あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

DV被害支援室poco a poco 庄司薫のコラム

夫から支配のための暴力に晒され続けたDV被害者の歪められた思考の認知。「わかってもらえない」苛立ち、夫から逃れた後も悩まされ、苦しい日々が続く..。

 
 DV防止法8年、まだまだ遅れてる日本の政策 夫からの暴力、DVをエスカレートさせないために..「脅し」を含んだ夫のことばには、まず「ノー」という
 ドイツの哲学・教育家として知られるシュタイナーが、「6歳までは夢の中」と表現するように、大脳が発達した人類は、他の哺乳類と比べると5~6歳までは未熟児状態であるといわれています。そうしたことから考えても、視覚を中心に未発達な幼児期、特に就学前の記憶が不確かなのはあたり前なのです。それは、記憶、つまり、言語野の記憶は、「文字を獲得」してから整理され、繰り返し使う(思いだす)ことによって記憶として定着するのです。しかも、都合のいいように記憶の上塗りをしていきます。
 乳幼児はもちろんですが、ことばを話しはじめたけれども文字を獲得していない「乳幼児期の記憶」は、言語野ではなく「映像」、「香り(匂い)」、「音」として、脳のいろいろなところに勝手に記憶されていきます。楽しく遊んでいるシーンであっても、怖い思いをしたシーンでも、思いだされるその映像シーンに「ことば」はありません。そのため、思いだされる映像シーンには、「なにかいっているみたいだけど」といった表現でしか表せません。それは、「ことばや文字を獲得していない時期の記憶」だからです。それは、あなただけでなく、人は皆そうなのです。しかも、一方の配偶者への暴力のある家庭、DV環境にある家庭で育つ子どもの受けるストレスは、戦争からの帰還兵の抱えるストレスに匹敵するといわれています。そして、DV環境で生まれ、育つことを余儀なくされる子どもたちに一番影響を及ぼすのは、胎児の期間を含めての33ヶ月(~2歳)なのです。それは、ことばや文字を獲得(習得)する前であることを忘れてはいけません。
 子どものころのことをよく覚えているようにみえる人は、「文字を獲得して」から自分が写っている写真を見たり、それを親や兄弟姉妹といった近親者が、「そのときは~だったんだよ」「あのときは~だった」と繰り返し聞かされてきたのです。つまり、近親者の記憶を、新たに自分の記憶に取り込んでいったものに過ぎないのです。しかも最近は、映像として記録されていますから、そこには「自分が何を話している」かも記録されています。その映像に映しだされている姿は、そのときを映しだしていますが、その時の感情を映しだすものではありませんし、その映像に映っていない前後になにがあったのかを示すものでもありません。しかし、その映像に映っている楽しげに笑っている、はしゃいでいる姿がいつもそうであったかのように解釈してしまうのです。それもまた、新たに自分の記憶として、あとになってから取り込んでいったものに過ぎないのです。
 しかし、成長していくにつれて、上塗りされた記憶と心に刻まれた真実の記憶にギャップがあると混乱し、また、思春期を経て、成人となるまでに<本当の自分は違うのではないか>と“居心地の悪さ”を感じる人たちは少なくありません。
 特に、虐待を受けてきた被害者、DV環境で暮らした被害者の多くは、「私は親から愛されて育った」「私は親が大好きだった」と話します。しかし、ヒアリングとカウンセリングを続けるうちに、「なにか違う、でも、表現できない」といった心の中に葛藤がおこりはじめます。
 被害者をサポートする方たちは、このサインを決して逃してはいけません。いや、こうしたサインを見せるようになるまで、辛抱強く支えて欲しいのです。
 人は、人にいえないような辛い体験、耐え難い体験を記憶から消し去り、脳を守ろうとしまう。脳は、辛くて壊れそうになると自己防衛機能が働き、脳を守るために脳をおかしく働かせてしまいます。解離性傷害、多重人格など多くの精神疾患は、脳を守ろうとして脳が傷んだ状態なのです。つまり、乳幼児期、未発達な脳の自己防衛機能が働いた結果なのです。ことばの暴力、性暴力、身体的暴力、ネグレストなどで、脳そのものが“萎縮”というカタチのダメージを受けるのです。一度、萎縮してしまった脳は、取り戻すことはできません
 心が傷ついた人に対して、辛い体験を思いだしたくない、または、覚えていないことを絶対に責めてはいけません。その権利は、誰にもありません。長い年月、心に蓋をしてきたのです。苦しんだ年月に比例し、心の蓋は分厚いものになっていきます。それは、単純に年数の問題ではなく、地震のマグニチュードのように“加重計算”されるように傷つき、心の蓋は深く、重くなっていきます。
 カウンセリングスキルを身につけていない近親者や近しい人たちが、「あなたの苦しみを理解したいから」といって、「“無理やり”こじ開け」ようとしたらいけません。時に、2次被害、3次被害となって、その被害者の“心を殺す暴力”になってしまいかねないのです。しかし、記憶を取り戻せないと心の回復はできないのです。ですから、そのときに備えて、支えなければならないのです。ところが、家をでて、支配のための暴力・DVから逃れ、暴力で傷ついた心のケアに落ち着いてとりくまなければならないときに、離婚調停に臨まなければならないということです。そのため、“なにをされてきたのか”、“どのような状況におかれていたのか”を正しく理解することが「離婚調停までに」必要になってしまうということです。離婚調停までに、正しく理解できていないと、第三者に正しく伝えることができないのです。無理やりこじ開けてはいけないにもかかわらず、離婚調停までにと期限が切られてしまうことが、悩ましいところです。
 しかも、長く夫から支配のための暴力を受け続けていた被害者の育った環境が、(DV環境、虐待環境にあることはもちろんのこと)親にとって“従順ないい子”を演じ続けなければならず、子どもの無邪気さを押し殺し、早く大人になることを求められていたということがあります。このような要素があると、正しく理解していく過程で、自分の子どものころのことを考え、親との関係を思いだし、「私がDV被害にあったのは親のせいだ!」と怒りを親に向けてしまうことがでてきます。相手方(夫)に向けられるべき怒りを、親に向けてしまうのです。そして、「私はAC(アダルト・チルドレン)」と捉えてしまい、期限が迫っている離婚調停に備えなければならないことから目を逸らし、親との関係に終始してしまうことが少なくありません。自身がACを抱えていて、それが、支配のための暴力・DV被害に合う原因のひとつになっているという解釈は、時に正しく、時に正しくないのです。
 正しくないという解釈は、向き合うタイミングが離婚調停を控えた“いま”ではないという意味です。
 夫から支配のための暴力を受け続ける環境、すなわち、DV環境では、あなたは自分の意志を、考えを持つことを許されず、夫と違う意見を口にしてはいけなかったのです。つまり、夫からの暴力によって、被害者は「自分自身を生きる」ことを“奪われ”ています。それは、「わたしというアイデンティティを失う」ということです。そのため、「わたしというアイデンティティを取り戻そう」と、「私はどう生きてきたのか」、「そのころの私はどんなだったのだろうか」と必死に、躍起になっていくのです。そのためのかかわりを、親や近親者に繰り返し求めるのです。当然、乳幼児、思春期までは、親とのかかわりが社会の中心ですから、そこにフォーカスされます。夫からの暴力であなた自身を否定され続け、心がボロボロになり、親のもとに逃げ帰ったあなたは、「助けて」と親の庇護下に入ろうします。
 しかし、あなたが、どうしてそこまで心がボロボロになっているかは、あなたが自分のことばで話さなければ、誰にも伝わりません。ことばで表現できない思いを肉親にわかってもらえないことはとても苦しく、やるせないことです。時に、夫に向けるべき怒りの矛先を親に向け、一方的に責めることがあります。親にとって“従順ないい子”でなければならなかった「被害者と親との関係は不自然」であり、たいがい「ことば(心)のキャッチボールが苦手」です。まったくできていないと、感じることが少なくありません。なぜなら、「人と心を開いて接するということを学んできていない」からです。
 それは、親子がともに、育った環境で分厚い“ペルソナ (仮面)”をつけているからです。分厚い仮面を解き放って、きちんと自分のことばでキャッチボールができるようになるまでには、それ相当の時間が必要になります。親子がお互いに仮面を被って、年輪を重ねてきたように分厚くしてきたのですから、今日、明日、解決できる問題ではないのです。ところが、自分の親は直ぐに期待に応えてくれる、いや、そうでなければいけないと期待してしまうのです。その強い期待感は、返ってあなたを傷つけ、苦しめることになるのです。
 接客をする職業の中には、<源氏名>をもちいることがあります。中でも、性的な接客を職業とするとき、「そのサービスを行うことが辛い、嫌だと感じていたり」、「本当はしたくないけれども、訳があって仕方がない」と自分自身にいいきかせてきたとき、「源氏名を名のることで別人になる」ことができ、“精神の破綻を免れる”ことができるのです。中には、交際相手や夫からから売春をさせられたり、風俗で働くことを強要されることもあります。さらに、「妻を貸しだします」と“他人とのセックス”や“複数プレイ”を強要されることもあります。こうした場合にも、プレイネームという源氏名がつけられることが少なくないわけです。つまり、源氏名は精神の破綻をおこさずに、そのとき、「その場を生き延びる」ため“巧み”につくられたものなのです。と同時に、その耐えがたいツラい時間の記憶は、源氏名を名のっている“もうひとりのわたし”の記憶にバトンタッチさせてしまうことが少なくありません。その結果、源氏名を名のっている時間の記憶が失われていたり、源氏名を名のらなければならなくなるその前後の記憶があやふやになったりします。後になって、こうした状況におかれているとき、幼い子どもとどう過ごしていたのかを思いだせないということが少なくありません。
 親から虐待を受け続ける子どもたち、DV環境にある子どもたち、酷いいじめに合い続ける子どもたちの中には、暴力を受けているのは、いじめを受けているのは「本当のわたしではない」と、“別のもうひとり”を自分でつくりだし、そこに心の救いを、拠り所を求めていくことが少なくありません。それが、解離、そして別人格(多重人格)をつくりだすことになります。これは、精神の破綻を免れる代わりに、別の精神を傷ませる訳です。
成人後であっても、別のもうひとりをつくりだしてしまっている場合、記憶が伴わないその苦しみは深くなります。
 こうした要素が複雑に絡んでくると、なにがあったのかをきちんと話すことが難しくなるのです。たとえ惨たらしい時間の記憶を取り戻したとしても、性暴力、それも他人とのセックスや複数プレイをさせられてきたことを、親や近しい人に話すことはなかなかできるものではありません。親を哀しませるとの思い、親にどう思われるかとの不安感が口を閉ざさせるのです。同じ葛藤は、レイプ(強姦)被害になった女性とその家族にもみられるものです。
 そのため、あなたは親にわかってもらえない苛立ち、どうしていいのかわからない苛立ちをぶつけることになります。あなたの親も、あなたがどうしちゃったのかわからずにうろたえたり、なにがなんだかわからず苛立ったりするだけです。あなたが「わかってもらえない」思いをぶつけ、親は「わかりようがない」思いをぶつけ合うわけです。トゲトゲしく、ケンカ腰になっていきますから、なにもいい関係を生みだしません。あなたが、「私は苦しいの、わかって」という悲鳴ともいえる心の叫び声をあげても、同じコトを体験しない限り、たとえ親であっても「娘や孫にいったい何が起きていたのか」はわからないのです。しかも、娘の夫であるモンスターが、これから何をしてくるかわからない不安感の中で、「腫れ物に触るようにしか接することができない」、「どう接したらいいのかわからない」のです。そうした思い、緊張状態が続くと、だんだんと苛立ちを娘にぶつけてしまうこともおきてしまうのです。信じられないような異常な結婚生活の結末を、双方が受け止め、「お互いが歩み寄るには相当の時間が必要」なのです。
 双方が結果を急ぎ、「いま」に求める中、被害者のみならず、被害者の親へのカウンセリング、心のケアはとても重要になってきます。
 正しく理解しなければならないのは、夫から一方的に否定され、非難され、侮蔑され、卑下され続けてきた被害者は、①「親や近親者の発する何気ないことば」に“過剰な反応(過反応)”を示してしまうことがあるということです。そして、②夫とあなたは、正常ではない支配のためのことばの暴力の中でのやり取りを長くしてきました。そのため、「周りの人の意図することば以外の解釈」を、“(疑心暗鬼、猜疑心の塊になるあまり)無意識に膨らませてしまう”ことがあるということです。その結果、相手の心を知ろうと躍起になり、それが執拗な“詮索”となり、対人関係に支障がおき、軋轢を抱えて、破綻をきたしてしまうことがでてくるのです。
 心が「知らなくては」「知りたい」とエンジンがかかっているので、“語気を強め”て「聴きださずにはおくまい」「正さなければならない」となってしまいやすいのです。しかも、訊きだせずに終わったり、自分の期待する回答がえられなかったりすると、「拒否された」「否定された」と受け取ってしまうのです。その結果、さらに疑心暗鬼になっていきます。
 それもすべて、夫から受けてきた支配のための暴力によって、傷ついた心の「ことば」に対しての“過反応”なのです。同じ屋根のもとで、繰り返し受けてきた支配のための暴力によって、DV被害者の方たちは「慢性反復的トラウマ」を抱え、「C-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)」の症状に悩まされ続ける他に、「ことば」によるトラブルも抱えることが少なくないのです。
 つまり、哀しい現実として受け止めなくてはならないのは、DV被害者のあなたは、夫との“支配的なやり取り”によって、「ことばを受け取るセンサーが壊されてしまっている」ことを理解しなければなりません。多くの被害者は、a)その壊されたセンサーで受け取ったことに対しての問題と、b)アイデンティティの回復の問題と“ごちゃごちゃ”にしてしまうのです。この混乱が、a)DV被害によるものと、b)生育にもとづくものなのか、第三者のサポートを受けずには、整理し、理解することは容易なことではありません。しかも、暴力による「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」、虐待やいじめ、そしてDVによる慢性反復的トラウマによる「C-PTSD」を専門としない精神科や心療内科での受診では、この“ごちゃごちゃ”状態は、「解離性傷害健忘」や「不安障害(パニック障害)」、「統合失調症(精神分裂病)」などと診断をされてしまうことも少なくないのです。
 性暴力被害者の中には、アイデンティティの回復に、幼少期に性暴力があったのか、なかったのかを問う作業から脱けだせずに、「どこにも心のおきようがなくなってしまう」ことがでてきます。被害者の方が、両親、近親者との問題と思っていることもすべて、実は、夫から受け続けてきた惨い行いの結果の“過反応”であることも理解して欲しいのです。それは、夫から受け続けてきた惨い行いから「ことばのセンサーが壊されている(猜疑心でいっぱい。他人を信じるといった基本を破壊されている。だから、親や近親者、友人とのコミュニケーションも一方的になってしまう)」ことを正しく理解して欲しいのです。
 つまり、夫からの支配のための暴力から逃れたあなたが、近しい間柄の関係とのコミュニケーションが一方的になってしまうのも、長く同じ屋根のもとで暮らし、一緒に過ごしてきた夫との威圧的・支配的な会話のやり取りが“そうであった”からです。
 また、夫婦のもとではしばしば、子どもが母親、父親のどちらを好きか、「子どもを“介し”てのパワーゲーム(囚われ)をしている」ことがあります。夫婦のパワーゲームには、必ず“介する”第三者の存在があります。子どもであったり、夫に対してであったり、親や兄弟姉妹であったり、ときには、モノであったり、考え方であったり、必ず“介する”ものがあります。ですから、“介する”ものが何か、何に囚われ、離れられない(別れられない)のか、その“介する”ものを通じて、なぜパワーゲームをしてしまうのかを問い、正しく理解していくプロセスが必要になるのです。
 パワーゲーム(囚われ)の夫ばかりに気が向き、夫を非難してばかりだと問題は解決しないばかりか、問題の本質から離れていってしまうことが少なくありません。モンスターたちの常套手段である「問題のすり替え」状態に、巧みに陥らさせられていくだけだからです。あなたの提起している問題は、当然、話題を巧みにすり替えられてしまう訳です。そうしたことが続くと、あなたの方は思考混乱をおこし、なにがなんだかわからなくなり、さらに、心の置き所を見失ってしまうことになります。
 一方で、長い間、夫からの「問題のすり替え」という“やり取り”をされ続けてきた結果、哀しいことですが、それをあなたも刷り込み、無意識の中で“身につけ”てしまっています。これもまた、あなたの思考の歪み(考え方の癖)」となります。「夫と同じようなやり口、いい方で、夫や子どもに接してしまっている」ことが少なくないのです。夫からの暴力を回避するために、夫と同じいい方で子どもと接していることもあります。こうしたことが、暴力から逃れた後、離婚が成立した後でも、親や近親者ばかりではなく、友人や職場での対人関係においてトラブルを引き起こす要因になっていることが少なくありません。
 いま、あなたにおきている、そして、これから、あなたに起きる問題は、あなたの生育期の問題がないわけではないかも知れません。しかし、夫から支配のための暴力を繰り返し、繰り返し受け続けてきたことの問題だということを正しく理解して欲しいのです。
 そして、「信じていた夫に裏切られた」と多くの被害者の方が表現しますが、「必死に信じようとしてきた」が正しい表現だと思います。必死に夫のことを「信じよう」としなければ、必死に「好きになろう」といいきかせなければ、暴力のある閉ざされた家の中での耐えられない、生きられないのです。古来、戦争後の略奪・レイプ、拉致され、監禁されてきた多くの史実が、それを証明しています。DV被害者のあなたには、拉致・軟禁され続けたのと同じ状態なのだということも理解して欲しいのです。異常な状態の中で、生き延びるためにとってきた思考の歪み(考え方の癖)を、時間をかけて「削ぎ落とし」、時間をかけて「新たに学び直し」をしていって欲しいのです。「あなたを取り戻して」いって欲しいと私は願っています。
 何よりも大人のあなたが翻弄されてしまう支配するための暴力の中で生まれ育つ子どもは、あなた以上にものの捉え方、考え方の認知に歪みを抱えて生きることになります。生まれてからずっと母としての女性を支配する姿を見て、そのやり方を学び、すり込んでいきます。それ以外の方法を学ぶことができないので、他のやり方を身につけることはできません。必要以上に敬われたい父親像に怯えるモンスターたちは、妻子に対し、“威厳”と“権威”をカサにきせようとします。子どもは、そのやり口も学び、すり込んでいきます。ところが、父親の実態は、子どもじみたふるまいが多く、まるで幼子が癇癪をおこし、母親に駄々をこねるのと何ら変わらないわけです。その姿を見続け、物心がつくようになってくると、心の中ではあざ笑い、バカにするようになります。しかし、心の中にある心が凍るほどの恐怖に怯え、ひれ伏し、顔色を伺い、機嫌をとろうと、気に入られようとの生活を強いられています。この生活は、「何をしても報われない」、「やっても無駄だ」と子どもたちに無力感を植えつけ、自尊心を損なっていくのです。自尊心を損なっていくということは、自己肯定ができなくなるということを意味します。しかし一方では、父親が大声で罵倒し威嚇するやり口、「~されたくなければ、いうことをきけ!」と脅すやり口、からかい、ひやかし、はやしたてて侮蔑し(馬鹿にし)、卑下する(見下す)“ことば”をすり込んでいる訳ですから、4~5歳になると、父親そっくりにことばは乱れてきます。母親に対しても、兄弟姉妹に対しても、友人に対しても、教師に対しても、一人称で、一方的なやり方しか使えなくなっていくのです。そのため、周りの子たちから疎んじられ、避けられるようになってきます。
 暴力のある家庭で育つ子どもたちは、自分の気持ちをあらわすことばを親から学び、身につけていないので、怒鳴る、わめく、叩く、噛む、髪をつかむ、ものを投げるといったことでしか気持ちを表現することしかできなくなってしまうのです。しかも、自分の気に入らないことがおきたり、思い通りにならないと癇癪をおこし、感情抑制ができないばかりか、そのときのことを覚えていないことも少なくありません。見逃さないように心掛けたいのは、子どもが「何かのきっかけで、フッとわれに返ったような顔をしたりする」ことはないかです。
 就学前には、「僕(私)は、他の子たちとどこかが違う」という感覚を持つようになります。その意識しているコトを、他の子に指摘されたり、からかわれ、冷やかされると突っかかっていき、いきなり叩いたり、押し倒したりしたりすることもあります。こうした行為は、子どもが情緒不安定になっている証でもあるのです。こうした行為を、ただの乱暴として捉えないで欲しいのです。子どもたちへの心のケアに加え、ものの捉え方、考え方そのものとなる「ことばの歪みの学び直し」の必要性を理解して欲しいのです。
 そのためには、夫の支配のための暴力によって、自尊心をも失うほどに傷ついている母親であるあなた自身の心のケアをして欲しいのです。ものの捉え方、考え方の認知の歪みを正し、自己否定感に苛まれないように自分を認められるように適切なサポートを受けることが、重い十字架を背負い生きなければならない子どもたちに対しての心のケアに欠かせないということを知って欲しいと思います


※ DVの本質は、本来対等であるはずの男女(夫婦間、交際者間)の関係に、上下の関係、支配と従属の関係を成り立たせるためにパワー(力)を行使することですから、”関係性”で理解する必要があるわけです。つまり、「上にたとう(支配しよう)とする者」と「下におかれる(支配され、従属させられる)者」という”関係性”であることから、①カテゴリー[Ⅲ-2]「Ⅰ-3.DVは、夫婦の関係、親子の関係になにをもたらすか(1)-(6)」、②「Ⅲ-2」「Ⅰ-4-(2)デートDVから結婚に至る経緯」に目を通していただければ、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(配偶者暴力防止法、いわゆるDV防止法)」第二条の三にもとづいて作成される「都道府県(市町含む)基本計画」の中で「対象とする暴力として、身体的暴力、性(的)暴力、精神的暴力、経済的暴力がある」との記載が意味するものについて理解を深めていただけると思います。
 そのうえで、本記事のテーマ、相反する拒絶と受容のことばやふるまいを繰り返されることにより思考混乱をおこし、暴力の恐怖により機嫌を損ねないように意に添うようにふるまうなど、暴力に順応することで生活を続けざるをえなくなった、つまり、暴力のある環境で生活を続けること=マインドコントロール下におかれてきたのかを理解していただくには、加害者特性の理解、つまり、DV加害者がどのようにふるまうのかを理解すること、その支配するための暴力により、被害者はどのような“負”の思考パターンに陥っていくことになるのかを理解することが大切です。
 したがって、③カテゴリー[Ⅲ-6」「Ⅳ-24.DV加害者に共通する行動特性」に目を通していただき、その中で説明している「感受性訓練に似通った言動パターン」を頭に入れて、④カテゴリー「Ⅲ-2」「Ⅰ-5.被害者心理。暴力で支配、マインドコントロールされるということ」に目を通していただくことによって、“人との関係性”のいう捉え方でDVを認識することがいかに重要なことなのかを理解していただけると思います。


2011.10/1
2013.4/24 ブログ再構成・再編集にともない掲載場所を移動
2013.5/6 加筆・修正
2016.6/10 ブログ再構成・再編集にともない「※」の記述に加筆



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