あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-2]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス

1.女性と子どもの人権解釈

 
 2.DVの本質。暴力で支配するということ IES-R(改訂出来事インパクト尺度)
*新版3訂(2017.12.17)

第1部
Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス


あなたは、配偶者間の「暴力」、親子間の「暴力(虐待)」ということばを聞いたとき、酒に酔った夫が怒鳴り声をあげ、罵声を浴びせながら妻を殴ったり、蹴ったりしていて、「お願い止めてください!」と妻から懇願の声、「いやぁ~もう止めて! 助けて!」との悲鳴、そして、「ママ~。ママ~。」と泣き叫ぶ子どもの声が近隣に響きわたる凄惨な場面を思い浮かべていないでしょうか?
もしそうなら、あなたは、暴力というものは日常的なことではなく、どこか“自分ごと”ではなく、“他人ごと”のことと思っているのかも知れません。
あるいは、自分は、家庭内における暴力的な行為とは「まったく無縁」だから、配偶者間の「暴力」、親子間の「暴力(虐待)」を具体的に考えることができないと思っているのかもしれません。
しかし、自分は、暴力的な行為とはまったく無縁と考えている人の中には、「暴力はいけないこと」という意識の中に、「たった一度くらいなら」、「よほどの理由があるのなら仕方がない」、「夫婦の間ならただのケンカだろう」という“ある条件下”であれば暴力を認めてしまうような考え方が隠れていることがあります。
では、“ある条件下”であれば暴力を容認してしまう考え方について、事例を通して考えていきたいと思います。

-事例1(DV1)-
  連日の残業で疲労がたまっているのか、仕事上のつき合いで酔って帰宅した夫は、かなり悪酔いしていました。
「毎晩こんなに遅くて、少し家のことも考えてよ。」、「吐くまでも飲むことないんじゃないの?」と、妻の夫への心配と寂しさから放った小言は、夫にとっては自分への文句、非難へと聞こえました。「俺は、好き好んでこんなに遅くまで接待しているんじゃない!」、「俺が、誰のためにこんな思いをしてまで働いていると思っているんだ!」、「お前は所詮、俺の稼ぎで食べさせてもらっているんじゃないか。それなのに、偉そうに説教しやがって許せねぇ!」と、いい知れない怒りが込みあげてきました。
そして、いきなり妻の顔にその拳をみまいました。
“ガツン”との音とともに、不意打ちをくらった妻はよろけ、唖然とその場にへたり込みました。
妻は、顔のどこに、なにがあたってきたのかもわからないほど動揺しています。顔のズキズキする傷みよりも先に、胸がドキドキして、なにをどうしたらいいのかわかりません。頭が混乱でいっぱいながらも、その混乱を隠そうとして、必死に平気そうな顔を装いながら夫を見あげました。
すると、夫は平気そうな顔の妻に「お前が悪いんだぞ!」といい放ち、寝室に入り、ひとり寝てしまいました。

 この事例1を読み、あなたは、a)ひとつ間違ったら妻は死んでいたかもしれない。断固として夫の暴行を認めるべきではないと思うでしょうか?
 それとも、b)確かに妻を殴った夫は悪い。しかし、妻も夫の心情を考えもせずに文句(反抗的なことば)をいったりしたのだから、どちらもどちらケンカ両成敗で仕方がないと思うでしょうか?
 あるいは、c)たった一度殴っただけだし、しかも夫婦の間のことだから、殴られた妻も平気そうだったのだから、やっぱり仕方がないことと思うでしょうか?
 d)そもそもこんな程度のことが暴力だなどとんでもない。たかが夫婦ケンカだし、うるさく小言をいってくるような妻は殴られてあたり前だ。これから妻が生意気にならないためにも、夫はもっと妻をしつけした方がいいんだと思うでしょうか?
 d)と思った人は、本来対等な関係である夫婦の関係性に、上下の関係、支配と従属の関係を持ち込む人たち、つまり、DV加害者と同じ考え方に属する人です。
 また、「本来対等な関係である」という記述に対して、男女の区別なく、「夫婦以前に、そもそも男と女は対等ではない」と思う人たちがでてきます。
 こうした考え方、あるいは、概念、価値観が、DV、虐待、ハラスメントという問題認識に大きな影響を及ぼしています。
 男性と女性を区別し、関係性は対等でないという考え方、概念、価値観については、「Ⅰ-1-(2)共通する性暴力への問題意識の低さ、暴力を容認する考え方」で詳しく説明するとともに、問題提起しています。
 次に、b)c)と思った人は、“ある条件下”であれば暴力を容認してしまう人ということになります。
 b)c)と思った人にお尋ねします。
e)会社の中で同僚に小言をいわれて殴ったり、飲み屋で見知らぬ人の肩が触れたと殴って床に張り倒したりしたとき、肩をぶつけて者と殴った者は“どっちもどっち”とか、“仕方がないこと”とか、“あいつは殴られて、あたり前のヤツだから”と思うでしょうか?
 仮に、このe)のなげかけに対しては、そうは思わないけれども、事例1は、「家庭内のことだから外の者が口をだすことではない」という考えであるなら、やはり、“ある条件下”であれば暴力を容認してしまう人、つまり、DV加害者、あるいは、DV被害者になり得る可能性を秘めている人ということになります。
 また、“ある条件下”であれば暴力を容認してしまう考え方の問題は、夫婦間だけでなく、親子間についても重要な意味を持ちます。
 それは、「子どものしつけのためであれば、ある程度の暴力は許される。」「しつけのためにおこなった暴力行為のなにが問題かわからない。」と、子どもへの暴力(虐待)行為を容認する考え方につながっているからです。
さらに、この“ある条件下”であれば暴力を容認してしまう考え方は、DV加害者、虐待加害者だけではなく、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントの加害者、体罰の加害者に共通するものです。
これらの暴力行為に及び加害者に共通しているのは、“ある条件下”、例えば、「妻の態度」「子どもの態度」「部下の態度」を“暴行の理由づけ(いい訳)”として用い、自らの暴行や暴力を正当化しようと試みることです。
もし、その自分勝手な(自分だけに都合のいい)主張、つまり、“いい訳”を聞いた者の多くが、“ある条件下”であれば仕方がないという立ち位置であるとき、被害者の声(訴え)は黙殺されてしまうことになります。
  この“ある条件下”、例えば、「態度」を暴力の理由づけとしてしまう“認知”に対し、「加害者更生プログラム」では、こうした理由づけをいっさい認めないのが基本姿勢となっています。
「加害者更生プログラム」の基本姿勢は、「暴力の責任に関して、飲酒やストレス、被害女性の態度が暴力の理由づけに用いられるが、それらのことがあっても暴力を用いない人が多いこと、あくまでもそうした方法を選択しているのは、DV加害者の自己に都合のいい考えでしかないことを示し、暴力を選択した責任は100%加害者にあることを示す。」としています。
 また、「ある条件下であっても、暴力は認められない」と思うけれども、「辺にかかわって、巻き込まれたくない」、「とばっちりを受けるなんでまっぴらごめん」と、暴力行為を見て見ぬふりをしてしまう心理が働き、“傍観者の立ち位置”に身を置いている人たちも少なくありません。
 この傍観者の立ち位置に身を置いている人たちの考え方は、「いまどこかで、誰かが誰かを殴ったり、蹴ったりしているかも知れない。妻を侮蔑し、卑下する暴言を浴びせているかも知れない」、「それは、かわいそうなことだし、大変だとも思う」、けれども、「自分とは関係のない人たちの話だし、自分にはなんの責任もない」、「それに、辺にかかわって巻き込まれたくない」、「とばっちりは受けたくない」という感じでしょうか?
多くの人は、“おかしさ”を認識していながらも、「傍観者」になり、自身に火の粉が及ぶのを避けようとします。
多く人が、いじめの4層構造の「傍観者」としての立ち位置であることが、家庭の中の夫婦間、親子間に発生する暴力を増長させてしまうひとつの要因になっているのです*-1。
いま、「傍観者」としての立ち位置で暴力行為を見て見ぬふりをしなければならないとしても、今後、DVや虐待、ハラスメントなどについての知識(対応策としての法律や制度、相談機関など)を得ることによって、“自分のこと”と認識し、行動に移すことができる可能性は高まります。
 そして、この問題の解決機関として警察や行政(民間の専門支援機関を含む)が存在していることは、“おかしさ”を認識している第3者が、「傍観者」にならずにすむ大きな要素になります。
 では、警察や行政(民間の専門支援機関を含む)などが介入する後ろ盾となる法律や制度がどのように整えられてきたのかについて、最初に見ていきたいと思います。
*-1 この「傍観者としての立ち位置」については、事例12で小学校・中学校でいじめを受けてきた被害者のことばをとりあげ、いじめの4層構造の「傍観者」として説明しています。


1.女性と子どもの人権解釈
(1)「配偶者暴力防止法」制定の経緯

「家庭での親密な関係における暴力を犯罪と認める」という考え方の背景にには、国際連合(以下、国連)の「子どもの権利委員会」において、「体罰を撤廃することは、社会のあらゆる形態の暴力を減少させ、かつ防止するための鍵となる戦略である。」と明確に人権解釈が示され、1989年(平成元年)の第44回国連総会において採択され、1990年(平成2年)に発効したことがあります。
日本政府は、発効から4年後の1994年(平成6年)に批准しています。
では、批准に至る経緯を見ていきます。
女性や子どもへの暴力や黒人など人種差別の根絶するとり組みは、「ベトナム戦争(1960年代初頭から1975年4月30日)」をきっかけに、アメリカでは反戦運動や女性の開放運動が盛んになり、女性解放運動家たちが、DVということばを使うようになりました。
当時のアメリカでは、親しい男女間の暴力は個人の問題であり、社会問題、人権問題といった意識はありませんでした。
なぜなら、社会的な背景として、「男だから女性への暴力は許される」、「女性は男性の暴力に耐えなければならない」、「親の子どもへの暴力は許される」といった暴力行為を正当化しようとする考え方が、世代間で受け継がれていたからです。
そうした中で、女性解放運動家たちが、「緊急一時避難所(シェルター)を被害者に提供した」ことに端を発して、アメリカでのDV活動がはじまりました。
そして、1990年代になり、「DVとは、女性の基本的人権を脅かす重大な犯罪である」と認識されるようになったのです。
ここまで、20年の歳月を要しました。
時を同じくして、1986年、合衆国最高裁判所がヴィンソン対メリター・セービングス・バンクの裁判で初めて、「セクハラ(セクシャルハラスメント)行為が人権法に違反する性差別である」と認めました。
1989年には、実話をもとに映画化(スタンドアップ(2005年))された北米の炭鉱でセクハラ行為に対する労働者による集団訴訟で勝訴し、「性的迫害から女性を守る規定」を勝ちとり、その後、全米の企業に、「セクハラ防止策の制定」「産休の保障」などが適用されることになりました。
そして、1993年、国連総会で「女性への暴力撤廃宣言」が採択されました。
女性に対する暴力には、夫やパートナーからの暴力、性犯罪、売買春、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為の他、女児への性的虐待も含まれます。
翌1994年には、アメリカ議会で、「女性に対する暴力防止法(Violence Against Women Act)」が成立し、連邦政府レベルのとり組みが位置づけられることになりました。
その結果、アメリカ社会でのDV対策は急速な変化を遂げることになりました。
また、「女性への暴力撤廃宣言」が国連で採択された6年後の1999年12月、国連総会は「11月25日」を「女性に対する暴力撤廃国際日」と定めました。
これを受けて、日本の内閣府その他男女共同参画推進本部は、「女性に対する暴力は、女性への人権を侵害するものであり決して許されるべき行為ではない」とし、2001年(平成13年)、アメリカの「女性に対する暴力防止法」にあたる「配偶者からの暴力の防止ならびに被害者の保護に関する法律」が施行されることになりました。
同法は、平成16年(2004年)に改正され、被害者の子どもの保護、精神的暴力(ことばの暴力など)が加わり、さらに、平成26年(2014年)、改正新法として「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(以下、配偶者暴力防止法)」となり、婚姻関係になくとも同じ居住地で生活を営んでいる者(元を含む)に対しての保護が加わりました。
2001年以降、毎年11月12日-25日は、「女性に対する暴力をなくす運動期間」と定め、他団体との連携、協力の下、意識啓発活動にとり組むことになり、現在に至ります。
また、日本では、昭和22年「児童福祉法」の制定に伴い、昭和8年に制定された「(旧)児童虐待防止法」が統合・廃止されていましたが、平成12年(2000年)、家庭での親密な関係における暴力を犯罪と認め、深刻化する児童虐待の予防および対応方策とするために、「児童虐待の防止等に関する法律(以下、児童虐待防止法)」が制定されました。
DVは、直接被害を受けた女性のみならず、それを目撃している子どもたち(面前DV被害下にある子どもたち)の心までも破壊する可能性のある犯罪であると認識されるようになってきました。
つまり、「暴力のある家庭環境で暮らしている子どもは、恒常的なストレス状態の中で暮らしている」ことになり、平成16年、“DVの目撃”は、面前DVとして「精神的虐待(心理的虐待)」にあたると「改正された児童虐待防止法」で位置づけられています。
このように、第2次世界大戦後の長い時間を要することになりましたが、家庭や親密な関係での暴力に関する法律が制定されたことにより、これまで法律が入りにくかったプライバシーの問題、「女性や子どもに対する暴力」に対し、人々の関心が向けられるようになり、公の場で、この問題が語られるようになったのです。
国際連合の「女性及び女児に対するあらゆる形態の暴力の撤廃と防止」に対する積極的なとり組みは、パープルリボン(女性に対する暴力の撤廃)、ホワイトリボン(DV防止の願い)、オレンジリボン(未来を切り開く子どもへの希望を込めて)などのキャンペーン運動へとつながり、女性や子どもへの暴力の根絶を願う思いが、徐々に社会に広がるうえで大きな役割を担っています。
「パープルリボン」とは、国際的な女性への暴力根絶を訴えるキャンペーンです。
1994年、米国のベルリンという小さな町のサバイバー(被虐待者・DV被害者)による集まりからはじまった「インターナショナル・パープルリボン・プロジェクト(IPRP)」が代表的で、現在40ヶ国以上に知られ、国際的なネットワークに発展しています。
キャンペーンの特徴は、紫色のリボンを購入して身に着けたり、車につけたりするなど、誰でも、ひとりでも参加することができることです。
そして、1999年12月、国連総会は「11月25日」を「女性に対する暴力撤廃国際日」と定めました。
女性に対する暴力には、夫やパートナーからの暴力、性犯罪、売買春、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為の他、女児への性的虐待も含まれます(1993年、国連総会採択「女性への暴力撤廃宣言」) 。
これを受けて、内閣府その他男女共同参画推進本部は、2001年以降、「女性に対する暴力は、女性への人権を侵害するものであり決して許されるべき行為ではない」とし、毎年11月12日-25日は、「女性に対する暴力をなくす運動」期間と定め、他団体との連携、協力の下、意識啓発活動にとり組んでいます。
この期間、東京タワーなど各都市のシンボルとなる建造物をパープル色に点灯するなど啓蒙活動として広く利用されています(他に、乳がん撲滅を願いピンク色に点灯するなど、さまざまなキャンペーンで利用されています)。


(2) 共通する性暴力への問題意識の低さと暴力を容認する考え方
① 性的搾取と児童ポルノ、暴力を容認する日本社会の問題

  一方で、日本は、「性的搾取(性の商業的利用)」について、繰り返し国連から改善を求められています。
「人身取引」「密入国」「銃器」の三議定書からなる国境を越えた組織的犯罪に対する「パレルモ条約」が、2000年(平成12年)11月15日、国際連合総会において提起されました。
パレルモ条約の「人身取引に関する議定書」には、女性と児童の人身取引を防止・抑制し、罰する規定が明記され、2015年(平成27年)4月現在、147ヶ国が著名し、185ヶ国が締結しています。
しかし、日本は、平成15年5月14日の国会において、「人身取引」「密入国」の2つの議定書について承認した(「銃器」は非承認)ものの、批准していません。
そのパレルモ条約を批准していない日本の国民の多くは、「風俗を利用した」「風俗に行ってきた」ということばを使用し、「女性を買った」「未成年者を買った」と“性を売買”する、つまり、“性”を商品(物)として売買することばを使用しません。
こうした意識が、“性を売買”した者の後ろめたさや罪悪感を薄め、そして、“性”を商品(物)として売買すること、つまり、「性的搾取(性の商業的利用)」という問題認識を曖昧にしたり、目を逸らしたりする役割を担っています。
性を売買している、性を商品としている認識が低い日本の姿勢は、平成8年(1996年)にストックホルムで開催された「第1回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」において、日本人によるアジアでの児童買春やヨーロッパ諸国で流通している児童ポルノの8割が日本製と指摘され、厳しい批判にさらされることになりました。
厳しい批判にさらされていた日本政府は、援助交際(買春)が社会問題化していたことから、平成11年11月1日、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(児童ポルノ禁止法)」を施行させました。
平成18年、「単純所持規制」と「創作物規制」の検討を盛り込んだ与党改正案、平成21年、「児童ポルノの定義の変更」および「取得罪」を盛り込んだ民主党案が提出されましたが、いずれも衆議院解散に伴い廃案となり、5年後の平成26年6月、「単純所持禁止」を盛り込んだ改正案が衆議院で可決成立し、平成27年7月15日から適用されています。
ここまで、「児童ポルノの8割が日本製」と指摘され、厳しい批判にさらされてから、実に19年の月日を要しました。
しかし、日本では、「児童ポルノにしか見えない商品」が普通に陳列され、大量に売られている現状は、日本の児童ポルノに対しての感覚は、グローバルスタンダードとはかけ離れていることを示しています。
例えば、ジュニアアイドルの握手会などが頻繁におこなわれている東京の秋葉原では、毎週のように、小学校低学年の女児の撮影会やサイン会や、女子中学生の水着姿の撮影会がおこなわれています。
しかし、一般の人たちの多くは、「この様子を大人の性的欲望を満たすために、女児が性的搾取被害にあっている」と問題視することはほとんどありません。
ここには、「親自身が子どもを商品として、性的搾取している」、つまり、性的虐待をおこなっているという重大な問題が潜んでいます。
しかし、懸命に大人の要求に応えている女児に対して、「頑張っている」とか、「かわいい」という印象を抱きながら素通りしています。
明らかに“ポルノ”として消費(性的搾取)され、その背景には、性的虐待が絡んでいるにもかかわらず、多くの大人が“アイドル作品”であるかのようにふるまっているのです。
日本社会、日本国民1人ひとりが、「性的搾取(性の商業的利用)」という問題に寛容であることは、「性的虐待」、「性暴力」に対しても寛容にしてしまいます。
寛容であることは、真実を見誤るなど、事実認識を歪めてしまいます。
日本では、「配偶者暴力防止法」が施行されて18年、「児童虐待防止法」が施行されて19年の月日が経過したものの、いまだに、DVや児童虐待、性暴力に対する正しい理解はいき届いていないのが現実です。
理解がいき届かない理由のひとつが、社会的な背景として、「女性や子どもに対して暴力をふるってなにが悪いんだ!」と思っている者たちが、いまだに、国民の主流であるということです。
これまで女性や子どもに対して暴力をふるってきた者たち、あるいは、暴力を容認してきた者たちにとっては、上記のように、女性や子どもへの暴力の根絶を願う思いが徐々に社会に広がり、女性と子どもが権利を勝ちとり、国としてのルールや法(規定)がつくられ、それが、社会・コミュニティとしての倫理観や道徳観といった規範となりつつあることを、疎(うと)ましく、忌々(いまいま)しいわけです。
「よい考えがあれば、たとえ急でも、古い昔からのやり方は捨てて、一からやり直そう」と考える「革新派」により進められてきた上記のような政策(法やルールといった規定づくり)にもとづいた新たな倫理観や道徳観(価値観)に対し、「いままでの伝統や文化や考え方、社会を維持していく」、つまり、「古い昔からのやり方に従うのがあたり前だ!」と考える多くの「保守的」な人たちにとっては、鬱陶しく、邪魔なだけなのです。
また、「私も、親から叩かれるなど厳しく育てられたし、家庭内での妻や子どもに対する多少の暴力は、どこの家庭でもおこなわれている」と認識し、家庭内での暴力を容認(正当化)せざるをえなかった人たちの中には、この問題を受け入れることは、自身の価値観(倫理観や道徳観)が覆されてしまうことから、心が抵抗し、拒絶(反発)する力が働いていることも少なくありません。
 しかし、暴力を容認しない社会になりつつあることを鬱陶しく、忌々しく思っている保守的な人たち、あるいは、自身の体験(生育環境)から否応がなく暴力を容認せざるをえない人たちには、共通して認識できていないことがあります。
 それは、暴力がもたらす後遺症は、社会にとって、負の遺産となりうるということ、つまり、社会的損失でしかない考え方です。

② 家族システムを崩壊させた富国強兵・国民皆兵策
 では、「いままでの伝統や文化や考え方、社会を維持していく」、つまり、「古い昔からのやり方に従うのがあたり前だ!」という考え方、価値観の“礎”は、日本社会でいつ構築されたのかについて少し触れておきたいと思います。
現在の日本の社会システムの歴史は、明治以降の150年間で構築されたものです。
そして、その“礎”は、政権転覆を果たした明治政府のキャンペーンにより意図的に創造されたものです。
前政権(政(まつりごと))を否定するのは、古今東西、常に繰り返されたきたことです。
それは、新しい政権による新しい時代が、これまでの政権(時代)より、いかに素晴らしいものになったのかを国々の人民に浸透させるためです。
なぜなら、新しい政権の安定には必要だからです。
そのひとつが、「士・農・工・商・えた・ひにん」といった身分制度を意図的につくりだしたことです。
つまり、明治政府は、江戸政府の身分制度を廃止したことを人民にアピールしたわけです。
しかし、江戸時代には「武士とその他」の区分けしかありませんでした。
「農」が国の本であるとして、「工商」より上位にあったとされていましたが、身分上はそのような関係はなく対等でした。
近世被差別部落やそこに暮らす人々は、「武士-百姓・町人等」の社会から排除された「外の民」の存在として、身分の下位・被支配の関係にあったわけではなく、武士の支配下にありました。
同様に、中国の古典で使われていた「四民平等」の「四民」ということばは、明治政府の一連の身分政策を総称するものです。
中国の古典では、「士農工商の四民は石民なり」とあり、「石民」とは「国の柱石となる大切な民」、つまり、「国を支える職業」「すべての職業」「民衆一般」といった意味です。
士農工商は平成12年以降、四民平等は平成17年以降、教科書の記述はなくなっています。
 そして、「江戸時代は封建制であったのだから、父親は、育児にかかわっていないだろう」という認識も間違っています。
「家を豊かにし、後代に伝える」ことが、父親自身や家族の運命を握っていました。
つまり、子どもに学を与え、賢く育てて家督を譲ることを意味します。
武士では、父親は子どもに学問を教えることによって、上級武士と下級武士の垣根はありました。
しかし、それを乗り越えて勘定方の地位を得るなど、能力次第でエリートの道も開かれていたことから、教育熱心であることは美徳であり、差し迫った課題だったわけです。
一方、農家においても「児孫のために美田を買わず」ということばがあるとおり、美田を遺(のこ)し、それを守る子どもを育てることが父親の役割でした。
作物を工夫し、土地を富ませ、それを時代に譲ることが人生の一大事だったのです。
村で出来高の少ない家がでると、一蓮托生で村全体の責任になることから、落ちこぼれをだしてはならなかったのです。
18世紀初頭、会津の篤農家は、子どもをよく教え育てることが大切で、うまく育てられないのは親の恥であるという和歌を残しています。
農村では、父親が農作業で培った知恵や技術を、子育てをとおして子どもに教え伝える構造が確立していました。
賢い子どもを育てることのできる父親が、すなわち仕事ができる、能力のある人間であるという価値観がゆきわたっていました。
 ところが、政権転覆を成し遂げた明治政府は、ヨーロッパ諸国からの脅威に対抗するために、軍事力を強化しなければならない、つまり、“富国強兵”“国民皆兵”を実現しなければなりませんでした。
 富国強兵、国民皆兵は、いうまでもなく、男性を徴兵し、兵士とすることです。
 つまり、日本国民の男性は国を守る兵士、同じく女性は家を守る兵士という役割と位置づけたわけです。
それは、江戸時代では、人口の5%に過ぎなかった武家社会の考え方、特に、「内助の功」「良妻賢母」という価値観を“軸”に、人口の80%以上を占める農民に対して、理想の家族像、理想の男性像、理想の女性像を教え込む必要があったのです。
 つまり、日本社会に色濃く残る家族像、男性像、女性像は、明治政府による意図的(操作的)なキャンペーンによりつくられたものだったわけです。
家族(一族)・コミュニティで協力しながら農耕する生活スタイル、つまり、子育てもまた家族(一族)・コミュニティで協力しておこなってきた80%以上の人々に対し、子育ては、女性がおこなうという役割を担わせることになったわけです。
このことにより、日本の農耕社会における家族システムは、徐々に崩壊していくことになりました。
1853年7月、アメリカ海軍艦隊(黒船)来航、翌1854年の開国を機に、日本は自由貿易の開始により、世界的な資本主義市場経済と植民地主義に組み込まれていきました。
列強の圧倒的な存在感により、日本社会全体が西洋文系の影響を受けて劇的に変化していくことになります。
農民の軍人(徴兵を含む)、工業に従じる者の増加、つまり、人口のシフトが劇的に変化することになったのです。
この“人口のシフトの劇的な変化”に伴い、家族の役割もまた劇的な変化を求められていきました。
その結果、現代に至る家族システムに多くの問題を生じさせることになったのです。
それは、人類が生存するためにつくりだした「共同養育システム」を崩壊させたことです。
  出産後子育てに従事する5年間は次の子どもを妊娠しないチンパンジーと違い、猿人から分化した人類は、600万年という年月をかけて毎年出産できるように進化しました。
なぜなら、木の上の生活から地上に降りて生活することになった人類は、肉食獣に襲われるリスクが高まり、生存率が低下したことから、毎年出産して、多くの子どもを残すことが戦略として欠かせなかったからです。
このことが、結果として、人類が今日の繁栄を築くうえで重要な役割を担うことになりました。
出産後10年以上の歳月をかけて大脳をゆっくりつくりあげる人類が、育児中に次の子どもを妊娠し出産することを可能にしたのは、ホモサピエンスが現れ20万年かけてつくりあげた女性同士が育児と労働を助け合う「共同養育」というシステムでした。
つまり、コミュニティで子育てをし生き残る確率をあげることで、狩猟、農耕の生産性を向上させることができたのです*-2。
人は、進化の過程で共同養育(保育)するようになりました。
それは、必要なときには、子どもを預けられるようにできていて、誰の助けもなく子育てするというようにはつくられていないことを意味しています。
そして、長く農耕で生計を成してきた日本社会は、女性同士が育児と労働を助け合うだけでなく、男性もそこに参加する「共同養育システム」と構築してきたわけです。
ところが、開国以降の近代日本では、明治維新を経て、ロシアの朝鮮半島への進行を防ぐにはアジアで団結するしかないとの考えでしたが、日本一国で欧米諸国と対等に肩を並べることで日本の国土を欧米の侵略から守ろうという、「脱亜入欧(アジアを脱し、欧米列強に肩を並べる)」の考え方にシフトすることになります。
その契機となったのが、富国強兵、国民皆兵キャンペーン下で突き進んだ日清戦争(1894年(明治27年)7月-1895年(明治28年)3月)を契機に、日露戦争(1904年(明治37年)-1905年(明治38年)、第1次世界大戦(1914年(大正3年)-1918年(大正7年)、第二次大戦後(1939年(昭和14年)-1945(昭和20年))と、戊辰戦争(1869年)以降、戦禍・戦時体制は、約75年続きました。
その中で、現在にも色濃く残る男性・女性の役割認識が、浸透し、確立されていくことになりました。
さらに、敗戦からの戦後復興、第1次産業から第2次産業に就業労働がシフトするなど産業構造が激変する高度成長を経て、第三次産業へのシフトしていくことになりました。
「第三次産業へのシフト」は、農耕のために定住してきた土地を離れて都市部に移り住む行動を加速させていきました。
その結果、核家族化・少子高齢化が進み、そして、「共同養育」というコミュニティで子育てをする人類特有のシステムは崩壊していきました。
福井大学の研究チームは、0-6歳の子どものいる母親30人の脳の活動を機能的磁気共鳴断層撮影(fMRI)で脳の活動を測定し、「母親が、子育てで気分が落ち込んだとき、周りの大人の気持ちを読みとる脳の部位の活動が弱まることが判明した」と発表しました。
「子育てで孤立を感じてストレス状態が高い母親ほど、大人の表情から気持ちを読みとる脳の部位の活動が低下していた一方で、子どもの気持ちを推測する部位の変化はなかった」としたうえで、友田明美教授は、「子育て中の気分の落ち込みは周りの大人との対人関係を悪化させる可能性がある。」と述べています。
つまり、第2次世界大戦後、先進諸国で急速に進んだ「産業構造の変化」に伴う“都市化”や“核家族化”は、本来、人類が、コミュニティで子育てをし生き残る確率をあげるシステムとは相反するものです。
「人類が20万年かけてつくりあげた女性同士が育児と労働を助け合う共同養育というシステムが機能しなくなった中で、毎年出産できる能力だけが残っている」、「共同養育を担ってきたコミュニティが崩壊している中で、これまで同様の妊娠、出産、育児が求められている」、「その結果として、産後クライシス、産後うつという症状に苦しむことなった」という意味で、人類としては重大な問題です。
「共同養育を担ってきたコミュニティが崩壊している中で、これまで同様の妊娠、出産、育児が求められている」ことそのものの問題であって、個々の家庭の問題ではないのです。
当事者がひとりで背負い込む範囲をはるかに超えた問題であることから、問題を抱える家庭を早期に発見して早期支援につなげる、つまり、社会で、コミュニティでサポートしていかなければならないのです。
*-2 「共同養育」というシステムは、同時に、コミュニティの危機をもたらす危険なふるまいを犯した者を罰するルールを構築しました。
狩猟のための武器を、ルールを犯した者に向けたり、他のコミュニティとの争いに使用したりすることになっていくことになります(矢から弓と武器の遠距離化は統治人数の拡大化につながります)。


③ 「内助の功」「良妻賢母」という教え。それは、DVを許す考え方
日本は、世界各国の男女平等の度合いを指数化した世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数」で111位(世界196ヶ国)と悲惨な状況です。
日本社会は、戦後70年を経た今日でも、明治から第2次世界大戦まで信じ込まれてきた理想の家族像、理想の男性像、理想の女性像という概念の下で、先進国として信じられないほど男女差別が根強く残っているのです。
近代日本で、劇的な産業構造の変化をもたらし、人々の働き方、生活習慣が劇的に変化することになった明治以降、“内助の功”“良妻賢母”という新たな価値観が植えつけられたことを知ることは、現在の日本独特のジェンダー観(性の役割認識)を理解するうえで、とても重要なことです。
明治政府が富国強兵を進めていくには、共通言語、共通認識の下で意思統一、そして、産業の振興による外貨の獲得が欠かせませんでした。
そのためには、婦女子や子どもに対する教育(読み書きそろばん)が必要不可欠でした。
その学校(小学校から女学校まで)の教師となったのは、武家出身の藩士やその子息(女性を含む)でした。
つまり、藩校のプログラム+αが小学校などの教育プログラムとなったことから、さまざまな武家特有の風習が、武家以外の95%の国民の風習として急速に広がることになりました*-3。
そこには、武士であった夫(男子)を支え、献身的に献身的に尽くす妻・女子の役割、つまり、本来の「内助の功」「良妻賢母」という価値観が教え込まれることになりました。
こうした新たな概念や価値観を国民に浸透させるキャンペーンには、明治23年(1890年)10月30日に配布された教育勅語(教育ニ関スル勅語*-4)も含まれます。
明治時代以降の学校教育、日新日露戦争、第1次・第2世界大戦に及ぶ軍国化の中で、理想の家族像、理想の男性像、理想の女性像が意図的につくられ、信じ込まれてきたものです。
「内助の功」「良妻賢母」は、その中で、都合よく解釈され、利用されてきた概念です。
つまり、現代の日本のジェンダー観に大きな影響を及ぼしているのが、女性に求める「内助の功」「良妻賢母」という概念です。
武家で求められた女性像は、家庭的であると同時に、男性よりも勇敢で、決して負けないというもので、武家の若い娘は感情を抑制し、神経を鍛え、薙刀を操って自分を守るために武芸の鍛錬を積むことになりました。
ところが、時代の変遷により、武家の女性たちが音曲・歌舞・読書・文学などの教育が施されたのは、父親や夫が家庭で憂さを晴らす助けとなること、つまり、普段の生活に彩と優雅さを添えるためと担う役割が変わっていきました。
娘としては父親のため、妻としては夫のため、母としては息子のために献身的に尽くすことが女性の役割とされたのです。
男性が忠義を心に、主君と国のために身を捨てることと同様に、女性は夫、家、家族のために自らを犠牲にすること求められたのです。
つまり、武家の女性には、自己否定があってこそはじめて成り立つような、夫を引き立てる役割を担わされたのです。
この役割が、武家の女性に求められた「内助の功」「良妻賢母」です。
明治政府は、富国強兵・国民皆兵策を進めるために、武家出身者以外の国民に対して、「内助の功」「良妻賢母」という男性に尽くし、支える女性の役割を家庭の理想像(思想)として、徹底的に教え込んでいったわけです。
この「内助の功」「良妻賢母」という概念は、横暴な夫との暮らしに悩んでいる妻から相談を受けた宗教や地域の世話人(良識があるといわれる人物)が、「夫が右足をだしたら靴下を履かせて、左足をだしたら靴下を履かせるように、あなたが変われば、夫は気持ちよく生活できるはずです。(天理教講話)」などと、夫婦生活の相談の場では「夫を引き立てるように献身的に尽くすように自己変革を求める教え」が広くおこなわれることになりました。
ここには、3つの重要な問題が存在しています。
第1に、武家出身の藩士やその子息(女性を含む)が開いた私学(女学校を含む)で学んだ高学歴な女性たちが、上記のような教えを布教する重要な役割を担ってきたということです。
  第2に、この「自己変革を求める教え」は、新興宗教やカルトなどが、感受性訓練の要素を組み込んだ「自己啓発セミナー」として実践してさまざまなトラブルをおこしているマインドコントロール手法そのものということです*-5。
そして、第2に、「夫を引き立てるように献身的に尽くすことを求める」のが、DV加害者の典型的な考え方(思考習慣)だということです。
日本社会は、明治政府により、夫(男性)に尽くし、献身的に支えることのできない妻(女性)に対し、自己変革させる(躾し直す、絶対服従を誓わせるなど)ために暴力をふるい、その行為(暴力)を、明治政府以降の教育・キャンペーンで教え込まれてきた前の世代の祖父母、母が、そして、社会が容認してきたのです。 
なぜなら、国家をあげて、国民に自己変革を求めてきたのです。
明治政府以降の国家・社会こそが、「夫に尽くし、献身的に支えるのが妻の役割」という概念を推奨し、自己変革を求めてきたことに他ならないのです。
DV加害者である夫が、妻に対する暴力を正当化する考え方の根底には、この夫を引き立てる妻の役割、つまり、“内助の功”“良妻賢母”という価値観が存在しているのです。
そして、この価値観は、DV加害者が育ってきた家庭の中で、この価値観を容認する社会の後ろ盾により正当化され、代々引き継がれてきたわけです。
このことが、DVの世代間連鎖、DVを起因とする児童虐待の連鎖の一因となっています。
*-3 明治維新と呼ばれる革命により達成した政権転覆は、不満を募らせていたり、利得を求めていたりする大衆(農耕に従事する下級武士や農民)に対し、大衆の不満や利得など一面的な欲望に迎合して大衆を操作する方法と用いる「ポピュリズム(populism)」そのものでした。
その活動は、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとしたものでした。
「ポピュリズム」については、「Ⅰ-5-(4)ミルグラムのアイヒマン実験」の中で、プロパガンダとともに、人をコントロールする手法として詳しく説明しています。
*-4 「教育勅語」とは、明治天皇の勅語として発布された近代日本の教学の最高規範書です。
その内容は、家族国家観による忠君愛国主義と儒教的道徳、つまり、忠君愛国を国民道徳として強調し、天皇制の精神的・道徳的支柱となった概念です。
忠君愛国という道徳観は、明治・大正・昭和前期の各時代を通じて、学校教育を経て、国民に強制してきました。
そして、「教育勅語」は、第二次世界大戦敗戦後の昭和23年(1948年)に、国会の各議院による決議により廃止されました。
*-5 感受性訓練の要素を組み込んだ「自己啓発セミナー」については、「Ⅰ-5-(8)自己啓発セミナー。それはカルト活動の隠れ蓑」で詳しく説明しています。


④ 家制度。跡継ぎの男の子、そうでない女の子という“区別”が招く悲劇
待望の第1子に跡継ぎとしての男児を期待する風潮は、武家社会にもとづくものです。
なぜなら、武家では、男児が生まれ家の跡を継ぐことができなければお家断絶となったことから、男児が跡取りとして不可欠だったわけです。
一方で、将来の労働力として役割を担う子どもが多く生まれることが、子孫の繁栄であった農家などでは、武家社会ほど、男児を期待する風潮はなかったのです。
しかし、明治政府の「富国強兵策」を進めるキャンペーンにより、その状況が一転することになりました。
なぜなら、跡継ぎとしての男児の役割だけでなく、「男児=軍を担う者」であることが重視されるようになったからです。
そして、明治政府が、富国強兵策を浸透させるキャンペーンを通してつくりあげた理想の家族像、求める男性像子像、求める女性像に合致しない者、つまり、「国のお役に立てない者」は徹底的に排除され、激しい差別を受けることになりました。
この国のお役に立てない者は、子どもを生めない女性と障害のある子ども、そして、徴兵検査で落とされた体の弱い男性でした。
そして、子どもを生めない女性、障害のある者、徴兵検査で落とされた体の弱い男性に対しての偏見、そして、差別意識は、いまだに色濃く残っています。
  第2次世界大戦での敗戦後、日本では、新たな日本国憲法の制定により、「男児=軍を担う者」という考えはなくなりましたが、武家の風習としての男児=跡継ぎ、「日本男児」という概念だけが残ることになりました。
武士道をもとにした理想の男性像になることを課された、つまり、「日本男児」であることを強いられた男の子は、「強い男でなければならない」との強烈なプレッシャー(抑圧)に苦しめられることになりました。
そのプレッシャーは戦後も色濃く残り、ひきこもり、家庭内暴力、DV、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントの加害者になったり、非行、アルコールや薬物、ギャンブルに走らせたりするなどの悲劇を招くことになります。
  そして、「跡継ぎ」という問題は、跡継ぎを生まなければ、嫁として存在価値がない風潮だけを残すことになりました。
それは、第1子が女児であったとき、母である女性が、“嫁いだ家”の中で肩身の狭い思いをすることを意味します。
こうした風潮下では、子どもが生まれたとき、「女の子だったのか」とため息交じりに吐かれる心ないことばが暴力であるという認識は皆無です。
母である女性に向けられる心ないことばの数々は、母と生活をともにする乳幼児も浴びることになります。
それだけでなく、第2子が跡継ぎとなる待望の男児であった場合、家族に留まらず一族をあげて誕生を喜び、祝福の数々を見せつけられる長女は、二次的なダメージに晒される日々を送ることを強いられます。
こうした家庭環境で育った長女には、「男に生まれていれば、こんな思いはしなかったのに」と“女性性”を受け入れられず、スカートを着たり、髪を長くしたりするといった女性性の特徴的な“いでたち”を受けつけなくなることがあります。
女性であることを受け入れられない思いは、異性である男性観や結婚観の構築に多くの影響を及ぼします。
当然、セックスをどう捉えるかにも表れます。
中には、女性としてセックスを受け入れることに嫌悪感を抱くことさえあります。
セックスに嫌悪感を抱く、セックスを受け入れられない思いは、性的虐待やレイプ被害(以上、同性による被害を含む)にあった性暴力被害にあった人たちによくみられる後遺症のひとつで、同時に、性的な嗜好に影響を及ぼすものです*-6.7。
そして、男の子を切望していた家で女の子として生を受け、男の子で生まれなかったことで傷つき、女性性を受け入れなかった長女にもみられる傾向です。
出生時に家族から女性性を望まれなかったことは、生存そのもの(存在)を受け入れなれなかった(認められなかった)、つまり、暴力のある家庭環境で育った子どもと同様に、「強烈な拒絶のメッセージを受けた(虐待を受けて育った)」ことに他ならないのです。
その強烈な拒絶のメッセージは、いった者、つまり、両親や祖父母、近親者が自覚していなくとも、いわれた者は、出生時に排除された子どもとして生きる、母親が肩身の狭い思いをさせられながら発育しなければならないといった重い十字架を背負うことになります。
「親に生まれた性を拒絶されるダメージ」の深刻さは、タイのニューハーフ(カトゥーイ)の歩む人生に学ぶことができます。
先天的な性同一性障害*-8とは異なり、タイの農村部では、「貧困なうえに高く売れるようにと、男児を女児として育てることが少なくなかった」ことが、仏教徒の国に多くのカトゥーイを生みだすことになりました。
「男児を女児として育てる」という親の暴挙(意志)は、男児の心(精神)も後天的に女性化させるだけの強烈な力を持っていることを示しています。
その後天的に、親から女性化させられたカトゥーイの多くは、20歳前に性別適合手術(陰茎反転法など)を受け、長期的に大量のホルモン剤を服用するようになります。
性別適合手術を受け、大量のホルモン剤を服用することになったカトゥーイは、25-26歳を超えると50歳ぐらいの一般人に見間違うほど老けてみえるほど体にダメージが表れます。
タイの平均寿命が74歳を超える中で、カトゥーイの平均寿命は、35-40歳なのです。
親による“性の強制”は、性そのものを破壊し、しかも、大量のホルモン剤で体を蝕み、寿命をも奪うのです。
このカトゥーイの問題は、親の子どもへの一方的な抑圧が、多くの精神的な障害に深くかかわり、その多くは遺伝ではなく、後天的に生みだされ、その結果、次々と自己破壊的な問題行動をひきおこしていくという事実(メカニズム)を知るうえで、特に重要です。
*-6 逆に、「再演」としての性暴力被害を繰り返したり、性搾取の被害下に身を置いたりしながら自己存在(わたしがここにいる)を確かめ続ける場合もあります。
  なお、性虐待など性暴力の被害者が抱える心の問題(後遺症)については、「Ⅰ-9-(5)面前DV、DV環境下で育つ子どもに表れる症状と傾向-子どもがDVの最大の被害者と認識しなければならない意味-」、「Ⅱ-19-(5)性暴力被害と解離性障害」、「同-(6)摂食障害とクレプトマニア(窃盗癖)」、「同-(7)解離性障害とアルコールや薬物依存症」で、多くの事例を踏まえて詳しく説明しています。
*-7レズビアン(Lesbian;女性同性愛者)、ゲイ(Gay;男性同性愛者)、バイセクシャル(Bisexual;両性愛者)、トランスジェンダー(Transgender;性同一性障害を含む性別越境者など)を示す「LGBT」は、欧米社会や日本では、セクシュアルマジョリティ(性的多数者)の間でも少しずつ社会に受け入れられるようになってきています。
「*-8」に記す胎児期の脳の男性化・女性化が影響する「性同一性障害」は別として、「LGBT」という性的な嗜好には、幼児期・思春期の性的虐待被害、その後のレイプ被害など性暴力が影響している事実を忘れてはいけません。
*-8 「性同一性障害」は、受精後の脳の発達プロセスの中でおこなわれる脳のオス化(男性化)と深く関係しています。
受精後の脳と体はすべて女性(メス)で、その後、性器がオス化(男性化)される胎児とメス(女性)のまま留まるのかに別れます。
性器がオス化(男性化)されることにより、男性ホルモンの分泌が活発になり、その男性ホルモンの“分泌量”の多さにより、脳がオス化(男性化)になるのか、メス(女性)のままなのかが決まります。
例えば、体が男性であったとしても、男性ホルモンの分泌量によって、100%男性化できたり、60%の男性化(40%は女性が残る)であったり、30%の男性化(70%は女性が残る)であったりすることになります。
体は男性であっても、脳は男性化ができていないまま生まれてきたり、体は女性であっても、脳は男性化されて生まれてきたりすることになります。
これが、性同一性障害を発症するメカニズムのひとつです。
問題は、胎児は母親と胎盤でつながっていることから、オス化(男性化)する時期に、母親が強いストレス下にあると男性ホルモンの分泌に影響を及ぼしたり、母親が服用した薬、アルコール、カフェイン、ニコチン(ニコチン)などの化学物質の影響を受けたりすることです。
もっとも薬の影響がでるとされる体の組織や器官が形成される妊娠初期に、風邪薬を飲んでしまったことが原因で聴覚に障害がでることはよく知られていると思います。
胎児は、薬などの強烈な成分を分解したり、体外に排出する仕組みが整っていなかったりすることから、正しい成長を妨げられる可能性が高くなるのです。
なお、女性脳と男性脳の機能・働きの特性については、「Ⅱ-12-(8)男性と女性の脳の違い」で詳しく説明しています。


⑤ 差別、区別、偏見という暴力。抑圧が家庭に向けられる暴力
  「差別」という問題は、暴力(いじめ、体罰、各種ハラスメント、虐待・DVなど)の問題とは切っても切れない関係にあるとともに、その後の人生において精神的なトラブルを抱えるリスクを考えると社会病理そのものの問題です。
a) 同和問題
 明治維新後、明治政府は、前政権となる江戸幕府の政(まつりごと)を否定するために、「江戸時代には身分制度(士農工商(えたひにん)があった)と意図的につくりあげてきました*-9。
以来、「家(出身)」という問題、同和という問題として、いまなお色濃く残ることになり、そのことが、家自体、もしくは地域コニュニティが差別を受け続けることになりました。
その社会からの抑圧(暴力)は、心を傷めつけ、やるせない思いは、家庭内での暴力を生みだし、何世代も続いてきた要因となっています。
*-9「江戸時代の身分制度は、明治政府に意図的につくりあげた」ことについては、後述する「家族システムを崩壊させた富国強兵・国民皆兵策」で詳しく説明します。

-事例2(面前DV1・虐待1・世代間連鎖1、差別1)-
  私は、いわゆる同和地区で育ちました。
私は、小学校1年生のころから、男子生徒からいじめに合っていました。
いじめは、3年生から中学校3年生まで続き、お昼の弁当もひとりトイレで食べていました。
地獄のような日々でした。
  中学校3年生のとき、「このまま地元の高校にいけば、同級生がいいふらしてまたいじめにあってしまう。そうだ。私しか進学しない遠くの高校に進もう」と固く決心して、勉強を頑張り、希望校に合格しました。
往復3時間をかけての通学は大変でしたが、いじめにあうこともなく、友だちもできて楽しく過ごすことができました。
そして、短大を卒業して、就職し、結婚しました。
「結婚したら、いじめにあった地元から遠く離れた所に住みたい」、それが私の夢でした。
しかし、過干渉の私の母親が、自分が所有する土地に私たちの家を建ててしまいました。
そして、私は、地元に住むことになりました。
母親と一緒にある工務店に行ったとき、母が「娘を遠くに行かせたくない。近くに住んでほしいから。」と話しているのを聞いて、私はとても嬉しかったのです。
なぜなら、「私は母に愛されている」と思ったからです。
ところが、引っ越しをすませすると、私は「近所に、私の同級生はいないだろうか」と思うと、心臓がドキドキし、苦しくなりました。
スーパーに行き、同級生にあったときには、いじめにあっていた過去の自分に戻ってしまい、とても苦しくなりました。
毎日、「あっ、あの人は小中学校のときいじめにあっていた○○出身の人だわ」と思われているのではないかと不安になりました。
その不安感は、私を人の集まる場所を避けさせました。
そして私は、孤独になっていきました。
「なぜ、こんないじめにあった地元に住んでしまったんだろう。住まなきゃよかった。そしたらこんなツラい思いはしなかったのに」と、毎晩、夫に隠れて泣いていました。
  一方で、私は、娘が通う幼稚園や小学校でPTAの役員になってしまいました。なぜなら、頼まれたら断れないからです。
PTAの会合であてられて発言したあとは、私は「おかしなことをいったんじゃないか。みんなは私をバカにしているんじゃないか」という感情があふれてきました。
頭の中は、そのことでいっぱいいっぱいになって、他の役員の発言は頭の中に入ってきませんでした。
友人同士で話しているときに、私だけ会話に入れなかったりすると強烈な疎外感を苛まれます。
会話に入れないでいると、友人に距離を置かれていると感じてしまいます。
そして、「そんなの本当の友人じゃない!」と自分から距離をおいて、高校、短大時代の友人を随分なくしてきました。
私は「深入りすることが本当の友人関係だ」と思っていました。
しかし、深入りしてはめちゃめちゃ傷つけられるパターンの繰り返しでした。
大学院に進学した娘に、「お母さんは自虐的なところがある。」と指摘されました。
自分でも気づいていましたが、体が壊れてしまうまで働き続けるなど、自分で自分を傷めつける癖があります。
  一方で、いじめの加害者は、私の人生を滅茶苦茶した私の心の殺人者と、私の心は憎しみ、恨み、怒りなどでいっぱいでした。
32年間、精神科や心療内科に通いましたが、誰にも指摘されることがなかったので気づくことができなかったことがあります。
それは、「この40年間、私は学年中の生徒にいじめられていたと思い込んでいた」ということでした。
ネットでC-PTSDということばと症状を知り、これこそが、51歳になる私がずっと苦しんできたものと思いました。
そして、電話でのカウンセリングを希望しました。
カウンセリングの中で、学校のいじめには「加害者」「観客」「傍観者」「被害者」の四層構造があることを知りました。
最初は、いじめられた悔しさ、怒り、憎しみ、恨みでいっぱいで、その説明も頭に入りませんでした。
私の人生はこんなはずじゃなかった、彼奴等に私の人生を狂わされた、滅茶苦茶にされた、心の中はこんな状態で膿んでいました。
あまりにも辛くて、加害者も傍観者も観客も、同じように捉えていました。
しかし、過去の自分と向き合う中で、高校1年生のとき、クラスでいじめにあっていた女子生徒がいたことを思いだしました。
私は、彼女と話をすることを避けていました。
なぜなら、彼女と話せば、私も変な目で見られると思い、話せませんでした。
これこそが傍観者だったのです。
あれほどいじめにあった辛さを経験してきた私も、傍観者にしかなれなかったのです。
このとき、私は、学年中の人からいじめられていたわけではなかった事実を受け入れることができました。
  私は、子どものころ、誰にも辛い気持ちをいえずにいました。
ただひとりだけでもいいから、私の辛い気持ちを受け止めてもらえる人、ドラえもんのような人が欲しいと思っていました。
いじめにあっている子どもは、いじめにあっていることを両親には知られたくはないのです。
私は、いじめにあっている私は情けない子どもだから、こんな自分を知られたくないと思っていました。
いじめにあっていることを両親にいったら、どんな反応をするか怖かったのです。
同級生に話すのも、クラスの皆にいいふらされてしまうかもしれないと思うと怖くてできませんでした。
だから、担任の教師に「いじめられているから助けてほしい。」、「家でも毎日両親がケンカをして、両親に叩かれたりして辛い。」と何度も訴えました。
しかし、担任の先生は助けてくれるどころか、「いじめにあうF(私)にも悪いところがある。ご両親が怒るのも、悪いところを直してほしいとの親心じゃないか。そこから直していかなきゃダメだ。」と、私を叱責しました。
私は、担任に突き放された、見捨てられたと感じました。
いじめをした同級生の8人の男の子たちよりも、助けてくれなかった担任の教師に対して殺してやりたいほどの憎しみと怒りを感じてきました。
その私が、カウンセリングを受け、私自身がいじめにあっていた高校の同級生の“傍観者”だった、つまり、私の解釈では「みんなにいじめられていた」の“みんなの一人”だったことに気づかされてから、私の生い立ちに目を向けられるようになりました。
 しばらくして、幼稚園のとき、真っ暗な押入れの中で生米を食べている私の画像が流れてきました。
 ショックでした。
 私が母親のことを重い、いっしょにいると息苦しくなると感じていたのは、ずっと母親の過干渉が原因だと思っていました。
しかし、それは間違いでした。
私は、いじめ被害への憎しみ、怒りに心が支配されてしまい、ずっと忘れていましたが、小学校に入学する前から、両親が怒鳴り合い、罵り合うのを見聞きしていました。
その度に、母親から「子どものために離婚はがまんしている。」、「離婚をしたら、子どもがかわいそうだから。」と聞かされていました。
それだけでなく、罵り合った両親のイライラは、私に向けられました。
母親に叩かれたり、蹴られたり、罵倒されたりするので、幼い私は恐怖に怯えていました。
母親が怖くて、「お腹が空いた」といえず、真っ暗な押入れで生米を食べていたのでした。
私は、小学校3年生のころ、「両親は、なんておかしなことをいっているんだろう」、「毎日のように繰り返される両親の憎しみに満ちた罵り合い、大声で怒鳴り合う姿を見せられながら育つ方が、子どもにとっていいはずがないじゃないの!」、「離婚して、両親が罵倒し合わない毎日を過ごすことができればどんなにいいのに。」と思うようになっていました。
 私の育った家は暴力のある家庭で、私は、親から虐待を受けて育っていました。
 そして、カウンセラーに、「あなたが、2人のお子さんたちとどう過ごしてきたのか、母親として、妊娠・出産以降、お子さんたちの成長をどう見てきたのかをエピソードを交えて詳しく教えてください。」となげかけられたとき、私は絶句しました。
 なぜなら、思いだせないからです。
 はじめて自覚しました。
 私は、自分のことだけしか考えていなくて、子どものことに無関心だったのです。
 母親のことを過干渉だと思ってきたので、子どものことには干渉しないように努めてきたと思っていましたが、程度、加減がわからない私は、無関心で、ただ放っていただけでした。

同和(部落)問題は、学校や社会ではいじめという差別や偏見を受け続けてきたことに留まるものではありません。
そこには、家庭内で、抑圧のはけ口としてDVや虐待がおこなわれ、ときに、何世代にもわたって暴力が続いてきた“世代間連鎖”の問題、世間からの差別と偏見、家庭内での暴力で二重三重に傷つき、深刻な心の問題を宿しています。
日本社会では、差別や偏見、区別は、さまざまな場に広く、そして深く存在しています。
b) 社会福祉病院
医療の最初の入り口は、患者のからだの状態、顔色、舌、排泄物をみる<望診>や脈を診て、腹部などに触れる<切診>、<問診>では自覚症状だけではなく生活の仕方や家族のことを訊き、<聞診>で声、呼吸を聞き、匂いを嗅いでいくことですが、私は、この基本プロセスさえないがしろにしている医療の現場を目にしたことがあります。
平成20年、緊急一時保護センターなどで、機能不全家庭で育ち、アダルト・チルドレンを抱える人たち(被虐待者)へのカウンセリングをはじめていたときでした。
緊急一時保護センターとは、東京都と都内23区の「路上生活者自立支援事業(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年、10年間の時限立法))」)で、a)医療更生施設(薬物(依存)での服役を終えた者、b)医療施設でアルコールや薬物依存の治療を受け家族で引き受け者がいない者、c)緊急一時保護センターに保護された精神疾患を抱える者など、社会復帰をめざすための更生施設のひとつで、その後の処遇をどうするかを決めるアセスメント実施機関です。
入居者(ホームレスで自立支援を受けている者)たちが、緊急一時保護センターからバスに揺られ到着した社会福祉病院の内科では、医師は、入居者の顔を一度も見ることはなく、脈をとることも、瞼を捲ることも、ベーと舌をださせることも、首のリンパの腫れ具合を確かめることもしていませんでした。
「社会福祉事業法」により指定された社会福祉病院としての存在意義はなんなのかと、目を疑った瞬間でした。
c) 東日本大震災後、東京電力福島第1原発事故
平成23年3月11日の東日本大震災後、東京電力福島第1原発で事故が発生しました。
東京電力福島第1原発と第2原発の所員が、第1原発の事故後に、所員であることを理由に他者から差別的な扱いや中傷を受けた場合、精神的な問題を抱える確率が2倍になるとの調査結果を、愛媛大と防衛医科大学校のチームがまとめています。
事故直後、署員であることを理由に、アパートの賃借や病院の受診を断われたり、避難所で暴言を浴びせられたりするなど差別や中傷を受けた所員は191人(12.8%)にのぼっています。
原発の関係者だけでなく、原発被害から逃れるために県外に避難された人たちの多くが、原発事故による差別的な扱いや中傷を受けることになりました。
県外に避難した家族の中には、「福島から(転居して)きた」「福島出身です」と口にすることを避けている人たちも少なくありません。
なぜなら、「福島からきた」と誹謗中傷され、嫌がらせを受け、いじめにあうからです。
これから数年先、十数年先、部落問題と同様に、被爆体験をした女性との結婚を避けるような差別や偏見を受けることになる可能性さえ残しています。
d) 暴力(殺戮)や排除・差別の本質
  こうした状況から想像してみてほしいと思います。
それは、何世代にわたる身分による差別を受けてきた人たちの抱える心の問題はとても深刻であるということです。
その深刻な問題をつくりあげてきたのは私たちの社会、私たち自身です。
人は心が傷つき、心の拠り所を失うとき、人を思いやることができなくなり、自分たちとは違うとレッテルを貼った人たちを容赦なく傷つけることがあります。
「自分たちとは少しでも違うとレッテルを貼った人たち」とは、肌の違い、民族の違い、信仰の違い、男女の違い、住んでいるところ(出身)の違い、職業(勤務先など)や出身校の違い、学歴の違い、年次の違い、上記の場合では、原発に勤める所員(家族を含む)と所員でない者の違いなど、「自己」と「他者」との境界線にわずかな“違い(差)”を見いだしたとき、“区別する”こと、“排除する”こと、つまり、“差別”することを正当化してしまう心理が働き、優先させるのが人です。
  人類は、文明として、暴力(殺戮)や排除・差別を、道義的に許さないという価値観をつくりあげてきました。
文明の礎となることば、文字という共通語のもと話し合い、共通の価値観(共通認識)を多くの人々に伝えることで、暴力(殺戮)や排除・差別を回避させる方法を身につけてきました。
しかし、暴力(殺戮)や排除・差別は、人を殺す人であった人類の性(さが)でもあるわけです。
学校教育では、「人は、感情の動物である」と教わります。
人類は、知能の発達とともに肉食獣に殺され、食されることに怖れを抱くことになります。
そして、仲間の死を哀しむ感情を得て、コミュニティのルールを守らず危機を及ぼした者に対して、強い怒りを覚えることになりました。
一方で、肉食獣に襲われない安全で安心した状況、狩りや収穫をコミュニティで喜び、楽しむ感情を得てきたわけです。
「死」を認識する生物は人類だけで、“自意識”の副産物として生まれました。
死を認識することに対する恐怖に押しつぶされてしまうと、人類は生存できないことから、想像的にものごとを認知し、仲間に伝え、行動に移す認知的能力によって、死の恐怖をコントロールしていきました。
それが、儀式・芸術・神話・宗教といった独創的な超自然界的世界観でした。
そして、それぞれことなるコミュニティ(共同体)は、内なる結束を強めるために、独自のことばや文化、習俗を生みだし、守ってきました。
しかし、それらの実際は、「心安らぐ錯覚」であり、「必要なうそ」に過ぎないのです。
人類の生活は、傷つきやすい虚像のフィルター上で営まれているのです。
死への怖れ、自己存在への脅威は、傷つきやすい虚像のフィルターを破り、侵入を目論みます。
つまり、人類は、創りあげた虚像の世界観に包みくるまれることで、死の恐怖と向き合い、発展してきたのです。
  とはいっても、人類は、死を超越したわけではないので、死を意識すると、分たちの価値観や文化を強く守ろうとしたり、わざわざ危険に身をさらしたりすることで、自分の存在意義を高め、存在を脅かす存在(怖れ)を消し去ろうとします*-10。
つまり、死の怖れや不安が、自分たちとは異なる価値観・文化に属する他者を排斥するモチベーション(動機)となるわけです。
私たちの心は、2つのシールド(盾)によって、死の恐怖を防いでいます。
ひとつは、「文化的世界観」であり、もうひとつは「自尊心(自尊感情)」です。
乳幼児期には、親に守られ安全で安心できるといった“心の源”が欠かせないわけですが、それは、成長に伴い、周囲文化的世界(ものごとの成り立ち)への帰属感へと移り、同時に、自分は世界(所属するコミュニティ)の中で、価値ある参加者だという感覚(自尊心・自己肯定感)も求めます。
重要なことは、“安心”という心の源が育つことで、自尊心や自己肯定感が高くなり、自尊心や自己肯定感を高い状態で保つことができる者は、心の奥深くに潜む恐怖心や不安感にのみ込まれないということです。
高い自尊心と自己肯定感を育んでいる人物は、生理的に不安や恐怖を和らげることができるのです。
以上のとおり、生と死にかかわる感情となる怖れ、不安、自己存在への脅威が、人の攻撃性(暴力)と非常に密接にかかわっています。
人は知らないことを疑い、わからないことに不安を覚え、不安(恐怖)を拭い去るためにその対象を抹殺しようとします。
それが、暴力(殺戮)や排除・差別の本質です。
*-10 死の恐怖が人間に与える影響に注目した社会心理学は、「恐怖管理理論(TMT:Terror Management Theory)」と呼ばれます。
e) 日本航空123便墜落事故
 この人類の特質をよく表しているのが、日本航空123便墜落事故後の遺族の反応です。
日本航空123便墜落事故から20年経過した平成17年の夏、ボイスレコーダーに録音されていた機長や機関士の肉声が特別番組の中で公開されました。
 このことで、「投げやりな態度で乗客を死に至らしめた」として、20年間にわたり社会的に糾弾されていた乗務員に対する社会的評価が180度変わることになりました。
なぜなら、墜落の最後の瞬間まで懸命に着陸を目指そうとしていた乗務員の奮闘が生音声によって明らかになったからです。
慰霊登山のとき、遺族から怒鳴られ、罵倒されてきた機長の家族が、生音声放送後は、「最後まで頑張ってくれて、ありがとう。」とのことばをかけられるようになったのです。
つまり、人には、敵と認識した人や組織、コミュニティに対して徹底的に叩くという本能としての暴力性(残虐性)という側面(古代脳)と、文明の中で獲得してきた真実がわかれば許し、認め、称えるという側面(前頭葉)があるということです。
 差別、偏見という問題、つまり、受け入れられず排除していこうとする心の問題は、知らないこと、知ろうとしないこと、受け入れようとしないことを起因としています。


(3) 暴力がもたらす後遺症、それは、社会的な損失をもたらす
 では、「暴力がもたらす後遺症は、社会的な損失を導く」ことについて、DVの直接な被害者である交際相手や配偶者、子どもにフォーカスして説明したいと思います。

① 交際相手や配偶者からDV被害を受けた心身の大きなダメージ
身体的な暴行による加療を要する傷害(受傷)だけでなく、「配偶者暴力防止法」にもとづく“一時保護”に準じ、「母子寮(母子生活支援施設)などの保護施設(シェルター)に逃れてきた被害者の40-60%にうつ症状、30-80%にパニック症状を伴う急性ストレス障害(ASD*-11)やPTSDの症状(侵入・過覚醒・回避・狭窄、身体化)が認められる」という報告があるように、暴力行為による後遺症の問題は、暴力被害から逃れたあとまで延々と続く深刻なものです。
*-11 SADの症状が1ヶ月以上継続しているときに「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と診断されます。PTSDには“晩発性”という特徴があるので、数ヶ月-数年を経て強い症状となって表れることも少なくありません。

-事例3(DV2)-
母子寮に新しく入所してきた女性の部屋から、突然、「テメエぶっ殺してやる!」、「ナタで切り刻んでやる!」と大声で叫び声をあげながら、壁をドンドンと叩き、床をドンドンと踏みつける大きな音が鳴り響きました。
隣の部屋の女性が、職員を呼びにきました。
職員がかけつけると、女性は半狂乱になっていました。
施設は、提携先の病院に連絡をとり、診察後、緊急入院することになりました。

-事例4(DV3、子どもの後遺症1)-
母親とともに、DV被害から母子棟に逃れてきた生後まもない女児の様子がおかしいと医療機関を受診させると、父親(母親の夫)から身体的な虐待を受け、後頭部に脳浮腫ができ、重度の知的障害と下半身まひを負っていました。
女児は、入院先の医療機関からそのまま障害児入所施設で暮らすことに決まりました。
10歳になった女児の知能は1歳児程度で、ことばを発することができません。

-事例5(面前DV2、子どもの後遺症2)-
母親とともに、DV被害から母子棟に逃れてきた3歳の男児は、食欲をコントロールすることができず、あるだけ食べ続け止めることができません。
身長は110cm、体重は31kgで、身長は5歳男児、体重は9歳男児(小学校4年生:新潮132cm/体重31kg)レベルと大きいものでした。
コントロールできないのは食事だけでなく、母親が手を放すと、施設の外の車が通る道にバァーとかけだしてしまいます。
男児は体が大きいので力も強く、母親の力ではもう男児の衝動的な行動を止めることもできない状況でした。
3歳の男児は、医療機関で入院後、障害児入所施設で暮らすことになりました。
母親は、そのまま母子棟に残り、家庭裁判所に離婚調停の申立てをしたあと、転宅し(アパートを借り)、生活保護を受給して生活の再建をはじめました。

精神的暴力や望まない性行為の強要(性暴力)などの慢性反復的(常態的)なトラウマ(心的外傷)体験により、被害者の多くが、うつ症状やパニック症状を伴う心的外傷後ストレス障害(以下、PTSD)や解離性障害の発症、他に、頭痛、背部痛などの慢性疼痛、食欲不振や体重減少、機能性消化器疾患、高血圧、免疫状態の低下、自殺傾向、不安障害、解離性障害、身体化障害が認められています。
そして、多くの被害女性は、繰り返された暴力により自尊心が損なわれ、自己肯定感が奪われるなどの被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)*-12が見せる傾向に苦しみます。
DV被害者が暴力のある環境から逃れ、暴力のある関係を断ち切ったあとも長く後遺症に苦しみ続けることは、仕事を続けられなくなったり、職に就くことができなかったりする問題と直結します。
このことが、被害者が暴力のある関係性を断ち切ったあと、生活の再建をはかっていくうえで大きな支障となり、貧困につながりかねない重要な問題となっています。
例えば、米国オレゴン州のビルズボロ警察が、「DV被害を受けている職員のうち74%が、仕事中に加害者からハラスメントを受けている」、「DV被害者の28%が仕事を早退したことがある」、「DV被害者の56%が仕事に遅刻したことがある」、「DV被害者の96%が、その暴力・虐待行為によって仕事に支障をきたした経験がある」と、DV被害が、被害者の仕事の効果性や効率性を損なうなど、職場においてもDV被害の影響が及んでいる状況をまとめています。
  しかし、日本の企業においては、上記のような視点で、職場におけるDV被害の影響に対する意識は皆無です。
 それは、企業だけでなく、役場や学校園を含めてあらゆる組織で、日本のパワーハラスメントやセクシャルハラスメントに対するリスクマネジメントなど、コンプライアンス(企業の法令遵守)に対する意識は、欧米諸国に比べて、かなり低くなっている事実に通じるものです。
日本社会では、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントが、組織としてのコンプライアンスが問題になるにもかかわらず、そのリスクマネジメントは、あまりにも軽視されています*-13。
それは、職場で、パワーハラスメントやセクシャルハラスメント被害を受けた(元)社員が、その後、自殺したり、PTSDやうつ病を発症して休職や退職に追い込まれたりしたときに、自殺した(元)社員の遺族から「自殺したのは、職場(もしくは学校)が対応を誤り、管理を疎かにしたからである」と労働基準監督署に労災認定(公務員は公務災害)を申立てられたり、(元)社員から「PTSD(もしくはうつ病、パニック障害など)を発症するなど、多大な精神的な苦痛を被った」と地方裁判所に提訴(民事訴訟)される可能性について、まったく想定していないことに表れています。
  そこには、ハラスメント認識の低さ、耐えられず自殺した者やPTSDやうつ病を発症した者が「弱い」、「敗者」という認識、訴える者が「異常(おかしい)」という考え方が根底にあるわけです。
「弱い」「敗者」「訴える者がおかしい(異常だ)」という考え方そのものが、先に記した「保守的な人たちのいままでの伝統や文化や考え方、社会を維持していく、つまり、古い昔からのやり方に従うのがあたり前だ!との考え方」に他ならないわけです。
 また、DV事件では、別れ話を切りだし、もしくは、素振りもなく突然、家をでていった交際相手や配偶者に対し、加害者が、復縁を求める話し合いをするために会社の前で待ち伏せする行為を繰り返したり、会社に押しかけてきたりすることがあります。
そして、被害者と加害者との間だけでなく、被害者が勤務する会社を巻き込んだ傷害事件に発展することがあるのです。
なぜなら、加害者が、「アイツが別れ話を切りだしたのは、他に好きな人ができたからに違いない」と被害妄想を膨らませ、しかも、その相手は上司や同期入社の者と決めつけ、その怒りの矛先をその相手に向けてしまうことがあるからです。
その人物に対して、電話やメール、ファックスを利用したり、チラシを配ったりするなどの誹謗中傷を繰り返したり、さらには、職場や家に押しかけるなどのつきまとい・ストーカー行為に及んだりするなど、意図せず、被害者の勤務する会社の上司や同僚が巻き込まれてしまうことがあるのです*-14。
その一方で、被害者は、加害者から「(会社や特定の人物に)迷惑をかけたくなかったら、俺のいうことをきけ!(俺に従え!)」と脅され続けてきた被害者の中には、「会社に迷惑をかけられない」と退社に追い込まれることもあります。
知識と技能を身につけた社員が退職に追い込まれ、その穴埋めに社員を募集し、あらたに入社した社員に知識と技能を身につけるまでの労力と賃金は、企業にとって大きな損失です。
*-12 「被虐待女性症候群(バタードウーマン・シンドローム)」については、「Ⅰ-9-(2)」で詳述しています。
*-13 上司からのパワーハラスメントやセクシャルハラスメント被害でうつ症状やパニック症状を伴うPTSDを発症し、出勤できなくなった社員を解雇したり、担任の体罰や同級生からのいじめ被害を受け、登校できなくなった児童やその保護者に対し「自己(自社・学校という組織を含む)保身のために、いじめや体罰の事実を隠蔽する」といった不適切な対応をしたり、または、相談を受けた社員や児童に対し、「法律やその分野にかかわる正確な知識にもとづくものではなく、自身の考え(価値観)の範囲(レベル)」で対応してしまったりすることが少なくありません。
こうした誤った対応をしたことにより、「その行為を組織体制の中で放置したという責任が問われる、つまり、コンプライアンス体制に不備がある(過失がある)」として高額な損害賠償金(慰謝料)の支払いを命じられたり、“逸失利益”として、不適切な解雇であるとして未払分の給与の支払いを命じられたりすることになります。
したがって、企業や学校では、暴行(DV)による傷害、つきまといなどのふるまいに対し、「刑法(傷害罪、もしくは暴行罪)」の適用、「ストーカー規制法」の適用、「配偶者暴力防止法(一時保護の決定、保護命令の発令)」の適用など、“事件化”した当事者(被害者と加害者)に対して、適切な対応をしなければならないのです。
問題は、企業や学校での適切な対応をおこなうには、法の理解や正しい知識の習得が欠かせないということです。
なぜなら、例えば、虐待やDV、いじめ、体罰、ハラスメントなどにより「加療を要するPTSDを発症した」ときには、「傷害罪が適用される(最高裁判所判決:平成24年7月24日)」ことを知っているか、知らないかにより、問題の深刻さの認識に大きな影響を及ぼすからです。
「傷害罪(刑法204条)」では、「健康状態を損なった」と規定されている通り、外傷に限定したものではなく、PTSD(C-PTSD)やうつ病、パニック傷害の発症、病気の罹患、疲労倦怠などの外傷を伴わないものでも適用されます(傷害について、人の生理的機能を害することを含み、生理的機能とは精神的機能を含む身体の機能的すべてをいう(名古屋地方裁判所判決:平成6年1月18日))。
それは、婚姻関係にある者に対しても変わるものではありません。
夫婦間において望まない(同意のない)性行為を強いるときには「強姦罪」、夫婦間の性行為で性病を罹患させられたときにも「傷害罪(HIV感染しているときには「殺人罪」)」が適用される可能性があるということです。
したがって、企業や学校は、外傷を伴わない心の傷、身体に表れる不調に対しても傷害罪が適用されるという理解は不可欠です。
パワーハラスメントやセクシャルハラスメントと同様に、DVは、「被害者対応と誤る」と死亡事件に発展する可能性のあるものです。
被害者から相談を受けた者が、法律やその分野にかかわる正確な知識にもとづくものではなく、自身の考え(価値観)の範囲(レベル)で対応してしまうことは許されないという意識が必要です。
適用になる法、法にもとづく制度や施策に至るまで熟知し、コンプライアンス体制を構築しておくことが急務です。
このコンプライアンス(企業の法令遵守)は、個々人の法やルールといった規制や、道徳や倫理観といった規範に対する意識の集合体であることから、「この程度のことであれば、許されるだろう」と自分勝手な自己規定を持ちだしてしまう心理が大きくかかわってきます。
例えば、「夫婦だから、多少のことは許される」、「夫婦の問題だから、第三者が口を挟む問題ではない」という自己規定が、個々人の価値観としてどのように構築されていくのかに目を向けることは重要なことです。
*-14 つきまとい(ストーカー行為)に及んでいる元交際相手(加害者が「交際している」、「自分に好意を持っている」と勝手に思い込んでいることを含む)との話合いをするとき、「危害が及ぶのを避けるために、体格や力の差という視点で、女性の上司や同僚、友人ではなく、男性の上司や同僚、友人に同席してもらうことが望ましい。」と助言している支援機関やメディア(雑誌などの紙面)もあります。
しかし、加害男性と同性の男性が、話し合いの席に同席し、「つきまといをやめるように。」などと発言することは、“逆効果”になる怖れが高いという認識に立つことが必要です。
なぜなら、第1に、つきまとい行為に及ぶ加害者の特徴は、アタッチメント(愛着形成)の獲得に問題を抱えていることを起因とする“見捨てられ不安”と、自己と他の境界線があいまい(母子分離ができていない)なまま成長していることから、「自分と別れる」、「自分を受け入れない」という行為は認めないという“間違った考え方(認知の歪み)”が、主なモチベーション(動機)になること、第2に、つきまとい行為に及ぶ加害者の多くは、アタッチメントの獲得に問題を抱えていることを起因する「人を信頼・信用するという概念が存在しない」ことから、「身のうえ話など、重要な話をしている相手は、利害(損得)が絡む特別な関係にある」としか認識できない(思い込む)特性があることにより、“新たな加害行為”に及ぶモチベーションを与えてしまうことになるからです。
その受け入れ難い現実の中で、自分が傷つくのを避けるために、「自分たちは好き合っているのに、他の連中が邪魔をしている」と暴力の矛先を被害者の家族、かくまっている同僚や友人などに向け、「自分に危害を加える者を排除しなければならない」との思いに囚われ、凄惨な殺傷事件を招くこともあります。
“別れ”を切りだしたことがきっかけとなった凄惨な殺傷事件については、「Ⅰ-4-(3)デートDVとストーカー殺人事件」で、4つの事例をとりあげて詳しく説明しています。
したがって、元交際相手や元配偶者によるつきまとい行為であったとしても、家族、加害男性と同性である男性の上司や同僚、そして、友人などが間に入った話合いで解決できるとは考えず、DV被害者支援機関に相談し、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」にもとづく「一時保護の決定」を受けたり、警察に相談し、速やかに介入してもらったりすることが必要です。
同法は、a)現在、婚姻関係のある配偶者だけではなく、b)離婚をした元配偶者、c)同じ居住地で生活をともにしている者(交際相手と同棲している者)、d)同じ居住地で生活をともにしてきたが、交際関係を解消した者(元交際相手と同棲していた者)に適用されます。
また、つきまとい・ストーカー行為については、リベンジポルノという問題が絡みます。リベンジポルノについては、「Ⅰ-3-(2)性(的)暴力」の中で説明しています。
  なお、つきまとい・ストーカー行為については、「Ⅰ-4-(1)ストーカー行為。復縁を求めるものか、一方的な思慕か」、「同-(2)「SRP」のストーカー類型、ストーキングの背景と特徴、介入」、加えて、“ストーカーリスク”をどのように判断したらいいのかについて、「Ⅰ-11.断ち切るために必要。加害者に共通する行動特性の理解」の中で詳しく説明しています。
また、被害者自身が無自覚であっても、交際のきっかけとなった出会いそのものがつきまとい行為によることが少なくないことから、「Ⅰ-7-(2)デートDVから結婚に至る経緯」などでとり扱っている事例をとおして詳しく説明しています。


② 面前DV=心理的虐待被害を受けた子どもの心身のダメージ
「虐」という字は「虎」が「爪で傷つける」という意味があります。
虐待の定義は大人が子どもに不当な権力行使をし、その結果、子どもの心身に重大な影響が生じることをいいます。
「しつけ」との違いは、「子どもの側から見て、親との間に不適切なかかわりがあり、結果、子どもの心身になんらかの障害が認められるかどうか」ということになります。
つまり、子どもの人権を無視した大人の誤った力の行使はすべて虐待とみなされることになります。
子どもが、両親間のDVを目撃すること(面前DV)が、「児童虐待の防止等に関する法律(以下、児童虐待防止法)」で“精神的(心理的)虐待”とみなされていますが、「子どもの将来のため」と教育という“一定の条件下”であれば、体罰などを伴う厳しいしつけやいき過ぎた教育などを容認してきた日本では、「親との間に不適切なかかわり」「子どもの人権を無視した大人の誤った力の行使」の“解釈のレベル”は相当低いものです。
  虐待が子どもに及ぼす影響は、a)子どもの身体生命への危険に加え、b)子どもの心に深い傷を残し、生き難い人生を送ることになったり、将来の犯罪につながりやすくなったりするということと、c)次世代にも虐待をひきおこす“虐待の連鎖”などをもたらすことです。
「子どもの愛し方がわからない」、「どう接したらいいのかわからない」、「なぜなら、私は親から殴られ、罵倒されて育った」と、親からされてきたことでしか接することができないなど、虐待の背景のひとつには、親から暴力を受けて育っていたことがあります。
「あんな親のようになりたくない」と固く誓った子どもが、成長し、親となったとき、親と同じやり方でしか子どもに接することができない悲劇が、児童虐待・DV問題の背景に存在しています。
「親に与えられたやり方でしか子に与えられない」ように、子どもは、親の下で学び、すり込んだ暴力で支配する親子関係を青写真のようにゆっくりと時間をかけコピーしてしまうのです。
児童虐待・DVの世代間連鎖と呼ばれるものです。

-事例6(面前DV3、世代間連鎖2)-
両親と長男に4人家族で暮らしていた3歳の女児Fが、母親Sから虐待されていました。
児童相談所に通報があり、訪問した職員に対し、母親Sは、「Fが女だから」、「Fがグズグズする」、「Fができることをわざとしない」という理由があるのだから、「叩いてでも、教えるのが親の務めだ!」と応じました。
その母親Sは、両親間の暴力を見聞きし、同時に、両親からかなり厳しく育てられていました。
そして、Sは、母親Pから叩かれて育っていました。
そのため、Sは、「自分が悪かったから、親から叩かれた」と認識していました。
夫Nは、Sがこうした家庭環境で育っていることを知っていました。
夫Nによると、妻Sに「あんただって、親から叩かれたときは嫌だっただろう。それなのに、どうして、自分の子どもにてをあげるのか?!」と問い詰めたとき、Sは「子どものころは嫌だったけれど、いま考えると叩いてでも教えるのが親の愛情だ。いまでは叩かれたことに感謝している。」と応じたといいます。
一方で、長女Fと2歳違いの長男に対して、Sは、「お兄ちゃんはかわいい。この子は女だから嫌い。」と述べています。
Sのこの発言から、S自身が「女として生まれたことを受け入れることができていない」という“女性性”に問題があることがわかりました。
S自身は、このことには無自覚で、「子どもは、叩いてでも教えるのが親の務め。それが、親の愛情だ。」と思い込んでいます。

  この事例6で、重要なことが2つあります。
ひとつは、Sが「叩く以外の方法を知らない」ということです。
S自身が、子どもときに、失敗したり、親のいうことをきかなかったりしたときに叩かれていたので、叩く以外のしつけ方を知らないのです。
そして、どのようなときに、どのようなタイミングで、子どもをほめたらいいのかもわからないのです。
Sのように、子どもに虐待を加えている保護者自身が、子どものとき親から虐待をされて育っているときには、子どもの叱り方、そして、ほめ方を具体的に教えていくことが重要です。
  もうひとつは、母親のSが「自分を叩いて育ては親の行為には、自分への愛情があったからで、叩かれたのは自分が悪かった」という認識に至っているということです。
  ここには、「親が自分を叩くのは、自分のことが嫌いだからだ」と思いたくない(受け入れたくない)という心理が働いています。
子どもは、「親は、本当は自分のことを愛してくれている。自分が悪いから自分のためを思って叩いている」と思うことで、親の下で生活することができるのです。
 なぜなら、幼い子どもは、親の庇護下でしか生きていけないからです。
 表面的には、子どもは、「見捨てられ不安」から開放されます。
 しかし、子どもの心の中では、「愛情と暴力」を結びついしまうことになります。
このことは、子どもが、暴力のある家庭感情に順応し、生き抜くために身につけてしまった考え方の癖(認知の歪み)と捉えることができます。
 それは、「親に叩かれるは嫌だったけれども、親は、自分のことを愛しているから叩いて、間違い正してくれた」と自分を納得させることで、心の安定をはかってきた考え方の癖(認知能力)です。
 この自分を納得させ、心の安定をはかることができた考え方の癖(認知の歪み)は、自分が親になったとき、「自分は子どもを愛しているから、間違ったことをしていない」と、子どもを叩く行為を正当化させ、心の安定をはかろうとします。
 場合によっては、子どもを叩くことで、「自分が親から愛されていた」ことを確認していることもあります。
 ここに、虐待の世代間連鎖の根が深い問題があります。
 虐待の通報を受けた子どもの年齢分布は、0-3歳が20%、3歳-学齢前が25-30%、小学生35-38%、中学生10-15%、高校生5%で、学齢前で45-50%となっていますが、子どもが死亡する児童虐待事件では、約70%が3歳未満(0歳が40-50%)で約70%を占めています。
ここで、加えて理解しておかなければならないことは、親と子どもの間に身体的な暴行(虐待)がおこなわれている家庭の60-70%では、夫婦の間にも身体的な暴行(DV)がおこなわれているという事実です。

-事例7(DV4・母親相談、子ども虐待死1)-
 夫の暴力に耐えかねた母親が、長女(2歳)と次女(1歳)を家に置いたまま実家に戻り、児童相談所に、「残してきた子どもたちのことが気がかりである」と相談しました。
児童相談所は、「必要であれば、即応するので、まず、母から父に連絡をとるように。」と助言しました。
母親は、同日、夫に連絡をしたあと直ぐに、児童相談所に「夫が面倒を見ていくといっている。なにかあれば、児童相談所にまた相談する。」と伝えました。
6ヶ月後、2歳の長女は栄養失調で死亡しているのが発見され、1歳の次女は緊急入院となりました。
2人の姉妹は、父親から食事をほとんど与えられていなかったのです。

  この事例7における問題点は2点です。
ひとつは、長女が死亡する前に、近隣住民が、福祉事務所に「父親が、ベランダで子どもの足を持ってふっている。」との通報を受けたあと、児童相談所に情報をあげていなかったことから、家庭を訪問することなく放置されたことです。
関係機関のネットワーク化がなされていないことが悲劇を招くケースは少なくなく、詳しくは、「Ⅴ.学校現場で、児童虐待・面前DVをどうかかわるか」の冒頭の「エピローグ」で、「厚木男児監禁遺棄致死事件(事例297)」「江戸川区岡本海渡くん事件(事例298)」をとりあげて説明しています。
  もうひとつは、児童相談所の初期対応において、夫のDVに耐え切れず、実家に逃れた母親による相談に対し、対応を母親に任せたことです。
  児童相談所は、2人の乳幼児を家において逃げなければならないほど追い詰められていた心情を理解し、同時に、DV加害者である父親のものにおいておかれている2人の子どもが乳幼児であることから、ハイリスクであると判断し、児童相談所が中心となり事実関係を把握し、母親を援助しなければならなければならなかったわけです。

-事例8(DV5・子ども虐待死2)-
  大腿骨骨折で入院した生後5ヶ月の男児が、父親による虐待の疑いがあると入院先の病院から児童相談所に通告がありました。
  男児の母親も、夫(男児の父親)から暴力をふるわれていたことから、母親は、男児の退院後、男児を連れて実家に帰りました。
  母親は、夫からのDVを理由に離婚を決意していたことから、児童相談所は関与を中断しました。
ところが、6ヶ月後、男児は、父親の暴行により死亡しました。
児童相談所には、その後、父母が同居していたことを知りませんでした。

DV被害を受けている母親は、精神的にも、生活面においても、極度の混乱状態に置かれている場合が多く、決心が揺らぎやすいわけです。
そのため、離婚を決意し、一時別居をしても、あるいは、離婚が成立していても、再び、同居することになるケースは決して少なくないわけです。
  問題は、児童相談所が、たとえ母親が離婚を決意し、暴力に耐え切れず別居をしたとしても、DV被害者心理に思いを馳せ、ハイリスクの状況は変わらないと認識することができなかったことです。
加えて、身体的虐待やネグレクト以上に、親の暴力を目の前で見たり、聞いたり、察したりする子どもが、心理的虐待を受けている(面前DV)と認識され、通報され、早期支援を受けることはほとんどないという現実があります。
このことは、面前DV(心理的虐待)被害を受けている子どもが、学齢前までに通報されるなど警察や児童相談所がかかわる機会がないまま学齢年齢に達し、入学してくることを意味します。
ここには、面前DV被害(心理的虐待)を受けた子どもへの影響を軽視している、もしくは、影響があると思っていないという現実があります。
ここで、2つの点を問題提起したいと思います。

① 胎児期を含め、子どもが暴力のある環境で育つ影響
  ひとつは、子どもが、親の暴力を目の前で見たり、聞いたり、察したりする面前DV(精神的虐待)被害を受けている家庭では、母親の多くが婚姻前、妊娠中を含めてDV被害を受けている、つまり、第1子の就学時には、児童の母親は少なくとも7年以上(胎児期を含み82ヶ月以上)にわたってDV被害を受けているということです。
このことは、同時に、第1子もまた、脳の発達上もっとも重要な時期となる胎児期、乳児期、幼児期早期・後期の7年以上にわたって、暴力のある家庭環境で育ってきていることを意味しています。
 長期化するDV被害の特徴は、身体的な暴行よりも、日常的に否定され、非難・批判され、侮蔑され(バカにされ)、卑下される(見下される)ことばを浴びせられるといった「ことばの暴力(精神的暴力)」が“主(中心)”であることです*-15。
DVが長期化しているとき、母親が、「子どもには父親が必要だから」、「子どもが学校をでるまで」と、自分自身で暴力のある家庭で暮らす理由づけをしてしまい、結果として、子どもを虐待環境で暮らすことを強いてしまっていたり、DV被害を受け強いストレスにさらされてきた母親が、子どもに虐待をおこなっていたりすることがあります。
例えば、乳児が泣いたとき、夫に「うるさい! 俺は仕事で疲れているんだ! 泣かせるな!」と怒鳴り声をあげられたり、殴られたりした妻は、怒鳴られたり、殴られたりしないために、乳児が「お腹がすいたよ」、「うんちをしたよ」、「オムツが気持ち悪い(冷たい)よ」と泣く前、つまり、乳児が自分の気持ち(意志)を伝える前に、おっぱい(ミルク)を与えたり、オムツを交換したりすることで、夫の気分を害しないように、夫を怒らせないように気を配るようになります。
この行為が、母親が子どもに過剰に干渉したり、詮索したりする(過干渉・過保護になる)大きなきっかけになっている事実があります。
一方で、この行為(こうした夫婦間のやり取り)には、「乳児が泣くせいで、私が怒鳴られたり、殴られたりしてツラい思いをさせられている」という感情を伴います。
その感情は苛立ちになり、怒りとなって子どもにツラくあたる、つまり、怒鳴りつけたり、暴言を吐いたり、殴ったりする行為につながっていきます。
ここには、「配偶者からのDVがなければ、児童虐待に至ることはなかった」という構図も見えてくるわけです。
  ことばの暴力が主となるDV被害は、家庭外には見えにくく、また、2次被害ともいえる子どもへの虐待(過干渉・過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)を含む)を招いていることが少なくなく、その影響は、計り知れないほど甚大なものです。
深刻な虐待と認識され難い「ことばの暴力(精神的虐待)」は、わかりやすい外傷(骨折、外傷や打撲痕、うっ血痕など)を示す身体的な暴行(体罰)とは違い、眼に見えない脳に影響を及ぼします。
重要なことは、胎児期に最初に脳幹を形成し、2歳10ヶ月(胎児期を含めて44ヶ月)までに90%の脳機能を形成し発達させていくことになるということです。
脳幹の形成期に強いストレスにさらされると、脳(心)の安定に欠かせないセロトニンやドーパミンなどの脳内伝達物質の分泌・調整、自律神経の働きなど、生存そのものに影響がでることになります。
  セロトニン不足は、「うつ病」を誘発し、副交感神経の働き(リラックスする)を損ない、交感神経と副交感神経のバランスを崩します。
自律神経の不調は、呼吸、消化、体温調節、ホルモン分泌などさまざまな機能に影響を及ぼし、体調不調を招きます。
そして、恐怖や不安のコントロールが効かなくなり混乱を招き、動悸や呼吸困難などの身体症状をみせる「パニック障害」をひきおこします。
そして、注意力散漫で多動、感情をコントロールしにくいなどの症状をみせる「ADHD(注意欠陥多動性障害)」も、脳幹形成期のセロトニンの分泌に影響がでたことが発症原因のひとつとされています*-16。
「怒りのホルモン」といわれ、「意欲」「不安」「恐怖」「緊張」といった感情・精神状態と深い関係があるノルアドレナリンは、多くの動物に分泌されている原始的な物質(生物の生存本能の源泉)で、危険(ストレス)を察知すると、交感神経を刺激し、心拍数や血圧を上昇させ、覚醒、集中、判断力の向上、痛覚の遮蔽などの効果をもたらし、脅威(外敵など)に対抗する働き(闘争か逃走)を促します。
また、「性格形成のホルモン」ともいわれ、ノルアドレナリンの分泌バランスがとれていると、ストレスへの耐性が強く(がまん強く)、物事の判断力に優れ、危機に立ち向かう率先した行動をとることができます。
「ドーパミン→ノルアドレナリン→アドレナリン」の順序で生成され、ノルアドレナリンが不足すると、仕事や学習の効率低下、注意力の散漫、外部からの刺激に鈍くなることで意欲や判断力が低下、無気力、無関心となり、いわゆる抑うつ状態の症状が現れ、うつ病をはじめとする精神疾患を発症させます。
一方で、ノルアドレナリンが過剰に分泌されると神経が昂り、イライラしやすく、落ち着きがなくなり、キレたり攻撃的になりやすくなります。
そして、ストレスによりノルアドレナリンの分泌量が慢性的に過剰になると、次第にノルアドレナリンは減少し、枯渇することになります。
その結果、ストレス耐性が下がり、パニックをおこしたり、キレやすくなったり、消極的な感情(恐怖感、自殺観念、強迫観念、不安感など)をひきおこす原因にもなります。
ノルアドレナリンと同じく、ストレスに反応して分泌されるストレスホルモンであるコルチゾールは、過剰に分泌され続けることで脳細胞を破壊して死滅させてしまいアルツハイマー型認知症を発症させます。
血圧や血糖などを上げる作用があるノルアドレナリンが、慢性的な過剰状態は高血圧や糖尿病の発症要因となります。
 また、ドーパミンの過剰分泌は「統合失調症(精神分裂病)」の発症原因とされ、幻聴や幻視を招きます。
ドーパミンが過剰に分泌され続けると、以前と同じ刺激ではドーパミンによる快感が得られなくなってしまうために、麻薬のように、さらなる刺激(快感)を求めてエスカレートして依存行為に走ってしまうことになります。
逆に、ドーパミン不足は、手足の震え、手足の関節が固くなったり、身体のバランスが悪くなったり、動きがぎこちなくなったりするといった症状を見せる「パーキンソン病」、足がむずむずと火照ったように感じられ、気持ちの悪い不快感を覚える「むずむず足症候群」の発症原因となっています。
さらに、手洗いや確認など特定の行為に執着して繰り返さずにはいられない「強迫性障害」は、セロトニンとともにドーパミンの分泌量が低下しておきる症状です。
このように、脳幹形成期の胎児が強いストレスにさらされると生存そのものに影響がでる、つまり、出生後の人生に大きな影響が及ぶことになるのです。
そして、出産後の発達過程に負った不適切な養育による心の傷は、認知や情緒面の発達に深く影響を及ぼすだけでなく、脳自体の機能や精神構造に永続的なダメージを与えます。
子どもの脳では分子レベルの神経生物学的な反応が幾つもおこり、それが神経の発達に不可逆的な影響を及ぼします。
不適切な養育によるストレスは、認知機能の発達を阻害し、知的障害・学習障害のような様相を示したり、記憶や情動を適切に制御する力を損なうことで落ち着きのなさや多動傾向・衝動的な傾向を示したり(ADHDなどの発達障害)、フラッシュバックや夜驚、ぼんやりしたり、記憶が欠落したりするといったような解離症状を示すことがあります。
  子どもが幼少時期に安心して生活することができず、いつも不安や恐怖に脅え、自分を大切な存在であると感じることができずに育つと、良好な自己像を形成することが難しくなります。
「自分は愛される価値のないダメ人間だ」と感じ、自己肯定感を育むことができず、対人関係の築き方にも障害をきたしてしまいます。
怒りや恐怖などの感情をコントロールすることができず、不適切なところで急に爆発させてパニックになったり、衝動的、攻撃的な行動に走ってしまったりすることもあります。
その結果、対等な対人関係を築いたり、円滑な集団生活を送るためのルールを身につけたりすることが困難になり、年齢相応の社会性の発達は阻害されていくことになります。
抑うつに陥りやすかったり、ささいなことで不安を強めたり、無気力や自己嫌悪から自傷・自殺企図などを示したり、かつての心的外傷(トラウマ)体験の影響を心身に色濃く残し、不眠や悪夢、パニック発作、解離性障害や身体化障害、独特の対人関係の問題、薬物・アルコール依存等の嗜癖行動等の情緒的、行動的問題を抱え続けることなります。
さらに、子どもの心と脳に大きな傷跡を残し、青年期、成人期になってからも精神的後遺症となって残る、つまり、“トラウマが固定化”し、「(反応性)愛着障害」、「後発性発達障害」、「人格障害(パーソナリティ障害)」のかたちをとったり、「ヒステリー(解離性障害)」や「身体化障害」、「疼痛」や「不定愁訴」などの症状も認められたりします。
身体疾患に罹患しやすくなるのは、長期的にコルチゾールが分泌されると、免疫力の低下がおこるからです。
虐待経験者の怒り、恥辱、絶望が内に向かう場合には、抑うつ、不安、自殺企図、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を生じ、虐待の影響が外に向かう場合、攻撃性や衝動性が高まり、「非行」につながります。
「アルコール依存」や「薬物依存」は、C-PTSD(慢性反復的なトラウマ体験を起因とする「複雑性心的外傷後ストレス障害」)の過覚醒状態における“自己投薬(自傷行為)”ともいわれています。
C-PTSDは、虐待、面前DV、いじめなど慢性反復的なトラウマ体験により、その多くは人格の歪みまでダメージが及んでいます。
アメリカのスタンフォード大学は、『14歳の少年144名の脳のMRI画像を観察し、同時に、心理テストと行動テストの実施し、少年らがどの程度“衝動的であるか”を評価することで、被験者が16歳になるまでに「薬物使用に関する問題行動(PDU:problematic drug use)」を起こすかどうかを予測できる可能性がある』、『若者の脳の反応を調べることで、彼らが将来、喫煙や飲酒、ドラッグに走ってしまう可能性があるかどうかを予測できる』、『この検査手法によって、問題行動を起こしやすい者をあらかじめ特定し、問題が起きる前に教育的に介入できるようになる可能性がある』という研究結果を発表しています。
この実験は、14歳の少年の脳をスキャンしながら、「Monetary Incentive Delay Task(金銭報酬遅延(MID)課題)」を実施したもので、さまざまな記号を見せて被験者の反応を観察し、「金銭報酬の期待」に対する脳の反応を計測するものです。
これは、薬物使用に関する問題行動については、既に、新しいもの好きの“新奇探索傾向”を示すタイプにリスクがあることがすでに知られていることから、14歳の時点でこうしたリスクのある子どもを特定したうえで、少年らのMID課題における神経活動のパターンが、のちの薬物使用を予測できるものかどうかを調べたものでした。
実験の結果、「14歳の時点で、期待される報酬に対して神経反応が少なかった新奇探索傾向型は、16歳の時点で薬物を使用する可能性が高いことがわかった」といことです。
MID課題中に、中脳、背外側前頭前皮質、腹側線条体における神経活動が普通より少なかった少年たちは、16歳になってから薬物に関する問題行動を起こす可能性が高かったという結果が得られたわけです。
なお、「薬物使用に関する問題行動」には、合法・違法のものが含まれており、喫煙や飲酒もあてはまるとされています。
  以上の通り、女性や子どもへの暴力に対する理解は徐々に広がってきている一方で、DV被害の後遺症と、8-9歳ころから徐々に姿を表しはじめ、思春期後期-青年期以降に顕著になりはじめる精神的疾患(後発性発達障害を含む)と結びつけて考え、そのリスク回避のための対策はほとんど進んでいないのが現状です。
*-15 ことばの暴力(精神的暴力)は、被害者の身の安全を確保するために法的に“一時保護”を実行したり、“保護命令”を発令したりすることを定めた「配偶者からの暴力の防止及びに被害者保護等に関する法律(平成13年制定、同16年改正、同26年改正新法)」では、平成16年の改正時に、対象とするDV行為に加えられました。
そのため、離婚事件に対応する弁護士であっても、法改正を認識していないときには、精神的暴力(ことばの暴力)をDVと認識せず、DV=身体的暴力と認識し、DVとモラルハラスメント(精神的虐待)を分けて捉えているケースがあります。
加えて、社会で認識されず、軽視されていることが、子どもが、両親間のDVを目撃すること(面前DV)が、「児童虐待の防止等に関する法律(いわゆる、児童虐待防止法。昭和8年に制定されていた児童虐待防止法は、昭和22年児童福祉法の制定により統合廃止されており、平成12年に同法が制定され、平成16年に改正)」において、「精神的(心理的)虐待」とされているということです。
時に、母親がことばの暴力を浴びせられているのを目の前で聴いている子どもが、「自己(自分)と他(親)の境界性があいまいな乳幼児であるとき、子ども自身が直接ことばの暴力(DV)を受けていることになる」という視点が必要です。
*-16 20人-60人に1人が発症しているとされるアスペルガー症候群を含む多くの発達障害は、「先天的な脳の器質障害」であり、生育歴は一切関係ないとされていますが、アスペルガー症候群は、脳の損壊や変形による情緒の安定を司る神経伝達物質であるセロトニンの産出や受容量が少ないことが発症原因とされています。
この「手引き」では、受精後の脳の発達論を主におき、「妊娠中のDV被害は、母体の被害だけでなく、早産や胎児仮死、児の出産時低体重をひきおこし、セロトニン・ドーパミンなどの神経伝達物質の分泌に影響を及ぼすなど初期の脳形成に重大な影響を及ぼす」、「例えば、ストレスを調節するホルモンであるコルチゾールや重要な神経伝達物質であるエピネフィリン、ドーパミン、セロトニン等に変化が生じます。
これら神経伝達物質のバランスに問題が生じると障害がおきる」とされていることから、暴力のある家庭環境で出生している条件のもとでは、「成育歴は一切関係ない」との考えには否定的で、「一定の発達障害の発症には、暴力のある家庭環境で出生していることが原因となっている」との立ち位置で説明しています。


(甚大な心理的虐待による社会的損失)
2013年5月16日、アメリカの米疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention;CDC)の「週刊疾病率死亡率報告(Morbidity and Mortality Weekly Report;MMWR。2005年-2011年のデータにもとづく)」を発表し、「1年間に精神疾患を経験する子どもの割合は13-20%(5-8人に1人)にのぼる。」、「若者の精神疾患はその流行の度合い、早期に発症すること、子どもや家族、コミュニティへの影響が大きいことといった点から米国における重大な公共衛生問題であり、年間で推2,470億ドル(約25兆5000億円)の損失を生んでいる。」、「若年層に最も多い精神疾患は、注意欠陥多動性障害(ADHD)で全米の児童・若者の6.8%が患っていた。次に多かったのは行動問題(3.5%)で、不安(3.0%)、うつ(2.1%)、自閉症スペクトラム障害(1.1%)、トゥレット症候群(0.2%)と続く*-」とし、「体罰や精神的虐待で精神疾患の可能性高まる。」ことから、この報告書は、医療関係者に対し、「精神疾患の影響をよりよく理解し、治療と介入戦略の必要性を伝えて、子どもたちの精神衛生を促進する」ための「早期の診断と適切な治療」をおこなうよう呼びかけています。
そして、ユニセフ(国際連合児童基金)は、2015年6月2日、「子どもへの厳しいしつけ(虐待)が子どもの人生を破壊し、多大なる経済的損失を生じさせる。」、「東アジア・太平洋地域においては、全地域のGDPの2%に相当する2,090億ドル(年間)、日本円に換算すると約26兆円にものぼる。」、「暴力をふるって体に危害を加える身体的虐待、性的な行為を強要したり見せたりする性的虐待、養育や保護の責任を放棄するネグレクト、暴言を浴びせるなどの精神的虐待(DVを目撃することを含む)の4分類の中で、このうち、経済的損失がもっとも高いのが精神的虐待である。」との報告を発表しました。
発達段階に日常的におこなわれる虐待は、子どもから積極性、自主性、意欲などを奪うことから、自信を喪失させ、自己肯定できなくさせるなど、本来獲得できるであろう能力(脳機能)を獲得し、十分に生かす機会を奪われる慢性反復的なトラウマ(心的外傷)体験となります。
特に、精神的虐待によって他者に恐怖心や敵意を抱くようになり、社会性・協調性の欠如、精神不安、自傷行為、自殺願望などという重荷を背負わされているにもかかわらず、本人は虐待を受けて育ったという自覚がないまま、「虐待を受け能力や将来を削りとられた自分」を「本来の自分」だと思い込んでいることが少なくありません。
しかし、ロバート・アンダ、ヴィンセント・フェリッティらの研究チームが、面前DVや虐待、ネグレクトといった幼児期の悲惨な体験が成人後にもたらす影響について調査した結果、「子ども時代のそうした体験が、成人してからの病気や医療費の多さ、うつ病や自殺の増加、アルコールや麻薬の乱用、労働能力や社会的機能の貧しさ、能力的な障害、次世代の能力的欠陥などと相関関係があるとわかった。」と、ユニセフが指摘している経済的損失を“成人後にもたらされる影響”として問題視しています。
「親のいい分としての「厳しいしつけ」などの精神的虐待によって、子どもの将来の可能性を踏みにじれば、いずれその結果が社会にももたらされる」、つまり、「保健医療の負担増」、「暴力や犯罪の増加」について懸念を示しています。
未来の社会を担う貴重な人材である子どもたちの「地域社会への潜在的貢献」の喪失を防ぐためにも、社会全体で子どもを守る必要があると訴えているのです。
「暴力の被害体験が、次の暴力を生みだす」という事実、つまり、「世代間連鎖」として、暴力が、次の世代にひき継がれてしまうリスクが高いことから、児童虐待と面前DVの早期発見と早期介入は社会損失を防ぐ社会インフラとしても重要で、緊急性の高い課題です。
専門機関のアボドケーター(援助者)に支えられながら、虐待を受けた自分が悪いのではないことを理解し、母親自身が夫をはじめ周囲の人から大切にされ、子どもにとってもかけがえのない存在だという自信が持てるようになることが、衝動的な虐待に傾く心を抑止することにつながるのです。
この“抑止”には、自分の意志だけで解決するのではなく、直ぐに助けを求める行動も含まれます。

② 危険な子どもへの精神治療薬の処方
  もうひとつは、平成19年施行の「発達障害者支援法」によって、教育現場での判定や親の見解、医師の主観によって、多くの子どもたちが発達障害と診断され、その結果、<支援>という名のもと、「自殺や突然死、心臓麻痺、錯乱、妄想などの副作用がある精神治療薬が処方されている」ということです。
日本の子どもに処方されている抗うつ剤は、いまアメリカでは銃乱射事件の原因になったとされ、販売停止になっているものです。
にもかかわらず、メチルフェニデート(リタリン等)の投与は、平成16年以降ADHDの子どもへの薬物療法として、より積極的に使われているのです。
平成18年1月13日、厚生労働省はSSRI等12種類の抗うつ剤について、「24歳以下の患者が服用すると、自殺を企てる危険性が高まる」として、副作用による自殺リスクを明記するよう製薬会社に注意書改訂を指示し、平成19年10月31日同省は、国内で流通する16種類すべての抗うつ剤について、製薬会社に添付文書改訂を指示しました。
ところが、多くの子どもたちが、依然として自殺に追込まれる可能性のある抗うつ剤を服用されています。
  精神科で処方される抗うつ剤や精神安定剤、中枢神経興奮剤などの向精神薬には、興奮、錯乱、激越、幻覚、せん妄、誇大性、敵意、攻撃的、自殺企図などの副作用があるとされ、上記のとおり、厚生労働省も危険な副作用が多いことを認めています。
向精神薬は、依存性や習慣性などがある危険な薬物として指定されています。
その向精神薬「リタリン(中枢神経興奮剤)」は、化学構造や薬理作用が覚醒剤に類似していることから、「集中できる」「勉強がはかどる」「眠気が覚める」と、合法覚醒剤として乱用者の間で大人気となっています。
平成20年1月、うつに対する効能、効果が厚労省によって削除されました。
なぜなら、抗うつ剤による自殺、突然死、心臓麻痺などの副作用が問題になっているからです。
現在、精神科医は、「MRIや光ポグラフィー検査などの画像診断や血液検査によるセロトニン値把握など、その他の科学的診断をすることもなく、うつ病などの精神疾患を患っている」と診断し、精神治療薬を処方されることを許されています。
平成9年に1,789億円だった精神神経疾患治療剤の市場は、平成16年には3,127億円に膨れあがっています。
ここには、平成9年以降、日本で心と脳の研究が盛んになったこと以外に、病院経営として利益追求のために、不必要な薬を処方しているという背景があります*-17。
平成28年、医療経済研究機構などのチームが健康保険組合加入者162万人を対象におこなわれた調査では、「主に統合失調症の治療に使われる抗精神病薬が知的障害児の約1割(12.5%)に処方されている」「そのほぼ半数で年300日分以上も薬がでていた」ことが明らかになり、「大半は精神疾患がないケースとみられ、知的障害児の自傷行為や物を破壊するなどの行動を抑制するためだけに処方されている可能性が高い」と警鐘を鳴らしています。
この調査は、健康保険組合の加入者162万人の診療報酬明細書(レセプト)のデータベースを使い、平成24年4月-平成25年3月に知的障害と診断された患者2035人(3-17歳)を1年間追跡調査した結果、抗精神病薬を期間内に1回でも使った人は12.5%で、年齢別では、3-5歳が3.7%、6-11歳が11%、12-14歳が19.5%、15-17歳が27%と、年齢が上がるほど処方割合が高くなっていました。
また、2種類以上の薬が31日以上継続して処方される「多剤処方」の割合も年齢とともに増加していました。
知的障害児の行動障害の背景に精神疾患が認められない場合、世界精神医学会の指針では、まずは薬を使わず、環境整備と行動療法で対処するよう勧めています。
なぜなら、抗精神病薬は興奮や不安を鎮めるが、長期服用により体重増加や糖代謝異常などの副作用があるほか、適切な療育が受けられない怖れがでてくるからです。
このように、子どもが不適切な養育、つまり、暴力のある家庭環境(機能不全家庭)で育ったり、安易な診断や誤った診断などで、本来処方を避けなけなければならないにもかかわらず、危険な向精神薬を投与されたりすることは、子どもの心身の健やかな発達を阻害し、その後の人生に甚大な影響を及ぼすことになります。
しかし、このことを理解している者は少なく、見過ごされているのが現実です。
*-17 副作用のある精神治療楽を処方され続けているのは子どもたちだけではありません。
日本には、1661の精神病院がありますが、これは、実に全世界の18%を占め、35万4296の病床数を持っています。
全病床の平均在院日数の1ヶ月間に、治癒したとされ退院する患者は僅か約200人で、0.06%に過ぎません。
その一方で、6倍以上の1242人の患者が亡くなって病院をでています。
精神疾患とかかわりなく死亡していく人は、実に14,904人にのぼるとされています。
そして、入院患者の30%前後が生活保護の受給者です。
平成17年度予算ベースでは、生活保護医療扶助の入院費用の約40%(3,200億円)が精神疾患にあてられ、公費負担医療給付分の約16%にあたります。
しかし、入院治療の必要のない患者が約7万人いると指摘され、そのうち、生活保護の受給患者は6.3万人にのぼります。


③ 家庭環境と子どもの語彙数の相関関係
「被害親子の精神健康は相互に影響している」という視点ですが、もっとも顕著に表れるのが子どものことばの獲得、つまり、ことばの語彙数です。
なぜなら、「子どもは、親が使っていることばを真似て覚える」からです。
親の豊かな感情を表現したことば、親の幅広い知識にもとづいたことばが、子どもになげられているかという問題は、子どものことばの獲得に大きな影響と差を及ぼすことになるという意味で重要です。
特に、いまの自分の気持ち(感情)や考え、つまり、いま自分がどう思っているか、どう感じているか、いま自分がどうしたいのかを表すことばの語彙数は重要な意味を持ちます。
なぜなら、豊富な気持ち(感情)を伝えることば(心情語)を持っていないと、自身の感情を相手にうまく伝えられないだけでなく、他者の気持ちを読みとる能力が低くなる、つまり、他者とのコミュニケーションに大きな支障を及ぼすことになるからです。
日本語は、他の国の言語と比較すると、多彩な心情語があります。
それは、日本が四季に富んだ風光明媚な自然を有していること、国土が狭く、しかも多くが山岳で、町をつくれる平地エリアは30%に満たない中で、古くからコミュニティ内での心の交流を重んじる環境があり、心情語を発達させたとも考えられています。
そうした中で、自分の気持ちや考えを表すことば(心情語)の語彙数が少ない人の特徴は、「知るか!」「バカ(アホ)!」「死ね!」「勝手にしろ!」「キモい」「ウザい」「ヤバい」「ムカつく」…といった“ワンフレーズの決まり文句”を吐き捨てるようなことば遣いで、そのあとのことばが続かないことです。

-事例9(面前DV4)-
ことばの暴力がひどい夫は、子どもがなにかを訊かれると、「なんじゃ。」「なんなそれ。」「なんでじゃ。」としか応えません。
子どもを保育園に迎えに行くと、保育士が「Tくん、お母さんが迎えにきたよ~」と呼ぶと、子どもは「なんじゃ。」と応えていました。

こうした“ワンフレーズの決まり文句”を吐き捨てるようなことば遣いは、乳幼児期に、親の使っていることばを真似て身につけたものです。
 例えば、「ウザい」ということばには、その時々の状況や気持ちの細かな違いによって、「いまいましい」「鬱陶しい」「うんざりする」「げんなりする」「小憎たらしい」「癪に障る」「鼻につく」「不快だ」「迷惑だ」「煩わしい」などの似通った気持ち(感情)を表すことば(心情語)があります。
  親が「ウザい」とワンフレーズですますことなく、その時々の状況や気持ちで、「うっとうしいな」「げんなりだな」「癪に障るなー!」「ああー、煩わしい」など使いわけていると、子どもは、単に心情語を使う数が増えるだけでなく、心情語を使い分けるうえで必要となるその時々の状況や気持ちの違いを感じとるようになります。
  このことは、上記のようなワンフレーズの決まり文句ばかり使う親の下では、その時々の微細な感情(心情)の違いを自覚できなくなることを意味します。
  つまり、気持ち(感情)を表すことばを獲得できないだけでなく、気持ち(感情)そのものを自覚できなくなる可能性があるのです。
このことは、他人の気持ち(感情)を読みとることもできないことを意味します。
そのため、自分の使うことばで、傷つくこと、哀しむことなど、他人の気持ちに与える影響を考えることができません。
いまの自分の気持ちや考えをことばにすることができないと、人の脳は強烈なストレスを感じ、その苛立ち(イライラ)は、ことばを身につけていない幼児のように癇癪(暴力)を起こします。
また、その暴力は、他者に向けられるものだけでなく、幼児期には頭を阿部や床に叩きつけたり、思春期以降は、リストカットや過食嘔吐、OD(過剰服薬)といった自傷行為を加えたりするなど、自身にも向けられることもあります。
戦争や紛争後、その国や地域の重要なインフラ整備としてとり組まれるのが、子どもたちが学ぶ学校をつくり、子どもたちにことばを教える、つまり、子どもたちに教育をすることです。
子どもたちが、いまの自分の気持ち(感情)や考えをことばにし、人に伝える技能を身につけることが、戦争や紛争後、争いのない社会をつくる礎になるもっとも重要なとり組みなのです。
なぜなら、人は、ことばによって思考しているからです。
使うことばの数(語彙数)が少ないと、思考回路は単純になってしまいます。
つまり、蓄積されたことばの数で考える行為の質が決まり、その考える行為の質で、知的能力の劇的な違いが生じることになるということです。
「考える行為」とは、脳に記憶されていることばと、他の関連することばの幾つかを記憶の棚の中から探しだして、ひとつのあるいは複数の代替案という解を導きだすことをいいます。
新しいことばを聞いたとき、他の関連することばを記憶の棚から探しだすことができない、つまり、脳に記憶されていないときには、新しいことばを繰り返し聞かない状況にないときには、そのまま素通りして、「考える行為」は発生しません。
つまり、考える力は、脳に蓄積されたことばを使い、ものごとを見極めたり、的確な判断を下したりすることで示されます。
そして、ものごとを見極め、判断を下すなど積み重ねられた体験が、豊富な知恵(ナレッジ)となっていきます。
したがって、「ものごとがわからない=知らない」という状態は、「多くのことばが、脳に記憶されていない」という状態を指します。
子どもの養育環境が、子どもの語彙や知的能力に劇的な違いをもたらすことについては、ベティ・ハートとトッド・リスレーが、42の家族を対象に、3歳児が獲得した語彙数を調べた貴重な調査研究(1995年)があります。
それは、専門職の家庭で育つ子どもは平均して1時間に2,153語のことばを耳にし、労働者の家庭では1,251語、生活保護受給世帯では616語で、それぞれの家庭の3歳児の語彙は、専門職の家庭では1,100語、労働者の家庭では750語、生活保護受給世帯では500語というものでした。
この調査結果は、子どものことばの獲得は、単なる経済状況や両親が揃っているかではなく、夫婦間(子どもの父親と母親)、子どもの親と両親間(子どもの祖父母)、親子間で、どのような会話がされているのかに大きな影響を受ける、つまり、成育環境の“質”であることを示しています。
  生活環境の“質”を考えるうえで、重要なカナダのトロント大学の研究チームによる調査結果があります。
  それは、「生後6ヶ月-2歳の乳幼児は、スマートフォンやタブレット、携帯ゲーム機などで遊ぶ時間が長いほど、ことばの発達が遅れる可能性が高くなる」というものです。
  この調査は、乳幼児約900人に対し、保護者からの聞きとりで生後18ヶ月(1歳6ヶ月)時点でのモバイル機器の使用時間を調べ、表現力や使える単語数といったことばの発達の程度を比較したもので、その結果、乳幼児の20%が1日あたり平均で28分、モバイル機器を使用していることが判明しました。
1日あたりの使用時間が30分増えるごとに、音声やことばを使った表現発話の発達が遅れるリスクは49%増大することが判明しました。
こうした調査結果は、子どもの能力を決める要因としては、遺伝子や環境、あるいは遺伝子と環境の相互作用などさまざまな議論がされている中で、重要なことは、「子どもが育つ社会的環境、特に家庭環境に目を向ける必要がある」ということを示すものです。
以上のように、子どもは、親(コミュニティを含む)のかかわり方の違いで、得られる体験の量や質が変わってきます。
一般的なモデルでは、子どもが育つ環境は、子どもの考える力そのものであることばの語彙数に大きな差を生じさせ、そのことが、第1に、他者とのコミュニケーションに大きな影響を及ぼし、第2に、その後の教育機会の差や就職先の違いとなって表れ、その結果、生涯賃金に差が生じるとされています。
こうした学力の差が収入の差となり、なにかのきっかけで仕事ができなくなったとき、経済的に破綻に陥る期間の差となって表れます。
それは、蓄え(預貯金などの資産)の差です。
貯蓄などの資産がないとき、心身の不調が原因で働くことができなくなり、収入の道が閉ざされることは、たちどころに貧困状態に陥る可能性がでてくるということです。
貧困は暴力と結びやすく、同時に、世代間連鎖を招きやすいという意味で、DV問題、虐待問題を考えるうえで重要なテーマのひとつです。
“家庭”に目を向けるという意味で、ロバート・アンダ、ヴィンセント・フェリッティらの研究チームが、DVの目撃(面前DV)や虐待、ネグレクトといった幼児期の悲惨な体験が、成人後にもたらす影響について調査しています。
その調査結果では、「子ども時代の面前DV、虐待、ネグレクトといった悲惨な体験が、成人してからの病気や医療費の多さ、うつ病や自殺の増加、アルコールや麻薬の乱用、労働能力や社会的機能の貧しさ、能力的な障害、次世代の能力的欠陥などと相関関係があることが判明した。」としています。
この調査結果は、発達心理学の分野の膨大な研究によって裏づけられています。
  もうひとつ重要な、子どもの「考える力」に影響を及ぼす親の行為(言動・ふるまい)があります。
  それは、子どもがケガをしたり、間違ったりしないように、親が予め安全な環境、安全な仕組みを用意してしまう行為です。
  親が予め安全な環境や安全な仕組みを用意してしまう中で育つ子どもは、こういうことをしたらケガをするのか、どういうことが危ないのかを自身の体験で学ぶ機会を奪われてしまいます。
  「学ぶ機会を奪われる」ことは、こうしたらどうなるかと仮説を立て、実際におこなって、うまくいった、うまくいかなかったという体験を積み重ねるというプロセスを奪われるということです。
  失敗した体験を通じて、どこを、どのように改善したらいいのだろうかと、うまくいくまで工夫を続け、そして、やっとうまくいったという“喜び”を奪われます。
  やっとうまくいったという“喜び”を得意げに表す子どもに対し、親が「よくやったね。」、「すごいじゃない!」とほめて、“喜び”を共有する体験も奪われます。
  こうしたできなかったことができたことを、子どもと親で喜び合うことで、子どもは、親に“承認された(認められた)”と実感し、自己肯定感を育んでいきます。
子どもは、親に認められることで安心し、親に認めてもらえている安心感、つまり、親の後ろ盾がある(いざというとき、本当に困ったとき助けてもらえるという安心感がある)とき、自信を持って新しいことにチャレンジすることができるようになります。
子どもに対し、親が予め安全な環境、安全な仕組みを用意してしまう行為、つまり、過干渉・過保護という行為は、子どもが工夫したり、改善したりする以前の脳の働きとしての物事の本質を“考える力”と奪うだけでなく、自己肯定感を奪うことになります。
過干渉・過保護の親の下で育った子どもの特徴は、自己否定感が高く、自信がないということです。
  この親が予め安全な環境、安全な仕組みを用意してしまう行為は、第2次世界大戦後の敗戦を経て、高度成長以降の日本に顕著に見られるもので、先進諸国の中でも下位にランクされる「日本の子どもの自己肯定感が低さ」として示される社会病理のひとつです。
  親が予め安全な環境、安全な仕組みを用意してしまう行為には、もうひとつ、親が子どもに対し、「清潔すぎる環境」を与えてしまっているという問題があります。
なぜなら、乳幼児の成育過程における過度な除菌や消毒をする環境下で乳幼児を育てることは、その後の子ども健康に悪影響を及ぼす可能性があるからです。
人の腸内に存在している微生物の多くは、特に、腸内細菌は、人の生存、健康に欠かせない存在です。
つまり、乳幼児期に「清潔すぎる環境」を与え過ぎると、腸内の微生物、腸内細菌を貧弱にしてしまう怖れがあるのです。
腸内細菌の貧弱さは、ぜんそく、アレルギー、うつ、そして、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の発症をもたらすことが明らかになっています。
  親が予め安全な環境、安全な仕組みを用意してしまう行為には、不便な行為を便利な行為にしてきた多くの技術革新が絡むことから、その便利さが、人類が獲得してきた能力を奪い、能力を退化させている事実にフォーカスしない限り、気づき難く、自覚できないという問題があります。
つまり、日本の特有の問題として、子どもの養育環境には、子どもの6人に1人が貧困にある状態の他に、裕福で、教育環境に恵まれた養育環境にあり、ことばの語彙数を多く獲得できている一方で、子どもに対し、親が予め安全な環境、安全な仕組みを用意してしまう行為(過干渉・過保護)により、脳の働きとしてのものごとの本質を“考える力”を奪われ、自己否定感が高く、自信のない子どもが多く存在している事実があります。
そして、この問題は、「Ⅰ-10.育った家庭環境が影響する思いを断ち切れない複雑な心理」の中で、問題提起している「安全でない状況下での自己判断(決断)」に大きな影響を及ぼしています。


** ①-a)DV・デートDV・性被害に関する相談、-b)家庭裁判所への「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚調停の申立て、地方裁判所への保護命令の申立て、警察への被害届の提出に向けての支援依頼、②DV被害の状況をまとめるためのWord文書フォーマット(DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート;「Ⅲ-3.暴力の影響を「事例」で学ぶ。(Ⅰ)添付資料:ワークシート」の中の「DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート」)の送付依頼、③カテゴリー〔Ⅲ1-9〕掲載『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(3部5章42節)*』のPDFファイル送付依頼については、カテゴリー〔Ⅰ-I〕の中の「<DV・性暴力被害相談。メール・電話、面談>..問合せ・相談、サポートの依頼。最初に確認ください。http://629143marine.blog118.fc2.com/blog-entry-501.html」をご確認いただければと思います。


2016.3/3 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2016.9/9 「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(目次)」を、「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き」と「目次」に分割し、掲載
2017.3/21 「手引き」の「はじめに」を「改訂3版」としての編集により、「暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き」、「目次」、「はじめに」、「プロローグ」として掲載
* 「第1章」以降、つまり、カテゴリー「Ⅲ-3」-「Ⅲ-10」の「改訂3版」については、改訂作業を終えた「章」から差し替えていきます。




もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-2]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
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