あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-3]Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス

5.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか

 
 (5) DVでない暴力、DVそのものの暴力 Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
* 現在、この「手引き」は、第3次改訂の編集をおこなっています。編集終了後、差し替えていきます。

第1部
Ⅰ.密接な関係。児童虐待とドメスティック・バイオレンス
-DV事件等のデータ-

5.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか
  ・事例15
 ・事例16-17(分析研究1-2)

(1) 暴力のある環境に順応するということ
(2) DVの本質。暴力で支配されるということ
  ・事例18 同棲した男からのDV被害は、つきまとい・ストーカー行為からはじまった
  ・事例19 暴力の連鎖。暴力のある家庭環境で育った夫によるDV、息子をかばう義母の暴言
  ・事例20 たとえ一度の暴力でも、その後、心が凍るほどの恐怖に支配される
  ・事例21 暴力と知りながら、助けてくれない人たち
  ・事例22 離婚の決意。凄惨なDV被害よりも愛人をつくったことに思いが
  ・事例23 夫の暴力から逃げる難しさ
  ・事例24-26(分析研究3-5)
(3) DVとは、どのような暴力をいうのか
  ・離婚調停申立書の「動機欄」とDVの相関性
  ・暴力にかかわる用語の説明
  ・DV行為の具体例
(事例27-53)
(4) DV被害者にとって、区別し難い解釈
(5) DVでない暴力、DVそのものの暴力
・事例54
・“障害の特性”が結果として暴力になる(自己正当化型ADHD、アスペルガー症候群)
  (事例55-59)
・境界性人格障害(ボーダーライン)
・サイコパス
(6) 被害者に見られる傾向
  ・レノア・E・ウォーカーの「暴力のサイクル理論」と「被虐待女性症候群」
  (事例60-61)
・暴力の後遺症としてのPTSD
  (事例62-64)
  ・被虐待体験による後遺症
  ・カサンドラ症候群
  (事例65-67)
  ・事例68(分析研究6)
   (“恋愛幻想”下でのデートDV)
   (別れる決意、恐怖のストーカー体験)
   (再び別れ話を切りだし、酷くなる暴力)
   (DV環境下で育ってきた子どもの状況)
   (快楽刺激とトラウマティック・ボンディング)
   (感覚鈍磨と誤認)
   (退行願望)
   (トラウマティック・ボンディングとできない理由づくり)
   (別れることの障壁)
   (思考混乱、考えるということ)
  ・事例69(分析研究7)
   (「見捨てられ不安」と無視・無反応)
   (暴力の世代間連鎖、低い暴力への障壁)
   (暴力から逃れたあと、「共依存」へのアプローチ)
   (加害者の生い立ちに共感)
   (暴力のある家庭環境で育ったことを起因とする精神的脆弱さ)
  (被害者の空虚感、渇望感を埋める加害者の夢と財)
  ・暴力をエスカレートさせないために..「脅し」を含んだことばには、まず「ノー」という



配偶者間の「暴力」、親子間の「暴力(虐待)」ということばを聞いたとき、酒に酔った夫が怒鳴り声をあげ、罵声を浴びせながら妻を殴ったり、蹴ったりしていて、「お願い止めてください!」と妻から懇願の声、「いやぁ~もう止めて! 助けて!」との悲鳴、そして、「ママ~。ママ~。」と泣き叫ぶ子どもの声が近隣に響きわたる凄惨な場面を思い浮かべたりしていないでしょうか? もしそうなら、暴力というものは日常的なことではなく、どこか“自分ごと”ではなく、“他人ごと”のことと思っているのかも知れません。
あるいは、「いまどこかで、誰かが誰かを殴ったり、蹴ったりしているかも知れない。妻を侮蔑し、卑下した暴言を浴びせているかも知れない。もしそうなら、かわいそうなことだな。大変だな」との思いが頭をかすめても、「所詮、そんなこと自分とは関係のない話だし、当然自分にはなんの責任もない」と、あくまでも“他人ごと”のように考え、思考の外に追いやってしまったりしていないでしょうか?
「配偶者暴力防止法」第二条の三では「都道府県基本計画を定めなければならない」とされ、都道府県または市町レベルで「基本計画」を作成し、「都道府県(市町含む)基本計画」の中で「対象とする暴力として、身体的暴力、性(的)暴力、精神的暴力、経済的暴力がある」とし、どのような行為がそれぞれの暴力に該当するのかを記述しています。
この記述(基本計画)に準じて、啓蒙活動(広報)としてリーフレットなどが作成され、そこには、『暴力は、必ずしも殴ったり、蹴ったりするといった身体的な暴行だけをさすものではありません。「お前はクズだな!」、「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ!」などと暴言を吐いて妻を貶めたり、妻の行動を詮索したり、監視したり、束縛したりして、世間から孤立させることは精神的な暴力、お金を渡さないとか、「お前みたいなヤツを雇ってくれるところなんかない! 身の程を考えろよ!」などと働くことを妨害したりするのは経済的な暴力になり、妻の気持ちを無視してセックスを強要したり、避妊に協力したりしないことは性(的)暴力です。』などと書かれています。
こうしたリーフレットを手にしても、自分は暴力的な行為とはまったく無縁だと考える人の中には、心のどこかに暴力を容認してしまう気持ちが潜んでいるのではないでしょうか?
暴力を容認してしまう心には、「暴力はいけないこと」という意識の中に、「たった一度くらいなら」とか、「よほどの理由があるのなら仕方がない」、「夫婦の間ならただのケンカだろう」と、“ある条件下”であれば、暴力を認めてしまうような考えが潜んでいることがあります。

では、ひとつの事例を見てみたいと思います。

-事例15(DV1)-
 連日の残業で疲労がたまっているのか、仕事上のつき合いで酔って帰宅した夫は、かなり悪酔いしていました。
「毎晩こんなに遅くて、少し家のことも考えてよ。」、「吐くまでも飲むことないんじゃないの?」と、妻の夫への心配と寂しさから放った小言は、夫にとっては自分への文句、非難へと聞こえました。「俺は、好き好んでこんなに遅くまで接待しているんじゃない!」、「俺が、誰のためにこんな思いをしてまで働いていると思っているんだ!」、「お前は所詮、俺の稼ぎで食べさせてもらっているんじゃないか。それなのに、偉そうに説教しやがって許せねぇ!」と、いい知れない怒りが込みあげてきました。
そして、いきなり妻の顔にその拳をみまいました。
“ガツン”との音とともに、不意打ちをくらった妻はよろけ、唖然とその場にへたり込みました。
妻は、顔のどこに、なにがあたってきたのかもわからないほど動揺しています。顔のズキズキする傷みよりも先に、胸がドキドキして、なにをどうしたらいいのかわかりません。頭が混乱でいっぱいながらも、その混乱を隠そうとして、必死に平気そうな顔を装いながら夫を見あげました。
すると、夫は平気そうな顔の妻に「お前が悪いんだぞ!」といい放ち、寝室に入り、ひとり寝てしまいました。

 この事例15を読み、あなたは、a)ひとつ間違ったら妻は死んでいたかもしれない。断固として夫の暴行を認めるべきではないと思うでしょうか? それとも、b)確かに妻を殴った夫は悪い。しかし、妻も夫の心情を考えもせずに文句(反抗的なことば)をいったりしたのだから、どちらもどちらケンカ両成敗で仕方がないと思うでしょうか? c)たった一度殴っただけだし、しかも夫婦の間のことだから、殴られた妻も平気そうだったのだから、やっぱり仕方がないことと思うでしょうか? d)そもそもこんな程度のことが暴力だなどとんでもない。たかが夫婦ケンカだし、うるさく小言をいってくるような妻は殴られてあたり前だ。これから妻が生意気にならないためにも、夫はもっと妻をしつけした方がいいんだと思うでしょうか?
  b)c)d)と思った人は、果たして、e)会社の中で同僚に小言をいわれて殴ったり、飲み屋で見知らぬ人の肩が触れたと殴って床に張り倒したりしたとき、肩をぶつけて者と殴った者は“どっちもどっち”とか、“仕方がないこと”とか、“あいつは殴られて、あたり前のヤツだから”と思うでしょうか?
 このe)のなげかけに対してはそうは思わないが、b)c)d)は家庭内のことだから外の者が口をだすことではないという考え方は、平成13年に「配偶者暴力防止法」が制定される以前は、事例15のようなケースで警察に被害を訴えたとしても、警察は「民事不介入」として「被害届」の受けとりを拒んできた考え方と同じです。
事例10で小学校・中学校でいじめを受けてきた被害者のことばをとりあげ、いじめの4層構造としての「傍観者」について触れていますが、「傍観者」としての立ち位置で、“巻き込まれたくない”と“とばっちりを受けるなんでまっぴらごめん”といった心理が働いているのであれば、考え方次第では“自分のこと”と認識し直すことができる可能性があります。
しかし、問題は、「夫婦間、親子間での暴力は、しつけのためであれば許される。なにが問題かわからない。」と暴力を容認する考え方をしているケースです。
  e)について「傍観者」にならずにすむのは、その解決機関として警察が存在しているからです。
つまり、e)についても、もし警察が介入しなければ、人は「傍観者」になり、自身に火の粉が及ぶのを避けようとするということです。
私たちのコニュニティは、「力で力を抑止している」という事実があります。
こうした側面が人類の特質であるとしても、また、先に記した「“ある条件下”であれば、暴力を認めてしまうような考えが潜んでいることがある」としても、暴力行為は、どのような関係においても、どのような場所においても、なんらかの条件があったとしても、等しく許されないのです。
“ある条件下”であれば暴力を容認する考え方は、DV加害者、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントの加害者、体罰の加害者がけに共通するもので、自身の暴行や暴力を正当化するために、「被害女性の態度」を被害女性への暴行の理由づけとして用いるように、コミュニティの多くの場でみられるものです。
この「被害女性の態度」を暴力の理由づけとする“認知”に対し、「DV加害者更生プログラム」では、「暴力の責任に関して、飲酒やストレス、被害女性の態度が暴力の理由づけに用いられるが、それらのことがあっても暴力を用いない人が多いこと、あくまでもそうした方法を選択しているのは、DV加害者の自己に都合のいい考えでしかないことを示し、暴力を選択した責任は100%加害者にあることを示す。」として、こうした理由づけをいっさい認めないのが基本姿勢となっています。

  この事例15のケースは、まぎれもなく身体的な暴行であり、暴行罪、あるいは傷害罪に該当する犯罪行為です。
したがって、e)のなげかけに対してはそうは思わないが、b)c)d)は家庭内のことだから外の者が口をだすことではないという考え方そのものが、おかしく、間違っているということになります。
にもかかわらず、いまだに多くの人たちの心のどこかで、この“おかしさ”、“間違っている考え方(価値観)”が存在しています。
この暴力を容認してしまう意識が、家庭の中の夫婦間、親子間に発生する暴力を増長させてしまうひとつの要因になっているのです。

 そこで、第1章(Ⅰ.児童虐待とドメスティック・バイオレンス)では、DV被害者の多くが、暴力のある環境に順応するための“思考・行動習慣(考え方の癖のことを「認知の歪み」といいます)”を身につけていること、さらに、重いPTSDの症状(侵入(再体験)・過覚醒・回避)が表れていることによって、DV被害の状況を正しく認識することが難しいことを正しく理解することの重要性を明らかにしていきたいと思います。

  では、暴力に順応するために身につけた考え方の癖(認知の歪み)とはどのようなものかについて、事例16(分析研究1)と通して考えていきます。
事例16(分析研究1)は、「婚姻破綻の原因は夫のDVにある」として離婚調停を申立てたDV被害者のFさんが、委任(代理人)契約を結んでいた弁護士との打ち合わせ、調停委員との調停でのやり取りについて、調停が不調になったあとの援助者(アボドケーター)宛メール文と、その後のやり取りです。

-事例16(分析研究1)-
・5月31日
2:50  F→援助者宛 
…。今見ると私頭おかしいみたいです。それにしても異常に思いました。でもこうゆうこと今までにあったような気がします。自分にとことんうんざりです。…。
12:41 援助者→F宛 
…。①「いま見ると、私頭おかしいみたい」、「それにしても異常に思った」とありますが、なに(どのような状況、もしくは、どのようなやり取り)に対しそう感じたのかを詳しく教えていただけますか? 次に、「でも、こういうこと、いままでにあったような気がする」とありますが、以前の似たような状況を説明できる範囲で教えていただけますか?
14:28 F→援助者宛 
…。N弁護士のメールのことは、わかってもらいたくて色々説明しているところですかね。4月22日23日あたりです。急に距離をつめすぎているように感じました。N弁護士に気持ちをもっと話した方がいいのかなと思ったのと、本当に苦しかったんだと気づいてもらえたら、調停も多少は違う結果になったりするかなと思いました。わかってくれる!と思って飛びついてガッカリ…のような感じです。以前の似たような状況は、夫・母・姉でそうなりました。他の人(仕事関係)では、(意見が違うと相手の話も聞きていて、でも更にこちらの意見をきいてもらわねばならないときは)、わかってもらうために関係が悪くならない程度に説明してやめるか(相手のいうことを優先しますが納得できず諦めたときもありました)、私に諦めがある(もうすぐ辞めるし)ともういいやとなったりすることもありました。夫・母・姉以外は、ここ最近はなかったです。自分でも、わかってくれる!と思って飛びついてガッカリ…を何回も経験していたので、「なんでなの?!」とはじめは一人で怒っていましたが、「色んな考えがあるから」と思うようになりました。夜中に改めてメールを見て、久しぶりにこの感じ出たわと思いました。
22:10 援助者→F宛 
…。さて、「22-23日以降のメールで、わかってくれる!と思って飛びついてガッカリ…」としていますが、N弁護士のどの文面、どのことばに対し、“ガックリ”したのかを教えていただけますか? 次に、2:50のメールの「いま見ると、私頭おかしいみたい」、「それにしても異常に思った」という表現と、“久しぶりにこの感じでたわ”として、上記(メールでは少し詳しく)のように表現されているわけですが、私には、両者の感情表現には大きな温度差を感じます。Fさんの中では温度差はないのでしょうか? さらに、「わかってくれる!と思って飛びつく」という行動習慣によってもたらされる「ガッカリ」という感情が表現されているわけですが、2つのメールの文章をそのまま解釈すると、Fさんは、この行動習慣を行う自分ことを“頭がおかしい”、“異常に思った”と表現していることになります。この行動習慣によってもたらされる感情が「ガッカリ」なわけですから、私には、「またやってしまった」と“失敗した”として、“反省する”範囲のことであって、“頭がおかしい”、“異常に思った”という表現とは結びつかないのです。
 そこで、「2つのメールの文章をそのまま解釈する」という“前提”で間違っていないのであれば、私には結びつけることができないこの部分を埋めていただけますか? もし、この“前提”ではないところに“頭がおかしい”、“異常に思った”と表現しているのであれば、なにに対しての表現なのかを教えていただけますか?
・6月1日
3:17 F→援助者宛  
…。“「わかってくれる!と思って飛びつく」という行動習慣を行う自分ことを“頭がおかしい”、“異常に思った”と表現しています。驚きました。ご指摘の通りです。私には普通の感覚でした。温度差があると思いませんでした(いわれて初めて気づきました)。確かに変な話ですね。人を信じて色々話したあとで、大概いつも後悔しています。私にとってはとても重大なことなのに、相手は軽くとったことで、相手に伝わってなかったと思うこともあります。N弁護士に対してはメール以外で直接会ったときや、電話での何となくの話しぶりで、今後の裁判のことを楽観視しているような感じがしたと思います。深刻に話したのに、冗談混じりで笑われて話されたりするとガッカリ、ですかね。一人で感情的になってバカみたい、カウンセラーから洗脳されたみたいともとれるなあと思いました。いまだに、“夫からされたことはモラハラではあったが、DVは大げさ、受け取り方の違い”と思っているのかもしれません。前お話した、自分にブレがあるという状態です。私にとっては、耐えられなくて本当に苦しくて死にたいくらいの1年だったと今でも思っていますが、“夫からされたことはモラハラではあったがDVは大げさ、受け取り方の違い”と思っている私がいます。N弁護士も“モラハラではあったがDVは大げさ”という感じでしたDVで、と私がいったときにN弁護士の表情が止まり、その後違う話のときにモラハラですねーといっていました。私も、話したとしても深刻に話すことはできなくて笑って適当にごまかしたり、軽い話のように話したりすることが多いので、その気持ちの重たさは伝わらないとも思っています。そのくせ相手に同情してもらうのも苦手で、めんどくさいと思われたくないし、平気なふりをするところもあります。人に気持ちをわかってくれたと感じても、話しすぎてうっとうしくなかったかな、押しつけちゃったかな、もう次は話すのをやめようと思います。また、私の話の途中で、相手が話を理解できてないまま(特に途中で話を遮ってくる人に)「あーわかる、◯◯◯でしょ?」と違うことをいわれると、ガッカリして、そこからうまく気持ちを伝えられないことが多いです。相手が夫であろうが、私の気持ちをわかってくれる人であろうが、わかってくれる!と思って飛びつき、ガッカリして(ガッカリしない場合も色々考えるので)疲れるということを自分ひとりの中でやっている感じです。疲れるので、人に話すことをあまりしなくなりました。それがない大丈夫な人もいます。…ここまで書きましたが質問と合っているでしょうか??
8:10 援助者→F宛  
…。さて、F田さんは「普通の感覚」と表現されていますが、自分の行動習慣を“頭がおかしい”、“異常”とは表現しません。表現しないとは、“ことば”として頭に思い浮かばせることはないということです。気持ちを表すことば(感情表現)の習得は、親のふるまいとそのときに発することばを赤ちゃんのときから見て、聞いて、察して学び、すり込んでいくものです。つまり、Fさんは、赤ちゃんのときから「おかしい」「異常」ということばを日常的に聞かされて育っているということになります。母親と父親とのやりとり、そこに、姉とFさんとがかかわるやり取りの中で、「おかしい」とか、「異常」といったことばが使われていなかったかを教えていただけますか? さらに、子どものときから家族内で日常的によく使われていた(よく口にしたり、思ったりする)気持ちを表すことば(感情表現)や態度・ふるまいがあれば詳しく教えていただけますか?
12:45 F→援助者宛 …。なるほど…。父が感情的になって大きい声で怒鳴ったり(何をいっていたのかはあまり覚えていません)、逆に落ち着いて「そんないい方はしてはいかんのだ!」といったりしたときも、母は、父に向かって「うるさいわ! あんたのせいで。」のようなことをいい返していたと思います。母の「あんたのせいで。」はすごく頭に残っています。ケンカが終わった父への母の感想は、「あの人おかしい。異常だわ。」だったような気がします。そんな母に「そうゆうことFの血が入っている。」といわれると、私はとてもショックな気持ちになってしまいました。
母は口を開ければネガティブな発言ばかりです。私が何かいって母がそれに同調してなにかつけ加えるときには、「違う。」からはじまります。「違う。◯◯◯なんでしょう?!」、「違う。◯◯◯ってことなんだわ。」といい方を変えられたりしました。「え? 何が違うの? それって同じじゃない?!」といってみようものならば、「そんなんなら、何も話せんがね。でしょう?!」と返ってきました。母の意見のあとの「でしょう?!」、特に「普通、◯◯◯でしょう?!」というのがありました。
今朝のことですが、うちの猫が吐きました。よくあることで、吐いたものは、猫ごはんの匂いなのでそんなに気持ち悪いものでもなく、汚れると困るくらいです。でてきたものを見ると、毛がいっぱいで吐くときの音が苦しそうなので、ブラッシングしてあげなきゃと思います。母は「やだねえ。」、「やだ、じゅんちゃん汚い!」といいます。私も今日の猫のようにそういわれていたのか、幼稚園のころから吐くのが怖わくて、20年以上、吐くことができませんでした。いまでも吐くことができないので、胃腸炎が流行るととても恐怖を覚えます。
 母から聞いた父の発言は、「キチガイ」、「洗濯おばさん」ですかね。父のことばはあまり覚えていません。私の結婚を機に、父と会うようになりましたが、父はネガティブないい回しはしない人だと思いました。
姉は、昔は口が悪かった。包み隠さずハッキリいう人で、私が高校生か大学生のころ、母によく「うるさいなーこの嫌みババア(笑)」と冗談ぽくいっていました。私はいつもその母の話に乗り、話を聞いていました。…。

 暴力のある家庭環境で育ち、再び、配偶者から暴力被害を受けることになった“考え方の癖(認知の歪み)”、つまり、Fの「私、頭おかしかった」、「異常に思った」という表現と、Fの実際の感覚に“温度差”があることが示されています。
その原因は、6月1日12:45のメール文に記載されているとおり、母親が父親を非難する表現のひとつであり、Fが乳幼児期から日常的に耳にしてきたことばであったわけです。
したがって、Fにとっては、「頭がおかしい」「異常」ということばには、特別な意味、重大な意味はないのです。
暴力のある家庭においては、「お前の頭がおかしい」、「お前は異常だ」、「キチガイ」といったことばは、「バカやろう」、「アホか」、そして、「でて行け!」、「死ね!」ということば同様に常套句、日常的に使われていることばです。
 DV被害者や虐待被害者の話を聴くとき、被害者の使うことばや表現方法には、“温度差”があるかもしれないと前提で、事例16(分析研究1)のように、ことばの使い方や意味をていねいに訊き、そこで把握した内容(事実)を被害者と共有していくアプローチが欠かせないのです。
Fは、メールの中で、N弁護士とのやり取りで、わかってもらえないこと、意図が伝わらないことに対しての失望感を記していま す。そして、家族、学校、職場の人間関係においても、同様のことが繰り返されてきたことを記しています。
こうした失望感は、ことばの使い方や解釈に“温度差”があり、それを埋めるプロセスをないがしろにしてきたことが原因です。
しかし、暴力のある家庭環境で育ってきた人には、このプロセスをないがしろにしているという感覚そのものが存在していないのです。
なぜなら、「わかってくれる、認めてくれる=味方」、「わかってくれない、認めてくれない=敵」と二元論で考えてしまうからです。
この間を埋めるためのアプローチは存在していないので、「わかってくれない、認めてくれないのであれば、もう、かかわらない」と極端な考え方に終始してしまうのです。
 暴力のある家庭環境で育つということは、絶対君主である親から子どもへの一方通行のやり取りしか存在しないのです。
双方向のやり取り、疑問や不明点を確認して温度差を埋める(理解を深める)やり取りを通して、はじめて共通認識、共通言語にすることが可能になります。
しかし、暴力のある家庭環境では、こうしたプロセスを通じて相互に信頼感が生まれることを学ぶ機会が、奪われていまうのです。
つまり、対人スキルを身につけていないので、人とのかかわりそのものが、不安で、恐怖なのです。
そのため、不安や恐怖に対して、攻撃して不安を排除しようとするか、不安を避けて触れない(かかわらない)ようにするのか(回避)、心を閉ざしたり、鈍感になったりすることで不安を感じないようにするか(感覚鈍麻)が行動習慣となります。
 Fは、6月1日3:17のメールで、「私にとっては、耐えられなくて本当に苦しくて死にたいくらいの1年だったと今でも思っていますが、“夫からされたことはモラハラではあったがDVは大げさ、受け取り方の違い”と思っている私がいます。」と記しています。
 Fが表現した「耐えられなくて本当に苦しくて死にたいくらいの1年だった」については、夫に「ねえちょっと」といわれるだけで「またなにかやってしまった。怒られる」と恐怖がよみがえり緊張したり(再体験)、帰宅が怖く家に入れずにいたり(回避)、夫がお風呂からでた音、強く扉を閉める音がふるえあがるほど怖くていつも緊張し、心臓が締めつけられるように感じたり、責め立てられる夢を見て起きてしまったり(過覚醒)するといった症状に悩まされ、食事が喉を通らなくなり、夫が側にいると思うと眠れず、体調不良が悪化していった状態を指しています。
再体験、回避、過覚醒は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の主症状です。
その後、離婚を決意し家をでて実家で別居をはじめたFは、転職しました。
転職した職場で、女性の上司からちょっとした注意を受けただけで怖いと恐怖を感じ、ミスをしたらどうしようと焦り、仕事に支障がでるほど手がふるえ、また、離れた場所で、同僚が大きな声で誰かを非難している声が聞こえてくるだけで怖くなり、身が竦んでしまうようになり、仕事をすることが苦しく、毎日胃がちぎれそうな思いで出勤していましたが、1ヶ月で退職することになりました。
 Fは、こうしたPTSDの症状に苦しむほどの暴力を夫から受けてきたわけですが、「モラハラであってDVは大げさ」と表現するのには、Fが、「父が大きな声で怒鳴り、殴ったり、叩いたり、ものを投げたりしていました。母もいい返しものを投げ、姉は「お母さんがかわいそう」、「お前なんか父親じゃない」と母をかばっていました。私はそのやりとりすべてが怖くて、ひとりで布団の中に入り泣きながら過ぎ去るのを待っていました。」と幼かったときの記憶を述べているとおり、Fが暴力のある家庭環境で育ち、暮らしてきたことが影響しています。
そして、6月1日12:45のメールで、母親が「違う」と否定することばを常套句としていることを記しているとおり、Fは否定と禁止のことばの暴力を浴びせられて育ってきたことを示しています。
しかし、Fはこうした表現をしていても、育った家では「暴力があった」と一度も表現することがなく、そのことを指摘されても他人ごとのように受け流してしまいました。なぜなら、親から暴力(虐待)を受けてきたことを受け入れることは、親に大切にされてこなかった、存在そのものを認めてもらえなかったことを受け入れることになるからです。
そのため、多くの暴力のある家庭環境で育ってきた人たちがそうであるように、そのことを認めたくない心理が働くのです。
そして、「被虐待者」と指摘される(このことばを使われる)ことに激しく抵抗します。
 Fの父親が母親に対しておこなった行為はDVそのものです。
同時に、Fの姉とFは面前DV(精神的な虐待)の被害者であり、夫からDV被害を受けている母親から否定と禁止のことばの暴力を浴びせられ、あらゆることに詮索干渉され、同時に、母親の愚痴聞き役も演じなければならなかったように、精神的な虐待の被害者です。
この事実を受け入れることができないために、夫からの暴力を「DVである」と認識できないのです。なぜなら、Fは、夫の暴力をDVと認識してしまうと、父親と母親の暴力の関係はDVそのものであり、自身がDV環境で育ったことを受け入れなければいけなくなるからです。
これも、(C-)PTSDの主症状の「回避」に該当するのです。
DV被害者や虐待被害者の多くは、こうした「回避」にもとづく、認知の矛盾を抱えています。このことが、第三者にDV被害を正確に伝えることを難しくさせている大きな要因となっているのです。
 したがって、この温度差を埋めたり、正確な被害状況をひきだしたりするのは、援助者の役割ということになります。そして、援助者がこの温度差に気づくには、暴力のある家庭環境で育つことが、特に、「感情」「ことば」をどのように獲得することになるのかに深い知識が必要になります。

 次の事例17(分析研究2)では、幼い子どもを抱えた母親が、DV被害の状況を正しく認識できずにいたことが招いた悲劇を考えていただきたいと思います。

-事例17(分析研究2)-
※ 現在、掲載にあたり、本人の承認待ちです。


 第三者に正しく伝えることができない理由は、DV被害者の多くが、暴力のある環境に順応するための“思考・行動習慣(考え方の癖のことを認知の歪みといいます)”を身につけていること、さらに、重いPTSDの症状(侵入(再体験)・過覚醒・回避)が表れていることによって、DV被害の状況を正しく認識することが難しいからです。
このことが、DV被害者が、DV被害を相談する女性センター、警察、弁護士、そして、離婚調停がはじまると2名の調停委員や家庭裁判所調査官(子どもがいる離婚事件)、裁判官に、DV被害の状況を理解してもらえなかったり、被害者でありながら理不尽な思いをさせられることになったりする大きな要因になっています。
 DV被害者がDV被害を正しく認識するということは、どのような暴力を受けてきたのか、暴力がどのような状況で、どのようにして暴力がおこったのかをことばにする(話をしたり、文字にしたりする)ことで再現し、言語化し、再確認していく作業が必要になります。
この作業は、PTSDを発症した人が、その回復を意図した認知行動療法(暴露療法)としての第1ステップ、つまり、「トラウマの再体験」を意図的におこなうことを意味します*-4。
DV被害の状況を第三者に正しく伝え、DV被害の構造(本質)を正確に把握してもらうため、そして、DV被害により発症したPTSDからの回復には、この厳しくツラい作業は欠かせないのです。
この作業は、本来、DVや虐待被害によるC-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)*-5、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に精通した専門医のもとで、時間をかけて、被害者の心の状態との兼ね合いをはかりながら、被害者のペースで進められるものです。
しかし、問題は、「婚姻破綻の原因は夫のDVにある」として夫婦関係調整を求める離婚事件では、家庭裁判所によって、開催日、反論する書面や証拠などの提出は“いつまでに”と「期日」が設けられるということです。
つまり、家庭裁判所が設定する“期日”に縛られる中で、“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれてきたのか”を明らかにしていかなければならないのです。
この状況は、DV被害者に精神的な負担を強いるものです。
なぜなら、DV被害者にとって、トラウマを再体験する作業にとり組むことは、「気が狂うのではないかと思うほど、苦しかった。」、「同居中に夫に非難され、責められているときの夢を見て、怖くて目が覚めた。真冬なのに寝汗をびっしょりかいた。「夢だから、夢だから」と自分にいいきかせ、気持ちを落ち着かせて横になった。」と心境を語るほどツラく苦しいものだからです。
 多くのDV被害にあった人たち、そして、虐待のある家庭で育った人たちに共通しているのは、「Ⅱ-10-(2)-③回避」で、『アフガンなどの戦地(紛争地)から帰還した兵士たち、ナチスのユダヤ人の虐殺から国を捨て逃れた人たち、沖縄で地上戦に巻き込まれた人たち、そして、淡路阪神大震災や東日本大震災で被災した人たちのように、トラウマ的な体験となったできごとを黙して語らないようにしたり、それに類する場所に決して近づこうとしなかったりするのも回避行為です。』と記しているとおり、“なにをされてきたのか”“どのような状況におかれてきたのか”をことば(言語・文字化)にすることは、トラウマの再体験として加害者から暴力を受けている恐怖が呼びおこされることになります。
そのため、多くのDV被害者や被虐待者は、無意識的にトラウマの再体験とつながる行為を避けようとしたり、心が強く拒絶してしまったりすることから被害状況を正しく認識することができず、治療に辿りつくことができずにいます。
 このPTSD主症状のひとつの「回避行動」は、離婚調停での話合いで合意され、家庭裁判所が作成する「離婚調書(調停条項)」に「面会については、第三者機関を利用し、日時・場所・方法等については、子の福祉に配慮し、第三者機関の定めるルールに従う。」と明記されたDV離婚事件で、面会交流を実施するときに表れることがあります。
それは、第三者機関(エフピックなど)の事務所が、DV加害者の元夫との交際時によく訪れていた土地(地区)であることから、被害者がその土地に近づきたくないとの思いで「事前面談」を避け続けたり、面談日が近づくにつれて「子どもを父親に会わせるのは嫌だ。止めたい」との思いが強くなり、「子どもが父親に会うのを嫌がっている」との理由に置き換えて、面会を拒もうと必死になったりすることです。
その結果、家庭裁判所(元夫から「約束した面会交流に応じない」との訴えに応じて)から「履行勧告」を受け、元夫から監護権変更の審判を申立てられる事態を招くことがあります。
合意したけれども、元夫とかかわることを回避しなければならないとトラウマが反応した結果、新たに家庭裁判所を介して、元夫とかかわらざるを得ない(争わなければならない)状況をつくりだしてしまうことになるのです。
そして、「子どもが父親に会うのを嫌がっているので、会わせることはできない。」、「面会交流は母親や子どもへの精神的負担が大きく、実施することはできない。」との訴えに対して、家庭裁判所は、「調停で合意された約束を守り、履行することに努力していない」として厳しい対応をすることになります*-6。
 加害者である父親と子どもが面会交流をおこなうことが決まったDV離婚事件では、本人は無自覚であってもPTSDなどの症状を抱えているDV被害者には、離婚後も、DV被害者や虐待被害者が示す被虐待女性症候群などの傾向、PTSDの症状などに精通した者(専門のトレーニングを受けた援助者)のサポートが必要不可欠なのです。
そして、暴力のある家庭環境から離れることができた子どもに対して、どうかかわるかという問題とも深くかかわるものです。
日本では、性暴力被害者に対し、性暴力暴力被害に関して支援するための訓練を積んだ医療者、警察、相談員、援助者などの多職種の専門家による連携体制を構築して対応する「SART((Sexual Assault Response/Resource Team;性暴力被害対応チーム。日本では「ワンストップ支援センター」)のとり組みがはじまったばかりです*-7が、「侵入(再体験)」「過覚醒」「回避」といったPTSDの主症状に加え、「解離」「感覚鈍麻」などを症状が表れているDV被害者に対する対応においても、同様の「対応チーム(女性センター、援助者(アボドケーター)、児童相談所・保健センター、DV・児童虐待に関して支援するための訓練を積んだ医療者、弁護士など)」でかかわることが必要だと考えます。
そして、DVや虐待の被害者支援に携わる人(小学校の教職員、自治体の女性相談員や担当職員をはじめ、保健師、保育士、民間の援助者、精神科医、子どもシェルターを運営している弁護士など)には、「DV被害の当事者だからこそ、被害の状況を正しくことばにすることができない」ということを理解しておくことが大切です。
事例17では、母親の訴えに従い子どもを一時保護委託することを決定した児童相談所の職員が、母親による虐待案件なのか、父親(夫)の母親(妻)に対するDVによりPTSDの症状でパニックになっているDV案件なのかを見極めることができれば、違った結果になった可能性が髙いだけに残念です。
*-5 C-PTSDとPTSDとの違いなどについては、「Ⅱ-10.トラウマと脳」、「Ⅱ-13.PTSDとC-PTSD、解離性障害」で詳しく説明しています。
*-6 「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚事件における「面会交流」のあり方については、「Ⅳ-29.悩ましい面会交流。いま司法はどのように捉えているか」と1節を設けて、詳しく説明しています。
*-7 「SART(性暴力被害対応チーム)」については、「Ⅴ-33.性暴力被害者支援の連携体制、SART(性暴力被害対応チーム)」で詳しく説明しています。



(1) 暴力のある環境に順応するということ
 DVは、親密な関係での暴力であり、家族全体を巻き込む暴力です。DVは、身体的暴力*-8に限らず、性(的)暴力、精神的暴力(ことばの暴力)、経済的暴力など、あらゆる形の暴力が含まれます*-9。
その暴力は繰り返され、徐々にエスカレートする傾向があります。子どもをはじめ、親やきょうだい、ときには、親戚や友人、職場の上司や同僚、子どもが通う学校までもがDVに巻き込まれていきます。
 家庭という密室で、両親間に暴力があれば、当然、一緒に暮らしている子どもたちもそれを目撃します。
「夫は、子どもの前では暴力はふるっていない。」という被害女性も少なくありませんが、翌朝の両親の雰囲気で暴力の気配を感じとっています。
子どもは、浅い眠りのときに怒鳴り声や物が割れる音を聞いていることを「怖い夢を見ていた。」と表現するように、確実に怖い記憶を脳に残しています。子どもの深い睡眠を遮る怒鳴り声などの大きな物音は、発達障害発症の原因となる“断眠*-10”を強いることになります。
この状況は紛れもなく、子どもに暴力を繰り返しているといえます。
親は、子どもには直接暴力が及んでいないと解釈していても、親の暴力を見たり、聞いたり、気配を感じるなど、不安定な家庭環境の中で養育されることは、面前DVといい、子どもにとっては精神的(心理的)な虐待となります。
つまり、夫婦間に子どもがいるときには、DVを夫婦間における親密な関係での暴力としてだけでなく、子どもを含めた家庭という密室でおきている暴力と捉える必要があります。
そして、「忘れられた被害者」になってしまいやすい子どもにも、きちんと目を向けなければならないのです。
  ところが、DV被害者の多くは、離婚に向けて夫婦関係調整(離婚)調停、そして、子の監護に関する処分(親権・監護権、面会交流)調停を申立て、調停に臨んでいる中であっても、「夫がどうするかを考える(どうしたいかと思いを馳せる)」ことが“判断基準”になっています。
そのため、婚姻関係の解消といった離婚問題の他に、警察では、DV被害の相談に訪れる被害者が「被害届」をだすことを躊躇し、暴行・傷害事件として動くことができなかったり、女性センターなどのDV被害者相談機関では、「配偶者暴力防止法」にもとづき一時保護したものの夫のもとに戻ってしまったりするなど、DV被害者支援に携わる現場では、悩ましく、もどかしい状況に苦慮することになります。
また、被害者に子どもがいるDV事件では、保育園や幼稚園、小学校の教師(学校)とスクールカウンセラー、児童相談所、そして、警察など関係者によるケースミーティングが実施される中で、加害者の相反する拒絶と受容の言動やふるまいが被害者である母親、そして、子どもの心を揺さぶり、被虐待児童および家庭への支援・介入が進まないといった状況に遭遇します。
 これらのDV被害者に認められる判断、行動こそが、暴力のある生活環境で育ち、暴力のある環境に順応するために身につけてきた、夫(子どもからみた父親)の“機嫌を損ねない”ように、“意に反しない”ように考えて行動してしまう考え方の癖(認知の歪み)なのです。
この暴力のある環境でしか通じない考え方の癖(認知の歪み)が、「子どものふるまいが、父親のことが好きなのではなく、健気に親の期待に応えようとしているに過ぎない」ことに気づくことができない要因になります。
また、「子どもがしたっているのだから、私ががまんすればいい」と考えたり、「子どもには父親が必要(両親が揃っていることが重要)なのだから、離婚したら子どもを哀しませることになる」と考えたりして、自身が暴力の環境に留まることを正当化(できない理由をみつける)することに置き換えてしまうこともあります。
これは、暴力そのものをどう認識しているかといった“認知”の問題です。
 この暴力に対する認知の問題は、暴力への耐性と深くかかわっています。
そして、暴力そのものの認識や暴力に対する耐性は、生まれ育った家庭環境によってつくられます。
「Ⅰ-5.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか」の冒頭「事例15」でなげかけたように、「こんなひどいことをいわれる覚えはない。人の考えを尊重できない人とはやっていけない」、「女性に手をあげるなんて信じられない。暴力をふるう人とはやっていけない」と考えるか、それとも、「このぐらいのことなら、きっとどの家庭にもあること」、「このぐらいならたいしたことない、がまんできる。私だったらうまくやっていける」と考えるかは、生まれ育った環境で身につけた価値観にもとづいて選択されます。
 前者は、暴力被害を受けることになったとしても直ぐに別れる(関係を断ち切る)選択ができます。
なぜなら、その判断(選択)基準として、暴力をふるうのは許されないことといった認知と、“わたし”そのものを大切にする(暴力に屈し、怯えず、傷つかずに生活する)ことを第一に考えられる認知を生まれ育った環境で身につけているからです。
“わたし”そのものを大切にできる人は、養育環境において、アイデンティティ(あるものがそれとして存在すること。人がときや場面を超えて一個の人格として存在し、自己を自己として確信する自我の統一を持っていること)、自尊心、自己肯定感を獲得できているということを意味します。
一方、後者の考え方をする人は、“わたし”そのものを大切にすることを、生まれ育った環境で身につけることができなかったことになります。
暴力のある家庭環境で育つことは、その環境に順応していく中で、暴力を容認する男性(父親)の役割や女性(母親)の役割といった“性差(ジェンダー)”を認識し、夫婦観や家族観をつくりあげていきます。
そのため、たとえ、婚姻後、再び暴力を受けることになったとしても、「妻としては夫のため、母としては子どものために尽くすことが女性の役割」という考え方に立ち、「子どもには父親が必要」とか、「片親にしたら、子どもに不憫な思いをさせてしまう」とか、「子どもの手が離れるまで耐えて、がまんするのが母親の務め(義務)」などと、“両親が揃っている”ことを優先します。
子どもを、暴力に怯える生活に留めさせることになることよりも、家族という形式を維持することをなによりも優先してしまうのです。
問題は、暴力のある家庭環境で育つことで、アタッチメント(愛着形成)*-11が損なわれ、アイデンティティを獲得できず、自己肯定することができなくなっているということです。そのため、暴力のある環境に身をおくことが、わたしそのものを大切にしていないことに気づくことができないのです。
 そして、愛着対象である親が、暴力のある環境に子どもを留めるということは、親が身を守ってくれるという安全と安心を子どもに与えず、恐怖を与え続けることを意味します。
幼い子どもは、暴力被害(直接なものだけでなく、両親のDVにさらされる)の恐怖から逃れる(回避する)ために、親のご機嫌をとるために顔色をうかがい、怒らせないように気を配り、親を喜ばせ、仲介役を買ってでるようになります。誰に教わったわけでもなく、その役割こそが、この環境(家)で自分が生き延びる(親の期待に応える)ために必要不可欠なこととして、日々その“術(すべ)”を磨いていきます。
「親の期待に応える役割を演じる」ことは、アタッチメント(愛着形成)獲得に問題を抱えることになった子どもにとって、“存在(わたし)そのもの”を受け入れてもらえる、認めてもらえることに通じる切なる思いです。
間違ったおこない(親とのかかわり方)であっても、暴力のある環境で暮らさざるをえない子どもにとっては、なによりも優先しなければならないのです。
 被害女性の中には、「私がそうでした。でも、子どもってそもそもそういうものでしょう。」と口にすることがあります。
こうした認識こそが、育った家庭環境で身につけてきた価値観(ものごとを解釈し判断するうえでの基本理念となるもの)ということになります。
したがって、被害女性がこうした認識にあるときには、その人は、暴力のある家庭環境で、子どもへのしつけや教育の中での暴力を容認するように育ってきているということになります。
 そして、重要なことは、子どもへのしつけや教育の中で暴力を容認している人たちは、学歴や職業、年齢、性別はいっさい関係なく、35-40%にのぼると想定されているということです。
小中高校、専門学校、大学生(短期大学を含む)であれば、同級生や先輩後輩、教師、部活などの顧問や指導者、社会人以降では、友人や知人、同僚や上司、親やきょうだい、親戚、地域コミュニティ、メディアに露出する知識人、公務員、弁護士や裁判官、医者などすべての人たちは、35-40%が暴力を容認し、65-60%が暴力を容認しない人たちということになります。
つまり、「家(学校で、塾や部活動で、職場で)で暴力をふるわれている」とDVや虐待被害を相談したとき、対応した人物が、5人のうち2人に該当する暴力を容認する人であれば、「どこの家庭(学校、職場)でも少なからず暴力はある」という“前提”で話がされることになります。
このことは、児童虐待・DV被害の早期発見・早期支援という観点では実に重要な意味を持ちます。
なぜなら、暴力を容認する人に相談するのか、暴力を容認しない人に相談するかで、その問題に対しての解決の方向性は変わってくることは明らかだからです。
 「ストーカー行為等の規制に関する法律(平成12年11月制定。以下、ストーカー行為規制法)」制定のきっかけとなった「桶川ストーカー殺人事件(事例84)」を担当した浦和地方裁判所の裁判官は、宇都宮地方裁判所時代に、裁判所の女性職員に対しストーカー規制法違反容疑で逮捕された人物で、傍聴人から「(毎回のように)居眠りしている」と訴えがあり、公判担当から外されています。
「婚姻破綻の原因は夫のDVにある」として離婚を求めるDV被害者が依頼した法律事務所のホームページ(HP)には、「最近話題になっているモラルハラスメントは精神的暴力のことで、DVとは違います。」と堂々と掲載しています。
「モラルハラスメントに強い弁護士 ・・市」で検索し、トップにあがった法律事務所で、法律事務所代表の女性の弁護士は、「ことばの暴力(精神的暴力)や経済的暴力などは、殴る蹴るの身体的暴力がなければDVではない」と認識していました。この法律事務所にDV離婚事件を委託した離婚調停は、争点が定まらないまま不調に終わり、新たに弁護士を選任し、提訴して(裁判をおこして)離婚を争わなければならなくなりました。
また、学校の教師や習いごとの指導者の中には、「俺(私)は親(教師、指導者)に殴られたりしたが、頑張って、教師になることができた。暴力はどこの家庭にでもあることだろ。」と平然と応え、教育指導という名の下で体罰を正当化している人たちが数多くいます。
医師、弁護士など司法関係者、公務員、教師、スポーツや音楽の指導者、塾講師自身が、親になり、自身の親がしてきたように、しつけや教育のために手をあげているとしたら、「家庭内のことであっても、親と子どもの関係の中でのことであっても、いかなる理由があろうとも、暴力的なふるまいで問題を解決することはできない」という“前提”で話を聴き、アドバイスをすることができるのか疑問です。
暴力的なふるまい(パワー)によって、人を“屈伏”させたり、“説得”させたりできるかもしれませんが、人は“納得”しなければ、能動的な行動につながることはないのです。説得と納得の違いを認識していない人が、ことのほか多いのです。
例えば、小学校高学年、中学校、高校と進級や進学というタイミングで、素行の悪い子どもたち、問題意識の高い子どもたち、同じ目的にむかう子どもたちが自然とつるむようになりますが、それは、育っている家庭の中で身につけた思考・行動習慣をベースとした“似通った話題(共通認識、共通言語)”によってグループがつくられているわけです。
そのため、「共通認識」、「共通言語」が構築されている話が合う人、話しやすい人、つまり、友人や知人、同僚、上司、そして、親やきょうだい、親戚に、暴力にかかわることを相談することは、暴力を容認する“前提”の中で、どうしたらいいのかアドバイスがおこなわれるリスクが高くなるわけです。
DVや児童虐待対応では、専門のトレーニングを受けている第三者に相談する必要が特に重要となる理由が、ここにあります。
 児童虐待、DVのある家庭環境下にある母親への支援を難しくさせる要因として、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損なっていることを起因とするカラカラに乾いたスポンジのような渇望感、底なし沼のような寂しさを抱える「見捨てられ不安」は、DV加害者と被害者とのかかわり、特に、再び夫から暴力被害を受けることになった母親と子どもとの関係性を複雑にしていることがあげられます。
さらに、子どもが健気に親をかばうことで、真実を把握させ難くさせます。
それは、母親が「夫がどうするかを考える(どうしたいかと思いを馳せる)」といった“夫の機嫌を損ねない”ように、“意に反しない”ように考える癖を真似て、子どもが「親を不機嫌にさせないように、健気に親の期待に応えようとする」ようになっていることです。
暴力のある家庭環境で生きる“術”を身につけてきた先輩である母親のおこないのすべてを、子どもは、暴力のある環境で暮らすための「手本」とします。
DV被害者の母親が、暴力のある環境に順応するために身につけしまった考え方の癖(認知の歪み)というフィルターを通して、“いま”の状況を認識し、“これから”どうしたいかを考え、判断しているということ、そして、子どもも同じフィルターを通して見て、考えてふるまったり、ことばを選んだりしているという事実があります。
問題は、子どもが同じフィルターを通して見て、考えてふるまっていたり、ことばを選んでいたりしていることを、子どもの「手本」となっている母親が気づくことはとても難しいということです。
このことは、第三者が、児童虐待・面前DVを早期発見し、早期支援をおこなうことを難しくなっている大きな原因となっているのです。
*-8 当「手引き」第3章(児童虐待とドメスティック・バイオレンス)では、暴行罪や傷害罪で刑事事件として立件で身体的暴力を主に「暴行」と表記し、ことばの暴力(精神的暴力)、経済的暴力を「暴力」、性的暴力については「暴行(レイプ)」、「性暴力」と表記しています。
*-9 「Ⅰ-5-(3)DVとは、どのような暴力をいうのか」で、詳しく説明しています。
*-10「断眠」については、「Ⅱ-12-(2)発達の遅れ」で、「睡眠不足症候群(ISS)」とともに詳しく説明しています。
*-11 DVや虐待という問題を考えるとき、暴力のある家庭環境で育ったことで、脳の発達形成において大きな影響(後遺症)が及ぼされている、とくに、アタッチメント(愛着形成)を獲得できず(損なっている)育っていることが、特定の近しい人を支配するための言動・行動特性として表れます。
暴力のある家庭環境で育つことがどのような影響を受けることになるのかについては、第2章(Ⅱ.児童虐待・面前DV。暴力のある家庭で暮らす、育つということ)において詳しく説明しています。



(2) DVの本質。暴力で支配されるということ
-事例18(DV2)- 同棲した男からのDV被害は、つきまとい・ストーカー行為からはじまった
 歯科技工士として働く私(A。35歳)は、離婚し、ひとり娘は実家に預け、クリニックで働いていました。会社員のN(37歳)とコミュニティ(出会い系)サイトで知り合い、結婚を前提に同棲をはじめました。
しかし、Nには妻がいて、Nの暴力で実家に逃げ、離婚調停中であることをあとになって知ることになりました。
 当初、Nは電話で優しい口調で誘ってきていましたが、しだいに誘いが強引で執拗になっていきました。
しばらくすると、携帯電話が30分に1回くらいの頻度で着信音が鳴るようになりました。
仕事ができないのでたまらずに電源を切ると、Nは職場にまで電話をかけてきて、「どうして電話にでないのか!」、「どうして誘いに応じないのか!」と怒鳴りつけるようになりました。
夕方になると、Nは、私が勤務するクリニックの駐車場で何時間も待ち、退勤後の私を尾行しました。
私は住まいがわかってしまうので、もうこれ以上避けきれないと思いました。そして、私は、会ってどんな男性なのか確かめようと思ってしまい、食事の誘いに応じ、つき合いがはじまりました。
 Nは、普段はおとなしいものの、話していて、なにかのひとことが気に入らないとすぐにキレて、私を怒鳴りつけ、殴りました。
Nの「Aと結婚したい。」ということばを信じて、私は、交際1ヶ月でNの部屋で同棲をはじめることになりました。
私は、Nの監視グセ、電話魔的なことが気にかかっていましたが、結婚したら、詮索も治るだろうと思っていました。
Nは、交際中、私の前で酒を飲むことはありませんでしたが、実は酒乱でした。私は、内心“騙された”と悔やみましたが、別れを切りだす勇気がありませんでした。
そして、私は、Nから凄まじい身体的な暴行を受けるようになりました。Nは、酒を飲みはじめると形相が変わりました。ちょっとしたひとことが気に入らないと顔面蒼白になり、爆発的に怒り、怒鳴りつけました。私が怖くて黙っていると、「なにが気に入らなくて黙っている!」と更に怒鳴りつけました。
その怒り方は、いままでに体験したことのない凄まじいもので、私は一方的に殴られました。
しかも、「お前が、前夫と離婚してからの男性遍歴を話せ!」と告白を迫られ、交際した男性の話をしていると逆上し、髪の毛をひきちぎられ、殴られ、蹴られるといった狂気のような暴行を受けました。
Nに職場の話や男性の顧客の話をすると、「その技工士が好きなのか!」とか、「その客と昼時間遊んでいるんだろう!」と執拗に詮索しました。Nは、私が出勤しているかどうか確認の電話を入れ、退社後には私の勤務するクリニックにきて、「いつもお世話になります。妻は何時に帰りましたか?」と毎日退勤時間も確認していました。
 私は、Nから日常的に殴られ、体中アザだらけで生傷が絶えなくなっていきました。
まさに、生き地獄のような日々でした。
Nは、私が逃げるような素振りを感じとると「お前の娘が年頃になったら必ず襲ってやる。」と脅しました。
子どもを人質にされているようで、逃げる気持ちも失せて、無力感にさいなまれました。私が逃げても、実家に預けている娘や父母が殺されると思うようになっていきました。そして、私は、私が殺されるか、Nを殺してしまうか、ぎりぎりのところへ追いつめられていきました。
そのNは、狂人のように暴行し、暴言を繰り返しても、そのあと「俺を一人にしないでくれ。」と、別人のように泣いて詫びました。
本当に同じ人なの?と、その落差が信じられず、最初は、「心が弱いだけ、ほんとうはやさしい人」と暴行を受けても許せる気持ちがありました。
しかし、いまでは「この男の人格は絶対に治らない」と確信しています。もうこの生活から抜けだしたいと思っています。


-事例19(DV3)- 暴力の連鎖。暴力のある家庭環境で育った夫によるDV、息子をかばう義母の暴言
 夫Pは車の走行中ウインカーを故意に点灯しないで急ハンドルを切って、右折や左折をします。また、なにか気に入らないことがあると突然猛スピードをだし、信号無視など無謀運転を何度も繰り返えすなど自制心がなくなります。
 家でも、レストランでも止めなければきりがないほどの暴飲暴食をします。
Pに、私が生活上の悩みを相談すると、一切無視し、逆に持論の主張を延々と述べました。私が同調しないと、Pは突然激高し「素直に聞いていない。返事がない。」と明け方まで説教を続けます。
Pは、自分は“偉い”という自意識が過剰で、常に私を見下していました。私が残業で疲れて帰宅しても、まったく家事を手伝うことはありませんでした。しかも、不機嫌な態度で、酒を飲みながらテレビを見て夕食を待ち続けているだけです。
 一方的に非難され続けたとき、私は電話で泣きながら義母に相談しました。
すると、義母は私の考えをまったく無視し、Pの言動を正当化しました。また、Pの実家に行くと、息子自慢を何度も繰り返すので、私がうんざりして相槌を打たないと母子で怒りをあらわにしました。
義母は、私に挨拶の仕方、服装、口紅の色などに口うるさく干渉しました。
  結婚して1年2年と経過すると、Pの自己中心的な冷酷さ、陰険で執念深さを思い知らされてきました。
Pは理屈屋で、怒りっぽく、私の失言や家事のこと、義母との会話の些細なことに揚げ足をとって怒りました。
しかも、同じ内容を執拗に繰り返します。
感情が不安定で、イライラ感が強く、些細なことでも爆発的な怒り方をしました。そして、母親に対する依存心が強く、なんでも母に報告していました。自立できないのに自尊心ばかりが高く、露骨に私と実家を見下した態度をとりました。
Pの横暴がひどすぎるので、Pの伯父に相談しました。
そのことが義母に伝わり、「余計なこというな!」と電話口に怒鳴られました。私の考えを口にすると、義母は「お前は、何時からそのような口をきくようになったのか?!」とヒステリックに怒鳴り、一方的に電話を切りました。
 Pに殴られ、泣きながら私の実家に電話をしました。
するとPは、電話線をひき抜き、電話機を隠し、私に襲いかかって首を絞めました。手足にアザができるほど部屋中をひきずり回れました。首や頭、体を押さえつけられるような暴行はたびたび受けてきました。
私が殴られて、泣き叫ぶと、台所へひきずっていきガスの元栓を開き、私が恐怖で静かになるまでガスを放出しました。凍てつく冬の夜中、部屋からひきずりだされ、正座をさせられ「今後俺に絶対服従するか!」と迫られたり、「実家に帰れ!」と怒鳴られたり、3時間にわたって責められ続けたこともありました。
  Pから繰り返し暴力を受けているうちに、私は「私には性格的に強い面があるからPを怒らせてしまっている」と考えるようになっていきました。
私はある夜の話合いでPに謝罪し、「これからも結婚生活を継続させてほしい。」とお願いすると、「では、今晩のうちに俺の両親のところへ行って、「これから一生あなた方のお世話をさせて下さい」と頼むこと」、「両親と和解できたら、ただちに両親と同居すること」、「しかし、そうなっても俺はお前に愛情はまったくないから、家のため奴隷のように働いて、親戚一同に認められなければならない」と条件を突きつけてきました。
到底、私は受け入れることはできず、態度を保留しました。
そして、私は、私の実家に帰り、別居生活をはじめました。
 私がPと義父母に恭順し、離婚を避けるかどうかを迷い、Pに「とにかくこのような(別居)になったことをお互いの両親に謝ろう。」となげかけると、「冗談じゃねえ! お前と両親が俺と親のところに頭を下げにくるべきだ。俺はもう自分の親が一番大事で、お前に愛情のかけらもない。」、「お前は、俺が一生を台なしにする価値もない。そばにいるだけで身の毛もよだつ。」、「長男なのに、親戚や近所に取り返しのつかないことをした。早く離婚しろ」と親も離婚を促しているんだ!」と、離婚しかありえない態度でした。
Pは、別居中の私を再三呼びだし、離婚届の用紙に記入署名・押印して私に投げつけ、傲慢な態度で「何度お前が破り捨ててもまた持ってくるからな!」と冷笑していい、帰っていきました。
私は、冷酷なPに恐怖を抱いています。
しかし私は、理不尽なPの離婚請求に同意することはできませんでした。


-事例20(DV4)- たとえ一度の暴力でも、その後、心が凍るほどの恐怖に支配される
 私(Y。26歳)は、自宅を兼用した理容店を自営している夫W(34歳)と、妊娠を機に22歳で結婚しました。
一日中、立ち通しの仕事に加え、なれない家事も重なり、体調を崩し寝込んでしまいました。お腹は張るし、足もむくんで、どうにも立っていれなくなりました。
朝、Wに「今日だけは休んでいい?」と訊くと、「まあしょうがない。いいよ。」と応じてもらえました。Wのことばに、私は安心して夕方までぐっすり寝ていると、突然、“ガツン”とこめかみあたりに衝撃が走りました。驚いて目を開けると、枕元に物凄い形相をしたWが仁王立ちしていていました。
私は、なにがおきたのかわかりませんでした。ただならぬ事態にあわてて立ちあがると、Wに襟首をつかまれ、頭をグルグルと揺すりながら、顔や頭に拳が飛んできました。
 私は、なにがどうなっているのかわからず、ただ怖くて、這いずりながら逃げようとすると、「俺がこんなに働いているのに、のんきに寝てんじゃねぇよ!」、「ろくに働きもいないで!」と罵りながら、お腹に子どもがいるのに背中や足を蹴りつけ、踏みつけてきました。
私は、なんとかWの気持ちを収めようと、「ごめんなさい。これからは絶対に休まないから。」とお願いすると、Wは「土下座して約束しろ!」といい放ちました。
私はただ怖くて、土下座し、頭を畳にこすりつけながら「二度とお店を休みません。一生懸命働きます」と約束しました。

 事例20のYさんが、Wから殴る、蹴るといった身体的暴力を受けたのは、この一度だけです。
しかし、受けた驚愕や恐怖、土下座させられ、半強制的に働かされるという精神的屈辱感は深いものでした。
そして、Yは、Wの命令に従わなければ、これからなにをされるかわからない、“怖い”との強迫的な感情にさいなまれていくことになりました。
“たった一度”の激しい身体的な暴行によってYは、Wへの絶対的な服従心を植えつけられてしまいました。
Wは、外向きはとても愛想がいい人です。YがWのいうことをきいて、Wは、Yがせっせと働けば機嫌はよく、客の前でYをほめます。しかしYは、もしWの期待どおりのことができなかったらなにをされるかわからないと、常に緊張し、心は怯えていました。Yは、Wに何度か泣いていて訴えましたが、さらに何倍にもなってワァワァ怒鳴りつけられました。
結局、Yは謝って収めるようになり、土下座するのはあたり前のことになっていったのです。
 店の売上げはすべてWが管理し、Yは、その一部を生活費としてわたされていました。
しかし、生活費自体が、Wの機嫌に左右されました。
生活費がわたされなかったとき、Yが思い切って催促すると、「金は十分に渡してあるだろう。それを勝手に使ったのはお前のせいだ! 死ぬ気で謝れ! 責任をとれ!と凄まれた。」といいます。
殴られたり、蹴られたりしなくても、幼い子どもがいる中で、お金がもらえないことは食べていけなくなること、つまり、母親として幼い子どもの生存が脅かされる本当の怖ろしさを思い知らされることを意味します。
 そして、Yは、「いまはがまんのときかなと思う。もう少し子どもが大きくなってからとか、もう少しお金を貯めてからとやっぱり考えてしまいます。ただそれまで私の精神状態が持つかなぁという不安はあります。夫の機嫌にあわせて、ハラハラしたり、ペコペコしたりして、精神的には夫の奴隷のような気分になります。お店のこと、家事や子どもの世話で、それでなくとも疲れ、毎日自分がすり切れていくのがわかります。そのうえ、夫のいうことややることに逆らえないから、だんだん自分がダメになるような気がします。
このごろは夫に土下座することにも、なにも感じなくなってきました。魂が抜けたような感じで、ただ機械的に頭を下げているから、何十回やってもなんとも思わなくなりました。
ああ、これでなんとかおさまってくれますようにという感じしかしません。
でも本当は、そういうふうに自分の感覚がなくなっていくのは、凄く怖いことなのかも知れないんですが…。」と話します。
  精神的な暴力や経済的な暴力は、外側からなかなか人目につきません。はっきりとしたケガや痣が残るわけでもありません。家計費うんぬんということになれば、それぞれの家庭の事情ということで、第三者が介入していくことはさらに難しくなります。
“たった一度”の殴る、蹴るといった身体的な暴行であっても、それは妻に十分な恐怖や服従心を植えつけることになります。
そして、深く大きな傷を残します。


-事例21(DV5)- 暴力と知りながら、助けてくれない人たち
 商社に勤務する夫C(38歳)と都心のマンションに暮す私(K.。35歳)は、外からは何不自由ない幸せな妻に見えると思いますが、悲惨な状況に陥っています。
1年に3回、ゴールデンウィーク、お盆と正月、Cの実家に帰省したあと、決まってCからひどく殴られたり、蹴られたりしてきました。Cはいまだに実家の母親に頭があがりません。
帰省すると、義母に「子どもができないのは、K(嫁の私)がダメな女だからだ」みたいなことを散々嫌味っぽくいわれます。耐えかねて、義母に楯突いたのが最初の暴力のきっかけになりました。
それまでCは、「子どもがいなくてもいいんだ。」といってくれていたのに、いきなり私の顔を殴りつけ、「なんで(義母に)素直に謝れないんだ!」と怒鳴りつけました。
私は、とにかくびっくりして、なにがどうなっているのかわかりませんでした。この人、いったいどうしちゃったんだろう、頭がおかしくなっちゃったの?と思いました。
 私がCとの結婚を決めたのは、優しい性格に信頼を置いたからでした。
子どもを産むことがかなわなくなったときにも、Cは変わらない優しさで励ましてくれました。だから、実家でのCの豹変ぶりはあまりにも信じがたいことでした。
私は混乱しながらも、その場は、Cと義母に対して、自分がとった反抗的な態度を謝りました。
しかし、ショックは尾をひき、自宅に戻ってからも数日間、口をきくこともできないほどふさぎ込みました。
数日後、Cは高価なアクセサリーを買ってきて、母親のいったことや実家で自分がとった態度を許して欲しいと頭を下げたのでした。
私は、まるで狐につままれたような心境でしたが、Cの実家という、ある意味非日常的な場所でおこったできごとだったことから、Cにふるわれた暴力を“例外的”と感じてしまいました。
私は、優しい性格だと思って結婚したCだし、入院していたときもやっぱり優しかった人だから、どこか身体の調子でも悪かったのかなぁ、ちょうど仕事も忙しい時期だったし、よほど疲れがたまっていたのかなぁとか、私がとった反抗的な態度も悪かったのかなぁとすごくいい意味に置き換えてしまいました。
そして、実家であんなことがあったのは悪い夢だったなどと思うようにしました。
 ところが、また実家に帰省したときに同じことがおきました。実家から自宅に戻ると、Cは「なんで母親のいうとおりのことができないんだ!」、「わざと俺に恥をかかせやがって」と罵りだしたのです。
私が「もう二度とあなたの実家には行かない。」と応じると、その暴力は最初の何倍ものひどさになって返ってきました。
Cは食卓の椅子を持ち、私に投げつけてきました。なんとか身をかわすと、今度は身体を壁に押さえつけてお腹や足に膝蹴りをしてきました。息が詰まって床に倒れ込むと、馬乗りになり、体中をボコボコと音がするような勢いで殴り続けました。
私は肋骨と手の甲にヒビが入り、病院に通院するほどひどい状態となりました。
  私は体中痣だらけで、とにかくひどい状況の中、藁にもすがるような思いで病院に行きました。
診察時、医者の「どうしましたか?」の問いに、私が「夫から殴られたんですけど、どうしたらいいでしょうか?」と訊くと、「ああ、そうですか。」と応じ、続けて、「まあ、ケンカはほどほどにして、仲よくしたほうがいいですよ。」と冷たくあしらわれてしまいました。
全身から力が抜けるような気持ちでした。
ほかの頼りにならないような人からいわれるのならともかく、医者というのは人助けしてくれるとイメージがありました。そういう人から冷たくあしらわれてしまい、これはもうダメだという心境に陥ってしまいました。
それからは、Cに身体的な暴行を受けても一度も病院には行っていません。
Cからひどく殴られたうえに、頼った医者からも見放されたようなことをいわれ、徹底的に傷めつけられました。そして、自分の身は自分で守るしかないのかと絶望的になりまりた。
 しばらくして、私は、Cの暴力に周期があることに気づきました。
私は自分の身を守り、Cの暴力を最小限に食い止めるために、たとえ暴力をふるわれるとわかっていても、いまでもCと一緒に実家に行っています。なぜなら、行かないといったら、今度こそなにをされるかわからないという、あまりに大きい恐怖心があるからです。
 他人が考えたら、「殴られるとわかっていて、のこのこ実家に行くなんてバカじゃない」と思うんじゃないでしょうか? しかし、行かなければ、もっとひどいことをされると思います。もしかしたら、死ぬような目にあうんじゃないかとも思います。だから、年に3回の暴力を私ががまんすれば、あとの日々は、Cはふつうどころか、花束を買って帰ってきたり、おいしいものを食べに連れて行ってくれたり、とても優しいのです。まるで、二重人格みたいです。
 子どもがいない私は、いままで数え切れないくらい離婚を考えました。仕事を探して、少しでも自活しようともしました。
しかし、Cに「働いてみたい」と話したとき、たちまちCの顔色が変わりました。夫の顔を見て、私は慌てて「冗談よ、冗談。私みたいにバカで世間知らずの女には、仕事なんてできるわけないわよ。」と自分を卑下してみせました。すると、Cは「あたり前だ。これ以上恥になるようなことをしないで、お前は家でおとなしくしていればいいんだ!」と声を荒げらて侮蔑しました。
仕事をすることがままならないとなれば、どうしても経済的にはCに依存し続けることになります。自活や離婚もまた、現実的に厳しさを増して、離婚できないでいます。


-事例22(DV6)- 離婚の決意。凄惨なDV被害よりも愛人をつくったことに思いが
 私(O。57歳)が、離婚裁判をおこすような気持ちになったのは、自営業を営む夫K(60歳)と愛人の存在でした。これまでずっと、私はKの女性関係で悩み続けてきました。
私は休みなく働き通し、汗と涙の人生でしたので、「なにをいまさら離婚なんてできない」とまったく離婚は考えていませんでした。
しかし、Kと愛人が、新築の家で暮らしていることを知人から知らされました。若いときからの女狂いも老いれば家庭に戻ってくると望みをかけて待っていたのに、もろくもその望みは崩れ去りました。
 私とKは、借金を元手に食料品店をはじめました。朝から夜遅くまで、1年中休みなく身を粉にして働きずくめの毎日でした。そして、Kは独立し、工務店と食料品店を開業することができました。高度成長期の波に乗り、工務店と食料品店は繁盛し、蓄えもできました。Kは蓄財に優れた能力があり、これまでに5ヶ所の土地と3棟の貸しアパートを所有しました。
しかし、仕事は順調でも、家庭生活は逆で、私はKの女狂いと、暴力、暴言に泣かされ続けてきました。
朝帰りが続くので調べると、Kはアパートに女を囲っていました。Kは40歳代、50歳代のとき3回女を囲ってきました。
止まらない暴力と女性問題に堪忍袋の緒が切れて、私は幾度となく家をでて、離婚の準備をしました。
そのたびにKは飛んできてへたへたと崩れ落ち、男泣きしながら詫びました。私はそのKの姿を見て、つい心を許し「こんどこそ反省したか」と期待してしまいました。しかし、それも束の間のことで、約束ごとなど無視し、暴力と罵詈雑言を繰り返されてきました。
 Kは執念深く、10年、20年、30年前のいさかいを持ちだしてきて、何時間も責めたてます。
実家と行き来しないように詮索、監視され続けてきました。古い家に住んでいた当時、独身者用に「間貸し」していました。その家は一部屋ずつ施錠できるつくりで、私は、この部屋にたびたび監禁されました。
個室には窓があり、平屋の古いつくりなのでガラス戸を破って逃げだしました。家に戻ると、家具類はズタズタに傷だらけにされ、タンスの中をグジャグジャに、室内いっぱいに放り投げられていました。Kは、私の軽自動車のタイヤの空気を抜き、勤めに行けないようにしていました。
代わりにKの車を使うと、「罰金な。1万円払え!」と怒鳴りつけ、お金をとられました。覚えがないのに、「ドアの鍵を壊したと1万円」を請求されたこともありました。布団が古くなったから「打ち返して新しくする」とうかがいをたてていたのに、「いまどき布団を打ち返すバカがどこにいる! 買った方が安い。お前は金使いだ、どこにそんなお金がある。勝手につくりやがって!」と怒り、布団代を支払おうとしませんでした。
Kの嫌がらせに堪えかねて抗議すると、「家の主人に向かって、その態度はなんだ! 許さない!」と激高されました。そんなときは罰(こらしめ)として、生活費をもらえませんでした。懇願すると殴られるので、生活費は諦めました。
 Kは、愛人に「モーニングコール」をさせていました。
深夜にかかってきた電話に、私が苦情をいうと、Kは受話器をおいて殴りつけ、「ババァが生意気なこというから殴ってやった!」と笑いながら侮蔑し、卑下しました。「役立たずのババァが、やきもち焼いてそばで聞いてやがる。」とか、耳をふさぎたくなるような会話に息子もたまりかね、「おやじ、いいかげんにやめな。」と口を挟むと、「誰に口をきいているんだ! お前は俺に指図するのか!」とけんか腰で怒鳴りつけました。
もはやKの横暴は、家族の誰もが止めることができませんでした。Kは、愛人がつくったおかず、餅、赤飯などを冷蔵保管して小出しに食べ、弁当をこれ見よがしに食べました。
 そしてKは、テレビ、冷蔵庫、扇風機などの後ろ配線を切断して使えないようにしたり、リモコンを隠したり、電話の元線をひき抜いたり、ガスの点火用電池を抜きとっておいたり、私が使えないように洗濯機に作業着と洗剤を入れておいたりしました。わざと、愛人と暮らすための世帯道具を購入したときの家具店の見積書を台所において置いていました。
台所にある器具類に傷をつけ、毎日のようにヤカン、ナベを空炊きして変形させて使用不能にしたり、蒸し器の中の蒸し板を抜きとって捨てたり、コタツの電気コードの見えない部分をカミソリで切断したり、洗濯機のホースをカミソリでスパスパ切り、無数に穴を開けて漏水させたり、梅漬けに塩を数倍入れて塩辛くて食べられなくしたりしました。旅行カバン、洋服、電気毛布がなくなりました。電気器具の差込コードは隠されました。洋服の大事なところのボタンがとられ、袖口がほずれ、スカートの裾の糸が抜かれ、ネッカチーフの四隅がほずれ、靴下がカミソリで切られていました。また、ブレーカーを切断して、浴場を暗くしドアを開けて一歩踏み入れるところに濡れた洗面器を置いて、滑って転ぶように工作しておくこともありました。
私は、Kにありとあらゆる嫌がらせをされてきました。
 一方で、「花火を屋上から見よう」と優しいことばで誘ってきたこともありました。
また、「いまヤクザにとり囲まれている。二人で旅にでよう、しばらくの間姿を隠そう、身の回りのものを用意しておけ、迎えに行くから・・。」と、なにかに囚われたかのように電話してきたこともありました。
そして、Kの言動に身の危険を感じるようになり、知人に、「私が突然いなくなったらすぐ警察に知らせて欲しい。」、「不審な死に方も調べて欲しい。」と頼んでおいたこともありました。
 私は、Kから繰り返されてきた精神的な揺さぶりに、ノイローゼになって精神科に通院したこともあります。
私には2人の子どもがいます。
私は2人の子どもの子育てをしながら、自営の工務店や飲食店を手伝ってきましたが、給料はもらっておらず、生活力も財産もなく、がまんするしかありませんでした。
Kに「誰のおかげで生活していると思っているんだ! 文句があるならいつでもでて行け!」とコトあるごとに暴言を吐かれてきました。それでも、「私ががまんすれば、子どもは守れる」と、自分にいいきかせて耐えてきました。
Kは子ども抱いたこともなく、育児も手伝わず、子どもは虐待されて育ちました。小学から中学まで剣道場に通う子どもに、気に入らないと竹刀で殴りつけたり、「反抗的な態度だ!」といって怒り、冬の寒空の中、戸外に立たせ続けたりしたことがありました。
成長した子どもは、いつしか「親父をぶっ殺してやる!」が口癖になっていました。父親を憎悪しています。私は子どものために自分を犠牲にしてきたのに、父親に反目している子どもを見ると後悔ばかりしています。
 私は離婚を決意し、離婚調停で「私は夫の暴力・暴言に耐え、子どもを犠牲にし、あかぎれと寒風に耐え、身をすり減らして蓄財した土地を夫は処分し、愛人との新居をつくった。夫は土地を処分したお金、工務店の収入、貸しマンションの家賃、地代の収入など一切の所得を握って、豊富な資金で愛人と余生を送ろうとしている。今日まで夫婦共同で蓄財したものなので、権利として相応な財産分与を求めたい。」と訴えました。
しかし、私が「婚姻破綻の原因は夫のDVにある」ことを主にせず、「愛人との新居をつくった」ことを主して臨んだ離婚調停は、Kが離婚に応じようとしなかったことから調停は不調に終わりました。


-事例23(DV7)- 夫の暴力から逃げる難しさ
 私(M。32歳)は、同じ年の夫Qとの10年間の結婚生活に終止符をうちました。離婚調停を重ね、弁護士に相談をし、DV被害者支援機関のサポート受けたり、数回は友人宅に身を隠したりしながら、ようやく離婚することができました。
 私とQは高校の同級生でした。
高校生のときは、特につき合いはありませんでしたが、卒業してから就職した会社に、Qが、別の会社の営業で通ってくるようになりました。
この行為が、Qのストーカー行為による仕組まれた出会いで、デートDVにあたることは、DV被害者専門の相談機関で指摘されるまでわかっていませんでした。
20歳のときから同棲し、一緒に暮しはじめて1年ほどで子どもができて結婚しました。最初の暴力は、子どもが産まれて直ぐでした。
いまでも、なにが暴力のきっかけとなったのかわかりません。
食事の最中にいきなりQが怒りだしたかと思ったら、あっという間に手がでて、足がでたという感じでした。わけもわからずに、子どもを抱いて隣の部屋に逃げると、Qはいきなり「ごめん、どうかしてた。もう子どもがいるのに、俺はバカなことをした。ごめんな、ごめんな。」と繰り返し謝り続けました。
Qの暴力はあまりにも突然で、理由もわからず、大きな衝撃でした。しかし、泣きださんばかりに謝るQをみると、若くして結婚し、父親になったQの“若気の至り”とも思えてきて、結局そのときQを許してしまいました。
すると、Qは、いきなりセックスを迫ってきました。
ほんの数十分前、自分を殴ったり蹴ったりしたQが、また突然態度を変えセックスを求めてくるという事態にひどく混乱させられました。
 これ以降、セックスが先かあとになるかという違いはありましたが、Qはいつもそうでした。
セックスを求めてきて、応じないと殴るか、殴ったあとでセックスを求めるかでした。
若いんだから仕方がないと思い込もうと努めましたが、本当に辛かったです。寒気がして、吐きそうになったりしました。
Qは自分の性的欲求を果たすと、たちまち機嫌がよくなりました。
一時期、これはQの病気と思ってあきらめ、もう少し経って、年齢的に落ち着けば、少しはよくなるだろうと考えました。実際、二児の父親になったQは、あれほど強要していたセックスも、私の意思を尊重してくれるようになりました。そして、なによりもQは、二人の子どもを可愛がりました。
経済的な理由から、私は、子どもを保育所に預け、近所の会社で事務の仕事をはじめました。
1年後、Qが労災にあって会社を休むことになりました。
私が仕事から帰ってくると、Qは食事のしたくとか、掃除とか、いちいち難癖をつけるようになってきました。Qを怒らせたくないので、仕事で疲れていても、ひとときも休むことでできませんでした。家事や育児に追われ、夜になるともうクタクタで、子どもを寝かせながら一緒に寝てしまうようになりました。
すると、Qは再び強引にセックスを迫るようになりました。
Qは、寝ている私を殴っておこしたり、「足を開け!」と蹴りあげたりしました。
私は、再びはじまったQの暴力やセックスの強要に深い絶望を感じました。
しかし一方では、また時期がくればおさまってきて、平和な暮らしがくるのではないかという期待を捨てることができずにいました。仕事を休んでいるという焦る気持ちが暴力の原因だと思うようにしました。
しばらくして、Qは復職しましたが、Qの暴力やセックスの強要が収まることはありませんでした。
 私が逃げるような気持ちで早めに仕事にでかけたり、その反対に少し遅く帰ったりすると、Qはますます理不尽な怒りをぶつけてきました。
「子どもの面倒もろくにみないでなにをやってるんだ!」、「そんなに仕事があるわけない。本当は男がいるんだろう」と怒りだし、「身体検査をするから、服を脱げ!」と私を裸にして、セックスしてきた痕跡がないか体の隅々までチェックしたあと、レイプするようにセックスをしました。
耐え難い屈辱でした。
精一杯頑張っているのに、あまりにもバカらしいいいぐさなので、「そんなことはしていない。」と口にすると、Qは気が狂ったように殴り、そして、レイプするようにセックスをしました。
もう耐えられないと、私は子どもを連れ、会社の同僚の家に泊まらせてもらいました。
すると、Qは「やっぱり男がいるんだ!」と荒れました。
私が実家や友人宅に逃げていると、Qは必ず追いかけてきて、あれほど可愛がっていた子どもたちの前でも殴りつけるようになりました。私は、いったいどうやってQから逃げたらいいんだろう、離婚なんて無理じゃないか、死ぬしかないと思いつめていきました。
 しかし、幸運なことに、働いていた会社の先輩が弁護士を紹介してくれました。
弁護士に相談し、家庭裁判所で離婚調停することになりました。
しかし、調停の場で、Qが「子どもがかわいい。子どものためにもどうしてもやり直したい。」とボロボロ泣いて訴えると、調停委員は「これだけ反省しているんだから、もう少し頑張ってみる気はありませんか?」と促す始末でした。
わかってくれないなと思い、DV被害者支援機関のサポートを受けることにしました。
あきらめずに踏ん張れたのは、とにかく自分でなにか行動して、いまの状況を変えなければならないと強い思いを持てたからだと思います。それまでは、もう少しがまんしようとか、なにをやっても私はもうダメだとか、とにかく先のことに絶望してきました。
しかし、離婚へと踏みだしたのだから、先へ進もう、もう戻っちゃダメだという気持ちを持ち続けました。
 Qは「なにがあっても俺は絶対に別れない。」と離婚を拒み続け、弁護士を紹介してくれた会社の先輩の家まで押しかけては、ボロボロと泣いて“いい夫”のふりを演じました。
また、離婚調停開始と同時に家をでて、子どもたちと実家に身を寄せていましたが、Qは子どもたちを実家から連れだし、2日間も会社を休んで”行方不明”となるような騒ぎまでおこしました。
最終的に、こういったQの行動が、Qにとって裏目にでました。
Qの周りの人たちが、あまりの行動にみかねて、私の味方になってくれて、Qに強く離婚を勧めてくれたり、説得にあたってくれたりしたのです。
遂に、Qの母親が離婚届を持ってきました。
そこにQの名前とハンコが押してあるのをみたとき、私は力が抜けました。
 しかし、離婚が確定して半年ぐらいは、突然、Qが家に押しかけてきて、家具を倒したり、殴ったり、無理やりセックスを求めてきたりして、とても安心できるような状態ではありませんでした。
一人暮らしをしていた弟に頼んで、用心棒みたいな感じで実家に戻ってもらったりしました。そして、Qの暴力とレイプから逃れるために、仕事を辞め、親戚の住む遠方にアパートを借り、引っ越し、2人の子どもと暮らしはじめました。
幸い新しい仕事に就くことができましたが、これからの生活、経済的なことや子どもたちの将来などを考えると不安でいっぱいです。

 事例18-23において、妻が夫に対して、自分の考えを口にしたり、反論したり、仕事をしはじめたりしたことが、暴力がはじまったり、ひどくなったりするきっかけになっていることがわかります。
このことが、DVの本質を理解するうえで重要なキーワードとなります。
つまり、夫婦の関係性で、夫が自分の思いどおりにことを運びたいとき、妻が“自分の考えを持ち、自分の考えを口にしたり、仕事をしはじめ収入をえたりすることは、その思いを遂げる障害でしかないのです。
そこで、妻が口ごたえをしないようにする必要がでてきます。そのために使われるのがパワー(暴力)です。そのパワーを二人の関係性に持ち込み、コントロール(支配)しようと試みるわけです。
また、暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメントを損なっているとき、人を信じるということを獲得していないことから、家計を助けるために仕事にでた妻に対し、「男ができて、家をでていくのではないか」と疑心暗鬼になり、病的な被害妄想にとりつかれることなります。
その見捨てられ不安(強烈な恐怖心)を消し去るために、徹底的に糾弾したり、激しい暴力をふるったり、他の男にはわたさないと妊娠させることを意図としたセックスを強いることになるのです。
 DVとは、本来対等であるはずの夫婦関係に、上下、支配と従属の関係を成り立たせるためのパワー(暴力)の行使ということです。
DVの本質は、人を叩いたり、殴ったり(身体的暴力)、人を怒鳴りつけたり、罵ったり(否定し、非難・批判し、侮蔑し、卑下することばの暴力を浴びせる)、セックスを無理強いしたり(性暴力)、生活費をわたさなかったり奪ったりする(経済的暴力)ことで、その対象となる被害者(妻や子ども)との関係性に力(パワー)を持込み、支配(コントロール)し、従属させる明確な意図が働いているという“関係性”の問題です。
相手を支配するという明確な意図の“根底”にあるものは、アタッチメントを損なってきた被虐待者が、アタッチメントのやり直しを妻や交際相手、ときには自分の子どもに求めているということです。
そのため、アタッチメントのやり直し対象である妻や交際相手との別れは、再び捨てられることになることから「見擦れられ不安(恐怖)」がモチベーションとなり、病的な嫉妬心を見せたり、詮索干渉し、束縛し、執拗に執着したりすることになるわけです。
つまり、DV行為は、慢性的であり、反復的であるといった「状況」と、上下関係、支配と従属関係といった「関係性」、そして、逃れ難さという「構造」で捉える必要があるのです。
 この上下、支配と従属の関係は徐々に固定化していきますが、被害者は、自身がコントロールされていることになかなか気づくことができません。
その理由のひとつは、同じ屋根のもとで、同じ釜の飯を食べる軟禁生活ともいえる状況が、加害者のいい分や主張(価値観や生き方そのもの)に共感し、同質化が促進される「ストックホルム症候群*-12」がひきおこされる状況に酷似していることです。
支配のための暴力を受け続け、マインドコンロールされた被害者は、恐怖に支配されながらも、同時に加害者の考えに共感し、同質化していきます。
この考えに共感し、同質化していくことこそ、「夫がどうするかを先回りして考え(どうしたいかと思いを馳せ)、自ら率先してふるまう」ことなのです。
同質化(マインドコントロール)されているからこそ、気づくことができないのです。
そのため、「力と支配」の関係性がいったん構築されると、加害者から被害者に対する支配がますます強化されていくことになります。
 また、加害者は、妻が自分の判断で物事を決定することを制限するために、執拗に詮索し、干渉したり、「愛しているから」といって監視したり、一方で無視したりし、妻の感情を揺さぶって自分の思い通りにしようとします。
加害者が暴力をふるっても、その後、「二度としない」と謝り、反省した態度をとると、被害者は、加害者が「行動を改めてくれる」のではと期待したり、時おり「やさしく」されたりすると、いままでのことを許してあげようという気持ちになることもあります*-13。
一方的に、「お前が悪いからだ」と繰り返しいわれ続けると、被害者も「自分が悪かった」ような気がしてきます。
そのため、暴力被害を受け続けても、なかなか自分自身のことを“被害者”であると認識することができないのです。そして、加害者の気分次第で、いつ「緊張した関係」が「激しい暴力」に変わるかわからず、被害者はビクビクしながら暮らし、加害者との生活そのものがストレスとなっています。
被害者がビクビクしながら生活しているというのは、“常に加害者の顔色をうかがい、意に反するふるまいをしない”ように緊張の連続の日々を過ごしていくということです。
 そうしているうちに、長い期間にわたって繰り返し暴力に怯え、支配されるようになっていきます。
人はそのような状況におかれると、自分は「なにもできない、価値のない存在だ」と思うようになる傾向があります。そして、自分に暴力の責任や原因があると思い、加害者から離れる気力を失い、無力感や孤独感を持つようになっていくといわれています。
強制的な、避けられない不快な経験をすると、自分ではもうこの状況を改善することはできないという“あきらめ”に支配されるようになるのです。
こうした心理状態は、「学習された無力感*-14」と呼ばれています。
**-12 「ストックホルムシンドローム」については、「Ⅰ-5-(2)ストックホルム症候群」で詳しく説明していますが、少し補足しておきたいと思います。
 私たちは皆、心に「情」というものを持ち、特に日本人の心には、文化として培われてきた価値観として、「人を信じたい」思い、「人を悪くいいたくない」思いを強く持っています。
そのため、「性善説」でものごとを捉え、判断する傾向が強いといった特徴があります。そのため、暴力をふるった夫が、「ごめん、二度としない。」と涙ながらに謝る姿に絆され、夫のその場をとり繕うだけのことばを「こんどこそは変わってくれる」という根拠のない期待感で許してしまったりします。「その根拠のない期待感」こそが、人を信じたいとの思いです。
しかし、暴力のある家庭環境で暮らしていたり、または、暴力のある家庭環境で育ってきていたりすると、この人を信じたい思いは、実は裏づけ(根拠)のない“夢物語”という期待感でしかないのです。
“夢物語”という期待感は、暴力のある家庭環境では、“こうでなかったら”という思いが、“こうであったら(理想の家庭像)”との思い置き換えてしまう思考習慣を身につけてしまうのです。
これは、ツラい思い(記憶)を心に残さないための幼い子どものころに刻み込まれた思考習慣です。
人を騙してコントロールするという詐欺商法を仕掛けてくる人物(カルトの教祖を含む)と同じ思考特性を持っているDV加害者は、人の情を巧みに操る術を少なからず持っています。人の情に働きかけるときに、涙を流している人を放っておけないという心理を利用し、「涙」を流すこともあります。
重要なことは、心をコントロールするには、「人の情に働きかけ、心を揺さぶることができればいい」ということです。
なぜなら、心が揺さぶられている状態こそが、心につけ入りやすいからです。
人の心にある「情」や人を信じる気持ちを巧みに操る(まず、心を揺さぶる)、それが、マインドコントロールを仕掛ける者のやることです。暴力のあとに優しく甘いことばをかける、暴力のあとに泣いて詫びる、つまり、相反する拒絶と受容のふるまいによって心が揺さぶる(思考混乱に陥らせる)ことができれば、「あとの祭り」にすることができるということです。
*-13 「Ⅰ-5-(6)被害者にみられる傾向」で、心理学者のレノア・E・ウォーカーの「暴力のサイクル理論」の説明の中で詳しく説明しています。
*-14 「学習された無力感」については、「Ⅰ-7-(2)学習された無力感」で詳しく説明しています。


 先に示しているとおり、DVの本質を理解するためには、殴った、怒鳴りつけた、罵ったといった行為にフォーカスするだけはなく、夫婦の関係に、上下、支配と従属の関係性を成り立たせるために力(暴力)を使うということ、つまり、関係性にフォーカスする必要があるということです。
そして、その関係性に、“恐怖”に裏づけられた言動・行動パターンが認められるかが重要になります。
つまり、「こういった関係性や恐怖がなければ、こういったやり取りやこういった状況はおきない(成り立たない)」という着眼点に立つことによって、暴力の構造(存在そのもの)を読みとることができるということです。
 しかし、この関係性や恐怖を判断する着眼点、つまり、モノサシ(判断基準)こそが“主観”の影響を受けやすいのです。しかも、その主観は、生まれ育ってきた家庭環境のあり方そのものが表れることになります。
つまり、DVの判断は、この主観に委ねられてしまうことになります。
そのため、大声で怒鳴りつけ、ものを叩きつける音がちゃんと入っている音源データがあるにもかかわらず、弁護士に「殴っているところが録音されているわけではないので証拠として使えない。」と判断されてしまったり、調停委員に「旦那さんは、DVはなかったっていってるんですよ。」とDVを否定されてしまったり、裁判官からは、「夫婦のいざこざに子どもを巻き込んでいただけでしょ。」と非難されてしまったりする事態が、「婚姻破綻の原因はDVにある」として夫婦関係調整(離婚)調停を申立てた家庭裁判所で実際におきてしまうのです。
 こうしたDVの本質を理解していない第3者に対しては、暴力だけにフォーカスするのではなく、夫婦関係に上下、支配と従属の関係性を論理だって(因果関係にもとづいて)説明することが必要になります。
当然、DV被害者支援に携わる者にも、同じような視点で、DV被害者が認識できていない「DVとはなにか」を伝えなければならないことになります。
 ここまで、DVの本質を理解するための重要な考え方として、パワーハラスメントやセクシャルハラスメント事件と同様に暴力がおこなわれる関係性、そして、恐怖心、嫌悪感、羞恥心にフォーカスする必要があるということを説明してきました。
この考え方は、各行政機関(教育委員会)が行っているデートDV講座で、中高校生や大学生に「DVとはなにか」、「愛と束縛は違う」ということを理解してもらううえでもっとも基本となるものであるとともに、DV対策として法整備され、デートDV被害や性暴力被害の防止のための啓蒙活動に力を入れている国々ではスタンダードとなっているものです。
加えて、重要なことは、平成25年7月23日に「ストーカー行為等規制法」の一部法改正がおこなわれ、「電子メールを送信する行為の規制」が加わる中で、加害者が被害者宛に送るメールに書かれている文章やことばの使い方、表現など、いくつかの点を総合的に判断するようになっているとことにも通じるものです。
 平成23年に逗子市でおきた離婚後の凄惨なストーカー事件以降、相談対応にあたる警察では、メールの件数そのものよりも、メールを送られた相手が、そのメールに恐怖や脅威を感じているかどうかに重きをおくようになってきました。
つまり、ストーカー対策やDV対策においても、企業のコンプライアンスのあり方が問われるパワーハラスメント訴訟やセクシャルハラスメント訴訟、そして、学校等におけるいじめ事件(訴訟、検証委員会)と同様に、言動やふるまいによって嫌な思いやツラい思い、哀しい思い、恥ずかしい思いをさせられたり、送りつけられたメールに恐怖や脅威を感じたりしている事実に添った訴えであれば、メールを送った者、ことばやふるまいをおこなった者が、「そんなつもりでいったのではない(送ったわけではない)。」、「そういう意図で触ったのではない。」と訴えたとしても、こうしたいい分は通用しないのがスタンダードになっているということです。
メールやLINEなどに書かれている文章や録音されている会話で、使われていることばや表現を分析し、いくつかの点を総合的に 判断していこうとするアプローチは、人とどうかかわるかといった認知(考え方の癖)にもとづく言動・行動分析がベースになっています。
また、元配偶者や元交際相手に対する凄惨なストーカー事件が繰り返し発生していることから、加害者に対してのアプローチ(加害者更生)のあり方が注目されていますが、そのアプローチもまた、人とどうかかわるかといった認知(考え方の癖)にフォーカスされています。
つまり、加害者とされる者に、人とどうかかわるかといった認知にもとづく共通する言動・行動パターンが認められるときには、DV加害者、ストーカー加害者と似通った特性や考え方を持ち合わせていると考えることができるわけです。

 では、ここで、DVの本質である「本来対等であるはずの夫婦関係に、上下の関係、支配の従属の関係を成り立たせるためにパワー(力)が行使されている夫婦間のメールのやり取り」をひとつ見ていただきたいと思います。

-事例24(分析研究3:夫婦間のメールのやり取り①)-
(8月3日)
13:31 私→O宛  お疲れさまー!14日Hちゃんと会ってもいいかなあ?
19:06 妻→O宛  14日お昼とかだけだからいいかなあって思っちゃった…ごめんなさい断るから。40分くらいに着くよ。
19:53 O→私宛  おつかれさん これから帰るね
19:57 私→O宛  気をつけてね 9時過ぎくらい?
19:59 O→私宛  かなあ?ありがとね

 「夫からのDV被害に苦しんています。」と相談に訪れた被害者が、「7月26日に、夫から暴行を受けたあとの2ヶ月半、私と夫とメールのやり取りをまとめてきました。」とA4版30頁にプリントアウトされた夫婦間のメールのやり取りに目を通し、この8月3日のやりとりに上下関係、支配と従属の関係性が成り立っている可能性を読みとることができるDV被害者支援機関の担当者、そして、弁護士がどれほどいるのでしょうか?
 まして、このメールのやり取り証拠として家庭裁判所に提出したとき、調停委員がこの夫婦間にはDVがあると認識することができるのでしょうか?
 DVの可能性を疑うことができるか、「なにも問題はない」と感じるのか、ここに、夫婦間のDV、親子間の虐待、上司部下(教師生徒)間のパワーハラスメントやセクシャルハラスメント、同級生や先輩後輩間などのいじめ、教師生徒間の体罰など、「暴力はある意図を持って、人と人との関係性の中で発生するもの」と認識することの重要性が示されています。
そして、DVの可能性を疑うことができない人に対しては、以下のように、このメールのやり取りのどこにDVがあるのかを説明する必要があります。
この「DVの可能性を疑うことができない人」の中には、当事者(DV被害者)が含まれます。
 この事例24のメールの文面には、次項(Ⅰ-5-(3)DVとは、どのような暴力をいうのか)でとりあげている身体的な暴行、精神的暴力(ことばの暴力)、性的暴力、経済的暴力に該当する記述(ことば)を見つけることができません。
そこで重要になってくるのが、DV被害者が、暴力に順応するために身につけてしまった考え方の癖(認知の歪み)、つまり、言動・行動パターンの特性に、このメールのやり取り全体の情報を照し合せることができるかどうかということです。
この家庭では、妻Kが残業で遅くなるたびに、夫Oは「家事を全然しない」と非難し、仕事そのものを否定することが続いていました。
そして、このメールのやり取りがおこなわれた8日前の7月26日、OがKの両肩を強くつかみ、強い力で床に押さえつけたあと馬乗りになり、頭を床に力いっぱいおしつけるという身体的な暴行を加えるという事件がおきています。
先に記しているように、暴力から学んだ身を守る術として、なにも悪いことをしていないのにもかかわらず、「ごめんなさい。」と謝ることが習慣(癖)になっていること、そして、人の顔色をうかがい不機嫌か、キレそうかを見極めることが習慣になっていることから、「きっと、こう考えている(感じている)に違いない」と先読みをして、危険(怒り、暴力)を回避しようとすることといったDV被害者の特性に照し合せてみると、このメールのやり取りは違って見えてくるのではないでしょうか?
この事例24のメールのやり取りには、妻Kが、夫Oに詮索干渉、管理され、なにかするにしてもうかがいを立てなければならない状況にあり、Oの意に添うように気を遣い、がまんして諦め、さらに、ご機嫌をうかがい、気分を害させないように配慮している状況が示されています。
  以下、このメールのやり取りの行間を埋めるため、聞きとりから得た状況を踏まえて解説したいと思います。
 13:31の文面は、妻Kが、夫Oに「8月14日(木)に友人と会っていいか」のうかがいを立てているものです。
8月14日はお盆休暇中ですが、KとOの実家は車で10分、15分で行ける距離にあり、遠方に帰省するわけではありません。Oは「お盆休みにどこか旅行にでかけたい。」といっていましたが、Kは、Oとのいい合いが激しくなっていく中でおきた7月26日の暴行により、お盆休みにOと一緒に旅行にでかけることなど考えられる状況ではありませんでした。
一方のOは、暴行後もいつものように「仲直りしよう」と平然と口にしていましたが、同時に、Kが明確にどこに行きたいと希望を述べないことが気に入らない雰囲気も見せていました。
しかし、Kは仕事で土日や祝日に出勤することが多く、友人の休みも不定期であったことから、お盆休みは、Kにも友人にも滅多にない機会でした。
そして、Kが13:31にO宛にメールを送って5時間半経ってもOからの返信がなかったことから、Kは「Oが勝手に予定を入れた」と怒っていると察し、なにかいわれる前に謝りのメールを送ることになりました。
それが19:06のメールです。
 「お疲れさまー!14日Hちゃんと会ってもいいかなあ?」の文面は、なにも問題はありません。
このメールを送った時間を確認すると、「13:31」となっています。
あたり前のことですが、着目するのは、Kが「Oに許可を求めた」メールに対し、Oがどのタイミングで、どのような返信をするかです。
Oは、Kの許可申請に返信せずに放置しています。
そして、5時間半後の「19:06」、KからO宛にメールを送ることになりました。
そのメールは、「14日お昼とかだけだからいいかなあって思っちゃった…ごめんなさい 断るから。40分くらいに着くよ。」というものです。
この文面は、Kが、Oの思いを汲んで(Oの意に添うように)「ごめんなさい」と謝っています。
ここで、「返信のない5時間半」は大きな意味を持つことになります。
Oは、Kになげかけられた(許可を求められた)ものの、いちいち応えなくともわかっているでしょと無視したことになるからです。
このメールの行間を読みとると、DVのある夫婦関係、つまり、上下、支配と従属の関係性を示す「妻は、夫に許可を求める(ご意見伺いをする)」、「夫は気に入らなければ、こらしめとして、妻を無視する(反応しない)」、「妻は、夫の機嫌を損ねないように、意に添う(思いを汲んだ)発言をする」とともに「謝る」といったキーワードが詰まっていることがわかります。
 「暴行事件後、私とOとの2ヶ月半のメールのやり取り」を見ると、Oのメールの返信は、Kの送信後2分-5分以内と早いものです。
しかし、DV加害者の多くがそうであるように、Oは自分の意に添わないこと、都合の悪いことに対しては無視し、返信をしません。
なぜなら、返信しないことで、気に入らない、怒っている、許さない(許可しない)といった意思を示し、家の“主人”の意に添うこと、詫びることを暗黙裡に求めているからです。
つまり、無視する、返信しないという行為には、俺からメッセージを読みとることを怠ったときには、“どうなるのかわかっているな!”と脅しの意味が込められているのです。
DV環境下で暮らすということは、こうしたことが繰り返され、散々痛い目を味わい(身体的な痛みだけでなく、心の痛みを含む)、回避するふるまいを身につけることになるわけです。
ミスを犯せば痛い目に合う、それが、DV環境下で暮らすということなのです。
こうした状況を、Kは、「私が残業の話に触れると、Oはことばにだして怒りだし、徹底的に非難し、責めることになりました。
また、私がその話に触れなくても、忘れたころに、なにか別のことでいい合いになったとき、「俺だってガマンしてんだ!」、「俺はあのとき黙ってやっていたのに!」と堰を切ったように罵ってきたり、ひどいことをしてきたりするのがいつものパターンでした。だから、私の方からOに謝って歩み寄り、機嫌を損ねないように意に添うようにふるまってきました。
そして、この日、私が帰宅すると、案の定、Oは明らかに怒っている態度を示していました。」と述べています。

 次は、3日後の同年8月6日のメールです。このメールのやり取りには、仕事で遅くなることでOが不機嫌になり、Kが怒りをかうのを怖れ、繰り返し謝る状況などが示されています。

-事例25(分析研究4:夫婦間のメールのやり取り②)-
(8月6日)
17:52 O→K宛  おつかれさん お風呂のマットってひとつ捨てた?
19:56 K→O宛  ごめんなさい!今日遅くなりそう まだ終わらない、、わたしもマットOが捨てたと思ってた!飛んでったのかな
19:58 O→K宛  うそー ボロボロだからKが捨てたと思った。どっかいっちゃったね どれくらいになりそう?
21:48 K→O宛  ごめんなさい 今終わりました、、また時間わかったら連絡します! 急いで帰るから〜
21:50 O→K宛  おつかれさん。おそいねえ。
21:52 K→O宛  ごめんなさい 色々トラブルがあって、、ごめんね
21:53 O→K宛  気をつけてね
22:14 K→O宛  45分くらいに着きます 申し訳ないです
22:15 O→K宛  はいよ

  19:56の「ごめんなさい!今日遅くなりそう まだ終わらない」という文面が、「まだ終わらないので、今日遅くなります。」という文面であれば、どこの共稼ぎ世帯でもあるものです。
しかし、KとOは、Kが結婚後も残業で遅くなる仕事を続けることを合意しているものの、残業で遅くなったKが、O宛に送った4通のメールで「ごめんなさい」など謝ることばを5回書いています。しかも、21:48の「ごめんなさい 今終わりました」のあと、Oの「おそいねえ(21:50)」のひとことで、21:52「ごめんなさい 色々トラブルがあって、、ごめんね」と仕事でミスを犯し上司に謝るかのように謝っています。
Oの「おそいねぇ」のひとことが、Kにとって、そのあとに控えている「非難のことばで延々と責められる時間」を連想させ、恐怖でしかないことを示しています。
Kはなんとかこれ以上Oの機嫌が悪くならないことを願い、22:14のメールで、Oのご機嫌を損ねないように「申し訳ないです」とことばを添えています。
Oはメールの中で、Kを直接非難し、責めることばを書いているわけではありませんが、KはOの考えに思いを巡らし、機嫌を損ねないように意を汲むことだけで頭がいっぱいになっています。
これは、暴力のある環境で暮らさざるをえないDV被害者に共通した心理であり、その状態が明確に表れているのが、「ごめんなさい」とメールの文面が謝ることばからはじまっていることです。

 翌7日、Kは、母にはじめてOとのことを話し、その夜、Oに、「Oとの結婚生活はもう限界」と離婚の意志を伝えました。翌8日の朝、Kは、Oと顔を合わせずに出勤しました。
そして、出勤中にOからメールが届きました。
そのOのメールには、Oのふるまいが精神的暴力であること、そして、Oの精神的暴力によってどれだけ傷つき、苦しんできたのかを訴えたことに対し、Oが自身のふるまいを認めることばが書かれています。
一方でOは、夫婦がいまどれだけ深刻な状況になっているかを理解できず、仲直りでき、やり直せると思い込んでいる状況が示されています。
こうしたとき、DV加害者に共通しているのは、自分がどう変わり、具体的になにを、どう直していくのかを具体的に示すことができないことです。

-事例26(分析研究5:夫婦間のメールのやり取り③)-
(8月8日)
6:11 O→K宛
  今までいっぱいごめんね*。こんなふうになるまで全然わかってあげられてなかったね*。Kのことずっと大好きだし、これまでもいっぱいケンカもあった*けど、いっぱい仲直りして、これからもずっと一緒に楽しく笑って暮らしていきたいよ。これから楽しいこといっぱいあるのに*こんなの嫌だよ。もっとKのこと大事にするし*、また俺のこと好きって思ってもらえるように努力するから、また一緒に頑張ろ*。また帰ったら話しようね。
6:13 K→O宛  わかりました。話します。でも、自分でも驚く程気持ちはないから。一緒に頑張るつもりはない*。
6:16 O→K宛  また元に戻れるように俺が頑張るから、一緒にいてほしい*。
6:28 K→O宛  わたしはずっと伝えてきたつもりだった。でもいつも聞いてくれなかった。わたしは何回も何回も昨日のあなたのように落ち込んでました。さらにそれを伝えようと話しても逆ギレ、自分の思いだけをぶつけてきたと感じてました。仲直り出来てないわたしが悪いと今思いだしても泣けてくることばかり、楽しかった気持ちはどこかにいきました。また夜に話しましょう
6:34 O→K宛  そうだね*。そういう気持ち全然わかってあげられてなかったね*。ごめん。また帰ったら話しよ。

 Oは「これまでもいっぱいケンカもあった(6:11、第2文中段)」と記していることから、DVをケンカと認識しているものの、Kの心を傷つけるふるまいをしてきたことを認めていることから、Kが訴えることばの暴力(精神的暴力)や経済的暴力などがおこなわれていた事実を確認することができています。
そのうえで、Oが記した「また元に戻れるように(6:16)」、「もっとKのこと大事にする(6:11、第5文前段)」という状況は、Kにとって、Oにこと細かく詮索干渉され、ことあるごとに仕事で帰りが遅くなることを非難され、家事を全然しないと糾弾される生活が続くことを意味します。
Kが「もう耐えられない、限界」と訴えた暴力の状況を、Oは「大事にしてきた」と認識し、そのうえで、これからは“もっと”と表現しています。しかも、Kが、前夜に「もう耐えられない、限界」、「離婚して欲しい」との訴えを受けて、「一緒に頑張るつもりはない(6:13、第4文)」と再度、Kの気持ちをOに伝えていますが、Oは、Kの気持ちを無視し、「また元に戻れるように俺が頑張るから、一緒にいてほしい(6:16、第1文)」と自分の思いだけを押しつけています。しかもOは、元に戻った生活を「これから楽しいこといっぱいあるのに(6:11、第4文)」と平然と述べています。
つまり、Oの論理は、「Kを日々の暴力で大事にしてきたが、Kが不満であるならもっと暴力の日々で大事にしていけるように頑張る。だから、これから楽しいことがまっているよ」というものです。
 したがって、Oの「今までいっぱいごめんね(6:11、第1文)」、「こんなふうになるまで全然わかってあげられてなかったね(6:11、第2文)」と謝ることばは、OのKへの暴力的な言動やふるまいに対して述べていないことになります。
悪いことをしている自覚はないけれども、別れたくないので、妻の気持ちを落ち着かせるために、ここは下手にでて謝っておけばいまの状況を打開できるという安易さで、その瞬間に頭に浮かんだことばを口にしている(文字にしている)ので、論理が成り立たない文面がつづられることになるわけです。
 こうしたDV加害者の自己主張を押し通そうとするがゆえに、論理が成り立たなくなっていく言語特性は、アタッチメント獲得に問題を抱え、自己と他の境界線があいまいなまま成長している、つまり、一人称しか獲得できていない(自己と他の分離ができていない)ことに起因しています。
このことは、自身のふるまいで配偶者が、これまでどのようなツラい思いをさせられてきたのかに思いを馳せることはできない(理解することができない=共感することができない)ことを意味しています。
そのため、Oのように、事態の深刻さを理解する(受け入れる)ことができず、これまでのように仲直りでき、やり直せると信じて疑うことがない主張を繰り返すことになるのです。
こうしたDV加害者に共通する「自分にだけ都合よく考え、その考えを押しつける主張」は、DV被害者は、なにをいいたいのかわからないと混乱させ、そして、なにをいっても話が通じないと絶望的な気持ちにさせていきます。
 こうした考え方を踏まえて、このメールのやり取りを見てみると、Oの「今までいっぱいごめんね(6:11、第1文)」、「こんなふうになるまで全然わかってあげられてなかったね(6:11、第2文)」は、Oにとっては、その場をとり繕うためだけの甘い(優しい)ことばに過ぎないことになります。
さらに、Kの「いつも聞いてくれなかった(6:28、第2文)」、「それを伝えようと話しても逆ギレ、自分の思いだけをぶつけてきた(6:28、第3文)」との訴えに対して、Oの「そうだね。(6:34、第1文)」、「そういう気持ち全然わかってあげられていなかったね。(6:34、第2文)」といったことばも、その場をとり繕うための表面的で上辺だけの甘い(優しい)ことばに過ぎないのです。
つまり、こうした状況下で、DV加害者の「謝る」行為には、相手に詫びるという意味はなく、自身の困った状況を打開するための術(策)でしかないわけです。
 もしOが、心の底から悪いことをしていると自覚したうえで謝っているのであれば、その後のOの言動やふるまいは変わっていくことになります。
しかし、多くのDV加害者がそうであるように、このメールを送った以降のOの言動やふるまいがなにひとつ変わることがなく、以降、暴力的な言動はひどくなり、Kを追い詰めることになります。
それは、同月12日、17日におこなわれたKの母とOとの話合いを経て、19日のKとOとの話合いで、Kが「私が許すと思うの?」と訊いたとき、Oは「許してもらえるようにしようと思っとるからそうしとるんじゃん。なんでそれまでそんなにいわれないかんの! 意味わからんわ、それこそ! なんで俺の気持ちまでそういうふうに変えられなかんの!」と強く批判しています。
このOの言動は、Oの第5文後段「もっとKのこと大事にするし、また俺のこと好きって思ってもらえるように努力するから、」と記しているわけですが、Oは、「大事にする」、「努力する」ということばが「どのような行動を伴わなければならないのか」を認識(獲得)できていないことを示しています。
つまり、暴力のある家庭環境でアタッチメント獲得を損ない、自己と他の境界線があいまいなまま育ってきたDV加害者は、教科書に書かれているような「ことば」を、ことばとして使うことができても、そのことばの意味することを行動として示すことはできないのです。
自分だけに都合のいい解釈に添った行動しかできないDV加害者には、相手に都合のいい解釈に添った行動(相手が望む行動)をするという考え方そのものが存在していないのです。
「自分だけに都合のいい解釈に添った行動」とは、自分の思い通りにことを運ぼうとする(コントロールしようとする)行動ということです。
この行動を正しいと認識していることから、自分は悪くないと自己のふるまいを正当化しようと目論むわけです。
ここに、DV加害者が、暴力で配偶者を支配することが、配偶者を苦しめることになっていても、自身はなにも悪いことをしているとは自覚することができない真実が示されているのです。
  このメールから21日後の同月29日、Kは、深夜に迎えにきた母と姉につき添われて、家をでることになったのです。

  DV加害者の妻子に対しての歪んだ愛情としての暴力は、すべては支配のため、つまり、自身の快楽、うまみをえるためでしかないのです。
妻子に暴力をふるう夫から、鞄ひとつ持って緊急一時保護施設に逃れてくる被害女性の中には、一定割合ベビーカーに生まれて間もない乳児を乗せています。
子どもを妊娠、出産すると妻の関心が子どもに向かいます。アタッチメントの再獲得の対象者であるはずの妻が子どもに手をかける(世話をする)ことに嫉妬し、「俺のためだけに至れり尽くせ」という一方的な約束ごとが反故されたと感じ、その裏切りに対する報復としての暴力が激しくなる傾向があるのです。
そのため、夫の暴力から逃げるひとつのタイミングとなっています。
同時に、逃げてきた被害女性が、DVの特性、そして、子どもと母親がDVのある家庭環境で暮らすこと、育つことの影響などの正確な理解ができていないときには、安全な場所で恐怖に怯えずにぐっすりと眠れる日々に、「ひとり残された夫はちゃんと食事がとれているだろうか」と日々の生活を心配するようになったり、「子どもを連れ、勝手に家をでていったことに対し激昂しているかもしれない。怒りを収めるために早く謝った方がいいかも知れない」と怒りを収めることに思いを巡らせるようになったり、「このままじゃ殺されるかもしれないと思って家をでてきてしまったけど、幼い子どもを抱えて生活していけるだろうか」と経済的な不安感が大きくのしかかってくるようになったりして、逃げてきた夫のもとに戻ってしまうことも多くみられることです。
ひとりの女性を、あるいは、ひとりの男性を自分だけのものにするための策略として、「妊娠」はよく使われます。
女性の方から妊娠を仕掛けるときは、交際のいかんにかかわらず、ターゲットとの男性に結婚を決断させるためであることが多いわけです。
しかし、暴力のある環境下での「妊娠」は、「暴力から逃げられないようにする」意図が働いています。
以下、男性が加害者で、女性が被害者で、仕掛けられたとして述べていきたいと思います。
 ひとりの女性をつなぎ留めておく(縛りつけておく)、つまり、支配するうえで、交際相手や妻を妊娠させ、出産させることは重要なファクター(要素)です。なぜなら、妊娠出産は、女性から仕事を奪うことができるからです*-15。
育児に専念させることで家に縛りつけることができ、しかも、外部(社会・コミュニティ)から隔絶することができ、余計な知識や情報を断つことができ、同時に、経済力を奪うことができます。
経済力があるということは、自分の経済力がなくとも生活をしていくことができる、つまり、別れる、離婚することができやすい大きなリスクとなります。
そこで、同棲相手や妻が、日々の暴力に耐えきれずに別れたい、離婚したい思いが固まるタイミングで妊娠を繰り返していたり、同棲相手や妻が「広い家に引っ越したい」、「一軒家に住みたい」という“願いを叶えてやるのだから”という暗黙の了承下で広い(部屋数が多くなる)賃貸物件に引っ越していたり、一軒家やマンションを購入したりしている事案が少なくないことに気づきます。
これらは、“支配の更新”的な役割を果たしているわけです。
一方で、妻が妊娠すると、お腹の子どもを気遣うようになり、子どもが産まれてくると、妻は母親として子どもの世話をせざるをえなくなります。
親のアタッチメントを獲得ができずに、自分のことだけをかまって欲しい、世話をして欲しいDV加害者は、妻の世話を一身に受ける子どもに嫉妬し、苛立ち、妻への暴力がひどくなっていきます。ときには、嫉妬から乳幼児であっても子どもへの暴力(虐待)に向かいます。そのため、乳児を連れて、一時保護を求めるDV被害者が少なくないのです。
  重要なことは、「暴力をふるう夫とこれ以上一緒に暮らしていたら、私と子どもの人生はとり返しのきかない大変なことになる」と思うことができるかということです。
そして、このタイミングで家をでる(離婚する)決心ができると、母子への影響は軽くてすむということです。
確かに、シングルマザーとして子どもを育てることが決して楽でないものの、それでも、新たな人生を切り開きやすいのです。
しかし、この逃れるタイミングを逸し、「子どもが学校をでるまで、がまんしよう」、「私ひとりががまんしたらいいんだから」と、歯を食いしばって耐え続けている被害女性は少なくないのです。
  生まれてきた子どもが、ことばを話すことができず、自分で身の回りのことをまったくできないときには、DV加害者の中には、鬱陶しい存在でしかない子どもとのかかわりを避けます。
しかし、子どもが身の回りのことを少しずつできるようになってくると、力(パワー)で子どもを支配下にとり組んでいこうとします。
「私に暴力をふるっても、子どもことはかわいがっています。」とDV加害者と子どもとの関係を話す被害女性は少なくありませんが、その子どもとのかかわりを見ていくと、子どもが楽しむためではなく、DV加害者の夫(父親)が楽しむために子どもと絡んでいる(遊んでいる)、つまり、遊びの主は子どもにはなく、主は夫(父親)にあることがほとんどです。
夫(父親)が子どもにどのような接し方をしているのか、夫(父親)子どもの関係性はどうなのかに思いを馳せることなく、妻(被害女性)が忙しい育児に追われているときに、夫(DV加害者)が子どもの相手をしてくれることにあり難さを感じてしまうことがあります。
このとき、妻(被害女性)の心には、育児に協力してくれている夫、子どもと夫の関係は良好であると錯覚してしまうのです。
例えば、夫が仕事から帰ってくると、幼い子どもに「ちゃんと~してるか?」、「本当にやってるか?」、「本当か!?」、「嘘じゃないよな」とからかうようにいい、「もう怒るぞ!」、「本当にちゃんとするか。本当だな。」といいながら、「悪いことをしたときは、こしょこしょの刑するぞ!」と子どもの腰をくすぐり、「もう降参か?!」、「わかったか!」、「本当にわかったか!」などと笑いながらじゃれ合ったりしています。
このやり取りには、父親が子ども中心に(子どもの気持ちを大切にして)じゃれ合っているのではなく、父親が主体となって、父親のそのときの気分でじゃれ合っています。
つまり、父親(夫)が子どもをからかい、ひやかし、はやしたてる暴力的なふるまいを、父親(夫)はいつの間にか恐怖を感じさせないように巧妙に遊びの中にとり込んでしまいます。
その結果、子どもは、“嫌な気持ちにさせられるからかい”という記憶ではなく、“楽しい遊び”と記憶に置き換えてしまい、母親(妻)に「パパと遊ぶの楽しい。」、「パパのこと好き。」と口にするのです。
母親(妻)はその子どものことばを真に受け、子どもはパパのことを好いている、子どもから父親を奪ってはいけないとという錯覚状態に陥ることになります。
大切なことは、父親が親として、大人として子どもと接しているのではなく、父親自身が無邪気な子どもを生きることができなかったため、幼い子どもと同じレベルでじゃれ合っているに過ぎないということに気づくことです。
 また、夫(父親)が子どもの前で、「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ!」と恩をきせることばで、“俺がいなけば、お前は生きていけない(なにもできないとるに足らないヤツ)”と立場をわからせるように罵倒したり(面前DV)、「パパはママと違って、欲しいものをなんでも買ってあげられる(やりたいことをなんでもさせてあげられるる)。」と母親を“とるに足らない存在”と位置づけさせたりするような発言は、子どもの健全な成長を損なうことになります。
したがって、表面的には子どもと仲よくして見せていても、こうした妻に対する発言や態度が認められるときには、夫(父親)は子どものことを考えてはいないことを示していることになります。
つまり、妻に暴力をふるっている夫は、父親として子どものことを大切に思っていることはないわけです。
なぜなら、子どもの心は大きく傷ついているからです。
  子どもが乳児のときに家をでる(別れる)決心をできないことは、日常の中に、子どもを暴力のある家庭環境にとり込んでしまうことになるわけです。
一方の妻(被害女性)は、妊娠させられ、出産させらせ、働くことを奪われ、日常的に否定され、批判・非難され、侮蔑され(バカにされ)、卑下される(見下される)ことばの暴力を浴びせられることで、自尊心は傷つき、自己肯定感は奪われていきます。
暴力のあとは、なにごともなかったかのように優しく愛を囁かれ、セックスを求められ、泣いて詫びられ、混乱させられていきます。
その思考混乱下で判断能力を奪われた妻は、支配と従属、上下関係の中で生き延びることが精一杯の状態になっていきます。
この状況にある妻(母親)を見て育つ子どもへの影響も甚大です。
*-15 暴力で同棲相手や妻を支配するDV加害者の中には、俗にいうヒモ・タカリ、つまり、「風俗で働いて稼いで俺に尽くせ」という輩もいますが、ひどい虐待体験をして強烈な“見捨てられ不安”を抱えて「共依存」的なかかわり方でしか自己存在を感じられないような被害女性が餌食になってしまいますが、DV被害者のうちごく少数です。

  では、ここで、DVの本質を理解するうえでの問題点を整理しておきたいと思います。

① 日常生活の中での抑圧体験
 DVで問題なのは、“日常性の中に潜む暴力性”です。日常生活に埋め込まれた権力作用に敏感にならない限り、いつ生じてしまうかわからないということです。
選び合って幸せにみえる二者関係の中で、背後にある力関係を反映し、「男らしく強くありたい」、「俺のものにしておきたい」、「力づくでもいうことをきかせたい」との身勝手な思いが、力の行使に向かわせてしまいます。
繰り返しになりますが、DVの本質は、本来対等であるはずの夫婦関係に上下の関係、支配と従属の関係を成り立たせるために力(パワー)が行使されるということです。
この力関係は、意識しようと意識すまいと個々の夫婦の関係にも影を落としていきます。

② 許されてきた暴力
 DV加害者は、「一発ぐらい殴ってなにが悪い」とよく開き直ります。罪意識のなさは、一部の加害者に限ったことではありません。多くの加害者、さらには、暴力について見聞きする社会の中にもこのような風潮は蔓延しています。
事例15で問いかけたとおり、「夫婦ゲンカなのだから手がでても仕方がない」という人も決して少なくありません。
しかし、DVは間違いなく人権侵害であり、犯罪行為です。
そして、男性から女性に対してのDV行為の多くは、女性に対する差別が要因となっています。
密室である家庭内での暴力について、「これまで許されてきた行為である」といった発言の数々は、暴力をふるう側の身勝手な論理に過ぎないということです。

③ 権力者にとって都合の悪いこと
 「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚調停では、加害者が自らの責任を認めないことが少なくありません。
暴力行為の存在自体を認めなかったり、暴力の程度や頻度を矮小化し、また暴力の影響を過小評価して存在自体を認めなかったり、「俺を怒らせた妻が悪い」、「あいつが挑発するから手をだしたんだ」、「女房を殴るのはしつけのうちじゃないか。どこが悪いんだ」、「あいつがいうことをきいてさえいれば、暴力をふるわなくてもすんだんだ」などと、暴力をふるった原因を加害者自身にとって都合のいいように合理化し、正当化してしまったりします。
自分の身を守るために嘘をつき、“暴力なんかふるっていない”といい張る場合と、そもそも自らの暴力行為の“どこが悪いんだ”と責任をまったく感じていないことが多いのです。
  そして、残念ながらDVを正当化する社会的風潮も残っているのが現実です。
医療・福祉行政・司法の場においてもDV被害が理解されにくく、被害者が援助を得にくい状況がみられます。
暴力があったことが証拠から明らかであっても、家庭裁判所での離婚調停において、暴力をふるわれた妻を「あなたにも非があったのでは?!」と非難し責めたり、「辛抱しなさい」と離婚を思い留まらせる発言をしたりすることがあるのです。
こうした一定の意志決定力(権力)を持つ者(判断者・仲裁者)の頭の中にこのような構図がつくられていると、被害女性が必死に訴えることばは、“わがまま”“ヒステリー*”などと、女性を非難する特定のニュアンスで片づけられてしまうことも少なくないのです。
ここに、社会の一部に潜む女性への差別構造を垣間見ることができます。
* 「ヒステリー」は、本来「解離性障害」のことで、間違った意として使われています。
  このような女性への差別構造は、子どもに対する性的虐待における“蘇った記憶”の問題にもあらわれます。
カウンセリングにより過去に受けた性的虐待の被害体験が蘇ることが少なくありませんが、「そのような記憶は、カウンセリングにより“誘導的にひきだされた虚偽の記憶であることが多い」との見解さえまかり通ってきたのです。
子ども時代に受けた虐待の記憶の信頼性の高さが証明されている中で、こうした見解は否定されているにもかかわらず、子どもが虐待を訴える現場では、いまだにこうした状況が生みだされています。
ここには、女性や子どもの発言を、「単に発言者が女性や子どもであるというだけの理由で信用できない」として封じ込めてしまう差別的心理が働いています。

④ ことばによる暴力
 暴力を身体的な暴行に限定的に捉えてしまうと、その構造が見えにくくなります。しかも、そればかりか、深刻な結果が生じるまで暴力を防ぐことができなくなってしまいます。
「暴力とはなにか」を、a)被害を受けた人がどのような影響を受けるのか、b)暴力がどのような目的で行使されるのか、c)暴力が社会においてどのような機能を有しているのかという視点で捉えてみると、「暴力とは、相手の人間的尊厳を侵害するような強制力の行使」と捉えることができます。
つまり、DVは、交際相手や配偶者を自分の意に沿わせようとする、コントロールしようとする考えがベースにあることになります。
配偶者の人格を否定するような卑下したり、侮蔑したりする“ことば”は、ときに、身体的な暴行よりも影響が大きくなります。
対人関係において、相手をどう呼ぶかということは、とても大切です。
「お前」「おい」「テメー」にはじまり、「この役立たず」「クズだな」「淫乱」、さらには、文字にできないような相手を卑下することばは、配偶者の自尊心を著しく低下させます。
たかが名前ではなく、名前=人格そのものです。
 この時間だけは“別人”として嫌な思い、ツラい体験を「源氏名」に封印してしまうふるまいは、意図的に別人格をつくりだしてしまい、被虐待者などにみられる解離性障害や解離性同一性障害(多重人格)を発症しかねない危険なおこないです。
そして、名前ではなく、侮蔑した(バカにした)、卑下した(見下した)呼称で呼ばれることも、人格そのものを著しく損なうことになります。
自分の存在そのものを尊重されない呼ばれ方は、“わたし”が何者かわからなくなるほどの深刻なダメージを与えるものです。
  また、「誰のおかげで食べられるかわかっているのか!」という表現は、配偶者に対する経済的優位を背景とした“支配意識”を明確に反映したものです。こうしたことばの暴力が常態化するDVの本質は、“相手に対する支配意識”にあります。

⑤ 孤立させる暴力、無視する暴力
 “無視”という行為は、交際相手や配偶者への人格に対する積極的な攻撃です。しかも、その行為は、生きている価値がある人間として認めないメッセージを含んでいることから、そのダメージは深いものです。
かつて“村八分”として、その家族を追詰めていったことはよく知られていることです。
イジメとして学校で、職場でおこなわれる“無視・シカト”は、最後は死にいたらせることもあるほどのダメージを与えるものです。
子どもへの虐待において、無視による悪影響はことのほか大きいことはいうまでもありませんが、成人もまた“無視される”ということは軽視されることがあってはならないものです。

⑥ 家族における性暴力の構造
  女性は結婚を拒否できますし、交際相手や配偶者の性行為の欲求に対しても拒絶する権利を有しています。
しかし、「セックスの強要とセックスの拒否に対する暴力」、「暴力に対する和解の強要としてのセックス」があとを絶つことはありません。
女性がセックスに同意するかどうかにかかわらず、就寝していても、病気で寝込んでいても、疲労困憊であっても、夫の当然の権利・義務としてセックスを強要する男性がとても多いという事実があります。
要求を拒めば、怒鳴ったり、不機嫌になったりして暴力をふるい、無理やりセックスを強要することになります。
性暴力被害を受けた女性は、他のあらゆる形態の暴力も多く経験するなど、問題は根深くなります。
  DVという本質が、男性の力による女性に対する支配である点で“強姦・レイプ”という名の暴力とは、その本質は共通のものです。婚姻や親密な結びつきは、愛情と支配の二面性を持っています。
レイプの実態からみた核心は、暗い夜道で見知らぬ暴漢にいきなり襲われるというものではなく、親密な関係にある男性から女性に対する支配であるということが解明されています。
  配偶者からの強姦やその他のDVは、二者間の支配関係が他者から監視されたり、咎められたりすることなく直接的に影響する夫婦間だからこそ生じるものです。
これらのふるまいは、被害女性の人間としての尊厳を侵害する暴力以外のなにものでもありません。
にもかかわらず、日本の古典的な刑法の立場には、性暴力を暴力ではなく、「性行為のカテゴリー」の下の「性犯罪のカテゴリー」として捉えてしまっています。
「いわゆる正常でない性行為を処罰の対象とし、夫婦間での性行為は正常なものゆえに処罰されない」というトリックが持ち込まれているのです。
性行為という枠組みで捉えることによって、その暴力性をはぐらかし、夫婦間の強姦の問題性を見えにくくしてしまっているのです。

  では、DV加害者となる交際相手や配偶者は、本来対等であるはずの夫婦の関係、愛しているはずの妻に対して“徹底して非情”になることができるのでしょうか?
  ドイツ出身の精神分析学で心理学者のエーリッヒ・フロムは、「愛するということ(1956年)」の中で、人を愛するのに必要な能動的性質として、「配慮」「尊重」「責任」「理解(知)」の4つをあげています。
 最初の「配慮」とは、相手の気持ちや立場を考えること、つまり、他人に対する気遣いのことで、人間関係をなりたたせるためには欠かせないものです。
有効な対人関係を築くには、相手がなにをすれば喜んでくれるのかとか、なにをすれば嫌がられるのかを配慮することが不可欠です。
しかし、自己愛が強すぎるDV加害者は、人の気持ちに思いを馳せることができません。
優しく感じたり、気遣っていたりするように見えるDV加害者のおこないは、優しくされ、気遣われていい気分になっている相手の姿や言動に対し、自らの影響力に酔いしれているだけなのです。
つまり、自分が満足をえるためのふるまいでしかないということです。
次に、「尊重」とは、“お互い”に相手の気持ちや意志を大切にし、相手もひとりの人間であり、自分と平等に価値のある大切な存在であると認めることです。
お互いに配慮し合い、お互いを敬い、お互いを慈しむ気持ちがあれば、気持ちの行き違いや多少の対立があったとしても、それを乗り超えることができます。
しかし、「お互いを尊重する」という考えは、詮索・干渉し、束縛し、意に反するふるまいを決して許さないDV加害者が求める夫婦の関係性には成り立たつものではありません。
三番目の「責任」は、お互いに支え合うために、前もって心構えをしておき、相手の求めに応じておこなう姿勢そのものを指します。
お互いに困ったときには助け合う、つまり、親子や夫婦の間での「扶助義務」という考えは、この責任という行為にもとづくものです。自分のおこないだけを正当化し、他人に責任を押しつけ、非を逃れることしか考えないDV加害者は、責任を果たさなければならないとか、約束を守らなければならないという概念を持ち合わせていません。
  最後の「理解(知)」は、相手を理解するということだけではなく、相手を知ることによって自分自身を知るという意味を含んでいます。
「他人は自分を映す鏡」ということばがありますが、向かい合った人の瞳には、必ず自分の姿が映っています。
人は、自分のことをわかっているように思っていても、実は、まるでわかっていないということが少なくないのです。
私たちは他人とのかかわりの中で、はじめて自分自身のことが見えてきたり、気づかされたりすることがあります。
人は、他人の仕草や表情、ふるまいを通して、その根拠を探ろうとします。そして、それを自分自身に投影することで、自分の欠点や長所を知る手がかりにします。
しかし、自己と他の境界線があいまい(分離ができていない)なDV加害者は、自分の描いている理想の世界観、夫婦観と異なる概念、そして、意に反するふるまいを受け入れることができないのです。
つまり、自分のふるまいはどこも悪くない、悪いのは相手(社会)であるとしか認識することができないので、他人のふるまいを見て、我がふるまいを考えたり、直そうしたりする必要があることを認識することができないのです。
  このように、DV加害者は、人を愛するのに必要な能動的性質として、フロムが述べている「配慮」「尊重」「責任」「理解(知)」の4つすべてを持ち合わせていないのです。
その原因は、暴力のある家庭環境では、父親と母親の関係性、両親と自分(子ども)の関係性に「配慮」「尊重」「責任」「理解(知)」を見いだせることができないからです。
その結果、思考・行動習慣として獲得する(身につける)ことができないのです。
つまり、脳の発達する時期にどのような家庭環境で育ったのかという“認知”の問題が根底あるということです。
上下、支配と従属の関係性を成り立たたせてきた家庭環境で育っていることは、上下、支配と従属の関係性でしか、人とかかることができない、つまり、支配(束縛)することでしか愛することができないことを意味しています。
 したがって、こうした「配慮」「尊重」「責任」「理解(知)」と獲得できていない人たちの行動特性、つまり、DV加害者が、夫婦間など、人とどうかかわるかといった言動や行動パターンは似通ったものになるのです。
 昨今、凄惨なストーカー事件が繰り返し発生していることから、加害者に対してのアプローチ(加害者更生プログラムの実施など)のあり方*-16が注目されていますが、それは、人とどうかかわるかといった認知(考え方の癖)に対しておこなわれるものです。
つまり、夫に認知(考え方の癖)にもとづく共通する言動・行動パターンが認められるときには、DV加害者と似通った特性を持ち合わせていることが示されることになります。
そこで、調停や裁判において立証の難しいとされる「ことばの暴力(精神的暴力)」や「性暴力」であっても、加害者の言動・行動パターンを分析し、検証することで、夫婦間に上下、支配と従属の関係性ができていたことを示すことができることになります。
それは、夫婦間にDVがあったことが裏づけられることを意味します。
*-16 「DV加害者に対してのアプローチ(DV加害者更生プログラムの実施など)のあり方」については、「Ⅳ-34.DV加害者プログラム。「ケアリングダッド」を実施するうえでの原則」で詳しく説明しています。


(3) DVとは、どのような暴力をいうのか
 DV行為とされる「暴力」は、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(配偶者暴力防止法、いわゆるDV防止法)」第二条の三にもとづいて作成される「都道府県(市町含む)基本計画」の中で、「配偶暴力防止法で対象とする暴力として、身体的暴力、性(的)暴力、精神的暴力、経済的暴力がある」と規定されています。
 そこで、DVというふるまいを正しく理解していただくために、「身体的暴力」の他、「性(的)暴力」、「精神的暴力(ことばの暴力)」、「経済的暴力」、「社会的隔離」といった暴力がどのようなものかを示しておきます。

① 身体的暴力*-17
殴る  叩く  蹴る  つねる*-18  髪の毛をつかんで引きずり回す  胸ぐらをつかんで揺さぶる  体を壁や床に押しつける  腕をしめあげる  首を絞める  噛みつく*-19  頭突きをする*-20  火傷を負わせる  タバコの火を押しつける…etc
*-17 ケガ怪我をしているにもかかわらず病院に連れていかない、物を投げつける(叩きつける)、刃物をチラつかせるなども、身体的暴力に含まれます。
なお、最高裁判所判決(平成24年7月24日)で、「加療を必要とするPTSDは傷害に相当する」と解釈していますので、治療を必要とする心の傷を負っているにもかかわらず病院に連れていかないことは、身体的暴力に含まれることになります。
また、長期間にわたり、治療を必要とする心の傷を放置し、症状を悪化させていったときには、児童虐待では、医療ネグレクトに相当する「養護の放棄」に該当することになります。
(PTSDによる傷害)
名古屋地方裁判所判決(平成6年1月18日)において、「障害について、人の生理的機能を害することを含み、生理的機能とは精神的機能を含む身体の機能的すべてをいうとし、医学上承認された病名にあたる精神的症状を生じさせることは傷害に該当する。」との判断を下して以降、暴力被害でPTSDなどの精神疾患を発症し、加療を要するケースでは傷害罪が適用され、賠償、逸失利益を認め慰謝料の支払いを命じています。
そして、最高裁判所判決(平成24年7月24日)は、暴力被害を原因とし、加療を要するPTSDの発症について、「監禁行為やその手段等として加えられた暴行、脅迫により、一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度に留まらず、いわゆる再体験病状、回避、精神的麻痺症状及び過覚醒症状といった医学的な診断基準において求められている特徴的な精神症状が継続して発現していることなどから精神疾患の一種である外傷後ストレス障害(以下「PTSD」)の発症が認められる」こと、つまり、「精神的機能の障害を惹起した場合も刑法にいう傷害にあたるとするのが相当である。」との判断を示しています。
*-18 つねって嫌がる姿を楽しんでいるようなら、高いサディスティック性を示すものとの理解が必要になります。
また、つねったり、唇で強く吸って、わざと体に痕をつけたりする(キスマーク)行為は、「お前は俺のもの」を示す“マーキング”を意味し、強い執着性や嫉妬心を示すものです。
叩かれたり、つねられたりして皮膚が赤くなっていれば(痕が残る)、皮下出血を起こしていることになり、ケガをした(傷を負った)ことになり、警察に被害届をだすことによって、(夫婦関係であっても)暴行(罪)ではなく、傷害(罪)ということになります。
当然、キスマーク(吸引性皮下出血)をつけることは、傷害行為ということになります。
他に、無理やり髪を切ることも傷害行為になります。
*-19.20 噛みつく、頭突きをする行為は、殴ったり、蹴ったりといった人類が二足歩行を獲得後の攻撃方法とは違い、人類が四足歩行だったときの攻撃方法であることから、脳の形成・発達における暴力の影響(脳のダメージ)を考えるうえで、重要な意味を持ってきます。
加えて、「B型肝炎保菌者に噛みつかれた者が、B型肝炎ウイルスに感染した」報告があるように、相手に血が滲むほどの力で噛みつく行為は、単なる身体的暴力=暴行に留まらず、噛みついた者が、HIVウイルスや肝炎ウイルス、梅毒などの一部の性感染症に感染しているときには、傷からウイルスに感染するリスクがあります。
また、噛みつき癖のある子どもが、上記のようなウイルスの感染者に対し、血が滲むほどの力で噛みついたとき、その子どもに虫歯があったり、歯が抜けていたりしていれば、ウイルスに感染するリスクがあるということになります。
なお、自分が上記のようなウイルスに罹患していることを知ったうえで、避妊具などをつけないセックス、オーラルセックスは、「傷害罪」が適用される可能性のある行為です。


② 性暴力**
望まないのにセックスを強要する*-21.22  (乳幼児であっても)子どもの前でセックスする  複数や他人との望まないセックスや玩具を使ったセックス、望まない行為を強要される(風俗で働くことや売春行為を強要されることも含む)*-23  避妊に協力しない*-24  中絶を強要する  見たくもないポルノビデオや雑誌を見せられる  裸やセックス時の様子を写真や動画を撮影する*-25…etc
*-21.22 性暴力、性的虐待、セクシャルハラスメントがおこなわれる状況は、相互の関係性に「本来、対等であるはず」という“概念が欠落している”ということを理解することが重要です。
つまり、上下の関係性、支配と従属の関係性のもとでおこなわれます。夫婦間におけるセックスの絡む問題は、いろいろな心のあり方が組み紐のように複雑に絡みますし、他人に話し難いデリケートな問題です。
しかし、思春期(10-15歳)のはじまり以降のデートDV被害、そして、婚姻後のDV被害として、「断ったら嫌われる。別れたくない」と“見捨てられ不安”を起因とする思考パターンを持ち込み、嫌でも応じるのがあたり前と思い込んでいたり、「気持ちよくない」と自分勝手な考えで避妊に応じてもらえず望まない妊娠をすることになったり、それだけでなく、性病を罹患することになったり、女性は身体と精神的にダメージが大きいだけに、その後の人生、キャリア設計に大きな影響を及ぼすことになります。
強姦(レイプ)の手段として、暴行または脅迫の存在が必要であるとされています。判例によれば、強姦罪の暴行・脅迫については「相手の反抗を著しく困難にする程度のものであれば足りる」として、「強盗罪の場合のような、相手の反抗を不能にする程度までの暴行・脅迫でなくともよい。」としています(最判昭24年5月10日刑集3巻6号711頁)。現在の判例・解釈の主流は、この判決を基本にしています。つまり、夫婦であっても、嫌がる妻に「大声をだすな! 子どもが起きてもいいのか?!(~したら、~だぞ(してやる))」と“ことば”で脅し(威嚇し)、セックスを強要するのは、レイプ(強姦)になりうるということです。
ただし、強姦罪は親告罪(控訴時効は撤廃されています)であるので、起訴することは稀です。控訴時効は、暴行罪3年、傷害罪10年(以上、刑事事件)で、不法行為にもとづく慰謝料請求は、犯罪があったときから20年(民事)、犯人を知ったときから3年です(子どもが親から虐待を受け、心身の健康を損なったとして、のちに親を訴えたいと思ったときに公訴時効の壁がたちふさがります。
しかし、「Ⅱ-13-(5)」でとりあげた「事例183(事件研究36)」のとおり、幼児期に性的虐待を受けた被害女性が、控訴時効後に加害者のおじを提訴した民事事件では、最高裁判所が画期的な判決を下しています。
また、「判例1」に記しているとおり、「夫婦間での強姦罪の成立」を認めた最高裁判所判決があります。
*-23 妻が望まない肛門への性器挿入、口腔への性器や性具等の挿入等の行為は、被害女性にとっては暴力であり、加害者がいうところの単なる性癖ではありません。顔や口腔に射精された被害女性が、食事や水分が摂取できなくなったり、自分の顔やからだへの幻臭に苦しんだりすることがあります。
つまり、被害女性にとって、性交類似行為は深刻なトラウマになりうるのです。この性交類似行為は、強姦罪で処罰される男性器の女性器への挿入以外の性的行為は、強制わいせつ罪で処罰されることになります。
 夫婦間における強姦(セックスを強いる行為)や望まない性交類似行為は、被害者の心身に与えるダメージは深く、長く苦しむことになるにもかかわらず、警察に「夫からの強姦被害」を訴え、仮に、夫が逮捕されたとしても、「暴行罪」で起訴されるに留まったりします。
配偶者からの暴力事案の検挙状況(平成25年度)のうち、強姦による検挙はわずか2件に過ぎず、強姦への警察対応はできていないのが現状です。
現在の警察の対応は、「望まない性行為を強いる」ことが、「配偶者暴力防止法」の定める「性暴力」にあたると啓蒙していることに反しています。
そういった意味でも、「Ⅳ-33.性暴力被害者支援の連携体制、SART(性暴力被害者対応チーム)」に記しているとおり、性暴力被害に関して支援するための訓練を積んだ医療者、警察、検察、相談員、援助者などの多職種の専門家による連携体制(SART、日本では「ワンストップ支援センター」)が普及することによって、夫婦間における強姦事件も正当に扱われるようになることを期待できるのです。
*-24 交際相手、夫婦間における性行為において、コンドームを装着することを嫌がり「避妊に協力しない」ことを「性暴力」と認識していない女性も少なくないのが実情ですが、望まない妊娠が複数回になる可能性が髙くなり、その都度、人工妊娠中絶をすることになれば、身体にかかる負担は大きくなります。
また、交際対手や配偶者が、風俗で遊んだり、不特定多数の人と性的接触をしたりしているときには、性感染症に罹患するリスクも高まります。
そして、「コンドームを装着することを嫌がる」こと自体が、主語が一人称、つまり、「俺がそうしたいのだから、従うのがあたり前」といった“自己中心的(自分勝手)”な考え方をする人物であることになります。
*-25 写真や動画を撮ることに応じないと怒ったり、不機嫌になったりするので、仕方なく(嫌でも)応じなければならない状況にあるときには、その状況そのものがDV環境にあることを示します。
また、知らない間にネットに投稿されていたり、別れ話がでたときに脅されたりすることになるなど、リベンジポルノ被害のリスクを抱えることになります。
リベンジポルノは、デジタルタトーともいわれ、一度、ネットに投稿されると削除する(消し去る)ことは不可能とされています。
また、SNSに投稿した写真にはGPS情報(位置情報)が残っているため、そこから居所を特定されるリスクがあります。
ストーカー被害を防ぐためには、SNSへの写真投稿には細心の注意が必要になります。

** 頭で嫌だと強く拒否する意志を持っていても、人は触れられたら反応します。なぜなら、脳の解釈と、皮膚が「痛い」「痒い」「くすぐったい」「心地よい」と反応することはまったく別の問題だからです。レイプ犯が「嫌だと叫んでいたが感じて濡れていたじゃないか! 合意のセックスだ!」と自分だけに都合のいい解釈でもって自己のおこないを正当化しようとします(いわゆるレイプ神話)が、その発言は、自分勝手ないいぐさでしかありません。
一方の被害者もまた、嫌なのに感じてしまった“わたし”は穢れていると自分の“からだ”を呪い、責め続けることが少なくありません。
こうした“穢れ感”を呪うようになると、自らの下腹部を刺したりして傷つける行為をしてしまう性暴力被害者もでてきます。
性暴力被害は自尊心を損ない、自己肯定感が奪われることによって、アイデンティティが崩壊しまうほどのダメージを受けます。
その結果、自らの命を傷め、自死という形で呪われた“からだ(わたし)”を消し去ろうとしてしまうことがあります。
“穢れ感”、そして、恐怖のあまり「嫌だ!」「やめて!」と口にだせなかったことなどを含めて、性暴力被害者を専門にサポートする援助者の助けを受け、暴力で傷ついた心のケアにとり組むことが重要です。また、人は暴力ふるう(ふるわれる)という強い刺激を脳は忘れないため、時々、周期的に強い刺激を脳が求めることがあります。
セックスでの快感も、激痛も麻薬と同じ強烈な刺激として、脳幹など古代脳と呼ばれる部位が覚えています。
ひどいアブノーマルな性的倒錯(パラフィリア)の世界に封じ込まれた被害者が、その関係性は断ち切ることができたけれども、脳が覚えている強烈な刺激を求め続け、麻薬中毒者とおなじように、さらなる性暴力被害を受けてしまうことがあります。
そして、脳が刺激を求める“わたし”を呪い続け、アルコールや薬物に深く依存するなど2次3次被害に発展させてしまったりします。
こうした状況にあっても、専門の第三者のサポートを受け、“わたし”を認めてあげ、肯定してあげることがなによりも必要なのです。
 そして、性暴力をおこなう加害者の思考行動を理解するうえで、「性的嗜好(パラフィリア)」を理解することが欠かせません。“性的嗜好”は、育った家庭環境の影響が強く表れるものです。
つまり、暴力のある家庭環境で育たざるを得なかった“抑圧された生活環境”がその方向性を決めてしまう側面があります。しかも、思春期(10歳-)前に性的興奮パターンがつくられ、一度できあがった性的興奮パターンは一生変わらないといった特性があります。
「Ⅱ-14.パラフィリア(性的倒錯・性嗜好障害)」で詳しく説明していますが、異性間との性的関係について、正しい性知識を身につけておくことは重要です。


③ 精神的暴力(ことばの暴力)*-26
無視・無反応  からかい・ひやかす・はやしたてる  罵声を浴びせる(否定する、批判・非難する、侮蔑する(バカにする)、卑下する(見下す)といったことばの暴力を浴びせる)  大声で怒鳴りつける  「俺は悪くない。お前が怒らせるようなことをするからだ!」と責任を押しつけたり、責任転嫁したりする(そのことによって、自分のおこないは正しいと正当化しようとする)  「お前が悪いからだ」、「お前が~をしないからだ」、「お前がケンカをうってきたからだ」と責任逃れのことばで、罪悪感を植えつける  人前でからかう(ひやかす)  悪口をいう  けなす  舌打ちする  不機嫌な態度をとる  威圧的な態度をとる  腕をあげ殴るふりをする(状況によっては身体的暴力に該当する)…etc
*-26 「モラルハラスメント(精神的虐待、いじめ・嫌がらせ)」に該当する部分で、ことばや態度による攻撃が主流になります。
また、直接ことばにださなくても、雰囲気で相手に察知させ、自ら行動を控えるように、意に添うような(意に反しない)ふるまいを率先しておこなうように仕向けていくという特徴があります。
その結果、「お前が勝手にそうしてきただけじゃないか」、「俺から頼んだわけじゃない」などといわれると、心の中では「そうじゃない」と思いながらも、反論したら2-3倍になって返ってくるツラい体験を散々思い知らされているため、口にすることができなくなっていきます。延々(何時間も)と怒鳴りつけられたり、罵倒され続けたりされて、なにをいっても無駄、なにも変わらないと、自分は無力であることを思い知られていることが要因になっています。
ただし、モラルハラスメントはセクシャルハラスメントとは違い法律用語ではないので、ことばの暴力、精神的暴力と表現します。
平成13年、最初に配偶者暴力防止法が制定されたときに、精神的暴力が含まれていなかったので、法制定以前にモラルハラスメントを離婚事由としていましたが、改正された配偶者暴力防止法において、精神的暴力が含まれることになったことから、DV行為としての精神的暴力を表記し全体的にDV事件であることを印象づけることが有効です。
  殴られるなど身体的暴力による心身に与えるダメージは相当なものです。しかし、顔面が腫れあがったり、肋骨が折れたりといった見た目に痛々しい自分の姿を突きつけられることによって、暴力を受けているとの事実認識がしやすくなり、「もうこんな思いはしたくない。別れよう」と決断できたりします。また、子どもの虐待事件と同様に、病院が警察に通報したり、行政が介入したりすることによって、「逃げても、連れ戻されたらもっとひどい暴力を受けることなる」と逃げられない理由づけから開放され、暴力の場から逃れやすくなります。
ところが、精神的暴力(ことばの暴力)は、否定され、批判・非難され、侮蔑され(バカにされ)、卑下され(見下され)続けることによる精神的(脳に与える)ダメージの大きさ、後遺症の深刻さとは対照的に、暴力であることを認識できていないことが少なくありません。「いま、このとき」、自身がいかにひどい状況にあるのかを自覚できずにいるために、慢性的、反復的にことばの暴力を浴び続け、被害が深刻化してしまうことになります。


【子どもを利用した精神的暴力(ことばの暴力)】
子どもに母親が暴力をふるわれている場面を見せる*-27  子どもの前で母親に暴力をふるったあと、子どもに「お母さんが悪いことをしたから」という  子どもに母親の悪口をいわせる(いうことをきかず、母親が叱りつけたあと、「なっ、怒られただろ」と同意を求めたり、皆でにんまり、クスクスと笑ったりなどを含む)   子どもを自分の味方につけ(懐いているようにみせかけ)、妻を孤立させる(ひとりぼっち感、疎外感を味わせる)   お前のせいで、子どもは暴力を受けることになることを思い知らせる(逆に、「子どもがいうことをきかないのはお前のせいだ」と子どもの前で母親を怒鳴りつけたり、殴ったりすることで、子どもに罪悪感を抱かせる)*-28   「もう、暴力には耐えられない」と離婚話を持ちだすと、「お前には、母親として子どもを育てる責任がある(育児放棄をするつもりか)」と自分が暴力をふるうということではなく、子どものことに話をすり替え、問題(責任)の置き換えをはかる(俺のもとで、お前は子どもを育てあげる義務があるとの考えのもと、「子どものことを考えろ」と決断を鈍らせる話を持ちだしてくる)   「でて行くなら、子どもは置いていけ」、「子どもは俺が育てる」、「お前が子どもを連れていって、貧乏にしたら許さないからな」と子どもを(精神的な)人質にとり、でて行くことを諦めさせる…etc
*-27 「面前DV」と呼ばれ、子どもが親の暴力を見たり、聞いたり、感じたりするのは、「精神的虐待」被害を受けさせていることになります。
暴力のある家庭で育つ子どもは、被虐待者として、母親のように暴力をふるわれないように父親の顔色をうかがい、ご機嫌をとり、「パパ大好き」を演じるようになります。
なぜなら、乳幼児期の子どもは、自己と他者の境界線があいまい(幼いほど同一化している)であることから、母親が殴られたり、怒鳴られたり、罵られたりすることを、自分が殴られ、自分が怒鳴られ、自分が罵られていると受けとってしまい、その恐怖を回避することに多くのエネルギーを費やす、つまり、そのことだけに頭を使うことになるからです。
その結果、親にとって都合のいい従順な子として育ち、被虐待者症候群、AC(アダルト・チルドレン)など心のトラブルを抱えることになります。
*-28 暴力の原因が母親にあるとし、お父さんは悪くない。しかも、悪いコトをしたら、罰として暴力を受けなければならない、「ウチはそうなんだ」と思い込ませます。その結果、社会的なルールよりも家庭内のルールが優先されることになります。

** 養育者である親による子どもへの暴力(ネグレクト(育児放棄)、身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、他に、いき過ぎた教育(教育的虐待。過干渉・過保護を含む))、つまり、「児童虐待」の分類については、「Ⅱ-11.慢性反復的トラウマの種類(児童虐待分類)と発達の傷害」で詳しく説明しています。
さらに、暴力のある家庭環境で育つ、つまり、子どもが虐待を受けて育つ影響については、「Ⅱ.面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ(8-15))全体を通じて詳述しています。


④ 社会的隔離(精神的暴力として扱われます)
テレビやインターネット、携帯電話などの使用を禁止する(制限する)  交友関係に口を挟んだり、友人や家族の間に不和の種を蒔き、対立させる  妻が里帰りするのを許さなかったり、制限する  「どこに、誰と行くんだ」と人に会うことや、「どこで、誰と、なにをしていたんだ」と外出していたことに詮索し、干渉する。また、「~さんは、お前にいい影響を与えないと思う。あまり会わない方がいいんじゃないか」と交友関係に詮索し、干渉する*-29  退勤時間に迎えにきていたり、出張の送り迎えをしたり家と会社との通勤時間さえ干渉する(行動を監視したりする)…etc
*-29 ことあるごとに「どこに、誰と行くんだ」とか、「どこで、誰と、なにをしていたんだ」と詮索され、干渉されていると、不機嫌さをあらわにされる煩わしい時間を避けようとし、結果として、外出をしなくなる状況が意図的につくられていきます。
外との接触を断ち、孤立させることによって、「お前には俺しかいない」、「お前が頼れるのは俺だけだ」という状況をつくりあげていこうとします。
なぜなら、嫉妬深く、詮索・干渉し、束縛する傾向が強い場合、妻が自分の知らない妻だけの世界を持つことを許さないのです。また、外出している間、家捜しをし、手紙や手帳を見たり勝手に処分したり(とりあげ、隠し持っていたり)し、それをもとに問いただし、激しい暴力に発展することが考えられます。


⑤ 経済的暴力*-30
給料明細を見せない  収入や財産がどれくらいあるかを知らせない  生活費をわたさない*-31  働きにでることを許さない*-32  妻の買い物はなんでも許可を必要とするが、自分のモノには大枚をはたく  自分の借金の肩代わりをさせる  女性やギャンブル、酒などに生活費を使い込む…etc
*-30 「誰のおかげで飯が食えていると思うんだ!」といったことばを浴びせることで、うかがいを立てなければ自由に買い物もできない状態に追い込んでいくのも経済的暴力、精神的暴力を受けていることになります。
*-31.32 妻が自分から離れられない(逃げられない)ようにするには、自由になるお金をとりあげ、経済的に締めつけ、子どもを妊娠させ、育児に専念させることが有効です。
そのため、結婚と同時に専業主婦になるよう仕向けたり(収入をえられないように、仕事を辞めさせる)、妊娠させ育児に専念させようと目論んだりして、妻を家に縛りつけようとするわけです。
夫婦間に“支配”を持ち込むことを理解できていない人にとっては信じられないかもしれませんが、激しい暴力が続き、ツラそうな姿を見せる妻に、「離婚させてはなるものか」との思いが強ければ強いほど、妻の自立基盤を奪おうとするのです。「早く親に孫(跡取り)の顔をみせてやろう」となげかけ、また、暴力に耐えられないと気持ちが離れかけていると察すると、「一人ではかわいそうだ。弟か妹か欲しがっている」とか、「お前が欲しがっていた家(マンション)を買おう」、「もう少し広いところに引っ越そう」となげかけます。
なかなか妊娠しないと、「なぜ妊して、あれほど子どもを欲しがっていたはずの夫は、妻が妊娠すると、自身への尽くし方に変化がみられると苛立ちをみせはじめます。
さらに、出産のためのお金が必要になることは、自分が自由にできたお金が削られることが許せず、必要な費用をだすことを渋ったり、だすことを拒んだりします。出産が近づく中で、お金のことを持ちだすと激しく憤り、暴力をふるうことになります。娠しないんだ!」と厳しく糾弾したり(マタニティハラスメント)、体調が優れなくとも、疲れてヘトヘトであっても妊娠するまで毎日セックスを強いられたりします(性暴力)。
 そして、あれほど子どもを欲しがっていたはずの夫は、妻が妊娠すると、自身への尽くし方に変化がみられると苛立ちをみせはじめます。
さらに、出産のためのお金が必要になることは、自分が自由にできたお金が削られることが許せず、必要な費用をだすことを渋ったり、だすことを拒んだりします。出産が近づく中で、お金のことを持ちだすと激しく憤り、暴力をふるうことになります。
これは、自分の財産が脅かされる、もしくは、奪われると認識するからです。
その結果、生まれてくる子どもの服など出産にかかわるお金を親に頼らざるをえなくなったり、友人や親戚の子どものおさがりを送ってもらったりしながら、なんとかやり繰りをしていく生活を強いられることになります。子どもが生まれたり、増えたりしても、生活費として家に入れるお金は変えず、自分の自由にできるお金を変えないことを最優先に考えることから、生活は苦しくなり、切り詰めるだけ切り詰める生活を強いられることになります。



(離婚調停申立書「動機欄」とDVとの相関性)
 夫婦関係調整(離婚)調停を家庭裁判所に申立てるとき、家庭裁判所が用意している申立書の「申立ての動機欄」には、「8 精神的に虐待する」と表記されています。
この「申立ての動機」では、「3.暴力をふるう」は身体的暴力、「8.精神的に虐待する」「13.その他(束縛する・育児に協力しない・子どもを乱暴に扱う)」は精神的暴力、子どもへの虐待、「3.異性関係」は性的暴力、「12.生活費を渡さない」「6.浪費する」は経済的暴力ということになります。
  妻の離婚理由として1-10位までを見てみると、1位は「性格が合わない」ですが、夫婦間の協議離婚で合意できなければ、夫婦関係を破綻させた重大な原因であり、修復する可能性がないことを証明する必要があります。
そこで、以下、2位-10位までの離婚理由をみていきたいと思います。
2位は「暴力(身体的な暴行)をふるう」で、先に記したとおり、婚姻破綻の原因である以前に暴行・傷害などの犯罪行為です。身の安全を確保することを優先させ、離婚調停を進めることが大切です。
3位は「生活費を渡さない」です。これは、経済的暴力になりますので、2位の身体的な暴行とともにDVということになります。
4位は「精神的に虐待する」で、先に記しているとおり、ことばの暴力(精神的な暴力)ですからDVです。
5位の「異性関係」は、女性関係が不特定多数であったり、愛人に子どもを設けたり、風俗などに通ったりするなども性暴力としてDVに該当します。不特定多数の性行為時に避妊具を使用しないことは性病に罹患するリスクがあり、夫婦間の性行為において、性病に罹患させられたときには傷害罪(HIV感染者のときには殺人罪)が適用されることもあります)。
6位は「浪費する」で、ギャンブルに入れ込んだり、遊興や趣味に散財したり、贅沢品や洋服などを必要以上に購入したりする行為が含まれます。家庭の家計を顧みず、日々の生活に支障がでるような浪費や散財がおこなわれているのであれば、3位の「生活費を渡さない」と同じ経済的暴力ということになり、DVに該当します。
7位の「家庭を捨てて省みない」は、毎日飲んで帰ってくる、子どもの面倒をまったくみない、仕事をできない理由がないのに仕事をしようとしないなど、健全な結婚生活を続けることが困難だと思われる状況があてはまりますが、飲んで帰ってきて大声で怒鳴りつけたり、罵倒したりするのであれば「精神的暴力(ことばの暴力)」になりますし、「少しは子どものことを見てほしい」の訴えに、不機嫌になったり、無視したり、子どもが乳幼児で手がかかるときに、休日にひとりで遊びに行ってしまったりするのは「精神的暴力」になりますし、また、仕事をしないのは「経済的暴力」になります。
8位の「異常性格」の中には、「極度のマザコン(マザーコンプレックス)」などが含まれます。裏返せば、親の過干渉や過保護、いき過ぎた教育(教育的虐待)という“支配のための暴力”を受けて育っていることを意味し、妻が、母親がしてくれていたとおりにできないと「母親はこうだった。なぜ、お前はできないんだ!」と母親と比べて否定したり、非難・批判したり、侮蔑したり、卑下したりすることばの暴力を浴びせるなど、精神的虐待(暴力)がおこなわれ、しつけ直しと称した(自身の行為を正当化する)殴る蹴るといった身体的な暴行に及ぶことが少なくありません。
こうした状況下でのDVは、夫婦内で解決しようとしても、絶対君主として君臨している父親(義父)、一見、好意的に耳を傾けてくれているようであっても、「息子は悪くない」という前提で後始末(尻拭い)役を買ってでてくる母親(義母)によって、事態が複雑化していきます。息子が精神的な問題を自覚していても認めたくない母親には、息子の生贄としての妻をあてがっておきたい心理が潜んでいるときもあります。
一方で、妻に問題があるといった対応をされるときには、義母に対しての強い反発心や怒りの感情が、夫のDV問題が、嫁と姑の問題にすり替わってしまうことがあります。
9位の「酒を飲み過ぎる」は、7位の「家庭を顧みない」の毎日のように飲み歩いて泥酔して帰宅する、家庭内でも家計に負担を与えるほど飲むと重なります。さらに、飲んで荒れることが含まれるため、8位の「異常性格」と同様に“酒乱”は暴言や暴行にエスカレートしていくことから、DVそのものということになります。ただし、アルコール依存症=“酒乱”ではなく、アルコール依存症におとづくDV(身体的な暴行)は8%程度です。
10位は「性的不調和」で、性行為を強要されたり、特異な性的嗜好を強要されたりするのは性暴力になり、DVということになります。
  以上のように、妻が離婚理由としてあげている上位10(1位は不明確なので対象外)は、すべてDVに含まれることになります。
しかし、離婚をした女性の多くが、DVを2位の「暴力(身体的な暴行)をふるう」としか認識していないのです。そして、DVやモラルハラスメントということばを知っている人であっても、4位の「精神的に虐待する」をDVと認識している人は少数です。
このことは、そのまま社会的認知を示しているといえます。


(暴力にかかわる用語の説明)
① バイオレンス(violence)は、「暴力、暴行」のことで、同意のない行為や自分勝手な行為を強要することを意味し、こうした行為は、人格を無視し、人を傷つけるもので、その行為が身体を傷つけるものなのか、性的なものか、ことばや態度によるものなのか、生活費にかかわることなのかで、身体的暴力、性(的)暴力、精神的暴力、経済的暴力という名称がつけられています。

② 虐待(abuse;英語で「濫用」という意味ですが、日本語に翻訳するとき、そのことばが指していた虐待(や酷使)を使うことになりました)は、自分の保護下にある者(人、動物など)に対し、長期間にわたって暴力をふるったり、日常的にいやがらせをしたり、無視をしたりするなどの行為を指します。
社会生活の場面において、ドメスティック(domestic)は、「家庭・家族的(内)」ということになります。

③ ハラスメント(harassment)は、「嫌がらせ、いじめ」のことで、他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることを指すもので、パワー、セクシャル、アカデミック、ジェンダー、モラル、ドクターなど、社会生活での場面や特定の職業によっていろいろな呼び方がされています。
パワーハラスメントやセクシャルハラスメントとは違い、モラルハラスメントは法律用語として使用されていないこと、平成13年に制定された「配偶者暴力防止法」では、保護命令、一時保護を「身体的暴力」「配偶者」に限定し、「精神的暴力」や「子ども」が含まれていなかったことから離婚事由として「モラルハラスメント」をDVとわけて使用していましたが、その後の法改正により、DVに「精神的暴力」などが含まれ、対象者も「子ども」、「婚姻関係がなくとも住居を同じくする者」と加わってきました。
したがって、婚姻破綻の原因とするときには、モラルハラスメントとして訴えるよりも、「配偶者からの暴力の防止及びに被害者の保護等に関する法律」として定義される「ドメスティック・バイオレンス(DV)」の「精神的暴力」として訴えることが望ましいことになります。


(DV行為の具体例)**
** 「Ⅰ-5-(3)-(7)」でとりあげる事例27-67では、DV行為を正しく理解していただくために、事例に記されている一つひとつの暴力行為に「*」印をつけ、事例文の最後に、説明を記しています。
  また、家庭裁判所に「婚姻破綻の原因はDVである」として離婚調停や裁判に申立てたり、女性センターなどに一時保護の決定を求めたり、地方裁判所に保護命令の発令を申立てたり、警察署に「加療を要する傷害を負った」として被害届(あるいは告訴状)を提出したりするときに、DV行為を立証するために、これまでの暴力の状況をまとめるとき、事例27-67の表記方法(特に、やりとりの記述内容)を参考にしていただければと思います。


-事例27(DV8・身体的暴力1)-
(身体的暴力、首を絞める)
Jは、私に「(格闘技の)技を教える。」といい、寝技で私の首を絞めました*1。息が止まって咳がでたのを見て、Jは、「間違っただけだ。夢中になって手加減ができなくなった。」と謝りました。
また、格闘技の練習といい、私の腹にパンチをしました*2。
それだけでなく、Jは「くくり罠」をつくり、絞めるところを見せて脅しました*3。
暴力後のJは、「もう暴力しない。約束する。文章にしたっていい。」と泣きながら謝り、性行為に及んだ*4。
そして、性行為後のJは、「疲れた。君とくっついて寝たい。きみは私を殴らないでしょ? いきなり叩いたりしないでしょ?」、「両親は私を殴ったよ。痛いそぶりを見せたらもっと殴るから、なにも抵抗しなかった。」、「君がいないと寝れない。」と甘えてきました*5。
Jは、「二度と暴力をふるわない」と紙に書き、私に渡すものの、数日後には、格闘技の練習と称した暴行で私を傷めつけました*6。
*1 身体的暴力(暴行)です。「息が止まって」とありますから、いわゆる“落ちた”状態です。皮膚下では鬱血が生じている可能性もある傷害行為であり、時に、死に至る事件となることもある危険な行為です。
*2 身体的暴力(暴行)です。
*3 意図的に、俺はこういう技を習得していることを見せることで、「この人に逆らったら、なにをされるかわからない」と恐怖心を抱かせる行為です。
*4 暴力のあとセックスに及ぶ行為は、相反する拒絶と受容のふるまいです。DV環境下では、典型的な行為で、思考混乱を意図したマインドコントロール性の高いものです。
*5 成育歴の葛藤を告白する、つまり、自己開示することで、苦しみや哀しみに共感させ、心を揺さぶることで、意図的に、「この人の苦しみや哀しみは、私だけがわかってあげられる(私だけが助けられる)」との思いを抱くように導く(心を操作する)行為です。
*6 本来対等な関係に、上下の関係や支配と従属の関係を成り立たせるためにパワー(力)を行使する者の謝る行為や「二度と暴力をふるわない」という約束は、自分に対して恐怖や不信感を抱いている状況、家をでて行った状況など、自分にとって困った状況を打開する(自己利益を得る)ためのものでしかありません。
したがって、危機を脱した(自己利益を獲得した)あとは、加害者にとって、「約束」という行為は無意味なものです。


-事例28(DV9・身体的暴力2)-
(詮索干渉。身体的暴力、首を絞める)
パソコンを持って部屋に入ってきたJは、私にパソコンの画面を見るように促した。パソコンの画面には、夫と知り合う前につき合っていた彼のSNSがでていました*1。Jは「私は触らないから、君が自分で見せてよ。」と命じ、私がクリックすると、彼のSNSに書き込んだ記事が幾つもでてきました*2。
そして、Jは怒りを爆発させた。
Jは、最初に居間にあるペンたてからペン(ボールペンか鉛筆)とり、自分の胸に向けて突刺す素振りを見せました*3。
私は必死にJの手を押さえて止めた。
少し落ちついたとき、再び、Jは「殺してやる! 死にたい。」と散々口にしたあと、「疲れた、眠りたい。一緒に寝よう。」といってきました。
私は怖ろしかったけれども、断ることはできず、Jに添い寝をしました。
すると、Jは「君の首をタオルで締めるからさ、少しの間でいいから、眠っててくれない? 20分くらいでいいから。」といい、Jは、私の首をタオルで絞めました*4。
私は、「助けて!」と泣きながら叫び、必死でふりほどこうとしました。やっと玄関のドアのところまで辿りつくと、Jは、「静かにして! 誰かに聞こえたら、殺すよ!」といいながら、私の髪をひっぱり*5、居間にひきずっていき*6、鍵をかけ、部屋に閉じ込めました*7。
*1 詮索干渉、束縛(支配)の典型的なふるまいです。アタッチメントを損なっている人は、人を信じることができないことから、強い不安感を抱え、その不安感が疑心暗鬼に陥らせたり、強迫観念を導いたりすることになります。
交際相手の過去の交際歴などをしらみつぶしに調べて、知った事実に嫉妬するだけではなく、自分への裏切りと受けとり、激しい憎しみに昇華させてしまうのが特徴です。
*2 マインドコントロール下におくための「自己告白」させるふるまいです。
*3 自傷、あるいは、自殺を伺わせる行為で、俺を裏切ったら「俺は死ぬよ」と脅す意味と、必死に止めてもらうことで、自己の存在を高める(承認欲求を満たす)意味があります。
*4 身体的暴力(暴行)であり、殺人未遂も問われかねない重篤な状況です。
*5.6 身体的暴力(暴行)です。
*7 監禁行為です。
* デートDVやDVでは、別れ話に端を発して殺害したあとに、自分も自殺する事件がおこることがありますが、当事例には、そのリスクの高さが表れています。
過酷な虐待体験をしてきた夫Jは、“認知の歪み”が人格に及び、その状態が、既に破綻していると考えられます。その破綻の原因は、躁うつ病、統合失調症(精神分裂病)などの精神疾患の発症にある可能性もあります。


-事例29(DV10・身体的暴力3・身体的虐待1)-
(身体的暴力、つねる・でこぴん。子どもへの身体的虐待)
いい合いになると、夫Wは、私を押し倒したり*1、引っ張ったり*2、突き飛ばしたりします*3。
それ以外にも、「お前が、嫌がるのが面白い。」といい、日常的に、私のでこに「でこぴん」をしたり*4、太腿や二の腕をつねったりします*5。
Wは、「でこぴん」をするように指をはじいて、「すごい音だろ」と見せつけてきます。
私がお風呂で体を洗ったりしていると、Wは、私の体にバチン!とでこぴんをし、痛がっている私を見て、「俺はドSだ!」といい、喜んでいます*6。
しかも、一度やりだすとしつこく、私の嫌がり方を見て、激怒することもあります。
Wは、子どもにもでこぴんをします*7。翌朝になっても、子どものおでこは赤くなったままです。
  また、Wは「俺の握力は凄いぞ!」といい、手を力いっぱい握ってきます*8。私が「手が折れそう! 痛い!」というと、Wは「お前なんか簡単につぶせる。」と凄んで見せます。
*1.2.3.4.5.6.8 身体的暴力(暴行)です。
*7 子どもへの身体的虐待(暴行)です。赤くなるなど暴行痕が残っていることから、傷害行為となります。


-事例30(DV11・身体的暴力4)-
(身体的暴力、殴る・蹴る)
夫Tの携帯電話には、「この間はありがとう」、「(セックスが)気持ち良かった」と女性の胸が移った写真、「次はこれを使おうね」とバイブの写真が添付されたメールのやり取りがされていました*1。
またTは、浮気相手と複数での性行為をしたりしていました*2。
Tの浮気相手は、私の友人のAさんBさんでした。
そのことを、Tに問うと、Tはなにごともなかったようにふるまいました。
しかし、私は、メールの内容がショックでひどく落ち込み、なにもなかったかのようにふるまうことなどできませんでした。
すると、Tは、「いつまでひきずっているんだ!」と怒鳴りつけました*3。私が、ひるまずTの浮気を問うと、Tは「お前が弱いからだ!」と非難し*4、「携帯を見たお前が悪い!」と話をすり替え*5、逆に非難し、責めました*6。
そして、「お前が悪い!」、「お前が悪いから殴る!」といい、怒鳴り声をあげながら*7、私を殴ったり*8、蹴ったりしました*9。私が「それって暴力だよ! おかしいよ!」というと、Tは「悪いことをしたお前が悪い! 子どものしつけと同じだ! 痛みを伴わないとわからないんだ!」と大声で怒鳴りつけ*10、殴り*11、蹴りつけました*12。
私は、土下座をして「ごめんなさい」とTに必死に許しを請いました*13。
私に散々身体的暴力をふるったあとのTは、「もう俺はでていくからな!」と声を荒げていい、ドアをばたん!と激しく閉め、家をでていきました。
Tは、私が何度も電話をかけたり、何度も「ごめんなさい」と書いたメールを送ったりしても無視しました*14。私は、「いつ帰るかわからない」と不安なりました。
*1.2 不貞行為(性暴力)です。
*3.7.10 精神的暴力です。
*4.6 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*5 「話の途中で、話を遮る」、「話をすり替える」行為は、加害者の典型的なふるまいで、前者は、人の話を聞く意志はないことを示し、後者は、自己の行為を正当化することを示す意味を持ちます。
*8.9.11.12 身体的暴力(暴行)です。
*13 精神的な支配下にない関係性では、強烈な恐怖を味わされ強要されない限り、“土下座”をして謝ることはありません。なぜなら、土下座は、自尊心が傷つく、屈辱的なふるまいだからです。
 したがって、躊躇なく土下座をすることができる状況にあるときには、精神的に深刻なダメージが及んでいる、つまり、生育期か、現在かのいずれかの環境で、慢性反復的(日常的)な暴力下で、怒りを収めたり、絶対服従を誓ったりしている環境にあることを示していることになります。
*14 精神的暴力です。


-事例31(DV12・身体的暴力6)-
(身体的暴力、殴る・蹴る)
 夫Tの身体的暴力は激しいものでした。腕や足など目立つところにも、2週間ぐらい残る痣ができたり、こぶのように腫れたり、びっこをひかないと歩けなかったりするほどひどく殴られたり、蹴られたりしました*1。
私の母に、手足に大きな痣ができているのを見られ、「殴られたんじゃない?!」と心配されたときに、私は、「子どもにおもちゃで叩かれた。」とか、「いつできたかわからない。」と応じ、ごまかしていました*2。
*1 身体的暴力(暴行)ですが、加療を要する障害を負う暴行被害であることから、傷害事件として立件できるふるまいです。
*2 近親者などに暴行痕を見られたとき、違う理由を持って“ごまかす”行為は、夫から暴行を受けていることを第三者に知られることで、第三者が夫と接して、暴行行為を非難したり、咎めたりしたとき、これまで以上のひどい暴力を受けることを怖れているからです。
 被害者が抱えている加害者に対する恐怖心を汲みとり、不安をとり除くことを優先し、思いの丈を口にできるように持っていくことが重要です。


-事例32(DV13・性暴力1)-
(性暴力、性行為の強要)
  夫Fは「俺はださなくちゃダメなんだ。」、「眠れないからだしてくれ。」、「外で大変な思いをして仕事しているだぞ!」といい、週に2回、私の思い如何にかかわらず性行為を強要しました*1。長男が3歳になるまでは、Fは、長男が起きているときには、その横で性行為に及びました*2。
  また、Fは、私が嫌がっているのを知りながら、バイブレーションやローターなどの大人の玩具を使う*3ことや、排尿行為を見せる*4など、変態的行為を強いました。
*1.2.3.4 性暴力です。「*2」は、子どもに対する「性的虐待」行為です。

-事例33(DV14・性暴力2)-
(性暴力、性行為の強要)
夫Tは、私が寝ているときでも、無理やり起こして、性行為を強いました*1。
Tは頻繁に性行為を求め、オーラルセックスを強いました*2。
私が応じないと不機嫌になり、「してくれないのなら、他の人にやってもらうだけだ!」と脅しました。
また、Tは、私に尿を飲ませした*3。尿を飲ませられるなんて、本当に嫌でした。
過去の人とのセックスの話では、Tはスカトロなどの行為をしているようでした。
*1.2.3 性暴力です。なお、「*3」は、身体的暴力(暴行)にも該当する行為です。

-事例34(DV15・性暴力3)-
(性暴力、望まない性行為の強要・レイプ)
夫Jは、性欲が異常に強い一方で、射精することができないことがあります*1。
射精できないときのJは、パニックになり、「君が悪い。私ははじめてなのに、君の中が広いから、君がたくさんの男と自由に寝ていたから!(妄想)」と散々侮蔑したあと*2、再び、性行為を強いました*3。
疲れ切っている私に、Jは激昂し、「君、私にいま触られたくない。触るなこの豚!と思ってるでしょ?」といい、「もともと性欲もないでしょ?!」、「ああ、なんでこんな女を選んでしまったんだ!」、「なんで、私が責任とらなきゃいけないんだ!」と侮蔑したことばを浴びせ*4、暴力的に犯しました*5。
またJは、「お尻に入れたい。」、「そこは、誰も入ってないところだから、私のものだ!」といい、アナルセックスを強いました*6。
アナルセックスはおぞましく、気持ち悪く、セックスが恐怖です。
*1 「膣内射精障害」については、「Ⅱ-12-(12)思春期・青年期の訪れとともに」の中で、詳しく説明しています。
*2.4 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*3.5.6 性暴力です。


-事例35(DV16・性暴力4)-
(性暴力、望まない性行為の強要)
夫Nは、「自分の精子が気持ち悪くて、自分の精液も触れない。」という一方で、私にアナルセックスを強要しました*1。また、Nは嫌がる私に、バイブなど大人の玩具を使いました*2。そして、Nは「見ている所でおしっこして。」といいましたが、私にはできませんでした。
Nは、「世の中のほとんどの男はその方が好きなはずだ。」、「外人は剃るのが普通、」といい、私に陰毛を剃ることを強要しました*3。
Nは、居間でテレビを見ているときなど、しょっちゅう触って陰毛が剃られていることを確認してきました。
まるで、Nに監視されているようでした。
私が手を抜けいて処理を滞らせると、直ぐにNにバレてしまい、Nが不機嫌になり、数時間にわたり罵倒されることになるので、嫌でも頻繁に処理をしなければなりませんでした。
虚しく、苦痛で、屈辱的でした。
>*1.2.3 性暴力です。

-事例36(DV17・性暴力5)-
(性暴力、望まない性行為の強要)
 夫Sは、交際直後から口論後には、仲直りの儀式として、私にオーラルセックスで、Sを満足させることを強いてきました。
 屈辱的で、情けない思いになりますが、Sが不機嫌にさせたり、怒らせたりして、殴られて痛い思いとするなら、口で射精させるまでの一時をがまんすればいいといいきかせてきました*1。
*1 不機嫌になったり、機嫌を損ねたり、嫌われたり、別れを告げられたりすることを“避ける(回避する)”ふるまいには、相手の意に添うために自ら率先しておこなうという「暴力のある環境に順応した考え方の癖(認知の歪み)」にもとづく思考・行動パターンが存在しています。
  問題は、相手の意に添うために、その行為を自ら率先しておこなっていることから、自ら望んでいると認識し、無理強いされていると認識できていない、つまり、性暴力被害にあっていると認識できていないということです。
暴力のある環境に順応した考え方の癖(認知の歪み)にもとづく慢性反復的な(常態化した)ふるまいが、さらなる“認知の歪み”を生んでしまっていることから、そのダメージは、より深く刻まれていることになります。


-事例37(DV18・性暴力6)-
(性暴力、強要)
 結婚式の準備に意外とお金がかかることがわかり、私は、夫Fに「明日ブライダルプランの毛ぞりに行くんだけど、1万5千円もするんだよ!」と伝えました。
すると、Fは「俺が剃ってやるよ。腋毛からマンコの毛まで全部つるつるに剃ってあげるよ。全身つるつるにして嘗め回してやりたい。興奮する。やらせてよ。」と予想だにしないことばが返ってきました*1。
私が「冗談でしょ?」と訊き返すと、Fは、「俺は、汚いところ、臭いところ、俺が嘗め回して綺麗にする行為に興奮するんだ。」*2、続けて、「俺は変態だから。」と開き直り、「俺の嫁だから、Rも変態になれるよ。」といい放ったのです*3。
私は、ゾっとしました。おぞましく、なんとも気持ちの悪い話でした。
結婚式をあげる直前で、私は、Fに近づくことが嫌になりました。
Fの変態性は、それだけでありませんでした。
それは、Fが、披露宴後、Fの男友だち2人を家に泊める約束をしていたことでした。その2人は、会社の同期入社の友人で、私とも友人関係にありました。Fは、私に「2人に俺らのセックスが見せられるよ。その夜は複数でできるし、楽しいはずだよ。」といい放ったのです*3。
Fの目論見は、友人2人に、性行為を見せつけ、複数セックスに持ち込もうというものでした。
私には、そのようなおぞましい行為を受け入れられるわけがありませんでした。
私は、Fに内緒で、Fの友人たちに「2人が家に泊まるなら、私はホテルに泊まるから、ゆっくり家で楽しんでね。」と遠回しに断りを入れました。2人の友人たちは話がわかり、家には来ませんでした。
その後もFは、私に「何とか複数でセックスがやりたい。」、「誰かに見てもらおう。」といい続けました*4。
 Fは、昼間に、性行為を強要したあと*5、私に「今日はパンツを履かないで、1日いたら?」、「スカートの下はノーパンで買い物に行こう。」、「もっと短いスカートはないのか?」といいました*6。
*1.2.3.4.5.6 性暴力であり、この夫Fは、パラフィリア(性的倒錯、性嗜好障害)を抱えている可能性が高いと考えられます。

-事例38(DV19・性暴力7)-
(性暴力、セックスの強要。精神的暴力、無責任で守られない約束)
私は、夫Dにとって、セックスだけの存在なのかもしれません。
私は、結婚前に卵巣嚢腫を患い、手術の日程が決まっていました。最近、お腹が張る症状がでていたので、そのことをDに伝えていました。
長女Y(9歳)と次女A(6歳)が寝室、私は長男T(2歳)と別の部屋に寝ています。
その部屋に、Dがそぉ~と入ってきました。
Dが近づいてくる気配に、きたらどうしようと怖くて、怖くて仕方がありませんでした。お願いだからこないで、きたらどうしよう、と思っているとDの手が肩に触れてきました。そして、マッサージをはじめました。
徐々にセックスを求める雰囲気になってきたので、私は、Dに「止めて!」「悪性だったらどうしようと思ったら、精神的に無理だから。」というと、Dは「お前は変わった、変わった!」と繰り返し非難し、「セックスに応じない!」と責めはじめました*1。
やがて、Dは「じゃ、生理はいつ?」といいだし、私が「先月が6月12日だったから7月8日-10日くらい。」と応えると、「それまではできないのかよ!」と声を荒げ、非難しました*2。
私が「それから検査だから、その後も・・。」と応えると、Dは「そんなの無理だ。そうなったら俺にも考えがある。離婚だ!*3」と大声で罵倒しはじめました*4。
そして、私は病院に行き、診察を受けました。すると、卵巣嚢腫が再発していました。
検査から帰ると、Dは「医者は絶対安静といっていたか?」と訊いてきました。私が「いっていないよ。家のこととか全部しているじゃない」と応えると、Dは「ならしよう」とセックスを求めてきました*5。
私は、Dのいう絶対安静をそのままの意味と解釈し、「いっていない」と応えましたが、Dの意図する絶対安静は、「子宮が、膣が絶対安静か?」という意味だったようです。
私が「やめようよ。しばらくは怖いし、無理だよ。」と応えると、Dは「いつまでできないんだ! 半年か、1年か」と声を荒げ、挙句には、「他でやってきているから、応じられないんだろう!」と罵倒しました*6。
Dの罵倒は、まるで拷問のように1日3時間、4時間と明け方まで続くことになりました*7。
*1.5 性暴力です。
*2.4.6.7 ことばの暴力(精神的暴力)です。「*7」の深夜に何時間も及び否定し、非難し、侮蔑し、卑下することばを浴びせて責め立てる行為は、相手の睡眠を奪いこと、つまり、気力と思考を奪う行為で、意のままに人の心をコントロールするうえで重要なファクター(要素)です。
*3「~に応じなければ、…するぞ!」と交換条件を提示する“脅し”の行為です。


-事例39(DV20・精神的暴力1)-
(精神的暴力、非難・責任転嫁)
 夫Fは、ことあるごとに「俺が稼いできているんだから。」といい*1、都合の悪いことは、すべて「お前のせいだ!」と非難して責任転嫁をします*2。また、夫は「ガキじゃないんだから、それくらいわかるでしょ。」などと、ことあるごとに、私を侮蔑し、卑下しました*3。
 買い物をしたとき、果物や菓子パンが買ってあるというだけで、「贅沢だ!」、「お前のせいで、預金ができない。」と非難し、責めます*4。
 子どもが熱をだし、予定していた旅行に行けなくなると、「お前のせいだ!」と非難し、責めました*5。
*1 精神的暴力です。
*2.3.4.5 ことばの暴力(精神的暴力)です。


-事例40(DV21・社会的隔離1)-
(詮索干渉・監視)
 私が、買い物にでかけたり、子どもの学校のPTA会合にでかけたりして、しばらくすると、夫から「いまどこにいるんだ!」、「なにをしているんだ!」、「何時に帰ってくるんだ!」と何度も電話がかかってきます*1。
私が、話し中ででないと、「楽しく話し中*2、申し訳ないが・・を買ってきてくれ。」と夫からメールが入っています。
30分後、私が、急いで家に帰ると、夫は、「買い物に何時間かかっているの?」とネチネチ非難し、責めてきます*3。
部屋で充電していた携帯電話を開いたところに、まるで見張っていたかのようなタイミングで、突然、夫が入ってきました。そして、夫は「子どものことを見ないで携帯かよ。子どもたちもママはいつも携帯しているといっているぞ!」と声を荒げ、非難してきました*4。
夫が仕事に行っている間、夫は、「ママがどうしていたのか」を常に子どもたち確認しています*5。
私は、夫の目となり、耳となっている子どもたちに監視されて、いまの生活は息がつまりそうです。
*1.2.3.4.5 詮索干渉・監視による束縛(支配)です。

-事例41(DV22・社会的隔離3)-
(詮索干渉・監視。経済的暴力)
夫Tは、私を「どうせお前なんか」と侮蔑し*1、「お前のいうことは間違っている」と否定し*2、「俺のいうことだけきいていればいい。正しいのは俺だ!」と絶対服従することを強いました*3。
Tは、私に「男性の連絡先をすべて消せ!」と命じ*4、女性の友だちであっても飲みに行くことを禁止し*5、「親ともかかわるな!」といい*6、社会的に隔離するようになりました。
食品や生活用品など以外の物を買いに行くときは、常にTが一緒でした*7。服など欲しいと思うものがあれば、必ず、Tに「買っていい?」と伺いを立て、許可を得なければなりませんでした*8。値段によっては、嫌な顔をされて買えなかったり、Tの趣味に合わせなければならなかったりして、自分好みの服を買わせてもらえないことがありました*9。また、私は買ったあと、Tになにをいわれるかが気になり、「買っていい?」と訊くことができず、買うのを躊躇ったり、買うのを諦めたりしました*10。
それだけでなく、Tは、美容院や友だちの結婚式など、私が一人ででかける用事のときには、必ずTが私の送迎をし*11、監視していました。
また、私が携帯電話を触っていると、Tは不機嫌になるので*12、友人や親にメールをすることもし難くなっていきました。
*1.2 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*3 精神的暴力です。「絶対服従」させるためには、暴力による恐怖を植えつける必要があります。
*4.5.6.9.11.12 詮索干渉、監視で、束縛(支配)行為です。
*8.10 「許可をえなければ、買いたいものが買えない」状況は、恐怖に縛られていることになります。そして、その状況が、夫の意に添うように、あるいは、機嫌を損ねないように、許可を得ることさえ諦める状況に至っていること、つまり、恐怖による支配がいっそう進んでいることを示しています。



-事例42(DV23・経済的暴力1)-
(経済的暴力、浪費、労働の強要)
私の給与は24万円で、夫Sの給与は32万円でした。生活費は、Sが管理しました*1。
Sは、家賃12万円の他、生活費として10万円を入れ、残りの10万円を自由に使いました。10万円の中から高熱水道費、携帯代、社会保険料など約5万円、食費など生活費に使えるのは5-6万円程度でした。
Sは帰宅して冷蔵庫を開け、料理で余った野菜の残りなど厳しくチェックし、「食費の無駄遣いだ!」、「ビールが揃っていない」と私を非難し、責めました*2。
Sは「月に1回は外食をしたい」といい、1万円以上の高価な食事代についても、光熱水道費など生活費としてわたされた10万円、実質5-6万円で賄わなければなりませんでした*3。
足りない生活費は、私の母が援助してくれました。また、毎週、肉などの食材は私の実家でもらっていました。
一方で、Sが毎日飲むビールなどの酒代は2-3万円を超え、発泡酒は口に合わないという理由で、1日あたり、エビスやプレミアムモルツの500ml缶を2—3本ずつ、それに加えてサラミなどのつまみを買っていました。休日前は5-6本ビールを飲み、缶が家に転がっていました。私の仕事は、Sが飲み散らかしたビール缶など片づけることでした。
また、Sは、1本3万円もするゴルフクラブと数万円するキャリーバッグを買い揃え、月1回後輩とゴルフラウンドに行くなど浪費を重ねました。
Sは、結婚するとき、数年分の税金や国民年金を滞納しており、差し押さえの通知が届いていました。浪費家のSには、預金はなく、私の預金(特有財産)から滞納してきた費用20万円を支払っていました*4。
Sは、税金など支払わなければならない分を予めとっておくことができず、手元にあるお金はすべて使い切ってしまいます。
私は、衣類はほとんど買うことができませんでした*5。
子どもが生まれてくることを踏まえ節約し、預金をしたくとも、Sは節約に協力せず、生活が成り立ちませんでした。
  私は、出産直前まで働いていました。
光熱水道費、携帯代などを支払ったあとに残る5-6万円で生活費を賄わなければならないので、哺乳瓶やミルクなどはアマゾンで買うなどしていましたが、長男の衣類を買うことができませんでした*6。私の両親が、長男の洋服を買い、宅配便で送ってくれていました。
私が必死に生活費をやり繰りをしている中で、Sは10万円ほど自由にできるお金があっても、「生活費が足りない。」といい、なんと、産後2ヶ月の私に、「アルバイトにでろ。」といい、働きにでることを強いました*7。
*1 詮索干渉、束縛(支配)です。
*2 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*3.4.5.6.7 経済的暴力です。


-事例43(DV24・経済的暴力2)-
(詮索干渉・束縛。経済的暴力)
  夫Tと同居して2ヶ月、Tは、私の財布の中に溜まっているレシートをチェックするようになりました*1。
  私は一人で買い物に行ったとき、時々おやつに50円の饅頭や菓子パンが食べたいと買って帰り、家で食べていました。レシートをチェックしたTは、「自分だけ買って〇〇食べたのか?!」と非難しました*2。
夫は1日に1食(夕食)しかまともに食事をしませんでした。しかし、週2回、外食(ファミレス、焼肉、回転寿司)にでかけ、店で買ってくる惣菜、ファーストフード、スナック菓子やチョコレート菓子、清涼飲料を好んで飲食し、それらでお腹を満たしていました。
私が、それらの準備を怠ると、Tは「自分だけ食べたんでしょ?!」と非難しました*3。
外食と夫の嗜好品の買い物が多く、食費を圧迫しました。
一方で、野菜を買って帰ると、Tは「また、野菜を買ってきて、金の無駄遣いだ!」と非難しました*4。
私は、Tからの「自分だけ買って!」、「無駄遣いをして!」ということばに心が痛み、生活費の財布の他に、私の結婚前に貯めた預金を切り崩した自分の財布を持ち歩いていました。スーパーでの会計後、あとで自分の財布から生活費の財布へお金を戻していました*5。
たった50円の饅頭を食べるのもそうやっていました。
  妊娠し、洋服が合わなくなり、Tに、マタニティ用品が必要になったことを伝えると、生活費から買ってもらえることになったが、家に帰ると、Tは「自分だけ服を買って!」と非難した*6。
私は、そのことばが嫌で、出産準備もすべて自分の預金の中から工面しました*7。
Tにお金の話をすると、「金はない」「自分で働けば?」と応じられた*8。しかも、「妊娠中は、妊娠しないから、風俗でいい稼ぎができるよ。」と信じられないことばが返ってきました*9。
*1 詮索干渉による束縛(支配)です。
*2.3.4.6 ことばの暴力(経済的暴力)です。
*5.7.8.9 経済的暴力です。「*9」は「こうしたら」というなげかけだけですが、無理やり風俗で働かせる行為は、性暴力となります。


-事例44(DV25・DV環境下、児童虐待と密接な関係2)-
(身体的暴力、精神的暴力)
 私を殴った夫は*1、寝ている長女を起こし、「お母さんがケンカをうってきた。お母さんはキチガイだから、仕方なく殴ったんだ!」ととくとくと話し続けていました*2。
 そして、わざわざ起こした長女を連れてきた夫は、「子どもたちの前で残酷なことをさせやがって!」といい捨てました*3。
*1 身体的暴力(暴行)です。
*2.3 DV環境下での子どもを利用した精神的暴力です。


-事例45(DV26・DV環境下、児童虐待と密接な関係3・性的虐待1)-
(性暴力、性行為の強要。子どもへの性的虐待)
  夫Wは、自分がしたいときには、私の気持ちは関係なく、寝ている私を無理やり起こしてでも、性行為に及びました*1。
私が、「今日は無理。」と応じると、Wは、激怒し、暴れました。
  Wは、大声で「そのいい方がむかつく!」、「なんでお前の都合なんだ!」、「お前なんか、誰も相手にしてもらえんぞ! 俺が相手にしてやっとるんだ! ありがたいと思え!」、「なのに、なんで断られないかんのだ! 腹立つ!」と侮蔑し*2、私を蹴飛ばした*3。
近くにあったノートパソコンを投げつけて、プリンタともども壊れたこともありました*4。
私がWを避ける態度をすると、Wは「お前みたいな女、触ってもらえるだけでもありがたいんだぞ!」と侮蔑することばを浴びせ、「なんでいつも俺からなんだ。むかつくわ!」、「女でもしたいと思うときだってあるだろ! ないなんて異常だ! お前がおかしい! 普通じゃない!」と心ないひどいことばで侮蔑しました*5。
  飲み過ぎたWが、子どもに「早く寝ろ。」というのは、これからセックスをするぞ!という合図でした。Wは、子どもが寝かかった途端に、「おい!」と私を呼びつけ、セックスを強いました*6。
私が、「子どもが、まだ寝てない。熟睡してないから後にして。」とお願いしても、Wは、聞き入れようとはせず、大声で、「なにが後だ! 早くしろ!」と怒鳴りつけます。
その大声で、うとうとしていた子どもが起きてしまいます。
幼い子どもであっても、性行為を見せたくありません。
しかし、Wが怒り狂うのを避けるため、断ることもできず、子どもの前で*7、心をなくして、終わるのを待つしかありませんでした。
苦しく、やるせない思いでいっぱいです。
*1.6 性暴力です。
*2.5 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*3 身体的暴力(暴行)です。
*4 物を投げつけるのは、身体的暴力です。
*7 子どもへの性的虐待です。


-事例46(DV27・DV環境下、児童虐待と密接な関係4・性的虐待2)-
(精神的暴力、性暴力。子どもへの性的虐待)
朝、長女Y(9歳)が、夫Dを起こしにいくと、Dは「ママがキスしてくれないと起きれない。」と応えたようです。長女は、「ねえママ、パパとキスをしなよ」といってきます*1。
私が、次女Aとお風呂に入っていると、「ねえママ、パパもよんで一緒に入ろうよ。」とパパを呼びに行きました*2。嫌なので、私が背中を向けていると、Dは「そんなに嫌なのか! ママは触ってもくれない。」と子どもたちのいる前で声を荒げ、非難しました*3。
きっと、Dは、娘たちに、「ママにそういうんだぞ、パパを呼びにこいよ」と仕向けたのだと思います。
その直後、Dは「お前はそっちのおっぱいをやれ!」と2歳の長男Tをけしかけ、羽交い絞め状態で、私をレイプしました*4。
それから半年、2歳の長男Tは、洗濯物を洗濯機からとりだすために屈んでいる私の臀部に勃起したおちんちんを押しつけ、興奮した息づかいで腰を動かす仕草をしてきました*5。
*1.2 子どもをコントロールして、性的接触を試みさせようとする性的虐待です。
*3 性的虐待です。
*4 性暴力です。同時に、子どもに対する性的虐待です。「*5」の2歳の長男Tの行為は、父親が、アダルトビデオ(DVD)を見させることが常態化していることを示しています。


-事例47(DV28・DV環境下、児童虐待と密接な関係5)-
(経済的暴力、精神的暴力、否定・非難)
私は、長男Tを妊娠したとき、悪阻がひどく、仕事を続けることができませんでした。
Dは、私のふるまいに気に入らないことがあると、何年も経っても、そのことを持ちだして、「お前は生活費をださなかった」と非難し、責めます*1。私が「悪阻がひどくて働けなかったのに、払わないといけないの?!」と応じると、Dは「どんなに具合が悪くても、約束したんだから払えばいいんだ!」と非難し、責めます*2。
  Dがことあるごとに口にする「俺は下の子は望んでいなかったんだ!」ということばは*3、長男Tの出産は、「産むんだったら、お前が生活費をだせ!」が産むことの条件だったからです*4。
  Dは、私が具合が悪くて横になっていても、いったん怒りのスイッチがONになると、「いつまで具合が悪いなんていっているんだ!」、「家で1日中ぐたぐたして、誰のおかげで飯が食えていると思うんだ!」、「優しくしていれば、いい気になりやがって」と機関銃のようにまくし立てながら、非難し続けます*5。
  “誰のおかげで”といわれるのがいたたまれず、長男Tを預かってくれる保育園を見つけ、私が「病院にフルで働きに行かせて欲しい。」とお願いすると、Dは「いくら稼ぐつもりなんだよ!」と収入が増えるのを嫌がり、フルで働くことを許しませんでした*6。
それだけでなく、Dは「男でもみつけにいくつもりか? お前なら、直ぐに男をたぶらかせるだろうよ!」とまったく違う話を持ちだし、侮蔑しました*7。
私は、渋々働くのをあきらめました。
*1.2.7 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*3 子どもの存在を否定する、子どもに対する精神的虐待行為であり、同時に、DV環境下での子どもを利用した精神的暴力です。
*4.6 経済的暴力です。
*5 精神的暴力です。配偶者が病気に罹患したり、ケガを負ったりしたとき看病しないのは、場合によっては、「養護の放棄」となります。


-事例48(DV29・DV環境下、児童虐待と密接な関係6・身体的虐待2)-
(精神的暴力、否定・非難、脅し。子どもへの身体的虐待)
 夫Dは、気に入らないことがあると、「でて行け!」と怒鳴りつけました*1。
それだけでなく、Dは、ことあるごとに、子どもたちの前で、「俺は3人の子どもは望んでいない。お前が勝手に産んだ。」と非難し*2、「俺は子どもの面倒なんてみたくないんだ。3人を連れて九州に帰れ!」と怒鳴りつけました*3。
そして、Dは、子どもたちの前で、「離婚決定。はい、解散!」、「いつ、でて行くんだ!」と、私を散々脅してきました*4。
  もう耐えられないと、私は、Dに「名前を書いて。」と著名押印した離婚届を差しだしました。すると、Dは、これまでの話を一転させ、「子育ては義務だろ! 途中で投げだすことは許さない!」といってきたのです。私が「家裁調停に持ち込んでも、離婚する。子どもは渡さない。養育費は払ってもらう。」と話すと、Dは「親権は渡さない! どんなことをしても子どもたちは渡さない!」と怒鳴り散らし、荒れまくりました。
  そして、私が、夫Dに離婚を切りだした直後のお盆、私は、3人の子どもを連れ、夫Dとともに、Dの実家に帰省しました。
その帰省先のDの実家で、2歳の長男Tが9歳の長女Yをフライパンで叩いたとき、Dが、長男Tを「コイツは、同じことをやられないとわからないからな!」と、懲らしめとして、フライパンで叩いたのです*5。
  私が、Dに「子どもに仕返しをしないと約束したのに、どうして、フライパンで叩かなきゃいけないの!」とDのふるまいを咎めていると、義母が「そうよ、やられないとわからないのよ! あなたが甘やかすから。」と口を挟んできました*6。そして、義父は、私に「お前の態度は何だ! Dのやり方に従うもんだ!」*7、「Yのふてくされた態度はお前そっくりだ! もう来るな!」と怒鳴りつけました*8。
Dの実家をあとにした車中で、Dは「どうして親が怒ったのかわからない。」ととぼけていたが、私が、Dが約束を破ったことを咎めると、Dは「なにがあっても親は親! 俺に口ごたえはするな!」*9、「子どもの教育は俺のやり方でやる。それに従えないならでて行け!」*10と怒鳴りつけました。
私は、義父に大声で怒鳴りつけられ、罵倒されたことを思いだすたびに、ドキドキと動悸が激しくなり、ガタガタと震えに襲われています。
  実家の帰省から戻ったDは、Dの母親宛にメールを送り、私を精神異常者扱いしていました。しかも、「離婚して、ひとりで、子ども3人養っていくとほざいている。」と侮蔑し*11、「自分は、いま必死にがまんしている。」と訴えていました*12。
  そして、数日後、Dは、「義母が、この事件を理由に、長女Yの歯科矯正費用をださないといってきている。お前が費用をだせ!」といってきました*13。
  Dは、長女Yに「ビーバー。今日の木はうまかったか?」などと、ずっとからかってきました*14。Dのそのからかいによって、散々、長女Yの心を傷つけておきながら、Dは、Dの母親には「なんとかしてあげないとな。」と心配するいい父親を演じていました。その結果、Dの母親は「Yちゃんの歯科矯正費用を援助しようか。」といってきたのです*15。
  私が、Dに「義母さんが、そんなことをいってくるわけがない!」というと、Dは「お前が気に入らないから、金はだせない!」、「お前が金をだせ!」といってきました*16。
  Dは、私が離婚できないように、お金をとりあげようとしていると思いました。
*1.9.10.11 精神的暴力です。
*2.3.4 精神的暴力です。同時に、子どもに対する精神的虐待です。
*5 子どもに対する身体的虐待(暴行)です。
*6.7.8 夫の両親による詮索干渉、ことばの暴力(精神的暴力)です。同時に、DV環境下で育ってきた夫が、DV加害者となっている世代間連鎖を示すものです。「*12.15」は、夫からDV被害を受け、一方で、息子に過干渉・過保護となっていった母親と、夫(息子)との関係性を的確に示しています。
*13.16 経済的暴力です。


-事例49(DV30・DV環境下、児童虐待と密接な関係7)-
(経済的暴力、労働の強要)
第2子(長男)が生まれたとき、「子どもが増えたから」と、児童手当ての振り込み先の銀行口座を、夫の銀行口座に変えさせられました*1。
私は、銀行引落しされる家賃や光熱費は別として、土日の食料のまとめ買い分代を払ってもらう以外、夫から、生活費として自由に使えるお金はもらっていません*2。
そのため、日々のちょっとした買い物費用は、私が働いて払わなければなりません。
  また、夫は、気に入らないことがあると、「テメーが気に入らないことをいうから(したから)、払いたくない!」と週末の買い物代をださなくなります*3。
一方で、夫は、私が、フルタイム勤務で働くことには、「育児放棄だ!」と非難して激しく抵抗し*4、「だから、お前の蓄えを使い果たしたら、生活費は出してやるといっているじゃないか!」と、私が婚姻前の僅かな貯蓄を切り崩させようとします。
私が、夫に離婚を切りだして5ヶ月後、突然、夫が「引っ越しをする。」といってきました*5。「どうして、いま、引越しをするの?!」と応じた私に、夫は「家賃を半分だせ!」と迫ってきました*6。
私が「できない。」と応えると、夫は「そういうところが嫌なんだ!」と非難し*7、「黙って、だすもんをだせばいいんだ!」と怒鳴りつけました*8。
そして、引越し後、夫は「お前は、家賃を払わない!」と非難し*9、子どもたちには、「お前たちの母親は、家賃としての3万円を払っていない!」といい、母親を貶めようと目論み*10、「お前たちは、俺の家に住まわせてやっているんだぞ! 追いだされたくなかったら、俺のいうことに従え!」と脅しています*11。
*1.2.3.6.8 経済的暴力です。
*4.7.9 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*5 自分に気持ちが向いていない、別れるつもりでいるなどと感じると、以前、広い家に引越したいとか、一軒家に住みたいとかいわれていたが、渋っていたことを持ちだして、“状況の打開”を試みることがあります。希望に添うのだから、きっと喜んでもらえて、もう一度、気持ちをぐっと引き寄せることができると目論んでいるので、意に反して、「いまさら、どうして?」という反応をされると、報われない怒りが込みあげてくることになります。
 一方で、「いまさら、どうして?」と思いながらも、都会的な広いマンションや一軒家に引越しをしてしまうと、いずれにしても「願いがかなった」ことに後ろ髪をひかれ、固まっていた家をでる気持ちが揺らぐことになり、そのまま、新居に留まってしまうことが少なくないわけです。
そういった意味で、長い間、慢性反復的(日常的)な暴力を受けていても別れる決心ができなかった被害者にとっては、有効な手段となっています。
*10 DV環境下での子どもを利用した精神的暴力です。
*11 子どもに対する精神的虐待です。


-事例50(DV31・DV環境下、児童虐待と密接な関係8)-
(子どもへの虐待、兄弟ケンカを仕掛け。責任転嫁)
長女Y(9歳)と次女A(6歳)がケンカをして、Aが泣きだしました。しばらくすると、今度は、Yが叫び声をあげながら泣きだしてきた。
私が慌てて寝室に行くと、長男T(2歳)が、Yの耳に噛みついていました。
私が「どうして止めさせないの!」と夫Dにいうと、「仕返しにいったんだ!」と応えました。私が「時間が経っているから、そんなはずはない!」というと、Yが「パパが、Tにヤレっていった!」と応えました*1。
私は「あんた、何してんの! どうしてそういうことやるの! もう子どもたちもわかっているんだから、嘘いわないでよ! Aは怖くていえないけど、Yはちゃんというんだから。」とDのおこないを咎めました。
  翌日、移動中の車の中で、私は「命令したことに従うのを見て、自分の快楽のために子どもをつかわないでよ! もうやめなよ、そういうの。」と、子どもたちの前でDにいいました。すると、夫は「毎週末に1万いくらの食品代払っているのに、何でいわれなくちゃいけないんだよ!」とピントハズレな返答で、非難しました*2。
金をだせば、何も文句いわれる筋合いはないということのようです。
*1 子どもをコントロールして、仕返しという罰を与える身体的虐待です。
*2 ことばの暴力(精神的暴力)です。


-事例51(DV32・DV環境下、児童虐待と密接な関係9・性的虐待3)-
(子どもへの性的虐待)
夫Dは、女の子2人と男の子1人の子どもたちに「パパのちんぽは大きい。凄い。握らせてぇ。」といわせ、自分のペニスを握らせていました*1。
おかしいとの思いはあったものの、私は、Dの怒り狂うのを避けたい思いから、「家は性にオープンなだけ」といいきかせてきました。
しかし、Dの行為が、性的虐待であることを知りました。
そして私は、Dに「止めて!」といいました。
しかしDは、「俺と子どもたちとの挨拶、コミュニケーションだ。口を挟むな!」とまったく聞き入れようとはしませんでした*2。
私が「止めて!」といったあと、Dは、2歳の長男Tにペニスを握らせているのを見せつけてきました*3。私が、「止めてよ!」というと、その声と嫌がる姿に刺激されたのか、Dのペニスは勃起しました。Dは勃起したペニスを平然と長男Tに握らせていました*4。
私は、その状況に驚愕し、ことばを失いました。
それから間のなくして、私は、Dが、風呂の浴槽に次女Aを座らせ、顔の位置で股を開いて洗う*5のを目撃しました。私は、驚き、「何しているの!」というと、Dは「カスが溜まるから。」、「将来結婚する男に喜んでもらえるだろう。」と悪びれることもなく応えたのです。
その後、長女Yに訊くと、「「パパもうイヤだ」といって、いまはしていない。」と応えました*6。
そのとき、私は、Dによる子どもたちへの性的虐待が、ずっと繰り返されてきたことを知りました。
しかし、それだけではありませんでした。
Dは、お風呂では子どもたちに「パパのを洗ってくれ」とペニスを洗わせたり*7、次女Aと長男Tを入浴させているとき、お互いの性器を見せ合わせ、触れさせ合わせ、その様子を見て楽しんでいたりしたのです*8。
*1.3.4.5.6.7 重度の性的虐待です。
*2 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*8 子どもをコントロールして、きょうだい間で性的接触を試みさせようとする性的虐待です。


-事例52(DV33・DV環境下、児童虐待と密接な関係10・教育的虐待1)-
(子どもへのいき過ぎた教育(教育的虐待))
 夫Dは、「子どもは、怖がらせてでもいうことをきかせればいいんだ!」と公言します*1。
 休日、ドリルをしている小4長女Yに「テメーなにやっているんだ! こんな問題もできないのか! 字を読めるの?」と罵声を浴びせ*2、「勉強ができなければ家の子どもじゃない。帰ってくるな!」と大声で怒鳴りつけ*3、「いまは貧富の差が激しい。勉強ができなければ負け組みになるんだ。俺にとっては、負け組みが増えるのは嬉しいけどな!」といい放つ始末です*4。
 その長女Yは、幼児のころからゲームで負けるのがわかってくると、ぐちゃぐちゃにしてしまったり、3-4歳のころには、ワンマンで自分中心なところが、父親にそっくりと気づいていました*5。
そして、長女Yは、幼稚園のとき、「私には厳しくて怖いパパが、家に遊びにくる友だちにはすごく優しい。」と話し*6、小学校1-2年時は保健室の常連で*7、父親Dが怪獣に食べられる夢を見ています*8。
小学校3-4年時では、10円台の禿ができたり*9、起立性めまいの症状がみられ*10、叱られるとふるえたり*11、ガクッと落ちるように体がだらけだすようになり*12、私に、「パパに怒られると心臓がドキドキして痛い。」と訴える*13ようになりました。
  私が、長女Yの円形脱毛症や起立性めまいの症状がでていることを、Dに「Yの様子がおかしい」と訴えても、Dは「お前の育て方が悪いんだ!」と非難し*14、続けて、「ヤツはプレッシャーに弱いな。」と吐き捨てました。
  長女Yは、4年生に進級しました。夏休みに入る前の担任との面談で、私は、担任から「お父さんは厳しい人なんですね。いま、塾でいっぱいいっぱいみたいです。塾のある日の5-6時間目になると態度でわかる。」と指摘され、「無理しないで、勉強にガチガチにしないで1つ減らすことはできませんか?」と改善を促されました。
  家に帰り、私は、Dに担任からの話を伝えると、長女Yに向かって「じゃ、止めちまえ!」、「どうせ、成績が悪いからやりたくないんだろう。バカ!」と罵声を浴びせました*15。
長女Yは、「バカといわれた。成績が悪いといわれた。」と部屋で泣いていましたが、しばらくすると、父親Dのところに行き、「ねえパパ、やっぱり勉強しないとダメだよね」と媚びていました*16。
すると、Dは、「そうだろ。止めるの不安だろ!」と不安を煽り*17、続けて、「努力しない子には、将来何も援助しないからな!」と脅していました*18。
寝る前に、私が、長女Yに「止めていいんだよ。成績が悪くなったら、ママを責めたらいいんだから」となげかけても、長女Yは「パパは勉強しないと将来援助しないんだって・・。そういっていた。」と応じました。
  そして、翌日長女Yは、担任に「やっぱりパパのことがあるから止められない」と応えました*19。
*1.3.4 子どもへのいき過ぎた教育(教育的虐待)です。
*2.15 子どもへの精神的虐待です。
*5.6.7.8.9.10.11.12.13 虐待(親からの抑圧)によるストレスが、心身に表れていることを示しています。同時に、虐待被害のサインとなるものです。
*14 ことばの暴力(精神的暴力)です。
*17.18 子どもの不安を煽り、恐怖を持って、親の意に添うようにふるまわせるマインドコントロール性の高い言動です。「*16.19」の長女Yの行動は、父親に嫌われない(見捨てられない)ために、親の期待に必死に応えようとしているもので、長女Yは、既に、自分を生きていない状態です。


-判例1(昭和62年9月、「夫婦間での強姦罪の成立」を認めた最高裁判所判決)-
鳥取地方裁判所昭和61年12月17日判決、広島高等裁判所松江支部昭和62年6月18日判決が、夫婦間での強姦罪の成立を認めた事例として広く知られています。
この裁判は、姻関係が破綻しているのに暴力をふるって妻と性交渉をもとうとする夫に対する婦女暴行罪が成立するかどうかが争われ、それまでの「夫は妻に性交渉を要求する権利があるから、夫の婦女暴行は成立しない」という通説を覆すはじめて司法判断がおこなわれ、「婚姻関係が破綻している場合、夫婦間でも婦女暴行は成立する」と有罪判決(懲役2年10月)を下しました。
広島高等裁判所松江支部の控訴審では、「法律上は夫婦であっても、婚姻が破綻して名ばかりの夫婦に過ぎない場合に、夫が暴行または脅迫をもって妻を姦淫したときは、強姦罪が成立する」と控訴を棄却しました(昭和62年6月18日)。
・事件概要
 昭和59年9月、鳥取県の主婦A子(22歳)は、度重なる夫(26歳)の暴力に耐え切れなくなり、実家へと逃げ帰っていました。同年9月下旬、夫は妻Aを連れ戻そうと29歳の夫の友人とともに車で妻A子の実家近くで待ち伏せし、帰ってきた彼女をクルマに無理やりひきずり込むと、そのまま車を発進させ、県内の山中に車を停めました。夫と夫の友人は、車内で妻A子の腹部や頭を殴りつけたうえで、2人でレイプしました。
以前から夫は妻A子に対して、木刀やビール瓶で殴りつけるなどのひどい暴力を日常的にふるっており、妻A子は何度も実家に帰っていた。しかも、この9月下旬の事件後、夫は妻A子を自宅にチェーンで繋ぎ逃げられないようにするなど、常軌を逸した行動にでましたが、妻A子は、夫の隙を見て脱出し、近くの交番に助けを求めました。
  しかし、妻A子は、警察官に「夫婦のことは民事なので介入できない。」と門前払いをされたことから、行政の婦人相談所に駆け込みました。そこで、弁護士と相談し、離婚調停を申立て、翌同60年に離婚が成立しました。
 さらに、同61年1月、元妻A子は、元夫を婦女暴行と傷害で警察に告訴しました。「妻が夫を強姦で訴える」という事件でしたが、鳥取地方検察庁は同年3月5日、起訴に踏み切りました。
裁判では、元夫は「(元)妻に殴られたために殴り返しただけ。服が破れたのも(元)妻が暴れたのが原因。いき過ぎがあったかもしれないが、罪に問われるほどのことではない。」と無罪を主張し、弁護側も「民法によって、夫婦には性を求める権利と応じる義務が認められている。暴行や脅迫があった場合でも、暴行罪などに問われることはあろうが、夫婦間に婦女暴行罪は成立しない。」と主張しました。
しかし、同年12月17日、鳥取地方裁判所の相瑞一雄裁判長は、暴行の事実を認定し、元夫に懲役2年10ヶ月(求刑・懲役3年)、事件当時29歳の夫の友人に懲役2年(求刑・同2年6ヶ月)の有罪判決を下しました。
この有罪判決に対し、元夫は不服として控訴しましたが、広島高等裁判所松江支部は鳥取地方裁判所の判決を支持し、控訴を棄却しました。高等裁判所の古市清裁判長は、一審の事実認定にさらに追加し、「夫婦生活が事実上破たんしている場合には、互いに性を求める権利・義務はない。」とし、夫婦間であっても婦女暴行罪が成立するという考えを示しました。
それでも元夫は最高裁に上告したが、同年62年9月にとり下げ、刑が確定しました。
「夫が友人と共謀して妻を輪姦した事件」でしたが、この裁判によって、それまでは夫の暴力や横暴に泣き寝入り状態だったものが、「夫婦の間でも強姦罪はありうる」と、法的に基準が示されました。


(4) DV被害者にとって、区別し難い解釈
 「Ⅰ-1-(3)-⑤経済的暴力「*- 」で、「(俺への)気持ちが離れかけている(俺のもとから逃げようとしている)と察して」と記しています。
この“察する”は、暴力のある環境で育ってきたことによる“危険察知能力”であって、人の気持ちを思いやり、人を気遣うといった“共感性”とはまったく違うものです。
 暴力のある環境で育つことは、両親のもとでお互いを慈しみ、お互いを敬い、お互いを労わるといった関係性を学び、身につけることができません。このことは、人の気持ちを思いやるとか、気遣うといった“共感性”を身につけていないことを意味します。
この“危険察知能力”こそが、暴力のある環境に順応するために身につけるものなのです。
おどおどと顔色をみたり、機嫌を損ねたいように、意に反しないように気を配ったり、「きっと、こうして欲しいと思っているんだろう」と先回りをしたり、気分よく過ごしてもらうために喜ばせることをしたりすることは、暴力による身の危険を回避する行動なのです。
つまり、危険を回避するために気配をうかがっている行為と、人の気持ちを汲んだり、思いを寄せたりする行為とはまったく別なものです。
危険察知能力は自らに及び危険を回避するものですから、主語は一人称の“俺は”“俺にとって”ですが、共感性は、相手の気持ちを考えるというものですから主語は二人称の“あなたの”、もしくは、三人称の“あなた方の”ということになります。
したがって、一人称のふるまいなのか、二人称・三人称のふるまいなのかを見極めることができるかどうかが重要です。
 次に、「Ⅲ-1-(3)-④」では、詮索干渉、束縛、監視という「社会的隔離(精神的暴力)」を扱っています。
区別が難しいのが、「詮索干渉、束縛、監視と愛情は違う」ということです。
この違いを見極めるポイントも、先の危険察知能力と共感性に違いが、一人称で考えているものなのか、二人称・三人称で考えているものなのかということです。
 交際当初、退社時間に合わせるように勤務先近くに迎えにきていたり、会社の飲み会、出張するときに送り迎えを買ってでてきたりする行為を、私のことを監視し、詮索干渉・束縛しようとする、不気味で危険な人と認識するか、親切で優しく、思いやりがあって、私のことを気遣ってくれて、大切にしてくれている人と認識するかということです。
例えば、会社の休憩所や営業先などで「よく会いますね」と声をかけられ、話し合うようになったことが交際するきっかけになっているとします。交際後に暴力による支配がない関係であればなにも問題はありません。
しかし、交際後に暴力による支配の関係があるということであれば、話が違ってきます。
なぜなら、出会い、交際そのものが、仕組まれていたと考える必要があるからです。
 したがって、「いまさら過去のことを」と考えるのではなく、家をでたあと、離婚が成立したあとのストーカーリスクを判断するうえで重要な情報であることから、検証は必要不可欠です。
仕組まれていたとは、オトせるかどうか見極めるプロセス(かけひき)を含みます。
例えば、お酒をだす飲食店で、甘いことばで口説き落そうとする行為とまったく同じです。
このときの優しさ、甘いことばは口説き落とそうとする行為として受け流すことができればなにも問題はないわけですが、間に受けてしまうことがあります。
中高校生の恋愛ではなく、大人の女性が「食事でもいっしょに」といわれ、食事をしたら“つき合っている”と認識してしまったりするか、(かけひきのひとつとして)口説き落とせるかを見極めることができているかでは、自ずと結果は違ってきます。
前者のように受け取ってしまいやすいDV被害者は、暴力のある環境で育ち、アタッチメントが損なわれている“見捨てられ不安”を埋めたい(愛着のやり直しをしたいと考える輩(DV加害者)に、簡単に心の隙を突かれ、オトされる可能性が髙いことになります。
つまり、退社時間に合わせるように勤務先近くに迎えにきていたり、会社の飲み会、出張するときに送り迎えを買ってでてきたりする行為を優しいふるまいと認識することは“危ない”のです。
しかも、「出合いは運命だね」と口にし、大きな夢を語ったりしていたら“なお危ない”人物ということになります。
 仕組まれた出会いは、つきまとい・ストーカー行為の延長線上にあると考え、別れ話がでたときには、異常な執着をみせる可能性がでてきます。
この事実認識ができていないと、別れたあとのリスクマネジメントを立てることができなくなります。
さらに、この事実認識ができていない(“ここ”をケアできていない)と、同じやり口で罠にかかり、繰り返し暴力による支配を受ける可能性を残すことになります。
つまり、暴力をふるう相手と別れたあと、再び、暴力をふるう相手とつき合うリスクを残すことになります(つき合う人はいつもダメンズというのも同じです)。
“ここ”のケアに大きくかかわってくるのが、被害者がどういう家庭で育ってきたのか(被害者の成育歴)ということです。
なぜなら、暴力のある環境で育ち、アタッチメントを損なっていると、父親と同じ男性が優しくすること、甘いことばを口にする真意を見極める力を身につけていないからです。


2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/16 「プロローグ(1-4」「第1章(Ⅰ(5-7))」の「改訂2版」を差し替え掲載




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