らせ、性交渉を強いるといった子どもが子どもに性暴力をふるう事態が多く認められているのです。
同性間での性暴力は、「相手を辱めて支配し、自分の力や存在を誇示するため」と考えられています。
そして、性を暴力の手段として使う加害者は、必ずしも腕力を必要としないことから、外からは発見しづらいのです。
さらに、放置されることによって、被害者が年齢を重ねて加害者に転じ、年少者を支配する「負の連鎖」がおきます。
 性暴力に頼る子どもには、家庭内での虐待や両親間にDV(面前DV被害を受けている)のある生育環境で育っているという共通する傾向があります。
 落ち着ける時間やプライベート空間を暴力で侵害され続けた子どもたちは、自分や他者を大切に思う気持ちを知らずに育ちます。その結果、自分の表現方法がわからず、暴力以外の方法で人とかかわることができなくなるのです。
さらに、アダルト雑誌やビデオが日常的に家の床に散乱していたり、バイブやローターなどのアダルトグッズ(大人のおもちゃ)が両親の寝室のひきだしに無造作にしまわれていたり、離婚歴のある母親と、母の新しい“彼氏(マムズボーイフレンド)”との性行為を家で何度も目撃したりするなど、幼児期から「性の刺激にさらされてきた」ことが、暴力に抑圧され続けた憤りに加わり、子どもを性暴力に向かわせます。


♯日本の貧困率 ♯ひとり親世帯 ♯シングルマザー ♯子どもの貧困 ♯フードバンク ♯子ども食堂 ♯生活保護 ♯生活困窮者自立支援法 ♯貧困の連鎖 ♯貧困の悪循環 ♯差別 ♯同和問題 ♯いじめの四層構造 ♯富国強兵策 ♯家族システムの崩壊 ♯共同養育 ♯産業構造の変化 ♯核家族化 ♯少子高齢化 ♯内助の功 ♯日本独特のジェンダー観 ♯夫・男子を引き立てる ♯DVの世代間連鎖 ♯ママカースト ♯スクールカースト ♯マタニティハラスメント ♯語彙数 ♯ひきこもり ♯精神疾患 ♯アスペルガー症候群 ♯イネイブリング ♯援助交際 ♯宿カレ ♯未成年の家出少女 ♯性の売買(性搾取被害) ♯セックスワーク ♯外国人の母子家庭 ♯社会的養護 ♯児童養護施設



2016.3/3 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2016.9/9 「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(目次)」を、「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き」と「目次」に分割し、掲載
2017.3/21 「手引き」の「はじめに」を「改訂3版」としての編集により、「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き」、「目次」、「はじめに」、「プロローグ」として掲載
* 「第1章」以降、つまり、カテゴリー「Ⅲ-3」-「Ⅲ-10」の「改訂3版」については、改訂作業を終えた「章」から差し替えていきます。




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-2]プロローグ(1-4)
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