あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅲ-4]Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ

21.ACという考え方と人格障害(パーソナリティ障害)

 
 暴力の影響を「事例」で学ぶ。DVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き 20.パラフィリア(性的倒錯・性嗜好障害)
*新版3訂編集中(2017.12.17)

(1) ACという考え方
AC(アダルトチルドレン)とは、生まれ育った家庭で、両親が何らかの事情(アルコール依存や虐待、DV、多忙、病気、親自身がACであることよって、①十分に親としての愛着を行なえなかった場合、②子どもに十分な安心感を与えられなかった場合に、その家庭で育つ子どもに共通してよく見られる、ある一定の生き難さの特徴を持つ人たちについて名づけられた総称です。
病名ではありませんが、アタッチメント(愛着形成)の獲得に問題を抱えている人たちです。
暴力のある家庭で育ったといった幼少期の環境などから「見捨てられ不安」が強く、自己評価が低くなり、結果「認知の歪み」が生じた状態をいいます。
「本当のことをいったら見捨てられる」、「いってやってもらっても駄目」、「自分の問題と人の問題の区別が難しい」などの特徴があります。
ACを抱える人の特徴として、
・人と接するのが苦手で、孤立するようになり、しだいに他人(特に、権威者)が怖くなる
・なにかをするにしても、すぐに承諾、承認を求めてしまう。そうしているうちに、本当は自分が何を望んでいるかわからなくなる
・大きな物音が苦手であったり、人が怒ったり、個人的な指摘、批判をされたりすると怯えてしまう
・なんであれ依存的であり、同じように依存的、強迫的な問題を持つ相手を見つけ、なんとか接触を持とうとする。そうすることで、自分の中にある自暴自棄になりそうな欲求を回避する
・人生を“犠牲者”または“救助者”の目で見ている。人を愛したり、相手と友だちになったりするときにも、そのような弱さに惹きつけられる
・周囲におこることは、すべて自分のせいだと感じる。いき過ぎた責任感を持ちやすい。自分の欠点や自分自身に対する責任に向き合えないことが多く、他人の世話や、他人への心配に没頭してしまう
・人に自分の考え、とくに相手と違う意見をいうことに、恐怖や罪悪感をもってしまう
・自分を駆り立てるものを常に求めている
・愛を哀れみと同一視し、自分が哀れみ、救える人を愛そうとする
・子ども時代に体験した傷みのトラウマにより、感情を抑え込む癖がついてしまっている。思いのままに感じることや、自分の感情を表現することをとても辛いことであると怖れ、ときに抑圧してしまう
・常に自分を厳しく裁き、自己評価がとても低い。その反動として、人より優れた人間になろうとしたり、そのように見せようと必死に努力してしまったりして、やがて苦しくなってしまう
・見捨てられることが非常に怖い。見捨てられないためならば、どんなことでもしようとする
・自分の価値を認められず、自分自身を大切にすることができない。自分にとって必要なものを見極め、適切に判断したり、自分に優しくしたり、セルフケアが難しい(どうしていいのかわからない)
・白か黒か、味方か敵か、二元論的思考をする。ゼロか100かという考え方をし、曖昧さを許容できず、その曖昧な部分にはなんら価値をみいだせない
・親子、友人、恋人など、どの対人関係においても“依存する、される”“支配する、される”という関係の中で生きていることが多い
などがあげられます。
ボーダーライン(境界性人格障害)とは、見捨てられ不安があり、自傷や周囲の人を振り回す行動化のいくつかの特徴にあてはまった場合の分類上の名称であり、「どのようにしてできたか」などの病理の説明とは無関係な単なる分類上の定義に過ぎない診断名であり、治療にはほとんど役に立たないのが現状です。
むしろ実際上は、ACの“見捨てられ不安”と“認知の歪み”によって行動化が激しくなった状態として考え、行動化よりもACの認知の歪みに焦点をあてた治療が有効です。
また、本人に対し、「人格障害」と告知することは、実際上困難であることが多く、ACであれば、本人も比較的了解しやすいのです。
ACとしての理解から、認知(考え方の癖)を主に修正する方向でのカウンセリング(認知行動療法・暴露療法)を導入することが、現実的な人格障害などのケアになるのではないかと思います。

 親が本来の子どもをサポートする機能を果たせなかった家庭で育ったことから、大人になっても自己評価が低く、周囲からの評価(態度や表情など非言語的なものに特に)に左右されて極端に不安になります。
その結果、「表面的にはしっかり者だが、誰にも弱味を見せられず、特に近い相手には一転して依存的となったり、自分からぶち切ってしまったりして人間関係が長続きしない」、「自分の問題と人の問題の区別がつけられない」という認知と行動の歪んだパターンを帰結してしまうのです。
また、痛みや味覚などの知覚が抑えられ、身体感覚全体が実感に乏しくなることが少なくありません。
ACの人が育った家庭の特徴は、「本当のことをいえない」ことです。
恐怖の中で“ことば”にはださず、表情や雰囲気で状況を察して行動することが多くなります。
そのため、大事なことをはっきり言語化することに大きな不安を感じるようになるのです。
ときに、(「消えたい」という)極度の不安から逃れるため、アルコールや薬物、仕事、他者へ尽くす行動、食べ吐きなどの摂食行動、自傷などへの依存となることが少なくありません。
しかし表面上は、依存症がメインとなっています。
他者の「お世話」を懸命にする状況は、一見利他的にみえますが、実際は自分の不安を紛らすはけ口を他者に求めているだけで、「共依存」となり、本当の意味では相手のためにならないことが多いのです。
そして、ACの問題を考えるにあたって重要なことは、親の養育のあり方、つまり、「母親が重い」などと、成人した子どもを過干渉という行為で支配し続けようとする母親、つまり、「毒親」と表現される親と子どもの関係性で捉えることです。
 こうした視点に立つと、ACを抱えるに至る原因は、暴力のある家庭環境で育っていることであり、その原因となる家庭環境を子どもに与え続けた親は、ACを抱える子どもにとって、虐待行為の加害者であることがわかると思います。


(2) どうして、ACになってしまうのか?
ACの本質は、「周囲からの情報の、自分を評価する部分だけを過大に受け取ってしまう」という認知の歪みです。
カウンセリングによって、認知を修正することで大きな回復できると考えられています。
依存行動は別な治療が必要ですが、根本となるACの不安が減少すれば治療はずっとたやすくなります。
大きく分けて、①親からペットのように一見愛されているように見えて、実は「支配」されながら育ったケースを「お人形型AC」、逆に、②暴力的、心理的、ネグレクトなどの虐待によるケースを「虐待型AC」と分類できます。
また、ADHDなどの発達障害を背景にしたACも少なくありません。
典型的なものとして、「父親が母親に暴力をふるうような家庭(DV環境にある家庭)で、母親が精神的に不安定な中で幼少期を過ごした長女」によくみられ、母親の相談役であったり、母親をサポートしたり、母親に代わって父親の依存症に対応したりするなど、親子が逆転した養育者の役割を担う状態がその後も遷延してできあがります。
激しい不安感は、人格障害の「見捨てられ不安」とほぼ同一のもので、診断基準上は自殺企図や周囲をふり回す、他者への依存などの激しい行動化を伴うものは「境界性人格障害(ボーダーライン)」と診断されます。
つまり、「他者からの評価に過剰反応する認知の歪み」、「自分の問題と人の問題の区別ができなくなる」を本体とする認知障害であることが、治療上重要なポイントとなります。

① アルコール依存症の父親を持つ長女
父親は、母親に暴力をふるったり(DV)、アルコール依存症であったりして、無責任で仕事も続かず、経済的にも精神的にも家庭内での父親の役割を果たしていません。気分を損ねると母親にあたり、子どもにあたり、暴力もふるいます。
母親は、そんな父から逃げることもできず、いつも不安で、暴力を怖れ、父親の顔色を伺いながら日々過ごしています。
このような家庭で、まず長女は自分が保護されるべき子どもあることを断念せざるをえなくなります。
それは、子どもらしさや弱い面をだせなく(自分の中にあることすら認められなく)なります。
子どもであることを許されなかった長女は、母親の代わりに弟妹の世話をしたり、母親の相談相手になったり、夫婦の仲介役になったりするのです。
ときには、一家を支える稼ぎ手であったり、父親をアルコール治療の病院に連れて行ったりもするのです。
これらの役割を、本人は母親から頼まれたわけでもなく、暗黙の了解を察するがごとく、「お母さんが大変だから」と自発的に察して行動するようになってしまっているのです。
その際、実際の母親や相手がどう望んでいるかを“ことば”で尋ねたりしません。
母親もそんな娘に甘え、母親本来の役割(子どもたちを連れて逃げるか、母親自身の力で解決するかの決断)から逃げ、娘を母親の聞き役にしたり、夫婦の仲介役にしたり、まるで親子が逆転した保護者の役割を担わせた関係になります。
その結果、この根本問題(離婚・別居するか否か)を曖昧なままにしてしまうのです。
父親が果たしていない家庭を支える役割と、母親が果たしていない子どもを愛する役割をいずれも代行する形で表面上は「しっかり者」、「手のかからない子ども」となるですが、内面では子どものころに親から愛されなかった渇望感をずっと持ち続けるのです。
恋愛相手や配偶者など近い関係になった相手に対し、常に見捨てられる不安を持ち続け、極端に束縛しようとしたり、依存的になったりします。
また、そういう大事な相手の気持ちをはっきり尋ねることができず、表情や態度から憶測して決めつけてしまうことも少なくありません。
その延長上で、自分から関係をぶち切ることも多いのです。
このタイプのACは、脅しや威嚇に極度に反応して不安となり、本人自体もアルコールや薬物依存となることも少なくありません。
そして、交際相手や配偶者に同じような依存的なダメな異性を選び、自ら不幸な経過を辿ることになるのが最も問題であるといえます。

② 母親からの支配
母親が支配的で、人格障害も持つ特性を多く抱えているケースに多くみられます。
例えば、母親の意向と違う主張をしたときに、母親がことばのうえでは認めながら、表情や態度で嫌そうな顔をしたり、ため息をついたりするなど、母親が常にアンビバレント(両価的)な態度をとる場合に、「自分の思い通りにするとお母さんが悲しむ」というパターンを暗に身につけてしまうのです。
これは意識にのぼらないレベルで、「すっきりしない」といった感覚として成長後も残ります。
自己評価が低くなり、自分のためになること、自分の希望する行動すべてに罪悪感を抱くようになるのです。
と同時に、「どっちが本当のお母さんなの?」という根本的な問いが絶えず頭の中にあり、確かめたいと思いつつも、「本当のことを訊いたら、見捨てられる」と怖れます。
「お母さんも大変だから」、「お母さんは忙しいから」といったいい訳を積み重ねているうちに、根本的な疑念は自覚されないようになり(あるいは最初から自覚されないレベルでACになるプロセスが進み)、「本当のことは訊かない」という認知のパターンに慣れてしまいます。
また、同じような状況として、「自分が暴君である父親に反抗すると、母親が板ばさみになって傷つく」ということの結果においても、ほぼ同じタイプのACとなります。
「自分が自分を守る行動」と、「母親を苦しませる」という結果とが両立不可能となり、「母親を苦しませないために自分が悪いと思い込む」とようになってしまうのです。
このタイプのACは、周囲の人のため息や悲しそうな表情に過剰反応して、「自分のせいだ」と罪悪感が起こり、極度に不安となるのです。
常に罪悪感があり、自信がなく、治りにくいうつ病を発症することがあります。
うつ病の発症は、子どものころに、否定と禁止のメッセージを含む言動やふるまいが繰り返される、つまり、暴力のある家庭環境で育ったことが背景になっていることが少なくないのです。
ACになってしまうプロセスの重要なポイントは、「子どもの立場からは選択肢がない」ということです。
親が虐待や感情の捌け口として子どもに八つ当たりしても、子どもの側からはそう考えることはできないのです。
「親が自分を愛していない」ということを、子どもの時点で受け入れることは、子どもの立場からは非常に困難です。
ギリギリの葛藤の中で、子どもは「自分が悪いから、辛い目にあわされる」と考えるようになっていきます。
残酷なことですが、そう考える方が愛されていないことを認めるよりはたやすいからです。
とりあえずそう考えて、「お母さんも苦しいんだ」くらいに自分を誤魔化すことはできても、根本的に「自分は本当に愛されているのだろうか?」という疑問はずっと残り続けることになります。
このことが、見捨てられ不安をずっと抱え込む要因です。
このいいしれない不安感は、「消えたい」というほどに激しく、それから目を逸らすために依存行動(アルコールや薬物、仕事依存、摂食障害、セックス、ギャンブル、人間関係で周囲を振り回すような行動化)に走ったり、逆に、優等生を演じ続けたりするのです。
ここで、重要なのは、「本当のことをみない」という認知の歪みが加わることです。
配偶者でも交際相手でも、肝心な相手が自分を愛しているかということは穏やかには訊けず、返って見る努力をやめ、態度や表情などの不確かな情報から憶測ばかりすることになっていきます。
このような感覚の中での生活は、「生き苦しい」としかいいようがないのです。
つまり、ACは「子どもの立場で選択肢がないことから、自分が悪いと思い込むことで自分は愛されていないということを考えないようにするプロセスの中で生じる」ということになります。


(3) 時に、ACは母親がつくる
たびたび目にする非常に厳しい現実のひとつは、「例え母親が、父親からのDVなどの被害者であっても、その母親の“行動”によって子どもはACになる」ということです。
父親のDVや無関心は、子どもがACになることの必要条件ではあっても十分条件ではないのです。

-事例284(面前DV46・DV環境下、子どもの後遺症56)-
成長した息子が暴君であった父親をいい負かすようになると、父親は母親に八つ当たりすることが続きました。
遂に、母親は、息子に「でて行くようにいった」のです。
この男性は、このことが原因でACになったことがわかかったのです。
この男性は、非常に母親思いで、自分が母親からでるようにいわれたことがショックでしたが、「母親も大変だから」と無理やりに自分を納得させ、その後、生きてきたのです。
「お前が父親をいい負かすことが、私(母親)を苦しめる」ということを母親から告げられたことで、「自分の存在そのものが、母親を思う気持ちと両立しない」ということになり、自己評価は地に落ちてしまったのです。
さらに、「母親に見捨てられたのか?」という問いから逃げ続けたために、その後、ずっとこの問題から目を逸らし、自分を誤魔化して生き続けなければならなくなってしまったのです。
この男性は、カウンセリングを続ける中で「あなたは母親から見捨てられたのではないか?」との直面化を乗り切り、完全にACから回復することができました。
男性の結論は、「改姓、母方親族への養子縁組」でした。

この一連の問題の本質はどこにあるのでしょうか?
「母親が自分の問題から逃げた」ことの結果が、息子のACをつくりました。
もともと母親は父親に対し、「息子に勝てなくて自分に八つ当たりするのはおかしい」とはっきり父親と話し合う必要があったのです。
息子に「でて行け」という前に、その話し合いをしたうえで自分が離婚するかどうかを自分の問題として考えるべきでした。
その問題から目を逸らすために、息子にでて行くようにいってしまったことで、息子は事実上見捨てられたのです。
息子の側から見れば、「離婚しないのだから父親を選び、自分を見切った」と考えざるをえなかったのです。
母親想いの息子であればあるほど、この苦しみはいかほどだったか想像に難くありません。
実際、父親からの虐待のケースでは、母親の上記のような中途半端な態度の結果として、ACの認知の歪みが帰結されることになるケースは少なくないのです。
また、母親に「本当にいいたいことを手紙に書いてみては?」となげかけてみると、「なぜ、子どもを連れて離婚しなかったか?」という問いになっていきます。
DVの被害者でもある母親には非常に酷な事実であるが、母親には、「子どもを連れて離婚する」責任があるのです。
どのような事情があっても、その責任から逃げることはできません。
子どものACの多くは、母親の究極の問題を表面化させなかったり、母親が自分の問題への直面化から逃げたりしたことから、母親の問題を代わって重い十字架を背負わされたと表現するしかない側面があるのです。
上記の男性がだした結論は、「母親が離婚しないなら自分がでる」、「自分を見捨てた母親には伯母さんになってもらう」というものでした。
「これは自分の問題ではない。あなたの問題だ」と母親に問題を投げ返すためにここまでする必要があったのです。


(4) ACと人格障害、そして、ACの破綻
ACの本質は、認知の歪みです。
もともと「AC」は、学問的な定義はなく、診断名とはなりませんが、状態を表現するのには役に立ちます。
学問的な診断基準といっても、結局は典型的な症状特徴をいくつか列挙して、「いくつあてはまれば」と決めただけで、本質的にはただの「名前」、「呼び方」でしかありません。
実際には、女性で、「AC」とよばれる人の多くが、医学的には、「境界性人格障害(ボーダーライン)」と診断されることになります。
それは、ボーダーラインの診断基準が、主に(すべてではありませんが)自殺企図や感情の不安定さ、周囲を振り回す対人関係操作などの「行動化」に重点を絞っているからです。
認知の歪みを持つ人の中で、こういう行動にでる人は、臨床医のもとでは、「ボーダーライン」と診断されることになります。
つまり、「ACは認知の特徴から見た表現であって、ボーダーラインは主に行動の特徴から見た表現」ということになります。
ただし、境界性人格障害の診断基準には、ACの認知の歪みに関する項目も含まれています。
結局、「見捨てられ不安などの認知の歪みをもつ人はACだけれども、その中で激しい行動化を起こす人が部分集合としてボーダーラインと呼ばれる」ということです。
大切なのは、どのような名前で呼ぶかということでなく、いかにケアをし、行動化を抑制(コントロール)できるかということです。
認知を修正するカウンセリングの中では、行動化には「取り合わない」という方針を採るので、実際には「AC」で十分なのです。
行動化を相手にしない結果、治療関係が振り回され混乱することが最小限となり、また、認知の修正という確かな治療目標があることで、治療は確実に、前進することが可能となるのです。
見捨てられ不安が軽減できれば、行動化はおのずと収まってくると考えられます。
ACの認知の歪みは、通常小学校中学年から高学年のときに形成され、思春期や青年期に破綻することが多くなります。
ほとんどは、この破綻をきっかけに治療につながるのです。
例えば、抑うつ、痛み、動悸、ふらつき、下痢や便秘などの身体症状、自傷やボーダーライン様の周囲を振り回す行動化(攻撃的言動、アルコールや薬物依存、恋愛やセックスへの依存など)が主な破綻のかたちです。
ACの子どもは、見捨てられないように周囲の期待に応え続けるので、通常学校でも家庭でも優等生となります。
勉強も家事の手伝い(実際、主婦をこなす子どもいる)もほぼ完璧にこなし、思春期前までは「親にとって都合のいい“従順な子”である」ために深刻な破綻はきたさないのです。
それが、思春期にさし掛かり、「自分の考え」やそれと食い違う「大人の都合」などが少しずつ自覚されてくると、全面的に期待に応えるように振る舞うことが、まず自分の中でどこかおかしいと気づくようになります。
そう感じながらも自分本位に行動することはできず、はっきりと意識できないような方向で、「自分で自分を許せない」という状態となり、不安や抑うつ、自傷や身体症状などがみられるようになるのです。
これを、「思春期破綻型」と考えます。
次に多くみられるのは、受験や就職での失敗、結婚や恋愛などの近い人間関係の中で、離婚などの現実的な破綻を期に、「こうなったのは親のせいだ」と激しい親への攻撃をはじめるケースです。
「親のせい」と激しく攻撃するのが大きな特徴で、自傷したり、暴れたり、ストーカーのようになったりもします。これを、「挫折破綻型」と考えます。

① 思春期破綻型の経過とその意味
思春期破綻型のACは、正常な発達の中で、自我の成長とともにACのスタイルが維持できなくなった事態と考えられます。
「なぜ、自分だけがここまでがまんしなければならないか?」、「自分の意志はどうなるのか?」という素朴な疑問に対し、ACの「本当のことを見ない」認知の歪みが、いわば「ごまかし切れなくなって破綻する」のです。
行動は自傷などの問題行動であっても、周囲に合わせるのではなくて本人自身の思いからあふれでてくるのです。
こうした意味では、これらの問題行動の方が、本人にとっては重要であると考えられます。
ですから、これを頭ごなしに否定してはいけないのです。
自立へ向かう正常な発達の一段階なのです。
それまでがACで、あまりに「親にとって都合のいい従順な子」であったばかりに、中途半端に反抗的にはなれないことから、また、見捨てられ不安が表面化して主に親の愛情を直接試しに行くことから、極端な行動化となってしまうことが多いのです。

② 挫折破綻型の経過とその意味
挫折破綻型では、受験や就職の失敗、特定の相手との結婚や恋愛などの関係が破綻し、うまく行かない事態で、“見捨てられ不安”が急激に激しくなります。
親や相手の自分への愛情を確かめなくていられなくなるのです。
親の愛情を「こんなに頑張ってきたのだから失敗しても(期待に応えられなくても)子どもとして認められたい」と、相手の愛情を「私はこんなに尽くしてきたのに」と、手段を選ばず要求し、自殺企図や暴力、ストーカー的な追及などして、「ここまでしても見捨てないか?」と迫るような行動化(試し行動)として表れます。
では、行動化にどう対応したらいいのでしょうか?
これらの行動化は、「周囲に合わせるのを止め、自分の気持ちに従って行動する」という意味では、自立へ向かう側面があると考えます。
ですから、「やった内容はまずいけれど、やりたいようにやったことはよかったと思う。頑張ったね」とむしろ評価します。
そこから、「あなたの本当に欲しいもの、本当に確かめたいことをはっきりさせて、ことばでひとつひとつ明らかにし、確かめていこう」とカウンセリングを進めていくのです。
言語化できれば、行動化は少しずつ確実に収まっていきます。


(5) ACのカウンセリング、認知の修正
ACの本質は、「自分が悪いと思い込んでいる」、「自分の問題と人の問題の区別がつかない」という認知の歪みで、その修正がカウンセリングの目標となります。
ACには、「ここが、ACの認知の歪みが生じたところだ」というはっきりした原因や状況が特定できることが少なくありません。
①母親の態度やことばであったり、②父親からの虐待の恐怖の場面であったり、③家庭全体の危機の状況であったりいろいろですが、詳細な家計図とアルバムを用いて丹念に過去から生い立ちを振り返ってみると、「この場面だ」という状況がふとしたきっかけで口をついてでてきます。
心が凍るような恐怖の状況では、記憶さえ消されることがあります。
「思いだしなさい」というものなら、おそらくでてこないような体験が、写真を見たり、子どものころに流行っていた音楽を聞いたりするなどの現実的な材料を用いることによって、「そういえば」という感じででてくることがあります。
ここが、認知の修正のチャンス(機会)となります。
重要なのは、過去の感情ではありません。
そのときの状況に関する事実関係の整理なのです。
トラウマ(心的外傷)になっているような感情は、引っ張りだす必要はなく、「そのとき、どうだったか?」という事実関係を、「現在の頭で見直す」という作業をおこなっていくことです。
残酷で、哀しいことですが、ACになる瞬間は、「子どもには選択の余地がない」のです。
「自分は親から愛されていない」という事実を子どものときに受け止められなくて、「自分が悪い」と自分にいいきかせ、また「本当に自分は愛されていないのか?」という根本的な問いから目を逸らし続けるために、「本当のことは見ない」という認知のパターンが生じてしまうのです。
それを、「大人である現在の客観的な立場から見直し、親が悪いところは親が悪い」と認知をリセットできれば、ACは劇的に快方に向かいます。
これが、ACのカウンセリング、ケアのアウトラインとなります。
「いまは、あなたは子どもではありません」、「子どものときには、自分が悪いと思うしかなかったけれど、いまは、あなたは大人で、ちゃんと考える力もあります」、「その目でこれまで振り返ってきた事実を見据えると、あなたの状況は虐待というしかないでしょう」、あるいは、「これは、明らかにお母さんの問題で、あなたの問題ではないですね」となげかけてみて、「私が悪いんじゃなかったんですね」と涙を流すような場面を何度か経ることによって、あるとき、「私は“わたし”ですから」とあたり前にいえるようになります。
これが、ACの回復、認知の修正の完了です。
トラウマがあまりに強く、振り返り自体に抵抗が強い場合、情報を集めた後で、「これはあなたの家庭ではなくて、関係ない人のお家としましょう」と家族関係を視覚的に図示して、その図の上で話を進める手法も有効です。
ときには、トラウマに突っ込んでいく必要はないのです。
ACの本質のひとつに、「本当のことは見ない」という認知の特徴があります。
それは、本当のことを考えると、「自分は愛されていなかったのか?」という子どものころの問いがでてきてしまうので、あらゆる本当のことから目を逸らし続けるしかないという方向で生じてきます。
カウンセリングの場面においても、当然この抵抗は出現します。
これを回避するために、「客観的な事実関係のみを振り返る」という方針の説明と、証拠としてのアルバムを使うという手法が有効になります。
しかし、どうしても抵抗が強い場合、カウンセリング全体を延期するということも当然検討していきます。
例えば、現実の問題に話を戻すとか、問題を考える角度を変えることをおこないながら、直視できる時期を待つことになります。
ACとして治療に取り組んだあとは、行動化には取り合わず、認知に重点置いたケアに徹することです。
行動化に振り回されないというところが、なにより大切なのです。
自傷しようが、OD(大量服薬)しようが方針は一切変更せず、家計図とアルバムの振り返りをおこない、徹頭徹尾「事実関係を客観的に振り返る」ことを続けます。
行動化したときには、淡々と事実関係を聴き、「この薬は死ぬ可能性がある」などの客観的な説明をしておきます。
この過程で、事実関係(親との関係やトラウマとなった体験など)への直面化を進めるうちに、「直視しても大丈夫」と不安が消えていき、問題が明確に自覚され、ついには言語化されるようになると回復は近いと考えます。
実は、このプロセスに立ち会うには、ADHDのスタッフが向いています。
例えば、臨床心理士でも、施設の職員でも、相談員でも、適切な距離にADHDのスタッフがいて、冷静かつ粘り強く話を聴き続けると、ACの認知は修正され、見捨てられ不安は消失し、行動化は治まります。
こうしてAC、ボーダーラインの抱える一部の行動化は抑制することが可能です。
このプロセスに人格障害ということばは不要で、ACで十分なのです。
つまり、最後まで人格障害と呼ばなくても、一部の行動化を抑制することのできる人格障害の人がいるということです。


(6) ACに“共依存”の傾向がみられるとき
共依存(Co-Dependency)とは、養育者によるアタッチメントを獲得できなかった幼少期のトラウマ、つまり、育ってきた家庭内の機能不全状況に適応する(過剰適応)ことによっておこるものです。
自分(わたし)自身の問題に向き合うよりも、身近な人(配偶者、親族、恋人、友人)の問題ばかりに気を向け、その問題の後始末に夢中になります。
身近な人のとらなかった責任を一生懸命に(代わりに)とろうとします。
その結果、現在の困った状況を身近な他人や本人が決意して解決する必要を与えず、困った状況をそのまま続けるはめになったり、あるいはますます困った状況に陥ってしまったりすることになります。
ときに、アルコールや薬物依存、ギャンブル依存、非行や暴力、買い物依存、仕事依存、セックス依存といった絶えない対人関係のトラブルなどを抱えています。
また、DV被害者と加害者の関係性を説明するうえで、弁護士の作成する書面(申立書、答弁書、訴状、陳述書など)の中で「DV環境下における典型的な共依存関係にあった」などと記載していることがありますが、本来対等であるはずの夫婦関係に上下、支配と従属の関係性を成り立たせるためにパワー(暴力)が行使されているときには、その関係性をつくりあげるプロセスにおいて、思考そのものを支配下におくための“試み”がおこなわれていると認識することが必要になります。
つまり、マインドコントロール・洗脳を仕掛ける試み(アプローチ)が駆使されているので、共依存関係と認識するのではなく、マインドコントロール・洗脳下におかれていた*-75と認識することが大切だと考えています。
なぜなら、たとえ、暴力のある環境で育ってきたためにAC(被虐待者としての心の問題)を抱えていたとしても、やはり、共依存そのものに対する治療のアプローチと、暴力のよる恐怖を根底としたマインドコントロール・洗脳下におかれていたことに対する治療のアプローチは異なるからです。
ビア・メロディは、「Facing Love Addiction」の中で、共依存の中核の症状は5つとし、それを核にして16の症状行動(思考・態度)が派生するとしています。
その中核症状(一時的症状)は、以下の5つとなります。
① 適切な高さの自己評価を体験できないという“自己愛の障害(自己肯定感が持ちにくく、自分を愛することができない)”
② 自己と他者の境界設定ができずに、他者に侵入したり、他者の侵入を許したりするという“自己保護の障害(自他の健全な境界線を設けることが難しく、うまく自分を守れない)”
③ 自己に関する現実を適切に認識することが困難であるという“自己同一化の障害(自分の現実を把握するのが下手で、自意識を他者と共有することが難しい)”
④ 自己の欲求を適切に他者に伝えられないという“自己ケアの障害(自分の要求や欲求を上手に人に伝えられない。セルフケアができない)”
⑤ 自己の現実(年齢や状況)に添ってふるまえないという“自己表現の障害(自分の現実を適切に感じとって表現することが苦手。また、さまざまな状況に適応しにくい)”
この「5つの中核症状」を“核”とした「16の症状行動(思考や態度)」は、以下のとおりです。
a) 自らを犠牲にして他人を助けたり、世話したりする
  自分が他人にとって必要になっており、“ありがたがられる”などの報酬を無意識に期待しています。
目先の愛情にとらわれて他人の世話をしますが、大きな目で見ると他人や自分を破滅に導いていることに気がつきません。
例えば、不良息子や飲んだくれ亭主に必死に働いてお金をあげたり(貢いだり)、本人たちの不始末を代わりに謝るなどが該当します。
b) 他人の行動、感情、考え方・状況・結果を変えようとコントロールする
  他人の行動の責任はとるが、自分の行動がどのような結果を招いているかは考えていません。
他人の文句をいったり、他人がどうするべきかを考えてそうなるよう努力はするが、自分がどうすれば本当はよいかは考えたりしません。
c) なにか身の回りに問題や危機がおこっていないと空虚になる
  問題のある人や場所に惹かれやすく、不安定な生活を送りやすくなります。
いざ安定した自分中心の生活と不安定な他人中心の生活の選択をせまられると、「私がいないとあの人は…」、「金銭的に無理」などと“かかわりを断ち切れない”理由をいろいろとならべ、熱中できる問題がたくさんある生活を選びます。
d) 依存心が強く、一人でやっていけるという自信がない
  自尊心・自己評価が低く、自分自身が好きではありません。
一人で過ごしているとひどい虚無感に襲われて、自分を必要としてくれる人を常に求め、“見捨てられる危機感”をふり切れません。
e) 考え方、視野がせまい。社会・地域・自然などへの関心・貢献が薄い
  特定の他人の問題で頭がいっぱいで、友人からも離れ、小さく狭い世界で生活します。
このため、自分と自分の周囲の狭い範囲の人たちが、どんな悲惨な状況なのか気がつかないので、現実をしっかり見つめようとしません。
他人の目や意見を気にして、あるいは自分の本当の気持ちをごまかすために、真実を隠して表面は何でもないようにふるまいます。
悪い面をできるだけ小さく考えようとしてそう表現します。
f) 「No」といえない。“わたし”を中心に話せない
  コミュニケーションの技術に欠け、“わたし”の必要なもの、欲しいものをはっきり要求することができません。
「いいえ」、「できません」とはっきり断わることができません。
他人の問題や他人の愚痴ばかり話し、“わたしは”こう感じて、こう考えるというように自分自身を主にできません。
g) 他人とのバウンダリー(境界)がはっきりしていない
  他人の問題にお節介にも入り込んでしまったり、他人の落ち込むのを見ると、自分も滅入ってしまったり、または人の気分を変えようと必死になったりします。
自分と他人は考え方も感じ方も感情も違う個別の人間であるという自覚が、実はありません。
h) 自分の身体からでるメッセージに気がつかない。感情の適切な表現ができない
  繊細な感情がマヒしてしまっているので、感情の適切な表現ができずに、なんだか変だなと思うときに胸がドキドキしても、それに注目せず無視してしまい、行動を変えることなく同じ間違いを何度も繰り返したりします。
i) 怒りに問題がある
  自分よりも他人のために行動しているのに報われないとなると、怒りや恨みがたまってくるのはあたり前のことだが、自分自身でその怒りを否定するために適切な怒りの表現ができません。
急に爆発させたり、八つ当たりしたり、あるいは怒りを“恐怖”にすり替えて怒りを感じないようにします。
j) 静かに時を待つ、ということを知らない
  いますぐよい結果がでないと気がすまず、せかせか動き回ったり、余計な心配に気をもんだりします。
他人の行動を長い目で見守ることができず、自分がいますぐコントロールしようとします。
しなければならないことで頭がいっぱいになり、様子をみるということができません。
k) 罪の意識によく襲われる
  相手に問題があるのは、自分が何か悪いことをしたかのように思い込み、自分がもう少し努力すれば、また自分の欠点を直せば相手がよくなるだろう、変わるだろうと必死になります。
疲れて相手から離れようと考えると「私がいなければあの人は」、「子どもがかわいそうだ」とひどい罪の意識に囚われます。
l) 物事が極端。ほどほどに、ができない
  黒か白かがはっきりし過ぎたり、自分が正しくて他人がまったく間違っているとか、または反対に全部自分のせいだと思い込んだりしてしまいます。
  いったん何かをやりだすと限度を知らず、または物事を1つも完成させることができずに、途中ですべて投げだしてしまのです。
m) 過去の間違いから学ぶことができない
  相手が問題をおこすと憤慨し嘆くが、少し調子がいいと苦しかったことを忘れて相手を“可哀想な人だから”と弁護したり、本当はとてもよい人だと思ったりしてすぐ許してしまいます。
離れたり、調子がよいときは楽しいことばかり思いだしたり、苦い経験を忘れてしまったりするので再び同じ過ちを繰り返します。
n) 被害者意識にとりつかれている
  相手を救おうとあがき、うまくいかないと相手を責めます。それもうまくいかないと、相手のせいで自分はこんなにみじめだと被害者意識にとりつかれてしまうのです。
被害者の役割を演じ、相手のせいにしていれば自分の選択と行動の結果の責任をとらなくていいという錯覚に陥ります。
o) 自己の確立ができていない
  自分(“わたし”)に自信がないので他人に幸せにしてもらおうと思っていたり、自分の人生の目的や自分はいったい誰なのかがはっきりせず、自分を大切にできなかったりします。
すべての共依存の問題は、ここからはじまっているとされています。
次に、二次的症状(“認知の歪み”によるもの)として、
ア) 自分の都合のいいように、他の人に対して「あなたはこうあるべきだ(こうでなければならない)」といいくるめ、支配しようとする。または、そう思い込む
イ) 健全な境界線を設けて自己を守れなかったことを、人のせいにする
ウ) 他人を自分にとっての神様のよう思ったり、自分が人の神様のようになろうとしたりする。自分と人の関係を上か下かで量ろうとする(One Up or One Down)
エ) アディクションや心身の病気がおきやすくなる
オ) ありのままの自分を他者と分かち合えないために、親密な人間関係が困難になる
などが、指摘されています。
“認知の歪み”とは、簡単にいうと、“考え方の癖”のことで、ある状況で自動的に頭に浮かんでくる適切でない考え方のことをいいます。
そして、認知行動療法(暴露療法)あるいは心理学的にいう“認知の歪み”とは、以下のようなものをさします。
A) 全か無か思考
 ものごとを極端に、“全か無か”“白か黒か”に分けて考えようとする
B) 一般化のしすぎ
  一つか二つかの事実を見て、「すべてこうだ」と思い込む。一度か二度起こったことが、この先も永遠に起こり続けるように思い込む
C) 選択的抽出(心の色眼鏡)
 物事の悪い面ばかりが目につき、他のものは何も見えなくなってしまう
D) マイナス思考
  よいことが見えなくなり、何でもないことやよいことまでも悪いように悪いように考えてしまう
E) レッテル貼り
  “一般化のしすぎ”や“選択的抽出”がより極端になり、ちょっとした失敗体験などをもとにそれが自分の本質であるかのように自らにレッテルを貼ってしまう
F) 独断的推論(心の読み過ぎ)
  わずかな相手の言動から、勝手に相手の心を読み過ぎて、事実とは違う結論を下してしまう
G) 拡大解釈と過小評価
  自分の持ついろんな資質の中で、悪いところや駄目なところをことさら大きく、重大なことのように思う(拡大解釈)。
また、よいところは小さく見積もってしまい、「自分は悪いところだらけだ(過小評価)」と自己否定的になってしまう
H) 感情的決めつけ
  「自分がこう感じているのだから、現実もそうであるに違いない」と思い込む
I) “すべき/せねばならない”思考
  何をするにおいても“こうすべきだ”“こうあらねばならない”と考える思考パターンで、自ら厳しい基準をつくりあげてしまう
J) 自己関連づけ
 身の回りでおきるよくないできごとを何でも自分の責任だと思ってしまう
*-75 「暴力による恐怖を根底としたマインドコントロール・洗脳下におかれる」ことについては、「Ⅰ-8.被害者心理。暴力で支配、マインドコントロールされるということ」において、詳しく説明しています。


(7) 共依存からの回復
共依存から回復するためには、共依存関係にある相手が親や子ども、友人の場合にはしばらく離れた方がいいわけです。
ただし、共依存の関係が、DV加害者(配偶者・交際相手)である場合には、たとえ子どもの親であっても“いっさいのかかわり”を断ち切らなければならなりません。
また、共依存をベースにした他の症状がある場合は、まず、そちらの回復をはからなければなりません。
それがある程度できた時点で、認知行動療法などのカウンセリングによって、以下のような3つプロセスを通じて共依存の回復を扱っていくことになります。
①原因となった、子ども時代のトラウマや育ってきた家庭内の機能不全状況の影響を、認識し、受け入れ、②そのときの感情を、安全な場所と方法で表現します。いまの自分がどう感じているか、子どものときはどう感じていたかを言語化する、そして、③いまも持っている、適切ではない考え方の癖(認知の歪み)を探りだし、あらためていきます。
そして、以下のような5段階を経て回復をはかっていくわけですが、まっすぐに回復が進むわけではありません。
進んでは戻り、また、いくつかの段階が同時に進行することがあったりします。
かなり困難な作業ともいえますが、あきらめずに続ければ、ゆっくりとではあっても回復していきます。
回復には終わりはないとされていますが、人との健全な境界が設けられ、人の問題に巻き込まれることが少なくなれば、少し楽に生きていくことができるようになります。

<回復の5段階>
・幼児期の問題とは、子どものころを振り返った、いまの自分の考え
・大人の症状とは、現在抱えている自分の状態
① 否認
・幼児期の問題..“わたし”は虐待などされていない
・大人の症状..“わたし”は共依存などではない
② 悪者を非難する
・幼児期の問題..“わたし”は虐待されていた。でも、悪いのは両親だ。両親が改善されなければ、“わたし”はよくならない
・大人の症状..“わたし”は共依存だ。でもパートナーに改善がみられる(パートナーとのいっさいのかかわりを断ち切る)までは、“わたし”が回復することなどありえない。
“わたし”の共依存症は全部あなた(親やパートナー)の責任だ。
あなたと関係を持たなければ、共依存症者になることもなかった。健全な人と一緒にいたら、こんなふうにはならなかったはずだ
② 責任
・幼児期の問題..幼児期の体験について養育者の責任をきちんと把握している。幼児期の体験に対する自分の感情も理解している
・大人の症状..自分の共依存は自分に責任がある、その症状を克服することも“わたし”の責任だときちんと理解している
④ サバイバル
・幼児期の問題..自分の過去への強烈な感情を解き放つうちに、幼児期の虐待に対する感情から解放される気持ちを感じるようになった
・大人の症状..機能不全で自滅的な症状を治療し、自分の人生を取り戻すにつれて、力強さや希望を感じはじめている
⑤ 統合
  この段階は、幼児期の問題も大人の症状も同じ
  過去の体験が自分を形成してきたことをいまは理解している。虐待が“わたし”に精神的な道筋を与え、人格や知恵に深みをもたらしてくれたことも理解し、感謝の気持ちを抱いている


(8) 自己正当化型ADHDとAC
本来、アタッチメント獲得に問題(愛着障害)を抱えていると判断されなければならない人たちの中には、「LD(学習障害)」や「ADHD(注意欠陥多動性障害)」、「アスペルガー症候群」など発達障害と判断されている人たちが多く含まれています。
繰り返しになりますが、愛着障害とLDやADHDとの判断が非常に難しいのです。
判断が、なぜ難しいのか?
要因のひとつとして、判断を求められるときの、養育者(親)と子どもとのかかわり方、そして、立ち位置が影響していることがあげられます。
つまり、判断するときに、親が養育にかかわっているか、いないかが、大きく影響を受けるということです。
親の子どもへの不適切なふるまい(暴力・虐待行為)が認められ、児童相談所などの家庭介入がおこなわれているときには愛着障害と判断され、子どものふるまいの原因は親にあると認識されます。
しかし、親が、子どものしつけには厳しくしている(いき過ぎた教育(教育的虐待))と認識していたり、手をかけ過ぎ(過干渉・過保護)ていたりするときには、親に暴力・虐待をふるっているといった自覚がないために、子どものふるまいは子ども自身に原因があるとして、医師や学校に相談したり、治療に訪れることになってしまうので、“なぜ”そういったふるまいをするのかよりも、“どうしたら”そういったふるまいをなくせるのかにフォーカスされることになります。
そのため、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)と判断されてしまいます。
それは、親の子どもへの不適切なかかわりに対してのアプローチが疎かにされてしまうことになります。
「ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)」の子どもにみられる症状や状態は、以下のとおりです。
・朝の支度に時間がかかる。ただ服を着るだけなのに、とんでもなく時間がかかる
・家であろうとファミレスなどでの外食であろうと、まともに食事ができない。座っていられず、兄弟にちょっかいをだし、皆の食事のじゃまをする
・同時に複数の指示を覚えられない。例えば、「隣の部屋に行ってハサミを取ってきなさい」といったとする。隣の部屋に行ったときには、なにをとりに行ったのか忘れている
・しょっちゅう人のじゃまをする
・なにかをすると約束しても、やらずに放ってある。本人は「忘れていた」というが、とうてい信じられないし、イライラさせられる
・なにをするにも手間取る
・プラスの性質がたくさんある。たとえば、エネルギーにあふれている、熱意がある、優しい、目に「なにか特別な」輝きがある、想像力が豊か、直感力がある、粘り強い、決断力がある
・失敗をとりつくろうために、とっさにほらを吹いたり、信じられないような説明をしたりする
・遅刻の常習犯で、ときには約束そのものを忘れてしまう
・授業に集中していないと教師に叱られる。家でも同じように叱られる。
・てきぱき行動するのは不可能に近い
・冒険や危険など、刺激が強いことは何でも好き
・なぜか、急に注意を集中させる。とくに、興味のあることに対しては完全に没頭する
・じっと座っていられない
・教師や親が仰天するようなことを突然口走る。軽率な言動が多い
・目を離せない。十分に注意して見張っていなければならない
・気分にムラがある
・こらえ性がない。待つことができない
・時間感覚がないに等しい。「いま」と「いまでないとき」の二つしかない
以上のように、先に記した高次神経系にトラブルを抱える子ども、愛着障害と診断された子どものみせる特徴と似通っていることがわかります。
つまり、暴力のある家庭で育った子ども、虐待を受けて育った子どもであっても、親が子どもへの暴力を自覚していなかったり、教師や医師が、親が子どもへの暴力の事実を認識できなったりすると、「ADHD」など複数の発達障害と診断されることが少なくないのです。

① 発達障害とADHD
ADHDは、次の3つを中心的な症状とする発達障害です。
a. 不注意(物事に集中することができず、忘れ物が多い)
b. 多動性(落ち着きがなく、じっとしていることができない)
c. 衝動性(思いついた行動を唐突におこなう、順番を待てない)
そして、症状の現れ方や程度にはかなり個人差があり、大きくは次の3つに分類されます。
ⅰ. 混合型(不注意、多動性、衝動性の3つがみられる)
ⅱ. 不注意優勢型
ⅲ. 多動性・衝動性優勢型
ADHDをもつ子どもの場合、実行機能の低下をはじめとする脳の器質的*-76・機能的障害が背景にあると考えられています。
実行機能とは、ア)目の前の状況を把握して認知する力、イ)順序立てて考えをまとめる力、ウ)衝動的に反応して行動せずに熟考する力、エ)現在の状況と過去の記憶を照らし合わせて判断する力、オ)実行に移る前に順序立てる力のことです。
この5つの実行機能が障害されているために、多動性や衝動性、不注意が引き起こされると考えられています。
*-76 器質的障害:胃が炎症をおこしているなどのように、物理的(物質的)に脳に異常が生じている、脳炎、外傷、腫瘍などの障害のことです。
器質的障害は、ほとんどの場合、CT、MRIの検査で確認することができます。
a) 言語発達遅滞
言語コミュニケーションの能力が、年齢に期待されるレベルに達していない状態のことです。
そもそもことばの遅れにはいくつかの原因があり、発達障害や麻痺、難聴、失語症など先天的なものの場合もあれば、時には環境や心理的なものなど、後天的なものが遅れをつくることもあります。
それらのケースとは異なり、言語以外に発達上の問題や原因が特に見当たらず、子どもに周囲への関心やコミュニケーションの意志がしっかりと見られる場合は、「単純言語発達遅滞」、もしくは、「特異的言語発達遅滞」、「発達性言語遅滞」といい、さらに、ことばの理解はほぼ年齢並みにもかかわらず話すことができない、もしくは著しく遅れている「運動型(表出性言語障害)」と、ことばの理解が発達してこないために、話すことも発達してこない「感覚型(受容性言語障害)」に分けられます。
俗にいうことばの遅立ちで、後に追い付く場合もありますが、学童期に「学習障害」へ移行するケースも見られます。
原因はよくわかっていませんが、発達障害と同じように、脳や中枢神経に何らかの問題があるのではないかといわれています。
b) 精神遅滞(Mental Retardation:MR=知的障害)
日常生活を送る上で、知的な面での支障がある障害のことです。原因は多様で、ダウン症や自閉症などの先天的なケースもあれば、疾患や事故によるものもあります。
いずれも、発達途上の18歳未満に遅滞が生じた場合を「精神遅滞(=知的障害)」と呼び、それ以降の事故による障害や認知症などは含まれません。
乳幼児期には首のすわりや寝返り、おすわりをなかなかしないなど、身体的な発達遅滞を伴う場合が多く、健診での早期発見が期待されます。発語が遅い、周囲への関心が乏しい、指示が通りにくい、多動や寡動なども、初期の顕著な症状です。
精神遅滞(知的障害)であると診断をされた場合、申請すれば「療育手帳」が交付され、様々な福祉支援を受けられます。
通常、発達・知能検査 による数値(発達指数=DQ、もしくは知能指数=IQ)が70以下であることが、診断や手帳取得の基準になっていますが、実際にはいわゆるボーダー(知的発達境界域、IQ71-84)でも、学力や日常生活に支障ができることが多いと考えられます。
発症率はおよそ 50人に1人で、その内の85%以上が軽度といわれています。男女比は約1.5:1です。
c) 学習障害(Learning Disorders:LD)
知的には問題がないのに、読む・書く・計算するなど特定の分野において、学習上著しく困難を生じる障害です。
脳の機能に問題のある先天的な障害とされていて、特別な支援が必要です。
発症率はおよそ100に1人、男女比は3-4:1で、ADHDを併発するケースが全体の30%といわれています。
ア) 読字障害
・読みの正確さと理解力についての個別検査での到達度が、年齢に応じて期待されるものより著しく低い
・上記の状態が、読字能力を必要とする勉強や日常の活動を明らかに妨害している
・感覚器の欠陥がある場合、読みの困難は通常それに伴うものよりも過剰である
イ) 書字表出障害
・書字能力についての個別検査での到達度が、年齢に応じて期待されるものよりも、著しく低い
・上記の状態が、書字能力を必要とする勉強や日常の活動(文法的に正しい文章や構成された短い記事を書く等)を明らかに妨害している
・感覚器の欠陥がある場合、書字能力の困難は通常それに伴うものよりも過剰である
ウ) 算数障害
・算数能力についての個別検査での到達度が、年齢に応じて期待されるものよりも、著しく低い
・上記の状態が、算数能力を必要とする勉強や日常の活動を明らかに妨害している
・感覚器の欠陥がある場合、算数能力の困難は通常それに伴うものよりも過剰である
エ) 運動能力障害(発達性協調運動障害)
・運動の協調が必要な日常の活動における能力が、年齢に応じて期待されるものよりも、著しく低い。(発達の過程で、お座り・ハイハイ・一人歩き等に関して、著しい遅れが見られることもある。また、物を落とす、極端な不器用、スポーツが下手、書字が下手等の症状で明らかになることもある。)
・上記の状態が、勉強や日常の活動を明らかに妨害している
・この障害は、一般身体疾患(脳性まひ、片まひ、筋ジストロフィー等)によるものではなく、広汎性発達障害の基準を満たすものでもない
・発達遅滞がある場合、運動の困難は通常それに伴うものよりも過剰である
オ) コミュニケーション障害
ⅰ) 表出性言語障害
・表出性言語発達についての個別検査で得られた得点が、非言語的知的能力及び受容性言語の発達の得点に比べて著しく低い。(語彙が限定的であったり、時制の誤りを頻繁に犯す、単語を思いだすことの困難さ、年齢に応じた適切な長さと複雑さを持つ文章を作ることが苦手であったりする等の症状で明らかになることもある)
・上記の状態が、勉強や日常の活動、又は対人関係を明らかに妨害している
・受容-表出混合性言語障害、又は広汎性発達障害の基準を満たさない
・精神遅滞(=知的障害)や言語-運動又は感覚器の欠陥がある場合、言語の困難はこれらの問題に通常伴うものよりも過剰である
ⅱ) 受容-表出混合性言語障害
・受容性および表出性言語発達についての個別検査で得られた得点が、非言語性知的能力の標準化法で得られたものに比べて著しく低い。(表出性言語障害の症状及び単語、文章、特定の型の単語=例えば空間に関する用語の理解の困難、等の症状がある。)
・上記の状態が、勉強や日常の活動、又は対人関係を明らかに妨害している
・広汎性発達障害の基準を満たさない
・精神遅滞(=知的障害)や言語-運動または感覚器の欠陥がある場合、言語の困難はこれらの問題に通常伴うものよりも過剰である

② 注意欠陥多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorders:ADHD)
集中力が持続しない、不注意、多動などの症状が見られ、集団生活への適応が困難な障害のことです。
原因は多岐にわたりますが、血液検査をするとドーパミンが多量に検出されることから、「脳内のドーパミンが不足するために起こる」との説が現在は有力になっています。
本人の特性に合わせた支援が必要とされます。発症率はおよそ90-60に1人と、決して珍しくない障害です。男女比は4-9:1。
集中力に困難があるため、LDを併発するケースが全体の50%以上に達するといわれています。
DSM-ⅣによるADHD診断基準は、以下の通りです。
A. 次の、ア)かイ)のいずれかに該当する
ア) 不注意を示す以下のような症状が6つ以上あり、それらが少なくとも6ヶ月以上持続し、発達レベルにそぐわない不適応が認めらる
<不注意>
・学業、仕事、またはその他の活動において、綿密に注意することができない。または、不注意によるミス・過ちが目立つ
・課題・仕事または遊びの活動で注意を持続することが難しい。または困難である
・直接話し掛けられたときに、聞いていないようにみえることが多い
・反抗的な行動または指示を理解できないということではないのに、指示に従えず、学業、用事、または職場での業務をやり遂げることができない
・課題や活動を順序立てる事が苦手・困難である
・学校の宿題や課題など、精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいやおこなう
・各種の作業や課題や活動に必要なもの(おもちゃ、教材、鉛筆、本、道具など)をよくなくす
・外からの刺激によって容易に注意をそらされる
イ) 多動性ならびに衝動性を示す以下のような症状が6つ以上あり、それが6ヶ月以上持続し、発達レベルにそぐわない不適応が認められる
<多動性>
・よく手足をそわそわと動かし、または椅子に座っているときにもじもじする
・教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れることが多い
・不適切な状況(おとなしくしていなければいけない状況など)で、余計に走り回ったり高い所へ上がったりする(青年または成人では落ち着かないように感じられるだけのときもある)
・静かに遊んだり余暇活動につくことができなかったりする
・“じっとしていない(動き回る)”、または“まるでエンジンで動かされているように”行動することが多い
・しばしばしゃべりすぎる(おしゃべりが目立つ)
<衝動性>
・質問が終わる前に出し抜けに応えたりする
・順番を待つ事が困難・苦手である
・人の邪魔をしたり、介入したりする傾向がある(人の会話やゲームに割り込むなど)
B.多動性-衝動性または不注意の症状のいくつかが7歳未満に存在し、障害を引き起こしている
C.これらの症状による障害が2つ以上の状況において(例えば、学校〔または仕事〕と家庭)存在する
D.社会的、学業的または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在する明確な証拠が存在しなければならない
E.その症状は広汎性発達障害、精神分裂病、またはその他の精神病性障害の経過中のみ起こるものではなく、他の精神疾患(例えば、気分障害、不安障害、解離性障害、または人格障害)ではうまく説明されない
不注意とは、物事に集中することができず、忘れ物が多いことに表れます。ADHDの子どもは、同年代の子どもに比べ、注意力や集中力が持続しないのが第一の特徴です。
特に興味のないものに対して、長く注意を向けたり集中したりするのが苦手です。
また、人と話をしている最中や勉強をしているときでも、周囲でちょっとした動きや物音がすると、そちらに意識が向いてしまったりします。
そのため、忘れ物やケアレスミスが多く、宿題をやりとげられないこともあります。
多動性とは落ち着きがなく、じっとしていられないことです。
ADHDの子どもは、授業中でもじっと席に座っていることが苦手です。他の子どもたちが皆、席についても、また先生が「席につきなさい」と指示を出しても聞かず、歩きまわったりします。
多動には「移動性多動」と「非移動性多動」がありますが、上記のケースは移動性多動です。非移動性多動の場合は、席を立つことはしませんが、ひっきりなしに体を動かしたり、物をいじったりして授業に集中できません。
成長するにつれて、移動性多動から非移動性多動へと移行していくのが通例です。
衝動性とは、結果を考えずに突飛な行動のことです。
ADHDの子どもは、衝動的な反応を抑えることが苦手です。そのため、何かを思いついたり気になったりすると、結果を考えずに即座に行動してしまうことがあります。
例えば、質問を聞かないで話しはじめたり、通りの向こう側に気になるものが見えたら、安全を確認せずに飛びだしたりします。
また、自分の順番が来るまで静かに並んで待てないことがあるのも、ADHDの子どもの特徴です。
そして、ADHDは、「混合型(ADHD)」、「不注意優勢型(ADD)」、「多動性・衝動性優勢型」と診断されます。
混合型(ADHD)とは過去6ヶ月間、上記DSM-Ⅳのア)不注意とイ)多動・衝動性の基準をともに満たしている場合で、不注意優勢型(ADD)とは、過去6ヶ月間、基準A1を満たすが基準A2を満たさない場合(多動のないADD)です。
多動性・衝動性優勢型とは、過去6ヶ月間、基準A2を満たすが基準A1を満たさない場合です。
このタイプの半数は小学1年以下で、学校生活がはじまる時期に不注意のあることがわかっています。彼らの多くは、混合型の診断基準を満たします。
ADHDの治療は治すことを目指すのではなく、病気をもっていても普通の子どもと同じように日常生活、社会生活を送ることができるようになることを目標とすることが大切です。
あきらめずに根気よくケアにとり組めば、症状をコントロールでき、他の子どもたちと同じように日常生活、社会生活がおくれるようになります。
その積み重ねで、本人の成長とともに病気が治る可能性があると理解することが大切です。
治療においては、いかに有効な治療プログラムを組むかが重要なカギとなってきますが、子どもと家族、医師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、担任教師や養護教諭などの学校関係者、福祉行政担当者等、治療に携わるさまざまな人たちが連携して取り組む必要があります。
一般にADHD/ADDは単一の障害として治療されていますが、ADHD/ADDには異なる6つのタイプがあり、それぞれ治療法も違います。
治療法(主に薬の処方)があわなければ、逆に症状が悪化するケースもでてきます。
多くの場合、ADHD/ADDの診断の基準になるのは表に現れた症状であり、脳の機能に対し、注目されることはめったにありません。
典型的なADHD/ADD患者の場合、何かに集中しようとすると注意力の持続や短期間の記憶、予測をつかさどる脳の領域の活動が低下します。リタリンのような興奮剤は、この領域に刺激を与えるとされていますが、ADHD/ADD患者の中には、興奮剤が効かないケースもあります。
ダニエル・G・エイメン博士の研究の結果、こうした患者は、脳の活動パターンに違いが見られることがわかってきました。ADHD/ADDは多面的な疾患であり、適切な治療をすれば効果があると考えられ、以下の6種類に分類されます。
・タイプ1 標準型
  一次的症状(注意力の散漫や支離滅裂な行動)に加え、多動性、情動不安、衝動性がみられます。
早期に発見されることが多く、興奮剤(リタリン)による治療が最善されています。高タンパク質食品による食事療法も効果があります。
・タイプ2 注意散漫型
  一次的症状に加え、身体的・情緒的活力に乏しく、大人になってから初めて診断されます。男性より女性に多く、「怠け者」や「変人」のレッテルを張られることが少なくありません。
治療には、興奮剤(リタリン)と高タンパクの食事が効果的です。
・タイプ3 過剰集中型
  一次的症状に加え、認識能力が硬直的で、関心の対象が1つに集中してしまう。思考・行動ともに消極的で、不安や恨みをかかえ理屈っぽい。近親者に依存症や強迫的傾向のある人がいる場合も少なくありません。
このタイプの患者に興奮剤だけを処方すると、自分の抱える問題しか考えられなくなります。そのため、抗鬱剤と興奮剤、高炭水化物食品による食事療法を組み合わせた治療をおこないます。
・タイプ4 側頭葉型
  一次的症状に加え、短気、周期的な不安、記憶障害や読字障害などの症状があります。頭部外傷の経歴のほか、近親者に学習障害や情緒障害の傾向があるケースもみられます。
興奮剤だけの処方では、かえってイライラが増します。抗けいれん剤や高タンパク食を組み合わせた治療が効果的であるとされています。
・タイプ5 大脳辺縁系型
  一次的症状に加え、軽い憂鬱、活力の低下、低い自尊心、イライラ、孤立、食欲減退、睡眠障害が見られます。
興奮剤だけでは、情緒不安やイライラを助長してしまうので、抗鬱剤とともに、丹田呼吸法(吐いて吸うことに集中)を含む反復リズム運動(エアロビクス)、バランスのよい食事を勧めます。
・タイプ6 「炎の輪」型
  一次的症状に加え、極端な情緒不安定、かんしゃく、柔軟性の欠如、短絡的思考、過度のおしゃべりがみられ、音と光に敏感に反応します。脳の画像には、過剰な活動を示すリングが見られます。
興奮剤は症状を悪化させるだけなので、抗けいれん剤にプロザックなどの抗鬱剤や向精神薬を組み合わせて処方が効果的とされています。丹田呼吸法を含む反復リズム運動(エアロビクス)も効果があります。

③ 行為障害と反抗性障害のDSM-Ⅳ診断基準
思春期・青年期に入る子どもたちは、うっとうしい生活に苛立ち、むかつき、退屈し、あきらめ、そして、日常からの脱出を願っています。
退屈からの逃避で、退屈を紛らわし、退屈を埋め合わせる刺激は、次第に過激になっていきます。
その刺激によって、退屈が紛れなくなると、暴力と破壊に向かいます。
次に掲げる「行為障害(conduct disorder)」の条件(診断基準)は、いまや思春期・青年期の子どもたちにとって極めて日常的、経験的なものになってきています。
しかし、親(祖父母含む)、兄弟から何らかの暴力行為を受けている(日常的に両親間のDVを目撃している)児童が10-8人に1人ということを考えると、決して異常なことではないともいえます。
また、思春期にみられる「行為障害」は、その傾向が、青年期を経て酷くなると、「反社会性人格障害(サイコパス)」に進展していくことから、暴力連鎖として、DV・虐待行為を引き継いだ大人たちの多くに下記の条件があてはまります。
a) 行為障害(conduct disorder)のDSM-Ⅳ診断基準
精神疾患の『心理的・生物学的・環境的な原因』を問わない現在のDSM-Ⅳの診断マニュアルでは、行為障害(conduct disorder)の診断基準は以下のようになっています。
A.他者の基本的人権、または、年齢相応の主要な社会規範または規則を侵害することが反復し持続する行動様式で、以下の基準の3つ(またはそれ以上)が過去12ヶ月の間に存在し、基準の少なくとも1つは過去6ヶ月の間に存在したことが明らかである
[人や動物に対する攻撃性]
・しばしば他人をいじめ、脅迫し、威嚇する
・しばしば取っ組み合いの喧嘩をはじめる
・他人に重大な身体的危害を与えるような武器を使用したことがある(例えば、バット、煉瓦、割れたビン、ナイフ、銃)
・人に対して身体的に残酷であったことがある
・動物に対して身体的に残酷であったことがある
・被害者に面と向かっておこなう盗みをしたことがある(例えば、背後から襲う強盗、ひったくり、強奪、武器を使っての強盗)
・性行為を強制したことがある
[所有物の破壊]
・重大な損害を与えるために故意に放火したことがある
・故意に他人の所有物を破壊したことがある(放火による以外で)
[嘘をつくことや窃盗]
・他人の住居、建造物または車に進入したことがある
・物や好意を得たり、または義務をのがれるために、しばしば嘘をついたりする(即ち、他人をだます)
・被害者と面と向かうことなく、多少価値のある物品を盗んだことがある(例えば、万引き。但し、破壊や侵入のないもの、偽造)
[重大な規則違反]
・13歳未満ではじまり、親の禁止にもかかわらず、しばしば夜遅く外出する
・親または親代わりの人の家に住み、一晩中、家を空けたことが少なくとも2回あった(または、長期にわたって家に帰らないことが1回あった)
・13歳未満からはじまり、しばしば学校を怠ける
B.この行動の障害が社会的、学業的、または職業的機能に臨床的に著しい障害を引き起こしている
C.患者が18歳以上の場合、「反社会的人格障害」の基準をみたさない
b) 反抗挑戦性障害のDSM-Ⅳ診断基準
 行為障害には至らないけれども、反権威的な挑発行為(学校教育・親子関係への不適応行為)を頻繁におこなう「反抗挑戦性障害」の診断基準です。
A.少なくとも6ヶ月持続する拒絶的、反抗的、挑戦的な行動様式で以下のうち4つ(またはそれ以上)が存在する
・しばしばかんしゃくを起こす
・しばしば大人と口論する
・しばしば大人の要求、または規則に従うことを積極的に反抗または拒否する
・しばしば故意に他人をいらだたせる
・しばしば自分の失敗、不作法な振舞いを他人のせいにする
・しばしば神経過敏、または、他人からいらいらさせられやすい
・しばしば怒り、腹をたてる
・しばしば意地悪で、執念深い
B.その行動上の障害は、社会的、学業的、または職業的機能に臨床的に著しい障害を引き起こしている
C.その行動上の障害は、精神病性障害または気分障害の経過中にのみ起こるものではない
D.行為障害の基準を満たさず、また患者が18歳以上の場合、反社会性人格障害の基準も満たさない

④ 発達障害“適応”の基本原則
発達障害はどこまで適応することができ、またどこまで適応するべきなのか?
発達障害を抱える多くの人たちは、「普通になろう」、「社会(多数派)に適応しよう」と多大な努力をしています。
そして、抑うつやイライラ、強迫症状、解離などの精神症状、頭痛や吐き気、下痢などの身体症状に悩まされ、「病気」として心療内科を受診することが少なくありません。
また、一部の人はギャンブルやアルコール依存、大量服薬などの二次的な行動の問題も抱えます。
「これほど苦しんで社会に適応しようとしているのに」という苛立ちや、自分が納得できる生き方ができないための抑うつが背景にあり、発達障害自体の問題よりもこの結果としての苛立ちや抑うつのほうが重大な問題になっているといわれています。
発達障害は、多数派に合わせきることができません。
基本的には、自分が納得するように生きるしかなく、多数派に合わせれば合わせるほど、自分自身にストレスを抱えさせることになります。
そのため、かえってイライラして攻撃的になったり、抑うつになったり、強迫症状や視線恐怖、時には解離などの病的な症状をひきおこし、結果として、さらに不適応となったり、周囲にトラブルをひきおこすことも少なくありません。
したがって、「発達障害は、多数派に合わせることを考えないで、自分が納得することを最優先にする」ことが、一番周囲に与えるマイナス面が少なくなります。
多数派に合わせるために払った犠牲のためのツケのほうが、合わせられた効果に比べてはるかに大きくなるのです。

<発達障害“適応”の基本原則>
a) 学童期は周囲の理解や協力と、服薬や「空間の分離」等の環境調整により、「本人はできるだけがまんさせないで周囲とのトラブルをおこさないようにする」ことで二次障害を予防します。
それとともに、思春期以降の適応に備えて、「合理的な思考を身につけさせる」ことに最も重点をおきます。合理的に本人に周囲を理解させることは求めるわけですが、「実際に適応する」という結果は要求しないことが大切です。
  そのためには、極端には登校しない、ひきこもりという選択肢も考えなければならないのです。
b) 思春期から、本人に自らの発達障害についてきちんと説明し、本人が主体的に自分と多数派の違いについて理解して多数派を観察し、合理的な状況分析ができるようにトレーニングします。
c) 成人期には、「自分が納得するように生きる」という基本的な発達障害のスタンスを守りつつ、多数派の観察から得られた状況分析の合理的な結果から、本人が社会の中で希望することと、そのために必要な妥協のバランス、およびその妥協の結果として起こるストレスまで総合的に考えて、合理的に自分自身でどこまで社会(多数派)に適応するかの自分なりのスタイルを確立します。
  発達障害を疑う特徴があると判断した場合、次のステップに進む前に、脳の働きのマイノリティであることをどう考えるかについてまず考え、自分なりに結論をだすことが必要です。
例えば、「治らない脳の働きのマイノリティー(少数派)である」ことがわかったとしても、その場合は、その結論(「自分は普通でない」こと)を率直に受け入れる覚悟を固めなければなりません。
それができない場合は、直ぐに自己診断を停止し、再びその後の時間の経過の中で、覚悟ができるようになってからもう一度自己診断に戻ります。
「普通でない」ことを認めるのは、誰であっても抵抗があるものです。
自己診断の場合、いつでも逃げられるので、その抵抗があるままで中途半端にステップを進めても効果はありません(自分は違うと思いたければどこでも否定は簡単です)。
むしろ自分なりに診断を確定するところへ進む前に、「確定する時期ではなかった」という形で問題を保留にできれば、その後の人生の中でどうしても結論をださなければならない状況になったときに、迅速に自己診断に復帰できます。
「否認」と呼ばれる非生産的な道筋に入ることを、回避するための「積極的な先延ばし」と考えることが有効なこともあります。

⑤ ASグループとADHDグループの分類と判断のあり方
さて、脳の働きの少数派であることを直視する構えができたら、あとは、「自分の脳の働きの具体的な特徴を冷静に理解する」というプロセスに入ります。
AS(アスペルガー症候群)は「積極奇異型」、「孤立型」、「受動型」の3つのタイプ、ADHDは「思い込み型」、「ADHDのAC」、「合理型」、「自己正当化型」、「自己正当化型ADHDのAC」の5つのタイプに分類できます。
最初に、「人への愛着・執着の有無」によって、ADHDグループとASグループをわけます。
ASの最も不思議なところは、「愛着・執着の対象である人と、そうでない人への態度の極端な変化」が見られることです。
しかも、その愛着・執着は、自閉症としてのほとんどのこだわりよりも優先します。
それに対して、ADHDは、家族にも他人にも平等で常に無差別な1対1の関係で接します。
ADHDは人に執着しません。
よくいえば、「相手の人格や判断を尊重する」、悪くいえば「他人はどうでもいい」ということになります。
例えば、「学校などでは緘黙のように大人しいのに、母親に対しては命令するような自己中心的な態度を示す」、「予定の急な変更など他の人なら到底合わせられない事態にも、相手が愛着の対象なら文句ひとついわずに全面服従もできる」、「自分の子どもでも、極端にかわいがる子どもと疎遠にする子どもで差別する」ということがASの人には見られます。
このような相手によって(極端に)変化することがあるのがASグループで、そうでない無差別な(人に執着しない)のがADHDグループです。
a) ASグループのタイプ分け
 「愛着・執着の有無」で“愛着あり”となった人はASグループです。この時点で、「特定の愛着の対象だけに極端に態度が変わる」人が残っています。
さらに、ASにもいろいろあり、下記の自閉症の3分類で説明するとわかりやすくなります。
A. 積極奇異型 人の中に積極的にでて「仕切りたい」AS
B. 受動型    相手中心で常に受身で行動するAS
C. 孤立型    自閉傾向が強く孤立へ向かうAS
分類は、次のようにおこないます。
ア) 学童時などに、「学校と家で態度がまったく違う」といわれていたり、ASの中ではADHDのように、「相手中心で場当たり的で優柔不断」と見られたりする人は、まず「受動型」に分類されます。
この中には、自閉傾向が弱く、外見上ほとんど発達障害に見られない人も含まれます。
イ)残った人は、「後悔するならはじめからするな」という非常に首尾一貫性を重んじる人が多くなります。
その中で、どんなに不適応になっても社会にでていこうとする人が「積極奇異型」です。自閉が強く、ひきこもりがちになる人が「孤立型」となります。
  積極奇異型と孤立型はよく似ています。
例えば、積極奇異型の人で、「社会で不適応」をおこし、二次障害として「強迫症状」や「視線恐怖」、「聴覚過敏」の悪化などがあり、その結果、「ひきこもり」がちになった人は、表面上分類が難しくなります。
その場合、「社会にでていきたい」、「自分が中心になって注目されたい」、「仕切りたい」という“人への衝動”が強いかどうかを細かく見極めます。
それが、どうしようもなく強ければ積極奇異型、あるのはあるが自閉的な生き方を選択する場合は孤立型となります。
b) ADHDグループのタイプ分類
ADHDグループのタイプは、「思い込み型ADHD」、「ADHDのAC」、「合理的なADHD」、「自己正当化型ADHD」、「自己正当化型ADHDのAC」と5つに分類します。
ここで残った「人への執着や愛着がない」ADHDグループの中で、まず「人から指摘されたことが(自分にどんなに不利なことでも)本当のことなら認めるしかない」とあっさり認められる人は、「合理的なADHD」と「思い込み型ADHD」です。
これに対して、不利なことに限って抵抗があり、特有の先延ばし、逆ギレや否認をする人は「自己正当化型ADHD」、極端に落ち込む人は「ADHDのAC」と分類されます。
特に、逆ギレして相手を責めるタイプは「自己正当化型ADHD」で、ときにモラルハラスメント、DVの加害者となることがあります。
「自己正当化型ADHDのAC」は、正面切って逆ギレはしませんが、間接的に別の人に自分がいかにひどくいわれたかをずっといい続けたりします。
ア) ADHDのAC
ADHDグループには、「人を必要としない」の他、「移り気で刺激を求める」、「(まだ使えるから)物を捨てられない」、「いろいろな作業を同時進行でいくつも進めてどれも終わらない」、「納得しないと行動しない」、「臨機応変で場当たり的」、「ことばを真に受ける」などの特徴がある人が残っています。
ただし、ASのときと同様に、「二次障害として、痛い目にあったから自分で多数派に合わせるようになった」ということを考える必要があります。
こういう場合は、上記の“ADHDらしさ”は一見目立たなくなります。これを、「ADHDのAC」と捉えます。
「ADHDのAC」とは、「自分は駄目だから多数派に合わせるしかないと思い込んだADHD」のことで、ADHDとしての不適応の中で、小さいことから叱られたり、いじめられたりして自分で修正しようとしてきた人たちです。
しかし、子どものころの修正は、「ただ自分が悪いからと思い込む」ことになってしまうことから、自分自身を裏切り、発達障害として「自分が納得する」という一番大事なことを犠牲にして生きることになってしまいます。
その結果、「うつ状態」になったり、頭痛や吐き気などの身体症状、強迫症状、ときには解離(多重人格)までのいろいろな形で病気になったりする人が多くなります。
AC(アダルト・チルドレン)として表面上多数派に合わせているので、上記のような典型的なADHDらしさはみられませんが、特に、5歳以前のエピソードを辿ってみるとADHDだとよくわかります。
一見、「受動型AS」との区別が難しくみえますが、“人への愛着”に戻ってみると、鑑別が可能になります。
イ) 思い込み型ADHD
「思い込み型ADHD」は、ASの受動型に似ています。
「何でもいわれたことを本気にする」というADHDの思い込みの部分が極端に目立ち、通常ならASになるような状況の中でも「自分は納得していました」といえてしまう人々です。
黙々と割に合わない役割でもこなし、「これは自分の役割」と信じて不満にもなることもありません。
ただし、現実の経過の中でその役割がなくなると「自分がない」という風に感じることがあります。
その場合、自己診断が必要となることがあります。
それ以外は、基本的に納得しているので問題にさえ感じません。
ウ) 自己正当化型ADHD
「自己正当化型のADHD」は、自分では「自分があたり前」、「自分のほうが正しい」と思っていることが少なくありません。
「少数派」という認識自体が困難で、また自分に不利なことは認めないため、自己診断を必要とすることは少ないのですが、ADHDについての分類を説明するのにどうしても必要になってきます。
「人に執着しない」ことなど、他の特徴はADHDそのものですが、小さいときから自分が中心で、人より優位に立つことを求め、逆に、自分が不利なことを認めることが難しいADHDの一群があり、自己評価が下がらない特徴のみアスペルガー症候群に似ています。
表面的な学歴や極端なブルーカラーへの偏見などを、相手が従うまで延々といい続けたりします。
人のことでは合理的な考え方ができますが、自分のことは客観的に考えることが難しく、自分を正当化しようと無理やりのいい訳ばかりするのが特徴です。
そのため、パワーハラスメントやDVの加害者としてよく現れるのがこのタイプです。
エ) 自己正当化型ADHDのAC
この「自己正当化型ADHD」が、さらに、押さえつけられての二次障害で「自己正当化型ADHDのAC」となることがあります。
依存的で被害的、「人から痛めつけられているからと人を悪くいって自分に注目してもらおうとする」といった特徴がみられます。
思い込みが激しく、人の誠意を試そうとしたりしますが、基本的には自分を評価するかどうかだけに関心があり、相手は誰でもよいのです。

⑥ 親に押さえつけられ、二次障害としての自己正当化型ADHDとAC
a) 自己正当化型ADHDのAC
「自己正当化型ADHDのAC」も自己診断を必要とすることはほとんどありませんが、周囲の人が困るタイプです。
ア) 自己正当化型ADHDの特徴は、「衝動コントロールの障害」である
自己正当化型障害の本質は、「がまん」ができないことです。
2歳から3歳にかけて多くが習得する「衝動コントロール」の部分が失調し、制限されなければ「まったくがまんしない」状態が自然となっています。
本来、「自分の衝動が100パーセント実現するのが当然のあり方」であり、極めて自己中心的かつ誇大的な認知と思考を特徴とします。
実際には、そのまま衝動のままに成長することは不可能ですから、環境に応じて後述のようにさまざまなスタイルへ特化して行きます。
そのため、成人時点での現れ方は、表面上一つのグループに括ることが困難なほどに多様となっていきます。
イ) ASとの根本的な違いは、基本的な「他者への無関心さ」である
自己正当化型ADHDを一括りに、一覧表的な症状で表すのは上記の多様性のために難しいことになります。
しかし、ASと区別される根本的な共通点は、「他者への無関心」だということです。
ASは、根本的に「他者を無視できない」、「他者との近さ」を特徴としていて、他者との関わりが根本的に重要です。
ADHDは基本的に単独で孤立した自己認識を特徴とし、基本的には「他人はどうでもいい」という認知と思考です。
自己正当化型ADHD場合、他者は本質的には「自分の利益のための利用対象」でしかありません。
二次的に獲得したスタイル、つまり、「言語的に理解してくれる相手」、「競争して勝つための相手」、「競争相手から遠ざけて、自分が独占できる相手」、「(利用に限りなく近い)依存対象」、「AC的に自己評価が下がると強迫的に合わせるべき多数派の見本」などのスタイルで、結果として、「他人の目を気にする」ことになる場合でも、ASの身体感覚的な対人被影響性および距離を置けない関係のあり方とは根本的に異なります。
つまり、「自分の都合のための他者でしかない」ということです。
例えば、子どもの場合、「競争相手がいれば母親を独占したがりますが、自分だけのときはそれほど母親に執着しない」などがあげられます。
関心がないという一方で、「言語的に表面的にほめられる」ことには極端に反応します。
露骨なお世辞でも見抜けず、成人でもおだてられ、簡単にだまされたりします。
子どもでは、「列の前の数名を見て泣かないとほめられるから予防接種でも泣かない」という行動がよく見られます。
ASは、逆に「人を利用するのは悪いこと」ですから、他者との関係には対面した身体的な情報を伴う情緒的な交流を必ず求めます。
そういった点で、自己正当化型ADHDとは対照的なのです。
ウ) 対人関係において「状況理解の非対称性」を特徴とする
自己正当化型ADHDの中には、「空気を読む」能力、周囲の人の表情や口ぶりなどの非言語的な情報から感情などを読み取る状況察知能力の非常に高いグループもいます。
しかし、このグループでさえ、「自分の有利不利は直感的に非常に敏感に察知できても、逆に、自分の行動が他者に与える影響についてはほとんど読めない」という状況理解能力の非対称性がみられます。
したがって、自己正当化型ADHDには、a)「自分の有利不利だけは非常に鋭く察知できるのに、自分の行動の結果については空気が読めないで失敗する」グループと、b)「自分に向けられた遠回しな表現などの状況理解もできず、同様に、自分の行動の結果も読めない」グループがあります。
この状況察知能力は、「動作性IQ」に相関するだろうと推察されています。
WAIS(ウェクスラー成人知能技能検査)などの下位項目では、「配列」と「理解」だけが高いことが多いのです。
この点もASとの大きな違いです。
ASは、「自分なりの理解で多数派とはズレますが、自分に向けられた状況も自分の行動の結果の状況も同様に読めはする」という意味で、(両方空気が読めないグループは結果的に非常に似ていますが)、空気が読める自己正当化型ADHDとは、本質的に大きく異なることになります。
特筆するべきは、この非対称性、周囲から見れば不器用さが、「本当に悪者と見られない」という結果として、本人には有利な作用となることが多いことです。
エ) 認知が基本的に表面的である。
自己正当化型ADHDの思考は、大人も子どもも非常に表面的という特徴を持っています。
見えない「意味」よりも目先の「利益」が重要で、その結果、異常に表面的な価値観が形成されます。
世代により多様ですが、「公務員志向」、「テレビはNHKのみ」、「お笑いは馬鹿馬鹿しい」、「極端な学歴志向」などが、実に特徴的にみられます。
その結果、おだてられると簡単にだまされ、いい気になって大金を騙しとられたりします。
自己正当化型ADHDにはよほどコントロールしない限り、「見えない背後の意図」を読みとることは難しくなります。
長男(その人の人格)ではなく、「直系の長男を偏重する」という不思議な特徴もありますが、これも表面的な認知の結果であると考えられます。
オ) 養育環境によってさまざまなスタイルへと特化する。どう衝動をコントロールするか? どうがまんするか?
自己正当化型ADHDは、養育環境によって一見同じグループにはとても見えない多様な成長発達の経過をたどります。
つまり、a)ある者はいじめっ子暴君のようであり、強迫的にトップを目指して走り続ける努力家、b)合理的思考を放棄して周囲の状況を読みながら場当たり的に生き抜くギャンブラー、c)AC的になると表面上はADHDのACにもなり、また、d)周囲の人を操作する「境界性人格障害(ボーダーライン)」の様相、e)人を人とも思わない「精神病質(サイコパス)」、「自己愛性人格障害」のような経過も見られます。
また、二次的なアルコールや薬物依存、女性では過食や拒食の摂食障害、買い物依存症などになるケースも少なくありません。
これらの結果としてのスタイルは実に様々なわけですが、「異常な衝動コントロールのパターンを身につけている」という点が共通しています。
カ) 注意欠陥と多動、自閉性は多様である。
特に、ASとの鑑別に重要となるものとして、「感覚過敏」、「こだわり」などの自閉的な症状が、自己正当化型ADHDにも見られます。
強迫的な自己正当化型ADHDの場合、片づけもむしろ極端にきれいにできます。
また、並外れた集中力を発揮し、高度な管理能力を持つ人もいます。
こうした意味では、通常のADHDの定義にもあてはめにくいのです。
しかし、よく見ると、ASの強迫的な特徴が「皮膚感覚の延長上」であるのに対し、自己正当化型ADHDは「抽象的」という違いが存在します。
例えば、強迫症状の場合でも、ASでは「自分の体に何かの汚れや穢れが付着しているので洗い落とす」というタイプが多く、自己正当化型ADHDは「車で何かを轢いた気がして引き返す」、「ガスを消したかの確認」など、感覚の延長上というよりも「観念」上の強迫性が特徴的です。
もし、自閉性を基準に自己正当化型ADHDをASに含めるとすると、ASの中に他者への無関心さを特徴とするグループを含めることになり、臨床的には、分類上不適当であると考えられています(成人例では、ASの不適応は対人関係の近さ、愛着から生じていることが非常に多いためです)。
b)「愛着または執着」と「理解」
実は、ADHDのACであることを理解したあとでも、「人に理解されたい」といった強い衝動は残っています。
このこととASにみられる「人への愛着または執着」の違いは何になるのでしょうか?
ADHDのACが求めるのは、「話を聞いてもらうこと」です。
相手が自分を好きかどうか、相手が自分を必要としているかどうかではないのです。求めているのは、「理解されること」であり、よくよくみると、実は人による「評価」でさえないのです。
それに対して、ASの「愛着または執着」には、「この相手でなければならない」というかけがえのなさがあり、また自分本位ではあるが「相手は自分にとって必要」であり、また、「相手も自分を同じように愛着または執着することを求める」という特徴があります。
そういう意味では、「愛情」の形式が似ています。
ADHDのACか受動型ASかを考えるとき、ポイントは「人への愛着または執着」があるかどうかです。
ADHDのACも人を求めるところはありますが、それは「理解」、「話を聞いてもらうこと」です。
自分本位であるが愛情に似ているASの「愛着」とは、はっきり区別できます。
例えば、結果としてひきこもりになった人がいる場合、ASの場合でも、「もともと孤立型でひきこもる」という場合と、「積極奇異型であり、本当は人の中にでていきたいけれども、過去に痛い目にあったためにでていけなくなっている」という場合が考えられます。
発達障害の二次障害には、a)強迫症状(過剰な手洗いや異常に長時間の入浴、鍵、ガスなどの過度の確認など)やb)聴覚過敏の悪化、視線恐怖などのASらしい症状の他に、c)頭痛や腹部症状などの身体症状、d)二次的なうつ病、躁うつ病、境界性人格障害様の状態、摂食障害やアルコール・薬物依存なども時折見られるなどがあります。
これだけでも、十分に不適応やひきこもりの原因になりうるのです。
学童期以前の情報が必要となるのは上記の理由で、できるだけ発達障害のもともとの症状を二次障害の影響を考えないでそのまま掴む必要があるからです。
早い人は、小学校1年で、すでに二次障害の影響を受けていることから、本人の本来のキャラクターを知るには、「3-5歳」にまで遡らねばならないことがあります。
そのため、いろいろな特徴を考えるときは、「もともと子どものころからの自分は?」と考えて、環境の影響を受けた以降の二次障害を被った可能性がある特徴は、あまり重視しないようにする必要があるのです。

⑦ 自己正当化型ADHDの6分類、親の不適切なかかわりとの関係
a) 依存型(暴君型)
自己正当化型ADHDのもともとの障害は、「衝動コントロールができない」ことです。
大人になってもそのまま「がまんしない」、つまり、がまんできないことです。
衝動のままに生きるのがこのタイプです。
想定される養育環境は、「甘やかされる」環境で、「激しく泣いたり、大きな声で反発したりすると、周囲の大人(両親、祖父母など)が折れて自分の要求が通る」ことを学習することから、大人になっても強引にゴネたり、暴力や金銭など社会的な力で強制して周りをすべて思い通りにしようとします。
「依存型」となっているのは、一時的にゴネるだけで、自分の力で努力して達成することはなく、結局、周囲の有力者の力を頼む形になるからです。
「状況を察知して、その場で相手を威圧していうとおりにさせる」ことだけに集中し、極端に場当たり的な思考、継続的合理的な思考ができないという特徴があります。
そのため、パワーハラスメント、モラルハラスメントとして、交際相手や配偶者に暴力をふるうDV加害者になることがあります。
周囲の他者は、「自分の要求を満たすための対象」でしかないのです。
したがって、この対人的な自己中心性は、「自己愛性人格障害」や「精神病質」に該当しうるのです。
b) 中心志向型
養育状況において、「競争で一番になる」、「みんなから注目される」などの表面的な成果を重視する、ことばなどを覚えるのが早いことなどを言語的にほめることが多い環境では、「ほめられるからがまんする」という衝動コントロールのスタイルを身に着けます。
特有の「ほめられて調子に乗る」というパターンを大人になるまで生きる原動力とするスタイルです。
幼少期から(本当はほめられるから)勉強が好きで、実際、勉強熱心で強迫的に努力します。
その結果、確かに社会的にも高い地位につくことも多く、重要な功績をあげることも少なくないのです。
その一方で、自分自身に異常に高い基準を求め、その基準に達しないと自分を責め続ける人生となることも少なくありません。
「停止したら死ぬ」回遊魚のように絶えず前進を続け、表面的な「一番」や「社会的ステイタス」を追い求めます。しかし、獲得した瞬間にそれはあたり前となり、さらに高い目標に向けて強迫的な努力を開始しなければならなくなっていきます。
現実としての実績をあげられることができない場合、自分を責め続け、その厳しい「自己突っ込み」から逃れるために薬物依存となっていくケースがあります。
また、小さいころから「見た目が可愛い」で自分の衝動をコントロールしてきたタイプが、思春期になると、それだけでは通じなくなって「見た目に極端に走る」ことによって摂食障害に移行することがあります。
c) 合理的強迫的型
2歳から3歳にかけて、親が毅然としてわがままな要求を通さず、是々非々で例外を設けない徹底的に言語的な「原理」を根拠に対応した場合、異常に合理的に生育します。
「理由があるからがまんする」というパターンです。
結果は、「理屈っぽく、自分にも人にも異常に厳しい」というスタイルになります。合理的な理由があるからがまんするのです。
これは、他者も自分と同じように感じているはずで、自分ががまんしているのに他者ががまんしないことは許せなくなります。
衝動統制の障害を持って生まれてきて、最もマイナスが少ないスタイルはこの合理的強迫的だと思われます。
世間の不合理に戦いを挑み続けるが、言語的理論的な相互理解や話し合いは可能で、周囲の他者に対する社会的な害は最も少ないと考えられるからです。本人は、人間として合理的になりきれない自分自身の部分をも死ぬまで自己突っ込みで責め続ける人生を送ります。
d) 依存型(ボーダー型)
子ども本人を溺愛する代わりに、言語的な説明を省い、すべてを親の思い通りになるように支配して育てた場合、子ども本人は、「その親をどうコントロールするか?」だけをテーマとし、その方向の能力だけを発達させて成長します。
この場合、「衝動は親にコントロールしてもらう」、「この親から溺愛されるために親の気に入るようにする」というスタイルとなります。
非言語的な状況察知能力により異なりますが、表情やいい方などの非言語的な表現の使い方に巧みとなり、非言語的に周囲をコントロールする技術を身につけます。
父親に溺愛された女の子は、同じタイプ(実はASが多い)の男性をコントロールすることで、自分は努力しなくても衝動を達成できます。
これは依存のスタイルですが、非言語的に対人関係を「操作」する意味では、境界性人格障害(ボーダーライン)に酷似する結果となります。
衝動を実現するための強欲ぶりは、自己正当化型ADHD独特のものですが、これは見ようによって「愛されるために死に物狂いとなる」という風にも見えます。
このタイプの若い女性は、摂食障害を伴うことも少なくありません。
e) 依存型(情緒障害型)
非言語的に支配し、「目で躾ける」といった養育環境で育ち、言語的な説明が欠如していた場合、上記と同様に「人に衝動をコントロールしてもらう」というパターンになります。
ボーダー型と異なり、親は支配と引き換えに溺愛もしません。
親からの非言語的なメッセージは主に否定的で、「叱られないために」ということだけを考えて成長します。
このタイプは多くは、情緒障害(離人症様)として成長し、「異常にドライ」で、結果的には、「冷たい自分の利益だけしか考えない人」というスタイルとなります。
表面的な気配りは、生き抜く知恵として体得しているため、表面上の愛想はよいことも多いのです。
しかし、継続的に近くで接すると、(依存型に共通する特徴であるが)極端に場あたり的で、その場の対応だけに終始する行動に家族などは疲弊することになります。
この冷たさ、人を利用対象としてしか見ない部分を見ると、「精神病質(サイコパス)」、または、「シゾイド(統合失調質人格障害)」という診断にもなりえます。
この型の特徴として、「情緒的に責められると思考がフリーズして無反応状態になる」ということがよく見られます。
f) 自己正当化型ADHDのAC
言語的に親から否定され続け、自己評価が異常に低下した子どもは、「自分はとにかく駄目なんだから、普通の人たちに合わせて生きるしかない」と強迫的に思い込んでいきます。
多数派を表面だけ真似て、子どもなりに「普通」と考えたスタイルで行動し続けるようになります。
それは、「自分は駄目な人間で、普通でないからがまんする」という衝動統制なのです。本人は、「気を使っている」つもりですが、周囲から見ると空気は読めておらず、見当はずれのことが多いのです。
このタイプが心療内科を受診すると、「対人関係が苦手」、「私は変わらなければ」と焦って強弁する割には、対人緊張も希薄で、「考えすぎ」等と対応されて逆切れすることも少なくありません。
本人が自ら、「自分はボーダーライン(境界性人格障害)」といって心療内科や相談機関に訴えることもあります。
しかし、周囲を非言語的に操作する本物のボーダーラインとは客観的には似ても似つきません。とにかく「奇妙な人」の外観を呈するのです。
本人が体験する自己評価は低下しており、主観的にはACに非常に似ているといえます。

(発達障害の診断のあり方)
身体の医学は太古の昔に始まったが、精神医学は近代の合理的な人間観の確立後に生まれたと。身体の医学は自然科学であって、個人の身体の中で完結する。しかし、
精神医学は、身体の病気の診断をおこなう自然科学の枠に収まらず、近代の合理的な人間観の確立後に生まれたもので、共同性・関係性の視野の中で捉えることになります。
 外から見たその子どもの行動の特徴を分類し、自閉症のひきだしやアスペルガー症候群のひきだし、知的障害のひきだしに入れるといった社会的判断といえます。
 ここでいうひきだしとは、分類や区分上の都合のいい領域、水準のことです。
 しかし、この分類や区分は明確なものではありません。
 なぜなら、子どもは生まれつきバラツキがあるからです。
それが、成長の過程で、精神発達を遂げた大人たちや環境に働きかけ、働きかけられ、“認知”と人と社会との“関係性”をそれぞれ発達させ、「プロローグ-1-(1)必要のない脳の機能を発達させないリスク」の中で記しているとおり、その時代とコミュニティ(国家・地域)の文化(ルールや法といった規制、道徳観や倫理観といった規範)を生きることができる存在へと育っていきます。
 そして、発達障害などの精神障害が問題やテーマと扱われるのは、その時代とコミュニティ(国家・地域)の文化次第という側面があります。

(9) 仮面うつ病(非定型うつ病・新型うつ病)
最近、増えているとされる仮面うつ病(非定型うつ病・新型うつ病)は、全うつ病の30-40%、または半数近くを占めるといわれています。
この仮面うつ病(非定型うつ病・新型うつ病)は、気分障害としての精神疾患名ではなく、「総称」として使われているものです。
うつ病では、「食欲がない」、「眠れない」といった症状はよく見られますが、仮面うつ病では、「過食」、「過眠」の状態がおこります。
また、うつ病ではなにをするにも憂うつで、意欲も思考力も行動力も低下しますが、仮面うつ病では、好きなこと、例えば趣味や買い物や旅行をしようとすると、人が変わったように喜々として意欲的になり、行動的になります。
楽しいことがあると、抑うつ感が消えて急に元気になり、うつ病の人とは思えない状況になります。
また、仮面うつ病になると、他人からの行為やことばに対して過剰に反応する拒絶過敏になり、攻撃的になって人間関係や社会生活に支障をきたすことがあります。
さらに、パニック障害などの不安障害を併発しやすいのが特徴です。
仮面うつ病の特性は、次の3つにまとめられます。
ひとつは、「対人緊張」です。
自分は、他人からどう思われているかを非常に気にします。
人から嫌われたり批判されたりすることを極度に怖れますので、常に他人に対する緊張感を抱いています。
人に気に入られようとして、自己主張をせずに自分を殺して人に尽くします。
しかし、こうした対人緊張という行動パターンがいつまでも続くわけではありません。
やがて破綻して落ち込みます。
もうひとつは、「不安気質」が根底にあるということです。
そのため、「パニック障害」、「社交不安障害(対人恐怖)」を併発しやすくなります。
強い不安感があるため、人に対する恐怖感がつきまとい、人前ではあがりやすく、臆病で小心になりがちです。
「嫌われたらどうしよう」、「失敗したらどうしよう」というマイナス思考に陥って、悪い方へ悪い方へと考えるようになります。
最後は、「性格(傾向)の変化」です。
人の注意を惹きたい、賞賛の的になりたい、非難されると弱いといった傾向が強くでたり、また一方で、思いやりがなく、無神経で軽薄になったりすることもあります。
仮面うつ病の主な傾向は、次の通りです。
① 気分反応性
なにかよいことがあれば気分がよくなり、なにか嫌なことや悪いことがあれば気分が落ち込んでしまうといった症状を気分反応性といいます。
気分反応性というのは、その時々のできごとに敏感に反応して気分が揺れ動き、気分が激しくアップダウンすることです。
嫌な悪いことがあると、突然、嵐のごとく気分が激しく落ち込んだかと思えば、人に褒められたり楽しいことや嬉しいことがあったりすると、気分がパッと晴れて途端に元気になるという、その落差が激しいのが特徴です。
仮面うつ病の人は、親しい友人とおしゃべりをする、ショッピングにでかける、趣味の音楽を楽しむ、欲しかったものが手に入る、海外旅行に行くなど、好きなことや楽しいできごとがあれば気分がよくなり、元気になり、体も軽く動きします。
一方、気分反応性の逆作用として、気分の沈み込みがあります。
会社で嫌なことがあったり、人間関係がまずくなったりすると、てきめんに反応して抑うつ状態になります。
体が鉛のように重くなる「鉛様麻痺」、眠くてしかたない「過眠」といった症状がでます。
そして、「人に注意された(と思い込む)」、「人の笑われた(と思い込む)」、「仕事上で些細なミスをした」、「挨拶をしたのに、相手が返してくれなかった」、「占いでよくない結果がでた」など他人の些細なひとことに過剰に反応して、ひどく落ち込みます。
感情が非常に過敏になるため、ちょっとした非難のことばやプライドを傷つけられるようなことばには、激しく病的に反応します。

② 過眠
眠り過ぎ(過眠)といった自律神経症状が特徴です。
過眠とは、1日10時間以上眠る日が、1週間に3日以上ある場合をいいます。
10時間というのは、夜間睡眠と昼寝の時間を合計したものでもよく、また眠っていなくてもベッドに横になっていた時間が10時間以上ある場合でも、判定の基準になります。
仮面うつ病の眠気は、非難されたりすると(そう思い込む)気分が落ち込み、それに合わせて眠気が強まってきます。
また、体が鉛のように重く感じる鉛様麻痺が同時におきますので、おきていられないために床に入ります。
しかし、床に入っても夜中に目が覚めてぐっすり眠れず、熟睡していないため、いくら寝ても寝足りない感じです。
また、睡眠を十分とっても昼間も眠くて仕方なく、眠気だけがだらだら続きます。
そして、昼夜を問わずうつらうつらと寝て過ごすため、睡眠と覚醒のリズムが崩れ、生活のリズムも崩れ、昼夜逆転の生活となって、日常生活に支障がでてきます。

③ 過食
「食べる」ことは、心理的なものと深くかかわっています。
仮面うつ病では、食欲が度をこして起こり、過食して体重が増加してきます。
これは、不安な気持ちを食べることによって抑えようとする行動です。
なにかを食べていないと気持ちが落ち着かず、食べずにはいられないのです。
仮面うつ病では、ほとんどの人が甘いものへの欲求が強くなります。
まんじゅう、ケーキ、チョコレート、ドーナッツ、クッキーなどの甘いものを無性に食べたくなり、次から次へとむちゃ食いをします。
糖分には抑うつ感を和らげる作用があるといわれ、インスリンが分泌され、脳内のセロトニンが増加し、抗うつ薬を飲んだのと同じ効果が見られます。中でも、チョコレートは脳内の神経伝達物質に作用し、気分をよくする(快楽欲求を満たす)といわれています。
しかし、甘いものを食べて気分がよくなるのは一時的であるため、作用が弱まると次から次に食べることになります。

④ 鉛様麻痺
うつ病にも疲れやすく倦怠感は見られますが、仮面うつ病になるとこの症状がさらに進行し、度合いが強くなります。
まるで手足に鉛が入っているかのように体が重くなり、立ち上がることすらできないほど、全身が極度に怠くなります。
この症状は、なにか嫌なことがあって、気分が落ち込んだときにおこりやすくなります。
この鉛様麻痺は「神経性疲労」による症状で、運動を司る前脳の機能が不足しているためにおこります。
朝おきようとしたらどうにもおき上がれず、会社や学校を休んでしまうことがあります。
自分の意思ではどうにもならないところで体が反応し、体が動かなくなります。周囲の目には、仕事や勉強がいやだから「怠けている」ように見えますが、本人はどうにもならないのです。

⑤ 拒絶過敏性
誰でも、人から批判されたり、拒絶されたりすると傷つき、落ち込むことがあります。
しかし、仮面うつ病の人は、その傷のつきかたが強く、激しくでます。
周囲の人のちょっとしたひとことで、激しく落ち込んで何日も寝込んだり、逆に相手に対して攻撃的になったりします。
また、褒めたつもりでいわれたことばを、そのまま受けとらず、皮肉をいわれたと思い込み、ひどく落ち込んだりします。
また、会社で上司から、自分がつくった企画書に対して修正がだされると、能力(人格)を全否定されたと思い、腹をたてて逆ギレしたり、翌日から会社を休んだりします。
他人の言動に対して敏感に反応し、ひどく落ち込んだり、激怒したり、攻撃的になったりして、人間関係や社会生活に影響がでるような症状を「拒絶過敏性」といいます。
拒絶過敏性とは、他人からの侮辱、軽視、批判に対して極度に敏感になる症状ですが、そのもとにあるものは対人恐怖(自分の外見や能力を低く見られることへの恐怖)や高いプライド(他人の目を気にする自己愛性)が存在しています。
しかし、この侮辱、軽視、批判といっても、これはあくまでも本人がそのように受けとっているだけで、実際はごく些細なできごとが多いのです。
些細なこととはいえ、本人にすれば自分を拒否し、批判したとして捉え、ときには被害妄想的に受け止めて病的に反応します。
こうした症状は、周りの人たちとの間にトラブルをひきおこし、家族、上司、同僚、友人、恋人などとの人間関係にヒビが入って、社会生活に支障がでてきます。結果、職場や学校を休んでひきこもり、友だちも恋人もつくらなくなります。
また、攻撃に転じると、相手とけんかや口論をしたりして、絶交状態になったりします。この拒絶過敏性による症状は、境界性人格障害(ボーダーライン)の症状とよく似ているため、臨床現場においても診断が難しいといいます。
中には、合併しているケースもあります。

⑥ 不安・抑うつ発作
うつ病の憂うつ感は、朝強く現れ、夕方には和らいできますが、仮面うつ病では、反対に夕方から夜にかけて、それも不意に不安や抑うつ発作が現れるのが特徴です。
発作がおきると、精神状態ががらりと変わって別人のような行動をとります。
まず、理由もなく、涙をボロボロと流すといった落涙症状が表れます。
落涙症状に次いで、精神症状が現れます。
自己憐憫(れんびん)症状として、「誰も私を理解してくれない」、「なぜ私だけがこんな病気にならなくちゃいけないの!」、「私は世界一不幸ものだ」、「私だけとり残された」などと自分を哀れむ感情に襲われます。
次に、「私に比べたら、あの人はすごく恵まれている」といった嫉妬や羨望の感情に責められます。
また、将来を悲観して、過剰に絶望したり強い焦燥感に襲われたりすることもあります。
不安や焦燥が激しい人は、それを紛らわすための対処行動も激しさを増します。
過剰な喫煙や飲酒、むちゃ食い、器物を壊す、リストカットやタバコの火を自分に押しあてる自傷行為、異性への刹那的な接近、また薬物の大量摂取(OD)、自殺企図などです。
激しい情動が前面にでると、すさまじいものになります。

⑦ 怒り発作
仮面うつ病の拒絶過敏性が、爆発的な怒りとなって現れた症状が「怒り発作」です。
いわゆる「キレる」状態になって、大声で叫んだり、体を震わせて非難したり、手あたりしだいに物を壊したりして、手がつけられなくなります。
この発作がおきているとき、家族や周囲の人が暴れている人を言動で制したりすると、ますます刺激を与えることになります。
理不尽なことをいったことに対し、理屈で反論したりすると、ますます興奮してきます。そして、怒り発作が治まると、「悪いことをした」、「すまないことをした」と激しい自己嫌悪に陥ります。
一方で、キレたのは本来の自分ではないとも感じています。
神経伝達物質は、これまで約50種類の存在が確認されています。
主なものにセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アセチルコリンなどがあり、セロトニンとノルアドレナリンがうつ病と関連している神経伝達物質とされています。
セロトニンは、体温の調節や感覚知覚、睡眠の開始などに関与している物質で、不安を抑え、平常心を保つように働きます。この作用が低下すると、イライラや不安、睡眠障害、衝動的な自傷行為を起こしやすくなります。
一方、ノルアドレナリンは興奮性の物質で、覚醒、集中、記憶、積極性などとかかわり、不安や恐怖とも関係しています。危険を感じると、ノルアドレナリンが働き、血液を筋肉に送り込んで、心拍を速めたり、血圧を高めたりします。
うつ病のときは、このセロトニンとノルアドレナリンの働きが低下することがわかっています。
しかし、仮面うつ病では、セロトニンはうつ病のような低下は認められません。
パニック発作が認められる仮面うつ病では、むしろセロトニンの働きが高まるとされています。
また、パニック発作のない仮面うつ病では、アセチルコリン受容体が過敏になり、レム睡眠といわれる浅い眠りとかかわっています。
親の愛情を受け、見守られながら育つはずの幼少期に、親からの虐待を受け、離別体験をすることで、強いストレスが脳の発達に影響し、精神障害の発症に深くかかわっています。
幼児期の脳は2歳10ヶ月までにその90%が発達します。
この時期の母親との関係は非常に大切で、母親から抱きしめられて育つことで、自我が育まれ、信頼感が生まれてきます。
特に、母親の子へのスキンシップは、抗ストレスホルモンの遺伝子を活性化させることわかっています。
一方、子ども時代に親から虐待やネグレクト(育児放棄、または怠慢)などを受けると、C-PTSD(または発達性トラウマ症候群)、人格障害などの精神障害をひきおこすことがこれまでの研究で明らかにされています。
うつ病の人の養育歴を追跡調査した報告によると、子ども時代に、①母親の子育て態度の異常、②両親の別居または離婚、③11歳以前に両親のいずれかと別離、④転居、⑤教師から問題児と評価、⑥内気な子どもなどを経験しています。
仮面うつ病に限ってみると、①性的虐待、②身体的虐待、③ネグレクトといった経験をしている人に多く発症しています。
本来、守ってくれるはずの親から虐待を受けると、心に傷を負い、心の平穏が失われ、また虐待がいつおこなわれるか不安と緊張の連続です。
子ども時代のこうした経験は、脳の発達に強く影響し、それがうつ病の発症の要因になっています。
激しいストレスが、脳の一部の発達を阻害し、脳自体の機能や神経構造に、永続的にダメージを与える可能性があるとされています。
危機的な状況に遭遇すると、脳の大脳辺縁系(海馬や扁桃体)が恐怖感を抱いて反応し、危機が度重なると、過剰な反応が繰り返され大脳辺縁系は常に過敏状態になって、ほんの些細なことでも、激しい恐怖感を抱いたり、攻撃的になったりするといわれています。
仮面うつ病の人の養育歴をみると、手のかからないおとなしい子どもで、学校の成績も優秀で、周囲からの評判もよく、いわゆる「よい子」だった人が多いということがわかっています。
成人して会社に勤めても、職場で褒められ、高い評価を得ています。ところが、ひとたび上司から注意を受けたり、仕事で失敗したり、批判されたりすると、それが本人にとって大きなストレスとなり、精神的なダメージを受けることになります。
なぜなら、人から褒められても、内心は自信がなく、他人からどう評価されているかが常に気になり、不安を感じているからです。
つまり、親に否定と禁止のことばを浴びせられて(過保護・過干渉、いき過ぎた教育(教育的虐待)も含まれます)、自尊心が育まれず、自己肯定できるように育っていないのです。
その結果、他人の目を気にするあまり、自己主張もできず、小心で対人関係にも臆病になっているのです。
人から叱られたり批判されたりした経験が少ないため、ちょっとした失敗でも大失敗ととらえ、激しく落ち込み、また何気ないひとことに過敏に反応して、激しく怒ったり感情を爆発させたりして、感情のアップダウンが大きくなるのです。


(10) 人格障害と呼ぶ前に..
境界性人格障害(ボーダーライン)などの人格障害と診断することの治療上のメリットは少ないとされています。
実際、多くの場合は「治りません」、「当医療機関では扱いたくありません」という意味となり、相談した本人や家族は落胆するしかない結果となります。
① 人格障害が疑われる状況、症状
リストカット、OD(大量服薬)、飛び降りや自分の首を絞めるなどの自殺企図、周囲の人への暴力・暴言、自殺の予告、アルコールや薬物の乱用、摂食障害などがみられます。
これらの「行動化」の起こり方が、「見捨てられ不安」によって一見意図的に周囲の人を困らせて脅したり、人の愛情を試したりするような形で現れます。
多くが、周囲の人の対応が悪いと責任転嫁し、本人の問題であることの否認が見られ、自ら努力して回復しようとする姿勢が不足して見えることが少なくありません。
こういうパターンや症状がみられるときに、「病気ではなく性格の問題、人格障害」といわれることが多いのです。

② 思春期は一過性と考えて
定義上も「人格障害」は18歳以上ですが、臨床的にも思春期の延長上にある人格障害様の行動化は、一過性で時間の経過とともに親から自立、成長して自然軽快することが少なくありません。
特に、支配的な親に逆らえず、自己主張を抑えて優等生を演じてきた思春期の子どもは、いざ自己主張をはじめると派手に暴れるようになります。
幼児のように退行したり、自傷したり、暴れたり、「親のせいでこうなった」などの暴言を吐いたりするのです。
しかし、こういうケースは、「(支配的な)親から自立するための一時的なプロセス」であることが多く、対応を間違えなければ、時期がくるときちんと「卒業」していきます。
こうした子どもへの対応としては、じっくり話を聴いたうえで、「あなたが自分の気持ちを抑えないで外に出していることは非常にいいことだ」と評価し、「でもこの(行動化の)表現は自分を不利にするからやめよう」、「きちんとことばで反論できるようになろう」と反論の言語的方法を“なげかけ”たりします。
ここで、「腫れ物にさわる」ような対応をしてしまうと、周囲の愛情を試すパターンが遷延化して、それが固定したときに境界性人格障害になる可能性がでてきます。
親も関係者も逃げないで、正面からぶつかってあげることが大切なのです。

③ 双極性障害(躁うつ病)でないことを確認する
臨床現場では、「反社会性人格障害(サイコパス)」といわれた人が、炭酸リチウムを服用してびっくりするほど普通の人に変わることがあり、「双極性障害(躁うつ病)だった。もっと早くリチウムを使ってあげるべきだった。」と述懐することもありします。
双極性障害の躁状態は頭が変によく働いて、相手の弱いところを突いたり、気分の変動が激しく攻撃的になったりするので、一時的には人格障害と区別が難しい場合があります。
双極性障害を疑いさえすれば、大きな気分の変動の波がある病歴などからも区別は容易になるわけですが、何よりも炭酸リチウムやバルプロン酸、カルバマゼピンなどの感情調整薬を「十分量、十分期間(効く服用量に達してから2ヶ月程度)」試してみればわかります。
人格障害の診断は、上記の薬剤調整が終わって、無効だとわかった後で十分なのです。
炭酸リチウムは、認知を改善する(自分を客観的に見られるようになる)作用があり、実は本当の人格障害でもアスペルガー症候群でも効くのですが、感情調整薬が効けば、治療的診断で「双極性障害だった」と判断してもいいことになります。

④ 薬剤の影響でないことを確認する
臨床現場では、薬剤性で人格障害様の脱抑制行動になっているのを見るケースがあるといいます。
ひとつは、「抗うつ薬による躁転」と呼ばれる現象で、うつの薬が効きすぎて躁状態になる場合です。他には「抗不安薬による軽度意識レベル低下時の脱抑制」というのもあります。
特に、眠剤や抗不安薬とアルコールの併用で記憶が飛んだり、暴れたり、子どものようにやんちゃをいったりするようになることがあり、これも表面上人格障害のように見えます。
また、薬物依存の場合に、ブロンやウッドと呼ばれる薬剤を大量に乱用したときに人格障害様の行動が現れることもあります。
これらはいずれも、「特定の薬を使ってから」という時間的前後関係がはっきりしているので、薬剤の影響を疑いさえすれば除外できるものです。
特に、抗不安薬とアルコールの併用のケースは、薬やアルコール自体は比較的少量でも併用で「ラリッた」状態になりやすいので、処方する時に注意が必要です。
①のような人格障害様の行動化を見たときに、薬剤の影響はルーチンで除外するべきなのです。

⑤ AS(アスペルガー症候群)でないかを確認する
「重ね着症候群」として知られていますが、人格障害の診断がついた人の生活歴を詳しく訊くと、アスペルガー症候群であったというケースが意外に多くあります。
もともとASの診断がついた人で、愛着の相手に対する態度が、直接相手にはことばでいわないで周囲の人にだけ「わかってくれない」などと悪くいったり、依存的でストーカーのようになったりするケースがあります。
成人ASは、「殊に、愛着の対象の相手には愛着ゆえに境界性人格障害そっくりの態度をとる」ことがわかかってきています。
別に「重ね着」するまでもなく、「そのままで人格障害様」なのです。
また、「行政や相談機関にクレームをつけ続ける問題人物」という人が、実はASだったということもあります。
本人は、話をきちんと聞いてくれないことにただ納得が行かないだけで、ASのために徹底的に食い下がることにより、不幸な誤解をされてしまうことになります。
ASは、人格障害とはまったく異なるケアを必要とします。
ASの人は、時間をかけて話を聞けば納得可能であり、人を振り回そうとしているわけではないのです。
その特殊な表現方法ゆえに、発達障害が誤解されてしまい、ひどい目に合ってしまう典型的なケースだといえます。

⑥ ADHDのACでないことを確認する
自分で、「ボーダーライン」や「AC(アダルトチルドレン)」といって医療機関を訪れる人の多くは、ADHDのACであることが少なくありません。
ADHDの二次障害によって、自己評価が低下し、「自分は人格障害だ」、「変わらなければならない」と一生懸命に訴えますが、客観的には深刻味に欠け、訴えるほど対人緊張が見られず、また人格障害特有の人を振り回す“ずる賢さ”などを感じさせないのです。
多くは、「考えすぎ」などといわれ、相手にされず、がっかりして通院をやめることになります。
ADHDは“状況がわからない障害”で、境界性人格障害やACは状況認知に非常に敏感であり、本来ADHDはACにはなりようがないのです。
しかし、主観的には、本人の体験として「見捨てられ不安」や「人と自分の問題の境目がわからない」などのボーダーラインやACの特徴を備え、本人の感じている形としては境界性やACそのものということになるのです。
このような特徴のために、本人の訴えは、非常に理解しにくいものとなり、「なにをいっているかわからない困った患者」ということになっているのです。
こういうケースでは、まずADHDを疑ってみます。
「片づけ」や「物を捨てられない」、「状況がわからない」、「正直すぎる」、「ことばを何でも真に受ける」などの特徴を注意深く訊くと、ACで人に合わせようと努力しているために典型的なADHDに見えないだけで、実はADHDであることがわかるのです。

⑦「自己正当化型ADHD」および「自己正当化型ADHDのAC」の可能性を考える
周囲が困って「人格障害」と考える場合、自己正当化型ADHDの可能性が高いので、この可能性を検討することは役に立ちます。
例えば、「自己愛性人格障害」といわれる人の中には(アスペルガー症候群の人もいますが)、自己正当化型ADHDの人が多いのです。
この2つの鑑別は非常に難しいのです。
状況がわからず、簡単に騙されてしまったり、片づけができなかったりするなどの発達障害様の特徴があるのがADHDなのです。
また、「境界性人格障害(ボーダーライン)」といわれる人の中には(アスペルガー症候群の人もいますが)、自己正当化型ADHDで二次障害の重い「自己正当化型ADHDのAC」が少なからずいると思われます。
依存的で被害的、周囲を振り回すところは人格障害に非常によく似ていますが、状況がわからず、対人緊張がほとんどないところや、やはり片づけができないなどの特徴で区別できます。
ただこれらの場合、「もともとADHDの仲間だった」とわかっても、例えば、本人がそれを認める可能性も少なく、本人からコーチングを希望することも少ないので、根本的に本人がよくなるということよりも、「周囲の人からの対応の仕方が分かる」というメリットにとどまってしまうのが現状です。
ADHDなので、合理的に説得してみる余地はありますが、本人がよほど現実の世界で追い詰められて問題を自覚しない限り、「みんなが離れていって独りぼっちになる」という経過になってしまうことが少なくありません。


(11) 人格障害(パーソナリティ障害)とは
人格障害(パーソナリティ障害)は、一般的な心の病ではなく、問題性が人格といえるほどにその人の心の奥底まで浸透し、安定しているものです。
そのため、短時間での改善は望めません。
人は、それぞれいろいろな性格を持っています。
気の長い人もいれば、短い人もいます。
それは個性であり、それぞれの性格でよいわけです。
しかし中には、個性とはいえないほどに大きく性格が歪み、その文化の中から逸脱して自分が困ったり、周囲の人が困ったりするほどになってしまう場合があります。
そうなると、もはや個性とはいえず、「人格障害(パーソナリティ障害)」といわざるをえないのです。
人格障害の人は、認知、反応、外界との関係のパターンに柔軟性がなく、社会にうまく適応できないという特徴があります。
そして、人や出来事に対する見方やかかわり方には、だれもが特有のパターンを持っています(人格特性)。
つまり、人はそれぞれ自分なりのやり方でストレスなどに対処しますが、その方法は人によって一定の傾向がみられるのです。
例えば、困ったことがおきたときに、誰かに助けを求めることで対処しようとする人もいれば、自分で解決するのを好む人もいます。
問題を過小評価する人もいれば、大げさに考える人もいます。
しかし、いつものやり方がどのようなものであれ、精神的に健康な人は最初に取った対応でうまくいかなければ、別のやり方を試してみようとします。
これに対し、人格障害の人は融通が利かず、問題に対して適切に対処できない傾向が顕著なのです。
そのため、家族、友人、職場の同僚との関係の悪化を招くことが少なくありません。
多くの場合、こういった不適応は「青年期から成人期初期」、つまり、「16歳-22歳」にかけてはじまり、ときを経ても変わることはありません。
その要因は、「後天的な親子の不調和がもたらす性格の歪み」ということになります。
この「後天的な親子の不調和がもたらす性格の歪み」について、この「手引き」では、「生まれ育った家庭環境で獲得できなかった脳機能、そして、アタッチメント(愛着形成)を損なった影響」として捉え、「Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。-暴力のある家庭で暮らす、育つということ-(8-15)」の全体を通して、広く深く扱っています。
親が子どもを支配し拒否してかかわると、子どもは不安感や劣等感が高くなり、落ちつきがなく、逃避的で、強情で、冷淡で、反社会的で、攻撃的で、サディスティック的な残忍さを見せたりするようになります。
そして、a)“否定抑圧”の傾向が強かった場合、スキゾタイバル人格障害、強迫性人格障害、b)“否定攻撃”の傾向が強かった場合、境界性人格性障害、反社会性人格障害、回避性人格障害、ストーカー、病的クレーマー、c)“否定拒否”の傾向が強かった場合、依存性人格障害、演技性人格傷害、ひきこもりの症状・特性を示すことになります。
次に、親が子どもに対し無視したかかわり方(愛情を与えない)をとると、子どもは甘えることを諦めるとともに、愛情の飢餓感の記憶が深いレベルに残ってしまい、「過剰な甘えと依存体質」になってしまいます。
そして、a)“無視”の傾向が強かった場合、反社会性人格障害、境界性人格障害、自己愛性人格障害、病的クレーマーの症状・特性を示します。
さらに、親が子どもをかまいすぎ、甘やかし過ぎてかかわると、子どもは幼稚的で、依存的、嫉妬心が髙く、神経質で、反抗的、不従順、無責任、不注意、乱暴といった傾向を示すようになります。
子どもをかまいすぎ、甘やかし過ぎてかかわると、子どもを支配し拒否したかかわりや子どもを無視したかかわりよりも、そのレベルによって人格障害の程度がひどくなります。
そして、a)“否定干渉”の傾向が強かった場合、妄想性人格障害、境界性人格障害、病的クレーマー、b)“自我肥大”の傾向が強かった場合、自己愛性人格障害、病的クレーマー、c)“無責任”の傾向が強かった場合、反社会性人格障害、自己愛性人格障害、病的クレーマーの症状・特性を示します。
ところが、人格障害の人は、自分の思考や行動のパターンに問題があることに気づいていないため、自分から治療や助力を求めることはあまりありません。
しかし、その行動がほかの人に迷惑をかけているなどの理由で、友人や家族、あるいは社会的機関によって医療機関に連れてこられることがあります。
自主的に来院するのは、主につらい症状(不安、抑うつ、薬物乱用など)がある場合です。
自分の問題は「誰かのせいである」とか、「自分の力ではどうしようもない状況が原因」だと思い込んでいる傾向があります。
人格障害は、以下のように、3つの群に分類されます。
A群は「奇妙で風変わりな行動」、B群は「演技的で移り気な行動」、そして、C群は「不安や抑制を伴う行動」を特徴とします。
A群:妄想性人格障害、統合失調質人格障害(シゾイド)、統合失調型人格障害(スキゾタイバル)
B群:演技性人格障害、自己愛性人格障害、反社会性人格障害、ボーダーライン(境界性人格障害)
C群:回避性人格障害、依存性人格障害、強迫性人格障害


<人格障害の診断>
人格障害は既往歴、特に繰り返し現れる“不適応的な思考”や“行動のパターン”にもとづいて診断されます。
人格障害がある人は、行動の結果が思わしくない場合にもそのパターンを頑固に変えようとしないため、他者の目にも明らかになりやすいのです。
また、心理的な対処のメカニズム(防衛機制)の“不適切な使い方”もよく目につくところです。
この対処メカニズムは、誰もが無意識に用いるものです。
しかし、人格障害がある人の場合は、その使い方が“未熟”で、“不適応的”であるために、日常生活にまで支障をきたします。
上記にあげた人格障害のDSM-Ⅳによる診断基準については、個々の解説のあとに記していますが、共通項目は以下の通りです。

Ⅰ.その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および行動の持続的様式。
この様式は、以下の領域の2つ(またはそれ以上)の領域に表れる。
①認知。自己、他者および出来事を知覚し、解釈する仕方
②感情性。情動反応の範囲、強さ、不安定性、および適切さ
③対人関係機能
④衝動の制御
Ⅱ.その持続的様式は柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。
Ⅲ.その持続的様式が、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
Ⅳ.その様式は安定し、長期間続いており、そのはじまりは少なくとも青年期、または小児期早期までさかのぼることができる。
Ⅴ.その持続的様式は、他の精神疾患の表れ、または、その結果ではうまく説明されない。
Ⅵ.その持続的様式は、物質(例:乱用薬物、投薬)、または、一般身体疾患(例:頭部外傷)の直接的な生理学的作用によるものではない。

「Ⅰ-5-(5)-DVでない暴力、DVそのものの暴力」の「⑦サイコパス」の中で、『DV被害者が綴るブログなどでは、よく「モラルハラスメントの背景には、自己愛性人格障害がある」と“DV加害者=自己愛性人格障害”かのように限定的に記載されていることがあります。
しかし、アメリカ精神医学会(APA)の定めた「精神障害の診断と統計の手引き(DSM-Ⅳ-TR)」の9項目のうち5項目が該当するなど、自己愛性人格障害の特性として示された内容に合致することが多く認められたとしても、実際に、自己愛性人格障害と診断に至るのは1000人に1人(発症率1%)とされています。
つまり、自己愛性人格障害と診断されるほど人格の歪みが深刻で、しかも、DV、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなどの加害者となっているケースは、100人に1人とされるサイコパス(反社会性人格障害)に比べて、圧倒的に少数ということになります。
したがって、男性から女性へのDVでは、加害者の多くは、10人に1人とされるADHD、20-60人に1人とされるアスペルガー症候群、100人に1人とされるサイコパス(サイコパスを基軸に、一部の自己愛性人格障害の特性を併せ持つ)と考えられ、女性から男性へのDVでは、加害者の多くは、境界性人格障害(ボーダーライン)と考えられ、それぞれ、DV加害者が自己愛性人格障害であるケースはごく少数であることになります。』と記していますが、DSMの診断基準として紹介されているのは、以下の項目だけで、診断にあたりもっとも重視される上記に示した「共通項目」は、多くの臨床を体験してきた専門医にしか判断できないものです。
 したがって、重要なことは、以下に示すそれぞれの人格障害の特性に合致したことが、即ち、該当した人格障害であると安易に認識しないということです。
 ここでは、それぞれの人格障害を抱える者がどのような特性を示すのか、そして、暴力のある家庭環境で育ったダメージによる「認知の歪み」が、人格まで及び、その人格の歪みは、どのようなものなのかを理解することにフォーカスしていただきたいと思います。

(注) 以下の記述で、A-4.F-5と記載している数字は、DSMが「疑われる基準」としている該当項目数となります。

① 妄想性人格障害 A-4
a) 被愛妄想(パラノイア:paranoia)
精神病のひとつで、体系だった妄想を抱くものをさします。
自らを特殊な人間であると信じるとか、「妻が浮気している」、「隣人に攻撃を受けている」などといった異常な妄想に囚われているか、強い妄想を抱いているという以外では、人格的に常人とたいして変わらないところが特徴です。
b) 妄想性人格障害(paranoid personality disorder)
「極端に疑い深く」、「嫉妬心の強い」性格で、他人の動機を「悪意あるものと解釈」します。
「自分が迫害されている」と感じ、何かがあると「直ぐに感情を爆発」させます。
自分の周りの人々に、自分の「超自我(自分の自由な思いに対して“そんなことしてはダメだ”という自分の<内なる声>のもとになる心の部分)」のイメージを映し込み、「周囲が自分を責めている」、「自分は迫害されている」と思い込むのです。
その迫害していると感じる人に、激しい攻撃をしかけることがあります。
そのため、恐れられたり、敬遠されたりします。
しかし、実は、逆に本人の心の奥底には、その人に対する不安や恐れがあります。
他者を信用せず懐疑的です。特に、証拠はないのに人は自分に悪意を抱いていると疑い、絶えず報復の機会をうかがっています。
このような行動は人から嫌がられることが多いため、結局は、最初に抱いた感情は正しかったと本人が思い込む結果になってしまいます。
一般に性格は「冷淡」で、人には「よそよそしい態度」を示します。
他者とのトラブルで憤慨して自分が正しいと思うと、しばしば法的手段に訴えたりします。
対立が生じたとき、その一部は自分のせいでもあるとの思いにいたることはありません。
職場では、概して比較的孤立した状態にありますが、非常に有能でまじめと評されます。
しかし、「理想的な思考、論理的な筋道、客観的な根拠が通じない」ことが多く、具体的な証拠をもとに丁寧に現実状況を説明しても、「理屈を並べ、俺のことを陥れようとしている」という強い猜疑心をみせます。
妄想性人格障害の本質は、「他者を信頼する精神機能の障害である」といえます。
それは、乳幼児期に母子関係(親子関係)を通して獲得される「基本的信頼感」になんらかの問題が起こったと考えられています(愛情剥奪/母親剥奪)。
発達課題である基本的信頼感は、赤ちゃんの要求、願望を母親(父親)が察知して、速やかにその要求を満たすことで強化されていき、「自己と他者の相互報配的な関係を学習していく」のです。
基本的信頼感に問題が生じると、他者の言動を表面的に信じることができても、直ぐに考え直して、「やっぱりお前は俺を騙そうとしている」というような“裏切り・欺きに対する強い不安”を感じるようになるのです。
そのため、交際相手や配偶者を支配し、自分の所有物のように扱おうとしたり、暴力や脅迫によって思い通りにしたりします。
自分の傷つけられたことにばかり目が向いて、攻撃をエスカレートさせる場合もあります。
思い込みが激しいだけに、危険な状況になることも稀ならずあります。
妄想性人格障害は、「他者を信頼する能力」、「現実を的確に認知する能力」が“障害される”もので、次の5つのタイプにわかれます。
また、その経過、予後が悪いと「統合失調症」や「パラノイア」、「気分障害(うつ病など)」へ発展してしまうことがあります。
ア) 回避的タイプ
現実社会や対人関係から激しく孤立します。
妄想念慮のある妄想性人格障害とひきこもり状態にある「回避性人格障害」が重複しているようなケースも多く見られます。
現実社会からの脅威や圧迫を緩和するために、「自己が妄想的につくりあげた内面世界」に“逃避する”防衛機能がみられます。
他者との直接的な接触を回避するために、学問活動や薬物摂取などに溺れることがあります。
他者と深く関係を持つことで「恥をかかせられたり」、「バカにされたりするのではないか」という“不安”をいつも持っています。そのため、他人から「理不尽なコントロール」を受けないために、「人間関係からできるだけ遠ざかって」孤独な生活状況を維持しようとします。
イ) 強迫的タイプ
「バカバカしい妄想内容」や「具体的根拠のまったくない思い込み」に強く囚われ、そこから離れることができません。「強迫性人格障害」に類似した妄想性人格障害です。
「厳格性」、「几帳面」、「完全主義欲求」、「融通のきかない頑固さ」、「ケチ」、「ユーモアや冗談がきかない」、「秩序志向性」といった“性格特性”を示します。
「自分の行動が、感情を完全に儀式的にコントロールしようとする」“完全主義欲求”が強いので、日常生活が形式的なルールやバカバカしい決まりごとに支配されてしまうこともあります。
他人の言動に支配されない代わりに、「自分で妄想的に想像した無根拠な形式」、「規則」、「儀式」に“従属”してしまうのです。
ウ) 狂信的タイプ
自分の能力や信念の影響力を実際以上のものと錯覚して、「傲慢不遜な態度」をとり、「こきおろす」といった他者の価値を引き下げようとします。
発達早期の段階で、「自尊心や自己愛に深刻なダメージを受けている」ことが多く、その損傷や傷つきを想像的に保障しようとする過程で、「誇大自己的な妄想念慮が肥大していく」ことになります。
「中身のない虚栄心」や「表面的な自尊心」が強く、「他者を利己的に利用して価値を引き下げようとする」ことで、「自分を特別な人間と思い込む」自己愛性人格障害とオーバーラップ(重複)します。
「自分に特殊な超能力がある」と信じ込む宗教指導者や、他者に理解することが困難な哲学を開示する孤高な思想家などはこのタイプにあたります。
行動力や実践の意志に欠けるので、なかなか妄想を実現のものにすることはできません。
エ) 悪意のあるタイプ
他人の内面心理に対し、「恣意的に悪意」や「加害性」を読み取ります。
「他人が自分を脅そうと企てている」と誤解することによって、攻撃性や復讐心をあらわにしていきます。
基本的に“サディスティック(嗜虐的)”な人格障害と結合し、「冷淡」であり、「他者の痛みや言説に対して無関心」です。
「自分が抱いている悪意や攻撃性」を“他人の内面に投影する”ことで、「他人が悪意や攻撃性を抱いている」と間違った認知をして、他人を挑発して攻撃しようとします。
「挑発行為を好む」好戦的な性格傾向があり、「信用できない他者、自分を脅かす他者を、先制攻撃で叩き潰そう」という目的志向を持っています。
自己と他人の人間関係を「支配-服従の二元論的な関係」としかみることできません。
そのため、「妄想的な不安や悪意」を他人に投影し、「対人関係の緊張や敵対を強めていく」傾向があります。
オ) 不平の多いタイプ
自分の人生、能力に対する“劣等性コンプレックス”を抱え続け、「根強い不満感」と「病的な嫉妬心」によってそのパーソナリティは特色づけられています。
気難しくて打ち解けない人という印象をもたれ、「他人の魅力・価値を否定する言動」によって、自己の優越感や自尊心をかろうじて保っているという“自我の脆弱性”があります。
自分自身の能力や対人スキルに対する自信が徹底的に欠如しているので、「他人への猜疑心」が非常に強く、具体的な根拠のないのに、相手の嘘や裏切りに対して激しい怒りの感情を妄想的に抱きます。
他人の幸福や成功に対する「嫉妬感情が異常に強い」ため、拗ねたり、いじけたりする“否定的な態度”をとることが多くみられます。同時に、自己の将来に対しても悲観的なため、他人と良好な人間関係を取り結ぶモチベーションも低くなる傾向があります。

c) 背景と原因
遺伝的要因も少なくないとされていますが、小さいころの養育や教育も大きく関係しています。
親や周囲から「責められ」、「あら探し」ばかりされることが多かった人にみられます。
「人は自分の欠点ばかりをほじくり返して、攻撃してくるもの」という思い込みは、そうした体験に由来していることが多いのです。
信じていた人に裏切られたり、虐げられたり、仲間はずれにされたりして心が傷ついた経験を抱えていることもあります。

<DSM-Ⅳ診断基準>
A-4.他人の動機を悪意のあるものと解釈するといった広範な不信な疑いと疑い深さが、成人期早期までにはじまる。
・十分な根拠もないのに、他人が自分を利用する、危害を加える、または騙すという疑いを持つ
・友人または仲間の誠実さや信頼を不当に疑い、それに心を奪われている
・情報が自分に不利に用いられるという根拠もない恐れのために、他人に秘密を打ち明けたがらない
・悪意のないことばやできごとの中に、自分をけなす、または脅す意味が隠されていると読む
・恨みをいだき続ける。侮辱されたこと、傷つけられたこと、または軽蔑されたことを許せない
・自分の性格または評判に対しては他人にはわからないような攻撃を感じ取り、すぐに怒って反発する、または逆襲する
・配偶者または性的伴侶の貞節に対して、繰り返し道理に合わない疑念を持つ


② 統合失調質人格障害(ジゾイド) B-4
ジゾイドとは、「内向的」、「ひっこみ思案」、「孤独を好む」といった傾向があります。
性格は「冷淡」で、「人にはよそよそしい態度」をとります。
いつも自分の考えや感情に没頭していて、他者と親しくなることを怖れます。無口で空想を好み、実際に行動するよりも理論的な思索を好みます。
空想することが、対処のメカニズム(防衛機制)としてよくみられます。

<DSM-Ⅳ診断基準>
B-4.社会的関係からの遊離、対人関係状況での感情表現の範囲の限定などが、成人期早期までにはじまる。
・家族の一員であることを含めて、親密な関係をもたらしたいと思わない。または、それを楽しく感じない
・ほとんど、いつも孤立した行動を選択する
・他人との性体験を持つことに対する興味が、もしあったとしても少ししかない
・喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても少ししかない
・第一度親族以外には、親しい友人または信頼できる友人がいない
・他人の賞賛や批判に対して無関心に見える
・情緒的な冷たさ、よそよそしさ、または平板な感情 


③ 統合失調型人格障害(スキゾタイバル) C-5
スキゾタイバルとは、「頭の中で起こっていることの方が、現実性があって重要である」と認識しています。
「統合失調症」と同じで、神経伝達物質ドーパミンが何らかの形で過剰に作用していると考えられます。
どうにか均衡を保って、統合失調症の「発症を免れた状態」だといえます。
統合失調症は、かつて「精神分裂病」と呼ばれていた精神病のことです。
「脳がいつも興奮気味で活発に働いている」ため、頭の中に収まらず、「独り言」をいったり、「独り笑い」をしてしまったりすることもあります。
つまり、「思考が過剰」なのがその特徴です。
スキゾタイバルの人の言動や行動は変わっていて、気味悪がれたり、変人扱いされたりすることもあります。
つまり、常識的な範囲を超えた独特の世界観で張り巡らされた思考で成り立っています。
しかし、自分の中では、ちゃんとした理屈があり、ただ周りがその人の思考についていけないだけと思っています。
第三者には奇妙に見えても、その人の中ではすべてが“つながっている”のです。
ところが、自分の考えに、逆に支配され、自滅してしまうことがあります。
このため、過剰な解釈のため、「社会生活に支障を生じてしまう」こともあるのです。
特徴づけるポイントは、「些細なことにも過剰な意味を感じとる」ことです。
実際は、無関係であっても、周りのできごと(例えば、他人が笑ったら自分の悪口をいっているのではないか、他人が不機嫌になったら、自分のせいかも知れない)を“自分に結びつけてしまう”のです(関係念慮)。
また、「何か特別な思考や行動をすることでものごとや人をコントロールできる」という考え(魔術的思考)を抱いている人がいます。
たとえば、誰かに対して怒りの感情を抱くと、その人に災いを起こすことができると信じているような場合があります。
顕著な妄想がみられることもあります。

<DSM-Ⅳ診断基準>
C-5.親密な関係では急に気楽でいられなくなること、そうした関係を形成する能力が足りないこと、および認知的または知覚的歪曲と行動の奇妙さのあることの目立った社会的および対人関係的な欠陥が、成人期早期までにはじまる。
・関係念慮(関係妄想は含まれない)
*関係念慮..社会恐怖症の症状を抱えて生活している中で、だんだん毎日の生活が苦しく、辛く感じられてくる状態の時には、人が自分の症状に気づき、自分を避けているとか、人から陰口をいわれているとか、妄想に近い状態になってくる。
・行動に影響し、不位文化的規範に合わない奇異な信念、または魔術的思考(例:迷信深いこと、千里眼、テレパシー、または、“第六感”を信じること。小児および青年では、奇異な空想または思い込み)
・普通ではない知覚体験、身体的錯覚も含む
・奇異な考え方と話し方(例:あいまい、まわりくどい、抽象的、細部にこだわり過ぎ、紋切り型)
・疑い深さ、または妄想様観念
・不適切な、または服従された感情
・奇異な、奇妙な、または特異的な行動または外見
・第一度親族以外には、親しい友人または信頼できる人がいない
・過剰な社会不安があり、それは慣れによって軽減せず、また自己卑下的な判断よりも妄想的恐怖を伴う傾向がある


④ ボーダーライン(境界性人格障害) D-5
a) ボーダーライン(Borderline Personality Disoder;BPO)とは
女性に多く、「自己のイメージ」、「気分」、「行動」、「対人関係」が“不安定”です。
反社会性人格障害(サイコパス)に比べて、「思考過程に乱れ」がみられ、その「攻撃的な感情」はしばしば自分自身に対して向けられます。
演技性人格障害の人よりも怒りっぽく、衝動的で、自分のアイデンティティ(自己同一性)に混乱がみられます。
成人期初期にはっきりと現れてきますが、年齢とともに罹患率は低下します。
最近の研究により、性的虐待(性暴力)を受けた場合、83%がボーダーライン、もしくは、解離性障害に罹患するといわれています。
また、小児期に養育者による養育の放棄や虐待を経験していることが少なくありません。
その結果、「虚無感」、「怒り」、「愛情への飢餓感」があるのです。
A群の人格障害と比べ、対人関係がはるかにドラマチックで強烈です。
愛情をかけてもらっていると感じると、寂しげでよるべのない様子をみせ、過去の虐待経験、うつ病、薬物などの乱用、摂食障害からの救いや助けを求めます。
しかし一旦、思いやりをもって接してくれている人から“見捨てられる”ことへの恐怖感に駆られると、気分が一転して激怒し、しばしば異常な激しさで怒りを表します。
気分の変化とともに、周囲の世界、自分自身、他者に対する見方も極端に変化し、すべては「黒か白」、「善か悪か」で、その中間は存在しないと考えます。
「見捨てられた」と感じ、「孤独感にさいなまれる」と、自分が本当に存在しているのかどうかわからなくなり、「現実感を失う」ことがあります。
絶望的なほど衝動的になり、「見境のないセックス」、「乱交」や「薬物などの乱用」にふけることがあります。
ときに、あまりにも現実から遊離してしまい、軽度の精神病性思考、妄想、幻覚が生じることがあります。
ボーダーラインの根底にある感情的問題は、「見捨てられ不安」、「自己肯定間の欠如」、「孤独耐性の低さ」などです。
家族や知人とつき合っていると、どうしても批判的、攻撃的になって対人トラブルが絶えません。
根本的な安心感が乏しいため、些細なことがきっかけで、気持ちが揺れやすいのです。
ニコニコ上機嫌だと思うと、ちょっとしたことから、「やっぱり私なんか…」、「もうどうでもいい」、「生きているのが虚しい」というように、すべてを否定するいい方をし、別人のようにふさぎ込んでしまうのです。
最初のうちは、相手を過度に理想化し、素晴らしい人に出会ったと思うのですが、少しでもアラが見えてくると、急に気持ちが冷めて、逆に最悪のヤツだと、“こきおろし”がはじまります。
自殺願望を口にしたり、実際に死のうとしたりして、周囲を慌てさせることも稀ではありません。
本人の機嫌を損ねると大変なことになると思うので、周囲は、本人が不安定にならないように、薄氷を覆む思いで神経を使うことになります。
いつしか、いわれるがままに合わせるのがあたり前になってしまいます。
結果として、周囲をコントロールして、思い通りに暮らすようになるのです。
心の中に深い自己否定感や愛情飢餓感を抱えているため、極端で自暴自棄な行動に走りにやすいのです。
アルコールや薬物に頼ることも少なくありませんが、中でも、周囲が肝を冷やすのは、突発的に自傷したり自殺しようとしたりすることです。
しかも、そうしたことは、一度おきると、繰り返しおきることが少なくありません。些細なことで、心が傷ついてしまうと、また同じことをしてしまいます。
心の中に強い空虚感を抱えていますから、自己愛性に劣らず、関心や愛情を求め、「自分も主役でいたい」という思いを抱えています。
身を捧げた相手に、見返りとして愛を得ようとし、やがてその見返りがえられないことに気づきます。
心が砂漠のように枯れ果てたとき、今度は、愛を奪い続けた相手に対し怒りを抱くようになります。
とはいっても、見捨てられ不安や空虚感(人生の無意味感)が非常に強いので、「一人で過ごす時間(誰ともかかわらずに過ごす時間)」の孤独感になかなか耐えることができません。

b) BPOの認知・思考の7パターン
ア) ものごとや人物を「白(善)」か「黒(悪)」かの二元論的思考で認識し、判断します。
そのため、一人の人物の“よい部分”と“悪い部分”を現実的に認識することができず、「完全によい人か、完全に悪い人か」という“両極端な評価”になって、人間関係で衝突が起こりやすくなるのです。
イ) 相手を「理想化」して“ほめ称える”か、「無価値化」して“こき下ろす”かといった極端な対人評価をします。
少し前まで相手のことを高く評価していたのに、少しでも自分の思い通りにならないことや相手の嫌いな部分が目につくと、途端に態度を急変させて攻撃したり、罵倒したりするので、安定した人間関係をつくりにくくなります。
ウ) 完全主義思考が強いため、自分自身に対する評価は「完全な成功している人間か」、「脱落したなんの取り柄もない人間か」という極端な自己評価になりやすくなります。
悪い方向に自分を評価すると、とことん気分が落ち込んでしまい、自己否定的な認知や悲観的な将来予測ばかりを持つようになります。
エ) 他人の行動、発言、態度をみたときに、自分にとって「味方」か「敵」かという視点で相手を単純に分類してしまいます。
味方に分類した相手に対しては好意的、誘惑的に接近して依存的な態度をとりやすく、敵と分類した相手に対しては、攻撃的、拒絶的な態度をとって、怒りの感情を露わにすることもあります。
オ) 自分の置かれている状況を「理想的な幸福、安心」か「絶望的な不幸、孤独」かのどちらかに偏って認知する傾向があります。
自分の生活状況や対人関係をポジティブに理想的なものとして認識しているときには、ある程度、現実適応能力が高くなります。
しかし、いったん自分自身を不幸な存在としてネガティブに認知しはじめると、気分の落ち込みや自暴自棄な衝動性が激しくなり、現実的な社会生活、対人状況への適応が難しくなってしまいます。
カ) 自分の失敗や不幸、怒りの原因を、「自分以外の他者(外的要因)に転嫁する」傾向が見られることがあります(他罰傾向)。
反対に、自分の失敗や不幸、怒りの原因を、「すべて自分自身に求めて自分を責め過ぎたり、自己否定的になったりする」ことがあります(自罰傾向)。
他罰傾向が強くみられるときには、自分の発言、行動、態度が他人に与える影響を推測することができなくなり、相手を攻撃して傷つけてしまうことが多くあります。
キ) 「客観的事実にもとづいて、他者状況を的確に認知することが苦手」であり、「主観的感情によって他者、状況を認知しやすい」ので、どうしても“思い込み”、“決めつけ”、“事実誤認”などの問題が起こりやすくなります。
相手の反応のことばを“偏った色眼鏡”を通してみてしまうと、「相手は自分を否定(非難)している、相手の態度は自分を嫌っている証拠だ」というような思い込みに陥ることがあります。

c) 背景と原因
深い自己否定や見捨てられ不安の背景には、幼いころ、虐待を受けたり、性的虐待(性暴力)を受けていたり、愛情を奪われる体験をしたり、見捨てられる体験をしていたりして、心に傷を抱えていることがわっています。
暴力のある家庭環境だったり、家族関係が複雑だったり、親とギクシャクしていたりということがよくみられます。

<DSM-Ⅳ診断基準>
D-5.対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な要素を持ち、成人期早期までにはじまる。
・現実あるいは想像上の「見捨てられ感」を回避しようと、狂気的な異常な努力をする
・極端な「理想化」と「こきおろし(脱価値化)」の急速な交代を特徴とする不安定で緊張した(インセンティブな)対人関係のパターンをとる
*インセンティブ..ものごとに取り組む意欲を、報酬を期待させるような働き。費用と便益を比較する人の意思決定や行動を変化させる誘因。
・自己イメージあるいは自己の感覚が顕著で、恒常的な不安定さによる「自我同一性障害」がみられる
*自我同一性障害..思春期に自我の確立が果たせないことを「自我同一性の拡散」といい、このままの状態で大人社会に入っていくと、本人や周りの人たちが辛い思いをすることになる。「自我の拡散」とは、自分をまとめられなくなった状態で、ときには自己の存在意義がわからなくなって、いらだっている自分をコントロールできない危機的状態にもなる。
・自己を傷つけてしまう潜在的なリスクを伴う衝動性で、「浪費、セックス、薬物依存、無謀運転、摂食障害(むちゃ食い)」などの症状として2つ以上みられる
・自殺企図や自殺の素振りを繰り返したり、自殺をほのめかしたりすることで周囲を繰り返し脅す。あるいは、自傷行為を反復的に繰り返す。
・外的刺激に対する気分の反応性が顕著で、感情が不安定(エピソード的な強い抑うつ感、イライラ、不安など)である
・慢性的な虚無感、空虚感、無価値感を抱えている
・不適切で激しい怒り、あるいは怒りのコントロールが困難(しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)である
・ストレスに関連した一過性の妄想的な考えを持つ(もしくは重篤な解離性障害がある)


⑤ 反社会性人格障害 E-3
a) 反社会性人格障害(Anti-social Personality Disorder)とは
以前は、精神病質人格障害(サイコパス)、社会病質障害とよばれていました。
男性に多く、「他者の権利や感情を無神経に軽視する傾向」を示します。
「人に対しては不誠実」で、「ぎまんに満ちた言動」をします。
「欲しいものを手に入れたり、自分が単に楽しんだりするために人を騙し」ても、悪いことをしている自覚がありません(自己愛性人格障害の人が、自分は優れているのだから当然だと考えて人を利用するのとは異なった考え方です)。
「衝動的かつ無責任に、自分の葛藤を行動で表現する」のが特徴です。
不満があるとがまんができず、敵意を示したり暴力的になったりすることがあります。
自分の反社会的な行動の結果を考えないことが多く、他者に迷惑をかけたり危害を加えたりしても、“後悔や罪の意識”を感じません。
むしろ、ことば巧みに自分の行動を正当化したり、ほかの人のせいにしたりします。
がまんさせたり、罰を与えたりしても、それによって反社会性人格障害の人の行動が改まったり、判断力や慎重さが身につくことはありません。
かえって、本人が心に抱いている過酷で、情に動じない世界観が揺るぎのないものとなっていきます。
また、「アルコール依存」、「薬物依存」、「性的に逸脱した行動」、「乱交」、「投獄」といった問題を起こしやすい傾向があります。
仕事に失敗しがちで、住居を転々と変えるケースもよくみられます。
かかわりを持つと、思いもかけない事故やトラブル、警察沙汰、裏切りによって、家族や子どもも巻き込まれ、平穏な暮らしが破られかねません。
男性は母親的な存在を、女性は父親的な存在を求めます。相手の求めるのは、先ず何よりも、自分のことをすべて受け入れてくれることだけです。
いつも外では突っ張って生きていますが、その分、人には見せられない傷や弱さも抱えています。
そうした弱い部分を安心して見せられるような存在を求めます。
恋愛は“生きるための手段”や“生活の道具”となっていることがあります。
一部の人たちは、「女(男)は金を取るための道具・手段」と割り切った考えを持っています。
そして、自分の思い通りにするための“麻薬”が「セックス」なのです。
ときには、文字通り麻薬を使って相手を虜にし、支配することもあります。
快楽だけで縛れないときは、暴力や恐怖によって縛ろうとします。
「殺すぞ」、「火をつけるぞ」、「その顔をグチャグチャにしてやろうか」と脅され、平気な人はいないでしょう。まして、さんざん暴力を受け、衝動性をみせられた後では、口先だけの脅しとも思えなくなります。
恐怖は、強い力で人を屈服させてしまうのです。
思い通りになるとみると、やりたい放題に搾取をし続けます。
世間体のためや経済的事情のために、別れることができなければ、それは地獄のような毎日になってしまいます。
交際相手や配偶者が回避性の特性をもっている場合、自己主張が乏しく、受動的であることから、コントロールしやすく、縛られることないので気楽だと感じ、関係が続くことがあります。
「超自我(自分の自由な思いに対して“そんなことしてはダメだ”という自分の<内なる声>のもとになる心の部分)の欠如」した反社会性人格障害と自己愛性人格障害には、「自己中心的」、「自己顕示欲」、「共感性の欠如」、「過剰な優越欲求と支配欲」、「無謀な衝動性」、「適応的学習の困難」、「発達早期の愛情剥奪(母親剥奪)」といった共通点があります。
「他人の権利を侵害してもかまわない」という反社会的な認知は、「他者に対する基本的不信感、社会から不当に迫害されているという被害感情、自分を守るために他者を攻撃しなければならないという自衛の必要性」などから生まれてくるものです。
自分自身も社会や他人から傷つけられ搾取(虐待)されているのだから、自分も社会の規則を破って他人を攻撃してもよいというのが、反社会性人格障害の基本的認知です。
内面では、「幼児期から与えられてきた苦痛、屈辱」を社会に与え返すという「同害復讐法的な正当化」がなされています。
また、「幼児期に他人に協力して利益をえるという“互換性の原則”を学ぶことができなかった」ことから、他人を信用して協調すると、「自分が騙されて、搾取されてしまう」と被害者意識を持っていることが多いのです。
「他者への不信感」「社会への復讐感情」「道徳や法律への挑戦」によって駆り立てられていて、「他者と協力する利益」よりも「他者から奪い取る利益」の方が大きいという間違った信念を強固にもっています。
これらの他者、社会を敵視して憎悪する悲観的認知は、「過去に誰も自分を助けてくれず、社会が自分に苦痛、侮辱を与えたというトラウマ」に起因しています。
そのため、他人に賛成して協力することを「他人への従属、自己アイデンティティの崩壊」と認知する傾向があります。

b) 反社会性人格障害の5つのタイプ
ア) 貪欲タイプ
「自己愛」と「嫉妬心」が極端に強くなっています。
「自分の不幸な人生に対する復讐」を目的にして、貪欲に他人から財産、権利を搾取し、社会にダメージを与えようとします。
自分に不幸な境遇を与えた“社会への復讐心”と、自分よりも幸福な生活を送っている“他者への嫉妬心”によって、「支配欲」、「所有欲」を高めていきます。
しかし、不当な犯罪で攻撃、嫌がらせなどの手段によっては欲求を十分に満たすことはできません。
さらに、「人生の無意味さ」、「自己アイデンティティの空虚」、「他人への憎悪を抱えている」ので、なかなか純粋な幸福感を感じることができないのです。
イ) 評判を守るタイプ
物質的な所有欲や他者への支配欲よりも「マイノリティ集団における名誉と敬意を重んじる」反社会性人格障害です。
「なにものも怖れない自分の勇敢さ」と「強靭さ」、「恐ろしさ」を“同類の仲間”に認められることにすべてを賭けます。
「自分がいかに勇敢で強いのか」を仲間に対して証明するために、「衝動的で危険な行動をする」傾向があります。
法律を破って犯罪を実行するのは、自分が法の制裁や国家権力を何ら恐れていないことを証明するためです。
そのため、違法行為の結果、手に入れる利益や商品などにほとんど関心はなく、「仲間たちが自分の行動をどのように評価しているのか」という“評判”、“名声”を非常に気にします。
「自分が誰からも承認されないという孤独感」を抱えていて、自分を“尊敬”して、“評価”してくれる仲間のためであれば、法的に処罰されようが命を失おうが関係ないというほどの覚悟を決めていることもあります。
最大の特徴は、自分を評価しない一般社会ではなく、「自分を評価してくれるマイノリティ集団のためには、どんなことでもやってしまうという盲目的な勇敢さ(無謀さ)」にあります。
ウ) 危険を覚悟しているタイプ
誰もが恐怖して逃げだしてしまうようなリスクに対し、あえて挑んでいきます。
「死を恐れない態度、破滅を恐れない覚悟に自己アイデンティティのすべてを賭けている」という特徴があります。
“評判を守るタイプ”と“危険を覚悟しているタイプ”には、誰もが恐怖する危険な行動をあえて実行するという共通性がありますが、前者は「自分を評価してくれる仲間のため」に危険な行動をしますが、後者は「無意味な人生に意味をもたらす刺激のため」に大きなリスクを冒すのです。
両者ともにリスクに対する報酬にはほとんど無関心であり、「自分がどれだけ勇気と力に満ち溢れた存在であるかを“実感する”ため」にあえて深刻なリスクをとって行動します。
このタイプは、自分の生命にも人生にもほとんど関心がなく、「本質的に無意味な自分の人生」がいつ終わっても構わないという虚無感を絶えず抱えています。
そのため、誰もがしり込みするようなリスクに対して、まったくひるむことがないという特徴を持っています。
状況や課題がよりリスキーであればあるほど、やる気をそそられるようになり、大きなリスクを乗り越えた自分に周囲の人たちが目を丸くして驚き、飽き果てる様子をみて、このうえない満足感をえるのです。
エ) 放浪的タイプ
既存の社会的、職業的制度や文化的価値観に適応することのできない反社会性人格障害です。
「社会的な制度、仕事、義務のすべてからできるだけ遠くに逃走しようとする」特徴があります。
社会の平均的なライフスタイルを嫌悪していて、就職(職業)や結婚(家庭)に対する関心も低く、そのときそのときを“場あたり的”に生きて行こうとしますが、経済的困窮や社会的差別の問題に突きあたることが多くなります。
社会制度的な枠組み、規則正しい生活習慣の中に適応させられることを非常に嫌います。
「自分の人生(将来)に対する関心の低さ、安定した生活への適応能力の不足」などの問題がありますから、経済的に貧窮してホームレス化するリスクを孕んでいます。
「社会や他人に束縛されない自由」、「自分の好きなように行動できる自由」に最大な価値を置いています。
オ) 悪意あるタイプ
「社会への復讐心」、「他人への憎悪」、「衝動的な破壊願望」、「貪欲な所有欲」が最も強いタイプです。
「社会常識や規範意識への飽くなき抵抗」と「他人からの不当な搾取」に“生きがい”をみいだしています。
年少期に受けたトラウマ的な体験などの影響で、「他者への根深い不信感と嫉妬心」を抱いていて、他人の行動に「妄想的な悪意」をみいだしても、「ありのままの善意」をみいだすことはありません。
妄想性人格障害のように、「他人が自分を罠にはめて痛めつけようとしている」、「他人は自分から搾取することはあっても何かを与えてくれることはない」、「他人の優しさや同情は偽善的な計略に過ぎない」という“被害妄想”をもっています。
そのため、他人の親切や善意を素直に信じることができません。
「悪質な嘘をついて他人を騙そうとし、好戦的に他人と戦って利権を奪い取ろう」とします。
しかし、他人に不当な危害や損失を与えても、「罪悪感や後悔の念を抱くことはなく」、残酷な復讐に“快感”を感じます。
それは、「他人への悪意や攻撃(加害)を、過去の自分の不幸や屈辱に対する当然の補償(報酬)だ」と“認識”しているからであり、社会への復讐心と他者への嫉妬心によって不安定な自己アイデンティティが支えられているからです。

c) 背景と原因
よく叱られてばかりで、否定されて育つ中で、“人間不信”や“反抗的”な傾向を強めていきます。
多くの場合、反社会的な行動、薬物などの乱用、離婚、肉体的虐待などの家族歴があり、小児期に情操面での養育放棄(ネグレクト)や虐待を経験していることもあります。
逆に、甘やかされて、愛情よりも金や物を与えられて育った人に多くみられます。
小さいころから嘘をついたり、盗み癖があったりするという場合もあります。
一般の人に比べ、寿命が短い傾向があり、齢とともに治まっていくか、安定する傾向がみられます。

<DSM-Ⅳ診断基準>
E-3.他人の権利を無視し、侵害する。15歳以降に起こる。
・法にかなう行動という点で社会的規範に適合しない行為を繰り返す(逮捕原因になる行為)
・人を騙す傾向がある。自分の利益や快楽のために嘘をつき、偽名をつかったり、人を騙すことを繰り返したりする
・衝動性、または将来に計画を立てられないこと
・いらだたしさ、および攻撃性。身体的な喧嘩または暴力を繰り返す
・自分または他人の安全を考えない向こう見ずなところがある
・一貫して無責任である。仕事を安定して続けられない、または経済的な義務を果たさない、ということを繰り返す
・良心の呵責が欠如している。他人を傷つけたり、いじめたり、または他人の ものを盗んだりしたことに無関心であったり、それを正当化したりする


⑥ 自己愛性人格障害 F-5
a) 自己愛性人格障害(Narcissistic Personality Disorder)とは
「優越感をもっていて」、「人から賞賛されたがり」、「人に共感する心が欠如」しています。
「自分の価値観や重要性を過大評価する」傾向があります(誇大性)。
「失敗」、「敗北」、「批判」などに極度に敏感です。
「高い自己評価を満たせないと、すぐに激怒したり、ひどく落ち込んだり」します。「自分は他者よりも優れていると思い込んでいる」ので、“賞賛される”ことを期待し、「他者は自分をねたんでいるのではないか」と“疑う”こともよくあります。
「自分の欲しいものは何でもすぐに手に入るのが“当然”」と考えていて、他者の欲求や信念は重要視していないため、「ほかの人を平気で利用」します。
周囲に迷惑な行動を起こし、「自己中心的」、「傲慢」、「利己主義」とみなされます。
子どものように自慢が好きで、注目が自分に集まっていないと機嫌が悪くなります。
賞賛されることが好きで、特別な才能や能力をもった存在だと思っています。
逆に、貶されると、激しい怒りを覚え、逆ギレしやすいのです。「俺を怒らせるな!」、「俺ならもっとうまくできる」、「〇〇が~なんかするからだ」というのが口癖で、人の悪口をいいます。
「自分の思い通りになってあたり前」という“驕り”を心の中に持っています。
自分は特別な存在だと考えるため、傲慢で、他人を見下したような態度をとります。
他者の気持ちや痛みに対しては無頓着で、周囲の者は自分のために尽くすのが当然だと考えています。
自分が主人公で、自分を中心に世界が回っていると考えています。思い通りにならないと、それは、自分のせいではなく、「~のせいだ!」と“周囲の者のミス”や“怠慢”が原因だと考え、周囲にあたり散らします。
理不尽なことですが、一生懸命尽くしている人ほど、責任転換をされかねないのです。
高学歴のエリートが、毎日のように妻や母親に暴力をふるっているということは少なくありません。
「責任転嫁」する“癖”に気づいたら、要注意です。
「ありのままの自分を愛せず、自分は優越的で素晴らしく特別で偉大な存在でなければならない」と思い込んでいます。
「過度に歪んだルールである内的規範が弱い」のも特徴です。
ナルシズム(自己愛)は、「乳幼児期の正常な自己愛」と「思春期以降の異常な自己愛」に分けられます。
母子分離不安が高まる生後5-36ヶ月に一次性ナルシズムが芽生えてきます。異性に性的な関心が芽生えてくる思春期以降の二次性ナルシズムは、「病的な性倒錯」です。
意欲的な創造性が、適度な自尊心を生みだす「健全な自己愛」に対して、自己愛性人格障害の原因となる「病的な自己愛」は、「自分自身の権力や幸福」、「名声」、「成功」のみに固執します。
自己顕示欲求と誇大妄想的な自己陶酔を満たすために、他人を不当に攻撃したり、身勝手に利用したりする“過剰な自己愛”です。
過剰な自己愛は、「尊大さ、傲慢さ、横柄さ」といったことばで表現される他者を侮蔑して否定する行動(発言、態度)となってあらわれます。
実際の自分以上に自分に価値があると妄想的に思い込み、「自分は凡人とは違う特別な人間だから、もっと丁重に敬意をもって扱われるべきだ」といった要求を“明示的”、“暗示的”に主張します。
「私の実力や魅力、価値を評価できない人間はものごとの価値がわからない無能な人間であり、つき合う価値がない」といった“排他的”かつ“独善的”な態度を示すこともあります。
「他者に自分への賞賛と従属、関心を“強制”して、自分の力を認めない人や自分に従わない人たちを遠ざけることで(お世辞やご追従をいうご機嫌取りを周囲に集めることで)、外部の現実原則から自分を守ろうとする」のです。
自己愛が過剰に強くなることで、自己愛性人格障害や演技性人格障害といった病理的な人格構造が形成されてくると、現実的な自己評価を逸脱する“誇大自己の拡大”が起こります。
その結果として、特異的な行動パターンを示してきます。
すなわち、「尊大(横柄)な態度」や「傲慢な発言」が多くなり、「自己顕示欲(エゴイズム)を満たすために他人を利用」しようとします。
しかし、本人は「自分は他人を利用して、満足をえる当然の権利と能力がある」と思い込んでいるので、反省する素振りもみせません。
自分を批判するものや自分の価値を引き下げる対応をする者を、決して許すことができません。
そのため、「衝動的に激しく攻撃」したり、「防衛的に無視して距離をとろう」としたりします。
病的な自己愛の持ち主と一緒にいる相手は、“独特な不快感”や“違和感”を味わさせられます。この人は、「わがまま」で、「自己顕示欲が強い人」、「傲慢不遜で非常識な性格の持ち主」と認知します。

b) 背景と原因
幼いころから過保護に育てられ、何でも思い通りになって、つまずきを知らずに過ごしてきたという場合と、幼いころは可愛がられていたのに、途中から関心や愛情を奪われたり、挫折を味わったりして、それを補うために。歪な自己愛を肥大されたという場合があります。
そのため、「過剰な自信」と「劣等感」や「寂しさ」が“同居”していることが少なくありません。
そして、「嫉妬心が強い」という特徴もみられます。
自分より優れたものや幸福なものが許せないのです。
身近な人の幸せの、心から喜ぶというより、妬みを覚えてしまうのです。配偶者やわが子の幸福にさえ、嫉妬してしまうのです。
自分に回ってくるべき幸せを取られたように感じてしまうのです。
悪口が多いのも、強い嫉妬心と関係しています。
自分の思い通りになる存在には優しいが、自分になびかない、自分を認めようとしない相手には、徹底的に攻撃を加えます。
贔屓や不公平、意地悪も特徴のひとつです。

<DSM-Ⅳ診断基準>
F-5.誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感の欠如が、成人期早期までにはじまる。
・業績や才能を誇張し、優れていると認められることを期待する
・限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている
・自分が“特別”であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人たちにしか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている
・過剰な賞賛を求める
・特権意識、つまり、特別有利なとりはからい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する
・対人関係で相手を不当に利用する。つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する
・共感の欠如。他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、または、それに気づこうとしない
・自分より優れている人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む
・尊大で傲慢な態度、行動をとる


⑦ 演技性人格障害 G-5
a) 演技性人格障害(Histrionic Personality Disorder)
「人目を惹くための演技的で過剰な“感情表現”と“身体的演出”」を特徴とする「B群」の人格障害です。
常に注目を集めたがり、そうしないと楽しむことができません。
外見をとても気にし、感情表現が大げさで芝居がかっていて、軽薄な印象を与えます。
表現力豊かで生き生きしているため、友人はすぐにできますが、大げささや子どもっぽさ、わざとらしさが感じられ、人の同情や関心を集めたいという意図がうかがわれるため、友好関係は表面的で、一時的なものに終わります。
また、性的に誘惑するような行動をとったり、性的ではない人間関係を性的なものと思い込んで、周りにいいふらしたりします。
けれども、誘惑的な言動の裏には、「頼りたい」、「かまって欲しい」、「守って欲しい」という欲求があるとされています。
外見的魅力やセックスアピールによって、周囲の関心を惹きつけようとし、関心をえるためには、大袈裟な演技を伴いやすいことが特徴です。
冷徹な目で見る人には、いささか芝居かかった人だと思えてしまいますが、惹かれている人にとっては、一挙手一投足がとても魅力的に感じられます。
口が達者で、人を惹きつける魅力をもち、マインドコントロールに長けています。
中には、嘘つきのペテン師のもみられます。
演技力とパフォーマンスの力で、周囲を感銘させたり、信用させたりする天職の能力を備えています。
嘘がうまく、本当のような嘘をさりげなく吐いて、相手をコロッと騙してしまうのです。騙そうと悪気があるというよりも、相手の気を惹こうとしてそうすることが多いのです。
それは、心を操る力を持つということです。
自分の目先の欲を満たすためだけに、同情や関心を惹くための演技や虚言を使います。
本人のことを思っている人ほど騙されやすいので、後で、それがつくり話だと知っても、なかなか信じられなくなっています。
また、自分に箔をつけるために、学歴や家柄を偽ることもあります。
ただし、外見の華々しさとは裏腹に、内面はあまり魅力がなく、話をしても空っぽな人が多いのです。
軽々しく振る舞い、まともに向き合うことを避けることで、自分の中味のなさを誤魔化しているのです。
表現力や周囲をマインドコントロールする力に長けているので、敵にまわすと怖い存在になります。
愛し合っていたはずの相手が、ひとつ間違って、敵にまわしてしまうと、相手を地獄に落とすために一芝居打つということも平気でやってのけます。
恋愛に対しては熱しやすく冷めやすく、飽きっぽくて、気まぐれで、長続きしにくい傾向があります。しかし、初対面の人に対しても、すぐに親しくなるのが上手く、なれなれしく甘えてきたり、接近してきたりします。
表現力が豊かで、なにごとも美的で、インパクトがあり、ドラマチックなものしようとします。
セックスにおいても、相手をうっとりさせ、心と体をとろけさせ、悩殺するワザをもっています。
ベッドでの表現は、奔放で、激しく、魅力的です。
しかし、性的な快感による満足以上に、自分が注目され、関心を独占し、時に、自身の性器の凄さを称えられることの方が大切なのです。
“称えられる”ことは、生きている上で必要不可欠な栄養源といってもいいのです。
といっても、日常的なものが苦手で、非日常的な表現の中でしか、生きているという実感を味わえないのです。
また、依存的な願望が隠れていることも多く、「心気症的な性質を帯びている」場合もあり、「注意を惹くために、体の不調などを大げさに訴える」こともあります。
そして、演技性人格障害の人は、「暗示にかかりやすい」傾向があり、「感情的なできごとに関しては記憶が鮮明ではない」ことが指摘されています。

b) 背景と原因
親から“無条件の愛情”をきちんともらえなかったことが背景にあります。
そのため、自分で「気に入ってもらえる存在を演じる」ことで、周囲からの関心を惹こうとしてきたのです。
親の性的な部分をみせられて育っていることも少なくありません。
そのため、早いうちから、異性を性的魅力で惹きつけることに関心を抱くようになるのです。
また、遺伝的要因も関係しているとされています。
その場合、どちらかの親が、似たような傾向をもっているとされています。

<DSM-Ⅳ診断基準>
G-5.過度な情緒性と人の注意を惹こうとする。成人期早期までにはじまる。
・自分が注目の的になっていない状況では楽しくない
・他者との交流は、しばしば不適切なほど性的に誘惑的な、または挑発的な行動によって特徴づけられる
・浅薄ですばやく変化する感情表出を示す
・自分への関心を惹くために絶えず身体的外見を用いる
・適度に印象的だが内容がない話し方をする
・自己演劇化、芝居かかった態度、誇張した情緒表現をする
・被暗示的、つまり他人または環境の影響を受けやすい
・対人関係を実際以上に親密なものとみなす


⑧ 回避性人格障害 H-4
a) 回避性人格障害
「他者から拒絶されることに過度に敏感」で、人間関係を含めて新しいことをはじめるのを怖がります。
「愛情や受け入れられることに対して強い欲求を抱いている」にもかかわらず、「失望」や「批判」を“恐れ”て、親密な人間関係や社会的状況を“避ける”傾向があります。
人と必要以上に距離をとり、親しくなることを避けようとし、他人が接近し過ぎることに敏感で、接触を避けようとします。
また、顔と顔を向かい合わせるような状況も苦手です。
顔をそらして、目が合うのを避けたり、体がじかに触れ合うようなことに対しては、緊張や不安が強く、人によっては不快に感じたりします。
神経が過敏で神経質、極度に気を遣うため、人といると気詰まりに感じ、疲れてしまいやすく、人づき合いは消極的になってしまいます。
会いたい気持ちがあっても、気を遣ったり、緊張したりすることを考えると、何となく面倒になり、会うのを断ってしまったりします。距離を隔てた関係が、一番気楽で安心なのです。
しかし、はじめのうちは非常に遠慮がちですが、馴れ合うにしたがい、隠れた依存性が顔をだしてきます。
交際相手や配偶者が便利な代理人役を引き受けてしまうと、いっそう自分では何もしようとしなくなります。
そして、交際相手や配偶者を手足のように勘違いし、頼り切ってしまうこともおきます。
体の病気とか、精神的な問題を持ちだし、その状況が長年にわたって固定してしまうことがあります。
強迫性の要素をもつ女性が、回避性の男性の手足になり、尽くすという関係が、時として支配という関係になることもあります。
さらに、失敗することに極度に臆病です。失敗して傷つくことが怖く、嫌な思いをするくらいなら、最初から何もしない方がいいと考えます。
「どうせ無理」、「ダメに決まっている」、「やっぱりやめて置く」、「私なんか」といったいい方が特徴です。
意中の人が、明らかに行為を持って近寄ってきれも、「どうせ自分なんか、本当には好きになってもらえるはずがない」とか、「結局嫌われてしまう」と考えしまいます。
「それなら、最初からかかわりを持たない方がいい」と思い、“素っ気ない態度”で応じてしまうのです。
しかし、心の奥には、高いプライドが隠れています。
そのプライドを必死に守ろうとするために、「あらかじめ悪い結果を想定する(口にする)ことで、傷つくことを避けている」と考えられるのです。
体の動きがどことなく不器用で、ぎこちないことから、ダンスをしたりするのも苦手な人が少なくありません。
恥ずかしやがりの傾向があり、人前で体を動かしたり、肌をさらけだしたりすることは好みません。
裸を曝し合うセックスは、喜びというよりも、不安で苦痛なことに思い、奔放に愛の歓びを体の動きや声で表現することに抵抗を覚えます。
統合失調質人格障害とは異なり、「孤独感」や「他者とうまくかかわれない」ことについて“率直に悩み”ます。
また、境界性人格障害と違って、拒絶に対して怒りを向けるのではなく、「ひきこもり」、「内気で憶病」な様子をみせます。
回避性人格は全般的なタイプの社会恐怖に類似しています(不安障害:社会恐怖)。

b) 背景と原因
親からいつも厳しい目を向けられ、いいところをほめられるよりも、悪い点ばかりをあげつらわれて、「ビクビクしながら育った」という生育暦が関係していることが少なくありません。
兄弟にしっかり者で優秀な人がいると、その人と比べて、ダメ扱いされてきたという場合もあります。
「親にあまりほめられたことがない」と話すのが、特徴です。養育の問題以外にも、「いじめ」を受けたり、「人前でひどく恥をかかせられた」体験をしたり、「自尊心を打ち砕かれる」経験をして、“自分に対する自信を失ってしまった”ことに起因することもあります。
思春期ころから徐々に消極的になり、自己評価も下げてしまったということがよくみられます。

<DSM-Ⅳ診断基準>
H-4.社会的制上、不完全、および否定的評価に対する過敏性。成人早期までにはじまる。
・批判、否認、または拒絶に対する恐怖のため、重要な対人接触のある職業的活動を避ける
・好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたいと思わない
・恥をかかされること、または馬鹿にされることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す
・社会的な状況では、批判されること、または拒絶されることに心がとらわれている
・不全感のために、新しい対人関係状況で静止が起こる
・自分は社会的に不適切である。人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている
・恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険を犯すこと、または何か新しい活動にとりかかることに、異常なほど引っ込み思案である


⑨ 強迫性人格障害 I-4
a) 強迫性人格障害とは
「秩序」、「完ぺき性」、「管理」といったことにこだわります。
信頼できる人で、頼りになり、きちんとして、几帳面である一方、柔軟性に欠けるため変化にうまく適応できません。
慎重で、ひとつの問題のあらゆる局面を比較検討するため、「決断を下すことが苦手」です。
まじめで責任感があるが、「誤りや不完全さに耐えられない」ため、仕事を最後までまっとうできないことがよくあります。
精神障害の強迫性障害(不安障害、強迫性障害)とは異なり、強迫性人格障害の場合は、自分の意志に反して反復的に想起される強迫観念や儀式的行為はみられません。
「礼儀」といった形式的なことにもこだわりが強く、“世間体”や“対面”を重んじますが、それ以上に、「義理」や「筋」というものを重視します。
「筋が通っていないことを嫌い、本音よりも建前を重んじる」ところがあります。
勤勉な努力家が多く、コツコツと地道に単調な努力を続けることができます。「義務感」や「責任感」が強いのも特徴です。
なにごとにも「したい」という自分の気持ちより、「すべきだ」という義務感から行動します。自分に不当に負担がかかり過ぎているときも、「するしかない」と無理をしてしまうところがあります。
責任に伴う不安に常に悩まされるため、成功してもそれを喜ぶことができません。
うまくいかないと、「努力が足りない」、「自分のせいだ」と、自分を責めがちになります。
自分の義務や責任感も、潔癖なほど強い人が多く、周囲にも同じことを期待しがちです。
こうした点において、とても頑固で融通が利かないことから、対人トラブルをひきおこすことがあります。
「感情的な問題」、「人間関係」、「自分ではコントロールできない状況」、「他者に頼らざるを得ない状況」、「予測できない出来事が起こる状況」には“不安”を感じます。
生活習慣や価値観、行動パターンにやり方、所持品などが同じであることに執着し、それを変えられることを嫌がることになります。
しかも、それは“絶対のもの”とみなし、「周囲にも押しつける」ことがあります。
ときに、これが「支配につながる」ことがあります。
愛情関係は一方が相手を支配したり、管理したり、仕えたりする上下の関係になりやすいのです。
相手にとって、不自由な縛りのように受け取られ、窮屈で堪らなくなり、相手が逃げだしてしまうことも少なくありません。
物であれ、人であれ、“捨てられない”のです。

b) 背景と原因
遺伝的な気質もありますが、養育の影響もあり、倫理観の強い親や厳しい親に支配され、道徳的で、世間体を重んじる家庭に育っていることが多くみられます。
子どものころから、親のいいつけをよくきく、親にとって都合のいい、真面目な“従順な子”だった人に多くみられます。

<DSM-Ⅳ診断基準>
I-4.秩序、完全主義、精神および対人関係の統一性にとらわれ、柔軟性、開放性、効率性が犠牲にされる。成人期早期までにはじまる。
・活動の主要点が見失われるまでに、細目、規則、一覧表、順序、構成、または予定表にとらわれる
・課題の達成を妨げるような完全主義を示す(例:自分自身の過度に厳密な基準が満たされいという理由で、1つの計画を完成させることができない)
・娯楽や友人関係を犠牲にしてまで、仕事と生産性に過剰に誠実で良心的かつ融通がきかない(文化的または宗教的同一化では説明されない)
・道徳、倫理、または価値観についての事柄に過度に誠実で、良心的かつ融通がきかない(文化的または宗教的同一化では説明されない)
・感傷的な意味のないものの場合でも、使い古した、または価値のない、ものを捨てることができない
・他人が自分のやるやり方どおりにしたがわない限り、仕事を任せることができない、または一緒に仕事をすることができない


⑩ 依存性人格障害 J-5
a) 依存性人格障害(Dependent Personality Disorder)とは
極端な依存性を特徴とする「C群」の人格障害です。
「他人に世話を焼いてもらいたい」、「責任を負ってもらいたい」という“強い欲求”から、「人に寄りかかり、しがみつくような人間関係」を持ち、「突き放されることに、強い不安」を示します。
「自分の欲求より、頼りにしている相手の欲求を重視することで気に入られよう」とする。相手を怒らせないために、自分の意見をいいたがりません。
“愛情”や“保護”を得るために、「徹底的に自分を犠牲」にしてしまいます。
自分自身についてまったく自信がなく、「人は自分より能力がある」と信じています。
「自分では決められない」、「何をしたらよいかわからない」、「どうしたらよいかわからない」といった“依存的な発言”がよくみられます。
「ひとりで過ごすことができない」ので、頼りにしていた人を“失う”と、必死で他の対象を求めます。「大きな決断や責任は必ず他人に任せにし、自分の欲求より、頼りにしている相手の欲求を優先」させます。
このような行動をとる一因として、「ほかの人には自分よりも能力があると信じている」ことがあげられます。
また、「頼りにしている人を怒らせないように、自分の意見をいいたがらない」という面もあります。
困っている人をみると放っておけず、しかも、断れないため、「相談にのってしまったり」、「援助をしたり」、「人のために一肌脱いだり」します。
ときには、交際相手や配偶者に内緒で、お金を融通したりしたために多額の借金をつくってしまい、内緒でつくった借金返済のため、風俗等で働いてしまうことも少なくありません。
悪い異性に騙され、貢いでしまうということも特徴で、中には、犯罪や売春までし、お金を貢いでしまうこともあります。
飲んだくれの夫や浪費家の妻の欲求をみたすため、せっせと働いたお金を差しだし続けるのは、愛情でもなんでもなく、ただの弱さです。
不機嫌な顔をされるのが嫌で、いうべきこともいえず、欲しがる物を与えてごまかしているだけなのです。
また、十分に愛情や関心を与えられていないと、その寂しさを紛らわそうと、交際相手や配偶者以外に救いを求めようとし、倫ならぬ関係に陥ったり、宗教にのめり込んだりしてしまいます。
アルコール依存、買い物依存になることもあります。
仕事にのめり込んで、家庭が疎かになる場合もあります。
自分に果たすべき役割がないと感じると、空虚な思いに囚われ、子育てが終わったときの、空の巣症候群にもなりやすいのも特徴のひとつです。

b) 背景と原因
人の顔色に敏感で、自分の考えや気持ちではなく、相手が機嫌を損ねないように合わせてしまうのは、子どものころの生育暦が関係しています。
例外なく、親に支配されて育った人です。
親の支配には、二通りがあります。
ひとつは、みるからに横暴で、強圧的な親が、半ば力づくでその人を支配してきた場合です。アルコール依存症や人格的に未熟さがあり、不安定で、気まぐれで、家庭内暴力を繰り返すような親のもとで育った典型的なものです。
DV環境で育った人は、相手の顔色をみて、相手の機嫌を損ねないようにふるまう傾向が身についてしまうのです。
もうひとつは、親との仲もよく、反抗したことや、逆らったこともないのという一見とてもよい親に育てられたと思っている場合です。それは、親にとって都合のいい“従順ないい子”になって、何でも親のいうとおりにしてきたということです。
親子関係にはなにひとつ問題がないように、親も子も思っていますが、親から知らず知らずのうちに強い心理的支配を受けているのです。
そして、自分で生きる力強さを奪われているため、自分で決断して何かをやろうとするととても不安になったり、自分だけ幸福になることに罪悪感を覚えてしまったりするのです。

<DSM-Ⅳ診断基準>
J-5.面倒をみてもらいたいという広範の過剰な欲求があり、そのために従属的でしがみつく行動をとり、分離に対する不安を感じる。成人期早期までにはじまる。
・日常のことを決めるにも、他の人たちからのあり余るほどの助言を保証がなければできない
・自分の生活のほとんどの主要な領域で、他人に責任をとってもらうことを必要とする
・支持または是認を失うことを恐れるために、他人の意見に反対を表明することが困難である
・自分自身の考えで計画をはじめたり、またはものごとをおこなうことが困難であったりする(動機または気力が欠如しているというより、むしろ判断または能力に自信がないためである)
・他人からの愛育および支持を得るために、不快なことまで自分から進んでするほどやりすぎてしまう
・自分の面倒をみることができないという誇張された恐怖のために1人になると不安、または無力感を感じる
・一つの親密な関係が終わったときに、自分を世話し、支えてくれるもとになる別の関係を必死で求める
・自分一人残されて、自分で自分の面倒をみることになるという恐怖に、非現実的なまでにとらわれている


(12) 人格障害の治療
個人の人格特性が形成されるまでには長い年月がかかるように、適応の妨げとなる特性を治療するにもかなりの年月が必要とされます。
人格障害を「短期間で治す治療法はない」といえますが、比較的早く現れる変化もあります。
例えば、薬物療法や環境ストレスの低減により、不安や抑うつなどの症状はすぐに軽快します。
行動の変化は1年以内に生じるとさえますが、対人関係の変化には多くの時間を要することになります。
依存性人格障害の人では、例えば、「決められない」ということばを口にしないようにすることは“行動の変化”であり、意思決定の責任を買ってでたり、少なくともある程度は受け入れるという方向で職場の人や家族とかかわったりするようになることが“対人関係の変化”ということになります。
治療法は、人格障害のタイプにより異なりますが、すべての治療に共通する原則がいくつかあります。
人格障害の人は、「自分の行動に問題があるとは思っていない」ため、「状況に適応していない思考や行動がひきおこす“有害な結果”に本人を直面させる」必要があります。
それにはまず、本人の思考や行動パターンから生じる「望ましくない結果」を、心理療法士が「繰り返し指摘する」必要があります。
ときには、「行動に制限を加える」ことも必要となります(例えば、怒って声を張りあげるのを禁じ、普通の声で話させる)。
家族の行動は、本人の問題行動や思考に良くも悪くも影響するため、家族の関与は治療に役立ち、多くの場合不可欠といえます。
ただし、家庭内の暴力が原因であると考えられるときには、できる限り家族の関与は避けて治療をおこなうことになります。
グループ療法や家族療法、専用施設での共同生活、治療を兼ねた社交サークルや自助グループなどが、社会的に望ましくない行動を変えていくうえで役立つとされています。
大半の治療の基本となるのは、心理療法(対話療法)です。
不適応行動や対人関係のパターンに何らかの変化がみられるまでには、通常、1年-3年以上は続けなければなりません。
医師と患者の間に親密で協力的な信頼関係ができると、患者はそこから自分の悩みの根源を理解し、不適応行動を認識できるようになっていきます。
心理療法は、依存、不信、ごう慢、人につけこむといった対人問題の原因となる態度や行動を、本人がより明確に認識するのに役立ちます。
人格障害の中でも、特に適応の妨げとなる態度や期待、信念などがある場合(自己愛性人格、強迫性人格など)には精神分析を受けることを勧められ、通常は少なくとも3-5年間続ける必要があります。

① 認知行動療法は、「落ち着きのなさ」、「社会的孤立」、「自己主張の欠如」、「かんしゃくなどの行動」を変えるのに役立ちます。
「境界性人格障害(ボーダーライン)」、「反社会性人格障害(サイコパス)」、「回避性人格障害」の場合は、“行動の変化”が最も重要となります。
しかし、現実問題として、「反社会性人格障害(サイコパス)」、「妄想性人格障害」「自己愛性人格障害」の場合は、どの治療法でも「成功することは稀」です。

②「うつ病」、「恐怖症」、または「パニック障害」がある人格障害には、薬物療法が適切な治療法となる場合とされています。
しかし、薬には症状を一時的に緩和させるだけの限られた効果しかありません。
一方、人格障害から起こる不安や悲しみなどの感情は、薬で十分に軽減されることはまずありません。
境界性人格障害(ボーダーライン)の人に薬物療法をおこなうと、薬の使用方法を誤ったり、自殺をはかったりするといった問題が生じやすいため注意が必要となります。
問題は、DV環境、虐待環境で暮らし、親から暴力を対人関係としてのコミュニケーション、ことばとしてすり込み、学んでしまっている場合です。それは、治療ではなく、学習、すり込みの“やり直し(学び落とし)”が必要となります。


(12) 児童虐待やDVといった暴力も依存症のひとつという考え方
虐待とDV、依存症は非常によく似ています。
ここでは、アルコール依存症を例にとって依存症とはどのようなものかを説明していきたいと思います。
アルコール依存症は、精神的な依存と身体的な依存をもたらす病気です。
アルコールを飲むと快楽が得られますが、それを止めると不快感に陥ることになるので、それを避けるためにまたアルコールを飲んでしまうことになります。
こうした周期的・持続的使用を止められない精神状態になっていく状態を依存症といいます。
「飲んだって、少しも楽しくない。」というケースであっても、うつうつとしていたり、イライラしていたりしているときに、アルコールを飲むことによってマイナスの状態からゼロの状態に持っていくことができているのであれば、この人にとっては快楽的なことになるわけです。
その結果、延々と飲み続けることになります。
また、アルコール依存症を抱えている人には、アルコール依存症以前に、もともと抱えている精神疾患が隠されている可能性が非常に高く、アルコールを飲むことによって治療されたような状態になることも、アルコールを止めることができない要因になります。
したがって、アルコール依存症は、薬物依存症のひとつと捉えることができるのです。

① 心身を蝕む症状
アルコールの使用を止めると強い身体障害、禁断症状、離脱をひきおこします。
こういった症状がでることを、「依存を形成した」といいます。
アルコールという薬物は、身体の生理学的機能を低下させる役割をします。
例えば、腸の動きであれば、動きを抑える役割をします。飲み続けるとこれで身体が慣れてしまうので、禁断症状のときは下痢をおこしたり、汗をかいたり、震えがきたりします。
禁断(離脱)症状として、手が震えていて、飲むと止まるのはよく知られていますが、アルコールが抜けてきたときに下痢をするというのも立派な禁断症状なのです。
例えば、長年アルコールを飲んでいるけれど、まだアルコール依存症と診断がついていないため、本人も家族もそれとわかっていないケースで、転んで足の骨を折ったとします。
整形外科に運ばれてギブスを巻いて4日目くらいに、突然、離脱症状が現れ、点滴を抜いたり、ギブスがはまっている足で歩いたり、大暴れしたりすることがあります。
アルコールによる幻覚の特徴は、「小動物幻視」といわれ、小さな虫がシーツに這っているのが見えるので虫取り動作をします。
他に、髪の毛が見える人、ウサギやライオンが見える人もいます。
また、幻聴が聞こえる人、てんかん様のけいれん発作をおこす人もいます。
さらに進んで、年齢よりも早く認知症を発症します。
脳のCTを撮ると、前頭葉を中心として萎縮が見られます。
前頭葉の部分は人間の統制力、衝動性をコントロールする力を司っていることから、ここが、ダメージを受けると、些細なことでも怒りっぽくなります。
「昔はこんな人ではなかったのに」といわれることがよくありますが、人が変わったように怒りっぽくなります。
物忘れ(健忘)があるので、それを埋めるためのつくり話をするようになります。
周囲の者はコロッと騙され、ふりまわされることになります。
また、嫉妬妄想が現れることもあります。
「妻が浮気をしているのではないか」と妄想し、行動をチェックしたり、外出をさせないようにしたりします。
身体はありとあらゆるところがダメージを受け、早死にします。
特徴的なことは、自殺が非常に多いということです。
アルコール依存症になる人は、人づき合いがうまくなくことが多く、しかも、アルコールを飲むことで暴れたりすることから、警察沙汰が多くなったりします。
その結果、職を失ったり、配偶者を失ったり、家庭を失ったり、少ない友人を失ったりします。
信用、財産、才能とあらゆるものを失い、ホームレス生活になるケースも決して少なくありません。
ホームレス者への生活支援として、生活保護を受給しながら更生施設に入居し、アルコール依存の治療をしても、隠れてアルコールを飲んで生活保護を打ち切られホームレス生活に戻り、他市や他県で生活保護を受けながら更生施設でアルコール依存の治療をして、隠れてアルコールを飲んで生活保護を打ち切られるということを繰り返している者も少なくないのです。

② イネイブリング(依存者を支える者)の存在
ここまでの状態になるまで、アルコールを断つことができず、病気が進んでしまう理由のひとつとして、依存症を支える者の存在があります。
相手の依存症を支え合っていくことで、パートナーが自分自身のアイデンティティを確認していたり、生き甲斐にしていたりすることがあります。
アルコール依存症者が職を失っても、妻が一生懸命に働いてアルコール代を賄っていたりします。
夫を支え、尽くしている素晴らしい妻という関係に見えるかもしれませんが、夫がアルコールを飲むという行為を支えている、つまり、イネイブリングしていることに過ぎないのです。
このときのイネイブリング(依存者を支える者)は、「私だけが彼が抱えている苦しみをわかってあげられる。」、「私が彼を支えてあげなければ、彼はダメになってしまう。」と自らの行為を正当化する発言を繰り返すのが特徴です。
こうしたお互いの依存症を支え合っている、もたれ合っている状況、つまり、2人の関係性を「共依存」といいます。
ここで重要なことは、イネイブリングをする人がいなくなると、飲酒が止まる、つまり、離婚したあと飲まなくなる人は少なくないということです。

③ 依存症の特徴としての「万能感」
アルコール依存症は、治ることのない病気です。
しかし、アルコール依存症者は、飲酒する行為について、理由をつけていい訳をしたり、否認したりします。
そして、一度、アルコール依存症になると、振り子の揺れが非常に激しく、まったく飲んでいない断酒の状態か、しこたま飲んで混乱状態に入っていくか、連続飲酒になるかのどれかになり、ほどよく飲むことができなくなります。
それは、10年間、アルコールを飲んでないという人が、結婚式などの「おめでたい席だ」といい、ビールをコップ1/3杯だけ飲んだことがきっかけとなり、連続飲酒することになり、翌週には入院となったりするのが、アルコール依存症なのです。
そして、「自分はたぐい稀なるやめることのできる人だと思い込んでいる」ことが多いのが特徴です。
つまり、依存症という病気の中には、「万能感」という心理があるのです。
依存の対象となるものを支配したい、支配できると思っていることが依存症を成立させる要因になるということです。
アルコール依存症の場合、退院してから3ヶ月以内に半数の人が飲酒し、断酒を2年間続けることができる人は20%以下しかいないわけですから、「自分は、アルコールをうまくコントロールすることはできない」ことを認めることができれば、君子危うきに近寄らずで、断酒することができる可能性が高まるのです。
しかし、「自分はアルコールをうまくコントロールできるから大丈夫」と思っていると、「ちょっとならいいや」と自分に都合のいい理由つけて(いい訳をして)、アルコールを飲むようになります。
その結果、入院させられ断酒しては、退院後にちょっとだけと飲酒し、連続飲酒で再度入院を繰り返すうちに、自己破壊的に病気は進行していくことになります。

④ 嗜癖の対象
依存症になりやすい嗜癖の対象となるものは、アルコールの他、覚醒剤、大麻などの麻薬、ニコチン(たばこ)、カフェイン(コーヒー、紅茶、鎮痛剤など)、白砂糖、下剤などの「物質」だけではなく、拒食、過食、ダイエット、ショッピング、仕事、ギャンブル、セックス、スポーツ、ゲーム、借金、電話、ネット、ゲーム、美容院、模様替え、掃除、カルト集団などのありとあらゆる「行為」が依存になっていきます。
電話やネット依存のケースでは、例えば、「そのような内容でしたら、いのちの電話などにご相談されるのもよいのではないでしょうか。」という具合に連絡先を伝えて電話を切ろうとすると、「さっきまで、そのいのちの電話にかけていたんです。」という返事が返ってくることがあります。
問題は、ひとりになることができず、自分自身で寂しさを抱えられないために、なにかに依存しようとしていることです。
拒食症のケースでは、自分が頑張れば頑張る分だけ体重が減り、体重計が自分のアイデンティティを認めてくれることから止めることができなくなり、最初の目標が50kgだったはずが、45kgになり、40kg、38kgになってしまうのです。
体重計に認められることが目標と置き換えられてしまうといった“認知のズレ”が原因となっています。
嗜癖になるものが繰り返されることによって、依存というものが形成されていくことになるわけですが、それは、虐待やDVといった暴力も、こうした依存のひとつと考えられることができるのです。

⑤ 機能不全家族で繰り広げられるパワーゲーム
アルコール依存症の親の下で、子ども時代を過ごした人たちのことをACOA(アルコホーリックチルドレンAdult Children of Alcoholic)といいます。
そこから派生して、アルコール依存症の親だけではなくて、家族が機能不全、うまく家族の役割を果たさない中で子ども時代を過ごした人たちのことをACOD(Alcoholicではなく、Dis-functional family)と呼ぶようになりました。
そして、ACODを略して、AC(アダルトチルドレン)と呼んでいます。
ACというのは、パッと見たところでは、いい子さんに見えます。
父親がアルコール依存で飲んだくれていて働かないと、子どもが代わりに働くこともありますし、母親がこれ以上殴られないようにと、父親の機嫌を損ねないように極力いい子にして過ごしていることがあります。
また、きょうだいの一方が重い病気を患っていて、家族の関心が病気の子どもだけに集中して他の子どもは置き去りにされてしまっている場合などもこのケースにあてはまります。
親に、ずっと「本当にお兄ちゃんはかわいそうなのだから」といわれてきた次男は、親に迷惑をかけないようにとてもいい子でいるわけです。
機能不全家族の間には、「パワーゲーム」が繰り広げられています。
パワーゲームとは、「支配するか、支配されるか」「コントロールするか、されるか」そういった力の関係のことです。
例えば、アルコール依存症で暴力をふるっていた夫が寝たきりになってしまうと、妻と夫の力関係が逆転し、暴力を受けていた妻が今度は夫に暴言を吐いたり、虐待したりするようになったり、子どもが成長し身体も大きくなり、力もついてきたときに、親と子どもの力関係が逆転し、子どもの親に対する家庭内暴力がはじまったりすることがあります。
こうした夫と妻の関係、そして、親と子どもの関係には、支配と被支配(従属)の関係しかない、つまり、パワーゲームしかないのです。

⑥ 子どもの病気はSOSのサイン
子ども時代、わがままをいったり、甘えたり、挫折をしても励まされ支えられたりしながら育っていないと、大人になってからとても生き難くなります。
依存症になったり、精神を病んだりして、精神科へ入院することになる人の中には、機能不全家族の中で育った子どもたちが数多くいます。
拒食症になって入院してきた子どもの親が、「もしかして自分たちの夫婦仲が悪いことが、この子の病気の原因ですか?」と訊いてきたとき、養育者を苛立たせてしまったり、怒らせてしまったりして治療ができなくなることを避ける必要があることから、「いえ、夫婦仲が悪いなんていうものではなくて、あなたたちの関係はDVでしょう。DVは犯罪ですよ!」とは応じず、「そういうこともあるかもしれませんね。」と応じます。
親たちを責めないことで、その後、親たちが勉強してきて、「私たちのことが、病気の原因のひとつだったのですね。」と、親の方から話しはじめることがでてきます。
そして、「そうですか、大変だったでしょう。よく気づくことができましたね。」と応じることで、次のステップに進むことができるわけです。
つまり、説得された(無理強いされた)のではなく、自ら納得して「こうだったのだから」と自ら納得していることから、「では、どうしていきましょう」というなげかけ(助言)にも心を開いて、耳を傾けることができるわけです。
なぜなら、「こうだったのだから」と原因に気づくことができても、「では、どうしていったらいいか」といった“解”を導くひきだしを持っていないからです。
拒食という症状で、子どもは「暴力は止めて! 止めて!」とサインをだしているわけです。
親が子どものサインに気づくことで暴力が止まると、子どもの方の治療もうまくいきます。
しかし、中には、親の暴力がなくなったときに、子どもが「自分が病気でいると、親の暴力が止まる」ことを学習し、自分の病気を、親の暴力を止めるために利用するケースがあるのです。
こうなると、子どもは病気から抜けだすことが難しくなり、最悪の状態になってしまうことになります。
したがって、子どもが安定しないうちに、なんとかやりくりしなければならないのです。
児童虐待やDVを支援する現場では、「子どもが安定するか、しないかの様子をしばらく見てみましょう」と先送りしてしまうことが多々ありますが、「安定してしまってから」では、その後の医療としてのケア(治療)はかなり厳しくなることを、援助者・支援者は十分に理解しなければならないのです。
子どもに表れるSOSのサインは、子どもが表す「心身症」「睡眠不足症候群」「慢性疲労症候群」「気分障害」などの症状や疾病を密接に関係しています。詳しくは、「Ⅱ-12-(2)発達の怖れ」、「同-(3)ツラさを体調不良で訴える」で説明しています。

⑦ 世代間連鎖
パワーゲームでしか、人間関係をもつことができない親を見て、聞いて、育った子どもたちの多くは、同じような考え方の癖(認知の歪み)を身につけてしまうことから、パワーゲームでしか人間関係をつくることができなくなってしまうことになります。
支配と被支配(従属)の関係というのは、この関係性の中で生活をしたことのない者にとっては信じがたい、ひどい状態を感じるかもしれませんが、当事者たちは、その関係性で均衡している、つまり、安定しているところがあります。
それは、当事者にとってなんらかの都合のいい状況があるからこそ、依存(安定)が続いていることを意味しています。
誰でも、変化していくことに対しての怖れ(恐怖心)を抱くものですから、うまく変化することは難しいことです。
これまで体験をしたことのないコミュニケーションのとり方、つまり、人とのかかわり方を身につけることは容易なことではないわけです。
特に、変化すること、新しいことにチャレンジする成功体験を積み重ねてきていない人たちにとって、安定を手放すことはいま以上の困難が待っていることになります。
その結果、困難に立ち向かうツラさや苦しさから逃れる(回避する)習慣が受け継がれることになり、綿々と何世代も連なっている状況がつくられるわけです。この状態を「世代間連鎖」といいます。
「しつけ」と称して虐待をしている母親が、実は夫から殴られたり、虐待を受けて育ってきたりしていることが少なくありません。
「アビューズド・チェーン」といわれるように、虐待がずっーと鎖のように繋がっていくのです。
したがって、世代間連鎖を断ち切るためには、どこかで「支配するか、支配されるか」「コントロールするか、されるか」、「虐待するか、されるか」、「暴力をふるうか、ふるわれるか」といった力の関係性を断ち切り、心と心の交流があって、思索と思想を交錯しあう創造的なコミュニケーションのある関係を学び、身につけることが必要なのです。


** ①-a)DV・デートDV・性被害に関する相談、-b)家庭裁判所への「婚姻破綻の原因はDVにある」とする離婚調停の申立て、地方裁判所への保護命令の申立て、警察への被害届の提出に向けての支援依頼、②DV被害の状況をまとめるためのWord文書フォーマット(DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート;「Ⅲ-3.暴力の影響を「事例」で学ぶ。(Ⅰ)添付資料:ワークシート」の中の「DV・夫の暴力、子への虐待チェック・ワークシート」)の送付依頼、③カテゴリー〔Ⅲ1-9〕掲載『暴力の影響を「事例」で学ぶ。虐待とDVの早期発見・支援。母と子どもが暴力から脱するための手引き(3部5章42節)*』のPDFファイル送付依頼については、カテゴリー〔Ⅰ-I〕の中の「<DV・性暴力被害相談。メール・電話、面談>..問合せ・相談、サポートの依頼。最初に確認ください。http://629143marine.blog118.fc2.com/blog-entry-501.html」をご確認いただければと思います。


2016.3/4 ブログ再編成(第3次改訂)に伴い、主記事として掲載
2017.4/24 「第2章(Ⅱ(8-15))」の「改訂2版」を差し替え掲載



もくじ   3kaku_s_L.png   [Ⅲ-4]Ⅱ.児童虐待と面前DVの影響。暴力のある家庭で暮らす、育つということ
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