あなたは、夫の暴力・DVを容認していませんか? 暴力のある家庭環境で暮らす子どもの心を守ることを忘れていませんか?

[Ⅱ]DV被害者支援、1年間の記録。ドキュメントDV。恐怖で家に縛られ、卑下‥

2.耐え難い恐怖、もう逃れられない

 
 3.“あるがままに生きてはいけない”というメッセージを1枚ずつ脱ぎ捨てる Ⅰ.DV環境下、被害者は心を支配され、心身を蝕まれていく
(1) 暴力のサイクル..恐怖と混乱の繰り返し
 加害者Dは、とっくみ合いのケンカになると「お前がケンカをふってきたんだからな! 俺は正当防衛だ!」と責任を被害者Rに被せるだけではなく、不合理な主張を繰り返し、それを信じ込ませてきた。まるでかなわない圧倒的に力の差がある男女の中では論外の主張である。
 女性は暴力をふるわれると、心が凍るほどの恐怖を感じる。男性に比べ、圧倒的にかなわない力の差があることと、太い威圧的な声の響きが生存本能に反応するからである。
 DV加害者は暴力の発作に襲われ、妻を徹底的に痛めつけたあと、必ずといっていいほど、“蜜月期(ハネムーン期)”を演出する。人が変わったかのように優しくなる。高価なプレゼントを贈ったり、食事に誘ったり、時には愛を囁き、優しいセックスであったりするのである。
 狂気のように妻を殴り、殴り尽くしたあとは、涙を流し、抱きしめながら「ごめん、ごめん」と許しを請うことさえある。その姿は、まるでジギルとハイドのようだ。恐怖の暴力のあとは、暴力がなかったかのように優しくなったり、セックスを求めてきたりする。その態度に女性は、「さっきの暴力はいったいなんだったの?」、「たまたま機嫌が悪かっただけなの?」、「職場で嫌なことでもあったのかしら」、「もしかしたら、私が悪かったのかも知れない」と思考は混乱していく。コミュニティの中で子育てをしてきたために、男性よりもことばを司る言語野の容量が大きい女性は、自己解釈できるようにことばの意図や意味を必死に探し続ける。決して答えのみつからないその問いかけは、思考混乱を深めていく。女性はことばを持たない乳児の表情から、なにを要求しているのかを読み取る能力をインプットされている。
 DV加害者は、まるで幼児が母親の気を惹こうとするかのごとく、癇癪を起こしたり、しょんぼりしたり、拗ねたり、黙ったり、わざと嫌がることをしてみたり、反省したふりをしたり、優しく慰めたりする。妻(交際相手)を自分のコントロール下に置き続けたり、その場その場で状況を打開したりするために平気で嘘をつき、つくり話をでっちあげ、人を欺く。自分に都合のいいように、責任逃れのために都合よくものごとを考える。つくり話や嘘に騙される妻(交際相手)を見て喜ぶ。
 こうした状況の中、そのことばの意図を、答えを必死に探し続ける被害者の思考は混乱していく。暴力のサイクル(爆発期→蜜月期→緊張期→爆発期→)とよばれる中で、被害者の心は翻弄され続けていくことになる。
 恐怖と思考混乱を交互に体験していくと、被害者はさまざまな心理的症状を抱えるようになる。不安、過緊張、自責感、絶望感などの感情が慢性化していく。辛い体験をフッと突然思いだす。ドキドキしはじめ、感情がこみ上げてきて身体がガタガタをふるえだしたり、足が竦んで歩けなくなったりとフラッシュバックが突然襲う。
 こうした状態が長く続くと、不眠、集中困難、子どもや自分の世話ができないうつ状態、過食・拒食、アルコール薬物依存、自傷行為、自殺願望などの症状が表れる被害者も少なくない。これは、暴力による強いストレスによって、自律神経のバランスを崩すからである。さらに、慢性反復的に行われる暴力によるストレスは、副腎皮質からコルチゾールを分泌し続けることになることから、免疫力の低下を招き、徐々に身体を蝕み、さまざまな身体的痛みを伴う症状を招くことになる。
 妻の体調不良は、夫から繰り返されてきた暴力に起因するものであるにもかかわらず、さらに、夫の暴力を誘う。そして、被害者は、「なに不機嫌な顔をしてやがるんだ!」と罵声を浴びせられることになる。


(2) 気持ちが通じない、やるせなさ。労わってもらえない私ってなに?
 被害者Dが長男Tを妊娠時、悪阻がひどく仕事を続けることができなかった。何年も経っても、加害者Dは気に入らないことがあるとそのことを持ちだして、「お前は生活費をださなかった」と責める。「悪阻がひどくて働けなかったのに払わないといけないの?」と応じると、「どんなに具合が悪くても、約束したんだから払えばいいんだ!」といい放つ。
 加害者Dは、被害者Rの身体を按じ、労わることなどない。
 加害者Dがコトあるごとに口にする「俺は下の子は望んでいなかったんだ!」と。第三子(長男T:平成20年生)の出産は、「産むんだったら生活費をだせ!」が産むことの条件だった。
 DV被害者は、「結婚したら」、「子どもができたら」、「後継ぎの男の子を産んだら」きっと変わってくれるに違いないと根拠のない望みをかけることが少なくない。
 被害者Rもまた、ストーカー被害にあいながら「結婚したら変わってくれる」と期待して結婚し、第1子、第2子が女の子であったことから、「後継ぎの男の子を生めば、夫だけでなく、義父母に嫁として認めてもらえるに違いない」との間違った考えを持ち込んでしまったのである。そして、妊娠している子どもが男の子であることが判明すると、頑なに後継ぎを生んで認めてもらうことに躍起になったからである。長い間、否定され、非難・批判され、侮蔑され、卑下されるといったことばの暴力を浴びせられることによって、自己肯定感は損なわれ、自尊心は奪われ、自分という“わたし”がなくなるのである。つまり、“わたし”というアイデンティティ、存在価値を必死に求めた結果といえる。その自己の存在価値を求めた後継ぎとして長男を出産したことが、皮肉なことに、後継ぎの長男を含めて3人の子どもを連れて家をでることの足枷になったのである。また、それだけでなく、乳児を含めて、3人の子どもをひとりで育てる不安感が強くなり、夫からの暴力から逃れる、夫と離婚する決意を揺らがせることになる。
 被害者Rは、「印があっても、「ここで産むのか!」といわれ、車で実家のある九州のY市に帰ろうと思ったけれど、さすがに無理だった。「タクシーは俺が呼ぶのか」といわれ、自分で電話をかけた。病院までついてきたが、看護師に「立ち会いますか?」と訊かれた加害者Dは、「いえ、仕事があるので」といってさっさと帰っていった」と話す。
 被害者Rは、昨年(平成21年)の7月、卵巣水腫の再発で下腹部が痛み、身体はだるく、起きているのが辛い時期が2~3ヶ月続いた。
 夜、加害者Dは「この危機は、家族全員で助け合って乗り越えなくてはならない。子どもたちにも家事を分担させよう。俺がいえばいうことをきくから、子どもたちには俺からいう」と力説する。しかし、翌朝、いつものように起きてこない。「具合はどうだ? 大丈夫か」と気遣いのことばはない。なにかを手伝うことも、子どもたちに話すこともなかった。そのことを指摘すると、「俺は家のことはわからない。メモで書いてくれ!」といいだす。なにかと理屈をつけて、決してやろうとはしない。DV加害者たちは、自らの格好のいい、威勢の話にただ酔いしれるだけなのである。
 同時期、セックスに応じないと連日責められ、睡眠を奪われる。運転中にスゥーと意識が遠のいたときも、「教えてくれたら俺がやるよ」といわれた。ハンバーグの下準備をしている間、DVDを見ながら大笑いをしていた。あとは、焼くだけと代わってもらおうとしたら、ガーガーと寝てる。やっぱり口先だけの人だと思った。もし、強くいうものなら、「テメー誰に口をきいているんだ! 俺にケンカを売るつもりか!」と大声で怒鳴られる。
 多くのDV加害者にとっての気遣いのことばは、「俺はなんて妻(子ども)思いのいい夫(父親)なんだ」と自分のことばに酔いしれるためのものに過ぎない。しかも、そのいい父親ぶり、愛想のいい夫ぶりを家の外でふりまくのだから厄介なのである。
 加害者Dは、いったん怒りのスイッチがONになると、「いつまで具合が悪いなんていっているんだ!」、「家で一日中ぐたぐたして、誰のおかげで飯が食えていると思うんだ!」、「優しくしていれば、いい気になりやがって」と機関銃のようにまくし立てる。
“誰のおかげで”といわれるのがいたたまれず、「なら、病院にフルで働きに行かせて欲しい」というと、「いくら稼ぐつもりなんだよ」と収入が増えるのを嫌がる。子どもを預かってくれる保育園があったのに、渋々働くのをあきらめた。「男でもみつけにいくつもりか? お前なら、直ぐに男をたぶらかせるだろうよ」とまったく違う話を持ちだしてくる。自分のいいたいことができる話題にコロッとすり替えられ、侮蔑される。そして、過去のことを持ちだし、ネチネチと責めはじめるのである。
 DV加害者たちの会話には、論理や一貫性などない。妻は自分の所有物、過去の交際相手に対しての嫉妬は、一生消えることはない。厄介なのは、それが加害者の妄想からくる嫉妬であるということである。親からの愛着失敗を根底とする“見捨てられる恐怖”による妄想で頭の中がいっぱいになる。弱い犬がキャンキャンと泣き声をあげ、噛みつくがごとく、なにか気に入らないコトがあると、妄想的な嫉妬心を爆発させる。被害者の存在そのものを否定することばの暴力で、徹底的に追い詰めるのである。
 アタッチメント(愛着形成)獲得に失敗した加害者たちは、自分のことだけをかまって欲しい、至れり尽くすしことだけを求める。そのため、その嫉妬心は子どもにさえ向かう。妊娠、出産後に暴力が激しくなるのは、妻の気持ち、愛情が子どもに向かうことに嫉妬するからである。病気になると不機嫌になり、酷いことばを浴びせるのは、自分への行いが疎かになるからである。
 加害者Dは「(長女Yがインフルエンザで入院し、つき添いが必要とされていても)何で病院にいくんだ。放っておいていい! そのために入院している」といい放つ。とにかく自分だけがかわいく、かまってほしい。それと、一人で外出はさせたくないのである。最後は、お決まりの「文句があるなら、子どもを連れて出ていけ!」と声を荒げ、しかも、「下の子は望んでいなかった。ママが勝手に産んで、子沢山にした!」、「俺は子どもの面倒なんてみたくないんだ!」、「その子育てにつき合ってやっているんだから、ごちゃごちゃいうな!」と子どもたちの前で怒鳴り散らす。そして、「ケンカ(いい合い)はママが仕向けてきた」と責任をすべて母親、つまり、被害者Rに擦りつける。「パパは何も悪くない、ママがみんな悪いんだからな!」と、年端のいかない子どもに対しても、自分こそが被害者だと必死に訴えるのである。


(3) 妄想に嫉妬。私はセックスだけなの?と自尊心が揺らぐ
 一晩泣き続けた。朝一番で「九州に帰れ!」と一喝された。夫Dは、掃除を終えたトイレ掃除を最初からやり直している。第二子(次女A:平成15年生)が「ママがもうやったよ」といっても、懲らしめとしてやり続けている。いうことをきかない被害者Rは、穢れた存在、だから、穢れを落とさないといけないという宗教的な意味合いの懲らしめである。同じコトをされていた昔を思いだし、涙が止まらない。子どもを家に置いて、4時間ほど渋谷に出かけた(平成21年6月20日(土))。夫に行先や何時に戻ると告げることも、「何時に戻るから、~に行ってきていい?」と夫に承諾をえることもなく出かけたのは、結婚して初めてのことだった。
 月曜、腹痛がひどく病院にいった。病院には加害者Dがつき添ってきた。被害者の体を気遣っているからではない。被害者がDVを受けていることを他人(DV被害者支援をしている第三者)に相談している、内情を話していることが加害者Dに知れ、そのことを連日責め続けている中での、病院へのつき添いである。病院に行くと行って、誰かと会っているかもしれないと、監視のためのつき添いでしかない。しかも、土曜には、行先も告げず、4時間も出かけていたのだから、その間に、なにをしていたのか病的な妄想で頭がいっぱいになっていく。それは、知らない男と性的交渉があって、妊娠しているのではないか?との疑いを確かめるためのつき添いでしかないことは、前夜のできごとから明らかである。加害者Dは、妻への病的な妄想を膨らませ、嫉妬に狂っている。
 前夜、4:30~9:00セックスを拒否したと迫られ続けた。「応じないのは昨日してきたからだろう! あいつに操をたてているから、応じられないのだろう」と、あたかも人物を特定しているかのように妄想を膨らませ、嫉妬に狂っている。病院から帰った夜には、「他人に家のことを逐一報告するな! しないでくれ! 俺の立場を考えろ。家族の問題なんだから、家族で解決しよう」と訴え、翌日は、「触られるのも嫌なのか! してきていないだったら、応じろ!」、「この1ヶ月お前は変わった」と責め続ける。
 このことを、被害者Rは、「面談と電話で聴いたDVの相談内容をまとめたyahooメールを留守のときに隠れ読んでいるから、行政介入を怖れているのだろう」と話す。
 被害者Rが入浴しているとき、加害者Dが携帯のメールを盗み見、DV相談のやり取りを知った。
 加害者Dが盗み見たメールの文面から、被害者Rが「相談にのってもらった。子どもたちのことでアドバイスをしてもらった」といい続けたことが嘘ではなく、恋愛でのやり取りでないことは明らかなはずである。しかし加害者Dにとっては、被害者Rである妻が「自分の恥部を、家のことを他人に話した」ことが許せない。その後、自分を裏切ったとコトあるごとに責めるようになっていく。そして、行政やDV支援者機関といった第三者への相談という行為が、更なる妄想を強め、加害者自身がなにを話しているのかわからなくなっていることが多くなっていく。
 加害者Dにとって、自身の暴力・虐待の行為の記載内容はどうでもよく、自身の財産を脅かす不正行為が明るみになることだけを怖れる。やがて、被害者Rを責める内容は、根も葉もない話にすり替わり、第三者にDV相談をしていたことが、「お母さんには好きな人がいる。母親が許されないことをした。お前は信頼されていない」という一点のみになっていく。1年経った今でも絶えることはなく、子どもたちの前での暴言となって、被害者Rを苦しめる。
 翌週、お腹の張りがひどく診察を受けると、婚姻前に手術の日程が決まっていた卵巣脳腫が再発していた。だから、「怖くてできない」とセックスに応じなかった。
 検査から帰ると、「医者は絶対安静といっていたか?」と訊いてきた。「いっていないよ。家のこととか全部しているじゃない」と応えると、「ならしよう」とセックスを求める。被害者Rは絶対安静をそのままの意味と解釈し、“いっていない”と応えた。加害者Dの絶対安静は、子宮が、膣が絶対安静か?という意味だった。「やめようよ。しばらくは怖いし、無理だよ」と応えると、「いつまでできないんだ! 半年か、1年か」と声を荒げ、「他でやってきているから、応じられないんだろう!」と罵倒する。その罵倒は、まるで拷問のように連日3時間、4時間と明け方まで続くことになった。
 朝、長女Yが起こしにいくと「ママがキスしてくれないと起きれない」といってきた。その後、「ねえママ、パパとキスをしなよ」と長女Yがいってくる。次女Aとお風呂に入っていると、「ねえママ、パパもよんで一緒に入ろうよ」とパパを呼びに行った。嫌なので背中を向けていると、「そんなに嫌なのか! ママは触ってもくれない」と子どもたちのいる前で声を荒げる。そう、加害者Dが「娘にママにそういうんだぞ、パパを呼びにこいよ」と仕向けているのである。子どもを使ってまで、性的接触を試みようとする。加害者Dの性的異常性が垣間見れる。
 その直後、加害者Dは「お前はそっちのおっぱいをやれ!」と2歳の長男Tをけしかけ、羽交い絞め状態でのレイプもおこなっている。それから半年、2歳の長男Tは、洗濯物を洗濯機からとりだすために屈んでいる母親の臀部に勃起したおちんちんを押しつけ、腰を動かす仕草をしてきたのである。この事実は、2歳10ヶ月の男の子が、父親のもとで性的に興奮することを覚えさせられていることを物語っている。
 DVのある家庭環境では、(被害者本人は無自覚であっても)妻に対して、なんらかの性暴力は行われている。それだけでなく、女児、男児を問わず子どもに対する性暴力も少なからず行われている。性暴力の加害者は、同じ家に暮らす両親や祖父母だけでなく、兄や姉が、弟や妹を「性的いたずら」の対象としてしまうことが少なくないのである。
 加害者Dにとって妻や幼い子どもたちはセックスの道具、異常性欲の捌け口としか思っていない。しかし、加害者Dが、被害者Rにセックスを求めるのは、ケンカをしたあとか、子どもの通う小学校や幼稚園の同級生の親とランチにでかけたり、PTAの会合にでかけたりするときだけである。つまり、被害者Rは、週に2日、デイケア施設に仕事にでかけ、週に2日、加害者Dが務める寺の手伝いに行くことから、加害者Dが被害者Rに目が届かないのが、子どもの親とでかけたり、PTAの会合にでかけていたりするときなのである。それ以外の時間は、加害者D本人だけでなく、3人の子どもたちを通じて、母親である被害者Rが子どもとどこでなにをしたのか、電話でどのようなことを話しているのかなどの動向すべてを把握している。だから、外出して帰宅した妻を頭からつま 先まで舐めるようにチェックし、部屋で着替えをしているときや、入浴のため脱衣所に入ると入ってきて、体をチェックする。
 加害者Dにとってのセックスは、お前は俺のものだとわからせるものでしかない。ケンカをしたら押し倒せばいい。セックスで女を支配するあらゆる術は身につけてきた。そして、精神的に幼稚なために、「女はセックスをしておけば機嫌が直る」と浅はかにも信じている。大切なのは金、女は男の甲斐性、セックスの相手は外に求める(女性か、男性かは特定できていない)。だから、これまで「お前となんかセックスをしなくてもいい」といってのけてきた。いくら「私の気持ちも尊重してよ」といくらいってみたところで、“なにバカいっているんだ! お前は俺の女だ。なにをしたっていいんだ、バカやろう!”としか思っていない。加害者Dの考えは、女性蔑視も甚だしい。
 そして、加害者Dの異常性癖は、“後継ぎ”としての長男だけでなく、第1子、第2子の二人の女児に向けられていた。
 加害者は、子どもたちに対し、自身のペニスを握らせるのを習慣化させてきたのである。被害者の「止めて!」を、「俺と子どもたちとの挨拶、コミュニケーションだ。口を挟むな!」とまったく聞き入れてこなかった。
 そうした中、被害者Rは、風呂の浴槽に次女Aを座らせ、顔の位置で股を開いて洗うのを目撃する。驚き、「何しているの!」というと、「カスが溜まるから」といい、そして、「将来結婚する男に喜んでもらえるだろう」と悪びれることもない。その後、長女Yに訊くと、「「パパもうイヤだ」といって、いまはしていない」と応えたことから、姉妹に同じことが繰り返されてきたことが明らかになった。しかもそれだけでなく、加害者Dは、次女Aと長男Tとの入浴時にはお互いの性器を見せ合わせ、触れさせ合わせ、その様子を見て楽しんでいたのである。
 これらの行いは、性器接触といった重度の性的虐待、重度の性暴力に他ならない。
父親崇拝を強く望む加害者は、「パパのちんぽは大きい。凄い。握らせて」と子どもたちにいわせ、握らせてきた。そのことが、加害者Dにとっては、快感であり、自尊心がくすぐられるのである。ときには、2歳長男Tに握らせているのを被害者に見せつける。そのことに刺激され、興奮し、勃起したペニスを見せつけ、楽しんでいる(児童に握らせたまま..)。お風呂では子どもたちに「パパのを洗ってくれ」とペニスを洗わせ、刺激を楽しむ。もはや愛撫、セックスそのものの行為の強要、かなり重い性的虐待である。
 加害者Dは男色嗜好に他ならず、成熟前の女児への性的関心も高い。しかも、女性に首輪をつけ、四つんばいで這わせる等の女性をペット・奴隷化したDVDを好む。その女性を思うがままに弄びたい欲求は、「自分のペニスは凄い」との男根信仰をベースに、手技で女性をいかせることに執着する等、自身のセックススタイルに惚れ込み、酔い知れる。
 母親代わりとなった寺の住職O氏の母親に対しても、性的なマッサージをしていたことをも窺わせているらしい。さらに加害者Dは、「タイ人の女性の性器は、日本の女性とは違うんだぞ(平成15年3月-平成18年10月タイに定期的に行き、毎月5000バーツを送金)」、「男が並んで射精するショーがおもしろいんだ」、寺敷地内にある飲食店での女性接待では、「悦に入ったように妖艶に脱いでいくんだ」等々、被害者Rに性的な話、性的交渉があったことを伺わせる話を面白おかしくきかせる。加害者Dは、そうした痴話話をし、被害者Rが嫌がる反応をするのを楽しむのである。
 こうした、嫌がったり、困ったりする反応(姿や声)を見て、聞いて歓喜するのは、加害者Dのサディスティックさ、異常性癖を如実に示すものである。


(4) いいしれない不安感、心のブレーキ
 被害者Rは、加害者Dの異常性に巻き込まれ、日々卑下され、侮蔑され続けてきた。子どもの前でも容赦のないことばの暴力によって、自尊心は徹底的に打ち破かれてきた。
 「逃れたいという気持ちはあっても、いざとなると勇気がなくて恐怖心で不安になり、苦しくなる」と話す。
 多くのDV被害者は、拉致監禁された被害者と同様に、もう逃れることなどできない、夫に従うしか生きる道はないと思い知らされていく。いつしか大脳は、これらの記憶を押さえ込むようになる。しかし一方で、大脳は辛い体験として記憶の奥にしっかりと留めている。このことが、被虐待女性症候群(バタードウーマンシンドローム)の症状となり、多くのDV被害者を苦しめる。無意識の中で「逆らったら大変なことになる」と言動、行動を規制しながら生活をしていくことになるのである。顔色をうかがい、夫の気配に全神経を研ぎ澄ませ、意に添うように先回りをして尽くさなければならない。そして、日々疲弊していく。しかも、ある時なんの前触れもなく恐怖感が甦り、動悸やいいしれない不安感に襲われる。
 加害者Dは、19歳から親代わりとなった寺の住職O(50歳代)氏とK市に住む従姉F(当時19歳)氏を政略的に結婚させている。店を持たせ、O氏が男色・同性愛者であることもあり、マンションを持たせ、男性との交際も自由にさせていた。しかし後に、O氏に従姉の不倫が知れることになる。すると加害者Dは、「自分はまったく知らなかった」と手のひらを返したように寝返り、その後、F氏を追い詰めていく。合鍵を使ってマンションに入り込み、交際相手との写真を手に入れ、従姉の親族や近隣者宛て、交際相手の勤務先に対しての卑劣極まりない行為を行った。
 被害者Rは、その行為を目のあたりにさせられた。このできごとが、婚姻前のできごとと重なり、逃げたり、逆らったりしたら「Y市の実家にもなにをされるかわからない」との新たな恐怖を生み、心のブレーキをかけることになっていたのである。
 このできごと以降、加害者Dへの怖れ、はむかったらなにをされるかわからないと、その存在感はますます大きくなり、絶対君主化されていった。そして、被害者Rが逃げだす決心が遠のく、大きな要因となっている。


(5) ストックホルム・シンドローム..逆らわず、従順になって生き延びる
 遠距離時代、勤務先の病院の同僚たちと飲んでいる時にも電話がかかってきた。そして、「先生に代われ」といい、話しだす。加害者Dは、交際期間中ずっと自分が被害者Rの恋人であるとの牽制をコトあるごとに行ってきた。被害者Rは当時のことを、「友人にも凄く気を遣って、とても優しくしてくれた。とても大事にされていたと感じていた」と表現している。加害者Dの行為は、自分はいい人を演出し、彼女は俺のものだという2つのメッセージを知らしめるものでしかない。
 被害者Rは残念ながら、そのことに気づけなかった。既にその時点で、加害者Dによるマインドのコントロールがかなり進んでいたということになる。
 それは、中学時の同級生であり、加害者Dが当時父親から殴られ、顔を腫らして登校していたこと等の過去を知っていることから、加害者Dの辛さや生い立ちに共感していた。一方で、中学時代は“頭がいい人”として憧れの対象であり、同時に、“悪のグループを裏で操る彼の持つ危さ”に惹かれていたことが、加害者Dの異常ともいえる行いさえ、「私にだけ心を許し、見せる姿」と肯定してしまったことが後押しする。
 その後、(加害者Dの策略通りに) 再会し、加害者の都会的な振る舞い、東京といった都会での夢のような話に憧れ、加害者Dが語る夢に胸ときめかせ、気がつかないうちに加害者の思想に同調し、同じ夢を抱くになっていったのである。
 監禁状態のもとでの心理状況を説明するものに、「ストックホルム・シンドローム」とよばれるものがある。それは、「拉致され、心が凍るほどの恐怖、死の恐怖を感じたあと、監禁されているものが、長期間犯人たちと寝食や行動をともにしていくと、加害者であるはずの犯人の感情や意志と過度に同一化してしまうようになる」というものである。ましてや、性的交渉を持つ男女の関係にあると、女性はセックスによって“絆”と“契り感”を心に取り込むことになる。社会的に認められる夫婦との関係が築かれることによって、夫バタラーとの同一化が拭えないものになっていってしまうのである。
 昨年(平成21年)7月までの被害者Rは、対象児童が怒鳴られ、小突かれても、「お父さんはあなたのことを思っていっているのよ」、「フラダンスを学ぶ環境が整っているから、止めないで続けなさい」と、なんの意図もなく、その時々の気分で、ただあたり散らしただけに過ぎない父親としての加害者Dの暴力行為でさえも、その虐待行為を意味のあるものとして正当化し、夫を支える妻としての役割を進んで演じてきたのである。
 妻を支配するDV加害者の特性を理解するうえで、アタッチメント獲得に失敗し、幼児期に愛着障害を抱え、人格そのものに歪みを生じることになった(人格障害を発症)人たちを理解することは欠かせない。


(6) このぐらいならがまんできる..心の危い部分に忍び込まれてしまった
 サバイバー(被害者)自身が、アタッチメント(愛着形成)獲得に問題を抱え、自身の幼児体験の中に“寂しい”といった心の危い部分をもっていると、バタラー・ストーカーに巧妙につけ込まれ、心深くに忍び込まれてしまいやすい。
 DV・ストーカー行為におよぶ人たちは、人の危いニオイを容易に嗅ぎ分けることができる。巧妙な手口でアッという間に人の心に入り込むことができるのである。詐欺師的な天才的な才覚を持ち合わせているため、いったんターゲットにされると逃れることは、誰にもできない。常識的で、まじめな女性ほど罠に陥りやすい。
 夫(彼)バタラーの暴力に対して、「このぐらいたいしたことない」、「このぐらいならがまんできる」との思いは、多くのDV被害者に共通している表現のひとつである。被害者Rから話を聴きはじめてまもない2009年6月4日、「義母が義弟の妻に対する暴言、嫌がらせにも「この程度なら平気、私ならがまんできると思った」と平然と話した。このとき、私は被害者Rの成育環境を原因とした問題を心の中に抱えていると確信した。
 「結婚間もないころの帰省時、義父の暴力でキッチンドランカーになった義母が包丁を持ちだしての大喧嘩になった。そのとき加害者Dは、「父親の考えでいいんじゃない。母親も離れることがなかったんだし、なにが問題なの?」と平然といってのけられて、どういう神経をしているんだろうとびっくりした」と話す。また、被害者Rが、婚姻前の挨拶をしに加害者の実家を訪れたとき、義父から「私にはあなたより若い大切な女性がいる」といわれ、初対面で、息子の結婚相手になにをいいだすんだろう、どういう神経をしているんだろうと思った」と話した。
 「このぐらいならがまんできる」、「このぐらい殴られても痛くない、平気」といった驚くべき暴力への耐性感覚は、被害者自身、被虐待児としての成育環境に大きく影響を受けていることが少なくない。被害者自身が、被虐待者としてなんらかの生育状況によるAC(アダルト・チルドレン)を抱えている可能性が高く、暴力そのものに対して物凄く鈍感になったり、感じる心そのものを失ってしまったりしているのである。つまり、支配のための暴力のある家庭環境で育ったのち、交際相手や配偶者から再び支配のための暴力を受けることになった2重の暴力被害者ということである。
 ACとは、大人になりきれないという意味ではなく、親による虐待、アルコール依存症の親がいる家庭や支配のための暴力のある家庭、つまり、機能不全家庭で育ち、その体験が成人になっても心的外傷(トラウマ)として残っている人を指す。その幼児期のトラウマ体験が、成人後も無意識裡に実生活や人間関係の構築に、深刻な悪影響を及ぼしている場合も多い。破滅的であったり、完璧主義だったり、対人関係が苦手であるといった幾つかの特徴がある。
 「最近、私、この環境から逃れたら廃人になるだろうって思う。いい争って、自分の存在を確認しているようなところがある」とメールが届いた。
 時に、サバイバーの中には、被虐待児童のように殴られ、蹴られるのも親の愛情だと思い込むことがある。アタッチメント獲得に問題を抱えていることによって、無視されたり、無反応で過ごさなければならなかったりするよりも、殴られても、酷いことばで罵られてもかかわりがあることを求めるのである。暴力のある家庭環境で育ち、アタッチメント獲得に問題を抱えていると、暴力をふるったり、酷いことばで罵ったりするのは、自分のためを思ってのことであるとか、自分に関心があるからだ(=好きだから)と思い込むことで、耐え難いつらい生活に順応しようとしてしまうのである。そのため、DV被害者の中には、「別れてひとりぼっちになるのはイヤ、怖い」、「ひとりぼっちになるくらいなら、殴られていたほうがまし」と平然といってのける人たちがいる。
 こうした底なし沼のような寂しさを抱えている被虐待者であり、再び支配のための暴力を受けることになったDV被害者は、DV加害者である交際相手や夫から「お前には俺しかいない。そんな孤独なお前の気持ちをわかっているのは、俺だけだよ」と優しく愛を囁かれる。そして、もう私にはこの人しかいない、だから、このぐらいがまんするのはあたり前なんだと自分の心にいいきかせていくのである。
 暴力の恐怖と私はひとりぼっちになりたくないとの囚われから、DV加害者である交際相手や夫から思考をコントロールされていってしまうといった構図がある。その結果、サバイバーに癒しがたい深い心の傷を刻み込んでいってしまうのである。
 被害者Rにも、程度の軽重はあるが、同様の感情が背景にある。


(7) 感情を押し殺し、自己評価を下げる
 被害者Rは、加害者Dの被愛妄想(パラノイア)に翻弄され続け、自己愛に満ちた自分勝手な解釈での暴力・暴言に貶められ、侮蔑され続けてきた。その結果、被害者は、“学習した無力感”を潜在的に抱え込んでいる。辛いことや不当なことにも敢えて口をあげず、自分の心の中に抑え込み、感情をマヒさせて身を守る(感覚鈍麻)ことを覚えてしまう。
 話を聴きはじめて半年、もみじやイチョウが色づきはじめたころ、「紅葉が綺麗、風が気持ちいい。私、秋が好きかも知れない。ずっとこんなことも忘れていた」と話した。被害者Rは四季の憂いを愛しむ、感じる心を閉ざし、日々を生き延びることに精一杯だったのである。
 加害者Dから「そんなこともわからないのか(できないのか)」、「お前は俺がいないと、俺の指示がないと何もできない」、「文句をいうな。ただ黙って、俺にいわれたことをやっていればいい(俺の指示に従え)」とコトあるごとにいわれ続けてきた。そうした否定し、非難・批判し、侮蔑し、卑下することばを浴びせられ続ける中で、被害者Rは次第に自分自身を本当に“とるに足らない”、“つまらない人間”だと思い込み、極端に自分に対する評価を低下させていく。周期的にひどくなる暴言にさらされるたびに、自己イメージをどんどん矮小化していってしまう。
 その一方では、暴力をふるう加害者Dのイメージは大きく、実力のある圧倒的な存在、逆らっても決して逃れることなど叶うことのない大きな存在となっていく。


(8) 常に否定され、すべて自分が悪いと思い込む
 「子どものママさんと話すようになって、こんな考えもあるんだと家に帰ってその話をするでしょ。すると、「俺の考えとは違う」と応じられ、ずっと口をつぐんで黙ってきた」と話す。子どものことで、なにか自分の考えをいっても、「俺はそうは思わない。俺の考えとは違う」、「俺のやり方に文句をいうな!」と常に否定され、時に「誰がそんなことをいっているんだ! お前がそんなことを考えられるわけがない。誰かに入れ知恵されたのか!」と罵倒される。こうしたことが続くと、被害者Rは「なにをいってもきいてもらえない」、「この人にはいっても無駄だ」、「私の気持ちなんかわかってもらえない」と心を閉ざしていく。
 加害者Dの罵倒や暴力に“強い怖い”があると、被害者Rは心を閉ざすだけではなく、常に気分を損ねないように顔色をうかがい、萎縮しながらの生活を余儀なくされていく。
しかも、「ヤツがいうように私に原因がある、病気なのかもしれない」と口にするように、否定され、非難・批判され、侮蔑され、卑下 されることばを浴びせられ続けるうちに、「怒鳴られる、罵られるのは自分が悪いから、いたらないから」と思い込まされ、いつの間にか自分の思いになっている。
 エピローグに記しているように、被害者Rは上京したものの、「怖い。もう耐えられない」と同郷の知人宅に身を寄せた。しかし、夜勤明けに着替えを取りにアパートに立ち寄ると待ち伏せされていた。「話し合いたい」と繰り返す中、騒がれたくない思いで部屋に通してしまった。結局、別れることを許されず、従うしかない状況がつくられていった。そして、加害者Dが用意した知人の家に転居させられた。
 「転居後、しばらく息のできないほど胸とみぞおちを拳で殴られた(はじめて殴られた身体的暴力)」と口にした。「殴られたきっかけはなんだったのですか」とその理由を訊くと、「よく覚えていないけれど、なにか気に障ることを、私がいったからだと思う」と応えた。その返答には、自分に非があり、仕方がなかったといい表わしている。そこには、なぜを考えることをやめてしまった、考えても状況は変わらないのだから無駄なことといった諦めがある。
 被害者Rは加害者Dのすべてが正しく、俺は妻を、家族のことを一番に考え、思いやっているといった雰囲気を巧妙につくりあげられてきた。
 上京し勤め先の病院が決まったときには、院長に菓子折りを持って訪問し、「私がフィアンセです。銀座でお店をやっています。私が責任を持ちますから」と雄弁に語られた。外面のよさから“いい人だね”という印象を植えつけていく。加害者Dは、被害者Rの関係者一人ひとり落とし、逃れられないように外堀を埋めていったのである。
 被害者Rが逃れられなくなる状況が刻々とつくられていく中で、「お前が悪い」、「お前に責任がある」、「お前がケンカを売ってきた」とコトあるごとに繰り返し迫られると、は自己評価を下げ、「私がいけない(いたらない)から、申し訳ない」、「私のせいで、夫を不幸にさせてしまっている」と罪悪感までも抱くようになっていったのである。
 昨夏の帰省時(平成21年8月16日)、夫婦再構築の手紙を加害者Dと交わし合い、話し合いで決めた子どもに仕返しをしないという約束が破られた。帰省先の実家で、当時2歳の長男Tが9歳の長女をフライパンで叩いた。長女Yは仕返しをせずにがまんできたのに、加害者Dが長男Tを「コイツは同じことをやられないとわからない」からと、“仕返しの罰(こらしめ)”としてフライパンで叩いたのである。
 被害者Rがそのことを咎めていると、「そうよ、やられないとわからないのよ! あなたが甘やかすから」と義母が口を挟んできた。義父からも、「お前の態度は何だ! Dのやり方に従うもんだ!」と大声で怒鳴りつけられた。そして、長女Yのふてくされた態度に、被害者Rの気持ちよく挨拶のできない思いが重なり、「Yはお前そっくりだ! もう来るな!」と怒鳴り声をあげられた。そして、帰路の車中、加害者Dは最初、「どうして親が怒ったのかわからない」ととぼけていたが、「なにがあっても親は親! 俺に口ごたえはするな!」、「子どもの教育は俺のやり方でやる。それに従えないならでて行け!」と怒鳴り声をあげた。
 被害者Rはその後、義父から受けた罵倒を思いだすたびに、ドキドキと動悸が激しくなり、ガタガタと震えに襲われるなど、PTSDによるフラッシュバックに悩まされ続けることになった。その後の加害者Dが義母とのやり取りのメールでは、被害者Rを精神異常者扱いし、「ひとりで子ども3人養っていくとほざいている」等、妻を侮蔑し尽くし、自分は必死にがまんしていると訴えている。加害者Dと義母とのメールのやり取りを知ってから、被害者Rは、「私が悪い。私は病気だから、おかしいんだ」との思いに囚われ続け、自分を卑下し、自暴自棄気味の日々が続くことになった。
 その後加害者Dは、この事件を理由に「義母が、「長女Yの歯科矯正費用をださない」といってきている。お前が費用をだせ」と懲らしめとしての嘘の発言を繰り返すようになる。長女Yに対し、加害者Dは「ビーバー。今日の木はうまかったか?」などと、からかって楽しんでいる。そのからかいによって、散々、長女Yの心を傷つけておきながら、母親(被害者Rの義母)には「なんとかしてあげないとな」と親身になっているいい父親を演出している。そして、少しでも自分の金を使わずにすむように、巧みに、母親の方から「Yちゃんの歯科矯正費用を援助しようか」といってくるように仕向ける。
 加害者Dは、妻がいうことをきかない、思うようにコトが進まないと、懲らしめという罰を与えるために「お前が金をだせ!」、「お前が気に入らないから、金は出せない!」と被害者Rの金を取りあげようと試みるのである。
 加害者Dの罵倒を収めるには、「ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪かったの。許してください」と謝り続けなければならない。その声は、自分自身の心に深く入り込んでいって、“自分が悪い”との思いが強く定着していくことになる。
 被害者Rが加害者Dに対し、「私がいたらないから・・」というものなら、「いたらないと思うなら、文句をいうな! 俺のいうことをきいていればいいんだ」と怒鳴られる。そして、怒鳴られるのも、「なにか私がいたらないことをしたからに違いない、私が悪かったんだ」と思うようになっていく。暴力をひきおこすくらいの怒りの原因は、自分のミスやいたらなさにあると被害者Rは考え、自分を責めていく。
 「お前のために思っていうんだぞ。あの人とつき合うのはよくない」、「あの人のいう考えは俺の考えと違うから、つき合うな」、「もらい物をするな。弱みにつけこまれる」、「仲良くするな! 家のことがバレるだろう」と、加害者Dは、被害者Rの両親や友人だけでなく、子どもの幼稚園・保育園や学校のママさんたちとのつながりを持つことを嫌がる。そして、夫が嫌がる、好んでいない人と接することさえ、自分が悪いことをしていると罪悪感を覚えるようにさせられていくのである。
 被害者Rは「私の周りから誰もいなくなる」、「どんどんひとりぼっちになってしまう」と口にし、「私に原因がある。だから、友だちがいなくなる。私が悪いんだ」と表現する。その結果、被害者Rはますます孤立化し、頼れるのは夫しかいないと思い込まされていくことになるのである。
 一方の加害者Dにとっては、孤立にしておけば、俺の暴力や不正が知られることはないのである。そして、頭のいいやつだけが特をするんだとほくそ笑むことになる。


(9) あり地獄..もう逃れられない
 DV加害者は自己中心、自分の思い通りにコトが運ばないことを許さない。そのため、DV被害者は、小さなことをこまごまと管理され、支配される。しかし、どんなにDV加害者の期待に添うように努力しても、DV加害者がその瞬間に思い描いていることと同じことができなければ、非難、攻撃されてしまう。DV被害者には、DV加害者の怒りや恨み、嫉みのパワーには限界などないように感じられる。
 被害者Rは、毎夜、セックスに応じないと責められ続けた。ついウトウトしてしまった。「なに寝てるんだ! テメーは俺の話は聞けねえのかよ!」と怒鳴られ、また一から話はぶり返され、子どもたちが起きはじめるまで責め苦は続く。子どもが起きてくると、加害者Dは昼過ぎまで寝ていられる。勤務先の寺には夕方17時ころについて、敷地内にアパート2棟13室、飲食店2店舗の家賃回収、時々声がかかる法事等の事務処理をし、夕食を食べて21時ころに帰路に着く。しかも、寺を訪れ、打合せをするのは証券会社、不動産会社ぐらい。勤務時間中に髪を切りにいったり、親睦のある寺への手土産と称し、無修正のアダルトDVDを購入しダビングしたり、ウクレレを弾いたりと自由気ままに過ごす。
 一方の被害者Rは、子どもを学校に行かせ、保育園に送り届け、週2日高齢者グループホームにパートにでかけ、週に2日、夫の勤める寺に一緒に出勤している。22時、加害者D帰宅後は子どもとゲームで遊びはじめるため、子どもたちの生活サイクルは乱れ、泣くまで止めないからかいやケンカはたえず、深夜まで休まる時間はない。
 被害者Rは睡眠を奪われ、思考が動かないような状況の中で、屈服するまで拷問のように責められ続けるのである。そして、運転中、意識がス~と薄れた。
 加害者Dは、「俺はお前と違って、起きてられない」といつものいい草を繰り返す。「私だって起きていられない。だけど、子どもたちのこと、家のことをしなくちゃいけないから、起きているだけ」と応えても、「俺は寝ないといけない。体調を崩すと仕事ができなくなる。死にたくない」と自分勝手に応える。「私は何もしていないというの? 私は寝なくても家のことも、仕事もしている」と口にすると、「なに? ケンカを売るのか!」と声を荒げる。それだけでなく、「そうやって、お前だけが長生きしたいのか! 俺の財産はお前になんかやらねえ。お前がおかしいから払わない」と被害妄想を口にしだす。会話にもならない。
 「やっぱり、この生活は苦しい」と、被害者Rは定期的に呟く。
 針のむしろ、地獄のような生活は、自分にトドメを刺すまで続けられるのだと思い知らされる。逃げたい、別れたいと思っても、その行為までも非難され、攻撃されてしまう。どうしたらいいのかわからない、頭の中はグルグルするだけ・・。
 妻が離婚を考えている、俺から寺から逃れようとしていると、加害者Dがその気持ちを感じ取ると、容赦のない罵倒が繰り返される。「俺を裏切るヤツには、懲らしめと罰を与えないといけない」、「俺がお前の主人、指導者として、躾をし直さないといけない」との思いに駆られる。加害者Dは、暴力・虐待行為の原因が自分にある、自分に非があるとは思うことはなく、他に男ができたからに違いないと妄想を膨らませ、嫉妬に狂う。
 そして、「ママには好きな人がいる。恋人がいる」、「ママは許されないことをした。家族を裏切ったんだぞ!」と、DV被害者支援機関、児童相談所に相談していることの話をすり替え、根も葉もない話をつくりだし、子どもたちの前で罵倒しはじめる。さらに、「お前たちはママに捨てられるんだ!」と年端のいかない子どもを脅えさせる。長女Yが、「ママ好きな人がいるの? 恋人がいるの?」と訊く。横から「ママは振られているから、九州にはきてくれないと思うけどな! 新しいお父さんはできないと思うぞ!」といい放つ。
しかし、「ママには好きな人がいる。恋人がいる」と「ママは振られた。九州にはきてくれない。新しいお父さんはできない」とまったく正反対のことを、辻褄の合わないことを主張していることに、加害者Dは気がつかない。
 離婚をいいだしている妻が許せない。妻を懲らしめ、罰を与え、屈服させるには、子どもたちの前で母親としての立場をなくしてやれば一番効果があると思ってのことだから、論理が通っている必要はない。他人に家のことを話した、自身の暴力、虐待のことを相談したことが、“許されないことをした”という本来の意味である。子どもたちに、それをいえるわけがない。暴力、虐待行為を行っているのは、他でもない加害者D本人なのである。子どもたちの前で、母親を「許されないことをした」と責め立て、自身を正当化するには、妻の不貞をでっち上げ続けなければならない。それは、別れるなどと二度と口にできないまで針のむしろ状態に追い込み、徹底的に痛めつける。被害者Rが、結婚前のように跪いて許しを請うまでコトあるごとに何度も繰り返される。
 こうして、加害者Dは、子どもたちの前で、母親である被害者Rを否定し、非難・批判し、侮蔑し、卑下し、子どもたちの心を人質にとる。母として子どもたちから非難の目を向けられることは、いい尽くせないダメージを与えるのである。
 気に入らないことがあると、「でて行け!」と怒鳴り散らす一方で、被害者Rが「離婚する」というと、「子育ては義務だろ! 途中で投げだすことは許さない」と家に縛ろうとしてきた。「離婚決定。はい、解散!」、「いつ、でて行くんだ!」などと子どもたちの前で散々いってきた加害者Dに対し、被害者Rが意を決し離婚届を差しだした。「名前を書いて!」と渡すと、「証人二人に著名してもらわないといけない」と話をそらそうとするので、「証人はこっちで書いてもらうから、名前を書いて!」といっても応じない。
被害者Rは、八方塞がりの状態に陥った。




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